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はてなキーワード: そばとは

2018-02-21

食べ物ダメメモ

人と食事するときかにあいまいにこれダメなんですよ~と言わないためのはっきり名言メモ

・嫌いまじダメ:鶏皮

アレルギー的にまじダメキウイメロンいちご柑橘系、殻つきカニエビ

・嫌い系食べたくない属:とんそく・すっぽんなどぷるぷるしたもの、豚の内臓生野菜ブリかんぱちサーモンなどの生魚、甘いパンパウンドケーキクッキー

・食べれるが嫌一族:食べにくい肉類(すじとかホルモンとか脂身とか)、貝全般キノコ全般野菜おおよそ、お菓子全般、もち

・ほぼ無。なんとも思えない:肉類全般、魚全般パン

・すき:うどんそば古今東西スープ全般

・愛している:卵、とうふ・おから・ゆば系、お漬け物雑炊古今東西の酒

2018-02-20

anond:20180219232323

保育園では子供の金切り声による騒音を避けるため、園児たちは二重サッシで仕切られた室内でこじんまりと遊ばされている。

保育園のすぐそばに住んでいたけど、騒音被害については子供が出す大声はほとんど無視できるレベルしかなく

困るのは従業員大人がかける爆音遊戯BGMでした

人間の肉声の音量なんて機械で大増幅した音に比べたら大したことはないです

anond:20180220175238

多分認識が違う。

喫煙者目線での喫煙所って、例えばコンビニの前にある灰皿とかそういうやつ。

これは本当に日々なくなっていく。

嫌煙目線喫煙所って駅のそばに囲いのある喫煙所でしょ。

あれは確かに増えてはいるんだけど、生活圏にある喫煙所は圧倒的にお店の前の灰皿なんだよね。住宅街とか地下鉄の駅周辺ってのもあんまり喫煙所はできにくい場所だもんでね。

2018-02-19

NREマインド!?

「この会社を選んだのは、私である。」

都内立ち食いそば店の、店員サンに向けた標語ポスター

NRE幹部め、ふざけやがるのも大概にしろよ!

駅それぞれにあった各お店の味わいを、あんたら立場ものを言わせて吸収したんだろ!NRE入社した覚えなんてないだろ!

東京近郊の駅麺スタンド文化モノトーンに書き換えやがって。

私的牛丼チェーンランキング

1位 松屋

pros
  1. メニュー豊富で、そのどれもが大きくハズレることはない。牛丼チェーンの優等生
  2. 味噌汁無料でつくのが嬉しい。あの味噌汁別に美味くないけどそれでも嬉しい。
  3. コミュ障歓喜の食券制。
  4. 地味に嬉しいのが、持ち帰りのとき具と飯をセパレートにできること。汁でびちゃびちゃになった飯を食わずに済む。
cons
  1. 一つだけケチをつけるなら、どこの松屋清潔感がない。他の牛丼チェーンに比べても悪い。普通に床にゴミとか落ちてる。

2位 吉野家

pros
  1. やっぱ牛丼は一番美味い。絶対王者の貫禄がある。
  2. 店の清潔感ピカイチだし、接客も良くて、やはり絶対王者の貫禄がある。
cons
  1. メニューの少なさがネック。昔に比べてだいぶ増えたとはいえ、他の牛丼チェーンに比べると弾不足の感が否めない。

3位 なか卯

pros
  1. 他の牛丼チェーンとは一味ちがう、個性的ラインナップ。そばとかうどんとか。
cons
  1. 行くたびに思ったより高くてビビる吉野家牛丼チェーンのなかでは価格帯高めだけど、それに見合った高級感があるので許せる。でもなか卯は安っぽいのに高くてビビる

4位 すき家

pros
  1. スプーンがついてる。
cons
  1. 美味しくない。

anond:20180219142744

BLだのなんだのとお狂いあそばせていらっしゃるのは女性様であらせられるのでは?

2018-02-18

anond:20180216140851

滅茶苦茶ハードルの高い人を好きになってしまいました。

恋愛対象になれなくてもいい、少しでもそばにいられるチャンスがほしいです。

もう一歩進める糸口を、教えてもらえたら嬉しいです。

イヤホンがいや

耳がこそばい。

頭のなかで音楽が直に鳴ってるかんじも気持ち悪い。

スピーカーで聞きたいけど1Kのアパートじゃはばかられる。

もう。

anond:20180218195637

痴漢ボコボコにとは言ってないで

本当に独歩体型なら、痴漢現場を目撃したらそばに行って痴漢一瞥するだけで止めさせることができると思うので、そのくらい頼むよ

2018-02-17

夫の転勤が決まってしまったーー

結婚して9ヵ月、あと数年は転勤はないかなと踏んで、家具を揃えたりしているところでのこれ。日本の西から東へ。1ヶ月後。

今年中に新婚旅行行って年末年始くらいから子作りして、と思っていた。

まさかこんなに早くくるとは。

夫は平均収入よりはちょい上くらいの稼ぎがあるけど、やっぱり働かないとこれから先難しいと思う。

私のがニッチ技術職だから潰しがきかなくて、今の給料維持のためには仕事続けて別居婚するしかないのかなぁ。それとも私が今スパッと辞めて転職して、細細暮らし節約するか。今の仕事大好きだから子どももいないのにサクッと辞めるのはできないし。

夫のそばにいたい。

今の仕事を続けたい。

子どもが欲しい。夫のそばで育てたい。

今の勤務時間給与額を維持したい。

全部同時に叶える事はできない。

わかってて結婚したつもりだったけど、妻だけが色々捨てなきゃいけないのってやっぱアンフェアだなぁ。辛いなぁ。

(この増田には解決策を求めていません。夫と話し合うしかないので。)

ふらわ

ちょっとから5ちゃんねるで興味深い動きが起こってるので、紹介がてら記録しておく。

通称「ふらわ」というラヲタがいて、以前から特殊すぎる言動で注目されて専スレが立ったりまとめが作られたりしてた。なんらかの障碍持ちであるらしく、支離滅裂独自理論知ったかぶり全開なブログネタに、いわゆるウオッチャー界隈からおもちゃ」扱いされてきた御仁だ。

港区」などの名義で自作自演擁護エロ書き込み等々を繰り広げることでも有名。56歳になる妻帯者(自称)で子持ち(自称)の人間がやることとしては、およそ最底辺レベルしか表現のできない行為を繰り返してきた。

奇行が加速したのは4年ほど前だったろうか。ブログにあまり適当なことを書き連ねるため「蒙古タンメン中本」を出入り禁止にされたり、素麺専門店を出入り禁止にされたり等々、何か一線を越えてしまったとしか思えない行為が繰り広げられていく。

当然というべきか、ウオッチャー界隈は盛り上がらざるを得ないわけだが、すると当該スレを埋め立て荒らしする御仁が出現した。

詳細は省略するが、これもどう考えても本人がやってるとしか思えない。しかもご本人いわく「IT戦士」なのに、荒らしはすべて手動。さらにその状態で一日2000件もの荒らしコピペを展開するという、常人理解の外な行為を続けてきた。

どうも失職中であるようで一日中埋め立て荒らしを行うため、対策として荒らし対象スレッド(の次スレ)をどんどん立てて勝手に埋めさせておくというアイディアを思いついた人がいた。その意図言わずもがなで伝播したらしく、ラ板、そばうどん板、宝くじ板、ラグビー板、地域板などで続々と同様の対策が行われている。

挙句の果てには運営板にも専用スレが立ってしまった。氏名住所電話番号顔写真リモートホスト等々、すべてあらわになっているのに、この人はいったいどうするつもりなのだろうか。

2018-02-16

やーいやーいお前の母ちゃん

は人の心をなごませる女の人ですね… そばにいるとホッとする気持ちになる

こんなことをいうのもなんだが 恋をするとしたらあん気持ち女性がいいと思います

守ってあげたいと思う… 元気なあたたか笑顔が見たいと思う

2018-02-15

anond:20180215211709

🐯蕎麦屋で一杯なんてシブいぜ。

🐸そば以外にも楽しみ方があるなんて素敵だケロ。

🐵昔の文豪さんも蕎麦屋お酒を楽しんだりしてたの?

食欲がおさまらない

おかしい。食っても食っても腹が減るから我慢できなくてどんどん食っちゃう

18時くらいにホカ弁の唐揚げ弁当食べて、そのあとセブンかき揚げそばおにぎり2つ食ってもまだダメで、家でお米炊いてレトルトカレー2パックで1,5合平らげてしまった。でもまだなんかちょっと食べたりない。

俺はこのままデブになるのか?

anond:20180215175733

自分はどっちかというと無駄に正直なタイプです。が、世渡りの上手い女ほどその場では耳触りの良いことを言っておきながら陰で悪口言ってたりするので信用できません。職場で女上司パワハラを受けてうつ病になりかかってからというもの、口の上手い女を見ると警戒してそばに寄らないようにしています男性の方がさっぱりしていると思うのは私の幻想でしょうか?

anond:20180213214156

なんか最近多いけどめんどくさいなあこういうの。

そばにないのにそば屋っていうのは許せんって言う話。

2018-02-14

anond:20180212220528

元増田は本当にお疲れ様

前に飼っていた猫は乳癌で長く闘病していたのだけど、生まれた時から一緒に育った猫だったので大変辛かった。

その頃のことを思い出したのは、昨日、その後に飼った別の猫が死んだからだ。便乗するのを許して欲しい。誰かにまれたいわけじゃない。吐き出さないとつらい。


今回の猫は心臓悪化から機能が低下して内蔵まわりを水びたしにして呼吸困難で死んだ。

そんな疾患を意識したこともなく、ほんの三日前の午前中まで元気に普段通りに過ごしていたので寝耳に水としか言いようがない。

細かく書こうとしてみたが、すでに出来事の順番が曖昧になっていることに気づいたのでやめた。ともかくジェットコースターだった。レールが出発地点に戻らずちょん切られていて池の中に放り出された感じだけど。

前述の癌の猫について、飼い主の都合で痛みを長引かせてしまったという自覚があることと、呼吸困難の苦しさ(丸二日間ずっと苦しみ続けて睡眠もとれないのを目の当たりにみしている上、完治の見込みは一切無い)を考慮して安楽死を選んだ。

選択自体には後悔は一切していない。猫はもちろん一秒でも長く生きることを選ぶだろう、意識だってまだあるのだ。自分の顔を声を、撫でる手を認識している。酸素室で比較的楽な一瞬、しっかりとこちらを見て立ち上がった時、確かに意識はしっかりしていた。でも、苦しさが限界まできてから眠らせるんじゃ意味がないと思った。少しでも早く楽にさせてあげたいと思った。口から垂れた水滴がうっすらと紅色だったのを見て、呼吸困難の後、血を吐くというのは本当なんだと思ったし、そこまでさせるのは本当に可哀想だと思った。前日の夜、撫でさすりながら「この呼吸困難は落ち着くことはない」と悟った時の悲しさは深くて、その時にもう決断したのだ。落ち着かないんだから、早い方がいい。でもそれは今日その日のことだとはわかっていても、何時何分になるのか、どうやって決めればいいのか。その瞬間までずっと考えていた。今はまだ撫でれば寄り添ってくる。声をかければ反応がある。尻の付け根を撫でればしっぽも跳ねる。でも決めてしまったら最後もう二度と触れあえない。

バックヤードに入って声をかけてから就業時間ギリギリまでそばにいる許可を得て、酸素室のそば椅子に座って猫をずっと眺めていた。猫は午前中は水を飲んだりできるまでに安定していたが、午後から酸素室に入れる前のように口を開いて呼吸する状態に戻っていた。心臓を圧迫するから俯せになるより座る姿勢の方が本来は楽なのだが、疲れているので伏せっていた。どうにもできないのでアクリル板の前で声をかけていた。顔と顔を付き合わせてスリスリするのが好きな猫だったので、なるべく顔を近づけて、たまに話かけるようにしていた。

しばらくして猫が体を起こした。そのまま頭をアクリル板に擦り付けスリスリとした時、私は撫でてやることができなかった。すぐに猫は座りなおし、また伏せてしまった。この仕草が猫から最後要望だったこと、それにその瞬間に応えてやれなかったことだけが、後悔として未だに引っかかっている。最後の瞬間まで何もかもを飼い主が勝手に決めるんだから、その時の「撫でて欲しさ」くらい絶対的に満たされるべきだった。

その後、酸素室を明けてもらってチューブを口元に持って行きつつ撫でたりもしたし、それで尻尾はピンと張ったけど、そんなの飼い主が触りたくて触っただけだし、今こうやって失われた手触りを惜しんでボロッボロに泣いているのも飼い主の勝手なのだ

死も病も生きとし生けるもの代謝を続ける生物すべてに降りかかる災難であって、この出来事もことさら特別運命ではない。だけど、なんでついこの間までピンピンしてたのに撫でて温めても治らないのかわけわかんないし、その直前に何か特別なご褒美がないものか、よくわからんと感じてしまうのだ。ペットとして生きものを振り回している人間の罪悪感から来ているとか、そういうたいそうなもんじゃなく、あの時に応えてあげたかったと、叶わなかっただけに後悔というより残念感がドーッと心を浸したまま浮き上がることはたぶんない。

安楽死想像よりも一瞬の出来事で、ハッキリ言ってまだ生きてる状態なのではと思いつつ死体を抱えて帰宅したが、やはり運動としての反応がない以上、死んだものではあった。体温は一月の寒さ程度では全然去らず、猫を抱えているとき特有の暖かさがあった。その意味ではまだ肉体は生きていた。肉体が生きている、感触は変わらず生前のままなので、猫とはまだ別れていない、「魂はまだ離れていない」という感覚ストン理解できた。通夜をするのだと決めた。

猫を抱いた人は了解されていると思うが、猫を抱くというのは小さいものの魂を抱くということだ。あれの温かさはそういう種類のものだ。スピリチュアリズムとかではなく、あんなに小さくて柔らかくて温かい繊細な感触をするものが、電池もなしに瞬発力を持って動くことに感動する。あの感触を得るために(あと鳴き声や舐める舌を得るために)人間は猫を飼っている。

この撫で心地を一瞬でも多く体験したいと思って、コンパクト姿勢にまとめて、体から熱が去らないようにバスタオルで包みながらずっと撫でていた。

やがて家族が飯の支度が出来たと呼びに来たので、二回目の呼び立てで立ち上がって猫を置いた。いつまでも続けているわけにはいかないのは分かっている。ただ、失われるものを少しでも得たいという、やはり飼い主の勝手欲望であって、そんなものは不純な気もしたが別れの儀式なのだと思えば許されるのではという気もした。

寝る時はベッドのそばのローテーブルに安置した。なかなか寝入れないので無料ガチャを回そうとソシャゲを起動したのだが、そういえば一昨日もこれをプレイしつつ俯せになっていたら猫が胸の下に入り込もうと邪魔をするので追い払っていたなと思い出した、とその時は泣かなかったが今泣いている。そのことは特に後悔はしていない(猫は実際に邪魔な時は邪魔だ)のだが、失われた瞬間の尊さときたら途方もない。猫が生きている時は「寂しい」の気持ちは押し込められていて、ともかく理不尽な病に苦しめられている猫の「運命」が「可哀想」だという気持ちで頭がいっぱいだったのだが、死んでしまうと寂しいに浸ることが許される。寂しいは自分状態への反応なので、順番を間違えてはいけない。

翌朝、猫の体は冷えていたが、水が溜まった下腹部がぶにぶにとしているせいで毛並と相まって生前の手触りを保持していた。腹に顔を埋めると猫本来香りは一切しなかった。発症してから口臭や小便の匂いもせず、口鼻や肛門に詰め込まれている綿と、昨夜寝かせる前に口元を拭った時の消毒剤の匂いがした。

その後、猫を弔ったわけだが長くなりすぎたので割愛する。

私が猫を看取ったのはこれで六匹目になる。回数を重ねるにつれ慣れるものだと感じていたのだが、正確ではなかった。この最後の一匹になる前は多々飼いをしており、一匹が死ぬことで猫の気配がなくなるということはなかったのだ。

最後の一匹になってから四年。この一匹だけは老衰でヨボヨボになりボケてあちこちに放尿するのを世話しながら息を引き取ることになるのかなと、なんとなく考えていた。



ペットロスという単語検索してみたら気が滅入った。

例えばこの文章を書きつつ号泣するというのはよくわかる。自分体験を振り返り、気持ちを盛り上げて文章化するものからだ。

だが、なんの切っ掛けもなく涙がこぼれることがあって、その時の心境は確かに「悲しい」だから心体は一致しているものの、ささいな刺激で表出するので本当に困る。「悲しい」には悲しいし、寂しがっているのだが、そうしたいと思っていないのに気持ちが昂ぶってしまい困る。

その一方でその気持ちから断ち切られたくないと考えている自分もいる。猫の感触仕草を声を忘れたくない。何度も振り返って記憶に焼き付けたいと願っている。その中でその愛している相手がこの世のどこにも存在しないことを感じて自動的に涙が流れる

時間解決することはわかっている。涙がなくても気軽に思い出せる日はたぶん遠くない。でも今はいっぱい悲しい。悲しいので涙が流れるし鼻水は垂れるし、一昨日からずっと目蓋が腫れぼったいしおでこまわりが熱いし、今年はもう必要ないなと思っていた鼻セレブを買った。

猫のことが悲しすぎない心持ちになったら、また新しい猫を引き取ろうと思う。一匹目の生まれた時から一緒にいた猫と死別した後、猫はあの一匹だけだと思っていた自分を変えたのは昨日看取った猫だった。

猫は猫それぞれで全然違い、個性や猫格を持っている。上手く付き合える確証なんてない。でも捨てられたり放棄された猫と暮らすのはどんな相手だろうと悪くないものだし、そのことで幸せになれる猫がいるなら今までの飼い猫たちにも報いることにならないだろうかと、そうも思うのだ。それこそ飼い主の勝手解釈で猫にしてみたらどうでもいいだろうが、一匹でも多く飯で腹いっぱいな猫が増えるなら猫好きとしては嬉しい。




一匹目の猫は乳癌で死んだ。

腹が腐る匂いと一緒に眠っていた。腫瘍の膿を拭って消毒液をかけないといけないのだが、大きく身をよじって嫌がるので雑な対処しかできなかった。爪を切られるのさえ嫌がる猫だった。

最期が近くなるとトイレがうまくできなくなり、尻まわりに糞をつけていたので臭かったが、その頃になると体もうまく動かせなくなっていたので拭き取ること自体は楽だった。しかし、腰が抜けて糞尿の上でのたうつようなことが度々あり辟易した。

最後の日、私が居間インターネットをしている時に「ニャア」といつもの声で呼びかけてきたが、私は怒っていたので相手をしなかった。

学校から帰って死んだ猫を見つけた時、ついに来ものが来たということはわかっていたが、そのことが理解できなかった、というのが当時のノートを読み返してよくわかる。生きていた時なら絶対にしないことを猫にした。首を持って持ち上げた。そのまま持ち続けていたが、反応がなくて、手を離した。床に落ちた。現象として確認した。信じられないものを目の当たりにしたあの時の気持ちを私は今でも忘れていなかった。紙から取り出せる。いつでも。

風呂場に遺体を持ち込んで糞と膿を荒い流している間、全世界への呪詛を吐きながらずっと泣いていたことも覚えている。初めて触れた身近な死だった。なんて残酷なんだろうと思った。

あの頃のように大声を出して泣くことも、荒々しい気持ちになることも、もうないだろう。

供養もなにもかも、飼い主の勝手で、寄り添ってくれたあの瞬間だけが本物だった。

anond:20180214124511

京都の一部ではまた違うと聞いたことが在るけど詳細を知らない。

大阪近辺だと、天かす入れ放題のお店も在ったり。

たぬきそばに入れる為に作られている揚げ玉と、所謂天かすはまるで違うものだというのが関東に来てからわかった。

おばあちゃん、そこに居るんでしょ。分かってるんだからね。

おばあちゃん、今私の近くに居るんでしょ。

分かるよ。なんかあったかいもん。

お見舞いにいけたし、今の彼氏と顔合わせも出来たから少し満足してるよ。

でも、ウエディングドレス姿見せれなかったことだけ後悔してる。

結婚してウエディング写真撮ったら必ず報告に行くからね!

亡くなる2週間前、1週間前にお見舞いに行ったね。覚えてるかな。

呼吸すら辛そうにしていて、見ているこっちも辛かったよ。

手を握ったらいつも通りのおばあちゃんだった。柔らかさが増したように思った。

増田ちゃんの手はやわらかいねぇ~!気持ち良い」って言って笑って欲しかったよ。

亡くなってお葬式ときでさえ、おばあちゃんが居ないことを実感できなかったよ。

今でもそばに居るでしょ。分かってるんだから

最後のお水を飲ませたり、足袋履かせたり、手を握ってあげたりしたら異常に冷たくて

「あぁ、おばあちゃん冷たいね」って思わず言っちゃった。

綺麗に化粧してもらって、お葬式のあと。

「お顔を拝見できるのは最後です」と言われて、おばあちゃんにお願いされていたことを実行した。


明るい声で「バイバイ!」って笑いながら言ったよ。

その後、母と目が合ってお互い泣きそうなのを見て、二人して笑いながら大泣きした。

何故か、泣くのを我慢してた。泣いたら本当におばあちゃんが居ないって証明したみたいで嫌だった。

父方の祖母だったけど、お母さんもおばあちゃんの事が大好きだったんだよ。

近所づきあいも、近所仲も良いし、誰かに何かしてもらったら「そんな良いのに」って思うほど御礼を言うし

おせっかいなことも一切言わない完璧な「可愛くて優しいおばあちゃん」だったよ。

人の幸せ自分幸せっていう考えも少しあったみたいだね。

本当に、おばあちゃん、尊敬しているよ。

歳を取ったらおばあちゃんみたいな人になりたいな。

私が寿命で亡くなったときには「おかえり」って言ってね。約束だよ。

きつね・たぬき論争

いつも混乱するので整理。

出張先で困らないように。

関西

「きつね」と頼む → 「油揚げ」の載ったうどん

たぬき」と頼む → 「油揚げ」の載ったそば

関東

「きつね」と頼む → うどんそばか聞かれる → 返答に応じて、油揚げののったうどんそば

たぬき」と頼む → うどんそばか聞かれる → 返答に応じて、「揚げ玉」ののったうどんそば

対策

関西で「関東たぬきうどんたぬきそば」が食べたいとき → 「ハイカラ」と頼むこと

ガイキャラエンタメから排除して欲しい

テラスハウス雄大くんマジヤバイ - Letter from Kyoto

http://lfk.hatenablog.com/entry/2018/02/08/184025

この記事を読んで、「うわー見たくない」と思った。

テラスハウス絶対に見ない。


雄大君というのが素なのか役者なのか発達障害かそれ以外の障害かは知らない。

ほんとにそんな人だと集団生活撮影も成り立たないか十中八九「そういうキャラ」の演技だと思う。

例えばちょっとそういうケがあったのをいじられてそれで行けって言われてオーバーにやってて、

製作側でも「そういうキャラ」に見えるように意図して演技をつけて編集して演出してテロップを入れてる。

なんでそんなキャラ入れるのかと言うと、不快理不尽な奴が視聴者や読者に受ける!という方程式製作側が確立して味しめてるから


従来のエンタメにもいた悪役とかライバルとか敵対者はいた。

でもここでいうガイキャラはそういうのから逸脱している。

文字通り何らかの重度の脳の障害とかサイコパスみたいな行動するキャラだ。

主人公そばにいて裏切りを重ねてたり理解不能利己心を見せたりして

そこに何の深い理由計画もなくただ視聴者や読者に不快感を振りまくためだけに生を受けてるキャラ


ガイジが悪い言葉だと言われるかも知れないが

脳障害キャラだとここでは意味が伝わらない。

まさに視聴者や読者からガイジ」として嫌悪と蔑みを受ける為に設定されてるキャラ

受け手の方にも「ガイジ」消費の作法確立しつつある。


講談社系の漫画を中心に二次元でも昨今はガイキャラ跋扈する。

ガイキャラ能力の低い作家でも作れてそこそこ読者をひきつけられるからだ。

悪役としての主人公と異なる利害や考え方を設定する必要すらなく、

主人公の友人が少しずつ立場が離れていってしまう繊細な経緯を描く必要もなく、

ただ無考えに理不尽不快な行動を繰り返させるだけでいいから。

やることに一貫性の欠片もなくてOK、自滅的であっても問題なし。


ガイキャラエンタメ堕落だと思う。

ここで言ってるのは丁寧に作られた「良心を持たない人間」などとは全然違う。

ただ志の低い製作者によって飛び道具のように濫用されて受け手嫌悪と蔑みの気持ちを搔き立てるためだけのキャラのことだ。

窓を開けた

こち増田。冷たさが浸食して家の暖かさが失われつつあります。今は布団に身を潜めています。どうぞ。

窓という薄皮に守られていたここはもうやられてしまった。成功などという他人評価自分が望んでしまった弱い心が悪い。

などと言っても自分を責めても何も変わらない世の中だ。今は変わらぬ過去を責めている時ではない。

布団という最終絶対聖域ラインにいる自分!考えろ。まだチャンスは残っているはず。頭を回転させろ。また失ってしまうのか。昨日約束したではないか。どうして、どうして、自分は。。。

ここの暖かさが怠惰を誘う。一歩踏み出すだけでいいのに、その一歩がいつもでない。

性根はなにも変わってない。それを隠そうとただ証明たかった自分。わかってたはずだった。でも認めるのが怖かった。

わかってる。わかってる。いや、分かろうとしてない。

こんなの嫌だ。変わるんだ。何をしてるんだ。ここから出るんだ。

変わろうともがいてた時に心の琴線に温かい言葉が触れた。

大丈夫だよ。僕はいつも君のそばに居る。少しなら僕の残り香が守ってくれるはずだから。君一人でやることはない。

自分、やるよ。

後押しされた体は一瞬にして目的遂行を目指した。ここから出た身体は冷たさからの猛追を受ける。しかしそれが心地良い。心地良いのだ。

守ってくれてる。その実感が速さを加速させた。

最初の努めは冷たさを閉じ込める窓をロックしなければならないこと。早くそして丁寧に矛盾に満ちたこ言葉が今はわかる。

矢継ぎ早に手で窓を右にスライドさせ、流れるように歌うようにロックをした。

まだだ。

その勢い衰えず、右足を軸に方向転換。右手は休ませて利き手じゃない左手の出番。野球ドラフトでは利き手じゃない方の手で勝利を掴む迷信がある。

いいだろう。そんな質じゃないが今日ぐらい信じてやろう。

温かさを。自分たち希望を。

一直線に迷わず引き寄せるように伸ばした手にはエアコンリモコン

ピピッ

空調の低い音が冷たさの鋭い刺を奪ってく。ここにもそろそろ春が来るか。

冷たさに曝しすぎてしまった呪いで硬直したこの体も直に戻るだろう。

からは涙が出てきたが、今日勝利の美酒はビールにしとこう。



成功の習慣で朝は窓を開けるとよいっていう習慣を頑張ってみたものの、寒くて布団に潜り込んでしまい、大事な時間ぬくぬくとしてた朝の話。

2018-02-13

車を運転していて恐ろしくなる「殺人未遂ドライバー達」

私たち運転している車はおよそ1トンあります

1000㎏です。

そして鉄の塊でとっても固いです。

1000㎏の鉄の塊で、歩行者自転車にぶつかったら相手は死んでしまます

なので、あなたのその運転危険なんです。

人は歩いていてよろけないですか?

自転車は突然パンクして転びませんか?

あなたのその運転は、ほんの一瞬で人の命を奪います

私たちドライバーは常に楽をしています

自分の足であることなく、自分の足で歩いている人たちに有害排気ガスを浴びせ、吸わせて楽をさせてもらっています

私たちは1000㎏の鉄の塊を運転していますがえらくはありません。

しろえらいのは自分の足で歩く歩行者たちです。

私たちは楽をさせてもらっている代わりに、教育を受けて大きな責任をあずかっています

人のすれすれを走っては危険です、一時停止ではとまらないと危険です。

信号のない横断歩道歩行者が優先です、妨害してはいけません、鼻先を横断歩道の上に乗せるまえに歩行者が見えたら、載せないようにしましょう。

私たちは楽をしています

私たち毒ガスを撒いています

私たち凶器を預からせていただいております

奪った命は帰ってきません。

あなた正義感あおり運転幅寄せ、警笛をあびせ、

あなたの過信した運転技術で人すれすれに追い抜いたり、驚かせたり、

それらの運転ルールを知らない無知の下手な運転です。

正しくは、

人のそばを通るときは徐行です。

正しくは、

自転車を追い越すときは1.5m以上の横幅を開けます

正しくは、

信号で止まったときに目の前まですり抜けしてきた「自転車原付」は追い抜いてはいけません。

交差点内を抜けて車線内での走行が安定してから、そこでようやく抜きます我慢しましょう。本当に危険です。

私たちは車に乗って、石油を消費し、排気ガスという有害物質をまき散らして、だれよりも楽をさせてもらっています

時間運転疲れたり、眠くなったり、トイレに行きたかったり、携帯いじりたかったり、すると思います

でも、私たちは車に乗って楽をさせてもらっているのだから、少し心に余裕をもって相手への配慮を持ちましょう。

あなた運転殺人未遂ですよ?

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