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はてなキーワード: 舞台とは

2017-07-24

おやこ劇場こども劇場)の評判について

おやこ劇場という団体があります簡単に言うと、親子での観劇などの活動をする為の団体です。が、活動観劇に限りません。

ウィキペディアを参照してください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%82%84%E3%81%93%E5%8A%87%E5%A0%B4

おやこ劇場(おやこげきじょう)(こども劇場(こどもげきじょう)という名称場合もある)は、親子で舞台芸術を鑑賞し、また他の親子とともに色々な活動をすることなどを通して子供たちの感性を豊かに育てることを目的とした団体である。全国に、同様の団体が多数存在し、基本的団体存在する地域名前に含んでいる。任意団体であるものが多いが、NPO法人格を取得している団体もある。基本的には毎月親子で会費を払って加入し、2ヶ月に1回程度、舞台鑑賞の機会を持つことが多いが、それぞれの地域特性に合わせて会費、運営方法は異なる。運営参加者自身の手によって行われており、特定宗教政治団体との関係性はない。略称は「おやこ劇場」「こども劇場」「劇場」など。

googleでおやこ劇場検索すると、「勧誘」「宗教」「共産党」というキーワードサジェストに登場します。

調べてみると、このような観点でおやこ劇場を見る人もいるのだなあと思いました。

私も、とあるおやこ劇場と関わりがありますが、こちらでは特に宗教」とか「共産党」という雰囲気はありませんでした。

ただ思い出すのは、子ども関係のチラシに混じって、戦争戦争法案?)反対的なチラシが恐らく一種類、事務所に置かれていたのを思い出しました。場違いではありますが、それにしたって、一種類程ですし、劇場の入会の時や普段活動で貰った事は無かったので、おやこ劇場特定政治主張や活動に結びついている感じは受けませんでした。仮に、週刊金曜日でも置いてあれば話は別かもしれませんが、そんな物は当然置いてありませんしね。朝日新聞毎日新聞新聞赤旗も置いてありません。

会誌を読んでも、左翼的というかその様な活動実績も、政治的書籍紹介も見た事がありません。

というわけで、割とネット右翼寄りの私でも感じるのはこの程度でした。

本棚こち亀だったか電車男だったかが置かれていましたが、あれについてはどういう経緯で置いてあるのか分かりません。

私が関わっているおやこ劇場は、県か県知事から表彰されているおやこ劇場ですから運営が変であれば問題になるかもしれませんね。

https://anond.hatelabo.jp/20170724204439

それとは全然違う

学科内容とか添削の丁寧さ、純文学志向への対応もできる、

有名OBを紹介してもらえる等々

やはり専門学校では難しいレベル対応してもらえるそうだ(友達の兄が出身

早稲田場合ミステリクラブ人脈だとか、

舞台人脈もあるし、いろいろ広がりやすいらしい

なにより、小説家にはなかなかなれない

小説家で飯を食うのは省を取らないと難しいが

いまどき新人賞では食えない

インターネット史上最大のリベンジポルノ 伊藤直也事件

 わりと伊藤直也さんをよく知ってる人でも、このブログは読んでいないのでまず必読 → http://naoyaito.blog.fc2.com

 炎上第一対策ダンマリというけれど、それはあくまでも失言とか、言い訳してもどうにもなんないレベルのものであって、このままダンマリを続けると、先方のブログに書いて有ることだけが全ての真実ということになってしまって伊藤さんは社会的抹殺されてしまう気がするんだけど。このまま表舞台に出ないで嵐が過ぎ去った頃に何事もなかったかのように復帰するシナリオなんだろうか。

 id:otsuneときはあれは相手もどうなの?という人だったのでみんな「ホテル代くらい返してやれや」とイジるくらいで笑えたんだけど、伊藤直也さんの場合ガチクズ案件なので誰も擁護できないどころか笑いにもできないという地獄絵図。サイバーメガネとかその周辺の女どもは勝手にやっとれと思ったけど、伊藤直也さんの場合、本当にクズいのでもう誰も何も言えない。事実なら社会的制裁を受けるべき。

 そもそも警察に連れて行ったあたりでもうおかしくなってる気がする。ブログでは片方から見た話しか出てこないので想像するしかないんだけど、たぶん奥さんに言い訳してる段階(興信所写真が撮られた段階)で「実はつきまとわれてるんだ」というその場しのぎのウソをついて引っ込みがつかなくなったパターンかなあ。

 警察に突き出すとか接近禁止命令を出すとかは本人の意志でやってるとしたらサイコパスすぎて怖すぎる。だって密会がバレたあともそれまで通り付き合ってるし。なのに昨年から警察相談してたとかムチャクチャでしょう。

 先日、伊藤直也さんの知人ともこの話が出たけど、やっぱ今のままじゃ誰も擁護できないって。

 対応がひどすぎるし、これで相手にもしものことがあったら伊藤直也は本当の殺人者なっちゃうと思うけど、どうすんかね。この子結婚するかはともかくとして、離婚くらいするのが男としての禊じゃないの?

 相手有名人でなくてもここまで徹底的な捨て身の復讐はないと思うんだけど、伊藤直也さんも、それを庇うはてなもどうかと思うよなあ

2017-07-23

さよならFGO

といってもインストールしてからまだ1週間だけど。

前々から友人に勧められていて、かつ舞台がよかったと聞いてインストールしてみたのだが。

落ちる。ひたすらに落ちる。そのストレス半端ない

落ちるのは戦闘中だけでない、バトルでの諸々選択時、ストーリーの会話している途中、ありとあらゆるところで画面が真っ暗になり、そしてホーム画面へと戻る。

しかロード時間が長い。立ち上げと戦闘画面への移行時でそれぞれ2~3分はかかってるんじゃないかな。

ちなみに動作環境に適したAndroidスマフォです。それでこれ。流石にFGOの為だけに機種変するほどの愛着はまだない。

よくこれでリリース出来たよなあ。開始時にもそうとうぐだぐだしたらしいけど、それにしたってひでぇ話だ。

Twitterが息苦しい

Twitterいつから始めたかな。震災から始めて細々やってたから、多分6年くらい。って思い返して、あの頃と今でなんとなく居心地が違う、気がしてきた。

趣味わたしアカウントを分けることなく1つのアカウントで呟いていた。表立って言えないことを言うように鍵垢とメインのアカウントに何かあった時にとサブ垢を作っていたりもしてたけど基本1つのアカウントで呟いていた。

アイドル応援舞台観劇スポーツ観戦、特撮漫画などの感想などなどいろんなことを1つのアカウントで全部呟いていたけど特に何も言われなかったし、「その漫画わたしも好き!」とスポーツ観戦で知り合った人に言われたりすることあった。だからなんの疑問にも思わなかったんだけど。

3年前くらいにめっきりスポーツ観戦に行かなくなったのでアイドルに特化したアカウントを作ってそっちに移動し始めてくらいのことだ。フォローフォロワーは当然アイドル好きな人が多い。

もちろんわたしアイドルのことをたくさん呟くけど、たまに漫画のことや特撮感想舞台に行った時のことなんかを書いていたら、まぁリムられるリムられる!ブロックすらされた。ネトスト気質からブロックした人すぐ見つける。今のところブロックしてる人全員わかる。話が脱線した。

つの間にやらTwitterでは、一つの趣味につき一つのアカウント、みたいな風潮ができてしまった気がする。

確かにその方が同じ趣味の人を探しやすいし会話もしやすいし興味ない人からしたら住み分け出来てていいのかもしれない。

でも何か…なんかそれってTwitter本質というか、それとは違うような気がしてしまって…モヤモヤする……。決してリムられたことに腹を立ててるわけではない。いやちょっとそれもあるけど。だってたまに違う趣味のこと呟いただけでリムられるってなに…?!わたしには興味なかったってことなんだろうけどさー。わたしが話すアイドルに興味があるだけでそれを発信する人は誰でも良かったんだろうな…。

友達がほしくてTwitterしてるわけではないし、誰かに反応してほしくてTwitterしてるわけでもないけど、でも誰かと話せたら楽しいだろうなって気持ちはあって。そういう気持ちでずっとTwitterしてたけど最近はどうしていいのかわからなくなってる。

趣味自分がいけないのかもしれないけど、悲しき喪女趣味がたくさんないと孤独を紛らわせないしこの先も生きていけないから好きなものはたくさん持っていたいんだよ…。

趣味ごとにアカウント作ってたらキリないし呟くの面倒になるしアカウントごとに知り合った人が多くなってそれもな〜〜もうどうしたらいいんだろ。Twitterやめれば解決するけど友達いない喪女からやめたら人との関わりなくなる。ネットでの関わりな時点でお察しですけど。

ネトストからミュートされてるかすぐ確認ちゃうし知らない人でもブロックしてる人見つけ出しちゃうし。得意科目は人の裏垢探しで苦手科目は嘘松ツイート作りですって感じだよ。

Twitterを辞められる方法もしくは快適に過ごせるメンタルの持ち方教えてください。

https://anond.hatelabo.jp/20170723183538

歴史舞台、例えば城をめぐる、とか博物館に行くとか、スキーに行くとか、そう言う目的のある人は「旅行趣味」とは言わないんだろうね。

個人的感覚では「無趣味の人の趣味」って感じがする。

旅行に行くと話のネタもいろいろできるし、無趣味な人がお金使うには良いんじゃないかな。

第二次大戦ドイツ舞台にしてるのにヒトラーナチスを頑なに出さなアニメって

なんか大人の事情とかユダヤ忖度して出さない様にしてる訳?

幼女戦記なんてどう考えて史実の流れに忠実にやっててそれがウリの一つなのにヴィルヘルム帝政とくっ付けてナチス関係なくやってるし

イゼッタも1940年代の話でドイツに攻められる話だったけど、当の帝国首長がヴィルヘルム某よろしくどうみてもヒトラーじゃない。

ナチスっぽい事はしてるのにナチスが一番やらかしてたユダヤ迫害模倣みたいなのさえなかった。

どう考えても上から圧力だよね。

アニメヒトラー出してくれよ。ドリフターズとか異世界戦記じゃなくてさ、リアルヒトラーないしナチスが見たいんだよ。

何で表現の自由約束されてるはずのアニメでこうした忖度が当たり前の様に行われてるのか。

意味が分からない。

2017-07-22

アベ「国民ーーーー!!!老人様の奴隷になれーー!!ドン!!!

ドン!!!!! 国民「ア、アベェ・・・」ポロポロ

国民「で、でもワイら、、、将来なんの保証もないゾ、、、」

アベ「うるせェ!!!死ぬまで働け!!!!!」ドン!!!!!

アベ「俺は自分が生き延びればそれでいい!!!」ニィ

国民「う、う゛う゛、、、ア゛ブェ、、、ぜん゛ぢょ゛お゛お゛お゛、、、、」ポロポロ

老人1「よろしくな!国民くん!」

老人2「あたしは老人2。どこも悪くないけど病院毎日通って長生きするので最後までよろしくね!(ヤダ、今日もお薬てんこもり、、、)」

病院「老人がお茶する感覚いつまでも通い続けてくれるから儲かって嬉しいぞ俺は!!」

50代「俺より更に不幸な世代が他にもいて嬉しいぞ俺は!!」

若者「今の世の中、年金なんて払うだけ無駄働いたら負けだーー!!!

政治家税金は老人様の長寿のために集中投入だーー!!!

メディア高齢化社会自然発生たかように洗脳しておいてやるから、どしどし医療介護年金税金を使っていいぞコノヤロー♪」

ねんきん「ニコ・ねんきんよ。過去産物」ジワァ

リリー・フンラキー国民ンンンンン!!!不幸ラは好きかぁーーーー?????」

国民無能政治家一味の未来のない日本社会が始まる!!物語舞台はついに一億総老人社会へ!!

2017-07-20

Splatoon 2 は何が変わったか

Splatoon 1 とは何だったか

GEO で Splatoon 2 のダウンロードカードと Pro コントローラを買ってきたので Splatoon 1 がいったいどのようなゲームだったか区切りをつけてみたい。

Splatoon 1 を遊んでいると、インクを塗ることで自由な行動範囲を広げているような気がするが実際はあまりそうなっていない。

2014 E3 のこの動画。開発者インタビューでは次のような要素が紹介されている。

https://www.youtube.com/watch?v=F05Kp1_-_vQ

”ヒトで撃って、イカでアクションの幅が広がる。インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする。”

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。”

インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる。”

E3 で初めてこれをみたときSplatoon は本当に独特に感じられた。独自のアクション、独自の戦略があり、ほかのシューティングゲームとは一線を画しているかのように思われた。実際に発売された製品は、はたしてこれらの要素を満たしていただろうか。

インクを塗ることでしか到達できないような場所が意外なほど少ない。そして塗り広げたとしても、そこではイカのアクションもほとんど要求されない。さらにイカ自体のアクションも、かなり幅がない。多くのステージでは、裏とりのための細い通路を壁登りから侵入するが、そこから到達できる場所は大部分がヒトの状態でもたどり着けてしまう。塗ったところで裏とりの細い通路から小規模な空間前進するだけであって自由ではない。ステージ構造に戦略をあまりにも誘導されすぎている。たしかに動ける範囲は拡大しているが、そこを起点にどのルートを選んでもいいような自由な選択肢は少ない。塗ることによる行動範囲の広がりは円形が望ましく、できれば高さの概念があればさらに良い。細長い棒状ではない。

Bバスパークの中央高台が楽しいのは、そこがイカの固有アクションである壁登りを、かなりの高さがあるゆえに X ボタン連打を含めて行う必要があるだけでなく、いったん登ったあとはそこから周囲を見渡してどの方向へ進むか判断できる自由があるからだ。モンガラキャンプ場が味気ないのは、インクを塗って行動範囲が広がったとしても、直線的な進軍しかすることがない不自由さがあるからだ。

Splatoon の開発インタビューでは勝敗に関係のない壁を塗る行為はどうすべきか長期にわたる議論があったという。結果として壁が登れるようになり、壁塗りに意味がうまれ、壁を泳ぐことは Splatoon 独自のアクションとなった。だが実際に遊んでみると、壁を塗ることに意味はあるが、塗ることに意味があるような壁は驚くほど少ない。

Splatoon 1 はその基幹となる遊びにたいしてステージの質が追いついていない。

素晴らしい可能性を秘めたシステムにたいしてマップの設計が応対していない。

インクを塗ることで選択できるルートが格段に増え、しかも選んだ道を進むにはイカ固有のアクションが必要で、ルートを進んだ先にも多様なアクション選択肢が用意されている。そんな自由度Splatoon に必要なステージの設計であって、限られたどのルートを選んでもイカのアクションが必要ない普通のシューティングゲームと膠着状態しか楽しめない状況を用意することでは決してないはずだ。Splatoon 1 は楽しいシューティングゲームとしては完成度が高かったが、アクションゲームには成り得ていなかった。インク塗りを起点としていままでには存在しなかった多様なルート開拓され、プレーヤーはその選択肢にイカのアクションで応える。こうした設計のアイデアヒーローモードではすでに実現していた。

ヒーローモードはバトルのための入門用、訓練用とされていたが、それはシューティングゲームとしてのトレーニングであってバトルに役立つアクション教科書ではなかった。ヒーローモードには多様なアイデアによるイカにしか出来ない緊密したアクションが散りばめられていたのに実際の対戦マップではそれが全くといっていいほど反映されていなかったからだ。オンラインバトルとヒーローモードは断絶されていた。スポンジ、インクレール、水平の回転軸をもつ動く足場、落下死を誘う反復する網。連続するこれらのギミックに対処するにはヒトとイカの切り替えを頻繁に繰り返さなければならない。磨き上げられた気持ちいいアクションの応酬だ。だがこうした要素は後期に追加されたマップ部分的採用されているだけにすぎなかった。初期、中期のマップはイカのアクションの幅が少なすぎた。タチウオパーキングヒラメが丘団地はまだいい。塗るべき壁が多く存在し、それぞれに意味がある。どの壁を塗るべきか選択を要求してくるからだ。そして高さがあるため、戦闘が立体的になる。すべてのステージには高さの概念があるが、それは侵攻を阻止するためだけのものであり、戦闘を立体的にする構造でなかった。ただ、既存の多くのマップではいくつかの箇所で立体的な戦闘を誘導しているものの成功には至っていない概念がある。

それは金網だ。有利な場所に到着するには金網のうえを渡らなければならない。あるいは有利な場所そのものが金網の場合もある。リスクとリターンの関係があり良さそうに思えるが「インクを塗ることで行動範囲を広げるって目的があって、行動範囲を広げたあとに、イカになって塗られたインクの状況にたいして様々なアクションをする」この要素のいずれもが金網のうえでは無効化されている。アクション性が全くないにもかかわらず Splatoon 1 では金網を渡るよう強制するステージが多い。ここには手応えがない。金網はたいていの場合、足場としてしか使われていない。デカライン高架下では柵が金網になっていて通行するのにイカのアクションが必要だが、こうした金網の使い方はほとんどない。

Splatoon 2 ではこうした不満が解消されている。スポンジやインクレール、回転するイチョウ切りの壁といったギミックが初期マップから採用されている。

これらのギミックインクを塗ることでルート選択肢が大きく増える。そしてどれもイカのアクション必須だ。インクレールはイカになることで走行できる。レール上のどの地点から降下してもいい自由があり、勢いをつければ驚くほど大きくジャンプできる。インクレールを起点に行動範囲が大きく広がった。プレーヤー選択肢が大きく増えた。戦場は新しい高さを手に入れたことで戦いはより立体的になった。たった一箇所を塗るだけで、その後の可能性が大きく広がった。これが Splatoon の本来あるべきステージ設計だ。

ギミックを使わない例もある。海女美術大学では敵のリスポーン地点に侵入するには貝の形をしたオブジェに飛び移らなければならない。ジャンプの性能とオブジェ位置絶妙で、勢いをつけてのイカジャンプが必要となりプレーヤー精度のあるアクションが要求される。他にも単純な壁登りで侵入できるルートもあるが、こっちは微妙だ。Splatoon 1 のヒーローモードではジグザグに壁登りをしないと倒せないボス戦があったが、壁登りの途中で横移動が求められるステージはあまり多くない。そういった構造を導入してもいいと思うのだけど。

インクは通常の弾丸と違って見ることができるので、角の向こうからインクを撃っているのを視認すると敵の存在を事前に察知することができる。” これは Splatoon の非常に素晴らしい点だ。だがこの要素もマップ構造が邪魔をしている。Splatoon 1 のマップは窮屈すぎる。

Splatoon の魅力は圧倒的なわかりやすさだ。Bバスパークの中央高台に登る価値があるのは単に射撃に有利というだけではなく、戦況を確認したり敵の姿をいち早く発見できる場所だからだ。しかしホッケ埠頭のようないくつかのステージでは道幅が狭く、巨大な障害物が大量で、死角が豊富にあり、視認性が悪くなり、出合い頭の戦闘が非常に多い。3D マップ自由自在に走り回るのではなく、適時あみだくじの上を進んでいるかのような気分になる。なぜこのようになっているか色々理由がありそうだが、ひとつは GamePad を頻繁に確認するよう促すためではないかと思う。死角を増やすことでひと目見ただけでは 8人のプレーヤーがそれぞれどのように動いているのか分かりづらくなる。死角を徹底的に増やすことでプレーヤーに GamePad の地図を逐次見るように誘導しているのではないかWii Uハード特性を活かすためだ。だがジャイロセンサーを使えばカメラを凄まじい速度で回転させられるので、いったん前線を上げてしまえばそこから侵攻する敵はマップよりも TV で確認したほうが早いし、上位プレーヤーは移動量とスピードが高い次元にいるため 2本程度のルートならひとりで封鎖できてしまう。実際のところ GamePad はどの程度視線を移されているのだろうか。あまり多くないのではないか。それとガチヤグラルールによる理由も考えられる。ガチヤグラはタワーの位置によってホットスポットが連動するが、おそらくは防衛側有利にするためか狭い通路を通過させて集中砲火をさせやすくなっている。これは膠着を招く。

こうしたマップ構造は 2 ではかなり少なくなっている。

視認性だが、一部の遮蔽物がガラス製になったことで向こう側が透けて見えるように変化した。フジツボスポーツクラブの壁は 3月の体験版では普通のボルダリング壁だったが、E3 のバージョンではリスポーン地点に侵入する唯一の経路の壁がガラス製になっている。また海女美術大学では中央彫像展示が、コンブトラックでは左右のクラゲが入ってる箱がガラス製になっている。これによって、やたらめったらポイントセンサーを投げたり、カメラを無理やり壁の向こうに回して様子をうかがったり、臆病になっていちいちマップを見るといったゲームテンポを落とす行為をする必要が減った。敵が TV 画面で視認できたから警戒するのであって、常に慎重になったりあるいは なりふり構わず脳筋プレイ突撃したりする前に十分な考える余地を与えている。つまり鷲巣麻雀の要素を取り入れることで、Splatoon 2 では状況判断がいくらか容易になった。サーマルインクもそれを指向しているし、塗ると体積が減り空間が広くなるスポンジも同様の効果をもたらす。攻め側からすればスポンジを縮小することで視界を広くするとともに敵の取りうるルートを減らし、守り側ではより有利な位置に移動できるようスポンジを膨張させたり、膨らんだスポンジを防御壁としても活用できる。

マップ中央の広さが圧倒的に拡大した。それは平面としても広くなっただけでなく、視覚的にも開放的になった。Splatoon 1 では中央の高台は基本的に狭い空間で、しかも垂直に切り立っていた。中央高台の取り合いを活発にするためだと思われるが、垂直だったため真下の敵に反応するのが困難になっていた。Splatoon 2 では中央高台の空間が広いだけでなく、その壁がゆるやかな傾斜のついたものになっている。Splatoon の視認性の高さが最大限発揮されるようになった。

だが平面的にも視界的にも広くすればいいというものではない。サーモン・ランではむしろ狭く、窮屈なステージを志向している。サーモン・ランは一応オンラインに対応しているが主軸はオフラインモードだ。ボイスチャットを嫌うひとは多いが、実際に集まっての対面プレイなので当然会話による意思疎通を最大限活用するよう仕向ける設計にしなければならない。そのために死角を増やして現在どのような勢力がどの規模できているか分かりづらくしている。足場を狭くして戦闘を激しくしている。夜になったり霧で覆うことでその効果をさらに増やしている。サーモン・ランではプレーヤーの視覚情報量を制限しなければならない。

ヤグラに関する戦闘も変化した。ヤグラはその位置のよって戦闘のホットスポットが常に変化し続けるが、それを特に激化させたいとき開発者は細い通路上をヤグラが通過するよう設計することでそれを実現させていた。だがこれはプレイヤーの過剰なまでの密集を招いた。ヤグラを取り囲む戦闘も参加できるスペースが少なく、それぞれのポジションは凝固し、戦況は膠着した。2 では関門を用意し、インクレールやスポンジを配置することで、横にも縦にもの広い空間という環境下でも、激しさを保ちつつ全員がより多彩な角度から戦闘に関与できるようになった。素晴らしい改善だ。


インクを塗りかえて道を分断すれば、敵の進路を壊して戦略をつぶすことができる」

動画では敵インクの一部分を塗り替えすことでイカダッシュを妨害しているが実際はこのような戦略は成立しづらい。一部分を塗り替えすよりも、全体を塗ってしまったほうが有効だからだ。だがインクレールやスポンジのギミックはあえてそれを不能にすることに意味がある。タチウオパーキングにいる固定チャージャーは自分ポジションに最速で突っ込んでくる左手のレールに常に気を配っていなければならない。敵がインクレールの始点付近にいるだけでレールをシャットダウンするかどうかの選択を迫られる。スポンジも同様である。戦略に選択肢があることでプレーヤーは自由を感じることができる。Splatoon 独自の戦略がうまれてくる。




ハコフグ倉庫ホッケ埠頭、こういったステージは素晴らしい。まずモチーフが素晴らしい。自分の頭の中のアウトロー小学生が「こういう場所にこっそり忍び込んでサバゲーやったり、自分たちだけの秘密基地にしたりしたかったんだよナー!」と声高に叫んでいるのが聞こえる。ヒラメが丘団地もいい。遮蔽物が、なんと室外機や干してある布団になっている。室外機に隠れてたチャージャーに撃たれたりする。すげぇ。めちゃくちゃ団地で遊んでる感ある。めちゃくちゃごっこ遊びしてる感ある。戦闘のためだけに配置されているものなのに、めちゃくちゃステージに溶け込んでいる。それに比べてネギトロ炭鉱はやばい。背景が軍艦島なだけで、実際のマップは全然炭鉱感がない。朽ちたレンガと錆びた金属があるだけ。廃墟としても弱いし、炭鉱の要素がない。例えばボロボロになった生活用品や古い家電が遮蔽物として設置されていたり、かつてガラス張りのドームだった場所が朽ち果てそこらじゅうに植物が生い茂っているような場所なら、機能と世界観が融合しつつ、よりいっそう廃墟感があったのに軍艦島の港という舞台にしてしまったので中途半端になっている。Splatoonスーパージャンプというゲーム展開的にも映像演出的にもインパクトのあるシステムがあるので、完全に屋外か、体育館のような天井の高い場所しか舞台モチーフとして選択できないことになっている。これはステージモチーフとしての多様性に、窮屈な制限を設けてしまっている。これによって逸脱したのがアンチョビットゲームズで、私はこれをみてゲーム開発会社だと言われても正直困ってしまう。このような見た目のオフィスで戦っても、全くワクワクしない。クラゲ社員は階下にいるし、ゲームらしいモチーフも、部屋の隅にアーケードの筐体がポツンと置いてあるだけだ。床を上昇させるとサーバールームのようなものがせり上がってくるが、ファンを撃っている自分自身にはそれが見えない。射線を防ぐために天井からぶらさがってる謎の看板も、これがゲーム開発会社を直接想起させるものではなく、印象がチグハグで、ここがいったいどのような場所なのか截然としなくなっている。ごっこ遊びが出来なくなっている。例えばだが、雰囲気は同様のまま、これが大学図書館だったらわりと良かったと思う。

で、Splatoon 2 だが、わりとイイ感じになっている。ガンガゼ野外音楽堂は障害物が PA機器になっててステージっぽさがよく表現できている。海女美術大学は彫刻用の岩石だったり放置された台車だったり、クラゲの守衛が障害物になっていて雰囲気がある。だけどバッテラストリートダメだ。橋のうえに置いてある謎の木箱は無味乾燥中央橋の下の壁面はオシャレな場所に不釣合いな黒いビニールで全面が覆われている。マップ構造を記号化しすぎて世界観雰囲気が大きく損なわれている。これがアロワナモールではどうだったかというと、塗れない壁はガラスのショウウィンドウだったりブランドロゴが大きく印刷された垂れ幕だったり、射線を防ぐ構造物もヤシの木や看板だったり花壇だったりしてショッピングモール感があった。バッテラストリートは「こだわりのセレクトショップが軒を連ねるこの界隈には、流行の最先端を行くイカの若者が集まるらしい。」と説明があるのにマップのあらゆる場所になぜか運送会社の広告がある。大量にある。運送会社だぞ。運送会社がおしゃれなのか?

https://twitter.com/SplatoonJP/status/856435220693766144

さすがに意味不明からこの運送会社の大盛りっぷりにも理由があると思うけど、Co-op ゾンビモードであるサーモン・ランの報酬としてイカテン急便の作業着が入手できることからクマサン商会とイカテン急便には強いつながりがあると想像している。しかも回収対象の金イクラは設定上、石油のような燃料だというのだからこの運送会社は格安で得られた高出力のイクラ燃料を用いることで高い輸送能力を発揮しているのではないかと考える。というかヒーローモードかなにかで設定を回収してくれないと困る。

そして細かい素材ではなくステージ全体のモチーフについてだけど

インクを使ったナワバリ争いは、

あの世界ではスケボーのような

やんちゃ”な遊びというイメージなのですが」

https://www.nintendo.co.jp/wiiu/interview/agmj/vol1/index4.html

インタビューで言及がある。Splatoon 1 の初期マップはまさにこれを体現していた。高架下だなんて、まるでウェストサイド物語みたいじゃん。すげぇ良いじゃん。だが後期に追加されたマップリゾートだの、美術館だの、キャンプ場だの、健康的な大衆レジャーに成り下がっている。おいおい。イメージが壊れる。Splatoon 2 の初期マップでは健康的な印象のステージと、不良的な印象のステージ、半々採用されている。だがもっと極端にしてもいいと思う。アップデートで追加されるステージも、おそらく健全モチーフと不良モチーフがセットで増えていくと予想している。Direct ではアップデートで追加される帆船ステージが一瞬映ったけどパッと見た感じ従来型の狭くて窮屈なステージみえる。不安だ。

UI はかなり改善されている。これは開発者が実際の競技シーンをよく把握しているということだ。海外の野良トーナメントをみていると「dynamo dead, dynamo dead」と、しきりにやり取りしている。不憫でならない。やられたら「Nice」を押すのも慣習となっている。Splatoon 2 ではこうした意志の疎通を解決している。敵の使用武器は上部に表示され、死亡すると this way が ouch... に変化する。

任天堂には新しい構造ゲームをつくる際立った高い開発力はあるが、そのコンセプトを活かすステージの作成についてはバラツキが多すぎる。マリオサンシャインの「ふしぎせいぶつ マンタ しゅうらい!」は神がかり的な面白さなのに「村の裏のヒミツ」ありゃ一体なんだったんだ? 任天堂アクションゲーム界の KING であり続けているが、Splatoon 1 はイカのアクションを活かす場面が少なく、普通のステージで戦う「めちゃくちゃ分かりやすシューター」の域に留まっていた。だが Splatoon 2 ではマップ構造改善され、そのデザインが秘めたポテンシャルが発揮され、シューティングゲームアクションゲームの高度な融合が実現している。プレーヤーの行動には自由があり、戦闘の激しさは膠着から混沌へとその姿をより楽しいものへと変えた。

Splatoon 2 の大手海外批評サイトレビューを確認するとわかるが、彼らはジャイロコントロールをまったく使用していない。そんなものだから信憑性がなくなるのだ。そして Splatoon 1 の発売後インタビューで、ディレクターの阪口さんは「ラスボス戦のあとに響いている不気味な環境音の正体について教えていただけますか?」と質問があったのに明確な答えがない。ありゃ一体なんだったんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=OhHRmToy500

Direct や体験版を遊んで得ただけの情報による着目だが、これが本当にそうなっているかは、数時間後に配信される Splatoon 2 が証明してくれるはずだ。

わたし峯田和伸さんのファン

朝ドラに峯田が出ている。峯田とは峯田和伸さんのことで、彼はGOING STEADYまたは銀杏BOYZボーカルとして知られている。現在俳優としても活躍し、その活動の幅を広げている。

今期のNHK朝の連続ドラマ小説ひよっこ」で、峯田和伸さんは、消息不明になった父親を追い上京する有村架純さん演じるみね子のおじ、宗男役で出演している。宗男茨城の片田舎マッシュルームヘアーバイクに乗り、ロックンロールをこよなく愛する農家のおじさんで、いつも人を笑わせている。

だがその笑顔の裏には戦争の影が……というキャラクターで、先々週、宗男上京過去がつまびらかになるビートルズ来日編が終わった。わたしはその録画を昨日見終わって、すごくよかったなと思ったので妹にLINEをした。感想を打ち込んでいるうちにわたしは昂ぶってしまい、真っ当な感想からは外れた見当違いな見方をしていることに気づき、はっと我に帰った。

***

時は2005年中学1年生として迎えた冬に銀杏BOYZアルバム君と僕第三次世界大戦恋愛革命」と「DOOR」が同時発売された。

北海道新聞日曜版のCDアルバム売れ筋ランキングの4位と5位にランクインしていて、聞きなれないアーティスト名に、なんだろう?と思った。BOYSではないのか?

それからすぐラジオで「青春時代」が流れだして、彼らが小学生ときに一回だけ聴いたことのあるGOING STEADYであることを知った。お小遣いで急いで「君と僕第三次世界大戦恋愛革命」のほうを買って聴き込み、いたく傾倒し、「DOOR」もそれからちょっとして買った。

当時のわたしは、Mステに出ないようなバンドラジオで聴いてCDを買うことがカッコイイと思っていた。お恥ずかしい話、今もその気持ちはあまり抜けていない。当時全盛だったMDプレイヤーを持っていなかったわたしは、ラジオカセットテーププレイヤーが一緒になったかさばるガジェットを常に持ち歩いていて、銀杏BOYZをいつも聴いていた。

中学生だったということで免じて許してほしいが、当時のわたしにはセックスなどとはいった歌詞が衝撃的だった。というか性とか焦燥感とかみじめな気持ちを歌にして世に出していいとは知らなかった。だから峯田和伸さん、もとい峯田は本当のことを歌っているなという気がして、信じられると思って好きだった。

友達にもたくさん貸したし、カラオケでも歌った。もしタイムマシンがあったら、おいおい、やめてAKBとかにしておけ!と言いに行きたいが、当時のわたしは今よりもなお浅はかだったので、カラオケで皆の前で銀杏BOYZを歌い、セックスなどと口にし、ぐにゃりと曲がったような気まずい空気になるのが好きだった。

***

以前、大学生ときに友人に

カラオケ銀杏BOYZとか歌うの正直やめてほしいんだよね」

と言われた。友人にとっての色々な思い出が詰まったバンドなので、目の前で歌われると複雑な気持ちになると言う。

その時は正直

「は?」

と思った。だが今のわたしもまた、自分よりかわいい女の子の口から銀杏BOYZ」という言葉が出るとムカつくのだった。

肌がきれいだったり目が大きかったり彼氏がいたり毎日充実していそうな自分より幸せそうな女の子が、ひとたびでも峯田と言おうものなら腹がたつ。お前に峯田の何がわかるんじゃい!なんぼのもんじゃい!と思う。何人たりともわたしのまえで銀杏BOYZの話、および峯田の話をしないでほしい。ライブに行った画像をインスタに上げないでほしい。わたしの知る限り峯田のことを一番身近に思っているのはわたしでありたい。そんな自分勝手な思いが溢れて止まらなくなる。

自分でもおかしな考えだということがわかっているので、皆さまにはどうぞ好き勝手銀杏BOYZの話をしていただきライブに行っていただき、インスタに画像を上げていただき朝ドラを見て峯田って人いい演技するな〜!などと思っていただきたいのだが、心の奥底で、やめろ〜〜〜と叫びたがっている卑小な自分がいる。

***

そんな折、先々月の銀杏BOYZライブ東京ロック好きの集まり」に行った。これだけ勝手なことを言っておいて恐縮だが、実は初めてだった。戦争反対ツアー実家の近所のペニーレーン24に来ていたはずだと手元にあるフライヤーにはあるが、当時はまだ室蘭に住んでいた頃だったので行けなかった。それからも本当はちょくちょく札幌に来ていたのかもしれないが行っていない。全裸になり書類送検されたことをヤフーニュースで知ったり気がついたらメンバーが峯田以外全員変わっていたりしたがよく知らない。

わたしのなかでだんだん銀杏BOYZはあまり触れちゃいけない過去へと変わっていて、ライブも気軽に行ける感じではなかったのだ。

ももういい加減成人したし、処女でもないし、峯田は朝ドラに出ているし、いくばくかの郷愁とともに軽い気持ちライブを楽しむことができると信じていた。

***

峯田が出てきて初めて生で峯田を見た途端に涙がボロボロ出てきて止まらなかった。ステージには本物の峯田がいて、すぐにモッシュダイブがはじまって峯田の靴がどこかへ飛んで行き、演奏が止まりやり直しになった。そしてまたモッシュ対バンのnever young beachがさっきまで作り出していた平和西海岸熱海の浜辺のような景色はいずこへ?「ネバヤン初めて聴いたけどいいね〜」などと言って、からだを揺らしていたギャルは?そんな疑問が解消されるはずもなかった。

峯田は10年以上前に作った曲を、目をかっぴらいて歌っていた。あっという間に大合唱になる。わたしも全部歌えてしまい、そのことをきっかけにまた涙した。峯田〜〜〜!!!と泣きながら叫ぶ人があちらこちらにいた。四肢がちぎれそうなほど暴れる人がいた。嗚咽しすぎて座り込んでしまう女の人がいた。さながらカルト教団様相であった。だがわたしもまた、全身の水分が出きってしまうのではないかというくらい涙が出てきてしまい、ボロボロボロボロ泣いていた。

峯田が目の前で10年以上前に何度も何度もカセットテープが伸びきってしまうくらい聴いた曲を歌っている。それだけで絶望的なほど悲しかった。恥ずかしい話だが、わたしはその時、中学生の時に部活無視されていたことをありありと思い出していた。クラスにも同じ部活の人がいたので無視がそのまま派生して、教室でも居場所がなくなって昼休みはずっと本を読んでいた。アンブシュア(口の位置であること)を変えようとして失敗して全然トランペットを吹けなかったこととか、天然パーマなので髪型が本当にきまらなくてどうしようもなかったこととか、人に話すまでもないみじめな思い出とその時の感情がありありと思い起こされ悲しかった。もう少し上手くやれただろう、という気持ちと、でも今も上手くやれないしな、という諦めの気持ち10年前と今を強く結びつけた。その中心に峯田がいた。

***

思うにわたしは、つらかった時に銀杏BOYZを聴きすぎていたのだろう。どれもありふれた大したことないつらさなのだが、そのせいで感情と峯田がほつれてからまり、ひき離せなくなっていた。わたしのつらい気持ち、悲しい気持ち自分のことが嫌で消えてしまいたい気持ち擬人化したものが、峯田その人だと認識してしまっているようだった。

峯田は、本当にしんどい時に自分もまたそうだと言って肩をさすっていてくれていた親友であり、同じようにみじめな姿をさらけ出してくれたキリストであった。少なくともわたしはそのように認識していた。勝手に。そしてライブ会場で嗚咽が止まらなくなっていたり、暴れていたり、自己コントロールが効かなくなっている人たちもまたそうなのだなと思った。

峯田、もとい峯田和伸さんは、本当は自分のやりたい音楽は、代官山シャレオツカフェで静かにギター弾き語りをするようなものだと言っていた。だが、求める人がいる限り求められる音楽をするとも言っていた。それが本気かどうかはわからない。だが最近の曲をやってもウケはイマイチで、対して10年ほど前の曲をやると客は熱狂していた。

客は皆、峯田を前にして自己憐憫におちいっていたのだと思う。つらかったとき、苦しかったとき、悲しかったとき、さみしかったとき銀杏BOYZの曲を聴いて、勝手に癒され勝手肯定された気持ちを手放したくないのだ。

もし峯田が出てこないで、ステージには代わりに峯田の3Dホログラム投影され、バックでCDをかけられていても、皆変わらずギャンギャン泣いたと思う。皆、過去に囚われていた。皆にとっての峯田はつらかった過去のものであり、みじめで変えようがない過去自分のものでもあった。

から皆、銀杏BOYZを好きな他者を認めることができない。その当時の自分をどうにかしてくれなかった人間に「銀杏BOYZいいよね」とか言われてもムカつくのだ。お前に何がわかる、と思うのだ。峯田は限りなく私的個人的存在だった。

***

そんな峯田が朝ドラである。天下の日本放送協会だ。自分の苦酸っぱい異臭を放つような過去が、大きな顔して朝ドラである。初めて知った時、もう、まともな気持ちはいられなかった。

でも「峯田」とわたしが名づけていた人格はこの世には本当は存在しなくて、この世には峯田和伸さんしかいなかった。峯田和伸さんは、最近映画舞台に引っ張りだこだったので、ちゃんと素晴らしい演技ができるのだった。わたし過去に囚われている間に、峯田和伸さんは大活躍していたのだった。というか銀杏BOYZの時点で既に大成功していたのだった。

そして今や母親や妹を含む日本中の人が峯田和伸さんをテレビで見ている。今では自然なことに思えるけれども中学生わたしに伝えたらびっくりすると思う。裏切られたと思うかもしれない。でももしかしたら、誇らしく思うかもしれない。なんとなく、そうであってほしいなと思う。昔の自分には、ホッとしてもらいたいなと思う。

宗男イギリス兵に助けられた命を大切に生きていて、その象徴ビートルズだと言う。ドラマを見ていると宗男は峯田そのものしか思えない。あくまでも峯田和伸さんではなく、峯田である

わたし勝手に作ってしまっていた峯田というパーソナリティが、お茶の間をにぎやかし人々に受け入れられていった(ように見えた)ことは、わたしを救った。峯田和伸さんその人とはかけ離れているかもしれないが、わたし勝手に作り上げ支えてくれたわたしのなかの峯田が、まるで時空を超え戦争すら経験しどこか浮世離れした人間となり、最後に全てを包み込むように、「だから笑って生きることに決めたんだよ」と言ったことはある種のセラピーだった。

「だから笑って生きることに決めたんだよ」の言い方はあまりにも芝居がかっていて、プロ俳優さんだったら絶対にこんな言い方はしないだろうと思ったが、とても優しく耳に響いた。わたしはこのシーンの録画を消していない。また何回も聴くと思う。それこそテープがすりきれるまで。

***

そんなこんなで銀杏BOYZ武道館公演のチケット当選しました。またボロボロ泣いてしまいそうなので誰と行くかはまだ決めていません。楽しみです。

2017-07-19

ラブライブサンシャイン声優沼津夏祭りに参加するらしいが

これラブライブの続編が各地方舞台にしたら町おこし的になるんじゃねえのと思うと

いきなりろこどる感がしてきた

2017-07-18

https://anond.hatelabo.jp/20130429134246

美大生が正にそんな感じなので、げんしけんって美大舞台漫画だとずっと思ってた。

卒業後が無職就職微妙なとこでも、どうせ親が援助してくれるので美大生ってヘラヘラしてる奴が多い。

実際には中央大学モデルだそうだが、作者は筑波大学芸術専門学群美術専攻日本画コース卒だそうなので実体験じゃないかなあ。

若手俳優出待ちが終わる日は来るのだろうか

若手俳優出待ちをしているわたし

【一生来ない】と思っています

昨日某2.5次元ミュージカル出待ちについての注意喚起ツイートがされた。「止むを得ず入場を禁止する場合もある」なんて脅しつきで。実際この夏に出待ちをしている俳優厨、所謂町厨が当日券購入を運営サイドから拒否されるなんて事もあったから効くと思ったのかな。この事件が起きた日はTwitterは大騒ぎだったけれど、今その出禁騒動を起こした舞台とは別の現場に行くとそこにはいつも通り町厨が揃っている。他所他所、その現場出禁にならないと脅しで終わってしまう。

それにもし出禁になったとしても出待ちを0にするなんて不可能だ。

だって外で推し対応する。

彼の出待ちわたししか居ない。ギャラリーも見た事がない。快適だ。

初めて声を掛けた時の推しはただ感情のない感謝言葉を小さく繰り返すだけで目も合わなかった。だから何回もプレゼントをあげた。手紙を書いた。お花を出した。公演に入った。

そして現在、彼はわたしの目を見て話すようになった。声をかけると自然わたしが歩きながら話すための歩道側のスペースをあけてくれるし、手紙プレゼントを渡せば笑顔で受け取り、「次も楽しみにしてて」と最後は手を振ってお別れをする。

こうしていつの間にか若手俳優達は対応するようになっていく。

彼らは好意を無下に出来ない優しい人達から

その優しさにつけ込むわたしは最低の屑だがそれでも彼のことが好きで仕方がない。たとえ彼に金蔓と思われていても、わたし存在する理由があるのだからこの上ない幸福だ。

から出禁になろうと彼が外に出てきて対応してくれるのであれば町厨であり続ける。

町厨をやめさせたいなら、わたしを殺すか推し監禁すればいい。

マジレスすると完全送迎させればいいのに。急な雨で濡れたり猛暑の中劇場まで歩いて来る推し可哀想で仕方がないです。

https://anond.hatelabo.jp/20170718112636

政策を右か左か、AかBか決めるときに一番権力を持つのって、そのテーマを設定する力のある、つまりマスコミなんだぜ

からインテリは、自分が決めた舞台対立構図を煽りやす二大政党制を求める傾向がある

でも二択じゃリスク大きいじゃん

人の考えは十人十色増田11人いる!(←言いたかっただけ)

2017-07-17

KinKi Kids 20周年に思うこと

20年前、KinKi尋常じゃないくらテレビに出ていた。月曜は負けたらアカン!というくだらない対決番組の司会で、ダウンタウン松っちゃんにも酷評されていた。火曜は確かバリキン7賢者選択、というこれまたくだらないバラエティ対決番組で、元CCガールズなどのB級タレントばかり出演しており、上原さくらビンタされた光一さんにファンが噛み付いてたのを覚えている。水曜日あたりにTOKIOと出ていたトキキン急行というバラエティ。これはKinKiピンクレディや寺尾聰、ジュディオングなどになりきって歌うコーナーがあり結構面白かった。金曜はかなりの頻度でMステに出演し、土曜日LOVELOVEあいしてる日曜日はそれいKinKi冒険。豆マン資格ゲッターピカイチが登場した番組だ。ラジオは週1のキンキラキンキワールドに、帯番組のどんなもんや。これに加えて、CDが発売されたら歌番組にも出演し、その頃はドラマでも主演クラスだったし、紅白こそ出ないものの、今の嵐よりも消費され尽くしていて、長く持たないだろうなと感じていた。

KinKiデビュー以降、曲に恵まれCDは今でも連続1位を更新し続けギネス登録されているものの、ここ10年くらいは世間の多くが知らないシングルばかりになってきた。同じくドラマ映画でも主演を務めることはなくなり、バラエティも今は嵐や関ジャニジャニーズの主力。光一さんは舞台ソロ活動に注力して実績も重ねているので、ゆくゆくは少年隊ニッキみたいなポジに行くのかと思ってた。剛さんはこれまた独自性の強いソロ活動を持って、他のジャニーズができない活動平安神宮Liveとか)が許されている。よって、KinKiでの活動は限りなく縮小して、コアなファン向けに細々と活動して、そのうち地味な結婚でもするのかなーと勝手に思ってた。

しかし、この20周年を迎えての様々なテレビ出演や薔薇太陽などの周年シングル聴くと、KinKiまだまだいけるんじゃない?と思えた。コアなファン向けの活動だけでなく、一般大衆向けにも魅力があるのではないだろうか。さすがにTOKIO岡田くんには敵わないものの、ジャニーズの中ではかなり良い中年ポジションなのでは。これはひとえに、

LOVELOVEあいしてるに出演したことが彼らの運命を大きく変えたと思う。吉田拓郎からギターを教えてもらい、錚々たるバンドを従えて毎週歌い、作詞作曲ができるようになり、口パクでなく生歌でコンサート歌番組に出るようになったことは、他のジャニーズと一線を画している。キムタクかがLOVELOVEあいしてるに出演したときKinKiのことを本気で羨ましがっていたのをよく覚えている。

マッチさんには皆辟易しているし、少年隊ヒガシだけだし、光GENJI男闘呼組SMAP解散してしまったし、TOKIO副業が主力だしV6グループ格差がシャレにならないし、その中でKinKiファンは割と幸せファン活動ができているように感じる。すごいスキャンダルもないしね。

その点、嵐はどんな中年ポジションになるんだろう。バラエティでわちゃわちゃしてればいいのもあと数年だからソロ活動が増えていくのだろうか。櫻井くんには司会や知性があるし、ニノは演技と世渡りでなんとかなるんだろう。大野くんは植草かっちゃんみたいになりそうだけど、歌とダンス釣りがあるから大丈夫だろう。相葉くんと松潤アラフォーになったらどうやって生き残るのか心配。嵐はスキャンダル多いしね。その他のジャニーズは全てグループとして良い中年期を迎えるのは厳しいように思う。司会とバラエティと演技ができる子がピンで生き残るだけでは。グループで生き残るには、KinKiのようにもう少し音楽に力を入れたほうがいいのに。

途中から何が言いたいかからなくなったけど、ジャニーズの中でKinKiファン幸せに見えるってこと。20周年おめでとう!

2017-07-16

子供マンガ家やら小説家やらクリエイターになりたいと言い出したら

そうかがんばれよ、で応援してやればいいと思うんだよ。

クリエイターはなるのが困難だし食べるのに苦労するから諦めさせよう」なんて、考えなくてもいいし、そんな理由子供意思を折るのははっきり行って不毛無意味だよ。

もちろんそれがただの逃避で勉強を全くしない言い訳や家のお手伝いをしなくなるとかならばその点は適切な叱責や誘導必要だけど、それはそれとして問題だけど、それは上記の視点とは別の問題だよね。

そもそもの話さ、子供が進むべき最優の進路が、(オレ個人は必ずしもそうだとは思わないけれど)「大卒上場企業正社員で務めること」だと仮定して、そのための努力をしている小中高校生なんて、どれだけいる? 100人に1人もいやしないとおもうよ。子供はそんな遠い目標や手触りのない目標のためには頑張れない。もっと衝動的で目先のことしか考えてない生き物だよ。

まり、「クリエイターになろう!」なんてもりあがって下手な絵を書いてみたり、恥ずかしい小話を書いてみたりする子供努力は、別に、他の努力排除して行われているわけではないんだ。子供のそういう目標を折ってやれば(親から見て)有益ルートに戻り、図書館ビジネス啓蒙書を読み始めるというのは(気持ち悪い)幻想で、ただ単に、その子はやる気がなくなって、やる気を出しても親の不興を買うだけなんだなということを学習して、目先のスマホゲーム時間つぶしをする子供になるだけだよ。

子供の頃のクリエイターを目指すリスク」なんかよりも「何もやろうとしなかったリスク」あるいは「何かやろうとして水をさされた結果無気力学習するリスク」のほうがよほどでかいよ。特に無気力学習するリスク」について、日本人全般、親全般は、呆れるほどに鈍感じゃないかな? まあ自分らもそういう教育を受けてきたことなかれ世代なわけで、再生産といえば再生産なんだが、自分の不遇を下に教育しなくてもいいだろうよと思う。

ちょっと絵がかけるだけ、ちょっと文章が達者なだけ、全然いいじゃないか。どっちもサラリーマンで役に立つよ。自分の頭のなかにある考えを他人説明できる能力が、役に立たない仕事なんて無いよ。やる気を出したりコミュニケーションするのは無駄だって思い込んだ引っ込み思案より、百倍有為人材だよ。

そもそも現実なんて、親がわざわざ教えてやらなくたって勝手教師をしてくれるんだ。アマチュアが強大なこの日本では、絵でも文章でも、上手い素人なんていくらでもいる。子供はそういう舞台であっという間に強敵出会うし、自分天才じゃないなんてすぐに気づくよ。「子供現実を教えてやろう」「傷つく前に止めてやろう」なんてのは、下衆なマウンティング思想であって、子どもたちが自分人生を切り開くにあたって、微塵も必要な手助けじゃない。

頑張れよ、応援してやるぞ、で十分だ。そんなことより、大人役割は、一番望んだ道に破れた多くの子供達でも食うに困らない、再出発できる社会を豊かな社会を作ることだよ。

ディレクターの方も、聞かれたら、

考えて回答する、という感じで、

まりカチッとした設定が公表されてはいないようです。

→ 曰く、考察の楽しみを持ってほしいとか。

DODシリーズはあまり追っかけていないので、

怪しいのですが、ウィキペディアをみると、

ゲームDOD3」Aエンド→小説DOD1.3」や

小説DOD3ストーリーサイド」→ゲームDOD1」など、

補完というか、派生というか、そういう物語もあるようです。

ニーアに関しては、

設定本「グリモアニーア」にあるEエンドではなく、

ゲーム本編のDエンドからオートマタに繋がっているようです。

その間の補完要素としては、

DOD10周年本の短編プロメテウスの火

ドラマCDの「宇宙大戦争

舞台「ヨルハ」

ゲームみずいろブラッド」も?

なんてのがありますが、

厳密に追っかけるとモヤモヤする繋がりですし、

また、オートマタでもそうでしたが、

ゲーム以外の媒体でのエンディング補完があったりするので、

グリモアニーアのEエンド、

コンサート朗読千秋楽

小説DOD1.3」

小説DOD3 ストーリーガイド

適度な感じに。

2017-07-15

無責任な『応援してます。』

僕は売れてない俳優業をしている。

一応、年齢的には若手俳優の部類だが毎回来てくれるようなファンは片手で足りる程しかいない。大きい舞台にも出ていないし、有名人と共演したこともない。

変なことを言えば、どちらかと言うと今まで僕は、若手俳優ファン側の立場にいた。というのも、僕は数年間を養成所で過ごしていて、暫くはずっと観る側に過ぎなかったのだ。そして、知人に若手俳優所謂オタクがいることもあり、話はよく聞いていた。

から所謂オタクがいる俳優というのがどういう存在なのかはわかっているし、ある程度の言葉意味もわかっている。

その知人は、所謂ガッツであり、茶の間ではない。ただし、茶の間否定はしていない。それは知人の応援している俳優が、そこまで大きく売れているわけではないからだ。それでも僕よりは何十倍も大きな舞台に立っているし、ファンも多い。それでも、動員数に苦労している話を耳にする。

今までは茶の間でもファンがいるだけいいじゃないか、と思っていた。でも、そうではないのだ。結局、来てもらわなければ何の利益にもならない。

まあ、正直なところ舞台俳優にとっては、呼べる人数が全てなのだプロデューサーから直々に枚数ランキングを出される舞台なんてゴロゴロある。

来てくれる“かもしれない”層を増やすことは大切だ。TwitterへのコメントやSHOWROOM配信に来てくれることは、とても有り難い。でも、どうか、僕が好きだとか気になるとか応援したいと思うのであれば、劇場に足を運んで欲しい。一回でいいから。

舞台に来ないで『応援してます。』と言われることがどれだけ辛いことか。

だって、その応援は頑張りを見てくれない人たちから無責任言葉しかいから。Twitter写真は上げる。でもそれは、少しでも僕に興味を持って“次は来て欲しい”と思っているからだ。そうじゃなくては、僕の給料はどこからも出ない。

映像と違って舞台ナマモノ、いうなればLIVEだ。毎回、客席も違えば空気も温度も違う。

来てもらえないのは、まだまだ僕が未熟な証拠だとよくわかってる。これからもひたすら頑張る。来てもらえるように、努力する。だからどうか、無責任に『応援してます。』とは言わないで欲しい。それならまだ『頑張ってください。』の方がずっといい。

応援お金、だとは思わない。それでも、応援舞台に来てもらう、なのは確かなのだ。そこにお金はどうしても生じてくる。

映画に比べたら高い。テレビに比べたらもっと高い。それでも舞台は、舞台しか魅せられない熱がある。目の前で同じ空間で生きている人が見せるものから

から僕は今日も頑張る。

無責任な『応援してます。』じゃなくて、目の前でその言葉を伝えてもらうために。その意味で、本当のファンが欲しい。

あと、早く次の仕事を決めたい。

2017-07-14

異世界はスマートフォンとともに

地球出身普通男子高校生だったのだが、神様のうっかりで雷を落とされてしまい死亡する。神様によって本作の舞台である世界で復活する。その際、所有していたスマートフォンを異世界でも使えるように神様に頼んだ。神様身体能力等諸々を底上げしてもらった結果、無尽蔵の魔力量、全属性持ち、無属性魔法使い放題というとんでもないチート能力を持つ事になる。本人の意思関係なく度々何かしらのトラブルに巻き込まれる事が多く、その度に神様の手に依って神器化されたスマートフォンと、持ち前のチート能力を駆使しながらトラブル解決している事から、後に各国の国王国家元首から調停者」と呼ばれる様になるのだが、冬夜自身は出来る事なら平穏無事な異世界生活を送りたいと思っている。

2017-07-13

https://anond.hatelabo.jp/20170713120236

会いに行けるアイドルからだと思う、マジで

弱ぺダの成功も大きいとは思うけど

やはりアニメは好きになっても、作者や声優には会えることはまずないし

直接課金もできないけど

舞台俳優は直接会えるし

舞台チケット買えば喜んでもらえる

https://anond.hatelabo.jp/20170713120236

NARUTO舞台は凄い良い出来だったよ。

否定的意見が少ないのは、2.5次元舞台作品女性向け(表向きは違うけど)だからじゃないかな。

宝塚的な要素があるんだと思う。

2.5次元舞台って

いつからこんなにメジャーになったんだろう。

自分記憶ではテニスの王子様あたりから始まって、当初は「三次俳優キャラじゃない」みたいな否定派が多かったような記憶がある。ニコ動とかでも散々ネタにされてたし当初は馬鹿にされてるジャンルという印象だった。

それがいつの間にか人気になればとりあえず2.5次舞台やりますチケット争奪戦…みたいな感じになっていた。

なにがオタクの心変わりを進めたんだろう。

アニメ傷物語総じて微妙だった

はねかわかわくらいしかいいところなかったというかむしろそれだけのために見ても良いという意見言えるけど

第三者俯瞰的立場からしてみれば総じて微妙だったという意見が最も望ましいのではないかという個人的感想

まず

戦闘シーンが微妙すぐる

自己犠牲のシーンも空き缶くらい葛藤描写が軽い

あ、小説未読なんで原作デハーみたいなのイラネっす(一生読まないんで)

自己犠牲系展開はあっさり自分の生を諦めるフィクションおすぎて興ざめ要素になりつつある正解するカドしか

俺なら最後まで取り乱すし古澤さんも取り乱すだろうし菊池くんや村田くんも取り乱すだろうし宇都宮に限っては逆ギレでもしそうだ

(全部俺の個人的知人だ、すまない)

ともかく生への執着が描写があっさり味すぎてせっかくのエロティシズムと背徳感がマッチした自己犠牲による捕食被害

中坊のとき食った食堂で食えるびっくりうどんの麺のように食っているが食っているという強いインパクトもない

かろうじて味濃いきつねがそれらの存在を認めているみたいな内容になってる

ここらへんをグロ煽情的に描けないのなら傷物語をやる意味なかったと思っている

せっかくわざわざ舞台が用意されたのにもっと強いグロさに隠し味でエロさを入れれなかった時点で

ああ、やっぱ化物語って一番最初シーズンが一番面白くて後は駄作だったな

みたいな感想山手線のように戻ってきてまた俺は下車するのであったチンチーン♪

2017-07-11

https://anond.hatelabo.jp/20170710143755

自分日本の HoloLens 界隈のウェイ系のノリは苦手。あと日本 MS の人々について言えば、急に表舞台に出られるようになったので羽目をはずしている印象がなくはない。どうせ本国無関係お祭りですからスルーすればいいのではと思いますが(開発なら英語情報だけで十分ですし)、仕事ならご愁傷様。

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