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はてなキーワード: シンクロとは

2019-04-15

エロゲ業界衰退の一翼を担った懺悔をしていく

最近エロゲ衰退について議論するブログが盛り上がっているようだが、プロから言わせてもらおう。

https://anond.hatelabo.jp/20190415042641

http://kazenotori.hatenablog.com/entry/2019/04/14/113600

地方出身32歳。

父が大手電機メーカー下請け会社課長で、父母自分妹の4人のいわゆる平凡な家庭だった。

父の仕事関係結構早い時期からパソコンが家にあったように思う。

最初ちゃんパソコンに触ったのは1999年頃。中学生になったばかりの頃に家にWindows機が導入されて、要らなくなったPC-98機を貰った。

今思えば無限かと思われるような性欲の中、PC-98向けのエロゲ友達の兄からなけなしのおこずかいを使って売ってもらった。

「同級生」だった。

親が寝た深夜に夢中でのめり込み、全クリする頃には30回ぐらい抜いていた気がする。

その影響で高校時代大阪大学に進学した大学時代全般的エロゲに費やしてきた。

特に大学時代には欲しいパソコンエロゲが出ると深夜のバイトをして翌朝に近所のゲーム屋に直行

夕方に起きて翌朝までゲームという自堕落生活をしていた。

その頃普段見ないテレビニュースWinnyニュースを見た。こんなものがあるのかと驚きだった。

それから24時間パソコンの電源付けっ放しでWinnyをやり続け、ちょい昔のゲームでやってみたかったやつとか、無修正AVとかバンバン手に入って狂喜乱舞していた。

エロゲ基本的に抜きに使っていたけど、Winny泣きゲーを知った。

泣きゲー代表格でもある「AIR」は、絵の感じが受け入れられなくて買ってなかったが、Winnyで手に入ったのでやってみた。

観鈴ちんがゴールした瞬間涙が止まらなかった。

自分がなんとなく拾った子猫のようなゲームAIR」。

それが観鈴ちん境遇シンクロして、インターネットという空<AIR>に登っていくような気持ちになった。

そんなこんなで自堕落大学時代を過ごし、もちろん就活全落ちした。

幸い、顔なじみになった近くのゲームショップ店長エロゲメーカー営業の人を紹介してくれて、それ経由でエロゲメーカー業務委託、、というか長期のアルバイトみたいな形で雇ってもらえることになった。

その会社では在庫管理とかの仕事をしていた。

ある日、「売れない売れない」という他の社員社長の口癖に嫌気がさしいた自分は、自分なりに売ってみようと思い立った。

そこでまず、自分がどうやってエロゲ出会ってきたか思い出した。

するとほとんどが18歳19歳以降のWinnyを境にして出会たことに気づいた。

もしかして無料でまずは触れてもらってその口コミで多くの人に売れる、というやり方もあるのでは?

そう思った自分倉庫でその会社の全作品ディスクを借りてきて自宅からWinnyに流した。

もちろんプロテクトキーの解除なんて大層なことはできないので倉庫の奥の方に眠ってる、多分永久に売れないだろうソフトプロテクトキー20か30ぐらい一緒に流した。

先着20人か30人に無料開放だー!ぐらいの気持ちだった。

その後、1年ぐらいでエロゲ会社を2、3転々としその度に流出を繰り返していた。

そんなある日、FC2ブログ自分が流したプロテクトキーを使って何度でも解除できる方法が出現していることを知った。

まずいと思ったが既に止める手段も既になかった。

過去関わった3社8ブランドぐらいのゲームをすべて無料にしてしまたことに気付いた。

後になって、これらの流出が、善意であっても犯罪になることを知った。

いやむしろなぜそのリスクが考えられなかったのか不思議でならない。

自分の中では「布教活動の一環で友人にオススメゲームを貸す」という行為との違いがわかっていなかったのだ。

3龍大学にしろ法学部だったのだから大学時代もっと勉強しておくべきだったと後悔した。

その後3ヶ月ぐらいしてその会社を辞めさせられた。

流出の件はバレていなかったが個人的倉庫エロゲを持って帰っていたことがバレた。

いまはもうエロゲ業界には関わっていない。

いつか、自分無能さを認め、悪気はなかったこと、それでも取り返しのつかないことをしたこと社長たちに謝りたいと思っている。

それが終わったら、全部やり終えることができたら、ゴールしたい。

2019-04-07

anond:20190407175202

一般的な作劇として、不愉快イベントは、単体だと「単に不愉快なだけ」で終わるので、作品テーマ性として発展させ、そこに意味を持たせるわけです。...

まり関心を持ったことのないポイントなので、勉強になります僭越ながら、グロテスクさが感じられうる示唆的なシーンが、人物の行動の結果などに繋がって作品としてのテーマになるまで昇華されていなかったとしても、芸術的意味はありうるのでは、と考えています。例示していただいたアイデアのように正面からこれをテーマに据えてしまうと、作品自体目的が”説教”になってしまうので避けたが、示唆したいことは確かにあった、という可能性です。別の方の増田引用します。

動物園から人と動物関係についてあくまで人は管理者であって友達ではないという指摘があった。人の都合で檻に閉じ込めている現実から目を背けるべきではないとのこと。学習研究、人の活動によって個体数が減らされてしまった種の保存など、人が人のために他の種を管理しているのだから、あまり動物と人が対等に取り扱うことは教育上望ましくない。2期では是非そういった視点も踏まえ、動物同士がフレンズでありヒトは違うという体でお願いしたい。

"けもフレ2の脚本オーダー"への返信

動物園から制作陣への要求… もちろん、そのような体で書かれた冗談しょうが、こういう視点制作側にあったのかもしれません。

野生解放といえよ、とか、他のフレンズは野生解放しないのか、とかは、内面世界問題ではなく、脚本の不備の問題です

それを仰るなら、けもフレ1の黒いセルリアンとの戦闘でも多くのフレンズは野生解放していないです。ところで「野生解放を言わない」ということには、けもフレ制作陣の明確な狙いがあると思いますけもフレ2では他にも「ちほー」や「フレンズ」といったタームがほとんど言われません。推測ですが、これは一般受けを狙うために途中から入ったりぼーっと観てる視聴者キッズが引っかからないように配慮したものだと思われます。逆に明確に説明するようになったものもありますキャラクター性格です。「私、体が丈夫なだけじゃなくて記憶力もいいので」「私は用心深いから」… などなど、けもフレ2ではキャラクター自分性格自己申告します。作劇技術的な難度という点ではこのような表現はおそらくレベルが低く、エレガントでもないのでしょう。しかしそれが直ちに作品として悪い、ということにはならないでしょう。解りやすいというメリットは確実にあります。あざといくらいハッキリ言うので、おそらくここを起点に自分でも動物性質を調べてほしい、という願いも込められているのかもしれません。

ケムリクサに置いて、内面世界シンクロする際は、ケムリクサというギミックを使っており、SFとしての筋は通っていると考えています。ここでいうリアリティラインは高めです。

そうでしょうか。最終話の赤い木との戦いで、りんの本体の葉から水がなくなって戻ろうというときに、ミドリの核の枝と桃ちゃん継承しました。枝を肘につけてパワーアップして復帰しますが、しかミドリの枝にケムリクサを修復する機能があったのでしょうか。ミドリの葉は状態を治す・保つ事ができますわかばの腹に空いた穴や、りんの欠けた手足を補ったことはありますが、ケムリクサそのものを治したことはないです。もしケムリクサをも治せるなら、赤い木に指して倒せるのと矛盾してしまうと思います。かといって桃ちゃん自分を分裂させたという可能性もありません。桃ちゃんは、(姉妹では)りなだけが使える葉だからです。また同じく最終戦で、りんは、りり最後記憶を取り戻しますが、あのとき記憶ケムリクサが突然発動したのはなぜでしょう。直前に二回わかばが開いていますが、二度ともロック解除が必要でそれは、りくにさえできない、わかばけが可能手続きだったはずです。りんは最終戦終了後キャッチした、わかばとともに船のそこに落ちますが、そこで突然ミドリの光の柱が伸びて二人の怪我を修復します。でもミドリは葉も枝も戦闘で使い切ったのでは。リアリティラインが低い… 内面の高まりがなし崩しに外面に出てしまう。お話を頂いて頭に浮かんだのはむしろこのシーンでした。ケムリクサを万能の舞台装置、あらゆる話の粗を吸収するスポンジと捉えるなら、けもフレ2のセルリウムサンドスターをスポンジにすれば全て解決では。

悪意のあるキャラがいない、という点では「優しい世界」を継承しているでしょう。りんがわかばを警戒するのは自然なことですし、それ以外は全員が素直で、また世界破壊の原因も優しさに起因し、わかりやすい「悪役」はいない

「優しい世界」の解釈が俺らふたりの間で異なっているように思いますけもフレ1で、カバ新参かばちゃんに「パークの掟」を諭しつつも、去りゆく二人に何度も声をかけて心配しているさまを示す。ツチノコは地下迷路で口の悪い闖入者を疎んじつつも、(諦めた体で)二人に協力して出口を探すわけです。最後には絶滅していなかったヒトへの安心気持ちを口にする。サーバルかばちゃんを、「かばちゃんは…したかったんだよね?」のように道中何度もフォローを入れる。このような誰かを深いレベルで思いやる描写があちこちにあり、一方で人物間の衝突はあっても形骸化した、表面的なものしかなかった。全面的留保余地なく安心できる世界観がけもフレ1の「優しい世界」としてみんなに愛された、そう考えていますしかケムリクサではもう最初からわかばは異物扱い、いつでも落とせる、落としてやろうのような脅迫的な発言が毎回あるわけです。もちろんおっしゃる通りそこには合理性があるんですが、しかし、りくさん、あなた最後散り際にまで「こんなやつのどこがいいんだ」的なdisりをくれる必要はあったのか、あれ実はあなたも好きだったんで吹っ切るために強がったんですよね、などと視聴者の俺は解釈していますが、しかし「優しい世界」では全然ないでしょうということは主張しておきます(でもりつ姉はオアシス)。

「悪意を持って作られた創作」と言われるものは、悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらいものなわけです。

設定や伏線において、けもフレ2に不備があるように思えるのは錯覚で、実態作品の狙いと得意な表現範囲の違い「へーきへーきフレンズで得意なこと違うから」、で済むレベルなのではと考えているのです。むしろ楽しむことを妨げる、エゴイズムという意味での悪意は、視聴者の俺らの側にあるのではないでしょうか。拝読した記事には総論としては同意で、いわゆる「ハンロンの剃刀」は強力なのですが、作品を論評するとき必要環境安心して自分意見を言える状況、とは現状はかなり食い違っているように思います。この空気の中での分析は、かなり注意深く精査しなければ容易に流されて最悪のケースでは誰かの筆を折らせる結果になりかねない、そう思って眉に唾をつけ考察しています

例えば一期のメインキャラが、十数人として、それが全員、根が素直で優しいとするなら、「根が素直で優しいキャラを十数体、キャラを立てて描き分ける」ことになるわけで、えらいことです。もちろん、素直なやつばっかりじゃないですが、それにしても想像すると怖くなりませんか。

ううむ、言われると、けもフレ1のサーバルコツメカワウソプレーリードッグはみんな似てはいものの、ごくごく微妙キャラが違っており、おそらくセリフに落としても区別がついてしまうでしょうね。制作陣の構成についても明るくないですが、この功績は吉崎観音さんの成果?

anond:20190407105941

当初イエイヌはヒトであれば誰でも良いということを言っていました。結果的には「別れた大切な人を待ち続ける」ことになるのですが、ヒトであればよいと思っているという設定は、不憫さを誘うためものだった思いますイルカアシカについても芸の報酬をねだるのは(三人も引いていたし)どこかグロテスクさを感じました。ホテルぬいぐるみが売り切れる描写は、リョコウバトが孤独になっていくさまを強調したものでしょう。確かにドラマとして悲劇・罪悪感が押し出されているわけではないですが、全編に渡ってそういう表現がある点で、そこには何らかの狙いがあるように感じます。深く考えていないということはないと思います

このへんは、主観的な話にならざるを得ませんが、個人的にはイルカアシカエピソードに、自覚的グロテスクさは感じませんでした。リョコウバトのエピソード絶滅悲劇意識してるのは確かですが、そこがどこにも繋がっていません。

一般的な作劇として、不愉快イベントは、単体だと「単に不愉快なだけ」で終わるので、作品テーマ性として発展させ、そこに意味を持たせるわけです。キュルルが人類の罪深さを知って、それを贖罪しようとするとか、あるいは、キュルルの態度のほうが正しく、かばんさん的な人とフレンズ区別しない態度が偽善であることが示される、とかですね。

けもフレ2では、そういうテーマ性は見当たりませんでした。やろうとしてまとめきれなかった可能性もありますが、個人的には、そこまで深く考えていなかったようにも思えます。「シリアスエピソードを置くことで、作品に深みがでる」くらいのノリで置いて、それ以上は考えていないように思えたのです。

しかサーバルカラカルが急にパワーアップしたように見えるシーンは、最終回での戦闘だけだと思います

あれが野生解放なら、筋は通りますね。野生解放といえよ、とか、他のフレンズは野生解放しないのか、とかは、内面世界問題ではなく、脚本の不備の問題ですから

しかしそうすると、けもフレ2は全体としてはリアリティラインは低くはなかった、ということになりませんか。けもフレ1の紙飛行機石橋の下に落としたりは納得感が高かったのはわかりますが、けもフレ2での内面世界の漏出は最終盤で起こったということでしょう。

リアリティラインの高低に関わらず、作劇のセオリーとして、クライマックスでは、内面世界が強くシンクロします。

主人公絶望と、強大なセルリアンの登場、友情パワーの高まりと、主人公の復活、セルリアンの撃退、などです。

この時、けもフレ1は、内面世界を繋ぐ筋、理屈を、うまく作っていました。

けもフレ2は、そのへんがあまり機能しておらず、内面の高まりが、なし崩しに外面に出てしまったと考えます

これは、脚本の不備と捉えることもできますが、けもフレ2単体で見た場合、そこまで気にならない。ただ、けもフレ1と比べると、目立ってしまう、というわけです。

最初に、「ただ、けもフレ2は、全体的に伏線の回収がうまくいってないので、意図的リアリティラインを低めに保とうとしたというよりは、設定について深く考えてなかったり、伏線を消化しきれなかったりして、そうなってしまってると考えられる」と書いた感じです。

ところで、ケムリクサにおいてもリアリティラインは低くなっていったと考えていますケムリクサは”優しい世界”でもないです。視聴者は同監督ということで同様のものを期待したはずですが、ギャップが大きく評価を下げたという感じはありません。もちろん悪意を見出している人もいません。

ケムリクサに置いて、内面世界シンクロする際は、ケムリクサというギミックを使っており、SFとしての筋は通っていると考えています。ここでいうリアリティラインは高めです。また生存が厳しいという意味では優しくないですが、悪意のあるキャラがいない、という点では「優しい世界」を継承しているでしょう。りんがわかばを警戒するのは自然なことですし、それ以外は全員が素直で、また世界破壊の原因も優しさに起因し、わかりやすい「悪役」はいないわけです。

思うんですけど、そもそも「悪意をもって作られた創作」というもの過去あったのでしょうか。

人間創作には色々な気持ちを込めるので、「あいつに負けたくない」「あいつの作品が、ここがダメなのを暴いてやる!」といった対抗心を作品に入れ込む場合はあると思います。そういうのは悪意と呼べなくはないでしょう。そうした悪意を高いレベル昇華して、優れた作品になることはいくらでもあります。逆に言うと「悪意を持って作られた創作」と言われるものは、悪意が前に出すぎてて、作品として楽しみづらいものなわけです。普通、そういうのは商業では、否定されます。なので、おっしゃるとおり、「商業メリット以前に、悪意を想定する」のは常軌を逸した話であると思います

ただ商業メリットの話をしていくと、けもフレ2に関して「それ商業的に悪手じゃないの?」と考えられる部分は、作劇に限らず色々あるわけなので、それを正当化する理由として悪意を置くのは、あながち否定できない。なので、そうした悪意なしでも、けもフレ2という作品が生まれることは説明できる、という記事を書いたつもりです。その上で、もちろん、みんなちょっと落ち着いたらとは私も思います

そういえばtogetterで吉崎さんの出したプロットからたつき監督が「トゲ」を抜いた、というエピソードが紹介されていました。俺は結果をみて、なるほど! と思ったのですが、ああいうことを狙ってやっていくのは唯の視聴者が思う以上に難しいのでしょう。

難しいと思います。単に優しくするだけでなく、優しくした上で、キャラを立てないといけないわけです。

例えば一期のメインキャラが、十数人として、それが全員、根が素直で優しいとするなら、「根が素直で優しいキャラを十数体、キャラを立てて描き分ける」ことになるわけで、えらいことです。もちろん、素直なやつばっかりじゃないですが、それにしても想像すると怖くなりませんか。

2019-04-06

「悪意」の解体けもフレ2のアレ~

けものフレンズ2について1への「悪意」があると良く言われる。あるいは悪意ではなくとも、「1の優しさと相互認証に対して、孤独自己肯定物語を描こうとした(筆者要約)」(http://blog.livedoor.jp/fukukan2009/archives/52306934.html)といった意見がある。

かに、そう受け取れる描写はあるのだが、その多くは、1と2の思想基盤の違いから来てるのではないかと思うのだ。

動物園サファリパーク

 けもフレ1のジャパリパークは、人間がいなくなって長らく経つ世界で、動物たちが気ままに暮らしている世界である。「ヒト」というのもフレンズ一種であり、対等の存在として描かれる。

 一方の、けもフレ2では、人間動物の違い、人間動物の上に立つモチーフが強調される。拍手とご褒美を要求するイルカしかり、イエイヌしかり。ここに居心地の悪さを感じるのは当たり前の話であり、「悪意」を見いだす人も多い。

 これはしかし、けもフレ2が、けもフレ1を否定しているというよりかは、アプリ版等の大本のコンセプトに近い。今からなら漫画版が一番手に入りやすいだろうか。そのコンセプトは、昔風の「動物園」であり「飼育員と動物」「飼い主とペット」の友情物語である。飼い主とペット上下関係はあるが、お互いそれに満足しており、飼い主は責任持って、ペットの世話を世話をし、ペットは飼い主を喜ばせ、芸をする。それはそれで、一つの関係だろう。

 なぜ、それが、けもフレ1で変わったか理由はいくつか考えられる。

 大きな理由は、舞台が「人間がいなくなってる世界」だからだろう。人間の世話に答えて動物人間を好きなのは良いとして、人間がいなくなってる世界で、それでも一方的人間を崇める動物というのは、まぁ、あまり気分のいいものではない。

 もう一つ。現代的な動物園は、見世物的な展示、ショーは避け、動物になるべく野生に近い生活をさせ、ありのままの生態を見せる方向へ進んでいる。フィクション上の動物園がどういうものであっても良いと思うが、現実動物園コラボ、協力する作品において、旧時代的な動物園肯定したくない、というのもあっただろう。

 けもフレ1は、サファリパークだったり、行動展示だったりする現代風の動物園アプリ版、けもフレ2は、旧来の見世物的な展示をする動物園と言った具合だろう(参考:http://kemono-friendsch.com/archives/77528)。

 けもフレ2は、おそらくは、アプリ版の「飼育員と動物関係に基づいて話を作ろうとしたのだと思う。が、けもフレ1の続編という形も取ったため、前述の矛盾点が噴き出してしまっている。アプリ版の路線を復活させるならさせるで、どうすれば良いかを練るべきであった(それが許されない環境は多々ある)。

人間がいないのに、人間を崇める動物」は、気持ち悪い。そこを敢えて描くなら、その悲劇性や罪悪感も描くべきだが、特にそれはない。多分これは「悪意」ではなく、「深く考えていなかった」ことだろう。

 同様に「人間と対等な知的生物」としてのフレンズを描いた続編で、「人間に芸を披露して喜ぶフレンズ」を出すのは、えぐい。これも「悪意」ではなく以下略

リアリティライン

気持ちよいお話セオリーの一つとして、内面世界と外部のシンクロというものがある。

主人公が悩んで心が暗い時は、夜だったり、雨が降ったりして、世界も暗くなる。

主人公が悩みを克服すると、夜が明けたり、空が晴れたりして、バトルで勝利したりする。

リアリティラインが低い作品場合、深い理由がなく、そのまま内面世界に反映する。

魔王が復活する時は、黒雲が渦巻いて雷が鳴ったりする。悩みを克服した主人公は、勢いで超パワーアップしたりする。

現実レベルが高い作品場合、そうはいかないので、偶然で説明できる範囲ささやかなことであったり、なんらかの理由必然性があったりする。

主人公が悩んでる時に、雨が降ってるのは、「たまたま」「偶然」の範囲であり、悩みが吹っ切れて、主人公がバトルで勝つ時は、「悩みのせいで今まで気づかなかったけど、あいつにはこんな弱点が」という閃きがあったりする。

けもフレ2では、カタカケフウチョウ、カンザシフウチョウが、内面の声を代弁しまくる。キュルルの「思い入れ」が、絵を通したり、通さなかったりして、直接、セルリアンに反映するらしい。これらの深い理由解説等はない。

ホテルでは絶滅動物のリョコウバトのぬいぐるみが売り切れてたりする。「たまたまリョコウバトだけ売り切れだった」なら「作中現実としては偶然」で済むが、「レッサーパンダとオオアルマジロとリョコウバトが少なく、ハブはいっぱいある」までやると偶然では説明できなくなる。が、これも理由特に語られない。

ここからわかるのは、けもフレ2は、リアリティラインが低めの、「ふわっとしたファンタジー童話的な世界であるということだ。

一方、けもフレ1は、作品論理整合性は、SF的に取っている部分が大きかった。ラッキービーストが人の声にだけ反応する、ジャパリカフェに、太陽電池がある等、SF的なガジェットがあり、崩壊世界日常がどう維持されてるかが目配りされている。もちろん、作中で全部の設定を説明するわけにはいかないにせよ、目につく範囲での、あからさまな矛盾は減らし、それによって、「かばちゃんの正体」と言った謎に緊張感が残った。

けもフレ2単体で見た場合リアリティライン低めの作品だと受け止められるのだが、リアリティラインが高めの1を見たあとに2を見ると、アラや問題が多く見えてくる。

ただ、けもフレ2は、全体的に伏線の回収がうまくいってないので、意図的リアリティラインを低めに保とうとしたというよりは、設定について深く考えてなかったり、伏線を消化しきれなかったりして、そうなってしまってると考えられる。ここもまた「悪意」ではなく以下略

キャラ周り

イエイヌの報われなさっぷり、ビーストホテルの下敷きになったことを誰も気にしてない等は、悪意として描くなら、もっと強調のさせ方、後への繋げ方があるはずなわけで、ストーリーとして処理しきれなかったと考えたほうがよさそうだ。

サーバルちゃん周りだが、以下の証言がある。

かばんさんに何があったかはわからない、偉い人が作るだろうと

かばんさんの経緯は知らないが、再会の喜びを描いた

内田さんも間に起きた事を知らない為、自分の落し所を探られたとのこと

http://kemono-friendsch.com/archives/78566

サーバルがなぜ、記憶をなくしたっぽいのかも、かばんさんとの間に何があったのかも、監督自体知らされてないのなら、「それっぽい」シーンでお茶を濁すくらいしかできないだろう。

もちろん設定がないだけなら、他にやりようがあったかもだが、こういう状況だと設定がないまま、あーしろこーしろと言われた可能性が強い。ご愁傷様である

結論

自分が見た範囲では「けもフレ2」に見いだされる悪意は、1,2のコンセプトの差(およびそれに対する無策)、脚本演出技術の未熟、現場のしがらみ、などで説明がつくものであった。

から良いという話では、別にない。

2019-03-29

数学ガールは俺には合わんみたい

買って読んでみたんだけど、まったく頭に入ってこない。

たぶん登場人物もつ疑問と俺の疑問がシンクロしないんだと思う。

数学ガール以外で、おすすめ数学本ってある?

2019-03-19

遊戯王ARC-V大好きな俺がARC-Vの良さを再認識させる

最近アニメ評価になるたびにクソアニメ代名詞みたいにARC-Vが出されることを看過できない

かに欠点はあるが、いいところ・評価すべきところもたくさんある。それを書く。

世界観

「新シリーズでは新召喚法が出てきて、エクストラデッキを使う召喚はそれ一択になる」っていうのが通例になりつつあった(5D'sは例外あるが)中で、それを世界観の設定に組み込んだのは長寿アニメならでは。ユートダリベ出した時は「今年は何か違う…!」って思ったよ。まあいろんな意味で違ったわけだが。

このARC-Vの構想自体は前から練られてたんだと思う。確かZEXALの決闘庵のあたりでシンクロモンスターが出ない理由について監督が「世界観に関わるのでお答えできません」とか言ってたんだよ。

これだけの長寿アニメで、商売のために召喚法を切り替えてたのを、「シリーズまたぎの伏線」に落とし込んだのは、後付けかもしれんとは言え本当にすごいと思う。

キャラクター

ゲストばっかり話題になるけど、ARC-Vキャラもみんなキャラ立ってた。

黒咲・素良・権現坂・沢渡デニス…あたりはともかく、もっとみんなに活躍させてあげて欲しかった気はする。

ゲストキャラも目立たせようとすると、明らかにキャラが飽和してるんだよ。

もっと活躍させてほしかった人:ミエル・ミッチー・月影・LDS三人組・オルガ・ハリル・勝鬨くん・シンジアレンタイラー姉妹
もったいないもっといいキャラに仕上がりそうな人はたくさんいた。

ミッチーとか明らかにネタキャラなのに結構実力者として描かれてるところが好きだった。

月影は一番好き。ニンジャマジ有能。実際強い。

LDS三人組は既存テーマ使いとして魅力的だったし、勝鬨くんは早めに闇落ちさせてストーカーキャラかにして定期的に出すとか、タイラー姉妹なんかもっとストーリーで見たかった人多いでしょ。

ゲストキャラに割きすぎて、全体的にキャラ描写薄すぎひん?

かといってゲストキャラの扱いもいいかと言えば…

ゲストキャラ

いろいろ言われてるのはわかるよ。でも新しい取り組みだったし、そこは評価しようぜ。な?

世界観の構想とゲストキャラはすごい相乗効果を狙えたと思う。

ちらっと出してさ、視聴者からは「もっと出して!」って言わせるくらいがちょうどいいんだよ。

シンクロ次元を去る時に、空を見上げる遊星の後ろ姿がちらっと映る、みたいなさ。

前にも書いたけどARC-Vのキャラだけで十分魅力あるキャラはたくさん作れたと思う。

下手に出して新しいストーリーに無理やり絡ませたらさ、そりゃキャラぶれる

最初ジャックが遊矢に「ひとりよがり」って言ったときは「よく言った!」って思ったけど、後々の展開がね…。

ジャックどうした?おかしくなったのか?いやジャックは元からおかしいな。いやそうじゃないわ。

ゲストキャラで一番評価高いのはイェーガーである

柚子ピンチの時の次回予告で明日香が出てきた時は本当にワクワクした。なお

OP

なんだかんだでお前ら遊戯王OP好きだろ?俺は好きだよ?

ビリビリ

微妙だなあとは思ってたけど、これ最終回沢渡とのデュエルで流れたらめっちゃ興奮するんだろうなあとか思ってた1クール目。

Burn

OP変わって一気に面白くなり始めるのは遊戯王の常。

ユーゴ登場シーンは軽い騒ぎだったなあ。期待に胸が膨らんだよ。

ハナテ

一番好き。

シンクロ次元回の初回のナレーションからイントロのワクワク感は忘れない。

ランサーズニンジャいて「!?!?!?」ってなったのもいい思い出。

沢渡はかなり良い活躍して、遊矢とユーゴは戦うんだろうなあって思った。

切り札

曲は神です。人気あるよね。わかる。好き。

キボウノヒカリ

曲は良いです。ナレーションインパクトあるしね。

PendulumBeat!

曲は(ry

デュエル

良いデュエルもあっただろ?それを思い出させてやる。

権現坂vs刃

ARC-Vで初めて「おっ」て思ったデュエル時代遅れのXセイバーだったとはいえアニメにあるまじきガチ展開をする刃と、新テーマで迎え撃つ権現坂。「コロコロキャラみたい」とか言われつつも「俺は本当に強いぜ」って言ってガトムズ並べてくる刃かっけえ。

最後引き分けに持ち込んでその後は不思議師弟関係に繋がったりと、文句なしデュエル

黒咲vs素良

遊戯王の「いつもの感じ」が出始めたあたり。

黒咲のRRは見てても楽しいし(なんだかんだでランクアップ楽しいよね)、素良の文句無しのクズっぷりも◎。

このデュエルはこのデュエルで決着をつけたのもよかった。

ガチのかっこよさとネタが混ざり合った黒咲こそ天然物のデュエリスト

遊矢vs沢渡

神回沢渡はこれから目立つんだろうなと期待していた。

遊矢vs素良

前半戦の素良との決戦って感じ。

素良を笑顔にさせたいと思いつつもオッドアイリベリオンを出してしまうという自分葛藤…でもないか

応酬自体はかなり熱く、途中引き分けになった。

これは引き分け有効な使い方だと思ってる。素良との和解は後々、ハッキリ決着をつけて…となればよかった。

ユーゴvsデュエルチェイサー

なんだかんだで盛り上がりはすごかったデュエル

スピードロイドの展開と、クリアウィングの効果をうまく使うユーゴのデュエルは実際面白い。

シンクロ次元の幕開けとしては最高の滑り出しだった。

月影vsシンジ

そんないいデュエルじゃねえって?まあそこは月影好きだから許してくれ。

デュエル内容自体はそこまででも無いんだけどAカード取り放題とかい無双を見せたニンジャ評価したい。

最後は「本当は勝ってた」風に負けたけど…それならニンジャ勝利は別の機会にちゃんと見せて欲しかった。

このころは「シンジは改心していって、シンクロ次元での簡易な遊星的ポジションなんじゃ?」とか思ってました。なお

ジャックvs遊矢

遊矢が「模倣じゃなく、ペンデュラム召喚がオレのデュエルなんだ」って気づいた(おせえよ)

ジャックが良い意味笑顔を見せてたり、このデュエル自体個人的には評価高い。

ここでジャックもクロウも退場させておけば(ry

遊矢vsデニス

これまた有名だから割愛

モンスター

基本的モンスターデザインは毎シリーズ全部無条件に好きなのでノーコメント

強いて言うならカテゴリスピードロイド・超重武者・Em

モンスター単体で言うならやっぱトラピーズ

デニスのトラピーズ召喚は何度見てもかっこいいの一言

ネタ要素

セルゲイのDホイール合体とか、明らかに視聴者に「お前らこれやっときゃ喜ぶんだろ?」っていうのが透けちゃうとしらけると思います

そういうのは視聴者勝手にやってるからさあ。

シナリオ作る人はバクマンの「シリアスな笑い」を読んできて欲しい。

シナリオ

最後まで独りよがりエンタメデュエル
乱入無双
二度目に会ったらなぜか築かれてる絆。スマイル宗教洗脳
素良の謎改心。
柚子シリーズ洗脳祭り。ユーゴと黒咲の終盤の扱い。
最後までロクに絡まない遊矢シリーズ
ゲストキャラランサーズ入り。
救いのない終わり。笑ってる黒咲のメンタル強すぎワロタ
クワクさせるような要素を散りばめるだけ散りばめて核心のストーリーは進まない。
明日香
エド


ドルフィーナ星からメッセージは以上です。

クワクを思い出すんだ!

2019-03-17

30歳にして突然目の前が真っ暗になった

皮肉屋だった。いつも他人悪口を言ってお酒に酔って笑っていた。

語るべき物語もない、つまらない人間だった。


けれどそこそこの学歴があり今も正社員自分自身を食わせていけているので、

自分は上位20%くらいの人間だと過信していた

本もたくさん読んでいるので賢いだろうと傲慢だった

それが間違いだったんだと思う


ある日友人と電話で話しているとき、友人が、突然こう言った

ちょっと用事できたから(電話を)切るね」

本当に用事ができたのかもしれないし、そうでないかもしれない。

からないが、とにかくそういうことだと納得してとりあえず電話を切って寝た。

なんだか急に過去の失敗や他人迷惑をかけた記憶

ぶわーっとよみがえってきて自分ものすごくつまらない人間に思えた

他人バカに思えていたけど、結局最も馬鹿なのは自分だったんだなと思った





どうでもいい話を延々してくる奴が憎くて憎くてたまらなかった

ずっと話を聞いて疲れていた

そういうことを繰り返していたら、自分自身が語ることをも嫌悪していた




思えば母親との関係が良くなかった

母親はとにかくいつも「自分は不幸だ」と嘆いていて

「夫に恵まれなかった」と

「近所の人がこんなことを言った」と

あなたは頭がおかしいか社会ではやっていけないので学歴をつけろ」と

いろんなことをこぼした

私は自分価値ゼロに感じるとともに

母親が求めているのが共感だとわかっていたので

それをやれば好かれると思い

共感モンスターになった


相手共感一生懸命やって

本当に相手喜怒哀楽を行いシンクロさせるが

心の中は嫉妬と見下しと自己嫌悪自尊心がぐちゃぐちゃになったゴミ

私の精神は壊れていった

相手同調して

100%共感同調できなければ

私の価値がないと感じるようになった

このことに客観的に気づけたのが20歳くらいの頃のこと

それから紆余曲折あったが

私は30歳になった


色々あって私は他人のことが嫌いになった

そして他人も私のことが嫌いになった

WinWinになったね、と思う(皮肉だよ)



自分を変えたい、と思う

話し方や癖は変えられても、

人格は変えられない

他人に好かれる人間って何なんだろうか?

結構初対面の人間とへらへら話すスキルはあるのに

長期的に友達とうまくやっていくのが難しい

どうしたらいいのか教えてほしい

2019-02-16

関係性を志向するファンダムのこれから 前

 本稿では、現在の「ファンオタク」が「関係性消費」を志向するようになってきているという事象を踏まえ、その内部の「男オタク」と「女オタク」のジェンダー格差や、関係性消費の今後について多角的視点から分析を試みる。なお、本稿においての「オタク」は、二次元三次元を問わずある作品概念グループなどを愛好すると自認している人々のことを指すポジティブ言葉として用いる。拡散多様化するオタク文化は2次元と3次元の壁を超え、全体像画一的に語るのはほぼ不可能なため、ジャンルジェンダーに関する詳細については各部で詳細を補完したい。

1【現代オタクデータベース消費から脱却する】

日常系が売れるのは「関係性」を読み取れるから

 「日常系」は広大なオタク市場の中でもかなりの割合を占める作品群だ。基本的には複数女性キャラ日常生活描写した4コマ漫画が多く、それを原作としたアニメ2010年代以降各クールに2~3本は放映されている。基本的ドラマティックで壮大な展開や激しい戦闘を行わない、いわば反「セカイ系カルチャーともいえるだろう。源流としては美水かがみらき☆すた」(2004)や、なもりゆるゆり」(2008)などが代表的ものとして挙げられるだろう。00年代初頭から現代まで増加傾向にある「日常系」は、現在も各メディアで売れ続けている。この背景には、やはり弛緩した日常風景の一瞬・ごく短いセリフや1コマのシーンの行間を読む関係性消費への志向への高まりが一因であると思われる。日常系の「物語性のなさ」は、逆に巨大な「行間」を生み出し、そこにオタクが各々関係性や物語想像して消費することができるからなのではないだろうか。

・「行間を読む」相関図消費の“複雑さ”への萌え

 関係性消費について、2,5次元舞台での「リアリティ担保に参加しつつ、舞台裏も消費するファン」や、「タカラジェンヌの四層構造」(東 2015:96-98)*1 で取り上げられた「各レイヤーを横断し、その要素を複雑に融合させながら関係性を消費するファン」は非常に興味深い。これに似た位相にあるコンテンツに、「バーチャルYouTuber」が存在する。「バーチャルYouTuber」とは、2D3D二次元アバター現実の肉体の動きとシンクロトラッキング)させ、そのキャラとしてゲーム実況雑談配信などを行う人々の事を指す。そもそもYouTuber」の動画には前提とされる物語世界観はなく、その動画単体でも楽しめることが前提とされており、多くのバーチャルYouTuberも同じく、上記の「日常系」にも通ずる他愛もない放送を行っている。しかしここにおいて重要なのは、「日常系」を「実在人物が演じる」ことがコンテンツとして確立し、今流行していることである難波優輝は「Vtuberの鑑賞の構成要素は、パーソン、ペルソナキャラクタという三つの身体に分けられる。そして、ペルソナキャラクタ画像がつねに重ね合わせられ、かつ、パーソン/キャラクタとペルソナの層がそのつど関係づけられながら、装われるペルソナが鑑賞者の鑑賞の対象になっている」(難波 18:121)*2 と論じ、これを「Vtuberの三層構造」と名付けている。

そしてバーチャルYouTuberは、電子の肉体によって軽々と他のバーチャルYouTuberとの関係性を構築する。コラボ放送などでみられる仲睦まじい様子を、鑑賞者は「Vtuberの三層構造」を横断し、「彼/彼女らのパーソンのレイヤーでの関係性」が見え隠れする片鱗をSNS動画において意識しながら鑑賞しているのである。また、バーチャルYouTuber側も当然「パーソンを消費される」ことに対する意識を持っているため、現実世界でパーソン同士が実際に会い、その時食べた飲食物画像投稿する、それに対して「パーソン・レイヤーにおいても継続される強い関係性」を読み取れるようになる、といった事象もあった。これはまさにタカラジェンヌの四層構造における「芸名存在」におけるパフォーマンスと相似であり、その表象が3DCGやVR機器の発達によりさらに「オタク」向けに変化(美少女美少年だけに限らず多様化)したものではないだろうか。「日常系」と「関係性消費」の拡張であり、またジェンダー次元の攪乱への大きな手掛かりとなるムーブメントだと考えられる。

まり、「実在人物が裏に存在するという事実に裏打ちされた生々しい日常系関係性」が、液晶内のキャラクタバター動画配信という形態の手軽さにより、オタク関係性消費への志向次元を超えてさらに加速していくと予想できる。

2【やおい文化百合文化から読み解くオタクジェンダー格差

関係性消費における性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)の無意味

 前章で関係性消費への志向さら高まると予想したが、本章ではオタクジェンダー格差について女性向けジャンル男性向けジャンルという分類の持つ意味合いやその内部の消費形態差異があるのだろうか。

もちろんHL(異性愛文化を扱う少女マンガ少年マンガにおいても恋愛友情ライバルなどの相関図は存在するが、メインとなるカップル男女の恋愛関係がメインに据えられることが多い。一方BLGL文化ではそれ以外の登場人物関係性をより深く読み込み二次創作に落とし込む、あるいは理想の相関図を一次創作で描き出す。今後どんどん規模を増していくであろう関係性消費においては、性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)は無意味になっていくのではないだろうか。しかしここではあえて、わざわざラベリングされている「腐女子」と「百合男子」という言葉意味合いについて掘り下げ、BLGL同性愛ファン文化それぞれの特徴から考察してみたい。

・「腐女子特有の親密さ

女性オタク人文学社会学研究に関しては、特に腐女子論」か「ジェンダー論」による先行研究が数多くある。その中でも数多く散見されるのは、「主体的女性性的欲望解放」といった視座からの言説であった。特に腐女子論」と「ジェンダー論」を組み合わせた言説では、「自らの女性身体が侵されない安全領域において、性的表象を消費するためにやおい文化は発達した」といったもの存在する。しかし、現在においてこれらの言説に私は違和感を感じる。勿論そういった側面も確かに存在する(した)と思うが、現在日本混沌としたオタクカルチャーの中で女性オタクの中から腐女子だけを切り取って上記のように論じるのは既にごく限られた一部の事例においてしか適用されない理論であるように思う。

 今あえて「腐女子」を論ずるならば、私は「腐女子同士の関係性」に目を向けたい。腐女子であることによる世間からマイナスイメージ払拭しようとしたり、イベントSNSでの趣味スラングの共有による特殊連帯が、このコミュニティでは無数に形成されている。やおいコミュニティ特殊性について東は、「やおいを好む女性たちは、一様に異性愛から疎外されているわけでも、異性愛を拒絶しているわけでも、異性愛を欲しているわけでもない。彼女たちはただ、異性愛排除したところで成り立つ、女同士のホモソーシャルな絆がもたらす快楽を求めているのである。」(東 2015:236)と述べている。さらに、腐女子は扱う創作物特性セクシャルマイノリティに対する理解が深く、またホモソーシャルな絆から発展し、腐女子同士が交際していることなどもよく小耳に挟む。シスターフッドレズビアン連続体、ホモソーシャル関係性を含んだ腐女子コミュニティは、作品上においても現実世界においても強い「関係性」を追い求めている集団なのではないだろうか。

・「百合男子」はなぜ流行らなかったのか

 では次に、GLを愛好する男性オタクについて考察してみたい。残念ながら、男性オタクの先行研究は数多くとも、その内容は美少女キャラクタへの欲望コミケでのゆるやかなホモソーシャル交流などになり、「百合男子」単体にスポットライトを当てたものは見つけられなかった。なぜなら、GLというコンテンツ受け手ジェンダーによって大きくそ意味合いが変化してしま場合があるからである。そして男性GL愛好者は、「美少女キャラクタへの性的な消費」という使い古された言説の中に含まれ見えなかった存在であり、その消費の仕方は齊藤によって「腐女子との比較でいえば、男性おたくの『萌え』にとっては、関係性のプライオリティはそれほど高くない」(齊藤 2009:154)*3 と評されていたのだ。よって、ネット上でGLを愛好するファンは「百合厨」「百合豚」などと呼称され、その性別限定されていない。これはGLというジャンル男性けが消費することに対することが上記齊藤の言説のような文脈を帯びてしまうことに対する対策と、実際にファンの男女比がほぼ半々であるため、両方の理由によるものと思われる。逆説的に考えれば、「腐女子」という呼称流行ったのはBLというジャンル女性が消費することを蔑視されることに対するアンチテーゼとして、BLファン当事者たちが自らをそう名乗ったことに起原するのではないかとも考えられる。

 また、百合コミュニティにおける異性愛忌避姿勢は、腐女子コミュニティのそれに比べてはるかに厳格なものに感じられる。先に述べた「男性による女性キャラクタの性的消費」とは違うことを宣言するために「百合男子/厨」を名乗った男性オタクたちは、腐女子のようにホモソーシャルな絆を構築することはなく、二次元三次元を問わずして異性愛的な欲望を抑圧されるようになった。この構造腐女子ジェンダー論に見られた主体的な性消費の解放とは真逆の道を辿っており、非常に面白い点だと思っている。

関係性消費によるジェンダー越境可能

 こうして述べてきたように、同性愛コンテンツファン構造は非常に複雑で特殊ルールの基に成立している。しかし、上記性的欲望を抑圧される百合男子に関しては、百合というジャンルの男女比がほぼ同じであることに大きく由来するだろう。つまり、「同性愛コンテンツを扱うにあたり、そのファン異性愛忌避しなければいけない」といった暗黙の了解のようなものオタクの中で存在しているということである。これに関しては、創作物消費者セクシャリティは隔絶して考えるべきであるという立場をとりたい。そして、特殊連帯プラスにもマイナスにもなり得るBLファン界隈と、ジェンダー問題に揺れるGLファン界隈は、第一章で述べたバーチャルYouTuber関係性消費をモデルとして再構築されつつあると考えている。バーチャルYouTuber関係性消費は、非常に複雑なジェンダー攪乱が日常的に行われている。パーソンがシス男性ペルソナシス女性キャラクタがシス女性キャラ同士の「絡み」は、GLともBLともタグ付けをすることが難しい議論になってくる。しかし、その関係性に惹かれるファンキャラクタとパーソンのジェンダーを軽々と越境し、その複雑な「関係性」を消費することができるようになるのである。これに似た現象アニメ漫画においても進んできており、創作物受け手ジェンダー必要以上にファンを語るうえで関係づけられることも少なくなっていくのではないだろうか。

【続きと参考文献リスト

https://anond.hatelabo.jp/20190216024058

2019-02-04

魂ってなんだ

エヴァンゲリオンwikipediaを眺めていて、綾波にはリリスの魂が入っていて、渚にはアダムの魂が入っているらしい

エヴァーにはパイロット母親の魂が入っているのでシンクロできるんだとか

エヴァーを開発できるすごい科学力より、肉体と魂を分離して違う肉体に移植できる方がよっぽどファンタジーだな

2019-01-03

こういうドラマがみたい

主人公は真面目が取り柄の50歳ぐらいのシングルファーザー。娘が大学受験を控える中、勤めてた会社倒産して途方に暮れていたところにたまたま高収入求人発見

なんの仕事かよく分からないまま面接に行くと着いたのは風俗街の雑居ビルVR風俗風俗募集求人だったのだ。どうせ客はずっとゴーグルヘッドホンを付けたままだからオナホで手コキしてる分にはバレないという理由で即採用

真面目でひとつのことを突き詰める性分ゆえ、VR流れる映像研究し尽くし、映像と完全にシンクロしたサービスでたちまち人気No.1になった。おっさん仕事と亡き妻、愛する娘に対する直向きな姿勢は、家族との確執を抱えていた女子大生の嬢、夫との不和を抱えていた人妻の嬢、どんな仕事にもやりがいを感じられずにいたOLの嬢にも伝わり、それぞれが抱えていた問題解決(解決にそれぞれ1話割く)、仕事にやる気を出すようになり店も大人気店に。

おっさんサービス雑誌にも紹介され、素顔が謎の風俗嬢としてますます人気者に。その人気は高校生の間でも噂になり、とうとう娘のクラスメイト男子高校生(おっさんと面識あり)が来店してしまう。

ゴーグルのせいでクラスメイトだと気づかずいつものサービス提供するおっさん。こんなサービスができる女の子はさぞかしかわいいに違いないと隙をついてゴーグルを外してしま高校生おっさんを見て高校生は着の身着のまま逃げ帰り、翌日学校で周りに言いふらし、娘は学校中の笑い者に。

帰宅後、そんな仕事をさせてまで大学なんて行きたくない父親を責める娘。しかし、高卒おっさんにとって娘が大学に行ってくれることが夢であり亡き妻との約束だったこと、そして職業に貴賤はなく今の仕事に誇りを持っていることを懸命に説く。

そこに、おっさんが出勤してこないことを心配した店長が家までやってきた。状況を把握した店長は、おっさん仕事に対するプロ意識、また、娘のことをどれだけ大切に思っているかおっさんのおかげで自分を含めた周りの人達いかに変わったかを話す。

おっさんはい社会必要とされてる立派な社会人だということに気づいた娘はやっぱり大学に進学することをおっさんに伝える。

正体がバレてしまったおっさんはもう嬢としては働けなくなったが、充実した嬢の教育マニュアル作成店長とともに店舗拡大、風俗業界でそこそこの成功をおさめ、そこに大学マネジメントを専攻した娘が加わって従業員にも優しい風俗店として時代を築いていくドラマ

2019-01-02

M-1グランプリ上沼恵美子しかったやろうなぁ

M-1グランプリ審査員お笑いを見る目を晒す緊張感がすごくて、自分のつけた点が他の審査員と点数の開きがそこまで無かった事に安心するらしいけど、男と女趣味が違うやん、上沼恵美子は男の中に女が一人で点数が違うの当たり前やん。

仮に私がアニメ審査をして下さいってキモオタ審査員達の中に放り込まれて、萌アニメは好みではないし作画は綺麗だけど幼児みたいな話し方の美少女キャラ気持ち悪いし男キャラに魅力も乏しく見てて寒い、みたいに点数低めになったとして、他のキモオタと点数がずれてるからってアニメを見る目がないと批判されたくない。

しか女性蔑視業界みたいだし、これ嫌い言うたら女は感情的から、これ好き言うたら女は顔だけで評価するから、小難しく語ったら女のくせに生意気審査対象からもニヤニヤ馬鹿にされる状況なんて最悪やん。

特にお笑いは女ファンが主に支えてるから、売れる新人発掘には女目線必要、実際ビッグデータでは上沼恵美子がつけた点が視聴者と最もシンクロしていたらしいし。

好き嫌いをはっきり出して点数もなぁなぁにせず会場も盛り上げながら女目線としての点数を堂々とつけていたのは本当に肝が座ってる。

2018-12-25

2018年秋、完走したアニメ

完走予定アニメ含む

 

グリッドマン

途中5週くらい遅れた、がんばっった、完走できると思わなかった

特撮興味ない俺でも見やすかったと思う

・となりの吸血鬼さん

尊い、常時ループしてた、買おう

がばい作画良かった

メイド💪😄💪

灯とちょいちょいシンクロしてて面白かった

みえみえる(YoutubeOP再生数って今期1位じゃね?w)

作者女性LO作家かよw

からくり

昨日8話分一気に追いついた、ワイリーゼ好き、無事死亡

・うき!

共感性羞恥をくすぐるあたり辛かった、でも買いたい、サーバル平和賞だった

がばい作画よかった

・骸骨店員

気軽に見れてよかった

本屋行ってないなー

スライム

言い方悪いだけどちょうどよかった、このくらいがいい

ゴブスレとのシンクロに草

ゴブリン

主人公寡黙だからやすい(??)

がばい作画よかった

ゾンビランドサガ

10000000回見た20000000回泣いたスレに張り付いてクソコラ作ってた

BD買った

アニミュウモで買った

 

◎止まってるアニメ

やがて君になる

百合厨なのに気負っちゃって、4話で止まってる、頑張れ

寄宿学校のジュリエット

1話でクソ面白そうだな!からストップ、マジで時間がないのです。

敗因はアマプラ。今度一気観する、あれ1クール??

・抱かれたい男1位

面白そうだったけどすまん時間が足りない

・ひもてはうす

これも時間が足りない

ベルゼブブ

5話くらいまで楽しく見てたのに仕事忙しくなって止まった

相撲

ほんと、時間

禁書

ワイ元とあるガチ勢、視聴スタートする勇気が出ない

SAO

どっかで止まってる、2期が面白かった記憶である

 

2019年アニメ、気になるもの

・賭けグルイ(メアリリリィのん

モブサイコ

・臨死!! 江古田ちゃん ←何アニメ化してんだよwww

 

あとケムリクサとけもフレは迷ってるけど1話は見る、曇りなき眼で見る

 

◎忘れちゃいけない

(|)メイドインアビスの劇場版1月に来ます

メイドインアビスのプロデューサーゾンビランドサガのプロデューサーってマジ?

 

◎所感

目を覚ませ僕らのアニメ《セカイ》がMAPPAサイゲ侵略さ・れ・て・る・ゾ!!🐘

MAPPA最近すごいね

過去作品も気になってきた

トリガーと同じ脳内フォルダに入れといた

アレだ、制作所見て1話は一応見るっていうシード権的なやつ?(上から目線

 

___

 

追記

 

ベルゼブブ完走

こういうの久々に見た気がする

原作読もう

2018-12-17

anond:20181217162150

世界危機」とは全世界あるいは宇宙規模の最終戦争や、異星人による地球侵攻などを指し、「具体的な中間項を挟むことなく」とは国家国際機関社会やそれに関わる人々がほとんど描写されることなく、主人公たちの行為危機感がそのまま「世界危機」にシンクロして描かれることを指す

色んな説明があるけど。世界系ってこんな感じじゃん?

俺のような人間が死んだところで社会にとって影響はないだろうが、

まぁ、そうだね。

俺のような人間が死んでしまうような社会存在意義なんてないと思うんだ。

なに自分価値を「社会全体」と比べて、自分存在出来ないなら、社会も滅びてしまえ!とか言ってんの?って話よ。

気にされないことに慣れろ。勝手に好きな事をして生きればいいと言っているだけ。社会全体の価値と比べれば、あなたの命に大した価値は無いけど。だからさっさとシネとは思わない。勝手に生きろと思う。

綺麗な事を口だけで言って気持ちよくなる人たちの意見聞きすぎだよ。下らない。勝手に楽しみを見つけて勝手に生きればいい。

2018-12-16

オナニー我慢できない場合皆はどうしてるんだろう

から風俗があるんだろうと言われると思うんだけど

性風俗なんて性のモノ化そのものだし性病などのリスクもあってあまり良い選択肢とは思えない。

からパートナーを作る?なんかそれも違う気がする。

自分の性欲と相手の性欲がシンクロしているとは限らないじゃないか

将来的には精巧セクサロイドですべて解決するんだろうけれどね…

2018-12-10

HALO-tacica解釈(中々諦められない夢を持つ人へ)

アニメ宇宙兄弟で流れていたtacicaHALOがとても好きなので自己解釈してみました。

HALO(ハロー)

○この歌はtacica視点からの六太、また夢を持っているがなかなか思うようにいかず苦しみ、だけど諦めきれない人に向けた応援メッセージだと思います

HALO理想化された人物事物栄光太陽や月の周りにあるもの

音がHello(こんにちは、やあ)に似ている

理想自分こんにちは

あるいは宇宙兄弟の歌なので太陽や月にもかけている

空想花束をくれる

頑丈な哀しみの下に」

○長い間夢を持っているものの、ほとんど諦めかけている、無理だと思っている、だけどまだ諦めきれない部分があるから、上手く行ったときのことを空想して束の間の幸福を味わっている

空想がくれる花束空想することで得る幸福

頑丈な哀しみ→長い間無理だと悲観している気持ち

「真っ新な世の中の丘で

未だ且つてない不思議から一体何が零れるの?」

○真っ新な世の中=生まれたばかり、まだ若い

初めて経験した不思議なことに興味や好奇心を抱く

興味や好奇心から夢は生まれ

一体何が零れるの?→どんな夢を持つの

「又、性懲りも無く目指しちゃった」

○前にも夢を追いかけていたが苦しんで諦めた

しかしまたその夢を追いかけ始めた

アナタからは只遠のく日々」

アナタは夢を追う人の理想の人、あるいは自分より先に進む競争相手、あるいは理想自分自身

自分の持つ夢に近づきその世界を知るほど、叶うまでの距離アナタとの距離が遠く感じる

勉強するほどその科目の分からない部分が増え、量が膨大に感じたり、あるいは本を好きになる程、この世の本を読み尽くせないと絶望するのと似た感覚

「先送りになる安らかな眠り」

○夢が叶う、あるいはきっぱり諦めさえすれば苦しまないで済む

焦ったり不安になったりせずに眠れる

あるいは夢を叶えるまで死ねない、今何かの拍子で死んだら後悔するという心情

「僅かな光に似た希望

君の細胞に絡まった日から一向に離れない

それだけ」

○僅かな光に似た希望自分がこの夢を諦められない理由、叶うかもしれないと思っている些細な理由

君=六太、夢を諦められない人

それが中々捨てきれない(細胞に絡まってるのだから外すのはかなり難しい)感情で、それを持ったときからこの夢のことが忘れられない、それだけのことだろう?

君が苦しんでるのに大した理由はない

ただ君が僅かな希望を捨ててないから夢を諦めきれないだけ

「体は日増しに器用になって

心は間に合わなくて泣いてる」

○肉体的にも大人になり出来ることも増えた

脳みそ現実理解して空気も読めるようになっている

無謀な夢なんて抱くものじゃないと頭は理解している

けれど心だけは夢を捨てきれなくて、夢見ることを否定する理性的自分に負い目を感じて泣いている(心は頭の方が正しいと思ってはいるけど気持ちが追いつかない)

大人になって置き忘れたのは

軽やかなスランバー

○スランバー=眠り、うたた寝、まどろみ、無活動状態

この歌でのスランバーは"君"が抱く夢だと思います

眠りの中で見るものは夢だから

子供の頃は簡単に夢を抱くことができた

しか大人になるとそうはいかない

夢は重いものになった

「相も変わらず世の中の丘で

簡単花束を捨てる」

○相も変わらず→大人になった、世の中を知ってきた頃

空想がくれる束の間の喜びに、前向きになるのではなく、虚しさを感じそんな自分馬鹿にするようになる

毎日のように願う事は老い耄れた頃に会おう

SOS まるで届かないのは

一体だれの法則(ルール)ですか?」

毎日夢の事を思っては、今はダメだけどもう少し経てば叶うかもしれない、あるいは年取った自分ならばさっぱり諦めてるかもしれないから今はこの苦しみから逃げたい

苦しい、でも先延ばしにしてしまうことはもっと辛い

どうしようもできないその気持ちは一体誰が生み出したんだろうね?

「このどうしようもなく永い夜が

巡り巡る程頭の中「やがて」「いずれ」ばかり

夢物語

○辛くどうしようもできない時間が長く感じる

夜とは光のない世界のこと、辛い現状

そしてそんな夜にするのは眠りにつき夢を見ること

今は叶えられないがやがて、いずれは叶うかもしれない

そう思うだけで苦しみから逃れている

それこそ本当にただの空想、叶う事のない夢物語

「サヨナラ以外の術を探して

まれたままの純粋な体で一生は終われない

それだけ」

○夢を諦める以外の方法を探して

生きる過程で傷つかない事なんてない、それだけだ

生きてく上で傷つかないことなんてない、それが普通なのだからその苦しみは一生で見れば大したことはないんだよ

「代わりは一人も居ない舞台

諦める事は許されないから」

自分人生を生きる事ができるのは自分だけ

かに譲ることなんて絶対出来ないんだから

大人になった心の裏側 我が儘なスランバー

大人になっても常識的な表部分の裏側では自分本位な夢を抱いている

自分だけの夢を抱いている

自分のらしさの破片の上

歩いては血を流す者」

自分らしさを求めれば傷つくだろう

自分らしさを求めるのは難しい

他者から攻撃などを受けたりして、あるいは上手くいかない事で、集団に沿った方が楽な生き方に流されそうになるがそれでも自分らしさを追求して苦しみ血を流す人

他愛もない日の為

血を流してよ歩き出す者」

○取り留めのない日々、苦しみのない日、夢が叶った日?

あるいは、他愛自分よりも他人幸せを願うこと

から他愛もない=他人を気にせず自分幸せを願う事?

血を流してよ、今まで夢を追う者の気持ち淡々と伝えていたtacica応援する

自分の願いを叶えるために、傷ついても進んでみろよ、と。

「光に似た希望は君の細胞に絡まっているか

一生放さないそれだけ」

○君の中の夢が叶う確信は大きくなっている

それが中々捨てられないから君はその夢を解放しない、諦めないんだろう、それだけだ

「体が今一人立つ舞台が雨でも」

○例え心に連動してやっと夢へ向かって行動しだして、なかなか上手くいかないことがあっても

「心は逃げ出さない事

只愛しくて走れるよさら

真夜中のスランバー

○その苦しさから諦めることはしないこと

その気持ちが愛しいと感じる君は夢に向かって走り出す

そう夢が叶う

それはもうただの夢じゃない真実現実だ!

さようなら、夜に見た夢

辛かった日々

以上です。ここまで読んでくださりありがとうございます

歌詞だけではなく、メロディーボーカルの声が素敵な歌です。宇宙兄弟の六太の心情とも綺麗にシンクロしているので、そちらも合わせて鑑賞するとより味わい深いと思います

2018-12-09

シンクロ選手いいなあ

あんなに食いまくれて羨ましいなあ

anond:20181209002118

もう試しているかもしれないけど。

ナプキンタンポンと吸収力増やすシンクロフィット併用すれば伝漏れ心配が無くなりました!病院行って、良くなることを願っています

2018-11-11

乃木オタがデレマスライブを見た感想

アイドルマスターシンデレラガールズの6thライブ初日アイマス好きの友人に誘われてLVで見た。

その時思った感想を書いてみる。

デレマス知識は琴子や絢音がたまにブログ755で書いてて名前だけ知ってる程度なので間違ってること書いてるかもしれない。

開演前がすげえ静か

まずこれでびっくりした。

乃木坂ライブしかたことなかったからこの時点でびっくり。

乃木坂ライブ円盤でもいいから見たことある人なら分かると思うけど、まあうるさい。

ピンチケ飛鳥ぁー↓!とか○○どっこー!?とか終始うるさい。握手会でもヤッホー選手権とかやってて動物園よりも騒がしい。

生駒里奈卒業コンサートLVで見たけど、LV会場でもやってる。どっこーって居るわけねえだろ馬鹿か。

デレマスライブは開演前凄い静か。ライブ始まる前のoverture的なやつにコールあったくらい?

連れの人と喋ってる人も居たけど全然許容範囲。当たり前のことなんだろうけど、新鮮だった。

突然カレーメシが始まったときは何事かと思ったけど。


サイリウムの色が細かい

乃木ライブはサヨナラは緑とか、風船は白とか、咄嗟は赤とか、そういう特定楽曲の色以外、割と自由だと思う。

基本推しメンリウムカラーに合わせて、楽曲に合わせて都度変えるけど、基本は推しメンカラーそのままだ。

少なくとも自分はそうしてるし、合わせる曲が無ければずっと同じ色のこともある。

デレマスライブ殆ど楽曲で色が変わっていた。

属性?というのがあるらしく、クールは青とかそういうのらしい。

ホントは全キャラ違う色らしいけど、初めてなら赤と青と黄色オレンジ?)でも良いと教わった。

キャラ違うって事はサイリウムどうなってるんだろうと聞いたら全部個別であるらしい。

推しメンタオルの代わりに推しリウムがあるってことで納得した。色の違いがわからないけど。

あと全く分からなかったけど楽曲の途中で歌詞に合わせて変えることもあるらしいし、違う色だと怒られるとか。

まあそれは乃木ライブでも言われるっちゃ言われるんだけど。

歌ってないマネージャー?の人まで緑で合わせてるのはびっくりした。


コールが全く違う

乃木坂ライブコールが凄い。

メンバー名前は基本で、あとは超絶かわいいとか、説明するのが難しいか適当ライブを見て欲しい。

基本ワンフレーズごとにコールが入って、例えば制服のマネキンだと「君がなにかをいいかけて(生駒!)」という感じで。

あとコールとは違うけどガルルのガチ恋口上とか、逃げ水ドビュッシー動物園とか。

コールを超えたような怒号みたいなのもあるし、賛否ある。というか否の方が多い。かりんちゃんにも言われてたし。

デレマスライブ殆ど無い印象。間奏でハイハイ!とか、フッフー!とか。

友人曰くもっとかいらしいけど、まあ初見なのでさっぱり分からず。

あとしない曲はガチでしなくて、クラップも終わった後のいえーいも無かった。終わったら拍手だけ。

希望とか、さっき書いた逃げ水ドビュッシーとか、要らないのにするのが主流になってて、正直羨ましいと思った。

ただ盛り上がってるのかと心配になるといえばなる。


歌が上手い

乃木坂ライブというかアイドル全般に言えると思うんだけど、余り歌は重視されてない。

勿論上手いメンバーも居るし、上手いメンバーだけで構成される曲もある。

ただやっぱり上手くないメンバーのほうが多いし、自分も重視してない。

反対にデレマスライブは全員歌えるし、全部フルで披露されてた。歌が重要視されてるんだと思った。

からコールも歌を邪魔しないようにしてるんだろうか。

基本みんな上手いなーと思ってたし、やっぱり声優から発声からして違うなあと感じた。

特に凄いと思った人がいて、千菅春香っていう人。One Lifeって言う歌(あとで教えてもらった)。

乃木オタの人で覚えてるかわからないけど、松村沙友理の出た舞台で共演した声優の人。

舞台見に行けてなかったから、直前のニコ生とか見て、面白そうな人だなあって印象しかなかった。

見る前に友人からこの人は凄いよって説明受けたけど、さっぱりわからなかった。

けど実際見ると、この人は本当にすごかった。生歌は当然として、迫力とか歌のテクとかがずば抜けてた。

何人かで歌っててもはっきり聞こえるし、デュエット曲で声量ありすぎてもう一人の声聞こえなかったり。

乃木坂でいう生田みたいな人。どっちが上手いか個人判断によるだろうけど、そのクラスの上手さ。

他にもすごい人いたけど、特に印象残ってるし乃木坂に関わりある人ってことで。



ダンス衣装MCは余り重要じゃない

乃木坂ライブは基本ダンスメイン(だと思ってる)。インフルシンクロ、seishiro姐さん振り付け楽曲特に好き。

あと披露されなくなっちゃったけどAgainstとか。

デレマスライブバックダンサーの人が基本的に踊ってて、歌ってる人は踊らない。手振り程度。

踊りながら生歌はろってぃーでもやってなかった気がするし、難しいんだろうなと思うけどちょっと残念。

意外だったのが衣装がずっと同じだったこと。ちょくちょくはけたりしたけど別にチェンジするわけじゃなく。

MC最初自己紹介最後挨拶くらいだった記憶

乃木坂ライブMCの言った内容でスレが立つくらい注目される気がする。

途中で朗読劇?みたいなのが始まったけどあれは乃木リアルみたいなライブごとの企画らしい。

キャラさっぱりわからいからふーんって見てた程度。隣のおじさんは騒いでたからそういうものなんだろう。


顔やスタイルはそんなに

やっぱ乃木坂アイドル何だなって思った。顔は可愛いスタイルもみんないいし。

その点では勝ってるなあと(勝負してないけど)。

デレマス別に顔を売りにしてるわけじゃないからまあそうだろうなあっていう感想

友人に誰々が可愛いだろって熱く語られてたけど、正直そんなに…っていう。

でもまあ俺の最初推し卒業するまでブス扱いされてたし、見る目が無いのかもしれない。

乃木坂だとちょっと太ればフルボッコにされるから、まあ緩いんだろうなと。


レポが全く上がってない

乃木坂ライブライブ中にレポが上がる。

セトリは勿論、MCも全部書き起こされてどこかしらに上げられる(ほぼツイッター)。

そういうもんだと思ってたし、ライブ行けなかった日はTL眺めて行った気になって楽しんでた。

でも終わってからちょっと検索したり、友人のツイ見せてもらったりしたんだけど、全く上がってない。

終わってから一斉に呟くもんだから曲名が凄いトレンド入りしてる。

そもそもライブ中にスマホ弄ることをなんとも思わなくなってた自分にびっくりした。

そういうレポも上がってないのにセトリとかMCとかみんなよく覚えてるなあと。



色々とカルチャーショックを受けたライブだったけど全体的に面白かった。

もっと演者とかキャラを知ってたら楽しいんだろうなあと思う。

また誘われたら行こうかなって感じ。

追記あん関係ない話なんだけど、11/14に発売される22枚目のシングル表題曲が「帰り道は遠回りしたくなる」

   作曲した人がsideMもふもふえんとか木村龍って人に提供してた人らしいです。

2018-10-30

anond:20181030204202

「魔導デッキ」「空牙デッキ」「アマゾネスデッキ」の三強状態だったけど、つい先日制限さらに変更されて、ヴァンパイアを利用したデッキが注目、D-HEROを利用したデッキが再評価され始めている感じ

シンクロ系は今のところ検証段階

2018-09-16

哲学的マンガ

オススメなどありますか?

なんと言うか、漠然哲学的なのではなく、特定思想とかなりシンクロ率が高いみたいなのを知りたい。

 

最近読んだ中では、

 ・「進撃の巨人」は「ニーチェ

 ・「ペット」フロイト

だなと思った。

 

そのようなものがあったら、教えて欲しい。

 

追記

沢山のコメブクマありがとう

とても参考になった。

 

漫画哲学素養が乏しく、カバー範囲が狭いのだが、回答できるコメブクマだけ回答させてもらう。

 

新劇おkなら 伸びたと雲の王国なんてどうです

ドラえもんニーチェ的に読むと言うのは、過激な試みに見える。

一方、当方能力絶対的に足りない感じもする。

 

大島弓子は、ゲスタイ・カレポンで一作描き上げた。

どうもこれはそうっぽい。読んでみる。

 

フロイト哲学でいいのか?だったら無意識を扱ったマンガは多そう(パプリカ含め)

教養晒していると思うけど、バカなので大目に見て下さい。

パプリカはどうやらそうっぽいので、これも読んでみよう。

 

よく知らないけど手塚治虫の「ブッダ」は仏教思想シンクロしてるらしいな。伝聞なので間違ってたらゴメン(意味不明ファンロードでなんか凄いの読んだ記憶あるが内容とか何一つ思い出せんので偽記憶かも

ブッダレベルシンクロしている漫画が、哲学的マンガと言って差し支えないものなのではないかと考え直した。

手塚治虫解釈が入っているかもしれないが、仏典仏教からマンガを起こしているからな。

なので、今回の質問はかなり曖昧質問だったかもしれない。

 

ブッタとシッタカブッタ

ちょっとググって見た。内容紹介には「宗教でも心理学でもない」ってあるんだけど、心理学仏教ミクスチャーとして読んでみよう。

 

オーダーとずれるけど面白いよ /有罪無害玩具http://tirasimanga.web.fc2.com/TUM/043/043.html 下校時刻の哲学的ゾンビ https://omocoro.jp/kiji/64616/

未読のweb漫画発見。ありがたや。

 

蒼天航路は、儒教から道教皇帝社稷を語ったり、庶民思想や、ヤクザ者の思想まで東洋思想デパート状態

これも要チェックで読んでみる。

 

キン肉マンにはニーチェ用語が頻繁に出てきた記憶がある。

なんかこっちの方が鬼気迫るものがあるな。

俺にそれを読み解く能力があるかが疑問だが、チェックしてみよう。

 

2018-08-23

映画語り漫画地獄

anond:20180823115109

映画語り漫画がどれくらいのレベルでひどいかどう説明すれば普通の人にわかってもらえるんだろう。

オタク語り漫画で例えてみる。

キャラ紹介で好きな映画3本とかよくあるけど、アニメで例えると

Fate/Zero まどマギ エヴァ とか

漫画で例えると

スラムダンク あひるの空 黒子のバスケ

ぐらい恥ずかしいセレクト正気を疑うラインナップが平気で出てくる。

映画の何が素晴らしいのかを語る的な話では「ああ、大切なことは全て漫画から教わったな」とか言わせるくらい終わってるセンス

で、敵っていうか嫌なキャラは「せせせ、拙者は」とかいバンダナ眼鏡デブオタクか、「アニメには高尚さのかけらもない」とか言う感じのやつで、それを論破するみたいな展開。

パロディネタは「親父にもぶたれたことないのに!」「私は三人目だから」「生存戦略しましょうか」レベルで、幅広くカバーしてて知識すごいみたいな扱いを受ける。

さらに辛いのが、例えば部員勧誘エピソードで「ただの人間には興味ありません」とかのパロディをやると、「本編にシンクロしたネタを出してきた!アニメハンパない熱量すごい!」とか言い出す読者が出てきて発狂しそうになる。

多少は誇張してるが、これで映画好きにとっての地獄さ加減が伝わるだろうか。

できの悪い嘘松を読むのに近い。フィクションとしてのレベルくそ低い。

映画好きのマウントとか言って馬鹿にされがちだけど自分趣味でこういうことをやられてみなよ。本当に本当に辛い。

読まなきゃいいと言われるかもしれないけれど一度読んだらなかなか忘れられないって。

2018-08-10

anond:20180810171627

男のぽっちゃりきのことを女のお前がわかるのか?それにお前はぽっちゃり自己評価してるみたいだが、ぽっちゃりへの価値観シンクロできているのか?

ぽっちゃり好きの男は多い。しかし、磯山さやかとかみたいな感じだろうな。多分だが。

俺が思うにぽっちゃりとは肉感・肉質のことだ。脂身の多そうな肉を好いている男はそうはいないだろう。何度も例に出すが、磯山さやか脂身が多そうに見えるか?見えないだろう。おとこはああいぽっちゃりを好いているのだ。

全裸で鏡の前に立ってよく考えてみろ。

2018-08-06

anond:20180806155204

友達となぜか生理がよく重なるという経験はないだろうか?この「生理うつる」ような現象は古くから知られており、

現在ではドミトリー効果(寄宿舎効果)またはマクリントック効果と呼ばれている。

この現象特に女子寮などの共同生活をするような環境で起きやすいという。

http://epinesis.blog.jp/archives/53668048.html

ある女性生活したり働いたりする空間に、別の女性がいると、彼女たちの月経周期がだんだん重なり合っていく──

いわゆる「生理シンクロ現象」はまったくのウソであることが、排卵予測アプリ『Clue』と英オックスフォード大学調査により確認された。

https://wired.jp/2017/10/04/period-sync/

時間が掛かったのね

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