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はてなキーワード: コロナとは

2024-06-21

コロナ前は年に2回くらい風邪ひいちゃう子だったけどコロナでようやく気が尽かされたのはマスク効果

あれから一度も風邪ひいてない

今は基本的マスクしてないけど人混みのあるところではマスクしててこれだけのことなのに本当に効果あるのはびっくり

年取ると風邪から回復するのに1週間くらいかかってたかガチで助かる

人が多いところではマスク

れいいよほんと

2024-06-20

地方移住またやってる!

コロナ禍をきっかけに地方移住した我が家

テレビとかだと良いことしか言わないし

デメリットかいって大したこと言わない!

なんだよ!ちゃん放送しろ

給料下がるから物価下がるの当たり前だろ!

そんなの大人じゃなくてもわかるのにさも物価が安くて都会よりいいみたいな言い方

こっちは友達と離れ離れ、彼女とは遠距離やりきれなくて別れて、部活もクソ弱い、親は良くても子供は良いことないんだよ!

虫は多いし遊ぶとこもない、自然と触れ合いたい親の都合を俺ら子供押し付けんな!電車もねーから自転車で遠くまで行かないといけない、ダル

もちろん自然が好きな子はいいよね!おめでとう!

anond:20240620102733

コロナ禍でリモートワークで別に都心必要性もない

なんで田舎に住まないの?

うちは隣人問題なんて起きよう無いぞ

俺に持ち家勧めたバカちょっとこい!

コロナ禍でリモートワークで別に都心必要性もないのに、

それなりにいいところに家を買った。

都心での暮らしが快適だからね。

価格は、およそ1億円。

1億円って聞いて、それなりのもの建てたんか?って思うやん?

こんなんタイニーハウスにもほどがある。土地が狭いから縦長。老後なんて絶対住めない。

もうインバウンド価格やで。家なんて。一生涯家のために働くようなものや。

できればここまで家サイコーみたいな話をしたかったが、つい本音漏れしまった。

問題はここからだ。

そう、隣人ガチャよ。

近所のジジイが何かとやいやい言ってくるのだ。

音が漏れてるだの、ここにチャリ止めるなだの、玄関先で会話するなだの。

まり関わりたくないので、言う通りにしてはいるのだが、

息苦しい。家買ってこの息苦しさ、何なの?

日本人は神経質なことを考えると、この国じゃ賃貸一択だと思った。

ついでに友人の話をすると、結構前に買ったマンションの住人が中華系率が増えてきて、

マナーも悪いから住環境最悪なんだとのこと。

これはこれで悲惨だなって思った

日本賃貸に限る。持ち家の意見なんてかき消されるだろうが。

最近吉原について感じる事

10年以上吉原を中心にソープに通っとって思うことを書いてみるわ。

コロナ禍以降、NSを売りにする店や嬢が間違いなく増えたんや。NSってのはノースキン、つまりコンドームを付けずに接客することやね。当然、最後中出しになるわけや。

この増加は、コロナの影響で客数が減って、過激サービスをせな客が来なくなったんと、良くも悪くもコロナ禍でソープに行く人が病気に対する警戒心が薄かったことが原因やろうと思う。

同時に、NSを売りにする店や嬢が増えたけど、客数自体は多分増えてへん、むしろ減ってるように感じるわ。少なくなった客の奪い合いになって、人気のある嬢とない嬢がはっきり別れてきたわ。

以前やったらNSってだけで客が呼べたやろうけど、今では若くて見た目も良くてホスピタリティある接客もできるNS対応可能な嬢に人気が集中しやすいんや。プラスアルファで、よりハードサービスできれば予約困難嬢になるわ。

このため、人気のある嬢だけ見てれば景気が良く見えるけど、その影で客がつかない嬢も増えてるんや。以前やったら若かったり見た目が良ければNSってだけで客は集まったけど、今は違うんやな。遊ぶ側としては、予約競争にさえ勝って人気のある嬢と遊べれば非常に良い思いができるわ。

一方、梅毒流行してるんや。正確な原因はわからんけど、ソープ見てればNS対応してる嬢が増えたらそりゃあ梅毒流行するやろうな。店によってはしっかりと嬢が検査してる店もあるけど、そうやない店もあるし、客の意識もまちまちやろう。

なじみの店のボーイから聞いたんやけど、「デリヘルとかから入店する子は大体病気を持ってる。まずは治療してからじゃないと働けない。」って。他の風俗推して知るべしやな。

前述の通り、人気嬢を指名する人が多ければ、それだけ病気リスクも上がっていくし、感染も広がりやすいことは容易に想像できるわ。1日に5人~6人が濃厚な粘膜接触しに来るんや、そりゃあ病気にもなるわな。

ソープ好きとしては、良い女が丁寧に接客してくれて、NSで遊べることに越したことはない。でも、最近梅毒流行状況見てたら、いつかソープ規制されるんちゃうかと警戒してるわ。

みんな、性病検査をこまめにして、少しでもクリーンに遊ぼうな。

こういうブログhttps://chinpou-deai.jp/yoshiwara/

結構参考になるのでみてみてや。

>体調を崩した子供の看病で困る事が、薬を飲んでくれない

本能的に毒だって判るんだろうな。コロナワクチンも打たせちゃダメだぞ

2024-06-19

昔辞めたバイト

コンビニ店長コロナ陽性で顔真っ赤なのに

店舗に来て普通に客とすれ違ってた

客に感染しようがどうでもいいんだろうな

倫理観やべえ

と思って辞めた

なんだかなぁ

コロナ以降社外に対してはリモート会議メールでのやりとりも緩和化されたけど

未だに社内で稟議を通す時は必ず紙とパワポと対面会議必要とされるのはどうなのよ?

大事なのは理論でなく熱意ってのが上司言葉なんだけどそう言うのそろそろやめません?

anond:20240619164504

コロナ禍とか関係なく、昔から地方大学企業関係者がリクルートに来たり

求人出したりするのは当たり前ですよ。

東京就職活動する必要があるのではとか実態よくわかってないでしょ

anond:20240619171510

コロナの揺り戻しもあってIT系でもフルリモートって減りつつあるでしょ。

何故フルリモート限定しているのかはよくわからないけれど、地方から大都市圏に勤める人間は、必要に応じて出社するのはあたりまえですね。

いわゆるハイブリッドワークという奴です。そして、これについてはコロナ禍をピークに減少が続いていたが、最近になって下げ止まりし、新しいフェーズに入ったらしい。

2024年6月3日 テレワーク実施率に異変日本人の働き方は新たな「第3フェーズ突入日経クロステック https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02854/052900001/

2020年からほぼ半年おきに実施してきた調査の最新結果を見ると、在宅勤務を活用する人の割合が2年ぶりに上昇した。仕事の内容や都合によって働く場所を使い分ける、「ハイブリッドワーク」が広がり始めた実態が浮かび上がった。

データアナリストとかそういう高度スキルを得られる人は働き方選べる場合が多いけど、大半の仕事はまだそうじゃない。

前の増田でも書いたけど、「地方には企業存在しない」と言われる職種ほどリモート勤務出来る可能性は高いと言う補完関係にあるという事がポイントだよ。

「高度なスキルを生かせる職場地方にはない」→「高度なスキルがある人はリモートで勤務ができる」と言う関係にある。

大半の仕事とか、多くの仕事とか議論しても仕方が無い。都会に出て行かないと仕事が無いと思っている人に対してどうマッチングするかなので。

そして、地方在住で都市部企業に勤務したいと言うことが目的となるならば、そのためにキャリアを積めばいいってことでもあるんだよ。

>そして、地元を出て行くヤツに唾吐く連中が求めてるのはそういう高度人材じゃなくて下働きしてくれる人材なんだよなぁ。

これの根拠がわからなかった。思い込みでは?

例えば、地方企業では、高度なスキルを持った人材が見つからないので、都市部スキルのある人間副業仕事を投げてやってもらうという事も発生している。

>他方と首都圏で見えてる景色が違いすぎて、お互い相手のことはあんまり理解してないから、不毛な罵り合いにしかならん。

地方首都圏という対立軸昔ながらの考え方で考えている事がそもそも社会の変化を捉えていないと思う。

anond:20240619165154

まぁ昔と違ってそういう仕事も無くはないけど、コロナの揺り戻しもあってIT系でもフルリモートって減りつつあるでしょ。

データアナリストとかそういう高度スキルを得られる人は働き方選べる場合が多いけど、大半の仕事はまだそうじゃない。

そして、地元を出て行くヤツに唾吐く連中が求めてるのはそういう高度人材じゃなくて下働きしてくれる人材なんだよなぁ。

他方と首都圏で見えてる景色が違いすぎて、お互い相手のことはあんまり理解してないから、不毛な罵り合いにしかならん。

anond:20240619131115

尚、コロナ仕事が無くなった夜職女がVtuberやってる模様

2024-06-18

発達障害水泳平成不況リーマンショック、30代

・これは何か

私の半生を占める水泳と、それがその後の人生に及ぼした影響について整理するために書いた記録である

なお、当時は強いストレス下に置かれていたため、詳細を思い出せなくてぼんやりしている部分もある。

・なぜこれを書いているか

私は現在休職状態にあり、ADHDの診断を受けたところである

精神科に通いつつ、投薬とカウンセリング治療をおこなっている。

そしてカウンセリングを受けつつある今、自分がいまこうなっていることの底にはあまりに苦しかった水泳記憶があり、それを直視することは避けては通れない道ではないかと思ったからだ。

(先生に直接「直視しろ」と言われたわけではない。ただ、「あなた言葉あなた感情をひとことも説明しませんでしたね」、と言われ、その原因を自分で考えていたら、勝手にそこに行き着いたという話である)

正直に言えばそこに目を向けるのはめちゃくちゃ嫌で、前回のカウンセリングを受けてから2週間くらいメソメソメソメソメスティーソ泣いていたのだが、友達と遊んで少し息抜きをしたらちょっとした気づきと癒やしがあり、なんとか気力を振り絞れそうなので書いてみた。

水泳のこと

3歳から高校2年まで水泳をやっていた。

早いうちに才能を見出され、小学校1年か2年くらいでヘッドハンティングのような形で選手育成クラスに移った。

当時、肉体にすごく負荷を掛ける練習方法流行っていた時代だったから、シンプルに肉体的につらかった。スパルタが主流で、体罰は当たり前だった。

楽をしようものならコーチにも怒鳴られ叩かれ全員の前で吊し上げられた。そこまでは周りのみんなと条件は変わらないのだが、私の場合母親ほとんど毎日練習を見にきていて(それほどに熱心な親は他にはいなかった)、仮にコーチに怒られなくても、母親の目から見て私のパフォーマンスが悪ければ、そのことを帰りの車の中で詰められる日々だった。

行き帰りは車で母親に送迎してもらっていたが、車の助手席に乗り込むと母親の「今日練習について」の裁判が始まるので、毎日まるで犯罪を犯して法廷に立たされるみたいだった。キツい負荷の練習をこなしてやっと家に帰れるのに、すこしも安らいだ気分になれなかった。

でも、私は無理にでもやらせればやらせただけ、負荷をかければかけただけ、結果が出せてしまタイプ人間だった。

父親も叔母もスポーツ学生時代成功した経験があって、家系としても肉体的に優秀だったのだと思う。

それが母親成功体験になってしまい、尻を叩けば叩いただけ結果が出るという思い込みを強化したふしがおそらくあるんじゃないかと思う。

長期休みに入るたび、朝夕2回の練習では足りないと別のプールに連れて行かれ泳がされた。この習慣は我が家では「こそ練」と呼ばれていた。

ただでさえキツい練習をしてるので嫌だったが、嫌がれば母親から「速くなりたくないの?」と頷くまで詰められる。

こうやって追い込めば追い込むほど結果が出たので、母はどんどんエスカレートしていった。

極め付けはようやく出来始めた友人関係破壊されたことだった。

中学に上がると、小学生選手育成クラスから中学クラスに上がって、ここがジュニア女子選手としては一番上のクラスだった。その上に、高校生の男子さらにその上澄みだけが入る、一番練習ハードクラスがあった。

いま振り返ってみると、私はかなり発達障害的な特性のはっきり出た子どもであり、周りと関わるのがかなり下手だった。だから、キツい練習を何年も毎日一緒にこなしてきたというのにチームメイト連帯感を育めなくて、ずっと浮いていた。浮いているのに才能だけあったから、周りからすると目障りな子どもだっただろうと思う。選手育成クラスというだけあってそこそこ実力主義ではあるので、幸運にもいじめられこそしなかったが(あるいは特性上あまり他人に興味がなく嫌がらせに鈍感だっただけかもしれない)、やっぱり浮いていた。私は人生を通してずっと普通になりたい、と漠然と願ってきたが、その願いはこういう環境のなかで醸成されてきたように思う。

(ちなみに、当時どのくらい浮いていたかというと、なんか男子たちが私に話しかけるのを何かの罰ゲーム一種として扱っているな、と気づいたことがある程度には浮いていた)

けれど、ここで話の合う友達ができたことで、この一瞬だけ練習に行くのが楽しかった時期があった。

私はもともと才能があったので、中学生のクラスを受け持っていたコーチにも期待されていたし、たくさん話を聞いてもらえて、私自身もコーチのことを頼れる大人だと思っていたし、期待に応えたいと思っていた。信頼関係を築ける大人との出会いがここであった。だから、このクラスちゃんと私の記録は伸びていた。

だけど母はその伸びでは満足できなかった。

母にはいわゆる白雪姫の母コンプレックスみたいなものがあって、私が楽しそうにしていると不安になる性質だった。不安を感じやすく、その解消のために誰をどれだけ振り回しても良いと考える傾向があった。

私が楽しんで練習に行き始めた時、母は不満だった。私が苦しんでいないから、きっと負荷が足りないのだと考え、「娘の才能が無駄に消費されている!」と強く不安を感じたのだろうと思う。これでは速くなれない、と母は考えた。

そして、「上のクラスに上がりたいと言いなさい」と母は私に強要した。

私はかなり嫌がった。もともとジュニア女子が入れる中で一番上のクラスではあったし、せっかく話の合う友達ができたのに、その子たちと話せなくなってしまうことも嫌だった。先生の期待を裏切ってしまうことにもなる。すごく抵抗があったことは覚えている。

母は私に、「あん肥溜めみたいなクラスにいたら、あなたダメになってしまう」と言った。

嫌だった。泣いて抵抗した気がする。あまり覚えていない。でも、最終的には「上がりたい」と言わされた。コーチはショックを受けていたと思う。でも最終的には上のクラスコーチに頼んでくれて、私の(母の)要求は通った。

中学1年の女子高校生の男子クラスに入れられて泳ぐことになった。毎日階段をまともに降りられないくらいの筋肉痛になった。まわりはひと回り年の違う高校生の男子しかいないので、友達と話せる機会は減った。肉体の負荷は上がるのに、心の支えは何もなくなり、ただ苦しかったしつらかった。

私が苦しんだので、母の不安は解消された。

そして、精神とはうらはらに、私の肉体はそれに応えた。

実際に大幅に記録が伸びた。一緒に泳いでいた高校生の男子より私は上のタイムを叩き出し、彼らにもよく頑張ったと認められた。中2のころにはジュニアオリンピックで決勝に残り、関東中学で優勝し、全国でも10本の指には入った。国体にも県代表で選出された。県で私より速い選手はいなくて、私がベストを出せばその度に大会新記録、県の新記録だった。母はこのことについて、自分が尻を叩かなければ結果が出せなかったはずなので、自分の手柄だと考えた。

注意して欲しいのは、これらの成果を私自身もまた喜んでいたこである。才能や能力があると見做されることは、特性持ちの人間にとっては他人から受けるマイナス感情を弾く盾にもなる。母の手柄は、私を絞り上げ、苦しめて作り上げられたものであるが、同時に私を守るものでもあった。

あなたは結果で他人を黙らせなさい」というのが、母の持論だった。母は私のために、心を鬼にして私を苦しめていたはずである。叩けば結果が出ることがわかっていたのだから

この頃から試合合宿遠征先に行くと、夜中にこっそり抜け出して、当て所もなく歩き回るようになった。特に裏道や暗い道を選んで歩いた。いま考えると、間接的な自傷だったと思う。酷い目に遭いたかった。私という価値が一気になくなってしまうくらい、誰かに酷い目に遭わされたかった。母が守る『私』という価値と、それに伴う苦しみが分かちがたく結びついていたために、母の目の届かないところで地味な自傷行為に走っていたのだと思う。

体に傷を残すようなことはできなかった。そんなことをした日に母を襲う衝撃と、その衝撃の余波を受ける自分のことを考えたら、とてもではないが無理だった。

しかし、こういう無理は続かないものである。ほどなくして精神的に破綻して、泳げなくなった。中3の秋ごろだったように思う。喘息悪化させ、負荷のキツい練習から逃げ、最後は何か喚き散らして家に帰り、そこからしばらく練習に行けなくなったように思う。詳細は覚えていない。

だけど、そこで辞めるには水泳は私の人生で大き過ぎた。人生の大半を占める一大事業に等しかった。だからそこから高校2年の夏まで、通うスクールを変えて足掻きブランクを取り戻し、記録は少し伸びたし、インターハイにも出た。

ただ、大学受験に切り替えるならこの辺りがタイムリミットだった。結局、わたしはここで引退して受験に切り替えた。水泳のために自分学力よりかなり下の高校に行ったので、辞めてから予備校漬けになった。

受験勉強は圧倒的に楽だった。体の負荷も消えたし、学業自分特性から見ても結果の出しやすい分野だった。あまりにも結果が出やすくて、母も不安にはならなかった。躓きや苦しみも多少はあったが、水泳で受けたそれとは比べ物にならなかった。この時期、私と家族はかなり明るく過ごした。

大学には簡単合格した。願書を出した大学ほぼ全てに受かった。

とにかく家を出たかったので、その名目が立つ大学を選び進学した。

ここから水泳を辞めた後の話に入る。

友達が作れない、学業に身が入らない問題が出る大学1年目

ひとり暮らしをはじめて、やっと手に入れた自由を楽しんだ。でも1年目、ぜんぜん他人との関わり方がわからず、友達が作れなかった。小中高と水泳にかまけていて、相変わらず発達特性的な部分で学校でも浮いていたし、そもそも自分偏差値より随分下の学校に行った(水泳にはリレーメンバーの都合がある)ため、頭の程度が均されている環境でほかの人間と接して友達になる機会がまったくなかったのだ。県大会で何度も優勝し、実家に腐るほどトロフィーがあっても、友達の作り方がわからなかった。この時点で、私の能力は社交性に比して随分歪だったと言えると思う。

ひたすら学校と家を行き来して、家ではゲームばかりやっていた。

1年の後半の方になってようやく所謂オタクサークルに入って、対人能力に似たような問題を抱えた人たちに出会い、それでやっと少し友達ができた。ここから就職活動が始まるまでは、楽しく過ごせていたと思う。彼氏もできた。

とはいえ、あまり成績は良くなかった。勉強したいと思って進学したはずなのに勉強に向かう気力が湧かなかった。どころか、水泳を辞めたことが傷になっていて、「どうせ最後には全部台無しにする、水泳だってあれほどつらい思いをして人生を捧げてきたのにそうやってダメにした」と囁く声が頭から離れなくて、あまり集中できなかった。

漠然と、卒業したら死のうかな、と思っていた。

就活ができない問題が出る大学3年生

学業もそんな感じだったので、いざ3年になってもぜんぜん就職活動を進められなかった。というか授業もギリギリラインだった。

振り返ると、つらい思いをして思春期を生き延びた先に、ようやく手に入れたご褒美としての『自由』がたった4年で終わることに全然納得が行っていなかったんだという気がする。他の人たちは将来を考える精神の準備ができていたのに、私には何もできていなかった。こんな人生の先に、また何十年も続く苦痛が待っていると思って、絶望感があった。

就職留年

このあたりのことはぼんやりしているが、就職活動が出来なさすぎて就職留年した。ちょうどリーマンショック東日本大震災の影響があった時期で、特に女子就活は周りを見渡しても厳しかった。なので就職留年という言い訳は通った。

でも、留年したのに就活全然ちゃんとできていなくて、とうとう親が乗り込んできた。希望する企業の傾向は決まっていたので、母親マイナビリクナビエントリーする企業を選んでくれて、エントリーシートや履歴書に書く志望動機などの文章としてこちらで考えたら、それを母が手書きで代筆してくれたりして、こんな大学生はおそらく他にいないなと思うほど過剰にサポートしてもらった結果、なんとか書類選考が通るようになり、面接を受けたりと就職活動らしいものを進めることができた。

面接が苦手すぎて苦戦はしたが、なんとか内定をもらった。たた、周りがちゃんとこなせていることも自分にはろくすっぽできないとわかって情けなかった。

卒論が出せなくて2度目の留年

このあたりもぼんやりしている。夏くらいに内定が決まって、そこからしか全然ゼミに行かなかった。いや、たぶん特性的に並行してふたつのことができないので、就活中はゼミにも授業にも行けていなかった気がする。内定が決まった後、バイトしろと言われてしていて、必要な授業の出席とバイトくらいはしていたが、ゼミに出てないので卒論が当たり前に書けなかった。英米文学専攻なので卒論英語で書く必要があった。ぼんやり決めたテーマがあるくらいしかなくて、そのまま冬になった。ちょっと書こうとしたけれど当たり前に書けなくて、でもそれを就活を熱心にサポートしてくれた親には言えなくて、卒論提出の日に失踪した。1〜2週間家に戻らず、銀行口座の金が尽きたら死のうかなくらいの気持ちでいた。漠然と死のうと思っていたし、その時が来たのかと思っていた。

結局親に口座の金を引き上げられて、無様にも死ねずに戻った。怒られ、殴られ、彼氏にも心配をかけまくり、色々あったとは思うのだが、この辺りの記憶ぼんやりしている。

ひとり暮らしの家を引き払い、実家カンヅメになって母親監視のもと卒論を書いた。足りない単位のための授業とバイト以外の外出はさせないくらいの感じだったと思う。

ひとり暮らしの家を引き払った時、この時も家がゴミ屋敷になっていたので、ゲーム依存病気だと親に疑われたが、ゲームは単なる逃避行動で、やれない環境であればあっさり辞められた。振り返ってみれば、何らかの支援の網に引っ掛かっておくタイミングがここだったような気がする。ただ、スポーツで結果を出し、世間的には良い大学に行ったような人間が、ゲーム依存なんかで病院に罹るのは外聞が悪い、という意識がなんとなく家族全員にあったのか、結局ここでは必要だったであろう支援とつながることはできなかった。

この環境でなんとか卒論を書いて卒業した。就職は結局バイト先に拾ってもらうかたちになった。

新社会人として

もう一度実家を出てひとり暮らしをはじめた。

働き始めるととにかく眠かった。ひたすら眠かったことを覚えている。仕事でも会議でも寝てしまい、怒られて、怒られたあとは体が一時的闘争反応というか覚醒状態になるので、それで過集中を起こし仕事を進めてなんとか巻き返す、みたいな感じだったと思う。昼に寝てしまうので夜は眠れなかった。その悪循環で昼にまた意識を失った。

本当は病院に行くべきだったと思うが、家に帰るとその気力もなかった。家の電球が切れて、ほとんど暗闇だったのにも関わらずその家を引っ越すまで電球を変えられなかった。1年以上真っ暗闇で生活した。歯が折れて激痛でも病院に行けなかった。ぎっくり腰でも行かなかった。ゴミ屋敷はここでも生産された。

この時期私は相当な困難を抱えていた気がするけれど、同時にどこか安心しているような部分があった。自分価値がこうやって毀損されていくことに対する「ざまーみろ」という気持ちがあった。ちょうどこの頃、母親と完全に連絡を遮断して、実家と絶縁状態になった。直接のきっかけはなんだったか覚えていない。ただ、自分価値ボロボロと溢れ落ち、人生ダメになっていくことについて、母親への不健全復讐欲求が満たされるように感じていたのは覚えている。

この状態を5年くらい続けて、3つくらいの現場経験した。就職先は人売りのSESだった。

コロナ禍でリモートワークが開始する

これは自分にとって大きな転換点だった。寝ているところを他人に見られないのでストレスが大幅に減り、なんとか自分が起きていられる時間帯に仕事を進め、眠りたい時は寝ていることができた。とても褒められた就業態度とは言えないが、それほど能力的なハードルが高い客先でなかった幸運もあって、なんとか巻き返しが効いた。この時期が一番平穏だったように思う。この現場自分にとって一番長く続いたし、終わり方も案件ごと終了ということで円満だった。

この現場が4年くらいで終わり、本社に戻ることになる。

本社に戻る。眠気の問題ふたたび

リモートワークが終わり片道40分くらいの通勤生活が数年ぶりにスタートする。10年近く戻っていなかった本社に知った顔はほとんどなく、コミュニケーションが得意そうな子たちの若い顔が並ぶ。すでにこの時点でうまくやっていけるか不安ではあった。

自社開発の案件アサインされるも、やはり眠気の問題が復活し、怒られる。仕事客先常駐とは違い、粒度の粗い仕事を上手いことやっておいてというような感じで振られるため、勝手全然からず、先の見通しが立たない。作業をうまくこなせず、進捗が出せない。学歴スポーツの成績だけ見れば能力はあるはずだと思われているので、サボっていると見做される。寝てるよね?なんでコミット全然出ないの?

年次だけは無駄に高いので直属の上司もおらず、まともな相談先もなく、周りの子たちは若くてこんなことを相談できる相手ではなく、結果誰にもうまく頼れずにひたすら信頼を失い続け、頼みの綱だった週1回のリモートワークも許可を取り消される。

社長から新卒みたいなことを注意させないでくれる?」と言われる。怒られて、闘争反応になった勢いで、なんとかメンタルクリニックの予約を取った。

そうやって通院治療を開始したのが、2023年10月ごろ。

日中の眠気、夜の不眠、集中困難、ゴミ屋敷などの問題が主訴。

これらの問題は通院治療を開始したところでたちどころに解消するようなものでもないので、年末年始休みを挟んだ後、ボツボツ休みが増え、雪崩れ込むように職場に行けなくなって休職開始。

心理検査(WAIS-Ⅳ)の結果、言語理解ワーキングメモリ・処理速度の間で有意差50を超えた。言語理解・知覚推理凸、ワーキングメモリ・処理速度凹のタイプだった。

この結果と、現在社会生活が送れていない実態をもって、5月ごろにADHDと診断された。

現在は、投薬治療カウンセリングを受けている。

・総括

概観してみると、今の私を状態説明する要点は、下記のようなものであると考えられる。

特性を持って生まれ子どもが、いわゆる体育会系世界に入れられ、なまじ才能があったがために、支援 Permalink | 記事への反応(22) | 22:15

anond:20240618114715

制度の開始時期は悪かったやろ

コロナ禍中に始まってたらもっと安く買えたぞ

そのバーゲンセールの時期を逃している

2024-06-17

もう何も信じられない!!!

米軍、新型コロナで偽情報流布 中国ワクチンの不信あおる

https://nordot.app/1174477062674366943?c=39550187727945729

 【ワシントン共同】ロイター通信は14日、新型コロナウイルス世界的に流行していた2020年から21年半ばにかけて、米軍中国ワクチンに対する不信をあおる宣伝戦をフィリピンなどで展開していたと報じた。

ワクチン外交を通じた中国の影響力拡大に対抗するため、偽情報ソーシャルメディアで流布していた。

米軍フィリピン人になりすまして「新型コロナ中国から来た。ワクチン中国から来た。中国を信用するな!」などとタガログ語でX(旧ツイッター)やフェイスブック投稿した。

中央アジア中東でも、イスラム教禁忌される豚のゼラチン中国ワクチンに含まれているとの偽情報を広めた。

anond:20240617112511

ある程度若い子って幼年〜学生時代のどこかが必ずコロナ特殊経験になってると思うと不思議な気分になるわ

共有できるノスタルジーとかだいぶ違ってくるんだろうな

anond:20240617122329

そんな兆候ある??

もう、コロナ耐性の無い人はほぼほぼ全員死んでるから、もうみんなただのちょっと酷い風邪程度にしかならないんじゃないの

コロナが実はヤバかったみたいな状況になりそうね

妻とセックスしない事が決まった

先日今後2度と妻とセックスしない事が決まった。

自分が思っていた以上に衝撃的で悲しかったので、せめて自分への慰めに長くなるが文字にして残そうと思う。

増田アラフォー、妻は30代半ば、数年付き合って5年ほど前に結婚した。

付き合ってる時はデートの度にしてたし、結婚して1〜2年目もコロナ時期と被ってたからやる事もなく、少なくとも週に1回くらいの頻度でやっていた。

3年目くらいに子供が欲しいねという話になり、増田としては同じくらいの頻度でしようと思っていたのだが「疲れている」「気分が乗らない」といった理由で断られる事が増えた。週1回が隔週になり月1になり隔月になり、そして4年目は1度もセックスすることはなかった。

というか4年目はそもそもキスすらしなかった。

子供は欲しいというが、この状態じゃできるわけもない。この時点で増田はもう自分とはしたくないんだろうなと諦めていたので、シリンジ法とかを調べて今年の正月に妻へ話をした。

男としての自分が終わるようで悲しかったが、増田子供は欲しかったのでその提案をしたところ「普通にしよう」という思いもかけない言葉が妻から出てきた。

やばいくらい嬉しかった、大好きな妻とまた昔のようにできるのだ。もう20代じゃないし体の負担もあるだろうけど週1くらいはしようねと約束し、次は妻から誘ってもらうということでその日はやらずに寝た。

思えば付き合い始めてからから誘ってもらう事など殆どなかったので、次に誘いがくるのがめちゃくちゃ楽しみで寝付けなかったのを覚えている。中高生が初めて彼女セックスする約束をしたような感覚だ、脳汁がやばかった。

翌週になった。

しかしその週は妻が体調を崩したので誘われず、それはしかたない。1月は体調が戻らなかったのか誘いはなかった。

2月、誘いは無し。うちの親が入院したりで増田バタバタしててタイミングが悪かったのかと思う。

3月4月、誘いは無し。妻も仕事をしてるし年度末年度初めで忙しかったのかもしれない。ちょっと焦ってきたが誘いを待つという手前こっちから言うのも悪いなと思ってたので待つ事にした。

GWは妻1人で妻実家に帰るのでリフレッシュしたら5月はあるだろう……と思っていたが5月も無し。

そして今月、詳細は省くが本当に些細な事で増田がブチ切れてしまい、感情の発露が止まら約束を守ってくれない事にひどく傷ついているといったような話を妻へした。我ながら子供のような癇癪を起こしてしまったので、そこは良くなかったと思う。でもどうしようもなかった、半年近く誘われなくて悲しくて仕方なかったのだ。

妻は驚いたような申し訳ないような顔をして、その後手紙謝罪があった。文字で残す事で今後の戒めとしたいとの事だった。

仕事の疲れを言い訳にして約束を守らず申し訳ない、何も言われないのを良い事に日々の家事生活の事も甘えていた、子供は欲しい、今後は自立して信用されるようにする、これからも仲良く一緒にいたい。

要約するとこんな感じで、残念ながら増田が欲しかった性行為をするという言葉はなかった。

手紙を読んだ後再び話し合いの場を設け、今後我々はセックスせずに産婦人科相談して子作りをするという事で同意した。

妻の顔は心なしかホッとしているように見えて、深く傷ついたが言葉にはしなかった。

淡々と話し合いを進めたが冒頭のとおり個人的にかなり衝撃的な出来事絶望感がある。正直死にたくなっている。

妻の事は変わらず愛しているし、仕事も優秀な部下がいてくれて楽しい。日々は充実している、と思う。

しかしもう妻とセックスする事はないんだなと思うと、果てしなく辛い。

本当は薬でも勃たなくなる歳までしたかった。

妻とするのは本当に幸せだったのだ、でも、妻はそうじゃないんだなと実感する毎に死にたくなってくる。

諸所の事情産婦人科にかかれるのは10月くらいになりそうで、それまでお互い不妊治療についてや良い産婦人科を調べようと話してある。

もし、万が一、ないとは思うんだけど、10月までに妻が約束を違えて何も調べていなかったら、年内にできるだけ迷惑のかからない方法で死のうと思う。

生命保険もかけてから3年以上経ってるし、いくらかまとまった金が遺せるから安心だ。

それまではただひたすら、不妊治療について調べる事でこの希死念慮と付き合っていくつもり。まだ見ぬ子供の事を考えている時だけがまだ生きる希望になる。子供って偉大だな。

https://anond.hatelabo.jp/20240614205200 タグ付けソースつづき

文字数制限かなんかで途中で切れる……

2003年 (第8巻)11月 特集食の安全安心環境
2003年 (第8巻) 4月 特集学術の再点検  ―ジェンダー視点から(2)ジェンダー
2003年 (第8巻) 1月 特集日本計画 Japan Perspective社会
2003年 (第8巻) 5月 特集地域生活安全保障社会
2003年 (第8巻) 6月 特集:ITによる科学能力開発国際会議情報
2004年 (第9巻) 2月 特集こころ科学する医療人間
2004年 (第9巻) 5月 特集:持続可能社会のための科学技術に関する国際会議2003 -エネルギーと持続可能社会のための科学エネルギー
2004年 (第9巻) 1月 ●学術会議は考える学術教育
2004年 (第9巻) 3月 ●「日本学術会議法の一部を改正する法律案」について学術教育
2004年 (第9巻) 6月 ●日本学術会議法の改正によせて学術教育
2004年 (第9巻) 8月 特集科学する心を育てる学術教育
2004年 (第9巻)10月 特集科学ジャーナリズムの進展のために学術教育
2004年 (第9巻)12月 特集日本学術会議第143回総会について学術教育
2004年 (第9巻)特集:第4回アジア学術会議(SCA)学術教育
2004年 (第9巻) 特集日本学術会議主催公開講演会学術教育
2004年 (第9巻) 科学技術への理解共感を醸成するために学術教育
2004年 (第9巻) 特集日本学術会議第142回総会 新生日本学術会議の在り方学術教育
2004年 (第9巻) 特集科学技術政策の在り方学術教育
2004年 (第9巻) 特集:高度専門職教育日本社会学術教育
2004年 (第9巻) 特集科学責任所在学術教育
2004年 (第9巻) 9月 特集日本学術会議から農林水産大臣への答申  地球環境人間生活にかかわる水産業及び漁村多面的機能の内容及び評価について環境
2004年 (第9巻)11月 特集都市生活環境を考える環境
2004年 (第9巻) 4月 特集学術の再点検 -ジェンダー視点から(その3)-ジェンダー
2004年 (第9巻) 7月 特集人口減少社会パースペクティブ社会
2004年 (第9巻) 特集科学国境歴史政治・国際
2005年 (第10巻) 5月 特集国境を越える生殖医療と法医療人間
2005年 (第10巻) 1月 ●学術会議は考える学術教育
2005年 (第10巻) 6月 特集日本学術会議第144回総会について学術教育
2005年 (第10巻) 7月 特集:今、教養教育を考える学術教育
2005年 (第10巻) 8月 特集21世紀学術における横断型基幹科学技術役割学術教育
2005年 (第10巻)10月 特集日本学術会議第145回総会学術教育
2005年 (第10巻)11月 特集日本学術会議20始動学術教育
2005年 (第10巻)12月 特集:第146回日本学術会議総会 日本学術会議新体制スタート学術教育
2005年 (第10巻) 特集:第19期の活動を振り返って学術教育
2005年 (第10巻) 特集新日本学術会議における人文・社会科学系の活動について学術教育
2005年 (第10巻) 2月 特集大陸棚画定を考える環境
2005年 (第10巻) 特集自然災害災害
2005年 (第10巻) 4月 特集:どこまで進んだ男女共同参画ジェンダー
2005年 (第10巻) 特集犯罪科学する社会
2005年 (第10巻) 特集:事例を中心に見る統計科学現代価値情報
2005年 (第10巻) 特集学術研究個人情報情報
2005年 (第10巻) 9月 特集人間宇宙物理
2005年 (第10巻) 3月 特集:持続可能社会のための科学技術に関する国際会議2004 ―アジアの巨大都市地球の持続可能性―歴史政治・国際
2005年 (第10巻) 特集:第5回アジア学術会議(SCA)歴史政治・国際
2006年 (第11巻) 5月 特集ライフスタイル健康医療人間
2006年 (第11巻) 6月 特集:終末期医療 ─医療倫理・法の現段階─医療人間
2006年 (第11巻) 8月 特集臨床医学研究の発展のために医療人間
2006年 (第11巻)10月 特集スポーツ科学医療人間
2006年 (第11巻)12月 特集科学技術イノベーション学術学術教育
2006年 (第11巻) 1月 特別座談会科学コミュニティーとしての新たなミッションを考える学術教育
2006年 (第11巻) 2月 特集新世代が変える日本学術会議学術教育
2006年 (第11巻) 4月 特集日本学術会議第147回臨時総会学術教育
2006年 (第11巻)11月 特集日本学術会議新体制 ─日本学術会議第149回総会─学術教育
2006年 (第11巻) 特集座談会:「科学上のミスコンダクト」学術教育
2006年 (第11巻) 特集 シンポジウム:「技術者の倫理社会システム学術教育
2006年 (第11巻) 特集新世代が変える日本学術会議(続編)学術教育
2006年 (第11巻) 特集日本学術会議改革ヘの軌跡と課題学術教育
2006年 (第11巻) 特集日本学術会議第148回総会学術教育
2006年 (第11巻) 9月 特集海洋生物学の新たな時代環境
2006年 (第11巻) 特集環境教育環境
2006年 (第11巻) 3月 特集男女共同参画の一層の推進に向けてジェンダー
2006年 (第11巻) 特集ジェンダー学と生物学対話ジェンダー
2006年 (第11巻) 7月 特集公共性ルネッサンス ─21世紀市民社会を考える─社会
2006年 (第11巻) 特集統計から見た日本経済格差社会
2007年 (第12巻) 5月 特集医療崩壊させないために医療人間
2007年 (第12巻)12月 特集保健医療と個人情報保護医療人間
2007年 (第12巻) 特集社会福祉教育近未来医療人間
2007年 (第12巻) 特別講演:寄生動物国民及び政策感染症ミレニアム開発目標 / ロバート・メイ卿医療人間
2007年 (第12巻) 特集化学今日から明日へ化学生物
2007年 (第12巻) 1月 特集科学者の行動規範学術教育
2007年 (第12巻) 2月 特集博物館が危ない! 美術館が危ない!学術教育
2007年 (第12巻) 9月 特集:第7回アジア学術会議学術教育
2007年 (第12巻) 特集:学協会機能強化のための調査学術教育
2007年 (第12巻) 特集日本学術会議第150回総会学術教育
2007年 (第12巻) 7月 特集:脱温暖化社会へのチャレンジ環境
2007年 (第12巻) 特集子どもを元気にする環境とは ─政策の現状と評価こども
2007年 (第12巻)11月 特集自然災害軽減に向けてパラダイムの変換を災害
2007年 (第12巻) 6月 特集地域研究最前線 ─知の創成─社会
2007年 (第12巻) 8月 特集:法的制度としての私と公をめぐって社会
2007年 (第12巻) 特集21世紀における生活科学役割社会
2007年 (第12巻) 4月 特集:人文社会科学役割責任人文
2007年 (第12巻) 特集物理学の今日から明日へ物理
2007年 (第12巻) 3月 特集歴史としての戦後思想としての戦後歴史政治・国際
2007年 (第12巻)10月 特集中国東アジア科学技術と持続的社会歴史政治・国際
2007年 (第12巻) 特集政治学の今日から明日へ歴史政治・国際
2008年 (第13巻) 1月 特集シンポジウム 医療システムのゆくえ医療人間
2008年 (第13巻) 8月 特集生殖補助医療のいま ─社会合意を求めて─医療人間
2008年 (第13巻)12月 特集:信頼に支えられた医療の実現 ─医療崩壊させないために─医療人間
2008年 (第13巻) 特集:医工学先端研究と教育創造的結合医療人間
2008年 (第13巻) 特集生物科学今日から明日へ化学生物
2008年 (第13巻) 7月 特集科学コミュニケーションメディア学術教育
2008年 (第13巻) 9月 特集:若手研究者の育成学術教育
2008年 (第13巻)10月 特集高校における地理歴史教育改革学術教育
2008年 (第13巻)11月 日本学術会議第21期スタート -第154回総会開催-学術教育
2008年 (第13巻) 6月 特集瀬戸内海浅海を考える ~浅海その生物生産環境とその保全防災環境
2008年 (第13巻) 特集:脱温暖化森林木材役割環境
2008年 (第13巻) 特集環境学のミッション環境
2008年 (第13巻) 特集総合工学役割展望工学
2008年 (第13巻) 特集明日社会共通資産 ―建設系分野からの重点研究課題提案工学
2008年 (第13巻) 4月 特集人口ジェンダー  ―少子化対策可能か―ジェンダー
2008年 (第13巻) 3月 特集:わが国の自殺の現状と対策社会
2008年 (第13巻) 特集リスク Permalink | 記事への反応(0) | 10:30

フルリモートメンタルを病んで辞めていく人

コロナ以降、リモートでもできる事務作業をする事務員を定期的に採用しているが、

年に数人が辞めていく。

最初はみんな喜んで在宅勤務してくれるが、そのうち

「たまには出勤したい」」

「みんなと雑談したい」

と言い出す。

オフィスが手狭なので断り、仕事上、必要なことはいつでもチャットメール電話でしてくれていいよ〰、と言っているが、

結局診断書を提出してきて、そのまま休職退職してしまう。

フルリモートだとやりにくいこともあるだろうから、といつでも質問ウェルカム体制をとっているが、

勝手に自滅していく模様。

不思議な話である

2024-06-16

親友が死んだような気がする

実際にはまだ生きてるんだけど、自分の愛していた親友は多分死んで、もう戻ってこないんだろうと思う。

誰も悪くない。親友自身も。

親友発達障害だったらしい。大人になってからわかったそうだ。親友の様子が少しおかしい時期にわかって、誰にも話さずに薬を服用していたらしい。最初の頃は副作用で辛くて、それで、本当に無気力になってしまっていたんだと、コロナ禍、スーパーカレー屋さんで向かい合ってた時に急に教えてくれた。多分その時に自分は「わかって良かったじゃん」「薬ってどんなの飲むの?」「楽になるなら本当に良かった」「これから元気になってね」みたいなことを伝えた。様子がおかしな時期の親友はいつも無表情で感情の起伏も少なく話しかけても気だるそうにしていて、少し怖かったから、原因がわかって対処もできているなら、ホッとした。「勉強してみるね」と言って帰った。実際本当に勉強した。本も読んだし、youtube動画もたくさんみた。親友の飲んでる薬は本当に、悪いものじゃないと思った。

親友とは大学が同じだった。多分、とても気が合っていたんだと思う。ふと、思い立った疑問を、親友に投げかけると想定していた10倍の言葉になって返ってくるのも、自分の何倍も何倍も時間を費やして言葉にしてくれるのも、愛おしかった。同性だけど、結婚できれば幸せだと思うほどだった。自分もっと稼げたら養ってあげたいくらいだった。親友は頭が良くて優しい人だけれど働くのが苦手らしかたから。それでも本当にずっと遊んだ。夜、急に話したくなって電車に飛び乗ったこともたくさんあった。深夜のファミリーレストランで息が苦しくなるくらい爆笑した。楽しかった。本当に。親友と話している時間世界で一番満ち足りていた。

親友大人になってから発達障害だと分かった。私が愛していた親友の最高に大好きなところは、今はもう、薬に抑え込まれしまった。もう、多分、二度と会えない。

一緒に出かけてもあんまり笑ってくれなくなったし、話しかけてもつまらなそうに返事をして、それだけになった。多分、自分の話にも、興味がないのだとわかるのだ。悪気がなく。それはもう、薬の作用なのだから仕方ないことだ。

親友仕事がしやすくなったといった。それでも無気力自覚してるようで平日は元気に軽くするを飲んで気分を上げて仕事をしているようだ。土日はその気分を上げる薬は飲まないので、会っている時は大体真顔でどこかをみている。この元気になる薬を飲み始めてから、余計に、会う時暗くなったと思う。たまに笑ってくれるけど、本当にたまにだ。飲み合わせを検索したけれどよくわからなかった。親友は、仕事ができればいいのだろう。その考えは正しいと思う。

親友は誘ったら断らない。今はまだ。自分以外と多分、ほとんど遊んでないと思う。本心はつまらないと思っているかもしれないけど、親友も、私と遊ばないと本格的に仕事しかなくなるとわかっていて、でも同時に、仕事しかしたくないのも本音なんじゃないだろうかと思うのだ。わからないけど。一緒にいても楽しそうじゃないから。

親友の飲んでる薬の名前を調べてみた。副作用はそんなに強くないと出てくる。それでも本当に全然違う人になってしまった。自分も、どんな気持ちそばに居ていいのかわからない。離れたくない。笑ってくれなくても友達でいたい。でも、やっぱり寂しい。違う人の隣にいる気がする。

親友は生きてる。今日遊んだ

でも後半は疲れた顔をして、たまに真顔になっていた。疲れたから、一人で先に帰った。

親友は生きてる。

生きてるのに、死んだような気がする。

どうすればいいんだろう。

どうすればいいのかわからない。

さみしいだけだ。

最近スペイン村に関するニュースに関して、リピーターからの補足と

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志摩スペイン村入園料5700円に「安すぎません?」広報直撃! 大盛況報道で生まれた復活イメージに“中の人”が困惑する理由 | 集英社オンライン | ニュースを本気で噛み砕け https://shueisha.online/articles/-/250821

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上記記事に以下のコメントを付けたら、意外と評判良かったので、色々補足しつつスペイン村について語ってみる。

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ここ10年毎年1,2回スペイン村行ってる身からすると、vtuber好きっぽい雰囲気の客が昔の1割、多くても2割体感増えた印象。USJレゴランドの間くらいのクオリティスペイン村伊勢志摩旅行とセットで良さが出る場所

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基本、主観まみれで正確性は無いのでよろしくです。

## vTuberの影響で増えてるのか?

上記コメントでもあるように、体感では以前よりも1〜2割増えた印象。

id:marilyn-yasuさんがコメントで補足してくれてる。

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id:mak_inさんが書いてることの裏付けとして過去資料で年間入園数の推移を読んだところ1割強ほどの増加量。コラボ期間が主なので平時から1割とは言わんが無視できないくらいの人数が来てるのは間違いない感じ。

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実体感をもっと詳細に記載すると、コラボ期間に入る前から、ンゴちゃん言及からスペイン村ブームになった時点で既に1割くらい増えてた印象で、イベント期間に行った際は2割くらい増えてた印象。

以前から見かけた組み合わせとしては、乳児から小学生くらいまでの小さな子どもを連れた親子連れカップル、2-3人での女子旅、たまに大学生仲間っぽい男女、これがほとんどだった。

これがンゴちゃん言及以後、元々いた人たちの数はあまり変わっていないものの、以前はあまり見なかった組み合わせの人たちを見かけるようになった。

総じて、なんとなくオタクっぽい雰囲気に、何らかのvTuberグッズを身に着けてるのでなんとなく分かる。

中高生1人を連れた親子、2-3人男旅、ソロで来てる人(男女ともにいる。ただソロ率は女性の方が高いような……)。

大学生仲間っぽい男女も増えてて、前は比較的陽のオーラ強めの集まりが多かったが、陰のオーラ強めの人が増えてる。

これら以前見なかった属性が増えたことでだいたい1-2割増という感じ。

雑に言うと、全体的に陰キャ風の若者が増えた?

## なんでそんなこと詳細に体感で分かるんだ?

自身遊園地苦手過ぎて、ワイフや子ども達がアトラクションに並んでいる間、乗り物に乗れない子と待ってるから

うちは子ども4人で、一番小さい子は常に誰かベビーカーに乗ってて、誰かが乗り物に乗れない。

そうなると、待っている間、特に何もすることなく、ずっとぼーっと園内を眺めてることになる。

ただぼーっと眺めてるだけなので、自然人間観察とかしてしまう……

## 何故そんなにスペイン村に行っているのか?

ワイフの実家志摩市にあるから

子どもが産まれからは、ワイフの実家によった際には必ずスペイン村に行くことになっている。

これは志摩スペイン村志摩市民向けに格安チケット提供してることが関係してる。

https://www.parque-net.com/ticket/isepassport/index.html

昔はチケットの購入条件が緩く、価格ももっと安かったのでこれを悪用し、スペイン村の近くのコンビニの前で、駐車場の案内みたいな雰囲気パラレルの下、椅子に座ってるオババがダフ屋みたいなことをやっていた。

10年近く前に対策されて、受付で志摩市民だと証明しないと入場できないようになった。

今このチケット志摩市民が年間パスポート買ってからでないと別途チケットを購入できなくなったので、子沢山だと知る義父母のご近所さんが、帰省シーズンになるとくれるようになった。

入場の際には、義父母と一緒に受付し、僕らだけ入場するようにしてる。

チケットくれるご近所さんには、こちらのお土産を持っていってる。

## スペイン村の噂: 東京ディズニーランド超えの待ち時間、園内ガラガラ、どっちが正しいのか?

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ガラガラだった志摩スペイン村が客急増でディズニーRより待ち時間長く…なぜ

https://biz-journal.jp/company/post_380711.html

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上記コタツ記事ネットの噂を要約してる。

スペイン村は、単純に敷地デカく、その割に客が少ないので、一見ガラガラなのは今も昔も変わってない。

先に書いたように増えたのは1-2割なのに、何故激混みの印象を与えるような待ち時間が長い、という話があるのか。

それは、ンゴちゃん言及以前からスプラッシュモンセラーと氷の城は並んでいたから。

特にスプラッシュモンセラーは回転率がかなり悪い割に、人気のあるアトラクションだ。元々シーズン中は60分待ちとかは普通だった。

これは、スプラッシュモンセラーが必ず1組1台で乗せ、1台辺り2分程かかるので30組いれば1時間はかかるから

https://www.parque-net.com/attraction/splash_montserrat.html

スペイン村場所の広さの割に客が少ないだけで、客自体ちゃんといるので、普段からそれくらいかかる。

他は一度に何人も遊ぶので、混むことはほぼない。

ただ今回のイベントで増えた比較若い層が、とりあえずスプラッシュモンセラーに流れたこともあり、いつもより待ち時間が長くなったように感じる。

先の言及で、ソロで来てる人が増えた、と書いたのは、スプラッシュモンセラーを待ってる間、以前はいなかった一人で乗る人を結構見かけたから。

遊園地を一人で!?と一瞬思ったが、混んでないからか、広いからか、親子が多いからか、何か分からないけど、遊園地はみんなで!みたいな集団圧力みたいなのがココには全く無いので自分の好きなまま楽しめるのは、なんかめっちゃ良いな、と思った。

ちなみにスペイン村で一番有名なアトラクションジェットコースターピレネーは一度も複数人で乗れることもあり、ほぼ待ち無しで乗れる。

そもそもスペイン村に来るような層は、ピレネーハードルが高過ぎて、スプラッシュモンセラーくらいがちょうど良く、ニーズが少ないのかもしれない。

## スペイン村料理は美味しいのか。

普通に美味しい。

普通に」というのがポイント

名古屋スペイン協会の人らと仲良かったこともあり、結構色んなスペイン料理屋には行き色々教えてもらい分かってる方だと思うが、スペイン村料理ちゃんと作ってあり、遊園地の中であるにも関わらず、外で普通スペイン料理店で食べるクオリティで出してくれる。

僕が遊園地苦手な理由の一つに、何も彼にも全てが高い割に、だいたいファーストフードにも満たないひどい味だ、というのがある。金払うのは良いけど、払うならちゃんとしたものが食べたい……

外だと普通のもの遊園地の中で食べられるだけで、異常に美味しく感じてしまうかもしれない。

同じ理由で、大人気、ンゴちゃんイチオシ世界一美味しいチュロスは、遊園地の中では世界一美味しいかもしれないと思わせてくれる。

ちなみにレビューとか見ると、スペイン村の中のレストランの中で、いくつか酷評されてる場所があるが、コレは価格遊園地にしては安く、味が遊園地っぽい場所である

お財布と好みで選んでもらうと良い。

## 最近良かったスペイン村での個人的なできごと

キャラクターショーが、ドン・キホーテチャッキーなどのキャラパティオの飾りを競うコンテストを行う、という内容だったのだが、バイキンマン的な立ち位置アレハンドロが優勝して、盛り上がる内容だったこと。

娘のアンパンマン見てていつもバイキンマン可哀想だと思ってたので、何故か無駄に感動してしまった。

https://www.parque-net.com/kids/zukan/arejandoro.html

あと、フリーレンとフェルンのコスプレしてる人がおり、勇者ヒンメルになりたい息子のために一緒に写真を撮ってもらった。

息子は恥ずかしながらも目茶苦茶喜んで、あれから勇者ヒンメルごっこを良くやるようになった。

## USJレゴランドと比べて

僕は遊園地が苦手でも家族希望で連れて行かれる。コロナ明けてから両方に行った。

USJは単純に派手だし楽しめる場所だよ!!という空気感が凄かった。

ただ人気の場所だということもあり、人がとにかく多いのと、それに伴う攻略法を予習してこなしていかないとマトモに遊べないのは正直しんどかった。

スペイン村にはそこまでの言及力はない。

一方で、沿道をまわるショーは、スペイン村も遜色ない気はした。

なんやかんや言って、長い歴史と本場スペインダンサー達のパフォーマンスが、資金力の差を埋めてる気がする。

陽キャ若者にはスペイン村は物足りないかもしれない。

レゴランドは、よく「子ども騙しだ」と言われることがあったが、良くも悪くも大人よりも子どもに刺さるコンテンツが多い気がした。

レゴアニメや、マイクラ、ロブロックスのおかげで、レゴ世界観は、思った以上に子どもらに刺さったみたいで、大人の満足感の少なさの割に、子どもの満足感がかなり大きかった。

一方、スペイン村キャラクターショーなどはちゃんとあるものの、キャラクター自身コンテンツ力が弱いせいか子どもらの刺さり具合は弱かった。ショーの良さや遊園地全体で挽回、という感じ。

というわけで、レゴランド以上、USJ未満、という感じで、USJでは強すぎ、レゴランドでは弱すぎ、という人にはスペイン村がちょうど良いのかもしれない。

## 実際に自分がやってるまわり方

シーズン中、もうスペイン村には行き慣れてる or 僕のように遊園地アトラクションが得意でない人は、ムーンライトパスが良いのかもしれない。

16時以降入場だが、物販や代表的アトラクションはだいたい17時までやってるので、ササッと目的のものだけ消化し、ナイトショーを楽しむ。

ナイトショーは、ショー自体クオリティも高いが、花火の量も凄いので、価格の割にかなり楽しめる。

ただし、スペイン村伊勢志摩旅行とセットで楽しむと良さが引き立つ場所であり、伊勢志摩旅行の魅力の大きな点に宿の食事が挙げられるので、スペイン村ホテルでない限り、どちらかを選ばざるを得ないことが難しいところ。

元気があったら、こんな感じで続編として経験談から伊勢志摩旅行ポイントもまとめるかも……

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追記:

見づらい、タイトル引用ちゃんせいや

はてな記法で書き換えたんだが、どうも上手くいかず……スマホからだとあかんのか……?微妙に間違えてる??

読みにくいのは承知してますが、仕方なく、Markdownのままにしてます

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スペイン村だったら、フラメンコショーのことも触れてー!!あれは生で見たら素直に感動する。

評判が目茶苦茶良いことは、噂には聞いてるのですが、常に乳児を連れてる状態だと子どもらが我慢できないので入れなくて、スペイン村20回以上行ってるのに、結局一度も観れてないです。

なので、言及できてないだけです。

逆に言えば、スペイン村の客の大多数を占める親子連れが、うちと同じく、このフラメンコショーには行けてないので、特に事情がなければさっと入れるのでオススメです。

子どもらがもう少し大きくなったら行こうかと思ってます

名古屋スペイン協会繋がりで何度かプロフラメンコショーは見に行ったことあるので、その際にはそこと対比しながらコメントできれば。

anond:20240616141121

かに時代要請が予想より速いというのはあるよね

AIやらリモートやらなんちゃらで

きっかけはコロナだった

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