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はてなキーワード: 信仰とは

2017-11-24

anond:20171123233312

いやよく読めって、本題はそこじゃなくてその次

自分信仰もしていない宗教やその信者に一応敬意を払うのはなぜか?」って部分な

自分も一応仏教とか神道とか信じてるから」とかであっさり済むような問題じゃねーぞ

イスラームで言ったら、世界的に信者も多いからあまりバカにするとまずいし、

最悪、悪魔の詩のアレみたいに、イランあたりから暗殺者が送り込まれたらマジでヤバいからだろ?

あるいは欧米白人がそう決めたから、それに乗っかってただ無批判に従ってるだけというのもあるな

いずれにせよ重要なのは、決してあらゆる宗教に無条件で敬意が払われるわけではないという点だ

実際、これがマイナー新興宗教だと、必ずしもそうじゃなくなる

例えば幸福の科学だったら、イタコ芸とか言って、みんな割と堂々とバカにしてるよね?

でも創価学会タブーがあって、集団ストーキングしてくるかわからんからほどほどにしておくのか?

昔のオウム真理教みたいに、対立する人間ガチで殺しに来るような奴らだったら黙るのか?

もしアニメにもそんな狂信者ゴロゴロいて、ちょっとバカにしようものなら即炎上させて回り、

万一住所が漏れたら何されるかわかんなかったらどうする?

お前はそうやってバカにできるかどうかを無意識に決めてるだけなんじゃないか

2017-11-23

anond:20171122205923

おうムスリムの前でも同じようなことを言って来い

あと死ね


いやはや、この人にとってアニメだか何だか趣味は、ムスリムにとっての信仰に近いものだということなのだろうか。

アニメだか何だか知らんが、ただの趣味宗教なみにとらえるとは......

こいつ、完全に頭おかしいわ。ほとんど狂人の域だね。

2017-11-22

anond:20171122114148

まーJKブランドはただの信仰かもしれないけど、昔から十六女(いろつき)十八女(さかり)と呼ぶくらい、高校時の年齢の女は需要が高かったってのはあるよね。

2017-11-21

anond:20171121142556

試しに神保町二郎レビューを書いている人を見てみたのですが。謎の順番(ピックアップ順)でソートして、10件以上レビューを書いている人を拾おうとしたら。沢山書いている人は少ないのですが、中でも10件以上書いている人は、ひたすら二郎高得点をつけるレビューを連投している人で、ちょっと引きました。本当に信仰に近い感覚なんですね。

2017-11-17

コード信仰を知らない人ってどうやって音楽を聞いてるんだろう

赤も青も緑も名前を知らない状態で絵を鑑賞してるようなもんじゃない?

それで楽しめるのだろうか。

anond:20171117172813

元増田です。

それだと嬉しいのですが、別れた理由は実は違うみたいでした。

結婚の話は出てたらしいのですが、彼女さんがある宗教(怪しい感じのやつではないです)を信仰していて、「結婚するなら入信してほしいと頼まれたから」らしいです。

元の文にも書いておきますね。

8つ年上の男を振った

8つ年上のバイト先の社員を振った。

バイトといっても来週辞めるのだけど。その、送別会も兼ねて、バイト先の30歳の男性社員と2人で出かけた。

普段は、バイト近くのファミレスでご飯を食べたりするのだけど、わざわざ新宿イタリアンを予約してくれていた。

たわいもない話で盛り上がっている中、夏休みにどこに旅行に行きたいかの話しが出てきたので「いいですね、彼女さんと行けばいいじゃないですか」と言った。社員には付き合って3年の彼女がいた。

「いや、別れちゃったんですよ」

社員が口を開く。重い空気。そう言うのわかってたけど。だって、急に誘われたし、わざとらしいし。

一週間前に別れたらしい(追記:彼女がある宗教信仰していて、結婚の話を進めるのなら入信してほしいと頼まれたらしく)。そして、帰り際に告白された。わたしには付き合って一年彼氏がいたので断った。バイト先では自分のことをあまり話していなかったので、社員は気づかなかったようだ。

わたしバイト先で友達ほとんどいなかったし、ういた話もなかったし、無難ニコニコしてるおとなしい人って感じなので、イケると思ってたんだろうなあ。

と、まあ、よくある話なんだけど。振る側にまわるのも嫌な気持ちだとわかった。

好きでもない人から好意気持ち悪いとか男の子から好意気持ちいいとか某漫画とは違う。

かなり年上の人が自分の目の前でガッカリと肩を落としているのが、見ていてつらい。つらいのは向こうだし、勘違いさせたのは自分なんだけど。わたし反省すべきなんだけど。

そんなのはわかってるけど、なんか、「なんとも思ってない人から好かれる」って重たいなって身をもって体験した。当たり前だと言われればそれまでなのだけど。

2017-11-14

地毛が茶色いことを理由アルバイト採用を断られた

黒染めするならいいよ、じゃねえよボケ

こっちから願い下げだ。

大阪のクソみたいな黒染め強要話をニュースで見たときは本当に腹立たしかったけど、

東京でも同じ考え方をする人間はいるみたいだ。

ここまで根強く残る黒髪信仰ちょっと異常すぎやしないか

2017-11-12

昔の宗教ってつまりアイドル活動なんだろうな

ライブサイリウムを振って一体感を味わうのと同じ感覚聖書やお経を読んでいたんだろうな。

神父とかが「じゃあ次はここを読みましょう」みたいな事を言うのは、ライブの「そろそろ・行こうぜ・ロ・マ・ン・ス!」と相似の関係にあるのだろう。

日常を忘れて非日常の中で同じ信仰を持つ同士と共に興奮を共有することによって、自分がこの社会に確かに存在している事を再確認しているという点においてやはり宗教アイドルは同じなのだろう。

ではなぜこんなにもアイドル大勢いる時代カルト宗教流行るのか。

その答えは簡単だ。

カルト宗教地下アイドルなのだ

2017-11-11

人類人工知能による支配を受け入れる第4の段階を越えようとしている

人の尊厳死ぬ

であることが機械であることよりも優れているという信仰はもうすぐ死ぬ

我々は最初ソレを否認した。

機械如きが人間よりも優れた結果など出せるものか、どうせ世界を滅ぼしてしまうだけだ、と。

そして次に怒った。

機械を壊し、自分たちよりも機械が優れているという事実否定するために、発展する事の素晴らしさを受容しながらそれを必死にぶち壊そうと暴れまわった。

次に行われたのは取引であり、失敗に終わった。

せめてこれだけは残してくれとあれもこれもと例示しては、その全てが機械に取って代わりうる事が証明され、逆にその取引過程尊厳を感じるべきだと信じていた物の虚ろさすらも白日の下に晒された。

人類は今、抑うつの時を迎えている。

機械にいつか全てが敗北するという事実に怯え、無力感の中で日々を生きている。

データを集めてAIを作るよりも、労働者をコキ使ったほうがずっと安いという理由だけで雇われているサラリーマンが無数にいる。

彼らはその事実に薄々気づいている。

機械化・自動化に踏み切るコスト経営者が二の足が踏んでいることだけが自分たち首にそれなりの値打ちのする首輪が繋がっている事の理由なのだと。

そしてそれは資本家も同じだ。

機械社会的に信用のある地位につける所にまで辿り着いてないからこそ、自分たちがまだ平等の名の元に身ぐるみを剥がされるに至っていないのだという事に気づいている。

世界を包むこの抑うつは、人類人類であることの限界自覚し始めたことによって生まれている。

需要プロセスにたどり着くまであと何十年かかるのだろうか。

人類が敗北を真に認めることが出来た日、人であることの尊厳は消え、そして救いが訪れる。

はいコンピューター、我々は幸福です。

https://anond.hatelabo.jp/20171110182155

御成敗式目は「道理」と「先例」に基づいているというのは中学校とかで習うことだが、これに典型的に表れているのだが、日本では「思想を持たない」というのが思想であるわけだ。武士社会通底する何等かの思想があってその思想法律として表現したものではなかったわけで。

例えば過去中国ではあらゆる法律制度天命思想に基づいていることは当然のこととされていた。この為天命思想確立に力添えをしてきた時代ごとの思想家たちが偉大な思想家として記憶されている。現代中国では天命思想否定されている。しかし、思想に基づき国家統治されるというのは今でも常識であり、だからこそこの前の党大会習近平思想の扱いがどうなるかが注目されたわけだ。

では遠くヨーロッパを眺めてみればどうかと言えば、メルケル発言を見てみればよい。

ヨーロッパキリスト教クラブでないというのは正しい。しかヨーロッパ人権市民権を基本とするというのもまた事実です。そしてここドイツでは、人権市民権キリスト教人間像に重ねているのです

ここでは明確にキリスト教という思想(思想宗教区別する人たちも世の中にはいるがあえて区別する必要はないと俺は思う)に基づいて統治が行われることが宣言されている。だいたいメルケル政党名前からして「キリスト教民主同盟」なわけで。

このような考え方があるため、ヨーロッパにおいても偉大な思想家というのが度々現れる。

思想とはもちろん政治思想だけを指すのではない。だが、個人生き方という面でも日本では思想は明確に否定される。状況に応じて態度を切り替えられる人間が通常日本社会ではまともな人間として扱われるのであって、強固な信仰思想に基づいて一貫性のある立場を取ろうとする人間はあまり高く評価されない。究極のプラグマティズムであり、究極の事大主義だ。

こうした社会においては「偉大な思想家」は存在し得ない。このような社会の状況を言論表現する学者過去様々に存在していたが、当然ながらそのような人たちは記憶されることもない。

一向宗創価学会など政治的に大きな影響を振るった新興宗教いくらかあったが、結局のところ日本社会伝統に破れていった。石山合戦織田信長勝利に終わったし、公明党池田思想を捨てて自民党改憲軍拡追従する勢力となった。その自民党にしたところで明確な戦前回帰のような思想があるわけでもなく(故に日本会議イデオローグたちは安倍政権批判である)たんに「アメリカに言われたから」とか「北朝鮮が」「中国が」などという状況に反射的に対応しているにすぎない。

https://anond.hatelabo.jp/20171111120743

仏教は素晴らしい。

が、それを信仰してる人間がどれだけいるのかってとこよね。

安月給でつらい仕事をさせられて、将来にも見込みがない。それでも私には仏教があるから大丈夫、と言える人が今の日本にどれだけいるのか。

下手すりゃ創価学会の人ぐらいじゃないか

2017-11-09

anond:20171109005432

お前が納得しそうな反論ってどんなの?

要求するにしてもちゃんと条件を書けるんだろうな

それが明文化できないのに嘘認定してるんだとしたら単にお前の気持ち信仰問題だぞ

2017-11-07

「この世」のつまらなさが異常だなあ…

例えば

金を極めたところでロスチャイルド家ロックフェラー財団みたいに裏から世界支配して

自分らは金稼いで他人から搾取するのは正当だと心身ともに強くするために毎回悪魔信仰して心を強くして

一生懸命学んでやることが裏から人間支配して栄華を極め続ける、たまに内紛する、みたいな

それやってる間は悪魔信仰博愛トレードオフなのでひたすら醜く金を集め続けることでしか

自分存在価値を見出せない集団になる

数字に取りつかれて死ぬまで数字を追いかけ続けて支配者を維持するのが実に滑稽

冨を支配しているのか、富に取りつかれているのか

からキング牧師とかケネディみたいに善として大衆を表だって導くやつらが心底気に食わないんだろうな、殺したくなるほどに

でも殺したら殺したで英雄として永遠に語り継がれるから無駄なんだけど

死んでも愛され続けるなんて金融マフィアたちにはどう転んでも無理

から悪魔信仰を続けるしかない

汚い魂の溝の中で金貨を眺めることでしか自分らを満足できない薄汚れた血統だよ

 

では愛を極めたとこでどうかといえばそれも怪しい

実質的支配金融マフィアがしているのでそいつらが世の中の仕組みを取り仕切っている

偉人たちが生きている間は愛を振りまけるかもしれないが

死ねマフィアたちの仕組みの中でまた生き続けないといけない

から社会の枠組みを破壊するだけの愛と実力を兼ね備えた英雄必要だが

歴史上に出現しそうになるたびに暗殺や没落に追い込まれ

愛をもって力も持つ存在なんて自分らを全否定されるようなもんだから、そりゃ抵抗するわな

 

では民衆として自由謳歌したらどうだろうか

それはそれでありきたりの趣味家族仕事に没頭して自分個人の一生で満足して終わるだけの在り来たりな人生を送る

もちろんそれが凡人にとっての最大限の幸福であることは違いない

しかしそれ以上には決してなり得ない

時代は作らないし何も歴史に残さな

研究結果で名を遺したところで、いなきゃいないで、誰かが代わりに見つけたし仕事をしてただろう

何一つ特別になれずに死んでいく

 

子の世ってつまらないなあ

どうあがいても壁があって

どういう形でも完全な満足にはほど遠い

2017-11-05

http://eikaiwa.dmm.com/blog/26789/

上の記事は、海外で「あなたはどの宗教信仰しているの?」という質問に下手に「私はなんの宗教信仰していません(=無宗教です)」と答えるのはやばいよ、という内容で、無宗教者だというのがNG理由として、

宗教精神を支えるいわば「背骨」のようなもの。このため、何も信じるものがない人のことを、「得体の知れない軟体動物」のように感じてしまうようです。

>また、信仰心の厚い人たちは、その信仰心ゆえに行動が自制され、倫理的道徳的問題のある行動を回避するため、「無宗教?この人の自制心や倫理観大丈夫なのだろうか?」と不安に感じてしまう部分もあるようです。

宗教に関する話題センシティブな面もあるので、「無宗教」と答えるのが無難と思う方もいるかもしれません。しかしながら、単に「無宗教」「神は信じない」と答えたのでは、「信じるものがない空っぽの人」「倫理観が欠如している可能性のある人」と、相手マイナスの印象を与えてしま可能性がありますので、注意が必要です。

と書かれていたけど、これだけじゃないと思うんだよね。

ちょっと海外に住んでたことがあったんだけど、向こうの“無宗教者”と名乗っている方々(の多く)は本当に徹底してる。

ガチで「神の存在さえ一切信じてません」って感じ。クリスマスをお祝いしない(人もいる)し、宗教的施設でお祈りなんてしない。

でも、日本人には無宗教というわりにクリスマスもお祝いするし(商業イベントなので笑)、お寺や神社にお参りする人が多いじゃん?

それって結局、積極的信仰者ではないにしろ消極的信仰者なんだよね。無宗教者とは厳密に違う。だから、下手に無宗教ですと言っちゃうと、クリスマスパーティーに誘ってもらえなかったりするときもある(笑)

記事内で答え方の例として、

> “I’m not a deeply religious person, but…”

「私は信心深い人間ではないのですが・・・

と前置きした上で、次のように答えればよいのです。

“I practice both Shintoism and Buddhism.”

「私は神道仏教の両方を信仰しています。」

とあったけど、私はいつも「よくわかりません。でも、祖母仏教徒です」みたいな答え方をしていた。もしくは、「神様存在は信じています」とか。

答え方なんて人それぞれでいいと思う。でも、ほいほい無宗教ですと言っちゃうのはやっぱりオススメしないよ、みたいな(笑)

無宗教です」と言ってはいけない風潮って何なの?

↓の記事を見て思った

http://eikaiwa.dmm.com/blog/26789/

(この記事あくまきっかけで、以下の内容は上記記事のみに対する反論ではない)

以下のようなことを書いてある記事をたまに見かける。

  1. 海外の人に「無宗教です」って言うと倫理観を疑われる(のでやめよう)
  2. 大半の日本人無宗教ではなく神道仏教信仰している

1の主張に関しては正直馬鹿じゃないかと思う。

何故、外国の人の反応を気にして主義主張を曲げないといけないのか?

2に関しては、これが当てはまる日本人も確かに少なからずいるとは思う。

が、当てはまらない日本人も多数いると思われ、1の主張を補助するためのこじつけ感が否めない。

2の根拠によく持ち出されるのが、初詣

大多数の日本人正月神社にお参りに行くのが、大多数の日本人神道信仰している証拠だ! とか言われる。(ちょっと極端にしてるかもしれないが)

だけど、本当にそうなのか?

かに、お参りに行ってお賽銭投げて手を合わせたときに、心の中で本当に真剣神様にお願い事をしている人に関しては、「意識していないだけで神道を信じている」と言えるかもしれない。

でも、ただの付き合いだったり、お正月暇だったり、「ただなんとなく毎年行っているから」という理由初詣に行って、特に真剣にお祈りすることもしない人たちも大勢いるはずだ。

それを「初詣に行っているから、神道を信じている」というのは、「クリスマスパーティーをやっているから、クリスチャンだ」というのと同じくらい暴論だと思う。

日本人文化倫理観に、神道仏教の影響が強いことは否定しない。

が、それが即ち、平均的日本人の多くが神道仏教信仰している、としてしまうのは、宗教がないことを恥じた故のただのこじつけだ。

一昔前ならどうだか知らないが、少なくとも現代日本においては、あまり正しいとは思えない。

神道世界観仏教世界観も共有していない日本人は、自分含め大勢いると思う。

その存在を恥ずべきもののように扱ったり、無視しないでいただきたい。

anond:20171105174716

こういう「日本国家が太古の昔から変わってない」信仰ってなんなんだろうな。

天皇一族はずっと継続してるけど、その元で国家体制がずっと変わってきたってのが事実に近いと思うけどね。

ずっと小さな革命が繰り返されてきたというか。

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 74話

サンネネトのやり取りが中々に興味深い。

サンアグニに対する信仰偶像に近いんだけれども、それが軽薄ではなくて確固たるものだということを読者にも分かる理屈説明している。

「人は信じたいものを信じたいように信じる」と語られているが、実際それがままならないことがよく分かる。

物語を追っている読者目線で見れば、どちらが正解を言っているかは明白なんだけれども、その前提がない立場だと主張を信じてもおかしくないような論理が展開されている。

メタ的に見れば、本作の能力における説明の粗探しを逆手にとっているとも言えるね。

ジャンプ作家育児に精を出してみた 15話

社会通念に対して、中々に優れたバランス感覚をお持ちだなあと思った。

公衆ベビーカーのスペース問題や、赤ん坊の泣き声問題について正当な権利を主張しつつも、それをウザったいと思う人間気持ち自体否定はしていないのが良い。

もし論理の殻に閉じこもった社会不適合者だったら、「正当な権利行使しているだけで何も間違っていないのだから、ふんぞり返ってればいい」なんてことを言ってたかもしれない。

作家自身がそう思った経験もあり、思われるような立場になって、経験つんからこそだってのが伝わってくる。

社会において重要なのは許容と順応で、それを育むのに杓子定規正論はむしろ害悪だってことを、経験者だからこそ理解しているんだと思う。

「そういうのに寛容でいられない人間愚か者」となるのではなく、「そういうのに寛容でいられる人間は偉い」のほうが健全だもんね。

意見押し付けることはよくないことだが、どうせ押し付けるならポジティブであってほしいし。


彼方のアストラ 45話

上手いこと繋げたなあというか、こじつけたというか。

説得のためにすげえ尺使ったなあとは思うけれども、実際問題として人間が長年積み重ねてきたもの本質ともいえるもので、ちょっとやそっとのことじゃ変わりたくても変われないだろうからね。

メタ的に見れば、「生まれから宇宙に飛ぶまでの十数年の人生」と「宇宙に飛んだ後の数十日間の人生」の戦いなわけで、後者が勝る説得力を持たせたるためには必要ドラマだったとは思う。

それにしてもアレだね、『ナルトしか古今東西ドラマにおいて、主要人物が体の一部を失うことによる絵的な力は凄まじいよね。

今回、「もうどうしようもないんだ」のシーンのくしゃくしゃな表情も中々よかったけれども、ラスト付近の見開きが個人的に効いた。

「そこに見開き持ってくる!?」と思ったんもん。

まあ粗探ししようと思えばいくらでも思いつく場面ではあるけれども、それで持っていかれた。


ヒット作のツメアカください! 1話

あー、あの作者のかあ。

『デッド・オア・アニメーション』は「やりたいことは分かるんだけれどもなあ……」みたいな作品だったが、そのあたりの作家性の問題点担当がちゃんと指摘しているところが良いね

それをメタネタにして、「氷コーヒー」だとかいう話の本筋と全く関係ない情報に1コマ割いている箇所が、あんまりちゃんと機能していないのも良い。

そんなつもりで描いていないならそれはそれでネタだし、そのつもりで描いているのならさほど面白くなっていないのが、これまた担当の指摘を裏付け構成になっている。

本題の話については特に感想を書くようなものはないかな。

そもそも「中堅漫画家が色んな人に話を聞いて学ぶエッセイ漫画」は割と“鉄板”になっているんだよね。

近年だけでも『ジャンプの正しい作り方! 』などのサクラタケシ氏の企画モノ、『大亜門ドンときいてみよう!』、『中川いさみマンガ家再入門』とかあるわけで。

特にコンセプト丸かぶりな『中川いさみマンガ家再入門』とは確実に比較される。

あの漫画、色んなクリエイターの言ったことを読者にも何となく伝わるよう落とし込んで説明するのが上手いからね。

有名な漫画家に話を聞いているだけでも面白いけれども、それだけだと作家の手柄じゃなくて担当など企画を持ってきた人間の力が大きいよねってなっちゃう。

それを今後どうするかってのが課題だろうね。

08憲章

一、まえがき

 今年は中国立憲百年、「世界人権宣言公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である21世紀中国がどこに向かうのか。この種の権威主義統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である

 19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動(1860年代初頭から約30年続いた)はうつわの表面の改良(中体西用)を追求し、甲午戦争日清戦争1894年)の敗戦で再び体制の時代遅れを暴露した。戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派残酷鎮圧にあって失敗した。辛亥革命1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジア最初共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国現代全体主義深淵に陥れた。1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。

 20世紀後期の「改革開放」で、中国毛沢東時代の普遍的貧困絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆生活水準は大幅に向上し、個人経済的自由社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間人権政治的自由への要求は日増しに高まっている。統治者市場化と私有化経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会2004年憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れ直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。

二、我々の基本理念

 中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。

自由:自由は普遍的価値の核心である言論出版信仰集会結社・移動・ストライキデモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。

人権人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである

 平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民社会的経済的文化的政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。

 共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和方法で公共の事務を処理することである

 民主もっと基本的な意味は主権在民と民選政府である民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民真正選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。

 憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。

 中国では、帝国皇帝権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国根本的な活路である

三、我々の基本的主張

 そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。

1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国民主化の法的な基礎を固める。

2、権力分立権力分立現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。

3、立法民主:各級立法機関直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。

4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会解散させ、公器の私用を防ぐ。

5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。

6、人権保障人権を確実に保障し、人間尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。

7、公職選挙全面的民主選挙制度実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民選挙参加は奪うことのできない基本的人権である

8、都市農村の平等:現行の都市農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民移動の自由の権利を保障する。

9、結社の自由国民結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争原則確立し、政党政治正常化と法制化を実現する。

10、集会の自由平和集会デモ示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。

11、言論の自由言論の自由出版の自由学術研究の自由を実現し、国民知る権利監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。

12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体〔宗教活動場所を含む〕は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。

13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識確立し、社会に奉仕する国民美徳提唱する。

14、財産保護私有財産権を確立保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権帰属責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。

15、財税改革:財政民主主義確立納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。公共選択住民投票)や民意機関議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。

16、社会保障:全国民カバーする社会保障制度を構築し、国民教育医療養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。

17、環境保護:生態環境保護し、持続可能な開発提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織環境保護における参加と監督作用を発揮させる。

18、連邦共和:平等・公正の態度で(中国周辺)地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国樹立する。

19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動政治的迫害を受けた人々とその家族名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会設立歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。

四、結語

 中国世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会メンバーとして、人類の平和事業人権進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。

 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。

(括弧)内は訳注。

原文:

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/84859dc4e976462d3665d25adcd04987

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d5a614fa9b98138bb73cd49d3e923b40

転載自由、出典明示)

それからグローバリズムは御覧のとおり理想ではなかった

当たり前だけど海外の安い労働力でまかなえてしまえば

国内労働者が減り経済が回らなくなる

国民労働者であるが同時に消費者であることを忘れてはならない

グローバリズムが加速した先には国内社会的弱者が誰からも助けてもらえない社会が出来上がる

なぜか?

内需が減ることで自国政府に集まる資金がなくなるから

大企業タックスヘイブンなど数多の方法いくらでも納税を逃れる手段がある

弱者を守ることを正当化させるには政府に金が集まることが大前提

それができなくなるということは現実問題として弱者を切り捨てるしかない

貿易赤字にもなりかねないし、そもそも同じ道徳価値観ならいいが実際は様々な問題が摩擦となって吹きあがる

移民政策やらなにやらと色々試してみた結果、どれも上手くいかなかったのが現状

Webだけにとどまればいいが、それ以上の労働力移民などのグローバリズム

国・政府崩壊させ救われない弱者を増やすということを各国政府気づきだした

なのでアメリカイギリスはいち早くグローバリズムから手を切ろうとしている

NWOに組みする世界企業たちにとっては面白くない話なのでトランプ批判する

彼らの思い描いた世界支配構造障害になっているからだ

彼らは自分たちの夢のためなら救われない人間が増えても構わないと思っており

現在救われない弱者たちを救済することも何も考えていない

搾取する側と搾取される側という構図を信仰のように支持しているし

自分たちにはその権利があると信じているからだ

2017-11-03

[] クルアーン読む読む

クルアーン注釈書(『タフスィール・アル=ジャラーライン』)を買って読んでる。

注文するまで

キリスト教勉強してたら、そらぁイスラムも気になるわな、という感じで買った。

・その辺に売ってるイスラム本は入門書ばかりで、肝心のクルアーン注釈書がどこにもない。

・と思ったら、日本ムスリム協会というところで注釈書が格安(1冊3000円で3巻セット)で頒布されていた。

Amazonだと買えない。

届くまで

メールで注文した際、後払いで良いと言われてびっくらこいた。善良というかお人よしというか。信仰の為せる技なのか。

Amazonの箱で届いたのはちょっと笑った。

・本のサイズがクソでかいのには面食らった。A3サイズ携帯不可能

・このサイズで1500頁ぐらいあるので、トータルで約1万円ってのはやっぱ安い。

内容について

・『タフスィール・アル=ジャラーライン』ってのは「2人の著者によるクルアーン注釈書」ぐらいの意味らしい(?)。

・著者のマハッリーさんとスユーティーさんは大体1400年代(!)の人。

・この本はめちゃくちゃ簡潔なのが特徴で、簡潔すぎてわけがからないので、”注釈書の注釈書”があるとのこと。

・その”注釈書の注釈書”のうち、ジャマルさんという人のものを、日本語訳者が適宜織り込む形で出版されたのが本書。

ジャマルさんも1800年代の人なので、それでも古い。

・ちなみに日本語訳者は中田香織さんで、有名な中田考さんの奥さん。

クルアーン注釈書の翻訳は本邦初とのこと。

・あとクルアーンの全訳(?)も付いてるので別途クルアーン日本語訳を買う必要は無さそう。

2章まで読んでみて

・1400年代の本が読めるのかって感じだったけど、割と易しく書いてあった。

・ただ途中で気づいたんだけど旧約聖書知識があることを前提に書いてあるので、何も知らんとキツい。

聖書人物名前アラビア読み(?)になるので一瞬「誰だよそいつ」ってなる。イエスはイーサーで、ダビデ王がダーウード

印象的な章節

・初っ端からキリスト教dis半端ない

彼らは、「ユダヤ教徒、またはキリスト教徒でなければ楽園には入らない」と言った。それが彼らの望みである。言ってやれ、「おまえたちの証拠を持って来い、もしおまえたちが正しいのであれば」。(2:111)

・ただ多神教(≒不信仰者)disもっとすごいので、それよりかはマシぐらいの感覚なのかも。

多神教徒の女とは彼女らが信仰するまで結婚してはならない。信仰ある女奴隷の方が多神教の女よりも良い(2:221)

アラブの人たちが日常生活で直面する困難や疑問に対して神の言葉が下されるという形で書かれた章節が多いので、最初のほうからやたらと具体的。離婚したら慰謝料払えよー(2:241)とか、アナルセックスするなよー(2:222)とか。

・これは良いなぁと思ったのは、人の善行が神に対する「貸し付け」となって、死後何倍かにして返されるよ、みたいな言葉。これはキリスト教にない発想よね。

アッラーに良い貸し付けをする者はだれか。彼はそれを倍加し、数倍にもなし給う。アッラーは締め付け給い、また気前良く広げ給う。そしておまえたちは彼の御許に帰らされるのである(2:245)



長くなったので以上。

2017-10-30

anond:20171030155901

マジレスすると、宗教呪術存在自体を「差別助長につながる」として本気で怒ってる、超リベラル勢もいる。日本にもいる。

個人的には、個々の固有の信仰文化について口出しすること自体が、外部に対して差別的であると考えるので、

たばこ呪術として強制されている民族がまだ現存してるとしても、その文化を外部から否定することは差別につながると思う。

ただ、「たばこをたしなむことは呪術的に重大なことである」とする民族の内部で、それに従わない者を差別する、という構図もあり得るね。

anond:20171030155901

横だけど、信仰に対することについてはケチをつけないという文化もあって、そっちが優先されるのでは?

anond:20171027234333

自分お金が回りやすくなる仕組みよりも

経営者が持つ生殺与奪拳のせいで雇用者自由な発想や行動が制限されてると考える。

会社を辞められない理由生活できなくなる=死ぬ からという動機はあってはならないはず。

それは会社就業者マッチ以前だからBIによってその枷を外してあげることが最優先。

生活が安定・保障することで物欲経済的活動一般的大衆から無くなるどころか、むしろ加速すると信じる。

例え失敗しても食いっぱぐれることはないので自分のやりたいことに挑戦しやす社会がくる。

かといって誰もがやりたい仕事には当然競合だらけになる。

才能のない人間自己評価を納得する機会が与えられ、以後真面目に仕事することで成果を目指そうとする。

これこそボトムアップ必要経済構造ではないか

 

憲法により守らなければいけないのは

国民価値観が旧資本主義から変革する前に止まってしまうことが恐ろしいから。

実際にBIを基軸にした新資本主義生活根付いて民衆が良い点も悪い点も経験しきったあとなら

BIを守る憲法必要ないしなくしてしまっても構わない。

ただ自分が死亡した後も、少なくとも50年は国民経験させて判断させるべきだと思うので、

死後守るためのものとして憲法に組み込んで信仰で守らせる必要がある。

国民が良いかいか客観的判断できることを正とするなら

時間と共に自然社会問題解決されている。そしたら政治家必要ないはず。

まり実際は国民は正しいことが判断できないし、この先できるとも思えない。

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