はてなキーワード: 未成年とは
ちょっと違う。
女性は妊娠と出産、授乳に対する不安もあるが、男女ともに上記さえ解消すれば後は自分自身が食いっぱぐれないだけの稼ぎが得られれば良い。
・未成年者を育てている人間は独り立ち出来る程度の収入を得られるようにする(産休育休時も変わらず)
これだね。
きゃつらを視界に捕らえ近づいた瞬間俺に強制スロウの術がかかる
なんなんだ?ガキどもは誓約してて俺は旅団なのか?強制的に馬力を奪われジャイロ効果を失った自転車はご自慢の腕力だけでゆるりと姿勢制御を行う
さらに俺はご子息サマの円に入らないようにやつらの周囲を迂回させられる
やつらの円に入ったが最後、いつなんどき瞬時にこちらのキルゾーンに入ってしとめられるかわからないからだ
こちらも日本人なれば専守防衛でロケットガールズ&リトルボーイをこうやって回避しているわけだが
パワー!!
が奪われる
YOUらが居なければスピードも精神力もすり減らすことなく快適にロードをースルーゴーゴーできるんだよ
マヂで俺がラオウになる前に大人たちはDNAが似た存在を我が家に隠匿したほうがいいぜ!
我が肉体にひとたび触れれば未成年など鎧袖一触。魂魄ごと消し去るだろう
俺のやさしさ埋蔵量はあとわずかです!急いで!
当時の援助交際は服を買いたいからとか贅沢したいからとかだったよね。今の立ちんぼがホストやメンズ地下アイドル、メンズコンカフェで洗脳されてるのよりはマシかもね、(貧困未成年は利権屋たちの捏造)
必要以上のことをすることにリスクがあるが保身に走れば誰かの生死に関わるって点で似てる
ひと昔まえの教師は、喧嘩してる生徒や、いじめを目撃したら問答無用で殴ることができた
ところが、今どきの教師は、そんなことは出来ない。泣いてる子供を見てもその場で叱ることすらも出来ないだろう。
いじめられてる本人から被害の報告を貰って、学校や両親と相談をしたうえで、しかるべき事実を集めて入念に準備をしないと
批判されるのはいじめを止めようと先走って生徒を窘めた先生になる。
いじめた生徒の親から責められて、責任を転嫁されるのは正義感を発揮した教師ってのは笑えない。
いじめられっ子が助けてと言ってきて、ご両親にも依頼され、学校や教育委員会から許可をもらうまでは何もしない、それが賢い教師ってもんだろう。
女性が痴漢をされたと電車で男性の腕を持てば、その瞬間に男性の人生は事実の有無にかかわらず終わる。
そうした事例がありふれてしまってる。女性が被害を受けたと言えば、男性の側には抗う術は少ない。
仮に裁判に勝って正しさを証明しても、張られたレッテルは消えず、失った時間も戻ってはこない。
今頃は上司が部下を酒の席に誘って、悩みの一つも聞いてやろうとすればパワハラだのなんだのと言われる。
気遣った相手が女性の部下ならセクハラもセットでもれなく付いてくるだろう。
迷子の子供を心配して手をつないで親を探そうものなら、未成年略取に問われかねない。
親切なおじさんとは言われない、犯罪者扱いされるのが今の世の中ですよ。
そんな世の中で、見知らぬ女性にAEDを使うなんて愚かな事出来る人は少ないだろうな。
セクハラだの、犯されただの言われたくない。実際に、そんな事例があるかどうか?なんて関係ない。
今の世の中は、女性や弱者とみなされる誰かが被害を訴えれば、訴えられた側に身を守る術は少ない。
これがリスクでなければ何だというのだ?w
まあええやろ大丈夫大丈夫wって言いながら不祥事になるようなことやる、責任感うんちな奴が無理。
未成年飲酒、悪質な交通違反、悪質商法、その他責任感のない言動...。大学生に多いイメージ。というか実際にたくさんいたし、勘弁してくれと感じることも多かった。
こういう連中は、まあ大丈夫でしょwって感じで、物事を深く考えずにヤバいゾーンへと突入していく。責任についても特に考えないため、非常に軽いノリで「責任は取る」と口にする。しかし、実際に問題が明るみに出て処罰される状況になったときに彼らが取る行動いえば、「どうしてこうなるの...」と落ち込むなり泣くなりするだけである。責任感のある行動は何もしない。
本人が勝手に自爆する分には別に構わないが、こういう連中が同じ団体やコミュニティに居る場合はもれなく自分にも火の粉がかかり己の身を滅ぼすことになる。それが嫌なので、そういう連中とはなるべく関わらないようにしている。
私はそれを理由に大学サークルをやめたが、特に被害を受ける前に辞められたので良かった。もし後悔があるとしたら、もっと早くに辞めておくか、そういう類いのサークルに入らなければよかったことだ。
幸福なことに、第一志望の会社に就職できることが決まったが、就職先の先輩方や同期はちゃんとしていることを願っている。
固い職種で世間に名の知れた会社なのでちゃんとした人ばかりだと思うのだが、同じ就職先に決まり向こうから近づいてきた知り合いが典型的な責任感無し大学生なので、早くも暗雲が立ち込めている。
無用なトラブルは避けたいので適当に受け流しているが、さっさと目を覚ますか、自分に火の粉がかからないうちに自爆してフェードアウトしてほしい。
@YuzukiMuroi
ほーら、酒飲んでセックス、ダメつってるじゃん。強要と未成年はダメだけど、それから逸脱しちゃってる。
寺田 学
@teratamanabu
今回の法改正は特段大きな負担を課すものではなく、性行為に際し、立場や関係を利用せず、酒の力も借りず、年齢差も利用せず、相手の気持ちと立場を尊重し、丁寧に相手の同意を取って臨むことを求めるものにすぎません。本要件に不安を覚える人は、性行為に及ぶこと自体を思い止まるよう説くものです twitter.com/nhk_news/statu…
爆弾と同じだ。
オタクを含めて、何か特定の対象に肩入れする人たちが、外野である第三者の批判などに対して激怒するのかが分かった。
まず、外野の第三者じゃない人というのは、たとえばファン(消費者)とか、制作に関わるスタッフなど。こういう人たちの、批判については、内容にもよるけど、激怒して炎上とか、批判殺到とか、Colabo騒ぎみたいなことにはあまりならない。
対して、特別な関係が無い第三者、たとえばフェミニズム団体がコンテンツを批判した場合などは、大炎上騒ぎになったり、激烈な対立が社会的な影響を及ぼすことがある。
これは何が違うのか。
ファン(消費者)や制作スタッフ(労働者)の要求というのは、基本的に、単なる要求に過ぎないのであって、せいぜい交渉の材料であり、基本的に相対化できる。どんなに状況が悪くても、関係を断つ(ファンをやめるとか、仕事をやめるとか)で解決できる。法律上、使用者と労働者、制作・製造・販売者と消費者、こういった関係はあくまで対等であって、その要求はどっちが偉いとか、正しいというものではない。
これに対して、第三者による要求は、労使関係や売買関係のようなものは無いのだから、その要求は普遍的な道徳や倫理に基づくものとなる。例えば、吉野家役員の「生娘シャブ漬け」発言に対する批判は、商品の値段や味、賃金や労働環境の話のような交渉材料の話ではなく、普遍的な道徳や倫理に反するから問題視され、批判が殺到した。
しかし、この普遍的な道徳や倫理は重大な欠陥がある。それは、真に普遍的で万人に共有されているのかということは証明が不可能であり、普遍性の担保の為には逆らう者に強制をするしかないということである。
たとえば、月曜日のたわわの日経の広告問題を見てみよう。そもそも、月曜日のたわわという作品は、未成年を含む胸の大きい女性を性的にまなざすということを主題に据えた作品である。この作品のファンは、恐らく、「未成年を含む胸の大きい女性を性的にまなざすということ」に対して問題意識を感じていない。現実の街中で他人の胸をジロジロ見るのはマナー違反である、と思う人は少なくないとしても、フィクションの作中で面白おかしくネタにしたり、エロスを感じたりすることに対して、全く問題視をしていないだろう。対して、この広告の批判側は、そのように未成年を性的にまなざすこと、身体的特徴を面白おかしくネタにすること、そういったことを肯定する作品が社会に出回ることで社会のステレオタイプが助長されるかもしれないことに対して強い憤りと、普遍的な道徳や倫理への挑戦として考えてい居るだろう。
そして、先ほどから言う通り、第三者が口を出すということは、「普遍的」であることを意味する。月曜日のたわわの青色版の価格が不当に高い、と不満を持つ消費者がいたとしても、その問題意識は基本的に普遍的な物ではない。嫌なら買わなければいいだけである。しかし、第三者が未成年を性的にまなざすことを問題視するのは、「普遍的」な問題だからこそである。
この問題が「普遍的」であるならば、これを問題視しない制作者やファンの思想は矯正されなければならない。ジェノサイドが許されない、人種差別が許されない、といった考えと同様に、それは普遍的な価値観として強制されるべきであるということを必然的に含意することになる。
そして、だからこそ、ファンは徹底的な反発をする。おそらく、ファンは反対に「フィクションの中は自由であり、何をやってもよい」といった思想を普遍的な倫理・道徳として内面化しており、それは双方とも「普遍的」であるからこそ、両立不可能である。
道徳や倫理という概念は、具体的に正しさを証明することが不可能なタイプの主張である。これを理由に、直接的な関係のない相手に対して主張する場合、その主張が「普遍的」であると主張することになる。もし、普遍的ではない、個人のお気持ちだとすれば他人に対して主張することはできない。人を殺してはいけないという主張が普遍的であると信じているからこそ、加害者でも被害者でもない第三者が、人殺しに対して批判をすることができる。これが、共有できていないときに、人はその普遍性を担保するために、政治的、経済的ないし物理的力により強制するしかなくなるのであり、であるからこそ対立は無限にエスカレートするのである。
@YuzukiMuroi
ほーら、酒飲んでセックス、ダメつってるじゃん。強要と未成年はダメだけど、それから逸脱しちゃってる。
寺田 学
@teratamanabu
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今回の法改正は特段大きな負担を課すものではなく、性行為に際し、立場や関係を利用せず、酒の力も借りず、年齢差も利用せず、相手の気持ちと立場を尊重し、丁寧に相手の同意を取って臨むことを求めるものにすぎません。本要件に不安を覚える人は、性行為に及ぶこと自体を思い止まるよう説くものです twitter.com/nhk_news/statu…
𝐄𝐌𝐈𝐋
@emil418
入管やばすぎだろ
#国会中継
入管法は分からせるのはけしからん。不同意性交は思いとどまらせる、つまり理解させる。
矛盾し過ぎだろう。
こんな外道は異常です。
こんな野党があるか。
@YuzukiMuroi
ほーら、酒飲んでセックス、ダメつってるじゃん。強要と未成年はダメだけど、それから逸脱しちゃってる。
寺田 学
@teratamanabu
今回の法改正は特段大きな負担を課すものではなく、性行為に際し、立場や関係を利用せず、酒の力も借りず、年齢差も利用せず、相手の気持ちと立場を尊重し、丁寧に相手の同意を取って臨むことを求めるものにすぎません。本要件に不安を覚える人は、性行為に及ぶこと自体を思い止まるよう説くものです twitter.com/nhk_news/statu…
@YuzukiMuroi
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罰則にあたることを次々に増やすのではなく、性犯罪に遭ったら、警察にいく、ほかの犯罪に遭ったときとおなじように。という、啓蒙が大事なんじゃないかな、と思う。
@YuzukiMuro
この手の人の発言で、えーっ、日本は性犯罪を罰するちゃんとした法がないのか、みたいに誤解する人もいるかもね。
@YuzukiMuroi
「ロミオとジュリエット」のヌードシーンは児童ポルノとみなされない、裁判官の規則
「ロミオとジュリエット」俳優のオリビア・ハッセーとレナード・ホワイティング、撮影中に性的虐待を受けたと主張
判事は木曜日、フランコ・ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』の俳優らが起こした訴訟を棄却した。
現在72歳の俳優オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングは当初、1968年の映画のヌードシーンは児童ポルノであり、二人は撮影中に性的虐待を受けたと主張していた。
上級裁判所のアリソン・マッケンジー判事は、15歳でジュリエットを演じたハッシーと16歳でロミオを演じたホワイティングが起こした訴訟の棄却を求める被告パラマウント・ピクチャーズの申し立てを支持する判決を下した。
判事は、映画のシーンは合衆国憲法修正第1条の保護下にあるとの判決を下し、ハッシーとホワイティングは「法律上、この映画が性的示唆に富むとみなされる可能性があることを示すいかなる権限も出していない」と説明した。決定的に違法だ。」
「ロミオとジュリエット」監督の息子、スターから5億ドルのヌード訴訟を破棄:「ポルノとは程遠い」
「ロミオとジュリエット」の俳優らは、当初ゼフィレッリからヌード撮影はせず、代わりに肌色の服を着ると言われたと主張した。しかし、そのシーンを撮影する段になると、監督は2人のティーンエイジャーをヌードにしなければ「そうしないと映画は失敗する」と主張したと言われている。
この映画とそのテーマソングは当時大ヒットし、ホワイティングの裸のお尻とハッシーの裸の胸を少しだけ見せたヌードシーンにもかかわらず、この映画はシェイクスピアの悲劇を学ぶ何世代にもわたる高校生の間で流された。
ソロモン・グレーセン弁護士は声明で、「弱い立場にある人々を危害から守り、現行法の執行を確実にするために、映画業界における未成年者の搾取と性的対象化に立ち向かい、法的に対処する必要があると強く信じている」と述べた。
ピッポ・ゼフィレッリ監督は「撮影から55年が経った今日、本質的にこの映画のおかげで悪名が広まった2人の年配の俳優が目を覚まし、長年不安と感情的不快感を引き起こす虐待を受けていたと告白したと聞くのは恥ずかしいことだ」と語った。ガーディアン紙が声明で述べた。
ジャニーズたたきもそう。
私が求めているのは平等であって自由ではないので、「未成年という設定の空想のキャラクター」なんかよりも「生きた人格のある実在の成人」のほうがよほど「生きた人格のある実在の児童」に近い存在であることを認めて、「生きた人格のある実在の人間」を性的に見てはいけないという建前を守るために対人性愛とその文化・ジェンダーや"ふるまい"といったものが子供たちの目に触れないようきちんと規制した後であれば、空想のキャラクターを性的対象とする文化についてもある程度の自粛はやぶさかではないよ。
まず対人セックスが禁止されるのであれば、空想ポルノ表現にある程度の規制があっても仕方ないと思う。
まずジェンダーレスでない服を着て外を歩く行為が禁止されるのであれば、ジェンダーレスでないキャラクターを描くことにもある程度の規制があっても仕方ないと思う。
まず対人性愛者たちが、対人セックスを行うたびに「今この瞬間のこの行為が、差別や暴力を増長させている側面もあるんだよな」と反省し続けるのであれば、「空想ポルノ表現が差別や暴力を増長させている可能性もなくはないな」とぼんやり心にとどめておいてもいいかなと思う。
まずジェンダーレスでない服を着て外を歩くたびに「今この瞬間のこの行為が、差別や暴力を増長させている側面もあるんだよな」と反省し続けるのであれば、「ジェンダーレスでないキャラクターを描くことが差別や暴力を増長させている可能性もなくはないな」とぼんやり心にとどめておいてもいいかなと思う。
殺人とか暴行とかだけじゃなく回転ずしの被害とか窃盗とか詐欺とか何でもそうなんだけど、
精神的な問題とか未成年とかを理由に罪が軽くなったりするのを見ると不思議に思う。
そりゃそのつもりがなく偶然の事故とかもあるから軽くなる余地が必要なのは理解できる。
だけど殺人とかって被害者の親族とかに謝罪とか賠償とか僅かしかしていない印象がある。
回転ずしの分とかも数百万くらい。原因に対しての影響による被害総額は株価とかも含めたら億単位。
無関係な人からの被害を受けたようだけど被害者側への対応が甘いように感じた。
加害者は刑務所に入ったり金を払って刑を全うしたら再スタートできて、被害者は残りの人生辛い思いのまま生きる。おかしいよね?
水着をプライベートゾーンの基準としているが、水着には様々な種類が存在し乳首が見えないギリギリなものもあるのでそれに従えば風リリィはプライベートゾーンを露出していない。Wikipedia記事の画像を基準にしてもすでにジータのヘソ出しスキンがあるからそのラインを超えていて、今回が初めてではない。その上スクール水着を基準とすることの妥当性の根拠が元記事には一切無く何故そうするべきなのか不明であるしそもそも元記事に依拠するなら定義に男子の胸は含まないのか含むのかはっきりしていない。含む場合には当然胸を少し露出しているコウもプライベートゾーンを露出していることになる。プライベートゾーンの露出が人権問題と言いたいんだろうが(少なくとも元記事は人権に絡めて記述している)架空のキャラクターに人権が与えられることはなく、架空の未成年キャラクターの人権を侵害することはできないから架空の子どもを兵士としてとして描写してもいいしプライベートゾーンを露出してもいい(増田の定義ではヘソダシもプライベートゾーン露出)それに加えて、増田のプライベートゾーンを露出することの定義が性器を露出しなければセンシティブではない(全年齢コンテンツでは胸ははだけていても乳首がでていなければセーフになっている)という一般的な基準よりも優先して採用されなければならない理由が示されていない(Wikipediaの記事は信頼性に疑問が付されているし、Wikipediaに書かれているからはそれだけでは理由にならない)