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はてなキーワード: 見出しとは

2018-01-22

もうWebなんか全部Markdownだけでいいよ

たくさん機能あってもロクなことに使われない

デザイン凝ったサイトは見づらくてウザいだけ

結局必要情報ってテキストデータだけ

見出しを作る・文字を太くする・見やすくする機能以上は不要

Markdown専用のWebブラウザが出ればいいよ

2018-01-20

正義派を装い、他人を次々傷つけるのが日本人!?

他人非難してばかりいる人たち  〈バッシングいじめネット私刑リンチ)〉』著者・岩波明からメッセージ

閉ざされた「平和」なこの国で、ぼくらは満ち足りて暮らしているべきなのかもしれません。世界中のどこよりも安全で豊かなこの場所で、「幸福であるはずなのです。

けれども、ぼくらはいつも不満足で不機嫌で、ぼんやりとした退屈な世界の中で、他人の不幸を求めてしまう。自分は何も持っていないにもかかわらず、自らが「神」のように振る舞い、他人存在のもの糾弾することに喜びを見出しています

本書は、このような息苦しい日本の「空気」について、ネット社会で起こった実例をもとに検討を加えたものです。この淀んだ小さな世界では、だれもが加害者であるとともに、いつでも被害者にもなる可能性を持っています

anond:20180120113943

しろサブカルがメインになりつつある

元々2000年代からオタク文化体制寄りの価値観だし

メイン層が旨みを見出した頃から互いに歩み寄るのは決まってたようなもん

 

からオリンピック蜜月マックスになったあたりで

いよいよ打倒されるべき存在になると思う

 

歴史は繰り返す

2018-01-19

anond:20180119193251

うーん、俺はなんで嘘松かい言葉流行したのか、事実に基づいた経緯を伝えただけなのに、サンドウィッチ男とかい的外れ言葉作り出して反論してきたじゃないか

からそれを違うといったらそもそも現実に起こってる部分を俺の意見と捉えて「おかしい」って指摘してきただろ

純粋に経緯を伝えてるだけの部分を否定されたらかなわんし、よっぽどどこかに犯人見出したいんだろうなと、俺を悪者だと捉えてんだなってそう思うしかないだろ

「気にくわない現実」を責める事と「俺」を責める事を混同するのをやめろな

2018-01-16

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

2018-01-15

広告広告、また広告

用事があって昨日と今日コンビニ朝日新聞を買ったんだけど、なんか広告めっちゃあって新聞ってこんなに広告多かったっけ??って思った。

まあまず時期柄予備校関係私立大学関係広告が多いのはいいけどヒマラヤ聖者がどうとか霊界がどうとか(スピリチュアル系)がんがどうとか認知症がどうとか悪玉コレステロールが下がる青汁とか(健康系)ホテルがどうとか体力に合わせて選べるヨーロッパの旅がどうとか(旅行系)あとジャパネットたかたの全面広告とかAERAと週間ポストと週間現代見出し広告とか。

記事自体結構面白いのが載ってたし日曜版の読書欄の広告とかはさっと変った本が出てないかチェック出来そうで良かったけど(昔、興味がありそうな本の広告が出る可能性が一番高いのは朝日から朝日取ってると言っていた人が居た)

でもなんかその天下の朝日でさえも週間ポスト広告載せて「死ぬまで死ぬほどSEX」とか紙面に出てくるんだからもうどうしようもないなと思った。

あと、今は特別用事がなければ電車に乗らないんだけど、たまに乗るとビールやら脱毛サロンやら語学学校やらなんやらの広告が必ず目に入ってなんかこう疲れてくる。

みんなそんなに健康長生きで美しくてたまには旅に出ておしゃれな格好をして語学堪能で⋯⋯とかそういう風になりたい訳ないじゃん。いくらお金があったって足りないしウザったい。

なんだかんだ言ったけど私は旅をするのは好きで、ただしパッケージツアー特急に乗るより、地方各駅停車列車に乗って現地の方言を聞くっていう趣味があるんだけど、その車内がまた広告が少なくてすっきりしてるんだよね、正直仕事さえどうにかなるのならこの広告地獄東京から地方都市引っ越ししまってローカル紙でも読みながら暮したい。

anond:20180115023630

童貞という本人の努力はいかんともし難い属性を、はあちゅうさんは除くことができる。そのことに恍惚としているんだろうなとはおもったね。足の裏を舐めさせて下さい、と群がってくる虫たちを蹴散らして歩くことに喜びを見出していることは確実だね。

かく言う私も童貞でね

2018-01-12

意思を固めることに不寛容社会

日本では分かりやすい形に目的意思を固めることそれそのものが指弾されるようになって久しいのではなかろうか。持っているネタ新聞見出しに収まらず無理に収めても共感を得ないよう工夫することが社会で生き抜くひとつのコツになっているような気がする。

2018-01-11

ついに部屋に寝具を畳める空間を模様替えで見出し

2018-01-10

日本ニュース怖い

慰安婦問題に関する合意見直しについてニュースになっています

毎日日韓合意「全て誤り」 元慰安婦謝罪

産経条約違反慰安婦像に触れず 合意根本否定

東京日韓合意事実上無効慰安婦問題 韓国方針

日経慰安婦問題日本真実認識し、謝罪を」 韓国大統領

時事「文大統領日韓合意謝罪元慰安婦の意くまず―「望み通りならぬ」示唆も」(Yahooニュース

読売韓国日本に「再交渉要求しない」慰安婦問題

朝日慰安婦合意否定きぬ」 文大統領、再交渉公約撤回

読売朝日と、そのほかのニュース雰囲気がわりと違いますブコメ韓国に関して噴き上がっています

海外各社の見出しを見ましょう。

ウォールストリートジャーナル韓国戦時性奴隷に関し日本妥協(South Korea Backs Off Japan Over Wartime Sex Slaves )J

ニューヨークタイムズ韓国性奴隷合意を破棄しない(South Korea Says It Won't Scrap Sex Slaves Accord With Japan)」

フィナンシャルタイムズ韓国慰安婦合意を再交渉しない(South Korea will not renegotiate ‘comfort women’ deal with Japan)」

日本語記事を読み比べ、英語版記事の中身も読みくらべましたが、厳しく当たるよう方針転換したという日本の各社の見出しは全くの逆で、韓国政府選挙前に国内向けのポーズとして振り上げた拳をそっと下げた、というのが適当なようです。

韓国検証委員会無意味に立ち上げたりして一方的に拳を振り上げたのは確かだし、日本人特に外務大臣などが抗議するのはもっともです。それはそれとして、私は日本メディアが怖いな、と思いました。朝日読売を除く各社は、ナショナリズムを煽る方向に事実をゆがめて書いてる。Yahooニュースが歪んでいるのは深刻な事態なのではないかと思います国民ナショナリズムに煽られてアメリカ中国に二正面作戦をふっかけた日本面目躍如というか。

個人的には毎日東京トーンが意外です。こんなにナショナリズムに寄り添う感じとは思わなかった。

2018-01-07

それでも、なんだかんだ成人式って行ったほうがよくない?という話

副題:イケてない人間成人式をどう迎えたらよいのか?

大学の同期が成人式をむかえる前に書こうと思っていたが、結局こんな時間になってしまった。

この時間になって成人式ねーうん・・・みたいに思ってネット見てる人間が見ればそれでいいや。

成人式に行かない人って、いったいどんな理由があるんでしょうかね」というのは、改めて考えてみるとこれがいまいちよく分からない。

あるいは自分がなんだかんだ言って結局行った方の人だからなのかもしれないが、行くのを結局決めたのは前日の夜になって「ああやっぱ行こうかな、一応準備だけしておいて寝坊したらあきらめるか」といった具合でいたら当日きっちり目が覚めたので、ええホントに行くの俺?みたいな思いを抱きながら行ったという有様だったので、その辺のところ行くまではかなり割れていたのだが、実際行った後になってああやっぱ行ってよかったなとなるような強い価値観の変化があったので、そのあたりのことがいまいちよく思い出せないし、結局行かない側の人ではなくなったので、行かない側の人としての物言いをしなくなったからだと思う。

というのも、その成人式人生三回目のセンター試験の一週間前だったし。

その頃の自分に何があったかというと、まあなんだかよくわからないことになっていた。少し本題とずれるので、結論だけ見たい人は読み飛ばして構わない。

単にシンプル物言いで表したり表されたりしたくないだけなのかもしれないが、一年目も二年目も、センター利用で受かった大学にそれぞれ親に入学金と半期の学費それから半期の休学費用をハタかせておきながら大学受験をおかわりしていたかである

結局一度目はもっと高いランク大学に行きてえと抜かす自己肯定感の欠如と、それでいて自分の有様をよくわかっていないが生きる上では大切な若者特有の貴重な熱意を、18,9年生きててそれだけしか身に付けなかったんかとばかりの崇高な偏差値という単線指標に振り向けて、それさえ達成できればこれまでも中高大と一度たりと第一志望というものに受かったことのない過去自分の救済になると信じて突っ走ったものの、大元問題が何一つ解決されてないがゆえに何一つ解決するはずもなく、終盤完全に行動の伴わない支離滅裂メンヘラという訳の分からない人になりながら本試は全て落とし、所属するが故の苦い部分から解放されもはや生きてるだけで自己肯定感補填できる依存先と化していた元の大学と、唯一受かった1ランク上の、しか受験が終わった後になってどうやら自分本来大学でやりたいと思っていたものと違うらしいということが分かった大学のどちらにすればいいか迷っていると口にし親父を激怒させて終わった。

二度目のほうはもはや凄惨と言う他はなく、元の問題、つまり自己肯定感の欠如であるとか偏差値以外の指標を実のところ持ち合わせておらず、大学受験というそういうことの最後の振り分けが終わった後でじゃあ自分が何をすればいいのかがわからない、自分に好きなことややりたいことがあるんだかないんだかわからない、ましてそいつを新しく見つけ出すこともできちゃいないし、前の大学の専門や多分野性は楽しかったし、自分のやりたいことのような気もしていたがそいつ自分でかなぐり捨ててしまった。そうこうしているうちに時間は過ぎ、周囲にいる一つ年下の人間はめいめいにそれを見出したり、あるいはそうでなくても仲間を見出していく。新しい人間を迎えるムードチャネルは閉じていき、ただ一人、コミュニケーションに長けているわけでもなく、まして19になって未だ携帯電話さえ持ったことのない現代人にあるまじき自分人間関係からも完全に弾かれたまま過ぎゆくただ時間に溺れ流されていた。前期の単位は夏前に再受験が決まって期末を受ける必要もなくなっていた前の大学のさえ下回り、初めてのバイトもクビになり、夏が終わるころには高校のころ深刻であった鬱状態が完全に再発状態となり、対人恐怖に加えて社会恐怖に陥り、狭いキャンパスの狭い学科で知っている人間と会うのも、知らない人間がそれぞれ彼らなりの為すべきことや適応見出しているさまを目にするのも耐えられず、大学は来てもまともに講義に出ることもなく普段人の来ない大学非常階段で横になりながら、人の話し声や足音におびえ、ただ一日中耐えぬ眠気と抗うつ薬副作用からくる体調不良でくたばっていた。

そのような状況を見かねてか、というより、自身家族学生相談室もお手上げ状態と化しており、少時に発達障害でかかっていた大学病院心理士やら全落ちした中学受験時代予備校先生にまで話に乗ってもらい、しまいに温情で元の大学に戻るなり、また別のところに入りなおすなり、リセットの機会を与えてもらったというのが11月、という有様であった。

というような具合だったので、高校を出てから二年間の間で、自分人生高校を出るまでは同期で同い年の(自分の周囲にいた)人間が辿っていたそれからは大いに逸脱していた。

二度目の大学の同い年の同期とも、ましてや歳の違う同期からも逸れていた。少なくとも、当時の自身にとってはそうだった。

もとは転勤族で住んでいる地元にそれほど愛着があるわけでもなく、昔から付き合いのある人間もいない。親類ですら、精神物理的に最も長い付き合いがあり、肉親としての付き合いらしさを覚えはじめていた爺さんは最初大学受験の途中で突然死した。ましてや住んでいるところの人間など、地理的なり関係性的になり分断が続いたので、初めて親しいらしき人間関係が三年を超えたのは、電車で一時間高校を出てからのことである

↑以上読み飛ばし

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↓読み飛ばし

そんなわけで当時の自分は、血縁地縁または精神的な人間関係という側面において、また学年や同期など社会的地位としての側面において、そして以前より自分が持っていたイメージ(と現状との乖離)という三つの面において、一般的な「20歳」という存在から離れていた。(すくなくとも、当時はそう自覚していた)

はい成人式ハガキというものは、本人のそうした事情自意識とは全く関係なく、ただいつ生まれてどこに住んでいたかということ以外何一つ問わず、だれの元にも届くものである

ハガキが届いた時点で、すでに自分人生が同年代の多くの人間が歩んでいるのと同じような人生など望むべくもないと思ってはいても(事実そうだとしても)、である

これは生まれ20年の1月を迎えるまでの経緯がどんなに平凡であろうが特殊であろうがおそらく同じことだが、成人式というものは、義務教育を終えた人間に来る、「ただ同じ年(度)に生まれたというだけで世間から全く同じ扱いを受ける」最後の機会だろう。ひょっとしたら最後ではないかもしれないが、少なくとも当分同い年というくくりではこれほどの等しさと無差別性を持った体験をする機会はないだろう。たとえ義務教育をどっかでドロップアウトしようが、義務教育後に社会に出ようが、小中高のどっから私立なり特殊学び舎に通っていようが、あるいはそういうことのなかろうがである

分かりやすいので義務教育を例にとってはいるが、それ以外であっても人間この国で20年も生きていれば意識しようがしまいがなんがしか本人なりの本人しか持たない(あるいは似たような人しか持たない)部分というものが出てくるものだし、そんなことはないと思っていてもそう思えること自体がそうである

これは多分行く前はあんまり分かりにくいことだと思うが、ともかく成人式というのはそういうもの可視化してくれるこの上ない機会だと思うんすよね。

自分が変わっていようが、あるいは変わっていなかろうが、それがどう変わっていて、どう変わっていないのか。会場に集まった普段どこに住んでたんだみたいな70年代珍走団の生き残りみたいな連中やら、無数にいるスーツトレンチコート羽織った黒い大群やら、量産型みたいな晴れ着の女やら、(ときキンキラキンの)紋付袴決めた男達やら、そこにいる連中すべてがまぎれもなく自分と同い年という光景は、少なくとも成人式以外にあるまいと。自分が前日にやっぱ行ってみようかなってなったのは、そういう風な光景って実際どんななんでしょってのを見てみたかったのが一つある。これ考えても実際に見てみないと絶対からないぞと。少なくとも、行ったことは何かの話のタネになるが、行かなかったら何にもならない。あとでやっぱ行けばよかった、がシミのように残ると思った。

成人式ハガキをなくしたのならなくしたと言えば現地で何とかなるし、着ていくものがないならまぁ少しでもちゃんとしてそうな格好をしていけばよいだろうし、そういう成人式だってあってもよいだろう。別に地元友達がいなかろうが、それはそれで自分にとっての成人式はそういうもので、そっから見える光景というものがあるだろう。ひょっとしたら、意外な出会いというものがあるかもしれない。俺の場合は誰一人知り合いとすれ違うこともなかったが、それはそれで面白かった。久しぶりにでも会いたくないやつがいたとしても、そいつと会うのはその日が最後だ。遅刻したって別に会場に入れてくれないということはないし、まあ既に終わってても贈答品くらいは貰えるだろう。

いずれにしても、成人式に行くことによっぽどの、それこそ生命危機が伴いでもしない限り、積極的に行かない理由をひりだすことはないんじゃないか

仮に生命危機があっても相手少年法適用外だ。別に贈答品目当てだってよかろう。地方によっては金券まであるらしいし。ぶっちゃけ、ほかの自治体のでも潜ってる人はいるし、そういう手もあるだろう。

成人式という上に述べたような場で何が起こるか、あるいは自分にとっての成人式がどういう場で、どういう体験をしたかってのは、これまでの自分を同じ年齢の違う人間という物差しで照らし合わせて改めて見直すことができるいい機会になりうると思うし、あるいはこれから自分がどうするかを決める上で一つの観点を得られる機会となることもあるだろう。

俺の成人式の話をすると、その日の朝は普段より早く起きて、普段予備校に行く格好のまま家を出て、最寄り駅のトイレカバンに忍ばせたスーツと革靴(最初大学入学祝い)に着替えて行った。

贈答品は会場に一番近いマクドナルドクーポンなのは事前情報で知っていたので、特に期待はない(要らねえけどなんかムカついたから二枚使った)。

日本で最も規模のでかい成人式ひとつなので、夥しい人間がいた。その中で明らかに事前の期待を裏切ってよかったこと・面白かったことが3つと、クソだったことについて書いて終わろう。

まず前座で良かった点、開式の国歌市歌斉唱。これは完全に盲点だった。いや、人生であれだけの人数で国歌市歌斉唱するという機会は以前もなく、おそらく今後もそうないだろう。規模は地元によって変わるところなので一般化はできないが、大勢国歌だとか市歌だとかをまともに歌ってみるというのは、歌というもの(または斉唱)が持つ効果について体感することができたし、本人の政治的スタンスによって様々に見方があるものだと思う。

クソだったのは、少しは面白い話するかとほんのちょっぴり期待していた林文子(市長)が死ぬほどつまらない話しかしなかったこと。マジで役に立たねえ話しねえ。1行で要約すると

携帯電話が普及して直接コミュニケーションをとれる機会が私たち世代より減ったと思うので密接な人間関係を築けるよう頑張りしょう。」

いやもっと役に立つ話しろとは期待が高すぎたかもしれんがせめてなんかそれについて掘り下げた話はできないのかよなんだそのお手本みたいなお年寄りのお手本トーク・・・というもの。これはこれで、ある種の貴重な機会かもしれない。毎年使いまわしてる可能性があるから横浜市民は要チェックだ。

輪をかけてクソだったのがその次の新成人スピーチ。まあ新成人代表なんぞに選ばれてスピーチを打つやつはまず間違いなく模範的成人みたいなやつかそれに類するものだと思っていたのだが(それ以前のスポーツ選手みたいなのの紹介とかもそうで)、そいつの語り口が聞いていて気に食わなかった。正直後のインパクトで話してた内容をあまり詳しく覚えてないのだが、まあ今はボランティアかいろいろやってます系の大学生自分人生を語るというものだったんだが、その途中で(当人人生実態としてどうであれ)妙に「こいつスピーチの話術として落としをやっているな?」というところがなんか聞いていてイラついてくるのである。「いじめられもしました」の言い方が湿っぽいんだよなんか。でもお前いい人に囲まれててよかったねいい人生だねと市長スピーチに続いて半ば来たことを後悔し始めたのだが、ここからがとてもよかった。

乱入である

これは行く前と行った後で最も価値観が変わったこである。かねてから成人式乱入というものはまぁおよそまともなものではないと思っていたが、しかしその場ばかり、その場の自分にとっては違った。

むかし怪獣特撮怪獣が町を破壊するシーンで喝采があがったとかいう話が少し分かった気がした。

成人式というのは、その主役は新成人である。そこにいる、会場に座っている全ての人間が主役である。彼らの社会的日向日陰此方彼方近郊遠方、全てを問わずしかし彼らのものであり、選ばれた新成人と、一世一代の晴れ舞台乱入を試み壇上へ駆け上がった名も知らぬ煌びやかな和装姿の彼と、私と、あるいはすれ違うこともないがしかしそこにいるはずの知人どもとの間に、いったい何の違いがあるというのか。誰が彼と彼らと分かちうる権利を持ちうるのかと。成人式とは、生きてきたこと、為してきたことの如何を問わず万人がそこにいる場ではないのかと。

ひとり私は拍手し、心の中で喝采をした。壱萬の大群と自ら選んだわけでもない代表者という構図の中に包まれていた会場を破戒し、否、そうではない、と示した彼の姿に。

そのように見出した彼の姿に心打たれ、ある種の感謝と、自らの肯定を覚えたからだ。彼の行動によって、万人の場としての当市成人式は成立をなしえたのだから

最後に。これは来ていちばんよかったと思えた光景なのだが、式が終わって駅に行くまでが死ぬほど混んでいたので見物感覚で大回りして駅の空いてるほうに向かっている途中、まあいかにもあまり中学休み時間窓際で話してそうな感じのイケていなさそうな感じの風貌のダウンジャケットの男二人が、しかし久しぶりに会ったと思わしき感じで、いかにも久しぶりにやるその頃の二人のやり取りという感じで楽しげに歩いている、その光景を後ろから見ているときだった。

こういう成人式も、あるのだと思った。

有名アイマスアンチgouzouが今度はニコマスを標的にしている可能

ちょっと昔はキャラアンチ記事書いたり

https://anond.hatelabo.jp/20161204214232

最近Twitterアイマス全般アンチ垢を運営してRT稼いでホクホクしている有名アイマスアンチのgouzouだけど、

https://twitter.com/kiri_nakazato_o

最近ニコマス通報⇨削除に快感見出しているらしい。

聞いた話だと、最近ちょっとした削除祭りになってたアイマス公式MADを片っ端から通報していたのはgouzouらしい。

追記

こんなのもあった

https://anond.hatelabo.jp/20170919020256

2018-01-06

anond:20180104054237

検索キーワードに「pdf jp」を追加してみよう

だいぶ検索結果が絞れるし、何より見出しと内容が相関する

内容が信用できるかどうかは著者の肩書判断しよう

からないときは著者で検索して、ほんとうに実在してその分野を研究しているかどうかを確認する

pdfじゃない検索結果は読まなくて良い

2018-01-05

はてブジャニーズアイドル系の記事が上がると

アイドル滅べやジャニーズ滅べみたいな素っ頓狂なコメント残す人がいるけど、

これっていわゆる人気順で上がってる記事だけを見た上に見出し判断して中身を読まない類の人間なんだろうか。

考察記事感想ジャンルごと滅べっていうそ意味からなさというか噛み合わなさがアイドル云々以前になんか気持ち悪いし怖い。

2018-01-04

今の時代情報強者になるのはとても難しいと思った話(ダイエット

いや、もう検索エンジンをどう使おうが正しい情報リーチすんの難しすぎない?って話。

※すげぇ長文だけど続きを読む記法が使えないことに書いた後気づいたからそのまま投下


昨日、俺は結構水泳を頑張った。1時間半ちょいぐらいひたすら泳いで満足感に浸り、カロリー計算をしたりした。

そのついでに、今継続している水泳果たして体型の維持にどこまで役立っているのかが気になって調べてしまったのだ。

水泳 消費 脂肪」とか雑なワード検索開始。

いやぁ、ひどい。

とりあえず、試しに検索してみてほしい。

雑なワードに対して返ってくる雑な煽りの数々、「水泳効果絶大!!」「水泳は痩せない!?」などなど、

見出しだけで背中を押しそうとするものもあればちゃんと中を読ませようとするものもあるけど、

とにかく似たり寄ったりな記事がごっそりヒットする。


似たような記事が沢山ヒットすることは悪くないどころかGoogle先生が有能な証だし、

各人SEOを頑張っているということなんだろうし、一見良いことのように思える。


ただ、ここで記事のいくつかを読むと少しずつ分かってくる。

こいつら、「見出しが似てるだけで、中身は結構ベクトルの違うことを主張をしている」のだ。

=====

ある記事を似たような見出しの別の記事否定する


雑にまとめると水泳に関しては以下の内容がよくヒットする。

運動負荷が高い!」「消費カロリーが高い!一時間あたり最大1000~1300kcal!」「怪我しにくい!」

「冷たい水に浸かることで脂肪燃焼効果が高い!」

消費カロリー1000kcal。大して調べもしていなかったころにも見かけた数字だ。

でも、今の俺はもうそ数字鵜呑みにしようがない。

しろ複数計算サイトが俺が一時間に消費したカロリーはおよそ 300kcal ほどだと出力している。

1000kcalなんてどんな泳ぎ方したら稼げるんだよwwwwwとしか思えなかった。

…上の似たり寄ったりにしか見えない雑な見出し記事のいくつかには、実はこういう内容が書いてある。

水泳その他有酸素運動で稼げるカロリー消費なんて知れている」「水泳で1000kcal消費するのは超泳ぎ慣れたプロでもムズい

運動中の死亡事故が一番多いのは水泳」「糖質消費しようが脂質消費しようが関係ない、カロリー収支だけ気にしろ

他の記事と言ってること真逆じゃねぇか!!!なんでお前他の煽り記事と同じ顔して検索結果に並んでるんだよ!!!

ここまで真逆のことを書かれていると「水泳」だけの検索では真実判断しようがない。

有酸素運動」とか「脂肪燃焼 効果」とか別のワードも組み合わせて、違う視点から記事

水泳関連の記事と重なる部分があるか、また、ソース元が何なのか(論文実験その他で検証されているのか)を確かめて行く必要がある。

わかったこ

ダイエットのことに関してだけで言えば、以下の情報がわりと確度が高いように思えた。

有酸素運動だけで痩せようとするのは非効率

 ※時間効果が低い、慣れで運動強度が低下して消費カロリーも低下、

  必死こいて運動してカロリー消費するよりそもそも食わない方にした方が圧倒的に効率がいい

有酸素運動で気にするべきは消費カロリーのみ」

 ※脂肪を燃やそうが糖質を消費しようが最終的に一緒らしい。

  脂肪だけ燃やしても糖質脂肪に変わるので同じ。ソースラットへの実験結果

これらは割と複数ソースがあったのと、論文実験結果も添えて解説されているサイトがあったので

とりあえずは信用することにした。


カオスなのはここからだ。

先ほど「冷たい水に浸かることで脂肪燃焼効果が高い!」という言及があった。

根拠として添えられているのは「褐色脂肪細胞を刺激するから」というもの

検索してみるとわかるが、「褐色脂肪細胞を刺激すると脂肪が燃焼する」という話はどうやらデマらしい。

体に分布しているのは全脂肪うちわずか数パーセントしかも水に浸かるどころか

命の危険を感じるような低体温に襲われない限り活性化しないらしい。なんだそりゃ。

では「冷たい水に浸かることで脂肪燃焼効果が高い!」というのも嘘なのか、と言う話になってくるが、

これもよくよく調べてみると嘘とは言い切れないことが分かってくる。

ベージュ脂肪細胞ブライト細胞)」なるものがあり、これが中性脂肪から分化して

褐色脂肪細胞のように脂肪を燃焼するのだという。

19度程度の外気に6時間触れると活性化…6時間??

そう、このベージュ細胞とやらに関する言及も混迷を極めている。

褐色脂肪細胞の一部がベージュ細胞だった」「白色脂肪細胞褐色化してベージュ細胞になる」

という2方向の言及があるのだ。前者と後者の違い、結構大きいぞ。

前者だったらそもそも褐色細胞分布が小さいか効果が薄いと言う話がそのままネックになる。救いでも何でもない。

後者だったら希望がありそうだが、ベージュ細胞がどれだけ体内に分布しているのかという話に触れているサイトは見つけられなかった。

ベージュ細胞話題が盛り上がる前の記事に「12週間運動したら褐色脂肪細胞が増えた」とする研究結果があったけど、

褐色脂肪細胞が増えることはないらしいので、この増えたとされる褐色脂肪細胞ベージュブライト細胞だったのだろう。

運動ベージュ細胞が増えるというソース褐色細胞が増えたとする間違った研究結果(もしくは翻訳問題があったのか)により手に入った。

どういうことだよ。

正直オカルトの域を出ないと思うが、「水泳脂肪燃焼効果が高い」という点は回りまわって嘘とは決めつけられない状況になった。

付け加えるなら、水泳をまともにやってなかった2年前より2kg体重が増えてるけど胴囲は1.5cm減っている。

体脂肪率も2%ほど減っているので、体というか経験は「水泳脂肪燃焼効果が高い」という点は肯定してくれているように思う。



水泳その他有酸素運動で稼げるカロリー消費なんて知れている」に関しては

有酸素運動大して意味ない」→「筋トレは消費カロリー大」→

→「筋トレ継続できる時間は知れてるから結局消費カロリーが大きいのは有酸素運動

→「筋トレ筋肉を増やして基礎代謝の増加に貢献」

→「筋肉基礎代謝に貢献してるのは二割、増やしても意味がない※」

→「筋肉増えても基礎代謝に大して貢献しないけど活動代謝に貢献している」

→「筋肉を増やす活動代謝を増やす(微量ながら基礎代謝も上がる) でカロリー消費の増加が見込めるので筋トレは意義がある」

→「筋トレ有酸素運動効率的、ただし食事制限には負ける」

※諸説ある。筋肉が8割と言っているところもある。ソース不明

このような結論にたどり着いた。

なお、筋肉筋トレを真面目にやると初心者なら一か月に1kg弱、慣れてきた(一年以上やっている)人なら0.5kgほど増えていくものらしい。

これに満たない人は、おそらく負荷が弱いかちゃんと飯食ってない(栄養補給できてない)可能性がある、と判断していいかもしれない。


結論として


とても疲れた。皆が求めてるはずの情報なのに、なぜこんなにもリーチが難しいのか。

これだけ情報があふれているのに、「ソースを載せる」「引用元/参考元を載せる」という文化が全く根付かないのは何故なのか。

こんな匿名日記ならまだしも、情報サイトに載せる記事には引用元があってしかるべきなのではないか

ネットが本に取って代われないのはこういうところだろう。

昔は「気になってる事」+「嘘(デマ効果がないetcネガティヴワード)」で検索すると

いい事ばかり書いた情弱向け記事ではない、多少はそれっぽく調べたかのような記事がヒットしたりしていた。 

ところが、今の時代はこういうワードだとSEOで先回りされまくっていてノイズまみれだったりする。

並んでる記事信憑性記事提供元や同じ情報がどれだけ支持されているか、で判断するのは正直難しいと思う。

まとめサイトを叩いたりTwitterデマッターを叩いたりしてる人をよく見るけど、

キュレーションサイトアンテナサイト需要があるということはそれだけ情報の入手難度が上がっているんだろうし、

デマにしたってこのネットの有様では正確なソースを持ってくるのにも相当な労力がいるだろう。

「正しい情報が手に入りにくい→いい加減な情報が流布されやすい→正しい情報(ry」という負のループに嵌っているように思う。

今更それをどうにかするのは難しいにしても「手に入れた情報が正しいとは限らない」という意識は常に持っているべきだし、

さらに言えば正しい情報を入手するには金か時間かのコストを相応に払う必要がある、という意識必要ではないだろうか。

簡単にそれっぽいキュレーションサイトだけ眺めて知った気になっているとババを引くことになるのはもちろん、

情報提供の正しさを提供者に全て依存するのはリスクが大きいと思う。

どんだけ叩いてデマを許さな空気を作ったところで、意図しないソース誤読や見落としばかりは防げまい。


…というわけで、水泳だけじゃなく筋トレも頑張ることにする。とりあえず一か月で0.5kgを目標に。

2018-01-03

そもそも「笑い」自体が「いじめ」「差別」と同じ構造である

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%91%E3%81%84

対象

笑いが快感にだけ伴って起こるわけではないが、感情体験と深くかかわっていることは明白である人間の心の働きを理性と感情という二分法に従えば、しばしば理性に価値が置かれ、感情は下に見られがちである。理性は人間特有のものであり、感情動物であるとされるためだが、このような考えに立つ人は感情を表出することははしたないと考え、それをできるだけ排除すべきと主張する。笑いがすぐれて人間である理由として、笑いには「笑う者」と「笑われる者」という分離があり、その意味において何かを「対象化」する心の働きが存在する事実があると、河合隼雄は指摘している。

この「対象化」は人間けがなしうることで、自と他を明確に分離し、自が他を「対象」として見る。その際に、自分対象に対し突然の優越を感じる際に笑いが生じると、トマスホッブスマルセル・パニョルなどは主張した。河合優越感と言ってしまうのには限定が強過ぎるが、笑うためには笑う主体がある程度の安定感を持つことが必要であるとし、不安定な時には恐怖や不安が先行するため「笑っている場合じゃない」という状況になると説明し、さら優越とまではいかなくても、対象の中に見出した「ズレ」の感覚を楽しむとでも表現する方が広く笑いを説明しているのではないかとする。

芸人が痛い目に遭っているのが笑えるのは、自分が同じような痛みを受けることがないと確信しているから。痛い目に遭っている芸人に同情したり共感したら笑えなくなる。

この「対象化」を現実生活において特定個人に向け続けたら「いじめ」になるし、特定属性に向け続けたら「差別」になる。

2018-01-02

ビットコイン暴落したらどうなるか

って言う見出しを見たんだけど、そんなんメシウマに決まってるだろ

2017-12-31

ある実況者のファンたちの観察記録

少し前からちょっとしたきっかである集団twitterを見ている。

彼らはある実況者のファンで、中学生くらいから20代の社会人まで各々がアカウントを持って

好きなように交流したり会話をしている。

増田自身twitterアカウントを持っていないので、ただその交流の様子を見ているだけだ。

正直中学生位が、こんな風に顔も知らない誰かと密な交流ができてしまうことに時代の変化を感じている。

親の元で親に購入してもらった携帯から動画を見て、ファン同士で固まり交流している中学高校生位の層。

彼らに特徴的なのは自分たち集団名前をつけ、疎外したり固まったりしながらネット上で交流をしていることだ。

生放送コメントをしたり、実況者のtwitterコメントをするくらいしか手段を持たない(それ以上を知らなかった)彼らは

礼儀正しい、ゆるやかなファン集団として存在していたようだ。


一方で、ネット上の匿名性をよいことに生放送などで批判的、攻撃的、不快コメントをする荒らしのような層もいる。

彼らもおそらく若い年齢の者と思われるが、

この荒らし層と礼儀正しい中高生層は生放送でのコメントを削除する、しないでもめたりするので

それも見物ではある。


最近そこに社会人ファンが現れ、社会人なりの行動を加速させていることで面白い現象が起きている。

社会人層は、礼儀正しくコメントをつけるだけで集団化していた中高生層とは異なり、

実況者にお金を渡すシステムを大いに活用してきたのだ。(実況時の投げ銭システムなど)

これにより、コメントしかできない中高生たちが驚き、反発し、一方で尊敬の念をこの社会人層に抱くという現象がみられている。


特に興味深いのが、最近twitterに登場した匿名質問できるシステムだ。

これにより、社会人層に中高生からと思われる質問が投げかけられているのが観察できる。

中高生層は社会人層とはお金価値観も異なるため、資金心配をするように見せかけ、

もしくは実況者の心配をしているという形で、質問が飛ぶ。

実況者ファンとして礼儀正しくない、という内容のおせっかい質問まで来ていた。

しかし、実況者自身社会人層にお礼をすると、存在意義確認のため古参であることに意義を見出したりする。


増田自身は、中高生ネット上で応援対象を見つけ、集団化し、ネット上で交流が加速していく様子が残念で

この社会人層に肩入れしたくなる所がある。

ある意味、誰ともつるまず一人荒らしコメントをうっている匿名荒らしと同等かそれ以上に残念だとも思っている。

応援することは自由で、実況者が困ったり法律を犯したりしなければ誰をどんな風に応援しても構わない。

それを理解した上で、自分たちの制約ある状況を

SNS上のゆるいつながりの中で集団化することで埋めようとする中学生たち。

優等生であるが故に、一部の芸能人たちのファン集団のように突飛な行動に出るわけでもなく匿名質問を投げかける。


増田最初実況者の内容が見たくて見ていたはずなのに、

次第に実況者を取り巻く環境の観察が面白くなってしまった。

これからこの実況者がこの状況に対しどのような態度をとっていくのか、

また社会人層が社会人層なりの資本主義的優位性を見せ続け、中高生たちがどう対応していくかを興味深く見ている。

2017-12-28

https://anond.hatelabo.jp/20171228095014

監督にこだわるからオタク

オタクから監督にこだわるんだろ

トートロジーってやつだよ

 

何のジャンルでも、モノじゃなく作り手まで見出したらオタク第一歩だな

2017-12-27

人生物語はい

思うに人間理解能力ってのはあんまりにも小さくて、何かを受け止める事が本当にできない。

それは、いわゆる小説的なテキスト理解する能力人間によってはびっくりするほど低いってことだけじゃなくて、現実世界で起きてる様々なことを咀嚼して取り込む理解力根本的にかけているということこそが中心だ。

ごく一般的人間は、何か事件が起きた場合、その理解をするために、相当に圧縮をかけて、派手な見出しをつけて、感情移入ポイントマーキングして――もっと粗忽に言うのならば脚色して戯画化しないと、それを理解することができない。

たとえばマスコミニュースだ。国の政策予算という、基礎的な情報が全部オープンになっていて、それに対する研究論文が溢れていて、ほとんど正解といえる説が定まっていることでさえ、仕分けだとか節約だとか国民一人あたりの借金だとか、そういう次元に落とし込まないと理解が出来ない。そして当然戯画化されたその理解は、現実理解としては粗悪品なので道案内としても役に立たない。人間理解能力は、本当に限定的だ。びっくりするほど限られたテンプレートの、個人感情ベースのことしか人間は受け取ることが出来ない。

人間は様々なことを理解できないし、その最たるもの自分人生だ。自分気持ち自分いちばんよく分かるとか、自分人生自分自身理解できるとか、まるで嘘っぱちだ。人間五感入力された情報を99%廃棄しないと理解できないし、それ以上に何か起きた物事をあるがままに受け止める精神的な強靭さにかけている。

ブッサイクに生まれた男がいたとして、その原因は遺伝子とか節制とかあるだろうが、「そう生まれなければならなかった理由」なんてものはない。他でもないその男がそのような顔に生まれつき、そのことで傷つき、劣等感を抱え込まなければいけない理由なんてものは(宗教的には前世因縁とか解説されるが)存在しない。

人間社会で起きることの大半は、大きな意味で言えば偶然で、要するに運だ。俺が日本人として生まれてきたのは運だし、50年代ではなく70年代に生まれたのも運だ。そういう意味でいまスマホを持っているのも運だし、個人用の飛行車を持っていないのも運だ(もう50年もすれば所持できるかもしれない)。富裕層である場合もそうでない場合も運だ。もし俺が、まだ65歳なのに寝たきりになってしまった要介護父親を抱えているとして、それもまた運でしかない。でも、ただそれだけのことが、多くの人間にとって正面から受け止められないほどの苦痛を伴う。

人間はそういう世界とか摂理とか人生とか運命の有り様を、本質的には受容できる能力がない。

から普通人間物語の中でしか、つまり物語という形に希釈した現実しか、生きられない。納得できない何かを納得して生きていくためには物語必要だし、そもそも物語がなければ人間現実把握能力はおそらく犬猫レベルしかない。脳という解釈機関を搭載している以上、すべての人間物語の中を生きていくしかない。

そして他人理解するためにも物語必要だ。自分人生ですらまともに飲み干せないのに、他人のそれなんてとてもじゃないが手に負えない。ダイジェストダイジェストにして、初めて人間他人人生に触れることが出来る。あるいはそれはあんまりにも恣意的抜粋で、もしかしたら相手気持ち無視したストーカー妄想のようなものしかいかもしれないけれど、人間はそういう形でしか他人人生共感することが出来ない。

そういう虚構虚構を塗り重ねたような先で俺たちは社会を形作ってるのだけれど、その社会がないと現代において人間人間として生きられない。

人生物語必要だ。「人生物語必要ないという物語」でさえ必要だ。

唯一の救いは、おそらく俺以外の全員も、つまり人類がその程度のポンコツだということだ。同病相哀れむとお互い様の間で、よろめきながら存在できるというのは、多分最悪よりはかなりマシな状況だと言えると思う。

ポモで埋まった異世界生活

https://twitter.com/shinkai35/status/945771033696509952 へのリプライです。書くところが無いので、ここに書きます。この話は全てフィクションで、実在人物組織には一切関係ありません。

1.ブラウン管に広がる世界

その日、文筆家しんかいはPCから出るピピピ・・・と言う異音で目を覚ました。翌日が休日である事に安心しきって、ついついツイッターリツイートされてきたポストモダニスト著作いかおかしい話であるかを語っていたはずなのだが、顔にキーボードの模様をつける結果となっている。実感は沸かないが寄る年瀬には勝てない。相対主義が何を主張しようが、ヒトにはその限界がある。そんな事を思いながら、テレビスイッチを入れようとしたとき、しんかい異変に気づいた。

部屋に置いてあるそれは、平面的で画面が大きな液晶テレビではなく、画面は小さいが奥行きのある立方体、昔懐かしいブラウン管のもので、ダイアル式のスイッチチャンネル選択するそれだ。電源のオン/オフ金属トグルスイッチがついており、もしかしたら産まれから実際に目にしたテレビの中でもっとも古いものかも知れない。背面から出て壁につながっているテレビ線のコード同軸ケーブルではなく、平たいプラスチックの両端に二本の細い線があるものだ。もう平成も終わろうとしているのに昭和過ぎる。が、昭和であってもテレビの裏の埃は変わらない。くしゃみが出てきた。

パチンと電源を入れる。ヴォンと音を立てた後、数秒の間を置いて粗い絵が映し出された。4Kや8Kのテレビ宣伝をみるたびに、もう走査線の本数を向上させてもと思うが、いやおう無しにでもその重要性を認識せざるを得ない絵だ。北朝鮮テレビよりひどい。2017年12月27日、朝7時のニュースが始まった。アナウンサーの「おはようございます」は、普段通りの番組だが、他は普段通りとは言い難いものであった。見慣れたコンピュータグラフィックス今日見出しが、アナウンサーの横の黒板に置き換えられている。ボードですらない。何より、国家放送第一と言っている。

しんかいチャンネルを回してみた。チャンネルはかくんと90度づつ回転し、四つしかチャンネルが無いことがわかる。ぐるっと一回転させる。四つあるチャンネルのうち、一つは白黒の画素が激しく入れ替わるノイズが流れていたが、三つは使われていた。国家放送第二、国家放送第三、ノイズ最初国家放送第一。どうやら、国家放送しかないようだ。第二はこの時間帯なのに正しい文学について解説し、第三は老人が正しい体操実践している。しんかいは、この時点でテレビ登場人物全員が、カーキ色の上着を着ており、一列に並んだ大きめのボタンをきっちり留めていることに気づいた。

チャンネル国家放送第一に戻す。国民服のようなものを着たアナウンサーが読み上げるのは交通事故気象情報と言うところは、公共放送ニュース番組と同じだ。しかし、一つ一つについて解説を丁寧に与えていく。しばらく唖然としながら番組を見つめ、思わず「何だ?」とツイートした。ニュース解説があるだけであったら、驚かなかったかも知れない。しかし、先々月の災害被災者感情を、微分可能多様体と言う単語を持ち出して説明しようとしている。そう、ポストモダンだ。ポストモダンについては日本有数の知識を有すると自認しているが、寒気についてのポストモダン解釈は初めて聞く。

はっきり認識はできているが、全く理解ができない状況。自らの視覚聴覚を信じることができない。思わず、「テレビポストモダンになっている」となっているとツイッターに書き込む。「え、愛知だけでは?」「柄谷行人が死んだりでもした?」「ポストモダンに“なる”はおかしいだろう」とリプライが返って来る。誰もこのポモな国家放送を観てはいないようだ。ブラウザーポータルサイトニュースを見ても、特段、テレビ放送に関するものはない。ツイッターフェイスブック検索でも、しんかいと同じものを見ている人はいないようだ。

このブラウン管テレビけが、ポモな国家放送を流しているのであろうか。アンテナ線は壁につながっているが、これはモックなのであろうか。手の込んだ悪戯しか考えられない状況ではあるのだが、手の込みすぎたところが気になった。目の疲れを感じる。気づくと一時間国家放送を観ているのだが、同じ内容が繰り返し放送されているわけではない。チャンネルは三つ。ブラウン管テレビ昭和風ではあるが、チャンネルスイッチは特製だ。粗雑な出来とは言え、かなりの労力だ。現実とも夢とも断言できない。

しんかいは電器店にいって、他のテレビを観ることに決めた。冷静に考えればテレビを摩り替えられたとしか思えないわけで、窃盗警察に届出を行なうべきだが、この国家放送が持つリアリティがそれを躊躇わせた。無理な体勢で寝てしまったので二度寝の誘惑もあるが、“ブラウン”管からの一つの連想が心をざわめかしていた。ブラウン管発明者はフェルディナントだが、ポストモダン思想批判者にも有名なブラウンジェームズロバートブラウンがいる。

著作「なぜ科学を語ってすれ違うのか」でブラウンは、国家などの社会的構築物が必然ではなく、人々の考えの偶発的な結果によるものと考えると、社会が人々の考えを統制しだしてファシスト国家に陥る危険性を指摘していた。また、ポストモダン科学方法への懐疑は、科学の進展を阻害し、技術進歩を阻害する事になる。つまりブラウン管に映し出される世界徹頭徹尾ポストモダン支配された世界と言える。

ポモの危険性を指摘してきたしんかいにとっては悪夢しか言いようが無いのだが、しんかいは心踊っている自分自覚していた。日常からにじみ出る不穏な世界兆候アニメでは親しんだ別世界がそこにある。「けものフレンズ」は好物だ。このときしんかいは、柄谷行人の『日本近代文学の起源』の結核の話をすっかり忘却していた。ポストモダン思想支配された世界であれば、繁華街の電器店がいか危険場所であるかは、最もしんかい理解しているはずであるのにである

2.服装以外は昭和40年

テレビに見入っていたので気づかなかったが、家を出る前に、アパートの部屋が狭くなっている事に気づいた。振り返れば玄関が見える狭さなので迷子にはならないが、間取りも見覚えが無い。六畳一間と台所、バストイレ付きではあるが、便器和式である。昨夜、帰宅する家を間違えたのであろうか。しんかい映画パトレイバー the Movie」の帆場のアパートしか、似たような物件を見たことが無い。

机の上のPCの下には、書きかけの原稿用紙が散らばっていた。題は「科学のためのポストモダン思想からの脱却」とある。見覚えのある字ではあるが、自分のものを含めて久しく手書き文字を読んでいないので、誰のものかは思い出せない。大判封筒も置いてある。宛名は、自分であった。送り主は「鈴木幸子」とある。中はゲラ刷りで、赤が入っていた。出先で原稿を読もうと封筒を手に取る。

ポストが大きい金属製の重い扉をあけると、アパートの外側の廊下に出た。二階だ。表札は確かに自分名前が書かれている。鍵がないので施錠できないがやむを得ない。ところでここは一体どこなのか。スマートホンを出して地図アプリ位置検索をかける。すぐに「こんな所でスマホが使えるわけが・・・」と思うが、現在位置はあっさり示された。GPSの電波は届いている。インターネットも使えた。自分場所が異世界なのか、そうでないのか、明らかになってきた状況を元にしても判断が出来ない。

かなりの資力が必要になるが、古いアパートの部屋に自分を押し込む事は可能だ。しかし、衛星測位システム電波までは防ぐ事ができなかったのであろう。聖戦士ダンバイン以来、主人公が異世界に飛ばされる娯楽作品に親しんできたしんかいは、密かに期待した状況が否定されて落胆する。まだ十分な確信が持てないが、これは壮大な仕掛けの悪戯だ。街の中心部に向かえばはっきりするであろう。しんかいは、金属の音を響かせながら階段を降りていった。

5分後、しんかい自分が異世界にいる事を確信した。悪戯とすれば、神の仕業であろう。スマホ地図アプリ位置情報は機能していたが、道路の舗装が汚く、空気が汚れていて、高いビルが無いので空が見上げやすい。そして、旅行先でしかたことが無い路面電車が走っていた。しんかいの知る名古屋市には市電が無い。しかし、ベージュと赤と緑のカラーリング路面電車が走っている。地図アプリ位置情報は、間違いなく名古屋だ。

道を歩く人々の服装は、男性国家放送局アナウンサーが着ていた国民服女性もんぺ姿である。しんかいは人々が自分凝視するのが気になって仕方が無かった。しんかいの格好はPコートチノパンである。この世界では明らかに浮いている。この恥ずかしさをツイートして紛らわせたい衝動に駆られたが、文章だけでは何を書いても気がおかしくなったと思われるであろう。国民服もんぺ女性市電が映った写真を撮って、「ここはどこ?」とつけてアップロードをした。「戦時中名古屋市」とリプライがつく。

戦時中なのであろうか。朝のニュースではそのような事は一切言っていなかったし、テレビ戦後で、カラー化は高度成長期最中だ。昭和40年代ぐらいが相場に思える。状況を把握するために、一日中テレビを観ていた方が良かったかも知れない。古くて小さな家電店が目に付く。中に入ると、期待通りテレビが置いてあり、放送を見ることが出来た。店主は商売っ気の無い老人で、都合が良いことに客に関心がないようであった。テレビ出演者は全員、国民服もんぺであり、ドラマですらそうであった。アパートの部屋のテレビけがおかしいと言うのは否定された。

しばらくテレビに見入っていたが、空腹を感じてきた。何かを食べたいと思うが、この世界食事をとる方法が思いつかない。飲食店はあるようだが、市電で使われている硬貨は見かけないものだった。この世界で使える金を持ち合わせていない。このままでは行き倒れ、帰宅をしても孤独死になってしまう。途方に暮れたところで、家電店に若い痩せた男が入ってきた。肌が白い。「単一電池・・・」と言ったところで、ゴホゴホと口を押さえて倒れこむ。指の隙間から見える、鮮血。小説の中でしか知らないが、即座に結核と言う単語が思いつく。店主は男の様子を気にせず、「ろうがいかい。向かいの店のホメオパシーが効くよ」と電池を出してくる。これは、不味い。

しんかいは、危機を感じて慌てて電器店の外に出た。ドンと人とぶつかる。「ごらぁ、前を見て歩け!」と旭日章のついた帽子かぶってサーベルをつけたおっさん、明らかに警官に怒鳴られる。反射的に「すいません」と謝るが、警官はしんかいを上から下まで舐めるように見ると、「おまいさん、なんちゅー格好をしている。ちょっと署まで来い。三日はぶち込んでやる」と言い出した。その瞬間、中で物が落ちて割れる音がした。「お客さん、ちょっと、しっかり」と言う店主の声がする。警官はそちらが気になったのか、店の中に入った。

しんかいは、その隙を見逃さず走り出した。一瞬「逮捕されれば食事は出るかも知れない」とも思ったが、この体制国家的な異世界では逮捕されれば拷問を受ける可能性もある。どこにも行く宛てが無いと言うわけでもない。持って来た封筒の裏側には、住所が書いてあった。何者かは分からないが、「鈴木幸子」を頼る事にしよう。少なくとも、この世界のしかいを知っている人物である事は確かだ。

2017-12-26

anond:20171226184905

コンビニ本の表紙やテレビ表現ポリコレに沿う公共的な要素をどこに見出してるんだか

スペース増田は相変わらず不思議なことを言うんだねえ

anond:20171226131812

ハフポスト記事にガッカリしたのはあの見出し。これだけ。何で今更またはあちゅうの『童貞発言に#MeTooで声を上げた人の気持ち逆撫でするような見出しをつけるのか。これこそ告発者としてのはあちゅう全然守れていなくて、ハフポストメディアとして失格。

別にハフポストが後追いではあちゅう告発を取り上げるのはいい。みんな「はあちゅうは嫌いだけど告発は支持する」って言ってるんだから異論なんてないよ。ビシバシ電通時代に受けた嫌な行為とその時の気持ち吐露すればいい。#MeTooした以後の反応として『童貞問題にも触れる必要はあるだろうけど、その発言見出しにしてメインテーマにする必要なんて全くなかったはずだ。#MeToo運動継続したいなら。

それはそれ、これはこれ、としてみんながみんなのハラスメントへの告発応援してるんだから

2017-12-25

「無くなる仕事詐欺

まだこのエントリー書くのは早いか

「無くなる仕事」がブームになってきたのは2014年あたり

ディープラーニングが出始めた頃だ

 

これらで多いのが「10年後無くなる」という見出し

あるいは半減すると言う書き方もある

 

答え合わせは2024年からできる

あと6年ちょい

俺は半分詐欺だと思ってる

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