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2017-06-27

デレステYes! Party Time!!終了。

スコアランキングはもとより関係ない(debutですらフルコンボできないのに加えてregularでもダメガ、回復ないと死ぬ人間)のでいつも通りダメガと回復入れてファン数増加枠+センターは毎回変えての好き勝手編成での作業で2種とも確保するところまでというか最終的には25000くらいまで。

先日の復刻ではじめての表情引いたので、ライフの多いSSR回復役をおけるようになったのは地味に助かる。

ついにフフーンの人が追加になったけど拓海さんがきれいにまとめておいしいところ持って行った感。

次は小梅さんと杏さんか。なんなの? ちっちゃいもの推しなの? ちっちゃいものクラブなの? 珠美さんに気になるワードが出たとか言わせたいの?

仕事帰りにふと、ぴにゃこら太が大量発生するホラー映画(小梅さんがどこからか入手して鑑賞会)を見た穂乃香さんが、それをホラーじゃなくファンタジー映画認識してて「あの子」がドン引きするっていう光景が脳裏をよぎる程度の疲れ。

あらいぐまラスカルの思い出

はじめてあらいぐまラスカルを観たのは

大学生くらいの時に深夜、ケーブルTVを回してた時だった。

 

ちょうど観た回はラスカルトウモロコシ畑を食い荒らす回だった

主人公が胸騒ぎで夜中起きて見回りに行くとラスカルが何本も何本もトウモロコシだかをかじり倒していく

かわいらしさの欠片もない光景結構ホラーだった

2017-06-26

議論を騙った宗教戦争

昨今「批判」の是非について諸々話題になっているようだけれど、

正直、「批判」や「議論」という大義名分に驕って、単なる攻撃正当化している「エセ批判」が蔓延しているイメージはある。

それが顕著なのが(これらを同列に扱って良いものか正直悩むけど)政治ゲハゲームハード)の話題

どちらもその実態議論とは程遠いただの「宗教戦争」で、

自分論理的正当性立脚しているが、相手盲目的な信仰心立脚しているだけ」

と互いに互いを認識しており、自分意見が異なる相手を「信者」「キ○ガイ」などと平然と罵っている光景を目にすることが多い。

二言目には「いや、だってあっちの方が酷いから(自分罵倒はそう問題じゃない)」。

政治に無関心な人が多い」なんて言葉政治に熱心な人からしばしば耳にするけれど、

私の周囲には「政治に無関心」というより「政治に熱心な人と関わりたくない」という人の方が多かったんじゃないかと思う。

というのも、政治に熱心な人は「その人の信仰する思想以外には攻撃的な“信者”」である確率”が高いから。

勿論それらは単なるノイジーマイノリティーだとは思うのだけれど、表に露出するのはそういう人ばかりだから尚更そういう心象が強くなってしまう。

それ故に、「政治離れ」の原因は「政治に熱心な人」にドン引きしているから…ってケースは割とあると思う。

それが神であれ思想であれ、信じる(疑わない)のが宗教で疑うのが哲学

理屈と膏薬はどこへでもつくけれど、それは信仰例外ではなく、理屈が伴うことはなんら自身思想正当性保障しない。

アメリカ大統領選挙での応酬を見てても思ったけれど、これが現代版の、当事者達には宗教自覚が伴わない宗教戦争なのかなと思う光景結構多い。

そして他者への攻撃を「聖戦」と正当化するように、他者への単なる罵倒が「議論」や「批判」と自己正当化されているケースも多いと思う。

批判」が単なる悪いものとして受け止められてしまうのは問題だと思うけれど、仮にそう思っている若者が多いとするならば、

多くの若者がそう思うに至った背景にあるのが、若者をそういう風に育てた社会であることもまた忘れてはならないと思う。

2017-06-24

[] #28-4「超絶平等

俺たちのそんな鬱屈とした思いを、誰が真っ先に爆発させるか。

裸の王様に、裸だと伝える必要に迫られていた。

だがシガラミで雁字搦めになった大人に、そんな役目はあまりにも重たすぎた。

いつ、自分が反逆者として後ろから刺されるか、それに怯えていたんだ。

社会に順応した大人たちは刺される人間にはならないし、場合によっては刺す側にだってなることも厭わない。

そんな強迫観念に捉われないのは、いつだって社会をよくも知らぬ子供だ。

例えるなら俺の弟である


おかしい……こんなのは納得できない!」

弟は市長のやり方がどう間違っているのか分かっているわけではなかった。

あいつの持っている反骨精神がそうさせただけなのだろう。

弟はたまたま目に付いた足の不自由な人に駆け寄る。

公衆面前で、杖は使わずスタスタと。

すると、その場に居合わせた俺ですら恐れ多いことを口にした。

「俺のやってることは差別?」

言葉にしにくい、なんとも奇妙な光景だった。

それは他の人たちも、弟に尋ねられたその人も同じだったに違いない。

その人はどう返すべきか、迷っていた。

いくら自分関係者だとはいえ、あくまでその中の一人でしかないという自覚があるからだ。

なまじ自分第一声が『差別』という概念象徴するものになってしまうのも如何なものか、と感じていたのかもしれない。

だが、ここで有耶無耶になってしまうと、このバカげた政策はしばらく続いてしまう。

その割を、これ以上食わされるのは俺もゴメンだ。

それに、弟にばかり“差別主義者”を負わせるわけにもいかないしな。

二人の間に入ると、新たなアプローチをした。

「ひとまずシンプルに考えてみよう。俺たちがあなたの真似事をして、あなたは救われたのか、守られたのか。『理解をされた』と感じるか?」

設問は些か誘導じみたものだったが、その人にとって答えやすものであったのも事実だ。

市長のやっていることがおかしいと確信に至るものであればよかった。

「うーん……全くないとは言えないですけど……そんなことで“理解”されるよりも、快適に生活が出来る環境にするだとか、ちょっと困った時に手を貸してくれるだとか、そういった“理解”のほうがいいです……」

その人の言葉は、別にこの政策定義する差別の是非を、根源的に批判するものではなかったかもしれない。

だが、今回の政策鬱屈とした思いを抱えていた人たちを奮起させ、団結させるには十分なものであった。

「そうだ! これは差別じゃない!」

「ああ、そうだ。仮に差別だっていうんなら、もう自分差別主義者でいい。存分に後ろ指をさせばいい!」

人々は杖を武器へと変え、口々にこの政策への不満を吐き出し始めた。

俺はおもむろに持っていた杖を壁に立てかけ、その不可思議光景を溜め息交じりに眺めていた。

もはや俺の頭では何が差別でそうじゃないのか、よく分からなくなっていた。

そもそも差別かどうのとかで語ることかどうかすら、それに思考リソースを割く気になれない状態だった。

ただ、まとわりついていた妙な倦怠感が、徐々に離れていく心地を味わっていた。

(#28-5へ続く)

2017-06-22

pixiv論文問題オタク立場から考えてみた

 1ヶ月が経とうとしているpixiv論文問題ですが、皆様もそろそろ忘れてきた頃合いでしょうか。

 備忘録として、書きたい。

 問題の経緯や、研究上の・法的な問題、および女性オタクの側の事情についてはだいたい下でまとまっている。

https://anond.hatelabo.jp/20170525145352

https://anond.hatelabo.jp/20170527202448

https://anond.hatelabo.jp/20170528113521

https://anond.hatelabo.jp/20170530031948

https://anond.hatelabo.jp/20170531012221

 前提として書いておくと私はヘテロ男オタで、全年齢向けの二次創作一次創作同人好きな人であるR-18にはあまり触れることはない。最近はめっきり海鮮になったがちょっと前に二次創作小説を書いたことがあり、即売会でも売ったことがある。ついでに言うと研究者の端くれでもある。そういう立ち位置

 なのでやっぱり、そういう立場としては、腐女子の側をどうこう言う前に男オタの側の過去を振り返ってみる必要があるだろうなと思う。キチガイじみた腐女子叩きに加担したことはさすがにないけど(ていうかそんな腐叩きが蔓延ってたことも、後になって知ったくらいだ。けどまあ、知らなかったことは言い訳にならんよな)、腐女子文化に対する偏見蔑視のようなもの自分の中にあったことは否定できない。それは女性差別同性愛差別の複合だという主張ももっともで、実際の行為に加担したわけでなくとも黙認・許容することでそういう連中が跋扈する土壌を作ってきたことは、謝るほかない。

 けれど、今回の件で、一部のオタク(これは男女を問わない。ヒステリック論文側を叩いていた男オタ、一山いくらってレベルでいた)が、著作権法について何もわかっていなかったり、引用表現の一部なんだという大原則を忘れて表現規制を主張したりするのは、本当に醜悪光景だったと思っている。

 そして学問の側からは、文化人類学だのといった喩えも飛び出す始末で、なんというか、オタク尊重している風でいてオタク尊厳を傷つけている人が多いなって思った。ていうか、オタクの側から同人商業と一緒にしないで! という主張が出てくるのが、ほんと残念だった。

 私は、いくつものジャンルで、私を夢中にさせてくれる、そこいらの商業作品よりも全然おもしろい、二次創作同人小説を読んできて、そのたびに心が踊った。ワクワクしながらページを繰った。読み終えて長い余韻に浸った。そういった経験があるから二次創作だろうが商業作品だろうが、良いものは良いし、アニメだって漫画だって、主流派カルチャーとなんら劣るところのない、遜色ない芸術表現だと信じている。

 でも、世間一般では、それは単なるオタク二次創作だ。マトモな文化人や識者は鼻にもかけない。最近だとライトノベルだんだん市民権を得てきつつあるが、二次創作はそうじゃない。それにオタクの中にも、まあ、でも、所詮俺らのやってることは二次創作だしな、っていう意識一定数ある。

 そんななかで、そんななかでだよ?

 著作権法は、いっさいの差別をしていないんだ。

 いったん公表した著作物であれば、村上春樹だろうがピコ手エロ同人だろうが、同じ枠組みで保護し、同じ枠組みで義務を与えてくれているのは、大げさに言えば著作権法だけだ。

 著作権法は、村上春樹小説を無断で全文アップロードすることが違法なのと同じ理由で零細同人作家薄い本を無断でアップすることも違法なのだ、と言い切ってくれる。著作権法は、誰かが勝手村上春樹作品自分が書いたと偽って発表してはいけないのと同様にBL二次創作の著者名義を勝手に騙ってはいけないのだ、と保証してくれている。そして、今回問題になったように、村上春樹小説が好き勝手引用されていても拒否できないのと同じ理由で、合同誌に書いたヘボ小説引用されあれこれ分析されても諦めなさい、と告げてくれる。

 これは、考えようによっては、すごく誇らしいことなんじゃないか

 法律に守られた著作者である、というその一点で、私たち村上春樹と対等なのだ。同じ地平に立っている。少なくとも、著作権法という枠組みの中では。

 私はオタク文化は主流文化と対等だしそうであるべきだと強く信じている。けれど、著作権フェアユース規定がなかったり、オタク蔑視が残っていたり、オタク側の自虐自己防衛もあったりして、なかなか対等だということになっていないのも受け入れている。それはもう、仕方のないことだと思う。

 でも、だからって、既に得ている法的な対等の地位を捨て去ろうなんて主張に、頷けるわけがない。同人商業と同列に考えるな、って主張は、一見もっともらしいけど、でも、「立場の弱い作品」として保護しようとか保護してもらおうっていうのは、対等じゃなくなるってことだ。かつて私の胸を揺さぶったあの感動が、商業作品よりも面白いと思えたあの作品が、「しょせん同人」になるってことだ。

 創作の楽しさと苦しさを知る者として、それは、やっぱり嫌だ。創作は胸を誇れる素晴らしい趣味で、あらゆる作品は同じ地平に立っているんだと私は信じたい。私の書いたヘボ小説や、私を作ってきた素晴らしい二次創作小説を、私は貶めたくない。下手くそだ、と言われるのは私がヘボ字書きってことなので甘受するけど(くやしい! 次はもっといいものを書いてやる!)、そもそも商業とはまるで別物のお遊びなんだよ、と言われることは悔しい。だってそこには、紛れもない、本当の感動があったんだから

 だから、私は、同人小説だろうが好き勝手研究報道引用していいんだよ、と強く言いたい。これ引用していいの……? とためらっている研究者がいたら、いいんだよ、と背中を押してあげたい(もちろん、不安なら許可取れば? とアドバイスはするだろうが)。だって村上春樹小説は、好きに引用していいんだから私たち文化が主流文化と対等であろうとするならば、そうされることを受け入れるべきなんだ。

 私たち文化は、「保護」を与えてもらわないといけないほど、か弱く、脆弱で、稚拙ものではない。私たち文化は、そんなに惨めなものではない。

 同人作品には商業作品と違った研究倫理著作権に関する考え方を適用すべきだ、という主張は、オタク権利向上に反する。だから私は、オタクとして、その主張を否定する。

 私たちは、オタクは、もっと強くあるべきだ。

自立も就職も贅沢になる時代がくる

最近おそ松さんの二期をやると知り、一期を見ていた頃「自立も就職も贅沢だ」というセリフを聞いた時、なるほどなと納得したのを思い出した。制作陣が意図した事かどうかは知らないけど、自立や就職が”贅沢で高望みな行為”だと思われる時代が来るだろうなと、アニメを見ながら思ったんだよ。

説明するまでもない事かもしれないけど、昔は普通で当たり前だった事が、今や普通でも当たり前でもない事なんてたくさんある。恋愛結婚子ども代表的になるのかな。収入の少ない家庭で問題が起きれば、すぐに「金がない癖に子どもなんか作るからこうなる」というレスが大量につくし就職も同じだ。就職口が見つからなくて困っている若者が、休日がまともに取れない企業は避けていると言えば「ブラックを避けてりゃ見つかるわけないだろ」と、傲慢さを指摘するレスが大量につく。

お金がないのに子どもを作ったりするから、不幸になるのは仕方ない」とか、「お前程度の人間ブラック企業しか働く術はないのだから、消耗させられてもありがたく働け」というのは、ものすごい地獄を感じる。でもそういう批判にもちゃんと理屈があるし、間違ってるとも言えない。そして、そう言わせる様な社会の方が狂ってる事は皆わかってると思うけど、社会はそう簡単には変えられないから、仕方ないんだよね。リスクを避けるしかまともに生き延びる方法がないんだから、「リスクを避けない方が悪い」としか言えない気持ちはよくわかる。

それはともかくとして、今や結婚していない事、結婚していても子どもがいないことは普通の事で、就職できなかったり、就職できても会社ブラック企業であったり、ブラック企業で消耗する事、そして悲鳴をあげる暇もなく誰かが消えていく事は、どこにでもある、ありふれた光景になってるってことが言いたい。そういう話題新聞記事やらまとめをやら増田を、一体いくつ読んできたか。実際に自分の身近な人間から、何度聞いてきたか。本当に嫌になるね。

正社員派遣社員じゃ身分が違う」というのはもうよくきく話だけど、「正社員になること」が真っ当な大人の当たり前の通過点とだとは思われない時が、すぐ来るんだろうなと思う。というか、これはもう来ていると言ってもいいのかな。簡単には正社員になれないから、先が見えなくても派遣契約バイトで働いて、とりあえず今を生きるのが当たり前になるんだろう。「就職したり正社員になって安定した収入を得る事は、もう当たり前なんかじゃない」とか、すぐ言われるようになる。いい歳してフリーターってのも、馬鹿にできなくなるよ。そうなれば、経済的にひとりで生きていく事、つまり「自立」も難しくなる。「独り立ちして、家族干渉されない自分だけの空間時間を持ちたいなんて贅沢な望みだ。なんて傲慢なんだ」、とか言う叩き文句が当たり前になる未来なんて、簡単想像できる。

パラサイトシングルって言葉もあったけど、もうどのメディアも使ってない死語だ。むしろ大人になっても一緒に暮らせる様な家庭環境を持っているなんて、幸せなんだなとすら思える。もっと言えば、働かずに親に「寄生」していると蔑まれニートだって、働かなくても親の資産労働で食わせてもらえる、「家や環境が裕福な生まれながらの勝ち組」扱いになるのかもしれない。(というか、今考えても実際そうなのでは?)

「そんな事言っても、将来どうするの?親が死んだら?老後は?病気になったら?」という批判不安も生まれると思う。でも、来年、数ヶ月後、今月末の生活も見えない不安定な状況で、10年後20年後未来に備えるような余裕がある人がいるんだろうか。「将来の為に備えたくない」とか思う人いないでしょ。誰だってもしもの時の為に備えておきたいでしょ。でも、やりたいけど出来ないのが現実なんじゃないのか。逆に、将来に備えられない程の厳しい現実をとっくに受け入れて生きている人の方が、もう多いんじゃないか

そう考えるとほら、もう「自立も就職も贅沢」って言われる時代が来るかもな〜って気持ちになってこない?恋愛結婚他人と深く繋がること自体が難しくなっているいま、親兄弟と協力して経済的不安を分け合って生きていけるなんて、羨むような幸せなんじゃないか無職ニート貧乏孤独死も、明日は我が身なんだよ。

ギャグアニメをみて、自分も親兄弟と仲良くしときゃよかった!!って本気で後悔する日が来なきゃいいけどね…。

[] #28-2「超絶平等

俺はその日寝坊してしまい、学校遅刻しそうだった。

少し焦ってはいたが、それでも急げばギリギリ間に合うレベルだし、何より俺には打算があった。

いつもの通学路を途中で切り替え、大通りのある方へと向かう。

喧騒が煩わしくて普段は避けているが、そこの交差点を利用すれば余裕で間に合うのだ。

だが、この判断逆効果だった。

ちょっとそこのあなた。止まりなさい」

呼び止めてきたのは市長だった。

どうやら政策の一環で外回りしていたらしい。

市民に対するアピールも多分にあるのだろう。

市長は怪我でもしていたのか、杖をつきながらこちらに向かってくる。

しかし、なぜ呼び止められたのだろうか。

急いでいたとはいえ、交通ルールは守っていたはずだが。

二足歩行で歩くなんて、何て差別的な!」

「え!?

まりにも予想外な言葉に俺は面食らう。

差別的』ってどういうことだ。

「杖や車椅子での移動を余儀なくされている、足が不自由な人もいるのですよ。だのに、あなたは公の場で何も考えず悠々と歩いている」

理屈がこれまた分からない。

どうしてそれで俺の行動が差別的ってことになるんだ。

「えーと、あの、市長さん?」

「そして、自分のしていることにまるで無頓着だ。よくない、ああ、これはよくない、よくありませんよ、よくない、よくない、全くもってよくないよ」

まずい、市長こちらの話を聞かない体勢だ。

このままでは遅刻する。

俺はテキトーに話を合わせて、この場を切り抜けることにした。

「はあ、ではどうすれば」

「これです、わたしのやっている通り。杖をつくなり、車椅子に乗るなりしなさい」

市長は杖を差し出してきた。

俺は引きつる顔をさとられないように手で覆い隠しつつ、もう片方の手でそれを受け取る。

「どうです。これで多少なりとも“理解”は深まることでしょう」

「そうですね」

「これからもそうやって移動するように」

恐る恐る杖をつきながら、市長から逃げ出すように歩き出す。

周りを見渡すと、他の人たちも似たような様子だった。

俺は市長のやっていることは理解に苦しむのだが、みんな何も言わないで従っている。

奇妙な光景だと感じるが、それは俺が差別主義者だからなのだろうか。

結局、学校遅刻した。

(#28-3へ続く)

2017-06-21

https://anond.hatelabo.jp/20170621172514

まあ「あてがえ論」提唱者を馬鹿にしている女性擁護派や、それに噛み付いているミソジニストはそれぞれ噛み付く場所を間違えてるんだけどな。

そもそも「あてがえ論」者を攻撃している女性(もしくは名誉女性)は、地方男尊女卑家庭で「女に教育不要」とか言われてきたり、母親召使のようにこき使われてきたりって光景を実際に見てたりしてて、そういうことを今も平然とやっている強者男性老害石原とか)を何とかしてやっつけてやろうと手ぐすね引いてる心に深い恨みを持った連中だ。

反対に「あてがえ論」に概ね賛成していたり、女性権利など不要で男に付き従うべきとか本気で思ってる連中は、学生時代クラスモテ女に鼻も引っ掛けてもらえなかったり、キモい趣味容姿学校職場女性たちからクスクス笑われてきた連中だ。

そういうミソジニスト本来噛み付くべき相手女性ではなくて中途半端マッチョ思想押し付けている社会の方なんだが、そもそも負け犬なので強者男性に立ち向かっていく気持ちなどさらさらない。したがって叩きやすい女を叩いている。

どっちもそこに噛み付いても君の恨みは晴れないよと言いたいのだが、まあ戦い合うことが楽しいのであればそれも幸せなのかと思ったりする。

リベラルオタクから嫌われる理由

正確に言い直すと、「保守派リベラルの両方に表現規制派がいるのに、リベラルけがオタクから嫌われる理由である。 

  

結論最初に書くと、それはリベラルが"自由"を重んじる思想からである

従来は男だけが持っていた自由を、女にも与えましょう。女は結婚前にセックスを楽しんでよいし、好きな相手恋愛結婚をしてもよい。ファッションだって好きなものを選んでよい。この自由を拡大し、もっと確固たるものにしていきましょう。――これがリベラリズムの考え方だ。

そうやって普段から自由自由と言ってきた奴らが、「エロ漫画を楽しむ自由」を奪おうとしてきたら、そりゃ当然、オタクたちだってブチ切れるわwwと思う。

  

これに対して、保守派は、自由というもの価値を重んじていない。

現代保守派は、上述したくらいの権利女性に認めてはいる。しかし、それは既存社会慣習を承認したというだけのことであって、自由という観点からその権利積極的擁護するものではない。

から保守派から表現規制の声が出てきた場合オタクはそれに危機感を抱きこそすれ、「嘘つき野郎に裏切られた」という失望はない。そのため、保守派に対して怒りが爆発することもないのである

  

  

  

もうすこし詳しく見ていこう。

リベラルは、差別偏見を無くすために"理性"を用いる。人の感情はややもすると差別偏見に傾きやすものなので、感情より理性を優位に置くことで、その目的を達成しようとする。

  

こういう方針普段活動しているリベラルが、オタクへの差別偏見に加担しているとすれば、ほんとうに目も当てられない。

差別偏見には2種類あって、事実に基づかない悪評を立てることと、尊厳を傷つける罵倒を浴びせることである表現規制派の中には、この2つを兼ね備えている凶悪な者も多数いて、それはオタク側に強烈な反発を呼び起こしている。

  

一方、保守派はこの点においても有利である

なぜなら、彼らはリベラルと違って、理性を重んじていないからだ。彼らはそのかわりに、人の心に芽生える自然感情と、それによって作られてきた社会の慣習を重視する。したがって、差別偏見の撲滅にはどうしても関心が薄い。

もしこの保守派リベラルと同じくらいの方法オタクバッシングしたとしても、それは保守派普段姿勢とあまり矛盾していない。これはオタクから見て、リベラルほどには欺瞞的と思われずにすむのである

  

  

  

さいごに、「リムジンリベラル」に通じる問題をあげておく。

アメリカでは、リムジンに乗れるようなセレブたちが華々しい舞台リベラル思想を賛美している。ヒラリートランプ選挙戦でも、レディー・ガガヒラリー陣営応援に駆けつけていたことは記憶に新しい。

その光景を見た労働者たちは、いったい何を感じたであろうか? 言うまでもなく欺瞞を感じたはずだ。――"平等"を訴えている人間がなぜ大金持ちのセレブなのか、なぜ彼女たちはその資産放棄するつもりがないのか。労働者からこういう反発が出てくるのは当然といえる。

  

私が思うに、この視点は、オタクリベラルを敵視する理由についての分析にも適用できる。今日では「リア充」「オタク」という対立項を設けることの有効性は揺らいでいるが、あえてこの構図で話してみよう。

リア充は、リベラル思想受益者であるリベラル思想禁欲的な性道徳を排して、女性主体的恋愛セックスを楽しむ権利擁護する。これによって利益を得るのがリア充の男女である

一方、オタク非モテであって、この点では受益者たりえない。オタクリア充嫉妬しながら、アニメなりエロ漫画オナニーにふけって日々を過ごす。

  

さて、このリア充リベラル思想にかぶれたあげく、「表現規制を推進するぞ」と主張しだしたら、オタクはそれをどう思うだろうか?

リア充自身享受してきた自由恋愛セックス自由)がいか正義にかなっているかいか人間的に豊かになれて素晴らしいものであるか、そのことをリベラル思想を使って堂々と力説してみせる。その一方で、オタク側の自由アニメなりエロ漫画オナニーする自由)を容認せず、それを不健全で汚らわしいだの正義に反するものだとして攻撃しているのだ。

これは猛反発を招くに決っている。

  

この点においても、やはり保守派は有利である保守派は、もしリベラルと同じ程度の自由恋愛セックスのあり方を容認するとしても、それをわざわざ言葉にして語らない。リベラルがそれを「自由」と位置づけて熱弁をふるうのとは対照的だ。

ゆえに、保守派がいざ表現の自由の抑圧者として現れたときも、オタクからはあまりまれずにすむのである

  

  

  

6/22追記 ブコメ返信

coldsleepfailed アメリカの例だけど、保守層って宗教的理由からかなり厳しいので例としてはピンとこない。日本保守って共同体主義的な感じがあって日本の伝統では性風俗は緩い所もあるから

本文中に書いたとおり、リベラルは、女性主体的恋愛セックスを「自由」と位置づけて擁護します。

さらにその自由の拡充に努めます。例えばフェミニズムアプローチのように、DVや性暴力の根絶をめざしたり、性教育を充実させるなどして、女性たちが安全にその自由享受できるようにするわけです。

  

逆に、宗教保守は、禁欲的な性道徳を掲げていて、「女性危険があるなら自由は無いほうがいい」という立場です。彼らの主張によると、自由恋愛セックス危険ものです。女性が傷つくのを防ぐため、それをある程度は禁止することが必要なのです。

  

あと、世俗主義保守派は、現状肯定をしているだけです。日本保守派はこっちが多数派だと思うんですけど、女性主体的恋愛セックスを楽しむことについては特に禁止しません。それは社会にすでに存在する慣習として容認します。

彼らはそれを端的に容認するというだけのことであって、「自由」の観点からわざわざ擁護をしたりはしないのです。ましてや、それの拡充をめざして努力するということもありません。

  

こうして見ていくと、やはり、リベラルが一番「自由」の価値を語りたがっていますリベラリズムとは自由主義という意味なのだから、これは当然の結果といえます

  

  

  

6/22 12:55再追記

quick_past 狭い了見でオタクって存在規定しまくってる上に、コンプの固まりから全体の自由には抵抗がある(でも自分たちの事はとやかくいうな)って宣言しちゃってるけど、それこそオタク分断する上にバカにしてないか

本文中にも書きましたが、「リア充」「オタク」の対立項はあまり厳密なものではありません。私もこれが雑な議論だというのは認めます

しかしながら、リベラル表現規制の論者に「リア充」の要素が加わると、それはオタク側の猛烈な反感を呼び寄せます。たとえその原因がコンプレックスの固まりからなのだとしても、この現象については一考の余地があると思います

  

あとそれに、「コンプの固まりから全体の自由には抵抗がある(でも自分たちの事はとやかくいうな)って宣言しちゃってる」という見方は、それこそが典型的オタクへの偏見じゃないですかね?

私が提唱した「オタク」像の中には、リベラルを支持するオタクも含まれます。そういうオタクは、自分コンプレックスとは内心で折り合いをつけるし、理性的判断に従って他者自由尊重しようとします。例えばリア充の男女だけが受益者となる自由についても、当然ながらそれを尊重するでしょう。それなのにいざ表現規制問題になったときは、リベラルから攻撃されて、その思想にかぶれたリア充にも蔑まれるわけですよ。これが強烈な怒りになるわけです。

リムジンリベラルの話にもどすと、セレブリベラル思想を説いているのを見たとき反感を抱く労働者は、すべてがすべて反リベラルだというわけじゃないんです。中道無党派労働者は言うまでもなく、リベラル支持者でさえ、それに反感を持ちうるということの方が肝要です。

そして一つ注意するべきは、リムジンリベラルにどれだけ強い反感を持ったからといっても、その人がただちにリベラルへの支持を止めるわけではないということです。反感を持ちながらも支持を続けることは十分可能なのです。

私は、オタクリベラルを嫌うときの、その反発の感情について分析しましたが、感情ただちにその人の政治信条を決定づけるわけではありません。「リベラルに反感を持った奴はリベラル支持者ではない。そいつネトウヨになる」などという見方偏見だし、短絡的すぎます

  

  

  

6/22 22:09再々追記

tick2tack なんだこれ。「僕の考えたリベラル」感がすごい増田。とりあえずリベラル語るなら社会的公正というとこから始めるべき

社会的公正の概念については論じるのが厄介ですけど、このエントリは、自由放任主義リベラルというような定義で書いたのではありません。

例えば「女性自由」について言うと、保守派が現状をそのまま放任するのに対し、リベラルはその拡充をめざす立場だと私は書きました。リベラル性教育の普及、性暴力の根絶のような施策積極的におこなうのです。

リベラルから表現規制もこの文脈で出てくるのだと思いますが、何をどの程度に規制すればいいかという統一見解はありません。社会的公正はきわめて多義的で、あいまい概念にならざるをえないのです。それにも関わらずリベラルがこの概念を用いるのは、それが真の意味自由を実現するために必要方法だと考えるからでしょう。

これは結局のところ、リベラル保守派より「自由」の価値を重視しているからであって、やはりそのすばらしさを熱弁する傾向を有するということなんです。

IkaMaru 「自分たちは気分で政治を選びたいんだ。放っといてくれ」というならもうどうしようもないけどさ。そんなんで世の中の平均よりも知に軸足を置いたクラスタのつもりでいるならお笑い草だよ?

オタク」の中には、いくら不愉快になってもリベラルへの支持を続ける人がいるし、逆にそっと黙って離れていく人、アンチになる人もいるでしょう。けっして気分や感情けがその人の政治信条を決めるわけじゃありません。けれど、全く影響しないということもないはずです。どれくらい影響するかは知りません。勿論、最初からリベラルという人もいるでしょうし、ひとまとめにして語るのは軽率です。

ところで、リベラルの側には、「オタクが俺たちに逆らってきたからムカつく。こっちはもうオタクを助けてやらないぞ」と言っている人たちもいます。こういうのはまさしく気分に従って政治方針を選んでいますし、あなたに言わせれば、知的に劣っていてお笑い種なやつらだということになるんじゃないですかね?

私はこの点については、オタクが弱小の集団から、それでやっぱりナメられているんだろうなと思う節があります。例えば安倍政権が続いているのは、オタクがそれを支持しているからじゃなく、「労働者」なり「女性」という集団がそれを支持しているからです。しかし、そういう普通集団リベラルからまれないし、報復をほのめかされることもないのです。

agricola リベラルにとって表現の自由は数多ある権利の一つという位置づけなので、他の権利との衝突で表現の自由制限されることもしぶしぶ容認するし、いやいやながら手を貸すこともあるわいな。わがまま片思い乙(嘲

他人権利との衝突により、自由制限をするケースがあることはやむをえません。しかし、リベラルは「自由」の価値を重んじる思想なのですから、そういうことをやると欺瞞的と見られて、反感を買いやすいというのが本エントリの主旨です。

あと、リベラル自由制限をするときに「しぶしぶ」というのは、本当にそれが文字通りならいいんですけど、実際には全然そうではなかったり、少なくともオタク側はそう見ていないってこともあるんじゃないですか?

本文中にも書いたとおり、リベラルの中には、偏見まみれにオタクを殴りながら表現規制を訴えている論者もいますし、到底"しぶしぶ"ではなく積極的表現規制をやろうとしている論者もいるのです。もちろん、これは私の観測範囲問題かもしれません。

そしてもしリベラル(とくにリア充リベラル)がそういうことをやったとすれば、保守派がそれと同じことをした場合とは違って、オタクから何倍も激烈に恨まれることになると思います

k-takahashi 生活保守おっさんがオタ趣味叩きをしてきたとしても、しばらく低姿勢でいれば「直接迷惑がなければ好きにしろ」となることが多い一方、自称リベラル極右ジェノサイドを仕掛けてくるので話にならんことが多い

とくに前置きせず「規制」という言葉を使うと、それがゾーニングの強化ではなく、表現物の抹殺であると思われてしま問題があるのかもしれません。(いやまあ実際に、過激な性表現とかロリコン表現に関しては、それをゾーニング対策するだけでは許そうとせず、その存在自体世界から焼き尽くそうとするリベラルの論者もいますけどね……。)

この点はやはり、規制推進派が何をもって「規制」と言っているのか、たびたび不明瞭すぎるのです。そのことが問題をややこしくしていると思います

(参考「クジラックスの件で分かった、2つの表現規制派」https://anond.hatelabo.jp/20170617222457

  

  

つづき書いたわ→ https://anond.hatelabo.jp/20170625181510

仕事ミス発達障害のせいにしたくない

当方男性20代

アスペルガー症候群、つまり発達障害(診断済み)だけど手帳は取ってない。

大学卒業後は一般枠で3年ほど働いてとくにトラブルはなく順調だったが、

今年の冬から仕事内容と人間関係が変わってからミスが続発して、だいぶ参っている。

環境が変わる前の上司も後の上司アスペの事に理解が無く、それとなく自分アスペである事を話たのだけど、

「そんなん俺にも当てはまるわ」「君が考えすぎているだけやで」とあしらわれ、流されてしまった。

社員も年齢層高く、発達障害のようなメンタルの事をよく知らない世代が多いのもあると分析している。

環境が変わってから自分なりに努力して改善はしているけどマニュアルの内容がよくわからないことが多く、

そのことを質問しては上司を「そんなこともわからないのか」という態度にさせて申し訳なくなって謝り、

連絡の内容の理解ができなくて何度も確認をすれば怒られて謝り、その過程でもミスをしていて謝り続けて疲れた

規模がそこまで大きい勤め先ではないので、未だに後輩が入ってこないのでいつまでたっても立場は下。

LINE仕事グループに入るようになっては毎日のように

すみません」「申し訳ありません」「申し訳ございません」と書いていて

それに既読の数がどんどん付いていく様子を見るのが実に苦痛

朝起きれば、また今日も謝って既読がつくのかと思うとうんざりする。

でも、ここでミスが多いのはアスペのせい、発達障害のせいだと伝えても無意味どころか、

何の解決にもならない光景が容易に想像できてしまう。

そしてなにより、私自信が自分ミスや失態をアスペ発達障害のせいにする事に

すごく後ろめたさ、卑怯さを感じているのがつらい。

親の教育が厳しく、迷惑をかけてはいけない、当たり前のことができるべきだとよく言われたのに、

迷惑をかけやすく当たり前のことが出来ないアスペだということが判明してから、尚更辛い。

こう書いている間もまたLINEで公開長文説教が来るのを見ていると憂鬱だ。

長文の説教を書かせて上司の貴重な時間を奪っているのがこの私自身というのがとても不甲斐ない。

…乱文すみません

2017-06-20

舛添を降ろすのは愚策だと言い続けてきた自分としちゃ、当時舛添降ろしに躍起になってた連中が今になって手のひら返してる光景に胸がすく思いだ。

ポピュリズムとか言われても

一般人には、人間だか人工音声だかわからない3人組が

まるで恋みたいな衝動を繰り返してる光景しか蘇らない

男も女も金やコミュ力が無ければ無理に結婚なんかしたくないのに

そういうオプション自発性は認めず

結婚したいのに出来ないカワイソ~(プププ)」みたいに一生懸命見下そうとするカスがまとわりついてる

そんで

女に対してそれをやってるカスには「差別はやめろ!ミソジニー!」って言う正義の味方が現れるけど

その正義の味方してたクラスタも男に対しては「結婚したいのに出来ないカワイソ~(プププ)」に参加して嫌らしい笑みを隠し切れなくない


…というのがはてなで何度も見る光景

あれを見るたび進歩派気取りリベラル気取りというのはクソだなと思うわけです。

結局人間価値思想ではなく個々人の人格にあって。


https://anond.hatelabo.jp/20170620150940

https://togetter.com/li/1121830

2017-06-16

インスタストーリーだかなんだか知らないけど乾杯とき女が全員携帯構えてる光景には笑ってしま

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170615225227

わかるよ。でもきっと、誰にも理解されないしされることは無い。



エロマンガしろエロゲしろ凌辱ものとか特に好きって訳でも無かったし、むしろ絵が可愛い恋愛ものの方が好きだった。

が、あるとき気付いた。そこに描かれているのは、あまり自分とは無縁の異世界光景だったことに。異世界を覗き見てもそこに実感は伴わない。

クズみたいな手管で陵辱するクソ野郎でこそ、自分が実感を伴って興奮できるという事実なんて知りたくも無かった。

ほら影響を~と言いたい人達には申し訳ないが、そんな行動を起こせる度胸があるならこんな性癖を持ったりしないし、何よりエロマンガを読むのに忙しい。

あなたがたの気分を害するのは大変に申し訳なく思うが、自分から検索しようなどと思わない限り目に付かないはずなので、世界底辺に救う溝鼠ぐらい見逃して欲しい。

中国残留孤児

ほとんどの子供が労働力として、農奴奴隷としてこき使われ死んでいったという。

馬や牛と一緒に寝起きして病気になってもそのままだったという。

文化大革命の時には日本人だと攻撃された

ごく一部の日本人孤児けが中国人として育てられ日本に帰ってこられた。

 

朝鮮半島ではもっと悲惨だった

そこで見たものは、日本人の娘が次々にまずソ連兵に犯され、

ついで、韓国の保安部隊に引き渡されて、更に散散にいじめられたうえ、

虐/殺される光景であった。

朝鮮安部隊の略奪と暴行は、残虐を極めた。

夜中に雨戸を蹴破って侵入してきたソ連兵は、

17 になる娘を父親からひったくるように連行

娘は明け方になり無残な姿で、涙もかれはてて幽鬼のごとく帰ってきたという。

皆、ソ連兵を韓国人が案内したのだった。

https://ameblo.jp/2013kanyon17/entry-12233557996.html

2017-06-14

観光地ってだれのもの

私の職場沖縄国際通りにある。ここ2,3年の外国人旅行客の急増は国際通りにも大きな影響を与えた。私の職場にも毎日多くのお客様が来店し、おかげで店の売上はずっと右肩上がりだ。しかし、私は以前よりこの地域が嫌いになった。仕事が嫌になったわけではない。この地域のものが嫌いになってしまった。

沖縄那覇にある国際通りを歩いたことがあるだろうか。私は毎日歩いている。今日もほぼ端から端まで歩いたが、こんな場所恥ずかしくて本当は誰も来てほしくない。花壇にはポイ捨てされたゴミが溢れ、店の前には集団で座りこみ、自撮り棒を伸ばしながら歩く人、しつこくうるさいキャッチと横に並んで歩く団体を避けながら歩くのはとてもストレスだ。外が地獄からってスタバ避難しようもんならもっと最悪だ。大声で騒ぐ修学旅行生、1人しか注文していないのに5,6人で席を占領する団体スマホタブレット端末のスピーカーから音楽ダダ漏れさせている奴もいる。言っておくが外のテラス席の話ではない、すべて店内での光景なのだ地元民が見たことも聞いたこともない《元祖》や《沖縄名物》などと書かれた土産物がそこらかしこに売られているし、沖縄のものでもない北海道東京限定商品高値転売しているお店もちらほら見かける。この通りにモラルなど存在していない。こんな場所沖縄観光地だなんて本当に恥ずかしいことだと思う。外国人観光客を迎え入れるためにハードソフト両方とも整備が必要だと言われているが、まずはそこで生活している人が快適に生活できる環境を整備することを早急に取り組んでほしい。沖縄の人は国際通りを知らない。歩かないからだ。「国際通りでどこがおすすめ?」と地元民に聞いてみてほしい。半数以上の人が「行かないから知らない」と答えるだろう。もしこの日記沖縄の人が読んだとき国際通りを歩いてみてほしい。いまの国際通りはよその人がよその人向けに作った街だ。「沖縄風」なものはたくさんあるがそこにリアルは感じられない。地元の人からも愛される場所を作ってほしい。そう願うばかりだ。

2017-06-12

ヘイゼルブライアントはなぜ謝罪したのか

ヘイゼルブライアント

1957年に当時10代半ばだった彼女は当時15歳の黒人女子高校生罵声を浴びせる場面を報道写真に撮られた

40年後に謝罪して和解

 

このような件で彼女個人のこと、メディアことなどについて気になること

ヘイゼル写真によって被った不利益はあったのか

ヘイゼル謝罪したのはその不利益を避けるため、もしくは不利益を受け続けてノイローゼにでもなった結果ではないのか

社会的不道徳を正す、過去行為謝罪する原動力良心の呵責などではなく行為に対する罰などのデメリットなのか、デメリットがなければ人は謝罪しないのか

 そうだとするとヘイトスピーチ規制法はネトウヨから叩かれてるけど理に適ってるのではないか

差別した者を晒し場合、晒された者が不利益を被って訴えたら晒した者の責任になるのか

 例えば一般人差別光景動画で撮ってアップロードしたらやはり差別した者に訴えられたらどうなるのか、そういうケースは実際に起こったことはあるのか

・他の差別とかの写真で撮られた人は今どう思ってるのか

2017-06-11

9年ぶりにNEWSを見てきたエイターの戯言

「NEVERLAND」に行ってきました。

書き留めておきたい感情が渦巻いてるんだけど、見る人によってはデリケートに感じる話題なので、匿名ブログを書くことにしました。

はいえ万が一わたしのことを知っている人が見たら一目瞭然なんだけどね…

文才もないし完全に自己満



わたしNEWSを好きになった時、NEWSは既に7人だった。

程なくNEWSは6人になり、同時に休止期間に入る。

ジャニオタになったばかりの中学生にとって、1年の休止期間は長すぎた。

一途に待ち続けることができなくて、気がついたらエイトを好きになっていた。いわゆる「カケモ」。


ようやくNEWSコンに行けたのは活休が明けてからさらに1年近く経った頃。

2008年1月4日

Never Ending Wonderful Story

現場に慣れてなかったわたしは、今では味わえないほどの緊張と興奮を抱いて、横浜アリーナにいた。

手越と目が合った!」なんてはしゃいだり、横アリ魔の隙間に前日作ったシゲうちわが吸い込まれたり(笑)

すごく楽しかったのを覚えている。


でも、バイトもしてない学生身分で掛け持ちを続けていくのは難しくて、

つの間にかNEWSのことを追わなくなっていった。

マタイweeeekくらいまではなんとなく追っていた気がするけど、ネバエン以来現場に行くことはなかった。




そして迎える山下錦戸脱退。

当時はもうNEWSに対する興味はかなり薄れていた。

なんとなく6人のNEWSがうまくいっていないことは知っていたので、

この話を知ったとき、驚きながらも「やっぱりな」と思った。

少なくとも錦戸くんに関しては、掛け持ちを続けられないレベルエイトが売れ始めていたし、

山下くんがNEWSを離れたいと、いつか言い出すんじゃないかなと思っていたから。




時は流れ2017年

わたしが久しぶりにNEWSコンに行く頃、奇しくも山下くんは12年ぶりに亀梨くんとユニットを組んでいる。

もともと野ブタ出のわたしは、再結成に大興奮した。

と同時に、亀P再結成ほどの話題がないと、世間の注目を浴びられない山下くんに、切なさを覚えている。現在進行形で。

どう見ても亀ちゃんバーターだしね…


そして本題のNEVERLAND。

アルバムは予習していったけど、それ以外は殆どが知らない曲だった。

weeeek山下くん台詞「行きまーす、イエイ!」はなくなっていた。

バンビーナテンション上がったけど。懐かしすぎ。

どの曲が定番でどの曲がレア曲なのかすらわからなかったし、セトリについては何も言えないんだけど、

演出はとっても素敵だった。

「NEVERLAND」って、ちょっとディズニーっぽい雰囲気だなって思っていたけど、

フロート演出なんてほんとにディズニーパレードを見ているみたいだった。

あの頃と変わらない、キラキラアイドル衣装も、

メンバー同士わちゃわちゃする姿も、

ああNEWSだなあって実感した。


だけど。

4人がほぼ出ずっぱりでステージに立つ光景とか、

ジュニアをたくさん引き連れたステージとか、

フロートからサインボールを投げる姿とか、

もう何年も前にエイトは通り越えた段階に、今もNEWSは立っている。

地方公演なんて、いまでも一日二公演こなしてるんだ。

エイトの公演は、ここ何年か良くも悪くも「上手」になったと思う。

多ステしているわけではないしあくまわたし感覚なんだけど、決められた内容をそつなくこなす感じ。

万人ウケするMCができるようにもなった。

でも、NEWSはまだまだがむしゃらにステージに立っている。

「4+FAN」で小山が泣いていたり、「U R not alone」でまっすーが泣いていたり、

少し異様な雰囲気すら感じた。


手越MCでぽろっと「SUMMARY」だとか「k.k.kity」だとか溢してて、

この人たちはずーっと過去に囚われながらもがいていくのかなあ、って思う。

誰が悪いとか、間違った決断だったとか、そういうことは言いたくないけど、

もしあのとき、4人にならずに済んでいたら

ということを、考えざるを得なかった。

山下くんにも、錦戸くんにも、今のNEWSにも、

もっと違う未来があったかもしれない。




はいえ、過去にしがみついても仕方がないし、

今のNEWSはきっと、強い。

各々が自分の得意な分野で活躍しながら、

NEWSさらに輝かせてくれるのでしょう。

担降りしておいて勝手なことを言うけど、

4人には「NEWS」を守り抜いてほしいと思う。

9人も8人も7人も6人も、そして4人も、

なかったことにしないで、でも過去に囚われないで、

新しい未来を作っていって欲しい。




これから応援していきます

2017-06-09

中学生エロい

それは私が中二で性に目覚め始めた頃。

当時ネットとかは無く、エロいものを得るには、道に落ちているエロ本を拾うか、ヌードが載っている一般誌を買うか、危険を冒して自販機の成人雑誌を買うしか方法がなかった。

しか本屋一般誌を買うのは恥ずかしいし、ましてや人に見られない様に夜中に外出して自販機本を購入する事なんて出来なかった。

そういう事でムラムラした日々を送っていたのだが、ある日学校の昼休みに衝撃的な光景を目にしてしまった。

クラス美少女(俺基準)2人が机一つに向かい合って座り、互いの肩に顎をのせて、眠っていたのだ。

更に2人がキスをしていたという噂も耳にした。

まあ今にしてみれば、10代の女の子同士がベタベタする事に特別意味はないらしいし、噂は噂に過ぎないのだが、非常に興奮した私は帰宅後、2人のあられのない姿を想像した。

だが、そもそも知識は無いし、興奮しているから考えがまとまらない。

そこで2人がどんなことをしているのかを紙に書き出してみる事にした。

いわば自家製エロ小説である

小説は満足する出来で(俺基準)、調子にのった私は、他にもアイドルグループメンバー同士が色んな事になってしま小説などなども書いたりした。

しかし私は迂闊な事にそのアイドル小説を机の上に放置していて、親に見つかってしまった。

親には注意され、その小説が戻って来ることはなかったが、その後も見つからない様にして、小説は書き続けた。

しかし、それは中三のある日、突然止まったのである

開き直った私がヌードグラビアが載った一般誌を購入したかである

妄想産物よりも現実ヌード

かくして小説家(?)生活は終わった。

でも原体験である百合思考現在も続いている。

やっぱ原体験って大切だね!!


追記:

>それだけの百合原体験をしておきながら、なぜヌードグラビア如きで創作をやめたのか。そこが理解できない

中学生の書いた文章ゆえ、想像力貧困稚拙だったので、ヌードグラビアに負けたのです^^;

なお、ネット時代になって、芸能人エロ小説を扱ったサイトが出来たので、そこに百合系のを3,4本投稿したことがあります

どういうシチュエーションでどういう風に絡むかというのを考えるのは考えるのは楽しいので、機会があったらまた書いてみたいけど、今のネット上に発表するのは無理ですね^^;

叙述トリック申し訳ないけど、考えてません。

最初から男子中学生を前提に書いてます

×あられのない

あられもない

申し訳ない。

http://anond.hatelabo.jp/20170609041745

おまえには悪いが大声で喧嘩が始まったら傍にいる関係無い奴がパニック起こす光景って超面白い

想像するだけで笑える

カオスで楽しそうだなあ

ただの喧嘩だと殺伐とするが、おまえのおかげで場が喜劇化してる

おまえいい仕事したよ

2017-06-08

傍若無人な老人達

今朝も見た。

そこそこ混んでいる通勤電車で、若者と揉めている。

老人は手すりにつかまろうとしている様なのだが、若者邪魔をしているという言い分。

混んでいるので、若者だって動きが取れない筈。

駅に着いたら老人が若者につかみかかって電車から降り、口論になっていた。たちまち駅員が駆け寄ってきて仲裁していた。

若者は老人に手を上げる事も無く、声を荒げる事も無い。

老人は若者につかみかかり、激高し、声を張り上げる。

数ヶ月前にも似た様な光景を見た(そのとき警察が来ていた)こういう老人達、何とかならんもんか・・・

自分高齢者から他者からは敬われ、大事にされ、尊大な態度を取って当然、みたいな奴らが多い気がする。

これからそういうのが増えてくる事を思うと憂鬱になる。

2017-06-04

吾輩は都会育ちである

田舎はまだ無い。

都会で生まれ都会で学び都会で働いてきた。

私の人生走馬灯のように振り返った時、田舎風景が映るのは家族学校行事で遠出をした時だけである

それでも私には田舎への懐かしさがある。

小高い丘に囲まれた小さな村。

広がる田園風景の中に木造家屋がチラホラと見えるだけの人口密度の極めて低い通学路。

ずっと先の都会へと線路を延ばす滅多に電車の来ない小さな駅。

そういった光景を見ると懐かしさがこみ上げ、望郷と呼べるような感情が胸の内側からゆらりと吹き出してくる。

何故だろう。

私は田舎を持っていない。

それでも私は田舎に懐かしさを感じる。

テレビ映画世界田舎を見ると、自分もそういった何にもない世界から本数の少ない電車を乗り継いでここまでやってきたかのように錯覚する。

不思議だ。

故郷を思う時、心に浮かぶのは、自分が過ごしてきた都会の景色よりむしろ、そうやってメディアによって植え付けられた田舎なのだ

都会育ちの人間が何故田舎に懐かしさを感じるとは、メディアの力とは本当に恐ろしい。

自分という人間の中にある価値観の何割がそういった脚色によって構築されているのだろうか。

白黒だったり、フィルムの速度でチャカチャカ動くような昔のフィルムイメージや、ちょっと黄色がちの色味で昔の光景想像してしまいがちだけど、どうしても今の現実と地続きの色とFPSの昔の光景想像出来ない

どうにかして見て見たい

2017-06-02

カードキャプターさくら」というコンテンツに生まれ認識齟齬

CCさくら。別名人ブレイカーと呼ばれている作品だ。すべての元凶とも言う。

今、本作を知らない人がこの作品名をぐぐって画像を見て、ネットにあふれた反応を収集すると多分「日常系萌えアニメなのだろう」と思うだろう。

そして大きなお友達(つまり男)から支持された作品だと認識することができる。

そもそも実際はちょっと変な日常というか、だいぶ変な日常、つまり日常系ではないだろうか。

(始まりがあれば終わりがあったストーリー構成日常系と呼んでいいのか定義がよく分からないのだが)

日常系萌えアニメの先駆け、と言われても、CCさくらの前枠でやっていた「あずきちゃん」が完璧日常系萌えアニメすぎてしっくりこなかったりもする。

しか最近行われたNHKアニメランキングで、女性票の方が男性票を大幅に上回っていたことが分かった。20代女性が圧倒的だったようだ。

この事実について驚きの声がネット散見された。

このランキングの精度に関しては疑問もあるが、CCさくらを当時見ていたもの、そして新作を楽しみにしているものとしては「当たり前」だと考える。

今年はじめ、さくら劇場版1のリバイバル上映があった。例としてそのとき増田さんを見つけたので載せてみよう。

CCさくら萌え豚アニメだと言ったやつ出てこい

http://anond.hatelabo.jp/20170121154606

そもそもこの原作は超有名少女様向け雑誌なかよし」に連載されていたものだ。皆様おなじみの軍団CLAMP先生が作者である

CLAMPはこの雑誌CCさくら前に『魔法騎士レイアース』を連載し、アニメ化、大ヒットをとばしている。

当時のなかよしには有名作品も多く、「りぼん」などと並び少女バイブルであった。

連載当時のなかよしを見れば、表紙にさくら付録さくらで勿論大人気だったことがうかがえる。

実はCCさくらアニメにもその色は濃く出ており、衣装紹介コーナーはオタ向けと言われたが、基本的には子供に話しかけるケロちゃん(どう見てもQB元ネタである)が司会を担当していた。

アニメ前にお便り紹介をするコーナーがあった。

そこには今でいう絵師みたいな絵はほとんどなく、少女様が一生懸命描かれた絵ハガキで溢れていたりした。

その少女様たちが成長され、元少女様は20代くらい。NHK調査合致する。

今でもイベントを開催すれば20代女性ファンが大半になるし、展開するグッズも元少女様に合わせたグッズ(服や鞄、アクセサリーコスメ)が他のアニメと比べてもかなり多い。

ネットでは無く、ネットの外に出ればこんな状態であり、この状態CCさくら新作にまで持ち上げたとみていいだろう。

何故ネットリアルはここまで認識が離れてしまったのであろう。

CCさくら映画1を先日NHKBSで放送した際、アニメ解説として招かれたゲストネット意見、「大きなお友達に支持された」ことを言っていた。しか監督リアルを知っているため、当時の少女に支持されていたと認識していたようだ。

確かに大きなお友達にも支持されたし、少女にも支持されたのは間違いない。ただ、多分大きなお友達が思う以上に少女に支持されていたのだ。

当時はPCこそあるが、子供自由SNS2ちゃん接続する時代では無かったし少女たちの反応は見えなかった。

過去に別の番組で、ネット側のオタク代表評論家CCさくら大きなお友達のためのアニメのように話していたことがある。

確かにCCさくらが昨今の萌えアニメに与えた影響ははかりしれない。知世風に言えばさくらちゃんは本当に可愛いんですもの

大きなお友達自分たち作品だと思っていた間に、大きくなったお友達の方が数を上回っていた。

まりだ。批判する気はないのだが、大きなお友達ノイジー・マイノリティであり、サイレント・マジョリティ存在認識できなかったということだ。

そしてサイレント・マジョリティ発言権を持つようになった今、CCさくらファン界隈を覗くと、ちょっとした混乱が起きている。

まずCCさくら板。

さくらちゃんハァアァ」「ロリ最高」という書き込み気持ち悪がる人が増えており、衝突が見られる。(まともな反応である。)

ニコニコ動画さくら動画

変態コメ純粋コメが混じりあいカオス

ツイッター

話題は見受けられるが、大きなお友達元少女様たちの間にはかなり壁があるように感じる。男性だと思われるアカウント女性だと思われるアカウントが仲良くさくらを語る光景など滅多に見られないだろう。

CCさくら新編の影響でネットさくら話題が増え始めた今、そういった意味でもちょっと目が離せないコンテンツになっている。

新作アニメスタッフキャストが追加発表されたが、脚本大川七瀬はもちろん、完全に当時のスタッフNHK様が力を入れて作るようだ。

そしてCCさくらには未だにサイレント・マジョリティ存在する。それは現在の「なかよし」を読んでいる少女たちだ。

実はCCさくら現在なかよし人気投票看板漫画を即抜いて1位を獲得した。オタク必死投票したのかな、とか思ったがお便りコーナーなどを見ると新たな読者層を開拓しているとみて間違いないだろう。可愛らしいデザイン世界観は、時代を越えて少女の心を掴む何かを持っているのだ。

混沌するファン界隈。さあ、どうなっていくのだろうか。必見だ。

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