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2018-01-19

けんちん・F氏の文章面白い その1

けんちん・Fさんという人物がいまして。

彼はmixiを中心に、様々な映画作品の論評を投稿しており、

その切り口は身内同士でズブズブになっている九州福岡演劇界をバッサリと斬るものが多く、たまに面白く拝見していたのですが、

どうにもここ最近、彼の文章の質が変わってきたというかちょっと見るに堪えないものになってきました。


彼がどのくらい影響力があるのかはちょっとからないのですが、このまま福岡演劇界ご意見番ヅラしてるのもちょっといかがなものだろうかと思いまして、

ここに、記述させていただこうと思います


<はじめに>

私は、市原幹也氏を知りませんが、様々な記事などを見る限り今後、演劇には関わって欲しくないと思います

但し、彼が演劇をやりたいと言う気持ち、思いを禁じる権利は私にはないと思います。(何故なら知らない人だから)  というスタンスです。

人を裁けるのは司法、又はその直接の被害を受けた人だけ。というスタンスです。そうじゃなきゃ私刑だよ。


目的

1.昨今のけんちん・F氏の文章論理的でない事を広く知っていただくこと

2.九州演劇界に対するレッテル張りが少しなくなること

3.彼の文章が今後理論的になり、もとのキレのよい論評をしていただく事

達成できるかどうかは別ですが、この3つを目的に書いていきたいと思います


引用文章

①あの市原幹也がセクハラ! ……って、誰?

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964252256

あなたが本当に「演劇人」なら、市原幹也を救おうとはしないはずである

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964295122

③今そこにいる、一万人の市原幹也

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964416782

セクハラパワハラは本当に止められるのか

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964577327

演劇センターFの解散市原幹也の雲隠れ

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964600688

不透明さを増す市原幹也と、藤原から野村政之らの卑劣印象操作

http://open.mixi.jp/user/1846031/diary/1964756079

記事数は多いですが、出来れば正確さのためにきちんと目を通していただければ、と思います


問題点

さて、早速問題点ですがけんちん・F氏の文章、大まかに分類すると3つの問題点があると思います

1.事実と推論を分けておらず、非常に読みにくく、推論を事実すり替えさら理論を展開する

2.主語を大きくすることで、拡大解釈レッテル張りを行う

3.自論に対して反論する人に対し「擁護するから反論している」とレッテル張りを行い間違いを認めない

それぞれ見て行こうと思います


問題点1:推論と事実すり替え

対象者の悪い印象ありきで文章が書かれており、

「AということはBなのではないか、BということはCなのではないか、Cは問題からAは非常に問題だ!」という推論に推論が重なった故の結論が、ソース不在の論理性に欠けるものが多い。


例ア

文章①より引用

一応と言うか、市原氏は、2013年をもって、アイアンシアターの芸術監督を解任されてはいる。のこされ劇場≡の活動もそこで中断し、実質、解散状態にあるようだ。

当時はその理由不透明だったが、こうした事件が発覚してみると、「そこでも何かやらかしたんだろうな」と判断せざるを得ない。劇団員に手を付けたか

ワークショップ参加者に手を付けたか、そんなところだろう。彼の不始末のせいで、枝光演劇フェスティバルが開催不能になり、枝光から演劇の火が消えてしまたことは残念だが、

事情事情なら仕方がない。 でももし本当に私の憶測が正しければ、枝光商店街はその時点で、彼の解任理由をきちんと発表すべきだっただろう。そうすれば、その後、

新たな犠牲者が出ることを防げたかもしれないのだから

<以上引用

要約するとこうなります

2013年アイアンシアターの芸術監督を解任、のこされ劇場≡もそこで実質解散状態事実

「そこでなにかやらかしたんだろうな」と判断せざるを得ない(推論)

劇団員ワークショップに手をつけたのだろう(推論)

彼の不始末のせいで枝光演劇フェスティバルが開催不能になったのは残念(事実のように記述だがソースなし)

憶測が正しければ、枝光商店街が解任理由をはっきりさせれば犠牲者は防げたかもしれない(推論)

2013年の解任と解散事実だが、そこの理由ははっきりしていない。にも関わらず、枝光演劇フェスティバルの中止を彼が原因かのように記述

そしてその後の被害発生の責任枝光商店街に一部求めている。

有名な言葉がここにあります。「なんかそういうデータあるんですか?」

枝光演劇フェスティバル市原氏の不始末で開催不能になった」

推論を並べ立ててもいいけど、そこに至った経緯、又は根拠を示さないと説得力ないよ、けんちん氏。


例イ

文章①より引用

自主的引退してくれるのが一番マシではあろうが、どこぞの議員みたいに、どこかにずっと居座り続けそうだよね。周囲もそれを許してしまいそうな気がする。

まりそれだけ日本演劇界がユルい社会であるということだ。それも日本演劇レベルが沈滞し続けている原因の一つかもしれない。

<以上引用

市原って居座り続けそうだよね(推論)

周囲も許しそうだよね(推論)

それだけ日本演劇界はユルい社会で、演劇レベルが沈滞する原因かもしれない(推論)

はっきり言ってウケる脳内妄想垂れ流してもいいけど経緯又は根拠を示さないと説得力がねえよ。


例ウ

文章②より引用

逆に言えば、なぜ市原幹也は別の道を選ばず、また彼の仲間もそれを勧めないのか、ということなのだ。市原だけでなく、彼の周囲の人間も、演劇を愛してはいない。

演劇に対する愛があったのなら、とっくの昔に、彼を制止していたはずだ。

<以上引用

市原演劇をやめなかった(事実

それは周囲の人間が別の道を勧めなかったから(推論)

それは周囲の人間演劇を愛してないから(推論)

データと経緯がないのは先の例と一緒。さらに、さも自分部外者かのようにけんちん氏は記述しているが、それ以前の文章に「悪い噂は流れてはいたようだ」とか書いてんだから

同じ論法だとアンタも周囲の人間に一人に入っちゃうよ。ブーメランだよ。

あと、文章③において

引用

彼は、市原舞台に出演していた当時、既に、「ウワサ」は聞いていたようである。けれども、面倒ごとに関わるのは嫌だと、市原意見することを控えてしまった。

そのことが、次の被害者を生んでしまったと気づいて、今、深く責任を感じてしまっているのだ。いじめ現場を目撃していながら見て見ぬふりをして、その結果、被害者自殺をしてしまった、

そのことを悔いるような心境になっているのだろう。もともと心が弱い方であるから、このショックは相当にキツかったと思われる。

<以上引用

一個前の論理で行くとこの人完全に「別の道を勧めなかった周囲の人間」に入るわけで「演劇を愛してはいない人」になるわけですけど。

知人と分かった瞬間この手のひら返し。まごう事なきダブルスタンダードです。


例エ

文章③より引用

 野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いているが、はっきり言って芝居がかっていてかえって白ける。電話でどのような会話をしたのかを

公的な報告」として記すのなら、本来は今後の対応をどうしていくかについて書くべきで、こんなプライベートな心情吐露を垂れ流してはいけない。まるで、泣きを誘って、

市原の方が被害者的な立場に見えるように、話を粉飾しているようにすら見える。 野村氏もここですっかり忘れてしまっているよ、被害者女の子たちなんだって! 

死にたい」と思った女の子たちが、今も「沈黙」するしかない被害者たちが、いったいどれだけいるのか、それを認識していたら、

たとえ本当にそのような会話をしたのだとしても、申し訳なくて公表なんかできないって。 野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである

<以上引用

この文章には山ほどの問題点があるのだけれど、とりあえず推論のすり替えについて言えば

野村氏は、市原電話で「死ぬな」と言ったとか書いた(嘘だけどここでは事実しましょう)

まるで、泣きを誘って、市原の方が被害者的な立場に見えるように、話を粉飾しているようにすら見える。(推論・感想

野村氏もここですっかり忘れてしまっているよ、被害者女の子たちなんだって!(事実のように記述

野村氏もまた、人間として最低な部類に属するのである。(結論

ものすごいとんだ論法。あと、後述するけど「死ぬな」って言ってないしね。「死ぬな」の意味合いも違うしね。


例オ

文章⑥より引用

 いつでもどこででも、これだけ派手にやらかし続けていれば、福岡演劇人が、あるいは市原関係があった人々が、「知らなかった」人間ばかりのはずはない。

なのに彼らの殆どが、自分セクハラ行為とは無関係だと強調するか、全くの沈黙を守り続けるかのどちらかしかしないのがどうにも解せないのだ。

前回の日記にも書いたように、市原セクハラを知りつつ看過したことを恥じて自らを責めたのは、私の知人一人だけである

他の「知ってたやつら」は、今どこで、何をしてるんだよ。 中には、市原が誘ったか誘われたかで、一緒にセクハラ行為に及んだ演劇関係者もいるはずなのだ

市原はその人物名前を明かしてはいないし、本人が名乗り出て謝罪する気配もない。市原同様の行為に及んでいながら、今ものうのうと「演劇人」の仮面を被り続けている人物が、

福岡演劇界に居残り続けている可能性を否定できないのである

<以上引用

市原関係があった人が知らなかったばかりのはずがない(推論)

何故なら看過して自ら責めたのは一人だけだから根拠

中には、市原が誘ったか誘われたかで、一緒にセクハラ行為に及んだ演劇関係者もいるはず(とんでもない推論)

ものうのうと「演劇人」の仮面を被り続けている人物が、福岡演劇界に居残り続けている可能性を否定できないのである。 (結論

一緒に及んだ人がいる根拠を示せ根拠を。バックデータのない論理はただの言いがかりだぞ。

とりあえず、問題点1.に関してはここまでと致します。



問題点2:主語を大きくすることで、拡大解釈レッテル張りを行う>

彼の文章はよく「個人問題」が「福岡九州演劇問題」に主語が大きくなっているように感じます感想

福岡九州演劇界は腐ってる!」という意識根底根付いているのでしょうか(推論)


例カ

文章①より引用

自主的引退してくれるのが一番マシではあろうが、どこぞの議員みたいに、どこかにずっと居座り続けそうだよね。周囲もそれを許してしまいそうな気がする。

まりそれだけ日本演劇界がユルい社会であるということだ。それも日本演劇レベルが沈滞し続けている原因の一つかもしれない。

<以上引用

さっきも出てきた文章ですね。引退しない、が周囲が許しそう、の周囲の話になり、日本演劇会の話にどんどん主語が拡大していく。しかも推測なのに。

一泡沫演出者の話を日本演劇界に持ってくんなよ。日本演劇界迷惑でしょうよ。それなら一連の騒動が大物の米映画女優の話からはじまってんだから、「米映画界はクソだ」くらい言ってもいいんだよ?


例キ

文章③より引用

それどころか、事件発覚から十日余りが過ぎて、事態は早くも風化しつつあるような印象である。 いやホント、Twitterをずっと追いかけてみても、九州演劇人の間でも、ろくに話題なっちゃいないのである

2ちゃんねるちょっと取り上げられて、あと何人かがブログで「市原擁護」としか取れないような文章を書いている程度。何だよ、それ。 ジャーナリスト江川紹子さんが、セクハラ告発が相次ぐ世界の情勢を俯瞰しながら、

市原についても触れた文章を綴っているのは非常に貴重だが、それくらいだ。

<以上引用

個人個人発言しない事がいつの間にか九州演劇人全体の問題に。え、だって市原のこと知らない人も結構いるよ?

身近に被害者もいない九州演劇人はどういう声明出せばいいんだろう?もしも、具体的に声明を発表して欲しいのにしてない人がいるならその人に言いな。

自分が知ってる演劇人発言しないからって、責任演劇界演劇人全員に持ってこないでくれる?


例ク

文章③より引用

九州演劇人たちが、沈黙するか、あるいは市原擁護に回った理由はそこにあるのだろう。 やはり「同じ穴の狢」を追及することができないでいるのだ。

指導と称して、セクハラパワハラが当たり前の世界に堕してしまっているのだ。もしかしたら、九州演劇界だけでなく、全国的に。

<以上引用

目の肥えた読者さんなら「あ、推論が置き換わってる」と感じ取れたかと思います

さらにいつの間にか全国の話になってますね。おお怖い怖い。

さら引用

 どの世界にも、同様の問題はあるだろう。けれども演劇界特に腐っている。仮に日本演劇人が全部で二万人いるとしよう。

そのうちの半分が加害者で、半分が被害者になる。そう考えてもらった方がいいくらい、どいつもこいつも腐っているのだ。

<以上引用

「なんかそういうデータあるんですか?」

君の知ってる演劇人に腐ってるやつが多いのかもしれないけどその井の中のレベル日本演劇界の話に拡大しないでくれるかな。ちゃんと統計取った?

主語の拡大はもう少し散見されるのですが、周囲はどこまで責任を持つべきか、というのには正解が出しにくいため

個人的に「明らかにデカすぎない?」と思うもののみ掲載しました。そのほかは是非皆さんで探してみてください。


その2に続きます

anond:20180119131222

Xbox周辺機器だったKinectが、エンタメ業界いか技術革新を起こしたかを全く知らないんだなこの増田は。

Perfumeでの驚くようなハイテク演出なども、

Kinectとか「安価ですぐに手に入り、他の色々な用途にも利用できる可能性を持つハイテクデバイス」っていうものの流れ。

Nintendo LABOSwitchでその可能性があることを示していて、こどもにまでのその裾野を広げる可能性を出してる。

単純なゲーム面白さだけの話をそもそもしていない。

無知は恥、案件だよこれは。

雰囲気より脚本重視だ

アニメ雰囲気がいいに越したことはない

でもストーリーあっての雰囲気

ストーリーあっての演出だし

ストーリーあってのキャラだと思う

光の表現が美しかったり、画面の奥行きがリアルだったり、髪の毛が細かく揺れ動いたり、

かわいい動きを追求してたり、まったりした時間の流れを感じさせたり、背景美術クオリティが高かったり・・・全部すごいと思うよ


でもそういう部分のクオリティが多少低くたって話が面白い作品はそれだけで突出した価値がある

この先どうなるんだと手に汗握り、このシーンはどういう伏線なんだと考えを巡らせ、オチでああやられたと思い、また最初から見直してはこの部分はあのシーンに繋がるのかと感動するのが好きなのだ

そういう楽しさを求めてるのだ

2018-01-18

anond:20180118220212

わかる。観る側のリテラシーも相当上がって来てると思う。

一部の作り手も見る側のリテラシーを信用して、

ものすごく繊細な演出を忍ばせる様な事をして来ている気がする。

ここで議論されてる「雰囲気系」とはやや軸が違うけど

けもフレたつき監督が「観客を信じて演出してる」ってコメントしてたけど

とても今を象徴している方向性だと思う。

anond:20180118213822

うそう、まさにそんな感じだ

中で何が起きているのかは業界人じゃないので分からないけど

明らかに全体が進化していると思う

(たぶん解像度が上がったとかのハード面の事情もあると思うんだけど)

派手な変化じゃないか気づきにくいけどその分すごいんじゃないのって思う

 

前の増田が「ストーリーが死んだ」みたいなこと言ってて

かに俺も昔はストーリーや動きがまず全てであって、それ以外の音響演出や声や背景や効果etcってのはおまけだと思ってたんだけど

全てが調和したときすごい力を発揮するんだと気づかせてくれた

シーンによって主役が背景になったり音になったりもする

 

ストーリーは確かに相対的に落ちたけど、それはあくまで他が進化たからであって

しろこれからもっと面白くなるんじゃないのか! ってすごく言いたい

まあ素人感想だけどw

anond:20180117230117

この数十年で「感情表現力」が格段に上がったのは大きいかも。

昔のTVアニメって紋切り型演出手法を使い回すつくり方だったから、

相当ハッキリしたメリハリ付けないと映像の間が持たなかったんだよね。

から「分かりやす出来事描写された起承転結」が必須だったんだよ。

でも、作画、間の取り方、アングル、背景等美術の活かし方、

声優さんの演技テクニック音響効果表現etc...

この数十年間で色んな手法確立されてきたので、

アニメーションとして成立させ得る作品の幅も結構広くなった様に思う。

そういう意味では結構いい時代に生きてるなあ。って思えるよ。

昔の技術ではアニメ化出来なかったけど今なら出来るかも。

...っていう、古いマンガ小説とか。探すと結構出て来るかもね。

anond:20180118213053

4DX気になってるんだけど、途中で気分悪くなったらと思ってチャレンジできてないんだ。

かにアトラクションとしての見どころは2だと、あるけどそれっぽい演出感が気になったとこが3箇所くらいあった。それっぽさが気になってうーんて。

1もリバイバルやってくれたら行ってみたいな。やらんかなー。

機会があったら教会のところ楽しみにしてみる!

anond:20180118184129

マンガに向いてないんだよな。表現が難しい。

トーン貼るの大変だし。

褐色くらいならいいけど、黒人の肌をマンガ雑誌の紙質で表現しようとすると印刷時につぶれてしまう。表情を演出しにくい。

マンガアニメ化が多いかアニメでも少なくなる。

仮想通貨神様の仇になった話

あなたは昨年末仮想通貨ビジネスに参入する」と発表してちょっとした話題を呼んだ某芸能人をご存知でしょうか。

ご存知でもご存知でなくてもこの後に続く話を読んでいただくのに特に支障はないかと思います

これから書くのは彼のことがとても好きだった人間の話です。

私はそこそこ長い間、彼のファンでした。

ファンクラブ入ってからどれくらいになるのかなあ。

ソロ活動始めてからしばらく経ってからだったので、古参とかそういう話をするなら

私より長く彼を応援している人だってそれはもうたくさんいるはずですが、

少なくとも15年以上は経ってるはずなのでまあそれなりに長い間と称していいんじゃないかなと思います

当時の私は音楽芸能人にまるで興味がありませんでした。

けれどふとしたきっかけで彼の歌を聴いた時、一発で心をわしづかみにされたのです。

なんて綺麗な声で、なんて綺麗な曲を歌うんだろう!

なんて魅力的な歌を書くんだろう!

なんて素敵な世界観を生み出す人なんだろう!

彼の作品はいつも独特の世界観形成し、それを表現するために

音楽映像文章美術演劇といったありとあらゆるアプローチを行い、

本人のみならずバンドメンバースタッフまでその一部として役割を与えられるものでした。

エンターテイメントとしての密度と完成度が尋常じゃなかった。

一度、彼のファンでもなんでもない友人をライブに連れて行ったことがあるのですが

演出や作り込みがすごいか特に事前情報仕入れていなくても引き込まれたし楽しめた」

みたいな評価をしてもらえたので、本当に総合芸術としてよく出来ていたんだろうなあと思います

そんな類いの作品に触れたことさえなかった私はもう夢中でした。

たこともない夢や幻想の数々、それが彼の作品でした。

CD雑誌メディアライブも、彼の発信するものは全て見聞きしたかった。

可能な限りそうしていたけれどまるで満足できなかった。

それがもどかしくも嬉しかった。

インタビュー言葉ひとつ取っても彼はとても魅力的で、

彼の語る言葉を読むたびに新しい価値観自分の中に形成されていく気さえしていましたし、

この先どんなことが起ころうとも彼に憧れる自分のこの感情は決して変わることはないだろうと信じ込んでもいました。

あの頃、彼は私にとって間違いなく神様だったのだと思います

そして、そんな彼のソロ活動20周年を間近に控えた2018年最初に齎されたイベント開催告知の内容は、

ファンクラブ会員向けの仮想通貨事業に関するトークイベントでした。


あっ、だめだ、と思ったのはその時でした。


予兆はいくらでもありました。

なんか最近曲の系統が全部同じように聞こえるなとか、カバーアルバムとかコピーバンドとかが目立つなとか、

内輪向けイベント多いなとか、昔こういうことはやらないって言ってた内容の活動してるなとか。

だけど私は、彼には夢を見させる力があると知っていたしそれを信じていたかった。

今はたまたま私の好みではない展開を行っているだけで、彼が彼の世界観表現していることは変わらないのだと。

いずれまた流れが変わって私が夢中になるような夢をまた見せてくれる日もきっと来ると信じていたかった。

事実、心が離れかけて今回で最後にしようかなと思いながら出向いたライブでまたドカンと衝撃受けて

魅了されて大泣きしてやっぱり私はこの人の作品が一生好きだ……と惚れ直させられたこだってありました。

惰性になっているのでは?と自問自答しながらもファンクラブ更新を切る気にもなれなかった。

でも、アーティストでなく実業家を名乗って、年齢も本名も公開して、そんな姿を見たら流石に

「ああ、きっと彼はもう夢を見せる仕事をするつもりがなくなってしまったんだな」

理解せざるを得ませんでした。

ゼロから何かを創作するということには途方もない労力が必要でしょう。

それをエンターテイメントとして大衆に届けるためには、また更に大きなエネルギー資本必要になってくるでしょう。

それをずっと続けるというのはあまりに困難な道でしょう。

その道から逸れて違う歩き方を選ぶ人を責める権利は、この世の誰も持っていません。

まあ綺麗事ばっかり言っても仕方ないというかね。

ぶっちゃけその夢を見させるための土台のところでいろいろ大変なんだろうなあっていうのも

かるというかね。ニュースになったこととかもあるしね。

「やりたいのにやれない」みたいなことは絶対にあったと思うし

こっちも展開されたグッズとか毎回必ず買ってたかって言われるとゴメンナサイって感じなので

ホント彼の方向性かに難癖つけたいわけじゃないんです。

仮想通貨も私にはちょっとからないけどある程度勝率とか将来の展開図とか見越したからこそ

あれだけ派手に打って出たんだろうし上手く軌道に乗るといいねえって思ってる。

間違っても彼に対して「裏切られた」みたいな感情を抱いているわけではないんです。

ただ私の神様はもういなくなってしまったんだなぁという実感を覚えてしまたことがひたすらにさみしくてかなしい。

アイドルを追いかけた経験はないけれど、推していたアイドルに「普通の女の子に戻りたい」って言われた時の

ショックや悲しさやそれらに交じる僅かな自責とこの感情は似ているのかもしれないと思う。

生きているあなた偶像でいてくれなんて願うことがとんでもない傲慢だということは理解しているけれど、

それでも私はあなたという偶像が好きだった。


それだけの話でした。ここまでお付き合いくださいましてどうもありがとうございました。

願わくば彼の進む道の先が彼にとって望ましいものでありますように。

でもあのファンミ案内はどこからどう見ても芸能人使った怪しい投資セミナー詐欺勧誘しか見えなかったからもうちょっとどうにかした方がいいと思う。

恋してないけど結婚する

春に結婚を控えている。

式もない、結納もない。入籍だけの、いわゆる地味婚。

地味婚を希望したのは私だ。

くそオタクゆえ恋愛に興味がなく、式への憧れもない。

結婚に対しても「共同生活を送る相手を見つける」程度の認識しかなく、今もそう思っている。

彼も私の性格をよくわかっているので、「僕ららしいんじゃない?」と賛同してくれた。

ところが、「興味ないから式あげません」とか「恋愛めんどくせぇ」とかドライなこと言ってると、親や周囲が心配するわけだ。

「その人のこと、本当に好きなの?」って。

もっとときめく、本当に好きな人結婚しなさいよ」などという助言には、「好き=男女の恋愛」という決めつけがあるように思う。

更にいうなら、燃えるような恋愛の末に、夢の結婚出産があるはずだという意識

私は結婚に必ずしも恋愛必要だとは思っていない。

相手人間的に好ましいと感じ、生活スタイル経済状況が見合うのなら、それで共存に至れるはずだと考えている。

から、今回はたまたま彼だったけども、別に異性である必要はないし、なんなら女友達を選んでも良かったと思う。

ここで声を大にして言うが、彼のことは好きだ。

今後の人生60年、共に生きていけると感じたか結婚する。

だがそこの判断に、当然のように男女の恋愛があったと捉えられると、もぞもぞと居心地の悪い気持ちになるのだ。

だって、A×Bは恋愛結婚よね!って言われると必ずしもそうじゃないじゃん。

一言結婚といってもAとBの関係性は100通りくらい妄想できるのが腐女子って生き物じゃん。

私は、

ああ~~~まじコイツといると楽だわ・・・推し友だわ・・・

コイツ相手なら子どもを産もう。産まれたらあそこ連れてこ、ああしよこうしよ。うわっ人生設計もできたわ~~~

よっし!!!なんかもう一緒に住むか!!!!!!ちょうど結婚って制度あるし!!!!!

って思って結婚するわけで、そこに「彼のこと愛してるのね~♡運命の人ラブラブなのね♡彼格好いい?ドキドキする?♡」などと言われると

ちげぇ!!!!!!!!解釈違い解散!!!!!!1111!

ってなるわけ。

恋してる・愛してるから結婚するんじゃなくて、パートナー相方)になりたいか結婚するんだ。

から特別おめでたいことだとも思ってないし、面倒なことは面倒だって言う。

漫画みたいなロマンチック演出は嫌いだし、甘い言葉がほしいとも思わない。

個人個人であることを前提に感謝礼儀をもって共存したい。

結婚します。

2018-01-17

好きな人が死んだ

好きな人が死んだ。たぶん、若かったんだと思う。

たぶんっていうのは、実は好きな人ってリアルの知り合いじゃないっていうか、知り合いですらないんですよね。

インターネットでその人を知って、ああ好きだな〜と思った人、こんなんで好きなんて言ったら好き過激派みたいな人に怒られんのかな。いいや。

で、とにかく、好きな人が死んだ。事故だったらしい。

好きな人が死んだのは一週間以上前のことで、それが公になったのは今日自分はそのことを知らないまま日々おもしろおかしく過ごしてた。ばっかみて〜。いやなんなら年末年始に友人に会ってその人関連のいろいろをしてた。その人もう死んでたのに。

ていうかそのことを知った今日、家に帰ってあ〜疲れたな〜って言いながら寝転がってツイッター開いたときからね。緊張感があまりにも欠如してない?

なんか、好きな人死ぬとかそういうの、もっと特別タイミングで知ると思ってた。

「なんだか嫌な予感がする…」みたいなモノローグが入ったり、靴紐が切れたり、そんな前触れフラグも当たり前のようになかった。

いや今日はただ知ったってだけだから前触れも何もなくて当然なんだけどさ。たぶん、その人が死んだ日にも何もなかったと思う。おぼえてないけど。

いや〜それで、そのことを知って自分が何を思ったかって、「マジか」ってだけなんだよね。うわっこの書き方すごい中二病を感じません?感情がなくて悲しい…的な

結局自分はその人に会ったこともないし、顔も本名も何も知らないわけでさあ。向こうに至っては自分存在すら知らないからね。いや何が言いたいかって、悲しむには情報必要じゃないかっていやこんなことを言いたいわけじゃないんだよ。

好きな人が死んだ。「マジか」って思った。

そんでさ、次に自分が何したかって、ツイッターでその人の名前検索してんの。

まあ出てくる出てくる、哀悼ツイート(笑)

死を悼むこと自体否定してるわけじゃあない。でもさ、ツイッターって自由じゃん。ツイッターのそういうところも好きなんだけど…Love……

んで、検索したんだよ。そしたらさ、「御冥福をお祈りします( ˘ω˘ )」とか「ほんとに悲しい(語彙力)」とか、そういうのがわんさか出てくるわけ。

かたっぱしかスパブロした。ツイッターユーザーへの悪意をあらわす公的方法スパブロしかないっていうところが平和的で好きだよ。

( ˘ω˘ )って何だ。眠たがってんじゃねえ。今どき流行らねえスラングを使ってる時点でナンセンスまりないし、眠たがってんじゃねえ。語彙がなくたって、誠意を見せろ。人の死、を、使って、「あらわす力はないけど精いっぱい人一倍悲しんでるアタシ」を演出するな。人の死を使うな。人の死を使うな!

もちろん眠たがってたり語彙がなかったりしてても、リアルでは泣きわめいたり絶望したり手首を切ったりしてる可能性はある。でも、そんなこと、知ったこっちゃない。

「はぁ……推し……尊い…………」と「ご冥福をお祈り致します( ˘ω˘ )」を並べるな。んでさ、その直後にまた推し尊いツイートに戻ってんの。CMか?人の命はCMか。

悔しくてさあ。いや自分だってこんな匿名ブログなんて書いてる時点で同族ではあるんだろうけど…。本当に悲しんでる人はツイートブログも書かないかもしれないけど。

何が言いたいのかわかんねえな〜。とりあえず哀悼ツイートでもしてくっか!嘘だよ。

実はブログなんて書くのは初めてで、うまい締め方がわかんない。内容が内容だし、哀悼の意を示して最後オリジナリティあふれる愛の言葉なんて書いたりしたらうまいんだろうな〜。

今日はその人のことを考えながら寝て、明日もその人のことを思い出します。

2018-01-16

会社休んだ翌日の「大丈夫ですか?」連発の対応方法

具合が悪かったり風邪っぽくて会社休んだ翌日出社すると、先に来ていた後輩が挨拶してきた。


オレ「おはよう、昨日はごめん。風邪ひいちゃって。」

後輩1「大丈夫ですか?」

オレ「あぁ、1日寝てたらよくなった。アリガト。」


しばらくすると、同僚が出社する。


同僚1「おぉ、○○。大丈夫なん?」

オレ「(後輩1がいるから同じセリフ使えないな)あぁ、昨日ゴメン。今日起きたら具合よくなったわ。」


その後上司が出社。


上司1「○○君、おはよう。風邪もうよくなった?大丈夫?」

オレ「(今度はなんて言葉変えよう)昨日はスイマセンでした。もう大丈夫だと思います。」


時間後、客先から直接来た同僚2。


同僚2「おはよう○○。昨日休みだったっけ?もう治ったの?」

オレ「…」

同僚2「?」



もうさぁ、大丈夫から出社してるわけで、ダメなら休んでるわけ。1人1人聞くの勘弁してくれよ。

だいたい、「大丈夫?」とか聞かれたところで「大丈夫です」以外に答えようがないだろう。

大丈夫?」と聞くことで”心配してる感”を演出している、もしくは1つの義務を達成したという満足感に浸っている…なんて勘ぐるわけではないが、1人1人やられると正直当事者からすると結構疲弊する。

各者は1度ずつ言っているだけでも、答える側は1人で全て答えなければならない。しかオームのように同じことを繰り返すわけにも行かず、若干のアレンジを加えなければならない。

こういうのを知っているから、風邪ひいても休みづらい(決して、有給を使いにくい会社ではない。翌日の挨拶が面倒なだけ。)。


からオレは何度かこれを経験して以降は、体調不良でも私用でも休んだ人には朝会っても何も聞かず「おはよう」とだけ言うようにしている。

『何も言わないんかい』『無関心なヤツ』みたいに思われるかもしれない。特に当事者でなく傍らにいる人の方がより思うかも。

でもオレとしては、例え嫌な奴や悪者に思われたとしても、相手負担を軽減したいと考えるが、この考えってどうなんだろう?

ももクロへの違和感というか

今日は久しぶりに感情を動かされました

ももクロ有安杏果卒業の件

私は彼女と同世代アイドルファンで、ミライボウルぐらい?の時に彼女らを知った覚えがある

当時はSKEスマイレージももクロか、みたいな時代だったので私も満遍なく追っていて、ももクロちゃんにも好感を持っていました

よくカラオケで歌ったりリリイベに行ったりという思い出

「Z」になった辺りからファンも増え、露出も増えだして、あれよあれよと言う間にトップアイドルに登り詰めたのに反して、私の中では違和感がどんどん大きくなっていきました

それであんまりいかけなくなっちゃったんです

最初自分でもあんまり理由はわかってなくて、まぁ楽曲の好みなのかなあとか思ってたのですが

歳を重ねるにつれてその違和感は徐々にはっきりしてきて、20代前半になった今、ようやく掴めてきたような気が

アイドルとしてのももクロちゃんたちは、大人になりません

スタッフの手によって、あたかも「昭和ギャグ漫画にでてくる、歳をとらない女の子」のように演出されてきたように見えます

いつでも明るくふざけたトークギャグアニメみたいな面白衣装元気一杯パフォーマンス

彼女たちはそれを笑顔でこなしていました

わかりやすキャラクター化された姿は、見る者に対しても、「彼女たちをそういうキャラとして扱っていいんだ」と思わせます

でも現実メンバーは生身の女性であって、歳を重ね、成熟していきます

いつかその齟齬には限界がきます そんなことは誰が見ても明白です

それは織り込み済みのプロレスなんだよとか、その限界突破しようと頑張ってるももクロちゃんはかっこいいんだよと言われるかもしれませんが

私にとって、それを見続けるのはしんどかった

なんというか、私も同年代の女として、彼女たちがアイドルとして過ごしている期間、「普通女の子」として生活してきました

彼女らと違って何も成し遂げてはいませんが、人生や夢や社会のクソさについて友人と語り合ったり、似合うファッション模索したり、何人かに恋をしたり・されたり、男性目線不条理言動に傷ついたり、反発したり、自分女性性に疑念を持ったり、憎んだり、肯定したり、

この期間は女としての自分に向き合う時間性的主体性を獲得する時間だったなと思います

そしてそんな中で、女としてどういう風に生きていくかとか、何を楽しんでどんな風に生きたいかとか、ちょっと見えてきたように思います

なんかこういう、10代後半〜20代前半の自分にとって一番大切だったステップというか、時間はきっとわりと普遍的ものなのかな

女友達とそういう話をするのも私は大好きです

でもアイドルとしてのももクロって、そういう「女っぽい」部分を徹底して排除しているように見えます

宮台真司か誰かが「AKBから生理匂いがするけどももクロからはしないのが良い」とか言ってた気がしますが(最悪発言すぎる)

そうは言っても彼氏くらいいるだろ的な、つまりそれが欺瞞だってことが言いたいわけじゃなくて、

私が違和感を感じるのはそれを演出するスタッフ側、受け入れるファン側の視点です

まず性的アイコンみたいなもの絶対に見せない、そうなんですよね

過激な言い方になるんですけど、ももクロってAKB乃木坂を筆頭とする、ストレートな疑似恋愛を売りにするようなアイドルカウンターカルチャーである割に、むしろその手のアイドルよりも強く"処女性"みたいなのを求められてることないですか

しかもこれはAKBメンバーに対する純潔の要請とは異なります

AKB場合、「自分だけの性的客体でいて欲しい」、そして「自分以外に性的主体性を発揮しないで欲しい」となるのはわかります

でもこの理屈は、疑似恋愛を主な売りにしていないももクロには当てはまりません

例えば彼女らは水着仕事しません

まあ無理やり脱がされるよりずっといいのは間違いないんですけど

なんだろうなー、

そんな彼女らを応援するファン一定層には「水着が見たくて応援しているわけじゃない」「彼女らを性的消費の対象にしていない」と自負するような傾向があるように見受けられます(観察した範囲では)

でも一方で、メンバースキャンダルが撮られたらものすごい拒否感を示すと思う(妹分であるエビ中スキャンダルの時に驚きました)

疑似恋愛対象にしてたわけじゃない、性的対象として処女性を求めるわけじゃないっていうのになんでだろうと

その中には「ももクロは性の匂いをさせないことがアイデンティティだったのに、それを崩された」という怒りもあるような気がして(さっきの宮台的発想です)

それは「自分が当該アイドル性的客体として扱わない」ことと、「アイドル自身性的主体性肯定しないこと」を混同してるのではないかと思うのです

まあこれはももクロファンに限らず、わりと世に根深蔓延る発想なのかもしれないですが

少女性的に消費しないということと、少女の(女性性を含む)主体としての人格成熟してゆくことを肯定しないことは別の話でしょと

当人は前者をおこなっているつもりで、後者のことをしてる事例が世間には間々有りませんかね?

ももクロ運営がやってることってその最たるものな気がするんですよね

それがウケることを知って、売るために故意にやってるのかもしれませんが

で、なにに違和感を感じたかという話に戻すとですね

世代として生きる自分にとって一番大切で興味がある部分を見せてくれない、それどころか否定されてるところが、魅力的に思えなかったのです

(あ、ちなみに女性としての成熟過程アイドルとして見せることと、表立った恋愛禁止の建前は両立すると思います

なんていうかなぁ、幼く性的主体性を持たない(ように見える)「少女」の姿と、成熟した「女性」の姿はスイッチで切り替わるものではなく

連続性のあるものだと思います

わたしはその過程を美しく尊いと思うし 自分にとっても大切だった

それを否定されるのを見るのは辛い

そして、これは余計なお世話かもですが

そんな大切なことを隠し、時に否定されながら、「少女」像をたくさんの人の前で演じ続けるってしんどくないかなって思うんですよ

私だったら絶対やりたくないなあって

個人的に、同性アイドル推し続ける理由は、その子たちにめちゃくちゃ憧れて、なりたいとすら思うからであって

ももクロはそういう意味で対極にいたんです

でも、ももクロはそういう姿だからこそみんなにパワーを与えてるのだろうし

その役目を真剣果たしてメンバーは本当に頑張っていて、めちゃめちゃすごいんですよ ほんとに

それはわかってるんだけど

まぁわたしがどんどん変わっていく中で

ずっと変わらないパフォーマンスをしているももクロを見ているのがしんどくなったんですよね

この点に目を瞑る限り、ももクロ永遠なんかあり得ないし

それを体感しながら応援するなんて残酷なことできないなあと

おもったんですよね

そしたら有安があんなこというから

勝手にあーと思っちゃった

こんなの全部わたし気持ち問題しかないし

彼女らはそんなこと歯牙にもかけてないのかもですが

とりとめなくなってしまった

ももかにはこれからもずっとずっと楽しい人生送ってほしいです

(疑似恋愛か否かのくだりはちょっと図式的な見方をしすぎてすみません、疑似恋愛してないけどAKBとかも好きです)

2018-01-15

嵐のコンサートに行った

昨日、嵐のライブツアーが終わった。

終わってから1日以上経った今でもなんだか気持ちふわふわしていて、言葉にもうまくまとめられないんだけど、とにかく心にあることをここに書こうと思う。支離滅裂な文を読むのが嫌な人は、できればここで読むのをやめてほしい。それほど、ちゃんとした文章を書く自信がない。そもそも文章力なんて皆無なのに、その上感情がまとまっていないので、よりひどいことになっていると思う。それでもいいと思った人は、よかったら私の独り言に付き合ってほしい。

今回私は3公演コンサートに行った。今まで1年に1回しか行ったことがなかったんだけど、運良く周りの人や自分当選したので、幸運にも3公演も入ることができた。

最初12月末。東京公演の最終日だった。私は大阪に住んでおり、遠征は初めてだった。一年ぶりのコンサート半年ぶりの生の嵐(ワクワ学校というイベント6月に行ったため)。沸かないわけがなく、結果喉を使いすぎて風邪をひきさらにはインフルエンザももらってきた。席はスタンド下段の真ん中あたりで、いわゆる天井席(スタンド上段の、ほぼ天井といった席)ではないがファンサは望めない席だった。けれど、トロッコが来れば騒いだしペンライトも振った。

次は1月13日スタンド下段の1列目(アルファベット列というやつが前にあったため、最前列という訳では無い)だった。前は上から見ていたステージをほぼ横から見ていた。近いし、肉眼で顔が分かるし、とにかく幸福感が半端なかった。一緒に入った友人が騒ぐタイプの子でなく、それに影響を受けて私もあまり騒げなかったが(こんなときも恥を捨てられないのかと少し後悔している。今後は隣に構わず声を出すところは出そうと思った)、それでも終わった後意識ぼんやりしていた。

最後は昨日、最終日だった。いわゆる「オーラス」というやつで、過去数年間を見ているとこの公演だけアンコールが多かったりするので、ファンの間では正直特別視されている公演である(もちろんオーラスの他にも誕生日だとか特別視されている公演はあるけれど)。オーラスに入るのは初めてだったのでとにかく緊張していた。今年は挨拶定型文だったので、自分達の言葉での挨拶も聞けるんじゃないかと期待していた(実際聞けた)。席はスタンド上段、しかも横で、ファンサはおろか演出もすべて楽しめないんじゃないか?という席だった。結論から言うと今までと違う視点で見られたので新たな気付きが山ほどあったし、伝わらない演出もあったけどそんなの気にならないくらい楽しかった。嵐を好きでいてよかったと思った。そして、これからもずっと好きでいたいと思った。

そして翌日である今日。ふとした瞬間にコンサートのことを思い出して、何度も泣きそうになった。というかこれを書きながら今大泣きしている。

あれで、嵐が「untitled」というアルバムを引っさげて行うコンサート最後なのである。もうあのセットリストコンサートを行うことは二度とない。何なら、一生行われない曲だってあの中にはあるのではないかと思う。自分が見られる最後の公演だ、と思ったわけでなく、嵐が行う最後の公演だ、と思うと泣けて仕方なかった。

特にそれを感じてしまい涙が止まらなかった曲がある。UBという曲である二宮和也相葉雅紀ユニット曲だ。そもそも私はこの二人のコンビ死ぬほど好きなのであるユニット曲メンバーが発表されたときは2週間くらい信じられなかった。それゆえこの曲は私にとってはいっとう大事でいっとう好きな曲だ。そんなこの曲、間奏で行われるダンスが「コンタクト」というもので、簡単に言うと組んず解れつ、知恵の輪みたいに手と足を絡ませ合うものである

MC中、思い出深いことは何か?という質問に、二宮和也が「最終日のこのダンス」と答えた。「やりながらいっこいっこなくなってく。もうやらないから。これおわりこれおわりこれおわり…って」と言っていた。その言葉を聞いて涙が止まらなかった。ああ、もうこのダンスはしないんだ。二人が引くくらい近い距離で高難易度かつ密着度の高いダンスをすることも、相手パート口パクで歌いながら近付くことも、曲が終わってスタンド・バイ・ミーの振り(20年前に二人が出た舞台で行われていたハンドサインで、手を突き出しからサムズアップ、というものである)をすることも、もうないのである。そう思うと悲しくて悲しくて仕方がない。

UBに限らず、どのパフォーマンスも、これからしないのが寂しくてたまらない、素敵なコンサートだった。

さて、ここまで支離滅裂ながら思ったことを簡単に書き出してきた。しかしとにかく読みにくく、本当に言いたいことが伝わらない文だったと思う。というか本当に言いたいことはここまで言っていない。ここからが本題である

私は相葉である自担である相葉雅紀には昨年末熱愛報道が出た。昔からネタに耐性がない(恋愛ドラマも苦手なレベルである)私は大きなダメージを受けた。そんな矢先のコンサートだった。

女がいると分かっているアイドル(もちろん彼女がいないと思っているわけではないが、週刊誌によってその存在証明されたり結婚発表によって公式に認められたりするのと、勝手ファンが「彼女いるんだろうなあ」と想像するのには、私たち心持ちには大きな違いがある)を歓声をあげて応援するなんてできやしないと思っている私は、前から「嵐誰か結婚したら担降りする」と言っていたし、正直今回のコンサートも女の影がちらついてしまい全力では楽しめないんじゃないかと思っていた。

しかし先述の通り、死ぬほど楽しかったのだ。これからもずっと応援していたいと思えるコンサートだった。確かにコンサート中女の影がちらついた時は山ほどあったが、それでもそんなの気にならないくらい彼らは魅力的だった。

からこそ悔しいのである。女の存在が明らかになることで、ファンが離れ、少しずつでも彼らの人気が落ちていくのが悔しい。彼らはこんなに魅力的なのに。女絡みだけでなく、褒められたところではない点もあるけど、それ以上に彼らは魅力的だ。それでもファンは離れていく。ましてやこのまま結婚なんてしてしまったら、彼らの人気はどうなるかわからない。少なくとも、今より上がるようなことはないだろう。

私が言いたいのは、「嵐、頼むから結婚なんてしないでくれ」、ただそれだけだ。こんなところで言ったところで本人達に届くわけがないのは分かっている。けど、こんなところで吐き出さないとやっていられない。

もし結婚してしまったら、素直な気持ち応援できなくなるのではないかと思う。私たちがいま大好きだと歓声をかける相手には、家に帰れば最愛の妻がいるのだ。そんなの耐えられない。

中にはアイドル結婚するのを嫌がる心理がわからない人もいると思う。納得しなくていい。その気持ち理解しなくていい。けど、私たちにとって女の存在は大きなものであるということだけは知っていてほしい。

アイドルだって人間だと思うかもしれないけど、人間であるけれどアイドルなのである。疑似恋愛商売にしているアイドルなのである結婚してしまった時点でファンの夢は覚める(覚めないファンもいるし、そこまでの夢を見ていないファンもいると思う)。その時点で彼らはアイドルではなくタレントである

人気が落ちるのを見るのが寂しい。まだトップでいてほしい。そして何より、まだアイドルである彼らを応援していたい。だからどうか、嵐の皆さんは、もう少しだけ結婚しないでいてください。

(本当はもう少しと言わず一生結婚しないでほしいし、嵐に限らず全"アイドル"はそうであってほしいと思うけど。おわり)

結果最初から最後まで支離滅裂、取り留めのない文章でした。ここまで読んでいただいた方に深く御礼申し上げます

もちろんすべてのファンがこのように思っているということはありませんが、中には私と同じようなことを思っている方もいらっしゃると思いますし、逆に一切わからないという方もいらっしゃると思いますこちらで話したものは一ファン意見に過ぎません。嵐ファンの総意である勘違いなされることはないよう、お願いいたします。

2018冬アニメ1話全部観たから格付けする

雑食なサブカル寄りライトオタアラサーメンズ増田独断偏見で書く。

5分アニメや朝アニメ、続きモノ以外はたぶん全部観た。今期結構豊作っぽいので選ぶ参考になれば。

視聴継続

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

1話だけでいいから観たほうがいい。京アニありがとう京アニ監督山田尚子だけじゃなく石立太一も推せる。

宇宙よりも遠い場所

一番ノーマークっぽい?演出が95点くらいでヤバイいしづかあつこ監督は最高。

設定はわりかし普通現実女子高生ものなんだけど、観てるとすぐ終わるくらいテンポがいい。

恋は雨上がりのように

人間ドラマが好きなんだよ。原作雰囲気をより強調しててもくどくなくていい。主人公声優が良い感じ。

からかい上手の高木さん

マンガ良いしアニメも良い。2人とも可愛すぎる。

BEATLESS

設定バッキバSF水島精二の時点で。kz音楽が良い。小説作者が設定をオープンソースにしてるので要チェックな。

アナログハック・オープンリソースhttps://www63.atwiki.jp/analoghack/

ダーリン・イン・ザ・フランキス

ボーイミーツガールSFだったらBEATLESSよりこっちのがよさげ。でもセカイ系っぽい。

スロウスタート

まんがタイムきらら信じろ

ゆるキャン

まんがタイムきららフォワード信じろ

デビルマン

湯浅監督作品が観れるかつ題材がデビルマンの時点で、ある方面では優勝してるでしょ。

様子見

ポプテピピック

1話面白くなかったけど2話はそこそこ。AC部観たいのと、ネット教養として。

封神演義

1話からヤバイ飛ばし方をしてるが大丈夫か?国立アンニュイ学園のためか?

ハクメイとミコチ

思ってたより良かった。癒される。

博多豚骨ラーメンズ

これも思ってたより良かった。デュラララ的な感じ?

刻刻

まだ面白くないんだけどOPEDいいし。梅津泰臣が好きなだけか。

サンリオ男子

宗教上の理由

1話切り

ラーメン大好き小泉さん

ラーメン店のチョイスが素晴らしい。

グランクレスト戦記

記憶がない。

刀使ノ巫女

記憶がない。

王朝

中華原作はいつになったら視聴に耐えうるものになるのか。

伊藤潤二コレクション

よく企画通したな。好きな人はよさそう。

citrus

もうちょい絵がオシャレで百合百合しいのかと思ってたら少女漫画チックなのね。

三ツ星カラーズ

キャラデザ一瞬苺ましまろかと思ったよね。

バジリスク〜桜花忍法帖〜

あんま良くない感じで古いんだよな。1話で惹きつけられないし。

りゅうおうのおしごと!

相当暇だったら見るんだけど。可愛いし。

ダメプリ

1.5倍速にしたら見やすかった。

メルヘン・メドヘン

畳の上でヒールを履くな。

デスマーチからはじまる異世界狂想曲

主人公が「さあ、デスマーチのはじまりだ」と言ったところで動悸が。主人公最強系好きならいいんじゃない。

キリングバイツ

記憶がない。

学園ベビーシッターズ

記憶がない。

ミイラの飼い方

かおり監督ゆゆ式2期お願いします。

当然各作品1話に全力でくるんだから1話面白くない時点で切った方がいいぞ。

面白い面白くないの基準は30分が短いかどうかだ。

2018-01-14

アニメ制作進行やってみて

数年経つので、やってみて分かったことを書いていく。

ちなみに自分はこの業界に足を踏み入れる際に具体的な業務内容など知らなかったので、特に自分が驚いたことを書く。

1.アニメーター制作進行が探す

はじめて話数担当になった時は、先輩からアニメーターの連絡リストをもらって片っ端から電話だった。L/Oと原画作業のいわゆる営業。その後に信用を得て交流をもって、自分キャパを拡げる。

この話数は出来がいいな、という時は制作進行の実力も大きい。

制作会社で拘束していたり、プロデューサー制作デスクからの紹介もあるので、一概に制作進行の力だけではないけれど。

2.徹夜が多い

これは一般に有名かもしれない。

アニメーターは主に日中作業なので、回収は夕方~深夜。翌日演出さんに見てもらうために朝までに素材をスキャンしたり演出に素材入れしたり、というのが自分スタイル(スケジュールに余裕がある時は別にして)。日中デスク業務などを片付ける。これを基本に、演打ち・作打ち・作監打ち(総作監打ち)・CG打ち・色彩設計背景打ち・撮影打ち・カッティングアフレコマーキングダビング・ラッシュチェックなどが入ってくる。

話数掛け持ちしてると忙しい。

スケジュールが無い話数はホントにキツい(1ヶ月とか)。

生活が不規則になるので睡眠時間マネージメント必要外回り運転もあるので用心がいる。

休める時は就業時間中であっても休むのが鉄則になる(というより就業時間ほとんど意味を成さない)。

キツいとは認識していたが、味わってみるとホントにキツかった。はじめの頃は、納品出来ないんじゃないかという恐怖もあって気が休まらなかった。

もう二度とやるものか〜!という気分になるけど、終わってみると達成感で高揚。気がつけばまた戦場に赴いている。ハート・ロッカー

3.離職率が高い

こちらも上記理由と併せて有名かな。

キツいから辞める、という理由ほとんどかと思うが、2~3年くらいで他社に移るという人も多い(渡り鳥のように1年毎に居場所を変える制作進行もいる)。とにかく流動性は高い。

翻って、周りが辞めていく中で同じ制作会社に残り続けることで制作デスクへ昇格!ということもままある。SHIROBAKO主人公のように入社2年目でデスクというパターンあながちウソではない。

4.制作演出監督、というルートがある

演出家志望の若者制作進行をやっている場合が多い、という事を自分は入るまで知らなかったのでとても驚いた(みんなプロデューサー志望かと思っていた)。

自分が今まで一緒に仕事をした監督ほとんどは制作進行出身だった。

たまにアニメーターになる制作進行もいると聞くので、アニメ業界は良い意味で大らかだなあと思う。

5.意外と業界狭い

○○さんが××制作会社に移ったらしい…という噂が風のように広まったりとか。

知り合いアニメーターの友人が実は自分も知り合いだったりとか。

三鷹荻窪井草辺りで深夜にご飯食べてると、隣が他社の制作だったりとか。

他社作品を観ていると大抵一人二人は知ってるアニメータークレジットされていたりとか。

意外とある。狭い。

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ざっくり書いた。働いてみて、キツいけど楽しいというのが自分の所感です。

ときたま話題に上がる賃金問題については敢えて触れなかったけど。

あと人狼制作日誌とかくろみちゃんとか妄想代理人とかSHIROBAKOとか、業界内幕モノはこの世界に居たら一層面白いと思う(ハケンアニメ!は掛け離れ過ぎてるけど)。

2018-01-12

演出ロードまりかーらーのー虹回転を見た瞬間に吹き上がる。クラスカードピックアップと一致する瞬間でさらに吹き上がる。最高に楽しい数秒間を演出してくれる。

演出:☆4かな?をまず考えるが、クラスカードが一致した途端にワクワクが止まらなくなる。

カード:通常回転を見た瞬間に気が抜けるため、英霊召喚の音まで気付かないことが多い。

昇格演出:同上。銀カードが見えたところでタップすることも多く、飛ばされがち。

https://anond.hatelabo.jp/20180111135207

https://anond.hatelabo.jp/20180112100435

89は確かに読めました。でも、これが色覚異常者が見たいと願う色の世界でしょうか。

これだけ見るとすごく暗いしコントラストが小さいよね。

ただ、暗い部屋での人の目の順応性のことを思うと、わりとホワイトバランスをうまく調整してくれてそれなりに見えるんじゃないかとも思う。

ところが元の増田も、また、その増田ブコメでいくつか言及されていた色覚異常者が色彩に出会って感動する動画も、それらのリアクションは全て未知の色彩と出会う驚きによって演出されています

これは同感。そこまで未知の色彩があるわけない。それもたかフィルター通しただけで。

まり、どれだけ色のバランスを整えたとしても、今まで感じたことのなかった彩度以上の色彩を感じることはありえません。

ただ、自然界がすべての光の波長のパターン網羅しているわけでもないと思うので、より色鮮やかに見えるパターンというのはあり得るかもしれないと思う。

実際自分場合紅葉や赤いバラは肉眼で見ても暗い赤にしか見えないが写真テレビで見るとものすごく鮮やかな赤に見える。

これらを組み合わせて、この製品が嘘だという最大の根拠を一つ示します。

特定の色の彩度を下げることで鮮やかな世界を作れるとするのであれば、どうして症例にあわせた作例が一つもないのでしょうか。

レタッチソフトを使えばRGBバランスを変えることは造作も無いことです。

それぞれの色覚異常症例にあわせて、その人がメガネを掛けることで見える世界簡単再現できるはずです。

だって、そこにある色を減らすだけの話ですから

この辺は微妙

そもそもこの世に存在するRGBやらCMYKというのは色覚正常者にとって最適化されたものなので、色覚異常者にとってはそもそもがずれたものだ。

光というのは本来様々な波長を含むもので、全く同じ色に見えるものでも物質が違えば違う波長の光を含んでいる。

そういう性質を利用して色覚正常者だけが自然光と同じに見えるようなRGB三色光とCMYKインクを選んでいるにすぎない。

とても繊細な調整が必要で、モニターによって色は変わるし、インクロットが違えば色も微妙に変わる。再現度を高めるために色校正必要とされる理由である

モニター印刷物は1つ1つで発色の加減が微妙に違うのに、色覚正常者はだいたい同じように見えるように調整している。

言い方を変えると、本当は違う色(光)が出てるのに色覚正常者はその違いを認識できない。

これはあくまで色覚正常者向けの調整なので、極端に言うと色覚異常者にはどれも違うように見えてしまう。

から、作例がないというのは仕方のない話で、やろうと思っても画像ファイルだけを用意すればいいというものではないのだ。

専用のモニターを用意してそのモニターだけで見るようにすればできるかもしれない。

印刷物場合指定インクを使ってきっちり色校正するようにすればできるかもしれない。

(これを実際にやっているのが色覚検査表。あれって自分で買うとものすごく高いのだけどそれだけ手間はかかってる。

ウェブサイトで公開されているものははっきり言って無意味

http://www.neo-dalton.com/side/check/が簡易的と言っているのもそのため。これは専用のモニターを使ってるはず。)

あと症例に合わせた作例というのも難しいのではないか

これまでの自分の実感だと赤緑色弱は本当に個人によって見え方が全然違う。

この増田自身は赤緑色盲(2色型色覚)なのではないかと思うが、赤緑色盲向けの作例であれば可能ではないかと思う。

ただそれをやるのは結構お金がかかると思うよ。レタッチで済むというものではないだろうから

そうはいっても例えば紅葉が綺麗だと言われる度に、他の人が見えている世界を見たいと願う自分がいます

分かる。

でも彼らには見えてないものが僕らには見えているはずでそっちを楽しんで生きていきたい。

刻刻

日見たけど、演出とか俺好みで絵のクオリティーも高かった。

デビルマンが期待はずれだったから、よかったわ。

エンディングの、主人公の下着姿とか下乳はサービスなのか。

アニメから入った人はだまされないようにな。(原作通りのストーリーなら)本編ではエロ要素ないから。

anond:20180111135207

色覚異常者です。

もう手遅れかもしれませんが、本当に本当に辛い思いをしている人間を、さらにその希望まで踏みにじるようなことは止めてください。

残念ながらこの製品フェイクであり、この体験記もフェイクです。

それがフェイであることは、このサイトの中で簡単証明できます

増田にも言及があったこのページを御覧ください。

http://www.neo-dalton.com/side/check/

色覚異常であるわたしは、一般とされている画像が52と読めます

(健常者に確認を取ったわけではありませんが、ここにはおそらく89と書かれているのではないでしょうか。)

そして画像の番号が進むと同時に89という文字が視認できるようになります

わたしはA7で視認できました。

気づきでしょうか。

まりこれが、わたしが89を正しく認識できる色の世界です。

89は確かに読めました。でも、これが色覚異常者が見たいと願う色の世界でしょうか。

52と読めてしまう背景には、健常者であれば区別できる色の違いが色覚異常者には区別できないことに原因があります

健常者であれば区別できる数色が、色覚異常者には緑のような茶色のような灰色のようなどれとでも取れるような色に見えているのです。

それを色覚異常者でも色の区別ができるようにするには、こうして世界全体の色を替える以外に手段はありません。

まり、この画像が色覚矯正メガネをかけて見える世界ということです。

世界から緑をなくせば紫に転ぶし、赤をなくせばシアンに転びますDTPをやったことある人間ならすぐにピンとくる話だと思います

かに青ははじめよりも青く感じるので一概に元の増田が嘘とはいえませんね。

色覚異常とは、ある特定の色に対してそれ以上の彩度を感じられない症状のことをいいます

まり、どれだけ色のバランスを整えたとしても、今まで感じたことのなかった彩度以上の色彩を感じることはありえません。

ところが元の増田も、また、その増田ブコメでいくつか言及されていた色覚異常者が色彩に出会って感動する動画も、それらのリアクションは全て未知の色彩と出会う驚きによって演出されています

おかしいですよね。今以上の彩度を感じられる器官を持たないのに、メガネをかけると見えるだなんて。

まりそれらは矛盾であり、感動ポルノを作り出すための演出であることがわかります

これらを組み合わせて、この製品が嘘だという最大の根拠を一つ示します。

特定の色の彩度を下げることで鮮やかな世界を作れるとするのであれば、どうして症例にあわせた作例が一つもないのでしょうか。

レタッチソフトを使えばRGBバランスを変えることは造作も無いことです。

それぞれの色覚異常症例にあわせて、その人がメガネを掛けることで見える世界簡単再現できるはずです。

だって、そこにある色を減らすだけの話ですから

それが出来ないのだから、残念ながらこの製品フェイであると言わざるを得ません。本当に残念です。

もしこれが配色を変えることで色の境界をわかりやすくする程度の製品であれば疑いません。

しかし、今以上に鮮やかに見えると謳うのであれば、それは詐欺しかいいようがありません。

色覚異常に同情し、それが解決できた気持ちを喜んでくれることは本当にありがたいことです。

から、元の増田ブコメが沢山ついたことも、あの動画に沢山の感動が寄せられたこともとても好意的に思っています

しかし、残念ながらその行動が、詐欺助長してしまう結果になっていることは本当に遺憾です。

自分趣味写真をたしなみます

始めの頃は肌色再現できずに相当悩みましたが、いまではあえて特定色の彩度を下げることで自分しか見えていない世界写真として表現するようになりました。

その独特の色彩感覚が人には面白いらしく、むしろ被写体の色が湧き上がってくるような写真だと周囲からもとても好評です。

(誤解のないように付け加えますが、この写真意識しないと気づかない程度に被写体以外の彩度を失わせるという演出です。こちらでいうようなすべての色が色彩を増すわけではありません。)

自分色覚異常者として生活を続けることでたどり着いた結論は、「失うことは得ることと同意」ということでした。

普段人ができないような何かを失う経験のものが、かえがたき貴重な経験として得られるものからです。

それならばないことを嘆くより、得られたものを喜べたほうがよいですよね。

そういう様に考えるようになってからは、自分が人よりも劣った存在だとは感じないようになりました。

これは同じ問題に悩む人間全員に一番に伝えたい事でもあります

そうはいっても例えば紅葉が綺麗だと言われる度に、他の人が見えている世界を見たいと願う自分がいます

からこういう製品記事流れる度に、どこかに期待してしま自分が否めません。

もしこれが詐欺だったときに涙をながすかもしれない人を想像してもらえるなら、ほんの少しだけその感動を安直シェアするべきか踏みとどまって頂けたら幸いです。

2018-01-11

初めてライブに行った

人生で初めてライブを観に行った。

好きなバンドツアーで、地元の近くにも来ると知って、チケットは3回目くらいでようやくとれた。

他の公演にも行って見たかったけど、旅費も安くないし、絶望的なくらい体力がなくってまとまった休みがないと遠征はキツいので1公演だけ。

服を買って美容院に行ってネイルして、なんてやってたら結構な出費になってしまって、グッズはやめとこうなとも思ったけど会場に行って実物を見たら凄く欲しくなって、周りの空気にのまれて買ってしまった。後悔はしてない。

ぼっちでの参戦でちょっとしかったけど、ライブが始まったらそんなこと気にしてられなかった。

すごかった。最高だった。

オープニングの演出から泣きそうだった。

曲は世界にはこんなに素晴らしいものがあるんだなと思うくらいに感動して、MCひとつひとつがとても嬉しくって、ああ彼らと同じ空間にいるんだなととても幸せ時間だった。

スタンド席の後ろの方だったかメンバーは小さくしか見えなかったけど、その分会場全体が見渡せた。

ステージの画面の演出が、会場のライトが、観客のライトが、とても綺麗だった。ライブ演出ってあんなに凝ってるんだね。びっくりした。

魔法のような時間はあっという間に終わってしまって、名残惜しくも会場を出た後に2人組のお兄さんから声を掛けられて「銀テ、いっぱいとれたので良かったらどうぞ」ってテープと紙吹雪を分けれくれた。素敵なバンドファンも素敵なんだな。嬉しくてたまらなかった、ありがとう

すごく寒かったけどふわふわした気持ちで家に帰って、メイクだけ落として寝落ちしてしまったのに翌朝の肌の調子がめちゃくちゃ良かった。すごいな。

BUMP OF CHICKEN 、大好きです。絶対また行きます

それにしても藤くんうた上手すぎない?

anond:20180103121847

ニューイヤー駅伝もあるけど、あっちはそれほどでもないので、駅伝から見ているというわけじゃないと思う。なので箱根駅伝の事だと仮定して考えてみる。

やはり、箱根駅伝という競技の特色を上手く活かした番組作りがキモ

・最大でも一区間21人なので、ほぼ全員のプロフィールを紹介できる。

・中継しながら喋りやすく、「どこの誰がどんな思いで走っているのか」を説明する時間が取れる。演出

・一区間時間と区切がよく、飽きた頃に違う展開になる。また、途中から見てもわかる。

正月の他の番組がつまらない。

野球サッカーだと予め選手を知ってないとほとんど何がどうなっているのかわからないのでスポーツ中継を見慣れていないと楽しみづらいけど、駅伝適当でも見られる。退屈さを逆手に取って、じっくり見せつつも、集中して見るほどでもないという気も張らないでいいバランス箱根駅伝自体以上に番組作りが上手い。

2018-01-10

anond:20180107193643

そのアニメ感想に、批評を気取った文章が混じっているなら、下書きのメモ帳に保存したまま絶対ネットに上げるな。

不満を感じる思考回路他人に伝染させるなということ。

アニメは娯楽で、その作品を楽しめる層の人が楽しむためのものからツッコミは野暮どころか有害無益だ。

そうではなくて、作品の良さを伝えたい、こんなすばらしい演出に気づいた、みたいな時は、

その感動の勢いのままに書きなぐって、どこでも良いから目立つところに投稿しろ。できればファンコミュニティの中に。

注意すべきは、その中間人間にならないことだ。

一箇所褒めたら一箇所冷やかさなきゃ気が済まない、そうしないと自分が頭の悪い信者と思われる、

みたいに思ってしま人間が一番たちが悪い。

そういう、作品を語りたいのに自意識の方にベクトルが向いてしまうような精神年齢の人は、

そもそもネットで何かを語るには早すぎる。

どこからともなく湧いてくるネットの向こうのアニメキッズにボロクソ言われても動じない覚悟をもって、

ファンとして良さを広めることに専心する、高潔姿勢を貫けるかどうか。

その気概の有無が、書く場所がどこかよりはるかに大切だと思うね。ネットに書くっていうんなら。

百合アニメ戦略的メリットデメリット

メリット

テンプレ話でも同性にするとなんか新しい感じがする

無用な争いの空気を出さなくて良くなる

おっさんが食いつく

セクハラしてもいかがわしさが薄く、ポリコレ安全雰囲気が出る(コラボとかしやすい)

ストーリーより、空気演出や会話が重要視されるので制御やす

・意外と売れる

 

デメリット

女性層が全く釣れない(釣る気がないならそれでOK

最近ライバルが増えてきた

きららジャンプ強要される

今更ながらGYAO輪るピングドラムを見た。

24話を半分の12話ずつに分けての配信だったのだが、とても面白くて後半の配信が始まるまで待ちきれず、配信されると一気に最後まで見た。

ところどころ矛盾点に見える箇所や明かされない謎があったり、完璧ではないかもしれないがそれでも大いに楽しめた。

生存戦略ー!」の号令から始まる謎空間演出や、登場人物同士の関係、実際の事件モチーフとして扱った点など、好きな要素がたくさんあった。

また、登場人物の中では特に苹果ちゃんが好きで、序盤のイカレストーカー野郎の時からツボだった。

ここで一応感想終わり。過去に散々言われただろうし。


ところでなぜ、私は少し気になる箇所があっても楽しめたのだろうか。

いや、気になる箇所があったら楽しめない、というわけではない。

気になる点はあったけどなぜ一気に見てしまうほど楽しめたのか、ということについて少しだけ考えてみる。

簡潔に言えば、飽きさせなかった、という点が大きいと思う。

輪るピングドラムにはピングドラムとはなんなのか、桃果の日記秘密とは、など多くの謎が散りばめられていた。

この「物語中の謎を追う」というのはかなり視聴者を飽きさせない力が大きいと思う。

あとは、引きだ。輪るピングドラムは引きがよかった。

かなり上に一気に最後まで見たと書いたがそれはなにより引きが良かった、すなわち続きを見たいと思わせる力が大きかったからだ。

続きをみたいと思わせることも、飽きさせない要素のひとつだと思う。

まあ幾原邦彦世界にはまったってだけなんだが、そこを取り除くとこのような見解に集約できると思う。

なんか後半思うばっかになっちゃったな。小学生か。まあいいや。今度ゲオウテナユリ熊借りてこよ。

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