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はてなキーワード: 高校とは

2018-01-18

子供の頃、遅刻忘れ物・紛失・提出物忘れなどが本当に酷く、受け答えやテストの点だけ良かったので、

わがまま大人馬鹿にした子と嫌われるか、面白い子と受け取られるか、担任によって評価が両極端だった。

父親出張飛行機に乗り遅れたり、手帳や財布など重要ものを無くすことが多く、

私も父親も、しっかり者の母が介護じみた注意喚起をしてくれるからなんとか人らしい生活が送れているだけだった。

母親ストレスで体調を崩し実家に帰った。現在父親と二人暮らしをしている。

私は会社員として労務経理契約管理と庶務の実務をやっているが、正直全く向いていない。

私はADHDではないか自分のことを疑っている。ADHDがやるには最悪の仕事内容だと思う。

業務量が多く、ミスも多く、電話がかかってきたり人から質問されたりすると集中が繰り返し途切れ、

進捗の悪さに内心パニックを起こし、雇い主から国家資格を取るように言われているので毎週資格学校にも通っており、

資格学校で受講中に涙が止まらなくなるなど、精神状態がメチャメチャになっている。

ほぼ常時死にたい気持ちでいる。生まれてこなければよかったと心から思う。

高校時代に一度自殺未遂をしている。高校偏差値が68で、周囲が健常で真面目な人間ばかりのなか、

私が異常者で迷惑をかけ通しだったので適応障害を起こし、鬱状態になって寝たきりだった。地獄だった。

生きていることが申し訳なかった。全方位が真っ暗闇だった。ただただ苦しくて悲しかった。

雇い主には私が人材としてゴミ同然の状態で拾ってもらっている。私が経営者だったら私に金は払わない。

捨てられたら行く先もやりたいことも無い。何もない。ただ生まれたくなかったと思う。人生をなかったことにして欲しい。

まれたくなかった。勘弁してくれ。健常でないなら生まれない方がよかった。つらいばかりだ。

父親他人と起こしたトラブルを全部相手が悪いことにして怒鳴り散らすタイプなので自分自身精神おかしくなっていないが、

私はそこまで自分自身を贔屓して物事を捉えることができない。冷静に客観的自分を見ると私の行いが害悪だと思う。

誰も恨んでない。疲れきってしまった。「地獄だ」という言葉脳内を何度もめぐる。これからもずっと疲れるだけだ。

できそうだと思われ、できない。迷惑をかける。苛々される。怒られる。しらけた顔をされる。陰口を言われる。

ただ私が存在しなかったことにしたい。申し訳なくて悲しい気持ちをこれから生きている限り味わい続けるのか。

呪詛をここで吐き出していいかな。

養育費ももらってないのに父親からと会わせたりしていた。

元旦那事業に失敗して借金作ったから、お金も貸したりしてたし、向こうの仕事も手伝ってた。

なのに私に彼氏ができたら手のひらを返された。

子供高校私立に行くことになって色々とお金もかかるから

今までもらってなかったけど養育費なんとかできないからと打診したら。

自分が困って都合がいい時だけ連絡してきやがって

子育てなんかお前してない、おばちゃん(※母)が育てたんだ

しつけもできない子供に育てやがって

お前の育て方が悪いか子供あんな風に育った

子供らはおまえに捨てられると思ってる、子供がかわいそうだ

子供が可愛くないんだろう、今からでも引き取ってやる

子供がこの年から独立したいといってるのは、お前に邪魔だと思われている証拠

彼氏と遊びたいから金が欲しいんやろう

養育費も払わんとは言わん、払うならおばちゃんに払う

と。

たまにしか連絡してこないのは元旦那の方で、一か月以上連絡がないこともあったし、

養育費も払ってはいないし、貸したお金もまだ残っている。

子供を引き取るというが、元旦那家事育児の一切ができない。

夏休み泊りに行かせたら、子供たちほぼ自炊させられて一週間泊りのはずが4日で帰ってきた。

中高生男子が将来家を出て独立したいというのは普通の考えかと。

払うなら母に連絡するといったが、母の方には連絡なし。

私の10年はなんだったんだろうか。

一人で二人の子を育てるのは大変だった。

職場理解があって育てるのに必要給料はいただいていたけど、

家事育児も母に全面的に協力してもらっていたけど、それでも楽ではなかった。

やっと子供が手から離れて、次の相手が見つかって、それの何が悪いのか。

半年前、彼氏ができたと聞いた、元旦那母親から電話がかかってきた。

残念です、これから元旦那を支えてくれると思ったのに、と。

それ以来、連絡はない。

この冬は、クリスマスの贈り物も、年賀状もなかった。

いつまで縛られていなければいけなかったのか。

あの一家にとって私はいったいなんだったのか。

離婚希望したのは元旦那なのに。

少しは私の立場も分かってくれると思っていた元旦那母親ですら、こんな。

元旦那の家には孫がおらず、子供たちだけが血筋の子からと、

離婚しても縁を切らずにやってきたのに。

周りの人は、そんな奴だったんだ、子供子供なら親も親、諦めろという。

何度もフラッシュバックして泣くと、まだ泣いてるの?いい加減にしたら?と。

でも悔しい。なぜ自分の子供なのに何もしないのか。

子供に連絡とらなくなったのも、きっと私のせいにしているのだろう。

子供になにもしないのも、きっと私が悪いってことになってるのだろう。

どうやったらこ気持ちを手放せるんだろうか。

元旦那を殴り倒したくなる気持ちを手放せる日はくるんだろうか。

子供たちは私に彼氏ができたことも受け入れてくれているし、

パパに会えないこともあんな人だし別に会いたいとも思わない、と。

しゃーないやん、と。

それよりも日々楽しく過ごせたらそれでいいって。

世界史趣味にしたい

けど、高校時代日本史選択で、しかセンターのための勉強しかしてこなかったから今は何も頭に入っていない。

そうじゃなくて、興味をもって身につく吸収の仕方がしたい!そんでもって世界史

図書館行って入門書探してくるかあ

anond:20180118092042

進学先が遠くなるからって別れた高校の頃の彼女の時はこんなこと思わなかったんだけどなあ。

大学ツイッターとインスタやり始めたのがいけないのかな。

それともメンヘラって移るのかな。いや、俺自身性格悪いんだけど。

音は波ではない

高校レベル知識だと、波は同じパターンの繰り返しらしい。

でも、私たちが聞いている音は常に変化している。

あいうえお」と発声するとき、「あ」のタイミングと「お」のタイミング空気の動きは違う。

同じパターンを繰り返すと「あーーー」というつまらない音にしかならない。

から私たち普段聞いている音は波じゃない。

周りに合わせられない子はこの先どう生きるのか

たぶん不登校とかそんな感じで中学高校を過ごしてきたのか、高校中退の21歳女を半年くらい前にアルバイトとして雇った。接客業

これまでの印象

●何かと欠勤が多い

●少し叱ると高確率で翌日休む

就労中の休憩時間オーバーする

仕事のペースが常にマイペース他人と合わせようとしない

従業員にも、客にもコミュニケーションが取れない

本人なりに頑張ってるのは分かるが、「周りに合わせる」「周りからどう見られるのか」という重要な要素が圧倒的に欠けてるから常に一人マイペース仕事をする。

これだと一緒に働く他のアルバイトの不満が溜まるし、少し気分悪いくらいですぐに欠勤するからこっちとしてもシフトに入れにくい。

結果として来月からシフト減らして切る方向で動いているのだけど、こういう周りに合わせるという概念根本から存在しないような子はこの先どうやって生きていくのだろうね。

周りに合わせず働いて金貰えるのは一部の人間だけだろうし。

22歳だけど、もう人生いかなって気がしてきた

高校卒業後、本当に何もしたくなくて1年ほど引きこもった時期があった。死んでいる様な生活だったし、劣等感も凄かった。

結局そのままじゃ人生詰むってわかってたしあんまり親を悲しませるのも嫌だったからその生活は1年で切り上げた。

その後学校に通い始めてバイトも始めてその両方でそれなりに良い人間関係を築けて、自分がまともな人間になれたような気がして少し嬉しかった。最低限のコミュ力くらいは普通にあったから、そこはそんなに苦労しなかった。

でも今になって思うのは、結局のところ引きこもり時代自分本質だったということ。

何もしたくないとか、1人で静かにしていたいというのが自分の1番の望みだったのだ。

自分冗談を言うのも好きだし、外に出れば面白いはいろいろある。

でも、何よりも自分が求めているのは何も考えずに静かな時間を過ごすことだった。

本当に仲の良い友人や親とでさえも一緒の空間にいるだけで疲れる。

誰かと話して面白くて笑っているはずなのに、どこかで虚無感の様なものを感じる様になった。

何のために生きればいいのか。

欲しい物や知りたいこともあんまり無い。

22だし、これからどうにかすればどうにでもなる年齢なのかもしれないけど、自分に対して期待できることがもう無い。

こんな考えに至ってしまっているという事実が何よりも自信を失わせているのかもしれない。

今は生きててもただ疲れて行くだけ。

でもずっと何もせずにいるなんて自分自身も周りも許さない。

怖いし何かもったいない気もするから生きているだけで、死んでいる状態に近い。

一体自分はどこへいけばいいのか。

女だけど若手俳優になりたい

若手俳優推しが何人かいる。推しみたいになりたいっていつも思う。

恋愛として好きなのは男だし、男装がしたい訳でもボーイッシュ女の子になりたいわけでもないけど

推しみたいなイケメン若手俳優になりたいな〜って度々思う。

女性モデルに憧れることはあまりないけど、それと似たような感情で。

スポーツブランドジャージ着てソールと紐まで真っ赤なスニーカー履いて稽古したい。

若手俳優稽古場用でよく使ってるNIKEスリッパが欲しい。

黒づくめのファッションマスクして渋谷歩いて共演した俳優仲間と服買いに行きたい。

推し御用達表参道美容室ヘアカットしてもらってインスタに上げられたい。

演出家にしごかれて同世代俳優稽古終わりに飲みに行きたい。

は〜推しになりたい。推しの顔で俳優がしたい。

量産若手俳優ファッション普通に好き。

俳優の、仕事なのに同世代と一緒に切磋琢磨できたりチームで頑張れる感じが熱くて好き。

まず昔からずっと、男子同士の集団青春したりばかやってるのに死ぬほど憧れる。

高校の時全国行くような部活の強豪校にいたけど、憧れるのは全然別。若い男子集団の輝きに勝るものはない。

あとは自分不器用から先天的愛されキャラ地頭とかカンがいい人に死ぬほど憧れる。

推しはおしゃれだしバカだけど才能があって誰からも愛されて2chオタクにも叩かれなくてスタイルも顔もいい。

イケメンなのに自分の顔に興味がないところがいい。なりたい。

そんで、無自覚ハイカーストに属したい。

私にとって愛情の最大表現は「なりたい」一択

どうして女性に生まれなかったんだろう

正月帰省した時のこと。

母に男らしくなったねと言われ、ショックを受けた。

から女性になりたかった。正確に言えば、自分性別が嫌で男で在りたくなかった。

どうして普通にまれなかったのだろう。

今日の御飯だとか明日の天気だとか、そういったことだけを悩みたかった。

性同一性障害治療についてを調べると、ホルモン治療があり、最終的には性別適合手術になるだろう。

人権がどうとかそう言ったので批判された治療法かなにかで、心の方を変えるべきだとか見たけど、本当にそうだ。

安くないお金を払って身体に傷をつけて、そこまでしても普通になれないなんて、神様はひどすぎないか?心の方を変えられるのなら喜んでそうするだろう。

心さえ普通なら、普通男性になれるのに。

自分女性になりたいのだろうか。手術を受けたいのだろうか。

治療過程でもその後も、決して満たされることはないんだろう。

それでも、毎晩女性になれたらと思うことは少なくなる気がする。自分身体を見るたびに、無気力になることも無くなる気がする。

帰省から帰ってある日のこと、初対面の人に、女性かと思ったと言われた。

その時は嬉しかった。やはり、心はごまかせないんだろうと思った。

子供の頃は男の子に思われることが少なかった。

高校の頃でようやく、男性に見られるようになった。

その時はなんとなくもやもやした感じで、髪を伸ばしたりしていた。

当たり前ではあるのだけど、世の中が突然男扱いしだして、その時自分女性になりたかったのだと気づいた。

結局のところ不安だ。

こうやって誰かに背中を押してもらいたくて、書いている。

この悩みがなくなるのなら、別に手術じゃなくてもいいのに、20年以上変わらない。

もうこんなことで悩みたくはない。

同じような境遇の人とか、教えてほしい。

もちろん、全部が全部じゃないだろうし、結局のところ本物にはなれないんだろう。

それでも、治療を始めたらこの悩みは軽くなるのだろうか?

ほんと、どうして女性に生まれなかったんだろう。

早稲田大卒って

高学歴か?

増田が覗いているtwitterの主がW大卒で、

W大卒と思われる別のゲーム実況者を「高学歴ー」と言っていたということは、

その主は自分高学歴だと思っている様子。

キッズにお勉強しろマウントをとるのも傍から見てると面白いが。

増田高校は、早慶の推薦を取るのは逃げで、T大か医学部が学年の半数以上という特殊学校

増田医師から医学部のない早稲田卒には会わないし、世間感覚がよくわからない。

2018-01-17

弟が好きだ(長い)

私には弟が2人いて、どちらも大好きだ。もちろん恋愛的な意味じゃなくて家族として。

上の弟は今高校三年生で、この間センター試験を受けた受験生でもある。

7歳から剣道をやっていて、小柄で痩せすぎな体格を逆に生かして先鋒としてすばしっこく活躍する姿は、姉としてのひいき目を無しにしてもかっこいいと思う。

中学でいろんな大会やらで結構いいとこまで行って、その結果を持って高校で推薦をもらったスポーツ少年(剣道スポーツと呼ぶのはどうかというのはあるが)なのである

下の弟は今小学六年生で、こちらも6歳から剣道をやっている。先鋒を務めることが多い上の弟とは対照的に、主に大将をやることが多い、体格がいい少年だ。相手の動きを見切り、堂々とした動きで相手を確実に仕留める戦い方は、もうすでに上級生をも上回る貫禄を見せていて、これからに強く期待が持てる。中学九州剣道強豪校からスカウトをもらっていて、親元から離れてそちらの寮に入ることが決まっている。

話が変わるが、私の家は、母親バツ3で、今の父親は4人目になる。

そして、私、弟1、弟2という兄弟構成なのだが、全員父親が違う。

私の実父はクソ男で、マルチをやってたらしくて豚箱に入ったりしたと親戚から聞いたが、顔も覚えていないし私が2歳の時に離婚したようだった。私はその父親認知されてることを18歳の時免許を取ろうとして戸籍謄本を取得した時初めて知った。ちなみにその次の父親とは子供を作っていないが、私に性的虐待をしていたことがバレて離婚した。

現在はマシだが上の弟がまだ乳児で、私が小学生だった頃、私と上の弟はネグレクト被害に遭っていた。

上の弟の父親借金を抱えてしまったせいで母親が心を病んでしまって、私たちの世話をしなくなった。前々から結構な量の家事をやらされていたので、少しやることが増えたなくらいにしか思っていなくて、弟の世話をしながら家事をする日々が中学卒業するまで続いた。

その頃は新しい父親もいて、下の弟も生まれていて、母親もだいぶマシになった。ネグレクトからひどい過干渉(私にだけ)になっただけだけど、私たち食事を用意するようになったからマシになったと思う。

けれど、親の代わりに授業参観避難訓練の引き取りに中学生を行かせたり、学校結構な回数休ませて弟を病院に連れて行ってあげたりするのはやっぱりおかしいと今でも思う。

もちろん下の弟の保育園の送り迎えもやっていたし、熱が出ると親ではなく私の携帯に連絡が行くようになってて(親に連絡しても出ないので)、私は仮病で早退しては弟を保育園に迎えに行っていた。

とにかく、そんな経緯もあって私は弟が好きだ。これは育児をしたことがある親御さんが聞いたら怒るかもしれないが、私が半分は育てたようなものからなのかもしれない。

ろくに友達と遊ばないで(遊ぶ時間がなかった)、毎日学校から走って保育園に向かった。

中学の時は下の弟と手を繋いで小学校学童保育に向かって上の弟を迎えに行ってから家に帰り、高校の時はママチャリで通学していたので、下の弟をチャリに乗せて学童保育向かってから帰宅した。帰り道に、2人に今日は何があったの?と聞くのが大好きだった。

19の時に私は家出をした。

私は大学でやりたいことが見つからなくて、それなら就職して家出資金貯めるか〜という気持ち高卒就職をした。

就職しても母親の過干渉はなくならず、むしろひどくなって、色々我慢できなかったことが多すぎた。さすがに自分携帯代を支払っているのに携帯GPSで居場所がわかるキッズケータイなのは我慢ができなかった。

何より、上の弟の大学進学の話で、「弟の大学進学の資金あんたも出してよ。ボーナス入るでしょ」と上の弟の前で言い放ったことが本当に我慢できなかった。

その話の後、上の弟はこっそり「姉貴は払わなくてもいいからな。ごめんな。」と言ってくれた。こんなこと高校生男子に言わせて恥ずかしくないのかと憤慨した。こんな家には居られないと、頭に血が上った結果だった。

結果的に私は家出した3ヶ月後に父親から一人暮らしをしてもいい。保証人になるから一度帰ってきてくれ」と連絡が来て、3ヶ月間働きながらネカフェ生活をしていた私はちゃんとした家に住むことになった。

それから四年経った現在実家との関係はまあ悪くはないが私は母親のことは許していない。時たま贖罪のつもりなのか母親から食料が送りつけられてくることがあるが、許せないことは許せない。

年末年始お盆には実家に帰ることにしている。もちろん弟の顔を見に帰るためだ。父親にも、まあ、元気ですかくらいは言う。母親は知らん。

会うたびに小遣いを渡そうとしても、上の弟は「姉貴も生活しんどいだろ。無理すんなよ」と言ってくれるし、下の弟は、「お金よりお姉ちゃんが家に来てくれる方が嬉しいからいらない」と言ってくれる。泣けてくる。

2人の誕生日は毎回奮発する。PS4京都友禅染の財布、ちりめん細工の飾りが付いている斜めがけバッグ、switch本体、他にも本人が欲しいと言ってくれたものたち。LINEタイムラインとかで「姉にもらった」と言ってくれたり、ふとした時に使ってくれてたりするのを見ると本当に嬉しい。

普段はツンケンしてるしラインもたまにしかくれない上の弟も、私が元彼に暴力を振るわれていたと知った時はひどく怒ってくれたし、殴り込む勢いだったのを止めたことがある。

下の弟はいつも、次はいつ来るの?と懐いてくれて、覚えたてのSMSでたまにメッセージをくれたりして(内容が、テストで100点だったとか、いい試合動画が撮れたとかでかわいい)とってもうれしい。

私は弟が大好きだ。誰かに理解されなくても、きっと、2人がいなかったらあの家で私は潰れてしまっていただろうから

みんな、お金にならない物語なんて書きたがらない

 また別の商業物書きです。

 

物語を巡る状況はぜんぜん悪くなってない

anond:20180116123154

 この増田の話にうなずきながらも、実情を顧みるに、ぼやかずにはいられなくなったので書きます

アニメゲームと言った企業営利創作のなかで「自由にかけない」「ストーリーは終わった」と嘆く人間よりも、「オレはこういうのが好き」「金とは無関係に書く」と活動できている彼らのほうが、よほど物語る事に対して建設的だと思いますよ。』

 元増田は制約の多い商業作品の対比として、web小説について作者が自由に書けると述べられていましたが、実態はそのようにはなっていません。

 私も元増田のおっしゃるように、アマチュア自由に好きなものを書いてほしいと思っているクチです。

しかし、小説家になろう代表されるweb小説サイト00年代後半から眺めてきて今思うのは、みんなお金にならない物語は書きたくないんだな、ということです。

“みんな”と言ってしまうと主語が大きすぎるかもしれませんが、そうじゃない人たちはすっかり埋もれてしまって、なかなかお目にかかれなくなってしまいました。

魔法高校の劣等生がまだランキングにあったころの小説家になろうは、皆が自分の好きや面白いを信じて自由に書いていたと思います

だけど、震災から数年が過ぎたぐらいか雰囲気が変わりはじめ、今ではほとんどの人が流行りや読者のリアクションを強く意識し、書籍化というプロデビューを先に見据えながら作品を書くような場へと変わり果ててしまいました。

ラノベ新人賞に応募するよりも、なろうに投稿するほうがデビューの近道」というようなことを耳にしたのは、いったい何年前でしょうか。

特に2chのなろう系スレなどは流行りとPVの話ばかりになってしまい、覗く気力はすっかり失せてしまいました。

そういう風潮を気にせず自由作品を書いている人もいるでしょうが(実は私がそうです。アマチュア時代PNでひっそり書いてます)、プロを夢見る人たちが溢れかえっている場で、自由気ままに物語を綴るのは異端者扱いを受け入れねばなりません。

特に私が危惧しているのは新規ユーザーへの影響で、創作について右も左もまだよくわからない若者に対して、創作とは流行意識せねばならぬものだというような要らぬ先入観を与えねばいいのだが、と気をもむ次第です。

ただ、こう言ってる私自身なんだかんだでプロになってしまったように、あわよくば自分作品お金に換えたいと考える人気持ち本心ではよくわかります

少し前にこんな増田がありましたが、

2018年以降、二次ロリコンテンツは大きく減退する

anond:20180102164636

 この手の表現規制だって商業化を諦めさえすればいくらでも回避可能なんじゃないでしょうか。

 でもそれはやっぱり無理でしょう。

みんな創作物お金を稼ぐことを意識せずにはいられなくなってしまいましたから。

オタクってネットで無敵過ぎるよな

高校時代に酒を飲んでる写真をアップしたせいで炎上し、進学が潰れ一緒に写ってた友達友達彼女エロコラを作られまくりその後ずっと人生に悪影響を受けている人の記事を見た

オタク達がセンター試験当日は遅刻できないから突き出されないぞ学生痴漢しまくれるチャンスだ、痴漢に行きたい行けば良かった行って痴漢してきた等々騒いでも、炎上してもネタじゃん糞フェミうざーで人生になんら不利益を受けない

これがオタクじゃない人達が、コミケ大金持ったオタク達が無防備に集まっててカツアゲ窃盗のチャンス同人誌も盗んだら金になるぞ、行きたい、行けば良かった、行って盗んできた等々騒いでネタじゃんキモオタうざーと反省もしないでいたらオタク達によって人生破壊されるだろう

高価なエジプトグッズを妻に無断で買おうとする旦那はお前が悪いといわれるが、オタクグッズなら擁護され妻が叩かれるだろう

オタク無敵過ぎ

anond:20180117152801

かに人生色々、人それぞれだわ。

でも、意地悪な言い方をすれば、あなたはこれまでに高校で習ったことを何一つ覚えていないわけでしょう。

高校卒業試験があったら確実に落第する。

そんなあなた卒業後の進路のことを考えてる場合ではないと思うわけ。

もちろん勉強人生の全てではない。でも、平日の昼間っからこんな所にいる人間からかわれてるのはあまりにも不憫だわ。

このまま行けば、あなた低能を嘲って安心するような哀れな大人なっちまうんだよ。

そんなのはまりももったいない。

下を見始めたらキリがない。

から、どうかもう少し勉強してくれ。

ほんのちょっとやったら、センター試験で60点は当たり前に取れるから

よろしくお願いいたします。

anond:20180116173519

俺の地元私立進学校公立にいけない落ちこぼれ底辺のための学校二極化してた

進学校中高一貫高校から入るのは学力が高い

内部進学組は進学後に落ちこぼれ深海魚一定いる

2018-01-16

Reversed Masqueradeにかこつけた自分語りをする

カフェの曲を聴くと初回はとりあえずボロ泣きするんだけど、今回も例にもれなかった。

特に担当でもなんでもないが、とにかくカフェはその存在が涙腺ぶっ壊してくる。

幼少期から高校生くらいまで、周囲から神童として扱われていた。

この時のことはうまく言語化できない、おそらく言語での思考をしていなかったんだと思う。獣と一緒。

ほんとよく分からないけど、人と違う世界に生きていた。

いや、見てるものとかは全部一緒だけど、受け取り方にズレがあって、入力は一緒なのに出力が大幅にズレていた。

他人存在理解していなかったような気がする。病院行ったらなんか病名付くのかもしれない。

神童というかただのキチガイだということに周囲が気付いたのが高校二年生のときだった。夏休み

まあすごかったよね。一夜にして神童からキチガイ扱いだよ、特に両親からは化物扱いだった。

何があったのかの詳細はまだ思い出せないんだけど、キチガイキチガイ理論でなにかしたのは間違いない。

そこから色々10年以上頑張って、なんとか一般人ボーダー一番下に引っかかってるくらいになったけど、やっぱりちょっとズレがある。

ズレていることを自覚しつつ、一般的な反応を覚えている最中。親からはまだ化物として扱われる。

Reversed Masqueradeを聴くと、高校二年生の夏休みを強く意識する。

それで、もう覚えていない自分勝手に泣く。

分かる

制度改定の利点・欠点をきちんと把握しないで、現象面だけで否定するな、というのはもっともだ。

https://anond.hatelabo.jp/20180116095356

参考までに、少し自分経験を述べる。東京ではない道府県の、似たような制度があった公立進学校入学した生徒を対象に、一度リサーチした結果だ。

 A入試点数と、一年後の校内偏差値との相関

 B中学校内申点と、一年後の校内偏差値との相関

 C内申点入試点数と、一年後の校内偏差値との相関

校内偏差値大学入試の結果は、かなりよく相関していることが進路のデータから分かっていたので、じゃあ高校入試の成績と校内偏差値との相関はどうだろうと思って調べてみたわけだ。Cが従来型の入試方法妥当性、Aが新型選抜妥当性、Bが内申点自体信頼性をはかるのに役立つと考えた。そして2~3年にわたって調査した結果、A、Bには実質相関が無く、Cにのいくらか相関が認められるということがわかった。

個人的には、地頭の良さは高校では大きいと思っていたので意外だった。どうも、公立高校での「学習成績」は、地頭とかだけではなく周囲との社会生活をうまく送れるかどうかにも左右されるということらしい。私立出身自分には意外だったが、確かに、生徒達を見ていると、公立高校では周囲とうまくコミュニケーションを取りながらやっていく「公立タイプ秀才」が多いようだ。ピーキー能力の持ち主はあまり場所がない様子だった。まあこれは地域にもよるのかもしれないが。

自分のいた所では、その後すぐこの制度がなくなってしまったが、結局Cによる判断が一番無難であることが分かったので、自分としてはそれなりに納得している。

anond:20180116122235

内申甘くつけてどこかの高校に押し込めば済むもんね

高校教室からストーブ撤去するような行動をしてしまった

https://www.asahi.com/articles/ASL1B546HL1BTNAB004.html

ストーブの件はこれな


高校生じゃなくて小学生相手なんだけど

ブッサイクなガキどもがカメムシの越冬みたいに暖房に群がってギャースカ騒いで何度言っても聞かないから真面目な子を巻き添えに暖房を切った

今日はそこそこ気温高かったけど温度は急激に下がった

小学生の時の自分は静かに過ごしたいタイプだったのでこういう時逆にとても迷惑なのは分かるがとっさにこうしてしまった。すまない真面目な子たち

問題を起こした子だけ追い出せばいい!って言うけど

出てけゴルァって言ってもあいつらハッタリだと思ってぴくりとも動かない

本当なら頭を何発か殴って引きずって部屋から出したかった

でもできない

子どもの叱り方が分からない。言葉だけで言うことを聞かせる方法が分からない

将来のために愛を持って更生させるとかじゃなくて殺意を込めて怒ることしかできない

電車内や飲食店で知らないガキがピーピー騒いでても自分には関係のないことだから全然気にならない方だけど

仕事では怒らなきゃいけない。気にしなきゃいけない。本人のためにも周りの子のためにも黙らせなきゃいけない

からイライラする

苦痛しょうがない

anond:20180115220235

日本義務教育は、従順社畜を育成する工場

経済界要請に応じて、企業歯車供給することが役目。

教師の言う事を聞く生徒を育てて、上司の言う事に従う社員を育てる。

内申点は、生徒を教師に従わせるための仕組みだった。

内申点廃止すべき

そうすれば、教師は生徒の保護者から意味不明文句プレッシャーさらされずに面倒な仕事が一つ減るし

虐められて不登校だった虐め被害者学業さえできれば進学校入学する可能性が出てくるし

虐めをしていたゴミクズ学業さえできれば中学時代の悪行をきれいさっぱり洗い流して心機一転、新たな気持ち高校で気弱なヤツを虐めることができる。


とまぁ、くだらん皮肉はこれぐらいにして、下記の記事の反応を見ててびっくりしたことがある。

http://anond.hatelabo.jp/20180115220235

トップブコメはもちろん、ほかも流し見した限りでは「不登校で一時期学校に行けなかったのに学業成績が優れている」という

どこをどう見ても学業意識的観点から最良の評価しかしえない事が評価悪くて当然、という糞みたいなポイントに誰一人異を唱えてない。

これが「学校行かなくたって勉強できるからサボりまくり」とかだったら評価が悪くなるのも当たり前だけど、

上記記事内容ホントだとしたら、そもそも内申点評価自体が最大の問題点

そして冒頭の皮肉でも書いたけど、内申点をなくすってことは、元増田の書いている「哀れな不登校秀才を虐めてたゴミクズ」を高校側が排除するネタをも

同時に葬ることになるってわかってて「内申点廃止しろ」とか言ってんの?理解できない。


なんか痴漢冤罪記事ブコメが誰一人「満員電車解消」に言及しないのと同じように、見てて不思議で仕方ない。

劣悪な環境

どうもこの、そこに住んでいるとあまり気にならないのだけど、世間一般感覚で言うと劣悪な環境に住んでいるのだろう。

どこから話せばいいのかわからないけど、向かいの家のおじいさんは元ヤクザである。また、二つ隣の家のオジサンも元ヤクザである

から30mのところに住んでいるオジサンは和彫りが入っているし、近所の若者の多くにはそろいのブランディングが入っていたりする。

ちなみに、僕が住んでいるところは田舎ほとんど経済活動がないので、現役のヤクザはいつかない。そういうのはちょっと離れた繁華街地方都市に住んでいる。

随分と昔はいろんな家々にヤクザからまれたいろんな品物を預かることがあったそうだ。さすがに今はないと信じているが。

暖かくなれば道に座って昼から酒を飲んでる一団もいる。酔っ払うと通りがかった人を捕まえて一緒に飲んでいくように強要する。

ちなみに、地元高校は、卒業生の九割が他の自治体に出ていくそうだ。

残っているのは大抵、問題児だったりする。

と、いうわけでうちの近所には大学学者まれである。多分、50人に一人くらい。

大抵は高校をでると、あるいは中学を出ると働き始める。

読書の習慣はなく、文化的活動も少ない。

喫煙飲酒はいずれも高い。収入は低い。大抵はパチンコなどのギャンブルを愛しており、宝くじを購入する額も大きい。

ちなみに、僕は地元から遠い高校に通った。

地元ではまじめなで勉強のできない子が進学する学校で、今風に言えば教育困難校だった。

僕の出身地区を知らない人が、僕の出身地区を名指しして「あそこから来る生徒が暴れるせいで不良校のイメージがついている」とつぶやいたのは忘れられない。

そうやって、なんやかんやで僕も高校卒業と同時に地元に帰り働いている。

環境は劣悪。

されど住めば都。

ここに生まれなければ違った事もあるだろうが、生まれしまったのだからしょうがない。

楽しくやるしかないのだ。

医学部に行って一番よかったこ

医学系の増田が伸びてるので自分語り

今某大の医学部に在学している学生

高尚なエピソードはないが、医者になって仕事を頑張ろうと思って勉強し、医学部合格した。

医学部に行って一番よかったな、と実感したのは講義でも実習でもなくアルバイト

医学生ですってだけで、家庭教師塾講師の高給バイトの口が山ほどあるんだ。

先輩や同期の紹介があれば面接審査もなく働き始められるし、受験時の知識ちょっと高校生相手するだけで、時給だってそこらの飲食の3〜4倍はゆうに超える。

他の学部の奴らがブラックバイトの安い時給で働きまくって金が無いだのウン連勤だの言ってるのを高みから眺めながら、空いた時間でちょろっと働いて同額以上を稼ぎ出す。

世間様が医学生に持ってる神聖イメージのおかげで、こんなに楽にバイトで稼がせてもらって、高校時代勉強頑張ってきてほんとによかった。

学費自分で稼ぐ場合でも、国公立大で奨学金ももらっとけばまあ苦労はしないだろうな。

学問と将来の社会貢献のために大学行ってるくせに意識低くて悪いが、これが現実の今、身に染みて感じてることだな。

医学部行ってよかった。

私小説 不登校

私は中一の途中から不登校になった。

元はと言えば小学校高学年で「ハブる」という文化のもと、クラスメイトからの徹底的に無視をされたことが発端である担任との相性の悪さなども相まって、学校生活への自信や信頼をなくしていった。核家族共働き家庭の一人っ子の私は、学校では人と話せず、放課後時間も一人で過ごした。特に習い事などもしておらず、学校と家庭の二つしか生活の場がなかった私は人間関係における信頼や安心などを失い、自分の考えを人に話すことや言葉スムーズに出すことができなくなっていった。

そして中学入学環境が変わることを期待したが、結果的には悪化した。たいていの公立中学では部活動には強制参加させられる。しかし私が入学した中学校は全校生徒が少なく、文化部は一つだけ。他運動部一般的にはあるような部活がなかった。当時文化部に入るとスクールカースト底辺になる空気があり、私は運動部所属した。しかし、運動神経が良くない方だったため部活でもうまくいかず。小学校高学年で人間関係に対する安心や信頼を失った私は、中学出会ったクラスメイトともうまく接することができなかった。

そして決定打となったのは合唱コンクール「絆」「仲間」「大きな声を出す」「グループ練習」などといったものは当時の私には地獄だった。音楽時間が恐怖の時間になり、合唱コンクールが近づくにつれ朝練や帰りの学活でも練習を行うようになり、一日の始まりから終わりまで恐怖の時間となった。そこから学校に行けなくなるまでは簡単だった。学校に向かう足が遠のき、制服に袖を通すのが怖くなり、家から出られなくなった。共働きの私の家で朝一番最後に家を出るのは私で、一番最初に帰るのも私だった。そんな中で、朝起きて制服を着て仕事に行く親を見送り自分学校へ行かず無断欠席をするようになった。当然学校から固定電話電話が掛かってくるが、家には私しかいないため無視。親に連絡が行く。意外にも親は私が不登校になったことを受け入れてくれた。

会話からまり日常生活の行動全てに自信をなくした私は学校での学習電車に乗るといった行為もおぼつかなくなっていた。授業で先生から発問されれば、注目される恐怖や答えを急かされるような焦燥感で「わかりません」というのが精いっぱいだった。「私は何をしてもうまくできない」という強迫観念に襲われ、不登校の間に学習障害検査などを受けたこともあった。一人で家で勉強する分には問題なく、また中間テスト期末テストを受ける分には人と関わらず済むため、それなりの点を取れていた。

不登校だろうが、家から出られなくなろうが、無情にも時は過ぎていく。中二では、通知表は「1」「2」「-」がほとんどになっていた。中三が見えてくると頭をよぎる高校受験入試資料集などを見ると、入学選抜に当たっての内申点基準数字が踊っていた。家から出られなくても、学力低下だけは避けたかった私は家で学習を続けていた。当時、私の学力から出される偏差値は60〜63あたりであった。それくらいの学力層の高校では、おおよそ大半が9教科36以上の内申点基準としていた。一方、私の内申点は9教科で23地元工業高校ですらあやしい点になっていた。また、中二の時の担任は繰り返し私に面談の場を設けてくれた。私の話を無視したり、相槌を打たないなどということはなく、久々に会話ができることに感動した。担任もっと話したいと思うようになり、徐々に学校に行けるようになっていった。

この状況の中で、私には一つだけ自信が持てるものがあった。それは絵を描くことである。まだ学校に行けていた中一の初めに美術先生から風景画を褒められ、不登校になってからは家でよく写真模写などをしていた。授業にも出られるようになった中三一学期、今まで体験たことのなかった画材出会った。油絵である。失敗しても被覆度が高く上から重ねることができ、乾くのも遅くゆっくり描くことができるこの画材は私の中で革命的であった。人間関係で失敗を重ね、急かされることに恐怖を覚えていた私は、個人で取り組むことができ、ゆっくりと描ける油絵具に希望見出した。もっと油絵が描きたいと思い、誕生日には親から油絵セットを買ってもらった。もっと油絵を描きたいと思い、美術コースのある普通科高校への進学の意思を固めた。

その高校を受けるにあたり、偏差値は足りていた。美術コースを受けるにあたり、実技の力も合格するであろうという程度には達していた。しか問題となったのは、やはり内申点であった。担任からは渋い顔をされた。それでもやっぱり受けたい、あの高校に行きたいと思い受験制度などを調べ尽くした。すると、不登校などを経験した生徒のための特別選抜制度発見した。内申点度外視し、受験時の学力テストと実技、面接入学選抜を行うという制度だ。その制度担任に報告すると、なんと担任は知らなかった。50も過ぎたベテラン教員がその制度を知らないということにはがっかりした。その教員が受け持ったクラス過去不登校の生徒はどんな進路をたどったのか心配になる。

何はともあれ、私はその制度活用し無事志望校合格することができた。入学後は絵と勉強に励み、学力では上位10%あたりを維持し絵では県の高校美術展で賞を取った。

そしてやってくる大学受験もっと油絵を描きたかったので美大を望むも、家計が厳しく断念せざるを得なかった。幸い、学力はそれなりにあったため国立大教育学部美術専攻に進学することでどうにか油絵を続ける手段を得た。

時は流れ大学四年。義務教育時代に失った人間として生きる自信や信頼関係高校大学の友人と接するうちに取り戻し、バイトをしたり彼氏ができたりと一般的大学生として大学生活を送ることができるようになった。教育学部で学ぶ中で、義務教育時代自分メタ認知することができた。当時の自分と同じように人間関係に悩む子供に接し前向きな未来を示せたらと思い、教員の道を選び教員採用試験合格した。

卒業制作バイトに追われる今日、私が四月より働く予定の自治体では不登校の生徒が高校に進学する際の特別選抜制度が数年前に廃止されたと知った。

anond:20180116014215

自分は男だけど、というか結構いい歳のおっさんだけど、

増田の状況読んで昔のウチの実家と少し似てる思った。

ウチも父母仲が微妙で姑が居て母のテンションが常にナーバスな状況が続いていた。

一秒たりとも家に居たく無くて中高時代結構夜遊びして歩いてた。

いや。遊ぶというより外で時間を潰していた。

自分ナーバスヒステリックな母が嫌いだった。同時に母を嫌う自分が嫌いだった。

高校までは自分自分暮らしをどうこうする事が出来ずにずっと悶々としてたけど、

大学進学と同時に激安の長屋を見付けて、バイトしながら独り暮らしをし始めた。

そこで始めて、掃除やら洗濯やら炊事を自己流でする様になった。

自分も、どちらかというとどんくさい方であり、かつ、男だったので、

当然の様に何をやっても失敗ばかりしたのを覚えている。

でも、全てがとても新鮮で楽しかった。

コメの炊き具合をアレコレ工夫したり、

洗濯ミスって縮んだ服を着て行って大学の同期と笑い合ったり、

ヘタクソなりに自分暮らしを獲得出来て、

まれて始めて自分が生きてるんだ。って体で実感出来た。

そんな感じで半年試行錯誤したら、まあ一通りの家事は出来る様にもなって、

それまで、何となくダメだと決めつけていた自分にも少しだけ自信を持てる様になって、

だんだん暮らしが楽しくなって行った。

それと同時に、母や父と自分距離を、以前より冷静に保てる様になって行った。

以前より少しだけ「他人」に思える様になって行った。という方が正確かもしれない。

それは、寂しい事でもあったけれども、でも、それでも、

以前の様にドス黒い感情を伴った関係性では無くなって、

落着いて会話し、感謝すべき所は感謝出来る方向に自分の感じ方も変化して行った。

増田も、最初は失敗とか色々あるかも知れないけど

良い形で自分自信の暮らしを獲得出来るようになると良いね

応援しています

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