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2018-02-24

まれてはじめて三次元推しているけど怖くて仕方ない

いま、生まれて初めて三次元の人のファンやってるんですけど充足感すごいですね。二次元の比じゃないですね。ヤバイですね。まぁ自分はそこんとこ理性的に弁えてるんですけどね。

ところで、先日彼女バレした某俳優記事を読んでたんですよ。

ファンの連中こんなにのめり込んじゃって馬鹿だなーwwww」って最初は笑ってたんですけど、『彼のTwitterの通知がくるたびに嬉しかった』『彼を応援しているときは本当に楽しかった』って言葉がまんま自分の事だなって思えて笑えなくなってきた。

自分推している人はセクシービデオ役者さん(婉曲表現)なんでいまさら恋人バレでスキャンダルとかはないんですけど。(そもそも本人が恋人募集中って公言してる)

それにその人はすごく立派な考え方を持っててファンの事も考えてくれるし何があっても自分はこの人を嫌いになるわけないって全幅の信頼を寄せてるんです。

でも、三次元なんですよ?何があるかわからないじゃないですか

たとえば自分コンビニとかで『あー、ここでいきなり絶叫しながら裸になったり脱糞してうんこ商品に塗り付けたりしたら大変な事になるだろうなぁ』って妄想とかするんですよ。もちろん実行には移さないですけど。

三次元世界って何でもありじゃないですか。絶対ってもの存在しないし、なにがあるかわからないじゃないですか

我々が想像もできないような事が起こってしまうかもしれないじゃないですか

バーチャルなんとかのなんとかきゃっと氏も『わたしの事を好きになってくださるなら、魅力的な私で居続けるからガチ恋してくれて大丈夫ですよ』って言いつつ顔バレからのチャH発覚とかしてる訳じゃないですか。

かに二次元も裏切ってくることはありますよ?でも手心がある。想像以上のことは早々起こらない。

三次元はもうなんでもありじゃん!こわいよ!

自分推している人も含めて、この瞬間にすべての人類が滅びてしまえばこんな心配はしなくて済むのかな……。

食料ロスとは

私は大学1年で、今は帰省してて、高校時代から勤めている回転寿司店でバイトしている。私は軍艦・一部にぎり、デザートポジション担当している。寿司屋バイトは一人当たりの仕事が勤続年数を重ねるたびに内容が多くなる。マルチタスクというべきか?

もっと詳しい仕事内容は、ポジションごとに一人~二人、三人で、にぎりは別部署で内容は異なるが五人、六人。軍艦は三人程。私は軍艦配属になることが多い。軍艦は一人はオーダーといい、客から直接注文を受けた寿司を作る。注文内容はディスプレイに表示される。あとの一人~二人はサンプル・補充・持ち帰り寿司担当をする。このサンプルがタイトルの食料ロスに関わる。サンプルというのはレーンに寿司を並べることである。よくプレート(正式名称からぬがレーンによくあるやつ)の後に寿司が二皿程度ある。誰が食べてもいい。これらはオーダー担当負担軽減や販促意図がある。または今日期限の食品を使い切るためにサンプルが使われる。しかし食べられないものもある。一定時間流れたものは全て廃棄である。店側の従業員が食することもない。すべて残飯となって捨てられる。たとえ大トロだろうが、高級ネタだろうが関係ない。せっかくサンプルで作った寿司が食べられず廃棄、そしてまた作る。この繰り返し。繁忙時間帯になると、社員からレーンを寿司で埋めなきゃいけない。サンプルが溜まると社員に注意される。その時間帯は捨てられる寿司がめちゃくちゃ多くなる。プラス食べ残しやオーダーキャンセルした寿司も大抵廃棄。あまりにも無駄を重ねている。ほかの飲食業界がどうなのか知らないがファミレスでも食べ残し程度くらいではないだろうか。寿司屋の廃棄は多すぎる。それに比例して発注必然的に多くなる。金も食料も労働無駄であるしかしこんなこと言うと回転寿司という大義名分がない。しか沼津河岸寿司静岡県全域・神奈川県一部・東京羽田空港などに店舗がある)では客がタッチパネルで注文して、レーンに流れて寿司流れるサンプルは一切ない。オーダーのみ対応という業態である。これは無駄な食料が発生しない。これこそ回転寿司ではないだろうか。(当の沼津河岸寿司回転寿司ではないと公言している)このサンプル制度かっぱ寿司はあまりない。時間帯にもよるが、プレートだけ流して、タッチパネルで注文する。夜遅いと、オーダーのみ対応となった。はま寿司スシローくら寿司ガンガンサンプルがながれている。外食産業食品ロスはあまり問題にはならないが、もっと問題にすべきではないだろうか?

2018-02-22

[] #50-7「猫の生殺与奪権」

俺は他種の生き死に対して薄情な人間だとよく言われる。

実際、自分でもそう思っているし、それの何が悪いのかとすら考えていた。

だって命は平等じゃない。

平等だっていう人もいるけど、現実はまるでそうではないだろう。

同じ人間に対してだって、身内の死と、知らない人の死を同じようには思えない。

有名人の死だって、その人のファンだったら冥福を祈りたくても、さして関心のない人物だったらスルーする

同じヒト相手にその調子なのだから、他種に対する命の測り方はよりゾンザイだ。

ほとんどの人間が、皿に盛られた命の残骸に思いを馳せたりしない。

動物や魚を食べるのにも関わらず、イルカクジラとか種類によっては庇護したがる。

ベジタリアンだって植物に情を感じないし、感じていたとしても動物よりは軽いものであることを事実上認めている。

結局、人間推し量る命は普遍でもなければ不変でもない。

どう足掻いても、手前勝手ものしかないってことだ。

だったら、どうすべきか。

出せる答えはそう多くない。


「はあ……俺が飼おう」

俺は渋々といった具合にそう告げた。

みんな驚いていた。

俺の口からそんな言葉が出るとは思いも寄らなかったのだろう。

「ええ!? マスダ、猫が好きじゃないんだろう?」

「厳密には『好きでも嫌いでもない』だ。好きだからといって飼っていいとは限らないように、好きじゃないからといって飼っちゃダメとは限らないだろう」

「でも、他に動機がないじゃん。何で飼おうと思ったの?」

「まあ、強いて言うなら“情にほだされた”って感じかな」

実に勝手理由だ。

だが同じ“勝手”なら、自分の心に従ってマシだと思う方を選びたい。

この猫を人間の都合で殺すことはエゴだ。

だが人間の都合で生かすことも、結局はエゴだ。

何かと理由をつけて、そのエゴを避けられると思うほうが欺瞞なんだろう。

それでも答えに迫られるときがあるから人間はそのエゴと付き合っていくしかない。

そう開き直った俺は、その宿命に身を委ねたまでさ。

馬鹿なことを。その場限りの安易気持ちで、貴様はその猫を生かすというのか?」

「そういうことだな」

「他の猫も殺されそうになっているのを見かけたら、その度に同じ行動をするのか?」

「しないだろうな」

ウサクは呆れ果てている様子だった。

かにこの猫を一匹を助けたところで俺たちの自己満足しかなく、大した意味はない。

それを分かった上で出した、俺の結論だ。

「なんでそこまで、堂々と自分が身勝手人間だと公言できる?」

「まあ、“人間のサガ”ってやつなんじゃねえの」

こうして俺は、人間エゴによって殺されそうになっていた猫を、安易人間エゴでもって「キトゥン」と名づけたのだった。

思い返してみても、まるでドラマティックな話じゃないな。

今でも滞りなく飼えているのが、我ながら不思議だ。


…………

余談だが、俺たちの国では害獣ジパングキャットは、ジパングでは益獣らしい。

ウナギが増えすぎて邪魔なので、それを処理してくれるからとか。

ただ、最近ジパングキャットも増えすぎたので、天敵のジパングースを意図的に放って数を調整している。

猫を殺すほどの獰猛動物を野放しにしていいのかと疑問に思うかもしれないが、ジパングースは寿命が短く繁殖能力も低いため、放っておいたら勝手死ぬという算段らしい。

俺よりも遥かに開き直ったことしてんなあ。

「この国でもウナギが増えたら、キトゥンたちは害獣にならなくなるのかな」

この話をしたとき弟はそう言った。

希望的観測からそう言ったのだろう。

俺はキトゥンの背中を撫でながら、そっけなく答える。

「どっちでもいいさ。それは“俺にとって”重要なことじゃない」

俺たちは人間の枠組みの中でしか押し測れない。

動物相手にどう振舞っても、人間エゴであることを避けられないんだ。

せめてその選択に信念を持ち、相応の振る舞いをするのが関の山なんだろう。

(おわり)

2018-02-20

GIDに対するアウティング

わたしGID性同一性障害)の治療を受け現在戸籍希望のものとなり、いわゆる埋没、元の性別を伏せる形で普通社会生活を送っている者です。

来歴について敢えて公言することはありませんが、親しい人には話していますし、ある程度付き合えば薄々わかるものかとも思います。恥ずかしいことをしているとは思いませんし、何がなんでも絶対に隠すというものでもありません。

しか一般社会生活ではまだまだ偏見もあり、そもそもさして親しくもない人に敢えて話す内容でもありませんから、できるだけ伏せて静かにやっていきたいと思っています

先日ある信頼していた人物により、この来歴がネット上に晒されることになりました。

本人はさしたる悪意もなく、なまじ「そういう人」に対する偏見がないがために(多分ないのだと思います)、大したことでもないと思ってさらっと書いたのでしょう。

しかし公の目に触れる場でそういうことをされれば、こちらの社会生活にも影響の出かねないことなのです。

近年になってレズビアンゲイについてアウティング問題にされることが出てきました。

レズビアンゲイ当事者が伏せて生活している性的指向を本人の意図に反して公開されてしまう事例です。

これについては、一定の層の方々なら、ある程度ことの重大さを認識されるようになってきてはいるのではないかと思います

しかGID当事者特に移行を済ませて希望性別生活している人々に対するアウティング問題は、あまり知られていないのではないかと思います

場合によってはレズビアンゲイ以上の事態引き起こしかねないことで、軽々に考えてはもらいたくないのです。

そのことを「やめて欲しい」と伝えるだけでもセカンドレイプ的な屈辱を味合わされるということを、どうか部分的にでも理解して頂きたいのです。

わたし場合、本人に伝えたところ削除はして頂けましたが、ことの重大さはまったく伝わっていない様子でした。「ああごめんごめん」程度の反応です。

正直、最初に書かれたこ自体より、この反応の方に深く傷つけられました。彼にとってはその程度のことだったのか、と。

現在に至っても、この人物が悪い人だとはまったく思いませんし、人として肯定的に見ています。それだけにとても悲しいです。

わたしたちは単に希望性別普通人間として暮らしたいだけです。

多大な苦労の末に身体戸籍まで変えた挙句に「トランスジェンダー」などと軽々しく言ってもらいたくはありません。

「元○○」というのが事実であり、かつ恥ずかしいことではなかったとしても、世の中はそういう風に見てくれる人ばかりではないのです。

それをビジネスにしているタレントか何かならともかく、こちらはただの一市民です。晒し者にされるいわれはありません。

まらないことかと思われるかもわかりませんが、一当事者の声として、匿名ながら愚痴を書かせて頂きました。

泣き言のような内容で申し訳ございません。

2018-02-19

推し

舞台上の推しから初めてファンサをもらった話』

100%妄想ポエム

夢だと思ってどのTwitterアカウントでも呟けないし、友達にも言えないけど、幻だとしてもどこにも残さないのはあまりにも勿体ないと思ったのでここに残しておきたい。

まず最初推しと私の話をさせてほしい。

推しカテゴリー的に言うと、若手俳優で、私は推しデビューから数えて7年くらい応援している。

だけど、私はこの出来事が起こるまで推しが私の顔を1ファンとして認識しているかどうかはっきりと分からなかった(そして今も信じられない)。

推し若手俳優だけど若手俳優営業をあまりしない人で、ブログでもTwitterでもオタクからもらったプレゼント手紙をほぼあげないし、「プレゼント手紙、いつもありがとうございます!」ともほとんど言わないし、「それで生活していると思われたくない」と公言している人だった。舞台カーテンコール映画舞台挨拶でも手を振ったりすることはなく、大体すぐ踵を返してしまう。接触イベントも数えきれないほどあったけど私は1度も名前を呼ばれたことはないし、「いつもありがとう」とも言われたことはなかった。いつも無難な会話をして終わってた。

推し始めて3-4年は学生だったこともあり、好きな舞台は5公演位、それ以外は1-2公演というゆるいオタクだったし、推し最初から人気があってファンも沢山いたからまぁそんなものだろうなぁと思っていた。

さらに、推しはある時期、イベントでの態度や発言がひどかったりして私も随分傷ついて、推しのことはそういう人なんだと認識して、諦めて、でも好きだったから1日しか出ない小さな舞台ゲストから推しの主演舞台、映画舞台挨拶個人イベントまでずっと通ってきた。社会人になって数年経ってそこそこ稼げるようになってから舞台ならば全通まで行かなくても、有給を消費しながらかなりの数を入るようになった。例え手紙が読んでもらえてなくても、プレゼントが使われなくても賽銭箱に入れるつもりでずっとあげ続けてた。とはいえ1番お金を出しているオタクにはとてもなれなかったし、なれないけど大好きな推しの姿を心行くまで見れて十分満足だった。

そんな感じの応援の仕方で7年応援していたけど推しから特に何も言われず、アクションもなく、ずっと認知されていないと思っていた。ちょっと「ん?」と思ったのはちょっと前にあった推しの主演舞台の千秋楽座席は後ろの方の下手でカーテンコールでは推しをずっと見つめてた。主演だから勿論推しがいるのはセンターで、でも推しはこっちの下手側を見た。そしてずっとこっちを見ながら挨拶をしてくれた。こっちを見ていることはわかるけど目があってるかどうかは分からないほど後ろだったので近くにオキニとか家族がいるのかな?って思ってた。でもとりあえず推しの話に合わせてうんうん、と頷いた。挨拶が終わって私が席を立ち、抜けるとき両隣が「やばい……」と手をとりあって席に崩れていたので私と目があっていたかは置いておいてこっちを見ていたのはたぶん、間違いない。

でも私より熱心なファンはいくらでもいるしその後の推しの接触イベントでも特に何も言われなかったし何のアクションもなかったので気のせいだったんだな、と思った。

でも、今回。

推しが出ている舞台座席は前から数列目のドセン。カーテンコールでいつものように推しをじっと見つめていた。思い入れの強い演目だったので推しは泣きそうだった。そして別の演者が話しているふとした瞬間に涙をこらえている推しと目があった。いつもすぐ逸れていく目線がずっと合っていて、推しは一瞬口を歪めて笑おうとした。それを見て私もつられてうんうんと頷きながら口角を上げたら推しがにこっと笑ってくれた。私の大好きなくしやっとした笑顔に。

この舞台には十数公演あるうちの九割くらい通っていて、カーテンコールでいつも推しは微笑んでいても笑顔になることは共演者に弄られた時と話を振られた時以外なかった。

から本当に多分だけど、目があって、アクションを起こそうとしてくれたのだと思った。

推しと初めて目があったのは推しの初めての接触イベントの時だ。急遽決まったそれの整理券配布時間に私はバイトが入っていて休憩中に急いでとりにいったとき、配布はすでに終了していた。

でも諦めきれなくて、当時若かった私はイベントが行われる店舗内でうろうろしていた。すると、イベントブースに入る推しスタッフの先導で入ってきて、その一瞬、目があった。

その時から現在まで推しと目があったことは数えきれないほどあれど、リアクションしてくれたのは初めてだった。

本当に起きた出来事だったのか、本当に私に向けて笑ってくれたのかは定かではない。

いまだに信じられなくて、それでこんなところにこんな文章を書き捨てしている。嬉しさよりも信じられなさのが勝っている。

でもこれで私と推しとの関係特に変わることはなく、次の接触イベント推しから「いつもありがとう」と言われることはないと思う。推しはそういう人だ。

恐ろしいほど綺麗な顔をしているのに自分が好かれることを不思議に思っているからそれは彼なりの気遣いなのだ勝手に思っている。手紙プレゼントについて言及しないのも。

それでもやっぱり私は推しが大好きだ。

これからも私が海外に行ったり理解のない人と結婚しない限り、推しのことを応援し続けるんだと思う。

最初の数年間、今思えば私はリアコだったと思うけど今はもはや推し幸せを願うばかりだ。自分に自信の無かった推し舞台上で満足そうに笑っているだけで幸せ

誰か推し幸せにしてくれると嬉しいなぁ。推しはずっと結婚したいと言っていたから、推し結婚したら(もうしているかもしれないけど)私ももっと幸せになれる気がする。

もうリアコじゃないみたいに書いたけど、それはやっぱり絶望的なまでに恋なのかもしれない。

anond:20180219172128

男で痴漢する人はレアというか公言するやつはいないと思うけど、痴漢されたこととか変質者と遭遇したこともない?

2018-02-18

anond:20180218103827

男の発達障害社会に対して公言しても特に風当たりは強くはないけど、女は違う。

発達障害の女がいると言うだけで、家族のものが後ろ指を指される風潮が日本にはまだ残っている。

この業界に身を置いてるけどそんな風潮聞いたことないんだけど…

でも「女だけの街を作りたい」と公言するのは差別のものですよね

”綺麗な差別”を話したいなら仲間内飲み会だけにしてくれませんか

https://anond.hatelabo.jp/20180218021901

anond:20180218103823

えーそう?

羽生くん嫌いだけど演技は大ファンってリアル公言してるよ。

anond:20180218102353

>いや、そもそも相談件数自体が圧倒的に男の方が多いんだよ。

うん、それはそうでしょ。発達障害のことについて外部に相談するには、男の方が女よりもハードルはるかに低いよね。

男の発達障害社会に対して公言しても特に風当たりは強くはないけど、女は違う。

発達障害の女がいると言うだけで、家族のものが後ろ指を指される風潮が日本にはまだ残っている。

から女の発達障害は、存在のものが「無かったもの」として扱われる。実際には男と同じ数だけいるんだよ。

これも女性差別一種だよね。

2018-02-17

女性専用車両痴漢も両方無いのがゴール

女性専用車両は法だ憲法運用会社の約款だ、どのレベルの制約か知らんけど、まあ少なくとも法律では無くてブッチしたところでそれだけでは即たとえば条例により5万円以下の罰金が科せられますとかそういうもんでは少なくともないだろう。たぶん。

ホームでは目印のとこで並びましょうみたいな「みんなで協力して社会を回してゆくルールの呼びかけ」みたいなマナーとか社会規範とか、を、鉄道各社等が呼びかけている、みたいな実態なんじゃなかろうか。調べてないけど。優先席とかさ、法的な根拠は? 優先されるべき人員定義条例とか鉄道会社を利用する際の規約かなんかの第2条あたりにかいあんの? といったら、そうじゃないみたいに、女性専用車両は、他と変わらんハコにシールをぺたっと貼って、みなさーんココは女性専用車両しましょうねえ、という呼びかけをされている、くらいのもんにすぎない。

従って、思うところあってブッチする男性がいたところで彼の持つ権利行使を禁じることはできないはずだ。女性専用車両女性専用車両足らしめているのは利用者の協力だけにすぎないのだから。彼はおまわりさんにしょっぴかれはしない。周りの人にできるのはその非協力者に協力をお願いすることだけである。たぶん。一回駅員がむりやり下車させて裁判でもすればハッキリするんだろうけど。

で、このルールの危うさというのはなんとなく隠されていて、それがまたルールを強化しているんだろう。「女性専用車両運用にご協力ください」とはいわず女性専用車両です」と言うみたいに。

そこらへんも踏まえて反・女性専用車両派の男性というののパフォーマンスがあるんじゃないかな。

世の中、アンチ女性専用車両公言しにくいのは、被害者女性←→加害者男性みたいなレッテルの構図を元にした制度ゆえに、加害者側が被害者側の感情を軽視しているがゆえの廃止論みたいに取られがちなのがあるだろう。つまり痴漢いちばん悪い(当たり前)。

潮目が変われば「うるせえ隣の車両死ぬほどぎゅうぎゅう詰めなんだよ」みたいなのを後押しに、女性専用車両であることを無視する男性が一気に増える、ことも、ありえなくはないと思う。そしてそういう流れが起きた時に、止めることは難しいんでないか

個人的女性専用車両、なんかなあと思うのは、そういうやり方が「異性を誘惑するからポニーテール禁止」の校則だとか、イスラム教学校は全部男女別学(いかがわしいから!)とかと同根のものを感じで、こう、痴漢前提のハードってそれはよお、という感じ。

理想を言えば痴漢防止策を十分に取った上でのまんをじしての女性専用車両廃止だろう。現状、女性専用車両っての作ろうか、と判断された時からそっちのそもそも改善された印象は無い。そっちが改善されないことには廃止への動きも鈍くならざるをえない。

ラッシュ時は使えないけど割安の定期券」で企業オフピークを促す、監視カメラ増設鉄道警察の取り調べ体制の変革など、やれることはあるはずだ。

はやくそっちをやってくれ。

2018-02-15

anond:20180215201120

彼女みたいな娘ほしいって公言ちゃうヤツはキモオタでも流石に居ねーよ

恥をかくシーンが苦手っていうのがたびたび話題になるけど、

高木さんみたいなのを読んでるときもそれ思っちゃう

こんな恥ずかしいの読んでられないみたいな

そんでそれを惜しげもなくこうやって公に出している作者が得体のしれないものに思える

高木さんが好きって言われたらドン引きちゃう

おっさんが恋雨好きって公言するのもドン引きする

2018-02-14

アマゾンアップル等を分割すべき、という記事翻訳 (続き)

https://anond.hatelabo.jp/20180214155553文字数制限?に引っかかってしまったのか途中で切れたので続きです。

「003: アメリカ政府より強力」~「005:ジェダイマインドトリック」の前まで

続きはhttps://anond.hatelabo.jp/20180214161344

003: アメリカ政府よりも強力

巨大テクノロジーに屈服してしまったのは連邦政府だけではない。アマゾンの第二本部への入札の一貫として、州とシカゴ市役人アマゾンに13億ドルの給与税を免除し、そのお金をアマゾンが適切と考えるやり方で使えるようにすることを提案した。すばらしい。シカゴ徴税権をアマゾンに渡してしまい、シアトル企業シカゴの住民に最適な方法でお金を使用してくれることを期待しているわけだ。

政府の服従それからひどくなるばかりだ。もしあなたアイスキャンディーを作って子どもたちに売ろうと思えば、高額な食品医薬品局のテストを無数に受け、また原料・カロリー・糖分を表示した完璧なラベルをつけなければならない。しかし、インスタグラムユーザー同意書にどんな注意書きが書いてあるだろう。我々はソーシャルメディアプラットフォームティーンエイジャーの抑うつ状況を悪化させていることを示す大量の研究存在を知っている。自分自身に問いかけてみよう。もしアイスクリーム子どもたちを自殺させやすくしているとしたら、我々はドレイヤーズのCEOがシリコンバレーのディナーで大統領の隣に座るのを肩をすくめるだけで見過ごすだろうか。

こうしたソーシャルメディアプロダクトがタバコと同様の中毒媒介システムであることを信じない人は、7才の子からiPadを取り上げようとして、自分の殺人計画を告げるような視線で見られるといった経験がないのだろう。この手のプラットフォーム中毒性を信じないなら、どうしてアメリカティーンエイジャーが一日平均5時間インターネットにつながったスクリーンに張り付いているのか、その理由自分で考えてみればいい。ソーシャルメディアが与えてくれる様々なご褒美のせいで、我々はまるでスロットマシーンの前にいるように自分の通知をチェックさせられ続ける。子供や十代の少年少女はこうしたプラットフォームがもたらすドーパミンの欲望にとくに影響を受けやすいという研究もある。多くのテクノロジー企業幹部自分の子供にはこうしたデバイスを触れさせないと公言しているのも不思議ではない。

以上のような問題は全て正当な懸念だ。しかしこれらの理由のどれ一つとして、あるいはこれら全てを集めたとしても巨大企業の分割を正当化する理由としては足りない。これから述べるのが、私が信じる四大企業を分割すべき理由だ。

004:トラストを分割すべき理由
経済目的

ヴァンダービルト大学ロースクール教授であるガネシュ・シタラマンの主張は、アメリカには中産階級必要であり、我々の代表民主制が上手く機能するために富がバランスよく分配されるよう、憲法デザインされているというというものだ。富めるものがあまりにも多くの力を持ってしまえば、寡頭政治につながる。だからアメリカ民主主義という舟を安定させるためには中産階級が舵にならなければならないのだ。

経済とそのキーとなる主体である会社の基本的目的は、中産階級を作り出し維持することであると私は信じている。1941年から2000年にかけてアメリカ中産階級世界の歴史においてもっとも優れた「善」の担い手だった。アメリカ中産階級は正しい戦争に資金を提供し、戦い、勝利した。高齢者の世話をし、ポリオ治療にお金を出し、人類を月に送り、世界の他の国に対して、自分たちモデルとなって、消費とイノベーション社会経済改革するエンジンになりうることを示したのだ。

経済の上向きのスパイラルは家庭と企業の間での循環に依存している。家庭が資源労働を提供し、企業がモノと仕事を提供する。競争は発明と優れた製品(ハッピーアワーリアビューカメラetc.)を提供するモチベーションとなり、車輪はいつまでも回り続ける。巨大企業ステークホルダーに対して莫大な価値を作り出す。それなのにどうして私たちの目の前で、歴史上初めて、他の国の中産階級が成長しているのに自分たちの国の中産階級が没落するという事態が起きているのだろう。経済中産階級中産階級が育む社会の安定を維持するためのものであるならば、我々の経済は失敗してしまっているということだ。

過去30年でアメリカ生産性が大幅に向上したのは間違いない。アメリカ消費者があらゆるレベル自由主義社会の羨望の的になったことを否定することはできない。しか生産性の拡大と消費者地位の向上の結果作り出されたのは、高給の雇用経済の安定をすばらしい電話と1時間以内に配達されるココナツウォーターと交換してしまうようなディストピアだった。

どうしてこんなことが起こったんだろうか。2000年代になってから企業投資家が夢中になったのは人間をテクノロジーで置き換えることによって急速な成長と利益の急拡大を可能にしてくれるような企業だった。こうして作り出された巨額の富が安価資本を引きつけ、他のセクター脆弱になった。古い経済に依存する企業と巣立ったばかりのスタートアップには何の希望もなかった。

結果として出来たのは企業にとっても人々にとっても勝者総取り経済だった。社会イノベーション経済の側(領主)とそうでない側(農奴)の二つに分かれてしまった。一つの素晴らしいアイデアがウン億のベンチャーキャピタルを集める一方で、普通の人、あるいはただ幸運でなかった人々(私たちのほとんどだ)は退職後の貯金をするためにもっともっと働かなくてはならなくなった。

億万長者になるのが過去に比べて簡単になったり難しくなったというわけではない。痛いほど明らかなのは過去30年で見えない手が行ってきたのが中産階級を締め上げることだった、という事実だ。30歳の人間がその両親が30才だったころに比べて貧しくなったのは大恐慌以来始めてだ。

何か手を打つべなのだろうか。こうしたイノベーションアイコンたちが、経済の調子を保つための一時的撹乱を行っているだけだとしたらどうしよう。トンネルの向こうではより強い経済と高給が待っているという見込みはないんだろうか。しかしこんなことがありえないという証拠はすでにある。事実、二極化は勢いを増しているように見える。これは我々の社会に対する最大の脅威だ。これが自分たちの住んでいる世界なのだから仕方ないという人も多いだろう。でもその世界私たち自身が作り出したものではないのだろうか。百万人の百万長者を生み出すことからひとりの一兆長者を生み出すことに、私たち意図的アメリカの使命を変えててしまったのだ。アレクサ、これって良いことなのかね?

マーケットは失敗してる、どこでも

今まさに我々は劇的なマーケットの失敗の只中にある。そこでは政府が巨大テクノロジー企業への大衆の熱狂によって黙らされてしまっている。頑丈なマーケット効率的で強力だが、グランドに定期的に入って旗をあげ、チームを動かすレフェリーなしではフットボールゲームが成立しないように、枷のない資本主義私たちにもたらしたのは気候変動、抵当危機、そしてアメリカ医療保険だ。

独占はそれ自体常に違法だったり望ましくないものだったりするというわけではない。単一企業投資を行い、安価サービスを行うのが合理的であるところでは、自然な独占が存在する。しかしこの場合トレードオフとして厳しい規制が伴う。フロリダ電力は1000万人にサービスを提供し、親会社であるネクストエラ・エナジー時価総額720億ドルだが、その価格とサービス基準市民受託された人々によって規制されている。

対象的に四大企業は厳しい規制なしに独占「的」な権力を維持しおおせている。私が彼らの力を「独占『的』」と表現したのは、アップルだけは例外かもしれないが、彼らがほとんどの経済学者が独占の核心だと考える、顧客向け価格の釣り上げを行ってはいないからだ。

しかし、四大企業は我々が本能的に感じる大きな政府への反感を見事に利用し、競争が――私有財産賃金労働自発的な交換、価格システムと同様に――資本主義エンジンの不可欠なシリンダーであることを忘れさせてしまっている。彼ら四大企業サイズの巨大さに加えてチェックを受けない権力によって競争市場は抑圧され、経済本来目的を果たすことも阻害されてしまっている。つまり、活力ある中産階級を作り出す、という目的だ。

空気の供給

どうしてこんなことが起きるのだろう。1990年代マイクロソフトがどうやってネットスケープの息の根をとめたかを思い出すのは有用だ。はじまりは何の問題もなかった。ある会社が優れた製品(ウィンドウズ)を作り出して、それがセクター全体へのポータルになった。今であればプラットフォームと呼ばれるだろうものだ。その成長を維持するため、その会社はそのポータルを自社製品(Internet Explorer)の方向に向け、パートナー(Dell)をいじめ競争シャットアウトした。ネットスケープブラウザの方がより人気で90%のシェアを得ていたとはいえ、マイクロソフト意図的インターネットエクスプローラーを援助しているのでは勝ち目はなかった。

同じ状況は四大企業ではどこでも起こっている。グーグルが上手くマネタイズできるよう、検索結果の最初のページがゆっくり支配されていくことや、iPhoneの画面上の準標準プロダクト(アップルミュージック等)、強豪相手(Snap)を邪魔し、叩きのめせるよう会社(フェイスブック)の持てる全ての資源を按配すること、他の会社がとても競合できないような要求水準の設定と攻撃的な価格設定(アマゾン)。

(不)自然な独占

しかしたら消費者にとってもこういった「自然な」独占の方が都合が良いのかもしれない。しか司法省の考え方は違ったようだ。1998年に、連邦政府マイクロソフト相手に訴訟を起こし、反競争的な慣行を非難した。裁判を傍聴していた人が報告するところによると、マイクロソフト幹部インターネットエクスプローラーをタダで提供することで「ネットスケープ空気の供給を断」ちたかったと証言したのだそうだ。

1999年11月に、ある地方裁判所ではマイクロソフト反トラスト法に違反しており、会社を二つに分割することを命じるという判決が出た(一つはウィンドウズを売り、もう一つはウィンドウズ用のアプリケーションを売る)。会社分割の命令高等裁判所却下されたが、マイクロソフトは会社の独占的な慣行を抑えることで最終的に政府と和解に達した。

和解内容に対して甘すぎるという批判もあったが、司法省があの時マイクロソフトを有望新進企業を芽のうちに潰してしまうという罪状で警告することがなかったら、今のグーグル――今や7700億の市場価値があり、自由市場の信奉者にとっての希望の的だ――が存在しえたかどうか、考えてみる価値はある。反トラスト法がなければ、マイクロソフトマーケットの独占を利用して、ちょうどウィンドウズによってネットスケープ安楽死させてしまったように、グーグルよりもBingを使わせるよう仕向けていただろう。

司法省マイクロソフトに対する訴訟が、マーケットに新鮮な酸素を送り込むという点で最も大きな効果を持った例であることは確かだ。株価にして何兆円ものドルを解き放ったのだから。四大企業による力の独占は、酸素不足のマーケットを作り出してしまった。私は何十回も小さな会社によるベンチャーキャピタル向けプレゼンを聞いたことがあるが、そこで説明される内容はどこでも、いつでも同じだ。「四大企業とは直接戦えませんが、四大企業の買収先としては素晴らしい会社になれます」。その細い針の眼を通すことが出来なければ、会社はその幼少期を生き抜くために必要酸素(資本)を絶たれてしまう。IPOもベンチャーキャピタル資金提供を受けた企業の数も過去数年で着実に減少している。

かつて「悪の帝国」そのものだったマイクロソフトと違い、グーグルアップルフェイスブックアマゾンは巧妙なPRを洗練されたロビイング――オプラ・ウィンフリーコーク兄弟をかけ合わせたようなものだ――と組み合わせて、マイクロソフトに課されたような批判からほとんど逃れおおせている(https://anond.hatelabo.jp/20180214161344に続く)

2018-02-13

anond:20180213231030

口うるさいおせっかい焼きのカノジョorカレシとかなんかでもつくれば

ってのは冗談だとして、ダイエット中ってのを公言して言いふらせば?

周りからアラート入るんでは?

2018-02-08

anond:20180208115355

こういう考えの人もいるんだということを公言たかっただけです。わざわざとか言いますけどすべての増田喧嘩売ってませんか?書きたいから書くが増田だと思ったのですが?

2018-02-05

ガチ恋は友達になれるのか

私はあるインディーズバンドファンだった。

中でも、ギターの彼のことがとても好きだった。きっかけは初めて行ったライブの物販だったと思う。当時は若かったし、恋愛経験も少なかったからかな。ミーハー心に写真を撮ってもらった時に、あまり距離感の近さに動転して、ライブのかっこよさと相まって完全に目がハートになってた。目があった気がしてたのもあった。

それから、私はライブに足繁く通い詰めるようになった。私自身も表舞台に出る活動をしていたので、バンドファン公言しつつ、そちらも密かに続けていた。

遠征はしないものの、近場のライブはほぼ全て行き、物販で大好きな彼と話す。最初はぎこちなかった会話も、いつしか私のプライベートの話だったり、彼の趣味の話になっていった。この時からもう完全に恋してたんだと思う。でも彼女存在を風の噂に聞いていたので、このままずっとガチ恋が続くんだろうな、となんとなく考えていた。住む世界が違うし、単純にそれだけで楽しかった。

そうして、1年以上経った時だっただろうか。偶然大きいイベント対バンになった時、彼が私のステージを見に来てくれた。それから、流れで食事に行った。お金は全額彼が出してくれた。不思議な気分だった。しかし、舞い上がっていたのもつかの間、私はファン仲間から彼が既婚だという事実を知らされた。

正直、ショックだった。彼女がいるのは知っていたが、ガチ恋だったせいでやりきれない思いの方が大きかった。聞いてみると私以外のファンには割とオープンにそのことを伝えていたようで、遊ばれていたのかなと落ち込んだ。

しかし、色々あって、彼とはまた2人で会う約束をしてしまった。もう散々泣いたし、今更どうにかできることでもないので、割り切って友達として接しようと思っているのだが、一番仲の良いファンの友人には「悪い噂もあるし、やめなよ」と言われる。でも、凄く優しくていい人なのだ。それにプライベートで会う彼には、ライブハウスで感じていたようなあの高揚感はない。もちろん大好きには変わらないが、どちらかというと知識欲で会っている気がする。私が彼女いるのを知っていることは彼もわかってるはずなので、お互い承知の上の健全関係だと思うのだが。そんな感じでも、やっぱり会ってはいけないのだろうか。友達には否定されるし、知り合いには不倫じゃない!?となじられるし、なんだかよくわからなくなってきてしまった。

バンドファンはやめる気がないのだが、彼のことは清算した方がいいのだろうか。

ライブめっちゃ最高だったのに嫉妬で楽しくない

友人らととある二次元アイドルライブに行ってきて、最高に楽しい時間を過ごしてきた。

中でもその作品内で最古参の私の推しグループが歌う場面では、そのグループファンで、この作品ファンで本当に良かったと思える素晴らしいものだった。

であるのに終わってからなんだかモヤモヤしてて悲しい。

ライブは本当に最高だった。

でも自分嫉妬深いばかりにモヤモヤしていて悲しい。

本当に良いライブだった!古くから応援していたひとりのファンとして、本当にかけがえのない時間を貰えた。

それがなんでいまモヤついているかというと、自分のこの『自分こそが古参ファン』というしょ〜〜〜もない、ほんとにしょうもない自分でもわかっているけどこのしょうもない感じの驕りが原因であるのだけれど。

友人らが自分とは別のそのグループ推しの友人ばかり気にかけるのが気にくわない。

いやその子は確かにそのグループ推しって普段から公言してて、私はあまりアピールしないから仕方のないことであるのだけど。

普段から言わない自分が悪いからどうしようもないんだけど。

でも私にも「すごくよかったね!君がこれを観れてよかった!」って私にも!言って!!!

なんて自分勝手なことだろうとは思う。

ファンなら輝いている彼らのことを観られただけでいいじゃないかと。

でも自分ではどうしようもないくら嫉妬してしまう〜!悔しい!私のほうが先にファンだったのに!とか!言いたくない!

私じゃん君にそれ勧めたの!そりゃ今では君のほうが立派なファンやってる!

でも私だってからファンで、彼らのことが大好きなんだからだって友人らに「彼らがあんなに素敵だから君がどうなってしまうことかと心配したよ」と言われたい。

クソどうしようもない嫉妬

声の大きいあの子ばかりが推しファンとして友人らに見られているという現状がつらい。

言ってもどうしようもないのでこんなところで増田になるしかなかった。

彼らのステージ、本当に輝いてた。

anond:20180205110739

それは思ってても公言すると差別になるやつだから心のうちにそっと秘めておこうな…

2018-02-04

anond:20180204173401

お母さんがより苦しい立場にあるってのはあるんだけど

それより男性の方が苦しいことを公言できないって問題が尾を引いてるんじゃないかと思う

元増田書き込みはそれを助長しそうで怖い。

お母さんも大変、お父さんも大変って話にならないのかなあ

2018-02-03

総受け当て馬が嫌いな理由

私は二次創作が好きだ。

好きだ、一番時間をかけた趣味といっても過言ではない。

漫画も書くし小説も書いた。

自分の好きなキャラクターを、自由表現すること』がいか楽しいか、今日まで日々実感して生きている。

とあるジャンルで、私はAというキャラクター出会った。かっこいい!少し厳しい所もあるけど主人公の頼れる兄貴分だ!かわいい

Aの部下で相棒関係のBというキャラクターとも出会った。Bも理知的で、どこか抜けてる所もあってかわいい!Aへの忠誠心がたまらない!

私は腐女子なのでそういうキャラが2人いれば勿論そういう目で見る。

私はAもBも好きだった。ふたりのその関係性が好きだった。グッズもどちらも漁っていた。

幸いにも、仲間がいっぱいいた。AもBも脇役だけれどもA×Bで創作している人がいっぱい居たのだ。創作仲間がたくさんいる!私は嬉しかった。合同誌も描いたし小説も交換しあった。

しかし、私は段々とそのジャンルの人、そのCPの人と交流をしなくなっていってしまった。

みんな良い人だったのに。何故か。

理由は一つ。

鬼畜なAと従順なB』『上司Aに振り回される部下B』『Bの美しさに息を呑み、虜になって無理やり犯すA』『Bが可愛すぎて暴走するA』

こんな作品ばっかりだったのだ。

みな口を揃えて『Bちゃんかわいい!』と言う。わかる。Bはかわいい。でもAは?相棒しかっこいいしAもいいキャラだよ?だがある時1人から『Bにしか興味がない。Aはぶっちゃけどうでもいい。よく知らない。』と公言された。

まったく関係ない『D×E』が好きな人が現れた。私は最初この人とも、疎遠だが仲良くやっていた。A×Bに関係は無いが、D×Eも好きだったのだ。

だが彼女が嬉々として創作しはじめたのは、『Aに犯されて傷を負ったEを、Dが慰める』といったものだった。

Aは狡猾で人の心に付け入るレイパーで、可哀想なEきゅんの心の傷となる存在だった。

耐えられなくなった。

私はそのジャンル人とは今ごく少数の人としか交流をしていない。Bだけが好きでAはどうでもいい!と公言せずにいる人、Aをレイパー扱いしない人だ。Bはお姫様で誰からも愛されると言わない人だ。

しかし、そんな人はごく少数で、相変わらずAは都合のいい鬼畜彼氏(笑)扱いばかりだ。

ここまでを平たく言えば、『二次創作雰囲気に合わずジャンルを逃げ出した腐女子愚痴ってる』という内容だ。

だが、私はそのジャンルに限らず上で挙げたような類の二次創作が大嫌いだ。

後者の『当て馬』は言わずもがな

私は絶対自分作品で書かないようにしている。当て馬になるキャラにも好きな人は居る。そう思って、ヘイトが溜まるような創作はしない、欲を言えば書いてる作品に出したどのキャラファンも楽しめるような作品にしたいと思っている。

そして前者の『受けちゃん可愛い可愛い作品』。

私がこれが大嫌いな理由は『書きやすいから』、それだけに尽きる。

分かる、気持ちは痛いほど分かるよ。

私も中学生時代Pixivをはじめて知った頃、書いていたのはそういった作品だった。

推しキャラが居ますかわいいです。

みんながそれを持て囃します、推しキャラを奪い合います、攻めは無理やりにでも連れ去りますハッピーエンド

紆余曲折はあれども、大体こんな感じだ。

どんな作品でも、どんなキャラクターでも。

何故この作品は、そして総受けと呼ばれる作品は書きやすいか

それは推しのいいところを書け、と言われればおそらく100個くらいは余裕で書けるからだ。

そして、書いた良いところを作中で推し以外のキャラに言わせる。他のキャラ推しメロメロ

はい、これで受けちゃん可愛い可愛い小説の完成。とっても簡単

創作をこなしていくにつれ、私は受けちゃん可愛い作品というものが虚しくなっていった。孤高の受けにアタックしては張飛ばされる攻めとかも。

どんなジャンル、どんなキャラクターで書いても似たような話ばかり描いている人もいる。寒気がした。

私はそういった作品を読み漁るのもやめた。そういったものを書いてる人も、軽蔑するようになった。思考停止した脳死作品からだ。他のキャラクターに「推しキャラちゃんかわいい!」と言わせなければ魅力的に描けないからだ。

当て馬は他のキャラクターを挟まなければ自分推しCPを魅力的に書けないからだ、受けちゃんを可哀想で可愛くするために使わないといけないからだ、と。

ここまで読んだ人へ

最初に言った通り、私は『好きなキャラクター自由表現できる二次創作』が好きだ。

そう、自由

総受けだろうと総攻めだろうと当て馬だろうと自由関係性が云々と言うのも自由

からこれは意識高い系腐女子(笑)の燻り言だ、誰にも明かさずに心に留めておくべきだったものだ。総受け当て馬思考停止した脳死作品だと内心罵倒して、お高くとまって居れば済む話だった。

二次創作自由から』『他人の書いているものにまでとやかく言うな』

そう、コメントで言われるだろう。分かる。

だが、つい最近ジャンルで私は同じような経験をした友人に出会った。その人もジャンル内で流れるCP雰囲気に耐えきれずに去ってしまったらしい。これはそれを聞いて、この機会に今まで思っていたことを書いてみようと思いたった次第だ。

からこれを読んでどうしろ、というわけでもない。有り難〜いアドバイスを言えるわけでもない。ただただ、二次創作の中で好きなキャラがそういう扱いを受けて許せなかった腐女子愚痴を言って、そういう人間から総受けと棒扱いと当て馬は大っ嫌いだし、傷つく人もいる。どんなキャラクターだって好きな人はいる。

自分経験から身を持ってそれが分かっている。だから私は書かない、そう言いたい。

2018-02-02

anond:20180202163431

読み辛かったから整理したぞ。

人間関係疲れた

自己紹介

私は落ち着いてる人なんて滅多に増えないジャンル活動中の既刊の在庫があり、通販を行っている腐女子だ。本を出版したり感想を言い合ったりして、身内ジャンルに似た状態でのほほんと楽しんでいた。けれど、新しく入ってきたある人物存在が耐えられず、嫌になった。その人物自分の趣向を他人押し付けており、強要し続けている。何を見てもその嫌いになってしまった人の影がちらつく。

腐女子から、男同士を描きたい。先天性の女体化地雷

その趣向とは、女体化だ。後天性女体化最後には元に戻るという話であれば、まだ理解出来る。最初から女として生まれてきたならそれは全く違う別人で、同じように成長はしなかった筈という拘りを捨てきれない。

二次創作全般は、キャラを筆者の玩具にする行為だとしても。

貴方は好きでも私は好きではない。

さなジャンルで長くいてくれたら嬉しいなと、感想を言いあう。それから親密にもなる。しか地雷シチュの話を創作してとせびられても無理なものは無理だ。私が女体化を描かない理由は次の通りだ。萌えないものには労力を割けない。好きだといいきかせて作ったものが、人の心をうつとは思えないのだ。他人萌えをある程度のラインまでは許容出来る。でもその好きを強要されても同意出来ない。大多数の人間が好きだというものを全ての人間が好きになるわけじゃない。自分の好みを「世間が」とマジョリティを振りかざして押し付けられている。その他の誰かの好きは私には関係ない。好きだと言っている人とだけ楽しんで欲しい。嫌いだと公言した事はなく、好きだと公言した事もない。好きじゃないものは、敢えて公言してない。女体化の話をみんなでしていても、その輪の中に加わることはない。好きじゃないから、わざとそうしている。何も言わない事と好きを履き違えないで欲しい。そうして、好きじゃないもの強要され続けて、好きではなくなってしまった人と同じジャンルで、今まで通りいる事が辛くなってしまった。

結論

もう疲れてしまったが嫌いな人を突き放し、対立する気力はない。嫌がらせをし、攻撃して、他人を追い出して得た安寧に価値はない。自分の正しさが絶対ではないが、私が今いるこの場所は、他人を傷つけてまで、欲しがるほどのものではない。

なので私がこの場所を離れるしかないのだ。嫌いを共有したくないというスタンスの為誰にも話をしていないが、賛同者が居る可能性はある。でも私はその人を置いていく。本当に好きな人けが残ればいい。数年後にはその人はいなくなっているかもしれない、そうなったらまた帰るんだろうし、もっと夢中になれる事を見つけていれば帰らないかもしれない。その点は自由にやるつもりだ。

一度ジャンルを離れよう。ズルズルと継続するのは嫌だ。それはきっと辛い。行きたいジャンルはまだないがそれでも何か新しい好きを探すのは、きっと楽しい筈だ。しかし名残惜しいのであと一回だけ、イベントを申し込んでいるのでそれで本当におしまいにしよう。

腐女子愚痴

疲れてしまった。人に、人間関係に。

ジャンル自体も落ち着いてる。人なんて滅多に増えない。その中でのんびりと楽しく本をだしたり感想言い合ったりして、身内ジャンルみたいな状態でのほほんと生きてたし、それが楽しかったけど、新しく入ってきた人の存在がもう私には耐えられなくて、嫌になってしまった。

ジャンルは好き。かきたいものはある。でもあの人がいるなら別にかきたくないし、発表したくない。地雷シチュの話をふっかけられても、何にも楽しくない。好きじゃないから。

他の人もみんなその人がいう地雷シチュの話をし始めたら、もう駄目。自分が好きなものがないから嫌なんて、そんな子供みたいな事言わないでって自分でも思う。でも駄目。私には女体化の良さは分からない。

多分よっぽど地雷らしい地雷なんてない。スカもリョナモブレも自分が好きかどうかは置いておくけど、嫌いじゃないし読めるし読む。

大スカは多少抵抗あるけど、小スカは割と好きだしモブレも好き。性癖範囲はそれほど狭くない、と思う。ハピエンもバッドエンドも死ネタもなんでもOK

でも女体化は違う。

一時的に何かのアクシデント女性の体になって最後には元に戻るみたいな話なら、まだ受け入れられるけど、先天性の女体化って本当に無理。

最初から女として生まれてきたならそれは全く違う別人で、同じように成長はしなかったでしょう?

二次創作全般を、キャラを筆者の玩具にする行為だと認識した上で言うけど、それってキャラを都合のいい玩具にしてるだけで別に好きなわけじゃないでしょ?

私は男性同士の恋愛を好んで読むしかく、腐女子から、男同士であってほしい。

女体化好きな人腐女子名乗るななんて言うつもりはない。

特殊性癖だから配慮しろ!と声を大きくして言うつもりもない、配慮なんてしなくていい。

そもそもBL自体特殊性癖だから。かきたいものをかきたい時にかきたいように、かけばいい。

でも自分が好きなもの他人も当たり前のように好きだと思わないで欲しい。貴方は好き、でも私は好きじゃない。

大きくないジャンルで、王道CPでもないから、最近になって話をするようになった人は勿論目に入る。

長くいてくれたら嬉しいなと思うから感想を言ったりする。それから仲良くなったりも、まあする。

でも地雷シチュの話をかいてってせびられても無理なものは無理。

萌えないもの時間と労力を割いてはかけないよ、趣味から

だって微塵も興味がない。好きじゃない。わざわざ好き好んで見たくない。

自分に、自分の好きなものを認めない攻撃性がなくて良かったと思う。

自分萎え他人萌えだと理解しているから、世の中の全ての事象をある程度のラインまでは許容出来る、出来ている。

でもその好きを強要されても同意出来ない。私は好きじゃない。

みんな良いって言ってくれるのに、みんなも好きだって言ってるのに。ってだから何?みんなって誰?他の誰でもない、私の主人格の私が好きじゃないって言ってるんだから、他の誰が好きでも、確固たる事実として、私は好きじゃないんだよ。

大衆が好きだっていうものを全ての人間が好きになるわけじゃないよ。自分の好みを「世間が」なんて大義名分振りかざして押し付けないで。

「みんな好きだって言ってるし、かいてるんだから○○さんも次の新作とか新刊は」ってその他の誰かの好きは私には関係ない。

好きだって言ってる人と楽しんで。私は嫌いだと公言した事はないけど、好きだと公言した事もない。

きじゃないから、わざと公言してない。

女体化の話をみんなでしていても、その輪の中に加わることはない。

きじゃないから、わざとそうしてるの。

でも嫌いだとわざわざ公言して、周りに配慮しろというつもりがないから、嫌いだと公言してないの。

嫌いだと言わないのは、他の誰がそれを好きでもそれを他人の事として受け入れられるからであって、決して好きだからじゃない。

どんなものにも好きな人がいる以上、わざわざ嫌いだと口に出す必要がないから、嫌いだと言っていないだけ。

何も言わない事と好きを履き違えないで。

そうして、好きじゃないもの強要され続けて、好きじゃなくなってしまった人と同じジャンルで、同じようにいる事が辛くなってしまった。

何を見てもその嫌いになってしまった人の影がちらつく。

でも今のジャンルは好き。

楽しい

嫌いに、なれない。

そんな気持ち半年同じ所にいたら、もう心の方が先にダメになってしまって、最終的に女体化をかかない私の作品なんて、誰も求めていないんだって思うようになってしまった。

それでも私は女体化をかかない。だってきじゃないから。

好きに、なれないから。

無理して好きになったものに、価値があるとは思えないから。

好きだといいきかせて作ったものが、人の心をうつとは思えないから。

半年からずっと、一回ジャンルを離れようと思ってる。

好きだけど、距離を置いて、作品も全部一回消してしまって、既刊も全部処分して、通販もやめてしまって、何も残さず、何も持たず、全てを今ここに置いていく。

そうでもしないときっとズルズルと好きで嫌いのまま、継続してしまうから

それはきっと辛い。

何にも持たない私はきっと心が軽くて、どこにでもいけるんだと思う。

行くところもいきたいところも、何にもないけど、それでも何か新しい好きを探すのは、きっと楽しい

もう疲れてしまった。嫌いなものを嫌いと言わない事に。

嫌いな人を嫌いと言わない事に。

嫌いな人と仲良くする事に。

好きが嫌いに変わる前に別れれば、きっと好きなままでいられる。

どうでも良くなってしまうかもしれないけど、私に嫌いな人を嫌いだと突き放して、人と喧嘩をする元気はない。

嫌がらせをして、攻撃して、他人を追い出して得た安寧に価値なんてないし、意味もない。

そもそも自分が嫌いなものを、人には言えないような手段排除して、それでも同じところにいるなんて、正しいと思えない。

自分の正しさが絶対だとは思っていないけど、私が今いるこの場所は、他人を傷つけてまで、欲しいものではない。

からきっと、私がこの場所を離れるしかない。

きっと私が愛したあのジャンルは、あの人が自分の好きを他人押し付けて、強要し続ける限り人が減っていくのかもしれない。

嫌いを共有したくないから誰にも話をしていないけど、にこやかに話している裏で同じように苦しんでいる人が居るのかもしれない。

でも私はその人を置いていく。

本当に好きな人けが残ればいい。

見えないくらい遠くから、見ているから。

数年後にはその人はいなくなっているかもしれない、そうなったらまた帰るんだろうし、もっと夢中になれる事を見つけていたら帰らないかもしれない。

それならそれでいい。

あと一回だけ、イベントを申し込んでいるから、それには出る。それで本当におしまい

終わりはいつでも寂しい。

2018-02-01

anond:20180130220409

前向きな言及ありがとう

でも、「オタクと呼ばれ続けてきた人」達は全く共感しないと思う。

例えばね?

君がリアルで「僕は増田に書いてる」って宣言して、悪い人間ばかりじゃないと公言したとする。

でも、そこで返ってくるのは「増田って何?」だとか、「ああ、あの2ちゃんねるっぽい匿名日記ねw」だとか、「えー?www オマエあんなとこ使ってんの?ww」みたいな言葉で、そういう認知が定着している(とする)状態で、「増田を悪く言わないで欲しい」なんて言っても笑われるだけなんだよ。

仮に誰か一人が悪意を持っていたとして、「ほら、やっぱり増田ってああいう奴が多いだろう? 気にしなければいいのに」って陰で言ってたらどう対処する? 多数派になれると思うかい

メディアに関わる人間自身が「ネガティブソースの方がポジティブニュースより注目されやすい」って言ってるし、分かってるハズなんだよ。

その上で法に触れてしまう個ではなく、場合によって定義も変わるような集団として黙らせてきている。

オタクはうるさい」ってね。

もし仮にオタクって言うのが禁止になっても、元増田意図とは真逆な言論封殺に近くなるし、今度は既存メディアのほうが畏縮していくかもね。

どちらにしてもこのままじゃスポンサーけがやりたい放題になっていくだけだよ。困ったもんだ(笑)

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