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はてなキーワード: 大衆文化とは

2020-08-23

米津玄師ファンを辞めた話

米津玄師国民アーティストとなって久しい。

もとよりアイネクライネをはじめとしてLOSER、ピースサインなど若者を中心に認知はされていたけれども、Lemonがこんなにも幅広い年代に聴かれる曲になるとは思っていなかった。音楽といえば昭和歌謡で止まっている私の母でさえもCDで何度も聴きライブDVDを繰り返し観た。その母よりもさら流行りに疎い父でも、とりあえずは「米津玄師」の名を知っているというほど、Lemonは彼の存在を世に知らしめた。

そして8月5日米津玄師の3年ぶりとなるアルバム『Stray Sheep』がリリースされた。Lemon、flamingo、馬と鹿など数多の人気曲を引っさげた「最高傑作」と評価されたアルバムだ。

当然私も買った。そして全曲聴き終わった後、脱力してしまった。「みんなのものになってしまった」と、ほんの少しの絶望と寂しさを感じたのだ。

私は彼の大古参ファンという訳ではないが、それでもハチ時代の曲はそれなりに聴いてきたし、米津玄師の名でメジャーデビューしてからはずっと彼を追いかけていた。ボカロPとしては伝説級の人物で、ボカロ全盛期と言われたあの時代を生きた人間しかこ感覚は分からないと思う。多分この感情を持っている時点で、これから米津玄師についていける人間のふるい落としにかけられていた。

ハチ(ボカロ)の曲をバカにしていた友人が米津玄師の曲を褒めているのを見るとムカつく」というのはLemon以前、もっと言えば一回目の転機になったであろうアイネクライネ以前から応援しているファンの中でのテンプレ感情である。「応援してたインディーズバンドメジャーデビューしてちょっと寂しい現象」と似たものなんだと思う。かくいう私もLemonが大ヒットを飛ばしている最中自分の事のように誇らしい気持ちの裏にどこかそれと同じ感情を抱いていた。それを拗らせに拗らせた結果がこのブログだ。(そのようなテンプレ感情を患わせた古参米津オタクのみんなにはなるべく新規ファンに優しくしてくれることを祈る)

ただ、それはある種仕方の無いことだ。ハチから米津玄師初期、アルバムでいうとdioramaやYANKEEあたりの曲と、BOOTLEGやStray Sheepの曲の雰囲気はまったく異なるから新海誠で例えると『秒速5センチメートル』と『君の名は。』くらい違う。

それでも私はあからさまに変わった彼の音楽に対して感じる寂しさを拭えきれなかった。

音楽の専門的なことはよく分からないので「この曲のこの音が〜」などと詳しい話はできないが、単純に昔の彼の音楽が大好きだった。好みの別れそうなおどろおどろしいサウンドや、少し毒々しい歌詞名前も付けられないような感情を代弁してくれたような優しい歌詞も。米津玄師は私にとって、教室の片隅にちょこんといる人間を、誰も知らないアミューズメントパークにこっそりと連れ出してくれる魔法使いみたいな存在だった。そこで集まったみんなは似たもの同士だった。一種選民思想的なものさえ感じていた。

だけど今では「好きなアーティスト米津玄師です」と言うのがはばかられる程の人気者になった。好きであろうと嫌いであろうと、とにかく新曲情報が入ってくる。そんなポップアーティストとなった。

米津玄師」の名のついたものはなんでも売れる。それくらい、彼は彼自身ブランドを築き上げた。もう小学生適当に作った曲でも、米津玄師製作と銘を打てば売れるんじゃないかって、そんな意地悪なことも考えたりするほど。

そして彼を好きであることはアイデンティティでもなんでもなくなった。

みんなが彼の曲を聴くから。彼の音楽大衆文化として消費されるようになったから。純粋に彼の心地よい魔法にかかっていたのが一変、彼の噂を聞きつけた野蛮な人間に土足で村を踏み入られたように感じられて、なんだか居心地が悪くなった。

何が悲しいかって、彼自身がそれを望んでいたことだ。

米津玄師は度々インタビューで「普遍的ものを作りたかった」と語っていた。そしてそれがLemonであった、と。

その言葉を聞いたときに、「みんなの歌」じゃなくて「私たちの歌」を作ってよ、と叫びたくなった。しかしそれと同時に勘違いしていたことに気づいた。私は勝手自分エゴ押し付けていたのだ。彼を自分代弁者だ、「こっち側」だ、と祭り上げていた。彼が見ている世界は、そんな小さなものではなかったのに。だけど、どうしてもそれが、置いていかれたみたいで嫌だった。

よくよく落ち着いてみると、こうして純粋に彼の曲を楽しめなくなってしまったのは、私が本当に好きだったのが「あの頃の米津玄師」ではなく「あの頃の米津玄師を好きな私」だったからかもしれない。それはそれでかまわない。

どれだけ私が寂しがったところで、彼はこれからも素敵な曲を書きもっともっと愛されるアーティストになっていくだろう。コンサートで「誰一人この船から落としたくない」と語ったように、これから米津玄師という船は正しく真っ直ぐ平等に、より多くの人を救うような、より多くの人が楽しめる方へと舵を切っていくのだ。

彼の素晴らしい旅路に祝福を。無惨にもその船から零れ落ちて溺れ死んだ人間からささやかな反逆心を持って言葉を送らせてもらう。





追伸・この文章を書いている最中米津玄師カロリーメイトCMに出ていることを知り、さら絶望した。

2020-07-27

anond:20200726172217

90年代オタククリエイターを通して間接的に昭和50~63年の影響を受けてるんだよ

例えば小室哲哉布袋80年代活動90年代スタイルに大きく影響しているしビーイング浅倉大介も彼らの影響下にあるやろ

J-popという様式を形作った奴らに影響を与えたものはだいたい昭和末期にあるんだよ

またエヴァナデシコCCさくらウテナ云々の、俗にいう世紀末感漂うオカルト趣味や、7,80年代のロボアニメや少女漫画オマージュに溢れたアニメ雰囲気

明らかに7,80年代青春を過ごした人の趣味がにじみ出てる

90年代って80年代ごろに日陰に追いやられていたものが徐々に表に浸透しだした時代じゃねえの?

それから松田聖子とかおにゃん子みたいなフリフリぶりぶりアイドルは俺がいっているような80年代アングラとは真逆の大量消費社会権化のような大衆文化やろ

2020-06-10

anond:20200610111545

S-Fマガジンの創刊が1959年、第1回日本SF大会の開催が1962年からそのくらいなんだろうな。

その当時はアメリカでも「Sci-Fi表記は定着していなかったんじゃないか

英語版Wikipedia

フォレスト J. アッカーマンは、1954年に初めて「sci-fi」(当時流行していた「hi-fi」に類似)という言葉を使ったとされています。Science Fictionが大衆文化の中に入ってくると、この分野で活躍する作家ファンは、「sci-fi」という用語から予算ローテクな「B級映画」や質の低いScience Fictionを連想するようになりました。1970年代になると、デイモン・ナイトテリー・カーなど、この分野の批評家たちは「sci fi」という言葉を使って、ハック・ワークとシリアスなScience Fictionを区別するようになりました。ピーターニコルズは、「SF」(または「sf」)は「SF作家と読者のコミュニティ内で好まれ略語である」と書いています

2020-06-05

anond:20200605103830

日本における演劇大衆文化ではないので、教育効果とかどうでもいいでしょ。

2020-02-26

[]オタクとはこだわりで社会性を損ねた人

欧米こそ至高 の はてなーに習い、オックスフォード辞典より、


otaku
(in Japan) a young person who is obsessed with computers or particular aspects of popular culture to the detriment of their social skills.
‘every other otaku can run on about their hobby endlessly’

大衆文化特定の側面にこだわるあまり社会性を損ねるそうである

えらいっこっちゃなぁ

では英語圏オタク意味のあるgeeknerd はどうだろう?


geek
1 An unfashionable or socially inept person.
1.1 usually with modifier A knowledgeable and obsessive enthusiast.
‘a computer geek

社会不適応者だそうです、容赦ないね


nerd
1 A foolish or contemptible person who lacks social skills or is boringly studious.
‘I was a serious nerd until I discovered girls and cars’
1.1 A single-minded expert in a particular technical field.
‘a computer nerd

いちばん表現マイルドではあるが社会性に欠けるガリ勉だそうな

しかし、いちばんマイルドっぽいnerd日常では単なる悪口らしい


かにgeek日本でも自称したり褒め言葉に使ったりするがnerdは無い

まぁいずれにせよ自ら『社会性に問題がある』と表明するのは賢い振る舞いとは言えないね

オタク自称オタク面接イメージすればわかりやすいと思う→ anond:20200225231135

anond:20200225233402

トラバ消し逃げ、はぁ〜・・・😒↓

2020-01-11

anond:20200109114755

今更だけど

日本語英語系では,言語的に音の単位が違う。

で、日本語は、同じ拍数で表現できる言語情報が少ない。

すると、日本語ラップを聞いても、「こいつのリリックええやん」となりにくい。

結果、普及しにくい。

音の単位について、例えばパプリカのサビ冒頭とその英訳

同じ「パプリカ」と言う単語でも、英語の方が拍(リズム構成要素)が少ない。

英訳比較してみると、多くの場合日本語の拍数が多いと思う。

(その分日本語は語の省略が多いが)

また、日英のラップ形態素数/単語数を比較してみてもいい。全体としては、日本語の方が少ないはず。

すると、日本語は、ラップリリック自然表現できる情報が減る(語を詰め込む,と言う手段もあるにはあるけど)。

海外ではラップ系の音楽は,アレンジ等に加えてリリックに魅力を感じて鑑賞する人が多い。

一方で,日本語ラップは、同じように日本人大衆文化にはなりにくい。

2020-01-07

anond:20200107142756

言わんやで

欧米こそ至高 の はてなーに習い、オックスフォード辞典より、


otaku
(in Japan) a young person who is obsessed with computers or particular aspects of popular culture to the detriment of their social skills.
‘every other otaku can run on about their hobby endlessly’

大衆文化特定の側面にこだわるあまり社会性を損ねるそうである

えらいっこっちゃなぁ

では英語圏オタク意味のあるgeeknerd はどうだろう?

geek
1 An unfashionable or socially inept person.
1.1 usually with modifier A knowledgeable and obsessive enthusiast.
‘a computer geek

社会不適応者だそうです、容赦ないね


nerd
1 A foolish or contemptible person who lacks social skills or is boringly studious.
‘I was a serious nerd until I discovered girls and cars’
1.1 A single-minded expert in a particular technical field.
‘a computer nerd


いちばん表現マイルドではあるが社会性に欠けるガリ勉だそうな

しかし、いちばんマイルドっぽいnerd日常では単なる悪口らしい

かにgeek日本でも自称したり褒め言葉に使ったりするがnerdは無い

まぁいずれにせよ自ら『社会性に問題がある』と表明するのは賢い振る舞いとは言えないので

バカでおおまかに問題ない

2019-10-14

anond:20191012060522

アートという分野では日本はまぁ圧倒的に弱い。何故なら日本江戸時代から大衆文化が圧倒的に強かったか

アートって言ってる時点で相手土俵に上がってるし

そこに支援金をよこせ、って時点で放っておけば滅ぶ文化な訳で

そんなのは日本が残してる一部の貴族文化とも言える能や茶道とかを存続させる程度にしとくべきだろう

なので、欧米現代に一部の貴族文化大衆化しようとしてるアートなんて代物よりも

日本では漫画アニメゲームによる経済規模や影響力で語るべきじゃないか

(やってる方は国連から来ました、って連中だからこそこういう方面から攻めるんだろうけど)

不快にさせる表現でもそれを評価される努力を怠った作品

アートという言い訳で国が手助けするってのは甘すぎるだろ

2019-08-23

anond:20190822233353

あえてマジレス的に考察比較してみる(★印は主観だが、世界観点のつもり)

1899年1909年 激変度★★★

 世界帝国主義絶頂期。飛行機実用化、ドレッドノート軍艦が登場。

 国内日露戦争に勝って一流国の仲間入りした気分になる。

1909年1919年 激変度★★★★★

 世界:清・独・露・オーストリアトルコ革命帝政やめる。第一次世界大戦で陸海空の技術レベルが激変。男が兵隊に取られた分を埋めるため女性社会進出が拡大。

 国内第一次世界大戦成金が続出。余禄で商工業が発達。

1919年1929年 激変度★★

 世界基本的に2つの大戦間の平穏な時期。アメリカ大戦後の好景気で急成長。自動車産業が発達。あと各国でラジオ映画が普及して大衆文化が拡大。

 日本大正デモクラシーの時期。藩閥政治家が高齢化して影響力を失う。

1929年1939年 激変度★★★

 世界恐慌で各国経済がガタガタになる。ファシズムが台頭。

 日本満州開拓戦争景気の時代右翼テロ流行

1939年1949年 激変度★★★★★

 世界第二次世界大戦の勃発と終結冷戦体制の到来。核兵器ロケット兵器実用化。戦勝国の多くも植民地を手放す。

 日本敗戦大日本帝国は一度滅亡。新憲法が制定。社会制度は激変したが、日本人の大部分は引き続き貧乏農民で、生活風景昭和初期とそれほど変わってないはず。

1949年1959年 激変度★★

 世界戦後復興でみな忙しい。あと冷戦期。

 日本:まだみんな貧乏。でも高度経済成長が始まる。

1959年1969年 激変度★★★★

 世界冷戦体制から緊張緩和。東南アジアとかアフリカ諸国とか次々と独立カウンターカルチャーとか出てくる。新左翼運動が激化。汎用コンピュータと月ロケットが登場。

 日本高度経済成長が本格化。農家個人商店からサラリーマン世帯が激増し、家電製品自家用車が一気に普及テレビが普及してエンタメも変化

1969年1979年 激変度★★

 世界ベトナム戦争は失敗。米中が国交樹立。米ソ両陣営とも停滞。

 日本オイルショック高度経済成長が終了。新左翼運動が失速。

1979年1989年 激変度★★★

 世界:前半は停滞の冷戦体制。後半急に米ソ冷戦は雪解け、ソ連より中国のほうが危険視されるようになる。イランイラク戦争を契機にイスラム原理主義が台頭。

 日本:一億中流とかポストモダンとか言ってたおめでたい時代。後半はバブル突入

1989年1999年 激変度★★★

 世界冷戦体制終結世界アメリカ一人勝ち……と思ってたんだよこの頃は。インターネットの普及、といってもまだダイヤルアップ時代

 日本バブル崩壊。だんだんみんな貧乏になる。ネットはまだどちらかといえばオタクアイテム宮崎勤という男のせいでオタは日陰者だった黒歴史時代

1999年2009年 激変度★★★

 世界テロ戦争時代中国経済が急成長。最後のほうはリーマンショックネットの高速・常時接続化とともに電子商取引が普及。後半にスマホが登場。

 日本失われた10年だか20年だか。新自由主義構造改革活性化するつもりで失敗。宮崎駿だの押井守だの庵野秀明だのの商業成功のせいか、いつの間にか「ジャパニメーション日本が誇る文化」になった。

2009年2019年 激変度★★

 日本:引き続き、総じて先進国は少しずつ落ちてアジア新興国が伸びる。

 日本:失われた20年だか30年だか。

2019-06-16

漫画は読解力を必要としない、素晴らしい大衆文化

https://anond.hatelabo.jp/20190615222650

 

タイトルは半分ウソ

漫画を最大限楽しむには、それ相応の読解力と知識必要とする

 

教養社会情勢も知っておいたほうが良いし、流行りの漫画アニメを見ておいたほうが楽しめる

ミームも知っていた方が良い

日本学校教育は一通り、良い面も悪い面も経験しておいたほうが良い

歴史科学武器知識も笑いの理解も色恋や萌えも大体知っておいたほうが良い

その上でキャラクターの心情を、絵や言葉表現から読み解くスキル必要

 

っていうようなことを、読者に強く要求しないあたりが好きだ

お高くとまろうとしない、むしろお高く止まろうとすると好意的に受け取られないかそもそもニッチになる

 

これまで多くの媒体がお高く止まろうとして、衰退していった

漫画もひょっとしたらいずれそうなるかもしれないが、今はまだそうなっていない

鍵になるのは「子供向けである」ということだ

漫画アニメゲームのようなものは、「子供向けだから」で下に見られてきた時代があったが

子供向けだからこそ長く続くのではないかと思っている

 

からお高く止まろうとさせる大人ファンが現れたら

「それは違う、難しいのは表現者の落ち度だ」と言ってやりたいんだ

(例えその漫画がどれだけ面白かろうが)

2019-03-29

anond:20190329112409

こんにちは~、人文系修士号を取得した表現の自由戦士(笑)で~す。

最近社会学VSオタクという構図になってきているが、同時にほとんどの場合社会学VSラノベオタクでもある。

なぜラノベオタクラノベという人文・社会科学産物を超好意的に嗜んでいながら反文学部的なスタンスなのかは興味深い話題でもある。

ひとつの仮説として考えたのは、ラノベオタクは人文・社会科学系の専門書を大して読んでいないということだ(多くの人は理系なのだろう)。そして彼らはラノベや彼らが「一般小説」と読んでいる類の大衆文学ばかり読んでいるということ。

勝手にVS構造にしないでくださ~い。歴史学研究書も人類学論文社会学啓蒙書もなんなら政治学英語論文も読んでま~す。そのうえでラノベ大好き漫画最高アニメ愛好家で~す。

嫌いなのは本来別に対立なんてしていない人文系学問オタク文化を対立させようとする連中で~す。

あと自分の嫌いなもの公共空間から排除せよと主張する人たちも嫌いで~す。公共空間であるからこそ雑多なもの共存が認められるべきだと思いま~す。

性的消費については、女性向けコンテンツでの男性性的消費とかもあるので、お互い様もっと自由にやっていこう、というスタンスで~す。性の解放ばんざい。

彼らは自分は「読書家」だから知的人間だと思っているのだろう。

英語の本とか中国語の本とかも読んでるけど、せいぜいが年に百数十冊程度の読書量なので誇るほどの読書家とは別に思ってませ~ん。

ドイツ語フランス語イタリア語では論文を読んだことはあるけど本を読み通したことはないなあ。教養がなくて申し訳ない。

彼らが読んでいるのはたかが「小説」にすぎないのだが、しかし「小説」も「本」には違いない。

「本を読んでいる=賢い」というような思い込みがあるのではないか

そういう大衆文化蔑視抵抗していくのが人文系大学院教育を受けた自分の使命だと思ってま~す。

2018-10-11

anond:20181011134402

左様。欧米こそ至高 の はてなーに習い、オックスフォード辞典より、

otaku
(in Japan) a young person who is obsessed with computers or particular aspects of popular culture to the detriment of their social skills.
‘every other otaku can run on about their hobby endlessly’

大衆文化特定の側面にこだわるあまり社会性を損ねるそうである

えらいっこっちゃなぁ

では英語圏オタク意味のあるgeeknerd はどうだろう?

geek
1 An unfashionable or socially inept person.
1.1 usually with modifier A knowledgeable and obsessive enthusiast.
‘a computer geek

社会不適応者だそうです、容赦ないね

nerd
1 A foolish or contemptible person who lacks social skills or is boringly studious.
‘I was a serious nerd until I discovered girls and cars’
1.1 A single-minded expert in a particular technical field.
‘a computer nerd

いちばん表現マイルドではあるが社会性に欠けるガリ勉だそうな

しかし、いちばんマイルドっぽいnerd日常では単なる悪口らしい

かにgeek日本でも自称したり褒め言葉に使ったりするがnerdは無い

まぁいずれにせよ自ら『社会性に問題がある』と表明するのは賢い振る舞いとは言えないので

バカでおおまかに問題ない

2018-09-12

anond:20180912085815

権力が二つ存在するのは国家にとっては不幸でも、一般人にとってはそうでもないと思うんだよね。

法律を守る良き市民」っていう外聞を取っ払えば、大衆文化ヤクザをおおっぴらに敵視する必要って何があるんかね?

2018-09-03

anond:20180903220008

メインカルチャー(英: main culture)とは、サブカルチャーと対比して用いられる語で、ある社会支配的な文化のこと。

文学美術演劇音楽など社会の(主流をなす構成員健全文化として受容するものである伝統的には大学学問対象として研究されたり、新聞雑誌などで論評の対象になるものであった。20世紀になって大衆文化が発達し、次第に映画テレビ番組ポピュラー音楽ビデオゲームなども文化として認められるようになった(メインカルチャー化)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/メインカルチャー

サブカルチャー領地はだいぶ狭まっているようだ。

大学学問対象として研究されたり、雑誌で論評の対象になるもの」であれば、マンガアニメゲームあたりは余裕でメインカルチャーだな。

2018-07-04

オタク向け子供向けのシンクロン合身

https://anond.hatelabo.jp/20180625184652

この延長上にあるお話

本来子供向けだったアニメが長い年月を経てオタク向けに変容してしまったものを、

さらにもう一度子供向けにシフトしていくっていうトレンドが今後の主流になっていくのかもしれない。

ベイマックスは天下のディズニーが送り出したおかげでその日本的オタクテイスト大衆向けアニメ映画の健康テイストが程よくミックスされて大ヒットしたのは記憶に新しい。

そこからもう一歩オタク寄りの立ち位置ライバルであるドリームワークスがヴォルトロンなんていうものを送り出した。

よくtogetter辺りでは日本海外アニメ表現に関して「完璧だが不自由健全主義」vs「自由だが混乱を生むエログロ主義」みたいな文脈勝手対立煽りネタにされちゃったりするわけですが、

そんなアフィの下らない思惑なんか簡単に消し飛ばしちゃうのがヴォルトロン凄さだ。歴代日本アニメの総復習みたいなことをやり遂げちゃってるのだ。戦闘シーンはSWやスタトレというより

艦隊の真っただ中に飛び込んで姫を助け出せ!ワープで逃げても追ってくる敵を危険星域に入ってやり過ごせ!スペースランナウェイ!なイデオンヤマトだったり、

敵艦に潜入しての等身大での戦いは群がるロボット兵をキックアタック!電光パンチビーム剣で大切断!と血湧き肉躍るアクション満載!そしてわざとらしい露出ピッチリスーツは無いのに何故かエロい

主人公サイドだとシロとキース、この二人がホンマにエロい!ふとした瞬間に魅せる表情がハートに直撃する。ノンケの男アニオタも堕ちる。実際堕ちた。

地の子供向けレーティング基準は完全に満たしてて、ここまでオタッキーに攻めたことが出来るのかって驚愕したよ。

そして公式自分達の作品子供だけでなくオタクに観られていることを意識して、主役五人の設定上の誕生日には必ず特集声優さんコメント動画ハッシュタグ付きでtwitterにアップしたり、

スタッフプロデューサーインタビュー記事を定期的にオタク向けニュースサイトで組んだりと、広報関係も万全の体制で挑んでいる。

こういう流れ見ていると、二次創作があーだとか手下の民度がどーので荒れてる場合じゃねーぞ日本ディズニー!って叫びたくなるわ。

ヴォルトロンもその手のゴタゴタは日常茶飯事ではあるけれど、こっちは英語圏全般を巻き込みますからね。地球丸ごと超決戦ですよ、ハイ

それでもその手のアピールドリームワークスが続けているのは、オタク文化と大衆文化の更なる融合、垣根そのものを無くして新次元表現を産み出せる環境作りを目指しているのかもしれない。

今までもこれからオタクオタクであり続けるし、世の中に揉め事は尽きない。でもせめてアニメを見ている時間だけは仲良くしようぜ?

2018-06-22

anond:20180622093659

子どもを産み育てることを放棄するということをプリキュアという大衆文化にまで育てたとしたら文明は滅ぶしかないんですよ。

2018-05-22

オタク差別はいからあるのか?

オタク」という呼称70年代まれと言われるけど、それ以前からオタクに類する人はいたはずだ。

マニアとかフリークスと言った単語も、「躁状態」「中毒者」といった「病気」と見なすニュアンスがある。

しか時代さらに遡ると、創作物にハマったり道具を集めたりというのは金持ち道楽ということになり、富の証とされていたのではないかとも伺える。

数寄者や好事家というような言葉は、どちらかといえばそのような意味で、茶道のようなハイカルチャーの愛好家や、学者といったようなニュアンスのようだ。

それに対して「オタク」という言葉が指すのは「大衆文化熱狂消費者」であり、「オタク差別」も大衆文化が花開いた以降の時代産物と言えるだろう。

そして、「オタク差別」は度を過ぎた趣味人揶揄するようなものではなく、「趣味ジャンルのもの」に貴賤をつけるものである定義できる。

その意味で、調べると明治の頃に郷土玩具を集めるブームがあり、その収集家は大きな子供という意味で「大供」と揶揄されたらしい。

更にさかのぼって江戸時代ならば、水野忠邦による「天保の改革」。あれはオタク差別の走りではないか

目的倹約による物価の引き下げだが、たとえば寄席では滑稽噺を禁止して教訓性の高いものだけ残すというような娯楽の峻別が行われており、

これはまさに趣味ジャンルに貴賤をつける「オタク差別」の元祖と言えるのではないだろうか。

2018-02-13

スーパーで100円ちょいで売ってるアルミ鍋のうどん

天ぷらでもきつねでもカップ麺うどんより断然うまいと思うんだけど大衆文化で影薄い気がする

なんでだろうな

うどんはこれしか食ってないくらい好きなんだが

2018-01-20

anond:20180120113943

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/メインカルチャー

ウィキペディアにあったで

メインカルチャー(英: main culture)とは、サブカルチャーと対比して用いられる語で、ある社会支配的な文化のこと。

文学美術演劇音楽など社会の(主流をなす)構成員健全文化として受容するものである伝統的には大学学問対象として研究されたり、新聞雑誌などで論評の対象になるものであった。20世紀になって大衆文化が発達し、次第に映画テレビ番組ポピュラー音楽ビデオゲームなども文化として認められるようになった(メインカルチャー化)。

2018-01-07

アメリカ星は無知惑星と思われる」 映画の異星人メイク

アメリカで上映された映画で、俳優が異星人に扮するため特殊メイクをしたことを受けて、人種差別文化的配慮が足りないとの非難が相次いでいる。

映画スター・ウォーズ」では、有名な惑星タトゥイーンのジャバ・ザ・ハットを再現しようと、俳優ナメクジのような姿の特殊メイクで造形した姿で登場した。この造形の考案者はヒキガエルとチェシャ猫を合わせた姿と述べている。

顔や体型を特殊造形して風刺するいわゆる「アプライエンスメイク」は、全宇宙的にはきわめて侮辱的な風習だと広く受け止められている。ジャバのイメージアメリカ大衆文化に大きな影響を与え、彼の名前肥満や腐敗の象徴としてフィクション作品政治風刺に度々用いられている。「ジャバ・ザ・ハットのように見える」という言葉は、それを向けられた相手が「太っている」または「外見が醜い」という意味で用いられる。

タトゥイーン星出身ハット族の作家コラムニスト、リチャードソン氏は、ツイッターでこの作品問題を指摘。ハット族は、「笑いのオチ小道具」ではないと主張した。

氏はツイッターで、「#アプライエンスメイクで出演するアメリカ星の人へ。ハット族だというのは、オチ小道具じゃないんだ。ジョーク必要? もっと腕のいい作家を雇って。ハット族キャラ必要なら、英語を話すタトゥイーン人俳優を雇って。でもお願いだから、#アメリカ星でアプライエンスメイク止めて。カッコ悪いよ」と書いた。

リチャードソン氏は、自分にとって「悪夢シナリオ」は2028年アメリカ星で開催される宇宙五輪開会式で、「ハット族アスリートを称えるため特殊メイクに扮した俳優がチャルマン酒場演奏をやらかすんじゃないかって、真剣不安だ 」とツイートした。

「大失態だ! だからお願いだから、今すぐアメリカ星人はアプライエンスメイク止めて」

2017-11-13

[] #41-4「注文の多い客」

≪ 前

俺はオサカの話を思い出していた。

バイト仲間のオサカは映像コンテンツが大好きで、自前のサイトレビューもちょくちょくやっている。

そんなオサカにレビューの是非について何気なく尋ねたことがあった。

皆なんで、他人評価をそこまで求めるのか俺には分からなかったのである

結局、自分にとって最も信頼できるレビュアーは、自分自身じゃないかと思うからだ。

理由は人の数だけある。意見を分かち合いたい、何らかの指標が欲しい、千差万別さ。それでも言えるのは、レビューを求める人間がいて、レビューを書きたい人間がいるのは間違いない以上、無下にするのも難しいということ」

レビューそれ自体にも価値があるってことか?」

「そう言ってしまっていいだろうし、自分もそう思ってレビューに臨んでいる。だからこそ下手なことは書かないよう心がけているわけだし」

「お前の考えは分かったが、みんながそこまでレビューに対して何らかの志を持っているとは俺には到底思えない」

「まあ……そういう人も含めての“千差万別”だから

レビューを書いているオサカですら、芳しくない答えだった。

そんなものにガキの弟が関わることを、俺はとてつもなく危険だと感じたんだ。


…………

弟がトイレに行っている間に、俺はタイナイに詰問した。

タイナイ、どういうつもりだ?」

「え? 何が」

とぼけるなよ。弟をあんなにレビュアー気取りにさせて、どういうつもりだって聞いているんだ」

「マスダが何を問題にしているのかよく分からないよ」

「本気で言ってんのか? 弟のような実績もない人間に見せかけだけの権威を持たせて、そんな人間発言大勢の前に発信する。弟だけじゃなく、大衆や店を弄ぶ行為に何の疑問も持たないのか?」

レビューというもの本質的には個人意見だ。それを他人にも理解できるよう体系化することがレビューだよ。是非もなし、だ」

「何がレビューだ。こんなネガティブヘイトにまみれたものが。何かを貶したりすることをわざわざ書かなくても、もっと誉めることばかり書いたっていいだろ」

「それは大した理屈じゃないね。貶してばっかりのレビュアーダメだというなら、誉めてばっかりのレビュアーだって同じことだろ。マスダはそもそも前提の段階で誤解している」

「俺が何を誤解しているっていうんだ」

価値には絶対的もの相対的ものの側面がある。何かを誉めることは何かを貶すことに繋がるし、何かを貶すことは何かを誉めることに繋がるんだ。それを言語化することも批評の一形態なわけ。なのにダメだって思うのはマスダの気持ち問題しかない」

「その批評安易に振り回される人間がいることを知っていてもか? そんなものがなければ起きなかったトラブルだってたくさんあるはずだ」

「この大衆文化は個人の確固たる意志だけでは止まらないし、止めるものでもない。できるのは個々人がそれをどう受け止めるかのみだ」

「それって要は自分レビュー責任はないし、持つ気もないってことだろ。なのに発言権だけは行使するなんてムシがよすぎる」

「だからネットってのはそういうもんなんだってネガティブヘイトを許容も順応もできず、無視することすらできないなら、レビューはもちろん他人意見巣窟であるネットのものを利用しない方がいい。マスダは僕たちの批評スタイルが気に入らないのを、善悪問題に摩り替えているだけだ!」

弟にレビュアー気取りをやめさせたくて、タイナイのほうを説得してみたが完全に失敗だった。

タイナイにとって、ネットリアルと地続きであることを忘れていた。

人は現実に対してどんなに不平不満をもったところで、それとなあなあに付き合って時には自ら楽しさを見出す。

タイナイにとってのネットもまたそう変わらないことなのだ。

「いやー、いまトイレ入ったらさ。今どき和式だったんだよ。この店サイテーだ」

「なるほど、レビューに書いておかなきゃね」

このままじゃ組合に目をつけられて、大事になるのも時間問題だ。

タイナイは承知の上かもしれないが、弟までそれに巻き込まれるのはよろしくない。

どうにかできないものか。

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