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はてなキーワード: 学芸員とは

2019-09-19

日記

昔々、表紙買いしてとても気に入った本があったのだけど、数年後タイトルも著者も出版社すら思い出せなくて、著者名が三3文字ということだけは覚えていてTLなどでたまに見かけた森絵都かと調べてもそれらしきものが見つからず。ということを5年に1回くらい思い出してはしていた。

 

覚えているのは宇宙の話で、図書館とか博物館舞台司書さんか学芸員さんが出てくる。話のなかで折り紙ひまわりを折ったような銀のメダル?が出てくる(記憶いかもしれない)などという僅かな記憶から

 

宇宙 図書館」ゆーみんばかり出てくる

宇宙 博物館ガチ博物館ばかり出てくる

もう何も思い出せない……表紙見たら絶対すぐわかるのに……

本当に森絵都じゃないの?

Google画像検索で表紙探してみよ…

宇宙 博物館 文庫

!!!!!!っった!!!!!2スクロールくらいで出てきたこれだよ!!!!!

Google画像検索類似表示能力すげーな!?!???

興奮のまま画像クリックすると書評サイトにつながる。

 

 

永遠の森 博物館惑星 (ハヤカワ文庫JA)

菅 浩江

 

 

ンンンン森は森でもそっちか~~~~!!!

著者名3文字は合ってた~~~!!!

さっそくWikipedia情報あさりtwitterがあるようで飛ぶと名前

博物館惑星2」の文字

うそでしょまってハヤカワ文庫に手を出していたの学生時代ですよ!?

amazon作品紹介を読むと「19年ぶりの続篇」

さっきスレイヤーズが前巻18年ぶり新刊完売祭りだったって見たところ!!!

リバイバル流行がここにも???オーフェンアニメ化するもんね!

なにこれ運命?続編が今年の4月に出てた…!!!!!!

という喜びと、今度こそタイトルと著者名を忘れないように、という日記

hontoで1、2巻併せて買お。

は~~~~スッキリしたーーーーーーー!!!! 十数年分のスッキリ

 

 

先日の初心者SFすすめるならのやつ、これをおすすめするのはアリだと思う。

 

 

2019-08-16

津田大介さん&その擁護者の言い分に納得できないこと

あいちトリエンナーレ津田大介さんが監督の「表現不自由展・その後」について、納得できない点を頭の整理を兼ねて書いてみます

検閲について

憲法上の検閲

憲法上の「検閲」とは次の通りであり、本展における河村市長官房長官のいずれの言動もこれに該当しないことは明らかなので、憲法上の検閲ではあり得ません。

行政権主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止目的とし、対象とされる一定表現物につき網羅一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを特質として備えるもの」(判例)

したがって、本案件で「違憲」と言い出した者(例えば大村知事等)は明らかに失当です。というか憲法上は事前の規制を重く見ているため、事後的に批判した河村市長官房長官(この二者には取り止めさせる権限なし)よりも事前に強く要請した大村知事(実行委員長として権限あり)の方が判例趣旨からして危なそうです。

津田大介さんの言う「検閲

あいちトリエンナーレ2019「表現不自由展・その後」に関するお詫びと報告』を読んでもわかるように、津田大介さんは「検閲」という言葉を「何らかの理由により効率美術館で展示できなくなったもの」と自らに都合よく恣意的に用いています

憲法上の検閲でないとしても、この意味検閲という強い言葉を用いることはミスリードです。本件の場合、事後的にも発表が禁止された事実はありません(あいちトリエンナーレ以外の場所公表を続けることも十分可能です。)。

公権力が,表現行為ないし表現物を検査し,不適当判断する場合には発表を禁止すること。公表以前に行う事前検閲公表後に行う事後検閲とに分れる。」(ブリタニカ国際大百科事典コトバンク)

ヘイトについて

法律上ヘイト

ヘイトスピーチ規制法の正式名称は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律とあるように、「本邦外出身者」をターゲットにしているため、本件展示が法律上ヘイトに該当しないことは明らかです。

(法律規定する範囲が狭すぎる、という議論はあると思います。例えばDV防止法は成立当初、男性被害者とは規定されていない法律でした。)

批判者の言うヘイト

自国であった負の歴史を思い起こさせる作品を展示することが、その国や国民に対するヘイトにあたるとは考えていません。」「大浦さんは昭和天皇肖像日本人としての自画像であり、天皇批判ではないとしています。」とあるように、津田大介さんは、自国民同士のヘイトは想定していないようです。

ただし、国民を分断し、他のグループにに対して差別的言動を行うことは十分に考えられます

津田大介さんの政治思想

津田大介さんの過去言動

津田大介さんは、過去RADWIMPSHINOMARUという楽曲を「国威発揚であるとして激しく批判をしています。また、そういった批判を受け、RADWIMPS謝罪に追い込まれています

更にTwitterにおいて『今後もどんどん「国威発揚」の依り代として芸術が利用(寄生)されていくんだろう』ともコメントしています

昭和天皇写真を焼く行為に比べてはるかに穏当(少なくともヘイト的な要素はありません。)なものに対してこのような反応を見せており、極めて左派的な思想であると思われます

今回の展示物の選定

津田大介さんは「不自由展実行委によって拒絶」、「そのまま展示することはコンプライアンス的にハードルが高」(い)、「展示スペースの都合」という理由で、会田誠さん・鷹野隆大さん・ろくでなし子さんの展示はしなかったと言っており、言外に自身政治思想は反映されていないことを含ませています

少女像昭和天皇写真の焼却などが選定されたのは自らの意思ではなかったかのようです。

しかし、その一方で『約80組の作家選びは当初、学芸員に任せるつもりだった。ところが、上がってきたリストを見て「ピンとこない。これはまずい」と方針転換。自ら決定権を握った。』(7/8北海道新聞インタビュー記事)とあるように自ら選定していったことを明かしています

まとめ

津田大介さんの言動をまとめると以下の通りになります。少なくともダブルスタンダードと言われることはやむを得ないでしょう。

1.検閲意味憲法どころか辞書よりも広くとるが、ヘイト意味は狭く(法律通りに?)とり、いずれも自らに都合よく解釈した。

2.過去保守的楽曲に対して激しく批判し、更にそれに公金が用いられることに慨嘆したが、自らの政治思想に沿った展示を公金を用いて行った。

3.自らは中立かのように装いつつ、自らの思想に反する展示はテーマ合致したとしても排除した。

どこにも当てはまらなかったので雑記

津田大介さんは今回の謝罪文で『自国現在または過去の負の側面に言及する表現安全に行えない社会となっている』とコメントしています

しかし、前述のHINOMARUに対する批判を行ったにも関わらず今回のポストが手に入れられたということは、少なくとも「日本が好きという者を批判しても言論界ではプラスにはなってもマイナスにはならない」ということを体現したと言えるでしょう。

2019-08-13

anond:20190813222935

今回の件について、美術業界批評家美術史家、美術学芸員といった人たちから、まともな「批評」がなされるのだろうか。

まともな批評はなされた。

津田大介政治的信条押し付けであり、ヘイトであると。

それをまともと思えないのは君の政治的信条問題

anond:20190812185015

このエントリでいう「現代アート既存権力」について、コメントしている人たちが考える「権力=○○」が違いすぎて話かみ合ってない。

>「これはアート! わからないお前は勉強が足りない!」とか言っている人たちがいる。

素直に読めば、これは「アートをやっている人たち」を指すであろう。確かにこれはある。古参オタクがニワカの新参マウントするやつ。

ただ、その後の「権力」「カルト」というところを見ると、この増田現代アートのもの懐疑的である

コメントは当然ながら、あいちトリエンナーレ意識した書き込みが多いが、このエントリ自体もそれに触発されたものと考えるのが自然だ。

そう考えると、この増田あいちトリエンナーレをどのような視点で見て、このエントリを書いたのだろうか。

もし、作品撤去の件を肯定的に見ている場合、「あんもの芸術というなんて、頭おかしい」という意味でこのエントリを書いたのだろう。

からアートを「カルト」というし、「津田現代アートという権威を借りてヘイト展示をやったんだ」という論理が成立する。

一方で、作品撤去弾圧考える人々もいる。そうした人々にとって権力者とは政府政治家公権力あいトリに政治家発言した件)であり、

アート社会メッセージを送っただけなのに表現の自由を奪われた」となる。

また、タイトルの「醜い優越感」というキャッチーキーワードも気になる。

増田アートになんてこれっぽちも関わりなく生きてきた人間なのか、自分には理解できないものに対するひがみのようなものも感じる。

「これはアートだ、と言えば何やってもいいのか」というやっかみの気持ちもあるのだろう。

自称現代アートに詳しい人たち」は常に「アートなんて分からない人たち」を置いてきぼりにしてきた。

特に、全国各地にある公立美術館だって一般市民アート教育普及するための施設であったはずなのに、「自称アートに詳しい人たち」に私物化されてきただけであった。

からネトウヨにとっては「税金を使ってこんな展示をしてくれやがって」という気持ちになることはよくわかる。

しかし、今回の津田芸術監督はそうした「自称アートに詳しい人たち」側の人ではないのである

しろ、「自称アートに詳しい人たち」からは「素人のお前なんかにできない」と散々コケにされている側なのである

から津田さんにとっては「権威美術業界」(=アートではない)からもけなされ、ネトウヨ公権力から弾圧され、泣きっ面に蜂である

今回のあいちトリエンナーレ自分既存日本における美術業界権威に風穴を開けてくれることを期待していた。

だが、日本社会に立ち込めるネガティブ圧力を改めて浮き彫りにしてくれることとなった。

今回の件について、美術業界批評家美術史家、美術学芸員といった人たちから、まともな「批評」がなされるのだろうか。

これから日本美術業界は「自称アートに詳しい人たち」の自己満足展覧会と「クールジャパン」的な何かをやるだけの、一部の人たちの既得権益として温存されるのだろう。

自分増田とは違った意味で、「現代アートにおける批評性」がなくなっていることを危惧したい。

anond:20190813103205

現代アート関係者には批判とさえ認識されない。残念。」が連中の思い上がりを象徴している。

美大出身者の学閥やお友だちごっこ権威と名声にしか興味のない自意識過剰学芸員美術評論家公立美術館新聞社の金で動いている商業展覧会しかやらず、たまに反権力的な内容の展示をやれば検閲される。そうした業界におもねる美術メディア(ビテチョーとか)はそうした業界人を褒めたたえるばかりで、業界内での批評精神、自浄作用も失った。税金で雇われたキュレーター自分たちのことを「アートピーポー」と自称していたが、「アートピーポーであることに酔っている変わった人々と自分には見えた。

学生の頃、一生懸命アート歴史勉強していたが、大人になり、現実アート業界を知って、ただの茶番だと我に返った。特にここ数年のアートシーンの劣化具合はあまりにひどい。

元増田の「要するに《現代アート》というのはすでに既存権力になっていて、彼らはそれを無批判に持ち上げることにこそ価値見出しているわけだ。」に共感する。日本全体を見ても「権力を支持したい。体制側が正義。」という人間があまりに増えすぎている。それは美術業界でも同じだ。SNSアートやってますと言いながらネトウヨっぽいリツイートをしている人って昔はあんまり見かけなかった。アーティストなら反体制だろというわけではないけど、自分の頭で何も考えていないか体制派を無批判に受け入れるし、自分の考えと異なる意見を知ろうともしない人がアーティスト簡単になれる時代なのだなと思う。

(=自分大学勉強するか、大学勉強した人に手配してもらう必要がある)というのも「大学先生が言っていることは正しいこと」という思い込みが後ろに隠れているわけだが、大学で学んだ経験がある自分からすると、大人になってから「あの大学教員の言っていることは偏ってた、おかしかった」ということは多分にあった。何も知識のない時は師やメンターの言うことをそのまま学ぶ時期であるが、学びが終わったら、「それは本当にそうなのか?」と考えられるようにならなければならない。

「偉い人がすごいって言ってるから、この作品はすごい」って言っているうちはまだまだ子どもである。そうした子どもばかりになっているのが今の日本アート業界なんだと思う。海外のことは知らんけど。

2019-08-08

anond:20190808122143

表現不自由展」を学芸員のチョイスを跳ね除けてまで今の形にしたのは津田大介

税金私的流用

まり表現不自由展」の問題津田大介問題であり、津田大介問題は「表現不自由展」の問題でもある。

2019-08-06

anond:20190806141456

明確なプロパガンダ

根拠としては、機能話題になってた動画で、津田大介自身

政治的に一番ヤバいことをやる」「天皇に火をつけてるけど二世代前なら問題ない」など言っている。

特に前者の発言重要。「政治的に一番ヤバいこと」という目的意識がそこには表れてる。

さらに、当初学芸員が選んだアート津田却下して選びなおした(その際、盟友である東の関係者も多く含んだ)こともある。

津田による、津田とお友達のためだけのプロパガンダ。それが表現不自由展。

さらに言うなら、「表現の自由が侵害された年表」にも左側が侵害した例は全然掲載されてないことが有志の調査で明らかになっている。

大洗イベント中止事件新日本婦人の会出版妨害事件アオシマめぐ事件をはじめとして一切書かれていない)

2019-06-05

anond:20190604223140

学歴プライドあるなら学芸員資格なりなんなり取れば良かったのでは

社会に出たらそんなもんだ

他の国では院生にも給料出るらしいし、そう変えたいけどね

2019-05-12

一日外出って自分でやると難易度高い

平日は仕事、土曜は生活環境のメンテや平日やれなかった巡回や録画の消費、自由に使えるのは日曜日だけ。

気づいたらそういう生活を送っているのだけど、いつまで経っても日曜日が上手く活かせない。

本を借りて丸一日じっくり読めば多少難しくても300Pぐらいは読み進められるだろう。

やれる。

何かしらの趣味や特技も週10時間練習すれば、年500時間練習できるから2年でそれなりの形にはなるだろう。

何かしらやれる。

とはいえ、何かしらを続けるほどの勢いなんてそうそうつけられないので、思い切ってなにかやるにしてもせいぜい1日外出ぐらいのもんだろう。

だがこれがなかなかに難しい。

話題のものを食べに行くとか、テーマパークに行くとか、どれもいまいちパッとしない。

正直丸一日あるなら引き込もってゲームやり続けた方が楽しいもんだ。

バズってる展覧会ちょっと顔だして暇そうにしてる学芸員に詳しい話を聞いてみたりするのも年に2回ぐらいなら楽しいけど、それ以上は飽きる。

1日をがっつり使うのってやっぱ難しいな。

井之頭五郎とかハンチョウが人気あるのも、そういうのをさらっと出来るからなんだろうな。

3500円叩きつけて豪華な設備映画見てるときが一番楽しいよ。

俺がうまく使いきったと思えるのは3時間ぐらいだ。

それ以上は手に余る。

2019-03-04

anond:20190304022014

デザイナー学芸員司書職人系、メイド喫茶メイド店員声優料理研究家、なんか実家が太い人なら出来るんじゃあない?って職業が多い気がする。

2019-01-30

anond:20190130151145

結構真理。だからよほど知識無い展示会は音声ガイド借りるべきだし、一般展示は学芸員ツアーとかそういうの使うと良い

あとはググる作品でヒットしなきゃ作者。作者もヒットしなかったら、その作品はなんなのか考える

anond:20190129172938

実はこの指摘は結構重要問題を孕んでいる。元増田は二―トなのかもしれないが、的確に博物館法の矛盾点を突いている。

ブコメでは、ニート割引を認めつつ、その基準としてニートであることの証明をどのようにするかに焦点が当たっている。

こうした論点に至るのは非常に説得的で論理的だ。

ところがだ。博物館法第23条を見てほしい。


(入館料等) 第23条  公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。




博物館原則では無料(キリッ

ヒャアアアアアアアアアアア!!!!! 無料ですってよ! 奥さぁん!!

この戦後に出たイキリ社会教育法律は、現行では後段の留保の方ばかりが実態として現れている。

特に都会の大きな公立博物館はそうだ。

蛇足博物館法の範疇

蛇足公立博物館とは、地方公共団体が設置するものを言う。だから国立の「博物館」は博物館法の範疇外にある。

23条は、私立博物館国立博物館は、対価を徴収してはならない、という規定範疇にない、ということだ。取ってもいいし取らなくてもいい。どっちでもいい。

サッカーで例えると、サッカールールを守ってもいいしコート野球をしてもいい。

理想論だが)無料であるべきというところから議論スタートするべきなぜなら法律がそのようになっているか

今回ニートが参った東京都美術館東京都と言う地方公共団体が持っているので、博物館法の範疇だ。だから原則無料にならないとおかしいのだ。

そしていいか? 重要なことは、ニートでも会社員でも大人子供もおねーさんも、老若男女全員が、全員がだぞ。全員だ。

全員が、無料であるべきなのだ博物館法は、戦後のあの頃、そう高らかに謳った。

実は議論はここからスタートしなくてはならない。

ニートから入館料無くせ、とか、ちゃんと働いているんだから会社員こそ入館料減らせ、じゃあない。

全員が、無料であるべきなのだ

けど、現状はそうじゃないよね

けど、もちろん現状そうならない。

増田諸賢も解るだろうけど、都美レベル博物館が全員入館料無料にしたらなんか「ヤバい」という感じはするだろう。

じゃあ何を考えればいいのか。それは、「条文の博物館の維持運営のためにやむを得ない事情」を突きつめることだ。これが重要だ。

ところで図書館法にも入館料に関して、博物館と同じようで、より厳密な条文がある。

図書館が有料だったらビビるよね。現状そうはなってない。その根拠図書館法に明記されている。

一方博物館法は歴史的な経緯もあって、後段に大切な留保が続いている。

ニートからカネを取るのは「やむを得ない」か?

東京都美術館の維持運営のために、ニートからカネを徴収することは「やむを得ない」のだろうか?

こうした観点から入館料金は捉えるべきなのだ

そしてもちろん、述べてきたとおり、元来全員が無料であるべきなので、

大人子供もおねーさんも、つまり私たち全員からカネを徴収することは「やむを得ない」のだろうか?

これを同時に考えなくてはならない。

このニートの方はここを鮮やかに疑問点として示しておられる。

支払われたお金と対価

なんかすげー抽象的な話になってきたと思っただろう。その通りなのだ

こういう文化に対するカネの投下と見返りなんてものは、解りやす物差しで測れるものではない。

から個人個人が気のすむまで、情報を整理して、それで納得してカネを支払って観覧するほかないと思っている。

考えるための材料は色々転がっている。

都美は指定管理者が入っていて公益財団法人東京都歴史文化財団だ。

展示(陳列)されるモノの向こう側

公益財団法人東京都歴史文化財団はどんなことをしているのか、ウェブサイトを見てみるといいだろう。

解りやすコラムからお堅い報告まで載っている。

ここの財団から展覧会の開催に当たっての資金や、それを企画運営する学芸員賃金が出ている。

https://www.rekibun.or.jp/

東京都美術館条例規則も見るとよい。ここでは使用料指定管理者に入るとある

なお入館料の規定は見えなかった。条例規則作ったやつはよくわかっていて、原則無料であるべきところに規則等で料金を設定しないように配慮したのだろう。

入館料は展示に応じて設定される。「必要な対価」を都度決める、という遵法の姿勢・工夫・配慮が見える。

https://www.tobikan.jp/outline/report.html

都美のウェブサイトには、東京都全然関係ない諸外国作品を展示する意義なんかも書かれている。


そして、歴史文化財団管理する他の施設に足を運んでみよう。庭園美術館個人的にお勧めだ。

料金高いとか、展示がしょぼい、とか。逆に、いい展示じゃん、とか昔来た時より良くなってるじゃん、とかまた来たい、とか思うかもしれない。

本来無料であるべきところだが維持管理にカネを払ってもいい、と思える仕組みを見つけられるかも。あるいは、逆かもしれない。

とにかく、設置主体運営がどうなのか。良いのか悪いのか、個人個人がそれぞれの足で稼いで納得するほかない。

他の運営主体場合でもそう。

まり何が言いたいかと言うと、どんどん博物館に行きましょう、運営がそれで良いのか、モノを見る延長線で眺めて行きましょう、ということだ。

運営がそれで良いのか、規模や設置趣旨にそぐわないか、一市民として観察していくべきということ。

おわりに

なお個人的にはニート全然無料でいいと思っている。

最近都会の展覧会はどんどん混み合うようになっている。伊藤若冲展あたりからひどいもんだ。

ムンク展も、目玉の展示作品の前はベルトコンベアみたいな感じでただ人々が作品の前を一定スピードで通りすぎていくだけ。

それでいいのか? と思っている。

メディアタイアップして、外国人観光客まで絡めて、そこまでしてガンガン人を入れるべきなのか正直わからない。

そこまで商売っ気だすならば、何らかの事情がある人の減免を強化するべきと思う。

なんか博物館から遠くなってしまう気がするけれども、ね。

2018-12-02

anond:20181202012418

安心しろ

この業界長老クラスになると100歳超えてるから普通に中卒が居るんだよ

単に俺は業界ではちょっと若くて大学行ってそうな年齢に見えるだけ

年上の教授や同年代大卒学芸員が居るから尚更

2018-10-27

anond:20181015010418

終戦後の「日本西洋より劣っている」という自信の喪失芸術にも波及した、って学芸員さんから聞いた事がある。

それに抗った作品を作り上げた作家さんもいる。

作り手も受け手も、「日本西洋より劣っている」から抜け出せてないんだと思う。

海外評価された日本芸術(に限らないな、文化全般)なら飛びつくし

2018-10-19

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

2018-10-02

レトロゲーム資料を保存しているだろう団体

特定非営利活動法人日本レトロゲーム協会 http://www.jarga.or.jp/

大阪拠点

活動報告は出てくるものの、資料一覧などは出てこない。

美術館などへの貸し出し、学芸員との連携も行っているようなので、真当な活動を行っている模様。

http://www.city.joyo.kyoto.jp/rekishi/tokutennatu2018.html

オリンピックに合わせて資料館開設を目指しているそうですが、どこから応援できるのかがわからないので、もう少し情報を出してほしいです。

日本ゲーム保存協会 https://www.gamepres.org/

東京拠点

ホームページはしっかりしていて、アーカイブPC雑誌リスト化済み分(おそらく一部)を検索でき、閲覧の可否も確認できる。

電ファミニゲーマーでの代表インタビュー

http://news.denfaminicogamer.jp/kikakuthetower/170823

サポーター募集中

文化庁 メディア芸術データベース https://mediaarts-db.bunka.go.jp/?locale=ja&display_view=sp

文化庁上記団体などに協力を要請して作成しているデータベース

メディアなのでゲームだけでなく、アニメ漫画メディアアートも検索できる

まだまだ資料不足でゲーム画面はないですが、名前と機種とジャンル、取り上げた雑誌等が出てきます

正規流通品のみ、とある東方win版、紅魔郷以降は出てくる。国会図書館所蔵による?ひデブ現物提供?であり。

スグリ、ねみぎ、BBB月姫、へるしんかー、シルフェイドなし。

Fateデモンベインコンシューマのみで、PC版はでてこず。18禁からか。

メルティブラッドぷよぷよ魔導物語コンシューマアーケードのみ。

SuperDepthなどBio_100%で出てこず。

個人から直接の資料提供の窓口は不明、おそらくなし。

1時間もかけずに調べただけで、

どこにどの資料をどのように提供するのか、寄付しか受け付けていないのか、など不明点が多いですが、

もう少しわかりやすくまとめられるように、資料提供の準備だけでもしておこうかと思いました。

2018-09-25

ニコ生美術を見てみませんか?

みなさん、きれいなものは好きですか?

私は、運動嫌いでも動くことになる趣味を探した結果、美術館巡りにたどり着いて、

関西在住の身として京都国立博物館奈良国立博物館兵庫県立美術館国立新美術館神戸市美術館京都市美術館天保山ミュージアム東洋陶磁美術館堺市ミュシャに、

寺社仏閣の特別拝観などなど手当たり次第に見に行って、結果一日の平均歩数が1万歩を超えることができています

さて、個人的には昨年、京都国立博物館120周年記念で行われた「特別展覧会 国宝」が、展示替えのたびに拝見させていただいたほどよかったのですが、

その開催と、展示替えに合わせて行われたニコ生が同じようによかったのです。

(多くの博物館美術館個人所蔵の品などを集めて行われたためか、視聴期間が会期と同じで、現在期限切れとなっています。)

その道の専門家が、目を輝かせながら担当範囲の魅力を思う存分語ろうとするものの、

時間不足で押され、先輩の圧で揉まれながらねじ込んだ結果大幅に時間が過ぎる、

映像テレビと比べたら荒いけれど、それは実物を見ればいいわけで、現地で貸し出される音声解説はるかに超える深い話、

なつやすみ子供科学相談のようにさらっと、今の研究ではそうなっているんですがと言い出したりするのを聴けるすごい番組だったわけです。

そして今年は、「京のかたな」が開催されます。今週末、9月29日からです。

こちらも今までになかった刀に集中した展覧会で、かなりの国宝重文、作刀が少なく格を定められていないだけの希少で優れたな作品などがたくさん出展されます

特に目玉になりうるのは、京都一有名な長刀でしょうか。

現在は、6月に行われた展示予定の記者発表のニコ生アーカイブで残っていますが、

この時点でもどの時代のだれの作品がなぜ重要で、どのように技術がつながって、どの博物館から集めたのかが語られていて、

すでにわくわくしながら前売り券を二枚準備しています

http://live.nicovideo.jp/watch/lv313659246

【出品刀剣 発表】京都国立博物館 特別展「京のかたな 匠のわざと雅のこころ記者発表会 生中継

当時はまだ固まっていませんでしたが、現在公式ホームページに、展示替えの時期を含めて掲載されています

会期が始まったら解説ニコ生、ぜひお待ちしています

ここまでは前段、京都博物館の皆様ありがとうございますというPRですので、読み飛ばしてもらって結構です。

以下が、現在でも見られるタイムシフトの一覧です。

解説のようなことも書いていますが、全て素人目線、ただの高卒おっさん感想を書いているだけですので、

的外れなことが書かれていた場合突っ込みを頂けるとありがたいです。


http://live.nicovideo.jp/watch/lv296737289

みんなで巡ろう「ミュシャ」展 【niconico×国立新美術館

ミュシャさんのお名前が、日本一有名な錬金術師兄弟の弟にも使われているアルフォンスで、それきっかけで私は見に行きました。

アルフォンス・ミュシャ検索してみてください。絶対に見たことがある絵があるはずです。

多くの方に影響を与えていて、初期はポスター舞台衣装と多くのデザインをされた方で、

北斎漫画が動きを抽象化して書いていたように、草木抽象化してデザインに取り入れていて、

抽象化がうまかったのは、当時のポスター浮世絵複数人により量産される作品だったからかもしれないと思っています

そして、生涯最後の大作「スラブ叙事詩」が世界初チェコ国外に出ると話題になったのが今回のニコ生展覧会ですが、

日本最初に選ばれた理由の1割くらいは、ミュシャ作品世界一の所蔵数が土居君雄さんが寄贈したミュシャ美術館で、

多くの作品を丁寧に保管されてきたことで文化功労章をもらったことも影響していると思います

こちらは500円で入館できるので、JR大阪駅からでも、先日何とか復旧した関西国際空港からでも、関空快速で乗り換えなしで約40分、堺市駅に直結ですので、ぜひお立ち寄りを。

スラブ叙事詩以外の7割くらいは所蔵しているはず。

(スペースが小さいので、展示内容は時期により異なります。季節ごとくらいのペースで展示替えあり。現在挿絵中心の展示ですが、白い象の伝説絶版なのが惜しいほどに美しいんですがkindleで完全収録されているようです。未見)

スラブ叙事詩はヴェレトゥルジュニー宮殿にあるので、プラハ城の聖ヴィート大聖堂ステンドグラスと一緒にチェコに見に行きましょう。写真こちら。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%B4%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9

https://www.travel.co.jp/guide/article/17165/

http://live.nicovideo.jp/watch/lv296734542

みんなで巡ろう「海北友松」展 【niconico×京都国立博物館

 

カッコイイ龍が見たいなら、とにかく見てください。

龍が嫌いな男の子はまずいないと思うのですが、

わざと暗くした部屋で闇夜に浮かぶように見せるなど、

どうすれば一番格好よく見せられるのかを追及した展示で、

たらふくかっこいい龍をたくさん見られます

最高傑作の一つは建仁寺にあった本坊大方丈障壁画の雲龍図(京博所蔵)ですが、

同じかそれ以上にと学芸員の方が絶賛している「月下渓流図屏風」が日本に帰ってきたのもすごいこと。

アメリカミズーリ州ネルソンアトキンス美術館所蔵ですので、次に日本でみられるのはいつになるか。

最後最後の展示がこの図屏風で、思わず立ち止まって10分は呆けていました。

そのあともう一度龍を見に行ったんですが。

雲竜図は大きすぎてなかなか展示できないようですが京博所蔵ですので、他の方の龍との比較など、国内の他の企画展で展示される機会があるかもしれませんし、

迫力は万分の一ですが、高精細複製画像Webで見られます実物大の複製でしたら、建仁寺に展示されています

Canonさんはほかにもいくつかこ事業をされていますので、ぜひ一度ご覧下さい。

https://global.canon/ja/tsuzuri/works/08.html

東京は実物見れてないのが多いのと、力尽きたので以下は気が向いたときに。

タイトル検索すれば、プレミアムなら今でもご覧いただけますので。500円でも十分元は取れるはず。

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期限切れ! 京都国立博物館国宝」展を巡ろう DAY① ~日本美術の真髄・国宝が大集結~

2018-09-09

anond:20180908145558

ブコメに応答しとく。

whkr 理屈はわかるけど、それくらいのことは中学高校の段階で理解しておくべきだし、アニメコンテンツを引っ込めることは、この理解を進めることになんら貢献しないものだ。

誰も「引っ込めるべきだ」なんて書いてないです。

onoborisang 今だったら昔は問題にならなかったコンテンツも盛大に炎上するんだろうなと思うと気が滅入る。黎明期キリスト教徒のごとくカタコンベで息を潜めて見つからないようにしないと。

別に堂々と暮らした上でクレーム対処すればよくないです? 『モアナ』や『ハリー・ポッター』にも先住民族からクレームは来てますし、クレーム存在するからといってそれらの作品流通が停止されたりなんてしてないですよね。正直、ちょっと韓国人の一部からクレームが入ったくらいで慌てて公式サイト差し替え日本側の問題だと思いますよこれは。クレーム対処下手すぎ。

homarara ンな事言ったら戦国武将萌え化とかどうなってしまうんだ。あんなのバリバリ武闘派ヤクザだぞ。

え? 戦国武将萌えな人たちって彼らが残酷行為をやっていたとわかった上で萌えてるんじゃないんですか? わかった上で萌えるのは止められないでしょう。わかってなかったならわかれ。そういう話です。

jankoto それを言うなら外国人研修生から搾取で成り立ってる現代自動車産業農業など、誰かの犠牲の上に成り立ってる経済文化活動無限にあるのだから、我々は一切の生活を停止して反省しなければなるまい

最後まで読んでください。

morokyu あなた大英博物館に行った時、「盗品ばっかじゃねえか!」って客や学芸員さんに言う?言わないでしょ?屍の上に築かれた文化である事と、文化のものの輝きは別だよ。これ作者個人性格作品を切り離せるか問題

いちいち言いはしないけど、盗品ばっかりだ! ってクレームつけられたときに、違う、盗品じゃない、って言ったらそれはおかしいよねって話です。

kakaku01 "はいからさんなどの文化一見して軍国主義と無縁に見えるかもしれない。"オマエ見たことないだろ~~~~~!!!!!!

そりゃ私は平成生まれですからリアルハイカラな人を見たことはありません。あなたは見たことがあるんですか? すごい! 長寿ですね!

turanukimaru 異議あり。それは「もう収奪はやめよう」という話で近代までは奪い奪われるのが当然で現代価値観過去を裁くのは法の不遡及に反す。ナチや旧陸軍軍国主義復古に繋がるからアウトだが大正ロマンにはそれはない

法の不遡及は、存在しなかった法に基づいて刑事罰を与えることを否定するものです。「当時は合法だったかもしれないけど、今から考えるとひどいよな」と過去の行動を倫理的評価することとはまったく別次元の話であり、現在価値観に基づいて過去批判することは、過去の人物に刑事罰を加えようとしない限りにおいて、何ら問題のある行為ではありません。

rag_en その視点ですら、『生産流通事情由来で、消費に罪を着せるな』という話でしかない。また「生産手段」が問われるとして、現代ではNGだとしても、過去の「手段」まで現代基準NG扱いされなきゃならんのか?と。

ていうか、奴隷制だってクエーカー教徒とかは否定してたし、朝鮮植民地化に反対した日本人もいたわけで、加えて言うなら奴隷朝鮮人たちは「収奪されて当然」なんて価値観を持ち合わせてはいなかったわけで、過去においては問題なかった、という主張は普通に成り立たないのではと思いますが。

deztecjp 3回読み直し、少し考えた結果、私の立場は「記事同意」だ。女性専用車両問題と同じ構造総合的に女性専用車両を支持するが、男性差別内包全否定するのは違う。批判の受け止めと作品を守る判断は両立可能

ほんとこれですわ。どちらも、差別的ではあるけど現状しゃーない、とか、収奪の上に成り立っていたからといって素晴らしい文化であることは否定できない、とか、それでいいと思うんですけどね。差別だと認めた瞬間に女性専用車両がなくなるわけでも、植民地主義の負の遺産を引きずっていると認めたからといって大正ロマン禁止されるわけでもないのに。

srgy プリリズ大正ロマンとは関係なく、ちょっと前に似たようなことがあって…。 https://togetter.com/li/1253165 好きなコンテンツが立て続けにトラブルに見舞われてただただ悲しい。理性的に考える気力がない。

こんな事件があったんですね。これに関しては批判側に一分の理もないので全ツッパでいいと思いますよ。そもそも抱き枕自体特に問題のある商品には見えないですが、仮にペドフィリア向けだったとしても、小児性愛も性指向一種であり彼らへのヘイトスピーチは許されるべきじゃないと思うので。

c_shiika 抱きまくらの件はアニメ氷菓EDと似たようなものだと考えてもらうとわかりやすいと思う

なるほど! それは許せませんね!(手のひらクルクル

2018-07-14

[]

ほんじつはおひがらもよく、真昼の多治見市中心部では牛車の温度計が38℃を示しましたわばがにっ!!

海なし県は空だけなので半分、青いですわ。プッシュしすぎですわ。

瑞浪市化石博物館で開催されている「ホロタイプこれくしょん」展を見て参りましたわ。

こちらの学芸員オタクぶりにも困ったものですの。

ホロタイプ」とは新種記載時に一つだけ指定される、

その種の基準となる標本のことらしいですわ。

ホロタイプファンネルとして、いくつか指定できる「パラタイプ」もあるそうですわ。

瑞浪市化石博物館の所蔵しているホロタイプ標本は市立にしては

かなり多いそうで、貝類から甲殻類ほ乳類までそろっていますの。

日本記載されただけに学名日本人の名前が入っている種が多くて、

タナベイやワタナベイには笑ってしまいました。

極めつけは「アルカエア・コバヤシノブアキイ」でフルネームは欲張りすぎだと思いますわ。

トキエンシス学名岐阜県瑞浪市土岐町で見つかっても、

岐阜県土岐市で見つかっても、トキエンシスと付けられていますわ。

学名ゼットンと付けた研究者は出てきやがりなさいましですわ。

いつか、いつかわたくしも新種のサバ化石発見してサバ・オジョウサバアエと名付けたいと思いましたわ。

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