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2021-05-16

『天気の子』は早すぎた映画だった

新海誠の『天気の子』、あれは早すぎた映画だった。

新海誠デビュー以来屈折したアニメを作り続けていて、それが『君の名は』で漂白されて大ヒットした。その成功を旧来からファンは「新海誠もそっちに行ってしまうのか」と半分祝福、半分寂しい思いをして見届けた。

そして次作の『天気の子』。この映画新海誠は旧来からの期待に答えて闇の部分を出そうとしていた。天気の子は『キミ』と『セカイ』を天秤に載せて葛藤するよくある話だが、昔からあるこの手の話は『セカイ』の描き方に重きが置かれておらず、葛藤が成立していなかった。そこで新海誠自分の才能を活かし、皆が生活する『世界』を圧倒的に美しく描き、失うものの重量を重くして天秤のバランスを取ろうとした。

新海誠インタビューでこの作品賛否両論を巻き起こすだろうと語っていたが、しかしその試みはうまく行かなかった。なぜならこの映画が公開されていた2019年個人人権が最も重視されていた時代だったからだ。ブラック企業問題社会問題になり、社会個人どちらを取るか問われたら、みんな個人と答える、それが正しいとされた最後時代だったからだ。だから天気の子葛藤が成立せず、作中でくどいくら穂高犯罪を重ねても、それを責める観客はほとんどおらず、ただのラブストーリーとして消費された。

しかし今は違う。コロナ禍で世界は変わってしまった。恋人と会うために病院から抜け出すカップルがいたら、社会容赦なく糾弾するだろう。『火垂るの墓』の高畑勲監督80年代インタビューで「いつかまた時代が再逆転したら、あの未亡人(親戚の叔母さん)以上に清太を糾弾する意見大勢を占める時代が来るかもしれず、ぼくはおそろしい気がします」と語っている。『天気の子』もまた『火垂るの墓』と同じく観る時代によって見方が180度変わってくる映画だった。

2021-05-15

anond:20210514175214

ゲースロは複数視点人物で展開される物語

主人公がいっぱいいるようなもんなんだからそもそもどっちが敵も味方もねえだろ

ザ・ボーイズも単にお互い自分エゴでやりあってるだけだし

物語見方おかしくね?

2021-05-13

初期の進撃の巨人を見て、今のコロナ時代を思った事

 進撃の巨人が完結したようだけれど、進撃の巨人が大流行していた10年前、様々な名言が取り上げられていた。

初期の諫山創の、狭い「内側の日本」だけにとどまら世界に対する厭世的な見方皮肉的な見方

人によっては受け、人によっては鼻についたと思う。

それが象徴されるのが、エレンとピクシス司令官の会話だ。

「もし人類以外の強大な敵が現れたら人類は争いごとを辞めるだろうと昔誰かが言った。エレンはそう思うか?」と

それに対してエレンは「呑気な考えだ」と一蹴する。


 初めてこれを見た時、唐突だなと思った。多分、諫山創の伝えたい個人的な考え方だったのだろう。

それを自分が見た時は東日本大震災の後だったので、絆とか言われてる時代、この見方ちょっとへそ曲がり見方すぎるんじゃないか?と思ったものだ。


 でも今回のコロナではっきりしてしまった。コロナの状況は進撃の巨人に似ている。外に出なければ、経済活動をしなければ比較安全死ぬこともない。しかし放っておけば、壁を「ウィルスをまとった人間」が破ってくる。

脅威は持続的で、永遠とも思える長い時間が過ぎる。グローバル化医療の発達によって安全だと思ってた自分達も、蓋を開ければ結局インフルより少し強い程度のウィルス支配されていたことに気付いてしまったのだ。


 それで、人類は争いごとを辞めただろうか。

老人たちは壁の内側に籠り、若い人間派遣させ「経済」という得体の知れない巨人によって食われていく。人々は責任押し付け合い、誰かを敵に仕立て上げワイドショーで叩く。

中国から始まったウィルスなのに、飲み屋を叩き、そこに行く隣人を叩き、飲み屋制限しない政治家を叩き、政治家は夜の街と若者を叩き、絆とはかくも脆いモノなのかと思わされてしまった。

 今必要なのは狭い壁の内側で内乱を起こす事じゃないと思う。

「そろそろ一つにならんとな…戦うことも難しいじゃろて」とは、ピクシス司令官言葉である

anond:20210513143619

会社でチーム運用やってると、内部の安寧のために改善が疎かになったり、ガチガチに考えが凝り固まったりちゃうことがあるだろう

国の見方も同じだと思っていて、全員が擁護意見だったら改善できずにダメになる

しかしたら今がそうかもしれない

批判的な意見は外部からでも内部からでもいいが、必要性はある

愚痴アンチ垢の人達

あなた方が何を好み、何を嫌うのも構わない。

だが、嫌いなものについて語るアカウントで好きなものを明言するのをやめてくれ。どうしても言いたいなら別のアカウントを用意するか、せめてツイートを見ても特定できない程度にぼかしてくれ。

あなたがAというコンテンツ(漫画でもソシャゲでもいい)が好きで、Bというコンテンツが嫌いだとしよう。

「Bはゴミ!Aの足元にも及ばない!」こんなツイートがずらりと並んでいる様を想像してみてほしい。

何かを褒める時に別のものこき下ろすのは手法として最悪だ。Aの印象が悪くなるだけ。BをdisるためだけにAを持ち上げるのはもっと悪い。AとBが同じジャンルなら対立煽りに、そうでないなら無関係コンテンツを無理矢理結びつける視野の狭い人間しか見られないのだ。

もちろんこれは個人的ないわゆる「お気持ち」であり従う義理義務もない。ただ、私の見た限り愚痴垢やアンチ垢はコンテンツ憎しでだいぶ物の見方が偏ってしまっている人が少なくない。嫌なら見るなとまでは言わないが、たまにはSNSを離れて嫌いなものの事を忘れる時間を作ってみてほしい。

茨城一家殺傷事件について思う

茨城県境町一家4人殺傷事件を見るとき他人事はいられないと思えます

万一私が同じ事件を起こしたとしたら、私のブログパソコンにある文章は切り取られ、集スト側の思い通りに、仕立て上げられ、思うつぼであります

この犯人が集スト被害者だとすれば、目の前の加害者血祭りにし、溜飲を下げる事には成功したが、四十七士のいない浅野内匠の上と同じです。

また殺した加害者と思われる人間が実は加害者によって加害者と信じ込まされていたとしたら、目も当てられません。

自殺者の中にも、このような無差別のような殺人事件にも集ストから端を発しているものは、数多くあるでしょうが、悲しい事です。

長い年月集ストされると、平行感覚が失われます

願わく被害者はは自分も含め平行感覚を保って欲しいですし、連携法改正を訴えていきたいものです。

被害者被害内容も様々です。また環境性格能力も違います

平行感覚を保つ為に横の繋がりを持ち、敵を知ること知ろうとすることが大事だと思います

その平行感覚を狂わそうと、やっきになっている集スト犯にとっても、ドキッとする事件ではないでしょうか?

そして集団ストーカーテクノロジー犯罪を知らない者と、現実にその存在認知する者とは、この事件見方全然違って見えるでしょう。

事件真相は私も判りませんが、世間に良しに付け悪しきに付け、集団ストーカーテクノロジー犯罪名称を、幾分なりとも知らしめた事も事実です。

しかし集ストを知らない一般市民には、絶対許されざる犯罪ですし酌量の余地なしと思え、集ストやテクノロジー犯罪など、

迷言と片付けてしまう口実になったと思われ、我々被害者には逆風と言えます

本当の集団ストーカー組織犯罪テクノロジー犯罪の姿を周知せしめなくてはいけないと強く決意する事件ですね。

anond:20210512185911

島にいたのは太平洋戦争の生き残りの兵士で、彼は戦争が終わったのを知らないらしい。

いやでもこの人どう見積もっても30代くらいにしか見えないし、見方によっては20代にも見える。

戦時中からずっと島にいたなら100歳近くいってるだろう。異常に若く見えるのか、嘘をついてるのか、本気で自分兵士だと信じこんでる狂人なのか、それとも間違ってるのは自分の方で、戦争はまだ終わっていないのか。

考えれば考えるほど今が令和なのかすら分からなくなってきたところに、

2021-05-12

anond:20210512071624

こういうのって、大卒のいわゆるインテリ層にとっては結構標準的見方だと思う。難関大文学部あたりの学生たちは普通に考えてそう。(教授とかは勿論)

彼らの世界では、フレーザーとかレヴィ=ストロースとかは一応常識範囲内で、知らないと笑われそう。(もちろん世間一般常識というわけではないよ)

2021-05-11

anond:20210511185923

こいつのせいで男に対して見方が変わってしまった。

訴訟だわ

誰が書いたかではなくて何が書いてあるかで判断しろ

うん、まああってるよ。すでに存在してるコードに対する見方としてはね。

でもな、これからまれてくるコードについて誰が書くかを気にしておかないとろくでもないゴミコードが生まれ危険性があるから誰がどのように書くのかを気にせざるを得ないんだよ。

anond:20210511071054

よくわからんが、強者だけど差別されるグループなんて歴史上の民族差別とかであった話じゃん。

単純な数という意味では、今の女性差別だって別に数の問題でされてるわけではないという見方が多いと思うし

2021-05-10

anond:20210510185851

「「弱者男性」という概念フェミニスト弱者性を盾にする理論権力勾配論など)を無効化するための概念」というように、弱者男性」をあくまで対フェミニストの便宜的・戦略的概念としてとらえる見方は、「弱者男性」という概念に心底から共感して同一化(アイデンティフィケーション)している当事者人達にとってはとても失礼な議論ですね。賢しらに言葉を操って、当事者が辛さとともに吐き出す自己定義簒奪しながら敵を叩こうとするやつは死後裁きに合うであろう。

anond:20210509122922

実際にはアメリカ住宅需要急増で原木含めて外材の輸入量が極端に減ったのと、コロナ絡みでコンテナが動かなくなったのが始まり

当初は外材の製材業者も手持ちがあるけど薄くなると製品価格は上がる→安かった内地材需要シフトしていくって流れになり、それが昨年秋くらいから。

原木を山から切り出す→市場原木を売る→製材業者が買って製材する→製品市場で売って、それを加工業者やビルダーなどが仕入れて建材にするってのが一連の流れなんだけど、山師さんは冬場は雪で切り出せなかったりするから需要が増えて値上がりし始めた頃から原木が減り始める時期でもあった。

ビルダーも冬場は着工少なくはなるんだけど、値上がり絡むから安いうちにおさえたい、でも原木少ないか絶対数も少ない、製材所も売れるから原木仕入れたい、でも原木少ない…となると、製品価格上がる→原木価格も上がるの無限ループ

冬が終わっても4月5月は補助金がまだでていないか山師さんもそこまでまだ動かないか無限ループが今も続いてる。

ただコンテナがそろそろ動き始めてるから梅雨から夏にかけて落ち着いてはくるだろうってのが大方の見方

今回のウッドショックで体力のないビルダーや工務店事業縮小や撤退もそれなりに出てる。

これが全てだけどね。

2021-05-09

ソープ敬遠していたけど、なくはないかなと思った話

当方30代前半男性

特に今まで女性と接点が少ない人は、ソープ行くべきとまでは言わないけど、行ってもいいかなと思った。

今まで風俗ってお金払ってまででしたいかと思っていたし、飲みの会で女性からも言われたりしたので敬遠していた。

今まで、彼女一人だけいたが、セックスやろうとしてできなかったので自信がなくなっていたこともあり、

ちゃんとしたセックス経験もないまま今まで来てしまっていて知り合いか女性見方を変えるためにと風俗に誘われソープに行った。

結果としては、快楽としてより経験としてはなくはないかなと思った。

まず、一人でソープに行けるという勇気がつく。(そんな勇気はいらないのかもしれないけど)

意外と裸の女性を見ても興奮しなかったというのがわかったし、セックスのある程度の流れ的なものがわかったり、

将来もし彼女ができてセックスするときにもまた失敗して、さらに自信なくすより経験積んでおいたほうがいいかなと思った。

正直僕にとっては悲しいけど快楽場というより、リハビリに近い。

また、嬢が手際が良かったりすると逆にビジネス感があって萎えしまうという事がわかった。


今まで、ヤクザがでてきたり怖い場所なんじゃないのかとかボッタクリされるんじゃないかとか、終わったあとに高額請求されるとか思ったりしていた。

一応ガタイがいい店員さんが出てくるときもあるが、一応こちらがお客さんなので対等に話せる感じ。

いわゆる風俗サイトに載ってるところは健全だし、料金も公式サイトは入浴料だけで全額載ってないものの、電話すれば教えてくれるし実際お金払うときに全額教えてくれる。

価格帯や場所によるかもしれないが、うちの地域は総額は入浴料の3倍+αの感じで、また有志が書いたレビューサイトに全額が書いてあったりする。

デメリットとしては、経験としては良いが、やっぱりやや出費が多い。病気を移される可能性が0ではないのがやや怖い。

正常位の挿入がうまく行かなったり、前半に1回抜いたら2回目が勃たなかったりと、2回中2回 嬢を困らせてて更に自信がなくなってる。

行くなら、なるべく悩み事をなくしてから行ったほうがいいと思う。

樽の中のワインに、泥水だの汚水だのがスプーン一杯分入りゃその時点で樽全ては汚物だわ

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い袈裟どころか経典木魚ハゲも憎い

何かの界隈で悪いことしたやつがいたら、外から見たら全員キチガイに見える

それが当たり前の感情だろうがよ

からからしたらゲーセンガンダムゲー好きも鉄オタも型月好きも東方好きもラ!好きもアイマス好きもバンドリ好きもウマ好きも右翼左翼ヴィーガンフェミニスト弱者男性も全員キチガイであり、それが好きな時点でキチガイのお仲間

どれだけマトモなのがマトモアピールしようが、そこに属してる時点でキチガイ、自浄しない時点でみんなキチガイ

マトモであること示すならマトモなやつがキチガイなやつ全員殺すか界隈から消すかしろよ、それでも俺は見方を改めねえがな



もっかい言う、嫌いなやつからしたらそれ好きなだけでキチガイです

攻撃対象です

そのつもりで

anond:20210509162802

ありがとう

別の見方に過ぎないのに、ある見方しか許せない人間はほんと困る

anond:20210509124340

逆も気になってる。中止になったらどうなるんだろう。感染拡大防止効果は開催時との比較ができないか分からんとして、それ以外だと近くのイオン五輪グッズコーナーが無くなるくらいしか今とは変わらんのかな。

昨日の増田であった棍棒の振り下ろし先が変わるって見方面白いなって思った。

2021-05-08

貞操逆転世界フェミニズム入門とか言ってる腐れマンコがイたけど

マジで本当に全くわかってなかったんだな

主人公市川は、貞操逆転後の世界基本的に馴染めず、良いとは全く思ってないんだよ

ただ戸惑いながらも順応しようとしてでもダメだー!というのが面白キモなわけで

2巻のアオリなんて「女としての自分価値がどんどん暴落していく」という表現があるわけで、

要は女の性的魅力は貞操観念に依存してて、そして自分の女としてのアイデンティティ貞操観念に支えられた妄想産物依拠している部分が多分にあるのでは、というのが主題なんだよね。

少なくともフェミマンコどもが言いたくてうずうずしている「男の抑圧がない!『サイコー!!』」ではまったくないということ。

たまに男の性的視線を逆転させるとどれほど滑稽かってのがあって、フェミマンコはそこにだけフォーカスしたがるけれど、

まあマンコでものを考える女の浅はかに見方、ってことなんだろうなー。

女のマンコにどれだけ価値が置かれているのかってことを客観視させるための道具立てなんだよこの漫画は。

もともとエロ本でズリネタに利用されていたのだが、

そのズリネタあくま男目線

男のチンポに価値のある世界だったらウヒョー!!となる。

男目線ならズリネタになる。

これは女目線

女目線だと、貞操観念が逆転しても、女はウヒョーにはならないよねということ。

ってことは、今の世界がウヒョーなんじゃね?って反問が想定されるわけで。

まあもちろん漫画からね、女の実社会の不利な要素なんて排除してるただの娯楽なわけだから

女=即ウヒョーなわけねーだろってのは百も承知

だが、そんな単純で表層的で一面的な娯楽に過ぎないこの漫画フェミ教科書とか言っちゃうバカマンコって、

どれだけ単純で表層的で一面的なモノの見方しかしてないんだろ、って話になるわけなんだよねー。

そもそもフェミ価値観によって貞操逆転世界を作っても、

娯楽にも社会作品にもならないだろうな。

単純で表層的で一面的しかいから、物語面白みや厚みを加えることなんて絶対できないもの

ま、…そういう意味じゃ、単純で表層的で一面的価値観一本槍で、よくぞここまで権力拡張できたなってところだと思う。

進化袋小路にハマった文化には、ある意味ここまで粗雑でも利用価値が見いだされるということなのかもしれないね

anond:20210508172940

おばあさんだし、いくら営業に来ないでほしいとは思っても、さすがにそういう失礼な見方はできない。

誰も傷つけない世界限界

不謹慎な事を言うなとか、人を見た目で判断するなとか、LGBT配慮しろとか、平和世界への取り組みが為されている今日

とても大事な事だと理解しているんだけど、これを自分はどうしても厳しく感じてしまうし、そういう批判配慮にしんどくなってしま

なんでかなと思ったけど、行動は変えられても考えを変えるのにはまだほど遠いからなんだろうな

友達から同性愛者だと聞かされたら驚くだろう。変わらず仲良くすることはできるけど、確実に見方は変わる。

キモくて金のないオッサンと喋ったとして、優しく接する事はできるけど尊敬する所は微塵も無いだろう。

黒人は怖いし、障碍者キモいし、デブデブだなあって思うしハゲハゲだなあって思ってしまう。

もちろん口や態度に出さない事が重要なんだけど、最終的には思う事すら無くなる世界にたどり着かなきゃいけないんだよね?

そんな風に変われるものなの?幼少期から教育とかで矯正されるの?どうもそんな未来が見えない。

anond:20210508101227

好みに男女差はあるけど、得意かどうかの男女差は小さいって説が有力な気がする

分野の給与制御たかったら計画経済採用するしかないと思うんだけどどうなんだろ

それに、そもそも高い給与を得るための努力に関して男女差があるのでは、って思ってしま

高い給与を得るための努力をしなければならないという周囲の圧力が男のほうが強い、という見方もできる

2021-05-06

仲良しだったフォロワーと私の最後の一カ月(前)

 これからする話は、とあるさなジャンルの小さなカプの字書きである私がいかに身勝手だったかということを伝えるものである

 大多数の人間にとっては、読んでも糧になるものはなく、むしろ不快になるものだろう。

 それでも記事にしようと思ったのは、私の中で未だに蟠った昏い感情ひとつ文章として昇華し、過去出来事として今の自分から切り離し、客観的に見てみたいからだ。

 

 

 P氏と私の出会いは三年前。

 私はそれまで活動していたある大きなジャンルを抜け、小さなジャンルのABというカプで活動を開始した。

 前のジャンルを抜けた理由は、そのジャンル民が望むものが書けなくなって、しか自分がそれにショックを受けていたからというありきたりなものだった。

 二次創作は、当然ながら自分が望むものを作って楽しむのが正しい。けれど、あなたの書く○○が好きだと言われ、しかもそれが結構な人数いたとするなら、自分のためだけに書くのではなく、他人が望むものを書きがちになる。承認欲求というやつだ。

 当時の私は、自分の望むものではなく、他人が望む作品を作り出すことに腐心していた。厄介なことに、それが楽しいと思っていたのだ。

 しかしある日、私ははたと我に返った。

 自分のためにではなく、他人のために二次創作をしているということに気づいた私は、そのジャンルを去ることにした。

 

 そうして辿り着いたABで小説を書き始め、私は驚いた。

 文字が次々と紡がれていくのだ。

 私はあっという間に小説を書き上げて、某サイト投稿した。ツイッターも始め、このカプのここが好きだということを、誰のためにでもなく、私のために呟き続けた。

 それからは、毎日が楽しかった。

 千人近くいた前のジャンルアカウントに対し、今のアカウントフォロワーゼロ。私の呟きなんて、誰も見ていないから当然いいねもつかない。

 それでも楽しくて、私は呟きを量産し、小説を書き続けた。

 三年前の、四月の終わりのことだった。

 

 フォロワーゼロと言ったが、そもそもABの活動人数は少ない。

 活動を始めたばかりの私がフォローしたのは四人くらいだった。その内の一人がP氏だ。

 P氏はすぐにフォロバしてくれた。

 お互いに挨拶をすることもなく、話しかけることもない。いるけどいない、という関係だった。

 私自身、あまり積極的に絡みに行くタイプではなかったので、何人かの相互さんと話したこともなく、黙々と壁を打つ日々だった。

 相互になって二か月ほどした頃だろうか。P氏が私にリプを送ってくれた。私はABで初めて、同ジャンル人間としゃべった。

 嬉しかったが、それだけ。

 今から思えば、初めてリプをくれたのがよりにもよってあの呟きだったのはP氏の性癖が相当ヤバイことを示していると思うが、それはまあ別にいいだろう。

 初めてリプを貰ってから、P氏と私は一カ月に一度の頻度でやり取りをするようになった。

 どちらかが作品を上げると「素敵です」と言い、それに対して「ありがとうございます」と返す。それくらいだった。

 

 彼女と急激に仲良くなったのは、はじめてリプを貰ってから一年と少し経った頃だった。

 その時の彼女と私は、同じような人間関係問題で、同じように悩んでいた。

 その頃の私は人間関係に疲れて、殆ど誰とも繋がっていなかった。

 フォロワーはP氏だけ。正直、ABで活動を続けていくことに限界を感じていた。

 ただ、まだ書き続けていたいという気持ちもあった。

 私は彼女しか見ていないTLに、ABの小説投稿し続けていた。

 

 P氏初めて通話をしたのもその時だ。

 その時に私は、彼女二次創作で仲良くなったフォロワーとどう付き合いたいのかを教えてもらった。彼女は「同じ熱量の人と狂っていたい」と言った。私も同じだ、と嬉しくなったことを覚えている。

 二次創作をしていると付き物になるのが、熱量問題だ。

 なにが問題なのかというと、熱量主観的ものだということだ。

 ある人の、あるジャンルに対する熱量を、客観的に計る方法はない。本人が冷めたと言えばそうだし、冷めていないと言えば冷めていない。

 ここまでは、誰もが共通認識として持っていることだろう。

 P氏も、私も、そう思っている。

 ただ、私は、その先も考えていた。

 ジャンルに対する熱量主観しか計れない。決して、他人には伝わらない。他人に伝えるには、行動として示さなければならない。こうした時に言葉で伝えるのは逆効果であること私は思っていた。

 たとえば、あるカプについて毎日十以上の呟きをしていた人がいるとしよう。その人はある日別のジャンルにハマって、別ジャンルについて呟くばかりになって、あるカプについては殆どさなくなった。あるカプの絵や小説がTLに流れてきても反応しなくなった。以前なら、必ずその作者に感想を送り、フォロワーにその作品が素晴らしいからとプレゼンしていたのに、そうした反応を一切しなくなった。その人が唐突に「最近○○についてばかり呟いているけど、元のジャンルの熱は冷めてない。今でも大好き」と言ったとして、残念ながら私はそれを信じることができない。

 完全に冷めてはないのだろう。新しくハマったジャンルの刺激が強くて、元のジャンルへの反応ができなくなっただけだろう。ただそれは、見方を変えれば、「冷めた」ことにならないだろうか。少なくとも、以前と同じように反応ができなくなったということは、そこに割く労力を減らしたことに違いはない。

 

 別ジャンルにはまることも、そこに熱量を注いだ結果元ジャンルへの熱が冷めるのも、悪い事ではない。

 何を好きになるのかは、その人の自由だ。

 ただ私が、「冷めていない。今でも大好きだ」という言葉が出た時点で、その人はもう元のジャンルにこれまでと同じだけの熱量を注いでいないと思うようにしているだけだ。

 本当に元のジャンルにも今までと同じだけの熱量を注いでいるなら、わざわざ言葉にしなくていいはずだ。

 言葉にして、「冷めてないよ。だからこれからも仲良くしてね」と友情を乞うているような姿に、私は何とも言えない嫌悪感を覚えてしまう。

 あくまでも私がそう思うだけだということは、言うまでもない。

 人の考え方は人それぞれだ。だからこれは、私がこう考えたというだけの話であることを改めて記しておく。

 

 話を戻そう。

 P氏は私にこうも言った。

 

「別ジャンルにはまっても、そのジャンルで狂ってる君を見てたら私は楽しい

 

 使い古されたフォロワーへの言葉だった。

 ジャンル移動しても友達でいようね、と彼女は私に言った。

 別ジャンルに嵌って、別アカウントを作ってしまうと元々のアカウントフォロワーと疎遠になるのはよくある話だ。チェックするTLが二倍になるのだから当たり前だ。そして先述の通り、新しくハマったジャンルの方に熱量を注ぎがちになるのも明白。結果として、元のジャンル作品や元のジャンルで出来た知り合いの呟きへの反応は鈍くなり、その後ろめたさからアカウントを消すという人もいるだろう。

 彼女は私にそうなって欲しくないと言いたいのだろう。別ジャンルにはまっても、同じアカウント活動して欲しい、あるいは、別アカウントを教えて欲しい。たぶん、そういうことだと私は考えた。

 それで合っているかどうかは正直わからない。

 ただ私は、彼女言葉から彼女が望んでいることをできるだけ汲み取り、そうあるようにした。

 

 その頃は、多分、上手くいっていたと思う。

 彼女と私は毎日十や二十のやり取りをして、時々通話して、ABについてああだこうだと話していた。

 傍から見れば異常だったのだろう。言われるまでもなく、当時のP氏と私の関係は、正しく「傷の舐め合い」だった。

 それでも私たち毎日は楽しかった。

 少なくとも、私は楽しかった。今思い出しても、思わず頬が緩んでしまう。

 

 そうしている間に、秋が来た。

 最初通話から一年弱経った頃、私は別ジャンルにはまった。

 彼女しか見ていないTLで「○○にはまった」と呟き。ABと一緒に新しいジャンルについて呟くようになった。

 そのジャンル用のアカウントを作ったが、稼働させるのはすぐにやめた。

 新しいアカウント活動を始めると、熱量分散されることを私は知っていた。だから、元のアカウントで新しいジャンルイラストをリツーイトしたりしていた。P氏は私が新しくハマったカプについても「私は絶対まらないけど」と言いつつも好意的だった。私が新しいジャンルに狂っている姿を見て楽しいと、初めて通話した時に言っていた台詞を繰り返していた。

 

 彼女の様子が変わったと感じたのは、年が明けた頃。

 彼女はしばしば、創作モチベーションが上がらないと呟いていた。

 例のウイルスの件もあり、イベントは軒並み中止。ジャンル民の創作活動も下火になっていた。

 元々小さな規模のABというカプで、この一年コンスタント作品を上げていたのは、P氏と私だけ。

 その私も、昨年秋から色々とあり創作頻度は下がっていた。

 小説毎日書かないと感覚を忘れてしまう。私の執筆スピードは目に見えて遅くなり、大量の文章を、人様に見せられるほどの完成度に仕上げられなくなっていた。

 それがストレススランプに陥り、さら創作頻度が下がっていることを自覚していたから、呟きは多くするようにしていた。

 私がスランプに陥っている間、彼女はABの作品が増えないことに寂しさを募らせていたようだった。私は自分の不甲斐なさを痛感しながらも、スランプから仕方がないと自分を励ましていた。

 なんとか創作に集中できる環境を作りたいと四苦八苦していたが、そうこうしている間に彼女の方に変化があった。

 毎日二十近くやり取りをしていた彼女は、私の呟きにリプを飛ばさなくなり、彼女自身が呟くこともがくりと減った。

 私は彼女の行動に覚えがあった。

 彼女は、別のジャンルにはまったのだろうと思った。

 彼女はとにかく呟くタイプ人間だ。呟くことで、日々のストレスを軽減しているのだろう。だから、ここで呟いていないのなら、どこか、別の所で呟いているのだろう。そこで呟いているから、こちらで呟くことがなくなった。多分、そういうことだろうと私は考えた。

 少しだけ、私の心に靄がかかった。

 

「別ジャンルにはまっても、そのジャンルで狂ってる君を見てたら私は楽しい

 

 かつて彼女は私にこう言った。

 別ジャンルにはまって愉しそうにしている姿をみせてくれと言っていた彼女は、しかし、別ジャンルにはまって楽しそうにしている姿を、私に見せてはくれなかったのだ。

 

 春の訪れと共に、P氏と私の最後の一カ月が始まった。

anond:20210506172318

似たような年で読んできた読み始めた時期も似てる上で言う。

浅すぎる。漫画以外のコンテンツに触れていない、また触れ始めた頃よりも前の漫画を読んでいないだろうと推測できる。

典型的揚げ足取り見方しかできないなら漫画のみならず、エンタメ全て見る事を辞めた方がいい。

念仏宗無量寿寺 京都での儀式

京都での儀式入信した事は例え親家族であろうと口外禁止

無量壽寺の名バラしたら無間地獄へ落ちると脅される。

1. 白装束に着替え、儀式での作法を覚えさせられる。「南無阿弥陀仏」と10回唱え、独自の拝み方を

覚える。信貴山朝護孫子寺張り子の虎のように、首を振って頭を打ち付け眉間(白毫)の第三の目を開

儀式練習

2. 儀式は仏間で行われる。手を消毒薬で洗い、口を塩水でゆすぎ 再び手に塩をつけて流す。一人ずつ

順番に並び、仏間に入る。目をつむり、胸元で死人の様に両手を組み、襟をつかむ。合図で前にある打敷

きに頭を打ち付ける。  

 「よし」と言われ、信心決定となる。お礼で、五体投地と「南無阿弥陀仏」を唱える。

3. 仏間は暗い布で囲われ、祭壇と阿弥陀如来の掛け軸がかかっている。 日光菩薩月光菩薩と一体に

なる儀式。善知識と対面して座り、片手を合わせる。善知識の「南無阿弥陀仏」を復唱した後、強く息を

吹きかけられる。口をつけた盃の水も飲まなければならない。日光菩薩10回、月光菩薩は5回行う。

4. このことは絶対に他言してはいけないと宣誓させれれる。順番に、鈴を鳴らし、「絶対に他言致しま

せん」と誓約

5. 次の日は、朝早くから白装束で仏間に入る。その後、菩薩となった証を見せ

るとのことで、黒法衣で外に出る。太陽直視することができるようになったとのことで、太陽輪郭

はっきりと見える。太陽を見た後でも足元の暗いところがはっきり明るく見える(日想観という)。

6. 儀式を受けたので、死して六道輪廻に入らず、阿弥陀のもとに行ける身となったと説明。そして、

これから誓約を守らないと六道輪廻に逆戻りになる。

7. もうひとつの証は、化仏化菩薩を見ることができる。また外に出て、黄法衣の方に見方を教えて

もらう。方法は、青空を見上げ、眉間の20cm程前に焦点を合わせていくと、空中に白い小さな光が飛

び回るのが見える。眼鏡をかけても見える。背景を白い壁に移しても見られる。

 【参考:ブルーフィールド内視現象】 http://nenbutsushu.blog.163.com/blog/static/192499239201171183815163/

8. このほかに月を見ること(水想観)もある。日想観・水想観・化仏化菩薩、この三つが重要であ

る。最後に「南無阿弥陀仏」と写経した紙を仏間に供え、線香をあげて経を唱える。そして、写経した

南無阿弥陀仏」の紙は、家に帰り、夜中12時前にへその上に貼って眠った後、早朝、近くの川に流し

に行く(御六字)。

某所のブコメを見て、統計データ見方について非常に気になったので書く。

DV加害者の84%が男性https://archive.ph/wip/VflAh という統計がある場合に、それをもって女性任意男性を前にして DV 加害者可能性が高い、と判断して扱うのは妥当なのか。

結論から書くと、「任意男性DV 加害者である可能性」を評価する場合に、「DV 加害者の 84% が男性」という統計データを参照するのは間違っている。

以下説明

まず、日本人口をおよそ 1.2 億人(男性 6000 万人、女性 6000 万人)とする。

その場合、以下 (a.), (b.) どちらにおいても「DV 加害者の 84% が男性」となる。

(a.) DV 加害者が 100 人存在し、そのうち 84 人が男性で 16 人が女性場合

(b.) DV 加害者が 1000 万人存在し、そのうち 840 万人が男性で 160 万人が女性場合

しかし、「任意男性DV 加害者である可能性」は (a.), (b.) で大きく異なるものになる。

以上から任意男性を前にして DV 加害者可能性が高いかどうかを判断するためには「DV加害者の84%が男性」という統計データ無意味であることが証明できた。

任意男性を前にして DV 加害者可能性が高いかどうかを判断するためには、「男性全体における DV 加害者割合」を求める必要がある。

実際に「男性全体における DV 加害者割合」を求めてみよう。

以下 2 つの Web サイトを参照すると、平成28年ストーカー行為相談配偶者(元を含む))は 100 件で、配偶者から暴力相談等は 6819 件。重複はあるかもしれないが、合計すると 6919 件。

https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/about_mpd/jokyo_tokei/kakushu/stalker.html

https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/about_mpd/jokyo_tokei/kakushu/dv.html

6919 件の 84% はおおよそ 5812 件。

日本男性 6000 万人のうち 5812 件というのは、約 0.0097% になる。

さて、これで平成28年において以下統計情報が求められた。



以上から、全く初対面の事前情報のない男性に会った時に認識しておくべき統計情報は、「任意男性DV 加害者である可能性は約 0.0097%」であり、「DV加害者の84%が男性」ではないことを理解してもらえたと思う。

また、「任意男性DV 加害者である可能性は約 0.0097%」であることから一般的男性男性であるというだけで DV 加害者である可能性は低いことを理解してもらえたと思う。

男性かどうかよりももっと別の切り口で集団抽出して問題に取り組む方が良いだろう。

ブコメ当事者文脈的にその意図はなかったのだろうが、「DV加害者の84%が男性」という切り口は女性男性のどちらが悪いかということに目を向けさせ、男女分断を無駄に煽る統計データの利用になっていた。

統計データは適切に利用しましょう。

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