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はてなキーワード: 撮影とは

2019-03-21

anond:20190321104659

現場担当者自分判断マクロ作ったりするのはアリだと思うんだけど

それをズルだという謎の風潮が一部であるのをネットで見るたびに笑いが止まらない。

ぜひ我々ベンダにお任せいただきたい。

お仕事を簡略化するためのマクロいくらでも書かせていただきますよ。

もちろんスペシャリストによる本格実装なので安心安全です。

ぜひこの機会にRPA導入をお手伝いさせていただければと存じます

目安としては自動化したい担当者様の業務内容1件あたり10営業日前後でご提供できればと考えております

スムーズ作業を進めるために各担当者様には自動化したい内容をあらかじめまとめて頂き、そして弊社エンジニアの前でその業務を実演、撮影をいたしまして、それをもとにRPA導入について検討してご提案させていただきます

また毎日ステークホルダー全員を同席の上で進捗報告、方針確認等させていただければと存じます

システム仕様変更によってRPA動作しなくなった場合、そちらはアフターサービス契約による対応とさせていただきアフターサービス基本料とは別に別途工賃を頂戴いたします。

仕様の変更次第によっては対応できない場合もございますのでご了承願います

なお、弊社への丸投げは必ずメテオフォールになって失敗するので絶対に許さない所存ですので最後まで毎日お付き合いいただきます

くらいの意気込みでセールスしたい。

1件あたり200~300万円くらいとれないならやる意味がない。

2019-03-18

私はファンではなくオタク

よく若手俳優好きな人たちはファンではなく、オタクと名乗る。その一方で俳優は、自分応援してくれる人のことをオタクではなくファンと呼ぶ。

両者に違いはあるのだろうか?

高校の頃に某テニスミュージカルにはまった。

舞台に行くのは1つの公演につき数回で、SNSで同じ俳優や同じミュージカルファンと繋がって楽しく過ごしていた。

好きな俳優ファンクラブが出来ると開設日に入った。

初めてのファンイベントに胸をときめかせて、普段舞台と客席という距離感しか見られない好きな俳優が目の前にいることに、彼と話が出来て写真が撮れることに感動した。この時は彼を見られることが、彼の話を聞けることがただ楽しかった。

私は彼のオタクと名乗っていたものの、極めて善良なファンだった。

彼のことは結局5年くらい応援していたのだが、段々と熱が冷めて降りてしまった。


かにハマっている時の何とも言えない充実感というのは一度経験すると忘れられない。

次に好きになった俳優は、彼が出ている舞台に出演していた俳優だった。彼のことをBとする。

Bとの出会いが私を変えた。

Bを好きになった舞台はかなり大きな舞台だったのだが、彼はデビューしてすぐの俳優で、その後の舞台小劇場と言って良いのかもわからいくらい規模の小さなものだった。そこでは舞台の後にお金を払えば写真が撮れて、話せて、手紙プレゼントが渡せた。

舞台初日写真を撮る前に手紙を渡す私にBは言った。

イベントにもきてましたよね?いつもありがとうございます。○○さんって言うんですね」

この舞台の前に事務所イベントがあり、そこではお見送りハイタッチがあったが、流れ作業で覚えられてる訳がないと思っていたから驚いた。しか手紙確認して名前まで読んでくれた。

嬉しくなってしまってチケットを増やした。

毎回写真を撮ってるファンはいても、毎回手紙を渡すファンはいなかったらしい。

Bは必ず前日に渡した手紙の内容に触れてくれた。出演者全員との写真撮影の時も「○○さんは僕の隣ですよね?」と言ってくれた。

好きな俳優自分のことを個として認識してくれることの嬉しさ。これは経験したことのある人にしかからない嬉しさだと思う。

まり詳しく言うと誰を応援していたのかバレそうなので控えるが、ある事情でBのことは応援することができなくなってしまった。(炎上で降りたとかではなく)

その後は気になった舞台適当に見ていた。

格好良いなと思える俳優、凄いなと思える俳優はいても、応援したい、推したいと思える俳優には出会えなかった。

しかし、ある人気舞台を観に行った時Cという俳優一目惚れした。

彼のパフォーマンス笑顔に釘付けになり、気づけば次の舞台チケットを集めていた。

Cはこの舞台きっかけにかなり人気が出たため、接触に来るファンの数は凄まじく、積んだところで対応が変わりはしなかった。

それでもCのパフォーマンス笑顔が大好きだから出る舞台には行けるだけ行った。全通とまでは言わないが8割は行っている。その度に手紙を書いた。

SNS手紙プレゼントに対してお礼を言う俳優ではなかったので、何の意味があるのだろう?と思うこともあったが、とにかく彼の演技が好きだからその想いを手紙に書いた。

しかし、物足りなさも感じていた。

Bの時に好きな俳優に個として認識される嬉しさ、見られることの嬉しさを体感してしまっていたから、ただ見るだけでは満足できなくなっていたのだ。

Cの舞台端境期、友人に誘われあるスポーツを観に行った。

メジャースポーツではあるが2部リーグの観客は少なく、最前列プレーを見ることができた。

最前列で見るスポーツの迫力は凄まじかった。

その中で1人目を惹かれる選手Dがいた。プレーも勿論素晴らしいのだが、俳優顔負けのルックスだった。

どうしても忘れられなくて次の週Dのチームが出る試合を観に行った。

やっぱり彼のプレーは素晴らしく、そして格好良かった。

その日はファンサービスの日だったらしく、会場の中にはファン対応を待つファンが多くいた。(といってもチーム全体で数十人)

勇気を出して選手に声をかけてみる。

彼はびっくりするくらい良い人で、沢山話をしてくれて、写真を撮ってくれた。

家に帰っても熱が収まらず彼の過去試合ファンがあげた写真などを片っ端から調べた。

Cの舞台に通いながらもDのことが忘れられなかった。

しばらくCの舞台がない期間があり、そこがちょうどDのリーグ戦の時期と重なっていたので、行ける限りDの試合に行った。

試合を見に行くほどチームや競技のことも分かるようになり、試合を見ることもどんどん楽しくなっていった。

そして試合終わりには毎回出待ちをして差し入れ手紙を渡しDと話をした。

Dのファン遠征をするほどの熱心なファンはおらず、Dはあっという間に私のことを個として認識するようになった。

前に話したことも覚えていてくれてそれについて向こうから話題を振ってくれたり、髪型を変えれば気付いてくれたり。

他のファンに対する優越感が生まれた。

私はDのことをこんなに知ってるし、Dも私のことをこんなに知ってくれてる。チームメンバーにもDのファンの子だと認識されている。会場内で会うと(選手結構うろうろしてる)向こうから挨拶をしてくれる。

追っかけやオタクと無縁な人にとっては、くだらないと思うかもしれないが、これがすごく嬉しいのだ。


Dに熱を上げている状態でCの舞台を観た。

舞台の上でのCはやっぱり輝いていたし、好きだ、応援したいと思った。でも、Cにとって私は何万人といるファンのうちの1人でしかないのだとも思った。

ある日CのCD発売イベントが発表された。どうしてもスケジュールが確保できず、必要最低限の枚数だけ買って、イベントはいかなかった。

CはCD発売イベントの後あるブログ更新して議論を読んだ。

その内容をざっくり言うならファンの力は凄く助かっているが、オタクになられると困るといったものだった。いくらまれてもそれによって対応を変えるつもりはないと。

そのブログを読んで正直萎えた。

Cの接触いくら積んでも個として認識される事はない、あっても向こうはそれで態度を変えたりしないのでは意味がないと思ってしまったのだ。

私は接触イベントで、一方的俳優を見るだけでは、一方的に想いを伝えるだけでは満足できなくなっていた。

今でもCの舞台には行っている。

ただ自分面白いと思う舞台だけ、自分の見たい回数だけ、見るようになり、接触イベントにはきっぱり行かなくなった。

Dの試合には全て行って、毎回差し入れをしている。

結局のところ、自分の好きな存在を見るだけでは満足できない、見られたいと思ってしまう限り私はファンではなくオタクなのだろう。

anond:20190318134100

増田が人前に出る系のプロじゃないと仮定するけど、

自分ニュース原稿の書き起こしを読み上げるのをスマホ撮影して見てみなよ。

わぁ下手だなぁって思うと思うよ

2019-03-17

ピエール瀧 20代仕事について

僕の20歳は、「人生」っていうバンドをやりながら東京一人暮らしをしてて、医療系の専門学校中退した年ですね。臨床検査技師勉強をする学校だったんですけど、1年目の途中であんまり行かなくなって、2回目の1年生の夏に、ドラクエ のやり過ぎで辞めたんです。辞めたからといって地元静岡に帰っても仕方ないし、仕送りを止められたので、バイトバンド活動に明け暮れてました。あ、明け暮れてはいないですね。バイトをそこそこやりながら、あとは遊んで暮らしてました。すいません、ちょっと自分を良く言おうとしちゃって。お恥ずかしい。

このころは幡ヶ谷ワンルームマンションに住んでました。いまもバンドを一緒にやっている(石野)卓球笹塚に住んでいて、ちょうどその中間地点に練習スタジオがあったんです。当時はインディーバンドブームで、僕らも雑誌に取り上げてもらったりして、幾らか知名度はあるインディーバンドっていうようなポジションでしたかね。

仲の良い友達と始めたバンドから面白かったですけど、僕は部活みたいな感覚でやってましたから、とうていそれで食っていくってことを思いつくはずもな く、とくに将来のことも考えずに基本毎日ぷらぷらしてたんです。夢中でガチャガチャをやり過ぎちゃったり、CDジャケ買いして失敗したのが痛いとかで、 明日晩ご飯代がないみたいなことはありましたけど、そういう無目的若者でもなんとかやれる土壌があったというか、都市の遊びの部分に上手くハマってたんだと思いますけどね。

ただ21歳になるころ、インディブームからバンドブームみたいなものに変わっていって、僕らのバンドでやれることも飽和していたので、「人生」解散したんです。

当時はちょうどテレビ深夜放送が始まったぐらいのころで、よくバンドPVが流れてました。「人生」を辞めて僕はもうバンド活動はしないと思ってたから、それを見て、PV監督になりたいなぁと思ったんですね。それで知り合いが紹介してくれて、バイト四谷三丁目にある小さな映像制作会社に入ったんです。

そこは、地方CM企業宣伝用の映像とか、そんなにメジャーじゃないバンドPVを作ったりするような会社でした。20歳そこそこの小僧が見る世界としては、高価な機材とか目新しいものがいっぱいあるし、撮影現場で「本番!」みたい な感じがすごく面白かったですね。ただ会社が小規模なので、現場に付く下っ端が僕一人しかいないんですね。教えてくれる人もいないのに、現場はどんどん進んでいくわけですから、とにかくしんどかったです。辛くて泣きましたもん。夜中に帰って、当時一緒に住んでた彼女に「仕事が辛い」つって「うぇーん」って 泣いて、その45分後には「仕事行かなきゃ…」って言ってたりとかね。

そこで働き始めてしばらくしたら、卓球から連絡があって「こんど電気グルーヴっていうユニットを新しくやろうと思うんだけど、お前もやんない?」みたいなことを言ってきたんです。なんでまた俺を誘うのかなと思ったんだけど、「良いよ。でもこれは完全に趣味で、部活みたいにやっていこう」って言って、電気グルーヴ活動を始めたんです。

それで2回目か3回目のライブを見たソニーの人から声をかけられて、呼び出されて新宿寿司屋に行ったら「君たち、プロでやる気はないの?」って言われたんです。そりゃ、やりますよね。だって部活お金くれるんですから。とは言っても、条件は月給10万円。ザッツオール(笑)

ただこのとき、僕は、制作会社の人たちにはお世話になってるし、少人数の制作体制自分が抜けることの意味が分かってました。かといって二足のわらじはとうていムリですから、最終的には上司に「こういう話があって、すごく迷ってるんです」って切り出したんですね。そうしたら、「若いんだから絶対音楽の方に行った方が良いよ」って背中を押してくれて、それでデビューすることに決めたんです。僕個人としては「どうせこんなバンドポシャるだろうから(笑)、 まあ、3年ぐらいプロミュージシャン世界を見てきても、いま21歳だから24歳。まだいけんな」っていうのでデビューしたみたいな感じでした。だからプロになったっていう自覚あんまりなかったんですけどね。

すぐにレコーディングだってことで「マンチェスターニューヨーク、どっちがいい?」って言われたんです。「さすがソニー。金持ってんなぁ」みたいな感じでマンチェスターに行くことにしました。昔から好きだったニューウェーブとかギターポッ プみたいなものマンチェスターのやつが多かったですからね。向こうに2ヶ月ぐらい滞在してファーストアルバム作りました。当時「マッドチェスター」っ て言葉があって、マンチェスターが狂ってた時期の後半で面白かったですね。ライブを見たりクラブに行ったりすると、イギリス人にもゆるいやつとかメチャクチャなやつがいて、刺激はいっぱい受けましたね。まあ、こちらは21歳でなんも考えてないですからね。それはねぇ、そんなやつを自由にそういうところに行かせたら、やっぱり何色かにまりますよね(笑)

電気グルーヴふつうバンドと違って、主要な旋律はだいたい機械が出してくれるわけですよ。だから練習よりは、ライブの日のテンションの方が大事だったりするタイプバンドだったんです。僕は楽器をやるわけじゃなくて、たまにマイクを持ってがなったり、まあ歌ったり、歌を間違えたり、歌わなかったりとかもしますけど、ほとんどステージに出てフラフラしてるだけなんです。バンドって遊びの側面があるじゃないですか。僕の感覚としては、その遊びみたいなことをずっと続けてるのに近かったんですけどね。まあ客の盛り上がり加減を見ては「今日はもうちょっともっていけたのにな」って思うことはあったけど(笑)。だいたい、僕を見てるとは思ってなかったですもん。みんな卓球とかを見てて、たまに見られてる箸休め的な感覚でやってましたから。

好きだったアーティストが薬物中毒だった時のショックったらないぞ・・・反吐がでる

俺が好きだったアーティストが薬物中毒摘発された時の心境を思い出した。

まず、激しい嫌悪感

絶対に手を出してはいけない薬物なのに、なぜやったんだろうかと本当にそいつが大っ嫌いになった。

TVにたまにでてるけど、正直な気持ちとしては表舞台に出て欲しくない。

そして、そんな薬物中毒なやつがつくった楽曲を何も知らずにCD買って、全部が好きなわけじゃないけど、まあいい曲もあるよねと買い続けた俺ってなんてバカなんだ。

好きな曲全部が薬物中毒の時に書いたのかわからないけれど、そんな曲だったとしたら自分自分が嫌になる。

 

ファンCD買って、その売り上げた金で買った薬物をアーティストが使うとしたら、つまりファンヤクザの売り上げに貢献してたってことだろう?

絶対に嫌だ、ばかばかしくてマジで反吐が出そうになった。なんでcdを買ってしまったのかという嫌悪感がぬぐえない。

 

まり自粛というのは、そういうことなんだと思う。

反社勢力わずかでも力を貸さないというきっちりとした対応なんだと思う。

当時はここまでしか思わなかったが今は、その先があると思う。

 

一旦、薬物中毒を許せばずるずるといってしまう。

復帰ぜんぜんオッケー!などとしてしまうのは非常に危うい。

 

たとえば、たまたまヤクでキめてた曲がヒットした曲や、曲をかけなくなったが薬物で曲をかけた、となれば、アーティストは薬物を使わないと作品を作れなくなるという恐怖にかられるんではないか

それを世間が許してしまうと、「アーティストは薬物中毒になりながら作曲するのが当たり前な社会」になってしまう。

 

健全だし、反社勢力をのさばらせてしまうことに繋がる。

 

個人的には今回のピエール滝の映画とかドラマはどうでもいいんだが、これは許してしまうことの余波、リスクが恐ろしいと思う。

あーやばいクスリに手を出しても世間はゆるゆるなんだ」ということは非常によろしくない。

 

今「作品に罪は無い」と声高にいうのは非常に危ない(例えば、”実は反社勢力の人では?”という疑いのまなざしを向けられる可能性はゼロではない)し、「ではリスク責任は誰になるのか」をキッチリ考えねばならない。

 

真面目にやってる周りは本当に迷惑だよね。

薬物中毒の人がいるせいで余計な仕事コストが増えて、本当に辞めてくれって思うだろうよ。

今後、ドラマ映画撮影は誰が抜けてもCG対応や、それこそvtuber代理でやってくれる時代になったりするのかな・・・

2019-03-15

anond:20190315175503

脱法行為

職質しなくて不審者連続殺人とかしたら、キレるんじゃないの?

だったら最初から怪しい人手当たり次第に職務質問してくれて良いと思う。

なんなら監視カメラ撮影してくれても良いよ。中国みたいに。

ダイエット番組のまとめってOKなの?

グレーゾーンだと思ってるけどどうなんだろう。

テレビでやっていたんだし、その画面を撮影してブログにアップするのはOKNG?

どうなんだろう。

2019-03-14

anond:20190314211707

とりあえず、"アメリカ 奴隷制映画"で検索してみよう。この3作品が腐るほど出てくる。どれも面白いから、そりゃまとめられちゃうよ。でもこれじゃ増田で聞く意味がないよねえ。

てなわけでアメリカ奴隷制度に限定せず、プランテーションという視点で考えてみた。

アメリカ奴隷制から着想を得て、この二つに行き着くまとめはあまりないと思う。

anond:20190314220955

写真については女性は「撮影」という行為は好むが「カメラ」にはあまり興味がなさそうな印象。

男性は「カメラ」というモノに興味を持ちがちで、男女間で会話があまり成り立ちそうにないと思う。

虐待ニュース

6歳の知的障害があった女の子を殺した母親。もちろん最低なことをしたと思う。

でも、この虐待ニュースは今までのニュースと一緒にしてほしくない。

母親について顔写真や、情報を集めて晒そうとしてる人がいる。ちょっと待ってよ…。

パニックになってる自閉症の子撮影して、迷惑な子がいたと晒す人がいる。

そしてその動画をみた人の中には、こいつはサイコパスだ今のうちに何とかしろと叩く人がいる。

障害のことを知らないのに何でも親の責任だ、静かにさせろ、どういう教育をしてるんだと責め立てる。

でも、どんなにたくさん愛しても、どれだけ育児を頑張っても、将来自立できるかも分からない。

だって障害から病気なら治療してどんどん良くなるかもしれない。でも障害は一生付き合っていくもの

そしてこの母親は46歳。年齢的にも確実に子供を残して死ぬことになる。障害がある子どもを残して。

子どもの将来を悲観して、残酷な世の中で生きていけるのか不安になってもおかしくない。

いっそ殺してしまえば楽になれるかもしれない。この子の将来をどうしてあげることもできない。

この母親不安孤独普通に生きてる人、普通の子の親にはきっと想像できないほど大きかったと思う。

他の虐待ニュースと同じように叩く前に、少し想像してみてほしい。

2019-03-13

xvideosを見たことない奴だけが石を投げろ

たまにブコメで見るけど

個人撮影しか興味ない俺は石投げまくっていいわけだよな?

anond:20190312211411

通帳: ネット銀行なら不要

印鑑: ネット銀行証券なら不要

印鑑: 必要な時に印鑑登録して使用し、使い終わったら登録解除しておけばシャチハタと扱いは変わらない。

口座番号等が書かれた紙は撮影して画像クラウドに保存。

クラウドは2要素認証。端末は顔か指紋認証と難しめのパスコードを設定。

万一のために1000円札を30枚くらい家に置いておけば災害の時にはなんとかなるし、その程度なら盗まれても諦めがつく。

スリジエという女性アイドルグループにハマった話

その出会いは衝撃だった。

どん、と胸を打たれるような、きっとこれは出会うべくして出会ったのではないか錯覚するような、そんな出会いだった。

これは別にただのアイドルヲタクの備忘録のようなものであり、個人特定などもされそうだが特にこれと言って匿名で書いている意味もない。これを踏まえて興味がある方に興味を持っていただければそれに越したことはない。

ことの始まりは昨年1月に遡る。

たまたま地元イオンにふらっと寄った時のことだ。エスカレーターを降りる時、ふとアイドルライブをしているのが目に入った。

降りた先で最初に目についた背の高い女の子はなんとも可愛いミントグリーン衣装を着て熱心にビラ配りをしていた。(これが後にスリジエ候補生リー(当時)の石原由梨奈ちゃんであったことがわかる)2つのグループで合同のインストアイベントだと聞いたが、他にも何種類かの衣装を纏った少女たちがとにかくたくさんいた。

その日、たまたま散歩帰りで望遠レンズではないとはいえ一眼レフカメラを持っていた私は迷わず撮影エリアに行った。というか、気がついたらピンク衣装女の子たちを撮っていた。ほんの無意識だった。あの日カメラを持っていたことは偶然ではなかったのかもしれないとすら今になって思う。

そうこうしているうちにひとりの小柄な女の子が目についた。

可愛い

なんだこの可愛さは。

これが後に「推し」となる朝日奈えみちゃんとの出会いだった。これはもう衝撃だった。

幸いにもインストアイベントが終わってからハイタッチ会があったためにメンバー全員を近くで見られたのだが、全員が可愛いのは言うまでもないがやっぱり彼女は抜群に可愛かった。まさに一目惚れだった。

メンバーとのハイタッチが終わってすぐに、迷わずGoogleで「スリジエ」と検索していた。わたし一目惚れした彼女朝日奈えみちゃん自分と同い年、さらにはお誕生日も2日違いではないか趣味コスプレ。元々小学校高学年の頃から深夜アニメを観るようになって、その後は声優ヲタに片足を突っ込んだ経緯のある自分に重なるものがあり、一気に親近感を覚えた。

そして発売が1ヶ月以上先のCDを迷うことなく予約した。そして初めて、その場で一目惚れした女の子ツーショットチェキを撮った。初めてチェキを撮った時はとにかく緊張と興奮が混ざっていて何を話したか全然覚えていないが、その時のチェキを見返すと、推しと一緒に非常に楽しそうにハートを作っているわたしが写っているので、きっと相当楽しかったんだと思う。

その興奮も収まりきらないまま夜になってしまった。そんな時だった。時刻は午前1時半をまわっていた。その時は偶然起きていて、昼間にの散歩で撮った写真現像していた。iPhoneの画面がついたと思って見たら、そこにはTwitterからの通知が来ていた。

開いた先には何と、先ほどチェキを撮った彼女からリプライが来ていた。というのも、興奮したままのテンションで「スリジエというグループが可愛くて~特に朝日奈えみちゃんが好み~」みたいな何とも稚拙ツイートをしていたかであるまさかリプなんて来るわけないだろう、と思っていただけに本当に衝撃だった。そこに書かれた「またライブに遊びに来てくれると嬉しい」といった内容に、軽率に釣られてしまったのである

わたしは元々SKE48から女性アイドルに興味を持つようになり、スリジエを知る前はでんぱ組.inc妄想キャリブレーションなどが好きだった。とはいえ、いずれもある程度女性ファンが多い。しかスリジエは、ましてや撮影可能エリアには女性なんてほぼほぼいなかった。でもやっぱり「推し」となった子の笑顔を見るとこちらまで嬉しくなるものからインストアイベントでは何とかして大きなカメラを抱えた男性方に混ざって必死写真を撮っていた。

たまに「女の子がいるのが見えたらメンバーも嬉しくなるだろうから」と前に入れてくださる方もいた。こういう場では軽蔑されるだろうとヒヤヒヤしていたわたしからしたら、その人たちがもはや神様か何かに見えた。今もインストアイベントやら撮影可能の外部ライブ写真を取り続けていられるのは、そんな方々がいたおかげだと思う。そして、メンバーに青葉桃花ちゃんという「カメラ女子」がいたことも大きかった。彼女のおかげで写真を撮ることが間違いなく楽しくなった。

スリジエインストアイベントや外部ライブへの出演だけでなく、週に4日秋葉原で「定期公演」と称されるライブを行っているグループだ。わたしは当初、このライブには行けなかった。理由はよく覚えていないが、間違いなくアウェーだと思っていたのは事実である。おかげで4月の終わりまで何だかんだで定期公演へ足を運ぶことが出来ないでいた。

でも実際に行くと、アウェーとかそういうものとはまるでかけ離れていた。その日はゴールデンウイーク間中ということもあり、とある候補生メンバー生誕祭が平日の朝から行われていた。はからずも生誕祭という比較的誰でも楽しみやすイベントで定期公演デビューを飾れたことは、我ながらとても良かったなと今でも思う。

意外とあたたか現場。会場に入るや否や、初めに感じたのはこれだった。女性の居場所なんてないんじゃないかと思っていたのは何だったのかと思うぐらい、罵声を浴びせられることもなかったし好奇の目で見られることもなかった。どう見てもわたし以外は全員男性だったのに。学生時代男性アイドルグループも観てきていたが、その度に「メンバーと同性なのにファンをしているのは何が楽しいのか」という疑問を抱いている人が多い環境にいたわたしには、これも衝撃のひとつであった。

しかった、という感想しかか出ない程楽しかった。次の日も、そのまた次の日も、朝から秋葉原に出向いた。そうしていくうちに、元々インストアイベントで撮らせてもらっていた時以上に全体的にライブを観られるようになった。この子はこんな魅力のあるダンスをするんだ、この子MCで話すとこんなに面白いんだ。そんな発見がとても楽しかった。そして、元々この子が好きだなあ、というぼんやりとした気持ちだったのが、各ユニットでこの子を観たい!というものさらに明確に定まっていった。それまでは1人でライブを観ていた超人見知りのわたしと、この頃から会場で話してくれる方が出来始めた。実生活共通趣味友達があまりいないこともあって純粋に嬉しかった。

ゴールデンウイークが明けてからは、平日に各ユニットでのワンマンライブがあった。わたし候補生リー(5月16日)スリジエ宙組(5月18日)のワンマンライブを観に行った。ツリーワンマンライブの日、別のユニット所属しているメンバーたちが参加しているサイン会推しチェキを撮ったその足で走って会場まで向かったのを鮮明に覚えている。人は普通ヒールでこんなに走れるのか、と感激したぐらい、高校生の体育の授業の時のように全力でダッシュした。また、この時の公演は半分以上観られなかったこともあって、初めてその場でBlu-Rayを買ったのもいい思い出だ。

宙組ワンマンライブの日はその前から告知があったために職場には休み申請していた。そして意気揚々と会場に入った。推し体調不良で先述のサイン会からの復帰であったが、正直どこの誰よりも可愛くてああ、この子を観に来て良かった、と思った。また、この時に初めて宙組メンバー全員と一緒にチェキを撮った。その前からTwitterにちょいちょいインストアイベントで撮った写真を載せていたこともあったからか、推しチェキサインをしてくれている間に色々話しかけてくれるメンバーいたことにもびっくりした。

そんな充実した5月も終わろうとしていた頃。アイドル撮影会に初めて足を運んだ。それまでポートレートと言っても友人ぐらいしかまともに撮ったことのなかったわたしからしたら未知の世界ではあったが、先述のサイン会(またかよ)の会場であったスタジオでの開催ということ、そして推しが参加することからわず予約した。

撮影会と言ってもポージングの指示出しとかしたことないしな…と不安だったが、そんなもの杞憂だった。どのメンバーもほぼ同世代ということもあって、いろんな話をしてくれたことがすごく楽しかった。気がついたら結構な量の写真を撮っていて、3時間なんてあっという間に経ってしまった。

それから先は推しが休業したり出演したりとまちまちではあったが、とにかく受付で「お目当てのメンバーは?」と聞かれると「朝日奈えみちゃん」と答える日が続いた。推しの休業が寂しくなかった、と言えば嘘になるが、休んでる間にも待ってることを伝える術はTwitterリプライを送ること以上に会場へ足を運んで動員を入れることだと思ったかである。そしてその間にこの子はこんなところが素敵だな、とか、そういう発見をたくさんした。このことは後々の(今でもだが)インストアイベントやら外部ライブやら撮影会で写真を撮る時の参考になったり、話すネタになったりしている。

また、推しがいない中でもライブを観て楽しめたのは当初スリジエ候補生リー所属していた中村柚月ちゃん(現在アリスプロジェクト移籍仮面女子候補生所属)の存在なくして語れない。彼女推しと仲良くしていたほか、わたしとの共通話題がたくさんあったこからイベントがあれば気がついたらチェキを撮るようになっていた。推しとはまた違った魅力がたくさん詰まっていた。どんどんその魅力がに惹かれるようになり、「推しが大好きな彼女もっと好きになりたい」そう思うようになった。

そして迎えた9月。うだるように暑い夏が終わろうとしていた9月2日に、スリジエリーダー中丸葵ちゃん生誕祭が開催された。その時に偶然居合わせフォロワーさんと話した時に言われた些細なひとことが、この後の運命を変えたような気がする。

「えみりー(推し愛称)の生誕祭、どうするの?」

正直わたしはそれまで、他に動く人がいるだろう、とか、何なら女性がほぼいない現場で、しかわたしみたいなどこの現場にもいるわけでもない人間が動いたりなんてしたら5ちゃんねるとかでフルボッコにされるんじゃないかな、とか思っていた。その上推しは当時、身体の不調が続いていたことにより、長期的な休業に入っていた。

しかしその段階では誰も彼女生誕祭について動いていないようで、誰かがやらないといけないことをその時に初めて知った。生誕祭9月24日。あと3週間しかない。

元々何かを頼まれたら断れない性格であったことも相まって、せっかくならメッセージカードをたくさん貼ったアルバム(通称ヲタ図鑑)を作って「皆で復帰を待ってたよ」的な感じにしたいなと思った。その日の公演の帰りに自分メッセージカードデザインして業者発注をかけなければならないということに気がついた。そして帰ってからデザイン構成し、業者発注した。自分で言うのも何だが、尻に火が付いたら秒で物事を終えられる性格だなと改めて思ったものだ。

この後「生誕祭一緒にやりませんか?」といった内容で連絡を下さった方には事後報告になってしまったが、とにかく注文したメッセージカードが届き次第メッセージを集めた。正直100人ももらえないかもしれない、予備を含めたと言ってもさすがに200枚は作りすぎたな…とか思っていたにも関わらず、余裕で120枚近くのメッセージカードが集まった時には感激した。それらをアルバムに1枚1枚貼る時、たくさんの方がメッセージカードの内容を読みながら泣きそうになった。こんなに愛されている子を好きになれたことは幸せだな、そう思ったら胸の奥が熱くなった。

余談だがこのヲタ図鑑推しと同い年の自分担当することになった時に「推しが泣くぐらい喜ぶものを作りたい」という目標を設定して作った。せっかくならとびっきり可愛くて、他のメンバーに自慢したくなるような女子ウケの良いものにしたい、と思った。しかしながらわたし自身にそこまでのセンスがなかったこともあって、そこまで可愛いものではなかったかもしれない。

そんなこんなでバタバタしつつも順調に作業をして迎えた生誕祭当日。朝から気合を入れるためにビールを飲んで秋葉原へ向かった。開演1時間半前に秋葉原に着いたのに、開演するまであっという間だった。何なら開演してからもあっという間だった。生誕祭の内容に関してDVDも発売されているために詳しく書かないが、とにかく本人がこの日のために撮影編集したというオープニングの映像(https://youtu.be/b-JAqGexHWU)が始まってすぐに泣いた。というかその前から推しの姿がちらっと見えるだけで泣いていた。久しぶりに見た推し笑顔。そしてそんな推しに皆で振った緑色サイリウム。ただただあっという間に過ぎていくそ時間は、2018年いちばんキラキラしていた瞬間だった。その後のチェキ会でメイクがドロドロになりながらもチェキを撮ったこともはっきりと覚えている。いろんな方のご協力があっだからこそ見られた推し笑顔。どの方面にも感謝してもしきれない。

それから推し活動復帰ということもあり、足を運べる時はライブに行くことを優先した。アイドルはいつ会えなくなるかわからない、でも会えるうちにたくさん会わないと伝えたい言葉を伝えきれないと感じたからだ。気がついたらいろんなイベントスリジエと一緒に過ごしていた。

元々インドア派だったわたしフットワークが、異様に軽くなった。楽しいこともあったし、推しと仲良くしていたメンバーが次々に卒業してしまったり移籍してしまったり、そんなような泣きたくなるようなこともあった。でも、今となってはどれもいい思い出だ。思い出したらきりがない。

そしてスリジエきっかけに、住んでいる場所や年齢、職業などの壁を超えた知り合いがたくさん出来た。びっくりするぐらいどの人もすごくいい人で、それぞれの推しに対する愛情が深くて観ているだけで「ああ、○○ちゃんはこんなに愛されてて幸せ者だなあ」と思わされるぐらいだ。

女子出身学生時代バイト先も女の子ばっかりだった上今の職場でも異性とあまりさな環境にいて自他ともに認める「コミュ障」であったわたしがこんなに様々な男性と話せるようになるなんて、1年前には思ってもみなかったことだ。

その人たちの推しているメンバーの記念のイベントがあった時にお手伝いをさせて頂いていると、この子はこういうところが素敵だなという新たな発見がある。その時も「そうなんだよね〜この子のこういうところが好き」という会話から好き、可愛い、という感情シェアできるのがシンプルに嬉しい。

どうして女性女性アイドルヲタクをやっているのか時々聞かれることもあるが、単純に楽しそうな推しを観ているとこちらまで楽しくなってくるからという理由に尽きる。別にガチ恋でもないし、かと言って友達になりたいとかそういう願望もないので、単純に雲の上の存在として眺めているのが目の保養になって楽しい。そして自分の見た目へのコンプレックスも相まって、来世ではこんな顔に生まれいから今のうちに徳を積みたいな、という実にしょうもないことを考えている時もあるがこれも楽しい

書いていて文章がまとまらなくなりつつありますが、とにかく何が言いたいかというと。

わたしスリジエが大好きです!

スリジエの定期公演について

......................................................

❁*゚スリジエ定期公演詳細

https://ameblo.jp/livecerisier/

❁*゚『You are No.1MUSIC VIDEO FULL Ver.

https://youtu.be/1KMQD8c0-c0

anond:20190312164747

AV撮影で(無断で)部屋を使われたくないからだと思うけど、どういう不利益があるのかはわからなかった。

anond:20190313115107

君こそ何回同じ話したら済むの?てか 君誰?

女性専用車両時間限定

関西では終日

時間限定でも差別差別

痴漢を防ぐ手立てが思いつかないため鉄道会社実施した(痴漢が一番悪い)」

痴漢が悪かろうが鉄道会社無能だろうが、善良な男性には関係ない。差別差別

障がい者子ども普通に乗れる。補助の男性も乗れる」

・「善良かつ健全男性」は乗れない。差別

障碍者が追い出された事例もある

女性専用車両に乗った男性が追い出された動画がある」「女がキレまくってるし差別主義者ばかりだ」と言うもの

それは「女性専用車両にわざわざ乗り込み、なおかつ動画許可無く撮影し、拒否しているのに撮影を続けたから」だ。文句も言いたくなるだろう。

順序が逆。

「追い出される」「差別主義者」という現実があり、それを立証するために動画撮影をせざるを得なかった。

また、冤罪を仕掛けられないための自衛でもある。反差別を訴える反対派を執拗中傷するものがいる以上、その程度の自衛必要

そもそも女性専用車両という差別がなければ動画をとる必要もない。

人身事故」そして「女性専用車両ムカツクからといって電車遅らせるクソ」と「痴漢

2番目には大いなる誤認がある。

電車を止めてるのは「女性専用車両という差別を押し通すために電車を止めてるクソ」な。

権利もないのに排除しようとするから電車が遅れる。粛々と乗れ。

anond:20190313114251

お前毎度毎度出てくるけどさぁ。

何で毎回1からスタートすんの?一度理解したことくらいペラッと説明しろや。

女性専用車両時間限定

痴漢を防ぐ手立てが思いつかないため鉄道会社実施した(痴漢が一番悪い)」

障がい者子ども普通に乗れる。補助の男性も乗れる」

そんでもって

女性専用車両に乗った男性が追い出された動画がある」「女がキレまくってるし差別主義者ばかりだ」と言うもの

それは「女性専用車両にわざわざ乗り込み、なおかつ動画許可無く撮影し、拒否しているのに撮影を続けたから」だ。文句も言いたくなるだろう。

俺が一番文句を言いたいのは、「人身事故」そして「女性専用車両ムカツクからといって電車遅らせるクソ」と「痴漢

電車運用を妨げる行為をするような奴」が淘汰されたら綺麗になる。

2019-03-12

anond:20190309145124

常に自分を押し殺してた監督撮影開始直後主役二人に本音をブチまける所

例のプールは貸し切りだから撮影おk

でも、野郎撮影するぐらいなら、JS撮影したい

動画を撮らずに自分スイミングフォームをチェックする方法

探したけど撮影可能公共プールが見つからず困ってる

かに見てもらってコマ送りの絵を描いてもらうとか?

カメラを止めるな!のココが分からない

文句を言いたいとかこき下ろしたい訳じゃなく、普通に面白かったから更に小ネタを知りたいという理由で書いたんだけど

5chの本スレじゃ文句だと思われてスルーされたからここにも書く。

誰か教えて。

昔「あの映画のココが分からない」ってスレのまとめがすごい重宝したんだけど今全然更新されてなくて残念。

1.

打ち合わせで「ファーストゾンビ助監督ゾンビ」って言ってるけどカメラマンの間違い?

ゾンビに襲われる助監督脚本通りのはずだから最初に出てくるゾンビカメラマンだよね?

打ち合わせから撮影までに脚本が変わるのは普通ってネタ特に意味は無い?

2.

カメラマン泥酔はなんとかリカバリしたけどマイク下痢で逃げてから脚本が変わっていってるという事だよね?

本来の流れがどうだったのか知りたい。(斧の扱いとか)

メイクマイク助監督カメラマン本来脚本から大幅に変わってるよね?

女優生存(変わらず)

俳優ゾンビ化後女優に首はねられて死亡(変わらず)

監督→人のまま女優に殺されて死亡(変わらず)

メイク→人のまま俳優に殺されて死亡(本来助監督ゾンビに殺される?)

マイクゾンビ化後メイクに首をはねられて死亡

助監督ゾンビ化後メイクに蹴られて死亡?気絶?

カメラマンゾンビメイクに蹴られて死亡? 気絶?

3.

女優カンペで斧拾ってと指示される小屋、外の壁に血の呪文が書いてあるけどあれは誰が書いたもの

足だけゾンビカンペを指示したスタッフ)が全ての発端らしいけど血の呪文発動前は監督ゾンビを作る為に殺したの?それとも全く無関係死体

4.

俳優ゾンビ化したのは女優が逃げた後に襲われた時だろうけど襲ったのは誰?

そもそもゾンビになる条件がよくわからない。特に厳密な定義は無し?

・噛まれたらゾンビになる

・噛まれて死んだらゾンビになる

・噛まれなくてもあの場で死んだらゾンビになる

5.

BGMとかの音響効果脚本崩壊してる状況であんな細かく付けるなんて無理だろって思うんだけど

そこはモキュメンタリーでって事?

2019-03-11

カメラ屋で証明写真撮った

社員証が変わるのに、電子データでの写真の提出を求められていたので

カメラ屋で証明写真撮影したのは数年ぶり

出来上がった写真みたらデブだった、すごく

顎がない トドみたいな

いやいや私 顎はあるんだよ(割れ顎気味

しかしたしかにかなり太ったので、これが他人から見える自分なのかもしれない

いや〜 おおらかそうなおばさんだな 我ながら

ここまでデブっていたとは 困ったわ〜

追記

鏡で見るとちゃんと顎も首もある

思うに顎なし写真なのはあれだ、反射板が効きすぎなんだと思う あと自分姿勢悪く顎上げ気味なのとで

でっぷりした体の写りは間違ってないけど

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