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はてなキーワード: 排他的とは

2021-05-11

テクスト論的な読解と作家論的な読解について

anond:20210511091241

ありがとうございます情報、非常に助かります

 

私の増田と、あなた増田でやっているそれぞれの読解を大雑把に分類すると、

あなたの読解は、作者や筆者の背景や個人史というテクストの外部から情報を参照して読解の手助けとする作家論的な読解で、

私の読解は、あくまで当該テクスト内のみで完結する情報のみを参照して構築するテクスト論的な読解だと言えそうです。(実際には文中にも書いている通り、テクスト外の情報も一部参照してしまって居ますが)

国語テスト」という例えをしたのはまさにその意図で、国語テストは(よく誤解されるように)「作者の気持ち」や「作者の意図」を探ろうとする作家論的な読解ではなく、テクスト内の情報で完結するテクスト論的な読解を要します。

何が言いたいかと言うと、これらは相反したり排他的ものではなく、どちらも大切だねという事を言っておきたいのです。

 

作家論とテクスト論はそれぞれ長所短所があり、相補的なものです。

作家論はテクストの外部の情報特に実際に起きた事や事実)を参照できるため、より「事実」に近付ける、という利点があります

一方テクスト論は外部情報必要としない為、(今回提供頂いた他のnoteの様な)外部の前提知識を持たない人とも認識を共有できます

今回は件のnoteに対して「何故女性フェミニストに言うのか」と疑問に思われている方が居たので、(他のnoteの様な外部情報ではなく)あなたが読んだそのnoteの文だけを手掛かりにこういう読解が出来ますよ、という事を示したかったのです。

もっとも、より深く理解するために今回示していただいたような作家論的な外部情報が助けになるのは言うまでも有りません。

 

作家論とテクスト論の違いは、極端な例えをすると、例えば件のnoteを実はAI自動的に出力した物だった場合

AI意図個人史を持たない為作家論的な読解は困難ですが、テクスト論的な読解はテクストのみに依拠するため可能である、という点にあります

また、筆者自身意識していない(が、文章としては成立している)理由根拠等を探る手助けになるという事も有ります

今回あなたが示したように、恐らく筆者の方の意図としては「キモい」に関わる個人史的な経験比重が大きいのだと思いますが、

一方でそれだけに終始してしまうと、「キモい」と言った事がない女性フェミニストの方にとっては他人事、と解釈される可能性が有ります

しかし私のしたようなテクスト論的な読解であれば、それ以外の(例えば私の増田の「誰もが抑圧者になり得る事」「「差別正当化」の主題化」「フェミニズム言説への応答として」のパートで示した様な)作者が必ずしも意図しない部分も補完できる、という訳なのです。

 

長くなり、また話が大幅に逸れましたが、作家論とテクスト論、どちらもあったほうが良いよね、という話でした。

2021-05-08

生理ショーツ炎上について

最近生理ショーツ炎上しているらしい。調べたら本当だった。

私は女で、確かに不快だなと感じたので、なぜ不快なのかを考えてみた。

すでに言われている的外れな部分(衛生面や管理コストなど)や、男性だけで作る必然性の薄さも確かにある。

でも、もっと根本的な不快感や反発心の根源にあるものってあれだなあと思った。

これまで、煙草やら車やら、いわゆる男の趣味とされてきたものを好きだと女が言ったときに、「彼氏の影響」「男に教えてもらった」そう断定されることが多く、女が自主的にそれらを好きになることは間違いである、というような排他的空気があった。

そこへきて、生理という女体にしかおこらない現象に対して土足で踏み込んできたことに不快感を感じているのだ。

これまで人の趣味ケチをつけてそれは男のもの、とやっていたくせに、女体にしかない現象に対して手を出すのは、ちょっと話が違くないかい?と思っているのだ。

もちろんこれは私の意見なので、もっとまっとうに怒りを覚えている人もいるだろうけど。

2021-05-07

anond:20210507171433

下手なことは言えんから実名は避けるけど、

海外の〜(国名)で料理人としての修行経験、みたいな経歴、いくらでもウソ書けるよなw

まあ、フランス料理とかそれこそ日本料理なら確立してるし業界が狭かったりもするけど、

イタリア料理スパゲッティピザ作るぐらいだと、

適当ちょっと創作混ぜた料理でも疑われないかもしれない

明確にフランス〜の5つ星レストラン〜でとか、ミシュランで3つ星の〜でとか、店名が明確にあるなら分かるけど、

失礼ながら、どう考えてもおまえ子供の頃は同じ田舎ヤンキーやってたやん、

本当に〜行ってきたんかもしれんけど、おまえちゃん英語喋れたんか?

とか思ってしまうんだけど、それなりに繁盛してるみたい…

自分は心が黒いから、意外とあいつは料理界のショーンKだったりしてな、とかつい思ってしまったんだだけど…

話がズレるけど、本当にフランス修行したとしか思えない人が書いてたけど、

その人本人ではなかったと思うけど、厨房で怒った先輩に包丁で刺された話とか書いてあって、

寿司職人10年ではないけど、外食体育会系なのは海外も変わらんのか怖っ、とは思ったんだけど、

これで現地語喋れなかったら論外なんだよね、外食体育会系排他的から厨房他人弱者配慮なんかしない

移民なんかも皿洗いのバイトはあるけど、そこから先はないと思うし、寧ろネイティブから虐めがあったりしそうで、

なんだかんだ移民移民運営する店とか外食に行く方が安心だと思うんだよね

棲み分け大事

2021-04-07

anond:20210407174150

そのうち排他的腐女子水域航行している男オタが航行していたというだけで拿捕されるのである

排他的腐女子を根絶しないと、本当にオタク業界終わるぞ

anond:20210401211109

 腐女子より遥かに男オタの方がパイが大きいのに、腐女子がいるせいで「萌え豚」「美少女動物園」みたいに男オタを完全に排除しようと暴れ出す。

 逆に腐女子が叩かれている時は、こうやって「腐女子業界の大きなパイから腐女子いなくなったら業界が衰退する」とかいデマカセで擁護して、自分たちは殴り返されずにすむ。

 だからいつまでたっても一方的に暴れまくってる。

 昔の2chまとめブログで暴れてたのもこいつらのくせに、同じ理論で無敵、都合が悪いのは全て男オタのせいにする。

 んで自分らはこういう、オタク差別丸出しの屑。

 それを他人ちょっと成りすましただけで一切叩かれない。

 どう見てもこれ、書かれてる内容なんて腐女子に有利なことばっか。

 腐女子は叩くなって言ってるだけのくせに

 だったら萌えオタの方がよっぽどパイデカいんだから萌えオタ排除すればもっと衰退するのに、そっちは言わない。

 腐女子けが一方的に他を排除しようとするクズ

 そのせいで腐女子がいるだけで、腐女子以外の全ての大きなパイがどんどんなくなっていく。

 男オタがいてもこんなこと起きないが、腐女子は本当に存在するだけで、業界が縮小し、腐女子以外の存在が許されなくなる。

 このこと分かってんのか?

排他的腐女子を根絶しないと、本当にオタク業界終わるぞ

anond:20210401211109

 腐女子より遥かに男オタの方がパイが大きいのに、腐女子がいるせいで「萌え豚」「美少女動物園」みたいに男オタを完全に排除しようと暴れ出す。

 逆に腐女子が叩かれている時は「腐女子業界の大きなパイから腐女子いなくなったら業界が衰退する」とかいデマカセで擁護して、自分たちは殴り返されずにすむ。

 だからいつまでたっても一方的に暴れまくってる。

 昔の2chまとめブログで暴れてたのもこいつらのくせに、同じ理論で無敵、都合が悪いのは全て男オタのせいにする。

 だったら萌えオタの方がよっぽどパイデカいんだから萌えオタ排除すればもっと衰退するのに、そっちは言わない。

 腐女子けが一方的に他を排除しようとするクズ

 そのせいで腐女子がいるだけで、腐女子以外の全ての大きなパイがどんどんなくなっていく。

 男オタがいてもこんなこと起きないが、腐女子は本当に存在するだけで、業界が縮小し、腐女子以外の存在が許されなくなる。

 このこと分かってんのか?

2021-04-01

anond:20210401105408

よし、じゃあ男の俺が忌憚ない意見を書くよ。

①女は男性よりも感情的だ。いつも自分感情を処理できず、ぶつけることができる何かを探し回っている。

実際に会う女が感情的なのは経験上確か。男友達と話すよりも変な気をつかわれる。そうじゃないとか言われても、経験に反するとしか言いようがない。女性一般感情的でないとすれば、母や妻や妹や友人がみんな特別感情的なことになるが、んなわけねー。

ただ、

>いつも自分感情を処理できず、ぶつけることができる何かを探し回っている。

このようなことはない。どちらかというと、感情を碌に処理せず鬱屈する人のほうが多い印象だ。おしゃべりだって、男もする。行く場所カフェじゃなくて居酒屋なだけ。議論の上手い下手も男女差関係ない。むしろネットで話していると男も下手くそが多い。

集団ではバッシング過熱化しやすい傾向にあるのかもしれん。学級会がどうとか聞くしそんなのは男にないのは確か。だが女集団に属したことはないので知らない。

 

総じて①の項目では、男女差と知能差の混同が見られる。ネットフェミ発言している女は知能が低いとは思う。だが女一般にそれは広がらないと思う。ネットアンチフェミ連中が相手にしている女たち自体は、アンチフェミ連中の言う通りの連中だというのが、君にとってはポイントではないかと思う。

 

 

女性性的ものが嫌いだ。

 

間違いない。我々は皆、姉妹からクラスメイトから、母からエロ本を隠した経験を持っている。

また、明らかに外見上恵まれていない奴ほど(PTAおばさんなど)エロを強く排斥してくるという経験ももっている。

女性が思うより我々はエロが好きだし、それを過剰に排斥する者たちが嫌いだ。

経験から彼女らに何を言っても無駄だと知っているし、何をいっても無駄な連中が公共論理を言ってもまともには受け取らない。

媚びのことは知らない。興味もない。エロ発言する女のことは好きだが、抜いたらそんな女がいたことは忘れている。

 

 

③女は仲間を作るが、いじめも大好きだ。仲間ではないものについては常に話の外に追い出したがり、「キモい」と口にし続ける排他的利己的な生き物である

別にだっていじめは好きだ。

しろ男性性は暴力性」のような男だけがいじめをする、みたいなフェミ見解にこそ反論したいと思っている。

③のような見解は、そういう状況で出てくるものだろう。女だけが陰湿であるとか、そういうことを思ってる男は少ないはずだ。

女は、男がする直接暴力の代わりに、陰湿なことをする、程度の考えだ。女が劣っているとかいう話ではそもそもない。

 

 

④女はそのくせ被害者ぶろうとする生き物である

①でもいったが、ツイフェミ連中がそうであることは疑いない。しかし女一般がそうであるとは思わない。

アンチフェミは女一般にそれを拡大して女一般被害者ぶろうとする、と思っているかもしれない。

でもそれは男一般見解ではなかろう。少なくとも俺は間違いだと思う。

アンチフェミくんが嫌いなフェミは確かにクズである、でもそうでない女がネット外にいる、友人?にはそのように対応すればいいと思う。

anond:20210401105408

①女は男性よりも感情的だ。いつも自分感情を処理できず、ぶつけることができる何かを探し回っている。

感情的」というより「敏感」なんだろう。

何事につけ「不快だ」とか「気持ち悪い」と感じることが多い。

そして、それを避けることが規範になっているので、「気持ち悪さを排除するルールを決めよう」となる。

女性にとってそれは「冷静な行動」だが、男性からするとそれは「感情問題」でしかない。

女性性的ものが嫌いだ。

男性が性欲を露わにすることが嫌いだ」なんだろうなとは思う。

それこそ「気持ち悪い」と思うんだろう。

③女は仲間を作るが、いじめも大好きだ。仲間ではないものについては常に話の外に追い出したがり、「キモい」と口にし続ける排他的利己的な生き物である

この印象はあるかな

女性の「キモい」ってマジで強烈なんだよね。

相手存在根本から否定するような暴力性に満ちている感じがする。

④女はそのくせ被害者ぶろうとする生き物である

これは特に思わないな。

ただトラブルが起きたときに「相手事情も聞いてみよう」「自分も悪かったかもしれない」といった思考にならず、

いったん「自分被害者だ」と思ったらそのままガーッと相手を拒絶にしにいく感じはある。

2021-03-30

原作者配慮しているといいつつ、

原作者BLを嫌っていることを知っていながらBL同人誌を書き、里の掟には従ってるからセフセフと平気でいる人々に違和感通り越して嫌悪感がある。

隠れていたって、ごく狭い仲間内同人誌を回し読むだけでは満足せず、同人ショップ通信販売で、同人誌頒布という名の販売をしている。

排他的な掟でガチガチに固まり、あまたのオタクツイートでTLを席巻し、男オタクや女オタク界隈には馴染まない女オタクの居場所をなくしてしまう。

それの何が正しいっていうのだろう。

anond:20210329204154

そもそも排他的オール腐女子Vtuberという文化のものを敵視してる」のが大部分を占めてるという側面はあるだろうなと思う。

若い腐女子が「ホモォ…」やら淫夢やらでゲラゲラ笑うのの延長線上でしかない話やんな。

それが別に褒められたことだとも思わないけど、「敵に侵略された」とでも言わんばかりの言い草は、「オタクの悪いところ出ちゃってんなぁ」としか


一般論として、「ホモォ…」にしろ淫夢しろ他人を含む属性丸ごと笑いものにして「自虐」に巻き込むのはいい加減ダサい、という話ならわかる。

2021-03-27

anond:20210327024609

オタクはとにかく排他的というか

ローカルルールをやたら重視してたり承認コミュニティみたいなの大好きだから

そういうのを書いておかないと鍵垢コミュニティアクセスさせてもらえないんだよ

2021-03-23

anond:20210323020918

黒人奴隷から発生した差別と、集団における異物への排他的行為全然比べた意義がない

というか、差別という言葉黒人差別以外に使わないとでも思ってるのか

"黒人差別"と大雑把な"差別"は違うだろうが、アイヌへの見方村八分であって差別ではないとする意見詭弁にもならない

2021-03-22

雑誌映画秘宝』の記憶(21)

真魚八重子の反応に対する返答、のようなもの

真魚八重子(※映画ライター雑誌映画秘宝』に寄稿歴有り)が、はてな匿名ダイアリー投稿している私の文章を目にしたことを知りました。だからといって、私は投稿を止めるつもりは無い―――そもそも始めた時も自分意志で始めたことなので、当然、終える時も自分自身の意志で決めます―――のですが、この反応を切っ掛けに私が考えたことを少し述べたいと思います

記憶」と銘打ちながら、毎度毎度「考え」や「思い」を述べてばかりで、自分でも羊頭狗肉とは思いますが、なにとぞ御御容赦下さい。

筆名・侍功夫(samurai_kung_fu)は真魚八重子パートナーです(その関係は私も既に把握済みであったものの、侍功夫に対する批判文中で持ち出す必要は無いと思って書きませんでした)が、彼ら/彼女らのように物書き同士が人生パートナーであることには、私を含めた常人には分からない、特有の苦労が伴うようです。自分パートナーが書いた文章の中に問題が有る/疑問に思えるような箇所を見つけたとしても、互いに独立した物書きである以上、たとえパートナー同士であっても書くことを止めたり内容を変えさせたりすることは、おいそれとできない。そういう何か―――事情というか信条というか、そのようなもの―――が彼ら/彼女らには有るようです。

物書きと云う仕事の人たちは―――良い悪いは別にして―――、己の信念と他者から批判の板挟みになりながら「孤独」や「苦悩」を引き受けざるを得ない宿命なのだと私は思いました。

しかし、もしも、それが「本来は背負う必要の無い『孤独』や『苦悩』」であれば、たとえ物書きの身であっても背負わなくても良いのではないでしょうか?私はそう思います

私はこれまでの投稿で、真魚八重子パートナーである功夫だけでなく、他の『映画秘宝』ライター関係者も含めて、彼ら/彼女らに見られる「ホモソーシャル集団病理」を批判してきました。

排他的仲間意識」。仲間が何か問題を起こしても諌めたり批判したりせず、盲目的に仲間の味方をする一方で、一度「自分や仲間にとっての敵」と烙印を押したならば、集団の外部の人間に対して激しい攻撃を仕掛ける。

このような彼ら/彼女らの行動様式を見れば、ホモソーシャル集団一見「強い結束力」を持つかのように思えますしかし、実際のところは、どうなんでしょうか?

アニキなり仲間なりが問題行動をとった時、それを「問題」として認識し得るだけの知性や能力を、本来は彼ら/彼女だって持ち合わせていると、私は思います。専業であろうとパートタイムであろうと、プロだろうとアマチュアだろうと、彼ら/彼女らは「何かを考えたり、考えたことを書いたりすること」を選択した人間なのですから

そんな彼ら/彼女らが―――知性を持ち合わせているのにもかかわらず―――自分が目にした『仲間』の問題行動を諌めたり批判したりすることを、何かしら我慢して控えねばならない境遇に置かれているのだとすれば、それはとても「窮屈」というか「不自由」なことですよね?

それって、物書きとして本当に「楽しい状態だと言えるのでしょうか?

人間は、たとえ集団の中にいても、自分の「本音」や「心の声」を押し殺し続けていれば「孤独」に苛まれるようになるものです。

映画秘宝』の編集者ライター陣は、自分たちのホモソーシャル集団に閉じ籠もっていることで、仲間同士の目ばかりが気になって、自分自身の本音を言えなくなってしまい、その結果として、一人でいる時よりも却って孤独」になっていませんか?それを私は非常に危惧しています

映画秘宝』の読者・ファンは、しばしば「オレ(たち)の『映画秘宝』」と云う表現を使うことを好みます(真魚八重子場合女性なので―――彼女が実際にそう言ったことがあるのかどうかは知りませんが―――「ワタシ(たち)の『映画秘宝』」と書くべきでしょう)。

映画秘宝』の愛読者・ファン出身人間が物書きとなって、同誌を「物書きとしての自分の居場所」にすることを実現できたのであれば、それは本人にとって幸せなことでしょう。まさに「オレ/ワタシ(たち)の『映画秘宝』」と言いたくなる気持ちにもなるでしょうし、そのような「幸せの在り処」を守りたくなることも人情として理解はできます

しかし、もしも仮に、自分自身の心を無理やり押し殺しているのであれば、それでも「オレ/ワタシの『映画秘宝』」と言えますか?

そこには肝腎の「自分自身」が存在しないじゃあないですか。

物を書くと云うことは、他ならぬ「自分自身」が存在することの証明じゃないのですか?

その「自分自身」を殺してしまうならば、物書きとしての活動の意義を失いませんか?

映画秘宝』に居場所を確保すること自体目的化してしまい、本来の出発点である自分自身が物書きであること」の矜持を失ってしまったのでは、それでは本末転倒ではないですか?

町山智浩高橋ヨシキが仕出かした、女性に対する蛮行から目を逸し、何も言わず口を噤み続け、それで「物書き」として心苦しくならないものなのですか?

町山智浩高橋ヨシキ蛮行に目を瞑りながら「町山さん/ヨシキさんは頑張っていた」なんて言ってる『映画秘宝』関係者たちの姿は、世間の人たちの目から見れば、森喜朗女性別に目を瞑りながら「森さんは頑張っていた」と言っていたJOC関係者に瓜二つですよ。その自覚は有りますか?

私は「本来は背負う必要の無い『孤独』や『苦悩』」と書きました。

わざわざ「加害者は悪い『けれど』」と言って被害者批判と見なされかねないことを言ったり、わざわざ柳下意味不明ツイート呼応して草を生やしたツイートをしたり、そんなことを「わざわざ」する必要は無いと、私は思いますよ。

真魚八重子や侍功夫が「わざわざ」そんなことをしてしまったのは、ホモソーシャル集団内部での「他の仲間の目」ばかり気にしていたから、怯えていたからじゃないですか?そんな「狭い閉じた世界でのみ通用する尺度」に惑わされてばかりいて、これから先「物書き」としてどうするんですか?

私は「してしまった」「していたから」と過去形表現しました。今、引き返せたならば、真魚八重子も侍功夫も、これから先に同じような過ちを繰り返さなくて済むのではないですか?

真魚八重子からの反応に対する、私の返答のようなものは以上です。ヘイル・サタン

2021-03-19

雑誌映画秘宝』の記憶(15)

今回も引き続き、雑誌映画秘宝』の中に蔓延っていた「ボンクラと云う『甘え』」について考えてみます。このような風潮が同誌の内部に醸成された一因として、町山智浩高橋ヨシキらが「恵まれ境遇に生まれ育った/生きている」ことの影響を考えてみる必要が有ると思います

と言うのも、恵まれ境遇で生まれ育った/生きている人間にとっては「生きるか死ぬか」と云う状況や「生き延びる為には泥水をも啜る」と云う覚悟は、所詮他人事」であり、だからこそ彼らは身勝手なまでに好き放題できたのです。

これまでの投稿で私は「雑誌映画秘宝』内部では一部の人間により業務の『私物化』が起きていたのではないか」と云う仮説を述べました。そして、この仮説に符合するような動きが『映画秘宝』最新号に見られました。

それは、同誌にアニメ作品特集記事掲載されたことです。この動きは「高橋ヨシキらが居なくなった『途端に』」と言えます。そこに私は「新体制となった『映画秘宝編集部から、読者を始めとする外部の人間に向けてのメッセージ」が込められていると考えています

そのメッセージとは何でしょうか?

私はそれを「これまでの『映画秘宝』では高橋ヨシキら『切り株作品好きの派閥』の一存で、アニメ作品などの特定ジャンルに関しては肯定的に取り上げないように抑圧されていたが、これからの本誌は変に気兼ねすること無く幅広いジャンルにも目を向けるように努めて変革する」と解釈しています

仮にこの解釈が正しいならば、映画を紹介・批評するメディアとして実に「まっとうな態度」と言えるでしょう。

投稿(13)でも述べましたが、雑誌映画秘宝』が生き延びるには、読者層を拡大することが避けて通れない課題でした。仮にアニメ作品を取り上げても、それが正しい戦略か否か、直ぐに読者層の拡大と獲得に繋がるのか否かは未知数です。しかし少なくとも、従来の『映画秘宝』が好んだ、自分たちと異なる趣味や嗜好を排斥するような閉鎖的で排他的な態度を、反省して改めていくという「ポジティブ可能性」を感じさせるものであることは確かです。

路線模索して読者層の拡大を図り、それにより雑誌の生き残りに努める姿勢を打ち出した新体制映画秘宝』の姿は、過去の同誌を主導していた『切り株派』よりもよっぽど「生きることに真剣かつ必死である」ように私には見えます。謂わば「生きる為の切実さ」を感じます

これとは対照的に「読者の拡大なんぞ知ったことか!」「アニメが好きな奴らに読んで欲しくなんざ無えよ!」と云う強気な態度を取り続けてきたのが、高橋ヨシキら『切り株派』に主導権を握られていた従来の『映画秘宝』でした。

おそらく、彼らにとっては「『たかが』雑誌の生き残りの為に、女やアニメ好きに媚びる必要は無えよ!『そんな』事をするぐらいなら潰れた/死んだ方がマシだ!」と思えたのではないでしょうか。

この「思えた」「できた」と云うのが重要な点で、これは「そうすることが『できる』と云う『可能』」を表す物言いです。こんなことを「思える」上に「実行できる」のは、それをできる「余裕」が有るからです。

人は「食べるための苦労」をせずに済む「恵まれ境遇」なればこそ、「生き残る為に泥水を啜るなんて、みっともない真似するか!」と云う態度も取れるのです。

町山智浩高橋ヨシキ早稲田大学出身であることは、ファンウォッチャーにはよく知られた話です。入学金や授業料が高額な有名私立大学に通うことが可能であった、こんな「お坊ちゃんたち」に、生きる為に泥水をも啜るような覚悟が生まれるでしょうか?もちろん「否」です。

そうです。彼らの本質は、何処かの首相の息子と同じく「お気楽身分のお坊ちゃんたち」なのです。

ちなみに高橋ヨシキは、英語フランス語ペラペラらしいですね。これは素直に凄いと思いますよ。しかし、そんな彼が非・都市部居住者や非・富裕層をあからさまに侮蔑する姿を見る度に、私は赤塚不二夫漫画登場人物であるイヤミ連想しつつ「やっぱり外国語能力人間性の間には関係が無いんだなあ」と再確認する次第です。

柳下毅一郎東大出身者ですが、柳下ファンウォッチャーからは「翻訳・文筆の仕事だけで食えているのか?」「食う心配をしなくて良いぐらいに実家が太いんじゃないの?」と言われている様子です。少なくとも「爪に火をともして暮らしている」とか「糊口をしのいでいる」といったイメージは抱かれていない様子です。まあ、浮世離れした人間でなければ、海外シリアル・キラー事情に詳しい特殊翻訳家稼業とか無理でしょう。

てらさわホークは…私はよく知りません。

恫喝DM事件以降に露呈した『映画秘宝』内部の対立於いて高橋ヨシキの側に立つ『切り株派』ライター人脈を見ると「普段会社員をやってます」的な人間が目立ちます。これは「食い扶持に悩まなくて済むから映画秘宝』の売り上げも気にせずに済む」と云う条件にも当て嵌まるように思えます

もっとも、この人たちの場合自分で働いて身を立てているのですから、決して「お気楽身分のお坊ちゃん」ではありません。少なくとも、奥様の稼ぎに助けられつつTwitter芸人としての活動に日夜勤しんでいる、何処かの誰かさんとは雲泥の違いです。

しかし、切り株派の「お気楽身分」とは、結局のところ「他人負担押し付ける」ことで成り立っていたに過ぎません。彼らが好き勝手にしていた分の尻拭いを負担していたのが、他ならぬ洋泉社です。洋泉社としては雑誌刊行を「商売」として成立させたかったのに、それを雑誌の作り手たち自身が「私物化」することで台無しにしていたのです。そう考えれば、休刊から復活を遂げた『映画秘宝』が、町山智浩らの古巣である宝島社に拾われなかったのも容易に理解できるでしょう。

泥水を啜る覚悟も持たず、負担他人押し付ける。このような姿勢については、まだまだ話を展開できそうですが、また長くなりました。

今回は一先ずここまでにします。アーメン

2021-03-18

雑誌映画秘宝』の記憶(13)

前々回の投稿(11)で言及した『映画秘宝』内部で起きていた「業務の『私物化』」について、引き続き今回も述べようと思います

ムック形式が好評だったこともあり、90年代の終わりに雑誌化・大型化を見事に果たした『映画秘宝』は、傍目には順風満帆に見えました。しかし、初期の同誌を読んでいた方々ならばご存知のとおり、若者購読者を想定した誌面作りとはお世辞にも言えませんでした。初期の『映画秘宝』がそのターゲットにしていた購読者とは「子供時代70年代映画館テレビで観た映画についての記憶を、編集者ライター陣と共有する大人」だった訳ですが、当時そんな条件を満たしていた人たちは、私も含めて既に「立派なオジサン・オバサン、若しくはその仲間入りも間近な人たち」でした。そのままで購読者高齢化によって、ジリ貧に追い込まれるであろうことは明らかでした。

したがって、雑誌映画秘宝』が将来的にもビジネス継続して生き延びるためには、長期的な戦略として「より広範で多様な読者層を開拓すること。それも、特に若者層』と『女性層』を購読者として積極的に取り込むこと」を選択するべきでした。しかし、こんな事を今さら書いても、後の祭りです。

承知のとおり、それとは正反対戦略を『映画秘宝』は選択しました。いや、何らかの戦略選択したと言うよりも、むしろ「長期的な戦略など、当時の『映画秘宝編集者ライター陣は露ほども真剣に考えてはいなかった」と言う方が正確かもしれません。

覚えている方もいるかもしれませんが、高橋ヨシキが『映画秘宝』の表紙デザインとして、邦画から引用した「裸の女性が荒縄で緊縛されて馬に跨がる残酷エロ画像」をコラージュして仕上げたことがありました。この表紙について、町山智浩は「この表紙じゃあ女性が手に取り辛い(=買い辛い)」とボヤいていました(※注)。雑誌の「顔」である表紙がこんな状態だったぐらいですから高橋ヨシキの頭に「女性購読者を獲得すること」など微塵も無かったことは明らかです。

既に述べたとおり『映画秘宝』は「女子供から映画を取り戻せ!」をスローガンにしていた訳ですから、むしろいか女性が手に取り辛い(=買い辛い)デザインにするか」について考えた上で、高橋ヨシキ意図的かつ積極的に「女性が嫌がりそうなデザイン」に仕上げたのだと考えるのが妥当です。きっと、このような表紙を作っていた時の高橋ヨシキは「オレたち男だけの輪を乱すような奴(=女性)は、お呼びでないから帰った!帰った!」「この表紙デザインを見たら、きっと町山さんも喜ぶだろうなあ!」と云う気持ちを込めていたことでしょう。(※注:ところで、町山智浩も本気でボヤいていたのではないのだろうと私は思いますが、そう思う理由については別のところで述べます。)

近年は真魚八重子などの女性執筆者が『映画秘宝』に登場する機会が増えてはいましたが、それで町山智浩高橋ヨシキの芸風が改まったようにはとても見えず、むしろ却って「これでもオーケーなんだ!こんな芸風でも女は許容してくれるんだ!」と彼らの勘違い助長したと云う可能性すら有ると私には思えます。仮にそうだったとしたら、真魚八重子の頑張りが報われていなかったことになって、非常に気の毒な話ですが。

また、これも既に過去投稿でも述べたことですが、比較的早い段階から映画秘宝』は、ごく少数の寄稿者(例:山本弘)を除けば「アニメファン蔑視・敵視・嘲笑する」と云う態度を明確に打ち出していました。この「アニメ叩き」の姿勢は同誌において長く一貫していたと言ってもよく、恫喝DM事件が発覚する直前にも「『鬼滅の刃』は絶対に観ない!」と、訊かれもしないのに自分たちの方からアピールに励んでいました。

もちろん、思想信条自由に照らして考えれば、編集者ライター個々人が「何か」を嫌うこと自体は許されるべきです。だから対象が「萌えアニメファン」だろうと「女性」だろうと何であろうと、高橋ヨシキらが個人的に何かを嫌うことは自由範疇あると言えるでしょう。極端な話、内心だけに留めて現実世界で実行に移しさえしないのであれば、性的マイノリティ/人種民族etc.に対するネガティブ気持ちを持っていても許されるでしょう。

しかし、その上で問いますが、当時の編集者ライター陣がわざわざ誌面を使ってまで「女嫌い」や「萌えアニメ嫌い」を盛んにアピールしたり、ゲイを繰り返し「ホモ」呼ばわりして嘲笑し続けて、雑誌映画秘宝』を売ると云うビジネス全体にとって、何か良い成果を招いたでしょうか?結果的には、女性萌えアニメファン性的マイノリティはもちろんのこと、それらに該当しない人たちにすらも「何だか映画秘宝』は排他的雰囲気があって嫌だなあ。近づくのは止めておこうか」と思われ、遠ざけられただけに終わったように私には見えます

そうして「未来購読者」に成っていたかもしれない人たちも見す見す逃してしまって、長期的に見れば大きな損をしたのではないですか?もしも、編集者ライター陣の個人的な好みに拘ったことによって、ビジネス未来が失われたのだとしたならば、それについての責任を彼らはどう取るつもりなのでしょうか?

当時の『映画秘宝』の萌えアニメ叩きムーブに関しては、こんな出来事もありました。ある時、俳優加藤雅也に対するインタビューを行った際、わざわざ「最近若い奴らは、萌えアニメなんかにウツツを抜かしているんですよ!」と御注進に及んだのです。もちろん、そのインタビュー記事の中では、それに対する加藤雅也の「『萌え』ねえ…」というリアクション言葉を「例の見慣れた太いゴシック文字」で強調することも忘れませんでした。つまり当時の『映画秘宝』は「あの加藤雅也サンも、萌えアニメなんか好きな奴のことは見下して馬鹿にしているんだゾ!読者の皆も後に続け!」と、虎の威を借る狐のスタイル萌えアニメファン嘲笑することに勤しんでいたのでした。それにしても、何の脈絡も無く突然「萌えアニメが云々」とか言い出したので、インタビューを受けていた加藤雅也も反応に困ったのではないでしょうか。加藤雅也についての面白い/興味深い話を読みたい読者の立場からすれば「何でインタビュアーがいきなり『オレは萌えアニメが嫌いだ!』と自己主張を始めるんだよ。お前は主役じゃねえだろ。お前の自己満足にスペースを割くぐらいなら、もっと加藤雅也言葉を載せろよ」と云う感想を抱くしかありませんでした。きっと、このインタビュアー脳裏には、読者の存在及び読者のニーズなどは思い浮かびもしなかったことでしょう。

上で述べたような行動に熱中していた『映画秘宝編集者ライターたちは、ただ単純に「『自分たち欲求』が充たされて気持ちが良かった」のだろうと思います。もちろん自分欲求を充たしたいと思うことは人間として当然ですし、仕事を通じて欲求を充たすことが出来れば、こんなに幸せなこともないでしょう。しかし、それをするならば良識と限度が必要不可欠です。わざわざ無駄に敵を増やし、未来購読者を失ってまで「自分たち欲求を充たすこと」を優先したことは、仕事(ビジネス)として必要なこと、正しいことですか?

ひょっとしたら「眼の前の『利益』を捨ててまで『信念』(=嫌いな奴らを大っぴらに嘲笑すること)を貫くことが出来るから、オレたち(=『映画秘宝』)はスゴいんだ!」と、『映画秘宝切り株派は自分達に酔っていたのかも知れません。しかし、それは別にスゴいことではありません。

洋泉社としては、雑誌映画秘宝』の刊行を「遊び」や「無償ボランティア」として、ではなく「まっとうなビジネス業務」として行っていた訳です。それには先ず雑誌が売れること、それも短期的にだけではなく長期的に売れることが先決であり、その為には更に、購読者を増やすことが何よりも重要でした。したがって、これらの重要事項こそが『映画秘宝製作チームに対して洋泉社が何よりも先に求めたことだったはずです。「何よりも先に」です。

それなのに、購読者を増やさず、と言うよりも増やす為の努力を端から放棄して、逆に無駄に敵を増やすことにだけはキッチリ勤しんでいた訳ですから洋泉社にとって『映画秘宝』の編集者ライター陣は、さぞかし頭痛の種というか獅子身中の虫というか、実に困った存在だったと推察されます

こういった「まっとうなビジネスであれば求められて当然の事柄」には応えようとせず、何よりも先ず「自分たち欲求を充たすこと」を優先して仕事に臨む、これこそが私の言う「業務の『私物化』」なのです。

この文章を読んでいる方は、試しに想像してみて下さい。もしも貴方が何処かの会社などに勤務していて、社員一丸で協力して赤字解消や顧客開拓などに努めねばならない時に、赤字を垂れ流したり顧客どころか敵を増やす行動にばかり勤しむ同僚が社内にいたとしたら、しかも、それに勤しむ理由が「自分気持ちいから」とか「これをやると○○センパイが喜ぶから」とかだったら「テメエの『趣味』の為に業務を『私物化』するんじゃねえよ!」と言いたくはなりませんか?単に「職業人」としてだけではなく「社会人」としても失格でしょう。

このように『映画秘宝』の行動は、とても「長期的な利益を考えている」とは思えないようなものばかりでした。岩田和明による恫喝DM事件を見れば分かりますが、ごく最近の『映画秘宝』内部でも「長期的な利益を考えず、自分気持ち良くなることを優先する」と云う風潮が継続していたことは明らかです。更に、岩田和明が退職するからと云う理由だけで、のんさんの連載を打ち切って雑誌の「売り」を無くすように仕向けたことも、これまた雑誌全体のことを考えない「自己中心的な行動」でしょう。

仕事に関して「長期的な利益」について考えると云うことは「自分よりも若い世代に残す未来」について考えること、つまり責任感の伴う態度」です。これに対して「業務の『私物化』」とは、仕事に臨むに当たって「今」の「自分」のことしか考えないこと、つまり無責任な態度」です。

映画秘宝』は、彼らが「精神年齢の幼稚な奴ら」と見なして嘲笑していたアニメオタクや「馬鹿宣伝に騙されて底抜け大作を観に行く奴ら」と侮蔑していた女性と、彼ら自身とを勝手に比べて「自分たち(=『映画秘宝』の編集者ライター)はアイツらと違って『大人の男』なんだ!」と周りに向けて盛んにアピールし続けてきました。しかし、果たして彼ら自身は本当に「大人」と呼ばれるに値する人間だったでしょうか?

雑誌未来」よりも「自分たち欲求」を優先し続けてきたことを、中心メンバーによる「業務の『私物化』」と呼ばずして何と呼べば良いのでしょうか?「身体大人頭脳はコドモの幼稚な遊び」でしょうか?

高橋ヨシキら「切り株派」が居なくなった2号目にあたる『映画秘宝』に、アニメ作品の特集記事掲載されることが予告されました。この「居なくなった途端に」と言っても良い動きを見るに、おそらく「切り株派」が彼らの一存で他の派閥編集者ライターに対して「『映画秘宝』でアニメ作品を扱うなよ!」と有形無形の圧力を掛けていたことは、想像に難くありません。そのような圧力存在したとしたら、一部の人間の一存で企業努力可能性を封じられていたことになるのですから、これもまた「業務の『私物化』」です。

「今」の「自分(たち)」のことしか考えない「無責任な体質」なのだから、年下の女性に対して恫喝DM攻撃を行ったり、自分たちよりも年下のフリー女性編集者に対してパワハラを行ったりするのも、何ら不思議ではありません。告発を受けるまで、何一つ疑問に思わなかったのは「本当」でしょう。何しろ彼らの頭に有るのは「自分(たち)のこと」だけなのですから

奈良さんがパワハラ告発した後に柳下毅一郎が出した、あの謝罪文としての体を成していない文を読んだ時も「ヨシキくんが報われて欲しい」とか、被害者を置き去りにしたことを書いていて「本当にどこまでも『自分(たち)のこと』だけに終始するんだな」と私は思いました。東大を出たぐらいだから間違いなく柳下毅一郎は頭が良いはずなのに、被害者を含めた「他者存在」に対して満足に想像力を働かせることも出来ず、謝罪文一つまともに書けないとは流石に想像できませんでした。子供か。

映画秘宝』の中心メンバーとも呼んでもいい人間たちが「業務の『私物化』」をし続けても恥じなかったのは、彼らの根底に有る「ボンクラと云う『甘え』」の精神だと私は思います

しかし、長くなったので、一先ず今回はここまでにします。

2021-03-17

東京に生まれてよかった

田舎から頑張って東京遡上してきた人の話聞くとやっぱり田舎に生まれると大変だわ

東京には遊ぶところには不自由しないし何でも売ってるし

人々の考え方も進歩的から苦労がない

それに比べて田舎男尊女卑とか長幼の序とか排他的だったりしてめんどくさい

要するに差別が好きなんだよね田舎の人って

そういうしがらみがない東京に生まれてよかった

2021-03-07

anond:20210306213555

おそらく

ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許ではなく

というのは、「正義を語ることはリベラル側の専売特許ではなく」という意味で、

さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味多様性ではなく

というのは、「(民族ではなく)さまざまな階層属性バックグラウンドを持つ人がそれぞれの正義を語る多様性」という意味だと思う。

かつては「正義の反対はまた別の正義」という雰囲気もあったが、最近リベラルはそういう考えから離れていきどんどん排他的一神教的になっているように感じる。

一見強者に見える弱者愚者に見える弱者差別主義者に見える被差別者たちの声にも耳を傾けて彼らの正義尊重する、あるいはそこまでしなくとも距離をとってお互いに干渉しないように共存する、ということ。

2021-02-26

男女格差ランキングコメントへの返信

anond:20210224173449

色々とコメントをいただけたのでいくつか返信してみよう。

まず、私をいわゆるネトウヨだと思い込んでコメントしている人がけっこういるみたいだが、私は自分ネトウヨとは思っていないし元の日記も徒らに日本アゲをするような趣旨一言も書いていない。最初にも書いたが日本の男女格差が酷い(森元首相の例のコメントのように)のは痛感しているしもっと男女平等が実現されてほしいと思っているくらいには自分フェミニストと思っている。日本人種外国人差別がマシだとも決して思っていないし、ネット上の中国韓国人への誹謗中傷断じて容認しない程度には自分リベラルだと思っている。

人種の坩堝のような国から単一民族の国まで、男女よりも形態バラつきがあるから単純なランキングは難しいのかも?大和民族と、在日外国人や、その他の民族とのギャップがフィーチャーされるのは良いと思う。

ありがとう。確かにこの辺を見ても民族文化的多様性は本当に国ごとにバラバラらしいから(日韓あたりは世界的にみて非常に同質な国家らしい)、定量的指標を作るのは難しいかもしれない。

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_countries_ranked_by_ethnic_and_cultural_diversity_level

それでも定性的には何らかの評価はできるだろうし、不完全でもまずは何らかの横並びの指標世界を測ってみるのが大事だと思う。指標は後から批判を受けて改善していけばいいし。

なるほど、ではある。しかし男女というのは理屈上はどの国でもほぼ半々なわけだ。人種とかで区切ると国によって多様すぎる。アメリカ人種別のいろいろな統計は出ていて、ひどい結果になっている。

男女はほぼどの国にもいます多人種はいる国とあまりいない国があるから難しいでしょう。 あと欧州アメリカ人種差別の多い国というより人種の多い国だと思うんだけどどうよ

男女はどの国もあるというのは確かにそうだなとは思う。一方で、LGBTのような性の多様性まで考慮したら本当にどの国でも同じと言えるのか。また、人種民族文化多様性は国ごとというが、これだけグローバル化が進んでいてどの国民国家も一国では成り立たない世の中で、安易にこうした試みを諦めるのも勿体ないとも思う。どんな国も(日本でさえ ※上のWikipedia参照)何らかの人種多様性を抱えてて社会的問題を孕んでいる中で、こうした指標を作る意義はあると思う。男女格差指標だって、20世紀来女性地位が見直されて社会進出が進む中で出てきたものだし。

あと欧州アメリカは、人種の多い国だけど同時に人種差別も多い国だと思う(でなければBLMみたいな運動が注目されるはずがない)。一度でも欧州のどこかに旅行に行ったことがある人は、あの独特の硬直した社会雰囲気を知ってるんじゃないかな。アジア人としての居心地の悪さ。それはCOVID-19の前から変わっていない(今はさらに酷くなっている)。あと欧州人のアフリカアラブ系への見下し方とかは酷いよね。以前、欧州の同僚とイタリアミラノ観光していたときに私は何気なくアフリカ系の人たちに近寄ってしまったのだが欧州人の距離のとり方は凄かった。カリフォルニアから来たインド系の同僚は、ベルリンでフードを目深に被って顔を隠しながら歩いていた。警戒していたんだと思う。

ちゃんジェンダー平等指数は22位、ジェンダー開発指数55位、人間開発指数19位とかそういう公平な報道をして、最上級国民ダボス会議で知られる「日本は遅れている」プロパガンダをやめることが先決だと思うが。

公平な報道を、というのは本当にその通り。一方で、ここのコメントでさんざん吹き上がっているように日本社会にまだまだ改善余地があるのも事実なので、そこは粛々と改善していきたい。

何で人種格差ランキングだと日本は上位に入れると思ってるのか謎だ

人種格差国籍差別日本もすごいから、ネトウヨの人たちはますますしょんぼりするかもしれないよ?

人種格差でも日本は最悪だよね

人種格差でも日本ランキング低そうだな。在日への扱いなんか見てれば、排他的な国であることは火を見るよりも明らか。

実際に分類された結果「男女差別よりはずっとマシだがら男女差別放置する言い訳には使えないが欧米を言い返すのは不可能レベルに充分酷い」って出たら、ウヨミソが発狂しそう。

人種差別民族差別指数」なるものがあったとして、永住権もつ外国人地方参政権すら認めないジャパンはやっぱり差別大好き国家になることは目に見えてるんだが。

日本が上位にランクされるという確信はどこから来るのか。

冒頭でも書いたけど、自分ネトウヨではないし日本アゲしたかった訳でもないから、もし客観的指標日本が低い結果になったらそれはそれで粛々と受け止めるだけだと思う。あと仮にそんなランキング日本が上位になったからといって、今のネット上での人種差別的な言動断じて許容しないし、日本社会の大きな問題であることには変わりがない。上のコメントが私にではなくこれを読んで曲解した「ネトウヨ」読者へ向けての警句だとしたらいいが、元の記事には「日本ガー」みたいなことは書いてないはずなのでネトウヨだろうが誰だろうがもう少し丁寧に読んでほしいなとは思う。

外国人地方参政権云々については、人種問題というよりは移民政策とかもっと政治的な各国の判断だと思うのだが、その分野は詳しくないのでこれ以上はなんとも言えない。

人種格差は、フランスのように「仏市民自体が一つの民族であり、人種を想定するのは差別の温床」という国や、ミャンマーのように「あれは国民ではなく移民」と言う国もあり難しいのよ。逆に統計とってる代表格は南ア

南アフリカは確かに過去苛烈人種差別のあった国だから自浄作用的にそうした統計を取ってるのは理解できる。国々で人種民族の捉え方が違う、というなら男女の問題だって各国で伝統的に扱い方が違うだろうし、とくにムスリム国家では宗教と結びついたナィーブな問題でもあるだろうから、難しいと言っていたら何もできないのではないか

人種差別ランキングというか評価付けならあるぞ、日本最近それで評価下がった 理由外国人労働者へのブラック労働さらに下がると貿易に影響するからヤバい状況らしいよ

あるよ。なんでないとおもったのか。

既にあるんだとしたら私が単に不勉強なだけなので、ぜひ教えてほしい。タイトルだけでも教えてくれればあとはググれるので。

こういうのでなくて?ランキング形式ではないけど。https://www.google.com/amp/s/www.cnn.co.jp/amp/article/35122505.html まぁアジア系が最大で開いてるので、増田の願望はかなわない臭いけど。

調べてくれたのはありがたいが、これはランキング以前に米国内での話だよね? あとアジア系格差が最大というのは米国内でアジア系人種への扱いが二極化していることを示すだけで、アジア系社会内で差別が最も激しい訳ではないでしょう? ここから逆に読み取れたのは、米国ではアフリカ系やヒスパニック系、ネイティブ系は逆に社会で固定的に差別対象とされていて、一方アジア系は貧しい階層に押しやられている人たちもいればヨーロッパ系同様の裕福な階層にも入り込める、ということかな。

国連人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会による日本政府に対する条約実施のための改善勧告を見てみよう。ジェンダー関連以外もてんこ盛り。本邦の人権絡みの惨状男女差別だけじゃないよ、大丈夫だ!

これも元の日記日本アゲだと勘違いしているコメントだけど、日本改善勧告してくれるのは大変結構なんだけど、どちらかといえば同じように欧州米国などにも人種差別問題もっと勧告しようね(してるならその報道を見たいね)、という話。それは日本のためじゃなくて世界のためにね。

あと最後に、ここでは返信しなかったけど他にもコメントくれた皆さん、ありがとう

2021-02-25

anond:20210225140842

多様性を認める社会においては大前提として排他性にだけ排他的で、不寛容にだけ不寛容でなければならないの

2021-02-22

anond:20210222053016

アセクシャル、とひとまとめにされがちだけど、アロマンティックやらノンセクシャルやらが含まれているのが、日本語の「アセクシャル」。

そして、じゃあ、アセクシャルとアロマンティックとノンセクシャルの3種類があるんですね、という理解ももちろん間違ってて、

しばしば言われるように、(それ以外のセクシャリティも含め)グラデーションとして存在しているし、

一見排他的セクシャリティも、本人の中では矛盾なく(あるいは矛盾しながらも)両立していたりと、

一言で「ぼくアセクシャル」などと表現できない(が、場合によっては何らか表現するしかなかったりする)のである

なので、あなたの「アセクシャル」と、彼ら、彼女らの「アセクシャル」は違っていて当然だし、

パートナーが欲しいひとも、パートナーが欲しくない人もいる。

子供が欲しい人も、子供が欲しくない人もいる。

なんならパートナーが欲しいし子供も欲しい人も、パートナーはいらないけど子供は欲しい人もいる。

恋愛はしたいけど性的欲求はないひとも、逆の人もいる。

いま、例えとして「欲しい人」「欲しくない人」などと2種類に分けたが、実際には、これすらも2種類に分けられるものではない。

そう考えると、性的マジョリティだってグラデーションの中の1つでしかなく、

ただただ多数を占めているというだけで、どちらが特殊というものでもない。

なんなら、「性的マジョリティ」とひとまとめにされている人たちの中にだってグラデーションはあって、

結局、誰一人としてマジョリティなんかではなく、マイノリティの集合でしかないのである

マイノリティ権利叫びたいばっかりに、マジョリティとの間に線を引くなどもってのほかだ。

まあつまり、誰一人、自分と同じひとなんかいないし、そこにいるAさんとBさんだって、同じじゃない。

逆に言えば、AさんとBさんが「同じ」なのと同程度には、「自分」と「Aさん」、「自分」と「Bさん」も同じだ。

なので、元増田

アセクシャルと言っても人それぞれなんですねー

という認識でOKだとは思う。

まちがっても、行き過ぎて「こんなのアセクシャルじゃない!」とか言い出さないように。

2021-02-21

anond:20210220115916

こういうリスト殆どが「違いがわかってすげーだろ」とでも言いたげなオタク特有オナニー

オタク相手に隙がないように作った、オタクの目を気にしただけのゴミリスト

自分作りました感を出してる奴は100%自分感性で聴いてない

増田オタクに褒められたいだけ

「○○のパクり」が口癖で、寛容という言葉はなく排他的

倖田來未好きですなんて言ったら「あー()」とか言っちゃう

しろこのゴミリストが「あー()」だよ

ごめん言いすぎた

2021-02-19

anond:20210219201256

田舎で生まれ育った子供も非文化的かつ田舎特有排他的監視社会がもう根付いてるから都会からきた増田の子が浮かないか心配だね。勉強の面だけじゃなくちゃんケアしてあげてね。

あと子供部活とかするようになったら体育館とか他校への車で親の送迎普通にあるからマジで気をつけてね。田舎子育てするには本当に向かない場所。クソです。

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