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はてなキーワード: 文法とは

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170626151544

“必ずなにかしらの選択をしなくてはならない”って前提条件がある時なんかはそういう「(相対的に見れば)好き」みたいな選択の仕方もあるし、そういう手法を取るのも至極まっとうだと思う

たとえば「選挙希望に沿う候補者がいないけれど、他の有権者選択を委ねる気もないとき」とか「とくに食べたいものは思い浮かばないけど、お腹が空いているのでなにかしらは食べなくてはいけないとき」とかね。承認欲求を満たしたいオタサーの姫なんかもそれに入ると思う

ただ、性的志向問題でもなく、選択をしないという選択もあるような個人の嗜好でしかない話で他者(や他者属性)を貶める必要は全くないよねってことだけが言いたかった

それなのになんかブコメきのこたけのこ論争に虐殺文法を持ち込むテロリストみたいなことを言われててワロタ、なんでや

2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170619221128

http://crescendo03.cocolog-nifty.com/nassernov/images/C30023.JPG

ちょっとなにやってるかわかんないっす

3日でおぼえるアラビア語 単行本 – 1998/10 もしくは1983

小池 百合子 (著)

内容(「BOOKデータベースより)

文を書くのはちょっとたいへん!でも、会話はとってもカンタン!!日本にいる外国人は、漢字は書けなくてもちゃんと話しているでしょう。アラビア語だって同じです!!3日でアラビア語が使える!!小池百合子アラビア語レッスン。

内容(「MARCデータベースより)

文を書くのはちょっと大変。でも会話はとってもカンタン。細かい文法やむずかしい例文は避け、わかりやす解説したアラビア語に親しむ会話テキスト。83年刊の第2版。

5つ星のうち 3.0三日じゃ無理・・・

投稿者 アリー投稿日 2005/3/16

形式: 単行本 Amazonで購入

アラビア語、といっても、これはエジプト方言に特化されているので、それ以外の地域では役に立たない。値段は安価だし、エジプトに行く人にはそれなりに役に立つだろうし、読み物としても悪くないが、中途半端な感はある。

繰り返すが、これはあくまエジプト弁。その他地域に行く人や、正則アラビア語学習者はほかの本を当たりましょう。

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5つ星のうち 5.0アラビア文字ではないアラビア語の本

投稿者 Selamat 投稿日 2013/2/9

形式: 単行本 Amazonで購入

アラビア文字でを使わないアラビア語の本なので会話を学ぶのによい

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んー

2017-06-18

帰国子女だが、日本人カタカナ語が何を言っているのかわからない。

日本人アメリカで15年ほど生活していたが、今は日本生活している。

英語普通に話せる。

しかし、周りの会話のカタカナ語がまったくわからない。

これには理由があって、発音日本式に無理やり直してカタカナ化したんだよね。さら意味合い微妙だし、使う品詞もめちゃくちゃだから理解しにくい。

そもそも母音の数も日本語英語で全く違うし、その影響も大きいのかもしれない。

ただし、文法面の差異の影響を受けない名詞だけは、完全に日本語として通用するもの限定自分普通に使っている。(この文面内でも出てくるだろう)

言っている本人もどういった意味で使ってるのか、聞き返す気にもなれない。もう誰が得している文化なのかさっぱりわからない。そもそもダサいよね。

特定の分野において、そのコミュニティー間での利用ならこれは効果的だけど、一般メディア書籍Web上の不特定多数相手とする場面においては明らかに不適切だと思う。

帰国子女的な集まりがあって、そこで友人とこの話をすると、みんな同じような意見英語力が高い人ほど、カタカナ語に抵抗があるらしい。

こんな頭の悪そうな日本語大人が平然と使っているのも、英語力が低い劣等感の表れなんだろうなあ。

そんなになんでもかんでもカタカナに変換したいなら、いっそのこと、全て英語で話したい。

1億総ルー大柴社会日本


[追記]

  • このカタカナ語をひたすら聞いていると、正しく発音できなくなる等の悪影響がある気がする。まじ害悪

2017-06-15

エンジニアプログラマーだが、英語がつらい

英語がつらい。

やっぱり辛い。

たぶん幼稚園英語でなんかやってたみたい+中高6年間+浪人自体英語特訓+大学英語+趣味業務での英語学習.....ずっとやってきたけどつらい。

英語を読むのが辛い。俺は理系なんだが、文法問題とか、すごく得意で、毎回高得点を取れるので、英文法はできると思うんだが、単語が覚えられない。いや、中学高校単語帳に乗ってるようなものは覚えてるよ。けど、英語でさ、技術系の論文読むときに、わけわからない単語が出てくるんだわ。そのさ、その時に辞書引くじゃん? 今は、んでさ、調べている間に、読んでた内容がすっとんじゃうわけ。

もっとつらいのは、知ってる単語、その文の主語とか文法は分かるんだけど、その一文の意味がさっぱり分からない時があって、それもつらい。その時ってのは、その文自体が、なんか特別言い回しだったりするわけ。まんま、なんか流行ってる言い回しなら調べたら解決する場合があるから、良いけど、ちょっと捻ってるのわからない。どうすりゃいいんだ。

もっとつらいのは、英語の聞くときだ。本当にわからない。いろんな方法を試したんだけど、ほんとうにダメ。無理。ほら、TEDやら5分のニュースあるだろ?あれ、僕全然持たないんよ。その最初は、頭の中で、英語の文をつくる感じになるじゃん? そして、日本語にすんの。なんというか、英語の音=>英文=>日本文=>意味みたいな流れをずっとやってるわけじゃん? あれできるやつどうやってんの? 大分負荷が高いよね? 1分ぐらいで頭が沸騰するんだよ。

いや、もうだめ。英語。ほんとダメ。同僚はすごくできるのに。いくら日本語で書かれた難しい技術理解できたってダメだと思うんだけど、もうね、ダメだと思う。

「型システム入門」「分散システム」「On Lisp」「ガウディ本」「メイヤーオブジェクト指向入門本」....いろいろ日本語の本であるならば、全然読めるんだよ。けど、英語が読めねぇんだよ。

なんで、こんなに英語ダメダメでも、いろんなライブラリ使えてきたかって、実装を読めば分かるじゃん。英語ドキュメントは読めないけど、コードを読めば、どう動くか分かるじゃん。だから、なんとなってるけど、限界を感じてきたんだよ。なぜかって、仕様なのかバグなのか分からないんだよ.......だから英語仕様読むしかないんだけど.....本当につらい。

英語つらい.....英語つらい.....英語つらい.....

2017-06-06

少女漫画って脇役を簡略に描く傾向があるの?

ちはやふる」を読んだときに脇役の同じ部活の子だったかクラスの子がかなり簡略な絵柄で描写されていて、「主人公らにとって、あるいはこの世界にとってはこいつはその程度の存在なのか」と大変冷え冷えとした気持ちになったことがある。いままた別の有名な少女漫画を読んだらクラスメイトが同様に描写されていて、同様の気持ち体験した。

少年漫画青年漫画ではあまり意識したことはないのだけど、少女漫画では中心のキャラとその他の描写密度差異が大きくなる傾向があるのだろうか。それとも少年漫画などでも同程度のことが行われているけど、僕が少女漫画的省略の文法に不慣れなためにより大きな差異見出ししまっているのだろうか。

2017-06-03

学校古典文法を学ぶ意味なんてないだろ

教師は役に立つとか大切とかいうけどさ、俺の人生で今まで役に立ったことないよ?

英語ならまだわかるんだよ、でも古文とかやったところでどうにもなんない

かぐや姫だとかを原文で読む意味ってなに?

社会で役に立つわけ?

こんな無駄教育する時間があったらもっと将来に役立つこと学ばせてほしいんだよ

http://anond.hatelabo.jp/20170603110649

私も「増田文法」を用いてトラバブクマをしてもらうという寸法だ

当然だが、もちろんありがとう

伊藤計劃虐殺器官』の感想への感想なんだが

ネット雑誌わず虐殺器官』の感想でよくあるのが、「虐殺言語」(文法だっけ? 忘れた)とは何か解らなかった、もう少し内実に言及があったほうが良かった、というものだ。

だが私は、これに対しては反対の意見で、それはなぜかと言うと、「虐殺言語」的なモノは世の中に結構溢れていると思うからだ。


王様のブランチを今視てるんだけど、映画さらに見たり、テレビさらに見たり、本をさらに見たり、美味しいものを紹介したり、面白い施設を廻ったり。

人々の欲望を刺激して「これ面白そうだな」「これ見てみたいな」「やってみたいな」という気持ちを惹起させる。これは直接ではないにせよ「虐殺言語」の変奏に他ならない。

世の中の商品アニメ漫画映画)は、人間思考属性に訴えかけるようなものが少なからず含まれている。そうしないと売れない。あるいは見てもらえない。または、楽しんでもらえない。

巧みに「言語」が含まれ作品は、多くの人が語ったり意見を戦わせて、やがては名作と言われるかもしれない。

まりに「言語」が解りやすい(例えば、「腐女子向け」「サブカル厨向け」みたいな)と、「言語」外に属する人々からは避けられ「テンプレ作品」などと言われ蔑まれるかもしれない。


とにかく、世の中には流行の基底にある、人々の心情を揺り動かす「コード」というか「公約数」的なものがある。

たとえば秋元康は、この「コード」をかなり正確に掴んだからこそ、世代を超えてあんなに売れ筋を生みだすことができるのだろう。

秋元康はジョンポールなのだ

そうした社会様態表現したのが「虐殺言語」だったのであり、それは世の中に色んな形式で実際に偏在している。だから作品中での「虐殺言語」がどうであるかは問題にはならないと思う。

虐殺言語はいつもXで色んなものが代入されうる。まずはXなるものがある、ということを意識するべきなのだろう。

2017-06-02

ながされて藍蘭島」とか

愛なんていらねえよ、夏」みたいな

基本的文法無視したタイトルが好きなんだが

他にこういうのなんかないか

2017-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20170531203727

口語文語の違いでしょう。そこらへんのおねーちゃんがペチャクチャ日本語話しているけれど、国語試験の点数が低いというのと同じこと。正確な文法勉強しないとおそらく点数は上がりません。

2017-05-31

小学校英語教育改革案

単語文法に触れる前に、本物の英語を知る必要がある。教科書に書かれているI have a penのような文ではなく、実際に使われている英語から、その意味体感させる。単語文法による分解は、まず英語を知った後でいい。

子供の気を引くためには、やはりアニメだ。シンプソンズのような良質のアニメ国家予算で買ってきて、編集して教材にする。アメリカらしい、ナマの英語を感じてもらう。

しかしま発音が難しすぎて聞き取れないので、ゆっくりはっきり喋るように音声を再録してもらう。語彙レベルギリギリまで下げる。英語では(日本語でもそうだが)、難しい語彙も基本語の組み合わせでほとんどは表現できる。

小学校で学ぶべきは、give, take, get, go, makeのような横綱級に使い倒すことになる基本動詞達や、on,off,in,out,with,withoutといっ前置詞、副詞達、do, have, can, could, will, would, should, must, have to, be going toといった頻出助動詞、where,whenのような5W1H、this, that, it, a, the,といった基本語達を感覚で捉えられるようにする。これらは理屈では難しく、幾つもの実例に当たって感覚を磨かなければわからない。さらに、句動詞としての意味の変化や、頻出イディオムなど、理屈を覚えると逆になんでそうなるのかわからないものも、フレーズ単位で丸暗記させ、アニメのシーンとフレーズを関連付けて覚えさせることで感覚的に理解させる。

You can say that again(もう一度それを言っていい→全くその通り) 大人になってから真面目に英語勉強を始めてすぐ、このフレーズに触れたのだが、その時の衝撃は計り知れなかった。なんでこれが「全くその通り」になるのか、あまりに納得いかなくて寝込みそうになった。

しか英語勉強を続けるにつれ、そっちのほうが英語本質なのだと思うようになった。英語字面にそんなに意味がないので、とくに口語では、なんでそうなってるのかさっぱりわからないイディオムが大量に出てくる。単語文法にこだわるより前に、まず英語のいい加減さを受け入れなければならない。

I'm onto you(お前の企みを知っている)、He is up to something(彼は何か企んでいる)、You can't get away with it(その罪からは逃がれられないぞ)、You bet(まかせろ/どういたしまして)、I mean it(俺は本気だ)、頻出慣用表現小学校時代に全部見せて覚えてもらう。

そして、小学校時代に鍛えておくべきは発音だろう。まず発音記号を覚えさせる。教えられる先生がいないかもしれないが、真面目に教材を見ながらきちんと正しい口の形を練習すればすぐできるようになるはずだ

https://www.amazon.co.jp/dp/4816344640

この本のDVDは役に立つ。Rの発音はこのやり方ではダメだが、そこはYouTubeとかでやり方を探してちょっと練習すればあっという間に発音は良くなるはずだ。

まずアニメを、英語字幕つきで見せる。意味が分かるということはないだろうが、長い単語も一瞬で捉えて認識する力が速読には不可欠だ。英語字幕を追っていれば、その能力は否応なく鍛えられる。

英語字幕名詞冠詞を緑、助動詞ピンク動詞を赤、前置詞をオレンジ副詞を青、形容詞黄色接続詞関係詞は白、強く発音する単語は大きな文字、弱いところは小さな文字、修飾節はメインより一段小さい文字にする、イディオムは斜体にする、といった工夫をこらす。最初意味がわからないだろうが、いずれ実際に英文を読むようになった時に、品詞ごとに色がついて見えてくるだろう。

まずは一周、楽しんで見終わる。5分ぐらいの長さを想定している。どういうストーリーだったか児童たちに推測で話をさせ、答えは言わない。

このためには、英語がわからなくても映像だけで楽しめるようなアニメでなければならない。シンプソンズのそういうエピソードを使う。

そして二周目に入る。今度は発音記号字幕にする。色分けや大小などは英語字幕に準じる。キャラクターが喋るごとに一時停止していくモードにする(この教育法には 高度なシステム必要である教室の前方にはみんなに見える大画面があり、さら児童1人ごとタブレットを配り、作り込んだ英語学習アニメアプリを使うことを想定している)

大画面でアニメ再生し、キャラクターが一文を話し終わるごとに、発音記号字幕を見ながら、みんなでアニメ声優の真似をして発音する。日本人英語先生では本当の英語発音を教えるのは無理なので、ネイティブ声優を真似る。

発音が終わったら、さて、ここでなんと言ってるでしょう?と児童の一人に聞く。適当な推測で構わない。推測が感覚を磨く。

さあ、答えは何でしょうか、といいながら次に進むと、日本語の答えが表示される。それと同時に、英語字幕のルビ部分に単語イディオム意味日本語で表示される。一画面に日本語英語とルビの日本語が出てくることになる。

それで最後まで進んだら、三週目である発音記号字幕とともに、キャラクター一言喋るごとに発音するところは同じ(さすがに退屈するかもしれないので、3週目は発音練習飛ばしたほうがいいかもしれない)。その次は英語字幕と、ルビ部分に単語イディオム意味日本語で出てくる。

さて、このシーンはどういう意味だったでしょうか。児童全体に問いかける。単語イディオム意味日本語を見て、児童の1人が先程見た正解を類推で思い出して大きな声で言うはずだ。その後、日本語の正解が出てくるので、みんなで正解を言っていく。一体感の中で、英語ができているような気分がするだろう。この過程日本人英語コンプレックスは溶け去るはずだ。

次は個人学習うつる児童一人一人のタブレットで、アニメを見させる。先程のように、英語字幕一場面ごとに再生が止まる。

単語イディオムタップすると、4択で意味を答えるクイズ画面になる。答えを思い出して選んでいく。間違っていたら即×がつくので、4択の他の選択肢タップして正解を探す。正解だと単語イディオムのルビに正解の日本語が表示される。全単語意味を正解したら、文全体の意味も4択から選ぶ。アニメ全部を正しくタップして日本語意味を取れたら、ご褒美として日本語字幕アニメを見られるモードがアンロックする。これでおそらく、授業時間中に終わらなくても、家に帰って自らアンロックのためのタップ作業をし、ご褒美の英語音声日本語字幕も家で見るようになるはずだ。

ルビから単語イディオム訳語を覚え、訳語の羅列から文全体の意味を推測する。この作業を繰り返していけば、確実な英語力の向上が見込める。

それとともに、英語音声を発音記号レベルでしっかり認識し、強く発音する所弱く発音する所を字幕からビジュアルに知って真似することで、音声的な部分も強化できる。リスニング力もかなり強化されるはずだ。

学年が進むに連れて、内容を高度にし、発音現実のものに近づけていく。本物の役者を使ったドラマも入れていく(これはセリフを録り直して編集しても口がシンクしないので、新しく作らなければならないだろう)。

小学校卒業時には基礎的な語彙と、感覚的な英文読解法が身につき、TOEIC400点ぐらいには至っているはずだ。ここまでで読書のための基礎が身についたことになる。

http://anond.hatelabo.jp/20170531191820

2017-05-29

英語教育は嘘まみれではないのではないか、という意見について

http://anond.hatelabo.jp/20170529005228

(前回終わりと言っていたが、コメント返しをしたい。I'm easily triggered。書きたいものもまた出来てきた。そのうち理想英語教育について書いてみたい。ただし、この書き込みを始めてから痔が痛くてしかたないので、まず体調を戻したい。

これは元記事に追加しようとして書いていたものだが、更新しても全然反映されないので新規記事として書くことにする。それと、前回最初に書いた記事は長すぎて入り切らなかったので削除したのだが、トラックバックは消えずトラックバック依存関係がめちゃくちゃで、それも直せていない。増田の仕組みはよく分からない)

なぜ日本英語教育が嘘まみれなのかわからない、というご意見を頂いている。

日本英語教育で教えられているのは、日本人に教えられている英文解釈方法論で理解できるように調整された、英語のように見える英語でない言語だ。日本英語教育は、最初から英語でないものを教えている。それはものすごく罪深い嘘だと考えている。

論文を読み書きできればいいじゃないか、という意見もいただいた。科学共通語は"Broken English"だ、という考え方は広く浸透していて、ならば英語適当でもいいんじゃないかという考え方は根強い。

しかし、たとえば東京大学文科3類のTOEIC平均点は730点というデータがある。これはソースが見つからないので都市伝説のたぐいかもしれないが、神戸大のTOEICの平均点のデータは見つけることが出来た。

http://www.solac.kobe-u.ac.jp/2013/04/toeic-iptoefl-itp.html

神戸大は国立の立派な大学であるが、上級生でも600点付近をウロウロしている。下級生はもっと低い。

https://www.slideshare.net/sixaroundtheworld/report-on-test-takers-worldwide 8ページ

TOEIC日本人にとっては難しくても、世界的に見れば簡単すぎて、受験者の大半が日本人韓国人で占められるようなテストだ。上のデータを見ると日本人が65%、韓国人12%となっている。TOEICは900点あっても、Wikipedia英語版でまともに情報収集できるかも怪しい程度の英語力でしかない。たとえばこんな記述を見つけた

そういう意味wikipedia英語版はとても良質な英文の宝庫と言える。また、単語レベルもNewYorkTimesなど英文誌のようにバカ高くなく、TOEIC900点を目指すものにとってちょうど良い。自分が興味のある分野か、TOEICでよく出る経済用語オススメだ。

必勝!TOEIC900点勉強法 http://toeic900.jpn.org/page/2/

http://www.iibc-global.org/iibc/press/2014/p016.html

ちなみにここを見ると、中国人の平均点は713点、韓国人は632点、日本人は512点となっている。他にも、留学経験のない人の平均点は539点だが、2年留学すると762点というデータも見え、2年留学してるのにたいして出来てない実態が浮かび上がってくる。

TOEICはかなりレベルの低いテストで、その中での神戸大の平均点600点というのは、英語基本的にわかりませんというレベルだ。論文を書くだけなら、(Broken Englishが許される学問領域ならば)中学レベル英文法を駆使して簡単な文を作り、大学が雇っているネイティブ添削してもらえば一応形にはなるだろうが、論文を読むのは、たとえそれがノンネイティブ基本的文法だけを用いて作ったBroken Englishであっても難しいはずだ。

日本英語教育は、最初から英語は教えておらず、教えているのは英語もどきしかない。そこを誤解しないようにしないといけない。そしてそれはいくらやってもほとんど実用にはならないのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170529114128

既存文法で守られないはぐれ者は、結局徒党を組んでヤクザ化する以外にないわけですよ

英文意味乖離英語日本語乖離

英文意味乖離

英語話者は皮肉冗談好きな人が多く、語った言葉意図している内容が違うことがよくある。日本語と同じように、空気を読んで相手意図を探る必要がある。

たとえば映画サウンド・オブ・ミュージック」で、マリア大佐が初めて出会うシーン。ここでマリア勝手ボールルーム(パーティーで踊るための部屋)に入り込み、一人で踊っている所を大佐に見られてしまう。マリアは驚いてそそくさと部屋を出るが、この時、大佐マリアにこのように言う。

In the future, you'll kindly remember there are certain rooms in this house which are not to be disturbed.

直訳

「今後、あなたは親切にも覚えてくださるでしょう、この家にはいくつかの乱してはいけない部屋があることを」

DVD字幕

「今後も用のない部屋には入らぬように」

DVD日本語音声

「覚えといてください、許可なく用のない部屋を覗かぬように」

フォーマル英語なので、「入るな」の婉曲表現として「乱してはいけない」(not to be disturbed)と言っている。この"disturb"は「部屋に入って掃除をしないで下さい」とホテルの部屋のドアノブに吊るしておくサイン"DO NOT DISTURB"で使われる言葉だ。さらにkindly remember(親切心から覚える)と相手への配慮をしているように見えるが、このkindlyは実際はすごく皮肉を込めている単語で、言いたいことは「勝手にその辺の部屋に入るな」である。(*1)

このような皮肉は、日本語にしても文化の違いにより伝わらないため、日本語版では直接その意を述べている。

英語でも日本語でもそうだが、文を見ただけではその文の意味することは分からず、言葉を発した人の意図などの非言語的な要素を補って理解する必要がある。

"I mean it"は「それを意図している」のか

英語話者が「今のは皮肉冗談じゃなくて言葉通りの意味だ」と言いたいとき定番フレーズとして"I mean it"がある。

英語にはこのような定番フレーズが無数にある。あまりにも自然に使われているので、イディオムとして認識されていないが、実際は慣用によって、その意味するところが文字通りの意味から離れている。

特に口語ではそういった定番フレーズはかなりの割合を占めているので、避けては通れないのだが、その意味を知らない英語学習者は「I mean it? 私はそれを意味している・・・?」などと混乱してしまうことになる。

meanが「意図して言う」という意味になることを知っている学習者なら、「私はそれを意図して言っている」という意味だと分かるだろう。だが、「それ」とはなんだろうか。

日本語では「自分がさっき言った内容」を指して「それ」と表現することはないので、日本語を介した英語理解はここで限界を迎えることになる。

しか映画を見ている時に、役者真剣な顔をして"I mean it"と言っているのをみて、さらに言われた相手がうろたえながら、さっき語った内容について反論を始めたならば、"I mean it"は「俺は本気で言っているんだ」と言っていたことが分かるだろう。

日本人英語日本語を介して理解するのには限界がある。しかし、空気を読み、非言語的な要素を感じ取ることで、意味していることを理解できる場合がある。

そして、使用されている状況から"I mean it"というフレーズ真剣さを感じ取り、それが頻出することから定番フレーズであると知ることが出来る。そこまで分かれば、真剣に「今のは本気だ」と言いたい時に、自然と"I mean it"というフレーズが口から出てくるようになる。フレーズ自分のものとし、スピーキングでも使うことができるようになる。

ネイティブの語彙の増やし方

これはネイティブがやる語彙の増やし方と同じだ。ネイティブは新しい表現出会うと、状況からその意味を読み取り、なんとなく理解する。その表現に何度か出会えば、いままでに出会った状況を加味して、無意識レベル総合的に意味判断し、表現の完全な理解に至る。その表現を気に入ったらすぐに自分でも使うので、新しい表現をみんなが気に入ると流行語になる。

ネイティブは知らない表現出会っても、意味理解するために辞書を引くことはあまりない。新しい表現であればそもそも辞書には載っていない。

なぜ辞書を引かなくても意味がわかるのか、不思議に思うかも知れないが、人間の脳には本来そういう能力が備わっている。我々日本人も、子供の頃に日本語習得するために辞書を引いたということはほとんどないのではないだろうか。

さらに言えば、言葉の本当の意味辞書を引いてもわからない。辞書を引き、言葉意味を別の言葉説明しているのを見ても、腹に落ちるような理解が出来ることは稀だ。たとえ腹に落ちたと思っても、実際には説明理解して納得できたというだけで、本当に言葉意味理解できたわけではない。言葉を本当に理解して自分のものにするには、状況から感じ取って自分の物にするしかない。

このように自然に語彙を増やす方法については、こちらに詳しく書いた。 http://anond.hatelabo.jp/20170526220542

英語表現が正しいかどうかは慣用によって決まる

文法的に正しく、意味も合っているけれど、自然でない言い方というのがある。

Lang-8で非ネイティブスピーカー日本語を読んでいると、たとえば「今日私はコンピューターをしたい」といった文に出会う。文法意味おかしいということではないが、「コンピューターをしたい」という言い方はせず、「パソコンをしたい」というのが自然だ。

これは英語でも同じで、発せられた言葉自然かは文法意味ではなく、慣用によって決まる。みんながそういう言い方をするなら自然表現であり、しないなら不自然だ。

たとえば冷静になれ、と言いたい時に、英語では"Keep our cool"という言い方をする。私達の冷たいをキーしましょう、というような文法的おかしフレーズだが、みんなが使っているので自然表現だ。

これに対して冷静という言い方がわからず、平常心になれと言おうとして"Be a normal mind"と言ったとしよう。

文法おかしいわけではないし、normalやmindの意味を誤解しているわけでもないのだが、"normal mind"は「正常な精神」を意味している。"Are you suggesting I'm insane?"(あなたは私がイカれてると言いたいのですか?)などと怒らせてしまうことになりかねない。

「慣用されている自然表現であるか」も、文そのものからは分からない非言語情報になる。そしてこの自然さを感じ取れないと、ライティングスピーキングおかしな文を作ってしまうことになる。

言葉とは慣用の集積である

イディオムというのは慣用されることでもとの意味から離れてしまった表現のことであるが、そもそも慣用されていない表現は不自然になる。「コンピュータをする」のような、使われていない表現は、その言語表現として正しいものとは認められない。

その意味で、全ての言語表現慣用表現だと言えるだろう。

言葉というものは、単語文法構成されたものではなく、実際は慣用の集積である。そして全ての言語表現が、文字通りの意味から少しだけ離れているか、大きく離れている。文字通りの意味から大きく離れたものイディオムと呼ばれ、少ししか離れていないものは呼ばれない。

英語をやりこんでいくと、全フレーズがそのフレーズに固有の感覚を持っていることを感じるようになってくる。それはネイティブたちの間で概ね共通した、そのフレーズ出会った時の体験から来ている。

まり、同じような時にネイティブは同じような表現を使うので、ネイティブたちは同じような場面で同じような表現をしているのを見ることになる。こういった共通体験により、その表現に固有の感覚が生まれ、それはネイティブたちの間で共有される。

なので、全てのフレーズにこめられた感覚理解し、自分の中に取り入れていくべきだ。そのためには膨大な学習必要になる。

しかし、たとえば、「なんでそうなるの?」と言った場合、我々日本語ネイティブの間では、あるコメディアン自動的に想起される。そのコメディアンに固有の感覚が「なんでそうなるの?」というフレーズにはこびりついている。しかし、それを外国人が感じ取るのは、限りなく難しい。ノンネイティブがここで完璧を目指しても、克服不可能な壁に当たるだけなので、ある程度で妥協せざるを得ない。

そこまで目指さずとも、まともな英語表現をするためには、その表現が慣用されているかどうかを知っていなければならない。「コンピュータをする」は使われないが「パソコンをする」は使われる、ということを知っていれば、「コンピュータをする」を避けて「パソコンをする」と言える。しかし、これにも膨大な学習必要だ。

長文すぎて増田限界に達したので、ここで一旦区切る。

後半 http://anond.hatelabo.jp/20170529005228

**1 文法で考えると、ここでのyou'llWill you ~?(~してくれますか?)のひっくり返っていないバージョンで、返事を求めない、有無を言わせない依頼、つまり命令文だ。You will命令文になる場合にはwillを強く発音すると言われているが、別に強くしなくても良い。この場合WILLの強い感じが状況とそぐわないので、You'llと引っ込んでいる。なのでyou will(you'll) kindlyは「~していただきます」といったような、丁寧な命令文になるが、kindlyは丁寧すぎて言外に何か含んでいる時に使うことが事が多い単語で、このように皮肉に使われたりもする。
ただ、こういう変な文は文法で考えるとやたら難しくなる。意味雰囲気でわかるはずなので、この解説自体忘れて、you will kindlyはバカ丁寧な命令表現フレーズ単位感覚的に覚えてしまうのが得策だ。

留学しないと英語ができないのは、日本英語教育が嘘まみれだから

直訳と"literal translation"

日本人にとって、直訳という言葉は「機械的文法に沿って訳語を並べて、意味不明の訳文を作ること」といった印象が強い。意味が通じる翻訳をするには、意訳、つまり元の文を理解した上でその内容を自分言葉で書き直す必要があると考えられている。

しか英語で直訳を表わす"literal translation"は、そういった言葉ではない。もちろん、機械的に置き換えて意味の通じない文を作ってしまうことも言うのだが、"literal translation"は「原文に忠実である」というポジティブな側面を持っていて、formalで立派な翻訳という感覚を伴う。

それはつまり、「意訳」に良い印象がないということでもある。それは「意訳」に当たる適切な英語表現がないことでも分かる。

https://www.onehourtranslation.com/translation/blog/literal-translation-vs-conveying-sense-text

ここでは"literal translation vs. conveying the sense of the text"(直訳 vs. テキスト意味を伝えること)というタイトルになっている。日本人から見ると「"直訳 vs."と来たら『意訳』が来るに決まっているだろう」と言いたくなる。しかし、英語で意訳という言葉は、直訳とvs.出来るほどの市民権を得ていない。

英語翻訳フランス語ラテン語といったヨーロッパ圏の言語から知識を取り入れるために行われることが多く、ヨーロッパ圏の近縁語同士では直訳は有効方法論だ。結果として、"literal translation"は立派でフォーマル翻訳という意味合いが生じた。

対して、訳者勝手自分なりの表現を加えてしまうと、fidelity(原文に対する忠実さ)が欠けているという批判対象になる。

たとえば、私は素人ながらアニメ英語翻訳に関わったことがあるのだが、海外アニメオタクは意訳を嫌う。佐藤さんはSatou-san,斎藤先輩はSaitou-senpaiだし、学校先生敬称英語だとMr.なのだが、犬塚先生はInuzuka-senseiだ。

たとえば、アニメセリフに「ありえなくね?」と出てきたら、文字通り"That's impossible, right?"と訳すのが好まれ意味を汲み取って"Are you kidding?"と訳したりすると、"over-translation"とか"liberal translation"などと言われて叩かれてしまう。日本人の私から見ると、とても理不尽に感じるが、彼らの感性はそうなっている。

http://www.proz.com/forum/translation_theory_and_practice/160439-%22overtranslation%22_vs_%22undertranslation%22.html#1349407

この問題についてググっていたら「literal translationが良いというのは神話だ」という海外の人の意見を見つけた。これを言っているのが日本語英訳をしている人だというのも示唆的だ。

日本では英語文献を翻訳するのが主なので、literal translation、直訳はほとんど役に立たず、ひどい翻訳代名詞のようになっている。英語話者にとっての日本語英訳でも同じだろう。

Translationと翻訳

基本的に、英語圏でTranslationと呼ばれているものと、日本翻訳と呼ばれているものは、行為としては似ているが、内実は全く異なっている。

英語圏で行われているのは直訳であり、我々がやっているのは意訳だ。英語圏でやっているのは文法ルール訳語を覚えて他言語に当てはめ、原文を出来るだけ変えずに英語に直すことであるが、我々がやっているのは「他言語を(何らかの方法で)理解し、その内容を自分なりに日本語で作文する」という行為である

直訳が役に立たないとはどういうことか

直訳が役に立たないということは、つまり文法ルールを覚え、日本語訳語を覚えて適用しても、英語理解することは出来ないということだ。

これは残酷現実であるが、「いくつの文法ルールを覚え、何万の訳語を覚えても、英語理解することは出来ない」

これは文法訳語が不必要だと言っているのではない。文法訳語はヒントにはなる。だが、答えにはならない。

はっきりいえば、ヒントを一生懸命集めて暗記しても、意味がない。文法ルールをいくつ暗記しようと、英単語訳語をいくつ暗記しようと、それは英語力ではない。

身も蓋もない言い方になってしまうが、法則化出来ないなんらかのプロセスによって、英語を直接理解する能力。それが英語力だ。

そして直訳が出来ない、つまり英語日本語に変換して理解するための法則が導けないという事実から分かるのは、日本語理解している我々の脳をどういじくっても、それを英語適用することは出来ないということだ。

それはつまり、「英語理解するための脳の回路を、日本語とは別にゼロから構築する必要がある」ということに他ならない。赤ん坊が新しい言語習得するときのように、何年もかけて、少しずつ脳を開発していき、英語理解できる脳を構築していくしかないのである

どこかの英語学習体験記で読んだことがあるのだが、「留学に行った所、フィンランド学習者と同部屋になった。フィンランド学習者はひたすら単語帳を眺め、英単語だけをひたすら覚えていたが、それによってあっという間に英語が出来るようになっていた。だから、私も一生懸命単語帳を眺めることにした」といったものだ。

これがつまり、直訳が可能言語使用している脳と、直訳できない言語使用している脳の違いだ。欧州の人々は基本的に、母国語理解するために使っている脳を英語向けにアレンジするだけで、英語ができるようになる。我々はそうではない。

しかその体験記の終わりは、「一生懸命英単語を覚えた結果、留学を終える頃にはかなり英語ができるようになっていた」となっていたように思う。しかし私が声を大にして言いたいのは「それは英単語を覚えたおかげではない」

留学神話は本当か

日本英語学習界には、留学神話がある。「留学さえすれば英語は出来るようになる。留学しないといつまでたっても英語ができるようにはならない」というものだ。

もちろん留学さえすれば英語ができるようになるというのは嘘だ。それはもちろん神話しかない。「留学して、英語を使わざるを得ない環境自分を追い込み、一生懸命英語に取り組めば英語は出来るようになる」というのは正しいが、「留学はしたものの、日本人同士で固まって遊んでいただけで、勉強はしていない」といった生活英語ができるようになるはずもない。実はそういう日本人留学生は数多い。

しかし「留学しなければ英語ができるようにはならない」というのは真実を突いている。

日本英語教育に従って、文法ルールを覚え、訳語を覚え、どんなに努力を続けても、英語ができるようにはならない。留学して、日本英語教育から離れ、ただがむしゃらに英語と格闘すれば、それだけで英語は出来るようになる。

そして「がむしゃらに英語と格闘する」ためには、留学別に必須ではない。がむしゃらに英語の本を読む事もできるし、映画を見てもいい。海外英語フォーラムに書き込んでもいいし、Lang-8英語日記をつけてネイティブ添削してもらうのも、アジア圏のネイティブスカイプ英会話をやるのも良いだろう。

がむしゃらに英語と格闘することが必要なだけだ。そしてそれ以外に英語ができるようになる方法はない。

なぜ日本英語教育では英語を出来るようにならないのか

基本的に、日本英語教師英語ができないという事実がある。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG25H1M_V20C15A5CR0000/

全国の公立中学高校英語教員のうち、英検準1級以上かそれに相当する資格を取得しているのは中学28.8%、高校で55.4%だったことが25日、文部科学省2014年英語教育調査で分かった。政府教育振興基本計画17年度までに中学で50%、高校で75%との目標を掲げている。英語教員のいっそうのレベルアップが必要な状況が浮かんだ。

高校英語教師英検準一級が55%、半分近くが英検準一級を持っていないということだ。準一級を持ってないということは、日本文法単語の暗記中心の教育をする能力すら疑問符がつく。

準一級の問題は、日本英語教育で教えられたとおりに暗記した単語を当てはめ、文法ルールにそって直訳すれば理解出来る、日本人向け英語もどきしかない。それが分からないということは、英語もどきを教える資格もないということだ。

もちろん教師聖職として尊敬されるべき存在であり、それを指揮するのは霞が関文部科学省エリート官僚であるから自分たちが教えているのが「実際には役に立たない英語もどきです」とは言えない。「私たち英語がよく分かりませんし、『生徒をちゃんと英語が出来るようにしろ』と言われても出来るわけありませんよ。むしろ、そんなやり方を知っているなら教えて下さいよ」などと口が裂けても言えるはずがない。

それに対して一方では「聞き流すだけで英語ペラペラに!」とか「たった100語で英語は出来る!」とか「頻出フレーズを暗記すれば日常会話はバッチリ!」とか、英語教育界はオカルトだらけである

もちろん商売でやってるのであるから、「がむしゃらに英語と格闘しろ、それ以外ない」などと言えるはずもないのだが、そんなことを言っていても誰も英語が出来るようにならない。なんとかならないものだろうか。

私が実践してきた、オススメの、実際はがむしゃらにやるだけの英語学習法を紹介しておく。

http://anond.hatelabo.jp/20170526220542

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

TOEIC3000語が覚えられない

コメントを頂いた。本を読んでもTOEIC3000語が覚えられない、ということだった。

TOEICリーディング結構速読必要なので、その実力が身につくまで、100万語ぐらい、500ページのペーパーバック12冊分程度読まないと、普通最後までたどり着かないんじゃないかと思う。12冊分を辞書を引きながら、単語表現感覚を感じ取りながら舐めるように読めば、どうやっても8000語程度の単語感覚的に理解できる、生きた語彙力が身についてるはずだ。必要なのは暗記力ではなく、文を深く読み、英語表現意味を感じとる力だ。記憶は忘れるけれど、感覚は忘れない。忘れたと思っていても残っていて、何度か同じ表現を見かければ、その都度感覚は強化され磨かれていく。

単語を覚えるというのは読書の途中で自動的についてくるもので、ピクニックの途中で摘める野イチゴのようなものだ。しか英語学習者は読書というピクニックには出かけず、ピクニックの準備だけを念入りに行っているように感じている。「自分にはピクニックも難しい。ピクニックに出かけたらヤマで遭難するかもしれない。その時のために食料を買い込んでおこう」と言いながら、辛い奴隷労働をして腐りかけのイチゴを買い込んでいるように見える。ヤマに出ればいくらでもおいしい野イチゴが摘めるのに、ヤマに行っても腐ってて使い物にならない表面だけの単語知識必死で暗記しているように感じている。これは本当によくないことだと思う。

LONGMANをやるべきか

もう一つコメントを頂いた。学習者は英英辞典オックスフォードでなく、ロングマンをやるべき、というご意見だ。

辞書から得られるもの単語理解ではなく、ヒントでしかない。ヒントを英語で貰っても基本的英語学習者にはわかりにくい。英英辞典自体を読み物として楽しめないなら、英英辞典を見ても英和より効率が悪いと考えている。もちろんロングマンが読み物として楽しい、読んで頭に入りやすいという方がいるならその方が良いと思う。私はオックスフォードが読み物として楽しいので使っているが、面倒な時はウェブリオに走っている。

忘れていた

この記事は長文すぎて最後が切れていたので、二つに分割したものの後半部分だ。前半部分はこの記事と繋がりがあるようでないのだが、いろいろと書いた。 http://anond.hatelabo.jp/20170529095534

終わり

ネタがなくなったので、多分この増田で吠える英語考察は今回でしばらく休止するかと思います。今まで長文をご覧いただいた方、コメントを頂いた方、ありがとうございました。

英語教育は嘘まみれではないのではないか、という意見について

http://anond.hatelabo.jp/20170529221645 こちらでコメント返しをしました。

2017-05-26

英単語は暗記してはいけない

さて、今回は私の英語学習法の核心、「英単語の暗記をしない」ということについて語ってみたい。

英単語を覚えた」とはどういう状態

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

ここで前回リスニングについて語った内容には、凄まじい反響があった。私は1500というブクマ数にoverwhelmされてしまった。

いきなり何を言ってるのか、と思われるだろうが、私の感覚の中では、1500ブクマという気分を一番表せるのは、日本語の「圧倒された」ではなく、英語の"overwhelm"だ。

この単語はただ「圧倒された」だけでなく、「圧倒的な力に晒されて、疲弊してしまった」という感覚がある。もしこれが増田でなく普通ブログだったら、プレッシャーで何も書けなくなっていたかもしれない。

他にも、前回の「英語をあるがままに受け入れなければならない」という結論の部分は、最初は「英語をあるがままにembraceしなければならない」と書いてあったのだが、伝わらなさそうなので書き直した。embraceは「抱擁するように受け入れる」というような感覚だが、日本語で書くと何のことやらわからない。

英単語を覚えるということは、こういった単語に伴う感覚を一つ一つ身につけていくことだ。そうすれば英単語自分のものなり、ライティングスピーキングでも自然単語が湧いてきて、自由に使うことができるようになる。

英単語それぞれに固有であるこの感覚をどう身につけるのか、というのがここで語りたい話題である

日本語訳語を覚えるのは有効

英語学習世界で良く出て来るスローガンに「英語英語のままに理解しなさい」「日本語に訳して理解してはいけません」というのがある。

しかし「英語英語のままで理解しろ」と言われても、初心者には何のことか分からず、何か魔術的な、自分には絶対にできない思考法によってしか英語理解できないのではないか、という気にさせられてしまう。私も高校生の頃に、このスローガンを聞いて、そんな絶望感に襲われたことがある。

日本語しかできない日本人にとって、言語思考する際に使える唯一のツール日本語だ。英単語意味を知りたいなら、日本語訳語なり、日本語で書かれた説明によって理解するしかない。

日本語訳語を当てはめ、文法ルールに従って語順を並び替えて、並び替えた日本語から文意をつかむ。ノンネイティブである学習者はそこからスタートするしかない。そして大学受験レベルになっても、難関校を受験するのでなければ、その方法論で通用するだろう。

そのレベル英語力が欲しいならば、訳語を覚えることは有効だ。

ただ、「英単語を覚えるぞ!」と単語帳を開き、そこに記された訳語や例文を見たり、書いたり、発音したりしてみても、それで記憶できるのは記憶力がいい人だけで、普通は無理だ。

そしてそのレベルの、日本語訳語並べ替えるような英語力では、現実世界にあるほとんどの英文は読めず、あまり役に立たない。日本語英語はあまりにも違いすぎるので、逐語訳、直訳はほとんど通用せず、日本語訳語をそのまま適用しても英文理解することは出来ない。

なので、受験関係ない大人にとって、日本語訳語による英語理解は、目指すべき目標にはなりえない。

英英辞典を引くのは有効

「『英語英語のままに理解しなさい』か。ならば英英辞典を使って英語意味を覚えよう!」と考えるのは自然な発想だ。しかし、これもうまくいかない。

日本語を介して英語理解する段階を超えるには、英単語の持つ固有の感覚を覚える必要がある。

英単語から日本語訳語が想起されるようではいけない。それと同様に、英英辞典に書いてある語の定義が想起されるのも、その隣に書いてある同意語が想起されるのもアウトだ。そういった余計なものが出て来るようでは、リスニングはできるはずもないし、リーディングにも苦労を伴うことになる。

日本人にとっては、日本語単語が持っている感覚を想起するのは容易い。一方、英語から感覚を想起するのは難しい。英単語感覚を結びつけるという意味では、日本語訳語を介したほうが早い。

しかし、日本語訳語英単語では、意味に違いがある。日本語訳語を介して英単語理解しても、不正確な理解しかならない。しかしそれは、英英辞典に書いてある定義にしても、同意語にしても同じことだ。同意語といっても、単語が違う以上はニュアンスの違いがあり、辞典の短い説明でそれを完全に言い表すことは出来ない。

なので、単語を覚えるために英英辞典を使うべきではない。(*1)

英単語の本当の意味

英和辞典英英辞典では、英単語が持っている本当の感覚を掴むことはできない。

英単語の本当の意味は、その単語が実際に使われたシチュエーションの中にあり、その中にしかない。その単語を発した人の感情であったり、伝えたいメッセージがその単語の中に込められる。それを感じ取ることが出来れば、その単語の本当に意味するところが伝わってくる。

もちろん人によって、単語に込める意味には多少の違いがあるし、一度や二度その単語出会っただけで、その感覚を本当に自分のものに出来るかはわからない。その単語に何度も出会い修正を重ねながら、感覚を確かなものにしていく必要がある。

いずれにしても、実際にその単語が使われている生の英語を、深く理解し、言葉を発した人物気持ちシチュエーションをしっかりと読み取ることで、そこに出てきた単語の本当の意味を掴むことが出来る。辞書定義や、ぶつ切りにされた例文からでは分からない。

小説映画を介して英単語を学ぶ意味

小説映画シチュエーションを深く感じ取って理解し、記憶の中に蓄積していくことで、そこで出てきた英単語イディオムといった英語表現意味を、実感を伴って理解することが出来る。やがてその英語表現自分身体の中に染み込んで、感覚的に使いこなすことができるようになる。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

私が以前ここに書いた学習法では、「辞書を引きながら小説を読む、映画英語字幕を一時停止しながら解釈する」といった事が勧められている。それは小説映画が、人物の心情があり、シチュエーションがある生の英語の塊だからだ。そして「自分が楽しめるものを見る」ことを勧めているのは、そうでないと登場人物の心情に寄り添ったり、シチュエーションハラハラすることが難しくなり、英語感覚的に深く読み取ることができないために、著しく学習効果が落ちてしまうからだ。

ここで使う辞書はもちろん英和で構わない。ただし辞書記述はヒント程度にとどめ、単語の本当の意味作品の中から感じ取ることが重要だ。辞書から単語感覚理解することは出来ず、実際に使用されたシチュエーションを蓄積することでしか単語自分のものとすることは出来ない。

英語英語のまま理解する

単語イディオム等、全ての英語表現は、小説映画実体験などから記憶の中にその表現使用されたシチュエーションが蓄積されることで、その表現に固有の感覚が醸成されていく。

そのシチュエーションが印象深いほどに、感覚はより明確になり、記憶への定着率も上がる。そしてシチュエーションの数が増えるほどに、感覚はより正確に、記憶はより強固になっていく。

シチュエーション自体は時とともに忘れてしま場合が多い。しかしその表現に染み付いた感覚は、シチュエーションを忘れた後も残っている。

そして英語表現からその感覚が直接想起されるようになれば、日本語を介さず「英語英語のまま理解する」状態に至ることができる。その状態に至れば、その英語表現感覚的に理解し、適切な時に適切な形でアウトプットすることも出来るようになる。

作品を味わうために必要英語

そうはいっても、「私の英語力では小説映画もとても歯が立たない。それは語彙力が足りないからだ。まず単語を覚えなければ」と考える人は多い。

そして単語学習のあまりのつまらなさ、記憶の定着しなさに絶望して諦めてしまうというという人が後を絶たない。しかしそれは根本が間違っている。

辞書というものがある以上、英語解釈するのに語彙力は必須ではない。テスト問題を解くためには、辞書なしで英語を読み解く力が必要かも知れないが、小説映画を味わうために必須ものではない。

単語を調べるためにいちいち辞書を引いていたら、話が先に進まず、読書体験がぶつ切りになるので楽しめない」という考え方もあるだろう。しかし私は「辞書を引きながら頑張って読んだからこそ、心に深く残る読書体験になる」と考えている。

通常の母国語読書では、立ち止まり辞書を引き、文法構造を考え、熟考しながら読み解くというような作業はまず行わない。学習者が文章理解するために行うそれらの作業は、文章を深く読むことにも役立っている。

最初に読んだ一冊、私の場合は"There's a Boy in the Girls' Bathroom"という児童書だったが、当時の私には非常に難しく、何度も立ち止まり辞書を引き、検索し、英文法に立ち返り、悪戦苦闘した。ただ、これは本当に素晴らしい本で、読む価値があると思えたから頑張ることができた。登場人物の心情に寄り添い、シチュエーションハラハラしながら、苦しいながらも素晴らしい読書体験をすることが出来た。

一冊目を終えれば二冊目はずっと簡単に読めた。三冊、四冊と進むに連れて英語力がぐんぐんと増していき、読書から苦が減り喜びが増していった。やがて「ゲームの達人」のような大人向けにも手が出せるようになり、刑事ハリーボッシュシリーズにハマる頃には映画英語字幕で存分に楽しめるようになっていた。

そして今はKindleがある。単語を長押しすれば辞書が引ける、検索も直ぐに出来る、洋書はなんでも安くダウンロードでき、スマホに入れて持ち運べる。これは英語学習のために存在するような素晴らしいツールだ。

Kindleがあれば語彙力は読書障害にはなりえない。ただし、児童書レベルでも英文を読むためには、ある程度の文法力が必要だ。そのためには受験参考書活用してほしい。日本受験英語界には素晴らしい文法解説がたくさんある。

日本語訳使用してもよいのか

日本語を介してしまうと英語を深く感じ取れないため、基本的日本語訳は使うべきではないと考えている。

ただ、どうしても理解できない英文出会うことはある。いくら時間を費やしても理解できない、そういう時には、日本語訳を見る。日本語字幕であったり、訳書であったりだ。プロフェッショナルの訳からは、独習では得難いものが得られることも多い。

作品から単語を覚えるのは非効率ではないか

世の本屋には「基本単語1000」とか「TOEIC必須単語3000」といったような、頻出単語とその意味を並べた参考書が大量に並んでいる。

英文に登場する単語の90%は1000語に含まれる、だからこの基本語をまず暗記して、それから英文を読むのが効率的だ」などと言う人もいる。しかしこれはほとんどデタラメである

英文に登場する単語の大半が基本語なのは確かだ。しかし500ページそこそこの参考書に1000個も意味が書けるほど、基本語の内容は浅くない。私は今でも日常的に、基本語を辞書で引いている。そしてその単語のさまざまな使い方を見て、基本語の奥深さを噛み締めている。

英語は読むにしても、書くにしても、聞くにしても、話すにしても、基本語は身体の一部になるぐらいまで深く理解する必要がある。実際の英語の中で気が遠くなるほど何度も遭遇し、使用シチュエーションを蓄積し、自分でも使ってみる、そういった積み重ねの中でしか、その本当に意味するところは分からない。参考書レベルで基本語を分かった気になっても、少し派生的な意味で登場しただけで分からなくなるのがオチだろう。

そして英語の語彙の中で特に難しいのは、基本語の組み合わせによって発生する熟語イディオムであるイディオム意味単語意味するものから大きくかけ離れていることが多く、故にイディオムと呼ばれるわけだが、この知識参考書ではほとんど得られない。このように、90%とされる基本語の中にも、参考書に含まれていないものが大量にある。

「それでも、頻出単語基本的意味だけでも抑えておくのは重要ではないか小説などでランダムに出て来るのに任せたら、時間がどれだけかかるかわからない」そう思う人もいるだろう。

しかし、頻出語は頻出するから頻出語と言われる。基本単語1000ぐらいなら、小説を1冊読む頃には否応なく頭に染み付いているはずだ。それも単語参考書で得たものとは違って、単語から想起される感覚を伴った、生きた英単語として身についている。

TOEIC3000語も、何の本でも数冊読めばほぼ頭に入っているはずだ。3000語を感覚的に理解できるようになれば、その3000語で構成された文は、日本語を介さず感覚的に理解できるようになり、「英語英語のままで」理解できるようになる。そうなれば読書スムーズに進むようになり、インプットスピードが上がり、それが英語の上達を加速させる好循環に入ることができる。成長の実感は英語学習モチベーションを高め、それがさらに成長を加速させる。3000語を感覚理解できる頃には、英語学習にドハマリして抜け出せなくなっているはずだ。

高難度の単語

高難度の単語は出現頻度が低くなるので、そういった単語網羅的に学習するのは、小説映画ばかりを偏って見ているノンネイティブには難しいかもしれない。英語上達完全マップによると、多読などの自然方法に任せると二万五千~七千程度で語彙力は伸びなくなるという。

現在私の語彙は2万5千~7千と思われますが、多読などの自然ボキャビルにまかせると、この当たりで語彙の伸びは止まるようで、ここ10年くらい同じレベルにとどまっていますhttp://mutuno.o.oo7.jp/05_training/05_training06.html

それ以上の高難度の単語網羅的に学習したい場合は、単語参考書を使うのは有効だろう。高難度の単語なら基本語のように意味派生したりイディオムになったりということは少なく、参考書レベル理解でもなんとかなるかもしれない。

ただ、参考書による単語学習はやっても覚えられないので、私はやらない。無数にある見たことのない単語の予習に励むより、知らない単語が出てきても、話を追い続ける力を磨いたほうが現実的だと考えている。

自分がやるべき学習法とは

何の学習法でも言えることだが、自分が今やるべきでない学習法、自分に合ってない学習法は、やってみると身体本能的に拒否する。そういう学習法は、無理にやっても身が入らないのでやらないほうが良い(もちろん私の勧めている学習法も含めて)。

気持ちよくて、クタクタに疲れられる学習法と出会ったら、それをやるべきだ。疲れているということは脳が働いているということで、気持ち良ければずっと続けられる。

そのうちに慣れると疲れなくなってくる。トレーニングしても疲れていない場合、上達は見込めない。そうなったら学習法をアレンジし、負荷を上げて、気持ちよく疲れられるところまで調節する。誰かに教わった学習法でも、こうして自分の今のレベルに合った形にアレンジすることで、効果を高めることが出来る。

追記:

長くなりすぎてしまった。ここまで読んでくれてありがとう

 *1 しか英英辞典自体は、それを使いこなせる英語力が身についた後ならば、英語学習の強力な武器になる。
 私は普段オックスフォード英英辞典を使っている。グーグル使用言語英語にして単語ググると、一番上にオックスフォード記述が出てくるので、まずこれを見る(出てこない場合検索語にdefinitionを加える)。Kindle無料でついてくる英英辞典オックスフォードだ。
 オックスフォードでは、英単語をより難しい英単語説明している。その単語辞書で引くことで、際限なく難しい単語出会えるため、いくらでも語彙を増やすことが出来る。単語定義も難解で味わい深く、その文章に触れること自体英語力を向上させてくれる。

大学がどうついか

大学が辛い。

勉強はそんなに厳しくなかったからまだ大丈夫だった。

しか人間関係というものが極めて辛い。

仲のいい友達と談笑するのは普通にできるが

微妙関係の会話がうまく行かず、たくさん批判されてしまう。

あちらを立てればこちらが立たず、という言葉の通り

どちらに合わせるか、を変えれば逆に対してはまずい発言にもなる。

高校の時とコミュニケーション文法?が地域的なものもあって

変わっている気がするのも辛い。

田舎から東京に出てきたかなのだろうか。

2017-05-24

日本人の脳が英語リスニングするために必要なこと

前回ここでリスニング学習法を書いたところ思いのほか反響を得ることが出来た。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

今回は実際のところどうやってリスニングしているかをまとめてみようと思う。

人はどうやって音を聞いて言葉として理解しているのか

リスニング無意識下で行われる実に精妙なプロセスで、自分でもどうやっているのか正確にはわからないが、注意して観察すれば大まかなところは分かってくる。

まず単語について。日本語は「交渉、高尚、考証、公傷、公称」のように同音異義語が多い言語だ。「こうしょう」は広辞苑で50の見出し語を持っているという。対して英語単語意味時代とともに付け加わり多義的になっている。Random HouseTakeを引くと126の意味登録されている。

どちらにしても、音を聞いただけでは単語意味特定することは出来ず、文脈から単語とその意味を導く必要がある。

文脈が分かっているということは、あらかじめ相手のいいたいことが予想できているということだ。現在トピック、話の向かっている方向、相手のいいたい結論がわかっていれば、リスニングは格段に楽になるが、我々学習者はそれを簡単に見失ってしまい、リスニングは著しく困難になる。

相手の表情や身振り、口調などは文化的な差が大きいが、これに慣れることで相手の話したい内容が事前に予想できるようになり、リスニング力が上がる。

文の予測

文脈を踏まえ、相手の言いたいことを察知した上で、相手の話の最初の数語を聞く。そこで出てきた単語文法構造を元にして、その後に続く文を人の脳は予測することができる。

正確に言えば、英語学習した脳において、文の最初の数語、動詞が出て来るまでを聞けば、その後の展開として考えられるさまざまな可能性は、あらかじめ学習によって脳の回路に刻みこまれているので、その回路が後に続く文を効率的解釈してくれる。

我々は学習によって脳の回路を育て、「始めがこうなら、文の続きはこうなる」という様々なパターンを繰り返し刷り込んで、文を解釈するために必要な脳の回路を作り上げている。そのおかげで、音を聞いてリアルタイムに文として解釈することが可能な脳が構成できている。

まり適切な用語ではないが、これを便宜的に脳による予測と考える。あらかじめいろいろな展開に備えた準備を入念にしているので、「その展開は俺の予測範囲内だぜ!」といった返しが、どんな文の展開が来ても出来るような状態にあるということだ。

予測の中に正解がなかったら、リスニングは失敗する。文のパターンを大量に仕入れて、最初の数語を聞いただけで引き出せるようにしておくことが必要だ。

相手の話が進むにつれて、予測された文の解釈候補が次々と脱落していき、相手の話す一文の終わりにはその解釈も一つに定まる事が多い。

詩的な文では、それが何を意味しているのか一つに絞りきれないことがある。そういった場合複数解釈が渾然一体となって聞き手脳内に残り、深い味わいを残すことになる。

英語を先頭から順に一語ずつ解釈していくプロセス

日本語英語では思考の順序がまるで違うので、英語最初から順番に解釈していくのは多大な困難を伴う。しかしそれが出来ない限りリスニング不可能だ。このときに頭のなかで何が起きているのかできるだけ詳細に追ってみようと思う。

最初の一語の前

英語単語ごとに区切りがなく、滑らかにつながって発音される言語で、それが日本人による聞き取りを著しく困難にしている。

ただ、最初の一語に関しては前に繋げるものがないので、ネイティブにとって少し無理をしたような発音になり、変な音が漏れることがある。これを単語と誤解しないようにしなければならない。

また、変な音の発生を避けるために一瞬「ウェ」という音が入ることがあり、これは喋ることを考えている時に文頭に出てくる単語"Well"とされ、日本語で言うと「ええっと」とか「まあ」にあたる。しかし実際は最初の一語をスムーズ発声するための準備運動という意味合いが強い。

主語

最初主語としてのHeとかIとかTheyとかWeのような、非常に出現率の高い単語が出てきやすい傾向がある。

日本語では主語の省略が頻繁に起こるが、英語では発音の省略が起こる。日本語では言わなくても分かることは言わずに省略するが、英語では言わなくても分かりそうなことは発音がいい加減になる。

文頭のTheyやWeなどは一瞬th音やw音が聞こえるだけということも珍しくない。一般的に、出現率が高い単語ほど発音がいい加減になる。

文頭が聞き取れないとその後も何を言ってるのか分からなくなってしまいがちだ。最初の語が聞き取れなかった場合主語重要でなかったのだと考え、とりあえず先に進んでみるのが重要である

英語字幕と話していることが違う場合

ちなみに英語でもIt isは省略されて全く発音されないことがある。しか英語字幕の中では、ないと不自然なため補われていることがあり、学習からすると「字幕と言ってることが違うぞ!」という困った事態になる。

英語字幕では話し言葉としては自然だが文法的に間違った表現が直されていることがよくあるため、注意しなくてならない。

助動詞動詞

主語の次は動詞か、あるいは助動詞がくる可能性が高い。その中でも、一般動詞ははっきり発音されるので聞き取れるはずだ。

助動詞、あるいはbe動詞は非常に出現率が高いため、ほとんど発音されないことがよくある。

w音が来た場合willかwouldであるほとんど聞き取れない一瞬の休符を感じたらそこにはcanが入っている可能性が高い。r音を感じたらYou're, They're, We'reの'reの部分だ。

そういった出現率の高い音を覚えて一瞬の音を聞きのがさないことが重要だ。

助動詞の後には動詞がくる。その後に来る文のパターンはそれぞれの動詞によって変わってくる。

動詞ごとの文の形

動詞はその次に目的語をとるもの補語として形容詞も取れるものgo toのように前置詞を置かないと目的語が取れないもの目的語が二つ取れるもの二つ目目的語の前に前置詞が必要もの二つ目目的語位置動詞の原形が入るものing形が入るもの、to+動詞が入るものなど、様々なものがある。一つの動詞に様々な使い方があり、句動詞と言って動詞の後に続く前置詞や副詞コンビネーションにより意味が大きく変わるものも多い。リスニング成功させるためには、動詞ごとの文の展開の全パターンを把握し、脳に刷り込んでおく必要がある。

ちなみに、前置詞の後にくる目的語は、動詞目的語と考えず前置詞の目的語と考えるのが正しい文法用語のはずだが、私は区別していない。正しい文法用語思考している人には不便だろうが、ご容赦願いたい。

目的語、前置詞

目的語の中には自分の言いたいポイントになる目的語と、そうでないどうでもいい目的語があり、どうでもいいものは弱く、ポイントになるものは強く発音される。

目的語を二つとれる動詞giveで説明すると、「I gave him a ○○」私は彼に○○をあげた、という場合は、何をあげたかに話の力点があり、彼にあげたというのは話の流れから明らかな場合が多い。

このhimのように、「出現率の高い単語発音はいい加減になる」というルールに当てはまり、話の力点も乗っていない単語は、音が省略され聞き取りは非常に困難になる。例を挙げると、himは「イム」、herは一瞬「ァ」themは「エム」itは一瞬「ィ」といった発音になる。

前置詞も非常に出現率が高く、話の力点が乗ることもあまりないので発音が省略されやすい。ofは一瞬のv(ヴ)音、withは一瞬のth音といった感じになる。

thやvは日本語にはない音なので、聞き取るのが難しいが、注意して聞いていれば分かるようになってくる。正しい発音の仕方を覚えて、音読時に実践していると、さら聞き取りやすくなる。

から単語判断する仕組み

それでもやはり、日本人にとって、音から単語を正確に識別するのは難しい。それに英語にも同音異義語はある。

それが母国語であれ外国語であれ、単語は「音、文の形、文脈」の3つの要素から無意識下で総合的にリアルタイム判断される。

たとえばwantとwon'tの違いが音からからない、という事が私にもある。この二つはそもそも発音が異なるので、ネイティブなら区別は容易なはずだ。しか日本人にはなかなかそうは行かない。

助動詞本来弱く発音されるが、否定形のcan'tとかwon'tのようなもの否定であることを強調するために比較的強く発音されるため、普通動詞との判別が難しい。また、I want you to ~のように「君に~をして欲しい」の~の部分に力点が置かれる場合I want you toの辺りはゴニョゴニョと発音されて弱くなるので、won'tと区別がつかないといった事が起こる。

しかし、ウォントの後にtoやyouが来れば「さっきのはwantだった」動詞が来たら「さっきのはwon'tだった」と判断し、名詞にも動詞にもなる単語が来たら、文脈リズムから名詞動詞判断する、といったことで区別可能だ。このように、様々な情報無意識下で総合的に使うことでリスニングは成り立っている。

これは実は母国語でもそうで、日本人の話す日本語でも、発音曖昧だったり、失敗していることは結構ある。注意して聞いていると、聞く側が自然に補って意味を汲み取っていることが分かる。音から言葉が分からなくても、他で補って総合的に判断するというのは、人の脳が持っている能力だ。

日本語英語発音は大きく異なり、日本人には英語の音を判別するのは難しい。けれど周りの情報を使うことで弱点を補うことが出来る。

たとえば一瞬しか発音されない前置詞を日本人が聞き取るのは難しいが、動詞から現れる前置詞のパターン予測できていれば、一瞬の音でも聞き取りやすくなる。たとえ聞き取れなくても、予測した文の形に当てはめてみることで、文脈から前置詞を補い文を完成させる事もできる。

関係代名詞

英語動詞によって文の形のパターンが大体決まっていて、文の展開の予想を立てやすい。もちろん動詞副詞で修飾したり、toやed形,ing形などを介して名詞を修飾することで文章を飾ったりもするが、修飾部は文の屋台である主語動詞目的語とは発音リズムが変わるので区別できる事が多い。

それでも問題になってくるのは関係代名詞who、that、それと「関係代名詞の省略」のパターンである

関係代名詞who,thatは出現率が高く、発音が省略されるので聞き取れないことがよくある。一瞬のh音やth音を聞き逃さないことが大事だ。

関係代名詞の中は修飾部なので、文のメインとなる主語動詞目的語よりも一段弱い感じで発音することが多いが、区別は難しい。話の力点関係代名詞の中にある場合もあり、その場合は同等かより強く発音されることもある。

ちなみに英語において、弱く発音されるということはゴニョゴニョと、速く発音されるということであり、聞き取りにくくなる。英語重要度が低い部分は聞き取りにくく、速くなり、重要なことははっきりと、遅く発音することで、文の構造リズム表現する。

主語目的語のあとにいきなり主語動詞が出て来る、つまり主語主語動詞」や「目的語主語動詞」の形が出てきたら、関係代名詞が省略されているか、あるいは関係代名詞が聞き取れていない。

関係代名詞主語を修飾している場合は、その後でメインの動詞が来ることになるので、それを忘れないようにしなければならない。「主語 who 動詞」や「主語 that 動詞」で関係代名詞を聞き逃すと、ただの「主語動詞」と認識されるので、その後に動詞が出てくると激しく混乱することになる。

関係代名詞を聞き逃さなかったとしても、文の途中で他の文を処理して前の文と頭のなかでつなぎ合わせるのは難しい。そういう複雑な文の構造を使いたがる人は、さらにandで繋ぎたがる傾向があり、そうなるとお手上げということになってしまいがちだ。

一文が長くなってくるにつれて、何の話かわからなくなるのは誰にでもあることだ。それが外国語であれば避けては通れないように思う。

文全体の構造を見失ったとしても、今いる部分の意味を追い続けることが重要だ。文脈、話の向かう方向さえ追えていれば、その先の話を聞き取るのに不都合が生じる可能性は低い。混乱しても立ち止まらずに話を追い続ければ、言いたいことの要旨は分かる可能性が高い。

関係代名詞whatや関係副詞where, whenなども弱く発音されるので聞き逃しやすい。I know where you live(あなたの住所を知っている)と言った時にはwhereとyouが弱くなってウェユリヴ、what it is(それが何であるか)といった場合はwhatもitisも頻出語のため全部ごちゃっとなってワリリズといった感じになる。

英語において「場所、時」は文末にいきなり現れる。なのでwhere,whenはどんな文でもいきなり出てくる可能性がある。

さまざまな場面で、w音は聞き逃すと話を見失う原因になるため、注意して聞く必要がある。

フォーマティと省略

英語において音の省略はインフォーマルな、友達職場の同僚との会話の時などに起こりやすい。目上の人との会話や、フォーマルスピーチでは、いい加減な発音は起こりにくく、日常の何気ないところでは発音が崩れて、聞き取りの難度が格段に増す。

これも結局のところ、フォーマルな会話は重要なのではっきりゆっくりと喋り、プライベート重要な話ではないので発音がおろそかになって、ゴニョゴニョと早く喋っているということだろう。

私は英語があまりできない日本人が「日常会話ぐらいなら出来ます」といってるのをよく見かけるが、あれはおかし表現だと思う。日常会話を聞き取るのはかなり難しい。

フォーマルな場では、日常使われるような基本単語を用いた分かりやす表現は避けられ、婉曲で難解な言い回し知的な感じがして好まれる。これはこれでとても難しいのだが、インフォーマルな場では砕けた発音スラングが出てくるので、これもすごく難しい。そういった英語の癖を掴んで、そういうものとして受け入れてやっていくことが大切だ。

反復と反射

さて、いろいろ書いてきたが、実際のリスニングの場で意識してこれらのことを実践することはできない。リスニングにゆっくり考えている時間はなく、全て反射的に無意識に行えなければいけない。

英語理解を反射にまで高めるためには、音読や、集中して繰り返し聴くことを行い、反復して脳に刷り込んでいくことが必要になる。

頭の中で黙読している時でも、英文自分のモノになっておらず、反射にまで至っていない場合、スルッと頭に入らず、引っかかる感覚がある。それに出会ったら、繰り返し音読したり黙読したりして、スムーズに頭に入るようにする。その積み重ねによって刷り込みが行われ、文が反射的に理解できるようになり、リスニングや、返り読みなしのリーディングが出来るようになっていく。

終わりに

リスニングの上達は基本的無意識レベル刷り込みによるものだが、注意すべきポイント理屈の上で意識していれば、脳内の処理も効率化されやすく、上達も早くなるように思う。

また、これらのポイント意識できていれば、「何だこの発音は! 全く聞き取れないじゃないか! 納得いかない!」といった混乱をすることが少なくなり、学習スムーズに行くのではないかと考えている。

私の英語学習は混乱の連続だった。日本語英語がなぜこんなにも違うのか、私には今でも納得いかない部分がある。怒りと諦めがないまぜになったような感覚と、それでもいつか理解できるんじゃないかという希望が私を英語学習に駆り立てている。

それでも、納得できないうちは頭に入ってこないので、なんとか納得して折り合いをつけて、受け入れて学習をすすめなければならない。

字面と全く意味が違うイディオムを受け入れ、ゴニョゴニョした発音を受け入れ、増えていく単語意味勝手に作られていくスラングを受け入れ、知的すぎて難解な言い回しを受け入れ、優秀なキャリアウーマンが話す信じがたいほどの早口を受け入れなければならない。

英語をあるがままに受け入れて理解しなければならない。この駄文がその一助になれば幸いだ。

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510090422

彼女たちは創作物一時的享楽のためのささやかな娯楽とみなしていて、なおかつフィクション現実を明確に区別できる、そんな分別のついた人間だという自負を持ってる。

多分そう。

から絵本みたいな作風のものを好んで鑑賞も、それは暇つぶしにツムツムをやるようなものであって、幼児的嗜好の兆候だなんて言われる所以はないと考えている。

ではなぜディズニー好きな女子の中にはアニメ漫画というサブカルチャーの愛好家を貶す者がいるのだろうか。

僕が思うに彼女たちは愛好家が好むアニメ漫画ラノベ等をみた際に、作品舞台設定やキャラクター描写現代日本の流俗や現代日本人の嗜好を見て取れることからフィクション現実社会世界観の違いを上手く分けることができず混乱する。

そして愛好家たちが作品世界観現実社会モラルギャップに戸惑わずに鑑賞を続けられるのは、フィクション現実社会を混合しているために違いないという判断を下しているのではないだろうか。

彼女たちは創作物に対するメディアリテラシー能力に長けていると自負しているために、自分理解出来ない物を愛好する人々を分別のない愚劣な者とみなして半ば強引にアイデンティティを守るのである

古典的名作や純文学といったアカデミックな扱いをされがちな物は、読み解くためには予備知識が多大に必要であり、理解出来ずとも自分知識不足のせいにできる。

テレビドラマ実写作品は非現実的ビジュアルなり辛いうえ、全ては俳優を引き立たせる装飾であるという鑑賞スタイルも成り立つために、フィクション現実社会の違いを意識せずとも楽しむことができる。

アニメ漫画ラノベ等を含む日本的サブカルチャーでは、基本的に、ハイコンテキスト世界観テーマローコンテクスト文法世俗的な媒体に落とし込んだ作品評価される。

サブカルに関心がなく、作品を読み解く気がない人からすればそれらはとても奇々怪界な物なのかもしれない。

ワンピース進撃の巨人ティーン向け少女漫画が、サブカル愛好家を下に見る人にも受け入れられるのは、ハイコンテキスト主題がない、もしくはローコンテクストなわかりやすメッセージで包み込んでいるからだと思う。

見えないものを見ようとしろ

http://www.quercuswell.com/entry/baddrummer170502

ドラマーが下手なバンドはとても残念~BUMP OF CHICKEN編~ - きゃすのキラ

このウザいブログたから勢いで書いてる。

オレはBUMPが好きだがファンではない、CDも持ってないし、レンタルで借りた音源もどっかいった。

んで、これ書いた奴はどうかしらないが、ドラムギターもそこそこ演奏する。素人よりはテクニック難易度だとか、上手い下手がわかる。

ドラム重要というのは一理あるけど、

「16ビートのところが8ビートですよぉ」じゃねぇよ。

打ち込みに合わせて叩いたりしてんだから、そんなことあるあるだし、SEぐらいに思っておけばいいじゃん。

というか、過去音源も持ち出して

音が汚いとか、グダグダとか……

馬鹿じゃん、それがいいんだよ。

だったら、ドラムソロ動画でも見て抜いてろよ。

そんで終いにアフィのリンク貼るとかクズ

え、じゃあ、お前、大好きなレストランメニューに誤字脱字があったり、英語文法ミスがあったら行かなくなるのかよ?

そういう事言ってるのと同じだよ。

見えないものを見ようとしろ

2017-05-02

この頃日本語がむずかしい

うまく人と会話ができなくなっているような気がしてならない。

「あれ、この言葉意味ってこれであってたっけ?」などと感じることが多い。

会話中に文法というか、論理展開が気になってしまって、ところどころ述語や接続詞助詞等を選べなくなることがある。

この頃というよりか、以前から実はそうだったんだと思うんだけど、自覚症状が出てきたのか、言葉を使うのが極端に難しくなってしまった。

たとえば「そうそうたる面子が集った」などと使おうとしたときに、「あれ?『そうそうたる』って、具体的にどういう意味なの?」と考えて

「そうとうたるだっけ?」「なんだよそうそうたる面子って……」みたいになってしまう。

文章も、意図せず堅苦しい雰囲気になってしまって、自分で読み返すときも若干の辛さを感じてしまう。

特に難しい単語を使っているわけでもないのに不思議だ。

そうして日本語外国語のように見えてきて、ぶっちゃけ英語日本語も変わらないという感覚が身についている。

より具体的に言うと、身についているというのはポジティブな印象なので、身に染みているというか、うーーーん、どう表現していいのかわからない。

ともかく、人に自分思考を伝えることが難しい。

それから日本語でも英語でも知らない単語概念が多すぎる。

「台所のシンクの水切りゴミ袋」だなんてワードは頭になかなか浮かばないものだと思う。

「靴の中底」も知らなかったし、「簡易書留」も知らなかった。字面だけはよく見ても具体的な意味を聞かれると、うっと詰まるのだ。

「靴の中底ぐらいわかれよww」「簡易書留知らないのかよww」という反論もあろうが、真摯に考えていざ言語化しようとすると難易度が急上昇する。

「励行・奨励・激励・精励・督励・奮励の違いは?」などと聞かれると顔が真っ青になる。

「手洗いを励行する」とか「学生の門出を激励する」とか「弟の人生を奮励する」などとは使えても、単体で意味を聞かれたとき自分知識の危うさとまみえる。

ぼくは大人になって、どうしてこんなに知識がないのだろうかと泣きたくなってしまう。

人と話しているときも、なんだか相手意思をうまく汲み取れないときがある。

だいたい「なるほどですねー」みたいなことを言って流してやり取り自体は成立しているのだが、相手の話を全く理解せず相槌だけ打ってる自分詐欺師のように思えて、いくらか罪悪感を覚える。

それとは逆に、人の話を字面そのままで受け取れなくなってもしまった。

「ああ、この人は自慢したいんだな」とか「ああ、この人、怒ってるんだな」とか、なるべく相手の本当の気持ちを推し量って、言葉での情報のもの無視するようになってしまった。

また「この人、聞いたふりしてるけど話聞いてないな」とか「それ、この人理解してないけどなるほどって言ってるぞ」なども思う。

そうして、人とコミュニケーションしているのに、会話は成立していないように感じられようになった。

たとえば

ポイントカードはお持ちですか?」に対する返答が

「いや、(この人は多分ぼくのことを常連だと知っているだろうしぼくはいつもポイントカード出してるけど今買うのは1品だけで300円程度の商品からその程度の商品ポイントカードを出すのは逆に無駄でそれゆえにポイントは)いらないです」になる

ポイントカードはお持ちですか?」は、平たく言うと「ポイントカードあったら出してね」という趣旨発言なのだが、それに対する応答として適切な言葉が瞬時に出てこない。

人ごとに、1つ1つの言葉定義が違いすぎていて難しい。

大雑把な話であれば何の問題もないのだが、細かいところを詰めはじめると一気にコミュニケーションコストが発生する。

からこその専門用語なのだろうが、専門用語だってバズワードが多い。だから、どうやってみんなお互い会話をしているのかがわからない。

本当のところ、誰も会話なんてできていないんじゃないだろうか、会話しているフリをしているだけなんじゃないのかとすら思える。

「会話できない」とは語弊があるかもしれないけど、少なくとも、会話によってお互い通じ合えていることはないんじゃないかと思う。

こういうことは、多かれ少なかれ誰しも経験するのだと思うのだけど、ぼくは本当に多い。

総称すると、言語がむずかしい。

タイトルの「日本語って難しいね」っていう文は、色んな人が使うものだと思うけど、これも「日本語が難しい」という問題を提起しているわけではなくて、「自分気持ちをうまく言語化して表現できないのがもどかしい」という感情が乗った文なのだけど、どうしてこういう文が自分の中に出現するのかがわからない。ただぼくの意志が決まりきった例文に隷属しているだけのような気がしている。

なんかもうよくわからない。

文にまとまりがないし、もう寝ようと思う。

2017-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20170426111423

ユダヤ人ガス室に入れられて殺される映画は概ねメッセージ性ありきなので(というか例外があるのか?)

そこで遊んでやろうという意図はない。

元増田を見る限り遊戯目的しかないし、メッセージ性より遊びが勝っているように見られる締め方をしている。

またVR体験ということでその場にいることが物理的に100%再現できるとは思えない。

まりまさしく嘘の現実体験させることになるためにこれは不適切で、

かと言って適切にリアルだった場合死なない自己というもの認識せざるをえない。

まりヴァーチャル死生観が身についてしまいこれはこれで有害。この理屈場合リアルに寄せないほうがいい。

あくまゲームですよ、という文法がわかるようにしてもらったほうがいいだろう。

元増田の言い分通り両者の経験ができるとすれば弊害は述べた通り。差別よりも体験希薄さが問題になる。

肉体は魂のVRなのでは、という内観的な混ぜ返しは受け付けない。現実を基軸に考えてもらう。

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