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2017-08-19

セックスの記録

今回またずいぶんと激しいセックスをしたので書き留めておこうと思う。

私たち遠距離で会える時期は限られている。今回会いに行ったのは、その前の月に会いたすぎて泣き出しそうになってしまって、勢いのまま新幹線チケットをとったからだ。ちなみにあとから調べたら、その日は排卵日だった。たぶん性欲が高まってて、彼に触れたかったんだろうね。

で、今回の逢瀬に至る。今回もピルを使って、彼と一緒にいる期間が卵胞期になるよう調節した。日数も延長して、排卵日まで滞在することにした。排卵日前にセックスしてそのまま帰ってくると、その後一人の状態ときにやってくる排卵日の欲求の解消できなさがキツすぎるからだった。

広がり方をすっかり忘れてしまった入り口排卵日前から少しずつほぐして行った。さすが卵胞期というべきか、ローションはキレにくく、滑りがよくてスムーズに進んで行った。

そして排卵日予定日がきた。旅行中は毎日セックスしていたけれど、だんだんとイきかたが激しくなっていった。下腹部を優しく撫でられ続けるだけでイくし、だいしゅきホールドも気づかぬうちにしている。あれってただ支配欲が強い女性表現ってだけじゃなくて、女性側もちゃんと気持ちよくなれる方法だったんだね。

「しあわせ?」「うん、しあわせ」「えへへ、しあわせぇ」

「あかちゃんほしい」「あかちゃんちょうだい」

「とけてる、とけてるよぉ」

とか、いろいろ言ってたと思う。あれは奥を突かれ続けると自然と出てきてしまうんだよな。

彼曰く「エロ漫画でも見ないような淫語がガチさを伴って出てくるからエロ漫画でも勝ち目がない」とのこと。

「あかちゃんほしい」ってセリフが素で出てくるのは前からあったけど、今回は「なんで赤ちゃんをいま身ごもってはいけないのか(意訳)」みたいなことを喚きながらセックスしてたのが印象的だった。コンドームをつけたままのセックスあんなに悲しみが湧き上がってきたのは初めてだったかもしれない。最後に彼がイったあと、それでも赤ちゃんは作れないことに悲しくなって涙がこぼれたのを覚えている。あの日は、すすり泣く私のとなりで、息の乱れた彼が、静かに頭を撫でていてくれた。

かといって生セックスがしたいわけじゃないし、いまはそういう時期じゃないし、ちゃんと赤ちゃんを作るための時期を用意するためにいまはお互い頑張っているけれど、それでも、セックスしていると、赤ちゃんを孕みたいという欲求で苦しくなる瞬間があったのは事実

で、旅行中の1週間ずっと、私の性欲シーズンが過ぎるまで、彼はひたすらセックスに応じてくれていた。最後の方ではついに「ちんちん感覚がなくなった.....イけない......どうしよう.....」と呆然としていたので、そこでお開きとなった。

婚約して、子供を産み育てるつもりでセックスしてると、こんなにも気持ちよくセックスできるんだなあとも思うし、自分の中の妊娠欲求の強さにも改めて驚いた。泣くほどだったとは。

あれは子宮意思なのかなあとさえ思う。

2017-08-18

残業なんてない

今日残業あるョ…』って思ってしまうと精神が夜まで持たない

いくら一ヶ月以上毎日残業していて、たとえ今日残業あるのが見え見えであっても、『今日こそはないかもしれない』と思っている自分

クソポジティブだな、といつも思う

そして今日も無事、気づいたら残業をしていた

技術を発展させる職業に付いてる人が羨ましい

クリエティティを発揮しながら空調のきいたオフィスで高給取りになりたかったよ

毎日中身のないルーチンワークKAIZENもせずに繰り返してる人間ことなんて見下して生きてるんだろうな

糖質制限ダイエットについての雑感

糖質制限を始めて2ヶ月弱経ったので、経過や感じたことについて書いておく。

糖質制限にかかわらず、ダイエット健康のために何か始めたい、あるいはやっているが心が折れそうという人の励みになれば幸いである。

開始時の状況・現在体重

29歳男一人暮らし。168cm/95.20kgから始めた。運動は月に1、2度のフットサル程度。

始める前は毎日のように二郎系ラーメンを食べていた。それかすた丼

料理レシピを調べて一読すれば、たいていのものは困ることなく作れる。

現在体重は、84.25kgで、おおむね11kgほど減った。

開始前

始める前に糖質制限について調べた。糖質とは何か、どの程度制限するのか、何を食べて良いのかなどから、細かいことまでインターネットで調べた。よくわからないまま始めると、性格上面倒になってやめたくなるからだ。

金を出したのは、レシピ本1冊だけだ。ネット情報については、レシピに出てくる食材調理法を参照すればある程度真偽が分かるし、書いてあるものを食べてればまあ痩せるだろうくらいの気持ちである

根を詰めすぎるのは良くない。そもそも二郎系を食べていた。それに比べれば、多少間違っていようが、全部マシである

こうしてどのようなものを食べるのか、具体的にイメージしてから開始した。

調べながらでは、調べること自体が面倒になるし、思いのほか糖質が多いものを知らずに食べてしまうと、精神的にダメージをくらい、やめたくなる。

開始から2週目まで

滑り出しは順調だった。料理も回数は少ないが始め、おいしく作ることができた。

自炊したくないときは、大戸屋に行ってご飯抜きにしたり、ローソンで買っていた。ローソン糖質量が少ないパン、甘い物を売りにしているので、助かっている。

主食を一切とらず、一食の糖質量を極端に少なくしたので、この間は辛かった。量をたくさん食べてもエネルギーが足りない感じで、もっと食べたかった。空腹なのとも違う感じだ。

女性は、生理もあるので、ゆるく初めて体を慣らした方がいいんじゃないかと思った。

3週目

3週目に入ると、エネルギーが足りない感じはほぼなくなったが、慣れると逆に余計なことを考えるものであるラーメンが食べたくなったのだ。

糖質0g麺なるものも売っているが、もともと二郎系を食べていたのだ、満足できるわけがない。それでもまだやる気があったし、仕事が忙しくてわざわざ食べに行くよりも早く帰りたかったので持ちこたえていた。

4週目から5週目

飲み会に行った。もともと飲み会では少ないながらもご飯物なども食べていた。

その日は盛り上がり、遅くまで飲んだ。その時、「シメラーメン食べよう」などと言い出したやつがいた。

もともと軽く糖質解放している日である。誘惑に負けてしまった。

その日を境に、食いまくった。1週間毎日二郎系すた丼を食べた。昼と夜に分けてではない。夜に立て続けて食べたのだ。

一番食べた日は茹でる前600gの麺に、おそらく400gくらいの野菜が乗った二郎系すた丼ダブル肉飯増しを食べた。

5週目はみるみるうちに戻って行く腹を見てやばい気づきラーメンすた丼はやめたが、ご飯は食べていたし、おかずも気にしていなかった。この間はお腹は大きくなっていないと思い込みたい。

6週目から現在

こんなことをしていた自分を許し、再スタートを切ることができた。

食べまくったことは、誰に迷惑をかけたわけでもないので、気にしない。むしろ幸せに過ごせてよかったぐらいでないと、自分の罪の重さに押しつぶされて、嫌になってしまう。

スタートを切ってからは、はじめに食べていたような糖質をかなり抑えた食事をすることができている。

途中あんなことがありながら、おおよそ11kg痩せているので、糖質制限はやはり痩せるのだなと驚いている。

まとめ

始める前に調べることが大事。どんなやり方で、何を食べるのかイメージしておかないと、開始後に食事制限+調べるということになって、1日中糖質制限のことを考えることになる。

とりあえずご飯抜いて肉、魚、葉物野菜食ってればいい、くらいでもいいからとにかく何を食べるのかイメージしてから始めた方がいい。

そして失敗は気にしないで次頑張ればいいと思うこと。妥協することや、自分を責めないことが大事である。道を踏み外してもまた戻って来ればいいのだ。

私は踏み外し方がひどかったが、戻ってこられた。

トラックCMって

テレビつけると毎日のようにヒノノニトンとかいすずのトラックとかのCMやってるけどさ、あれ見てトラック買ったよって人いるの?

正直一般人トラック宣伝する意味がよくわからないんだけど、あれだけ広告うってるってことは、それなりに買う人もいるってことなんだろうな。

人は自分理解できない存在に恐怖するし嫌悪感を抱くし差別的になる

職場にどーーーーーしても苦手というか理解不能な人がいるんだけどちょっと聞いてほしい

その人は自分入社して3ヶ月後くらいに入ってきてもうすぐ2年目になるんだけど、何がひどいって長くなるから箇条書きにするけど、

作業スピードが周りの倍以上かかるうえにミスが多い

・基本もできておらずその日の優先順位理解してない

・そのくせ短時間でアップしなければならない案件を3件も4件も一人で抱えて一人で目を回してる

・いつも眠そうにしてる(よく舟こいでる)

・机の上がぐちゃぐちゃ

トイレ休憩が長い&多い(一日510分くらい、まあこれは個人の体調もあるのでまだ許容範囲

・始業10分前の朝礼に間に合うように出勤しない(朝礼の途中で来たり最悪始業時間すら守れない)

作業確認のために引くマーカーを意味をわかって引いてない(確認したという意味で引くというルールなのに確認すべきところに前もって引くといってきかない)

社員に対しては弱気なのに同じバイトであるこちらに対してはなぜか強気(他の優先すべき作業を先にするように促したら「今これやってるんで!」といってきかない)

しかし注意されたことに対する言い訳はきっちりしようとする

・お世辞にも身なりが清潔とはいえない(猫の毛っぽいものはついてるわ髪テカテカだわ、ちゃんと洗ってるの?)

えとせとら、えとせとら。

自分は一時間遅い出勤の契約だけどほぼほぼ時間前には駅について近くのコンビニゆっくりするんだけど、まあ今日もいましたわ。通勤路に。

えっ今もう朝礼やってる時間だよね??ていうかその速度で遅刻しないの???やするでしょ???ってぐらいのんびり歩いててびっくりしたわ。しかヘッドホンしてなんか聴いてるし。そんな余裕あるなら急げよ。

しかもなんでこっちの方が歩くの速いんだよ。すぐ追いつくわ。(見つからないように別ルート取ったけど)

その手の人がいい気分しないの承知で言うけどたぶんその人発達の人で、そもそもうちの複雑な仕事向いてないんだよ。

でも新たに募集かけてもなかなか人来ないから仕方なく雇い続けてるだけで。

本音をいうとみんな辞めてほしいって思ってるよ。

こういうこと書くと差別ガーって言ってくる人いるけどさ、じゃああなたのところでこの人雇ってくださいよ、毎日毎日この地獄味わってくださいよ、って返したいよね。

こっちはできるだけ今の仕事辞めたくないけど、この人のせいで辞めざるを得ないかもしれない…

これ以上は正直ストレス限界

ネトウヨ認定されちゃうと叩かれそうで怖いから、日頃から日本国旗を連想させるようなもの拒否感を抱くように訓練づけたり、毎日数分日本に憎しみを抱く時間を持つように努力してる。

若年性なんとか

毎日薬というか、サプリメント的な、一回10錠飲まないといけない市販の大量に入ったビンの有名なやつを飲んでいる。

それをさっき数時間もあかないうちに二度目を飲んでしまった気がする。

気がするだけで、記憶曖昧だ。

ふと「ボケると薬を飲んだか忘れる」というのを思い出した。

……ヤバい。薬を二回飲んだことよりヤバい

ちょっとボケ防止になにをすればいいのか教えてほしい。

まさか二十代でボケ対策を調べないといけないなんて…!

https://anond.hatelabo.jp/20170818011313

家庭の事情でめったに親に会えないとかならともかく、毎日親と顔合わせるような子供にとって

家族だけで祝う誕生日なんて別に何の特別感もないよね。ケーキプレゼントが付いてるだけの普通の日

父親が遅くなろうが「ケーキまだかなー」くらいなもんで帰ってきたら気分もリセットでしょ。。

子供気持ちがどうのこうの大仰に言ってる人は動画批判のダシにしたいだけなのか、それを考えてしまうほど不幸な子供時代だったのか

後者だったらちょっとかわいそうだけど・・・

https://anond.hatelabo.jp/20170817225450 を読んで。

最初に要約しておくと、私もかつては助けてと言えない人間でしたが今は言えるようになってハッピーです、という自慢かつマウンティングしかない話です。

私もかつては助けてと言えない人間だった。どんな塩梅かというと例えばレポート課題試験範囲を聞き漏らした時に、誰に尋ねることもできず最悪な成績を取っていたというくらいには助けてと言えない人間だった。

当時を思い返すと、他の人の目を気にしすぎていて自分というものがなかったな、と思う。自分は困っているのに、困っている自分ということを周りに知られたくなくて何も言えないまま。困っている自分は変な自分で、周りに変だと思われたくないから素直に困っていることを表に出せなかった。もし自分というものがちゃんとあれば、周りに変だと思われることなんて気にしないで自分が困っていることを主張できたのにな、と思う。

そんな私にも転機が訪れる。

当時の私は病気だったり無職だったりと不幸のどん底で、そして何より自意識過剰に悩まされていた。自分の中にいるもう一人の自分が、常に私を責め立てるのだ。

「今お前はこう考えたが、それは違う視点から考えるとこのようになり、それは倫理的に正しくない考え方だ。だからお前は間違っている」とか、「今お前はこの人の発言を好ましく思ったが、それはこのように考えるととても傲慢な考え方であり、お前の性格の悪さを表している」とか、「今この人がお前を褒めたがそれはこう考えると皮肉交じりのお世辞であることは明らかで、素直に喜んだお前は読解力が足りない」といったように何事も悪い方へ悪い方へと解釈して、だからお前はダメなんだ、と締めくくる、よくわからない自意識自分の中にいたのだ。

ものすごく嫌な性格で常に自分に悪意を向けている何者かが自分の心に住んでいるのは、正直死にたいしか言えない状況である

もしこの悪意ある何者かが他人だったら、その人物から逃げればいい。でも、それが自分だったら逃げようがない。その上、この何者かは自分の行いではなく考えそのもの否定してくるので、本当に逃げ場がなかった。何もしてない無職であっても考えないことはできないからだ。

毎日この、視点を変えすぎて誰もそんなことまで考えねーよ的なところまで深読みをし、その上自分を一番傷つける解釈採用するという謎プロセスを踏む自意識に悩まされ死にたいと思い続け、ついにTwitterにその苦しみを漏らしてしまった。正直ただの独り言のつもりで、誰も理解しないしスルーされるだろうと思っていたのだけれど、でも違った。私の悩みをちゃんと理解した上で、「あなたは生きてていい」と言ってくれるフォロワーさんがいた。

その時点で私は号泣なんだけど、このフォロワーさんは加えて悩み相談ぐらいは乗りますよ、と声をかけてくれた。私はそこで、多分人生で初めて、ものすごく素直に「助けてください」と言うことができたのだ。

それからいろいろなことを考えた。その中で、私の人生には今まで何人も助けの手を差し伸べてくれている人はいたのに、私は等身大自分を見せたり裏切られたりすることが怖くて色々と疑いすぎてしまい、結果その手を払いのけてばかりきたのだな、と気づいたりもした。

でも、あのフォロワーさんの言葉不思議と何も疑わずに受け止めることができた。そして、人の言うことの裏を読みすぎたりせずに素直に受け取ることは大事なのだと言うことに気づくことができた。

加えて、人の言葉を受け取る素直さに気づくことができたら、今度は自分感情を素直に言うことの大切さにも気がついた。それまでは自分を良く見せたいあまりに飾った感情を演技することしかしてこなかった。困っている時も困っていないふりをしながら、でも心の中では困っていることに気づいてくれと思っていた。でも、素直に言わないことをわかってくれと思う方が傲慢だとわかった。

そうして二つの意味での素直さを手に入れたら、私を苛み続けてきた過剰な自意識は消えることになった。人の目が気になって自分というものがないという悩みも解消された。全てが良い方向に回り始めたのだ。

ちなみに例のフォロワーさんとは、そのあと実際にお会いしたりしてお付き合いすることになった。その関係の中で、この二つの素直さを実践していった。

実践の中で守った決まりごとは二つ。彼の言葉を疑わないということと、察してちゃんにならないということだ。

こうやって素直になっていたのが良かったのと、彼自身が素晴らしい方だったというのもあり、過去のおつきあいと比べてものすごく心地いい関係を築くことができた。

そして結婚をし、今に至る。

本当に助けてと素直に言うことは大事だと、私は人生を通じて実感している。

2017-08-17

初音ミクさん今年で生誕10周年なのか

学生のころ毎日「黒宴」聴いてたな

懐かしい

夏に聴く情緒が一層あふれる

これもコミュニケーション障害なんだろうか

知ることでつながろう! 発達障害者特有のコミュニケーション文化とは

コミュニケーション障害って、こういう自閉症的な発達障害の方向だけじゃなくて、これとは逆というか、ぜんぜん別の方向へ行ってしまったことによる障害もあると思うんだ。

この記事に出てくる例でいうと、こんな感じ。

1. 冗談であることはわかるが、そのノリには混ざりたくない

Aさん「ずっと雨が降ってたのに、私が営業に出かける今日は天気がいいな」

Bさん「Aさんの日頃の行いがいいからじゃないですか?(笑)

Aさん「あははははー! まあね!」

凹凸さん(沈黙を埋めるための会話、うざいなあ)

2. 自分の落ち度にしたほうが楽

凹凸さん「遅れてすみません

Bさん「いえ、凹凸さん、今日電車ダイヤも乱れてますし、仕方ないですよ。お気になさらないでください」

凹凸さん「みなさんの貴重な時間申し訳ない」

Bさん「凹凸さん、そんなに自分を責めなくても…」

凹凸さん(おまえらに責められる前に防衛してるんだよ)

3. 常識を持ち出す人とは関わりたくない

アロハシャツが大好きな凹凸さんは、毎日アロハシャツを着て出勤していました。

しかしある日上司のAさんから、「職場にそういう派手なものを着てくるのはちょっと…」と苦言を呈されます

凹凸さん(こいつ、今日から業務関係しない範囲では無視しよう)

4. 作業手順どおりにやれといわれるといらっとする

Aさん「凹凸さん、この書類作成しておいて。書式どおりに埋めればいいから」

凹凸さん「この書類目的はなんですか?」

Aさん「ええ? この書類は毎回、この書式で提出することになってるんだよ。」

凹凸さん「この書式、無駄な項目が多いと思うので、どういう目的書類か教えてもらえれば、本当に必要であろうもの作成できるんですが。」

Aさん「ずっとその書式でやってきたんだから、その通りに作ればいんだよ。誰もが君みたいに優秀なわけじゃないんだよ。」

凹凸さん(意味がない作業をやりたくないだけなんだけどな)

っていうか、自分がまさにこんな感じのコミュニケーション(というかコミュニケーション不全)に陥ることが多くて、ほかの人たちのコミュニケーションを指をくわえて見ているのがつらいことがよくある。

曇りなき眼

近所に自分うんこ毎日撒き散らしたり奇声を上げたりしている奴がいて、

そいつは家では漫画を描いている。

そのうんこを撒き散らしている奴が描いている漫画

ドラゴンボール」、「進撃の巨人」、「ワンピース」とかだったら、俺はそれを面白いと思うのだろうか。

狂人が描いた狂った作品評価するのだろうか。

金を作る手筈は整ったのに今の手持ちが詰んだ

半年、せめて3ヶ月乗り切れれば大丈夫なのに人生詰みそうになってる。

こんなとこに書いてもどうしようもないのはわかってるんだけどただの愚痴だ。

毎日働いてるのになんでこうなるんだろうな。

生きるのってうまくいかないな。

臆病な祖母

ここ数日、祖父母の戦争体験を語るエントリが多くあったので私も思い出した。

こわがりな祖母が聞かせてくれた沖縄戦の話

祖母沖縄県中部農村に生まれた。物心つく頃には労働力として畑にかり出され、毎日サトウキビの世話をさせられたらしい。

毎日畑と学校と家の往復で忙しかったけれど、それなりに楽しい幼少期を過ごしたそうだ。

だが中学入学したあたりでそれまでの環境が一変した。

突然学校ウチナーグチ沖縄方言)を話すことを全面的禁止されたのだ。ウチナーグチ本土人間からすれば全く何を言ってるのか分からない未知の言語であるため、

こんなもの日本語と認めるわけにはいかん、正しい日本語を身につけさせお国に尽くす青少年を育成せよとのお達しが来たのだ。

日常会話の全てをウチナーグチに頼ってきた当時の子供たちはかなり戸惑ったそうだ。ウチナーグチポロっと出ただけで教師に襟首を掴まれ

ほかの生徒たちが見守る中で厳しい体罰を食らわされた。三度の飯よりお友達とのおしゃべりが大好きだった祖母もこれには相当参ったらしい。

祖母は本人曰く「とてもこわがりな性格」で、痛い思いをしておまけにみんなの前で恥をかかされることが本当に恐ろしかったんだそうだ。(ほとんど毎晩うっかり方言を喋ってしまいみんなの前で叩かれる悪夢にうなされるレベルで)

そんなこわがりな祖母一生懸命練った苦肉の策が「学校では必要最低限の返事しかしない」というもので、なんと「ハイ」「イイエ」「ドウモアリガトウ」の三語だけでどうにか一年乗り切ったというから驚いた。

しかしそんなしみったれ学校生活も長くは続かなかった。ついに米軍沖縄本島上陸する。

祖母家族とともに近所のお墓(沖縄のお墓はむちゃくちゃデカい。納骨のスペースが6畳くらいある)に逃げ込み、息をつめながら爆撃が早く止むようひたすら祈ったそうだ。

毎日「悪いようにはしない、県民大人しく投降せよ」という米兵のつたない日本語が遠くから聞こえてきたが、それだけはすまいというのが狭い墓で身を寄せ合う家族の総意だった。

米兵捕虜になれば男子死ぬまで肉体を酷使され、女子は野獣のごとき米兵に陵辱され、妊婦は腹を八つ裂きにされて殺されるという噂が流れていたかである

現在であれば噂の発生源を辿って真相を確かめ手段いくらでもあるが、当時は噂の真偽を確かめる術がなかったため、「米軍に捕まったら死ぬより恐ろしい目に遭う」という噂は共通認識となって島中に広がった。

毎日から何千発もの爆弾を投下し、無抵抗な島民を次々に殺戮する米兵の姿は噂の信憑性を補うのに十分だったことだろう。

ガマ(洞窟)や墓には日本兵も隠れていた。

米兵はまず、人が潜んでそうな場所を見つけると、外から拡声器を使って投降を呼びかける。

しばらく待っても返事がない場合手榴弾を投げるか、火炎放射器を使って中を丸焼きにする。わざわざ日本兵が潜伏しているかもしれない場所に入って危険をおかす必要はないというわけだ。

この方法で多くのガマに逃れた民間人が殺された。「こわがり」な祖母は、この火炎放射器がとにかく、とにかく恐ろしかったらしい。狭く蒸し暑い空間家族ごと炙り焼きにされる恐怖というのは、想像を絶する。

このまま墓にずっと身を潜めていてはいずれ火炎放射器で焼き殺される。かと言って捕まれ死ぬより恐ろしい目に遭う。自決が一番マシな選択に思えた。

米兵が墓の前まで来たら自決しよう」家族は話し合って決めた。

何日か経ってとうとう米兵が墓の付近うろつきはじめた。

ここから驚愕の展開なのだが、なんと祖母は「おーい!」と叫んで外の米兵に助けを求めたそうである

死ぬ覚悟はとうに出来てたはずなのに、なんであの場で声を上げたのか自分でも皆目分からないけれど、強いて言うなら「土壇場で死ぬのが怖くなった」らしい。

もうほとんど無意識だったに違いない。頭が真っ白になって、気付いたら家族と一緒に米軍バンに乗せられていたらしい。

祖母が声を上げたおかげで結果的家族自決を免れたわけで、収容所でしばらく荷物運びやら農作業やらやってるうちに気づいたらなんか終戦を迎えていたらしいのだ。

このへんは祖母も笑い話として語っていた。「私がこわがりだったお陰であんたたちがここにいるんだ」とコロコロ可笑しそうに笑っていた。

私も家族と大爆笑したものだが、歳をとるにつれ、祖母は本当にこわがりだったのかと疑問に思うようになった。

真っ暗な墓の中で凄絶な選択を迫られて、それでも尚土壇場で生にしがみつくことが出来るだろうか。

祖母が亡くなって10年余。この時期になると、毎年こわがりな祖母勇気を思う。

※補足※

ブコメで以下のようなご指摘を頂戴しました。

>些細なことだし、現代の人にわかやすいように書いたのかと思うが、次の箇所気になる。>だが中学入学したあたりでそれまでの環境が一変した。

ご指摘されて初めて気がつきました。詳細を失念していて申し訳ないのですが、当時の年齢を現代義務教育と照らして分かりやすいように祖母説明してくれたのだと思います

紛らわしくて申し訳ございません。ご指摘ありがとうございました。

増田夏バテしてないか!!!

昨日久しぶりに餃子食べたらめちゃくちゃ美味しかった!!!

毎日冷たいものでサラッと済ませてたからか知らんけど

かい餃子がめちゃくちゃ美味しくて感激したし元気出た!!!

弱ってバテてる?って思ったら、

なんかちょっとかいもの食べてみ!!!

夫婦の性生活について

結婚後の性生活について「そんなの知らなかった、想定外だ」という思いが強い。

男の人は定期的に出さないと溜まるらしい、とかいあやふや知識があっても、適当に一人で処理するんだろうって思ってた。

もちろん一人でもしているようだけど、3日から一週間性的な接触がないと辛いらしく、できるならば私に相手をしてほしいと言う。

セックスレス離婚事由になることは知っていても、ここまで相手をしないといけないなんて知らなかった。

(みんな知ってる?!)

ちなみに私は夫に会うまで男性経験がなく、セックスについては夫に全て教えてもらった。

サンプル数1なので「男」でくくってはいけないのだけど。

結婚してすぐに妊娠したが、妊娠中も求められるなんて想定していなかった。

私自身、妊娠中も性欲が無くはなかったのでそれなりに応じていたが、断ることも多かった。

手でも口でもいいからと言われるけど、それも体調や体勢的にしんどかったりする。

妊娠にともなう体調の変化、辛さなども口に出して伝えてはいたが、それでも溜まるものらしく、機嫌が悪くなったりしていた。

しょうがいからこっちから「しようか?」って声かけるけど、ご機嫌取りのために持ちかけてる感じが否めない。

それでもいいの?って聞くけどそれでもいいらしい。

産後にいたっては子育ての大変さもさることながら、性欲が消え失せてしまい、会陰切開した部位も引きつるし、

中も変化してしまったのか感じにくくなって、セックスに応じるのが苦痛だった。

はいえ、まったく応じないのは悪循環になりそうで、努力必要だと感じてなるべく応じてきた。

ついには、自分が持ちかけたとき拒否されるとダメージが大きいからと、

できる、もしくはしたいときには私の方から早めに言ってほしいと言い出した。

「じゃあ今晩しましょう」「今日は手で」「今日はそのまま寝るよ」なんて毎日表明しないといけないなんてどうかしてると思う。

この制度は後に実践して無しになったが。

自分は性欲が強いわけではないが、それなりに身体うずくし、セックスも嫌いではない。

すれば、夫をより愛おしいと思うし、関係もいい方向に回るのでコミュニケーションの一つとしても必要だと思う。

最近はもとの感覚が戻ってきたし、子育てに余裕もできてきたので、一週間に一度は、と心がけている。

はい自分の気分が乗らないときは、もはや奉仕義務感で相手するんだけど、男の人ってそれでもいいの?


追記

随分赤裸々なことを書いてしまったが、こんな相談誰にもできないので、思い切って書いてみてよかった。

補足として、夫は子育てにもよく参加しているし、家庭の運営にも協力的で、夫婦間での話し合いもよくできている方だと思う。

セックスは無理強いされることはないし、独りよがりなところもない。

溜まると一人で処理しているようだが、できれば好きな人と触れ合いたいんだそうだ。

やるせないのは、自分が変化してしまったこと。

夫のことは今でも愛しているし、私に欲情してくれるのは嬉しい。

結婚前のようにのめり込めたら、変わらず体のコミュニケーションも取れたらと思うのに、気持ち身体が付いてこない。

したくないわけではないが、ムラが激しく、日課、習慣のようになってくるとしんどいのだ。

手や口でもいいと言われても、淡々作業のようにこなすことも拒否感があり、気持ちよくなってもらうために奉仕するとそれなりに疲れる。

夫としては0か100かで、しないならもう今後全くしないで、諦めて気持ちを切り替えたい。

セックス余地がある状態は期待してしまって生殺しで非常に辛いんだそうだ。

なお、私は外注について肯定派で、浮気も分からないようにしてもらったらいい。

本気になったら気持ちは戻ってこないだろうから、そうなったらしょうがないと思っている。

それは伝えているが、性格的に無理なんだそうだ。

夫は今40代前半、私は30代前半で、これがいつまで続くのか、というのが正直な思いではあるが、

セックスレスになってしまったら、乾いた関係になってしまうのではという恐れもある。

皆さまの意見を拝見した今、家事が面倒な日もあるけどやらなきゃいけないように、

炊事洗濯掃除生活としてこなしていけばいいのかなぁと思っている。

もちろん夫を愛し理解尊重しつつ。

https://anond.hatelabo.jp/20170816113637

あのCM徹頭徹尾主人公のことしか描いてない。

アイデンティティをお風呂に入るきっかけで肯定する話。

から奥さんとか子供誕生日の設定が雑でおかしい。

たぶん描きたかったのは、

無感動で繰り返すフワフワした毎日(色調が明らかにグレー)

今日は息子の誕生日

(誕生日には、子供時代を思い出すのとグローブを出す以上の意味はない)

(※LINEスタンプから、奥さんと事前に協議があってグローブを買うことは決めてあった様子)

後輩が怒られてる(前フリ)

目で見るだけでさらっと流してるのでバリバリ仕事してないが、書類チェックを頼まれてるので普通には頼られている

携帯の待ち受けの笑顔チラ見せで悪くない人生だと出しつつ…

グローブを買って、父親バリバリ働いてたのを思い出す。

フワフワした毎日不安を思い出す。

ガラになく後輩を励ましちゃう

(慣れてないのでフォローとか別れ際が下手くそ)

思いつきで行動して遅くなって奥さんに怒られる

(息子の誕生日をすっぽかすおかしさは主題ではないのでさらっとスルー)

ちょっといいことしたつもりで帰ってきたのに怒られて

イラっとして風呂に入る

父親風呂に入ってた時のことを思い出す。

牛乳石鹸のパワーで雑念を洗い流し、

何も解決はしてないが、毎日の繰り返しの自分ちょっと肯定できる。

いい感じに謝って1日を乗り切る

(ごめんね、で奥さんも子供も機嫌直す)

昨日と同じ繰り返しだが少しいい気分

(画面のトーンが明るい、やや明るい表情、目線が上向き。)

この色調での表現がやりたかったんだと思う。

たぶん作った人は、ジョゼと虎と魚たちとか好き。

2017-08-16

彼氏がいるのに元カレとやったこと、お盆のおじいちゃんのこと

先月、彼氏一年ブラジル留学日本へ帰ってこないことをいいことに、元彼とヤってしまった。私はものすごく単純なので 元彼に強く抱きしめられた時、昔のことを思い出して一瞬 好きになりかけてしまってたけど、やっぱり彼氏が一番好きだし、何よりも今はいちばん、彼氏への罪悪感が半端ない

そんな中、先日お盆帰省した時にこんな話を聞いた。おじいちゃんはおばあちゃんと結婚する前にアメリカへ3年留学し、3年間会えないおばあちゃんへ毎日手紙を書いていたそうだ。かつて、一度だけ「僕はメアリーを好きになってしまった。」という書き出しから始まる、現地の女性メアリーへの恋情が綴られた手紙がおばあちゃんのもとへ届いた。おばあちゃんは怒りに震えながらその手紙を読んだ、そして、手紙最後に「…という物語を考えました。」とあったそうだ。ユーモアあふれるおじいちゃんらしいねと、おばあちゃんと笑った。

今の状況の私としては、もしかするとメアリーへの恋心は本物だったのかもと思ってしまう。やっぱり、科学技術が発展しようとも、男女はそばにいるべきだなあ、という物語を考えました。

見通しの持てない仕事。つらい

仕事に対してとても無気力だし、すこし恐怖感があるような状態になっている。このままではダメになりそう。

配属されてしばらくは、単純作業に明け暮れた。わたしの配属が、ちょうど人手が必要な時期と重なったのだ。わけもわからず、とにかく作業を消化した。楽しいとか、嫌とかい気持ち特になかった。毎日毎日出社して、必死作業していたら1日が終わった。

人手が必要な時期が終わるとともに、わたし仕事は無くなった。することもないのに、毎日出社した。どのチームにも属していないので、何をするべきかを聞きに行く相手がわからない。お休みしたくても、休みたいとだれに申し出たらいいのかわからなかった。まず辛かったのは、暇なこと。ずーっと暇なのが辛かった。そして、忙しそうな周りに対して後ろめたい気持ちもあった。働いているふりをいつもしていた。それも辛かった。将来も心配になった。なんのスキルも付いていない自分心配だった。たまに思い出したように雑用を頼まれた。数時間かかる作業を定時ごろに頼まれて、深夜まで帰れないこともあった。今日することはあるか、明日することはあるか、今日はもう帰ってもいいか、見通しが持てないことが辛かった。

しばらくすると、チーム編成が変わった。新しいチームでは、早く戦力になれるようにと、いろいろなことを教えてくれた。みんな忙しいのに、何もわからないわたしにつきっきりで教えてくれた。ありがたかったし、面白かった。毎日必死で、忙しかったけれど楽しかった。はやくしっかり仕事できるようになりたくて、家でも勉強した。

そのあと、またチーム編成が変わった。新しいチームでは、また単純作業をする日々に戻った。単純作業の量ははじめほどでなく、いつ仕事がなくなるかとそれだけが心配だった。仕事がなくならないよう、ゆっくりゆっくり作業をした。仕事が多いと、素早く作業をした。それほど忙しくもなくなり、余裕が出てきたので自宅での勉強を始めた。すこしずつ勉強を進めていった。いつか仕事を任せてもらった時に役立つようにと勉強した。そのうち、きちんと仕事ができなくなってきた。素早く作業をすすめようとしても、ゆっくりになってしまった。そして、ゆっくりやっているはずなのに、大切なことを見落としてしまった。そういうことが何度かあり、ますます仕事ゆっくりになった。

そうしているうちに、今のわたしには難しい仕事を任せてもらえることになった。仕事を教えてくれる人もいた。時間はあまりなく、期限や成果物の内容についての指示は曖昧だった。仕事を教えてくれる人は厳しかった。忙しいのに、わたしが何度も質問するのでイライラしている様子がよくわかった。怖くて質問できないでいるとまた怒られた。初めは優しく教えてくれるが、いろいろ質問を重ねるとイライラしているのがわかった。〜すればいいだけでしょ?と言われるのが怖かった。すごく時間と労力をかけて教えてくれたと思うけど、辛かった。感謝すべきと言われるし自分でもそう思うけど、感謝気持ちはまだ持ててない。

ういういろいろがあって、いま夏休み連休おわり。とても気持ちが重い。なんかもう仕事できない気がするし、はやくやめたい。自分には向いていない、という気持ちと、環境がわるい、という気持ちを行ったり来たり。このままでは仕事人生をめちゃくちゃにされてしまう、という気がする。

この日は早めに帰りたいか今日はがんばろう、こういう仕事をすることになるからこういうことを学ぼう、そういう小さいことでいいか自分のことを自分でも決めて舵取りしたい。会社プロジェクトの都合はわかる。わかるんだけど、あちこちのチームに突然移動させられて、仕事があったりなかったり、気が向いたように仕事を任されて、わけもわからず怒られて。なんだろう、懇切丁寧にやってくれ、やさしくしてくれとは言わない。先への見通しがほしい。その日の午後、明日、来週、来月のことを想像して、準備して取り組みたい。ちょっとでいいので半年後とか来年のことも想像できたらもっといい。もうすこしがんばれば、先への見通しを持って働けるようになるのか…。初めはそう思っていたけど、いまとなっては、どうなんだか。全部行き当たりばったり。自分もも支離滅裂なのわかるし、意味がわからないけど、すごくつらいしもう嫌だ。

なんだかんだで中学高校生活って

毎日毎日女子と同じ空間で過ごし、自分の席の近いところには必ず女子がおり、女子の会話する声が聞こえ、女子の姿を見ることができ、特別な事をしなくても女子と触れ合える機会が存在していた貴重な時間だったんだなぁ、と大人になって改めて気づいた。

というのも自分は今20代田舎の小さい中小企業に勤めているのだが、同僚はいないし、周りの従業員もみんな40代〜60代のおばさん、おじさんばっかりなので、もうめっきり同年代女の子と触れ合うどころか会う機会もなくなってしまった。

もう自分若い女の子出会う機会がある場所ってのは、コンビニ仕事で付き合いのある人に連れてってもらうキャバクラぐらいになってしまった。

から、今中・高校生の子たちは是非ともその貴重な時間を大切にして欲しいと思う。

でないと、仕事場所次第では、本当に女の子と会う機会なんてなくなってしまうし、大人になったら選ばれた人ぐらいしかいつでもどこでも女子と会えることなんてそうそう無いと思っといた方が、青春という貴重な時間大事にできると思うわ。

申し訳ないけど父親居なくなってほしい

先天的病気で、身体が動かなくなった父

うまく動かないから、イライラして母にあたる

母は、悲しみながらも介護の日

私が手伝おうとしても、我慢

さら離婚しても、父を見捨てるだけの行為から、できない

から母への暴言毎日見ていて

娘としてこんなことは絶対に考えてはいけないのだが

父親に居なくなってほしいと思ってしま

施設に入れたくなっても母が拒否

父もいやがると思う

介護疲れでの殺人気持ちがわかるのが、つらい。

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