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はてなキーワード: ラテン語とは

2024-03-26

anond:20240323135423

ローマ人ローマ字は読めると思うが。というかラテン語音韻体系は日本語とわりとにているし、ラテン語表記法日本語表記に援用したのがいわゆる「ローマ字」だから意味はわからなくとも読むだけなら読めるのでは。ただし日本式場合ヘボン式英語綴りが混ざっちゃってるので。ただ w の読み方だけ前もって「Uと同じだよ」、て教えておかないといけないが。

2024-03-22

anond:20240322141051

厨二というかなんかカッコいい(小並感)が必要なら、エリック・ホッファー、かっくいい(小並感)

 

まったく学校へは行かず、複数言語(ドイツ語ラテン語ほか)・化学物理学鉱物学、数学地理学植物学など様々な学問を独学(図書館)で修めるだけの才能を持ちながら、

炭鉱夫・日雇い労働者季節労働者として放浪して何十年と働いて、

40歳になってようやく留まるようになっても、沖仲仕(おきなかし。船と陸の荷物の積み込みとかする港湾労働者)やって、

縁あって大学教授の得ても、沖仲仕仕事も65歳まで続けた

肉体労働とは無縁で、ただ頭だけで何事も理解した気になる知識人に対して、ホッファーは一貫して辛辣批判を投げかけてた

これが本物ハードボイルドよね。アキ・カウリスマキ監督作品も割とこれ感じる、カッケー

世捨て人になることなく、他者との関わりのなかに生きながら、他者干渉しようとはしないこと。誰かを貶めるのでも、誰かに認めてもらうのでもなく、自らの価値自分自身によって証明すること。それこそが、ホッファーの考えた「真に生きる」ことであり、「すべてが可能であると感じる」ための唯一の生き方だったのかもしれない。

 

教えることのいかがわしさ:エリック・ホッファー田中淳訳『波止場日記――労働思索』(みすず書房、2014) - うろたどな

https://urotado.hatenablog.com/entry/20190904/1567530695

 

様々な学問をぽんぽこ修める高IQ別にあってもなくても別にどうでもいいけど、肉体労働DIYをこなせる器用さと筋力と体格、これはあったらな・・・とは思うよ

まぁ、極端に不器用ゴブリンでクソオタもやしでも、自分に出来ることやればいいだけなんじゃがの

自分に出来もしないことやって、楽しむ時間なくなったら、何の意味も無いもの

 

適性や自分に出来ること考えず働くのはただの洗脳教育洗脳労働から

2024-03-05

anond:20240304161913

英単語はどうしようもないね

ラテン語ゲルマン語の接辞や語根を覚えることである程度理解やすくすることはできるが

それだって接辞や語根そのもの気合いで覚えるしかないのだし

もとは接辞と語根の組み合わせでも歴史的な変遷により語義と単語が直接対応してしまっているものはこれもやはり気合いで覚えるしかない

ボキャブラリだけは気合いと根性世界なのである

2024-03-04

中学生の息子に勉強を教えるときにやった内容

小学校小6~中学1年まで極度に勉強ができなかった。

テスト問題文の理解ができなかったり、問題文の日本語は読めるが表現が気になってその所を何度も確認して先に進めず1問目以降白紙などもあった。

このような状態だと学校集団塾では改善はしないだろうと感じたので、自分勉強につきっきりになることにした。

幸い、私はある程度勉強はでき、中学レベルなら英国数ならほぼ満点はとれる。

まず、問題文を読んで頭がパンクしてしまうことに関しては、深く考えるとパンクしてしまうということなので、そのパンク兆候がでたらその問題から離れる訓練をした。

日々の家庭学習問題集をとかせ、それが発生しそうなら知らせてスキップする。

テストときでも、損切して0点を防ぐ効果がでた。

そのあと、問題文でパンクする問題を一緒に説いて、問題文は何を求めているのか2人でじっくり考えるようにした。

そうすることで、問題文の表現パターンが分かり、次第にテスト問題文の意味が分かるようになってきた。

もともと息子は社会理科は興味があるので、問題文が読めればある程度テストでも点数が取れるようになった。

(一部追記)

なぜ小6から勉強ができなくなったのかというと、小学校の頃は雰囲気でやってもなんとかなっていたから。

しかし高学年だと英語もはじまり、内容も高度化して遅れていった。

私も「小学生なら特に何もやらなくても大丈夫だろう。」という楽観もあった。あまりテスト結果もみてなかった。だがそうならなくだんだんと置いていかれるようになっていた。

よって、6年からできなくなったというわけではなくて、表面化したという表現が適切かもしれない。

数学

問題問題が解消された後は、数学理解が進んだ。

算数小学校時代は苦手だったが、中学にきて意外にも好転してきた。

正負の計算方程式最初の関門だが、正負の計算で今まで『0より小さい数字になるような引き算はできない』というルールに感じていた気持ち悪さが解消され、調和した四則演算ができるので一気に数に対する理解度が増した。

方程式はやり方を教えて何度かやっているうちに、四則演算理解度が高まっていたので難なく扱えるようになった。

その流れで、連立方程式も進んだ。

一次関数数学の第2の関門だが、これは科学史への興味が効果がでた。

デカルトについてと、代数幾何学を同じ計算でできるということを教えたら、興味が増し。

交点が連立方程式でとけることに感動していた。二次関数自主的に予習していた。

国語

興味がある本はどんどん買った。

私が持っている本も年齢的に理解できないとしても貸した。

はじめは音読で読んでいたが、次第に黙読になりスピードもました。

最近国語の読解問題もとけるようになってきた。

たまに私が読んでいた本を息子が読んでいるときに、理解をしているか要約させたりしている。

英語

これが今もできない

元々、文章理解して意図を汲むというのを苦手としていた上に、日本語構造が違うので理解の糸口が見つからない教科だった。

単語の読み方も法則が分からないようで、理解が難しいようだ。

まずは英語文法と成り立ちから教えた。

ラテン語からゲルマン語、ノルマンコンクエストフランス語が入ってきたといういくつかの文明の交わりで言葉が変わっていったというところ教えた。歴史が大好きなのでこういうので覚えてくれる。

曜日ローマ神話、月名とラテン語の数詞とカエサルアウグストゥスなど、そういった言葉語源も添えると覚えてくれる。

そのあとで、主語動詞特に中学校では後半にやるけど5文型は先に教えた。この子構造理解したら先に進めるタイプなので、文法構造からやった。

そのかいあって、単語並び替え問題等では最初は全くすべてをランダムにおいていたのに、今は少しずつ文法構造はわかってきた。

文法は言われればわかるが、単語がどうも覚えられない(覚えてくれない)

単語効率の良い覚え方はレクチャーしたが、英語以外の教科では理解をした後に一気にすべてがわかるブレイクスルー体験したがために、どこか暗記に銀の弾丸があると思っている節がある。

から本人は怠けてしまう。

1年1学期の白紙よりかは良くはなってきているが…今後、改善必要ポイントだ。

勉強のやり方

定期テスト後に学校指定問題集を提出が義務付けられている。

テスト直前になると問題集を解くだけに忙しくなると勉強ができないので、2週間くらい先を進めて予習して問題集をやらせている。早めに課題を終わらせて、自分自身の問題点に向き合える時間をふやす

余談だが、学校でもその問題集を使うので毎日持って帰るのが大変だ。今は学校では置き弁がゆるされているが(じゃないと運べない量)、ちゃん勉強するとなると荷物が大量になるというジレンマがある。

インプットアウトプットの間隔を短くさせるために、1ページごとに採点・間違えたところの確認・再度問題を解く・というサイクルを持たせている。

最終的に、独力で自分課題発見解決のサイクルができればいいが、まだそこは難しい。問題がとけない原因を言語化させるように努めている。

言語化ができれば、半分以上解決したようなものだ。

採点の際には私も一緒にやって理解度を確認している。その際には、あてずっぽうで答えて当たったことをさせないために、回答の根拠ちゃんと聞くようにしている。

今やっている範囲以外のことの理解も足りているか確認もここでする。英語だったら授業範囲ではないが、以前やった単語表現が出てきたらちゃん理解しているかを聞く、

学校指定されている問題集以外にも、たくさん解かなければ身につかないので、市販問題集で補ってやっている。

試験を想定した実戦形式問題場合時間を短めに設定して、制限時間内に終わらせるようにしている。

これはなるべく家庭学習で実戦より難しい状態にしておくことで、実戦が楽になるためだ。

以前のように問題文でパニックになるのを防ぐためでもある。

学校と塾について

学校はあまり勉強に熱心でないと感じた。

良い教師もいるが、教えるのが苦手な教師もいる。

それどころか、学校教科書も体系立てて書かれておらず、そのまま読んでも理解しづらい。

特に英語に感じたことだが、読む・聞く・話す・表現する を重視するあまり文法単語に関してはサラっと先に進んでいる。

指導要領が増えているため時間がないのかもしれないが、とにかく内容がスカスカだと思う。

to不定詞を例にとれば、名詞用法形容詞用法副詞用法 があるがそれをまとめて説明しているページがなく、

英語表現コラム的な位置ちょっと書いてあるだけなのだ

旺文社の『中学総合研究』など総合的な説明が書かれている本を買って、体系づいた知識アクセスできるようにする必要がある。

これに関しては数学も同じだ。

また、受験に関しても中学校の教師はあまり良いアドバイスをしてくれない。問題の傾向などの情報も持っていないようだ

私は塾はなるべく通わせたくなかった。本人の集団学習に馴染めない傾向というのもあるが、それだけでない。

高校義務教育でないにしてもほとんどが進学するようになった現在、進学への対策義務教育の範疇だと思う。

貧乏でも義務教育をちゃんとしていればいい高校に入れるべきなのだが、塾に通わせなければならない現状はおかしいとおもう。

また、塾と部活をやると大人でも過労死基準労働時間に相当する拘束時間になってしまう。それを子供に強いるのはおかしい。

なので、社会の歪みをそのまま迎合するのも避けたかったので、学校がクソなら親の私がその穴を埋めようとしていた。

だが、今年の春から中三なのだが、学校高校受験に関する良い情報を何一つ持っていないので不安しかない。

また、英語がやはり伸びない。

私は勉強はできても教えるプロではないので、やはりプロの力は必要だと思い、個別指導に通わせることにした。

受験の開幕前だが、今までを振り返ってみるとまあ親としてちゃんとできたかなとは思う。

引き続き、今後も息子の自己学習監督していく。

追記

反響があって驚いている。

読み返してみると、勉強のことばかり書いていて詰め込みさせ過ぎなんじゃないかという印象を与えそうなので、一応勉強以外のことも追記しておこうと思う。

まず、ゲームスマホ禁止をしていない。

私がゲームをするし不公平だし、禁止したところで不満が出るだけだ。

ただ、ゲームも「負けて・リプレイをみて・問題点を改善して・試合に挑む」という姿勢学校勉強と同じだということ。成績の上位層の生徒はゲームも大体うまい。ということは教えている。

ただ、ゲームカジュアルにやってほしいので、介入することはない。

スマホ問題をとく15分か30分はLINEをしないという制約をつけている。やることは一つに絞れと。

どうやら女子メッセージ取り合って一喜一憂しているらしいが、私は気づいていないふりをしている。

恋愛などに介入すると親への信頼を損なう可能性があるからね。

anond:20240303120626

古文を習わせないと一般人歴史アクセスできないやん

一応国としては国民歴史アクセスできるように教育を施しましたよって体裁必要なんじゃないの。そうなると達筆すぎて読めないとかはまた別の話になるわけ

ヨーロッパでもラテン語を習わせてる…選択式のところもあるようだが

一般人知識持ってなかったら、一部の歴史学者が余裕で歴史修正できるわけじゃん。一応それを許さないために監視の目を多く作るためにも学習させてると考えれば、そういう意味では文化というのももちろんだが、漫画よりも重要性が高い

国語なんだからこの国の言語を学ぶ授業なわけで、特におかしいことをしてるわけでもない

anond:20240303120626

古文を習わせないと一般人歴史アクセスできないやん

一応国としては国民歴史アクセスできるように教育を施しましたよって体裁必要なんじゃないの。そうなると達筆すぎて読めないとかはまた別の話になるわけ

ヨーロッパでもラテン語を習わせてる…選択式のところもあるようだが

一般人知識持ってなかったら、一部の歴史学者が余裕で歴史修正できるわけじゃん。一応それを許さないために監視の目を多く作るためにも学習させてると考えれば、そういう意味では文化というのももちろんだが、漫画よりも重要性が高い

国語なんだからこの国の言語を学ぶ授業なわけで、特におかしいことをしてるわけでもない

2024-03-03

漢文古代中国語ってことわかってない奴多すぎない?

奈良時代から明治時代まで、日本人の、日本人による、日本人のための文章漢文で書かれてたんだよ?

ローマ帝国が滅んだ後も学術語としてラテン語が使われてたのと同じように中国断交してた時期ですら日本人はひたすら漢文文章を残してた

古代中国語や現代中国語を学んだところで漢文の代わりにはならんのよね

 

あと現代語訳すればええやんみたいな話?

日本漢文には1000年以上の歴史があって、そのすべてを口語訳するのは物理的に不可能よな

まあそういう話ではないだろうけどさ

 

それと役に立たないんだからいらんでしょみたいな話?

ぶっちゃけ人類必要な知って自然科学だけよな

どの時代のどの地域人類にとっても役に立つのはいわゆる理系的な知であって、文学も法も言語歴史も、時や場所が変われば全く役に立たない

平安時代の京でコーランを諳んじられても、は?で終わりじゃん

そういう意味では古文漢文どころか、日本文学日本歴史すら、日本人くらいにしか役に立たないんだよね(日本人でも役に立ってねーよというツッコミはひとまず控えてほしい)

でもさ、だからこそ大切なんじゃないの?って思うわけよ

日本人くらいにしか役に立ちそうもない古文漢文からこそ、日本人が学ぶ意味があるんじゃないのかね

 

最後選択制や大学教育からでいいじゃんみたいな話についてな

まあそれでもいいかもな

でも一つ注意して欲しいことがある

裾野を狭めれば頂点は低くなるってこと

日本文学研究日本研究最先端はもちろん日本大学なわけだけど(だって他所の国は日本人ほど日本に興味ないし)

知の習得を後回しにしたらそれだけ全体の研究の水準は下がる

それでいいのかね?

日本人フランス文学研究するために第二言語フランス語習得したり、西洋哲学を学ぶために古代ギリシア語を覚えるのとはわけが違う

フランス文学西洋哲学研究の本場は日本じゃない

でも日本の文献研究の本場は日本

日本研究最先端が同時に、世界の、人類最先端でもある

そこのレベルが下がってもいいんかね?

煽り気味にいってるが正直下がっても困らんよなとは思ってる、だって日本人しか日本のことに興味持ってないわけだし)

anond:20240303120626

2024-03-02

anond:20240302201948

ヨーロッパ人ラテン語を学ぶのと似たようなことで、ようするに実利は無いってことか。

それなら、研究者ハイソ上級国民などの一部の人けが美学を追求すれば十分だな。

中国ではそのような美学(笑)とやらを重視して科挙をやってたけど、結果として国力が落ちてアヘン漬けだからな。

いまや中国では反動科学技術を中心とした実学を重視していているけど(中国共産党の歴代書記長だけでなく党幹部もみな理系出身)、日本はいまだに古文漢文やってるんだよね。

そりゃ、教育科学技術を中心として国力に差が開いていく一方な訳だ。

anond:20240302141419

検索聞きかじりのラテン語持ち出す前に「先史時代」って日本語意味理解できるようになれよ

anond:20240302140958

歴史って英語historyで、その語源ラテン語のhistoriaでしょ?

historiaって歴史だけじゃなくて物語逸話出来事から先史時代歴史じゃねえの?

2024-03-01

anond:20240229145610

まずは英語圏ラテン語(向こうの古語)をどう教えているか、あるいは教えなくなったのかを理由含めて調査すべきだろう

どうせ周回遅れジャップランドなんだし、日本人が思いつくようなことは先進国ではとっくに議論し尽くされているはず

2024-02-29

anond:20240229160035

程度問題の話をしてるんだよなラテン語より使い所ないだろ

大学で一部の変態が修めたら良いだろと言われても仕方がない

2024-02-27

anond:20240227151914

どっちもラテン語のlevis(軽い)に由来するやで

2024-02-25

ルシオ事件」って記事読んだら面白かった

GS美神は連載終了から20年後くらいになってから読んだのだが、リアタイの人の衝撃もやはりすごかったんだな

http://tsphinx.stars.ne.jp/manken/room/clmn/j_rusiora.html

http://tsphinx.stars.ne.jp/manken/room/clmn/j_rusiora2.html

http://tsphinx.stars.ne.jp/manken/room/clmn/j_rusiora3.html

http://tsphinx.stars.ne.jp/manken/room/clmn/j_rusiora4.html

ルシオラはGS美神の、全39巻中の29巻に出てきた、いわば「ぽっと出」のキャラなのに主人公・横島が初めて真剣に愛した女となる

横島は「ちちしりふとももー」と絶叫しながらもう一人の主人公美神セクハラしてはしばかれるキャラで性欲魔神

女性アプローチするが童貞たわごとというかギャグのように処理されるので、真面目な恋愛ルシオ相手が初だった

ルシオラは敵対する魔族に造られたばかりで、高度な魔力と知性を持つが寿命一年で、また自分を造った父に逆らっても死ぬようプログラムされている

名前ルシオラとはラテン語で蛍で、蛍を核にして造られている

もうとにかく儚げ、守らなきゃ救わなきゃという設定と言動でぽっと出なのに正ヒロインの格がある

後期になってから出てきた女がそれだけの存在感を出してしまうのはあまり例がないことだろう

2024-02-23

anond:20240223074800

エリック・ホッファーみてーに生きたいよな。選べるなら選びたい生き方ひとつ

 

まったく学校へは行かず、複数言語(ドイツ語ラテン語ほか)・化学物理学鉱物学、数学地理学植物学など様々な学問を独学(図書館)で修めるだけの才能を持ちながら、

炭鉱夫・日雇い労働者季節労働者として放浪して何十年と働いて、

40歳になってようやく留まるようになっても、沖仲仕(おきなかし。船と陸の荷物の積み込みとかする港湾労働者)やって、

縁あって大学教授の得ても、沖仲仕仕事も65歳まで続けた

肉体労働とは無縁で、ただ頭だけで何事も理解した気になる知識人に対して、ホッファーは一貫して辛辣批判を投げかけてた

これが本物ハードボイルドよね。アキ・カウリスマキ監督作品も割とこれ感じる、カッケー

世捨て人になることなく、他者との関わりのなかに生きながら、他者干渉しようとはしないこと。誰かを貶めるのでも、誰かに認めてもらうのでもなく、自らの価値自分自身によって証明すること。それこそが、ホッファーの考えた「真に生きる」ことであり、「すべてが可能であると感じる」ための唯一の生き方だったのかもしれない。

 

教えることのいかがわしさ:エリック・ホッファー田中淳訳『波止場日記――労働思索』(みすず書房、2014) - うろたどな

https://urotado.hatenablog.com/entry/20190904/1567530695

 

様々な学問をぽんぽこ修める高IQ別にあってもなくても別にどうでもいいけど、肉体労働DIYをこなせる器用さと筋力と体格、これはあったらな・・・とは思うよ

まぁ、極端に不器用ゴブリンでクソオタもやしでも、自分に出来ることやればいいだけなんじゃがの

自分に出来もしないことやって、楽しむ時間なくなったら、何の意味も無いもの

 

適性や自分に出来ること考えず働くのはただの洗脳教育洗脳労働から

2024-02-22

anond:20240221194929

ほー、ラテン語ね。為になったわ。

ラテン語は、イタリア半島中西部の一都市言語として生まれました。古代ローマ帝国公用語として使用され、ローマ帝国滅亡後もローマ・カトリック教会公用語となりました。中世から近代の初めに至るまで、カトリック教会を中心とする全ヨーロッパ知識層の共通文語として用いられました。

ラテン語は、フランスイタリアスペインポルトガルルーマニアなど、すべてのロマンス諸語の母体です。英語を含む多くの言語に影響を与えています

現在ラテン語公用語として採用している国はバチカン市国のみです。

生成AIより。

2024-02-21

anond:20240221200257

イタリア語結構ラテン語時代アクセントが保存されとるやで

 ・・・ そういうことか! 知らんかった。 ラテン語風に paenultima にアクセントというわけではないんやな

anond:20240221180650

カエサル古代ローマの人だからイタリア語じゃなくてラテン語ね。(当時はまだイタリア語なんて存在しなかった) 

イタリア語ではチェザーレだと思う。ルネサンス期のイタリア有名人にチェザーレ・ボルジアっておったろ。 

もちろん英語だとシーザーで、フランス語だとセザールで、ロシア語だとツァーで、ドイツ語だとカイザーな。 

anond:20240221180650

ラテン語じゃねーの?知らんけど

しかカエサル家のユリウスさんだったはずが、後々英語読みのシーザー名前として使われるようになるのは不思議だな

2024-02-19

宗教」という問題について語ろう

「私に宗教必要ありません」

宗教勧誘を受けたときによく口にしてしまうこの言葉

多くの日本人にとって宗教は「必要のないもの」という感覚が共有されているように思う。

しかし、本当にそうだろうか。

あるいは、「宗教必要のないもの」という認識宗教問題について冷笑的な態度を生み出し、本当にその問題について考えることを無意識的に避けてしまうのではないだろうか。

宗教(Religion)」という言葉は実は近代語だ。

もともと、この語源となるラテン語における「Religio」は、「(精神的な)深い絆や繋がり」を指す言葉であり、もしくは今日においても「Religious」が指すように「信仰深い態度」そのものを指す言葉として使われていた。今日における「○○教」といったような言葉は、単に「○○の弟子たち」あるいは「○○の後を追う者」といったような言われ方がされてきたし、日本においても「茶道」「武道」などの言葉に残るように「仏道」など「○○道」という言葉があてがわれていた。近代に入るまで「信じる」ということが、より実践的な行為と不可分なものとして扱われていたことがうかがえる。

私なりに「宗教」という問題が何を指すのかを考えてみるところ、それはおそらく「生き方(a way of life)」そのものなのだ

このように言うと、「ならやっぱり必要ないじゃないか。現に私たち宗教に頼らずとも、自分たち生き方に不満がないのだから」と言いたくなるかもしれない。それもひとつの「生き方」だ。

しかし、もう少し俯瞰してみると、これには以下のような構造が見て取れる。つまり日常生活においては必要のないものいるかもしれない。しかし、自身の生きる目的や指針などが根底から揺らいだ時にも果たしてそうだろうか。宗教的契機は必要ときに必ずや立ち現れるものなのかもしれない。

少したとえ話をしよう。

人類史における長い間、「地球は平だ」とする見方が優勢だった時期があった。しかし、当時に生きる人々はそもそも、大半が一生を自分の村で過ごす農民だ。たとえ貴族であっても交流範囲は限られていた。シルクロードを通じて、遠くから物品が運ばれてくるとしても、それは「遠くから運ばれてきたもの」であり、具体的にどのような道を通ったのか、その間に地平線を意識することもなければ、時差について説明する必要もあまりなかったはずだ。つまり、「丸いと考える必要がなかった」のだ。

しかし、時代は移り変わり大航海時代領域国家なども生まれ、人々の交流範囲がどんどんと地球規模に発展していった。その過程で、例えば「他国より手短にインドに行ける方法」を知らなければいけなくなったし、「離れた地域の人と連絡を取る方法」を考えなければいけなくなったし、「大規模な航海を行う必要」にかられた。その過程で、新たな発見を迫られ、徐々に「地球は丸い」という考え方が受け入れられてきた。

これは、地動説VS天動説しろアリストテレス目的論VSニュートン力学しろニュートン力学VSアインシュタイン量子力学しろパラダイムシフトというのは、往々にしてこのように「新たな問題に気付き、これを解決する過程で、認識全体が変容する」ことによって起こってきた。

宗教においてもおなじことがいえる。

まり、「宗教」というものも、そのようにより深い、目の前の生計や、人間関係さらには政治技術、そういった問題を超えた「自分自身は何のために生まれて、何のために生きているのだろう」「この世界は何のためにあるんだろう」といったような問題対処するための、プラグマティック実践論といえる。

そして、「自身生き方に行き詰ったとき」「自身生き方を見直さなければならない時」に、必ずこうした宗教問題に取り組む契機が訪れるのだ。

これは、「既存伝統宗教新興宗教は信じるに値するか」といったような問題とは異なる、より根本的な「宗教的契機の構造」の話をしている。その上で、「どんな信仰体系がその個人にとって意味があるのか」は、その個人マインドセットや、置かれている社会的文化的環境によって異なってくるだろう。もちろん、その人が置かれている社会的文化的環境によっては、特定信仰体系が反社会的であるとされることも容易に想定できる。それこそ、人々が宗教的契機に恵まれる、「自身生き方根底が揺さぶられるショック」を受けた状態に、巧みな言葉を投げかけ、献身的信者を作ろうとする商業主義宗教は、必ず唾棄されなければならないと考えているし、宗教もつ「強固な集団形成力」が誤った方向に向けられ多くの不幸を生み出した事例は人類史を見ても枚挙にいとまがない。伝統宗教価値を見出すとすれば、それは「長年生き残ってきた風習であることに意味を見出す保守主義観点からだと言えるかもしれない。いずれにしても、それが「生き方」の問題である以上、ひとりひとり、さらに状況によっても異なって当たり前だし、多様な実践が見られて当然だろう。

宗教は我々の生き方(a way of life)を根底から見直すときに必ず立ち現れる根本的な認識論であり実践である

これが私の考える宗教という問題であり、宗教に関する多元主義的視座の土台である。ぜひ、みんなの意見も聞かせてほしい。

anond:20240219022948

とは言え、ギリシャ人は明らかにアルファベットというもの発明者であって、それ以前のフェニキア文字などのアブジャドとは一線を画していると思うぞ。フェニキア文字(やアラム文字古代エジプト文字)はアルファベットではないからね。 

また、ラテンアルファベットギリシャ文字バリエーションだというのは確かにそうなんだけれども、ラテン語に合わせて改変しているわけで、その点がラテンアルファベットをほぼそのまま踏襲した英語とは違っている。中世以降の英語は明らかに Latin-envy だろ。スペリングもそうだし古英語時代の固有文字まで廃止してラテン語(とフランス語)に媚びてやがるし。

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