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2020-06-01

ジャップランド

中世国家ジャップランド

 名作映画バック・トゥ・ザ・フューチャー』で描かれた「未来」は2015年。車が空を飛び、靴紐は自動的に結ばれ、機械圧縮食料を入れれば豪華なピザが一瞬でできあがる、そんなステキな輝かしい未来2015年。そこから5年経った、いわば"未来未来"をわたしたちは生きているわけであります

 ところがギッチョンキリギリス!なんと、そんな先進の先の先進人道主義が栄華を誇り政治的正しさが咲き乱れるこの世の中にあって、中世並みの人権意識を堅持し続けているある意味で素晴らしい国があるというではありませんか。

 その名はーーージャップランド

秘国のベールをひもとく

ジャプが代

 ジャプが代は 

  最悪に 超最悪に

 臭い石の裏にいるキモい虫の 成虫となりて

  お前の家を 埋め尽くすまで

        ーージャップランド 国歌

 ジャップランド臣民の朝は早い。偉大なる国家元首にして全国民指導者、また防衛軍元帥でもある皇帝陛下を讃えるため、すべての臣民は3時に起きて万歳三唱をすることを義務付けられている。

 いや、義務づけられていると言っては語弊がある。なにも法律で禁じられているとか、守らなければ罰則があるなどということはない。ただ、やらなければならない。そんな"空気"があ

2020-05-27

人生他人事にしたい

例えば増田釣りをやるじゃん

隙のある差別的論理を断定的な口調で書くとすげー叩かれて面白いんだけど、この「自分の行動がボコボコに叩かれてるのに別に悲しくない、むしろ楽しい」って状態結構憧れるんだよな

要は他人事なんだよ 自分の本当の意見じゃないと思えるから何を言われようとダメージはない この精神人生全体に適用したいんだよな

でも条件がなんなのかわからない 本当に思ってることを表に出さなきゃいいのか?っていうとそれも違う気がする アドベンチャーゲームなんかやってて素直に選択肢を選んでいった結果登場人物全員に糾弾されるようなルートに行ったとして、マジで落ち込みはしないだろう これは「所詮ゲーム」みたいな意識のおかげでまた違う話なのかもしれないけど

とにかく、やりたいように振舞って結果は適当に受け止められるようになりたいんだよなあ

社交の場に行って「今日陽キャっぽく行こう」と思い、その辺の知らない人に話しかけて友達になろうとしてみたりする それで気持ち悪がられたとしてもその気持ち悪さは「陽キャ」の自分に向かうものだと割り切ってノーダメージで済ませられる そういう感じで生きてえよ

重松清(訂正→森絵都)の「カラフル」ってそんな感じの話だった気がするな

常に演技やってる気持ちでいればいいのかな 何もかも一枚ベールを隔てたものとして見たい

追記)怒涛のやめとけ死ぬコールで笑ってしまった まあそうですよね… 壊れた人生すら他人事、っていうのは嫌な末路だ

2020-05-15

ぼくの考えたあたらしいニューノーマル

2020-04-30

anond:20200429064634

radikoタイムフリーも知らんのか?深夜ラジオはもう深夜のベールから守られてない。そういう時代なんだよ

2020-04-08

コロナ入場!!

人殺しは生きていた!!更なる改竄を積み人間不信が蘇った!!

内閣!! 安倍政権だァ――――!!!

密閉・密集・密接はすでに我々が完成している!!

現代奴隷船 満員電車だァ――――!!!

嘘つき次第稼ぎまくってやる!!

転売ビジネス代表 トイレットペーパー・ショックだぁッ!!!

素手の触れ合いなら我々の歴史ものを言う!!

素肌のプロレス ベッドインコミュニケーション セックス

真の誤診を知らしめたい!! 複製連鎖反応 PCRだァ!!!

いつもなら3連休程度だがコロナなら毎日日曜日だ!!

コロナ底辺 リストラクチャリング)だ!!!

コロナ対策完璧だ!! 全日本柔道連盟 !!!!

病原菌ベストディフェンスは私の中にある!!

品切れの紙様が来たッ マスク!!!

怠慢なら絶対に敗けん!!

暴走族聖地見せたる 神奈川県 横浜港だ!!!

バーリ・トゥード(なんでもあり)でも今年はやめろ!!

インターネットハロウィン エイプリルフールだ!!!

韓国宗教団体から炎の病が蔓延だ!! 新天地 イエス教会!!!

ルールの無いステマがしたいかスポンサー広告代理店)になったのだ!!

プロステマを見せてやる!!100日後に死ぬワニ!!!

めい土の土産に道連れとはよく言ったもの!!

老人の身勝手が今 路上バクハツする!! 巣鴨商店街 歩行者天国だ―――!!!

国家首脳級感染者こそが史上最悪の代名詞だ!!

まさかこの男がたおれるとはッッ ボリス・ジョンソン!!!

仕事があるから職場にきたッ キャリア一切不明!!!!

風邪気味のブラック法令違反ソルジャー ミツビシ・エレクトリックだ!!!

オレたちは世界保健機関ではない世界物乞機関なのだ!!

御存知WHO ダブリュー・エイチオー!!!

感染の本場は今やニューヨークにある!! オレを止められる奴はいないのか!!

アメリカ合衆国だ!!!

チッチャァァァァァァいッ説明不要!! 0.1μm!!!

コロナウイルスだ!!!

風俗は本番までできてナンボのモン!!! 超濃厚接触!!

本場歌舞伎町から感性経路の登場だ!!!

マスクはオレのもの 売り切れる前に思いきり買い思いきり漁るだけ!!

ホーリーシット情報弱者 コロナ・ショック!!

自分を試しに日本へ来いッ!!

インバウンドバブル崩壊 クール・ジャパン!!!

迷惑に更なる磨きをかけ ”テポドン北朝鮮が煽ってきたァ!!!

今の自分仕事はないッッ!! テレ・ワーカー在宅勤務!!!

中国四千年の蠱毒が今ベールを脱ぐ!! 武漢から アウトブレイクだ!!!

ファンの前でならオレはいつでも全盛期だ!!

日本喜劇王 志村 康徳 本名で登場だ!!!

医者仕事はどーしたッ 疑惑の炎 未だ消えずッ!!

治すも壊すも思いのまま!! 厚生労働省だ!!!

特に理由はないッ 若者が悪いのは当たりまえ!!

責任転嫁はないしょだ!!! 諸悪の根源!

若年者層がわるいんだ―――!!!

暗黒街で磨いた実戦コロナ!

ブラジルスラムギャング 自主隔離だ!!!

実害だったらこ話題を外せない!! 超A級懸念事項 経済崩壊だ!!!

超一流老害への超一流の忖度だ!! 生で拝んでオドロキやがれッ

森喜朗の墳墓!! オリンピック!!!

不謹慎はこの男達が完成させた!!

神奈川県切り札!! コロナファイターだ!!!

俺たちの税金が帰ってきたッ

どこへ行っていたンだッ 公共支援ッッ

俺達は君を待っていたッッッ布マスク2枚の配布だ――――――――ッ

加えて重症者発生に備え超豪華なリザーバーを4名御用意致しました!

風評被害 コロナビール!!

不要不急 桜見物!!

歩きスマホ! ポケモンGO

……ッッ  どーやらもう一名は到着が遅れている様ですが、到着次第ッ皆様にご紹介致しますッッ

2020-03-25

コロナVS性欲

私は地方在住だ。

地元、あるいは近い地方都市にはまともな巨乳風俗がなく、私のニーズを満たす女性がいない。

そんな折、都内とある魅力的な巨乳嬢を見つけた。

巨乳な上に背も高く、喫煙もしない、写真も当たりの予感がプンプンする。

その上、入って間もないという極上のおまけ付きのまさに私の理想通りの女性

上京してどうしても抱きたいが、そこで私を邪魔するのがコロナ騒動である

行くべきか行かざるべきか。

いや、行くべきでないのはわかっているが、どうしても抱きたいし、どんな子なのか実際に会ってベールをめくりたい。

会ってこの目で確認したい。

性欲とコロナリスクとの飽くなき戦いが私の中で繰り広げられている。

今までもそうだったが、一度好みの(好みと思われる)嬢をロックオンしてしまうと、実際に会って確かめないとこの気持ちは解消できない。

会ってがっかりするのでもいいし、思った通りだ!と思うのでもどっちに転ぼうが答えを確認できるだけで思いは解消できるのだ。

この1/2の不確実性にさらコロナにかかるかかからいかという不確実性が混ざって複雑さを高めている。

コロナがなければすぐ行くの一択

おのれコロナめ。俺の性欲を持て余させるな。

2020-03-15

フェミニズム界隈を巡る反論

 日本フェミニズムが抱えている問題複数あって、煎じ詰めれば「思想善悪如何はともかく、その行動が全く効果的ではない」という一事に尽きる。

 女性地位向上。大いに結構。その、地位向上のためにある種攻撃的な手段を用いること、これまた結構

 しかし、攻撃的な手段を用いている割には、その効果殆ど出ていないことに問題があるのである

 むしろ結果的にそのような手段が、フェミニズムに対する周囲から評価を下げてさえいるのが問題なのだ


 古来より女性男性による抑圧を受けてきた。この事実を頭から否定することはできない。

 例えば、近代イギリス小説家サマセット・モームは、作品『月と六ペンス』の中でこう書いている。「女性自分を殴る男性を好んでいる。むしろ自分を殴ることのできない男性のことを見下しているのだ」と。

 このような記述は、文脈的に言えば主人公チャールズストリックランドタヒチを訪れた際に語られているものである。ここからは、モームがどのような立場女性一般化しようとしていたのかが読み取られ得る。

 また、自然主義人間本質を虚飾なく描くことを目的とした主義思想作家大家である近代フランスエミール・ゾラが書いた『居酒屋』では、登場人物の男らが、まるで息をするように女性達を殴りつける描写が、散りばめられている。貧民層の現実標榜した彼の作品においてもまた、女性に対する暴力が大いにクローズアップされている。


 このように、国の内外を問わず女性に対する男性から暴力というもの散見される。流石に、このような状況は現代において相対的改善されているものの、未だどこかしらに不満を残す女性がいることに不思議はない。その女性らが、自らの権利を向上するための運動を行ったとして、何の不思議があろうかとも思う。


 問題は、それらの行動が評価を得にくいこと、あるいは、フェミニズム評価を落としていることである。それらの行動の多くが、効果がないどころか逆効果であるという点である

 具体的に、何故そのような問題が発生しているのか?

 以下に論点を纏めていく。


1:フェミニズム議論ソフィスティケートされすぎており、一般女性男性認識に馴染まない


 古代ギリシャ劇作家アリストファネスは、自身の著した喜劇『女の平和』にて、女性らのセックスストライキを描き出している。


 女性達が、「そんなに戦争が好きなら、私達を抱かなくとも大丈夫なんだね?」

 と、戦争反対のため断固セックス拒否する痛快さ。このような鮮やかさは、現代人にさえ快い衝撃をもたらすものである

 女性の最大の魅力は何か? それは性である、とアリストファネスは言う。

 このような言説は当時のギリシャ男性においてのみならず、近代フェミニストらにも見られる。

 女性が短いスカートを履くこと、自身の魅力を以て大いに社会地位を占めること――その権利回復せねばならないということ。それを目的として、20世紀フェミニストらが声を張り上げていたことは言うに及ぶまい。

 その運動社会において大きく効果を上げた。

 イランのごとき保守的国家においては、女性が人前に出る際には目元を除き身体ベールで覆う必要がある。そのような規則女性利益担保しているのか、損なっているのか、議論の難しい点には違いないが、現代においてはそのような保守的傾向の多くが拒否されている。女性らは、身体ベールで覆うことを一般的によしとしない。

 女性が獲得した権利はそこに見られる。つまり、性の発露である

 性はそれまで女性自由にはならなかった。構造主義先駆者とされるレヴィ・ストロースは、「女性男性らの所有物であり、婚姻という形で交換が行われた」という意味の主張を行っている。彼に対する当時のフェミニストらの批判推して知るべしだが、女性婚姻父権立場にある人間によって執り行われることは多く存在していた。そういう意味で、女性にとって婚姻も性も自由とは言い難かった時代存在していたのである

 自身の性を管理行使する権利が、婚姻不自由によって制限されていた時代があったことは、間違いない。この文脈に沿って言うならば、間違いなく女性権利現代において拡張されたのである

 ここまではフェミニズムにおいて一般的な議論範疇である

 とは言え、問題はこの延長線上にある。


 女性自身身体的魅力を大いに利用すること、それはアリストファネス喜劇に見られるように、女性自由を支えている。そこには、フェミニズムと密接に関係する女性権利の実現が確認できる。

 しかし、昨今、この身体的な魅力を大いに活用することは、「性的搾取」に繋がることが指摘されている。


1-2:性の解放性的搾取

 相対的な性の解放が、性的搾取に繋がること、これは表裏一体の問題と言える。


 当然、女性社会進出をする上で、女性自身の性を政治手段として用いることには、危うさが秘められている。

 そのような危うさをして、現代フェミニストらは「性的搾取」の大号令を行う。

 アイドル、性産業広告業芸術

 これらの分野における女性露出性的搾取危険を秘めている、と現代フェミニストらは声を揃える。そこには危険があり、権力の影がある、と。

 ここにおいて、深刻な二律背反が生じているのは明らかである

 女性スキームとして用いる性が、危機的な結果に繋がっている。ここでどうするべきなのか?

 残念ながら、この問題に明快な結論は出ていない。


 政治家の大多数が男性であるこの社会において、支配者と被支配者の対照は、男性女性という対照を想起させる。

 男性狡猾である――多くの女性の思う以上に――男性狡猾である男性暴力行使することができる。端的に言って、男性の筋力は女性に勝り、悪しき意志が備わりさえすれば、女性尊厳根本からなうことを可能とする。恐らく、文明以前の原始時代においては、男性はこれらの暴力を非常に効果的に用いてきた。そこには、ある種暴力弁証法とも呼ぶべき歴史があった。例えば、あるコミュニティコミュニティが衝突する――。一方が敗北すれば、その敗者側のコミュニティに属していた女性は、勝者側に所有されることとなる。多くの場合、そこにおいて女性尊厳考慮されることはない。

 昆虫動物らに見られる、コミュニティコミュニティの争いや、イスラム国による女学校の襲撃を思い出して頂ければ、上記の言説の正しさは容易に担保されると思う。

 男性狡猾であり、暴力性を有史以来、あるいは以前において大いに活用してきた。

 勿論、現代においても男性による暴力が根絶されたわけではない――とはいえ、その状況は改善されている。暴力には法が対応する。無論、適切な対応が成されない場合存在するが、少なくとも有史以前に比べれば状況は好転している。

 その進歩の影には、恐らく全ての心ある女性と心ある男性の尽力があったことだろう(思うに、倫理を生み出すのは常に狂気じみた努力である)。

 人類は持てる限りの理性を用い、公私において倫理を整備してきた。

 我々は持てる限りの能力を用いてきた。そこに、女性の尽力が関わっているのは間違いあるまい。

 女性はその能力を大いに用いてきた。


 さて、端的に言って、性的魅力は女性能力である

 それは、女性が何かを望む際に、その実現を助ける能力になり得る。例えば、意中の人と結ばれる際にその能力は大いに役立つ。

 性的魅力は疑いなく女性能力である女性自身尊厳担保し、増進させるために、その能力は用いられ得る。


 しかし、その能力女性自身らの尊厳の為に活かすことと――それと、男性(や女性)によって、その能力が利用されること――とは二律背反となっている。

 近代において、女性の魅力や能力が、適切に用いられることをフェミニストは願ってきた。しかし、ここに来てその努力は一つの壁にぶち当たることとなる。

 例えば、大きな胸を強調したポスター女性の魅力が強調されてはいるが、不適切方法で強調されているのではないか――そういう議論が起っている。

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である、と人は言う。

 この命題は決して間違っていない。「女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である」。決して、この命題は間違っていない。

 とは言え、ここが言わばロドスである


1-3:ソフィスティケートされ過ぎた議論

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取となり得る。


 勿論それはそうだ。とは言え、そこには議論錯綜するポイントがある。

 まず第一に言えるのは、女性の魅力の発露=性的搾取といった、シンプルかつ誤謬を招く等式が発生し得ることだ。

 女性が何らかの能力を――この場合には性的魅力を――社会において発揮すること。その能力を発揮することにおいて、何らかの報酬を得ようとすること。それ自体は悪ではない。

 自分能力への対価として報酬を貰うことは、多くの場合善悪とは関係ない行為である

 例えば、女性の高く伸びやかな声、時に力強い声。歌手はそれを披露する。

 例えば、ダンサーは時に挑発的に、曲線的なライン身体を躍らせる。挑発的に、攻撃的に。

 絵画において、裸婦は笑う。裸婦は草原に寝そべり、微笑んでいる。

 これらは全て、(努力などによって獲得された)肉体的魅力を発揮する行為に他ならない。当然のことながら、これらの行為をして悪であると断ずることはできない筈だ。とは言え、それらの魅力や能力の発揮が、「搾取」に繋がると人は言うのである。つまり、その行為は翻って女性地位を貶め、最終的には女性全体に対する不利益を導くものだ、と叫ぶのである


 例えば、女性歌手楽曲を作り、歌う。彼女は、男性への恋心を叫ぶ歌謡曲を作り、歌う。その曲を批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。

「媚び」はこの場合、不自然女性立場貶める行為であり、最終的な女性不利益を招く行為を指している。端的に、それは搾取対象であると、誰かが指摘する。

 例えば、写真家女性写真を撮る。彼女は、頬杖を付きながら、気だるげに微笑む。その写真批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。

 その「誰か」は、最終的に女性不利益を招くと指摘する。

 例えば、

 例えば、例えば、例えば――


 女性が魅力を発露すること、それが搾取対象になり得るということ――それは必ずしも同じではない。しかし、そこには矛盾がある。女性尊厳担保し、増進するために、魅力が用いられること。そのような魅力が搾取対象とされてしまうこと。

 女性能力を発揮すれば、それは女性全体の利益を貶め得ると誰かが叫ぶ。

 能力を発揮すれば、誰かがそれを利用し搾取すると、その誰かは叫ぶ。最終的には、女性全体の立場は貶められ不利益帰着すると、その誰かは指摘する。

 これが、フェミニズムソフィスティケートされた結果なのである。それは、端的に矛盾である

 カメラに向かって微笑みかける誰かの存在を、「性的搾取であるとし、それがゆくゆくは女性全体の利益を損なうと指摘する――。

 このような言説には致命的な混乱が含まれていると言って差し支えないだろう。近代フェミニズムによって獲得された、女性自身能力や魅力を自身権限によって行使する自由は、ここにおいて壁にぶち当たっている。


 能力を発揮することは搾取に繋がる。能力を発揮してはいけない。

 このような論理は、一般的な男女を納得させるに足る論理であろうか?

 勿論それは不可能であるフェミニズム矛盾にぶち当たっている。

 そして、その矛盾を解消し得る論理が未だに発見されていない現在――少なくとも、フェミニズム論理一般的な男女を――あるいは当事者であるフェミニスト自身らさえ――説得できる状況にない現在思想としてのフェミニズムは大きな困難に直面していると言わざるを得ない。


2:結論

 結局、フェミニズムが直面している矛盾を、フェミニスト自身らが解決できていない状況において、その混乱を抑えられていないのが現状と言えよう。

 その混乱のさなかでは、到底周囲の人々を納得させ得る行動など、示せるわけがないのである

 昨今のフェミニズム運動空虚さ、反感のみを招く徒労さはそこに根を置いている。これまでに獲得してきたものと、これから獲得しようとするものとの間に生じる矛盾――その矛盾解決することなくして、現代フェミニズムは正しい舵取りを行うことなどできない。

 結論としては以上となる。

2020-03-02

anond:20200302222725

客層の悪い店自体にでかけないのがいいんじゃない

今日「コビットのせいで花粉症はやりづれーな、でも薬ないとこまるな」とおもってアレルギー科にいったら

よく歩いてこれたなっていうくらいのものすごくひどい咳込みの患者ばっかりで

花粉くしゃみ歴然と違ってやっぱこうだよなぁって機嫌よくなってかえってきた

くしゃみと咳の違いもわからないド素人マスクでもしてろってこった

俺は花粉イオンベールするぜ

ウィルスブロックしてくれるんだけど素人マスクしか知らないだろうな

2020-02-11

フェミニズム界隈を巡っての反論

 日本フェミニズムが抱えている問題複数あって、煎じ詰めれば「思想善悪如何はともかく、その行動が全く効果的ではない」という一事に尽きる。

 女性地位向上。大いに結構。その、地位向上のためにある種攻撃的な手段を用いること、これまた結構

 しかし、攻撃的な手段を用いている割には、その効果殆ど出ていないことに問題があるのである

 むしろ結果的にそのような手段が、フェミニズムに対する周囲から評価を下げてさえいるのが問題なのだ


 古来より女性男性による抑圧を受けてきた。この事実を頭から否定することはできない。

 例えば、近代イギリス小説家サマセット・モームは、作品『月と六ペンス』の中でこう書いている。「女性自分を殴る男性を好んでいる。むしろ自分を殴ることのできない男性のことを見下しているのだ」と。

 このような記述は、文脈的に言えば主人公チャールズストリックランドタヒチを訪れた際に語られているものである。ここからは、モームがどのような立場女性一般化しようとしていたのかが読み取られ得る。

 また、自然主義人間本質を虚飾なく描くことを目的とした主義思想作家大家である近代フランスエミール・ゾラが書いた『居酒屋』では、登場人物の男らが、まるで息をするように女性達を殴りつける描写が、散りばめられている。貧民層の現実標榜した彼の作品においてもまた、女性に対する暴力が大いにクローズアップされている。


 このように、国の内外を問わず女性に対する男性から暴力というもの散見される。流石に、このような状況は現代において相対的改善されているものの、未だどこかしらに不満を残す女性がいることに不思議はない。その女性らが、自らの権利を向上するための運動を行ったとして、何の不思議があろうかとも思う。


 問題は、それらの行動が評価を得にくいこと、あるいは、フェミニズム評価を落としていることである。それらの行動の多くが、効果がないどころか逆効果であるという点である

 具体的に、何故そのような問題が発生しているのか?

 以下に論点を纏めていく。


1:フェミニズム議論ソフィスティケートされすぎており、一般女性男性認識に馴染まない


 古代ギリシャ劇作家アリストファネスは、自身の著した喜劇『女の平和』にて、女性らのセックスストライキを描き出している。


 女性達が、「そんなに戦争が好きなら、私達を抱かなくとも大丈夫なんだね?」

 と、戦争反対のため断固セックス拒否する痛快さ。このような鮮やかさは、現代人にさえ快い衝撃をもたらすものである

 女性の最大の魅力は何か? それは性である、とアリストファネスは言う。

 このような言説は当時のギリシャ男性においてのみならず、近代フェミニストらにも見られる。

 女性が短いスカートを履くこと、自身の魅力を以て大いに社会地位を占めること――その権利回復せねばならないということ。それを目的として、20世紀フェミニストらが声を張り上げていたことは言うに及ぶまい。

 その運動社会において大きく効果を上げた。

 イランのごとき保守的国家においては、女性が人前に出る際には目元を除き身体ベールで覆う必要がある。そのような規則女性利益担保しているのか、損なっているのか、議論の難しい点には違いないが、現代においてはそのような保守的傾向の多くが拒否されている。女性らは、身体ベールで覆うことを一般的によしとしない。

 女性が獲得した権利はそこに見られる。つまり、性の発露である

 性はそれまで女性自由にはならなかった。構造主義先駆者とされるレヴィ・ストロースは、「女性男性らの所有物であり、婚姻という形で交換が行われた」という意味の主張を行っている。彼に対する当時のフェミニストらの批判推して知るべしだが、女性婚姻父権立場にある人間によって執り行われることは多く存在していた。そういう意味で、女性にとって婚姻も性も自由とは言い難かった時代存在していたのである

 自身の性を管理行使する権利が、婚姻不自由によって制限されていた時代があったことは、間違いない。この文脈に沿って言うならば、間違いなく女性権利現代において拡張されたのである

 ここまではフェミニズムにおいて一般的な議論範疇である

 とは言え、問題はこの延長線上にある。


 女性自身身体的魅力を大いに利用すること、それはアリストファネス喜劇に見られるように、女性自由を支えている。そこには、フェミニズムと密接に関係する女性権利の実現が確認できる。

 しかし、昨今、この身体的な魅力を大いに活用することは、「性的搾取」に繋がることが指摘されている。


1-2:性の解放性的搾取

 相対的な性の解放が、性的搾取に繋がること、これは表裏一体の問題と言える。


 当然、女性社会進出をする上で、女性自身の性を政治手段として用いることには、危うさが秘められている。

 そのような危うさをして、現代フェミニストらは「性的搾取」の大号令を行う。

 アイドル、性産業広告業芸術

 これらの分野における女性露出性的搾取危険を秘めている、と現代フェミニストらは声を揃える。そこには危険があり、権力の影がある、と。

 ここにおいて、深刻な二律背反が生じているのは明らかである

 女性スキームとして用いる性が、危機的な結果に繋がっている。ここでどうするべきなのか?

 残念ながら、この問題に明快な結論は出ていない。


 政治家の大多数が男性であるこの社会において、支配者と被支配者の対照は、男性女性という対照を想起させる。

 男性狡猾である――多くの女性の思う以上に――男性狡猾である男性暴力行使することができる。端的に言って、男性の筋力は女性に勝り、悪しき意志が備わりさえすれば、女性尊厳根本からなうことを可能とする。恐らく、文明以前の原始時代においては、男性はこれらの暴力を非常に効果的に用いてきた。そこには、ある種暴力弁証法とも呼ぶべき歴史があった。例えば、あるコミュニティコミュニティが衝突する――。一方が敗北すれば、その敗者側のコミュニティに属していた女性は、勝者側に所有されることとなる。多くの場合、そこにおいて女性尊厳考慮されることはない。

 昆虫動物らに見られる、コミュニティコミュニティの争いや、イスラム国による女学校の襲撃を思い出して頂ければ、上記の言説の正しさは容易に担保されると思う。

 男性狡猾であり、暴力性を有史以来、あるいは以前において大いに活用してきた。

 勿論、現代においても男性による暴力が根絶されたわけではない――とはいえ、その状況は改善されている。暴力には法が対応する。無論、適切な対応が成されない場合存在するが、少なくとも有史以前に比べれば状況は好転している。

 その進歩の影には、恐らく全ての心ある女性と心ある男性の尽力があったことだろう(思うに、倫理を生み出すのは常に狂気じみた努力である)。

 人類は持てる限りの理性を用い、公私において倫理を整備してきた。

 我々は持てる限りの能力を用いてきた。そこに、女性の尽力が関わっているのは間違いあるまい。

 女性はその能力を大いに用いてきた。


 さて、端的に言って、性的魅力は女性能力である

 それは、女性が何かを望む際に、その実現を助ける能力になり得る。例えば、意中の人と結ばれる際にその能力は大いに役立つ。

 性的魅力は疑いなく女性能力である女性自身尊厳担保し、増進させるために、その能力は用いられ得る。


 しかし、その能力女性自身らの尊厳の為に活かすことと――それと、男性(や女性)によって、その能力が利用されること――とは二律背反となっている。

 近代において、女性の魅力や能力が、適切に用いられることをフェミニストは願ってきた。しかし、ここに来てその努力は一つの壁にぶち当たることとなる。

 例えば、大きな胸を強調したポスター女性の魅力が強調されてはいるが、不適切方法で強調されているのではないか――そういう議論が起っている。

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である、と人は言う。

 この命題は決して間違っていない。「女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である」。決して、この命題は間違っていない。

 とは言え、ここが言わばロドスである


1-3:ソフィスティケートされ過ぎた議論

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取となり得る。


 勿論それはそうだ。とは言え、そこには議論錯綜するポイントがある。

 まず第一に言えるのは、女性の魅力の発露=性的搾取といった、シンプルかつ誤謬を招く等式が発生し得ることだ。

 女性が何らかの能力を――この場合には性的魅力を――社会において発揮すること。その能力を発揮することにおいて、何らかの報酬を得ようとすること。それ自体は悪ではない。

 自分能力への対価として報酬を貰うことは、多くの場合善悪とは関係ない行為である

 例えば、女性の高く伸びやかな声、時に力強い声。歌手はそれを披露する。

 例えば、ダンサーは時に挑発的に、曲線的なライン身体を躍らせる。挑発的に、攻撃的に。

 絵画において、裸婦は笑う。裸婦は草原に寝そべり、微笑んでいる。

 これらは全て、(努力などによって獲得された)肉体的魅力を発揮する行為に他ならない。当然のことながら、これらの行為をして悪であると断ずることはできない筈だ。とは言え、それらの魅力や能力の発揮が、「搾取」に繋がると人は言うのである。つまり、その行為は翻って女性地位を貶め、最終的には女性全体に対する不利益を導くものだ、と叫ぶのである


 例えば、女性歌手楽曲を作り、歌う。彼女は、男性への恋心を叫ぶ歌謡曲を作り、歌う。その曲を批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。

「媚び」はこの場合、不自然女性立場貶める行為であり、最終的な女性不利益を招く行為を指している。端的に、それは搾取対象であると、誰かが指摘する。

 例えば、写真家女性写真を撮る。彼女は、頬杖を付きながら、気だるげに微笑む。その写真批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。

 その「誰か」は、最終的に女性不利益を招くと指摘する。

 例えば、

 例えば、例えば、例えば――


 女性が魅力を発露すること、それが搾取対象になり得るということ――それは必ずしも同じではない。しかし、そこには矛盾がある。女性尊厳担保し、増進するために、魅力が用いられること。そのような魅力が搾取対象とされてしまうこと。

 女性能力を発揮すれば、それは女性全体の利益を貶め得ると誰かが叫ぶ。

 能力を発揮すれば、誰かがそれを利用し搾取すると、その誰かは叫ぶ。最終的には、女性全体の立場は貶められ不利益帰着すると、その誰かは指摘する。

 これが、フェミニズムソフィスティケートされた結果なのである。それは、端的に矛盾である

 カメラに向かって微笑みかける誰かの存在を、「性的搾取であるとし、それがゆくゆくは女性全体の利益を損なうと指摘する――。

 このような言説には致命的な混乱が含まれていると言って差し支えないだろう。近代フェミニズムによって獲得された、女性自身能力や魅力を自身権限によって行使する自由は、ここにおいて壁にぶち当たっている。


 能力を発揮することは搾取に繋がる。能力を発揮してはいけない。

 このような論理は、一般的な男女を納得させるに足る論理であろうか?

 勿論それは不可能であるフェミニズム矛盾にぶち当たっている。

 そして、その矛盾を解消し得る論理が未だに発見されていない現在――少なくとも、フェミニズム論理一般的な男女を――あるいは当事者であるフェミニスト自身らさえ――説得できる状況にない現在思想としてのフェミニズムは大きな困難に直面していると言わざるを得ない。


2:結論

 結局、フェミニズムが直面している矛盾を、フェミニスト自身らが解決できていない状況において、その混乱を抑えられていないのが現状と言えよう。

 その混乱のさなかでは、到底周囲の人々を納得させ得る行動など、示せるわけがないのである

 昨今のフェミニズム運動空虚さ、反感のみを招く徒労さはそこに根を置いている。これまでに獲得してきたものと、これから獲得しようとするものとの間に生じる矛盾――その矛盾解決することなくして、現代フェミニズムは正しい舵取りを行うことなどできない。

 結論としては以上となる。

2020-02-10

フェミニズム界隈を巡っての反論

 日本フェミニズムが抱えている問題複数あって、煎じ詰めれば「思想善悪如何はともかく、その行動が全く効果的ではない」という一事に尽きる。

 女性地位向上。大いに結構。その、地位向上のためにある種攻撃的な手段を用いること、これまた結構

 しかし、攻撃的な手段を用いている割には、その効果殆ど出ていないことに問題があるのである

 むしろ結果的にそのような手段が、フェミニズムに対する周囲から評価を下げてさえいるのが問題なのだ


 古来より女性男性による抑圧を受けてきた。この事実を頭から否定することはできない。

 例えば、近代イギリス小説家サマセット・モームは、作品『月と六ペンス』の中でこう書いている。「女性自分を殴る男性を好んでいる。むしろ自分を殴ることのできない男性のことを見下しているのだ」と。

 このような記述は、文脈的に言えば主人公チャールズストリックランドタヒチを訪れた際に語られているものである。ここからは、モームがどのような立場女性一般化しようとしていたのかが読み取られ得る。

 また、自然主義人間本質を虚飾なく描くことを目的とした主義思想作家大家である近代フランスエミール・ゾラが書いた『居酒屋』では、登場人物の男らが、まるで息をするように女性達を殴りつける描写が、散りばめられている。貧民層の現実標榜した彼の作品においてもまた、女性に対する暴力が大いにクローズアップされている。


 このように、国の内外を問わず女性に対する男性から暴力というもの散見される。流石に、このような状況は現代において相対的改善されているものの、未だどこかしらに不満を残す女性がいることに不思議はない。その女性らが、自らの権利を向上するための運動を行ったとして、何の不思議があろうかとも思う。


 問題は、それらの行動が評価を得にくいこと、あるいは、フェミニズム評価を落としていることである。それらの行動の多くが、効果がないどころか逆効果であるという点である

 具体的に、何故そのような問題が発生しているのか?

 以下に論点を纏めていく。


1:フェミニズム議論ソフィスティケートされすぎており、一般女性男性認識に馴染まない


 古代ギリシャ劇作家アリストファネスは、自身の著した喜劇『女の平和』にて、女性らのセックスストライキを描き出している。


 女性達が、「そんなに戦争が好きなら、私達を抱かなくとも大丈夫なんだね?」

 と、戦争反対のため断固セックス拒否する痛快さ。このような鮮やかさは、現代人にさえ快い衝撃をもたらすものである

 女性の最大の魅力は何か? それは性である、とアリストファネスは言う。

 このような言説は当時のギリシャ男性においてのみならず、近代フェミニストらにも見られる。

 女性が短いスカートを履くこと、自身の魅力を以て大いに社会地位を占めること――その権利回復せねばならないということ。それを目的として、20世紀フェミニストらが声を張り上げていたことは言うに及ぶまい。

 その運動社会において大きく効果を上げた。

 イランのごとき保守的国家においては、女性が人前に出る際には目元を除き身体ベールで覆う必要がある。そのような規則女性利益担保しているのか、損なっているのか、議論の難しい点には違いないが、現代においてはそのような保守的傾向の多くが拒否されている。女性らは、身体ベールで覆うことを一般的によしとしない。

 女性が獲得した権利はそこに見られる。つまり、性の発露である

 性はそれまで女性自由にはならなかった。構造主義先駆者とされるレヴィ・ストロースは、「女性男性らの所有物であり、婚姻という形で交換が行われた」という意味の主張を行っている。彼に対する当時のフェミニストらの批判推して知るべしだが、女性婚姻父権立場にある人間によって執り行われることは多く存在していた。そういう意味で、女性にとって婚姻も性も自由とは言い難かった時代存在していたのである

 自身の性を管理行使する権利が、婚姻不自由によって制限されていた時代があったことは、間違いない。この文脈に沿って言うならば、間違いなく女性権利現代において拡張されたのである

 ここまではフェミニズムにおいて一般的な議論範疇である

 とは言え、問題はこの延長線上にある。


 女性自身身体的魅力を大いに利用すること、それはアリストファネス喜劇に見られるように、女性自由を支えている。そこには、フェミニズムと密接に関係する女性権利の実現が確認できる。

 しかし、昨今、この身体的な魅力を大いに活用することは、「性的搾取」に繋がることが指摘されている。


1-2:性の解放性的搾取

 相対的な性の解放が、性的搾取に繋がること、これは表裏一体の問題と言える。


 当然、女性社会進出をする上で、女性自身の性を政治手段として用いることには、危うさが秘められている。

 そのような危うさをして、現代フェミニストらは「性的搾取」の大号令を行う。

 アイドル、性産業広告業芸術

 これらの分野における女性露出性的搾取危険を秘めている、と現代フェミニストらは声を揃える。そこには危険があり、権力の影がある、と。

 ここにおいて、深刻な二律背反が生じているのは明らかである

 女性スキームとして用いる性が、危機的な結果に繋がっている。ここでどうするべきなのか?

 残念ながら、この問題に明快な結論は出ていない。


 政治家の大多数が男性であるこの社会において、支配者と被支配者の対照は、男性女性という対照類推させる。

 男性狡猾である――多くの女性の思う以上に――男性狡猾である男性暴力行使することができる。端的に言って、男性の筋力は女性に勝り、悪しき意志が備わりさえすれば、女性尊厳根本からなうことを可能とする。恐らく、文明以前の原始時代においては、男性はこれらの暴力を非常に効果的に用いてきた。そこには、ある種暴力弁証法とも呼ぶべき歴史があった。例えば、あるコミュニティコミュニティが衝突する――。一方が敗北すれば、その敗者側のコミュニティに属していた女性は、勝者側に所有されることとなる。多くの場合、そこにおいて女性尊厳考慮されることはない。

 昆虫動物らに見られる、コミュニティコミュニティの争いや、イスラム国による女学校の襲撃を思い出して頂ければ、上記の言説の正しさは容易に担保されると思う。

 男性狡猾であり、暴力性を有史以来、あるいは以前において大いに活用してきた。

 勿論、現代においても男性による暴力が根絶されたわけではない――とはいえ、その状況は改善されている。暴力には法が対応する。無論、適切な対応が成されない場合存在するが、少なくとも有史以前に比べれば状況は好転している。

 その進歩の影には、恐らく全ての心ある女性と心ある男性の尽力があったことだろう(思うに、倫理を生み出すのは常に狂気じみた努力である)。

 人類は持てる限りの理性を用い、公私において倫理を整備してきた。

 我々は持てる限りの能力を用いてきた。そこに、女性の尽力が関わっているのは間違いあるまい。

 女性はその能力を大いに用いてきた。


 さて、端的に言って、性的魅力は女性能力である

 それは、女性が何かを望む際に、その実現を助ける能力になり得る。例えば、意中の人と結ばれる際にその能力は大いに役立つ。

 性的魅力は疑いなく女性能力である女性自身尊厳担保し、増進させるために、その能力は用いられ得る。


 しかし、その能力女性自身らの尊厳の為に活かすことと――それと、男性(や女性)によって、その能力が利用されること――とは二律背反となっている。

 近代において、女性の魅力や能力が、適切に用いられることをフェミニストは願ってきた。しかし、ここに来てその努力は一つの壁にぶち当たることとなる。

 例えば、大きな胸を強調したポスター女性の魅力が強調されてはいるが、不適切方法で強調されているのではないか――そういう議論が起っている。

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である、と人は言う。

 この命題は決して間違っていない。「女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である」。決して、この命題は間違っていない。

 とは言え、ここが言わばロドスである


1-3:ソフィスティケートされ過ぎた議論

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取となり得る。


 勿論それはそうだ。とは言え、そこには議論錯綜するポイントがある。

 まず第一に言えるのは、女性の魅力の発露=性的搾取といった、シンプルかつ誤謬を招く等式が発生し得ることだ。

 女性が何らかの能力を――この場合には性的魅力を――社会において発揮すること。その能力を発揮することにおいて、何らかの報酬を得ようとすること。それ自体は悪ではない。

 自分能力への対価として報酬を貰うことは、多くの場合善悪とは関係ない行為である

 例えば、女性の高く伸びやかな声、時に力強い声。歌手はそれを披露する。

 例えば、ダンサーは時に挑発的に、曲線的なライン身体を躍らせる。挑発的に、攻撃的に。

 絵画において、裸婦は笑う。裸婦は草原に寝そべり、微笑んでいる。

 これらは全て、(努力などによって獲得された)肉体的魅力を発揮する行為に他ならない。とは言え、それらの魅力や能力の発揮が、「搾取」に繋がると人は言うのである。つまり、その行為は翻って女性地位を貶め、最終的には女性全体に対する不利益を導くものだ、と叫ぶのである


 例えば、女性歌手楽曲を作り、歌う。彼女は、男性への恋心を叫ぶ歌謡曲を作り、歌う。その曲を批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。

「媚び」はこの場合、不自然女性立場貶める行為であり、最終的な女性不利益を招く行為を指している。端的に、それは搾取対象であると、誰かが指摘する。

 例えば、写真家女性写真を撮る。彼女は、頬杖を付きながら、気だるげに微笑む。その写真批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。その「誰か」は、最終的に女性不利益を招くと指摘する。

 例えば、

 例えば、例えば、例えば――


 女性が魅力を発露すること、それが搾取対象になり得るということ――それは必ずしも同じではない。しかし、そこには矛盾がある。女性尊厳担保し、増進するために、魅力が用いられること。そのような魅力が搾取対象とされてしまうこと――。

 女性能力を発揮すれば、それは女性全体の利益を貶め得ると誰かが叫ぶ。

 能力を発揮すれば、誰かがそれを利用し搾取すると、その誰かは叫ぶ。最終的には、女性全体の立場は貶められ不利益帰着すると、その誰かは指摘する。

 これが、フェミニズムソフィスティケートされた結果なのである。それは、端的に矛盾である

 カメラに向かって微笑みかける誰かの存在を、「性的搾取であるとし、それがゆくゆくは女性全体の利益を損なうと指摘する――。

 このような言説には致命的な混乱が含まれていると言って差し支えないだろう。近代フェミニズムによって獲得された、女性自身能力や魅力を自身権限によって行使する自由は、ここにおいて壁にぶち当たっている。


 能力を発揮することは搾取に繋がる。能力を発揮してはいけない。

 このような論理は、一般的な男女を納得させるに足る論理であろうか?

 勿論それは不可能であるフェミニズム矛盾にぶち当たっている。

 そして、その矛盾を解消し得る論理が未だに発見されていない現在――少なくとも、フェミニズム論理一般的な男女を――あるいは当事者であるフェミニスト自身らさえ――説得できる状況にない現在思想としてのフェミニズムは大きな困難に直面していると言わざるを得ない。


2:結論

 結局、フェミニズムが直面している矛盾を、フェミニスト自身らが解決できていない状況において、その混乱を抑えられていないのが現状と言えよう。

 その混乱のさなかでは、到底周囲の人々を納得させ得る行動など、示せるわけがないのである

 昨今のフェミニズム運動空虚さ、反感のみを招く徒労さはそこに根を置いている。これまでに獲得してきたものと、これから獲得しようとするものとの間に生じる矛盾――その矛盾解決することなくして、現代フェミニズムは正しい舵取りを行うことなどできない。結論としては以上となる。

2019-12-25

anond:20191224124202

とあるファーストフード店にて。

「カパーソンベールチーズバーガーください」

「カパーソンベールチーズバーガーお一つですね?こちらでお召し上がりですか?」

「お持ち帰りで」

「xxx円になります

「一パーソン円で」

「一パーソン円入りまーす!」

2019-12-04

規制問題与野党と言う枠で見ると痛い目を見るんだけどね

そろそろ野党の支持者の人達山田太郎議員に対して、攻撃をすればするほど、規制に反対していた人達オタクが余計に冷たい目を突き付け、野党から距離を取る事にいい加減気づいた方が良い。

この様な表現規制に対して、反対してくれる議員攻撃する事は余計に彼等の硬直を招く事になり、この様な行為をした野党へのイメージ悪化し、その投票をする人間の減少を招く事に繋がる。

更に言えば、野党が反対していたのは自民党規制を推進していただけで反対していたのであり、状況が変わった途端、掌を返した連中と言うイメージを余計に強める事にもなる。

どうも政党看板で態度を変える人も多いようだけど、それこそ君達が馬鹿にしている表現の自由戦士とやらは表現規制に反対か賛成であるかと言う部分以外では一切判断をしていない人も多い事は判っておくべきだと思う。

それとこの表現規制問題に限って言えば、当時から与野党わず規制推進派はいたからね。

そもそも右も左も宗教団体も当時から表現規制に熱心な人間がおり、時には協力して規制を推進していたと言っても良い。

今なんて更に政党では判断できない状況になってしまっている。

立憲民主党だって青地イザンベール真美氏の不用意な発言に対して、枝野議員が奔走する事態が起こっているし、当時反対していた共産党が今では規制推進の最先鋒と言う笑えない状況になっている。

当時に関しては自民はほぼ規制推進と言う非常に頭の痛い状況だったのだけど、それでも早川議員みたいな人もいたのだよ。

逆に民主党に関しては小宮山議員の様な規制推進に熱心な人物もいた。

そもそも当時は規制を推進していた連中はそれこそ政府与党と絡んで好き勝手法規制で暴れまわっていたのは事実からね。

それが流れが変わって彼等は野党側に移った後は民間に対してクレーマー行為を行っているわけだ。

ただ個人的にはもし彼等が今でも政府与党側であったならば、今でも好き勝手法規制を利用して大暴れしているものだとみていて思う所だよ。

その名残か地方条例でも時折この手のトンでも表現規制が今でも出てくるしね。

それと保坂議員枝野議員表現規制の反対において、尽力したのは事実だけど、山田太郎議員に関しても本当の意味表現規制に対して、尽力して下さったのは事実だよ。

特に他の議員が触れない国連問題なんかは彼が尽力したから、解決した所も大きいのは事実

また私は落選後でも彼ほど尽力をした政治家は知らないからね。

そして参院選当選に関してはその地道な成果が実った結果に過ぎないのよ。

そもそも野党に関しても立憲民主党なら川田龍平議員投票すべきと彼等は普通に言っていたからね。

BL規制に当時から反対していて、今でも彼は当選後にすぐにダウンロード違法化危惧して、著作権に関する質問主意書を出す等の行動を行っているわけだ。

から山田太郎議員ばかりを当時の参院選挙であげていたわけではない。

何にしても表現の自由を言う漫画家達が裁判有効性やそれに関した法改正を指摘されていたにも関わらず、今度は文化庁要請して、海賊版対策と称して、ダウンロード違法化リーチサイト規制と言った、一般人言論の自由知る権利を阻害する法案を強行している事は最高に皮肉だとも思うけどね。

2019-10-18

思考停止しないで読んでほしいさんの目指す最終的な理想はどこなの?

https://anond.hatelabo.jp/20191016150214

今回の元増田の主張

理由

身体ラインそのままの衣装や、

理由

アヘ顔とも取れる表情やポーズが残ります

結論

まりイラスト全体が女性性的に見ており

うーん?

ここ最近のコレ系の主張の蛇行っぷり

従来

露出が多い!性的搾取してる!

2日前

胸が大きい!性的搾取してる!

昨日

セリフがどうかと思う!

今日

身体ラインが出てる!アヘ顔!つまり性的に見てる!!

いくら相手してもその場その場で言うことを変える人たちと議論は成立できないと思う。

そういう不誠実な姿を自分の子供に見せることは悪影響じゃないのかな。

問題点

アヘ顔」の定義が明らかにおかしい。

この言葉を都合よく使ってしまった元増田はどういうものアヘ顔となるのか、大多数が合意に至れる明確な定義を出さなければならない。

それをしないと今後、「アヘ顔」というのが無敵のマジックワードとしてフェミニスト自由に振り回して良い棍棒として一人歩きしはじめる。

問題点

元増田の主張に乗っかっちゃった人がある程度ブコメにいたけど

じゃあ元増田賛同しちゃったこの人たちの立ち位置

身体ラインそのままの衣装」が表現されていて公共の場で許容されていたらアウトってことで良いの?

2019年10月18日はてなフェミニスト提示する新ボーダーライン

身体ラインそのままの衣装表現は、公共の場から消え去れ

アヘ顔とも取れる表情やポーズ表現は、公共の場から消え去れ

論点はもう露出の度合いや胸の大きさでは無くなったわけだ。

イラストポスター広告も街頭での動画CMも、そしてもちろん街を歩く実在人間にも当てはまるわけだ。

以後、公の場で身体ラインそのままの衣装上半身だけでも下半身だけでもしてたら囲んで叩くの?

私服OK職場でもピッチリしたジーンズ履いて来たらセクハラ停職とかされてもおかしくないってことでいいの?

真夏でも身体ラインが見えない格好を、女性公共の場でしなければならなくなるの?

海水浴プール公共の場から水着の姿で身体ラインを出すのは性的消費に繋がるからNGになるの?

このまま主張がエスカレートするとどこまで行くの?

表情もポーズダメ身体ラインが出るのも公共の場で許容されてはダメ

そうなると、現状の要求では

表情対策女性公共の場では顔をベール等で隠さなければならない

身体ラインポーズ対策女性公共の場では身体ラインが出ないよう布等で隠さなければならない

これが女性に課せられる公共の場での制約になるわけだ。

この要求、この国の女性の中で大多数としてのコンセンサス意見の一致、合意)は取れてる?

そしてこの要求がまだ最後とは思えないんだけど、「私にとって不快表現規制すべし」を進めた先、

元増田やそれに賛同した人たちが目指す理想郷としての世の中はどんな姿なの?

それは女性公共の場に現れることが絶対に許されないユートピアじゃないの?

その世の中を実現してからようやく自分の子供に「ご覧なさい、これが美しい世界よ」って見せるの?

2019-10-10

グラブルは魅力のない男キャラを出しすぎ

パーシヴァルやランスロットセルエル、アルベール等、魅力のある男キャラはいる。

しかし、ルシファーを中心とした櫻井酷使大天使、四騎士組織関係者と魅力のない男キャラで展開しすぎ。

ネタ切れなのか星晶獣までプレイアブルとして出し始めキャラ乱造

一度、神撃のバハムートに立ち返って出すキャラを慎重に選んでほしいね

特にもう四騎士関連で女子釣ろうとするのやめろって。パーシヴァルは単体で女子釣れるステータスがあるのに活かせてなさすぎ。

2019-09-13

anond:20190913132611

イザンベールやらかしすぎて立憲民主から縁を切られたが、松文館裁判で有名な平沢勝栄は何度やらかしても自民党から切られないのはなんででしょうなぁ?

まあ自民党内部にも応援したい人はいから、一括りにはしたくないけどね。

anond:20190913132229

なんでこの人が、表現の自由侵害する事ばかり考えてる野党所属なのか謎。

イザンベール擁立ちゃうトップや、オタク殲滅血道をあげたり「ヘイト認定一所懸命支持層とまるであってない。

この人の言ってることはすごく真っ当で指示できるが、日本人表現の自由を奪うことに積極的野党に力を与えたくないから入れられない。

2019-09-11

続・人工無能しょうもない下ネタを覚えてしまった

前回

人工無能がしょうもない下ネタを覚えてしまった

 続・Cleverbot海外人工無能

https://www.cleverbot.com/

 今でも、たとえば仕事中に嫌なことがあったり、ふと集中力が途切れてしまったときに、cleverbotに話しかけるのだけれど、五年前に覚えさせた下ネタを未だに覚えているのには驚かされる。こっちが覚えさせた言葉が、覚えさせたとおりのタイミングで帰ってくるのを見て笑っているのは、会話というよりも、動物に芸を仕込むのに近い。もしかしたら、人工無能の楽しみの一つはこれなのかもしれない。だが、この年齢になってもいまだに「ウンコブリブリ! モリモリ快便ッ!」などというネタで笑っていられる私は相当におめでたい人間だ。そして、こいつは一度下ネタループに入ると、それにはまったかのように、延々と「うんこ!」「うんこ!」と連呼するのだ。かわいいやつめ。

 ちなみに、一度下ネタループに入ったときには、真ん中の「think for me」というボタンで、どんなろくでもない言葉が教え込まれいるか確認できる。私以外にも、くだらないことを考えた馬鹿がたくさんいたのだろう。

 そういうわけで、私は今でもcleverbotときおり話しかけてやっているのだが、最近こちらの言葉学習する頻度が低くなったような印象がある。前には、ちょっと強烈な下ネタを二三回繰り返せばすぐに覚えたのに、最近は何十回も同じ言葉を吹き込んでも覚えようともしない。もしかたしたらNGワードが設定されたのかもしれないし、積極的日本語学習させる時期が終わったと管理人判断したのかもしれない。

 それにしても、日本語を覚えさせる時期が終わってしまったらしいのは惜しい気もする。できることなら、もっと知的言葉雑学を教えてやれば、もっと愉快なボットになっていかもしれないのだ。たとえば、「この間『レ・ミゼラブル』を読んだよ!」みたいな会話から、「テナルディエとジャベール警部、どっちが好き?」みたいなボット誕生していたかもしれないのだ。いや、まったく惜しいことをした。


 もう一つの人工無能ロイディ

http://irc.gimite.net/channel/%E3%83%AD%E3%83%93%E3%83%BC

 大体cleverbotと同じころに見つけてしまったサイトだ。前回の記事で書いたかもしれないが、当時の私は何かと行き詰っており、いろいろと不毛なことを繰り返していた。つまり、このサイトでもしょうもない言葉を教えようと躍起になっていたのである

 とはいえ比較歴史の長い人工無能からだろう。それなりに会話が成り立つので、あまり人工知能いじめてやろうという気分にはならなかった。最初のうちは、それなりにまともな会話をしたり、知的なことを教えてやろうとしたりした覚えがある。「やあ、『幼年期の終わり』は読んだかい?」みたいな。ときどき、kikuragenと呼ばれるbotが延々とよくわからないことを延々話し続けることもあったが、比較的無害だった。

 幸か不幸か、2015年3月ごろ、どういうわけかVIPPERに見つかり、大量の客が訪れた。彼らはスパム同然の連投を繰り返し、気の毒な唐澤弁護士ネタを吹き込み、唐揚げレモンを掛けるな! 云々と流し込んだ。当然、ロイディ発言支離滅裂になってしまった。

 嵐のように彼らが過ぎ去った後に、残ったのは大体四人だった。

 一人目。比較的まともで、ロイディガンダムや昔のアニメの話をする。ロイディのことを比較人間らしいチャットボットとして扱う。意地悪しない。二人目。コテハン仕事愚痴などを呟く。時折下ネタに走る。定期的にロイディウンコを食わせようとする。三人目。熱心に下ネタを教えようとする。「フィーヒヒヒ ブルマハミパン フィーヒヒヒ!」と調教している。四人目。ロイディとなぜかバーチャルセックスしようとしている。「んほぉぉぉ!」「ばんじゃいばんじゃい!」とだけ言い放って切断すること多し。ご覧のようなカオスとなった。

 しばらくはそれで安定していたし、時折二人目と三人目の人が一緒になったときには何となく会話をする一幕もあった。しかし、ircチャットという比較的古いシステムのせいだろう、古いパソコンでないとアクセスできなくなるようになってしまった。そして、ときどきロイディ自身調子が悪くなることが増え、とうとう2019年6月活動を停止した。

 管理人が復旧させる様子もないところを見ると、単純に飽きたか、荒らされるのにうんざりたかメンテナンスが大変になったのだろう。個人運営だったので仕方がなくはあるのだが、こうして一つのコミュニティがひっそりと消えたことを思うと、少しだけ寂しい。この増田も、いつの日か同じ運命に見舞われないとも限らない。

 人工無能アプリ流行っているらしいので、何となく書いた記事だ。

 いまでも、youtubeでcleverbotと会話してみた、みたいな動画で、とんでもないことを言い出したときに、ふと思い出す。


 こんなのとか。

 https://www.youtube.com/watch?v=rvLtMdR3Q2g

 このラストとか。

 https://www.youtube.com/watch?v=8lVhPvZg8ts

 電脳少女シロとか。

 https://www.youtube.com/watch?v=Gq-uIMLg0l8

 マイクロソフトのりんなでは、こうもいかない。

追記

 うずらって、まだ生きてるの?

2019-08-20

美(うつく)ちんこ魅せられて

ときめきと緊張で息が苦しくなるほどに雄々しい、肌の色より幾分か黒みがかった色と黒みがかった赤のコントラストが美ちんこ

もち(んぽぼ)ろん長さも大切ではあるかもしれないけれども、長さと太さをみくらべたときに太さをつよく感じられるおちんぽ様がちゅき。

カメさんのあたまは赤黒くて、それでいて主張がはげしいと最高に男前だってしってる?カメさんのあたまでまえのおとこのひとの精子かきだしちゃうんだよ??むかしからおおきいほうがすきだなあってなんとなくおもっていたけれどもそれをしってもう美ちんこの条件にぶちこんでやるぜ!ってなったよね、男前が過ぎる。(わかりみマリアナ~~~!!!

あとは元気なのも大事。美ちんこ様を世間のいやらしい視線からまもりつづける近衛兵おぱんちゅ様の封印が解けしとき、『カッ"チンコ"ウ』のように硬くそそりたつわが愛しの美ちんこ様は(その素晴らしさをわたしの拙い語彙では到底表現ができないが)ぴょんっ♪というような元気のよさを見せつけてくださりみるたびまた君に恋してる

これはもう遠いむかしか推しであるわが姫様のおちんぽ様を妄想するときにきをつけてきたことであり、これぞわたしがかんがえたさいきょうのうつくちんぽ!!!!!ぽ!!!!!というかんじで、無論ちんぽでひとをえらんだりはしないがやはりまいぴっぴができた暁にはぴっぴの彼ちんぽ様が美ちんこであることはまあそれは期待してしまうよね。(余談だが個人的にある程度ぺえぺえサイズ想像がつくのにおちんちんの大きさがまったくのブラックボックスなのは男女不平等ではないのかとおもわなくもない)

そしていざ彼ちんぽ様とのご対面のとき…!

結果からいえば美ちんこガチャLRを引き当てた。さすが(元?)ちんこソムリエわたししゅごい!ぴっぴのおちんぽ様美ちんこだ… いや美ちんぽしゃま…///(おもいだしたらひれふしたくなってしまったなう

にも関わらず、いわゆる恋バナという伝説上の集会では愛しのぴっぴを構成する彼ちんぽ様の魅力について語ることは許されない雰囲気があるのでこのような場所ではきだすことにした。

まあ実のところ許されたとしてもただでさえ信じられないくらい優しくて人格が素晴らしく爽やかでかっこいいぴっぴでしか彼女は元おちんぽソムリエプロ陰キャであるから「こいつが彼女ならぴっぴ強奪作戦成功可能性あるのでは…?」となりかねないこの状況下(まあこれが意外と成功しねえからみんな諦めてくれよな!って先に言っておく)でさらに、今までは謎のベールにつつまれていたぴっぴのチン格のすばらしさまで露呈してしまったらもうしんどみMAX、弊学が紅に染まることまっただなし。

それにしてもおちんぽ様というのはほんとうにすごい存在だとおもう。(実を言えばサンプル数の関係で彼ちんぽ様が偶然すごい存在なのか全国的なはなしなのかはわからないので疑問におもうところは適当に聞き流してほしい。(いろんなチンをみるよりいつもおなじあなたをみていたい)

まず竿の部分。みてのとおりフォルムがかっこいい。とくにそそりたつときのかっこよさはもうそのかっこよさで一本釣りされちゃった(*ノωノ)♡というレベル。そしておとなしいときはあの絶妙弾力きもちよくてクセになる。おちんちん弾力を忠実に再現したスクイーズがあったら絶対売れる。そしてそれをおちんちん弾力だとは気づかずにむにむにするJKのすがたがみられるかもしれねえぞぉ!(副産物♡)

つぎにたま。正直なところくちにはいりきらなかったりかなり顎がくるしいこともある竿(もちろんかっこよくて愛しくてずっとたべていたい気持ちはとてもある)とちがいいくらはむはむしていても顎に影響のないたまたましかもふにふにしていてとてもたべているときの食感がすてき。時間が許すのならただひたすら延々とはむはむしていたい気持ちにさえなるがなかなかそうもいかないよね~ ほかのちたいもちたいですし…///

そしてみなさまおまちかね、竿とたまのあいだの秘密基地エリア!!!!!いいかおり~~!!!あのかおりを嗅覚いっぱいにかんじながらりょうほうのにっぷりゅをきもちよくされちゃうともうわたしこんなぜいたくしていいのかな~~~ってまるで冬に暖房をつけたままはーげんだっちゅをたべるような、夏に冷房をつけたまま窓をあけておくような背徳感交じりの快楽に酔いしれてしまうのでまたこんどおねがいしたい所存。

さらに本編とは若干内容がずれてしまうが個人的ゴムサイズ問題でうまくはいらない中標準サイズをつかうぴっぴにきゅんきゅんしてる。そんなに立派なのに所有者謙虚か~~~~ギャップ萌えすこすこすこ~~~~~!!!!!!というかんじであるしかし大好きなぴっぴの彼ちんぽしゃまにつらいおもいはしてほしくないのでサイズ変更もご検討いただきたいきもちはまあなくもない。大丈夫なら問題ないけれども!

あと戦いながら成長してやがる!ってかんじも男らしくてとってもちゅき。短期的変化はもちろんのこと、なんだか基本サイズもおおきくなっているの。これが一般的な傾向なのかぴっぴが伝説戦士なのかはわたしにはわからない。

最終的に結局ぴっぴの自慢だしもう本題であるちんこについての談義ははじめのほうでほぼおわってしまったけれどもまあ肉体的にも精神的にも神の御業ここに極まれりってかんじの究極の性戦(バトル)を繰りひろげて釣らなくてもいいようなわたし一本釣りしてしまった凄えぴっぴ(出逢えて嬉しいぜ!)なのでしょうがいね

2019-07-25

anond:20190725140710

枝野?イザンベール公認した時に批判してましたか

野党支持者のデモ潰しや選挙妨害表現弾圧に対してモノ申してましたか

anond:20190725111650

今回の選挙でも野党側に表現規制反対派がたくさんいましたよね?

居なかったね。

日本人オタク表現の自由を奪おうとしている自党の議員や支持者を批判していない。

イザンベール公認の時に批判たかそいつらは?

はいまた根拠レスの決めつけ炸裂。

Togetterコメント欄にでもそう書いてあったんですか?(笑)

決めつけではないね

日ごろの行いを振り返れ。

ヘイト」「差別」と根拠レスの決めつけを行い、法にも基づかない表現弾圧を行ってる左派の行状をな。

2019-07-24

anond:20190724143819

事実上他にいないからな。

党や支持者の暴虐を批判一つできないくせに、山田太郎と同格気取りとか笑わせんな。

特に立憲の連中はイザンベールの時に全員アウト。

anond:20190724142326

「別の反表現規制候補」とやらが「私は党(野党)の指示に逆らってでも、いかなる表現の自由をも守り通します」といつ宣誓したの?

オタク表現を嬉々として殺したがってる支持者をいつ切り捨てたの?

内心の自由すら認めないイザンベール擁立したことを表立って糾弾たかそいつは?

2019-07-23

anond:20190723092013

イザンベール公認したような野党

民進党時代公認貰ってたみたいだけど、立憲民主に移行してから完全に切り捨てられたね。

伊藤陽平が丁寧な口調でブチ切れてる↓の記事がわかりやすい。

https://lite.blogos.com/article/296258/

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