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はてなキーワード: 映画とは

2018-01-21

Netflix日本アニメは失敗するのではないか

Netflixが絡んだ「クオリティの高いアニメ」とは

簡単に言えば映画にできるようなアニメ

 

まり、例えばアニメ映画がいっぱい出るような状況を想像すると良い

TVアニメから派生したやつではない

高級、高尚なオリジナル映画アニメ

そういうもの中で、成功しているもの成功しそうなもの面白いと思えるものがどの程度あるだろう

 

思うに、現在ジャパニメーションニッチに潜ってこそ価値を発揮するという

非常にオタク的な存在なのだと思ってる

(唯一例外だったのがジブリ

それをメジャーに引き上げるにはかなりの時間と労力と人材必要になるだろう

視聴者側の慣れも必要

 

そこまでずっとコストリスクを掛けるだろうか

ヒットが出るまで5年10年やるだろうか

かなり疑問だ

障害福祉相談所というところに行ってみようと思う。

小説家の、萱野葵という人の寄稿を読んだ。

自身発達障害に気づかず、生きずらさを抱えたままバイト転々とした話だ。

何気なく読んだものの、たぶんこの話は私にも当てはまるところがあるぞ、と感じた。

私も「そのスペックで、何故こんな簡単なことができない(わからない)のか」と、よく怒られるからだ。

言い訳をするなといわれるし、けして理解はされないと思うけれど、できていないんじゃなくて、まだやっていないが正しい。

たぶん、私は作業の順番や内容の受け取り方が、かなりの確率で人と違っているのだと思う。

それから雰囲気空気を読みながら、適当に(この適当がやっかいだ)作業することも苦手なのだと思う。

これも言い訳がましいが、逆に言えば空気を読みすぎて動けなくなる。そして、適当って何。

やったらやったでお前のやり方は間違っていると怒られ、やらなかったらやらなかったで何故できないんだと怒られる。どうしたらいいのか。

かにもいくつかあるが、今の職場で働いていると、概ねこんなことで頭がいっぱいになっている。

自分の中では、あれもこれもと考えて仕事しているつもりなのだが、他人からはさぼっているように見えてイラつかれたり、「おどおどするな」とまた怒られる。

決して、働きたくないでござるではない。むしろ、めちゃくちゃ働きたい。

現に以前の職場では、しんどいことも多かったけれど働くことが楽しかった。

そこでは、例えば「〇時までに○○が必要」という明確な終点けが決まっていて、指定がない限りやり方は自由だった。

仕事ができているという自信も、少しだけあった。でも今の職場ではボロクソな上、人間としても無能すぎて、どうかと思い始めてきた。

好きだった読書も、漫画ですら目がすべって内容がよくわからない。映画は2時間集中できなくて見れなくなった。学生時代考察サイト書いてた私と同一人物とは思えない。

そこへきて、先の記事である

私が甘えているだけなのか、さぼっているだけなのか、何か原因があるのか。

甘えているだけ、さぼっているだけだと確定するのも怖いな。もしそうだったら、ちゃんと働ける日は来るのかな。

いきなり病院ハードルが高いので、とりあえず話だけでも聞きに行ってみる。

社交辞令とか人との距離感とか全然からない

別れ際に「また一緒にご飯に行きましょう」とか言ってくれるのに向こうからは誘ってくれないのって脈なしなんですかね。

会うたびに言われてるけど、向こうから誘われたのは最初の一回だけであとはみんな私から誘ってる。誘いを断られたことがないだけ有難いとは思ってるけどさ。実は迷惑がられてたりしたら嫌だな。

この前会ったときも帰りのバスの中で、

私「就活するなら忙しくなるよね」

あの人「まぁね。なんで?」

私「いや……」

あの人「まー俺は院行くかもしれないしさ、就活そんなガチらないからご飯とか、まぁ映画くらいなら行けるよ」

そんなこと言われると嬉しくなってしまうじゃないですか。

まあ一応夏ぐらいまでは本当に忙しいだろうし誘うの控えようって思ってるけど、でもまた会ってくれるんだなぁって思って期待が膨らんでしまう。

あの人がバスを降りた後、ふと窓から外を見るとあの人もこっち見てて目が合ったのも嬉しかった。

でもなんか無表情で会釈されてふいっと目線をそらして歩き始めちゃったのは悲しかった。あの人といるとほんの些細なことで気持ちが乱高下してしまって大変。

なんか会うんじゃなくてもLINEとか電話で連絡が取れたりしたらいいんだけどな。でも会う日程決めのときくらいしかLINEしないし文面もかなり素っ気ない。

男の人はLINEとかメールとかあんまりきじゃない人多いっていうのは知ってるし、私自身そんなに雑談LINEとかしなくて要件があるときしか連絡しないタイプからそれ自体別にいいんだけど、でも高校時代結構凝った文面で送ってくれてたからそれ思い出すと寂しくなっちゃう。

もともと連絡不精な人が素っ気ないのは全然気にしないけど、他の子とは(昔私としてたみたいに)色々やりとりしてて私にだけ素っ気ないんだったら悲しいな。

そういえばその前回会った日は一緒に博物館に行ったんだけど、ペア用の音声ガイド借りてくれて、一つの機械に二つのイヤホン挿してたか自然と体が触れ合って、それだけですごくすごくドキドキした。

このまま思い切りもたれ掛かってみたいな……と思ったけど、不快に思われたら嫌だからやめておいた。すごくモテる人だし、変な色気出されるのにはうんざりしてるかもしれないし。とりあえず腕が触れる程度までは近づいても嫌じゃないってことがわかったからそれでよしとしよう! って思った。

でも神経は完全に触れ合ってる部分に集中してた。お互い厚いコート着てたから体温なんて分からないはずなのになぜか温かく感じた。私がどきどきしすぎて体温上がってたせいかもしれないですけど。



結局私とあの人だと社交性が違いすぎるんですよね。私は友達も少ないし、ましてや男友達なんてほとんどいないからあの人と出かけるのは一大イベントだけど、あの人は老若男女誰とでも友達になるしむしろ人と外食する日の方が多いくらいの人だし、熱意とか重みが違いすぎるからもやもやするのよ。

高校時代教室で後ろ姿を見てるだけだったからこうやって定期的に合って話ができるだけで幸せなはずなのに、浪人中なんか「もしもう一度顔を見られたらそれだけで幸せ」って思ってたはずなのに、大学受かって上京して偶然すれ違ってまるで映画みたいだなって一生ものの感激を味わったのに、会えば会うほどもっと親密になりたくなる。人間の欲深さって怖いわ。

漫画はなぜ売れているのか

netflix hulu amazonなど定額動画サービス存在する中でなぜ未だに漫画が売れているのか。昔は映画ドラマを見るのにそれなりに金がかかった。だが今はほとんどただ同然で大量の動画を見ることができる。漫画も定額サービスをやっているが同じ金額を払うなら動画を見た方が得だ。映画ドラマにはなく漫画にある魅力とは何だろうか。

2018-01-20

冷淡な人であるとは自覚している。

この度の小室哲哉さんの不倫疑惑から引退については週刊文春に対して批判が高まっている。

対して自分はどう見ていたかというと率直に楽しかった。

芸能界映画のようなもの自分にとってはリアリティは無い。もちろん小室哲哉さんの私生活という現実社会に起こった話しであることは分かっている。

音楽で大いに成功を収めたが、売れなくなりつつあった上に詐欺逮捕、戻ってきたと思ったら家族自分に不幸があり、そこに追い打ちをかける文春の不倫報道により引退

絵に描いたような転落劇。これもまたエンターテインメントと言えるのではないか

介護など小室哲哉さんの苦労など全く共感できない、分かるのは転落劇とその痛快さだけ。いっそのこと会見ではなく遺書の方が盛り上がったのではと考えている。

かつて学生のころに今で言うスクールカーストの上位にいるような同級生に対して非常に嫌悪感を抱く出来事があり、仕返しのために数々の根回しをしたことで、その同級生が他の同級生から無視されることとなった。結果的学校に来れなくなくなるようになってしまたことで、同級生たちはポーズかもしれないが、そのししまった行為に後悔を抱いたり、反省しているようだった。

私はどうかというとそこまで追い込むことができたことがとても嬉しかった。引きこもりよりさらに一歩先へ進んでしまうことを期待していた。

友達や仲の良い同僚はいるが、恐らく知らず知らずに冷淡な部分は漏れしまったいるのだろう。何か自分が困った時に真摯対応してくれる人は親がこの世を去ればいなくなるだろう。

そこについては覚悟はしている。この冷淡な性格がいつ自らの内に形作られたのかは分からない。冷淡な私は誰にも助けられず孤独のうちに恨みを買って死んでいくのだろうし、それがお似合いであることも自覚している。

J汚染/ネット配信できない映画ドラマ

特定事務所所属タレントキャストに入ってるとネット配信されないのでもう最初から見る気無くす。

間内ではそういうのは「J汚染」されたコンテンツと呼んでいる

からこそ私はこう思う

狂気世界に心酔しちゃってるこのわたし注意」みたいに他人からどう見られるかとか意識して作品視聴やプレイするべきじゃあない。

そんな事を気にしてたらどんな本に対しても読者層を勝手ステレオタイプ化した挙句「私はあえて一歩引いた距離感で読んでます」みたいな保険かけたつまんねえ触れ方しかできなくなるんだよ…。

人に影響を与えられる番組映画っていうのは毒になろうとも薬になろうともそれだけで貴重な財産なんだ!

イタイとか恥ずかしいとか思われようが視聴完了後生き方が変わるくらいどっぷり作品世界に浸からないと濃厚で価値のある作品体験は得られないんだよ!!

https://anond.hatelabo.jp/20180110194621

anond:20180120113943

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/メインカルチャー

ウィキペディアにあったで

メインカルチャー(英: main culture)とは、サブカルチャーと対比して用いられる語で、ある社会支配的な文化のこと。

文学美術演劇音楽など社会の(主流をなす)構成員健全文化として受容するものである伝統的には大学学問対象として研究されたり、新聞雑誌などで論評の対象になるものであった。20世紀になって大衆文化が発達し、次第に映画テレビ番組ポピュラー音楽ビデオゲームなども文化として認められるようになった(メインカルチャー化)。

デレステの話と見せかけてドラクエの話(書いた増田を言い当てられると死んでしま呪いのせいで本題まで長いです)

書いた増田を言い当てられると死んでしま呪いを受けたのでフェイクましましでお送りしま

はーーーー、犬大好き!

おいら、わんわんだいすきだわん!

わんわん! わんわん! 犬の作る映画面白いわんねー!

犬の作る映画はどれも原作をも超える面白さだわーーーん!

え? 犬の作る映画を叩く人がいる? 許せないわん! こう言ってやるわん!

「あのね、ゆうき君、レイバーは飛ばないよ?」

でぃすこみも、白暮のクロニクル最終回すべってたぞ! なんなら21世紀の方のバーディーもだぞ!

KUNIEもだから最終回滑り続ける漫画家みたいになってるぞ! じゃじゃグルパトあ〜るの三発屋みたいになってるぞ!

え? アッセンブルインサート? うーん、あれはあれで面白いよな、パトレイバー中盤の風邪薬プライドじみた描写もあったりで高評価、うん四発屋!

え? 合作系? あれはないだろ、あれこそ絵日記漫画時代の延長だもん。

え? そもそも日記漫画こそが面白い

それもそうだなー、じゃあもう月刊OUT優勝! 殿堂入り! ここらへんは抜き!

わんわん! これで、内輪ネタで楽しく絵日記漫画を描いてたころの気持ちを思い出してツイッターを辞めて連載に集中するに決まってるわん!

わんわん! ざまあみろだわん!



はい、というわけでね、これでもうこの増田を書いたのが誰かわからなくなったので、安心して本音をかけますね。

いやもうほんと、誰が描いた文章か一切わからない、わからない、わからない、わから陰毛、脇毛大嫌い!

よし、二重三重フェイクを重ねたのでもう誰が描いたかさっぱりすっぱりはりーぽったりーですわ。

それで本題です。

ここから本題ですよー!

アイドル増田ーだからブクマカ各員きばれよ!

あのですね、ここ最近スマートフォンプレイできるゲームアイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージ」こと「デレステ」を楽しんでいるのです。

自分担当、いえその、担当と名乗れるほどの何かが僕にあるかはわからないんですが、とにかく僕が好きなアイドルの子は、

デレマスという大きい枠組みでいうと声はついてるのですが、まだデレステには声がなくて、お歌もないんですね。

は? 声ついてて歌がないアイドルは一人しかいなくて特定できるからぼかさなくてもいい?

仮に内定組のはるちんを入れたとしてもはるちんはドラマCDと同時にお歌も歌うから、声付き歌なしにはカウントしない?

しるかあああああああああああああああ!!!!!

こちとら「書いた増田を言い当てられると死んでしま呪い」にかかっとんねん!

ちょっとでも個人情報につながる情報はぼかそうぼかそうとするのが人情じゃないんですかねえ!?!?!?

はああああああああああああああああああ。

ほんまつっかえ……

ほんまつっかえ……

君たちがそうやってツッコミを入れるから話が全く前に進まないじゃないですか

あんそもそもさっさと本題をいえ? その本題にすぐ進まないのはレイザーラモンRGの真似か? パクリか? だって

それもそうですね、それじゃあ本題入ります

Sweet Witches' Night 〜6人目はだぁれ〜っさ、抑えてる指の外側にノーツが落ちてきて、手を交差しないと弾けない箇所があるんだけど、あれってみんなどうしてるの?

本題それだけかよって?

そうでーす、しょうもないはなしでーす。

は? 誰が大切な話や面白い話するって言ったねん。

面白い話をする人は、はてな広しといえどあの人しかいないんだから面白い話をしてしまうと、書いた増田を言い当てられると死んでしま呪いで死んでまうやろ。

からフェイクのために、俺が俺であるうちは面白い話をしたあかんねんぞ。

わかったか

え?

面白ブコメであって、面白話じゃないし、そうやって言及することで結局正体がバレて呪い死ぬのでは?

それもそうかもな!

じゃあ、シャナク

シャナク

シャナク

シャナク

シャナク!!!!!

「はーもう、いそがし! いそがし!」

ってドラクエライバルズのセリフは本当はないってまじ?

フィクション現実区別

ここ数年のなろう小説の名文をピックアップする - わいわい保管庫

http://subnacchi.hatenablog.com/entry/2018/01/18/225832

>というのも、仕事学校で疲れて帰ってきた後に主人公が敗北したり惨めな思いをしたりするような内容のものを読むと

>「なんでフィクションの中でもこんな思いをしなきゃいけないんだ!」とさらにドッと疲れが襲ってきてしまうから


なろう小説などの読者は、主人公の苦境に耐えられなくなっているという話はよく聞きます

でもほんとにそうなのでしょうか?


かに私は、作品には山と谷が必要だと思っています

スポーツものなら、ライバル試合に敗北が描かれてこそ、その後の勝利を素直に楽しめます

作品内で山と谷が良い具合に配置され完結しているものこそ良作だと思っています


今の読者は、谷の部分を自分に起きた嫌なことが担当し、作品には山しか求めていないとのことらしいです。

それは「主人公の苦境に耐えられない」のではなくフィクション現実区別をつけていないということではないでしょうか。


私はフィクション現実区別を付けろと教育された世代です。

なので作品内で完結していないと楽しめない傾向があります

ですが、今の読者が作品に触れるのは本やテレビではなくネットからです。

PCスマホに表示されるtwitterLINE文字列と同等です。

しかインターネット架空世界ではなく現実だとしっかり教育されています


以前はフィクション現実混同するような発言をするとバカにされました。

でも今はフィクション現実区別をつけないことが普通になってきているのでしょうか。


これはつまり映画などの作り方もなろう小説風にシフトしていく、そうしないとウケなくなってくるということなのでしょうか。

日本ではなぜか海外コンテンツ海賊版サイトだけ元気ないよね

少し前にバズった記事で「ドイツでなぜ日本アニメが下火になったか」ってのがあって「放送局倫理的自主規制がかけたかファンの間で海賊版が活発になった」と書かれていて、ブコメの多くがその一文に特に否定的に捉えていなかったというのが、昨今の漫画村等に対するブコメ正反対でびっくりしてたんだけど、まあ「外人さんが日本コンテンツ純粋に楽しんでくれているのなら許すwww」ってのは分からなくもないし、それはそれでいいのだけども、逆に「日本人さんが海外コンテンツ純粋に楽しむために日本語翻訳して海賊版としてアップしているサイト」ってのはあまりないよね。

 

たまにあるのが海外ゲーム翻訳パッチか。でも他の言語と比べて全然活発ではない。これ面白そうってなっても日本語だけ見つからないって多いしね。

 

映画ファンサブは一時期は活況で、何でもかんでもオールマイティに有志が翻訳していたけど、警察翻訳者逮捕し始めて完全に下火になった。

 

一方で過去にも全然ないのがコミック分野で、アメコミでもバンド・デシネでもマンファでも吹き出しが日本語翻訳された海賊版を一度も見たことがない。日本漫画英語スペイン語中国語韓国語アラビア語…とあらゆる言語翻訳されて吹き出しに収められた海賊版が見つかるのに。

 

ここから推測できるのは、

日本オタク海外に出ていくバイタリティがない下層がほとんど

日本オタク語学力技術がない

日本オタク語学技術を学べない社会的貧困層

日本オタク環境をよくしようという努力をしない

 

ということなどで、ああ、これは今後もあらゆる面で中国でも他の国にでも負け続けるわって思った。

2018-01-19

トイアンナ氏の離婚を祝福したい

から氏については目にする事は多かったが、最近離婚したと聞いたので、知らない人向けにすこしだけまとめたい。

氏は顔出ししているダミーと顔出ししていない本体に分かれる。

しかし、主に活動している本体こと伊藤ナナ氏の経歴については以下で述べられている。内容は私の調べとも一致する。

http://anond.hatelabo.jp/20161119214145

なお記事にある仏壇会社インターンした時期と年次が合わない事を指摘している。

インターン就活のために行うという認識一般的で、3年生が行うものとされる。それが、P&G内定した以降の4年次にインターンしているから合わないと思ったのだろう。

しかし、レアケースとはいえできない事ではないし、親が骨壺だがを作っており、葬式関係には縁があったようだしP&G退職後の仏壇会社への転職のつながりはこの機会であったのではないかと思われる。従って、十分あり得たし、実際にインターンしていたというのが私の理解である

私の知るトイアンナ氏についての情報も加えさせてもらいたい。

自己愛性人格障害 の診断を受けている

SMプレイに傾倒した時期があり、女王様へのインタビューを行った経緯がある

父親社長をやっていたらしく、家を何件か持っている

レイプ経験し自ら団体を立ち上げる(実態未確認

慶応入学時に20歳(二年遅れ)

こうした、事実を集めていて思ったことは きっと調べないと気づかないと思うが、姉妹揃って、お嬢様として裕福な暮らしをし、性的にも奔放な暮らしをしているということだ。

彼女自己愛性人格障害という精神病故に周囲の人間マウンティングしまくる。ただ、尊敬を集めたいのだ。

尊敬を集めるために仕事での成功恋愛成功をこれまで語ってきた。

しかし、結果として彼女履歴には2年に満たないP&Gでの業務経験と数えてはないが2年程度での離婚という結果だ。

だというのに現在ライターとして就活生向けの記事恋愛記事を書く事を仕事にしている。ぞっとする事だ。

まず、この時点で氏の文章を読む気は失せるのだが、なにぶん無邪気に人を信じるお人好しが多いようで、未だに彼女をどんな人間かを調べもせずありがたがる風潮は違和感を覚える。

事実を知れば騙されたと思うだろう。

で、その騙されたという感情はおそらく正しい。なぜなら、ただ尊敬を集めるために最高の自分を演じているのだから。これはセルフブランディングとも言うようであるが、つまるところ、上手い事騙して、自らの欲求を満たしていただけなのである

普通であればここまでの事は良心を咎めるからできるはずがない。でも、できちゃうのだ。だって自己愛性人格障害から

こういう人が最近でも、はあちゅうというのがいた。トイアンナはあちゅう慶応大というのはたまたまであるとおもうが、おそらくふたりとも精神病患者ではないかと思っている。少なくともトイアンナに関してはそうであったことがわかっている。はあちゅうもおそらく精神病池沼の類いなんだ、そう思っている。

こうした不快感をまき散らす人が今後増えないように願いたい。もはや公害だ。精神病院患者安易社会に戻さないでほしい。この現状は社会にとって大きな損失だ。もう、うんざりである

エスター という映画がある。あそこまでの狂気とは思いたくないが、彼女たちへの感情エスターに対する嫌悪感と同じである

個人的には彼女たちの打ち手はライターから転職であり、周囲はその仕事を通してお金を渡さない事なんだと思う。

どうせ会いさえしないだろうが、カウンセラーと会ってライター業をやめるよう助言をもらえば良いと思う。

彼女たちはP&G電通で働いた栄光を手にし更にプライベートも充実させようとしたようだが、結果は現状の通り、散々である

要は不得手な恋愛沙汰での栄光を諦めれば良いのだ。(精神病患者だろうから無理だろうが)

まだ間に合う。会社勤めで世の中の役に立てば良いのだ。

繰り返しになるが、こうした人たちは相手にしてはいけないよ、みなさん。

(なお、精神病差別しているわけではありません。狂人? 池沼? 適切な語を知りたい)

けんちん・F氏の文章面白い その2

続きです。

問題点3:自論に対して黙秘反論する人に対し「擁護するから黙秘反論している」とレッテル張りを行い間違いを認めない>

ある意味一番の問題点だと思う。(感想

反論、又は黙っているって言う事は同じ穴の狢だからだ!演劇界は腐ってる!ふじこふじこ」みたいなのが多いように見えます。(感想


例:ケ

文章①より引用

ついでに福岡演劇人の反応や如何、と久しぶりに彼らのTwitterを覗いてみたけれど、事件に触れているのはほんのわずか。自分たち業界事件としては、

日馬富士暴行事件並の大事だって言うのに、何なの、この他人事ってな態度は。 仲間意識で触れないようにしているのか、脛に何らかの傷を持ってるのか、

逆にパワハラセクハラ福岡演劇界蔓延してるんじゃないかと勘繰りたくなってくる。

<以上引用

推論のすり替えに、「知ってるヤツが黙ってる=福岡演劇界蔓延してる」の主語の拡大と、さらに「黙ってる=同じ穴の狢だ」というレッテル張りをしている。こちら、けんちん欲張りセットとなっております


例:コ

文章④より引用

として、FPAPの高崎大志の件をTwitterで取り上げた。これは被害者の近くにいた人物が、被害者本人の了承を取った上で告発したもので、公的に判明した稀有な例だ。だからこそ事例として引用したのであるが、

被害者の知人から名前を出すな」というクレームを頂いた。 本人の弁を聞いたわけではないのだが、どうも被害者は、過去名前出しをしたことを後悔しているらしいのである

(憶測しかモノを言えないのは、非難してきた人物が、詳しい事情を教えてほしい旨を伝えたのに、無視されたかである)。

こちらとしては、パワハラの明確な実例として挙げたかったのだが、これも結局は「被害者泣き寝入りしたがっている例」として扱わざるを得ないことになってしまった。

これでは福岡演劇界には、セクハラパワハラもない、と錯覚されてしま事態になりかねない。 そういう「平和演劇界」にしたい人間が、この界隈にはごまんといるのだろう。

彼らは躍起になってこちらを攻撃してくる。加害者がまるで被害者のように振る舞って、周りの同情を買おうとする。卑劣手段を取って、恥じるところがない。

<以上引用

FPAPの件を被害者の知人から名前を出すな」と頂いた

名前出ししている事を公開しているらしい

これでは「被害者泣き寝入りしたがっている例」になってしま

そういう「平和演劇界」にしたい人間ごまんといる

彼らは躍起になってこちらを攻撃してくる。加害者がまるで被害者のように振る舞って、周りの同情を買おうとする。卑劣手段を取って、恥じるところがない。

凄くない?コレ。もはやセカンドレイプだよね。「知り合いの名前を出すな」っていうしごくまっとうな指摘が(しか理由の想定までできているのに)

パワハラの明確な実例としてあげるな」っていう「攻撃」に彼の中で脳内変換されてさらに「卑劣」とまで言ってのけてる。

ちなみにこの後「ここで手を緩めるわけにはいかない。」って続きます。アンタ一体誰と戦ってるんだ?


その2に続きます

例:サ

文章⑤より引用

 むしろ、私を詐話師のように仕立て上げようとする野村行為の方が卑劣まりないものであって、ああ、やっぱりこいつも市原と同じ穴の貉だったのだなと感じざるを得ない。

<以上引用

これはちょっと説明が面倒になるのですが、順を追って見ていきましょう。

1:野村氏が2017年12月28日noteにて(https://note.mu/nomuramss/n/ncf6decc718eb

"翌日、市原くんから被害者の方への謝罪と、私に対して詫びるメッセージが届きました。どう返したらいいか正直わかりませんでしたが、とにかく被害者の方のことを思うと、私自身、

許せるものではない。一方でSNS上は罵声の大騒ぎになっている。「友人として、これからの誠意ある行動を期待する」という言い方で「死ぬな」という念を送るしかありませんでした。"

記述。(きちんと読めば「死んで被害者の人から逃げるようなことをするな」という意味合いときちんと読み取れます。私はそう受け取りました。)


2:けんちん氏が2017年12月31日mixiにて

"野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いているが、はっきり言って芝居がかっていてかえって白ける。電話でどのような会話をしたのかを「公的な報告」として記すのなら、

本来は今後の対応をどうしていくかについて書くべきで、こんなプライベートな心情吐露を垂れ流してはいけない。まるで、泣きを誘って、市原の方が被害者的な立場に見えるように、

話を粉飾しているようにすら見える。 "さらに"野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである。 "と批判

ちなみに、この際、野村氏のブログのURLを貼り付けています

(この時点で、事実が誤認(作り話)されています野村氏は『市原に「死ぬな」と電話で言った』とは一切書いておりません。)


3:野村氏が2018年1月4日

"どこにも、電話で話した、とは書いていない。この時点で「死ぬな」という言葉さえ伝えていません。しかるべき捜査機関に調べてもらっても同じ結論になります

完全に、けんちん・F氏の作り話です。・・「話を粉飾」してるのはどっちだよ!"と反論

そりゃそうだ。書いてませんもの


4:けんちんくんが2018年1月9日

"確かに、「電話で」とは書いていない。「死ぬな」も「念を送」っただけで、そういう言葉を伝えているわけではない。 けれども私は、野村ブログリンクを貼った上で、

上記記述を書いているのである。粉飾する意志があるのなら、そんなことはするはずがない。常識的に考えれば、野村が「メッセージが届きました」と書いているのを

電話で会話したのだろう」と捉えたのだと分かるはずである。おそらく実際はメールか何かだったのだろうと推測するが、はっきり言って、そんな連絡の手段なんか、どうでもいいのね。

そして、「死ぬな」という直接の言葉を伝えていないという点も、私が問題としているのは、そういう心情を市原に対して持っていることをわざわざ文章化していることが

被害者の心情を全く理解していないではないかということなのであって、これまた「作り話」という批判は全く当たらない。 "

反論さらに、これ以下の文章野村氏を延々と罵倒侮辱する内容に。


いやけんちん君、間違いを認めようよ。

野村氏は「友人として、これからの誠意ある行動を期待する」って言葉で「死ぬな」って念を送るしかしなかったわけ。

それを「電話で「死ぬな」と言ったとか書いている」って書いたのは作り話でしょ?音声データとか証拠があるなら別だけど、あんの?

さらに、間違いを認めず「常識的に考えれば、野村が「メッセージが届きました」と書いているのを「電話で会話したのだろう」と捉えたのだと分かるはずである。」

と、見苦しい言い訳。わかんねーよ!(笑)どこをどう読んだらそう見えんだよ。


例えばね、君のその後の発言を汲み取って『市原氏に対して誠実な対応を望むにしても、「死ぬな」という被害者に見えかねない表現はいささか問題があるかと存じます

実際の被害者の心情を慮った表現をした方が良いかと存じます』って批判ならわかる。

だけど"「作り話」という批判は全く当たらない。"ってのは違うぜ。だって実際に「野村氏が電話で「死ぬな」って言った」っていう作り話してんだもんアンタ。


"野村ブログリンクを貼った上で、上記記述を書いているのである。粉飾する意志があるのなら、そんなことはするはずがない。"とか

"元日記のリンクは貼っているのだから不正確で誹謗中傷だとまで言われるものではないことは誰の目にも明らかだ。 "って書いてるけど

意思があろうがなかろうが、リンク貼ってようが貼ってまいが作り話はしたんだからさ、「記事を読み間違えましたごめんなさい」って部分はきちんと認めようぜ。


でもって、この野村氏の理論的な反論に対して色々あった結果(皆さんの目で見てください)"野村への「最低の人間」という評価も、これだけの条件が揃えば、

的外れとも言いすぎとも言えないと、確信をもって言い切れる。"と、こう結論付けている。

謝ったら死ぬ病気の方でしょうか。

唯一、けんちん君の肩を持つなら野村氏がこの後カッとなったのか「けんちん・F氏がウソを認め、ウソをついてもいいと主張。 」

と書いたのはマズいと思いますよ。そりゃ野村さん、あなた感想です。けんちん氏がいう通り事実じゃない。


大体以上です。


<終わりに>

再度の通達ですが、私は市原氏を知りません。人としては最低だと思います。それだけです。彼が演劇に携わって欲しくない、とは思いますがその権利は私にはありません。

九州・全国の演劇界は腐ってない」とは言い切れないけれど、「腐っている」とも思っていません。いい人も悪い人もいるのは演劇界に限った話ではありませんし、

一般社会よりはちょっと問題が起こりやす環境ではあると思います

私がけんちん氏をこのように批判するのは「破綻した理論レッテル張りを垂れ流し個人批判する」その語り口が気に食わないだけです。

市原氏、野村氏、泊氏、高崎氏、その他、全ての個人に対して擁護批判を行うためにこの記事を書いておりません。

そして、かなり批判的に書いてしまいましたが以前のあなたの論評が好きでした。本当に。願わくば、元のキレのいい文章に戻ってもらいますように。



と、ラブレターじみて終わったものの、どうしても書きたい事もあるので書いてしまます、ごめん。

これは個人の感想であり言いがかりなので、誹謗中傷じゃねえかって言われたら反論できません。

先に謝っておきます、ごめんなさい。


1.彼の文章って「●●と思われても仕方がない」「●●も同然じゃないか」っていう、自分意見世論であるかのような言い回し頻発するよね。

朝日新聞記事みたい。「政府」を「演劇界」に変えるとわかるよ!

(以下朝日新聞コピペ

政府は何もやっていない」→自分たち好みの行動を取っていないという意味

議論が尽くされていない」→自分たち好みの結論が出ていないという意味

国民合意が得られていない」→自分たち意見採用されていないという意味

「内外に様々な波紋を呼んでいる」→自分たちとその仲間が騒いでいるという意味

「皆さんにはもっと真剣に考えてほしい」→アンケート自分達に不利な結果が出てしまいましたという意味

「心無い中傷」→自分たち反論できない批判という意味

「本当の解決策を求める」→何も具体策はないがとにかく政府等のやり方はダメだという意味

異論が噴出している」→自分たちが反対しているという意味

「各方面から批判を招きそうだ」→批判を開始してください

「~なのは間違いありません」→証拠が何も見つかりませんでした

両国対話を通じて~」→中韓に都合の悪い行動はやめて中韓の言うことを聞け

「問われているのは~」→次に中韓市民団体に騒いで欲しいのはここだ

表現の自由報道の自由」→捏造記事)の自由偏向報道)の自由

人権尊重」→(中韓に有利になるように)人権尊重しろ

右翼」→自分たちにとって都合の悪いことを言う人


2.一々例えに映画とか小説を使うあたりが「ザ・映画オタク(通ではない)」って感じで気持ち悪い。

吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の冒頭で提示された問題はそれである。とか

たとえ市原が消えても、第二、第三の市原が現れる。市原ゴジラだ。ただ倒せばいいというものではない。とか。

こんな駄文のダシに使われちゃ名作も浮かばれんわ。


3.聞いてもいない自分語りナルシシズム自意識過剰気持ち悪い

から「俺も昔あんたにセクハラされたって、#MeToo に書いてもいい♪」って言われたが、それこそ貴様ハニートラップじゃないか。とか

コメントの「もしもあなたのところに直接あいつらがコンタクト取ってくるようなことがあったら教えて。今度こそ、命に代えてでも守るから。」とか

「今回の件に絡んで被害者本人から説明を受けて、例えではなく、本当に嗚咽し、悔し泣きをした身だ」とかね。単純に気持ち悪い。


4.これ率直な疑問なんだけど、なんでそこまで九州演劇界を憎んでいるの?

単純に、九州演劇界はここがダメ、っていう根拠を、他の地域演劇界比較した形で

団体名と具体的事例で事実と推論を分けた形で読んでみたいです。ほんとに。

他の地域演劇界のいいところを教えて欲しいもんです。


現場からは以上です。  

anond:20180110194621

逆襲のシャア

 

いい歳こいた大人が、ツインテ美少女()中心に

ガンダムお約束キャットファイトポエムバトルのエセ哲学

日本人お得意の引き算が理解できない、デコトラのようなロボデザイン

〆にはJ-POOP

靴底についたガムを舐めるよりも味の無い作品

 

彼らはいつまでこの稚拙でくだらない作品構造にすがるのだろう

純粋エンタメとしての面白さも欠ける分、

毎度同じ展開の映画を作るスターウォーズにも劣る

けんちん・F氏の文章面白い その1

けんちん・Fさんという人物がいまして。

彼はmixiを中心に、様々な映画作品の論評を投稿しており、

その切り口は身内同士でズブズブになっている九州福岡演劇界をバッサリと斬るものが多く、たまに面白く拝見していたのですが、

どうにもここ最近、彼の文章の質が変わってきたというかちょっと見るに堪えないものになってきました。


彼がどのくらい影響力があるのかはちょっとからないのですが、このまま福岡演劇界ご意見番ヅラしてるのもちょっといかがなものだろうかと思いまして、

ここに、記述させていただこうと思います


<はじめに>

私は、市原幹也氏を知りませんが、様々な記事などを見る限り今後、演劇には関わって欲しくないと思います

但し、彼が演劇をやりたいと言う気持ち、思いを禁じる権利は私にはないと思います。(何故なら知らない人だから)  というスタンスです。

人を裁けるのは司法、又はその直接の被害を受けた人だけ。というスタンスです。そうじゃなきゃ私刑だよ。


目的

1.昨今のけんちん・F氏の文章論理的でない事を広く知っていただくこと

2.九州演劇界に対するレッテル張りが少しなくなること

3.彼の文章が今後理論的になり、もとのキレのよい論評をしていただく事

達成できるかどうかは別ですが、この3つを目的に書いていきたいと思います


引用文章

①あの市原幹也がセクハラ! ……って、誰?

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964252256

あなたが本当に「演劇人」なら、市原幹也を救おうとはしないはずである

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964295122

③今そこにいる、一万人の市原幹也

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964416782

セクハラパワハラは本当に止められるのか

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964577327

演劇センターFの解散市原幹也の雲隠れ

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964600688

不透明さを増す市原幹也と、藤原から野村政之らの卑劣印象操作

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964756079

記事数は多いですが、出来れば正確さのためにきちんと目を通していただければ、と思います


問題点

さて、早速問題点ですがけんちん・F氏の文章、大まかに分類すると3つの問題点があると思います

1.事実と推論を分けておらず、非常に読みにくく、推論を事実すり替えさら理論を展開する

2.主語を大きくすることで、拡大解釈レッテル張りを行う

3.自論に対して反論する人に対し「擁護するから反論している」とレッテル張りを行い間違いを認めない

それぞれ見て行こうと思います


問題点1:推論と事実すり替え

対象者の悪い印象ありきで文章が書かれており、

「AということはBなのではないか、BということはCなのではないか、Cは問題からAは非常に問題だ!」という推論に推論が重なった故の結論が、ソース不在の論理性に欠けるものが多い。


例ア

文章①より引用

一応と言うか、市原氏は、2013年をもって、アイアンシアターの芸術監督を解任されてはいる。のこされ劇場≡の活動もそこで中断し、実質、解散状態にあるようだ。

当時はその理由不透明だったが、こうした事件が発覚してみると、「そこでも何かやらかしたんだろうな」と判断せざるを得ない。劇団員に手を付けたか

ワークショップ参加者に手を付けたか、そんなところだろう。彼の不始末のせいで、枝光演劇フェスティバルが開催不能になり、枝光から演劇の火が消えてしまたことは残念だが、

事情事情なら仕方がない。 でももし本当に私の憶測が正しければ、枝光商店街はその時点で、彼の解任理由をきちんと発表すべきだっただろう。そうすれば、その後、

新たな犠牲者が出ることを防げたかもしれないのだから

<以上引用

要約するとこうなります

2013年アイアンシアターの芸術監督を解任、のこされ劇場≡もそこで実質解散状態事実

「そこでなにかやらかしたんだろうな」と判断せざるを得ない(推論)

劇団員ワークショップに手をつけたのだろう(推論)

彼の不始末のせいで枝光演劇フェスティバルが開催不能になったのは残念(事実のように記述だがソースなし)

憶測が正しければ、枝光商店街が解任理由をはっきりさせれば犠牲者は防げたかもしれない(推論)

2013年の解任と解散事実だが、そこの理由ははっきりしていない。にも関わらず、枝光演劇フェスティバルの中止を彼が原因かのように記述

そしてその後の被害発生の責任枝光商店街に一部求めている。

有名な言葉がここにあります。「なんかそういうデータあるんですか?」

枝光演劇フェスティバル市原氏の不始末で開催不能になった」

推論を並べ立ててもいいけど、そこに至った経緯、又は根拠を示さないと説得力ないよ、けんちん氏。


例イ

文章①より引用

自主的引退してくれるのが一番マシではあろうが、どこぞの議員みたいに、どこかにずっと居座り続けそうだよね。周囲もそれを許してしまいそうな気がする。

まりそれだけ日本演劇界がユルい社会であるということだ。それも日本演劇レベルが沈滞し続けている原因の一つかもしれない。

<以上引用

市原って居座り続けそうだよね(推論)

周囲も許しそうだよね(推論)

それだけ日本演劇界はユルい社会で、演劇レベルが沈滞する原因かもしれない(推論)

はっきり言ってウケる脳内妄想垂れ流してもいいけど経緯又は根拠を示さないと説得力がねえよ。


例ウ

文章②より引用

逆に言えば、なぜ市原幹也は別の道を選ばず、また彼の仲間もそれを勧めないのか、ということなのだ。市原だけでなく、彼の周囲の人間も、演劇を愛してはいない。

演劇に対する愛があったのなら、とっくの昔に、彼を制止していたはずだ。

<以上引用

市原演劇をやめなかった(事実

それは周囲の人間が別の道を勧めなかったから(推論)

それは周囲の人間演劇を愛してないから(推論)

データと経緯がないのは先の例と一緒。さらに、さも自分部外者かのようにけんちん氏は記述しているが、それ以前の文章に「悪い噂は流れてはいたようだ」とか書いてんだから

同じ論法だとアンタも周囲の人間に一人に入っちゃうよ。ブーメランだよ。

あと、文章③において

引用

彼は、市原舞台に出演していた当時、既に、「ウワサ」は聞いていたようである。けれども、面倒ごとに関わるのは嫌だと、市原意見することを控えてしまった。

そのことが、次の被害者を生んでしまったと気づいて、今、深く責任を感じてしまっているのだ。いじめ現場を目撃していながら見て見ぬふりをして、その結果、被害者自殺をしてしまった、

そのことを悔いるような心境になっているのだろう。もともと心が弱い方であるから、このショックは相当にキツかったと思われる。

<以上引用

一個前の論理で行くとこの人完全に「別の道を勧めなかった周囲の人間」に入るわけで「演劇を愛してはいない人」になるわけですけど。

知人と分かった瞬間この手のひら返し。まごう事なきダブルスタンダードです。


例エ

文章③より引用

 野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いているが、はっきり言って芝居がかっていてかえって白ける。電話でどのような会話をしたのかを

公的な報告」として記すのなら、本来は今後の対応をどうしていくかについて書くべきで、こんなプライベートな心情吐露を垂れ流してはいけない。まるで、泣きを誘って、

市原の方が被害者的な立場に見えるように、話を粉飾しているようにすら見える。 野村氏もここですっかり忘れてしまっているよ、被害者女の子たちなんだって! 

死にたい」と思った女の子たちが、今も「沈黙」するしかない被害者たちが、いったいどれだけいるのか、それを認識していたら、

たとえ本当にそのような会話をしたのだとしても、申し訳なくて公表なんかできないって。 野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである

<以上引用

この文章には山ほどの問題点があるのだけれど、とりあえず推論のすり替えについて言えば

野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いた(嘘だけどここでは事実しましょう)

まるで、泣きを誘って、市原の方が被害者的な立場に見えるように、話を粉飾しているようにすら見える。(推論・感想

野村氏もここですっかり忘れてしまっているよ、被害者女の子たちなんだって!(事実のように記述

野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである。(結論

ものすごいとんだ論法。あと、後述するけど「死ぬな」って言ってないしね。「死ぬな」の意味合いも違うしね。


例オ

文章⑥より引用

 いつでもどこででも、これだけ派手にやらかし続けていれば、福岡演劇人が、あるいは市原関係があった人々が、「知らなかった」人間ばかりのはずはない。

なのに彼らの殆どが、自分セクハラ行為とは無関係だと強調するか、全くの沈黙を守り続けるかのどちらかしかしないのがどうにも解せないのだ。

前回の日記にも書いたように、市原セクハラを知りつつ看過したことを恥じて自らを責めたのは、私の知人一人だけである

他の「知ってたやつら」は、今どこで、何をしてるんだよ。 中には、市原が誘ったか誘われたかで、一緒にセクハラ行為に及んだ演劇関係者もいるはずなのだ

市原はその人物名前を明かしてはいないし、本人が名乗り出て謝罪する気配もない。市原同様の行為に及んでいながら、今ものうのうと「演劇人」の仮面を被り続けている人物が、

福岡演劇界に居残り続けている可能性を否定できないのである

<以上引用

市原関係があった人が知らなかったばかりのはずがない(推論)

何故なら看過して自ら責めたのは一人だけだから根拠

中には、市原が誘ったか誘われたかで、一緒にセクハラ行為に及んだ演劇関係者もいるはず(とんでもない推論)

ものうのうと「演劇人」の仮面を被り続けている人物が、福岡演劇界に居残り続けている可能性を否定できないのである。 (結論

一緒に及んだ人がいる根拠を示せ根拠を。バックデータのない論理はただの言いがかりだぞ。

とりあえず、問題点1.に関してはここまでと致します。



問題点2:主語を大きくすることで、拡大解釈レッテル張りを行う>

彼の文章はよく「個人問題」が「福岡九州演劇問題」に主語が大きくなっているように感じます感想

福岡九州演劇界は腐ってる!」という意識根底根付いているのでしょうか(推論)


例カ

文章①より引用

自主的引退してくれるのが一番マシではあろうが、どこぞの議員みたいに、どこかにずっと居座り続けそうだよね。周囲もそれを許してしまいそうな気がする。

まりそれだけ日本演劇界がユルい社会であるということだ。それも日本演劇レベルが沈滞し続けている原因の一つかもしれない。

<以上引用

さっきも出てきた文章ですね。引退しない、が周囲が許しそう、の周囲の話になり、日本演劇会の話にどんどん主語が拡大していく。しかも推測なのに。

一泡沫演出者の話を日本演劇界に持ってくんなよ。日本演劇界迷惑でしょうよ。それなら一連の騒動が大物の米映画女優の話からはじまってんだから、「米映画界はクソだ」くらい言ってもいいんだよ?


例キ

文章③より引用

それどころか、事件発覚から十日余りが過ぎて、事態は早くも風化しつつあるような印象である。 いやホント、Twitterをずっと追いかけてみても、九州演劇人の間でも、ろくに話題なっちゃいないのである

2ちゃんねるちょっと取り上げられて、あと何人かがブログで「市原擁護」としか取れないような文章を書いている程度。何だよ、それ。 ジャーナリスト江川紹子さんが、セクハラ告発が相次ぐ世界の情勢を俯瞰しながら、

市原についても触れた文章を綴っているのは非常に貴重だが、それくらいだ。

<以上引用

個人個人発言しない事がいつの間にか九州演劇人全体の問題に。え、だって市原のこと知らない人も結構いるよ?

身近に被害者もいない九州演劇人はどういう声明出せばいいんだろう?もしも、具体的に声明を発表して欲しいのにしてない人がいるならその人に言いな。

自分が知ってる演劇人発言しないからって、責任演劇界演劇人全員に持ってこないでくれる?


例ク

文章③より引用

九州演劇人たちが、沈黙するか、あるいは市原擁護に回った理由はそこにあるのだろう。 やはり「同じ穴の狢」を追及することができないでいるのだ。

指導と称して、セクハラパワハラが当たり前の世界に堕してしまっているのだ。もしかしたら、九州演劇界だけでなく、全国的に。

<以上引用

目の肥えた読者さんなら「あ、推論が置き換わってる」と感じ取れたかと思います

さらにいつの間にか全国の話になってますね。おお怖い怖い。

さら引用

 どの世界にも、同様の問題はあるだろう。けれども演劇界特に腐っている。仮に日本演劇人が全部で二万人いるとしよう。

そのうちの半分が加害者で、半分が被害者になる。そう考えてもらった方がいいくらい、どいつもこいつも腐っているのだ。

<以上引用

「なんかそういうデータあるんですか?」

君の知ってる演劇人に腐ってるやつが多いのかもしれないけどその井の中のレベル日本演劇界の話に拡大しないでくれるかな。ちゃんと統計取った?

主語の拡大はもう少し散見されるのですが、周囲はどこまで責任を持つべきか、というのには正解が出しにくいため

個人的に「明らかにデカすぎない?」と思うもののみ掲載しました。そのほかは是非皆さんで探してみてください。


その2に続きます

ハリウッドよ、最後ジェダイでもう懲りただろ

いい加減、日本人含む不細工アジア人

むやみに映画に出すべきではないということを

 

 

彼らの自閉症ダウン症じみた幼稚な顔が

世界美的価値観に及ぼす害は計り知れないものがある

西洋価値観崩壊もつながる

 

私はハリウッドの美しい世界

日本人アジア人の小汚い顔に埋め尽くされる様を見たくはない

退廃芸術ポルノアニメで充分だ

ハシヅメユウヤ氏について思うこと

ハシヅメユウヤ、という方の名前最近SNSで頻繁に見かける。シェアされている内容は彼の作風に対する是非が主だ。

私も気になったので個人的に色々と調べてみた。その上で思ったことを記録に残す。

ハシヅメユウヤ氏の作風特性上、著作権法がよく議論に持ち上がるがそれに関しては私より10000000000万倍詳しい方が既に散々解説していると思うのでここではあえて触れず、別の視点から彼の活動を論じていこうと思う。

また、ネタ元側が何かアクションを起こさない限りは外野いくらしのごの言っても正答が出ないことは百も承知だ。

以下、全て私の主観です。


●みんな激オコ

ツイッターを見ると、何らかの創作活動をしている人は割と高確率でハシヅメユウヤ氏を批判している。激オコである私自身も細々と作家活動をしている身であるが、彼の作品を見て「これは確かに一部の作家にとってはオコ案件だな」と思った。

●なんでオコなの?

暗黙の了解」というものがこの世には存在する。「わざわざ言わなくても、それはNGってもんでしょ」というものである

単刀直入、ハシヅメユウヤ氏の作品は「モラル問題でみんなが暗黙の了解としてやらずにおいたことをシレッとやってのけてしかもそれが案外大衆に歓迎されてマネタイズ成功した」っていう事案なのだ。そのあたりがすごく他の作家の反感を買っているんじゃなかろうか。

まりハシヅメユウヤ氏を批判してる作家たちの本音を総括すると「他人の絵柄をパクって上手いことやりやがって、チクショーー!テメーー!恥知らずーーっ!!こんなのアートじゃねぇーー!」ってことなのだ。(※私の主観です)

モラル重要視する作家たちと受け手のズレ

ここでいうモラルは、作家の信念や作品への思い入れと密接にリンクしていることがままある。

そのためか、時として作家たちは「作り手に確固たるモラルがあるか否かを」非常に重要視する。

昨年話題になった「ブラックボックス展」も運営側モラルの点においてかなりバッシングをされた。

しかしながら、結果としてブラックボックス展には長蛇の列が生まれていたし、足を運んだ人々によるSNSでの拡散も目を見張るものがあった。

そう、モラルある作品か否かということは、作品大衆に受け入れられブームになるかということとあまり比例しないのである

作家の信念や誠実さなどは可視化しづらく、受け手となる大衆過半数にとってはどうでも良いことである場合ほとんどなのだ

先述した通り、モラルを重んじる一定数の人の中には「暗黙の了解」が存在しており、それらを共有している一部の人のみが「モラル存在」に着目して作品評価しているに過ぎない。

ブラックボックス展の会場内で起きた痴漢に関しては厳重に罰されるべきだと思いますが、偶発的に起きた事件についてまで述べると少し論点がずれるのでここでは割愛しました。


作品への矜持必要性とハシヅメユウヤ氏のインタビュー内容

私自身、作品に対する矜持に関しては「有っても無くてもいい」と思っている。

極端な話だが「矜持が無ければ良い作品は生まれない」というのはただの幻想であって、大した矜持が無くてもカッコいいものを作れちゃう人は割とこの世に存在しているからだ。(要するにずば抜けたセンスがある人)

ただ、「矜持が有るフリ」、これはいけない。

矜持が有るなら有る、無いなら無いと一貫性を持たなければそれはそのまま作家活動のほころびになると私は思っている。

ここでハシヅメユウヤ氏のインタビューを読んでみてほしい。

https://tabi-labo.com/285835/me_exhibitionw

「で、矜持有るの?無いの?」となんだか首を捻ってしまうフンワリした内容だ。

私はこれを「矜持の有るフリ」だと解釈した。

しかしながら、先述の通り作家自身モラルには無頓着な層にとって、このインタビュー内容すらも何の疑問もなくすんなりと「へ~、藤子先生が好きなんだ」程度で流されてしまうだろう。

村上隆氏が新聞取材を受けた時の話がしたい。

委細に相違はあるかもしれないが、彼は自身作品について確かこう言い放っていた。「途中の工程アシスタントがやって、最後自分サインを入れるだけで高値がつく。」と。

私はそれを読みこんなことを言い切ってしまえる潔さに感心してしまった。「これはこれでアリだな、カッコいい。」とまで思ったものだ。

村上氏作品マネタイズ化に積極的作家であり、しばしばその点を批判される場合もあるが自身矜持の有無について何ら嘘っぱちは語っていないのだ。


●「恥知らず」も才能のうち

実話を元にした映画ビッグ・アイズ」でも非常に分かり易く描写されていたが、「作品を生む才能」と「作品を売る才能」は全く別個のものだ。

「とにかく作品を売る」という点のみに着目すれば、恥もモラルも捨てて大衆に受けることをやってのけるというのは才能の一つだろう。それが善か悪かはもうぶっちゃけ法によって裁かれるか裁かれないかくらいでしか客観的判断は出来ない。(ちなみに「ビッグ・アイズ」ではバッチリ法で裁かれました)

冒頭で「ネタ元側が何かアクションを起こさない限りは外野いくらしのごの言っても正答が出ない」と言ったのはそのためです。


最後

色々と駄文を書き連ねてしまったが、私個人の感想としては以上である

あとこれは非常に何とな~~~~~くの直感だが、ハシヅメユウヤ氏の作品を購入している人は、ネタ元側が同じようなものを作って売ったとしてもそれは買わないんじゃないかな、多分。

Nintendo LABOかいオモチャにはしゃぐバカはてな愚民

任天堂ラボかいう、ただのダンボール工作キットをコントローラーにはめて遊ぶオモチャが発表されたらしいけど、これどうみてもツッコミどころ満載のちゃちいものしか見えないだろう。

しかし、ふだんから任天堂に飼いならされているはてな愚民の間では、今回も上々な反応のようである

だけど、コントローラーダンボールを付けてラジコンにしている絵面は間抜けのものだし、家の形をしたキットにタブレットを装着する必然性が分からないし、挙句の果てにダンボールランドセルとか子供を舐めているとしか思えない。こんなものファミコンロボやパワーグローブスーパーゲームボーイ時代から比べたら大幅な後退でしかないだろう。

まあ、昔と比べたらプレゼンも上手くなっているし、それにみんな任天堂神話みたいな共同幻想に飼いならされちゃっているから、こんな子供騙し程度のものでも舞い上がっちゃうけど、でも今の任天堂って資本的にも技術的にも、海外ディベロッパーに遠く及ばないから、こうやって奇を衒ったアイディアをその場しのぎで出しては、戦線を引き下げているだけなんだろう。ぶっちゃけ国内向けに喧伝されているクールジャパンというプロパガンダ戦実態と同様に、今の任天堂がやっていることってクソださいグローバル水準から撤退戦をやっているだけなんだよ。

から本来もっとPSが褒められるべきだと思うんだけど、でも日本後進国化にゲハ煽りとかFFシリーズあんな風に悲惨なことになちゃったから、ソニー関連はとりあえず集団了解的に冷笑しておくっていう態度が正しいみたいな感じになっているけど、だからって任天堂エライってことにはならないんだよ。あれだけPSからサードパーティを引っこ抜いておきながら。

しかしまあ、任天堂繁栄するのと比例するように、海外との圧倒的なクオリティ差が際立ってくると思うんだけど、それを指摘したら「ゲームらしいゲーム」とかいう、意味不明の痩せ我慢を強いられるんだろうね。そもそもゲハ妊娠任天堂信者)の出処って、おそらくゲーム批評とかを根城にしていたFF叩きのドラクエ狂信者じゃないかと勘ぐっているんだけど、その「映画みたいなゲームはいらない。ゲームらしいゲームを」とか言われていた先に待っていた未来が、こんな安っぽいものだったなんて絶望しかないだろう。

そんなことは脇に置いといても今の任天堂は、過去神話クールジャパン的なナショナル・アイデンティティに巣食っているだけで、企業としては東芝シャープとそう変わらない存在だろうよ。まさにクールジャパンならぬトラッシュジャパン象徴する存在に成り果てたといっても過言ではない。

http://magurojuice.blog.shinobi.jp/Entry/19/

平安時代にお坊さんをやっていた記憶があるという話についてTwitterでの質問と回答

http://magurojuice.blog.shinobi.jp/Entry/19/

上記のやり取りや内容は特に面白くなかったのだけど、ブコメツイッターでも評価が真っ二つで面白い

BIG FISH」という映画小説は読んだことあるだろうか。

簡単に言えば「おとぎ話の様な人生はおくれないかもしれないが、人生おとぎ話の様に語ることはできるよ」ってだけの話で

これが評価が両極端。

主人公子供の頃から巨人男や狼男魔女等が出てくる父親創作話にうんざりしていたのだけど、父親が死にそうになって身辺整理をし始めたら魔女狼男は出てこないにしても、似た様な人間が周りにたくさんいて父親は案外嘘つきではなかったのかもしれないな、と主人公が思う話。

評価が両極端なのは

息子側に感情移入すれば実際大人になった自分や親戚たちに自分のどうでもいい出来事おとぎ話の様に喋られたら、息子としては「もう勘弁してくれ」と思うだろうし

おとぎ話を話続けた父親側に感情移入すれば、本当は語れる程何もなかった自分人生を語らなければならない時に少しだけアクセントを加えてちょっとだけ面白くなる様に話をしただけ。

どちらに感情移入できるかで評価が全く別れてしまうのだ。

息子と父親、どちらが悪でどちらが善ではない。

父親を「夢ばかり見ていて大人になれなかったクズ」呼ばわりして評価する人もいれば、息子が冷酷すぎて父親がかわいそうだと評価する人もいる。

今回の前世記憶がどうとかってのを楽しめない・ニセ科学新興宗教心配する人はきっと息子側で現実主義者なだけで別に間違ってはいないと思う。

楽しめる人は父親側で、自分特に波のなかった人生を少しだけでも面白く語れる人なのかもしれない。

内容は違うのに、評価が少し似ているなと思った。

個人的には語り部と楽しんでいる人をおかしい人扱いするのはやめたらいいんじゃないかな、と少しだけ思う。

anond:20180118145602

え?なに?俺?ってなった。細々違うし、性別も違うようだし、そもそも俺が書いてないから俺じゃないんだけど。

増田の話とてもわかります。俺もそうだから。そういう感覚結婚して、もうすぐ5年。今でも続いている。子どもが2人いる。

はてブとか言及とか見てると、俺が他人に話して言われたことのオンパレードだった。

「それが恋」

「そんなんで結婚して大丈夫?」

「奥さんかわいそう」

「恋を超えた結婚みたいなマウンティング?」

この増田もそんな調子のようだ。

この増田とは違うかもしれないけど、この機会に自分場合説明してみる。自分でも整理したいと思っていたから。

恋愛がわからない、と増田も書いてるけど、より正確にいえば「感じられない」に近い。世間で言われる恋愛感情に付随する反応が自分に起こらない。映画はじめ創作物が振りまくロマンティクラブイデオロギー丸出しのものから世代を越えて様々な人にきいた恋人配偶者との馴れ初めに至るまで共通して見聞きする、ドキドキする、会いたい、声が聞きたい、思いを伝えたい、とかそういうのがない。というか生まれてこのかた感じた記憶がない。で、正直にいえば感じてみたいは思う。でもわからない。

なので、先ほどあげた反応群には以下のような回答になる。

「それが恋」

知識として知ってるのと違うんだけど、本当にこれが愛なの?

「そんなんで結婚して大丈夫?」

→愛があっても必ずしも大丈夫ではない。

「奥さんかわいそう」

→向こうが良ければ良いのでは?(この辺のことを話した上で結婚している)

「恋を超えた結婚みたいなマウンティング?」

お疲れ様です!

ということになる。基本的自分から話すことはない(馴れ初めというのは本当に聞きたいと思ってるかどうかはともかく、聞かれるものである)。

結婚して一時期は、長く暮らすパートナーとして好ましいという感情は多分、恋なのかもしれない、恋愛というもの典型的感情から外れているだけで。と思った。でも、やっぱりいまは違うと思っている。

子どもができた。変な意味ではなく、ドキドキする、会いたい、声が聞きたい、思いを伝えたい、そういう感覚子どもには芽生えた。たぶんこれ愛(情)なんだと思う。産まれから、ずっと続いている。

増田の話を読んで、気がついたことがある。増田がそうかは知らないけど、俺は人一倍自分時間」を愛しているのではないかということ。結婚しなくても楽しく暮らしていける自信があるし、1人で過ごす時間がとても大事。1人の時間が欲しいといつも思っている。

妻と子どもの差はそこだ。

妻は大人だ。2人のうちはそれぞれが一個体大人として話して生活を調整すればよかった。家事だって抜きたいときは好きに抜ける。でも子どもは違う。自由奔放、目は離せないし、保育園の送り迎え、料理洗濯、寝かしつけ、ときには病気になって仕事を休んだり、遅刻したり。子どもが生まれて、たくさんのものを失ってしまった。(ちなみにいえば子どもも欲しいと思ったことはまったくなかった。どちらかといえば欲しくなかった。妻が欲しいと言わなかったらつくらなかったと思う。)

子ども自分人生を、時間を削り取っている。しかし、共有してもいる。子供時間は、俺の愛する俺の時間でもある。自分の半身に否応なくなってしまった。たぶん、そこなんだと思う。世間一般の愛とは、やっぱり何か違うけど、俺にとってはそこが大きい気がする。考えたくもないけど、自分より先に子ども死ぬことがあれば、「自分の費やした時間」=人生がごそっと持ってかれることになる。それが辛い(なんか冷たく読めそうだけど、たぶんに感情的感覚です。上手くかけない)。

じゃあ妻はどうなのかといえば、やっぱりパートナーとして一緒にやってけたらいいなと思えている。でも子どもに対する感情とは別物だ。ともに過ごす相手として、誰よりも望ましいと思える。でもたぶんこの気持ちは男相手でも持ちうるものであると思う(俺はここまできていうのもなんだけどヘテロである)。もちろん彼女が死んでも悲しい。でも、たぶん子どもに対するものとは種類が違う。

けっきょく自分でもまだよくわからないや。

推敲なしでスマホで書いたからめちゃくちゃだし、なんかまとまらなかったけど、増田はたぶん自分不思議感情をどこかに吐き出したかったんじゃないかと思っている。俺がいま思わず駄文を書いてしまったように。

増田さん、あなたのような人、世の中にはいますよ。安心してください。とりあえず、うちの家族円満にやれてます(妻は我慢してるかもしれないけれど)。あなたきっと大丈夫。お幸せに。

2018-01-18

ポプテピピック出演声優予想

みなみたっちゃん、あたる&メガネときたら次は何だろうか

サンデー的な組み合わせで大御所って言ったらるーみっく系かコナン

あっGS美神なんかどうだ!?堀川りょう鶴ひろみならベジータブルマでもあっt……あっ

あああ…………


やっぱり池田秀一古谷徹に出て欲しいが池田秀一あんなクソアニメ出てくれない可能性が高い

古谷徹コンビ組める人って言ったら他には三石琴乃

コナンの次の映画コナン安室メインだから高山みなみでもいいな

待てよサンデーじゃないがヤムチャブルマ鶴ひろみ

あっああああ!!!


ここは島本須美二又一成とかどうだろう

日高のり子もう出ちゃったし山口勝平と出るなら林原めぐみ

井上喜久子高山みなみ、あとは佐久間レイや鶴ひろmああああああああああああああ!!!!!!

戦争映画アメリカ兵士がチープトークするのはリアルなの

よくあるシーンとしては、兵士雑談しながら作業→奇襲のイベント発生など。

話しながら作業する能力女性が優れていると思うけど、

まるで女性日常生活のように雑談を言い合っている。

これはアメリカ人から

戦争中だから

映画から

anond:20180118212028

最高。1は字幕で今回吹替えで観てさ、4DX意識した序盤とかは目が追いつかなくておっふってなったんだけど、それでもめっちゃ面白かったね。

続編やってほしいけど、ばかすか退場してくのがなぁ。

エルトン・ジョンが楽しそうだったのが良かった。

いやいや、拾ってくれてありがとうね。

あんまり映画観ないんだけど、やりとりできて嬉しかった(嬉しかったが前コメと被ったぶあー)。

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