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2024-11-01

依頼を受けたことを後悔した話

からの依頼を受けて細々と仕事させてもらっている。

とある依頼を受けた。

個人的にも興味のある事だったので応援もしたくて、

依頼主と何度も話し合いを重ね、

ペン通りの修正も何度か重ね、

GOを頂けたので頑張って作品を仕上げた。

希望納期よりもかなり早く納品した。

後日、依頼に関係ある企画の予告が出た。

依頼時に言われていた企画開始時期と近かったのもあり、改めて具体的な作品公開日を聞いた。

返事は「もういつでも公開していいです」だった。

釈然としないまま自身作品SNS投稿した。

依頼主本人では無いのでデカデカサンプルの文字が載った状態投稿した。

依頼主はその投稿自身SNSで広めただけで、依頼主自身投稿は無かった。

まりサンプルの載ったものしか世に出なかった。

最初に言われていた企画に使われないのは別にいい。

使わないとしても、きちんと別の何かに使って、作品を日の目を浴びさせて欲しかった。

依頼料は頂いているし、実績として公開はさせてもらってるので、どんな使い方をされても契約違反では無い。

文句は言えない。

ももうその人の依頼は受けないと思う。

anond:20241101135341

多数決で決まる糞企画ウィットの欠片もないか

「暑」辺りになるんじゃね

PIZZICATO FIVE史上最も重要な「東京は夜の七時」10

TM NETWORK史上最も重要Get Wild 10

https://anond.hatelabo.jp/20241028143457

ブコメ

「全部同じじゃないですか!?」「ちがいますよーっ」「これだからしろうとはダメだ!もっとよく見ろ!」

といういつものジャーゴンがついていたので、えっ、Get Wildときで聞き分けが出来ないの?じゃあ、こっちだとどうなんだろ、とおもって書いてみたGetWild増田です。

Pizzicato Fiveは本格的にファンになったのは95年ごろだけど、それ以前も周りの友人にファンがいたり、学校帰りに当時のHMVに通っていた渋谷系世代なので基本的な流れはだいたい抑えられているはず。

 

こちらも選考基準独断偏見だが、TMと違ってPizzicatoは再結成をしていないので、歴史的には解散以降の方が長くなるので、Pizzicato Fiveとしての音源フォローできるだけしておく。

Get Wildと違って1枚にまとまった作品集はないけど、検索すればそれなりに出てくると思うので、必要に応じて聞き比べを。

 

もちろん元ネタこち

https://anond.hatelabo.jp/20241012181121

 

東京は夜の七時 (1993年

オリジナルバージョンはもともとフジテレビ系で始まった「ウゴウゴルーガ2号」のオープニングテーマとして作られた。曲名矢野顕子から引用小西康陽曰く「放送が7時からからこのタイトル引用した」とのこと。オリジナルバージョンは実は小西ではなく福富幸宏編曲によるハウスミュージックとはいえ、この時期のPizzicatoの諸作はマニュピレーターとして小西氏をサポートしていた福富氏なので、他の曲とがらっとバージョンが違うわけでもない。イントロピアノグリッサンドのようなアルペジオや「A New Stereophonic Sound Spectacular」というサンプリングなど後々の小西氏のシグネチャーサウンドがちりばめられている。個人的にはこのバージョンのサビに使われるシンセの「テッテッテッテテーテ」という音が好きなのだが、意外と他のバージョンでは使われていない。

 

東京は夜の七時(talking toolbox mix)(1993年

シングルカップリングバージョン。音が当時のニューヨークハウスっぽい。もともとそれなりに長い原曲だがこれはさらに長く8分ほどある。1ループフレーズを繰り返してボーカルだけ残すこのパターンはいかにも当時の向こうのR&B曲のハウスミックスって感じでかっこいい。フィンガースナップの音とか時代だなあと思う。途中からオルガンアドリブが入って自我が芽生えたみたいな感じなのもよい。一番DJ向きなバージョンDJミックスCDなどにはこれが入ってることがわりとある

 

東京は夜の七時(readymade mfsb mix)(1994年

ウゴウゴルーガピチカート・ファイヴ」が初出のリミックスバージョンmfsbというリミックス名がわかる通り、原曲ニューヨークハウスフィリーソウル風にアレンジ。一番生音っぽいバージョンなのとブラスストリングスの入り方など非常に華やかなバージョンなのでこれが一番好きな人が多いと思う。「デデッデデッ」というストリングスアタックが非常に気持ちよく、後々のカバーでも割と参照されている。原曲にもあったピアノグリッサンド風のアルペジオや「A New Stereophonic~」のサンプリングなども効果的に使われていてこっちが原曲だと思ってる人も多そうなくらいによい。一番人気のあるベスト盤Pizzicato Five JPNにもこのバージョンが収録されている。

 

東京は夜の七時(one year after)(1994年

実はこの前後で、Pizzicato Fiveは長年共にした高浪が離脱し、小西と野宮の二人になる。それを反映したアルバムOverdozeは結構シリアストーンであり、そこに収録された東京は夜の七時もその不安感を反映した10分超えのニューバージョンとなった。福富アレンジをしてるのは同じだが、なんかサウンドの取り方が日本90年代ハウスっぽくなってる。いや日本の曲なんだが。そしてここまで書いてこなかったが東京は夜の七時は華やかな曲調のわりに歌詞はかなり冷たい都会の不安感を表したような曲なのだが、それがさらクローズアップされたような歌詞に変更されている。正直、この曲名メロディにこんな不安定な歌詞ありかよと思わせる。今だったら大森靖子が書きそうな歌詞

 

東京は夜の七時 (the ast episode)(2001年

2001年解散時にでたベスト盤 Pizzicato Five R.I.Pに収録されたニューミックスリミックス小西が当時使ってたDJよしお名義でリミックスしている。変則的ブレイクビーツを使って不安感のあるシンセパッドを使ってたり、当時を思い返すと、小西さん完全に解散したくてたまらなかったんだろうなと思わされるリミックス。途中途中で時報の声が入ったり不穏すぎる。なんか全体的にせわしない。

 

東京は夜の七時(the first cut) / 野本かりあ2006年

ここから解散後のカバーなど。小西氏がreadymade international運営に本格化していく中で、新たなミューズとなったのが野本かりあ、というか外部目線的には、小西は本当は野宮を首にして第4代目ボーカリストとして野本を起用したかったんだけど、Pizzicatoのパブリックイメージが野宮になっていたのでレーベルなどから拒否されたんじゃないかと思えてならない。これも世相に合わせて歌詞を変えている。アレンジは前のバージョンからかなりアップテンポの4つうちになってる。このバージョンのマニュピレーターは吉田哲人。野本はもともとテクノ好きだったらしく、その意思を汲んだのかけっこうハードテクノっぽいリズム。ちなみに故KAGAMIリミックスもある。この辺の東京テクノ人脈とreadymade周辺はもっと接近した方がよかったと後から思う。

 

東京は夜の七時(盆踊りversion) / 野宮真貴2016年

ソロ活動が割と自身渋谷系パブリックイメージ再生状態になっていたようにはたから見えていた野宮が「東京は夜の七時の盆踊りバージョンを出す」というニュースを聞いたときの、往年のファンの複雑な心境を想像してほしい。というかその企画小西はよく許可したなと思った人が大多数だろう。俺も思った。もともと、ケイタマルヤマの「おしゃれ盆踊り」という企画のために作られて、そこで披露されたらしい。いちおう振り付けもある。狂気か。Get Wildですら盆踊りはないぞ。まあそういったこともあるので、僕は全く聞く気が起きてなかったのだが、今回の記事のためにはじめて聞いてみるとこれはこれでよいのではという複雑な心境になる。というかアレンジが良く出来すぎている。なんだこれ、モダン盆踊りの傑作かもしれない。しつこく入る「いよーっ」という掛け声が今の時代だとすゑひろがりず想像させすぎて勘弁してほしいが。

 

東京は夜の七時〜リオは朝の七時〜 / 浮雲2016年

2016年のリオパラリンピック閉会式披露され、ぼんやり見ていた渋谷系好き中高年の度肝を抜いたカバーバージョン椎名林檎歌詞を大きく書き換え、編曲も行い歌は浮雲こと長岡亮介歌詞の変更は小西と何度もやり取りしたと言われてる(含みを持たせる言い方)。東京プレゼンテーション的な曲調になっていてかなり感動をさそう内容のプレゼンテーションだった。五輪関係権利が色々がんじがらめらしく正式音源リリースはない。東京は夜の七時という曲をJ-POP史上にリプレゼンテーションする作品となったという点で、この曲のファン的には感謝したい。

 

東京は夜の七時 feat. Night Tempo / 野宮真貴2021年

小西2018年に久々に野宮とコラボした少林兄弟バージョンを入れようかと思ったが、個人的な好みでこちらを。韓国人シティポッププロデューサーNight Tempoを起用したバージョンPizzicato Fiveオリジナルバージョンをしっかりと参照したバージョンで正直複雑な心境になるくらいによい。ほとんどのカバーリミックスmfsbを参照していると思われるのに対し、原曲を参照しているというのが興味深い。Night Tempo言動シティポップをめぐるあれこれもあって、あまりよく思わない人が一定数いる(かつ、おそらく旧来のPizzicato ファンにはそういう人が多そうだが、この90年代ハウスな音は原曲への深い理解があると脱帽せざるを得ない。全東京は夜の七時の中ではトップ3に入るくらい好き。

 

東京は夜の七時 / 小西康陽プレイボーイズ (2019年

順序は前後するがなんとなくこれが最後がおさまりが良さそうなので。「井上順プレイボーイ講座12章」に収録されたジャズインストゥルメンタルバージョン。もともと「「円楽プレイボーイ講座12章 / 前田憲男プレイボーイズ」」というアルバムがあり、それの現代版として作られたアルバム井上順ナレーションが乗ってる。(いちおうナレーション無し版もある)軽音楽的なジャズインストクリーントーンのギターの音が良い。そして気づいた人も少ないかもしれないが東京オリンピックの閉会式で使われている。つまり浮雲版と対になってる作品である

 

ということで、また書いてみました。

ほんとはあと数曲(特にカバー曲でヴァニビとかを)入れたかったのですが、泣く泣く断念。

個人的には東京は夜の七時はPizzicato Fiveの曲では好きな曲としては6位くらいなので、そこまで思い入れはないです。

anond:20241029231030

・注文書やオーダー表の整理、クレーム対応、売上伝票の発行、企画品出荷の準備、仕入伝票の整理、商品の定期発注備品管理営業部からの指示によるリスト作成、お店からの返品対応←これ全てワンオペでやって手取り15万円。

外資大企業正社員事務職手取りって15万円なの?夢ないね

anond:20241101080433

本当にそうなんだよね、肌感覚しかないけど最近特に酷くなってきたように思う。

生成AI肯定👉さいとうなおき先生で明るみになったけど、拡大解釈ネガキャンをされたり一挙一動ネトストして攻撃材料にする奴に絡まれ

生成AI反対👉私のように企業から単発企画の依頼受けて納品する底辺絵師は信用と実績が全てなので言及のものリスク

触れない👉一番正解っぽいんだけど作業通話AI規制派寄りの絵師が来るとその手の勢力が呼び込まれて反AI演説会場になる

私は受け流し続けてるからまだマシだけど、極論で問い詰められて言質取られた身内の絵師が反AI活動勝手に名義出されて困ってるから明日は我が身。

2024-10-31

会議の開催時間にかかわる違法性について

こんばんは。17時を過ぎる会議企画は避けるべきですね。終了時刻がていじを超えることが予想される会議の設定は適切ではありません。それは本当に違法ではないのでしょうか?

こういうのってどこに訴えればいいのでしょうか?

anond:20241031123803

どこ行ってもレガシーコード改善させられるよ。それが仕事からね。

嫌なら新規プロダクト考えられるようになって自分企画して開発すればいい。

2024-10-29

仮病使って出社拒否した後辞めた話

 

一年半前、10年近く務めていた会社を無理やり辞めてやった。

 

 

仮病を使い、出社拒否して退職届必要書類全て郵送でやり取りし、めでたく退職

 

その過程をここに書いておく。

今の会社を手早く辞めたい人にとって少しでも参考になれば幸い。

 

 

その前に簡単自己紹介

自分は30代の女、事務員

務めていた会社は、大手ホームセンター取引している文具卸。
本社埼玉県にあるが、務めていた場所千葉市内の倉庫

 

退職きっか

退職きっかけは、クソ同僚の伊藤(仮名)の身勝手さとパワハラ
自分でやればいいことをわざわざ私に指示し、少しでも気に食わないことをするとキレるクソ女。
本社人間に問い合わせをした際、伊藤から別件で「本社の人にこれ聞いといて」と無理やり仕事押し付けられ、指示通り聞いたのに「違う!ちゃんと分かってんの?!!」といきなりブチ切れてきやがった。
しかも言っていることは指示した時に言っていない、つまり初耳の内容ばかり。
(この女はよく自分が言った内容をすぐ忘たり、ころころ主張を変えてくる)

これでプツンと来て、仮病使って会社を休むことにした。

 

 

 

一度も出社せずに退職するやり方

バックレから退職までは至って簡単

 

てきとうな理由つけて1週間休み、その後「体調良くならないので退職します」と上司に連絡すればそれでOK🙆‍♂️

 

バックレから退職までの手順は以下の通り

    • LINEで「大丈夫?」「いつ来れる?」「今日業務は~」と連絡が来るが全て味読スルー。返信が必要でも「ずっと体調が良くならずいつ来れるかわかりません」と返しバックレを貫く。

    • 数日後、同僚から依頼があり仕方ないので、電話で引き継ぎ。引継ぎはもう、てきとうです。あとはそちらで勝手にやれ(笑)

     

    以上。

    案外、嘘って通るもんです(笑)

    自分がそこまで有能な人材でも無ければ、退職を引き留められたりはしません。

     

     

    そんな退職大丈夫

    引き継ぎ?んなもんてきとうでいい。
    迷惑クソ会社に気を遣う必要など全く無い!!

     

    ここで社会人としてクズ」「転職うまくいくわけない」と思った人もいるでしょう。

     

     

    退職後、雇用保険もらいながら就労支援に通い、今は外資系大企業正社員事務員転職してます✌️

     

     

    給料も、退職した年と同じくらいの金額でありながら、仕事量は前職の3分の1

     

     

    バックレ退職大成功です!

     

     

    まとめ

     

    一度のバックレぐらいでは、転職活動への影響も、あなたの経歴に傷がつくこともありません。当然違法でもありません!

     

    事実、バックレ退職をした私が、今こうして転職成功してます

     

     

    転職先が見つからなくても、就労移行や職業訓練などで力をつけられる場もたくさんあります

     

     

    思い立ったが吉日。

    もちろん正規のやり方で退職するのが一番良いですが、もう出社が無理!!という人は、思い切ってバックレてそのまま辞めちゃいましょう。

     

     

     

    >>>以下前職の紹介(読まなくてOK)

    特定時間が過ぎないと打刻できない勤怠
    ・注文書やオーダー表の整理、クレーム対応、売上伝票の発行、企画品出荷の準備、仕入伝票の整理、商品の定期発注備品管理営業部からの指示によるリスト作成、お店からの返品対応←これ全てワンオペでやって手取り15万円。
    不具合ばかり、不便で中途半端システムしか作れないくせに偉そうなシステム
    ・忙しいと不機嫌で八つ当たりしてくる物流部のクソ上司
    ・よく間違える、商品破壊する上役に立たないうるさいだけのパート
    取引先の言いなりになる営業部→なのに事務員物流には態度がでかい

     

    anond:20241028152204

    副業ITプロジェクト支援をやっている。

    詳しくは言えないけど、上手くいっていないプロジェクトがあると声がかかり、プロマネの補佐として、WBSメンテナンスガントチャートの引き直し、成果物レビューと整理、会議の進行と日々のTODO管理タスク管理などを引き受ける。PM秘書的な感じだ。

    だいたい1時間6500円から1万円位。月の稼働は1案件で25時間から50時間位。これが月に2本~3本は動くのでプラス100万超の売上になる。これだけで年商1400万位となる。ほぼ全て粗利になるので、税金でかなり取られるのが寂しい。

    これ以外に、システム開発案件営業として元請けをし、付き合いのある開発会社に流す仕事もしていて、こちらは年商8000万位で粗利は3000万位になる。殆ど稼働せず、会議を聞き流し、請求する仕事で楽だが、たまにプロジェクト炎上するので、そうなると、その案件は最悪赤字になったりする。

    本業は割とのんびりとした会社企画職(年収1000万位)をしている。副業定例会議等に参加する必要があるが、完全なリモート参加を条件としているし、務めている会社フレックスなので対応出来る。

    大手SIerWEBデベロッパー仕事をしていた経験があり、そのときのツテで仕事が広がった。元々SEPMDBスペシャリスト等の資格を持っているので、初めてのクライアントでも信頼されやすい。副業クライアントと直接契約をするようにしているが、それが良かったのか、やがてクライアントから直接声がかかり、クライアントPMOのメンバーとして参画するようになる。そうすると、都度クライアント向き合いのWEBデベロッパー広告代理店が変わるので、さらにそのWEBデベロッパー広告代理店から仕事を依頼されるという好循環となった。

    ポイントは、サラリーマン常識を忘れること。そのうえでサラリーマン社会仕事と金の仕組みを理解し利用すること。案件を通して、サラリーマン達にメリット(金ではなく、仕事上の信頼や出世ネタ)を上手く提供すること。

    もはや何が本業で何が副業なのかわからない状態だし、労働時間は恐らく月に300時間は超えるし、大変なわりに税金ものすごいし、あまり充実感はない。そろそろ副業のほうは法人化して人に任せる方向にシフトしようかなと思っている。

    一度友人に詳らかに話しをしたらかなり嫉妬されたので、家族も含め、自分副業の話しを人に教えた音は無かったな。

    嘘とか言われそうだけど、こういう例もあるぞということで。

    -----

    微妙に具体的に書いてしまったので、そのうちこれは消す。

    友人関係スムーズ薬ほしい

    友人関係難しい〜〜〜〜〜!!!

    とある友人に対して悩める私の書き散らしだ。

    無駄に長い。あとほぼ愚痴だ。

    「そんな友人切っちゃえばいいじゃん」というタイプの人にとって、これは読む対象文章ではないのでブラウザを閉じて欲しい。

    ほとんど自分の考えを整理するために書いているので、文章が変でも許して欲しい。

    気が向いて最後まで読んでくれた人は、よければ、この友人について第三者からどう思うか、自分ならどう対処しているのか、コメントで残してくれると大変嬉しい。

    1.登場人物

    ●私:これを書いている人。

    アラサーフリーランス

    ・予定は誘う・企画・予約する側

    ●友人U

    アラサー会社員

    ・同い年

    小学校からの友人、高校まで同じ

    ・予定など含めて全て受け身


    2.なにに悩んでいるのか

    友人U自身についてと、私自身の友情感情のムラについて悩み続けている。

    長くなるので先に、「友情感情のムラ」について話したい。


    2-1.感情の春期冬期

    他の人にもあるかわからないが、簡単に言えば友人に対する感情のムラだ。基本的に友人はみんな好きだ。良いところ悪いところ含めて友人関係をしている。ずっと関わっていたいと思える人たちばかりだ。みんな幸せでいてくれ。

    しかし、昔から私にはこの「ムラ」がある。特定の友人に対して、「一緒に遊ぶの楽しい!たくさん誘おう!」な春期が、ちょっとしたこときっかけに「お前の全てが不愉快。遊べば楽しいけど、粗しか見えない」な冬期になってしまう。

    今回のメイン人物のU以外に対しても、この春期冬期が訪れることはある。しかし、自覚も早いので少し距離を置く(1対1では会わない)ようにして、自分の中でムラが落ち着いてからまた積極的に関わるようにしている。では、友人Uではなぜそう出来ないのか?いやしているけど、仕切れていなくて目につくのか。次で話していく。


    2-2.友人U

    前述の通り、Uとは十数年来の友人だ。趣味も同じものが多く好みも合うものもある。長年の付き合いということで、意思の疎通も図りやすい場面も多い。

    基本的には好きな友人の一人だ。

    では今何が引っかかっているのか。箇条書きであげてみる。

    受け身人間自分から企画や誘うこと一切しない

    言葉選びがマツ◯デラックス

    ・明らかに見下した物言いをたまにしてくる

    この三点が主なところだと思う。長くなるが、一つずつ話させてほしい。


    受け身人間自分から企画や誘うこと一切しない

    人物紹介の時点で察していた人もいると思う。そう、Uは誘われ待ち人なのだ別にそれは構わない。人間には常に誘う側と誘われ待ち側の二種類がいるのはもう納得している。そして私は前者だ。せっかちだし人の進行を信頼し切れないのでそれは構わない。

    だがUの場合引っかかるのは、「◯◯行きたいんだよね」「気になってる〜」の誘われ待ちが露骨であり、かつ誘わずに私が行ったことを知ると不機嫌になるところだ。

    私は映画オタク映画館が大好きだ。そしてUとは共通ジャンルがあり、その映画は誘ってよく一緒に行くことが多い。だが、当然お互い社会人なので予定が合わなさそうなときあるいは、早く観たい気持ちが強い時(本当は全て公開初日初回に行きたい)は自分優先で一人で行くことも儘あるのだが、それがUも観たい映画だと観たことを話すと明らかに口数が減り早く話題を切り上げようとする。かと言ってUから「この間話してた映画観に行こう」などと言われることはない。

    そして誘う側の人にはわかってもらえるだろうが、誘い続けているとたまに疲れてくる。かといって誘うのをやめると、私はそれで以前一番仲が良かった友人との関係が終わったので、それはしたくない。

    言葉選びがマツ◯デラックス

    社会人なので、対人への普通敬語丁寧語なども使えることを知っているし、「お洋服」など比較的丁寧な言葉を使うときも知っている。だが、基本的言葉選びや話し方がマツ◯デラックスなことに気がついてしまった。

    出会ったときからそうなのでそれが素なのだと思う。それは別に構わないのだが、それなりの店や場所にいる時などもわりと大きい声で「おめーはよ〜」「便所」などと言われるので困る。

    親でもないのに友人が注意していいのだろうか…あと恥ずかしいのでどうしたらいいのか戸惑う。

    ●見下した物言いをしてくる

    思えば学生時代からそうだったのだが、Uは私に対して見下した物言いをしてくることが多々ある。学生時代に揉めた時(発端は私で100%私が悪かったのもあるが)も「これ、忠告ね」と言った発言や、普段話をしていても少しでも自分の方が詳しい・知っていると思う内容の話だと必ず一度は「お前が知らないだけでこうなんだよ」と言ったニュアンス発言を被せてくる。

    例1:最近こんな変なことがあったという話をしたとして、「◯◯はよくあることだから〜」「××は仕方ないことなんだよね」など、必ず否定してくる。それが正しいこともあるのだが、毎回の否定はきつい。

    また、Uは特に旅先や出先で疲れると私に当たってくるところがある。

    例2:

    旅先の電車乗換にて

    予定より少し遅れて到着。大きい駅だったのでどうにかホーム発見して電車を待つことに。他の友人Hが列を離れて路線図の近くへ。それについて行くU。特になにも言われなかったのと、経路確認はHと私で行っていたので次駅の確認かと思った。

    私「ここのホームで合ってるんじゃないの?」

    U「……」

    私「(遠いから聞こえてないのか)ホームここじゃない?」

    U「次の乗換確認してるんだってば!!」

    ※例は特定を防ぐためにかなりぼやかしているので、ニュアンスが伝わらないかもしれない

    実際Uは私より頭がいいと思う。大学もよりレベルところへ行き、優秀な成績だったと聞く。それに比べれば学生時代私は成績は中程度で大学同様だった。私の中で答えは出ていて、恐らくUは私を見下している。

    嫌ならその場で伝えればいいのだが、正直そんな言い方をされた時点でショックで反論などほぼ出来ない。だが犬の躾と同じで、その場で言わなければ意味がないようにも感じる。

    3.結局どうしたいのか

    それがわかれば苦労しないんだよなーーーーとずっと思っている。散々Uについて論ったが、ほとんど愚痴だ。読んでくれてありがとうそしてなんだか申し訳ない。Uとも一緒にいれば楽しいし、長い付き合いなので気楽な面もあるので、関係を断つことは考えていない。

    ただ、今回あげた中で特に今後も困るな…と思うのは、「見下す・当たる発言」だ。旅先でやられることが特に困る。今後特に海外旅行を一緒に行く機会もあると思うのだが、それがあるかと思うと気が重い。(グループで行くので誘わないのは望んでいない)

    私は以前、一度喧嘩きっかけに半年ほどUと仲違いをしていたことがあるのもあって、なにか嫌だというのを伝えるのが怖いと思うところがある。

    よく「いい歳してそんなことで」と言われるが、いい歳してるからこそ悩むのだし、そもそも友人関係に年齢など関係あるのか?と思っている。いつだって対人関係スムーズにいくことの方が少ない。

    友人に上手く改善を伝える手段はやはり、腹を括って話すことしかないのだろう…。

    長々とした文章を読んでくれてありがとう

    10選で出来ないもの

    以下のもの10選しようにもできないと思われる

    フリーゲーム

    毎年10選できるのがやっとで、これまでの作品を全部10選するのはまさしく無理ゲー

    ジャンルごとにしてもホラーゲームなど膨大すぎても結局無理ゲーに近い

    AV

    こちらもこれまでの作品どころか女優ですら10選するのは無理ゲー

    ましてやFANZAあたりがベスト10とかを出しているので必要としていない

    アニメワースト黒歴史

    何をもって黒歴史とするかなどの軸がつけにくいという観点

    こうした軸がつけにくいものは他にもある

    10選の10

    これまで増田でヒリ出された山から残された意味を探すことはできるか

    なお類似した企画としては、次のようなものがある

    2024-10-28

    TM NETWORK史上最も重要Get Wild 10

    https://anond.hatelabo.jp/20241027185119 

    ブコメに「そろそろ「史上最も重要なGetWild」と「史上最も重要Love Somebody」も知りたい。」とあったので書いた。

    FANKS歴35年(中断が15年くらいあるけど)なので書けると思った。

    ほぼDigitalian新規ギリギリDive Into Your Bodyはオンタイムで知ってる)なので、リリース当時のことはそこまで詳しくないが。

     

    選考基準独断偏見ではあるが、いちおうTM NETWORK史上への影響力を加味して書く。

    楽曲としては基本的Get Wild Song Mafiaに収録されている。

     

    もちろん、元ネタこち

    https://anond.hatelabo.jp/20241012181121

     

    Get Wild (1987年

    言わずと知れたオリジナルGet Wildブレイク前夜だったTM NETWORK読売テレビ諏訪道彦が依頼して作られた。ピアノの印象的なイントロシティハンターエンディングの留め絵とぴったりとあったからこそ、後々まで話題パロディにされてるのだろう。彼らの特徴であるシンセシーケンス(いわゆるピコピコ音)が少なかったり、コーラスがサビのみだったりと、実はTMにとってはけっこう異端な曲であるとはいえこの曲でオリコン初登場10位を獲得しており、彼らのブレイクきっかけになったし、その後、彼らが若者向けのタイアップソングを作るきっかけにもなった名曲。ちなみに何度でも書くがこの曲のギター窪田晴男(確定ではないが、本人も録音を聞いてたぶん自分な気がするとサンレコ誌で語ってるので、ほぼ確定だろう)であり、B'zの松本ではない。

    Get Wild ("FANKS CRY-MAX" Version) (1987年

    TM NETWORKの初武道館公演 FANKS CRY-MAXの1曲目に披露されたバージョン。当時(今でもだが)のTMライブでは大幅にアレンジすることが多く、今回も原曲雰囲気は残しつつアレンジがかなり多い。導入がピアノ(本当は原曲ピアノではない)ではなくシンセという時点でちがう。特にイントロで「ジャージャージャジャ」というフレーズを何度も使って、そこにいわゆるゲワイボイスのサンプリングがのっかる構造がすさまじくかっこいい。ゲワイボイスに価値があると気づいた小室の慧眼。ある意味、後のライブ演奏の原型がここで完成している。あと、今では考えられないがB'zの松本がサビでフォーメーションダンスを踊らされてるというおもしろ動画でもある。

    GET WILD '89 (1989年

    プロダクションアルバム(今でいうリミックスアルバムDRESSに収録されたPWLのピートハモンドリミックスしたバージョン。当時のPWLといえば飛ぶ鳥を落とす勢いの人気プロダクションであり、そこが日本人アーティストリミックスをしたのはなかなかの偉業である楽曲としてはあのピアノイントロがなくいきなりパーカッシブないかにもユーロビートイントロから入るのだが、興味深いのはここでもゲワイボイスのサンプリングが多用されていること。そして、シンセブラスを使ったメインのフレーズが新たに付け加えられているのだが、このイントロはのちのライブでも使われている。TMというか小室が後々ピート継続的コラボするきっかけとなった曲でもあり、小室ダンスミュージック理解させるきっかけになったバージョンでもある。ちなみにプロモ12インチ存在するのだが、ヤフオクで平気で3万くらいつくので買えたことがない。

    Get Wild ("RHYTHM RED TMN TOUR" Version) (1990年

    TMTMNに改名してハードロック路線唐突に始めた時のツアー RHYTHM REDツアーからライブ音源イントロが激しく古臭いアメリカンハードロックだが、まあこれ弾いてる葛城哲哉きもちいいだろうな。とはいえ、もともとがTM曲では割とロック度が高めなので全体のトーンはオリジナルバージョンに近いといえばそこそこ近い。イントロロッキーテーマフレーズが入るお遊びがあったり、どう聞いてもGet WildというよりもDon’t Let Me Cryみたいなイントロだったり、当時のTMが割とバンド志向が強かった時代の楽しさを求めている感じが出ている音源。実はライブ演奏としては割とファンの間では人気がある。珍しくライブでボイスサンプリングを使ってない演奏なのも特筆ポイント

    Get Wild / DAVE RODGERS(1992年

    ファンの間では嫌われているが、TM史というか小室史的に重要バージョンであるので。イタリアユーロビートプロデューサーDAVE RODGERSによるカバーイタリアのいわゆるハイエナジーサウンドカバーしてる。くそダサい。本当にダサい特に全編手加減なくシャウトしてるボーカルくそダサいとはいえ小室史的に重要なのはこの企画MAX松浦が持ち込んだことで、AVEX小室の親交が生まれ後のTKブームにつながってるわけで。そして、この出会いの中で生まれたのがいわゆる「消しゴム発言である

    GET WILD '89 ("TMN final live LAST GROOVE" Version) (1994年

    TMN期最後ライブとなった1994年東京ドームライブ演奏音源。はっきり言って音はよくないがこれの注目ポイント1989年CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS!! '89以来の松本孝弘の参加。ギター葛城哲哉北島健二松本孝弘という日本ハードロックギタリストそろい踏みみたいなえらいことになってる。89と言ってるがイントロでFANKS CRYMAXみたいにしていたり、EXPO期に多用したボイスサンプリングをつかったりと長いイントロで盛大にお遊びをしている。初期TM NETWORK集大成のようなGet Wild

    GET WILD DECADE RUN1999年

    TM始動に合わせて作られた再録音バージョン宇都宮ボーカルをかなり低くしたり、歌詞をつけ足したりして色々やってるが正直、あまりよくない。第2期TMの迷走を象徴するようなバージョンTKブームCD販売が強かった時代なのもあって、Get Wild関連としての初動売り上げはこれが一番大きかったらしい。まあTKブームを振り返る意味重要バージョン

    Get Wild 2015 (“30th FINALVersion) (2015年

    第三期TM宇都宮の体調の問題もあり、1曲の時間を長めにする傾向にあった。そうした中でTKソロパートGet Wildをくっつけるパフォーマンスにするようになったことで、このGet Wild 2015はなんと30分近くの超ロングバージョンとなった。このバージョンでは導入部でSelf ControlDive Into Your Bodyのボイスサンプリングフレーズを次々に繰り出す形式にしながら、EDMっぽい展開のソロを続け最後にようやとGet Wildが始まるという展開。実はずっと裏テーマとして存在していたTMプログレッシブロック面を思い切り聞かせるバージョンしかし、これを現場で見た人たちは相当疲れたのでは(僕は行っていない)

    Get Wild / B'z (2024年

    TM NETWORK TRIBUTE ALBUM -40th CELEBRATION-収録。TMトリビュートアルバムが発売されると発表されたと同時に最も大きな話題となり、Twitterトレンドにもしっかりと入った「B’zのゲワイ」。まあトリビュートアルバムがあるなら参加してくれるといいなとFANKS全員が思っていたB'zの参加がかなっただけでも感涙ものだったのに、さらに曲がGet Wildなんて!! 蓋を開けてみたらトラック作りはネームドFANKSとして知名度の高い中田ヤスタカが行い、そこに松本ギター稲葉ボーカルが乗る形となった。聞いて笑ってしまったのは松本が前半はTMサポート時代まっちゃん)風にやりながら、途中から今のTAK MATSUMOTOになっていくところ。ほんと素晴らしい。

    Get Wild Continual (2024年

    ほんとはTributeの方が後のリリースだが、最後をやはりこの曲にしたかったので入れ替えさせてもらった。Netflixシティハンター実写化するにあたりGet Wildテーマとして起用されることになり、制作された新録バージョン。今までの大幅なアレンジバージョンではなく、原曲を活かしたアレンジにしているのが、ああTMもこういうのをやれるようになったのかと感心させられる。ちょうどTMの40周年イヤーと重なったこともあり、TM評価追い風にもなった。木根のアコースティックギターを大幅に取り入れてることもあり、木根は何もしていないという誤解を払しょくするバージョンでもあるw(もともとちゃんとバッキングはしているのだが)正直、近年のバージョンでは一番好きかもしれない。

     

    ということで、書いてみました。

    個人的にはGet WildTMの曲では好きな曲としては5位くらいでそこまで思い入れはないです。

    追記

    思ったよりもブクマが集まったので、若干文字校正をしたのと、ブコメGet Wildギター窪田晴男は確定ではないという指摘をいただいたので注釈を入れた。

    ちなみにTM NETWORKで一番好きな曲は「永遠パスポート」です。

    俳優とかアイドルがやる朗読劇って微妙じゃない?

    普段映りの仕事してる人の芝居って声だけで伝わるようなスキルはないと思うよ

    こういう朗読劇出てる若手俳優とかアイドルグラドル特に

    声優俳優が一緒出てる朗読劇観たことあるけど

    俳優ファンとして恥ずかしくなるくらいレベルが違った

    声だけの芝居を武器にしてる声優と並べたらそりゃそうなるって感じだったけど

    朗読劇を「台本持ってやれるから稽古期間短くて済むもの」として企画してるとしか思えないんだよな

    あとオタクはそれでも舞台と同じくらいお金落とすから、そりゃ稽古期間短くて準備コスト低い朗読劇のほうが楽でしょうねという印象

    自分が知らないだけかもしれないが

    俳優がやってよかった朗読劇があったら知りたい

    2025年4月5日でスーパー戦隊は50周年

    企画やらキャスティングやらを忙しくやってるだろうけど来年戦隊は50周年を推してくるのかな

    ちなみに一番最初ゴレンジャーが2年近くやったり途中スパイダーマンが入ったりで作品数としては来年が49番目の戦隊

    普通戦隊にして50周年は「50年間ありがとう」的なコメント出すだけなのか設定やらで50をモチーフにしたものを入れてくるのかが今から気になる

    ただ40周年のニンニンジャー、40番目のジュウオウジャーはあまり(というか全然)40を推さずに進めたし、過去戦隊に変身できるゴーカイジャーは35、過去戦隊の力を借りて戦うゼンカイジャーは45

    過去と関連付けるのは55になるのだろうか

    あと1か月くらいでちらほら情報が出始めてくる

    2024-10-27

    漫画家漫画家を語ってる記事

    日本漫画史上最も重要漫画10anond:20241027145010 で参照したもの

    諫山創と川窪慎太郎

    『進撃の巨人』の原点 諫山創×川窪慎太郎 ロング対談 | Febri

    諫山氏が、担当編集者川窪慎太郎と一緒にインタビューを受けた対談。

    若き2人の出会いが令和のまんが道だぞ。

    諫山創の語る半生

    『進撃の巨人』すべてはこの男の脳内で始まった――『ダ・ヴィンチ』2014年10月号

    諫山創が生い立ちを赤裸々に語るインタビュー

    世代が完全に切り替わった感じがビシビシ伝わってくるぞ。

    メビウス大友克洋

    【メビウス一周忌企画】インタビュー:大友克洋が語るメビウス(前編)|BDfile

    【メビウス一周忌企画】インタビュー:大友克洋が語るメビウス(後編)|BDfile

    大友克洋メビウスを褒めまくるインタビュー大友克洋は話が本当にスラっとしていて面白いぞ。

    他にも、NHK制作した、往時の大友秋元治や藤子・F・不二雄の元に手塚治虫を語りに行く「アトムAKIRA」という最高すぎる番組もあるぞ。

    メビウス宮崎駿の対談

    メビウス&宮崎駿対談動画:文字おこしと全和訳1 : メビウス・ラビリンス

    メビウス&宮崎駿対談動画:文字おこしと全和訳2 : メビウス・ラビリンス

    宮崎駿とメビウスの対談 : メビウス・ラビリンス

    メビウス宮崎駿がこれでもかとお互いを褒めちぎる対談。

    宮崎駿メビウスは「流れ星が当たった」のだという最高の賛辞を贈って大絶賛しているし、メビウス尋常じゃないくら宮崎駿を褒めているぞ。


    つづき anond:20241027152906

    日本漫画史上最も重要漫画10

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    鳥獣戯画12世紀13世紀

    日本最古の漫画とされる文字通りの国宝800年この宝を守り残してくれた高山寺感謝しよう。

    果たして現代漫画原画800年後も無事に守り伝えられているであろうか?

    手塚治虫酒井七馬新宝島1947年

    手塚治虫長編デビュー作。諸説あるものの当時にして40万部を売り上げたとされる革命的な作品

    この漫画に衝撃を受け、多くの若者漫画家の道を志したとされ、藤子不二雄などもその偉大さを強く伝えている。

    後に繋がる進化連鎖大元の要となる最重要作品

    酒井七馬との共作であったため、それに伴うトラブルからその出来を手塚自身は認めていなかったとされ長らく封印されており、完全に書き直したバージョン存在する。現在ではオリジナル版が復刊され電子書籍でも手頃な価格で読める。これはよほど状態の良い初版から丁寧におこしたらしく非常に鮮明な素晴らしい出来だぞ。

    (ただオリジナル版は印刷の都合上、手塚の絵を職人が手でトレースして出版したものらしいので筆使いみたいなものを論じる意味はないぞ)

    手塚はここから本格的に出発し、約40年間で15万ページの漫画を書いたという。

    辰巳ヨシヒロ「黒い吹雪1956年

    最初長編劇画とされる作品

    手塚治虫トキワ壮グループカウンターになるようなシリアス表現を極めていく劇画の礎となり、漫画表現の幅を大きく広げる道を作った。

    当時の劇画としては、白土三平の「忍者武芸帳 影丸伝」が傑作として名高く今読んでも抜群に面白いが、パイオニアとしての黒い吹雪地位は揺るがない。

    劇画黎明期の様子は、同じく辰巳晩年に描いた「劇画漂流」という漫画に詳しい。

    また辰巳海外での評価が非常に高く、例えば「黒い吹雪」もWikipedia日本語版はないのに英語版存在している。

    劇画といえば手塚との対立面白おかしく語られがちだが、劇画の始祖辰巳中学生の時から手塚の自宅に出入りし、終生手塚敬愛して二人でフランスを訪れたりもしていたことは覚えておいてくれよな。

    藤子・F・不二雄ドラえもん1969年

    藤子不二雄が、おばけのQ太郎に始まり手塚治虫とはまた違う新しい読者層を開拓していった活動の頂点に位置する作品短編大長編を合わせて膨大な作品群を形成し、その影響は漫画界よりもその外部に大きく広がり、多くの人の人生や、現代に溢れるkawaiiキャラクターものにまで現在進行形で強く力を与え続けている。

    いまだにアジアで愛され続けるそのレガシーの大きさはとても一言では表せないが多くを語る必要はないだろう。

    萩尾望都ポーの一族1972年

    旧来の少女漫画が描いていたステレオタイプを打破する作品を矢継ぎ早に発表した萩尾望都出世作

    少女漫画誌に次々と新しい手法で圧倒的な画力文学性を持ち込み、後の多様性形成の礎となった。

    世界の中で少女漫画市場現在でもきちんと維持されているのは日本だけであるとされるが、その中興を成した作品の一つである

    萩尾望都は花の24年組というくくりで呼ばれることが多いが、近年出版した自伝で当時のトラブルを語り、萩尾先生自身はこの名称には肯定的ではないようなので、令和の漫画読み諸氏はアップデートしていこうぜ。

    鳥山明「Dr. スランプ1980年

    体感漫画らしさを融合させた絵作りで後世に多大な影響を与えた鳥山明出世作

    第一話の扉絵を見ただけで、当時別次元漫画であったことが分かると思う(ジャンプ+で今すぐ読めるぞ)。

    鳥山明の登場は手塚以降で最も衝撃的であったという事はプロアマわず多くのものが口を揃えて語っている。

    鳥山明においては、Dr. スランプドラゴンボールどちらを選ぶのか好みが真っ二つに分かれるところであろうが、世界的な評価やバトル漫画への影響を重視する人は遠慮なくドラゴンボールに入れ替えてくだされ。筆者も個人的にはドラゴンボール思い入れがある。

    大友克洋童夢1980年

    鳥山明に並び、並外れた表現力で後の漫画界のレベルを一気に引き上げた大友克洋代表作。

    漫画における超能力描写を完全に塗り替えた事はつとに名高い。

    フランスに生まれメビウスという天才漫画家の開拓した表現大友を通して日本漫画界に合流し発展することにもなった。

    後に大友が連載する「AKIRA」においては連載途中に、作者自身監督として超一流のアニメーターを集め、巨額の予算をかけ同名のアニメ映画を作り、そちらも歴史に残る大傑作になったのはご存知の通りである

    童夢ではなくAKIRAを選びたい場合は遠慮なく(以下略

    ちなみに大友AKIRAに書いた最後最後の言葉はなんだったか知ってるかな?答えは、『そして、手塚治虫先生に…』だったんだぜ。

    現在大友作品は、電子書籍版が出版されず現代若者に対しての間口が狭いのが少し残念であるが紙で読んでくれということなのだと思う。

    宮崎駿風の谷のナウシカ1982年

    独自出自を持つ作品であり、日本一のアニメーション監督が全盛期に描いた本気のファンタジー漫画として、ナウシカの前にナウシカなし、ナウシカの後にナウシカなしという唯一無二の完成度の高い作品

    途中に「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「紅の豚」の映画制作を挟み、全59回の連載を15年かけて終わらせた。時間節約するため連載第2回目からしばらくはペン入れをせず、鉛筆で仕上げた原稿掲載したことは語り草となっているが、画力限界突破しているので読んでも違いに気付かないぞ。

    100年後も古典として読み継がれているのはこの作品ではあるまいかと思わせる風格を漂わせている。

    井上雄彦「SLUM DUNK1990年

    連載当初はダイヤの原石であったが、6年間の執筆の中で画力構成力の凄まじい向上を見せ、人気絶頂のまま連載終了した伝説作品

    従前から繰り返された「天才」たちの活躍という題材ではあるが、漫画表現リアリティという点で飛躍的な進歩を示してみせた。

    大きな流れで見ると、手塚治虫平成元年、すなわち1989年、60歳でその生涯を閉じた翌年に、時代を大きく動かすこの大傑作が連載開始した形であり、新しい元号とともにさらに大きく発展を遂げていく漫画新時代象徴となる作品となる。

    東アジアでの人気は凄まじく、アニメ版聖地巡礼鎌倉を訪れるものも未だ後を絶たない。

    諫山創進撃の巨人2009年

    突然変異的に登場し、それまでの漫画常識を覆した2000年以降最大の問題作

    少年漫画天下一武道会以降繰り返してきた自己模倣を打ち破り、新たな可能性を存分に示した。

    この漫画は終わらないだろうという世間心配をよそに、諫山は数々の伏線を回収しつつ、一度も休載せず堂々と完結まで導いた。そういった点でも未完のまま停滞した名作たちが越えられなかった壁を打ち破り、その名声を比類なきものにした。

    実は諫山は福岡専門学校マンガ学科出身であることをご存知だろうか?その授業の一環として、生徒が東京出版社に持ち込み旅行をするという企画があり、19歳の諫山がいくつかの出版社を周った際に、講談社で当時新入社員の川窪慎太郎進撃の巨人原案を見せたことが巨人物語を始めたとされる。

    少年ジャンプはなぜ進撃の巨人を逃したのかという点ばかりセンセーショナルに語られがちだが、社会人生活4ヶ月目にして諫山の才能を見抜いた川窪の目には一点の曇りもなかったことをただ賞賛すべきだろう。

    おまけ anond:20241027152458

    推していた個人Vが裏で最悪なことをしていた

    推していた個人Vが裏で最悪なことをしていた。

    そのVはイラストレーター兼業なんだが、なんでも、「抽選1名にイラストプレゼントします!」みたいな企画をやったらしくて、

    実際にその当選者に連絡を取ったらしい。

    しかし。

    その連絡後、一向に進捗の連絡がなく。

    まりにも連絡がこないまま1年が経とうとしていたので、しびれを切らした当選者が

    プレゼント企画の件、大丈夫そうでしょうか?無償ですし、無理でしたらおっしゃってくださいね」と連絡したそうな。

    ブロックされたらしい。

    は?

    ありえなくないですか?

    無償だし、非難するのも…と思って、その当選者は特にクレームとか非難をすることはなかったそうだが

    まりにも酷い仕打ちすぎる。

    俺はその個人Vの優しさに惹かれて好きになった。

    でも、裏でこんなことをしてるんだったら、俺が推す理由なんてどこにもない。

    優しさとは遠くかけ離れたこ行為に、この事情を聞いた時、「何かの間違いじゃないのか?ひと違いじゃないのか?」と疑った。

    でも、そんな嘘をつく理由もない。(よほどのアンチ当選してたなら、嘘の可能性はあるのかもしれないが…)

    もう何も信じられねえ。

    なんか個人Vでここまでゴミなことしてるのが横行してるのを見てしまうと、

    一応名の通った事務所はそれなりに指導なりしてるわけで

    大手V見るのもいいなって思った。

    個人Vなんて見るもんじゃねえわ。

    今まで貢いだ俺の5万円、返してくれよ。

    ホント、しょうもねぇ。

    2024-10-26

    花とゆめ」史上最も重要マンガ10

    10/27 27時ごろまでにいただいたブコメトラバをまとめました! お寄せいただいた知見に助けられております。ご興味のある方はぜひ。

    anond:20241028032312

    <以下本文>

    集英社別冊マーガレット」の名編集長・小長井信昌が74年「花とゆめ」創刊編集長就任(のちに「LaLa」「ヤングアニマル」でも創刊編集長を務める)。氏が別マから引き抜いてきた漫画家が、最初期の「花とゆめ」を支えた。

    美内すずえガラスの仮面』(1975~)

    和田慎二スケバン刑事』(1975~82)

     2作まとめて、令和の今でも作品が生きているな、と思わせる説明不要の名作(前者は「連載中」ではありますが)。月刊誌→月2回刊化の目玉として2作同時に連載スタートコンテンツの息の長さに、編集長の慧眼が察せられる。

    魔夜峰央パタリロ!』(1978~)

     主人公マリネラ王国国王パタリロに次いで2番手キャラクターはMI6少佐バンコラン。彼は主に美少年を愛好する同性愛者で、本作はギャグマンガだが 「同性愛であることそのもの」を揶揄していない点に、作者の品格を見る。

     作中に「ドイツギムナジウムで一緒だったんです」「11月ごろ?」というやり取りを挟むなど萩尾望都ファンであることがわかる。82年アニメ化。「花とゆめ」というより白泉社として最初アニメ化

    (ここまでが集英社移籍組)

    川原泉甲子園の空に笑え!』(1984

     どの作品を推すかが分かれる。世間的には『笑う大天使』(1987~88)が有名で傑作集を出す際のアンケートでも番外編の『オペラ座の怪人』(1988)が2位だが

     ・作者ご本人はまったくスポ根の人ではないのに、スポーツものに傑作がある

     ・甲子園という制度批評視点を投入 と、一歩踏み込んでいる本作をリストアップ個人的には『月夜のドレス』(1984)が好き。

    日渡早紀ぼくの地球を守って』(198692)

     メディアミックスとしてはOVAのみであるが「前世ブーム」の火付け役として爆発的な人気を誇った。※ラジオドラマあり。ブコメご指摘感謝

     『スケバン刑事』のような「悪に対する憎悪」ではなく「優秀だが他人を寄せ付けない戦災孤児と品行方正な優等生との、互いに相反する感情」など愛憎の陰影が濃い大人びた作風に、当時の読者(主に10少女)は魅了された。

     「久しぶり 君には心底会いたかったよ 秋海棠」以上にインパクトのある「ひき」を未だに知らない。

    佐々木倫子動物のお医者さん』(1987~93)

     こちらも説明不要の名作。菊池規子『わが輩はノラ公』(1973~78)以来人語を話すペットが出てくる作品はたびたび登場したが 「人語は解するけどしゃべれない(しかし主張はする)動物たち」が出てきたところが新機軸。よくない形で「ハスキーブーム」がありました…。

     ※飯森広一『ぼくの動物日記』(1972~75)はノンフィクションなので除外してます

    (このあたりで「男性読者も多い花とゆめ時代終焉したと思っている)

    羅川真里茂赤ちゃんと僕』(1991~97)

     続く『ニューヨーク・ニューヨーク』(1997~98)、『しゃにむにGO』(1998~2009)と第一線で花ゆめ本誌を支えた大功労者。『赤僕』は白泉社では初めて他社の漫画賞(小学館漫画賞・1994)を受賞。ヤングケアラー立場に置かれた小学5年生が主人公90年代父子家庭活写した作品となった。熱量のあるドラマ巧者。

    中条比紗也花ざかりの君たちへ』(1996~2004)

     2006年台湾ドラマ化、2007・2011に日本、2012に韓国ドラマ化。そして今年、初のアニメ化が発表されている。日本ではプライム枠連ドラ案件で『ガラかめ』『スケバン刑事』とは違う、読者ターゲットを広く取れるラブコメが、あの「花ゆめ」から出たのだなぁと感慨。

    高屋奈月フルーツバスケット』(1998~2006)

     アラサーアラフォーですかね)のオタク女子から作品名が挙がることが多い。

     2007年に「もっとも売れている少女マンガ」として、ギネスブック認定されているそうで2001年アニメ化・2019~21の再アニメ化・2022の劇場上映の実績は立派。十二支を背景にしたキャラ設定等、往年の「花ゆめ」らしさが光る(私見)。

    (ここから00年代デビュー漫画家が飛んでしまます申し訳なし…)

    師走ゆき多聞くん、今どっち!?』(2021~)

     連載中のラインナップで、今一番勢いがあると思われる作品アニメ化も決定。男性アイドルキャラ)・推し活…と、イマドキの設定は鈴木ジュリエッタ推し甘噛み」(2022~)でも同様で、ここが今の「花とゆめ」の現在地である

     ※「創刊50周年記念 花とゆめ展」ブックレットでは2人の対談が掲載されている

    三原順はみだしっ子』(1975~81)

     選外ってありえないですよね。すみません…。

    高口里純『久美と森男のラブメロディ』シリーズ(1979~82)

     『花のあすか組』(1987~95)が代表作でありつつ『グランマの憂鬱』(2015~)が昨年萬田久子主演でドラマ化もされている、息の長い漫画家

     1985年角川書店(当時)がコミック進出して地殻変動が起きた年で、そのタイミングで白泉専属ではなくなってしまった。 「別冊花とゆめ」連載「赤鼻のアズナブル」(1982~83)、別花短編だと「優しい瞳」(1984)が好き。

    酒井美羽『マンハッタンサンセット』(1980)

     この方も白泉社を離れ角川へ。『ミミと州青さんシリーズ』(1979~85)が人気&今はなき「シルキー」でレディースたくさん描いてましたが、一瞬ミステリーサスペンスものも手掛けていました。こっち路線もよかったのになぁ。増刊号掲載『異国にて』(1984)がベストですが本誌掲載作ということで『マンハッタン』を。

    柴田昌弘『第三の娘』(1980)

     別マ移籍組、和田慎二の盟友。『紅い牙 ブルーソネット』(1981~86)ですよね。とはいえこのシリーズ別マから移籍なので、あえて本誌掲載短編を選んでみました。綾波レイみたいなタイトルですが、まさに綾波のようなお話です(ネタバレ回避)。

    河惣益巳ツーリングエクスプレス』(1981~87)

     ヨーロッパ舞台にした華やかな作風。ほかの作品海外モノ多し。

    野間由紀パズルゲームはいすくーる』(1983~90)

     制服高校生ミステリもの嚆矢といってよいのでは。近い年次のデビューだと佐々木倫子よりずっと早くブレイクメディアミックスに縁がなかったのが不思議表題作では『消えた肖像画』が大変な秀作。1巻所収。

    星野架名『緑野原学園シリーズ』(1983~92

     「花とゆめ」の「80年代後半のSFもの」のストーリーや絵柄の象徴キャラ造形についてはフォロワーがたくさんいた記憶

    那須雪絵『ここはグリーン・ウッド』(1986~91)

     代表作はこれだってわかってるけど、白泉社作品なら私は『フラワーデストロイヤー』シリーズ最終編 『ダーク・エイジ』(1991)が好き。

    山口美由紀プリンセス症候群』(1988)

     1巻完結の表題作かわいい短編集。所収の『月光夜曲ムーンライトセレナーデ−』がすごくよかったの、思い出しました。ビッグヒットがないの、なんでなんだ…。

    山内直実なんて素敵にジャパネスク』(1988~93)

     氷室冴子原作ものの中で、長く支持されたコミカライズ成功例かと。

    由貴香織里天使禁猟区』(1994~2000)

     すごく売れてた! 世界観が魅惑的で熱いファンが多く、「ぼく球」以来のビッグタイトルが出たと思いました。絵のタッチも今見ても素晴らしい。

    山田南平紅茶王子』(1996~2004)

     代表作はこれだってわかってるけど「赤僕」より少し前にスタートした『久美子&信吾シリーズ』(1990~97)が好き。女子高生小学男子カップル物語大人になった坂田小沢にはハッピーエンドになってほしかったなー。

    鈴木ジュリエッタ神様はじめました』(2008~16)

     いずれ『推し甘噛み』の人になるかもですが、まだこちらの方が有名かと。2012・15のアニメ化聖地巡礼企画も出ていました。

    安斎かりん『顔だけじゃ好きになりません』(2020~)

     こちらも「推しもので、実写映画化が決定しています

    <番外・別冊花とゆめ枠>

    都戸利津『嘘解きレトリック』(2012~18)

    オリジナルコミックス「環状白馬車掌の英さん」(2009)からずっと、ハートフルストーリーを展開。恋愛重視の作風ではない、往年(年配)の読者が考える「花ゆめらしさ」は別花に残っていたのかも。それがまさか月9原作。やはり時代は変わった。

    明智抄サンプル・キティ』(1993~95)

    ここまで挙げた白泉社作品の中では一番好き。とはいえ代表作は『始末人シリーズ』(1983~91)かと。このパターン多い。大大大好きな明智抄で(同人誌単行本未収録作品集」全5巻はコンプリート10選にも入れたかったのですが、作品リストを振り返ると『始末人』ですら本誌・別冊を行ったり来たり(後半は別花)、かと思うと「チツケイレン」の「アフロディーテはきずつかない」(1988)が単発で本誌に載ったりして、編集部運用どうしてたん…と。これからも読み続けることには変わりないのですが。

    近作に抜け漏れ多くてすみません。明らかな抜けは増田知識アンテナが欠落している箇所です。とはいえ総論として、ガラかめ動物のお医者さんまでは不動かな、と。

    もしよかったらブコメでいろいろと教えてください。

    ※著者名誤り、表記等一部修正しました。ご指摘ありがとうございました(深謝)。

    月刊漫画ガロ史上最も重要漫画10

    anond:20241012181121

     ガロは書く人も居なさそうなので、元読者の義務感に駆られて書いてみた。リアタイで読んでいたのは80~90年代の一部なのでいろいろ偏っているとは思う。選択基準としては、漫画史的な重要性や、後世に与えた影響を優先した。バックナンバー単行本アンソロジー、関連書籍(が多いのもガロの特徴ではある)などの知識も動員したが、記憶に頼って書いているので誤謬などはご容赦。むしろ先達から突っ込みが欲しいです。なお、ガロ分裂後のアックス誌の作品にはここでは触れない。

    カムイ伝白土三平

     まずはなにを差し置いてもこれ。そもそもガロという雑誌の創刊自体長井勝一による「カムイ伝」を掲載する媒体を作りたいという並外れた理由によるもので、「ガロ」という奇妙な誌名も作中人物の「大摩のガロから取ったものだった。どちらかと言えば現在では「読まれない」作品になりつつある印象なので当時の熱狂を図るのは難しいが、漫画史的には「どうやら漫画という媒体歴史的社会的な諸問題を描き得る(と読者に思わせた)」点がエポックだったのではないかと思う。今であればそんなもん当然だろうと思われるかもしれないが、所詮我々はこのような巨人の肩の上にいる。

    ねじ式つげ義春

     つげ義春ガロ誌に発表した短編は悉くが傑作なのでとても一本に絞りきれるものではなく、作品の完成度からすればむしろゲンセンカン主人」や「赤い花」ではないかとも思うのだが、後世に与えた影響の大きさを考えればこれを選ばざるを得ない。「見た夢をそのまま描いた」という誤解を受けることも多い本作だが、実のところは多種多様コラージュや巧みな漫画技法に満ちていて、きちんとした作為の下に統制して作り上げられた「シュール」の傑作であることがわかる。

    赤色エレジー林静一

     若い男女の同棲破綻物語と描けば無数の類例が思い浮かぶが、1970年の発表当時には極めて新しかったはずである。なにしろ婚前交渉などという言葉が現役だった時代だ。主人公職業アニメーターというのも新しく、しゃれていたのではあるまいか。この作品の画期は、漫画に「俺たちの等身大青春(あるいはそのように夢想したいもの)」を持ち込んだ点だったのではないかと思う。林静一洒脱な絵は上村一夫などによる後続作に比べても洗練されていて、今見ても色あせない。

    ピクルス街異聞(佐々木マキ

     漫画(に限らず表現)とはなにものかを描かなければならないのだというドグマがまだ有効だった60年代漫画から意味というものを完全に取り去ってしまった佐々木マキの一連の作品センセーショナルであったらしい。画風はおそらく杉浦茂系譜にあるのだが、もはやナンセンスという言葉も不適当だと思われるぐらいに徹底して意味物語排除されている。その衝撃は若き日の村上春樹にもはっきりと影響を与えたらしく、のちに佐々木村上著作の挿画を担当することになる。

    寺島町綺譚(滝田ゆう

     簡素な絵でナンセンス漫画を濫作していた滝田ゆうが、心機一転、自らが少年時代を過ごした戦前私娼街・玉ノ井の風景をおそろしく緻密な絵柄で描き出した。「三丁目の夕日」的なノスタルジアものの先駆ではあるが、最終回戦火は玉ノ井の街を焼き尽くして終わる。ここに描かれているものは、卓抜した記憶力と画力により再構築された、失われて二度とよみがえることのなかった風景なのである

    マッチ一本の話(鈴木翁二

     ここまでは疑いなく殿堂入り作品が並ぶが、ここから判断に迷う。70年代ガロから永島慎二宮谷一彦を外してはいけないかもしれないのだが、活躍のメインはガロ誌ではなかった作家だし、やはり当時の熱狂現在から嗅ぎ取るのは少々難しい。安部慎一花輪和一古川益三(のちのまんだらけ社長)の諸作品も思い浮かぶけれど、ここでは作品の強度と詩情、卓抜した画力を取って敢えて鈴木翁二で。

    ペンギンごはん湯村輝彦糸井重里

     これも当時の衝撃をいま追体験するのは難しいのかもしれないが、ヘタウマ不条理がどっさり詰め込まれた本作が半世紀近く前のものと考えるとやはり衝撃的だし、こういうギラついた脳天気さは、結局は80年代「軽チャー」の苗床になったのではないかと思わされる。

    少女椿丸尾末広

     80年前後ガロにはニューウェーブカテゴライズされる作家も少なからずいて、例えば川崎ゆきお蛭子能収ひさうちみちお、奥平イラなどが挙げられるのだが、個々の作品への愛着はさておいて結局のところ今に至るまで強い影響を与え続けているのはむしろニューウェーブ埒外にいた丸尾末広ではないかと思う。圧倒的な画力漫画のみならず演劇音楽にも影響を与えたし、世代を超えたファンも多い。なお本作の初出はガロ誌ではないのだが、代表作として外せないのと単行本青林堂だったのでご容赦を。

    タケオの世界根本敬

     80年代ガロではこの人の名前も外せない。「過激な」作風と言われ「特殊漫画」を自称他称もしている人ではあるけれど、実のところは非常に息の長い物語を紡ぎ出せるストーリーテラーでもあり、日本近代史や土俗性を容赦なくぶち込んでやるから覚悟しろよというぎらついた野心も垣間見える。その試みがもっとも巧くいった作品の一つが本作。水爆投下とともに発射された精子自我を持つ話です……と書くと面白そうでしょ?

    道楽者の海(逆柱いみり

     ガロ最末期の90年代から一人と考えて、古屋兎丸山野一ねこぢるなども思い浮かんだけれど、漫画表現の圧倒的な強度に鑑みて本作を選んだ。この地上には存在しないはずなのによく知っている風景がどこまでもどこまでも展開される。いつかうなされながら見た夢が、ここに具現化されているという驚き。「ガロがなければ世に出ることのなかった」作品の一つの頂点であると思う。逆柱作品はどれをとっても傑作なのに単行本の多くは絶版で、とんでもないプレミアが付いてたりする……。

    追記

    個人的にはつげ忠男の大ファンで、実際「無頼の街」「河童の居る川」など傑作も数多いのだが、漫画史的重要性を優先して涙を呑んだ。

    赤瀬川原平言及に迷ったけど、ガロ誌での漫画作品(『お座敷』など)よりも、その外での活躍が多かった人という印象なので選外に。ガロ系の作家ではこういう人も多いのですが。

    ・「ガロにおける有名作家」という問題もある。水木しげる矢口高雄池上遼一といったビッグネームもあれば、のちのどおくまんも一度作品掲載しており、末期ガロにも吉田戦車のような意外な面々が顔を覗かせる。珍しいところでは、SPA!誌で掲載を断られたゴーマニズム宣言の回を小林よしのりガロに持ち込んで掲載された例がある。

    ガロ出身で他誌で活躍することになる人も多い。上記の他、新しい世代では花くまゆうさく福満しげゆき東陽片岡古泉智浩あたりか。

    80年代ガロでかなり迷ったのは、トラバでも言及のある久住兄弟泉晴紀泉昌之渡辺和博などの面々。このあたりのナンセンス作品群はわりと影響も大きかったようなんだけど、作品単体でどうこう言えるものが思い当たらなかったので除外。

    つりたくにこやまだ紫杉浦日向子近藤ようこといった女性作家たちの極めて良質な作品についても言及しておきたい。特に津野裕子は最末期のガロに、寡作ながら優れた作品を残した作家で、機会があればぜひ一読をお勧めします。

    ・その他、この10選に選ぶには及ばないけれど間違いなくその人にしか描き得ない作品を残し、ガロという媒体がなければ目にすることもなかったであろう作家たちについても、その名をリスペクトしておきたい。淀川さんぽ、とま雅和、谷弘兒、三橋乙耶、菅野修、等々……。

    さら追記(含ブコメ反応)

     思いのほかガロ漫画への反応が良くて嬉しい!

    90年代ガロ文章ページが(文章ページのほうが……)充実してた感があり、呉智英四方田犬彦など結構な面々が連載していた。

    投稿ページの「4コマガロ」も相当(雑誌カラー的な意味で)レベルが高く、ここ出身の有名作家福満しげゆき

    ・同時期にやっていた「ガロ名作劇場」という好企画があって、90年代半時点では入手困難だった作家を含め、ガロ出身の名作家を回顧的に紹介してくれた。林静一「まっかっかロック」なんてものすごい衝撃受けたし、楠正平や勝又進なんてこんなことでもなければまず読むことができなかった作家だったと思う。

    ねこぢるはやはり入れるべきだったかなーという迷いは今でもあり、代わりに削るとすればペンギンごはん鈴木翁二か。リアタイ勢だったんだけど初読の際の衝撃は今でも覚えていて、90年代サブカル的にはわりとよくあった「無邪気な残酷さ」が普遍性を持ち得た希有な例だったんじゃないかと思う。(その点では山田花子には自分は少々点が辛い)

    ・>ビレヴァンいけば売ってる? >なんか漫画系のサブスクはこういうのの乗っかってどんどんセット売りとかして欲しいよな。

     これは本当にそう思うところで、ガロの名作群はとにかく作品へのリーチが困難。古川益三作品なんてマジで読めないし古書には衝撃的な値が付いてたりする。電書にするにしたってタダじゃないのは分かってるけど、なんとかならんかな。

    ・>「ガロ」はフォロワー・影響度では計れない作家作品が多すぎて。簡単に真似されるような作品ガロ的ではないとも言えるし

     これも本当に同感で、孤立峰みたいな作家が多すぎるんだよなー。熱を込めて語られるけれど模倣はされない、って、表現としてはすごいことなんだけど。

    ・>ちびまる子ちゃんクラスメイト名前ガロ作家名前から取ってると聞いたときは「へー」となった

     これモデルになった某作家さんはスゲエ嫌がってるみたいですね(伝聞)

    2024-10-25

    警察内部の企画会議とかどうなってんだろ?

    今季何を重点的に操作していきます

    こういう手法を取り入れて行きますとかやってるわけでしょ?

    被害届が出てくる前の犯罪検挙するために

    内部で企画集めてたりしないのかね

    どん兵衛東西微妙に味が違うのは有名だが(西は出汁、東はしょうゆが強い)

    効きどん兵衛という企画信州版と博多版を新たにつくったんだって

    信州鰹節を濃く出し、通常そば3分戻しに対し5分戻しの太麺

    博多は焼きあご、サバ節、鰹節などの雑節の組み合わせで、通常うどんが5分戻しに対して7分戻しの太麺

    びゃあ~ええな~

    東西だと断然西派なのだが、他のも食べたいなあ

    きつねうどん東西博多は出すのに、信州そばなのは効きどん兵衛名乗りながらどうなのよ

    信州版のきつねうどん出せよ

    信州といえば信州そばからしゃーないのか

    もしゲーム教があったら

    教義

    1. プレイすることは善なり

    ゲームを楽しむことこそが至高の行い。ストレス解消や自己表現、仲間との絆を深める手段としてゲームを重んじる。

    2.リセットは許される

    人生においてもゲームと同じように、失敗したらもう一度やり直すことができる。リセットボタンを押してもいいんだ、諦めるな。

    3. 無課金の信念を守れ

    課金も時にはよし。でも、無課金の道を歩む者たちには尊敬を。どんなプレイタイル平等尊重されるべき。

    4. 全てのジャンルを受け入れよ

    RPGアクションパズルシューティングなど、どのジャンルも一つの世界観を築くものであり、それぞれに楽しみがある。

    活動

    1. ゲームの祭典『プレイフェスタ

    年に数回、全国の信者が集まり、最新のゲームプレイしたり、昔懐かしい名作に浸るイベントが開かれる。もちろん、賞品が豪華なトーナメントもあり!

    2. ゲーム配信のお祈り

    毎週末には「聖なる配信タイム」があり、みんなで推しゲーム配信を見ながらチャットで盛り上がる。ゲーム実況者たちは「教の声」として、信者たちの楽しみをリードする。

    3. ボスマラソン

    特定の日に開催されるイベントで、歴代の強ボスに挑戦するマラソン。協力して倒すもよし、ソロで挑むもよし。

    4. マルチプレイ礼拝

    オンラインでみんなが一緒に集まり、協力ゲームや対戦ゲームを楽しむ集まり。新しい仲間ができる場でもあり、ギルドクランの結成も推奨される。

    儀式

    1. ログインの儀

    毎朝、神聖なるゲーム機(ハードウェア)に電源を入れること。これが一日を始める「お祈り」とされる。

    2. エンディング鑑賞会

    ゲームストーリークリアした後にエンディングをみんなで見て、感想を語り合う。エンディングを迎えた者には「クリアの証」が授けられる。

    3. 深夜レイ

    夜更かししてでも大きなクエストダンジョンに挑む行為は、聖なるチャレンジとされる。寝落ちしても笑って許される文化がある。

    聖地

    1. 「エンドレスアーケード

    ゲーム教の聖地として、巨大なアーケード施設があり、レトロゲームから最新VRまであらゆるゲームプレイできる。24時間営業で、朝まで対戦イベントマルチプレイが楽しめる。

    2. 「セーブ神殿

    重要決断をしたいときや、人生の節目に「セーブ」したいと感じるときに訪れる神殿セーブ儀式を行うと、気持ちリセットされ、新たなステージに進む準備ができると言われている。

    聖典

    1. 「プレイヤーズ・バイブル

    あらゆるジャンル攻略法や、ゲームの心構えがまとめられた書物。大切なのは勝つことだけじゃなく、楽しむこと。ミスしたときの笑い方や、仲間と協力するコツなど、人生の教えにも通じる。

    2. 「フラグの書」

    あえてフラグを立てる、もしくは避けるための知恵が詰まった書。ゲームだけでなく、日常生活でも「フラグ」を見抜く目を養える。

    役職

    1. 「パーティーリーダー

    ゲーム教のコミュニティのまとめ役。みんなが楽しくゲームできるようにイベント企画したり、困った人がいたら手助けする。時にはギルドボス戦で指揮を執ることも!

    2. 「ガチャ司祭

    運試しの達人。年に数回、みんなで集まってガチャイベントをする時、ガチャ司祭儀式を取り仕切る。引きの強さでみんなの尊敬を集めるが、逆に大ハズレを引いてもネタにされて愛される存在

    祝日

    1. 「ゲームオーバー記念日

    かに挑戦して失敗したときに祝う日。失敗も経験の一つと考え、その日をお祝いすることで「リトライする勇気」を育む。

    2. 「レベルアップデー」

    誕生日や、新しいことにチャレンジした日を「レベルアップ」として祝う。みんなで経験値(XP)を積んでいることを称え合う日。

    やっぱ反AIって文章読めないよね?

    https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/tokume_kibo/n/n6f6438b9c0bb



    初回の記事 「AI仕事を奪われた絵師」な訳だが https://note.com/tokume_kibo/n/n05017591b28b より

    2年ちょっとくらい前まで、イラストで食っていた。

    コミッションサイトフリゲーやTRPGVtuber用の立ち絵イラストを1枚1万弱で売り捌いている、いわゆる「アマチュア底辺絵師」だった。

    私は絵を売る一方で、絵を買う側だった。

    依頼してたのはマイキャラオリキャライラストFF14の持ちキャラとか、スプラのマイイカとか、企画で作ったオリキャラとか。

    私は「どこにでもいるアマチュア絵描き」の一人として本当のプロクオリティが求められる今後の競走からは降り、消費者として時代の流れを見続けようと思う。

    この時点で「以前は売る側かつ買う側」であり、売る側からドロップアウトしたので「買う側として実際どう変化するのか、したのか」が書かれてるんだよね

    で、これ反AI業界人ちゃんブコメ

    前回元絵師側の意見としてだったのになぜか買う側の意見になってるし

    やっぱ文章読めないよね?w

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