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はてなキーワード: ラテン語とは

2019-02-23

なぜ十二星座のなかで牛と羊にだけ「牡」が付いているのか

まず、江戸時代までは中国の「星宿」が使われており、西洋星座が広く知られるようになったのは明治になってからであった。

現在星座名に統一されるようになったのは、以下のPDFによると1910年ごろであるらしい。

https://tenkyo.net/kaiho/pdf/2013_05/03rensai-03kabumoto.pdf

また、『日月地球渾轉儀用法』で興味深い内容として、十二宮解説において、

然ルニ今日実際ノ天文ヲ按スレ三月ヲ以テ大陽白羊宮ニ立タスシテ却テ隣宮ノ雙魚ニ立ツヲ見ル因テ其然ル所以ノ原因ヲ考察スレハ蓋シ是レ三千年ヲ流過スルノ間毎三月廿一日ヲ以テ大陽位置スル赤道上ノ春分点下ニ出スハ甞テ白羊宮ニ在リシト雖モ年々徐々ニ遷移シテ終ニ雙魚宮マテ来リ

というように星座と宮を同義的に用いていることがあげられる。また、Geminiの訳語として「雙児宮」ではなく、「雙女宮」という名称が用いられているが、この名称は『星学図説』や『星学捷径』、『百科全書天文学』など、今回紹介した天文書においても同様に用いられている。

1910年発行の『天文月報』第2巻第11号所収の「星座名」において、91星座(88星座ではなく)の日本語訳名が与えられているが、そこでは「雙子」と記されており、当時の『天文月報』編集主任であった一戸直蔵は自らの著『星』において、

獣帯の十二星座とは次ぎの通りである。括弧内の名称は従来多くの書籍散見したものであるが、近頃我国の天文学者一同の評議で、訳語一定した

と述べて「雙子(雙女)」と記していることから日本においてGeminiは1910年女性から男性になった、と結論していいだろう。

ここで「黄道十二宮黄道十二星座が同一視されている」とあるが、「白羊宮」「金牛宮」といった黄道十二宮名称は、西洋占星術インドを経て中国に伝えられたとき漢訳されたもので、日本には平安時代に入ってきて宿曜道として広まっている。

西洋天文学体系が入ってきたのは明治であるが、占星術においてはそれ以前から名称存在していたということである

実際、中国では「白羊座」「金牛座」で定着しているので、日本でもそうなっておかしくはなかったと思われる。

ちなみに、中国では「双女座」というと「乙女座」の異称らしいのだが、日本では「双子座」の異称認識されていたようである。このあたりは謎。

さて、「一戸直蔵の『星』」は以下で読める。

https://books.google.co.jp/books?id=2soa36rEEWMC&dq=%E7%89%A1%E7%89%9B%20%E9%87%91%E7%89%9B&hl=ja&pg=PP48

かに「近頃我国の天文学者一同の評議で、訳語一定たから、其方を主として、従来のは併せて記すこととした。」とあり、その後に「牡羊(白羊)」「牡牛(金牛)」と記されている。

これまでは白羊・金牛と書かれることが多かったもの牡羊牡牛統一した、というわけである

天文月報』第2巻第11号は日本天文学会のサイトで読める。

http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1909/pdf/191002.pdf

天文学術語を和訳せしもの区々にして一定せず。これ天文学普及上著しき故障なるを以て、本学を専修する人々相謀り、数年前より最も適当なるものを得んと考究中なり。

「数年前より」とあるように、確かにそれ以前から天文月報上では「牡羊座」「牡牛座」で表記統一されている。

実は1908年10月天文月報第1巻第7号にもこのような質問がある。

http://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1908/pdf/190810.pdf

数年前迄は小生等星座を呼ぶに、何某の星宿とも呼び申候。又黄道上の星座は何々宮と申来り候処、茲に記載されたるものは皆何々座と申候は天文学会にて新に術語として択ばれたるものと被存候。

「数年前までは星座を呼ぶのに『何某の星宿』とか黄道上の星座は『何々宮』とか呼んでいたが、天文月報ではすべて「何々座」と記載されている。これは天文学会にて新たに術語として選ばれたものだと思うが、何と読めばいいのか」という質問で、さらに、

茲に記されたる星座黄道のものは白羊、金牛、双女、巨蟹等の名を捨てられたるは一に羅甸語を翻訳せられ候と被察候。

黄道上の星座について『白羊』『金牛』『双女』『巨蟹』などの名前が捨てられたのは改めてラテン語から翻訳したためだろう」とも書かれている。

それに対する回答では、黄道十二星座については触れられていないが、あえて否定されているわけでもない。

残念ながら、これ以上に命名の詳細な経緯は分からないが、ひとつには「黄道十二宮」と「黄道十二星座」の違いがあるかもしれない。

すなわち、当初はこの二つは概ね一致していたが、年を経るにつれてズレていったので、現在ではたとえば「白羊宮」は「牡羊座」と一致しない。

実際の黄道十二星座は大小さまざまであるが、サインは実際の星座とは別に黄道12等分したものである。初期には実際の星座サインは、大雑把に一致していたが、歳差によってずれていった。

天文学者たちがこれを考慮し、占星術との使い分けを企図して名前を変えたのであれば説明はつく。

以上より、「牡羊」「牡牛」という命名のものは既に指摘されているとおり「ラテン語のAries・Taurusを直訳したから」ということになるだろうが、それは明治期の天文学者たちが名前を付け直したからであって、決して必然的ものではなかった。

何かが違えば「牛座」や「金牛座」が使われていたかもしれず、「原語や神話から考えれば牡羊牡牛に決まっている」などと居丈高に言うのは後知恵もいいところだと思う。

余談。

星座名はこの天文月報のもので決定というわけではなく、その後も議論が交わされ、最終的に1944年学術研究会議が発表したものが決定版とされているようだ。

以下のPDFからはそうした議論雰囲気がうかがえるかもしれない。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/167055/1/tnk000171_322.pdf

2019-02-22

anond:20190222151201

なさそう

ラテン語のlibraはギリシャ語のlitraと同じ語で、どちらも重さの単位または秤を指すので英語の「リットル」の語源であるらしい

自由(liber)はギリシャ語だと全然違う語になる

2019-02-05

anond:20190204234132

ロマンス諸語を四つも勉強するなら、ラテン語も学んでおくに越したことはないと思うよ。でも、積極的に使うつもりがないのなら、初級文法を一通り学んで簡単リーダーを読む程度でいいかも。

勉強の順番は、自分が一番使いそうで一番力を入れたい言語から始めればいい。ラテン語はその後からでじゅうぶんでしょ。僕は、フランス語ラテン語イタリア語と学び、スペイン語まではたどり着けないでいる。(そのうち学びたいけどね)

たぶんラテン語よりもフランス語イタリア語などの現代語の方が学びやすいと思うので、現代ロマンス諸語を一つやったあとでラテン語をやると楽だと思う。

2019-02-04

ラテン語を学ぶべきか

3ヶ国語増田anond:20190204024106)のブコメラテン語の話が出てたので。

ロマンス語系の言語勉強したことはないんだけど、これからいくつか勉強したいと思ってる。

具体的にはフランス語イタリア語カタルーニャ語ルーマニア語勉強したいんだけど、個別にやるよりまずラテン語やった方が早いかな? どう思う?

ラテン語はわかった方が便利かなとか格言引用できたら格好いいなくらいで積極的に使うつもりはあんまりない。

2019-01-29

medium datum stadium millennium複数形

media data stadia millennia

-umが-aに変わる

ラテン語由来でかっこいい

2019-01-24

anond:20190112133139

言語の変化を「合理的客観的」に制御できると考えているとすれば、ちゃんちゃらおかしいとしか言えないな。歴史的に見れば、言語の変化は、生物進化のようにとらえどころが無いものだよ。

言語人間によって使われる…運用パロール)の中で変化していくものであり、規律ラング)によって生まれたりはしない。いかに「合理的客観的」に整えられた言語であっても、それを使う人がいなければ消えていき、人々によって「使われる」言葉けが生き残っていく。そして人々がそれを使う基準は、残念ながら「合理性客観性」ではなく、もっと泥臭かったり、あるいは、単純に面白かったり心地よかったり、自分にぴったりと感じられるか否か、だ。ラテン語欧州各国の言語を比べてみれば分かるだろう。

昨今、ケータイ小説から始まって、ネット文体ラノベ文体やなろう系がかなり日本語シンプルアップデートするべく頑張っている

ここは全然からないな。むしろその逆でネット文体ラノベなろう文体こそ文末表現等の多彩さや新語造語が見られるし、どんどん新しくなってどんどん陳腐になって入れ替わっている。その場そのときしか通用しない独特の詩的な表現というのも当然無限に作られる。

から、まさにその「無限に」生成され多様に複雑に生まれ消えていく言語使用実態の中から、次なる時代言語誕生していくだろう、ということが言いたかったんだよ。誰もが気軽に表現交流できるテクノロジーに支えられて、生物進化における「爆発」のような状況がいま日本語に訪れている。もちろん、それらの言葉の大半は、馬鹿げていて、複雑すぎたり、一時の流行の中で消え去るものに過ぎない。だが、そのような大量の絶滅動物の中から、ほんの一握りの次代の覇者が生まれてくるんだよ。遺伝子突然変異ほど無作為ではなく、しかも、他のDNAを取り入れることも素早くできる「言葉」の進化においては、100万年に相当する進化が100年もあれば可能だろうな。そして、それを支えるのは断じて「理」などではない。もっと感性的な何かであり、大量の試行錯誤こそがそれを成立させる鍵だ。

「頑張っている」と書いたのは、何も書き手個々の努力を指して言ったわけではないんだ。それはそれで貴いものだとは思うが、それよりも書き手読み手相互関係し合い大量の人々によって大量の試行錯誤が生み出されている状況を鳥瞰して言ったものだ。あなた見解は、その点で誤解が生じたものなのかもしれないな。

2019-01-22

[][][]「人間戦争をやめて、平和に生きるためには、どうすればいいだろうか?」と、いつも考えている。良いアイデアがあれば教えて欲しい。(その2)

日本語 [地球][戦争][平和]「人間戦争をやめて、平和に生きるためには、どうすればいいだろうか?」と、いつも考えている。良いアイデアがあれば教えて欲しい。

  1. トルコ語 [Dünya] [Savaş] [Barış] Daima, "İnsanlar savaşı nasıl durdurabilir ve barış içinde yaşayabilir?" Diye düşünüyorum. Eğer iyi bir fikriniz varsa, lütfen bana bildirin.
  2. ネパール語 [पृथ्वी] [युद्ध] [शान्ति] म सधैं सोच्दछ, "कसरी मानवजातिलाई युद्ध रोक्न र शान्तिमा रहन सक्छ?" यदि तपाईंसँग राम्रो विचार छ भने कृपया मलाई थाहा दिनुहोस्।
  3. ノルウェー語 [Jorden] [Krig] [Fred] Jeg tenker alltid: "Hvordan kan mennesker stoppe krig og leve i fred?" Hvis du har en god ide, vennligst gi meg beskjed.
  4. ハイチ語 [Latè] [lagè] [lapè] Mwen toujou panse, "Kouman yo ka imen sispann lagè ak viv nan lapè?" Si ou gen yon bon lide, tanpri, kite m 'konnen.
  5. ハウサ語 [Duniya] [War] [Aminci] Ina tunanin kullum, "Yaya mutane zasu iya dakatar da yaki kuma suyi zaman lafiya?" Idan kana da kyakkyawan ra'ayi, don Allah bari in san.
  6. パシュト語 [ځمکنۍ] [جګړه] [سوله] زه تل فکر کوم، "انسانان څنګه جګړه ودروي او په سوله کې ژوند کوي؟" که تاسو ښه نظر لرئ، مهرباني وکړئ ما ته خبر راکړئ.
  7. バスク語 [Lurra] [Gerra] [Bakea] Beti pentsatzen dut, "Nola gizakiok gerra gelditu eta bakea bizi dezakete?" Ideia ona baldin baduzu, utzi iezaguzu.
  8. ハワイ語 [honua][kaua][maluhia] Manaʻo pinepine wau "pehea e hiki ai i nā kānaka ke ho'ōki i ke kaua a noho i ka maluhia?" Inā he manaʻo maikaʻi kou, eʻololu eʻike iaʻu.
  9. ハンガリー語 [Föld] [Háború] [Béke] Mindig azt gondolom, hogy "Hogyan lehet az emberek megállítani a háborút, és békében élni?" Ha jó ötlete van, kérem, tudassa velem.
  10. パンジャブ語 [ਧਰਤੀ] [ਯੁੱਧ] [ਸ਼ਾਂਤੀ] ਮੈਂ ਹਮੇਸ਼ਾਂ ਸੋਚਦਾ ਹਾਂ, "ਕਿਵੇਂ ਆਦਮੀ ਜੰਗ ਨੂੰ ਰੋਕ ਸਕਦਾ ਹੈ ਅਤੇ ਸ਼ਾਂਤੀ ਵਿੱਚ ਰਹਿ ਸਕਦਾ ਹੈ?" ਜੇ ਤੁਹਾਡੇ ਕੋਲ ਇੱਕ ਚੰਗੀ ਗੱਲ ਹੈ, ਤਾਂ ਕਿਰਪਾ ਕਰਕੇ ਮੈਨੂੰ ਦੱਸੋ.
  11. ヒンディー語 [पृथ्वी] [युद्ध] [शांति] मैं हमेशा सोचता हूं, "मनुष्य युद्ध को कैसे रोक सकता है और शांति से रह सकता है?" यदि आपके पास एक अच्छा विचार है, तो कृपया मुझे बताएं।
  12. フィンランド語 [Maa] [sota] [rauha] Ajattelen aina, "Kuinka ihmiset voivat pysäyttää sodan ja elää rauhassa?" Jos sinulla on hyvä idea, kerro minulle.
  13. フリジア語 [Ierd] [oarloch] [frede] ik tink altyd, "hoe kinne minsken de oarloch stopje en libje yn frede?" As jo in goed idee hawwe, lit my my witte.
  14. ブルガリア語 [Земя] [Война] [Мир] Винаги мисля: "Как могат човешките същества да спрат война и да живеят в мир?" Ако имате добра идея, моля да ме уведомите.
  15. ベトナム語 [Trái đất] [Chiến tranh] [Hòa bình] Tôi luôn nghĩ: "Làm thế nào con người có thngăn chặn chiến tranh và sống trong hòa bình?" Nếu bạn có một ý tưởng tốt, xin vui lòng cho tôi biết.
  16. ヘブライ語 [כדור] [מלחמה] [שלום] אני תמיד חושב, "איך בני אדם יכולים לעצור מלחמה ולחיות בשלום?" אם יש לך רעיון טוב, אנא יידע אותי.
  17. ベラルーシ語 [Зямля] [вайна] [свет] «чалавек кінуць вайну для таго, каб жыць у свеце, што? Цікава, я павінен,» сказаў, заўсёды думаюць. Я хачу, каб вы сказаць мне, калі ёсць добрая ідэя.
  18. ペルシャ語 [زمین] [جنگ] [صلح] من همیشه فکر می کنم، "چگونه انسان می تواند جنگ را متوقف کند و در صلح زندگی کند؟" اگر شما یک ایده خوب دارید، لطفا به من اطلاع دهید.
  19. ベンガル語 [পৃথিবী] [যুদ্ধ] [শান্তি] আমি সবসময় মনে করি, "মানুষ কিভাবে যুদ্ধ বন্ধ করে শান্তিতে থাকতে পারে?" আপনি যদি একটি ভাল ধারণা আছে, দয়া করে আমাকে জানাতে।
  20. ポーランド語 [Ziemia] [Wojna] [Pokój] Zawsze myślę: "Jak ludzie mogą zatrzymać wojnę i żyć w pokoju?" Jeśli masz dobry pomysł, daj mi znać.
  21. ボスニア語 [Zemlja] [Rat] [Mir] Uvijek mislim: "Kako ljudska bića mogu zaustaviti rat i živjeti u miru?" Ako imate dobru ideju, javite mi.
  22. マオリ語 [whenua][whawhai][te rangimarie] Kei te whakaaro tonu ahau, "Me pehea e taea ai e nga tangata te mutu te whawhai ka ora i runga i te rangimarie?" Mena he pai to whakaaro, tukua mai kia mohio ahau.
  23. マケドニア語 [Земјата] [Војна] [Мир] Секогаш мислам: "Како може човекот да престане да војува и да живее во мир?" Ако имате добра идеја, ве молам дозволете ми да знам.
  24. ラーティー語 [पृथ्वी] [युद्ध] [शांती] मी नेहमी विचार करतो, "मनुष्य युद्ध थांबवू आणि शांततेत कसे राहू शकतात?" जर आपल्याकडे चांगली कल्पना असेल तर कृपया मला कळवा.
  25. マラガシ語 [Tany] [Ady] [Fiadanana] Nieritreritra foana aho hoe: "Ahoana no ahafahan'ny olombelona mitsahatra ady sy miaina am-pilaminana?" Raha manana hevitra tsara ianao dia avelao aho hahafantatra.
  26. マラヤーラム語 [എർത്ത്][യുദ്ധം][സമാധാനം] "മനുഷ്യർ എങ്ങനെ യുദ്ധം നിർത്തി സമാധാനത്തിൽ കഴിയുന്നു?" എന്ന് ഞാൻ എപ്പോഴും ചിന്തിക്കുന്നു. നിങ്ങൾക്ക് ഒരു നല്ല ആശയം ഉണ്ടെങ്കിൽ എന്നെ അറിയിക്കൂ.
  27. マルタ語 [Dinja] [Gwerra] [Paċi] Jien dejjem naħseb, "Kif in-nies jistgħu jwaqqfu l-gwerra u jgħixu fil-paċi?" Jekk għandek idea tajba, jekk jogħġbok għidli.
  28. マレー語 [Bumi] [Perang] [Damai] Saya selalu berfikir, "Bagaimana manusia dapat menghentikan perang dan hidup dengan damai?" Jika anda mempunyai idea yang baik, sila beritahu saya.
  29. ミャンマー語 [ကမ္ဘာမြေ][စစ်ပွဲ][ငြိမ်းချမ်းရေးဆု] နှင့် "လူသားတွေဘယ်လိုငါလုပ်ပေးမယ်လို့ငြိမ်းချမ်းရေးအတွက်အသက်ရှင်နေထိုင်နိုင်ဖို့အတွက်စစ်ပွဲကိုရပ်တန့်?" အစဉ်မပြတ်ငါထင်ခဲ့တယ်။ ငါအကောင်းတစ်စိတ်ကူးရှိလျှင်သင်သည်ငါ့ကိုပြောပြချင်ပါတယ်။
  30. モンゴル語 [Дэлхий][Дайн][Энхтайвны] Би "Хүн яаж дайн тулалдаж, амар амгалан амьдрах вэ?" Гэж үргэлж боддог. Хэрэв танд сайн санаа байвал надад мэдэгдээрэй.
  31. モン語 [Lub Ntiaj Teb] [Kev Tsov Rog] [Kev Ncaj Ncees] Kuv yeej xav tias, "Tib neeg yuav ua kom tsov kev rog thiab ua neej nyob kaj siab lug?" Yog tias koj muaj lub tswv yim zoo, thov qhia rau kuv paub.
  32. ヨルバ語 [Aiye][Ogun][Alafia] Mo nigbagbogbo ro, "Bawo ni awọn eniyan le da ogun ati ki o gbe ni alaafia?" Ti o ba ni imran to dara, jọwọ jẹ ki mi mọ.
  33. ラオ語 [ໂລກ] [ສົງຄາມ] [ສັນຕິພາບ] ຂ້ອຍຄິດວ່າ "ມະນຸດຈະຢຸດສົງຄາມແລະອາໄສຢູ່ໃນສັນຕິພາບໄດ້ແນວໃດ?" ຖ້າທ່ານມີຄວາມຄິດທີ່ດີ, ກະລຸນາແຈ້ງໃຫ້ຂ້ອຍທາບ.
  34. ラテン語 [Terra] [belli] [pace] "bellum humanae quieti, ut in pace vivant, quid? Nescio quid ego," inquit, sunt semper cogitabat. Volo enim vos dicite, si ibi est bonum idea.
  35. ラトビア語 [Zeme] [Karš] [Miers] Es vienmēr domāju: "Kā cilvēki var izbeigt karu un dzīvot mierā?" Ja jums ir laba ideja, lūdzu, dariet man zināmu.
  36. リトアニア語 [Žemė] [Karas] [Taika] Aš visada galvoju: „Kaip žmonės gali sustabdyti karą ir gyventi ramybėje?“ Jei turite gerą idėją, praneškite man.
  37. ルーマニア語 [Pământ] [Război] [Pace] Întotdeauna mă gândesc "Cum pot oamenii să oprească războiul și să trăiască în pace?" Daaveți o idee bună, vă rog să anunțați.
  38. ルクセンブルク語 [Äerd] [Krich] [Fräiheet] Ech denken ëmmer: "Wéi kënne Mënschen a Krich stoppen a liewen am Fridden?" Wann Dir eng gutt Iddi hutt, gitt mir weg.

 


2019-01-21

古典絶対擁護マン古典科目は必要!なぜなら昔の萌えが堪能できるから!」

それ言ったらラテン語なんて紀元前ローマのBLGL本すら読めるだろ

2019-01-07

anond:20190107193344

金管が音圧で他の楽器の響きを吹き飛ばすみたいな演奏とか、フルートドビュッシーだのシベリウスだのでソロ吹いてるときだけ悦に入ってるってのが、まさにあるあるなんだよなあ。

あるいは古楽に走ってトラヴェルソ更にはリコーダーに目覚めるとかね。

でもさ、結局クラシック音楽現代まで残る結果を残した張本人ベートーヴェンなわけだ。

そんでベートーヴェンは、ハイドンモーツァルトが築き発展させた古典派の集大成をやった人。

古典派(Classicism)はラテン語のclassicus由来の単語=古代ギリシャローマ芸術を正統的で模範的ものと捉えるという考え方に基づいていて、要は最高のコンセプトってことでしょ。

まり古典派がクラシック音楽正統派の中の正統派ってことじゃん。

てか絶対音楽とか言われるくらいだし、原点として絶対蔑ろにできないわけで、軽視する神経が理解できない。

バロックヴァイオリン弾く人だってモダン楽器古典派の楽曲の1つも弾けなきゃダメという話もあって、やっぱり古典派の存在感ヤバい

そして、そういう古典派に比べたら、様々な語法やイズムが乱立し始める近現代は、古典落語に対する漫才とか大道芸とか手品みたいな、要は色物演芸ってことにならない?

そこはジャズロックと決定的に違うと思うんだが。

anond:20190106171244

英語では alma mater だね。ラテン語そのまんま。

で、日本語の「母校」は直訳。

2018-12-18

anond:20181218134730

エスカレーター

ラテン語で「e=(ここから)外に」「scala=梯子(でよじのぼる)」「tor=するもの」。

直訳すると「上の階によじのぼるもの」といった感じか。

エレベーター

ラテン語で「e=(ここから)外に」「levare=持ちあげる」「tor=するもの」。

直訳すると「上の階に持ち上げるもの」といった感じか。

scalaは「梯子」という意味

scaleスケール)は「目盛り」や「ものさし」の意味、また「音階」という意味もある。

vectorに対するscalar(スカラー)は「量を増大・減少させる大きさ」。

まり梯子から「段階的な変化」を意味するようになった。

ちなみにエスカレーターという言葉からエスカレート(徐々に激しくなる)」という動詞が生まれた。逆ではない。

levareは、「軽い」という意味のlevisに由来する。

たとえば「levitation(レビテーション)」は「空中浮揚」という意味

「relief(リリーフ)」は「苦痛を軽減する=救済」という意味

「relief(レリーフ)」だと「浮き彫り」という意味

「leverage(レバレッジ)」はテコで持ち上げる。

いずれも「軽い」「重さを取り除く」結果として「上がる」という意味だ。

というわけで「階段」はスカラからエスカレーター、「浮遊」はレヴァーレからエレベーターと覚えればいい。

2018-12-09

anond:20181209012700

とりあえずブログならテンプレあるじゃん

「○○が○○した話」

「○が○してみました」

「○の○○記」

あたりが定番もっと長くするとラノベ風。明るい話にそのままつかえる

 

シリアスだともっと漢語ラテン語みたいなふうに抽出していく。

「○○シンドローム症候群)」

 

で、これらはすでによくある手口なので、もっともっと時間かけてひねってくれ。

漫画書きならロゴ化したほうがいい。

雰囲気にあってるフォントとみくらべてロゴ化するうちに言葉のほうも固まるかもしれない。

2018-12-08

史学科のゼミとか卒論とかって何やってるの

数学科事情、すごく興味深く読んだ。

「数学の修得には時間がかかる」ことの概説 - Unhappy Go Lucky!

ただ、文系学部の「研究」や「卒業論文」の位置づけとかについて、過大評価していただいているような気がしなくもない。日本語とは縁遠い言語を話す地域を専門とする史学科卒の人間として、「ゼミ」や「卒論」の位置づけについて語ってみたい。

ゼミで何をやっているか

いやこれは本当に分野によるのだが、「研究」というよりも「勉強」をやっているところが多い。歴史学というのはまず史料に何が書かれているかを正確に読み解く必要があるのだが、その読み方を徹底的に叩き込まれる。場合によっては修士課程でもこれが続く。もしくは、研究文献の読み方を叩き込まれる。そもそも2・3年前まで高校生だった連中である文系研究書をどのように読むべきかよくわかっていない人も多いし、英語の本を通読なんてしたことないですという人がほとんどだろう。レベルの高い大学なら外国語文献の購読をし(何語なのかは研究分野や参加者による)、あまりレベルの高くない大学なら日本語の本・論文の読み方をゼミで躾けられる。

(「史料」ってのは要するに「昔の人が書き残したこと」。王様勅令だったりお役所行政文書だったりインテリの書いた思想書だったり過激派の撒いたアジビラだったり新聞記事だったり、色々である公文書館に行って実物を見てくる場合もあれば、別の学者がまとめて印刷出版してくれたものを参照する場合もある)

何で学部の段階からゼミに分かれるか、というと、「歴史学とは何か」「史料批判とは何か」みたいな概念方法レベルの話や、「いやしくも歴史学を学ぶ者として最低限踏まえておくべき各地域・各時代の基礎知識」みたいなのを除けば、分野ごとに身につけるべきスキル全然違うので。江戸時代歴史なら江戸時代古文書明治期の歴史なら明治期の文書中国史なら漢文イギリス史なら当然英語古文書……を読まないといけない。イギリスについて研究したい学生日本古文書の読み解き方を勉強しても時間無駄だろう。逆もまた然り。

ぶっちゃけ、「卒業論文」に大したオリジナリティはない

慌てて言えば分野による。

社会調査とかする分野で、自分なりにアンケート調査してみた、とかそういう論文なら、どれだけ拙かろうがオリジナリティはあるだろう。あるいは歴史学でも、オリジナル史料を発掘することが可能な分野ならオリジナリティは出る。

ただやっぱり、学部4年の段階で大層な「オリジナリティ」は出てこない。そもそも外国史の場合史料の読解すら教員の手助けを得てようやく、という人が多い。歴史学では一次史料が重視されるが、私の分野では卒業論文で一次史料を使った時点で優秀な学生の部類に入るだろうなと思う。二次文献、つまり他の研究書や論文をまとめて長いレポート(うちの大学では3万2,000字が下限だったかな)を書けたらOK、という運用をしている大学も多いのではないか。まとめるのにもオリジナリティは出るしね、という苦しい理屈だしそんなの査読つき学会誌に「論文」として発表できるレベルではないが、学会誌に「論文」として出せるレベルのもの要求していると4年では足りないわけで、多くの史学科の学生修士論文で初めて学会誌投稿できるレベルのもの要求されることになる。

何度も言うようにこれは分野による。地味に重要なのが、「その言語大学第二外国語として開講されているか、あるいは教養科目で講義が受けられるか」という点。朝鮮史ドイツ史やフランス史場合韓国語ドイツ語やフランス語文系学部ならたいていは必修の第二外国語として教えられていることが多いので、卒論でも韓国語ドイツフランス語論文は読めて当然だよなあ? というハードモードになることもある。中国史なら「高校から漢文やってるんだしゼミでも読んでるんだから卒論でもちゃん漢文史料は読めるよね? 現代中国語論文も読んでね」ということになるだろう。英語? そんなの読めて当然でしょ? 第二外国語ではなくとも、たとえばトルコ語アラビア語なら多少気の利いた大学なら教養科目とかで開講されているから、イスラーム史やりたいなら学部1年のうちから履修しといてね、という話になると思う。逆に、マイナー外国語必要な分野だと、せめて英語の本くらいは読んどいてね、くらいにまでハードルは下がる。アイスランド史を勉強したいです! と言われても、日本アイスランド語の授業がある大学がいったいいくつあるのか……という話になるわけで。まあ東大の某ゼミではゲエズ語購読とかやってたらしいですけどね。雲の上の世界すぎてまったく想像もつかない。

なので、大学に入った段階で既にどの分野に進むのかなんとはなしの道筋がついていないと厳しい。第二外国語韓国語選択して、やっぱり私ドイツ史がやりたい! というのは不可能ではないが難しい。第二外国語選びの段階である程度進路が決まってしまう、というのが史学科の特徴だ(まあ、英文学科とかは、学科選びの段階で専門地域が決まってしまうわけだが……)。イスラーム史やるなら第二外国語フランス語にしないとね。そんなのついこないだまで高校生だった連中にわかるか! もちろんこれは大学による。西洋史に進学した者にはドイツ語とフランス語双方の習得義務付ける大学もあるそうである。これならヨーロッパのたいていの地域対応できるね! 史学語学と言われる所以だ。

あとは西洋以外の地域だと、「史料に書かれている言語」と「論文に使われている言語」が違うことが結構あって、何でかといえば近代以降に西洋諸国植民地支配されていたりすると「オランダ人研究者がオランダ語で書いたインドネシア史についての先行研究」みたいなのがたくさんあるので。つまりいくらインドネシア語やアラビア語が堪能でもそれだけでは片手落ちで、オランダ語フランス語ができないと先行研究が読めないので勉強せざるを得ない(付け加えるなら、植民地支配されてたということは、お役所では宗主国言語が使われていたり宗主国のお役所植民地統治担当する部局があったりしたわけで、それらの史料は当然宗主国言語で書かれている)。さら前近代史だと、「昔使われていた言語」と「現在使われている言語」が異なっていることが多く、典型的には古文とかラテン語とかである現代日本語論文はスラスラ読めても古典日本語チンプンカンプンという人も多かろう。前近代西洋征服王朝なんかだと大変で、現地語+支配階級言語植民地支配してたヨーロッパ言語、をやらなければいけなかったりする(アラビア語オスマン語+フランス語、みたいな感じ)。いやー、西洋現代史はヌルゲーの領域っすわ……その国の言語ができれば用足りるからなぁ。現地に行けばネイティブスピーカーいるか勉強簡単だし(アッカド語みたいなネイティブがいない言語習得してる人ほんと尊敬する)。もちろんここで少数民族とか国際関係史とかに興味を持ってしまうと語学沼に引きずり込まれるわけだが。イギリス史なら英語だけでいいだろうと思っていたらうっかりウェールズに興味を持ってしまウェールズ語を勉強することになりました、とか、ドイツ語だけで通そうと思っていたら枢軸国外交に興味を持ってしまったせいでイタリア語も読んでます、みたいな。とはいえこれらは院に進学してからの話(あるいは院への進学を希望する学部生の話)だ。院に進学しない学生卒論レベルなら日本語英語or中国語でじゅうぶん、という運用大学ほとんどだと思う。

ヨーロッパ植民地についてしか述べていないのは、日本植民地場合宗主国言語習得する困難はほぼ存在しないからであって、日本植民地支配をしていなかったと言いたいわけではないので念の為。もちろんこれは日本語母語話者である学生の話で、韓国台湾学生あるいはそれらの国から留学生植民地時代自国史を勉強しようと思ったら日本語を読まなければいけないわけであり、なんというか申し訳ない)

でもまあ、卒論書くのは大事ですよ。たとえそれがレポートに毛の生えたレベルのものであっても、院に行かない学生にとっては専門家指導されしっかりと文献を読み込んだ上でこんな長文を書かされる機会はこの先の人生でなかなかないし、それを経験するというのが大学に行く意味だと思う。院に行く学生にとってはもっと長い修論博論書くんだから当然このくらい書けなきゃ話にならんわけで。

院に進んだら何やるの

留学します。

これも分野によるのだけれど、たいていどっかに留学する。中国史なら中国台湾フランス史ならフランス、みたいに。留学先で大学ゼミに参加したり史料を集めたり現地の専門家指導を受けたり、あるいは分野によっては語学勉強をしたりする。もちろん複数国に留学してもいいし、研究対象国以外に留学することもありえる。アフリカ史を研究するためにポルトガル留学した人がいたり(イエズス会士が書いたものを読みたかったらしい)。で、帰国してから博論を書く(たまに留学先でそのままPh.D獲っちゃう人もいる)。

上述のような事情があるので、歴史学を専攻している人はたいてい4年以上博士課程に在籍する。ちゃんとした大学で3年で博士号獲るのは一部のバケモノだけです。たまにいるんだよそういうバケモノが。日本史なら楽勝かというとそういうわけではなく普通に4年以上かかってることが多い。留学期間とかもあるので、博士課程の先輩に学年を聞いても即答できないことが多いから気をつけよう。29歳でドクター? 夢物語かな? まあ本当に文系大学院なんて資産の子供か養ってくれる配偶者持ちか自殺志願者以外は来ない方がいいです。男性歴史学者が書いた研究書のあとがき奥さんへの謝辞が書いてある場合、もちろん本当に純粋感謝の念であることも多かろうがけっこうな確率で一時期ヒモ生活を送っていたことへの感謝だったりする。奥さん実家でチクチクとイヤミを言われた経験を聞かせてくれた教授もいらっしゃる。これ有名大学の教授様になれたから笑って話せるだけで、なれなかったら悲惨だよな……。まあでも、研究者の不遇っぷりは文理問わないか

2018-12-01

詭弁のガイドライン2018年版)

使いやすさと面白さを重視。

参考にしたサイトhttp://lelang.sites-hosting.com/naklang/fallacy.html

ストローマン

藁人形論法

相手の主張を一部分だけ引用したり、極端な形に言い換えたりして、反論やすいかたちに改変してから論破してみせること。

チェリーピッキング

多くのデータの中から自分にとって都合の良い例だけを取り出してきて、都合の悪い例は無視すること。

Whataboutism

そっちこそどうなんだ主義

自分の行動が批判されたときに、それ自体には反論せず、「お前も同じことをやっているじゃないか」と相手の過ちをあげつらう論法

多重質問

互いの合意が得られていない前提が含まれている質問のこと。

最近漫画がつまらないのは出版社のせいだと思うか?」という質問は、「はい」と答えても「いいえ」と答えても「最近漫画はつまらない」という前提を認めてしまうことになる。

最近漫画面白いと思うなら、そもそも前提が間違っているということを指摘しなければならない。

偽のジレンマ

実際には他にも選択肢があるにもかかわらず、0か100かの極端な選択肢だけを提示し、相手を回答不能にさせること。

スリッピースロー

滑りやすい坂論法

いちどでも要求を認めれば、次々と要求を認めなければいけなくなるので、最初要求を認めてはならない、という詭弁

たとえば「いちどでも賃上げ要求に屈せば、どんどん給料は吊り上がって、会社倒産してしまうだろう」といったようなもの

ガリレオギャンビット

迫害を受けたガリレオ結果的に正しかったように、私が批判されているのも私の主張が正しいからだ、といった論法

ガリレオの代わりにセンメルヴェイスやヴェーゲナーが引用されることも多い。

シャーロック・ホームズ誤謬

複数の仮説のなかで、間違っているという証拠があるものを除外していき、最後に残ったものが(どんなに信じられなくても)真実である、という誤謬

言い換えると「間違っているという証拠が見つかっていないか真実だ」と言っているに等しい(未知論証)。

アド・ノージアム

ad nauseam」はラテン語で「いやになるほど」という意味

何度も何度も何度も何度も同じ主張を繰り返すことで、批判者を疲弊させて撤退に追い込み、第三者にはそれが真実であるかのように刷り込む。

「嘘も百回繰り返せば真実になる」。

ラブジョイ抗弁

ある主張に反対するために「子供たちのことを考えろ!」というフレーズを用いること。

ここでいう「子供たち」は主張者に都合の良い架空存在である

ラブジョイアニメザ・シンプソンズ」の登場人物

ゴドウィンの法則

インターネットでの議論が長引くほど、ヒトラーナチスを引き合いに出した不適切比較が行われやすくなる、という法則

あるいは、ヒトラーナチス比較した時点でそれを言った側の負けだ、といったルールのこと。

ヒトラーとの不適切比較は「ヒトラー論証」と呼ばれる詭弁であるが、ゴドウィンの法則自体にも「適切な比較すら封殺する」という批判がある。

モット・アンド・ベイリー論法

常識的な主張と過激な主張を使い分け、過激な主張を批判されれば「私が本当に言いたいのは常識的なことだ」と弁解し、常識的な主張の同意を得れば「過激な主張が立証された」と強弁する論法

本来は「小高い丘(モット)に建てられた天守」と「平地を外壁(ベイリー)で囲った曲輪」で構成された城のことを指す。

「真のスコットランド人ではない」論法

No true Scotsman。「本当の○○は××しない」。

スコットランド人はそんなことをしない」という主張に対し、「俺の知り合いのスコットランド人はそれをしていた」と反例を挙げられたとき、「その人が真のスコットランド人ではないからだ」と定義を変更することで反例を排除する。

ムービング・ゴールポスト

相手の主張に対して根拠要求し、それに回答があると、しれっと要求を変形させて「これでは根拠になっていない」と言う。

醤油ラーメンいちばん人気があるという根拠はあるのか?」「ラーメンの人気ランキングはこれだ」「俺は東京ラーメンについて聞いたんだ、東京に限ったランキングを出せ」といったもの

ギッシュ・ギャロップ

専門家でさえリアルタイムでは答えられないような細かい質問を次から次へと投げかけて相手を回答不能に陥らせる手法

草むらに連れ込んで絞め殺す誤謬

ギッシュ・ギャロップを繰り出し、相手ひとつでも答えられなければ「彼はこの問題について無知である、よって議論に参加する資格がない」といった結論に持っていくコンボ

以下、名前が見つからなかったけどネット上ではよく見かけるやつ。

対案を求める論法

「反対をするなら対案を出せ」というもの

具体的な問題解決しないといけないときに、出てきた対策に反対ばかりしている人に対しては成り立つが、余計なことを始めようとするとき現状維持を望むのは、それ自体が対案となる。

TINA(There is no alternative)」と呼ばれることもあるが、TINAは「他に道はない」と言って押しとおすことなので、微妙に違う気がする。

これを批判するならあれも批判しろ論法

何かを批判している人に対して、まったく別の領域類似問題を挙げて、「これも批判しなければダブスタだ」と言うことで、際限なく戦線を拡大していき、相手対応できなくなることを狙う。

Whataboutismの仲間か。

集団内の複数意見を一人の意見とみなす論法

集団内でも意見が異なることはあるものだが、集団ひとつ人格とみなすことで、異なる意見存在することを矛盾とみなす

右翼Aが「天皇を守れ」と言った、右翼Bが「今の天皇左翼から退位させろ」と言った、それを見て「右翼天皇を守ると言っていたのに退位させようとしている」と主張する、といったもの

2018-11-14

混合した造語

なんかでドイツ語英語が混じった造語が叩かれてた覚えがあるのだけれど

ついさっきメリトクラシー(meritocracy)が読んでる文章に出てきて、これもラテン語ギリシャ語の合いの子だよなって思った

ドイツ語英語語彙借用もあるし、発音体系が一つならいいのかな

2018-10-20

anond:20181020134605

よく考えたらそうだな

ちょっと調べたけど、ラテン語由来で「ペニスの…」を意味する接頭辞はphallo-らしい。

からペニス押し付けるがん診断はファログラフィーだな。

2018-10-10

anond:20181008223053

500年前に生まれてたら

まともな頭をしていれば「ラテン語は多くの国で一番使われているが、英語は一つの国で使われている言語」だと理解しているので「ラテン語を置き換えて英語が使われる」なんてあり得ない

って言ってそうだな

2018-09-26

ガセネタのガセの由来って

ガセネタのガセは、お騒がせのガセだという説明が通説のようだ。

元はテキ屋隠語として使われていた言葉で、1915年の『隠語輯覧』に見られる。 ガセの語源は「お騒がせ」の「がせ」で、本物ではないのに人騒がせな物ということで、「偽物」の意味となったのであろう。 でたらめな情報意味する「ガセネタ(がせねた)」は、1929年隠語の集成『香具師奥義書』に見られ、「ガセ」と同じく古くはテキ屋隠語であった。

http://gogen-allguide.com/ka/gase.html

でも、最近スペイン語でgaceta, gacetista, gacetilla用法をみていて

おやっと思った。gacetaは新聞という意味なんだけど、gacetilleroになると文屋さん的なニュアンスになる。

mentir más que la gaceta(平気でうそをつく、大嘘をつく)

直訳すると「新聞よりも嘘つきだ」

gacetista=ゴシップ好きの人

ちなみに、スペイン語のgacetaは、英語ではgazetteポルトガル語ではgazetaとなる。

日本語のガセも、つねにネタ(伝え聞いた情報)とセットで用いられていることから

もし、これがポルトガルなど、ラテン語系の外来語由来だとすると

ガセの用法類似している。

語源と言われている「お騒がせ」「人騒がせ」と「偽の、不確かな情報」の接点はあまりピンと来ないが、gacetaのガセだとすれば合点がいく。

・・気がするけど、どうなんだろうか。

2018-09-11

ずっと自分は金がない普通の家の人だと思っていた

 小中は公立を出た。田舎に育ったので、レベルの高い公立校に行けない子がいく、レベルの低い私立高校を出た。で、適当に入れた私大入学した。その間、一切勉強しなかった。いや、一度だけ中3の一月に焦って受験勉強をした。もちろん間に合わず志望校は落ちた。が、少しだけ遅れて成果が出た。高1の夏の全国模試偏差値70を全科目で超えた。その後、全く勉強せず、遅刻サボりを繰り返して何とか卒業した。

 大学受験は家から一番遠いという理由だけで、大学を選んだ。入れた私大偏差値はたぶん50くらい。今は少し上がったらしい。

 中学の成績がいつも真ん中あたりだったので、自分偏差値50あたりの、いいかえれば「普通の人」だと思っていた。大学を出たあと、仕事を少しして、海外大学院を修士だけ出て、いま旧帝大博士課程にいる。その間、趣味でつくった文章編集者の目に止まるなどして、急に、環境が変わった。周囲の社会階層が上昇していって、いまは、いわゆる上級国民ばかりになった。友人たちは教授医者弁護士官僚大企業役員の子弟で、就職先は公官庁大企業ばかり。英語は出来て当然で、みなドイツ語フランス語もできる。ぼくは語学が苦手なので英語しか出来ない。あとはせいぜいギリシア語ラテン語辞書を使って読める程度だ。

 博士課程にいるが、学振に落ちたので、翻訳仕事などをして日銭を稼いでいる。先日、単身赴任から帰ってきた友人にあった。月収100万超の彼は飲み仲間で、バカ話をしては呑んで終わる間柄である。その中で、社会資本やら教育格差の話になった。なんとかしたいと思いつつも、何をどうすればいいのか分からない。

 大阪底辺中学校生徒の家庭教師をした友人いわく「家に本がない」子も多いと聞いた。当然、本棚もないのだろう。その家の子は、親からスマホの従量欲しさに殴られて、端末を取り上げられたこともあるらしい。

 大学全入時代というが、実際には、半分の人の選択肢しかない。偏差値など、その半分の中での曖昧な目安にしか過ぎない。しかし、そこに象徴される社会的分断は、想像しているよりも大きなものなのだ。たとえば「ラフマニノフ」と聞いて、ぼんやりとでも芸術関連のことばだと気付くか否かは、どうしても環境に寄るのではないか、と小説家の友人が言っていた。そうかもしれない。そういえば、ラフマニノフは一枚も持っていない。

 ぬるいオタクでもあるので、趣味仲間にはいろんな人がいる。それはすごく楽しい。同時に、恥をかくこともある。ネット仲間の知り合いで初めて会った人が「工場勤務です」というので、研究開発だろうと思って話していたら「ライン作業です」と言われてしまった。自分想像力の無さを恥ずかしく思った。

 親はよく「金がない、金がない」と言っていた。小4のとき引っ越してきた友人の家は金持ちだった。ずっと連絡していないが、誰もが知るPCサプライメーカー社長だった。また父親の友人に、趣味クルーザー釣りに連れていってもらったことがあった。父の友人には、ニューヨークの画商や官僚がいた。彼らに比べれば「金がない」という意味だったのだろう。たしかバブルの頃に、毎週、生け簀のある料亭で食べていたし、家にはマッキントッシュ真空管アンプが数台あった。祖父現金で、さらっと一億用意するのを見たこともある。ごく幼い頃の記憶だ。

 ずっと自分は金がない普通の家の人だと思っていた。無論、何が普通かなどわからない。ただ努力をしないまま、適当大人になった。結果として自分が貧しくなることは覚悟していたが、それ以上に、社会崩壊していく速度のほうが速かった。社会資本がなんちゃら、教育資本がうんたらかんたら。ニュースで見かけ、たまに出会う、自分の「普通」とは違う人々について、チャラチャラと考える。何とか人の役に立てるようになれないだろうか。答えは出ない。

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