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名前を隠して楽しく日記。

2019-08-24

anond:20190823153139

日本が終わってるだろ、それ以前に。

未来に向けてSTEM領域への教育に力を入れるのが当たり前の状況で、ゴミクソ安倍政権は未だに癒着日本はF欄文系だらけときものだ。

既に凋落しきっているが、未来は更に絶望だぞ、日本は。

おさかな天国

魚は僕らを待ってない、憎んでると思う。

日本人絶滅しないといけない

日本人は生きているだけで罪

極右安倍首相にしてしまうような民族はもう生きていてはいけないんだ

贖罪のために自ら絶滅しないといけない

夏休み終わる前に死にたい人〜〜

増田学生がいるわけねえかって感じで自分に酔った文章書くね ごめんね

わたしは今年で22歳になる。こんな歳まで生きるつもりじゃなかった。そもそも大学生になるまでに生きているイメージがつかなかったのに、来年から新社会人なんてもっと想像できない。

小学生とき中学生とき高校生とき、死のうと思ったことは何度もあったのに、できないまま生き続けている。早く死ななければいけないと思いながらも生き続けている。

死にたいきみの参考にならないかもしれないけど読んでほしいな。

はじめに死のうとしたきっかけは小学生の時のいじめだった。

わたし学校は30人6クラスと人数が多く、毎年クラス替えをするごとにほぼクラスメイトが入れ替わった。だがわたしクラス替えをするたびにいじめターゲットになった。男女問わず首謀者やその取り巻きは変わっているにも関わらず、である

いじめられる方にも問題がある」というのはよく聞くが、わたしいじめられた原因はなんだったのだろう。

片親だから?ブスだから?一人で本を読んでたから?絵で褒められることが多かったから?

いじめっ子たちから聞いた理由はこんなとこだが、まあとにかくわたしはいじめられた。

ゴミを頭からぶっかけられたり、複数人に体を押さえつけられて殴られたり蹴られたり、お金をせびられたり、ピンポンダッシュされたり、プール時間で溺れさせられたり、防具なしの野球キャッチャーという的にもされた。

毎年バリエーションかにいじめられたものである

わたしはふと気付いた。

わたしはもうだめなんじゃないか?」

もうわたしはいじめられる前の自分ではない。

「オドオドして気持ち悪い」今のわたしはいじめられても仕方ないのではないかわたしはもう一生この卑屈な精神と向き合って生きていかなければいけないのか?

「なんで傷をつけられた側が人よりも努力してコンプレックスを克服して『まともな人間』にならなければいけないのだろう」と思った。なろうと思って頑張ってもまた笑われるのに。

もう疲れた。死のう。

と思い立ち9階のベランダの柵をまたいだ。

腕だけで支えている状態で下を見下ろすと、マンション看板が遠くにあった。このまま落ちるとあの辺りでぶつかった身体が真っ二つになったりするんだろうか。楽になれる。もう頑張ることなんてしなくてもいい。死のう。死んで楽になるのだ。

そう思ったが母の顔が出てきた。

いつもわたしの話を聞き、時には先生電話もしてくれた母。わたしを抱きしめて泣いてくれた母。

今は死ねないと思った。

しかしまた「死にたい発作」がでるたびに、わたしベランダの柵を乗り越えた。

その度に母を思って踏みとどまった。

死ぬこともできない出来損ないだと思って悲しかった。

中学生になった。

ここでも小さな嫌がらせいじめがあった。

だがあまり覚えていない。この頃からカウンセリング病院で薬をもらっていたからだ。

一度先生が「我慢できない時に飲みなさい」といった薬を5回分一気に飲んで1日寝続けていたこともあった。なんだかすべて薄ぼんやりとしている。

この頃から全身をあざができるまで殴るようになった。昔からささくれを深くめくって地の肉?がみえたり、壁に頭をぶつけることはあったのだが、リストカットは親にバレるからしなかった。これ以上悲しませたくはなかった。

どうにかしないといけないとは思いつつ、部活の先輩に相談すると「普通リスカじゃない?大したことないよ」といわれた

殴りつけたりかきむしったりするのは自傷行為じゃないとのお墨付きいただきそれからは腕にできた皮膚炎を2年以上血が出るまでかきむしって5cm×5cmのかさぶたを作ったりしていた。辛い時に、それが全部血になって痛くてヒリヒリするまでやるとスッキリするからだ。

死にたい発作」もあったが母を思いやめていた。

三年生のときは楽しかったのでよく覚えている。

高校は離れた場所に一人で行くことにした。

高校はとても楽しかった。

だがまたわたしがひとりのけものにされる出来事があった。またここでもわたしはこうなのかと思った。やっぱりわたし問題があるからいけないのだと再確認し、首を吊ろうとおもった。

家族旅行が控えていたため、旅行に行ってから死のうと思った。

旅館で寝る時に幸せすぎて少し泣いた。

さて、家では一般的首吊りができる場所がないため、非定型とよばれる高さがなくてもできる首吊りをしようとした。だがなかなか失神にはいたらず、二時間ほどトライしたが諦めた。

この時初めて親に死のうとしたことがバレた。

信じられないと殴られたし怒鳴られた。泣きながら抱きしめられた。

母がわたしに怒鳴ったり手をあげる時はわたしが死のうとしたり自分を傷つけた時だけなのだ

アルバイトをはじめてやはりわたしはどこに行っても一定わたしを嫌う人がいることを知った。

それでもわたしかばってくれる人もたくさんいることを知った。

学校ではたくさんの友達ができた。

わたし幸せだった。

20歳までには死ぬ漠然と思っていたからだ。

なぜかは分からないが、死ぬと思っていた。

いずれわたし自殺成功するだろうと楽観視していたし、生きている自分が何より想像できなかった。

から大学進学に伴い奨学金申請をするときは渋った。死ぬつもりなのに、母や姉が保証人なら死ねないではないかと思った。

そうして大学へ進学した。

大学では特に嫌な思い出はない。

足を殴ってあざを作るのもよほどのことがない限りだったし、このころから親は「下の階に響くからやめなさい」というだけだった。それに対してわたしが泣くと「何を言ってもやめないからそういうしかない」だそうだ。母はもうわたしを慰めず、わたしの暗い話は聞きたくないようだった。

就職活動が始まってわたしは頻繁に非定型で首を吊ろうとしてすぐ諦めるということをしていた。

ハイパーベンチレーションで失神する練習もしたが上手くできず、「死ぬ練習」をがんばっているわたしがとても滑稽に思えて爆笑してしまたこともあった。

なので失神という経験がないわたしはどうすれば失神できるのかわからず、ただ苦しい思いをするためだけに首を吊ろうとしていた。

耳が遠くなって目がボーーッとする感覚になると「危ない危ない」と輪っかから首を外すのだ。

お金を返さねばならないという漠然とした目標があるからである

家をでたいというわたしを親は反対した。不安なのだろう。わたしだって不安だ。友達にも「いつか死んでそう」といわれたのである

いつ死ぬかはわからないが何かを誤って死ねたらいいのになあとは思っているからだ。

就活では様々な出版社エントリーした。大体エントリーシートは通るものの、筆記や面接で落とされた。最終面接まで残れたのは一社だけ。そこも落とされた。

もうわたしは破れかぶれになっていて、もうほんとうに死ぬしかないと思った。ほんとうに価値がない人間なんだ。

それを聞いて母はずっと怒っていた。

「また次頑張るしかないでしょ!なに泣いてるの!」

このごろは自分を殴りつけても笑えるだけでなにもスッキリしない。「かまってちゃん」を演じているだけなんだとおもった。もうリストカットしよう。

部屋に戻ってリストカットをしようと刃を手首に押し当てた。鈍い痛みばかりで一向に切れない。ミミズ腫れみたいな線がいくつもできただけだった。

「ばかみたい」

と呟いた時母が部屋に入ってきた。

見られたのである

母は怒鳴り、殴り、また無気力になった。

「こんなもので血まみれになってお母さん置いて一人でいっちゃうの?」

嫌いになってくれたらいいのに、と思った。

母は後日話した際、「どうすれば助けてあげられるのか分からない」といった。わたしだってからない。

わたしは昔の面影が全くないほど明るいし、初対面の人とだって話せるようになったし、メイクも服も人並みになった。

ただ時々こうやって全部だめな気がして落ち込んで死にたくなってしまうだけなのだ

そんなときわたし就活相談に乗ってくれていた人から紹介したい会社があるといわれた。

そこでは今までの面接とは違った面接だった。

わたし人格フォーカスを当てたもので、いじめのことも話さないといけないほどだった。

「そんなにいじめられるって何か原因があるのかと思ったけど、本当に周りの人達が変だったんだね」

この言葉に泣きそうになってしまった。

そこの会社内定をもらった。

わたしの部屋のカッター没収されているため、ハサミの持ち手で腕や足を殴りつけている。いつかこの癖も治せるようになりたいし、自分もっと愛したい。わたしはまだ苦しさや死にたさを持ち続けているけど、少しずつマシになっているんだって分かってる。今のわたしの「死にたい発作」はお遊びみたいなもんなのだから

大人がよく「今辛くても大人なれば大丈夫」なんてよくいうけど、今どうしても辛いきみには残酷な話だよね。

わたし大人になってもまだ自分大人になったことを信じ切れてないよ。

から離れて本当に死んじゃうかもしれないけど、わたし一人暮らしをして働いてこれからも生きていくんだなあと思っているよ。死にたい癖にウケるよね。

こんなに死にたいと思ってても死ねないやつがいるのかと絶望するかもしれないけど、自殺する境界線てほんとにちょっとしたことだよ。

わたしはお母さんが強いブレーキになっただけで、もしかしたらきみもそういうブレーキがあるのかもしれないし、またないのかもしれない。

ただ、死のうとしてもなんとなく何故か生きてる大人もいるんだなって思ってくれたら嬉しいな。

別に無理して生きなくていいし、無理して死ななくてもいいと思うよ。

お互い生き延びれたらいいね

anond:20190824052956

なんとでもいえ。

俺が生きるためだ。

親には一人で死んでもらうことにした。

よくもまあ、こんな残忍な決断が出来るなと自分でも思うが、だってしょうがないじゃん。貧しいんだから

親の世話をして、自分生活に支障をきたせば、俺が死ぬ

いま生き延びても、確実に老後が悲惨になる。

そこまでして、親を支えるべきだろうかと考えたら、死んでもらったほうがいいって結論に達した。

子供を持てるだけの経済力が無いんだから、親も当然支えられない。

格差が拡大していく中で、医療保険なんて高級品に他ならない。

入院一日2万円なんて、俺が死ぬわ。

もう、医療介護なんて貧困層が受けれるサービスではない。

親には悪いけど、そのまま死んでもらうしかない。

あーひどい子供だよ!

anond:20190824040825

ドイツ成功してるように見えるのってさ、「あまり追い詰めすぎるとあいつらまたブチ切れるかも」って学習しただけでしょ

中韓にはそういう経験がないかいくらでも調子に乗れる

処女卒業体験レポ

先週22歳になったばかり、大学生

この年齢まで処女だったが、昨日初体験をした。それまでの経緯や当日のことなど書こうかと思う。

高校生の頃、1度Twitterで知り合った同い年の方と付き合っていたが、遠距離ということもありすぐに別れてしまった。その後上京して女子大に進学という環境もあり、現在まで彼氏はいない。

もともとひとりが好きな性格だ。

ひとりカラオケ、ひとりディズニー、ひとりごはん、ひとりショッピング…など基本的にどこでもひとりで行ける性格

そして私はノンケ寄りのバイセクシャルでもある。

女性を好きになることもあるが、基本的男性のほうが魅力的に見えることが多かった。

このようなこともあり、彼氏が欲しいとはあまり思わないし、これからもきっとそうだろうと思う。

と、なると私は一生処女ということになる。人並みに性欲はあるし、1度くらい体験してみたかった。

別に「初めては好きな人としたい」とかロマンティックなことを思う性格でもないため、相手はある程度良識ある人であれば誰でもよかった。

何気なく処女 卒業したい」と検索すると、「処女卒業サポート」というものが出てきた。

処女を拗らせてしまったり、同性愛者が男性とすることへの興味関心、出会いがない人などへ処女卒業させてあげるサービスだった。

この類のサービス検索すればいくつか出てくるが、当たり前だが、今回は名前は出さないでおく。

19日、思い切ってそのサイトの連絡フォームからサービスの依頼をした。

時間はかからずに返信がきて、いくつか質問に答えてから、具体的な日にちや場所を決めた。

連絡を交わしている間から既に緊張して、当日まで収まることはなかった。

当日、5分前に集合場所に到着。

到着したら連絡をしてほしいと事前に言われていたため、連絡をする。

この2時間前に服装髪型を伝えていたため、相手から声をかけてきてくれた。

サイトには身長や体型、顔などは載せていなかったため、その時初めて、今日抱かれる相手を知ることとなった。

年齢は10歳上ということは事前に分かっていたが、勝手に「身長170くらいの痩せ型の普通の人だろう」と平均的な男性を思い浮かべていた。

だが実際の相手は160ある私と同じか、少し低いくらいの小太りの男性だった。顔は整っていたが、体型で全てを損しているような気がした。

そしてダラダラと汗をかいていて、なんだか生理的に受け付けない気もしたが、「ホテルの前で本当に大丈夫かどうか確認する」と事前に読んでいたサイト説明に書いてあったこともあり、少し話しながらホテルまでの道を歩くことにした。

話をすると普通男性だった。特に書くことがないくらい本当に普通だった。

そしてホテルに着いたわけだが、先程書いたホテル前での最終確認はなかった。

ということで、会った瞬間からもう拒否権はなかったようなものだった。

自分から処女喪失希望してやってきたのだから、半分くらいは自業自得だろうか。

まあ、私は相手が余程生理的に受け付けないか、騙して犯そうとするような人出ない限り、お願いする予定だったのでOKとした。なんせ卒業たかったのだから

相手は慣れた手つきで部屋を選び、会計を済ませてくれた。

ちなみに今回のサービスにかかるホテル代やコンドームなどは相手負担である。私から金をとるとなると犯罪になるからだそうだ。(当たり前だが)

そしていよいよ入室し、最初の30分くらいはホテルに向かうまで話してた内容の続きを話した。

そのあと、少しの沈黙が出来たのをきっかけに「じゃあはじめよっか」と本題へと移った。

体だけ洗って、バスローブ着てと支持を受け、その通りにする。

そしてベッドに行くとすぐにバスローブは脱がされ、唇や胸へキス、足を開いて指で下のチェックをされた。私にはよく分からないが、「大丈夫そうだね」と言うことで、相手シャワーを浴びに行った。

そしていよいよ相手と本格的に事を始める。

胸、鎖骨、首、耳を舐められた後、下の方を舐められる。正直全く気持ちよさはなかった。ただ、「あぁ、舐められてるなぁ」という感覚があるだけ。

しばらく前戯をされたあと、相手にも乳首舐めるよう要求され、ぎこちなく舐めた。同時に相手自分のを立たせるために、自分で手でしていた。相手乳首の周りはムダ毛だらけで、汗も凄くしょっぱくて舐めてて気持ち悪かった。

相手のモノがある程度立ったところで、いよいよ挿入。ゴムをつけてローションをかけると、なんの躊躇いもなくズルズルを入れられた。

さすがに痛くて、弱々しい声で「あの、痛い、痛い、」と言ってしまったが、相手はなにも言うことなく動き始めた。

彼のこの行動には呆れと不安を覚えた。処女卒業サポートというくらいなら、もっと気遣ってくれたっていいじゃないか!と。

ズブズブとしばらく彼が正常位で動き続けた。個人的には10分くらいな感覚だったが、もしかしたらもっと長かったかもしれない。「これ、いつまで続けるんだろう」とぼんやりと思った。

動いていくうちに痛みは無くなっていったが、堅いものが出入りする感覚気持ち悪かった。

その間どこを見ればいいのか、手はどこに置けばいいのか、よく分からずテキトーにしていた。この辺もサポートして欲しかった。

そして突然「疲れた」と勢いよく私から抜いた。抜かれた時も感覚は少し痛かった。

色々と雑で、この辺りで「所詮こんなものか」と諦めを覚えた。相手専門家でもなんでもない、ただ経験人数が多いだけの男性なのである快楽のために動いてたりもしただろう。

その後、しばらく休憩したあと、今度は乳首の舐め方講座が始まる。

正直、処女卒業出来ればあとはどうでもよかった私にとっては、やりたくもないものだった。が、断ることもできず、結局長時間、いろんな舐め方を伝授された。

「やってみて」と言われる度に毛だらけの乳首と汗の塩気を舌で感じることとなり、この辺りでもう「早く帰りたい」と思うようになった。

乳首の舐め方講座の中にはフェラも含まれており、さすがにそれは断った。こんな所に来ておいて言うのもあれだが、いくらシャワーを浴びていても、さっき出会ったばかりの男性のモノを口に含むことは物凄い抵抗があった。

断ると驚かれたが、仕方がないねとあっさり諦めてくれた。

さて、乳首の舐め方講座が終わると、最後にもう1回してみようかと言うことになり、もう一度乳首を舐めさせられ、相手自分のを立たせ、入れる準備をした。

2度目の挿入は初めよりマシなものの、やはり少し痛みはあった。硬くなったモノは出し入れするたびにやっぱり痛かった。

しばらく動いたあと、突然動きが止まり、私の中から抜くとゴムを外し、私の手のひらにゴムの中に出した精液を乗せた。

粘着力とか匂いとか、経験ときたい人もいるらしく、どう?と感想を求められたが、興味はなかったのでそのままティッシュで拭いてもらった。

その後しばらくピロートークなるものをした。私は今回全く気持ちいいとか、感じるということがなかったのだが、初めてだとそんなものなのか?と聞いてみた。「気持ちいい人もいれば、なんも感じない人もいる、半々だよ」とのこと。そのあと胸も感じないことに驚かれ、甘噛みされたりもしたが、やはり気持ちよさはなかった。

そのあと別々にシャワーを浴びた。

感覚ムダ毛相手加齢臭、汗の塩気でとにかく気持ち悪く、強めに体を洗って、歯磨きもした。

相手シャワーの順番を渡し、その間に「キス 気持ち悪い 口直し」とかで検索したが、やはり口を濯ぐとか歯磨きくらいしか出てこなかった。私は喫煙者なので、タバコを吸えばましになるのではと考え、相手シャワーから出てきたあとに許可をとって一服した。結構これは気持ち悪さを無くしてくれた。

チェックアウトをして、エレベーターに乗るとキスをせがまれた。せっかくタバコで口直しできたのに、結局また気持ち悪さを感じることとなった。

駅まで送ってくれて、解散

処女卒業サポートでありながら、帰り際に「また連絡くれたらできるよ」なんて言われた。

と、ここまでが一連の流れだ。

色々と文句愚痴をこぼしたが、結果的には想像してたよりは痛くなかったし(泣くほど痛いと思っていた)、目的だった処女喪失が達成出来たので満足である

そして今回のこの体験を通して思ったことをいくつか書こうと思う。

まず、「初めては好きな人とがいい」はその通りだと言うこと。お互い好きで行為に及ぶのであれば、お互い気遣いながらゆっくり優しく出来るだろう。私の処女喪失の仕方を後悔はしていないが、やはり優しさや思いやりのある行為をしてみたかった。

次に男性にはムダ毛を剃って欲しいということ。全身じゃなくていい。舐めさせたいならその部分だけでいい。今回の場合乳首周りの毛だ。あれは本当に舌が気持ち悪い。二度とゴメンだ。

あとは私の性指向に変化があったということ。最初ノンケ寄りのバイだと書いたが、割合が半々になった気がする。帰りの電車の中や駅ですれ違う女性が、いつも以上に魅力的に映った。

あとは、改めて私はもう男女交際をしたいとは思わない、結婚もしたくない、と思った。そもそも今回の体験でもう二度とセックスなどゴメンだと思ったのだ。男女交際しろ結婚しろ、「私はしたくないから、私と付き合いたい(結婚したい)ならできないと思って」なんて言えるはずもない。

相手の為にも、私の為にも、恋愛はしないに越したことはないと強く思った。

勢いに任せて雑に書いてしまったが、以上が私の処女卒業体験だ。

稚拙文章力申し訳ない。

これから私は、性経験のあるひとりの大人の一員になれた喜びを持ちながら、ひとりで自由に生きていきたいと思う。

anond:20190824044958

元増田です。

潜在的ゲイかどうかはわかりません。俺はそうだとは思ってないけど、そうだと言うならそうなんでしょう。どうぞご自由に。

ゲイ作品レズビアン作品、色々あるけど、それはそれとして、俺としてはその話が面白いかどうかだけで見たり読んだりしているので、入口のところで、おっさんからとかおばさんだからアウトとかはないかな(実生活ではなく、フィクションに関して)。

でも、入口でアウトなら仕方ないですよね。

話の出来はさておき、おっさんというだけでキモイなら、それは見解の相違。

そもそも面白くないっていうなら、それも見解の相違。

人それぞれですよ。

で、なんでムカついてるかの理由だけど、それぞれに面白さなりつまらさなりの価値基準がある中で、手前の面白さの解釈押し付けているのに、その自覚がない人間いるからですかね。

同様に、つまらなさの解釈押し付けでもムカついたと思うけど。

反応としては「へえ、そうなんだ」期待で、イキられたからウザいって話。

世間話ガチられてもね。

anond:20190824043932

やっぱ人は見たいものだけ見てるんやね

君も元増田

anond:20190824034840

あんなのよく見れたな

たまにテレビつけるとやってたけどおっさん?がキモくてキモくてキモくて見るに耐えなかった

すげえや

潜在的ゲイなんじゃね?

そして君はなんでそんなにぷんぷんしてるの?

選挙に行かないかもしれない話

タイトル通りです。今地元でやってる選挙投票しないかも。別に投票するのは義務でもなんでもないから行かなくてもいいんだけども、思うところがあったので駄文吐き出し。

21歳の大学生、ちょうど、18歳に投票可能年齢が引き下げられた時に投票する権利を得た世代の者です。これまで2016年参議院選挙から、こないだ行われた参議院選挙まで地方選挙も含めて全部投票してきました。

ところで、こないだの参議院選挙ではちょっとめんどくさい手続きを経て投票したんですよね。住民票実家にあり、県外に進学したので地元選挙管理委員会に不在者投票申請をしたんですよ。ペラ紙一枚印刷して、3分ぐらいで色々書いて、封筒に入れて郵送。まあ正直こんくらいは全然いいんですよ、郵便ポストなんてその辺にありますし、プリンター持ってなくても大学コンビニ簡単に刷れますから。で、ここから問題なんです。手続きが終わると、地元選管からレターパック不在者投票キットが送られてきます。これを持って居所の選管まで行かなきゃ行けないんですよね。その辺じゃ投票できなかったりするんですよ。これがめんどくさい。結構遠いんだもん、選管所在地

周りに聞いてみると、この制度知らなかったりするしね。「住民票実家から今回投票しなかったの〜。」

まあ気持ちはわかるわ。もうちょい投票やすくならないかなあ。このままじゃ、今地元でやってる市議選には投票しなさそう。コストがかかりすぎるもん。初めて投票行使しないかもしれないか記念カキコ

言わなくていいことをわざわざ言ってしま

自分でも気をつけていて、「あー、これは言わなくていいな…」と口をつぐんだり、書くのをやめたりというふうにしているんだけど、ふとした瞬間に言ってしまう。

ふつうコミュニケーションが取れない。

まず基本的他人に一切興味がないのが原因なんだと思う。何を話せばいいのかわからない。仕事の話や知識の話は好きだから、誰かからチーズの種類の話とかチーズ歴史の話をされたら延々と聞きながら時々質問して「へええええ」とは言うし、ドラム式洗濯機の仕組みをわかりやす説明してくれる人の話や大学院DRAM研究をしていたことについてひたすら語ってくる人の話は真摯に聞ける。ただ通常の会話が聞けない。

あとおせっかいをよくしてしまう。困ってるだろうなと助けようと思う気持ちよりも「こうすると株があがるかも」とか「自分知識をひけらかしたい」みたいな気持ちが先行して、求められてないのにいちいちやってしまう。それについて「別に聞いてないんだけど」とは言われてないけど、あとで「あーーーーー言う必要なかったな」と感じてる。

とくにテンションがあがったときに起こりがちで、言った次の瞬間に「やってしまった」と思うことが多い。

それから人の話を聞けない。興味が一切ないときとか、いつもと同じようなこと話してるなってときとか、話すのに時間かかってる割に情報量少ないなってときは、他のことを考えて上の空になることが多い。そんなに長いなら文章くれればいいのにって感じで、シャットアウトしてしまう。気がつくとこうなってる。ときどき集中しすぎて、他人が話している最中なのに時間が吹っ飛んでいることがある。

自分はすごくお世辞が苦手で、思ってないことは口からほとんど発せられない。嘘をつくときは、ほころびを無くそうと計画的帳尻合わせのためのストーリーをこしらえて、なるべく実話に沿って話すようにしてる。人のいいところにあまり目がいかなくて、理想形のいくつかのタイプ人間自分の中に何十種類かあって、それの組み合わせで新しい人間類型化してしまっている。他人ばかりでなく自分長所にも目がいかなくて、何が強みなのか全くわからない。

それでいて変な承認欲求けが増大してしまっている。言わなくていいことを言ってたけど直った人はどうやって直したんだろう。

anond:20190824035547

逆に男目線だと叩き一色だったブコメが女だとわかった途端急に優しくなってるようにしか思えないんだが

この手の女には世界がどう見えてるんだろう

anond:20190824035332

ぶっちゃけあの手のドラマ全般に言える話だけど、ただ自分がああいBL実写化みたいな作品を好きなだけのことを、大袈裟社会派ヅラしてイキりやがるのがクソうぜーんだよな

それこそクラナド人生とか言ってたオタクと同レベルのようにしか思えない

友達と行った北海道旅行で、福岡へ帰る飛行機自分だけ乗り遅れる夢を見た

18時発のチケット握りしめながら19時に空港でどうにかなりませんか泣きながら目がさめた

夢で良かった……夢で良かった……

日米貿易摩擦以来不買やバッシングには慣れちゃってるんだよね。こっちは先進国何年やってると思ってんだか。No JapanからNo Abeに替えてもピント外れがひどくなるだけ。

anond:20190824041124

ちゃん反省する」にしても、当時のドイツナチス党っていうわかりやす存在があったし、だから「〇〇なナチス責任」「〇〇はドイツ国民の責任」と責任所在ちゃん論理的に切り分けることができたのがデカいと思う。

日本はこの最初責任所在を明確にするのに失敗したので、「(あれこれ含めて)日本が悪かった!反省します!」っていう雑な形になってしまった。そして戦後50年たったあたりで韓国中国に相変わらずアレコレ言われ続けて「いつまで謝罪すればいいんだ!ここまで言われる筋合いねー」って爆発したんだと思う。

そしてこの「責任所在」を明確にできるかできないかって、いくつくところはドイツ日本国民性の違いなんじゃないかって。だから最初から積んでたんだなって思う。

anond:20190824040825

明らかに反省してないしする気もないだろ正直

天皇死んでたら死んでたでこれだけ親米にならなかっただけでこの態度は変わらなかったと思う

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