「体現」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 体現とは

2017-07-20

Splatoon 2 は何が変わったか

Splatoon 1 とは何だったか

GEO で Splatoon 2 のダウンロードカードと Pro コントローラを買ってきたので Splatoon 1 がいったいどのようなゲームだったか区切りをつけてみたい。

Splatoon 1 を遊んでいると、インクを塗ることで自由な行動範囲を広げているような気がするが実際はあまりそうなっていない。

2014 E3 のこの動画。開発者インタビューでは次のような要素が紹介されている。

https://www.youtube.com/watch?v=F05Kp1_-_vQ

”ヒトで撃って、イカでアクションの幅が広がる。インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする。”

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。”

インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる。”

E3 で初めてこれをみたときSplatoon は本当に独特に感じられた。独自のアクション、独自の戦略があり、ほかのシューティングゲームとは一線を画しているかのように思われた。実際に発売された製品は、はたしてこれらの要素を満たしていただろうか。

インクを塗ることでしか到達できないような場所が意外なほど少ない。そして塗り広げたとしても、そこではイカのアクションもほとんど要求されない。さらにイカ自体のアクションも、かなり幅がない。多くのステージでは、裏とりのための細い通路を壁登りから侵入するが、そこから到達できる場所は大部分がヒトの状態でもたどり着けてしまう。塗ったところで裏とりの細い通路から小規模な空間前進するだけであって自由ではない。ステージ構造に戦略をあまりにも誘導されすぎている。たしかに動ける範囲は拡大しているが、そこを起点にどのルートを選んでもいいような自由な選択肢は少ない。塗ることによる行動範囲の広がりは円形が望ましく、できれば高さの概念があればさらに良い。細長い棒状ではない。

Bバスパークの中央高台が楽しいのは、そこがイカの固有アクションである壁登りを、かなりの高さがあるゆえに X ボタン連打を含めて行う必要があるだけでなく、いったん登ったあとはそこから周囲を見渡してどの方向へ進むか判断できる自由があるからだ。モンガラキャンプ場が味気ないのは、インクを塗って行動範囲が広がったとしても、直線的な進軍しかすることがない不自由さがあるからだ。

Splatoon の開発インタビューでは勝敗に関係のない壁を塗る行為はどうすべきか長期にわたる議論があったという。結果として壁が登れるようになり、壁塗りに意味がうまれ、壁を泳ぐことは Splatoon 独自のアクションとなった。だが実際に遊んでみると、壁を塗ることに意味はあるが、塗ることに意味があるような壁は驚くほど少ない。

Splatoon 1 はその基幹となる遊びにたいしてステージの質が追いついていない。

素晴らしい可能性を秘めたシステムにたいしてマップの設計が応対していない。

インクを塗ることで選択できるルートが格段に増え、しかも選んだ道を進むにはイカ固有のアクションが必要で、ルートを進んだ先にも多様なアクション選択肢が用意されている。そんな自由度Splatoon に必要なステージの設計であって、限られたどのルートを選んでもイカのアクションが必要ない普通のシューティングゲームと膠着状態しか楽しめない状況を用意することでは決してないはずだ。Splatoon 1 は楽しいシューティングゲームとしては完成度が高かったが、アクションゲームには成り得ていなかった。インク塗りを起点としていままでには存在しなかった多様なルート開拓され、プレーヤーはその選択肢にイカのアクションで応える。こうした設計のアイデアヒーローモードではすでに実現していた。

ヒーローモードはバトルのための入門用、訓練用とされていたが、それはシューティングゲームとしてのトレーニングであってバトルに役立つアクション教科書ではなかった。ヒーローモードには多様なアイデアによるイカにしか出来ない緊密したアクションが散りばめられていたのに実際の対戦マップではそれが全くといっていいほど反映されていなかったからだ。オンラインバトルとヒーローモードは断絶されていた。スポンジ、インクレール、水平の回転軸をもつ動く足場、落下死を誘う反復する網。連続するこれらのギミックに対処するにはヒトとイカの切り替えを頻繁に繰り返さなければならない。磨き上げられた気持ちいいアクションの応酬だ。だがこうした要素は後期に追加されたマップ部分的採用されているだけにすぎなかった。初期、中期のマップはイカのアクションの幅が少なすぎた。タチウオパーキングヒラメが丘団地はまだいい。塗るべき壁が多く存在し、それぞれに意味がある。どの壁を塗るべきか選択を要求してくるからだ。そして高さがあるため、戦闘が立体的になる。すべてのステージには高さの概念があるが、それは侵攻を阻止するためだけのものであり、戦闘を立体的にする構造でなかった。ただ、既存の多くのマップではいくつかの箇所で立体的な戦闘を誘導しているものの成功には至っていない概念がある。

それは金網だ。有利な場所に到着するには金網のうえを渡らなければならない。あるいは有利な場所そのものが金網の場合もある。リスクとリターンの関係があり良さそうに思えるが「インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする」この要素のいずれもが金網のうえでは無効化されている。アクション性が全くないにもかかわらず Splatoon 1 では金網を渡るよう強制するステージが多い。ここには手応えがない。金網はたいていの場合、足場としてしか使われていない。デカライン高架下では柵が金網になっていて通行するのにイカのアクションが必要だが、こうした金網の使い方はほとんどない。

Splatoon 2 ではこうした不満が解消されている。スポンジやインクレール、回転するイチョウ切りの壁といったギミックが初期マップから採用されている。

これらのギミックインクを塗ることでルート選択肢が大きく増える。そしてどれもイカのアクション必須だ。インクレールはイカになることで走行できる。レール上のどの地点から降下してもいい自由があり、勢いをつければ驚くほど大きくジャンプできる。インクレールを起点に行動範囲が大きく広がった。プレーヤー選択肢が大きく増えた。戦場は新しい高さを手に入れたことで戦いはより立体的になった。たった一箇所を塗るだけで、その後の可能性が大きく広がった。これが Splatoon の本来あるべきステージ設計だ。

ギミックを使わない例もある。海女美術大学では敵のリスポーン地点に侵入するには貝の形をしたオブジェに飛び移らなければならない。ジャンプの性能とオブジェ位置絶妙で、勢いをつけてのイカジャンプが必要となりプレーヤー精度のあるアクションが要求される。他にも単純な壁登りで侵入できるルートもあるが、こっちは微妙だ。Splatoon 1 のヒーローモードではジグザグに壁登りをしないと倒せないボス戦があったが、壁登りの途中で横移動が求められるステージはあまり多くない。そういった構造を導入してもいいと思うのだけど。

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。” これは Splatoon の非常に素晴らしい点だ。だがこの要素もマップ構造が邪魔をしている。Splatoon 1 のマップは窮屈すぎる。

Splatoon の魅力は圧倒的なわかりやすさだ。Bバスパークの中央高台に登る価値があるのは単に射撃に有利というだけではなく、戦況を確認したり敵の姿をいち早く発見できる場所だからだ。しかしホッケ埠頭のようないくつかのステージでは道幅が狭く、巨大な障害物が大量で、死角が豊富にあり、視認性が悪くなり、出合い頭の戦闘が非常に多い。3D マップ自由自在に走り回るのではなく、適時あみだくじの上を進んでいるかのような気分になる。なぜこのようになっているか色々理由がありそうだが、ひとつは GamePad を頻繁に確認するよう促すためではないかと思う。死角を増やすことでひと目見ただけでは 8人のプレーヤーがそれぞれどのように動いているのか分かりづらくなる。死角を徹底的に増やすことでプレーヤーに GamePad の地図を逐次見るように誘導しているのではないかWii Uハード特性を活かすためだ。だがジャイロセンサーを使えばカメラを凄まじい速度で回転させられるので、いったん前線を上げてしまえばそこから侵攻する敵はマップよりも TV で確認したほうが早いし、上位プレーヤーは移動量とスピードが高い次元にいるため 2本程度のルートならひとりで封鎖できてしまう。実際のところ GamePad はどの程度視線を移されているのだろうか。あまり多くないのではないか。それとガチヤグラルールによる理由も考えられる。ガチヤグラはタワーの位置によってホットスポットが連動するが、おそらくは防衛側有利にするためか狭い通路を通過させて集中砲火をさせやすくなっている。これは膠着を招く。

こうしたマップ構造は 2 ではかなり少なくなっている。

視認性だが、一部の遮蔽物がガラス製になったことで向こう側が透けて見えるように変化した。フジツボスポーツクラブの壁は 3月の体験版では普通のボルダリング壁だったが、E3 のバージョンではリスポーン地点に侵入する唯一の経路の壁がガラス製になっている。また海女美術大学では中央彫像展示が、コンブトラックでは左右のクラゲが入ってる箱がガラス製になっている。これによって、やたらめったらポイントセンサーを投げたり、カメラを無理やり壁の向こうに回して様子をうかがったり、臆病になっていちいちマップを見るといったゲームテンポを落とす行為をする必要が減った。敵が TV 画面で視認できたから警戒するのであって、常に慎重になったりあるいは なりふり構わず脳筋プレイ突撃したりする前に十分な考える余地を与えている。つまり鷲巣麻雀の要素を取り入れることで、Splatoon 2 では状況判断がいくらか容易になった。サーマルインクもそれを指向しているし、塗ると体積が減り空間が広くなるスポンジも同様の効果をもたらす。攻め側からすればスポンジを縮小することで視界を広くするとともに敵の取りうるルートを減らし、守り側ではより有利な位置に移動できるようスポンジを膨張させたり、膨らんだスポンジを防御壁としても活用できる。

マップ中央の広さが圧倒的に拡大した。それは平面としても広くなっただけでなく、視覚的にも開放的になった。Splatoon 1 では中央の高台は基本的に狭い空間で、しかも垂直に切り立っていた。中央高台の取り合いを活発にするためだと思われるが、垂直だったため真下の敵に反応するのが困難になっていた。Splatoon 2 では中央高台の空間が広いだけでなく、その壁がゆるやかな傾斜のついたものになっている。Splatoon の視認性の高さが最大限発揮されるようになった。

だが平面的にも視界的にも広くすればいいというものではない。サーモン・ランではむしろ狭く、窮屈なステージを志向している。サーモン・ランは一応オンラインに対応しているが主軸はオフラインモードだ。ボイスチャットを嫌うひとは多いが、実際に集まっての対面プレイなので当然会話による意思疎通を最大限活用するよう仕向ける設計にしなければならない。そのために死角を増やして現在どのような勢力がどの規模できているか分かりづらくしている。足場を狭くして戦闘を激しくしている。夜になったり霧で覆うことでその効果をさらに増やしている。サーモン・ランではプレーヤーの視覚情報量を制限しなければならない。

ヤグラに関する戦闘も変化した。ヤグラはその位置のよって戦闘のホットスポットが常に変化し続けるが、それを特に激化させたいとき開発者は細い通路上をヤグラが通過するよう設計することでそれを実現させていた。だがこれはプレイヤーの過剰なまでの密集を招いた。ヤグラを取り囲む戦闘も参加できるスペースが少なく、それぞれのポジションは凝固し、戦況は膠着した。2 では関門を用意し、インクレールやスポンジを配置することで、横にも縦にもの広い空間という環境下でも、激しさを保ちつつ全員がより多彩な角度から戦闘に関与できるようになった。素晴らしい改善だ。


インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる」

動画では敵インクの一部分を塗り替えすことでイカダッシュを妨害しているが実際はこのような戦略は成立しづらい。一部分を塗り替えすよりも、全体を塗ってしまったほうが有効だからだ。だがインクレールやスポンジのギミックはあえてそれを不能にすることに意味がある。タチウオパーキングにいる固定チャージャーは自分ポジションに最速で突っ込んでくる左手のレールに常に気を配っていなければならない。敵がインクレールの始点付近にいるだけでレールをシャットダウンするかどうかの選択を迫られる。スポンジも同様である。戦略に選択肢があることでプレーヤーは自由を感じることができる。Splatoon 独自の戦略がうまれてくる。




ハコフグ倉庫ホッケ埠頭、こういったステージは素晴らしい。まずモチーフが素晴らしい。自分の頭の中のアウトロー小学生が「こういう場所にこっそり忍び込んでサバゲーやったり、自分たちだけの秘密基地にしたりしたかったんだよナー!」と声高に叫んでいるのが聞こえる。ヒラメが丘団地もいい。遮蔽物が、なんと室外機や干してある布団になっている。室外機に隠れてたチャージャーに撃たれたりする。すげぇ。めちゃくちゃ団地で遊んでる感ある。めちゃくちゃごっこ遊びしてる感ある。戦闘のためだけに配置されているものなのに、めちゃくちゃステージに溶け込んでいる。それに比べてネギトロ炭鉱はやばい。背景が軍艦島なだけで、実際のマップは全然炭鉱感がない。朽ちたレンガと錆びた金属があるだけ。廃墟としても弱いし、炭鉱の要素がない。例えばボロボロになった生活用品や古い家電が遮蔽物として設置されていたり、かつてガラス張りのドームだった場所が朽ち果てそこらじゅうに植物が生い茂っているような場所なら、機能と世界観が融合しつつ、よりいっそう廃墟感があったのに軍艦島の港という舞台にしてしまったので中途半端になっている。Splatoonスーパージャンプというゲーム展開的にも映像演出的にもインパクトのあるシステムがあるので、完全に屋外か、体育館のような天井の高い場所しか舞台モチーフとして選択できないことになっている。これはステージモチーフとしての多様性に、窮屈な制限を設けてしまっている。これによって逸脱したのがアンチョビットゲームズで、私はこれをみてゲーム開発会社だと言われても正直困ってしまう。このような見た目のオフィスで戦っても、全くワクワクしない。クラゲ社員は階下にいるし、ゲームらしいモチーフも、部屋の隅にアーケードの筐体がポツンと置いてあるだけだ。床を上昇させるとサーバールームのようなものがせり上がってくるが、ファンを撃っている自分自身にはそれが見えない。射線を防ぐために天井からぶらさがってる謎の看板も、これがゲーム開発会社を直接想起させるものではなく、印象がチグハグで、ここがいったいどのような場所なのか截然としなくなっている。ごっこ遊びが出来なくなっている。例えばだが、雰囲気は同様のまま、これが大学図書館だったらわりと良かったと思う。

で、Splatoon 2 だが、わりとイイ感じになっている。ガンガゼ野外音楽堂は障害物が PA機器になっててステージっぽさがよく表現できている。海女美術大学は彫刻用の岩石だったり放置された台車だったり、クラゲの守衛が障害物になっていて雰囲気がある。だけどバッテラストリートダメだ。橋のうえに置いてある謎の木箱は無味乾燥中央橋の下の壁面はオシャレな場所に不釣合いな黒いビニールで全面が覆われている。マップ構造を記号化しすぎて世界観雰囲気が大きく損なわれている。これがアロワナモールではどうだったかというと、塗れない壁はガラスのショウウィンドウだったりブランドロゴが大きく印刷された垂れ幕だったり、射線を防ぐ構造物もヤシの木や看板だったり花壇だったりしてショッピングモール感があった。バッテラストリートは「こだわりのセレクトショップが軒を連ねるこの界隈には、流行の最先端を行くイカの若者が集まるらしい。」と説明があるのにマップのあらゆる場所になぜか運送会社の広告がある。大量にある。運送会社だぞ。運送会社がおしゃれなのか?

https://twitter.com/SplatoonJP/status/856435220693766144

さすがに意味不明からこの運送会社の大盛りっぷりにも理由があると思うけど、Co-op ゾンビモードであるサーモン・ランの報酬としてイカテン急便の作業着が入手できることからクマサン商会とイカテン急便には強いつながりがあると想像している。しかも回収対象の金イクラは設定上、石油のような燃料だというのだからこの運送会社は格安で得られた高出力のイクラ燃料を用いることで高い輸送能力を発揮しているのではないかと考える。というかヒーローモードかなにかで設定を回収してくれないと困る。

そして細かい素材ではなくステージ全体のモチーフについてだけど

インクを使ったナワバリ争いは、

あの世界ではスケボーのような

やんちゃ”な遊びというイメージなのですが」

https://www.nintendo.co.jp/wiiu/interview/agmj/vol1/index4.html

インタビューで言及がある。Splatoon 1 の初期マップはまさにこれを体現していた。高架下だなんて、まるでウェストサイド物語みたいじゃん。すげぇ良いじゃん。だが後期に追加されたマップリゾートだの、美術館だの、キャンプ場だの、健康的な大衆レジャーに成り下がっている。おいおい。イメージが壊れる。Splatoon 2 の初期マップでは健康的な印象のステージと、不良的な印象のステージ、半々採用されている。だがもっと極端にしてもいいと思う。アップデートで追加されるステージも、おそらく健全モチーフと不良モチーフがセットで増えていくと予想している。Direct ではアップデートで追加される帆船ステージが一瞬映ったけどパッと見た感じ従来型の狭くて窮屈なステージみえる。不安だ。

UI はかなり改善されている。これは開発者が実際の競技シーンをよく把握しているということだ。海外の野良トーナメントをみていると「dynamo dead, dynamo dead」と、しきりにやり取りしている。不憫でならない。やられたら「Nice」を押すのも慣習となっている。Splatoon 2 ではこうした意志の疎通を解決している。敵の使用武器は上部に表示され、死亡すると this way が ouch... に変化する。

任天堂には新しい構造ゲームをつくる際立った高い開発力はあるが、そのコンセプトを活かすステージの作成についてはバラツキが多すぎる。マリオサンシャインの「ふしぎせいぶつ マンタ しゅうらい!」は神がかり的な面白さなのに「村の裏のヒミツ」ありゃ一体なんだったんだ? 任天堂アクションゲーム界の KING であり続けているが、Splatoon 1 はイカのアクションを活かす場面が少なく、普通のステージで戦う「めちゃくちゃ分かりやすシューター」の域に留まっていた。だが Splatoon 2 ではマップ構造改善され、そのデザインが秘めたポテンシャルが発揮され、シューティングゲームアクションゲームの高度な融合が実現している。プレーヤーの行動には自由があり、戦闘の激しさは膠着から混沌へとその姿をより楽しいものへと変えた。

Splatoon 2 の大手海外批評サイトレビューを確認するとわかるが、彼らはジャイロコントロールをまったく使用していない。そんなものだから信憑性がなくなるのだ。そして Splatoon 1 の発売後インタビューで、ディレクターの阪口さんは「ラスボス戦のあとに響いている不気味な環境音の正体について教えていただけますか?」と質問があったのに明確な答えがない。ありゃ一体なんだったんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=OhHRmToy500

Direct や体験版を遊んで得ただけの情報による着目だが、これが本当にそうなっているかは、数時間後に配信される Splatoon 2 が証明してくれるはずだ。

2017-07-12

お前ら多数決で俺を殺せ

元一級障害者

せっかく、数千人に一人の、放置すれば幼児のうちに死ぬ病気を持って生まれてきたのに、お前らが日本医療は素晴らしいとかもてはやすから、俺は幼児の頃に受けた手術で生き残ってしまった。

挙句の果てに、健常者と変わらなくなるまでに回復したのに、障害者資格も失った。しかし、30代のオッサンになって、ようやく、子供の頃の手術の影響が現れてきた。

俺が社会にやったことはなんだ?体悪く生まれて、医療費を増大させただけじゃないか挙句の果てに医療費を増大させ出るのは障碍者だ、みたいな目で見られて批判される。俺は批判されて苦しい、お前らは俺が生きてるのが不愉快、どっちにも得はない。俺はこんな思いするぐらいなら助からなくてよかった、助けてって頼んだ覚えもない。俺は助かるべきじゃなかった、幼児のうちに死んでおくべきだったんだ。

それがなんだ。せっかく俺は、幼児のうちに死ぬ病気を持って生まれてきてやったのに、俺を助けて医療費を増大させたのはお前らだ。医療費増大の責任を俺たちに押し付けるな、死ぬと分かってたのに俺を助けたお前らの責任だ。

この国は民主主義国で、人口の大多数は健常者だ。数千人に一人の確率で生まれてきて、ほっとけば確実に死ぬ俺たちをなぜ助けるんだ?この国の主は大多数の健常者であるお前らなんだから死ぬ体で生まれてくる俺達なんて放置して殺せばいいだろう。

この国は民主主義国で、人口の99.9はお前らだ。俺達は圧倒的少数派だ。お前ら健常者で団結して、先天性の障害者幼児のうちに殺す法律を可決させろ。そうすれば、俺は苦しみが何かを知ることもなく死ね、この国から先天性障害者は消えて医療費も減り、健常者だけの国が出来上がる。みんな得する。

先天性の障害者は、生まれてきたこと自体が悪なんだ。存在のもの社会の害なのだ。俺は生まれてくるべきじゃなかった。

俺のような思いをする子が今後も生まれてこないように、健常者のお前らが多数決で法を変えて、俺を殺してくれ。

俺の病気簡単スクリーニングできる。レントゲン写真さえあれば、健常者が取り違えられて死ぬことはない。

日本人口の大部分を担う健常者の力で、健常者による健常者のための国を作ってほしい。民主主義国かつ法治国家理念体現して欲しい。そうすれば、社会厄介者である俺は、喜んで殺されよう。どうせ、障害によって、誰からも嫌われる、生まれてくるべき人間ではなかったのだから

2017-07-11

wifi電波

勝手に切れる。考えられる理由は2つ。1つめは霊体現象。2つめは地震前兆。ちなみに、ここは東京

2017-06-29

バニラ・エアには障碍者に対して邪悪な扱いをしたらどうなるのか、世の中の馬鹿共に知らしめるための犠牲になってもらわねばならぬ。だから謝ろうが改善しようが知らぬ。今後ずっと、会社が潰れようが、障碍者にひどい扱いをした航空会社として歴史に名を刻まれ犯罪者のように反省しようが罪を償おうがなんだろうが日本は失敗を許さない国であることを体現するはてなー達によって何度も何度も忌むべき名として呼び覚まされるであろう。

2017-06-28

https://anond.hatelabo.jp/20170628213854

国債を償還するのは政府。だから政府現金がないと国債の償還ができない。

ところが日本国庫には大体現金がないか国債を刷って日銀に売って現金を獲得して召喚するしか政府にはできない。

国債日銀に無理やり売りつければ基本的には現金問題は出ないからどんなにお金がなくても国債をすればいいんだが、

国債を刷ること自体が「国会予算」とかそういった決め事の中で決定されるものからタイミング次第で償還しなきゃいけないタイミングでも国債が発行できていないことがありうる。

国債が発行できない=デフォルト政府の半死を意味するものから政府はこれを阻止するために頑張らなくてはならないが、

逆に「政府死んじゃうよ?」を盾にとって自らのカードとするような議員野党とか も結構いるんだよ。

この前のアメリカの例だと「三日後に百万円返さないとあかんけど現金1万円しかないわ。99万円借金してええか?」みたいな状況で

「でも借金したらその利息を返さなならんから余計苦しくなるだけやで」みたいなゴネをしてあわやデフォルト寸前まで行った。

皆がデフォルトさせないことを目的政府運営するならまあまず起こりえないんだが、そうではない可能性が国会には結構あるってことなんだよ。

そこがリスクなの。

2017-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20170611104554

愛国献身汽笛今日心臓こだまする

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」について

 

偉大な愛と献身足跡は、歳月が流れてもクリアされない。祖国強酸共産記念碑創造物が建設立ち経済建設電球にで奇跡と偉勲が創造されるほど千万軍民は偉大な将軍様革命生涯の最後の時期まで、社会主義強国建設のためにささげ不滅の献身ロゴを胸深く刻まれている。

千万軍民の劣化列車のような心情を反映したもの叢書」不滅の香り "長編小説野戦列車」は日増しに大きな反響を呼んでいる。

敬愛する最高指導者金正恩同志は、次のようにおっしゃった。

将軍様は、祖国繁栄人民幸福のために瞬間の休憩もなしに現地指導強行軍の道を延々とイオガおら全国に新たな革命大高揚の炎が激しく燃え希望であった。」

長編小説野戦列車」(ベクナムリョン作)は、偉大な将軍様神聖な生涯の最後の時期である主体100(2011)年を時代背景にしている。

主席生誕100周年を一年後に控えた理解私たち将軍吹雪と蒸し暑さだけでなく、精神的肉体的にでも超人意志で乗り越え秒強強行軍希望した。

偉大な将軍様革命大高揚の炎を激しく燃え上がらいただき幹部普通労働者血縁の情で温かく見守ってくださった感動深い事実真実でありながら深く描いた長編小説野戦列車」はそのまま秒強強行軍叙事詩とも同じ。

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」が収め思想芸術的成果は、まず試練と難関が重なっ蓄積収録人民絶対的な愛と信頼を人一人抱い現実の中に入っその精神力を爆発させて歴史奇跡創造される偉大な将軍様革命世界を感銘深く形状しているのだ。

当時敵は私たちの国がエネルギー私、食糧難、資金難を経験しているし、続けて強度の高い制裁をが防犯カメラマウスピースでありました。

結局、理解は敵の悪辣でも卑劣な策動をブッシュながら主席生誕100周年を勝利栄光に輝かせるための総攻撃戦を繰り広げなければならない重要な年だった。この時期、私たち将軍精神物理とでは、いつもず重積もりました。するに敬愛する元帥は前縁地帯に出発する前に、偉大な将軍様を訪ねて、必ず休憩することを切に申​​し上げる。これは、そのまま千万軍民の一途心であった。しかし、私たち将軍様は苦難の千里を行く幸せ万里が来るという一節が刻まれた歌「勝利の道」を聞き、人民のための超強度強行軍継続することを決意しておら決然吹雪の道を離れておられます

人民生活大高揚進軍を力強く加速できる咸興市の重要企業所の現地指導の道にオルシン偉大な将軍様は2.8ビナロン連合企業所の労働者階級ビニロン滝に来た国の傾斜を抱いてきた、その勢いは、その気迫で、生産性とをさらに拡大するという戦闘課題を与え竜性労働階級マンナシであっては帝国主義者私たちを窒息させるために、ありとあらゆるものをすべて作り上げあっても、朝鮮自力更生革命精神の前では水の泡になることを示してやろう訴えれる。

いつも大衆創造的知恵と情熱を値の高さおられる偉大な将軍様は、その部門活動が大興青年英雄鉱山で提起された新しいロチョン採掘方法を実現不可能なことで申し上げても労働者階級意見も受け入れながら、現地の科学技術審議を行うようれる。

だけでなく、偉大な将軍様は、私たちの国の無尽蔵な天然黒鉛の加工技術研究するた女性科学者所業を大切に、ここにくく積極的支援するようにされる。

革命大高揚の炎が祖国強酸激しく他広がるほど、人民のための偉大な将軍様の愛と信頼はさらに熱くなった。5月私たち将軍は、外国訪問を控えてしばらくの休憩もなく、歴史的な党中央委員会常務委員会ブクチョン拡大会議が行われた栄光の地北青郡を訪ね、新しい世紀のニーズに合わせて変貌した青春ウォンを戻り見ながら、ここの活動家に他の果樹農場リンゴの味の競争をするようにゴム励ましてくださる。

人民への愛を天稟に持っておられる私たち将軍様、この時期の外国訪問を終え、祖国に戻って来らだったときには、敬愛する敵様外国に行っている日々の心の中にはいつも、私たち人民軍人がいた自分気持ちをタおかということだ。

その愛と信頼を避ける幹のように受け案人民軍は熙川発電所建設で一気にの気象を馳せ大興青年英雄鉱山鉱山労働者たち式の新しいロチョン採掘方法を受け入れ鉱物生産前例のない成果を収めている。私たち英雄労働者階級は、10年以上かかるとしていた興南ガス化対象建設を2年半という短い期間で終わる奇跡作成する。

2011年は、このように偉大な将軍様人民の間の血縁の情より熱く流れてた。

その艇は、私たち将軍様重なる疲労を乗り越えミスようにした力であった。して、私たち将軍日曜日一日だけでも休んで現地指導の道を引き続き行くこと申し上げこれ幹部自分の数年の間に苦労をしながら決死闘争を広げビニロン糸を抜いて出して主体肥料生産工程建設立て労働者階級が待つおら再び咸鏡を探しておられる。敵の悪辣な封鎖策動をブッシュ私たち労働者階級が発揮した不屈の精神力がそうであるように貴重ハシヨ偉大な将軍様は、これが朝鮮精神であり、朝鮮創造炎と宣言おら絵柄の活動家労働力革新者科学者技術者朝鮮労働党中央委員会中央軍事委員会の名義で平壌に招待してくださる。

私たち将軍の愛は彼らだけではなく、普通の織りボール処女労働者女性科学者生活にも暖かいが透けてそれらを幸せの領床の上に立ててくれるだろう。

長編小説は、このように祖国歴史に金の文字で刻まれた驚異的な奇跡革新を抱えて来るために捧げ偉大な将軍様ロゴ献身を偽りなく形状にすること千万軍民の胸にに社会主義私の国を輝かすのは偉大な将軍様戦士弟子たちの神聖義務でという思想を明らかにしている。

叢書「不滅の香り "長編小説野戦列車」が収め思想芸術的成果は次のように偉大な将軍様劣化のような信頼を担い、将軍様の構想と意図現実花咲かせがおら受領永遠神聖歴史が粘り強く流れるた敬愛する元帥の限りなく崇高な忠誠と道徳義理世界真実に広げているのだ。

小説では、敬愛する元帥が偉大な将軍様のテヤンサンに捧げロゴと心血を胸熱く形状にすること、読者の心を鳴らしている。

主席生誕100周年を迎えてきた国の家に主席と金正日総書記のテヤンサン肖像画を運ぶことを決心した私たちの敵さんが時であった。祖国歴史特記する出来事、大きな傾斜される偉大な将軍様のテヤンサンを完成するために、敬愛する元帥一年にも何回も私の創作家たちに会ってくださる。

彼らに私たち軍隊人民がいつも見てきたジャンパー服、野戦姿のテヤンサンを形状しなければ、私たち将軍様持っておられる鋼の霊長としての品格と慈愛の人民風貌事実のままよく見せてくれるという教えを与えて、私たちの敵様、その後も敬愛する元帥創作者に、私たち将軍太陽笑顔を通じて総書記体現しておられるすべての人の親としての慈愛深い風貌と高邁な徳性世界中を牛耳っれる大胆なボール鋼鉄総帥としての山岳のような気象を完全無欠に形状なければならないと切々と言われる。偉大な将軍様絶対的権威を確保することを至極光栄に思われる敬愛する元帥私たち将軍様のテヤンサンが見事完成だったとき今日自分にとって一番嬉しい日だと、抱いて抱いていた願いを達成しと激情にあふれ言われる。

偉大な将軍様を奉る私たち元帥の忠誠がどれだけ至極て熱情的に示して感動深い画幅は小説のしおりにに刻まれている。人民軍事業地図れるそのようお急ぎの中でも、偉大な将軍様が繰り広げ行かれる社会主義強国建設構想を忠実な気持ち尽くしサーブとげ私たち元帥が時であった。

偉大な将軍様熙川発電所建設をニョムリョ際敬愛する元帥は自ら現地に流して」千年を責任を持って万年保証しよう!」というスローガン戦場に刻んだ軍人発電所建設を最高レベルで進むようおら発電所の周辺地区を見事に高めるための建設人民軍積極的支援するように導いてくださる。

いつも私たち将軍の安寧と喜びだけを考えれる金元帥将軍様の現地指導することが肥料生産基地を先に踏んで見ながら、偉大な将軍様が心かけている興南地球沈殿工事人民軍引き受け一気に解除食ように精力的に導いてくださる。

必ず人民のための親将軍様2011年の初めの強度強行軍道に私たち元帥はいつも一緒に明らかにした。その道に敬愛する元帥さらに胸に深く刻み新は、人民のために、私たち将軍献身的奉仕精神であった。

作品では、偉大な将軍様をあまりにも意外に失う千万軍民が悲憤にもがい打った12月古今東西において見たことがない、人民愛の歴史をすることができ置い行かれる敬愛する元帥の崇高な風貌を感銘深く形状している。

血の涙の12月敬愛する元帥を祀るてこの地には、人民利益を最優先、絶対視する胸熱キャンバスが繰り広げられて人民が悲しみを力と勇気に変えて山のような仕事浮かんは奇跡が起きるのである

確かに叢書」不滅の香り "長編小説野戦列車」は、偉大な将軍様革命実録の感動的な形状を通して、私たち将軍様の不滅の指導業績を深く体得させ、敬愛する元帥を高祀った大きな誇りと自負を刻ん与えるものとして、大きな思想的・芸術感化力を発揮している。

千万軍民の心にこだまする野戦列車汽笛は、偉大な将軍様愛国献身歴史を伝える奇跡音は今日敬愛する元帥を祀るて最後勝利を早める革命汽笛で高鳴り響いている。

革命汽笛が力強く鳴らすに偉大な将軍様の遺訓は輝かしく貫徹され、人民の夢と理想きらびやか現実に展開さて麻受領福を代を継い享受する私たち人民勝利繁栄がどれだけ大切で誇りロウンガを示す作品は今後もより粘り強く創作されるであろう。

次数

http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1278491.jpg

http://www.rodong.rep.kp/ko/

2017-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20170605180726

http://anond.hatelabo.jp/20170605112855増田が言ってる事体現乙な人?

金髪レベルの明るい茶髪以外は茶髪認識していないとか?

社会人茶髪(上増田が言うような基準ではなく、茶系の色に染めている人全般という意味で)な人なんて女ならそこらにいくらでもいるのに

鎌倉戦国時代に燦然と輝く北条家は、日本史教科書では分からない

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

日本史教科書いくら見ても本当のところは理解できないんですよ。

なぜ北条家が坂東武士の頂点に立ち、鎌倉幕府頼朝が作ったにも関わらず、北条がその後の支配権を握り続けたのか。そして戦国時代に「後北条家」が、北条家と特に関係がないのに成立し、関東盟主足り得たか源氏とは、北条とは何か。

北条は、坂東平氏の家柄である坂東平氏とは、桓武天皇の血を引く、関東にやってきた平氏総称であり、その五世である平将門新皇自称して、朝廷に対して関東支配権を主張して反乱を起こし、敗れた後に祟りを起こして神となったことで、関東に決定的な影響力を及ぼすようになった。

平将門は神である。そこを間違えてはいけない。平将門怨念とされるものは畏敬の対象として、現代人に対しても深く印象づけられているが、関東ではほぼすべての神社平将門を祀っていたほどに力があった。坂東武士たちにとっては、平将門は実際に神であり、朝廷反旗を翻し関東独立した政権を、坂東平氏が頂点となって打ち立てることは坂東武士の念願であった。平忠常というそのへんの平氏関東で反乱を起こしただけで一大ムーブメントになってしまうぐらい、平氏関東支配朝廷から独立するという夢は坂東武士の間に広がっていた。元記事に書かれている関東の有力豪族千葉氏上総氏は、平忠常の子孫とされている。

そこにやってきたのが源頼朝である源頼朝清和源氏事実上嫡流である清和源氏桓武平氏といった用語を知らない人のために説明すると、天皇家は偉いわけだが、子孫がいつまでも皇族だと皇族が際限なく増えてしまい、現代で言う宮内庁予算が際限なく増えてしまうので、どこかで平民になってもらわなければならない。平民になる時に、皇族には名字がないので、名字を与える必要がある。その時に、源、平の名字が与えられた。天皇の血を引くスゴイ人たち、という意味が源、平という姓には込められている。清和源氏清和天皇の子孫で源姓を名乗った人たち、桓武平氏桓武天皇の子孫で平姓を名乗った人たちである

たとえば足利も、徳川も、本姓は源である。源尊氏源家康が本名だ。なぜ足利とか徳川というかと言えば、源が増えすぎて区別必要が出てきたというのもあるが、源というスゴイ名字を出すのは気が引けたから、という要素が大きいように思う。本当の名字は避け、住んでる所を名字にする、といったことをして、木曽義仲とか、足利尊氏とか、あるいは自分でっち上げ徳川という名字を使った家康のような人もいる。これを説明するには、武士にとって本名いかに大切であったか述べなければならないが、面倒だ。武士の下の名前は諱(忌み名、呼んではいけない名前)とされていたということを考えれば、上の名前もそれなりに大事だということはわかると思う。(そして信長様~とか秀吉様~とか言っている時代劇が全部嘘っぱちだということも分かるだろう)

平忠常の乱を平定しようとした、桓武平氏嫡流平直方は、乱の平定に失敗するが、清和源氏事実上嫡流である源頼義を婿に迎え、領地であった鎌倉を譲り渡す。この時、鎌倉坂東源氏拠点であると同時に、平氏源氏嫡流が交わった聖地という意味が生じた。そこから八幡太郎義家が生まれ源氏の声望が高まり、その嫡流である頼朝権威づけていく。

ここまでくれば、坂東平氏である北条家が頼朝を婿にとり鎌倉本拠地に据えた意味が分かるだろう。平家源氏が交わり、鎌倉拠点とするというのは故実に則った神聖儀式なのだ。ちなみに、北条家が坂東平氏の由緒正しい血筋だというのはおそらく自称であり、フィクションである。だが坂東武士は将門の祟りの方が怖いので、血筋の細かい所は気にしないのだ。

鎌倉に作られた幕府は初めから天皇を中心とする朝廷対立関係にあり、承久の乱勝利することで朝廷の上位に立ち、皇位継承操作するまでになった。それはなぜかといえば、平将門朝廷から独立志向していたかである平将門怨念が実際に実を結んだのが鎌倉幕府である頼朝の下で働いた北条梶原三浦和田千葉熊谷などは、みな坂東平氏である。そして役割を終えた源氏はどこかに消えて、坂東平氏北条家による支配が行われた。

そして戦国時代、後北条家の話になるが、後北条家は伊勢新九郎盛時、北条早雲によって立ち上げられる。伊勢氏室町幕府政所執事の家柄で、ものすごく偉い。ちなみに桓武平氏である

室町幕府というのは北条家に牛耳られた鎌倉幕府を倒して出来た政権である鎌倉幕府内の源氏で最高の血筋だった足利鎌倉幕府を倒し、北条家はほぼ滅亡してしまう。そして源氏である足利京都朝廷とベッタリの幕府を作った。平氏による独立志向関東幕府から180度の転換である

史実ではものすごく偉かった伊勢新九郎盛時であるが、実家室町幕府の偉い家柄で、関東を牛耳りに来たというのは、いかにも坂東武士には都合が悪い。仕方ないので、先祖を辿れば同じ坂東平氏という縁にあやかって、北条の名を名乗ることにした。ちなみに名乗ったのは息子の氏綱の代である。そこで、おそらく後北条家のプロパガンダによって、歴史改変が行われ、謎の素浪人北条早雲が、下克上嚆矢となり関東に覇を唱えたという、我々のよく知るストーリーが現れる。よく調べると、全てデタラメである

これにより、なぜ後北条家が秀吉と争い、滅亡への道を歩んだかも分かるだろう。秀吉関白天皇代理である天皇と対抗する存在である坂東武士にとって、秀吉に降ることは、平将門祟りを招きかねない決断であった。そのため、天下の趨勢が決しても、徳川伊達の援軍が得られなくても、単身で秀吉と抗い、滅びたのである。それだけ将門の祟りへの畏れや、坂東武士の誇り、天皇家という存在に対する対抗心が強かったのだ。

平将門武士の始まりであり、武士スピリット体現する存在である武士は武装し土地を守り、権力に抵抗する存在であると同時に、一族で争い、殺し合う存在である。その構図は徳川家康武士を飼いならすことでご破産になり、そこにあった本質は見えにくくなってしまっているが、武士を知りたければまず平将門を見て欲しい。

2017-06-03

小倉唯嫌い

かわいいだけでちやほやされるというのを体現してる女だから

いい加減演技上手くなれよ

2017-05-27

非暴力主義を貫いたガンジーは、提唱してから自身は一度も殴られた事がない事実

彼の思想により彼のシンパがやったデモ行進は有名だが、その行進の先頭に彼が立ったことはない。

まり殴られたのは弟子若者ばかりであり、彼はそれを黙って眺めていただけだ。

この事実を考えてみると、彼も『中年ハッピー』の探究者に過ぎなかったのではないかと思えてくる。

中年ハッピーとは、主に35歳程度を過ぎたあたりの男性の訪れる、無感動感のことを指す。

女性更年期は、意味もなくイライラした気持ちになったり、突如汗が大量に噴き出すなどの現象があるが、それの男性版だと思ってもらっていい。

男性中年場合、なにをやっても面白くなくなってしまう。

ただ『面白い』という言葉日本語だと多岐にわたって使う便利ことばであり、いまいちどういうことさすのかはっきりしないので、英語の『Happy』つまり幸福感に限定しますね。

それまでの年齢までは、仕事でいい成果を出したり、家族恋人食事に行ったり、子供の成長を感じたりすることで幸せを感じていた男性ですけども、どういうわけかある時期を境にその感覚が鈍くなってくる。

なにをやってもいまいちパッしないというか、感動が薄くなる。

Happy感覚生活の中から消失してしまう。

そんな感じ。

そういう状況に陥った中年男性は、どうにかして幸福感を取り戻そうとする。

若い女性浮気してみる、趣味に没頭して成果物blogを作って見せびらかしてみる、日曜大工に目覚めて家族に押しつけ家具を作ってみる、なぜか蕎麦を打ち始めてみるとかいろいろ。

そういうことをやってみても、ほとんどの場合若いときに感じた、万能感とともに訪れる天にも昇るような幸福感~World's is mineな瞬間~は戻ってこない。

絶望しますよね。軽くですけども。

その後、中年男性はどういう行動にでるかというと、その幸福感を所有しているもしくは獲得する可能性のある連中~つまり若い男性~に対して足を引っ張るようなことを始めます

社内で相応の地位になってからは、若い社員にあーだこーだと理由をつけて常に働かせるように仕向ける。

中学部活動顧問になって、クソ味噌に怒鳴り散らして常に走らせる。根を上げて休み始めたら、個人資質攻撃する。

政治家がひとことふたことアンモラルなことを口にしたら、役職を解かれるまでネガティブツイートしまくる。

免許をとってから数年しかたっていないと思われる若者事故を起こすと、喜々としてそらみたことか節で安全運転を語り出す。

嫁の家事に口出しをし始める。

リモコン位置普段位置にないことを、まるで人殺しでも犯したかのように責める。

娘が彼氏を連れてきて結婚したいと紹介したら、絶対に許さん!!と言って見たりする。

などなど。

こんなことをしてもぜんぜん幸福感は戻ってこないんですよね。

しろ数年後に社会の中心世代になる若者の恨みを買うわけだから、確実に不幸になるんだけど。でも、ついやっちゃう

そんな感じの中年ハッピー探究者になっちゃうわけです。

話はもとに戻るけど、ガンジーって男はわりと人間の屑で、自身若いころは若い女喰いまくり性的に超だらしない男だったそうな。

実の父親の死んだか葬儀ときかははっきりとしないけど、同じ時間に別のところでまぐわってたとかいう記録まである

そんな男が中年を過ぎ老人の年齢に差し掛かったころに提唱したのが、非暴力主義とそれを体現する若者デモ行進ですよ。

体が健康若い女を抱けて子供も作れる若人が、警官警棒ボッコボコにされるとかいう、フザケタ状況になるようにうまいこと誘導した。

もちろん自身は殴られることのない安全圏にいて見てるだけ。

それを望むのが、とうの殴られる若者など、彼のシンパときたもんだ。


その状況をどのような気持ちで見守ってたか

ははは。

偉人とかもうね。

2017-05-25

なぜこの世が弱肉強食である理解しないのか

概ねどの記事でもそうだが、「この世は弱肉強食である」とか書くと「適応云々~」だの「人間社会はああだこうだ~」というマウンティングをよく見かける(本人はこれで論破した気になってるのでマウンティングということにしておく)

しかし、現今社会アベ政治であろうがミンス政治であろうが、そこにあるのは強きものが弱きもの搾取して成立する社会であり、これを弱肉強食と言わないでなんと呼べばよいのか、低偏差値の私にはわからぬ。

そもそもの話、所得層のピラミッドを建てれば少なき富裕層が多き貧困層から回収するシステム経済システムは出来上がっており、これ自身が既に格差社会弱肉強食を産まんとする力学が働くだろう。

そうでないとして、これを上流から下流へ流さんとする力は明らかに弱い。なぜか。

貯蓄するからである

企業内部留保はよく批判されるが、これは言ってしまえば企業貯金である

これを切り崩すなり他からなんとかするとして個人に分配するとしよう。個人は消費するだろうか?

消費せず、貯蓄するのは想像に難くない。

結局、法人個人という枠で、どっちが貯金するんですか、というのが今の働き方改革含めての日本社会問題なのだ

まり総量は変わらず、バランス問題であるという。

では新たな問題だが、バランスのよい(良さは解釈によるが)社会弱肉強食は成立し得ないのか。

これは世界的な食糧問題とも直結するが、総量の少ない中でバランスを求めてもそこにあるのは全貧困という絶望だけである

倹しい暮らしなどと綺麗事はいくらでも吐けよう。しかし我々は、我々自身が、資本主義の門弟であり、快楽主義権化であり、自由主義体現である

これを否定して誰が満足しようか。しない。

満足を求めて、争う未来が待っている。

総量を増やさぬ未来平等な、あるいはそれに近しい幸福などありえない。

では総量を増やすにはどうすればよいのか?

一人あたりの総量を増やすために、必要な数を減らすのである

分子は増やして、分母は減らすのである

コレを否定するならば、たとえば一極に富を集めるなどして集積することで、見かけ上の平等を実現するのが適当であろう。

もちろんこれでは地球規模の平等たり得ぬ。あるのは一極を超えた格差であり、弱肉強食である

これを戦後実現せしめた国が存在する。

その国には、衰えを受け入れられぬ民が豊かさを求め、自らが争いの担い手になることを怯えながら暮らしている。

2017-05-18

意見交換会合コンではない(n番煎じ)

国際基督教大学International Christian University、ICU

私の母校だ。

2人の卒業生婚約日本(の一部)が盛り上がる中、ただただ一卒業生として発信したいことがあるので、筆を取った。

まず初めに、この文章ICU卒業生代表文章ではない。

"過剰な一般化"かもしれないし、統計的データがあるわけじゃない。

から、これは私の主観経験によって構成された文章となっているはずだ。

ーーーーーーーー

結論から言うと、彼らが知り合ったきっかけとされる"意見交換会"が"合コン"だったということは非常に考えがたい。

(学校の規模が小さすぎて、自分の"友達の友達"でほとんど全員にアクセスできるため、学内合コンなどほぼ有り得ない。)

他の大学の方からすれば信じられないかもしれないが、ICU生の大多数は学内しろインカレしろ合コン経験である

ICU生はだいたい「他の大学と"違う"」という理由で、ICUを選んで入学している。

ICUは、上京を目指す若人が一般的に憧れるような"キラキラ"した大学ではない。

すごい地味な大学だ。

周りに学生街と呼ばれるようなものはないし、キャンパス内にスタバはもちろんない (武蔵境駅前にはあるけど)。

では、みんな何を求めて、ICUに入るのか。

ある人にとってはそれが、英語教育だったり、リベラルアーツ教育だったり、特定メジャー(専門分野)だったり、学校雰囲気だったりする。

何を求めて入学たにしても、ICU生は何故か批判的思考を知らぬうちに身につけていく。

そんなICU生の大多数が共通して敏感に反応するのは、"性"が関わるトピックについてだと思う。

それが、ICU卒業生在校生が、意見交換会合コンに対して、異論を表明している理由でもあるのではないだろうか。

合コンというのは、良くも悪くも"社会的押し付けられた性へのイメージ"の結晶と言える。

(男性が〜〜すべきとか、女性は〜〜するとか、そういう類のこと)

ICU生の大多数はぶっちゃけ、この"性へのイメージ"に超批判である

くだらないと思ってるし、押し付けられたくないと思ってる。

から合コンにも無関心/批判的だし、実際行っても"需要"はないと思う。

だって相手から求められる"性へのイメージ"を体現し(て)ないから。

こんな感じで、ICU生は合コン経験を貫くのではないだろうか。

勉強で忙しいとか色々な主張があると思うけど、私はそう思っている。

てか、書いてて眠くなってきたので寝る。

起きてまた気が進めば編集しよっと。

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516140352

こういう「周囲に合わせて嘘をつける俺ってオトナ」みたいな奴のほうがダサいわ。就活生かよ。

嘘とかどうとかじゃねーだろ。

こいつの言ってることは守らなきゃいけないような「真実」なの?

もしくは「芯」とか「矜持」とか呼べるもの? 

それぐらいの値打ちのある何かなの?という話をしてる。


そーじゃないよね。

結婚制度について鋭い懐疑を投げかけちゃうクチャン」

「凡人が大切にしているものクールにどうでもいいといえちゃうクチャン」

ていうだけじゃん。

見ててこっちが恥ずかしくなるわ。

こういうのは中学時代にやってみてダサさを体現して恥搔いて思い出にしておくものだろ。

最近は成長遅いか大学生ぐらいでやってる奴もたまにいるけど、限界でもそこまでだろ。

オッサンがやってたら痛いの一言だよ。

リアルじゃ言ってくれずに離れていくか遠くで笑われてるだけだぞ。


そんなしょうもない自意識の為に身近な人間イラつかせたり泣かせたりするのも辞さないのは幼稚すぎで

人と付き合わずに1人でやってなさいってんだよ。

2017-04-30

萌え絵イラっとくる理由

今日駅に貼ってあったいわゆる萌え絵的なポスターになんとなくイラっとしたのだが。(萌え絵定義を詳しく知らないけどね)

これはぶりっ子に対する嫌悪感と似たようなものなんじゃないかと思った。しかしなぜぶりっ子を見るとイラっとしてしまうのか、考えてみるとよく分からない。

おぎやはぎ矢作、「ぶりっ子」と批判的な言い方をやめて「男性へのサービス精神がある」と言い換えることを提案 | 世界は数字で出来ている

このおぎやはぎの言っていることは正しいと思う。サービス精神が無いよりはあった方が良いに決まっている。男性女性のためにドアを開けてあげたり荷物を持ってあげるのだって言ってみればサービス精神だ。男性アイドル女性ファンに対する「ぶりっ子」的な側面があるだろう。(自分特定アイドルファンではないが)

しかし人が媚びている様をみるのはあまり気分の良いものではない。それとやはり男性に好かれようとしている様をみるのが気に入らないのだろう。自分にできないことで好感を得ることに対する嫉妬だ。(ぶりっ子をしたくないのもあるが、ある程度見た目がよくないとぶりっ子有効ではない。ブスのぶりっ子需要はない)

萌え絵に対する嫌悪感は、ポスター対象萌え絵を喜ぶ男性女性でも喜ぶ人はいると思うけど)に限られているということから来るのかもしれない。自分無視されてる感。

しか少女漫画イケメンが書かれてあってもなんか嫌な気がする。少女漫画は好きだけど。公共の場に貼られたポスターに異性に対する行き過ぎた理想が表れているのが嫌なのかもしれない。金麦檀れいが嫌われてたのもあまりに「男の理想像」を体現していたからだろう。そこまで恥ずかしげもなく理想像公開しちゃう?ってところと、こんなやついねーよ、ってところ。少年漫画ヒロイン少女漫画ヒーローに対して「こんなやつ実際いねーよ」というツッコミと「漫画なんだから理想キャラ出してなにが悪い」という反論はよくある応酬だ。漫画なら嫌なら読まなきゃいいだけだが、ポスターCM勝手に目に入ってくるのでイラっとしてしまうのだ。

結論:異性への理想体現したキャラクターが異性に媚びた雰囲気をまとって公の場に貼り出されていることへの嫌悪感

(だからやめろってことではありません。ただ私がイラっとしてしまうのも自由なので、その理由を考えてみました)

2017-04-27

国会議員ホームページを論評してみた

国会ウォッチャーさんほどではないけど、自分国会は好きだしたまに見る。

今まさにどういうルールや予算が出来るのかとか、どういう運用になるかなとか、面白そうなテーマないかなとか、そんな感じ。プロ野球に例えるならば、時間があまりないとき山田(ヤクルト)vs菅野(巨人)みたいにピンポイント面白いところだけ見るけれど、時間あるならば中継で見たいし、可能ならば直接球場に行きたいみたいな感じ。

国会見てて思うのが、700人近く国会議員が居るだけあって、新聞/報道は国会活動の本当に局所的な部分しか伝えないなということ。国会ウォッチャーさんはどのようにして国会活動を把握しているか分からないけれども(是非教えて欲しいです)、自分は各国会議員ホームページ一次ソースになることが多い。

いずれにせよ、国会議員ホームページ千差万別で、活動報告に写真しか載せていない人も居れば相当仔細に立法活動を記録している人も居れば中村喜四郎みたいな人も居る。ただ、多くの場合、自分のような有権者が求めている情報とギャップが有る。

一つの原因として国会議員ホームページに対する有権者側からの包括的レビューが無いことがあるのだと思う。というわけで、以下自分の知っている範囲で国会議員ホームページレビューしてみようと思う。13人ぐらいの紹介しているが、はてなスパム対策により全員にリンクを貼れていないのであしからず

自分が重要視するのは以下のような基準。

①UI(見やすいか、モバイル対応、反応etc)

政策ビジョン(論点の明確さ、情熱特設サイトetc)

③立法活動(議員立法に関する情報、資料、法律のメリットデメリットetc)

④予算/決算に関する情報(一般会計特別会計、GDP統計への言及、予算書コード番号の付記、税制への言及etc)

行政/司法に対する監視(質問主意書議事録・動画・資料、要約、検索容易性etc)

⑥実行力・組織運営能力

⑦内容が面白い

⑧定期的なengagement(更新頻度、予定の通知、SNS、連絡のし易さetc)

⑨収支報告

多くの人がそれぞれの基準があると思うが、どのような基準にせよ、ある程度国会議員ホームページ標準化してもらいたいと思う。特に、国会議員ホームページは、立法過程を記録しているという意味では単なる個人のホームページとは異なる次元の重要性があるので、是非もっと質的量的な情報発信を心掛けて欲しい。

①UI

前原誠司 衆議院議員(民進党) http://www.maehara21.com/

普通に見やすいのは前原さんのホームページモバイル対応もしているし。個人的には色の使い方が好き。議事録質問主意書も載っているので大まかには議員活動を追える。

ただ、前原さんクラスからはもう少し政策とかビジョンに関する情報が欲しいかもしれない。自民党の石破さんみたいに『シンゴジラ』と絡めて日本の安全保障を語るとかの工夫も交えながら。

あと、政治とカネ問題で失脚したのに収支報告書がないのが残念。

②論点の明確さ・政策ビジョン

辰巳孝太郎 参議院議員(共産党) http://www.tatsumi-kotaro-jump.com/black

野党の一年生議員辰巳さん。コンビニに於ける労働問題に取り組んでいるようで、こういう風に「特設サイト」をつくる情熱は素晴らしいし分かりやすい。自分コンビニ会計について少し調べる契機になった。

野党の議員もっと政策で勝負して欲しい。日程闘争や失言狙うのではなくて。そういう意味でこういう「特設サイト」を作るアプローチはとても良いと思う。

自分は森友問題でこの人を知ったが、とてもテンポが良く質疑内容も分かりやすかった。森友問題でも資料をまとめたサイトを作っている。

正直こういう「関連資料をすべて載せてます」みたいなサイトが欲しかったので、とても有り難い。質疑のリズム感も合わせ、「政界グレン・グールド」とでも言うべき独特の世界観の広がりを感じている。森友問題は下火になりつつあるが、学校法人を舞台にした政治とカネ問題の亜種に思えるしその他行政府情報公開に関する様々な論点があるので、立法府はこの人を委員長にした特別委員会でも作ってそこでじっくりやって欲しい。

また、日本共産党の森友問題に関する追求を見ていると、やはり政党交付金企業献金を受け取らない政治基盤の強さと言うものを感じる。個人的には、国会議員ホームページもっと拡充することにより、幅広く個人献金の慣習が広がり、1~3億円ぐらい集める人が現れ始めたら日本の政治も少し変わるかなと思う。

③立法活動

山田俊男 参議院議員(自民党) https://www.yamada-toshio.jp/

ここで紹介したいのがこの自民党議員。こういう「オレが作った法律」みたいな項目がとても好き。その法律に関する審議なり資料なりが包括的にまとまっているのも有り難い。他の国会議員ホームページではこういう立法活動に関する情報が本当に少ない。<番外編>に出てくる西川議員と合わせ、一部の農林族は良い意味でやたらと説明的なのが不思議

惜しむらくは、その法律に関するメリットデメリットや各種データシナリオが無いこと。あとは、「投票歴」のデータが無いこと。規制改革推進会議の方針といろいろ違うみたいだけれど、「主要農作物種子法を廃止する法律案」や「農業競争力強化支援法案」に関して賛成なのだろうか。

全体的に政策に関する情報も分かりやすい。あと、amebaではなく、wordpresshatenamediumにして移行してもらえると有り難い。

④予算/決算に関する情報

河野太郎 衆議院議員(自民党) https://www.taro.org/2017/01/6929.php

予算に関する情報は、「行政事業レビュー」を主導している河野議員ホームページが一番多いように思う。そして普通にかなり面白いし、勉強になる。残念なのは、河野議員とはいえ各目明細書や予算書コード番号ベースの細かい説明は記載されていないこと。

行政事業レビュー」では次は社会保障テーマになるようだが、「こども保険」の話題からも次の選挙は社会保障が争点になりそうなので、とても楽しみ。河野さんはどれほど議論を主導できるだろうか。ひとまず時間のある時に我が国社会保障制度の説明で定評のある平成24年厚生労働白書』でも再読しよう。

最近提唱された「こども保険」には、「子育てリスク」というような新しい発想が導入され、そのような社会を作った数十年の自民党の施政を否定する可能性があると思うが大丈夫なのだろうか。子供の観点からは、日本に生まれること、誰が親なのか、誰が先生なのかはリスクだと思うが。

玉木雄一郎 衆議院議員(民進党)が提唱するような「こども国債」はもっと知りたい。次世代への負担の移譲という観点から批判されやすいが、歳入面での相続税に対する租税措置的な制度設計だと勝手に解釈しているので。悪影響が多いアパート節税などの相続対策を減らし金融システムリスクを低減しつつ、所得の再分配を実現できる可能性があると思う。

というかこの人まだ3期目なんですね。結構活動が多岐に渡る印象だが、ホームページを見てもその活動を追えない。UIを改善してくれたらかなり有り難い。

ちなみに、決算会計検査院に関する情報は誰か発信しているのだろうか?

行政/司法に対する監視

倉林明子 参議院議員(共産党) http://kurabayashi-akiko.jp/report

自分の興味のあるテーマではないが、何というか情熱を感じる。gds(議事録、動画、資料)もしっかり揃っている。検索も出来る!!!将来関連する法律/予算を調べるときにかなり重宝しそう。強いて言えば、「投票歴」と要約が欲しい。また、どの予算を話しているのか分かりにくいので、予算コードを記載して欲しい。

なお、動画は衆議院参議院サーバーは1年ぐらいしか保存できないみたいなので、衆議院参議院へのリンクではなく、youtubeにuploadするなどしておいて欲しい。倉林さんはそうしている。

あと、審議中のパネルってそんなに大事だろうか。中継にしろ動画にしろパネルを見ながらは結構しんどい。前もって資料を頂けると有り難い。ついでに行政府に何を事前通告したかも教えて欲しい。

正直倉林さんの扱っている議題が自分にはちんぷんかんぷんなのであまり理解できていない。ただいつか必ず読むことがあるのだと思う。i shall return。

やはりDJ的に論点を教えてくれて盛り上げてくれる人が欲しい。。。

永田町のDJ的な存在といえばこの人だろうか。

山本太郎 参議院議員(自由党)のページ

ホームページを見ると結構熱心に議員活動をしていることが分かる。実際に議事録質問主意書だけでなく、要約的な動画を作ったり、さらに動画に字幕があったりと有り難い。

取り上げているテーマは意外に面白い気がする。日本政府がどれほど定量的リスクシナリオを分析しているのかは疑問があるので「原発とミサイル攻撃」(2015年7月29日 平和安全法制特別委員会)みたいな議論は大事だと思った。少子化問題や貧困問題解決手段としての住宅政策(2017年3月9日 内閣委員会)に関する議論も様々な知見を得ることが出来た。

ただ、こうしたテーマに対する陰謀論的なトーンには追いつけない。重要なテーマだと思うので地道に着実に追求して欲しいと思う。あと、DJ的な盛り上げ能力はもう少し期待してます。。。

⑥実行力・組織運営能力

岸田文雄 衆議院議員(自民党) http://www.kishida.gr.jp
塩崎恭久 衆議院議員(自民党)のページ

実行力や組織運営力を確認する方法論はいろいろあると思うが、ひとまず行政機関トップホームページ

岸田さんのホームページは全体的に品があり、ブログの内容も面白い。ちなみに、岸田さんが演説しているときあまりヤジを聞かないのは気のせいだろうか。安倍首相体現しているようなコミニュケーション力の高さな帝王学も、それが今の日本に必要なのかは分からないが、持っているようだ。是非もっとブログ継続的に書いて欲しい。

塩崎さんのホームページ面白い。というか、結構英語上手なんだと言う発見。政策に関する情報はUIに工夫の余地があると思う。昔日経夕刊で一週間ぐらい寄稿してたけれども案外文学青年な気がするのでそういう文章をもっと期待している。

小池百合子 東京都知事のページ

小池さん都知事立候補して急いで仕立たと思われるホームページ。当時は短時間とはいえよくこのレベルまで作ったなと思い、組織運営能力は高いのかなと推察出来た。「情報公開」を争点をするセンスも良いと思う。ただ、選挙の組織運営には強いが、その後の組織運営はどうなのだろうかという印象。

⑦内容が面白い

大塚耕平 参議院議員(民進党) https://ohtsuka-kohei.jp

先程の河野太郎議員と合わせ、メルマガがかなり面白い大塚さんの場合、内容が毎回違いやたらと多岐に渡るが、優秀なブレーンでも居るのだろうか。メルマガの内容を発展させたものを、その後の委員会質疑なので展開するので、立法活動が追いやすい。以下でも取り上げるが定期的なengagementは本当に大事。700人を追うことは無理。

あと、ダークホース的なのが

大野元裕 参議院議員(民進党)のページ

自分インターネット中継の参議院本会議で知った人だが国際情勢、特に中東情勢、に関するブログ面白い気がする。amebaではなく、wordpresshatenamediumにして移行してもらえると有り難い。

というより本会議に登壇するレベル議員でもほとんどの人は、本会議中の写真は載せているがその演説内容や資料をホームページに載せていない。何故なのだろう。

他にも面白いテーマを扱っている議員は居るはずなので自分がチェックしきれていないので是非教えてください。。。

【番外編】出版物面白い議員
西川公也 衆議院議員(自民党)

の『TPPの真実』は今まさに読んでいるが面白い。このように交渉過程を記録してくれていることで包括的評価が可能になると思う。甘利さんとかも是非回顧録を出版して欲しい。他国の交渉官の回顧録も読みたい。ちなみに、TPPに関する「特設ページ」は12ヶ国中日本政府内閣府のものが最も情報公開をしていて資料も多いと思った。結構日本政府が主導してルールを作っていたのかなと推察している。UIは残念な感じだが。

西川さんにしろ甘利さんにしろこのレベル議員政治とカネ問題で失脚する脆弱性を抱えているのはとても残念。その辺の事情をブログなりに書いて欲しい。あと、収支報告書も。

不動産周りのルールの立法過程を知りたくなったので保岡興治 衆議院議員(自民党)の著作も読んでみようと思う。渡辺喜美さんの『金融商品取引法』のように立法過程に携わった方々の出版物もっと出版して欲しい。

⑧定期的なengagement

山添拓 参議院議員(共産党) http://www.yamazoetaku.com/schedule

野党の一年生議員だからか、質疑時間も短く扱うテーママニアックだが、予定を前もって告知してくれるので、少しでも自分なりに調査することが出来る。実際に自分が興味あるテーマではないので、そのまま中継で見る機会は少ないが、あとで要約をさっと読みついでに議事録を読んだりすると結構面白い質問をしているなと印象がある。資料もどこかに置いといて欲しい。

多分twitterでは少し煽り気味。議事録ブログとは違う感じがする。2017年4月13日日経によると、「長澤運輸事件」での最高裁の判断をもとに行政府は「同一労働同一賃金」に関する政策を進めるようだが、その際に論客として名乗りを上げるかもしれない。

日本の国会に最も欠けていることの一つがスケジュール予見可能性だと思う。そういう意味でこのUIはとても有り難い。このように予定という項目がある国会議員ホームページ殆ど無い。というより、他の有権者はどのようにして国会の審議スケジュールを把握しているの??

twitterとか見ていると「明日、本会議代表質問します」みたいな国会議員が多々いるけれども、そんなに社会人スケジュールって流動的なのだろうか。いくら国権の最高機関とはいえ、数日前に予定を教えてくれないとリアルタイムで追うのは難しい。。。

多分、多くの国会議員の方は国会スケジュールに関しては(今日も審議中止みたいだし)そういうルールだからみたいな一種の諦観があると思う。そういうなかで山添さんみたいな感性は本当に素晴らしいと思う。国会の審議のルールも整備できなくて、国家のルールを作れるのだろうか。。。

野党は「日程闘争」という手段で与党に対抗するのも良いけれど、政策論争を本当はして欲しい。「共謀罪」はもしかしたらこ国会で成立しないけれどもそれはスケジュール関係?それとも政策的に落第だから?野党のほうがもっと良い政策を提案したから?「日程闘争」では次の政権を担えるかは微妙だと思う。あと、「日程闘争」とはいえ「憲法審査会」は開催するぐらいの余裕はあっても良いと思う。

⑨収支報告

長妻昭 衆議院議員(民進党) http://naga.tv

多分今日時点(2017年4月27日)で最もホームページが充実している議員の一人だと思う。上記の各種項目はほとんどクリアしているし、「今週の一分動画」も個人的には結構好き。驚くべきことにほとんどの国会議員ホームページには収支報告書が記載されていないがちゃんと(少し古いが)記載されてある。

長妻さんの収支報告書を見てびっくりしたのが、枝野さんの収支報告書もそうだったが、政策を調査・展開するために使われる「調査研究費」などの勘定項目が15万円程度だということ。感覚的には2000万円ぐらいあっても良いと思う。

実は長妻さんのホームページには重要な欠点があると思われる。それはinstagramが連携していないとか、word pressの管理画面のurlにアクセス出来るとか(多分この時点で安全保障は任せられないなとは思うが。多くの議員ホームページも同様)ではなく、数年前まで自分は長妻さんの選挙区だったということだ。確かにその時の自分実効税率も低く責任も無かったのでルールにも興味はなかった。だが、これほど素晴らしいホームページを作って議員活動を定期的に報告しても、その当時の自分レベルの人間には伝わっていなかった。

根本的な原因は、多分、ビジョンが無いことなのだと思う。

年金制度の抜本的な改革とは何か?メリットデメリットは?それに関するデータや資料はどこにある?他の社会保障制度との関連は?その改革後のシナリオは???こういう点を「特設サイト」なり何なりで是非説明して欲しい。現政権の厚生労働白書より良い物を期待している。

とはいえ、2014年衆議院選挙東京小選挙区民進党候補が壊滅したなか唯一当選した議員なので、相当程度ホームページでの活動小選挙区のブレやすい波に左右されないコアなファンを形成するのに成功しているのだろう。ゴールデンウイークに日本待機を命じられた比例復活議員は参考にしたらどうか。

細かい点を言えば、uploadする資料の向きを整えて欲しい。あと、「マクロ経済スライド」に関して長妻さんがどのような発言をしているのかみたいな検索が出来るとうれしい。

収支報告書も監査付きのものが、本当は欲しい。

こんなところだろうか。

終わりに

自分のなかでは上記の9つの項目のうち、5つ満たされていれば投票を検討し、7つ以上あれば個人献金検討する感じ。とにかく、「投票歴」と「収支報告書」と「gds(議事録・動画・資料)」は全国会議員のホームページ標準的に記載されていて欲しい。slackも導入を検討して欲しい。

日本維新の会に関してはtwitterは盛り上がっているがホームページで良いなと思える議員は居なかった。ただ、100法案提出みたいなサイトはある。公明党議員ホームページ自分では良いなと思えるものが少なかった。自分がチェックしきれていないだけだと思うので、誰か教えて欲しい。

国会議員情報発信クオリティーが高まれば、国会中継は少なくともその辺の交流戦試合よりは面白くなると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170427062114

なんだよ

タイトルでいつもの日本いかに落ちぶれてるかの内容だと思ってオナニーしようと思ったのに。。

こんなんじゃ正しさを体現するはてなーとしてブクマできねーわ

2017-04-23

教員免許を5年更新にしたらよくね?

教員不祥事やらいじめ問題やらが起きるたびに思うんだけど、教員免許を5年ごとに更新するようにして不良教員追放やすくする制度を作ったらどう?

教員免許持ってても教師になれない人はたくさんいるから、教育界の新陳代謝が活発になって教育健全化するんじゃない?

ついでに、教員更新試験を導入して、

という2点をしっかり理解して教育できるかをチェックする。

ダメなら他の仕事してもらえば良いもんね。

学校教育教育勅語を導入する必要はないけど、教員体現していればよいでしょう。

共産主義は、ポルポト北朝鮮文化大革命スターリン粛清日本国内の数々の犯罪行為を考えれば、権力欲により多くの人命が損なわれた間違った社会制度なのだから美化するのは狂っている。

 

教育改革教員制度改革です。

2017-04-08

Ubuntu Code of Conduct v2.0を適当日本語訳してみた

訳注

Ubuntu Code of Conduct(行動規範v2.0

コミュニティ

Ubuntu」とは、「他者への思いやり」のことです。この単語自体が、人間としての精神体現しています

我々は、生産的で、幸福で、複雑な領域における新しい発想を歓迎できる柔軟性を持ち、また、あらゆるプロセスを常に改善し、さらに、各々が全く異なる要求や関心、能力を持つグループの間の協力を促進するコミュニティ希求します。

我々は、メンバー多様性によってコミュニティを強靱なものにするために、多様な参加者を活発に探します。このUbuntu行動規範は、多様なグループがお互いの利益と喜びのために協調することを確実にするために存在しています。我々は、誰であっても、プロジェクトへの参加に障害がないよう努力します。

行動規範一般的に、公的であれ私的であれ、我々がどのように振る舞うべきかを統率します。我々は、プロジェクト代表者公式非公式を問わず)、関係者、そして直接の参加者が、このUbuntu行動規範尊重することを望みます

我々は、下記に真剣に努めなければなりません。

思いやりを持つ

我々の成果物他者によって使われるでしょうし、また逆に他者成果物にも依存していますいかなる決定であっても、利用者関係者に影響を与えることを頭に置いて、決定をするときにはそのことを考慮する必要があります

他者尊重する

意見に相違があるからといって、無礼な振る舞いをとってはいけません。衝突を解決するために協働し、他者善意で行動していると仮定し、親身になるよう努力しなければなりません。苛立ちが個人攻撃に発展することがあってはなりません。不快感を覚えたり脅威を感じるコミュニティは、生産的ではありません。

発言と行動に責任を持つ

間違いを犯すことは誰にでもあります。そのときには、責任を取らなければなりません。もし誰かが傷つけられたり攻撃されたときには、注意深く、そして思いやりを持って意見を聞き、間違いを正すよう行動しなければなりません。

協力的である

我々が作り上げようとしているものは複雑で、それぞれに想いが込められたたくさんのパーツでできています。各々が違ったゴールとビジョンを持つチームの間での協調は不可欠です。ただのパーツの組み合わせ以上の成果物を作り上げるには、各々のパーツが全体を理解するよう努力しなければなりません。

協調して取り組むことで、冗長作業を減らし、品質の向上につなげることができますプロジェクトの内外を問わず協調することは大切です。可能な限り、アップストリームプロジェクトと共同で作業し、フリーソフトウェアコミュニティ協調することが必要です。透明性を確保し、その作業に関心を持つ人とはなるべく早期から協働するのが良いでしょう。

明白さ、透明性 (clarity) 、合意を重視する

社会的な、あるいは技術的な意見の不一致はよくあることです。しかし、意見をまとめずそのままにしたり、何を合意したのかを不明確なままにして他の人を悩ませることがあってはなりません。

プロジェクト参加者は、意見の不一致を建設的に解決することが期待されています。もしも合意に至らなければ、あらかじめ決められたリーダー仲裁を依頼し、透明性 (clarity) と指示を求めます

からないことがあれば手伝ってもらう

誰であっても、完璧であることを求められてはいません。誰かに質問することは、後で発生するであろう問題回避できるので推奨されます。ただし、適切な場所質問してください。質問を受けた人はすぐに反応し、手助けしてあげてください。

役目を降りるときには丁寧に

プロジェクトを離れるときには、与える混乱を最小限にするよう動くことが求められますプロジェクトから離れることを他の人たちに伝えて、離れる人が作業を中断した地点からほかの人たちが再開できるようにしてください。

リーダーシップ権威責任

我々は、実例議論と行動によって動かされます。新しく参加した人は、もしプロジェクト改善につながる新しい考えがあれば、ぜひ人々を率いて、行動を起こしてください。リーダーシップは、行動を起こすことだけで誰でも実践できます。その機会があれば、誰かの許可を待つ必要はありません。

トップから権限委任

プロジェクトに関する責任は「慈悲深い独裁者」を頂点として、そこから特定範囲について責任権限委任されたコミュニティカウンシル、その下にいるチームや委員会 (councils) 、個人委任されていきますコミュニティカウンシルまたはその代表者が、争いごとの解決を行います

我々は実力主義に基づいて、意思決定や統率、リーダーシップを、長く参加している人から能力があって関心の高い候補者委任していきます

権限委任は支持に基づくか評価されている

評議会 (boards) や委員会 (councils) への任命は、コミュニティカウンシルが決定権を持ちます。ただし、事前にコミュニティに対してインプットを求めるものします。

リーダーシップは、表彰権利肩書きではありません。リーダーシップ権限であり、そこには責任が生まれますリーダーシップコミュニティから委任されたものです。リーダー権限は、委任するコミュニティから支持されている間だけ得られるものです。

議論データと決定を尊重する

我々は何かものごとを決める前に、意見データ関係者から意見表明を集めますリーダー役割として、チームが決定を遅滞なく行う手伝いをし、ガイダンスを与え、合意に至らなかったときに決定をし、決定の実施責任を持つことが期待されています

何かを決めないことには、先に進めません。明確な指示には価値がありますときには、データが足りなかったり、合意が得られがたいこともあるでしょう。それでも、何らかの決定を下さなければなりません。いつでも完璧な決定を下せる保証などないのです。決定を先延ばしにするより、失敗して、失敗に学び、将来の役に立てることが大切です。

我々は、問題をより把握しているチームを信頼して決定を下してもらうことで、プロジェクトはよりよいものになると認識しています。もし決定に不満があれば、それを下したチームと調整します。調整が付かなければ、その決定についてレビューする統治機構 (governance structure) があります。つまるところ、責任を持つ人が決定を下し、それがプロジェクト統治 (project governance) に支持されていれば、その決定は有効であるします。我々はある決定について納得しないこともあるかもしれませんが、それでもプロジェクトを信用し、たとえ内心では違うほうがよいと思っていたとしても、プロジェクトとしてその決定が実施されることを支援します。

開かれた実力主義

誰であっても、どの組織所属していようとも、どのようにプロジェクトに関わろうとも、我々は参加を歓迎します。コミュニティは開かれたものであり、能力や適性を持っていることを示せれば、職責を負うことができます

チームワーク

リーダーが目指す最も重要なゴールは、チームの成功です。

「名演奏家はその演奏によって評価され、リーダーはチームの行動で評価される」リーダーは、行動すべき・身を引くべきときを知っています。チームは、リーダー権限を渡したりそれを取り戻すべきときを知っています

称賛

良きリーダースポットライトを浴びようとせず、他のメンバー活躍をたたえますリーダーはチームメンバーの中で目立つ存在しょうが、良きリーダーはその注目を他のメンバーの優れた活動に対してスポットを当てるために使います

度胸と考慮深さ

リーダーときに、理解されず、合意に基づかず、一般的ではない冒険的な決断を下す必要があります。我々は、完全な合意を得るよりも物事を進めることを優先し、勇敢にもそのような決定を下すことを評価します。とはいえ、冒険的な決断には十分な検討必要です。ある人にとっては頭の痛いことになるかもしれないことを肝に銘じ、影響を抑えるようにしなければなりません。変更について、その理由を明確にして、そして早めにコミュニケーションをとることは、その変更を実施するのと同じくらい重要です。

利益相反

もしもリーダー自身雇用関係や他のプロジェクトとの関わりによって利益相反状態になっている場合には、それに気がつくことが期待されています。そして、私利私欲のためとみなされることのないよう、棄権したり決定を誰かにゆだねたりすることが期待されていますリーダーに限らず全てのプロジェクトメンバーにも、私利私欲のためではなく、ユーザー暮らしをよりよくするために決定を下すことが期待されています

もしも利益相反が疑われる場合には、誰かにセカンドオピニオンを求めてください。利益相反状態にあることを明らかにすることが、解決への道筋にとって重要です。リーダーは、たとえ一般的ではない、あるいは特定グループに有利・不利となるように思われるものであっても、決定が信用できるものとなるよう行動すべきです。

このUbuntu行動規範は、網羅的でも、完全なものでもありません。ルールブックでもありません。協調的で共用の環境 (a collaborative, shared environment) とゴールに関する、我々にとっての共通理解を引き出すためのものです。

このUbuntu行動規範は、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 3.0 非移植ライセンスのもと配布されますあなた自身プロジェクトにこれを再利用することができます。また、好きなように改変することもできますが、あなたの改変を他の人が利用することも許可し、Ubuntuプロジェクト著作権表示を付けるようにしてください。

2017-03-28

鹿の屍

もう昨日の話なんだけど、鹿が死んでるのを見た。

もっと言えばその二日前にも別のシカの死体を見かけた。

先の方は広域農道の直線部だったので、たぶん飛び出して車にひっかけられたんだと思うんだけど。

ちなみに、僕がそのシカを見つけたとき、二羽の鳶がついばんでいて、目と肛門に穴が開いていた。

それから現在進行形で耳をついばんでいたらしく、耳孔から深く、中身がえぐれていた。

それよりも昨日のほうだよ。

30センチ幅の道路側溝に頭からまり込んで四本の足をピン、と天に突き出して死んでいた。

もっとちゃんと言うと、首が折れてその上に体が乗っている。

一頭ながらWスケキヨ体現して息絶えた鹿。

現場設計速度15キロほどの突っ込み農道で、他に外傷もないことから交通事故とは考え難い。

シカの首をへし折って側溝に活ける変質者の仕業でなければ、まあ転んで死んだのだろう。

わずか30センチの深さの側溝

スぺランカーの様な死因だ。

山の中では段差も窪みも道路の比ではない。

およそ、表土が流亡して岩だらけになった山の中で、シカはどれくらいのペースで死に続けているのか。

そして、鳥獣防護ネットで囲んだ農地の中でシカの屍を見つけた時の徒労感はいったいどうすれば拭えるのか。

2017-03-23

母を幸福にしてくれない宗教が嫌いだ。母を幸福にできない自分も嫌い

私は某宗教三世だが、某宗教死ぬほど嫌いだ。

親戚の手前、はっきりと口に出せずにいるが、信者との接触のたびに腹わたが煮えくり返り、その日、一日中気分が悪い。

うちは祖母が熱心な信者で、他宗教には排他的他者にも信教を強制しようとする、ネットで語られる新興宗教信者体現したような存在だった。独善的独裁的で他者反論を許さな祖母が私は大嫌いだった。

娘の母は二世で、家庭環境から価値観としての信仰はあるものの、他者布教はしない消極的な(熱烈信者からはよく思われないタイプの)信者だった。祖母とは真逆のやさしい人で、私は母が好きだった。

私自身は記憶もないうちに入信させられた三世で、新年に謎の会館で数珠で遊んでいたり、自宅で行われる謎のイベントに参加した記憶はあるものの、物心つくと次第にその慣習が疎ましくなっていた。

思春期を過ぎた頃には、内心では完全にアンチと化しており、会合の誘いはのらくらと断り続けたし、選挙活動もその場は適当に応じながら、絶対に票は投じなかった。

近所で信者挨拶されるたびに苦笑いと胃のムカムカが止まらず、挙句の果ては、当てつけのようにこれまた新興宗教の某証人の話に耳を傾ける始末だった。

この憎しみにも近い激しい感情がどこから来ているのか、ずっとわからなかった。

私は「母を幸せにしてくれない」から宗教が嫌いだった。

そして、私は「母を幸せにできない」自分も嫌いだった。

母は数十年、うつ病に苦しんできた。

うつで寝込んでいる母を、祖母信心が足りないとなじり、私に母のために信心するよう強制した。

祖母への反発が強かった私は、祖母の前では頷きながらも、絶対に祈らなかった。

私が祈らないから、母は治らないのかもしれない。

母のために祈れない私は冷たい人間なのかもしれない。

私が母を不幸にしているのかもしれない。

私は「母を幸せにしてくれない」宗教を憎むことにした。

「母を不幸にしている」自分を憎む代わりに。

私は「宗教」というフィルターを通して、「自分」を憎んでいた。

宗教を憎めば憎むほど苦しくなるのは当たり前だった。

自分罵声を浴びせ続けるようなものだったからだ。

私が某宗教を嫌いながら、表面上それを表に出せなかったのは、私の行動の責任が母にまで及ぶことを恐れていたからだ。

私が脱会することで母が信者内で悪く言われるかと思うと絶対脱会できなかった。

玄関先に挨拶に来た議員候補を追い返したかったができなかった。

宗教を捨てることは、母を捨てることだった。

幼い子供は親が怒っていたり悲しんでいたりすると、自分のせいだと思い込む性質がある。

両親が不機嫌だったり、落ち込んでいたりする家庭で育った子供自己肯定感が低くなるのはそのせいらしい。

親を幸せにできなかった挫折感は、「自分は人を不幸にしている」という呪いになる。

殆どの人は、その呪いに気づけないまま、一生、謎の生きづらさを抱え込む。

私は母の幸福を諦めることにした。

引っ越したら脱会届を書くつもりでいる。

結局、私は母を捨てたのかもしれない。

2017-03-21

私と天空橋朋花と従者とプロデューサーと子豚ちゃんについて

アイドルマスターミリオンライブプロデューサーの皆様、まずは4thLIVEお疲れ様でした。3日間どの公演も本当に素晴らしいものでしたね。3日目の最後には嬉しい発表や一歩一歩進んだ先にあるものを期待させるようなPVの公開もあり、ミリオンライブのこの先への希望を与えてくれるライブだったと思います

私は運良く3日間全て現地でライブに参加することができました。そして演者である小岩井ことりさんの体現する天空橋朋花を観て、ライブ後に様々な朋花Pの方々のツイート等を拝見して、また自分の中の「天空橋朋花観」の大きな変化を感じたので、それをこの時の考えの記録として、はてな匿名ダイアリーという人の目に触れる形で文字に起こしたいと思いますチラシの裏にしない理由はこれを読んで皆様がどう思ったかURL付きツイートブクマコメなどを通して知りたいから、ツイッターにしない理由は直接繋がりのある方々に知られるとちょっと恥ずかしいからです。

まずプロデューサーと子豚ちゃんの話をします。以前の私は朋花の担当プロデューサーであることにこだわり、子豚ちゃんであることをよしとしていませんでした。ゲーム内でも朋花はプロデューサーに対して高い意識を求め、それに応えられなければ罰やお仕置きが仄めかされたり、応えられれば聖母に相応しい者として認めてくれたりする訳です。私はそんな朋花とプロデューサー信頼関係がとても好きで、そんな関係を築けるプロデューサーでありたいと思っています。それは今も変わりません。

ですが朋花の担当プロデューサーでなければ見られない朋花の姿があるのと同じくらい、子豚ちゃんでなければ見られないものもある、と思うようになりました。このような考えをもったのは、武道館天空橋朋花として聖母の愛を振りまく小岩井ことりさんを見てからです。正直一撃で子豚ちゃんになりました。以前小岩井ことりさんが最初挨拶で「子豚ちゃんたち」と呼びかけたことに少し思うところがあり、担当プロデューサーとして武道館に行こう、と決めていたのですが、サプライズとあまり天空橋朋花っぷりにやられてしまいました。ですがこの経験が、より様々な側面から天空橋朋花について考えてみるきっかけとなりました。

ここらへん本当にまとまりなくて何が言いたいのかよく分からないですね。要はこだわりを持つのもいいけど色んな視点から見てみると発見があって楽しいなぁってことに気づいたってだけです。当たり前のことですがこの時やっとこんなことに気づきました。

余談ですがそんなことがあっての二日目の最初挨拶プロデューサーでも子豚ちゃんでもいいからとにかくめいっぱい楽しもうと思って望んだら小岩井ことりさんと朋花に「プロデューサーさんと子豚ちゃんたち」と呼びかけられて死にそうになりました。小岩井ことりさんと天空橋朋花自分の考えを全て肯定されたような気分になりました。本当に余談ですね。

ここからプロデューサーと従者の話をします。先に断っておきますがこれらは全て私独自解釈で、ゲーム中ではプロデューサーという立場聖母という世界観の上で従者という言葉があてがわれている、という感じだと思います。(パっと見つかった「プロデューサーさん、従者以上の存在に〜」から考えていますが、他も大体そんな感じだったはずです)

以前私は、「より多くの人を子豚ちゃんにし、救済するという朋花の願いを叶えるために朋花を聖母として完成させる」というプロデュース方針を打ち出しました。これは彼女の中に聖母たろうとする朋花と、15歳ありのままの朋花が共存している、と仮定した上で、前者を推進していく、というものです。聖母になるという使命を完遂させることで、そこから解放してあげたい、という意図も多少は含まれていたと思います過去の私が決めたこの方針は「従者」としてのものであって「プロデューサー」的ではないなぁと最近思うようになりました。

では「プロデューサー」的なプロデュース方針とどのようなものでしょうか。私は「聖母としての朋花も、15歳の朋花も、丸ごとひっくるめて『アイドル天空橋朋花としてプロデュースする」ことだと考えます。先日ツイッターで「#天空橋朋花こんなところもあるんだ選手権」というタグを見かけました。もし私が天空橋朋花聖母としてプロデュースしていくとしたら、こんなにも沢山の天空橋朋花の魅力を取りこぼしてしまうのかと思い、それは天空橋朋花担当プロデューサーとして見過ごせないと思いました。

ですが、どちらの方針が正しいか、私は未だ結論が出せずにいます。朋花は聖母として子豚ちゃんの上に君臨するためにアイドルになっています。その一助となりたいという思いも私の中に確かにあります。子豚ちゃんの求める姿が理想聖母、というのは本人談ですが、15歳のありのままではしゃぎ、笑う彼女の姿を子豚ちゃんたちが求めているかは子豚ちゃんの視点を獲得したての私ではまだ判断ができません。朋花自身聖母として振る舞おうとする上でそういった姿を子豚ちゃんたちの前に出したがるかという疑問もあります。皆様はどうお考えでしょうか。皆様のプロデュース方針はどちらに近いものでしょうか。

以上で本文は終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました。この文章はまた朋花に関する文章を書きたいという衝動に駆られて勢いで書き殴ったものなので、誤字脱字や読みづらい部分などあったかと思いますが、これが今の私の考えです。

多くの方にこの文章を読んでもらい、意見感想を聞いてみたいので、よければURL付きツイートブクマコメ等していただけると嬉しいです。

散々以前とかまたとか言っているように過去にもはてな匿名ダイアリーで朋花について書いたことがあるのですが、恥ずかしくて自分では読み直せないような文章なのでリンクは乗せません。興味がおありでしたら適当検索すればヒットするかと思います

何かあったら追記します。ありがとうございました。

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである

しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。


1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。

村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。

ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。

しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!

これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。


2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。


3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。


4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。


5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。


さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから



……

………

…………

……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。




6.特殊性

それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん