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はてなキーワード: 交流とは

2020-05-29

anond:20200529201432

実際にあなたを知っている、リアル交流のある人物に、電話して少しでもお話してみたら?

コロナ自粛で疲れてしまったんだ、いま、少し時間話せますか?お話してくれませんか? って。

あつ森の不満がじわじわ溜まる

ペースはかなりゆっくりやってるし島クリエイトも物凄く凝ってる訳でもない。まさにゆったりスローライフ

あつ森はとても楽しい面白い

が、発売からプレイし2ヶ月、ちょっとした不満がじわじわまり始めた。

グラフィックの向上、島クリエイトによる整備や改変、家具の細かい作り込み、雑草までなんかかわいいとび森からかなりクオリティは上がってると思います

でもメインコンテンツの島クリエイト及び飾り付けが不親切過ぎる。

全体的に痒いところに手が届かないんですよ。

道を引く、崖を作る、川を引く、角を丸める、消す。これらの行為が何故1ボタンなのか。

操作シンプルにして誰でも出来るように、という意図なのかなぁと思ったけどそれにしてはマイレージやら写真やらではめっちゃボタン使うよね。せめて消すのはBボタンかYボタンにしてくれないか

飾り付け用の家具集めも非常に重要コンテンツですがこれもまぁ不便。

今作追加要素のDIYはまぁレシピが被ること被ること。被ったレシピは持ってない友達にあげる用らしいんですが最初から知ってるレシピなんて誰が欲しいんだ。 というか所持済のレシピを受け取り拒否できないのはなんで?

レシピ収納ストックできないし皆持ってる様なレシピだと本当にいらない。

ポケモンミラクル通信みたいに被ったレシピメッセージボトルにして通信で他の人の島にランダムで流せるとかできたら良かった。

あとリメイクキットが微妙に高い。島を飾るのに家具もキットも大量に必要なのにまとめ買いできないしできても何故5個まで。せめて10単位で売ってくれ。DIYリメイク複数まとめてやりたい。あの作業結構苦痛

あとデパートをくれ!!家具必要なのに売ってる家具が少ない!!入手の手段をもう少し増やしてくれ…。

マイデザインを地面に敷けるのは嬉しいんだけど島クリエイトで敷いたデザインがYボタンで消せるのやめて欲しい。左官した床が足で消せてたまるか。

スローライフから不便を楽しもう!って意見も多いんですが操作性の悪さは楽しみたくないです。

じゃあ島クリエイト以外を楽しもうとしてもここでも不便さが出てくる。

住民との交流も会話がパターン化してるしそもそもあんまり会話にならない。せっかくキャンプサイトがあるのにキャンプに来る頻度が低すぎる。金の道具も壊れにくいだけでジョウロ以外はコストに性能が見合わない。

離島ツアーは今回レア島の頻度が下がって交配花島は削除。今作はお金がかなり掛るのに金策手段が乏しくなってる。

ていうかアップデートの内容告知しないのはなんなの。

期待してたゲーム最初純粋しかったのになぁ

アップデートで島クリエイトだけでもいいか改善されないか

あとベンチに腰掛け住民と話せるようにしてください。座って話そうよ!って言われて座ったら話せないってどういうこと…

有償で絵を描くようになり救われた弱小絵師のはなし

自分はそこそこ良いものを描いてるはずなのに、伸びない、いいねRTがもらえない。

そう感じて苦しんでいる弱小絵師の方に、この記事が届けばいいと思う。

私は以前、自分画力について、コンプレックスねじ曲がったプライドに苦しめられていた。

原因ははっきりしていて、小学生のころからの幼馴染が、神絵師だったからだ。

私もそれなりに上手い方ではあったけど、幼馴染は小学生のころからプロレベルに上手かった。

よくある地獄だよね。

私は肥大したコンプレックスに苦しめられる側だったけど

誤魔化しようがないくらいとびぬけた画力を持つ彼女も、計り知れない孤独を抱えていただろうな、と思う。

当時は今みたいにネットが普及していなかったし。

この感覚、今の若い子には分からいかもしれない。

私たちはお互いに性格が良かったので

私は彼女孤独理解し、画力尊敬しているけど対等な友達として接するように心がけたし

彼女画力の面ではどうあがいても格下の私を、決してバカにしたりせず、対等に扱ってくれた。

でも画力って残酷だよね。

一目でレベルの差が浮き彫りになるもん。

当時小中学生だった私はお絵かきに夢中で、気持ち比重を多く割いていたか

心の底で煮えたぎる嫉妬心彼女にぶつけないように、自分を律するのは本当に辛かった。

そう感じてしま自分も情けなく、苦しくて仕方なかった。

もはやお絵かきが好きなのか、自分でも分からなくなるくらい、生まれ持った才能の差を恨んだ。

とまぁ、そんな土壌の上に形成された私のお絵かきへの想いはそりゃもう屈折していた。

高校大学生へ進むにつれ、私の中でお絵かき以外のもの価値が上がり、

多少コンプレックスも解消されたように感じられたが、ねじ曲がった自尊心根本的な解決にはならなかった。

社会人になり、お絵かきへの気持ち比重がより薄くなったころ、ふとしたきっかけで有償依頼を受けることになった。

私はお絵かきが好きだけど、極端にハマりにくいため、コンスタントジャンル難民になっていて

とにかくお絵かきがしたくて匿名掲示板に出ていた募集に応募した。

同人誌の表紙絵で、その報酬に一万円もらった。

それから有償依頼にハマった。

なんせ、相手こちらにお金を払っている。

絵師なら誰しも、興味ないのにがんばって自分の絵を褒めてくれる友達申し訳なく感じたことがあるひと、いると思う。

でも、有償依頼は向こうはお金を払う側だから、気を遣って褒めてくれることって(ほぼ)ない。

次回、また依頼が来たなら、それは間違いなく良かったと思われている証拠だ。

(後、自分で本を出すほど時間も気力も取れないが、絵一枚で本作りに参加させて頂けるので

そういう意味でも依頼主さんに感謝している)

さらに、企業案件を受けるようになり、より自尊心を満たされるようになった。

なぜなら、企業案件自分画力がどの程度なのか正確に判断できるからだ。

自分画力で楽勝な案件だったら、担当さんめちゃありがたがってくれるし、次の依頼が来る。

自分画力で及ばないレベル案件も、担当さんの反応で分かるし、次の依頼が来ない。

SNSいいねRTの数は、画力以外の要因も多い。

ジャンルか、人気カプか。

定期的にSNSに上げる絵を描く時間があるか。

時事ネタをすばやくネタに出来る時間があるか。

都会で行われる舞台イベントにもそこそこの頻度で行けるか。

ジャンルの方と臆さず交流出来るコミュ力時間があるか。

ねぇよそんなん!!!こちとら猛烈にハマりにくい上に、地方住まいの子育て世代じゃいっ!!!

企業案件は実力がほぼ全て。

もちろん、運の要素は多少はあるけど、それでもSNSで専業神絵師と同じ土俵に立つよりはマシ!!!

かくして私は自分承認欲求有償依頼で満たすことに成功した。

いいねRT乞食になることなく、趣味アカ悠々自適なかんこなオタクライフを過ごせるようになった。

もちろん、性根はそう易々と変われないので、忘れていたコンプレックスを刺激されることはあるけれど。

それでも十分救われた。

後、先にも述べたように、子育て世代なのでこのご時世、在宅で普通にパート行くよりは稼げるから現実問題助かっているっていうのもある。

ちなみに、幼馴染の神絵師シンプル性格が良い上にトーク面白くて最高の人間だったので、友達を止めるという発想にはならなかった。

腹の底に沈むドロドロした感情は、堪えても堪えても、きっと漏れ出ていてしまっただろうから

多分、何度も彼女不快にさせてしまうことはあっただろうけど。

彼女は出来た人間なので、それを指摘することはなく、今でもそっとしておいてくれてる。

彼女性格が悪かったら、私はとっくに筆を折っていたと思う。

私たちは今、お互いに子育てしつつ、彼女お絵かきを本職にはしなかったけど、副業でたまに絵を描いている。

未熟な私の数々の失態を見逃し、今でも独りよがりになりがちな萌え話に付き合ってくれる彼女には心から感謝している。

ということで、自分はそこそこ良いものを描いてるはずなのに、伸びない、いいねRTがもらえない絵師さん。

いらっしゃいましたら、有償依頼、お勧めします。

そこそこの画力があるのなら、数打てば必ずどこかが拾い上げてくれるよ。

レジかに下がってる透明なカーテン

コロナのせいでしてるアレ、けっこう好き。もともと人と距離取りたいタイプだったか安心する。

皆がマスクしてるのも実はけっこう好き。覆面好きだから……。夏は暑くて不快だけど。

人と話すとき距離取るマナーも好き。対人距離近い人苦手だったから。

子供に熱が出た⁈ それはあなたも休まなければなりません。無理して来ないで下さい」ってなるのも好き。

子供の熱くらいで仕事休んで!」って言われないのありがたい。14日も休んだら解雇されそうだけど。

ちょっと緩めたら早速第2派来そうだね。学校友達との交流だけは、何らかの形で維持してほしいなと思う。

スマホ持ってない、SNSやってない子供たちは、友達との繋がり絶たれて本当可哀想だよ。

2020-05-27

anond:20200527202713

人間交流としては美しいけど

芸事としては同じ先生に15年てよくないと思う

anond:20200526215453

ありがとうございます別に私はIT担当でもなんでもないのですが、上司たちの在席状況が自席で確認できないことと、席にいない人に連絡する手段が極めてアナログで多大なタイムラグが発生するのがストレスで仕方ありませんでした。

ご指摘のとおり、うちの上司の対人コミュニケーション理論は極めて古風で、「メールより電話が望ましく、電話より直接話すのがさらに良い」という考えです。お互いに感情的交流を図るならそれは正しいと思いますが、単純な事務連絡までそれでやろうとするととんでもない手間がかかります

本社の人々も変に礼儀正しくて、電話でうちの上司がつかまらないと「それではこちからかけ直します」とかすぐに言うのですが、いつ席に戻るか分からない相手に何度も電話しても無駄なので、「それではお席に戻られましたら折り返しお電話いただけますか」というのが正しいと思います。それよりこっちが「それでは席にもどりましたら○○さまに折り返しお電話させますね」と言ってしまうのが早いかも知れませんが。

なかなか本社システム担当と話す機会がなく、職場内で複数システムが稼働している状況下で私の言っているようなことが実現できるか分かりませんが、夕方からデスクワークに本気を出す人々やうちの上司たちの業務軽減のために、この非効率さをどうにかしたいです。

いち工藤忍Pが今回の総選挙感想を述べるだけ

こんにちは

アイドルマスターシンデレラガールズ工藤ちゃんのPを7年ほどしている者です。


第9回総選挙&ボイスアイドルオーディションお疲れ様でした!


加蓮、シンデレラガールおめでとうございますあかりあきら、つかさ、CDデビュー決定おめでとうございます


忍Pと書いてはいますが他にも担当ますし、そもそもアイドルみんな好きなので心からそう思っています。嫌味に聞こえたらごめんなさい。



私にとっての忍ちゃん総選挙


分析でも批判でもなんでもなく、自分自身ポリシー再確認のためにこの感想を書いています。なので、はじめに自分目標や考えを明らかにしておきます


まず、忍ちゃんを好きになったのは、モバマスを始めてほどなく[ハッピーマジシャン]が追加された頃でした。


特訓前の新妻感にノックアウトされ、当時のモバマスでは珍しいタッチ(と自分は思っていた)の特訓後のイラストひとめぼれしました。

あの齢で一人暮らしという決して楽じゃない環境の中でも、アイドルになると目に星を宿すような笑顔をする子なんだ、それだけアイドル真剣なんだ、と。



それから、忍ちゃんSRをお迎えするためにスタドリを貯めたり、フリルスクエアという新しい可能性を知ったり、[私だけのステージ]で号泣したり、他の担当を見にライブに行ったりする中で、「ああ、忍ちゃんもいつかステージで歌ってほしいなぁ」と漠然と思うようになりました。


ちゃんライブに出たらどんな衣装だろうかとか、個人カラーはやっぱり赤だろうか、いや王道ピンクもいいなとか、『私を選んでくれてありがとう』なんて歌われたら自分はどうなっちゃうんだろうか、とか。


(私はライブアイドルが"降りて"きていると思ってる派です)




そういう経緯と思考があるので、「忍ちゃんに声がつき、ステージで歌ってもらうこと」が現時点での私にとっての最大の目標であり、総選挙で1位になることでも、ボイスオーディションで勝つことでもありません。サプボ上等です。



と、いっても何もしないでサプボを貰えるわけではないので、ここでシンデレラガールズ最大の『運営へのアピール場所である総選挙を頑張る必要が出てきます


拡散力も影響力もなく、そこまで課金力もない私なので、イベントで貰える投票券必死に集めたり(今年は全部集められました!)、MVスクショをたまにツイートしたり、知り合いの忍Pと交流するのが私の選挙活動でした。推測ですが、世の中のPってだいたいこんな感じじゃないですかね。ダイマ積極的にされていたPさん達は本当にすごいです。




そして、自分なりにできる投票券集めを年々続け(年々課金額も上がり)、忍ちゃんはTOP50入り、Cu4位と上がっていて、着実に一歩ずつ進んでいる実感が私にはありました。忍ちゃんぽくていいよね。

そして今年、第9回。ボイスの入賞こそ叶いませんでしたが、今回のボイスなしが不利なシステム総選挙で、ボイスなし2位という位置つけました。

発表されたときら悔し涙と嬉し涙で顔がグチャグチャになり、副業先の人にガチ心配されました。



敗因は票交換を怠ったことだ、なんて声も聞きました。しかし先述の通り閉じた環境選挙期間を過ごす私にとって、票交換という行為選択肢はありませんし、むしろしなかったからこそ、この価値ある成績を残せたと思っています価値がある、というのはヴァリサの前回の総選挙成績とサプボの流れを見れば明らかですよね。



なので、これから1年はドキドキしながら忍ちゃんのサプボの実装を待ちつつ、実装されなかったら次の総選挙をまた同じように頑張ろうと思います



これを読んでくださった人で、もし少しでも忍ちゃんの声を聞きたいと思ってくださった人がいれば、サプボがついたら一緒に喜んでくれたら嬉しいです。次回の総選挙で、一票でも入れてくれたらもっと嬉しいです。


ただシンデレラガールにしたくないのかと言われればそういうわけでもないので、これは声が付いたら考えることにします。大きいプロジェクト成功にはマイルストーンをつけろと副業上司から何度も何度も言われているので。サンキュー上司





最後に(謝罪


残念ながら、一部の忍Pの広報活動(とされていること)が、反感を買ってしまったのは事実だと思っています

コナンを絡めた件に関しては、企画を知人から教えてもらった数年前時点ではあくまで"身内ノリ"で、P同士のやる気向上くらいにしか考えておらず、私自身も何回かタグ参加していました。もし目にして不快に感じた方がいたら、それは加担していた一人として、心から謝罪させてください。結果的に忍ちゃんの印象を損ねてしまたことは、本当に他の忍Pさんに申し訳ないです。(他の方の考えやポリシーまではわかりませんが……)


今後も担当に恥じないような活動をしていく所存です。

2020-05-26

歌い手アンチ界隈にいたころの話

テラハの件でいろいろ思い出したので。まあテラハは界隈とかでなく一般視聴者悪口を投げつけてたパターンからじぶんのケースとは少し違うけど、誹謗中傷する人の心理話題になっているのをみてそういうのの当事者に近い人間として書くことにした。


からインターネットにはヲチ文化というものがあって、その界隈を覗くのが好きだった。ヲチされる対象は大体インターネットで「やらかした」人たちで、その対象やらかしているのを見るのも、ウォッチャーたちが執念でそいつのホラを見抜いたり追い詰めたりするのを見るのも楽しかった。

ずっとアカウントとかは作らずににちゃんねる(ごちゃんねる)のスレッドを見たりTwitterワード検索して叩いているひとのツイートを見たりするだけだった(Twitter身バレ防止のために語尾を変にしたりキャラ付けして話してる人も多く、そういうのも楽しい)のだが、ひょんなことからアカウントを作ることになった。それは、ニコニコ動画で某歌い手合作企画することが発表されたかである

その歌い手ははじめは実力派歌手として持ち上げられていたが、そのうちニコニコご意見番になって偉そうと叩かれはじめ、ニコニコにとどめときゃいいもの健康法てきなものを紹介してそれが危険民間療法だと叩かれ、そのうち歌も下手になり、可哀そうなことに最後写真から住所を特定されて引退した人物である。そのほかにもいろいろ言われてたけど真偽不明のを書いて地雷踏みそうだからここには書かない。

合作がおこなわれたのは引退からしばらくたったあとである。こんな死体蹴りが行われた原因のひとつに彼の主戦場ニコニコ動画だったこともあるだろう。淫夢などをはじめとするニコニコの「例のアレジャンル文化は、基本的に本人がいないところで好き勝手誹謗中傷する文化である。通常ヲチ文化は本人がいなくなるとすたれるが、この人のアンチスレ引退しても勢いはそこまで落ちていなかった。

合作企画アンチスレ主導で進んでいた。動画の提出方法TwitterDMで、はじめはそのために専用アカウントを作ったという風に記憶している。

ここでひとつ書いておかなければならないのは、自分基本的歌い手本人をターゲットにしていなかった。正直今この文章を書いているのは「自分歌い手から絶対に訴えられることはない」からである。まあグレーゾーン発言はあったと思う(彼をネタにした発言はしてたので)が、訴えられるとしても500番目くらいだろうし、そもそも開示期限なんてとうの昔に過ぎている。

合作に送った動画で扱ったのはアンチスレに出てくる某荒らしネタにしたものだ。彼は歌い手狂信者として振る舞い、突然自殺たかと思えば「生き返った」と書き込んだりして、スレ内の

名物キャラ存在だった。自分はそういう「そのヲチスレにもひとりはいる変なやつ」が大好きで、そいつの生態をまとめた動画合作に送った。(余談だが界隈ではその名物キャラ歌い手、という説が有力だった、ただ自分はそうではなくただの変な奴だろうと思っていた。)そいつは別の人にはっきり殺害予告したりしていたので、正直どんだけ殴っても法的に殴り返されることはないだろうという考えも少しあった。今思えばある意味普通に誹謗中傷する奴より卑怯かもしれない。

ネット誹謗中傷するやつは実生活が寂しいやつだ、なんて論調があるが、それは正しいと思う。当時自分私生活はうまくいってなかったし、それに伴って本来趣味も楽しめないでいた。そんな中で誰かを見下せば、それだけで自分存在を少しだけ肯定できる。その上、ヲチ界隈に入ってしまえばターゲット悪口を呟くだけで界隈の仲間から同意賞賛が得られてしまう。悪口というのは何かをほめるよりずっと楽にコミュニケーションをとれる方法であり(実社会でも悪口コミュニケーションをとる人たちがいるように)一度それでつながってしまうとなかなかやめられなくなってしまう。

動画提出のために作ったTwitterアカウント合作投稿された後も運営していた。他のアンチ交流したり、ごちゃんねる見ながらヤジ入れたり(直接書き込むことはほぼなかった)、なぜかTwitterアカウントまで作ってきた前述の荒らしくんとやりあったり、はっきり言ってしまえば「充実した」日々であった。アンチ仲間とは歌い手界隈以外のことも話すくらいには仲良くなったし、掲示板はいろんな話題であふれていて飽きなかったし、荒らしくんはいい感じにアホだったので空いた時間ちょっかいだして楽しんでいた。そりゃあ今考えれば異常だが、当時は本来趣味時間を費やしているときと同じような没入感と快感があったのだ。

そんな生活を数か月ほど続けていたものの、次第に心が離れ始める。理由は2つあった。ひとつは、界隈の雰囲気がどんどんおかしくなっていったことだ。私が絡んでいた荒らしくんだけでなく、ほかの荒らしまで正体は歌い手だったのではないか、ということが言われ始めた。確実な証拠があるわけでもない状況でスレッドは「それで確定だ」という方向に進み、異を唱えたもの弾圧しはじめ、だんだんアンチスレは「キ○○○の巣窟」と化していった。そんなスレをみても面白いと思わなくなり、界隈の出来事にたいしてヤジを入れることもなくなっていった。

もう一つは、同じくらいの時期に同じ名義で例のアレ内の別のジャンル投稿を始めたことだった。底辺投稿者ではあったものの、例のアレというカテゴリーはたとえ底辺であっても再生数やコメントが多少はもらえる世界であるささやか自己顕示欲が満たされるにつれ、歌い手アンチ界隈で得られる楽しみは自分にとって必要ではなくなっていった。

やがてアンチスレに触れる人も少なくなったころ、大きな事件が起きた。歌い手が復活したのだ。狂人のみが残ったアンチスレで日々考察という名の妄想が繰り広げられる「大型荒らし歌い手」説の払拭意味も込めた復活だった。やがて歌い手は開示請求損害賠償もちらつかせるようになった。そのころ自分は完全にその歌い手への興味を失っていて、一応「○○復活!!!」的なことはつぶやいていたものの、念のため過去自分ツイートチェックした(自己判断ではアウトなツイートはなかった)後はまた興味をなくしてしまった。結局自分のところに開示請求は来なかったし、ほかのアカウントやごちゃんねるの書き込みにたいして措置がされたのかは把握していない。

彼の復活の数カ月後、自分Twitterアカウントを消した。例のアレジャンル自体に飽きつつあったことと、自分投稿が伸びる気配もなかったこと、私生活回復しはじめ同時に本来趣味が楽しくなってきたことが原因だった。

それから数年たった。はじめはほかの人のヲチスレを覗いたりしていたが、しばらくすると楽しくなくなってやめてしまった。またニコニコ動画自体見なくなり(数か月に一度思い出して自分動画コメントが増えていないかチェックはしていたが)、歌い手文化にも例のアレ文化にも全く触れなくなってしまった。正直、テラスハウスの件で誹謗中傷の是非が話題になるまで「自分アンチ界隈用のアカウントを持っていた」という事実すら忘れていた。

今の自分は「ネット誹謗中傷なんて問答無用で法的措置でいいだろ」と思っている。でもそれはたまたま目を覚ますことができ逃げ切れた人間裏切りにすぎないなとも思う。やらかししまった過去は消えないな、と思いつつ、対して反省もしないまま自分記憶からは再び消えていくのを感じる。多分次にこういうことが話題になるとき自分は完全な善側のにんげんとして加害者非難するだろう。そしてこれは自分だけの話でなく、今回出演者暴言を吐いていた人や、ほかのヲチ案件ターゲットをたたいていた人たちもそうだろう。結局ネットで逃げ切れさえすれば、次の日から普通の顔をして生きていけるのだ。

3年以上続けたTwitter放置垢を消そうかなって話

私、絵を描くオタク腐女子アカウント移動してそろそろ一年くらいの放置垢がある。

そのアカウント結構運用当時はフォロワーが多くて、最大で5000フォローくらいいった。ジャンルの勢いもあって、楽しいイベントも沢山で、毎日が楽しかった。描くもの描くもの全部が伸びて、ちっぽけだと思ってた自分に初めて自信が持てた。沢山の下駄を履かせてもらって、普通じゃ話せないような絵の上手いプロオタク、遠くにいる話題が合うオタク交流もできていた。

でも、じわじわと嫌なことも増えてきた。作品の内容を叩かれたり、とくに心当たりもなくフォロワーに避けられたり、ブロック解除をされたりすることが多くなった。仲が良いと思っていた人に匿名悪口を言われ、何を信じて良いのかわからなくなった。

から特に前触れもなく、5000人のフォロワーを捨てた。名残惜しくて、すぐにはアカウントは消せなかった。大好きな作家と、お知らせでついてきてくれたごく少数のフォロワーだけで、この一年間細々とやっていた。

絵だけのアカウントも作った。そこは、フォローは一切せず、日常も喋らない。自分の絵だけを淡々と上げるアカウントだ。1000人くらいはついてきてくれたけど、もう何を描いても、本当にたまにバズったとき以外は、常連さんしか見ていないような、そんなアカウントになった。

今日、久々に気が向いたので、昔のアカウントを覗いてみた。フォロワー数は4700人。もう一年更新してないのに、たった300人しか減ってないことに、驚いた。

あのころ、叩かれて憔悴しきってた私は、アカウント移動したら自分価値ゼロになると思ってた。5000人全員に嫌われて、みんなが指差して笑っていると思ってた。でも、違った。多分本当に私を嫌っていたのなんかごく少数の人間で、その他4700人にとっては、私は嫌いではない。もしくはいてもいなくても何の支障もないどうでもいい人間だったということだ。

フォローは、50人くらい減っていた。フォロワー数の減少に比べると、割合は多い。これは新アカフォローしたあとこちらを外した人数も含むから、仕方ないと思う。でも、今でもこのアカウントフォローしてくれている相互殆ど最初にお知らせしたときについてきてくれた人ばかりだ。そういう人たちに動かないアカウントフォローしてもらってるのもなんだか申し訳ないな、と、しゅんとしてしまった。ついてきてくれた人は、約300人。減った人数とほぼほぼ一緒だ。

ふと、世界の人の心の動きをわかりやすく伝える定説を思い出した。5パーセントの人は、私が何をしていても好いてくれるけど、5パーセントの人は、私が何をしていても嫌う。

残り90パーセントの人たちはそれ以外。私のことなんか、どうでもいいんだ。

何人フォロワーがいても、私のことをどうでもいいと思う人数なんて変わらない。いかに私を好きだと思う人を大切に思うかが重要か、なんとなく思い知らされた瞬間だった。

そういえば最近、絵で仕事を貰えるようになった。5000人フォロワーがいてもみんなに嫌われて評価されないと思ってた私は、今ではちゃんと、世の中に必要とされている。Twitterフォロワー数は二桁だけど、私の絵は、たぶんどこかで沢山の人に見てもらってる。(評価されてるかどうかは、ダイレクトには伝わってこないけど)

来月からは、世界中で大人気のコンテンツに、一スタッフとして加わる。

あれだけ自分目標とする対象評価されずに泣いて泣いて、愚痴を言っても誰にも聞いてもらえずに一人で寂しい想いをしていた私が、日本人じゃなくて、世界相手に、評価される土台に上る。

たぶん、あのころ私を嫌っていた日本人作家は、日本評価されないか世界に行ったのかよwwwって笑うんだろう。

でも、いいんだ。だから私は小さな世界固執するのをやめた。外国語勉強して、読み書きを出来るようにした。どんなに難しいビジネス文章が来ても大丈夫。それはフォロワーの数よりずっと、大きな私の自信になった。

5000人に嫌われてるって泣いてた私、頑張れ。世界は広いよ。今は10億人が相手だ。5000人全員に嫌われても、それ以上の人が私を見てる。だから大丈夫

からもう、このアカウントは消してもいいかな。

そう、思うんだ。

少し話題がずれるけど、最近、たった数十人のアンチによって、心を病んだ女の子自殺してしまったニュースを見た。

の子は、かつての私かもしれない。

自分価値アンチコメント一つで揺るがないと今では知ってるからこそ、悔しい。

からこそ、私は今の想いを言葉にしてみようと思った。ただのいちゃもんに負ける人が一人でも減るように、数の呪いに惑わされないように。

フォロワー数は諸刃の剣だ。自分好意的な人数でもないし、敵対心を向ける人数でもないのに、自分の心のありかた一つで、王様にもなれるし、世界一の嫌われ者にもなれてしまう。

アンチコメントに苛つくのも勿論だけど、私たちが知るべきなのはアンチコメントへの対処法でも、心の守り方でもない。

私を常に評価して、好きになってくれる人を探す。その人のために、誠実に生きる。

本当のネットリテラシーって、そういうことなんだと思う。

数は強さでもなんでもなく、ただの数だ。その向こう側にいる人間を想えるかどうかのほうが、重要だ。

バズることが金になる。権力にもなるし評価にもなる。

こういう時代からこそ、大切なのは数より一つのコメントより、心のありかたなんだよって、どうやったら呪いに囚われて苦しんでる人に伝えることができるのかな。

悔しくて、涙が止まらない。もう、命は絶対に戻ってこない。

アカウントなんか消してもいいんだよ。何人に悪口を言われても、好きに生きてもいいんだよ。

世界にはもっと沢山の人がいて、見に行く努力をするだけで、悪口まみれの狭い世界は、あっという間に過去のものになるんだよ。

死にたい人ほど、虚栄心を捨ててみてほしい。評価を手放して、数から解き放たれてみてほしい。

そんな狭い世界で、自分を値踏みしなくてもいい。

ありのまま自分必要とする人を見つけにいく。

必要努力なんて、いつだってそれだけだ。

私はそう思います

懐古

たぶん癖みたいなところはあって、自分ブラッシュアップとかいうのも違う気がするけど、どうせなら日々成長というか昔の自分よりは多少マシになりたいなあと常々思っているからか、脈絡なく懐古し始めることがよくある。

過去の嫌な思い出って、意外と海馬に蓄積されちゃってたりしませんか?私はするんですけど()、ただ、どうせなら嫌な思い出に新しい解釈デコレーションして、ひとりよがりにならないように、嫌な感触が少しでも減るように、加工したいなあと思っていて。

そんなことをやっているうちに、あのイベントは気付いたら昇華してたな、そういえばあの時のアレは自分にも非があったな、相手からたらこう見えていたかも、とか言って、自分の中で過去のヘドロと、過去自分と折り合いをつけていく。

少し前から、私は実家から離れた環境に身を置いていて、親とも、多感な思春期をともに過ごした友達とも、ありえん可愛いマイエンジェル(飼い猫)から距離をとった生活をしている。

しかもこのご時世。やるべきこと自体はたくさんあるけど、引きこもっているからか思索の海に潜りやすい。とはいっても、これまでに潜りすぎてほぼ海を開拓しきってしまたから、最近はもっぱら世間タイムリー話題に手を出してみたりして(本当は都度文章化して整理しようと思っているけど筆が進まず)(そのためにこれ始めたのに)(暇を拗らせた)。

ただ、思索の海にダイブしているのはどうやら私だけではなかったみたい。

学生時代の同期から突然電話がかかってきた。話を聞くと、昔喧嘩したときに言い過ぎてしまった、と、ずっと思っていたけどタイミングが無くて謝れなかったことが引っかかってたから、謝りたい、とのことだった。


??????あっごめんそれ私もう解決したと思ってたwwwwwwwwww


というわけで、そういえばこうだったね、そんなこともあったね、若かったね、と昔話が満開になったもんで、しみじみしつつ、なんかちょっとセンチになったので、整理してみよっかな、と改めて海馬を旅しつつ旅の記録を。


当時は色々すごかった。とにかく皆のコンディションが悪かった。学生時代(人によっては人生)最大といっても過言ではないほどのストレス環境に皆が身を置いていたし、そんななか自分さらに不幸続きだったり、人生に迷走していたり()で、少しでも落ち着くためにか諦めが早くなったりして。

そうやって当時の自分なりに現実に折り合いをつけていたつもりだったけど、あくま自己満足に過ぎないそれは、自分に余裕をもたらすどころか、ただ心の柔い部分にメッキをしまくっているだけで、しかもそんなことは自分しか知らないから、外から見たら、行き過ぎなくらい友達想いな自分親友から見たら、どんな風に感じたんだろう…だなんて考えもしなかった。

先に友達の方に限界が来た。少しずつ私への風当たりが強くなって(きっとそれは無意識だった)、遂に表情にも露骨に出るようになった。そこまできて、今度は私に限界が来てしまって、しかも無理矢理メッキした心にはヘドロ満タン、その場こそなんとかやり過ごしたけど、後になってラインで大乱闘の火蓋を切って落としてしまった。任☆堂もびっくりなくらい、お互いに、皆が皆、それはもう暴れに暴れて、私のライフはゼロどころかむしろマイナス、もう後には引けなかった。

私たちはこのあと違う道を行くことは皆わかっていたけど、あれだけやりあったから折り合いなんてつくわけなくて未解決のまま終わったし、ここでそのまま喧嘩別れになるか……

と思いきや、道が分かれる直前に、友達最後に直接話したい、と言ってくれた。(正直どちらが誘ったか覚えてないけど、たぶん友達)

私がそうだったように、友達にもこのままじゃいけない、という思いがあったのか(だといいなあ)、二人でお茶した。

まーーーーーーーあ喧嘩話題には触れない!引くに引けなかったのもあるし、気まずくなりそうだったから。あの喧嘩は、当時の自分たちが譲れないもの同士のぶつかり合いだった。道が分かれることが分かっていても、そう簡単に折り合いなんて付けられないし、引っ込みもつかない。

結局喧嘩話題や、ごめんねの言葉はお互いに出ないまま、関係ない他愛ない話をして、元気でねって別れた。

ただ、その時点で自分の中では、わだかまりほとんど昇華されてしまった。もちろん全部ではないけれど、このままもう話すこともないんじゃないかと思っていた身としては、話せただけでも大収穫だった。また話せるようになった、それだけのことが、すごく大きかった。

そのあと自分環境人間関係摂取する情報に沢山の変化があって、自分の考え方も変わった。

あの時友達に指摘されたことは間違っているけど、当時の自分はそう誤解されても仕方ないような態度だったなあ。

仲が良かったからこそ、我慢ならなかったんだろうなあ。

仲が良かったからこそ、言わなきゃ気が済まなかったんだろうなあ。

気付いたら、あの時の喧嘩の落としどころが見つかっていた。皆、何かしら拗らせていたし、何かしら青い部分があったし(青さしかなかったという説もある)、皆が皆悪かった。

この時はまだ、喧嘩の時に言われたこと、その前やその後にやられたことを、許すつもりなんて毛頭なかった。ただ、それは相手も同じかもしれないし、許す許さないは別にして、総合的に見たら友達として好きだから友達付き合いはしていきたいなあ、と思えた。

落としどころが見つかったあと、無事に食事に行くことも出来たりして、色々な花が咲いてすごく楽しかったし、友達も楽しそうだったし、お互いにまたしばしの別れを惜しめていた。

から、てっきり、あの喧嘩はこれで手打ちになって、これからも緩く友達やってくんだろうなあ~と気楽に考えていた。てへりんこみたいな。


経験は人を変える。自分で十分実感したつもりだったが、まさかたこ気持ちを味わうとは思わなかった。

友達は、学生当時に私を襲っていた不幸のうちの一つに限りなく近い経験をしていた。辛さ、悲しみ、面倒臭さ、疲労感、その他にも沢山の負の感情がごちゃ混ぜになったような気持ちを味わっていた。そして、そういう思いを知って、いざこのコロナ禍で思索の海に潜っていたとき、あの時の喧嘩を謝れなかったわだかまりにぶつかり、そういえばと、私の身に起こっていた、自分が以前経験したその不幸を思い出し、ある程度年齢を重ねた今ですらこんなにしんどいのに、学生だった私はどれだけしんどかったんだろうか。ただでさえストレス環境下にいたというのに、こんなしんどさも味わっていたなんて。という思いに行きつき、居ても立っても居られずに、ただあの喧嘩の時の言い過ぎを謝るためだけに、私に電話をかけてきたのであった。

知ってはいたけど、改めてこの人と友達になれて良かったなあと思った。そして、まだ私はひとりよがりだったのか、と思い知らされた。

実は私は道を分かつ前に既に友達に謝っていて、というのも、納得がいっていない部分も多かったが友達自分を思って言っているのはわかっていたし、色々と拗らせている自覚もあったからだ。友達も私を責めるスタンスであったし、私が謝り、その後も交流が続いていることで、一応は解決した案件だと思っていた。折り合いをつけたけど許せない言葉については相変わらず許すつもりはなかったけど、これは分からない人には分からない感情だし、仕方ないかとも思っていた。

しかし、わだかまりがあったのは友達もそうであったのだ。そして、当時の私を襲っていた不幸の類似経験したことで、その感情を知った。

歳を重ねると、なかなか素直になれないし、当時責めていた相手に謝るというのは殊更に一歩が出ない。たとえ相手気持ちを痛感するようなことがあっても。でも、思い立ってわざわざ電話をかけてまで謝ってくれた。

驚きすぎて間抜けな反応をしてしまったのは本当に申し訳ないが()、改めて私も謝り、そして感謝した。友達が謝ってくれたこと、当時を振り返られたこと、知ることが出来なかった事情を知れたこと、懐かしい話が沢山出来たこと。

あの時知ることが出来なかった友達の思い・事情を知ることが出来て、友達も私と同じような感情を知っているとわかって、それでやっと、私のわだかまりも完全に昇華することが出来たのだ。

友達も私もスッキリ出来た。(不覚にもちょっと泣いてしまった)

本当にこの人と友達になれて良かったし、この日を迎えるまでに自分が成長していてよかった。

これからも頑張れる気がする(チョロい)。

2020-05-25

僕ヤバ:山田はい市川・・・

自粛生活電子書籍コミック)の購入量が増える中で「僕ヤバ」にはまったのだが、40過ぎのおっさん思春期ラブコメをみてニヤニヤする様はとても見せられた物ではない。

妻とも娘とも共有できないので、匿名で吐き出そうという訳です。

山田はい市川を好きになったか問題

3巻の発売を控えて在宅勤務中にニヤニヤと関連情報を集めていると、こんな文章が目に入った。

市川はともかく、山田はい市川を好きになったのか?」

え、そりゃまぁ2人の交流が深まるにつれて徐々に、なんだろうけど。

少なくとも雨ガッパの話の時には好きだったんだよな?市川を待ってたわけだし。

とか思いつつ読み返してみたが、確かにこの時点で山田市川好意を持っているというのは腑に落ちない。

twitterから入ったので無意識に同じノリで考えていたが、この漫画は「距離・変化・気づきを丁寧に描いていきたい」と作者が言っているし、某高木さんや長瀞さんや宇崎ちゃんのような「都合いい好き」ではないはず。

偏見です。読んだことあるのは高木さんくらい。

なので、ちょっと確認してみた。

よくいる陰キャ男子

物語の開始時点で、山田にとって市川は誰でもない。かろうじて「たしかクラス男子だ」と分かる程度だ。

5話までにいくらかの交流があったが、名前を覚えた程度だと思う。

山田個人としての市川認識したのはおそらく6話(ナンパイセン回)で、市川がそれまでの傍観者立場から踏み出した事で、山田世界の具体的な登場人物になった。

クラス男子クラスメイトの市川、に昇格。

実は優しいやつ

その後13話まではクラスメイトとしての交流が続くが、それまでの市川から一方的な観察とは違い双方向でのコミュニケーションが増えている。

そして14話、体育の授業で山田は鼻を負傷、不安と悔しさに涙を流す。

市川はそれを見てなぜか自分も涙を流し、山田が好きな自分に気が付く。

続く15話では廊下で涙を拭く山田ポケットティッシュが切れた事に気付いた市川図書室に先回りして「ご自由にお使いください」と大量のポケットティッシュを配置。

山田にはバレバレだったようだが、市川の隠している優しさに触れて元気を取り戻す。

山田が鼻ギプスをしている15~17話では山田は鼻の負傷やバスケ部の退部でめずらしく弱っていて、しかもその弱さを友人にも出し切れていない。

その弱さの出口として市川の優しさに甘えたのが16話(自転車二人乗りパピコ回)で、結果として互いに少し気ごころを知ったように見える。

クラスメイトの市川友達 or 陰キャだけど実は優しいやつ、に昇格。

ちょっと気になる男子

その後プルーチェマックで遭遇、飴の弁護と、今までより濃い交流が続くが、あくまで仲のいい男子、という感じだ。

そして問題の雨降り回。

ここまで振り返ってみて、やはりこの時点で山田から市川への好意があるとは思えない。

市川好意山田が気付いているのでは?という意見もあるようだが、この時点でそれを感じているとしても単に「男子女子一般に寄せる好意」くらいにしか思わないのでは?

じゃあ、この雨ガッパ貸してイベントは何だったんだろうか、というと、市川モノローグにあった通り「イベントを楽しんでいる」のだと思った。

突然の雨にリア充たちが相合傘イベントを楽しむ様子を見て、仲のいい男子市川)と、ちょっと「君オク」的な恋愛イベントごっこをしてみた、というような。

その結果意外とドキドキしてしまい、市川は「ちょっと気になる男子」に昇格したのだと結論

その後職業見学当日までの2話、原さんと恋バナをしたがったり、神崎君が原さんと同じ班になれるように市川に目配せしたり、山田と同じ班になるためについた市川の嘘を見抜いてからかったり。

気になる男子ができた事について、山田は無邪気に楽しんでいるようだ。

そういえば、山田陽キャ市川とも物怖じなく話しかけていて男友達普通にいそうだが、少なくとも市川視点では、山田と他の男が話しているところは見かけない。

(向こうからしかけてくるナンパイセンが唯一の例外

じつは、山田本人の人生恋愛っぽいものが入り込んだのはこれが初めてなのかもしれない。

特別男子

で、その後は職業見学図書室でお菓子バレの危機なんかがあって、山田市川自分を想う気持ちにも自分市川を愛しく思っている事にも気づいていくわけだが、その辺は疑問の余地がないので特に

3巻では市川から見ると片思い山田から見ると両想い、という状態で、山田が進展させようと画策しては市川勘違いすまいと一歩退く、ツイヤバのニヤニヤ展開が続くのだろう。

で、1週間読者の胃をキリキリさせた42話・・・

早く6月にならんかな・・・!!

Kindleの方でも特装版が出ないかいなーーーー・・・っ!!

anond:20200525101525

その代わりSNSでは良い事をすれば大勢人間から賞賛される。

SNS大勢人間と繋がるのはそれが目的だろ。大勢人間交流して良い反応を得たいという。

悪い事をすれば大勢人間から批判されるのはその裏返しなわけで、

前者のメリットだけ享受しようってのは無理だよ。

anond:20200524200651

半々。技術営業だとセミナーなんかをやって、交流をつくって、営業ネタ技術というのはいものこと。

ただ、交流会すればそうなるかというと、そんなわけないだろっていうのも本当。技術1個で数年から十数年。それを営業に展開して5年10年、必ずしもウソではない。

anond:20200524233400

いや、同類だと思われないか安心してでいいんじゃねーのか?というのが半分。

もともとネットというのはリア充という単語があるように。いわゆる非モテ 非リアのたまりからスタートしているか

なんつーか。同類だと思われたくないのはそうだろうが、日本人集団自分からやってきて、おれは日本人交流があると思われたくないと言われても、言葉って難しいなとおもいつつ、トータルで言えば、思われないか安心してれば?いざとなったら、アカかえればいいよ。

2020-05-24

みんなのの同人ヒエラルキーものさしが知りたくなった話

https://note.com/komatsuna777/n/n1d69e89f8c59

「私にとってBLNLだもん!」とか言われると「あ゛?」となる件について



※この記事では便宜上男女CPのことをNL表記する個所がそこそこあります差別的意図はありません

このnoteの人はとりあえず既に何人かから言及されているようにネットのない所でおいしいものでも食べて心をいやしてほしいなあと思います

それはそれとしてこれを読んでてひとつ気になったのが「二次創作世界の謎ヒエラルキー」に関してです。

今でもほんのり名残はあるけど、

男性向け>>>>>女性向け恋愛なしオールキャラほのぼの>>>>BLCP>>>>>男女CP>>>>>>>>>>>>超えられない壁>>>>>>夢

ってヒエラルキーは確実にありました(※2)。なかったとは言わせないぞ。男性オタク女性二次創作全般を叩くけど、女性向け同人世界ではBL二次創作者は男女二次創作者と夢者を叩きまくってたじゃん。ついでに言うと男女の二次創作の人も夢の事は叩いてましたね。「叩いて【た】」って過去形にしたけど夢は今も叩かれがち。

っていう記述があるんですね。

で、自分はこの謎ヒエラルキーというのは全く感じたことがありません。

もちろんふわっとした「男性けが一番偉いんだ」とか「BLや夢は下に見られている」という認識はありましたが、男女CPBLCPより下に位置しているなんてことは思ったこともなかったですしBLって夢と同列で最下位争いしているダーティジャンルってイメージしかなかったんです。

から「夢は昔から叩かれてた!」と嘆き怨嗟煮凝りみたいになっているご本人の感覚否定したり歴史修正をするつもりはないんですが、自分とこの方でどうして同人ヒエラルキー認識に差が出たのか疑問に感じたわけです。


まず当時の自分同人ヒエラルキー認識についてですが、おおざっぱに書くと「男性向け>男女CPCPなし年齢制限なし>BL≧夢」です。自身属性としてはBLNLも嗜む腐、というのが近いかと思いますGL自分から見に行くことは少ないですが嫌いじゃないです。

BLと夢については底辺の腐がドンケツになりたくないからと叩いてもいいものを探した結果押し付け先として夢を選んだ、といったような感覚でして、腐としては夢を下に見ているけれど夢の人は夢の人でBLを下に見ているし男性向けとか男女CPやってる人からしたらどっちも等しく最底辺なんだから仲良くしなよくらいの認識をされている、と思ってました。

そしてこの方が仰ってるような「夢BL者は夢NL者をさらに下に見ていた」ですが、この感覚も食い違ってまして、男性主人公で更にエロとかあるような夢BLとか底辺たる夢の中でも更に下位では?という感覚でした。

で、どうしてこういった順位付けをするに至ったのか今の視点から推測しますとだいたいこんなところかなあと思います



生殖できて多数派である男女の関係の方が男同士の関係よりも「上」であるという前提があった

子供が産める方が偉い、という認識ですね。いくら真実の愛だとかなんだとか綺麗ごとを言ったところで同性での結婚が主流になれば人口先細りで滅亡します。個人事情を優先して人類未来を食いつぶすような同性同士の恋愛いくら誤魔化したところで上にくるわけがないだろ、みたいな認識です。

もちろんそういった認識はめちゃくちゃ乱暴ですし、そもそも生物学的に子孫を残せる異性恋愛は主流ではあるものの同性同士での恋愛をするグループ一定割合で生まれるのが自然なのでそこに序列を見出す意味がないとかそういう話もあったりするんですが、ともかく当時の自分は無邪気にそういう認識をしていました。

BLと実際の同性愛は違うし実際の同性愛であれば見下していいかと言えばもちろんそんなことはありません。

とにかく、BL好きな人は案外多いんだとか、オタク世界ではBL愛好者が多いとか、そんなもの順位には全く関係してこないんです。というかオタクという狭い界隈でいくら人口が多くたって一般人様の感覚=異性恋愛(という認識をしていた)の方が上に決まってるだろという認識でした。

からBLの方が尊いとかBLは偉いとか言う理論を聞くと、今は別の理由から「何言ってだお前」と思いますが当時も当時で無邪気な差別意識根底に「何言ってだお前」と思ってました。

前提が「BLはド底辺」でありそんなBLを好きな自分は「ド底辺人間」であって「ド底辺人間いくら集まろうとド底辺であることに変わりはない。クズいくら増えてもクズのままで急に善人になったりしないのと同じ」という自虐意識の塊だったんですね。

からするとこじらせ具合半端ないと思います



腐女子は常に何かに怯えていた

内圧も外圧もそれらが複雑に絡み合った結果のよくわからない何かもまあ理由は色々とありましたが、とにかく腐女子って周囲のことを敵だと思って常に何かに怯えているものだという認識でした。

マナー違反に怯えて謎マナーサイト流行するし腐叩きに怯えて検索避け流行するし、ダミーエンターとか無断リンク禁止とかオンラインブックマーク禁止とかもうめちゃくちゃ懐かしいです。

それだけ常に何かに怯えている人たちが上にいるなんて意識欠片もありませんでした。

ところで自分別にBLだけではなくむしろ王道主人公×ヒロインとかは大好物でして、そういうサイトなんかも見ることがありました。

で、自分観測してきたいわゆるNLサイトってまあ女オタク特有空気感みたいなものは確かにありましたけど、一般人から隠れるために検索避けしなきゃとか、我々は背徳者なんだとか、そういう類の恐れというのはBLサイトほど臭ってなかったんですね。

いわゆるサーチサイトとかからリンクをたどって、みたいな感じじゃなくてふつうロボット検索から調べて見つけて入るし、日記検索避けガー一般人様ガーとか書いたりしない。

もちろんジャンルでそれぞれ事情はあるかと思いますし、叩かれて潰されたサイトだってあったのでしょう。また、閲覧者から観測できない裏側では色々とあったのかもしれません。

自分サイトを探す手段ロボット検索に寄っていたので、結果的オープンサイトを見る割合が多かったというのもあるでしょう。

しか自分が見て来た範囲だと圧倒的に男女CPを取り扱ったサイトの方が圧力を感じないつくりになっていました。ですから判断自然観測結果に基づいた「男女CPの方が自由」という認識になっていきました。

CP違いによる宗教争いはある意味ではBLよりヤバかったかもしれませんが)



夢小説界隈は「虐げられる弱者」ではなく「底辺争いの戦争相手」だった

夢小説好きな人たちが自分から底辺に収まっていたら恐らく明確に夢小説を「下」だと思っていたのでしょうが夢小説好きな人たちがじゃあ「自分達はBL様より下でございます」なんて言っていたかと言えば当然ながらそんなことはありません。そもそも一方的に見下す過激派腐女子の方が大いに間違っています

それこそ「異性間での正常な恋愛を楽しんでいる私たちBLなんていう同性同士の恋愛を取り扱うような人たちに下に見られる言われはない」くらいの認識の人もいたんじゃないでしょうか。そういう主張は見ました。それはそれで大間違いではあるんですが。

実際問題過激派女子によるBLバッシング自体はそれこそ自分記憶しか残っておらずログ提示できないのですが、私の認識としては「存在しました」。

なのでそういう意味では「夢女子BL叩きをしてきた歴史をなかったとは言わせねーぞ」と思う感覚も皆無ではないです。

ただ、結局のところこのあたりってお互いに過激派が暴れたせいで問題点ばかり目に映っていたのではないかとは思っています。そして母体数のでかいBLが周囲を叩いていた割合は他の母体数の少ない属性で見るよりは多いんだろうなとも。

なので元記事の方の認識は、まあ認知の歪みはあるだろうなとは思ってますが、たぶん概ねあってるんじゃないかな。

そもそも腐女子にしても夢女子にしても「自虐傾向が強くて隠れたがるグループ」って、つまりグループとは必然的干渉が最低限になるので「自分達が最底辺です地下に潜ってひっそり邪魔しないように活動するので許して下さい」なんてやってる人たち気軽に観測できるわきゃねーわなって話です。

でまあ、そういう隠れて抑圧が貯まった夢女子自分達が見下せる相手を探して謎理論の元に夢BLは夢NLよりも上だ、とかやっていたとしたら、そういうことも十分考えられるよなあ、というかいじめられっ子が更に下位の人間を見つけ出して虐めるのはもう構造としてはめちゃめちゃよくあるパターンなので真実なんだろうなあ、と思います

ただ、BLNLより上位に見る人たちは個人的にそもそもジャンルが違うので腐女子として雑にグループ分けされたくねぇなあとか思わなくもなくもないです。このへんは単なるお気持ちの話ですが。



・他ジャンルを叩くようなヤババな人とは距離を置いていた

いや、常識的に考えて欲しいんですけど、そんな「夢はクソ」とかいう人たちとか「NLはクソ」とか言う人たちとかとお友達になりたいって思います自分は思いません。

こう、ふんわりと無意識的に下に見てるくらいのあまり表面化しない差別意識とかが漂ってたりとか、それに流されて自分もいろいろと間違った認識してたよなあとかそういうのはあるんですけど、それでも「夢小説ってキモいよねー」とか堂々と日記ブログとかで個人的な話をするやつ。今でいうSNSみたいな)とかで悪口いっちゃったり「NLなんてダサいよねー」なんて躊躇なく口にできるような人とお近づきになりたくないじゃないですか

で、そういう過激派から距離を置いたら、あとは観測できるのってそれこそBL憎しでサイトに突っ込んでくる別派閥過激派か、味方を増やそうとすり寄ってくる近似派閥過激派くらいのものなんですよ。

そして自分は夢は理解できない類のジャンルなのでまあなんとなくそういうのあるんだなーくらいのふんわりした認識から近寄らないわけです。

そんな中で「腐やNL者に叩かれて困ってる夢者」とかはなかなか観測できないし、「NL者が腐や夢者に叩かれて困ってる」とかもまず見ないわけです。

そしてたまにそういうイタタタな人がでると「ジャンルの恥さらしが」とか「ああい基地外には近寄らんとこ」みたいにゆるやかに村八分が進行していくので「腐は○○を叩く」みたいな認識にはならないんです。

ジャンルの大半が別派閥叩きするようなやべージャンルとかはもう属性問題ではなくあのジャンルヤバイという認識になりますし、ジャンルから距離を置きますし。



自分はいわゆる「ひきこもりサイト管理人」なので周囲との認識のすり合わせをする機会がほぼなかった

このへんもあると思います自分の好きなものかい自分の好みにサイト方針を決めて、あとはサイトを作ったころには過剰な検索避けに疑問を覚えていた頃だったので割とゆるめの方針を取っていたので、検索避けがっちりしたいサイト交流すると向こうが嫌がるんじゃないかなあとか考えたりもしたことがあって、あまり自分から交流しにはいかなかったんですね。

ですので自分認識特にふんわりとした主観に基づくヒエラルキーの答え合わせなんてする機会はとんとなく、だから認識が変わるようなこともありませんでした。

ですから今の時点でも私の抱えるヒエラルキー認識一般的なのか例外的なのかはよく分からないままです。


実際皆さんの認識してたヒエラルキーってどんな感じですかね。

これが割と知りたいのでもしよかったら教えてくれると個人的に喜びます。お礼はとくにないです。

anond:20200524222148

もうちょっと他人交流したりして思い出を作ってこうぜ

ひとり部屋でこもってると暑い寒いもまったく記憶に残らん人生だぜ?

ネット交流ではなく辞書代わりにだけしてる人が生産性高いやろ

個人発信は辞めたらいいんじゃないか。

Googleなんかは社内だけ検索かけてれば、いらないことに目を向けないで済みそうだし。

anond:20200524070038

増田の妻がそういう形で不満を述べるということは、決して増田の友だちと話すことが妻にとって純粋楽しいことではないということだ。

増田の妻は義務感でなんとか楽しみを見出してる。

から私はあなたの友だちと交流してるんだから私の友だちとあなたも仲良くするべきという発想になる。

コミュ障でよくあるのが、人間勝手気ままに生きてる物で自分はそのしわ寄せを受けていると勘違いしているということだ。

たいていの人間は多少の不快感には目を瞑り気を使っていつでも楽しそうに振る舞うし、打ち解けた態度を示さないのは拒絶感の現れであり相手に対して失礼だと考えている。

友好的な態度を取らないコミュ障がそれ故に愛想を尽かされること自体には同情しないこともないが、それをエゴ押し付けだとコミュ障側が履き違えるとすればそれは図に乗っているとしか言いようがない。

ツイッターのせいでゾーニングがぶっ壊れた

昔のインターネット棲み分けができていた。

ゲーム好きはゲーム好きが集まるサイトがあったし、ほかのジャンルでもしかり。

しかし、ツイッターが台頭してからそういった棲み分けがなくなってしまった。

全員がツイッターで会話する状態になってしまったので、そのせいで衝突が起きるようになってしまった。

たとえば、以前はオタクヤンキーは使うサービスが違ったので、バカッターだの晒しあげたりすることもなかった。

主義主張の違いも、それぞれ使うサイトが違ってたから激しい衝突も起きなかった。

たとえば昔はネトウヨリベラルが同じサイトを利用していて返信しあうなんてことはあり得なかったわけよ。

今、断絶が深まってるみたいに言われているけど、実態はまったく逆。

しろツイッターがなんでもかんでもタイムラインに表示してゾーニングをなき者にしたから、変な衝突が起きている。

まりかつてないほど断絶してないからこそ、こんなに交流が激しくなっている。

問題解決するのは簡単で、公式リツイートいいねタイムライン表示もなくせばいい。

ツイッター責任は重いよ。まるでアテネ民主制崩壊再現しているみたいだ。

anond:20200523134844

お気持ち需要があるようなので提供しま

うーん、これは甘い。そもそも、なんで今回ボイスの方は3位までしか発表されなかったか

荒れるんだよ。荒れるだけの母数がいる。そいつらが「どうして俺の担当が…」となる。

昨年までだと、総選挙で全力で他アイドル担当Pにお願いして、

その結果が50位以内には入ったもののボイスには至らない。そういうことが往々にしてあった。

そして次の年も戦いに挑んでいく。

そこそこわかっているPならアイドル特定できる範囲で話を進める。

俺が総選挙に手を出し始めたのは2016年だ。その時は何も考えず担当に入れていた。

そのうち多少P同士の交流も増えてきて、次の総選挙では露骨な流れに巻き込まれることになった。

このアイドル担当なら、今回は団結してこっちに入れましょう的なアレだ。

俺は当惑してしまった。要は担当ちゃんと推すなら他のアイドル投票しろということだ。

担当には声がついており、そのアイドルには声がついていない。理にはかなっている。

正直悪くはなかった。別にそっちも推していないわけではない。だが、どうも不誠実に感じた。

やっぱり好きな担当に正直に投票すべきじゃないか

その代わり、仁義を果たさなかったんだから投票を頼まれアイドルを推すのはやめた。

自戒を込めて、机の常に見える場所にそのアイドルラバーストラップを置いてある。

結局、結果そのアイドルは4位だった。担当は50位から落ちた。ここで察しの良いPはこの複雑な事情を分かるだろう。

さて、ここから歯車が狂っていった。「勝利」に味をしめ、集団は「次」を求めはじめる。

担当とそのアイドルが入っている、アイドルマスターシンデレラガールズ最初から伝統の5人組ユニット、そのうちの声がついていない最後の一人に声を当てようと。

次の年はその流れになった。担当も、最後の一人も50位以内に入れなかった。

このあたりから一部のPは薄々感づいてきたようだ。自分担当総選挙で見ることはもうないのではないか

次の総選挙の告知があったとき、あからさまな2つの陣営に分かれてしまった。あくま担当を推すPと、「次」を求めるPだ。

そして、複数お気持ちが投下された。

ここにいたり俺は思った。仲間割れしていたのでは、もうだめだ。

これは投票をしても、もはや推すことになるかどうか怪しい。単にどこかの政治に巻き込まれるだけだ。

そこで登場したのが夢見りあむである

りあむに関しては、彼女が実際に魅力的なアイドルであることは、ぷちデレラを進めればわかるだろう。

まあわからなくてもよい。

総選挙が始まり、私は全票をりあむに投じた。

2日目か3日目か忘れたが、有志による集計が回ってきた。

まさか3位とは…

引くに引けなくなった。

そのままりあむは3位になった。「勝利」が来てしまった。

コロナの中ぎりぎりで滑り込んだ形の大阪公演、それをLVで観て頭が真っ白になった。

さて、ようやく今年の話になる。

総選挙とボイスが分かれて正直ほっとした。これで担当政治なしに推せる。

緊急事態宣言で鬱を発症してしまい、そんなに票を投じることはできなかったが、心置きなく担当に入れることができた。

ボイスは「マシーナリーとも子」氏に仁義を通す点で池袋晶葉ちゃんにいれた。

んーまあ結果は…一般に50位から落ちたらなかなか上がるのが難しくなる。仲間割れを起こしたコミュニティが団結するには時間を要するだろう。

ボイスが全体としてどうなったのかはわからない。おそらくわからなくてよい。汚い部分を隔離した形になってしまったのだから

2020-05-23

anond:20200523234146

初心者のころを過ぎたら、ある程度何でも構造というかパターンが見えてきますよね。

カードゲームなんかは、ギルドとかで人間関係があって交流度合いによっても振る舞いが変わってきたりするけど

そういうのなしのソロプレイだったら、また違うのかも。

まり深刻に考えずに、気楽にどうぞ。

とある模型サークルのようなもの崩壊した話

もうすでにだいぶややこしいことになっているんだけど、たぶん今後はもっとややこしいことになりそうな気がするし、

もしそうならなくても、ややこしいことになるかもという不安を抱え続けるのも面倒なので、ぼちぼちの経緯を書いておこうと思う。

もちろん、この文章フィクションだし、誰が書いたのかをこの掲示板や各種SNSで明かすことはない。

フィクションなので「これは○○サークルの件だ!」とか、「この人、よくしゃべっていた人だけどこんなことする人だったんだ・・・」等の感想は、ただの映画ドラマ登場人物に向けられるものと同じ。

なぜなら、フィクションからね。

結論から書くけど、自分所属していた模型サークルは内部崩壊した。というより、自分ともう一人の、自分から見れば【問題児】だった人との衝突があり、

衝突がサークル内部だけではなく匿名掲示板にまで飛び火・・・というか自分一方的に叩かれたんだけど、そんなことになったので、

自分サークルを抜けて、後日聞いてみたらそのサークルは全員幽霊部員みたいな形、

まり「数名の人間名前があるだけのサークル」になり、活動らしい活動もしていないらしい。

もっとも、自分は【問題児】以外の全員と、今まで通り遊びに行っているのだけども。

そもそもサークルの発端は、自分地元模型イベントで一人のモデラーさんに声をかけ、

の子がすでに知り合いだったモデラーさんと飲み会をしている場に呼んでくれて、幸いなことに意気投合したところから始まる。

それからは何度か飲みにいったり、会場をレンタルする手順を調べて製作会をしたりして、まとめて連絡するためにライングループを作って予定を合わせるようになった。

何度目かの製作会の事後ツイートをしたときに、かの【問題児から参加させてほしい旨の申し出があり、

自分ではなく別の子たまたま模型屋さんでその【問題児】と話してみて、

問題がなさそうだったかライングループに入れることとなった。

実際、最初のほうは自分も特段、ややこしい性格をした相手だと思わなかった。

ただ、自分を含めた初期の4名は、

どちらかというと保守的・・・というよりシンプルに「模型集団で作ったり飲んだりし、

それを見せびらかしてマウントをとることができる」という発想がなくて、

まり人を増やすつもりもなかった。

なかったんだけど、【問題児】は違った。どうにも、サークルを大きくしたい・・・これは自分想像しかないんだけど、

「大きなサークル代表になりたい」と思っているようだった。

実際、自分以外のモデラーさんは所謂フォロワー数が大きい有名モデラーさんだったし、

そういうモデラーさんと同じサークルにいる、もしくは同じサークル代表である、と他人に言うのは愉しいことなのかもしれないと思う。

それで、結局人がちょいちょい増えたし、【問題児】が誘ってきた人には全然問題がなかった・・・というのは、サークルが無くなった今でも普通に飲んだり遊んだりしている現状から想像できると思う。

ある程度人が増えてから初期メンバーの子が、自分たちでイベントをしたいと、個人的相談をくれたことがあった。

自分は単純におもしろそうだと思ったし、なにより応援してあげたかたから、その新イベント運営メンバーになった。

それから、【問題児】も運営メンバーになり、3人体制で新イベントを進めることとなった。

イベントというのは、今までのような身内で遊ぶ会ではなく、積極的にいろんな人が来られるような、お祭りのような交流会をしたい・・・そんな思いから始まったものだと自分理解していた。

なので、言い出しっぺの子目的がそぐわないようによく意見を聞いた。

また、今までと違いどのような人が来るかわからいから、かなり慎重な姿勢で内容を詰めることを心掛けていた。

さて、ここで【問題児】がいよいよ本格的な問題児ぶりを発揮し始める。

独断専行、というか「もう相手方にOKを出しちゃったから何が何でもOKしろ」という背景があったのではないかと推測していたんだけども、

とにかく勝手物事を決めてしまうようになった。決めたうえに、他のメンバーには事後承諾で承諾せざるを得ない内容で進めてしまうことが増えた。

そのような傾向が見て取れたので、自分はその事後承諾で進めようとしているネタに対し、かなりシビアな目で反対するようにした。

残念なことに、その【問題児】が最年長で、自分がその次に年上、言い出しっぺの子は一番若かったからだ。

周囲から見たら、大人二人がぎゃあぎゃあ喧嘩をしているように見えたかもしれない。というか、むしろそう見えていたらまだありがたくて、

問題児】の問題児たる所以は「嫌いな人のことを他人にいいように触れ回る」点だったので、

自分がただの悪者にされている可能性も大いにあるのだ。

自分主観では【問題児】だけが目的をはき違えている、

もしくはサークルときにも疑わしかった「サークル代表になりたい」という目的のために

イベント私的に利用しようとしているようだった。だから、何度かミーティングで釘を刺したし、

わざわざ飲みにも行って目的再確認したこともあった。

でも、何の効果もなかった。

そこから先は面白いように崩れていくんだけど、とにかく目的が一人だけ全然違うことが目に見えて分かる動きばかりしていたし、

もう無理だな・・・と思ったのは、メンバーの中で【問題児】以外が明確な文面で反対していた企画を無理やり押し通したときだった。

で、地元を盛り上げるためのイベントだったはずなのに地元以外の人間をとにかくチヤホヤするし、運営仕事もろくにせず、ただ声を大きくして宣伝するだけで、

から見たらまごうことなき中心人物だった【問題児】は、自分からすればただアピールをしたいだけの厄介な人間だった、ってわけ。

たぶん地元ではない参加者、つまり問題児】がチヤホヤたかった人間には問題児によるフィルターを通した情報がいっているような気がするし、

それはイベントときの態度の差を見れば勘づくくらいのものだった。

詳細を書いていくときりがないし、もう本当に面倒くさいのでそろそろおしまいにするけど、自分が言いたいのは

サークル製作活動も後から入ってきた二番煎じであり、さも自分が中心人物であるかのように振舞うのは情けないから止めたほうがいい

イベントは【問題児のものでもなければ、自分のものでもないし、強いて言うなら言い出しっぺの子のものだし、

たぶんその子はそんなことを望んでないから「みんなのもの」とするのが正解だと思われる。

そして、その子がやりたかたことに無理やり乗っかってイベントのものを乗っ取ろうとするのは、年上の人間として本当に恥ずかしいことだと自覚したほうがいい

この2点。なんか長文になっちゃったけどね。

模型の将来が・・・とか、学生の子模型を買うチャンスを奪ってはいけない・・・とかの大義名分をかざすのであれば、

まずは身近な部分、大事にしなきゃいけない集団を見誤ってはいけないし、自分の行動・言動それから外れるのは何のお手本にもならないよ、ってこと。

年を重ねてから趣味の友人って本当にありがたい存在だし、同じものが好きなのってすごく稀有なことだと年々実感するし、

でも、別に友人だから同じものを嫌いになって一緒に叩く必要なんてないと思うし、叩く対象が増えれば増えるほど自分の首は締まっていく一方だし。

後半は主題から逸れちゃったけど、最近すごく実感したことから自覚して行動を顧みたほうがいいと思う・・・と、年下が生意気にも説教じみたことを書くよ、ってだけの話。

できればこのままインターネットに埋もれた文章のままであってほしいし、何かの手違いで文章が浮かび上がってきて、天文学的確率で本人に届いたとて、

たぶん自分の言いたいことは全然伝わらないだろうし、曲解したままあちらの身内に広めていくんだろうな、なんて諦めながら、このフィクションの話はおしまい

フィクションからね。

イラストとかプログラムなんかでも

https://anond.hatelabo.jp/20200523121007

イラストとか簡単システム構築なんかでもできる奴が社内にいればそいつに頼んじゃうからな。

どんなに優秀だろうが会ったこともない、知らない奴とか話すの怖いし普通は関わらない。

広く浅くできたほうが有利ってことだよな。

zunの絵が評価されてるのはzun音楽プログラムができたからだろうし

俺は一芸を極めるんだ、って奴は単なるアスペからろくに交流も深められず、使われず埋もれていくしかない。

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