「ハンドル」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ハンドルとは

2019-05-24

いままで、結婚式したい女の気持ちが全く分からなかった

まず、わたし結婚式に呼ばれるのが好きじゃない。どうせ離婚する連中に3万も払うのはバカげていると思う方だ。Nintendo Switchより友人の結婚式のほうが価値があるとはとても思えない。

それに、旦那が手伝ってくれなくて打ち合わせがすすまないとか、そのせいでけんかに発展してしんどいとか愚痴る友人を見ていると、はたから見てて式なんかやらないほうがましとしか思えなかった。

予算とかもまあ車余裕で買えるくらいはかかるようだし・・・

それでも果敢に挙式にむかって進む彼女らを突き動かす原動力はなんなんだろう…と思っていた。

それが今回わかった。彼女らにとっては花嫁衣裳着て友人らに祝福してもらってチヤホヤされるのが夢だったのね。

色々納得した。

結婚が決まった途端仕事を辞める方向に急ハンドル切り始める女友達や、

仕事で上手くいかないことがあると彼氏結婚を迫り始める女友達

わたしは、幼いころからあこがれていた仕事についていて、仕事アイデンティティみたいになっているところがあるので、彼女らの行動は意味不明だったし信じられなかった。

1人の男のために自分人生棒に振るなんてどうかしているとまで思っていた。しかしこれは盛大な勘違いだった。

簡単なことだ。彼女らにとっての本懐はウエディングであり、仕事なんて無いにこしたことはないのだ。

わたし仕事あきらめられないように、彼女らは挙式をあきらめられないのだ。

自分勝手さでいったら、わたし彼女らも大差ないのだ。

そう思ったら、あん時間金ももったいないだけの自己満足ナンセンス儀式のために奔走する友人らを多少は応援できそうな気がした。

まあ呼ばれても極力いかないけど。

2019-05-22

老人がいつまでも運転するのは、パワステが原因でしょ

穏健派自称する自分としては、クルマ免許強制的に「取り上げる」事はそもそも反対。

ただし80歳を超えた老人がいつまでも運転することには、(女性子供被害といった)社会的損失という点で否定的という立場

一方で、そうした老人が長々と運転するようになったのはパワステが原因だと考えている。

パワステによって、人は力なくして運転ができるようになった。反射神経や判断能力いくら衰えても、だ。

考えてもみてほしい。馬が移動手段として主流だった中世、脚力が弱り長時間同じ姿勢を保てなくなった老人は「ワシャもう馬はキツいぞぃ」と早々に引退した。

パワステのない時代も「ワシャもうハンドル回すのが億劫じゃよ」とクルマ引退宣言した老人がいた(はず)。

パワステ運転ハードルを下げ、我々を疲れから開放してくれたが、そのシワ寄せが今になって女性子供に及んでしまっている事に、我々は向き合うべきである

anond:20190522050529

2019-05-20

車の運転人類には早すぎる

車の運転って難しすぎない? なんで社会で許されてるの? - 拝徳

http://tokunoriben.hatenablog.com/entry/2019/05/18/211416

最近必要かられて免許を取ったんだけど、まさに同じようなことを感じた

自動車や、それを用いた交通の仕組みって、想像していた以上に性善説というか、

運転する人間良識や適切な注意力にゆだねらているんだと思って正直ゾッとした

ハンドルちょっと切れば、アクセルちょっと踏み込めば、すぐに死ねるし簡単に人を殺せる、

そこにシステムとして、フェイルセーフほとんど効いていない感じがある

最近ようやく普及してきた自動ブレーキや車線逸脱防止システムで、多少フォローが入るようになったけど)

皆が教習所で習うように、常に適切な注意と判断と譲り合いの心を持って運用すればまだしも

現実は「制限速度+10kmがちょうどいい」だとか、あんまり道交法をしっかり守る人ほとんどいないし

いくら安全運転意識があっても、運転ちょっと注意を失えば即大事リスク

さらに、ネットに上がるドラレコ映像を見ていても、路上には一定数の割合でヤベー奴がいるし、

ましてやもらい事故、不意な飛び出しなんかに至っては、どんなに気をつけていても回避不可能運ゲーに近い

それを解決する手段が「かもしれない運転」って、なんというか個人の注意力や能力や時々の運にゆだね過ぎじゃない?みたいな

そんで、こういった怖さ/リスクは都会に住んでいる限りは「乗らない」って選択肢を取ることで多少回避できるけど、

地方郊外に住むとなったら、もう「乗らない」っていう選択肢自体存在しない 社会インフラが車前提に整備されてるもんね

おとなもおじいちゃんもおねーさんも、好むと好まざるとにかかわらず運転することを「強いられているんだ」って感じ

あとこのたぐいの議論で、ブコメなんかで出てくる反論がいくつかあるけど、

なんかどうもピントを外してるなと思う。いくつか例に出すと

①「そういう怖がりな(or 運転技量がない)奴は運転しないでくれ」

→じぶん個人的には極力そうするつもりだけど、上に書いたように日本の大部分の地域では

そういう「運転しない自由」「自動車社会に参入しない自由」が実質的に与えられてないよね

ましては最近公共交通が衰退して、街の中心部の店が潰れ郊外ショッピングモールに集約、みたいにどんどん流れがそっちに行ってる

高齢運転問題もそうだけど、車前提でインフラ制度設計しておいて

他方で「能力覚悟が足らないやつは運転するな」っていうのは、それはそれで「死ね」って言ってるのに近くない?

②「お前は車の恩恵を受けていないのか?荷物配送バスタクシーも使うなよ」

→それはプロドライバー仕事じゃん。運転技量がある(大型なり二種免許をとっているような)人達が、業として行ってるわけで

例えば飛行機運行プロパイロットだけに許されているように、自動車運転プロのみに許されていれば、

状況はまたちょっと違うことになっていたと思う

もちろん、現状の自動車社会をすぐに転換することは現実的には不可能だと思う

から上記記事などにも指摘されているように、現在技術でできる限りの安全装備やシステムをどんどん義務付けてしまったり、

交通システムも、性善説でなく安全側に倒したもの

(具体的には信号の右直分離・歩車分離の徹底や、エンジン起動時の免許ドライバー状態のチェック、など)に変えて、

可能タイミングがきたら、一気に完全自動運転社会に転換してしまったほうが良い

でも、おそらくそういうものには一定感情的な反発があるだろうし、そううまく運ばない気もする

結局のところ、「車は、身体拡張し、自由を与えてくれる装置である

みたいな原始的ロマンティシズムを手放せないんだと思う

自動車を操る楽しさ」「走る歓び」とかそういうやつ

そのロマン自体はわからないでもないけど、

そういう極めてスポーティかつハイリスク行為公共インフラとして存置させてくのはどうなのよ

エンタメは、サーキット有料道路の中でやってくれよ、という感じ

免許取り立ての若者から80代の爺さんまで参入する「交通社会」に持ち込むべきものではないよね

なんかアメリカ人が、あれだけ乱射事件を起こしながら「銃を持つ自由」を手放さない、みたいなとこに近いのかもなあ

一度権利として与えられたものは手放せないというか

もちろんこういう状況は日本だけではないんだろうけど

2019-05-19

オタク女の問題の根源は住み分け杜撰さとアイドル活動

2000年前後インターネットを知っている老人会の皆さんは知っているだろうけれど、それまでパソコン通信では確認されていたオタク女というのは極少数だった

それは様々な理由があるだろうけど、オタク女が少なかった要因の1つには「コミックアニメカルチャーコンピュータカルチャーが今ほど混ざり合って居なかったから」というのはあると思う

少なくともPC98シリーズなどである程度のライトオタクにまで花開いた日本コンピュータカルチャー時代では、まだまだコミックアニメアナログ時代だった

発色数がこうだの発音数かどうだのとパソコン通信オタク女と語り合った記憶はほぼ無い(パソコン通信の頃は実名活動しているユーザも多かったのでハンドル実名イコールで結ばれていることも少なくなかった)

オタク女がバッシングされるようになった経緯を知らないユーザも今では多くなっただろうけれども、その契機はWindows 2000Windows XP時代まで遡る

これらMicrosoftOSリリースされるとインターネット人口は一気に増え、主にコミックアニメを取り扱う電子掲示板コミュニケーションで衝突が起きるようになる

それはネットワークを介したコミュニケーションに慣れていない新規ユーザーが一気に増えたことにより、住み分けという意識がなく今で言うBLネタを投下しまくったという歴史的事実がある

これがまた悪いことに新規ユーザーの大半は若い世代だったので直情的な傾向があり、注意を受けても反発する、ほんの少しの時間を置いて繰り返すなどの行動を頻発させた

まりにもBLネタヘイトを集めすぎたため、そこで起きたのが電子掲示板の分割であるBL隔離板」の発生だ

例えばわざわざBL同人サイトにまで嫌がらせがあったというのを当時リアルタイム確認しているが「なぜそこまでのヘイトを集めていたのか?」というのが語られていないので上記しておく

そしてそれだけじゃない、ほぼ同時期に問題視されていたネットミームがある

こちらはオタク女の皆さんも「そんなのは極一部」「私達は関係ない」と言うだろうが、大きな属性として同じ括りに居る人間として歴史直視してもらいたい

そのミームとは「女神」の発生である

女神」はネットミームで言うところの「神」から派生した言葉だが、その内容は「女としての特徴を活かした人気集め」だ

内容としてはそれらよりも過激な面はあったが大体の認識として、少し前の「女生主」や、現在の「女性Youtuber」とほぼ変わらない

例えばオタク女へ対して「まーん」という蔑称ミームが使われること過去(もしかしたら今も)あるかも知れないが、これは大半は「女神属性を持ったオタク女へ使われた言葉だった

これら住み分け杜撰さと女神を契機としてインターネット雰囲気は一気に変わった

これを無視してオタク女はオタク男にイジメられていたなどという発言厚顔無恥と言わざる得ない

付け加えて言うが、これは「オタク女の先輩たちがインターネットやらかし過去の失敗であって、その反省は多少されており、反省したあとのインターネットに触れた新しい世代オタク女は昔ほど酷くはない」と強調しておく

年齢で言えば若くても30代より上の世代の話なので「先輩もやらかしてたんですね」と笑ってあげて欲しい

このエントリオタク女をバッシングするために書いたものではない

ただ厚顔無恥な連中へ対して当時のことを思い出させようとしているだけだ

洋画海外ドラマ役者の演技

日本作品なら演技で一番わかりやすいのは台詞しなのかな。

でも海外作品だと、この役者棒読みじゃんとか、方言うめぇとか全然からないまま見てる。

間を持たせるためにハンドルに指をトントンする、みたいなメソッド通りのは、

うわーやってるやってるって思うけど。

吹き替えも、たどたどしいのはもしかしたら元の役者マネしてる高等技術なのかもとか思ったり、

なんかよく分からないな。

朝ドラ大河ドラマって方言について下手とか上手いとか言われるのが常なので、

イギリス作品吹き替えならコックニー訛りの方言指導とか付けたりしないのかな。

2019-05-16

anond:20190516222542

ほかの事故の車ってこれごまかすために政治遠隔操作したんじゃないのかね

運転手???あら?ブレーキが利かない!ハンドルが利かない!

今日バス事故らずに職場最寄りのバス停まで送り届けてくれました

毎日毎日脇腹に乗用車が突っ込んできてくれることを祈っているのに

ハンドル操作を誤ってガードレールを突き破ることを願っているのに

今日もそんなことは起こらず、無事に到着してくれやがりました

あと何日これが続くんだろう

早くこの世から消してほしい

[] トヨタ社長

またもや痛ましい自動車事故が起きてしまいました。

もはや自動車の改良が必要であることは誰も異論がないでしょう。

そこでトヨタをはじめとする自動車メーカーのトップ提言します。

 

自動車人間運転装置は、ラジコンプロポと同じ形に改良してはいかがでしょうか?

スティックを動かした方向と同じ向きに車が動くようになっていれば、操縦が分かりやすいです。

 

ハンドルペダルでは事故が起こります

特にペダルの踏み間違いは致命的です。

 

プロポの方がペダルよりも操縦しやすいです。

嘘だと思うなら実際にラジコンカーを操縦してご自身確認してみてください。

 

こんなかんじで、前後、左右しか操作できなければ、間違いようがありません。

練習すれば手だけでなく足の指でも操縦できるようになります

 

運転装置の改良によって、自動車事故が減ることを願います

2019-05-10

誰に対して、どこで、何まで話すかの選択が難しい

むずかしい

みんなどうしてるの?じぶんがヘタクソなだけなの?

まり考えがまとまっていない、雑なやつ

メディアごとに空気感が異なるので、それを考慮しての使い分け

note広告がなくて落ち着いてるから難しい話やポエムをするのに向いてる。

はてなエンジニアが多そうだから技術系の話をする。

twitterヤフーコメント欄などの「速度の速いSNS」は政治系・言論系には適さない。さんざん懲りて辟易したので、その辺の話題もっとスローで巧緻な媒体でやったほうが良い。

ニコニコネガティブ視聴者が多いが、インターネットノリは良い。

YouTubeポジティブが多いが、一般人寄り。

等々、たくさんある。

要件定義

「誰に対してどこまで話すか取捨選択するのが難しい」

言い換えれば、「このハンドルネームキャラ設定はどうするか」「キャラ崩壊しない運用」に悩んでいる。ということ。

1. 自分がやりたいこと・言いたいことがこれだけあって(リストアップ)、

2. そのためには、このハンドルネームからはこのアイテム、あのハンドルネームからはあのアイテム、を分担する。

という戦略を立てるわけだけど、キャラ設定が壊れがち。めんどくさくなって素が出てくる。そもそも演技が苦手で下手なので、あまりハンドルを細かく分けるのに向いてない自覚がある(ちゃぶ台返し)。

また「この話題はどこでアウトプットするか」を悩んでしまって、アウトプット自体が面倒になる。そうやって溜まってる記事企画が山ほどあって腐らせて旬を逃してもったいないと思う。そもそも、処理能力に対してやりたいこと(要求)が多すぎるのも問題だと思う。

というか、仲良くしたい・気に入られたい相手がいる場では、ネガティブイメージを抱かせてしまいかねないことは言いたくないんだよね。でもそれ以外のどこかで言いたいんだよね。という、取り扱いが面倒な話題需要自分の中にある。

何か、その辺のガイド指南してる本とかある?有料のネット記事でもなんでもいい。

もっと「居場所」をたくさん増やすと良いような気はしている。

「この話題はここなら話し相手がいる、あの話題はあそこなら話し相手がいる」という状態に持っていきたい。

独り言が多いのがさみしい。言い換えれば、「この話題について話せる相手・場を確保できていない」ことがちょっとつらい話題がある。ということか。

セルフブランディングの側面もあると思う。

SNSネガティブなことを書くな原理主義」の人もいれば、ネガティブなことも書くけど上手くやっていけている人もいる。ネガティブ話題アレルギーのるある人は、ネガティブなことを書く人からは離れていく。それは、政治アレルギーとほぼ同じで、政治的なことを書く人からサーッと離れていく人と似ている。

から自分はどうしたらいいのか?よくわからない。あちらを立てればこちらが立たず。

ネガティブ発言話題で盛り上がってるクラスタに参加してみたら、ポジティブクラスタから離れて敬遠されてしまうのがさみしい。

ネガティブ発言を減らしてポジティブにすり寄ってみたら、今度はネガティブ話題で会話が成立してるクラスタが羨ましくなり、「自分能天気な話しかしない人だと他者から見られているのでは」と気になったりする。

自分はどうしたいか」と問われれば、「ポジティブなこともネガティブなことも、難しいこともとりとめもないことも、言いたいことは全部言いたい」です。

二兎を追う者は一兎をも得ずなのか・・。

本名

べつに特別なことをしているわけではないと思っている。

インターネットがない時代でも、ハンドルネームでなく本名であっても、親に見せる顔、勤め先に見せる顔、友達に見せる顔、子供に見せる顔、・・・それぞれ違うわけでしょ、それと同じだと思う。

なぜかインターネット比較するとリアル顔の使い分けはうまくいっている。と思う。比較的。

父はオタク趣味を毛嫌いしていて兄弟にもブチギレて映画パンフレットビリビリ事件を起こした前科があるため、無意識オタク趣味エロゲ方面などは出さないように気を付けている。というか意識しなくても、無意識のうちに脳内金盾が発動している感じがする。

会社にはわりとオタクな話してる人を見かけるのだけど、なぜか自分オタク趣味を話したことがない。なんでだろうか。やっぱお金を稼ぐ場なので、お金を稼ぐのに問題が発生しうるかもしれない余計なことを言わないようにする、というリスク回避意識があるのかな。あるぽい。(というか、そもそも会社雑談できる人があんまりいない・・)

一般論の「酒の席では野球宗教政治の話はするな」ってやつだ。

でもインターネットでも、「身バレ・住所バレ・特定されないように気を付ける」というのは無意識にできてるなぁ。といってもリアルで会ったことある人は複数twitterでつながてるけど。

やりたいこと(目的を具体的に)


今の仕事一本で生きていけるのだろうか、という疑問は常にある。だから、何らかの生活費を稼げそうなスキルを伸ばすとか、仕事がもらえそうなスキル持ってますアピールをするとか、再就職に有利に働かないかなー?と思ってるんだけども。どうなのかな。

大学生は逆に「SNSでの活動ネガティブ要素になる」と判断しているようで、むしろ就活に見せないようにしてるみたいだけども。

  • 趣味や関心ごとについて話せる相手が欲しい

お金を稼ぐ以外の欲求の充足。恋人とか結婚とかは想定してないです。自分人生にはもう無関係だろうとおもっているから。

オタク趣味各種。

自分が抱える発達障害精神疾患比較的に軽いとは思う)

将来の不安

政治経済社会

というと大げさですが、自分提供できる有意義なことはやっておきたい。自分が調べた情報をまとめて公開するとか。ボランティアアンケートちゃんと答えるとか、クラウドファンディングをやるとか、知り合いの宣伝リツイートするとか。

2019-05-09

右直事故を防ぐにはどうしたらいいか考えよう

ハンドルを右に切るとプリキュアの声で駄目駄目〜って言ってくれるようにしよう

保育園ガチでいいタイミングベスト記者会見ができたと思った

から保育園を責める人はいないだろう

事故は誰かの不注意で起きるから登場人物すべてになんらかの落ち度があって当たり前

今回は主犯は無理に右折した車で責められて当然であるが、直進車ももっとスピードを緩めていれば/ハンドル操作ではなくブレーキ回避できていれば事故に至らなかった可能性がある

保育園にしても危険だと言われている交差点をさけてもっと道中で待っていれば事故は避けれたはずだ

登場人物のうち右折車も直進車もかなり責められている状況をみるにあそこで記者会見しておかなければ「保育園だって悪いところあるんですよ」って言い出す人は必ずいただろうし、一つの流れを作っててもおかしくなかった

問題は今後である

許されたからといって被害者面してなにか意見してしまうとコロコロと手のひらを返して責めに転じる人は多いと思うから発言には十分注意した方がいい

新たなトロッコ問題だな

あなた交差点を直進しています

と、対向車が急に右折をしてきました

くぉ~ぶつかる!ここでハンドルを左に!

すると歩道にいる13人を轢いてしまます

ですがこのままではあなたが死んでしまます

あなたハンドルを切りますか?

ロードバイク買った後がやたらと金かかる

メタボ解消のため思い切って20万超えのカーボンロードバイク買った。

楽しくて毎週走ってるけど、ある程度快適に走ろうと思って周辺のツール等々そろえていくと、思っていた以上に金がかかった。

ざっと挙げても以下のとおり(実際はもう少し細々としたものも買ってる)

■ウェア類

 ヘルメット \25,000 (命を守るため)

 インナーパンツ \6,000 (お尻痛い)

 ウィンドブレーカー \11,000 (まだ寒い時期がある)

 サイクルキャップ \6,000 (ヘルメット取ってもカッコ悪くならないように)

 アイウェア \7,000 (川辺の虫対策)

 財布(ナイロン製) \1,300 (普段使いの革の財布は汗でボロボロになるので)

 グローブ \1,000 (手の平が痛い)

 ジャージ \6,700 (なんとなく)

 ベースレイヤー \5,500 (汗べとべとは嫌)

 シューズ \19,000 (速く走りたい/遠くまで走りたい)

アクセサリ

 サイクルコンピュータ \6,000 (モチベーション維持のためGPSでどこ走ったか見たい)

 ハンドルバーマウント \1,800 (サイコン用)

ドリンクボトルx2 \1,200 (脱水症状防止のため)

 ボトルケージx2 \1,100 (脱水症状防止のため)

 サドルバッグ \3,200 (予備チューブ等を携帯するため)

 SPDペダル \6,500 (速く走りたい/遠くまで走りたい)

 鍵  \8,600 (盗難防止、軽くても丈夫なやつ)

 ベル \4,900 (道路交通法対応、見た目ダサくならないやつ)

メンテナンス用品等

 バイクタワー  \15,000 (室内に保管するのに必須)

 予備チューブx2 \1,300 (パンク対策)

 CO2ボンベセット \1,200 (パンク対策)

 パンク修理キット \300 (パンク対策)

 タイヤレバー \400 (パンク対策)

フロアポンプ \2,000 (必須)

 携帯レンチ \1,300 (屋外で付属品の調整とか)

 チェーンオイル \2,000 (必須)

 グリス \900 (ペダル交換のため)

 ペダルレンチ \1,000 (ペダル交換のため)

合計で 15万弱

幸い、独り身で自由に使える金はそこそこあるので大きな問題はないんだけど、こんなに金かかると思わなかった。

ロードバイク乗ってる人ってだいたいこんな感じなのかな?

2019-05-08

自動車ってなんで真ん中にハンドル設置しないんだろ

後部座先が3人で座れるんだから前の座席も3人用にして真ん中にハンドルを設置すればいいのにって思う。

真ん中のほうが絶対操作やすいのに

どうしてそういう風にしないんだろう。

右ハンドルよりも左ハンドルよりも中央ハンドルのほうがいいと思うのになあ。

anond:20190508155922

運転してて、右から急に障害物がきたら、とっさにブレーキ踏んで、避ける方向へ左にハンドル切ると思う

anond:20190508155052

免許いからわかんないんだけどこの場合直進車って左にハンドル切るもんなの?

anond:20190508155101

頑なにブレーキ拒否るよね。アクセルハンドルでどうにかしようとする。ブレーキランプが光ることを恥だと思ったり

田舎から少しでも弱み見せたら一気に最下層なんだろうな

2019-05-07

たのしい幼稚園

スーパーお菓子売り場に行くとちょっとしたおもちゃラムネが付いて300円とかで売っていて、4歳の娘が欲しがる。「高いかダメ」と言って大抵買ってあげない。もっと小さい頃たまに買ってあげたくらい。

アンパンマンやらプリキュアやらを見ていると合間のCM全てが幼児物欲に火を付けようとしてくる。娘は見るもの全てに「あれ欲しい」と言っている。

今月号の「たのしい幼稚園」のCMを見て付録を欲しがる娘。付録ハンドルを回すとテグスビーズ勝手に通りネックレス等が作れるおもちゃであった。

なんとなく私も心惹かれるものがあり、3回目に欲しがった時に買ってあげると約束した。

約束したもののあっさり忘れていたのだが、買い物に出かけた時に娘が例のビーズおもちゃが欲しいと言い出したので本屋に行って買うことにした。

たのしい幼稚園のような雑誌を買うのは初めてである。値段を見て驚いた。税込920円。高過ぎると文句を言いつつレジに持って行く。

その時発せられた「ママはいつも高いと買ってくれないよね?なんでこれは買ってくれるの?」という純粋質問

勝手に650円くらいかと思っていたので買うと約束したというのはあるが、そもそも自分が買ってもいいかなと思ったから、という理由しかない。そしておそらく二度と買わない…。母親の好みでしか物を手に入れられない子供可哀想であるが、仕方がない。

「たの幼」の付録はよくできたもので、しか継続使用ができないものであった。付属の専用ビーズのみ使用可能で、ビーズネックレス一本分しか入っていない。飽きっぽい子供には正直これくらいでちょうど良い。

本編は幼児の大好きなシール遊びに、切り貼り遊び、折り紙遊び、数字ひらがなのお勉強ができるものになっているのだけど、ほぼ全てのページがおもちゃの紹介、アニメ番組の紹介を兼ねている。

本当に女性誌と変わらない。派手な付録で釣って、フルカラー広告を読ませる。そしてバカ高い。こんなに高いとは、知らなかった。

2019-05-06

[]【5】2019 春、韓国釜山・光州

<< この旅行記の先頭へ


anond:20190506094948




5일



5日目

釜山港へ帰るんだってばよ


明日帰国は早朝便だ。

ゆっくり眠れる保証もないので、充分な睡眠時間を取れるのは昨夜しかなかったが、やはり眠りは浅かった。

釜山で迎える2度目の朝、疲れが取れているかどうかは疑わしいが、今日は名所観光お土産購入、食べ残し釜山グルメなど、予定を詰め込んだので、直ぐに部屋を出た。

まず目指すのは、チャガルチの朝の名物になっているという、シンチャントーストだ。


地下鉄1番線に乗り、朝のチャガルチ駅に到着。

BIFF広場を通り抜け、裏の小売店街に向かう。

まだほとんどの店が開店前で、人もいるにはいるがほとんどは開店準備の搬入路地工事

本当にやってるのだろうか。

路地クルクル迷いながら進むと、まだ閉店してい暗い店が軒を連ねるなか、30㎡程の縦に細長い店の前でコック帽に白衣のオジさんが黙々と店先でトーストを焼いている。

釜山の朝の味、シンチャントーストの前では、そこだけ行列ができていた。

しばらく待って、トーストフルーツジュースを頼む。

卵とハムチーズが挟まれトーストは、洋食なのに滋味深かった。


シンチャントーストの御主人に支払いを済ました時に、残りのウォンが心許ない事に気付いた。

チャガルチから程近い南浦洞のヨンジン両替所に向かう。

南浦洞は西面と並ぶ釜山繁華街だが、土曜の朝9:30に開いてる店はほどんどなく、人もまばらだった。

午前の強い日差しの下を歩き、両替所に到着。

手元の3000円を両替する。

ナヨンの時は実は数えてなかったが、ここでの両替は少額なので数えやすい。空港より明らかにレートが良かった。


南浦から引き返し、港町釜山の顔が最も見える場所、チャガルチ市場に向かう。

広い市場では、いけすの中にカニエビなどがひしめき、山盛りに積まれサザエやホンビノスなどの貝類太刀魚などの魚、イカタコナマコに果てはエイまで、あらゆる海産物が並べられていた。

ここで海産物を買って、2階で調理してもらえるらしく、お母さんに声をかけられるが、既にトーストを食べていたので、固辞して、市場の棟の反対側に出る。

海が目の前だった。

海風にあたりながら、あたりを眺めていると、韓国語演歌らしきメロディーが流れてくる。そういう音楽韓国にあるかどうか分からないが、メロディーといい、コブシの利かせ方といい、どう聴いても演歌だ。

韓国であっても、港では演歌流れるものらしい。


室内市場の脇の青空市場を歩いて抜ける。

ここでもたくさんの海産物が売られていたが、端まで抜けると食事のできる店がある。

漁師港湾労働者、仲買人などはここで食事をとるのかも知れなかった。

歩きながら日本韓国意見の相違のある日本海の呼称問題について考える。

このチャガルチ市場を埋め尽くす豊富な海の幸を見ていると、韓国の人がこの海を「東海」と呼びたいのもわかる。

目前にある日々の漁場が「日本海」では、借り物で漁をしているみたいだ。

日本人として韓国人の主張の是非や正当性は一旦脇に置くが、ナショナリズムじゃなく、釜山市民生活者の実感として「ここは自分たちの海だ」とスッキリしたいという、その気持ち理解できる。



韓国青春グラフティ


市場を後にし、韓国旅行に当たって一番最初に決めた観光地、山間の民家をカラフルに彩った甘川文化村に向かう。

バスに乗るてもあったが、地図上では歩いて行けない距離とも思えなかったので、その足で向かった。


実際に歩いてみると、考えが甘い事に直ぐ気付いた。

市場に程近い有名観光地なのに、歩いて向かう人が殆どいないのもさもありなん、山道結構なのだ

「実際に過ごしている人を見れるのも良い」と無理やりポジティブにかんがえたが、やっと観光客で賑わう村の高台に着く頃には、脚の疲れがえらい事になっていた。


カラフル屋根を一望できるカフェでまず一休み。

甘いカフェラテが身に染みる。

デッキではカップルロマンチック風景をバックに写真を撮っていた。


糖分を補給した後は高台散策

辺りには、たくさんの国からやってきた観光客が写真を撮っていた。

実は釜山にきて見て気付いたのだが、この街で最もよく見かける外国人は「日本人」で、それ以外の外国人存在が薄かった。

しかし、ここでは中国台湾ベトナムヨーロッパから来た人など、多彩な国々の面々が並ぶ。

やはりというか、若い人、カップル10代の少女が多かった。

韓国民族衣装を身につけた3人組の少女、2人は明らかに韓国人ではない。

多分ベトナムタイの人だ。

韓国友達を頼ってやって来たのだろうか。

まりに似合っていたので、写真を取らせてもらう事にした。

ピンク黄色、水色のスカートが風に揺れていた。


村の坂道階段を行ったり来たりするうちに、「ギャラリー」の文字が。

興味をそそられて階段を上ると、登り終えてまだ続く坂道の上で、学生服少女が同じく学生服少年写真を撮っていた。

青春ドラマのような光景に関心して咄嗟に一枚。

ギャラリーは閉まっているらしく、腕章を付けた彼ら以外に周囲に誰もいない。

プライベートも極まる時間だろうが、輝く記憶を少しだけおすそ分けさせてもらった。



釜山餐丁・バタードーナツと血羊羹


たっぷり写真もとって満足したので、下山する。

さすがに歩いて降りる気力がなかったので、バスを使ったが、山道を下るバス運転が荒い。

座れてなかったら大変だった。


バスの最終停留所、チャガルチで降りて再び南浦洞へ。

チャガルチから南浦洞への道すがら、行く手から派手な太鼓鈴の音が聞こえてくる。

デモだろうか。

韓国社会はどうやらパレードが大好きで、到着2日目にも地下を歩きながら、実体こそ見なかったが、パレードの音を聞いた。

時節柄、ちょっと緊張する。

からやってきたのは、釜山の対岸、九州からの踊り手達だった。

彼ら自身は踊ってないので、既に演目を終わったのだろう、しばらく歩くと、今度は韓国民族衣装に身を包んだ踊り手達が舞っていた。

音は此処からだ。

そういえば、釜山であった日本人と少しだけ会話してみると、九州からの人が多かった。

岸の両岸では、それぞれの人々が交流している。


南浦洞では、韓国旅行で2番目に決めた目的ナッツ入りバタードーナツのシアホットクを買い求める。

生地を大量のバターで豪快に揚げ、横に挟みを入れポケット状にして、蜜とナッツを詰め込む。

形状は平たい円形だが、なぜか平たく潰した紙コップに入れて供される。

しょっぱくて甘い味は疲れた体に沁みた。

これも日本に持ってきたら流行るかも知れない。

でも、どうも日本に入ってくる韓国グルメは、1個流行るとそれ一色になっちゃうんだよなー。


さて、夕方前に一旦ホテルに戻るつもりだが、その前にここのロッテマートお土産を買う。

出発直前までなかなかイメージが湧かなかった韓国土産だが、同僚の勧め通り、インスタントラーメンにした。

韓国即席麺大国なのだ


ホテルに戻って、明日朝の空港に向かうタクシーの手配をして、すぐ出発。

海に突き出した岩場に建つ寺院、海東龍宮寺に向かう。

なんとか時間的に間に合いそうだ。

ここに訪れれば、今回の韓国旅行で行きたい観光地は大方回ることができる。


地下鉄を乗りついで向かうが、どうやらエネルギー切れで気力が切れてきた。

山道を歩き回ったのに、朝から食べたのがトーストドーナツだけじゃ足りないのも当たり前だ。

とにかく何か食べないとまずい。海雲台駅で降りると、バーガーキングに吸い寄せられるように入った。

異国の地で、何が出てくるか想像できる上に早いジャンクフードはいざとなると頼りになる。

バーガーキングカウンターの福々しいお姉さんは、言葉が怪しい日本人にも親切だった。


ちょっと迷ったが、海雲台から海東龍宮寺に向かうバスに乗車。

30分ほどの乗車で龍宮寺に到着した。

龍宮寺までの参道は曲りくねった階段なのだが、辺りは台湾九份もかくやと思わされる人出で、細くて急な階段を歩くのが怖い。

しかも疲れている所に再びの山道なので、なんとか転ばないように慎重に歩く。

距離がなかったのだけが救いで、やがて海を望む龍宮寺が姿を現した。

既に夕方だったので、だいぶ光が赤く、海の青さはちょっとくすんでいたが、それでもなかなかの絶景写真に収めることができた。


満足したので引き返してバスを待つ。

やってきたバスに乗り込んだが、ここで思わぬ苦労をする羽目になった。

椅子に座れず立ち乗りだったが、渋滞に巻き込まれバスがなかなか進まない。

その上、運転が荒い。

急発進、急ブレーキ、急ハンドル

外国バス運転は概ねこんなものだと思ってはいものの、いい加減ヨレてきている足腰には辛かった。

このワイルド運転にも韓国若者涼しい顔をして立っている。

どういう鍛え方をしているんだ、いや、これ自身が日々のワークアウトになっているのか。

ユラユラ揺れる自分も、友達恋人と事も無げに談笑する韓国男子も、真反対の意味で慣れというのは恐ろしいものだ。


渋滞に巻き込まれた結果、1時間強の乗車となったバスを降り、海雲台の駅から地下鉄に。

食べ残し最後ご当地グルメを目指す。


釜田の駅から程近い「カヤポヂャ ソンジクッパ」に入る。

釜山最後食事は、牛の地を羊羹状に固めたソンジが浮かぶソンジクッパだ。

「ソンジクッパ ジュセヨ」席に座る前に頼むと、やがてグツグツ煮えたソンジと牛もつ入りの赤いスープがやってきた。

ごはんを入れながら食べる。

パッと見、キワモノっぽく見えるソンジだが、動物の地を固めてスープの浮き身にするようは食習慣はアジアでは珍しいものではない。

台湾にも猪血糕や鴨血などがあるし、タイにも類似料理があるという。

四角く赤黒いソンジは、特に強い匂いもなく、レバーっぽい羊羹という感じで口に抵抗なくいただけた。

これで韓国旅行で事前に設定したタスクは全て果たすことができた。


ホテルに戻って、荷物の整理をする。

個人的旅行あるあるなのだが、なぜか海外旅行では額にして3000円前後の小さな落し物をすることが多い。

りある旅行であればあるほど、その傾向が出る。

今回もカメラレンズアクセサリーリング所在不明になった。

別に機能に致命的な影響が出るわけではないが、無くしたいわけでもない。

こういう時、何かの引き換えになったとでも考えるようにしているが、少しだけ残念だ。

荷物の整理をして、この旅行記を書いたら時間は0:36分。

3時間程仮眠をしようと思う。寝過ごさないといいが。


【6・了】2019 春、韓国、釜山・光州  6日目|ありがとう/カムサハムニダ へ >>

2019-04-30

平成の終わりとともに失恋した女の話

平成が終わるのと一緒に、一人の女の儚い片思いが終わりました。

いや、まだ平成は終わっていないけれど。

平成最後日曜日わたしの恋は終わってしまいました。

現実友達には、きっと引かれるだろうから誰にも言えない。でもほんとうに辛くて、身バレするかもしれないけど、もう誰でもいいかわたしの話を聞いてくれという気持ちなので、インターネットの海に流そうと思います



わたし好きな人女の子でした。

言うまでもなく、最初に述べた通りわたしも女です。

そして、わたしは男も女も好きになれる、いわゆるバイセクシュアルです。

自分がそうであると気づいたのは、失恋した人を好きになったとき。好きだと気づいたとき、1年前のことです。

その前にも、一度女の人を好きになっているんだけれど、その時はたいして自覚もなかったし恋愛対象としてはっきり意識していたわけではなかった。

名前がないと不便だから今日失恋した彼女を、まるちゃんとしよう。

まるちゃんのことは、ほんとうに好きだったんだとおもう。

ほんとうの「好き」って、「愛」ってこういうことなのかもって、初めて心から人を好きになれた気がした。

わたしは心の壁がばかみたいに高くて、誰のことも本当は信用していなくて、自己肯定感がとても低い。そんなわたしが、唯一心をゆるした人だった。この人にならわたしの全部をあげてもいいと思った。

まるちゃんバイだった。(のちにレズになったもよう)

「私、好きになるのに性別って関係ないと思うんです」

ふたり床に横になっているときにまるちゃんは言った。わたしはそのときのことをずっと覚えている。

そのとき、誰にも言えなかった、「女の人を好きになったこと」を初めて人に言うことができた。

わたしも、女の子も好きになれるって最近きづいたんだ」まるちゃんにだけはそう言うことができた。まるちゃんは、「わかってくれる人ができて嬉しいです」って言って笑ってくれて、わたしもやっと口にできたことも、理解者が近くにいることがわかったことも、うれしかった。

今日も、失恋をした今日も、「Aさんとは、こういう話ができるから楽しいです」ってまた笑いかけてきた。わたしは上手に笑えていたかからない。

わたしは、あなたが好きだったの。

あなたが好きだから、そういう話をするふりをして、あなた気持ちを探っていたんだよ。

とは、さすがに言えなかった。

わたしにも、こういう話ができるのはまるちゃんしかいないよ。って、へらへら笑っていた。



今日はまるちゃんふたりきりのおでかけをした日だった。

まるちゃんふたりで出かける夢を見た、そう言ったら、「実際に行けってことじゃないですか?」と返されて、まさか、そんな返事がくるとは思わなくて、わたしは返答に詰まってしまった。

そのときはうまく答えられなくて、でも本当になったらいいな、と思ったから、数日後に「この前の、本当に行ってくれるの?」と泣きそうになりながらたずねた。まるちゃんは、「それ、私も聞こうと思ってました。行きたいです」と笑顔で答えてくれた。

そんなこんなで実現した、はじめての、ふたりきりのおでかけだった。

わたしは新しいワンピースを買って、前日にはジャケットアイロンをかけて、ひとりファッションショーをひらいた。

自分でもわかるくらい浮かれていた。恋に奥手な自分が、はじめて誘ったデートだった。(わたしデートだと思っていたけど、もちろんまるちゃんにそのつもりはない)

日にちが決まってからずっと浮かれっぱなしだった。その日が近づくにつれて、まるちゃんは「すごく楽しみです!」と声をかけてきてくれたのも、素直で、かわいくて、うれしかった。

まるちゃん言葉には、いつも嘘がなかった。

本当にそう思っているんだろうなということが伝わってくる嘘のない正直で純粋なまるちゃん言葉が、わたしは大好きだった。

まるちゃんはよくわたしのことを「可愛い」と言ってくれた。

まるちゃんにとっては友達に言うようななんでもない「可愛い」という言葉を、わたしは一日中たかものみたいに抱きしめて、噛み締めていた。

まるちゃんもっと可愛いと思ってもらいたくて、まるちゃんに会える日はお気に入りの服を着て、メイクも手を抜かなかった。

そうやって「可愛い」と言ってもらえるたびにわたしの恋心は増していって、無駄勘違いをしてしまったりした。




今日、まるちゃんは、「実は付き合っている人がいるんです」って小さな声で教えてくれた。

おでかけの帰り道、わたしと、まるちゃんと、二人しか乗っていない車で、ほかの誰にも聞かれることなんてないのに、小さな声で、ゆっくりそう言った。

顔がこわばるのが、体の力が抜けていくのがわかったけど、わたし必死ハンドルにしがみついて、動揺していないふりをした。

車を運転していたらまるちゃんの顔を見て話せないのが嫌だなあ、と朝は考えていたけど、このときばかりは、向かい合っていなくて、顔を見られなくてよかったなと思った。

そのときまるちゃんがどんな顔をしていたかはわからないし、見たくもなかった。

同じように、わたしのこわばった顔も見られていないといい。

上手に笑えたか、声がふるえていなかったか、いつも通り話せたか、なんて答えたか、もう何も覚えてない。

頭がガンガンして、泣きそうになるのを必死にこらえて、ただ前をみていた。

「Aさんで、3人目くらいです、教えるの」とまるちゃんは言った。

なんだそれずるい。そんな秘密な話を教えてくれるなんて、うれしいのに、全然うれしくない。

うそ、やっぱりうれしい。なんだか特別関係になれている気がして、信頼してもらえてる気がして、それは、ちょっとだけ嬉しかったよ。



話はおでかけの3週間前にもどって、なんやかんやあって仲良くなったおじさん(40)とご飯を食べにいったときのこと。

ごはんのあとホテルに連れて行かれそうになって、断るのに「わたし女の子がすきなんです」と嘘をついた。(半分本当)

おじさんはだいぶ困惑していて、ホテルに行こうとするのはやめてくれたけど、最後に「女同士なんて、そんなのうまくいくわけないじゃん」と言った。

わたしはすごく傷ついて、でも冷静になって現実をみてみたら、たしかにうまくいってると思っているのはわたしだけだな、と思った。

まるちゃんは男も女もどっちもいけると言っていたけど、わたしのことは距離が近すぎてそんなふうには見れないと言っていたこともあったな、と。


そんなことがあったから、多少は構えていたはずだった。

まるちゃんわたしを好きになってくれるなんてそんなことはないだろうって。

でも、付き合っている人が女の人だとわかったとき、そしてわたしの知っている人だとわかったとき、その人の名前を聞いたとき、このままハンドルをきって壁に突っ込んでやろうかと思った。

おじさんの「女同士なんて、そんなのうまくいくわけないじゃん」という言葉がずっと頭のなかで再生される。

女同士、じゃなくて、わたしから、うまくいかなかったんだ。

付き合っている人が男の人だったら、まだ、諦めがついたかもしれない。

でも相手は女の人だった。女。女だ。もしかしたらわたしでもいけたんじゃないのかなって考えてしまって、諦めもつかず、でもどうしようもなく、ズルズルと引きずっていまだにまるちゃんのことを考えている。

本物の恋だと思ったものは、こんなにあっさりと終わってしまった。

気持ちを伝えるでもなく、フラれるでもなく、なんだか曖昧なまま終わった。

まだ、思い出してはぽろぽろと涙をこぼしている。


わたしのこの中途半端な恋心も、平成と一緒に終わったらいいのに。

2019-04-26

007次回作の冒頭

007次回作が決まったので冒頭のシナリオを書いた。もちろんこれが撮影されるわけではない。ファン理想である

冒頭、ダニエル・クレイグ007が何らかの事件解決する。

その過程で前作ボンドガール(レア・セドゥ)のDr.マドレーヌ・スワンの力を借りた描写わずかに

二人は前作から時折ベッドを共にしているが、関係曖昧

戦闘のちベッドにもつれこむ描写を数秒のカットバックで。

軽く服装を整えホテルバーに向かうダニエル・クレイグ007と前作ボンドガール・マドレーヌ・スワン。

ダニエル・クレイグ007

「ところでマドレーヌ。私はあなたを」

マドレーヌ・スワン、万全のほほえみ。

銃声。ダニエル・クレイグ007、座った姿勢のまま半身を逸らしてスワンを庇い、片手にカクテルグラスを持った状態で撃たれる。

何ごともなかったかのように座りなおし、カクテルグラスをこぼさずに飲み干し、グラスを置く。

しかし彼の心臓は射貫かれている。

ダニエル・クレイグ007、死す。

オープニングテーマソング

マドレーヌ・スワンはドレスを翻し銃声に包まれホテルから逃げる。

倒れたダニエル・クレイグのふところから取り出したキーボンドカーに乗る。

007007、応答せよ」

ボンドカーにMI6の通信が入る。

カーアクションのち、応答するスワン。

「彼は死んだわ」

MI6の内幕が数秒映る。Qは無表情。Mは胸から下のみ映る。

Mは冷酷に告げる。

「我々はそれを把握している。Dr.マドレーヌ・スワン。あなたを新しい007に任命する」

スワン、ハンドルを切る。銃声。

イエス

オープニングテーマソング、終了。

MI6、

007、応答せよ」

前作ボンドガール、かつ今作007であるDr.スワンが答える。

「ええ、私よ」

オープニングテーマソング終了。タイトル字幕

007 (新作タイトル)」

2019-04-25

anond:20190425130935

この日は娘に頼まれて久しぶりにハンドルを握ったそうですよ。

自動車車両ブラックボックスの設置を義務付けたい

自動車ってもはや拳銃と同じだと思う。

違いは人を殺すときに引き金を引くかアクセルを踏むかという点だけ。

あおり運転危険幅寄せを繰り返す運転者はすでに自動車が強力な武器だという自覚があって、大して取り締まられないから当たり前のように暴力を振るっている。

高齢者運転危険なんじゃない。ちょっとした操作ミスで人の命を簡単に奪う自動車危険なんだよ。

ドラレコ位置情報走行速度とか、その辺の情報をすべて記録できるブラックボックスの設置を義務付けて、例えば重大事故が発生した場合のみ開示を行うとかにすればいい。

その際に発見された違反は不問でいいよ。あくま事故責任範囲のみに利用する。

そうすれば大半の危険運転はなくなるし、いざ事故が発生したとき責任所在がかなりクリアになるしでいいことしかない。

高齢者だって事故が起きても逃げればいいと思ってるから免許を返さな人間だって少なからずいるはず。

だったら、事故が起きたとき逃げられない状況になってれいるだけで諦めて返す人が増えること間違いない。

大体にして、今の運転を取り巻く状況って、違反しないほうが危険なことが多すぎる。

高速道路制限速度ちょうどで走ってると煽られる世界ってなんだよ。

黄色信号止まったらクラクション鳴らされまくる世界を早くどうにかしてくれよ。

高齢者に今回の事件責任押し付けるんじゃなくて、ハンドルを握る人間全員で襟を正せ。割と真面目に。

2019-04-21

高齢者から運転を取り上げることは簡単なことではない

痛ましい事故が起きると高齢者から免許を取り上げろという声が挙がる。

果たして、そうして声高に叫んでいる人の中で、どれくらいの人が実際に自分の両親に運転をやめるように伝えることができているのだろうか。

わたしの父は運転が上手だったし何より好きだった。

そんな父の運転わたしも好きだったし、今のわたし運転の見本になっているのは教習所教官でも車好きの友人でもなく、紛れもなく父の運転だ。

それだけ父の運転を信用していたし、尊敬していた。

そんな父に、わたしからもう運転はやめるように伝えたのは父が70のとき、5年前のことだ。

きっかけは父の両親のお墓参りに行ったときのことだった。

とっくに車を手放していた父は、こうしてお墓参りに行くときや年数回のゴルフ旅行に行くときわたしの車に乗ってハンドルを握った。

毎年通る道、毎年変わらないはずの道が、その年は区画整理を兼ねた大きな工事が行われたことで、いままで見たことのない風景に変わっていた。

いつも使っていた道は閉鎖され、見知らぬ信号機に見知らぬ交差点ばかりだった。

それでも父ならば大丈夫だろうと、娘を脇に抱えてぼんやり風景を眺めていた。

しかし、その時の父は違った。

今まで一度も見せたことのない様子で焦り、苛立ち、わたしがなにか言おうにも頭ごなしに遮り、運転のものすら見たことがないほどに荒々しいものになってしまっていた。

極めつけは、道のど真ん中で急に停車して、クラクションが浴びせられる中での急なUターンだった。

ようやくの思いでお墓までたどり着いた頃には、母も見るからに苛立つし娘も泣き出すしで、さんざんな状況になっていた。

わたし運転だと不安かもしれないけど、帰りは代わろうか?」

一応進言してみたものの、父はそれをきっぱりと断った。

これ以上何かを言えば父を信用していないみたいになってしまう。父を傷つけてしまうような気がして、それ以上はわたしから何かをいうことはできなかった。

それからも、迷いがありながら、父がゴルフ旅行に出かけるときは快く車を貸し出した。

しかし、たまに同行する母からは、その度に曲がり角を間違って苛立つ父の話や、高速の出口を間違えて何故か母に強くあたる父の話を聞かされるばかりだった。

これ以上父に車を貸し続けていていいのだろうか。車を貸し出す度に迷いが募っていった。

そんな時、とうとう父が事故に巻き込まれたという連絡が警察から入った。

幸いながらもらい事故だった。

だけど、わたしを悲しませたのはそんなことではなかった。

いざ迎えに行ってみると、父はただひたすらに如何に相手に非があって、如何に自分が悪くないかを繰り返した。

聞けば相手側の不注意による追突事故らしく、過失はほぼすべて向こう側にあるらしい。

相手保険新車になるならよかったじゃないか。」

思いもよらない父の一言唖然としてしまった。その後も父の口から事故を起こして申し訳なかったという一言最後まで聞くことはできなかった。

父が走行している間、事故を起こした相手不安定な運転を繰り返していたらしい。

一昔前の父なら、そんな相手がいるなら絶対に近寄らないし、ましてやその車を後ろに背負うことなんて絶対にしなかったろう。

それなのに、ただひたすら相手が悪いと繰り返し言い続けている父を見ていることはただただ悲しくて辛かった。

それから程なくして、結局少しの持ち出しとともに新車に買い換えることになった。(くわしくはわからないが車軸が曲がっていた?とかいうことらしい)

わたしが父に運転をやめるように伝えたのもその時だ。

保険の種類が変わったことで、父が保険対象外になってしまった。」

わたしはそうやって小さな嘘をついた。

そのかわりに、父が車に乗りたいと言い出す前に今まで以上に両親を旅行に誘った。

出費や親のために使う休暇も増えたが、父が事故を起こすことに比べたら何でもないことに思えた。

ある時、隣に乗っている父が「老後は小さなスポーツカーで色々なところに出かけるのが夢だった」と独り言のように話し始めた。

父はまだ運転を諦めていない。

「それは素敵な夢だね。だけど、もしそれで娘と同じくらいの子供を事故に合わせてしまうようなことがあったらわたしはどうしていいかからないな。」

父は一言「そうか」とだけ口にしただけだった。

高齢者による事故が起きれば、あのとき自分判断は間違ってなかったと自分に言い聞かせる。

高齢者から車を取り上げること自体簡単なことかもしれない。

でも、ただ取り上げることを声高に叫び続けるだけではなく、それによって失われるものを埋めるための努力が本人以外にも必要なのだ

未だにわたしは父の夢を奪ってしまったのかもしれないと葛藤を続けている。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん