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はてなキーワード: 列強とは

2017-05-19

日本銀行は、戦前から天皇ロスチャイルド株主として君臨し、紙幣発行権を駆使して、市中銀行コントロールし、その先に大企業群を従えてきた。

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株式会社 日本」の大株主であった、天皇財閥 2 - るいネット

皇室日銀株のつながりは深いものがある。第二次大戦直後の段階で、皇室は29社の株式を所有していたが、とりわけ目を引くのが、208000株(額面で2080万円分)を保有する日銀の株だった。

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日銀株が下落して 天皇家も大損の「悲劇」  | 経済死角 | 現代ビジネス [講談社]

横浜正金銀行

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farwestto.exblog.jp

横浜正金銀行

横浜正金銀行は、東京銀行現在三菱東京UFJ銀行)の前身とされている銀行です。

貿易金融外国為替に特化した銀行であり、明治維新後急速に成長し、やがて列強の仲間に加わっていく日本を国際金融面で支え、香港上海銀行HSBC)、チャータード・マーカンタイル銀行と並ぶ外国為替銀行へと発展

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横浜正金銀行 - Wikipedia

天皇家日銀株のほか、横浜正金銀行(現・三菱東京UFJ銀行)や日本興業銀行(現・みずほコーポレート銀行)などの株式保有していた

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日銀株が下落して 天皇家も大損の「悲劇」  | 経済死角 | 現代ビジネス [講談社]

天皇家日本郵船三菱財閥)の関係

丸の内支配する三菱財閥

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plaza.rakuten.co.jp

丸の内支配する三菱財閥

皇居がある東京駅周辺の丸の内ビル3分の1が三菱財閥保有となっています

天皇家日本郵船明治から深い仲にあった。日本郵船大株主天皇三菱財閥であった。当時は海外渡航といえば船舶しかなく、日本郵船日本貿易命綱である

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昭和天皇戦争狂になった訳 中川

天皇により経営される日本郵船により、欧米に「売却」された日本人女性は、1人残らず現地に着くと即座に売春宿に「連行」され監禁されました。そして売春強制されました。

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天皇家秘密—再掲: 日本人は知ってはいけない。

天皇がダマシ、売春婦として海外に売り飛ばし日本人女性の数は、50万人を超える。大くの女性は、20歳代で梅毒等の性病で死に、または刃物自分の喉を突き刺して自殺した。

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http://www.yuuai.sakura.ne.jp/home20/konnaonna.html

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www4.big.or.jp

国民に対しては「自分は神」であるとしていた天皇は、女性人身売買で金儲けし、また日清戦争日露戦争中国ロシアから得た賠償金自分の私財として「着服」していたただのどぶ鼠野郎です。

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天皇家秘密—再掲: 日本人は知ってはいけない。

1945年、日本敗戦が決定的になると、天皇一族は、この蓄財を米国に「取られる」事に恐怖を感じ、海外に蓄財を「逃し」始めました。

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天皇家秘密—再掲: 日本人は知ってはいけない。

三菱財閥政治家癒着

成蹊大学三菱財閥が創設)を卒業

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henmi42.cocolog-nifty.com

成蹊大学三菱財閥が創設)を卒業

安倍晋三さんも、三菱財閥が創設した、成蹊大学卒業しています

安倍晋三首相の実兄である安倍寛信氏が4月1日付で三菱商事執行役員就任することが決まった。

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三菱商事で「七光り」抜擢:FACTA online

成蹊学園初代理事長・岩崎小弥太以来、三菱金曜会トップ成蹊学園の理事長を務めている。

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成蹊大学 - Wikipedia

第二次世界大戦前は三菱財閥との繋がりが非常に強く、運営費用の大部分は三菱から寄付で賄われていた。また1917年大正6年)開設の成蹊実業専門学校三菱合資会社要請によるものであり、実業界特に三菱での中核となる人材の育成を目的としていた。

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成蹊大学 - Wikipedia

現代財閥の復活

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members2.jcom.home.ne.jp

戦前日本経済財閥支配していた。三井三菱住友安田の4大財閥を中心に、古河川崎浅野中島日産大倉野村日本窒素などの中小財閥があった。

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書評 吉田祐二著『天皇財閥皇室による経済支配構造』 最大の財閥天皇家海外進出における「経営判断ミス」 | ちきゅう

財閥復活を防ぐために、戦後長く独占禁止法禁止された持株会社が復活するのは、金融ビッグバンさなか1997年のことである現在ではなんとかホールディングス(HLD)を名乗る持株会社が数多く存在する。

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書評 吉田祐二著『天皇財閥皇室による経済支配構造』 最大の財閥天皇家海外進出における「経営判断ミス」 | ちきゅう

戦前天皇家株式国債土地などの資産を持っていたことはよく知られているが、著者によれば、財閥解体時の資料を基に天皇財閥は4大財閥の10倍程度の規模があった

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書評 吉田祐二著『天皇財閥皇室による経済支配構造』 最大の財閥天皇家海外進出における「経営判断ミス」 | ちきゅう

天皇家ソニー癒着

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plusi.info

ソニーが没落した要因のひとつとして、昭和の古いシステムにこだわった為と言う事が良く言われています

1953年昭和28年)に宮内庁次長宇佐美毅を後任とし長官を辞任した。長官辞任後、請われて東京通信工業株式会社監査役就任する。これが後のソニーで、取締役会長相談役歴任し社内からは「会長さん」と親しまれた。

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田島道治 - Wikipedia

天皇皇后陛下昭和天皇と現皇太后陛下)の工場見学が決定した。この日、両陛下は、時の東龍太郎東京都知事を案内役として、東京タワー都内の各所をご視察の予定である。その計画の中に、ソニーが選ばれたのだ。

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Sony Japan | Sony History 第13章 IREショーで見つけたもの

昭和天皇ソニーに興味をお持ちくださって、葉山御用邸に行かれるとき、うちの工場(注 ソニーのこと)がだんだん大きくなるのを見ていらっしゃって、<田島会社ソニー)はまた大きくなったね>って、いつでもお話になったそうです」

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書評 吉田祐二著『天皇財閥皇室による経済支配構造』 最大の財閥天皇家海外進出における「経営判断ミス」 | ちきゅう

原因・背景[編集]

1871年(明治4年)10月宮古島から首里年貢輸送し、帰途についた琉球御用船が台風による暴風遭難した。乗員は漂流し、台湾南部に漂着した。船には役人と船頭・乗員合計69名が乗っていた。漂着した乗員66名(3名は溺死)は先住民現在台湾先住民パイワン族)に救助を求めたが、逆に集落拉致された。

先住民とは意思疎通ができなかったらしく、12月17日遭難者たちは集落から逃走。先住民は逃げた者を敵とみなし、次々と殺害し54名を斬首した(宮古島島民遭難事件)。12名の生存者は、漢人移民により救助され台湾府の保護により、福建省の福州経由で、宮古島へ送り返された。明治政府清国に対して事件の賠償などを求めるが、清国政府は管轄外として拒否した。翌1872年明治5年琉球を管轄していた鹿児島県参事大山綱良は日本政府に対し責任追及の出兵を建議した。1873年(明治6年)には備中国浅口郡島村現在岡山県倉敷市)の船が台湾に漂着し、乗組員4名が略奪を受ける事件が起こった[1]。これにより、政府内外で台湾征討の声が高まっていた。

開戦準備へ[編集]

副島種臣

宮古島台湾遭難事件を知った清国アモイ駐在アメリカ合衆国総領事チャールズルジャンドル(リゼンドル、李仙得)は、駐日アメリカ公使チャールズ・デロングを通じて「野蛮人懲罰するべきだ」と日本外務省提唱した。

初代龍驤台湾出兵旗艦であり副島種臣大久保利通をそれぞれ、中国に運んだ。

孟春(砲艦)は三本マストスクーナー型鉄骨木皮の小型砲艦で、台湾出兵に参加した。

外務卿副島種臣はデロングを仲介しルジャンドル会談、内務卿大久保利通ルジャンドル意見に注目し、ルジャンドル顧問として外務省雇用されることとなった。当時の明治政府では、朝鮮出兵を巡る征韓論などで対立があり、樺山資紀や鹿児島県参事大山綱良ら薩摩閥は台湾出兵を建言していた。これらの強硬意見の背景には、廃藩置県によって失業した40万人から50万人におよぶと推定される士族の不満のはけ口を探していたことがある[2]。

1873年、特命全権大使として清国に渡った副島外務卿は随員の柳原前光を用いて宮古島台湾遭難事件などの件を問いたださせたが[注釈 1]、清朝の外務当局は、台湾先住民は「化外」であり、清国統治のおよばぬ領域での事件であると回答して責任回避した[1]。その後、日本ではこの年秋、朝鮮使節派遣をめぐって政府が分裂し(明治六年政変)、また、翌1874年1月の岩倉具視暗殺未遂事件、2月の江藤新平による反乱(佐賀の乱)が起こるなど政情不安が昂じたため、大久保利通を中心とする明治政府国内の不満を海外にふり向けるねらいもあって台湾征討を決断し、1874年明治7年)4月、参議大隈重信台湾蕃地事務局長官として、また、陸軍中将西郷従道台湾蕃地事務都督として、それぞれ任命して軍事行動の準備に入った[1]。

明治六年政変における明治天皇勅裁は、ロシアとの国境を巡る紛争を理由とした征韓の「延期」であったため、ロシアとの国境が確定した際には、征韓派の要求が再燃する可能性が高かった。政変下野した副島にかわって外交を担当することとなった大久保としては、朝鮮よりも制圧が容易に思われた台湾出兵をむしろ積極的企画したのである

台湾での戦闘[編集]

西郷従道

台湾出兵に対しては、政府内部やイギリス公使パークスやデロングの後任のアメリカ公使ジョン・ビンガム(John Bingham)などからは反対意見もあった。特に参議木戸孝允らの長州系は征韓論否定しておきながら、台湾への海外派兵をおこなうのは矛盾であるとして反対の態度をくずさず、4月18日木戸参議辞表を提出して下野してしまった。そのため、政府は一旦は派兵の中止を決定した。

台湾出兵時の日本人兵士

水門の戦 最も激しい戦いであった。当時の日本人による版画[3]

国立公文書館が所蔵している公文書によると1874年4月4日三条実美により台湾蕃地事務局が設置される。(以後の任命は当時太政大臣であった三条実美からの奉勅となっている)同年4月5日台湾蕃地事務都督に西郷従道が任命される。[4]同年4月6日谷干城赤松則良に台湾蕃地事務局参軍と西郷従道を輔翼し成功を奏する事を任命される。[5]同年4月7日海軍省から孟春艦、雲揚艦、歩兵第一小隊、海軍砲二門と陸軍省から熊本鎮台所轄歩兵大隊砲兵一小隊出兵命令が命じられる。[6]という経緯になっている。

5月6日台湾南部上陸すると台湾先住民とのあいだで小競り合いが生じた。5月22日台湾西南部の社寮港に全軍を集結し、西郷命令によって本格的な制圧を開始した[1]。6月3日には牡丹社など事件発生地域を制圧して現地の占領を続けた。戦死者は12名であった[1]。しかし、現地軍は劣悪な衛生状態のなか、亜熱帯地域風土病であるマラリアに罹患するなど被害が広がり、早急な解決が必要となった。マラリア猖獗をきわめ、561名はそれにより病死した[1]。

収拾への交渉[編集]

明治政府は、この出兵の際に清国への通達をせず、また清国内に権益を持つ列強に対しての通達・根回しを行わなかった。これは場合によっては紛争の引き金になりかねない失策であった。清国の実力者李鴻章イギリス駐日大使パークスは当初は日本軍事行動に激しく反発した。その後、イギリス公使ウェードの斡旋で和議が進められ、8月、全権弁理大臣として大久保利通北京に赴いて清国政府交渉した。大久保は、ルジャンドルフランス人法学者ボアソナード顧問として台湾問題交渉し[7]、主たる交渉相手総理衙門大臣の恭親王であった[1]。会談は難航したが、ウェードの仲介や李鴻章の宥和論もあって、10月31日、「日清両国互換条款(zh)」が調印された[1][7]。それによれば、清が日本軍出兵を保民の義挙と認め、日本は生蕃に対し法を設ける事を求め、[8]1874年12月20日までに征討軍を撤退させることに合意した。 また日清両国互換条款互換憑単によると清国遭難民に対する撫恤金(見舞金)10万両(テール)を払い、40万両[注釈 2]を台湾の諸設備費として自ら用いる事を願い出費した。[9]また、清国日本軍の行動を承認したため、琉球民は日本人ということになり、琉球日本帰属国際的に承認されるかたちとなった[1]。

帰結[編集]

日本清国との間で帰属がはっきりしなかった琉球だったが、この事件の処理を通じて日本に有利に働き、明治政府は翌1875年明治8年)、琉球に対し清との冊封朝貢関係廃止明治年号使用などを命令した。しか琉球は清との関係存続を嘆願、清が琉球朝貢禁止に抗議するなど外交上の決着はつかなかった。

1879年明治12年)、明治政府のいわゆる琉球処分に際しても、それに反対する清との1880年明治13年)の北京での交渉において、日本沖縄本島日本領とし八重山諸島宮古島中国領とする案(分島改約案)を提示したが、清は元来二島領有は望まず、冊封関係維持のため二島琉球に返還したうえでの琉球王国再興を求めており、また、分島にたいする琉球人の反対もあり、調印に至らなかった。

また、明治政府兵員輸送英米の船会社を想定していたが拒否され、大型船を急遽購入して国有会社の日本国郵便汽船会社に運航を委託したがこれも拒否され、大隈重信はやむなく新興の民間企業である三菱を起用することに決定したが[10]、この協力により、以降、三菱政府からの恩恵を享受できることとなり、一大財閥になるきっかけとなった[11]。

台湾出兵と熱帯病[編集]

被害[編集]

日本軍の損害は戦死8名、戦傷25名と記録されるが、長期駐屯を余儀なくされたため、マラリアなどの感染症に悩まされ、出征した軍人軍属5,990余人の中の患者延べ数は1万6409人、すなわち、一人あたり、約2.7回罹病するという悲惨な状況に陥った。

軍医部の対応[編集]

1871年(明治4年)、兵部省は、陸軍省海軍省に分かれ、軍医寮は陸軍省に属し、軍医頭は松本良順(のちに順)であった。台湾出兵当時、軍医部は創立より日が浅く経験不足であったが、総力を挙げて事態にあたった。出征軍の医務責任者は桑田衡平二等軍医正(少佐相当)、隊付医長は宮本正寛軍医大尉相当)であった。他に24名の医官を従軍させた。医官は全員奮闘したが、極悪の環境と猛烈な伝染病で病臥する者が多く、西郷都督からは薬だけでも兵士にあたえてほしいと要請された。医官の多くは漢方医で、熱帯病の治療にはまったく経験がなかったという。かれらは交代の22名が到着したため、ようやく帰国できた。宮内省から外国人医師が派遣された。ドイツ出身のセンベルゲル(Dr. Gustav Schoenberg)は、東京大学医学部前身にあたる大学東校お雇い外国人医師レオポルト・ミュルレルの推挙であったが、能力がなくトラブルを起こした。しかし、彼とともに送られた6台の製氷機械は大いに役に立ったといわれている[12]。

2017-05-10

キリスト教十字軍をやったから酷い、では他宗教は?

昨今テロばっかりやってる、名前言ってはいけないあの宗教平和的で、誰も殺していない?世界一平和宗教

いいや全くそんな事はない。

ローマ帝国崩壊後、地中海はサラセン海賊に荒らされまくった。

奴隷にされた数は120万人以上、殺害された記録は探せなかった。だがそれを以て「被害者0人」と言うのは浅はかだろう。

十字軍は元々、フランス狂信者が言いだしっぺだが、それが支持された背景には数々のテロ行為存在していたからだ。

サラセン人とエルサレム関係ないという指摘はその通りである

双方、勝てるところとしか喧嘩しないから、いつも平和的な人々が被害に遭う。

サラセンが収まると、次に現れたのがバルバリア海賊だ。19世紀まで続いた。

列強がよってたかって北アフリカ制圧した!という話は、北アフリカに住んでいた無実の住人に対してはまあそうなんだけど、

海賊に襲われていた側からしてみれば、自国攻撃してくる国に対しての攻撃である

このあたり、奴隷にされても「あの宗教は寛容だから奴隷になっても幸せキリスト教非人道的!」なんて言う人が平気でいるけど、

タリバンポコハラムを見ててもそう言えるか?

あれは特殊な例で、中世近世は優しかったと思えるなら花畑と言わざるをえない。

現代も何も変わらない。

一部の賊が異教徒一般人を殺す。

賊は駆逐されるかもしれないがしわ寄せはあの教徒一般人に来るのだ。必ず。

そして「罪もない一般人を苦しませた異教徒、酷い!」と大々的に言われる。

テロ一般人関係ないって言うなら、賊を駆逐した軍隊一般人関係ないよね?

いいや軍隊は賊の駆逐の時に一般人にも手を出した。って言うなら、先に一般人に対してテロった件についてもそちらの宗教全体で責任持てよと。

宗教を貶めてのかの宗教擁護は、見てて気持ち悪い。

2017-02-25

森友学園国有地取得で会計検査

森友学園国有地取得で会計検査

https://this.kiji.is/207438898890506241

情報提供の受付

https://www.jbaudit.go.jp/form/information/index.html

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51052?page=2

二次創作」の愛国教育は、戦後社会に見られるひとつ伝統芸であり、サブカルチャーであり、この分野に詳しい者にとっては見なれたものである

戦前っぽいもの」のパッケージは、戦後長らくつづいた保革対立のなかで形成されたものである

保守勢力自民党文教族文部省など)は、教育の荒廃が叫ばれると、かならず国旗掲揚国歌斉唱、「教育勅語」の再評価修身の復活などを主張してきた。

国旗国歌問題に火をつけた第三次吉田茂内閣天野貞祐文相は、その嚆矢である内藤誉三郎(文部事務次官参議院議員第一大平正芳内閣の文相)のように、「天壌無窮の神勅」を学校で教えるべきだと主張した例もある。

教育機関国民国家歴史や意義を教えることは必要である国民国家は、現在国際政治基本的単位だ。これを否定するつもりはない。

グローバリズム時代国民国家というシステムいかに無理なく保守管理運用していくか。政府への盲従や排外主義などの欠陥は認識しつつも、こうした問題に取り組んでいくことは欠かせない。

パッケージを丸呑みするかいなかの二者択一は、あまりに単純すぎる。

ナショナリズムはいつどこで芽生えるか →戦争で負けている側である

あるいは学歴を誇る人間はいつ登場するか。→落ちぶれてそこしか砦がなくなった時である

東大卒のりょーすけさんなどは、もう道具として使う。ふつうはそういうものだ。

東大生かくあるべし、みたいなことを言い出すのはかなり痛い

今日ほど「君が代」に関する議論劣化した時代はほかにないだろう。

君が代」を歌うか、歌わないか問題はあまりに単純に二分化され、歌えば保守愛国であり、歌わなければ左翼反日である即断される。そしてこの単純な白黒図式に基づき、「愛国者」を自任する者たちが、気に入らない相手に食って掛かるしかも、驚くべきことに、この「愛国者」を自任する者たちの多くは、「君が代」の歴史意味をロクに知らないのだ。「君が代」は、敵と味方を判別し、敵を吊るし上げるための単なる「踏み絵」と化している

1999年に「国旗国歌法」が施行された

ネットモブ」が「ネット右翼」と呼ばれたために、その主張も「保守」や「右翼のもの勘違いされてしまった。この結果、昨今のナショナリズムの「再評価」とあいまって歴史的な経緯に詳らかではないネットユーザーのなかで、劣化した議論が急速に肥大化してしまった。

1890年2月帝国議会の開会を直前に控え、地方治安維持をつかさどる県知事(内務官僚)たちは、「文明と云ふことにのみに酔ひ、国家あるを打忘れた」自由民権運動抑制するため、「真の日本人」を育成する国民道徳樹立を求めた。

→とはいえ、当初の「教育勅語」の内容は、後世の文書などにくらべて、意外にも慎ましいものだった。

日本神の国であり、世界指導する権利がある」などという大それた神国思想は、「教育勅語」のなかに見られない。これは、『国体の本義』(1937年)や『臣民の道』(1941年)などで、教育界に広められたものである

しろ教育勅語」の内容はかなり抑え気味だった。たしかに、「我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ」「天壌無窮ノ皇運」など神話にもとづく記述もあった。だが、そこに掲げられた個々の徳目現実的で、日常的な振る舞いに関するものが多くを占めた。

当時の日本に、空想をもてあそぶ余裕などなかったのだ。

日本日清戦争日露戦争勝利し、帝国主義列強一角を占めるにいたって、かえって問題が指摘されるようになった。大国日本国民道徳として、「教育勅語」はあまりに物足りないのではないかと注文がつきはじめた

君主たるもの特定政治的宗教的思想的、哲学的立場に肩入れする言葉を使うべきではなく、またその訓戒も「大海の水」のごとくあるべきで消極的否定言葉を使うべきではない

また、井上帝国憲法の起草者として立憲主義尊重し、「君主臣民の良心の自由に干渉せず」と述べて、「勅語」を軍令のように考える山県の構想も牽制した。

もちろん、自由民権運動対策念頭にあったこともあり、独立自治などにつながる徳目が慎重に排除されていることは見逃せない。その一方で、その内容は、神国思想軍国主義権化のごとき過激ものでもなかった。

追加修正

西園寺公望は、明治天皇の内諾を得て、「第二の教育勅語」の起草に着手した。

1919年、『勅語衍義』の執筆者井上哲次郎によって「教育勅語修正を加へよ」という論考が発表された

この提言の背景には、同年に朝鮮で起きた三・一独立運動の衝撃があった。

結果的に、「教育勅語」の不足分は、ほかの詔勅の発布で補うかたちが取られた。1908年発布の「戊申詔書」、1939年発布の「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがそれにあたる。

1948年6月衆参両院の決議では、「教育勅語等」として「教育勅語」だけではなく「軍人勅諭」「戊申詔書」「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがセットで排除および失効確認されている。これらの詔勅が一体的に理解されていた証左

教育勅語」は、狂信的な神国思想権化ではないが、普遍的通用する内容でもなく、およそ完全無欠とはいえない、一個の歴史的文書にすぎない。その限界は、戦前においてすでに認識されていた。

2017-02-16

図書館の貸出ランキング

某市立図書館のが公開されてて面白かったので貼る。

わりと普通っぽいジャンル

歴史・伝記・地理旅行


社会教育民俗学軍事


アフィブログタイトルみたいになってるジャンル

総記哲学心理宗教言語


工業コンピュータ医学


家庭・手芸料理育児


それ科学じゃなくて図鑑じゃん

自然科学動植物産業


偏りすぎ

芸術スポーツ趣味


子供の本

2016-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20161211190443

過去戦争の経緯を考えればわかるが、日本が戦いに出るパターン

資源を抑えられてしまうなどの島国として致命的な状況に陥った場合が多い。

明治維新から第二次世界大戦列強にいずれ征服されるであろうという危機感原動力となっていると思う。

秀吉朝鮮遠征を除けば、危機感の結果として、戦争に至るパターンだ。

そのパターンに今回はまる可能性はたぶんそれほどない。

まあ、あるとすれば東シナ海周辺の制海権を完全に取られて原油輸送ができなくなってしまった場合で、

このとき中国戦争する理由ができる。

だが、安倍内閣だろうが何内閣だろうが、このとき戦わない理由ほとんど何もない。

アメリカ後ろ盾がある前提だが、国際的不正領海の獲得は阻むべきだ。

困るのはアメリカ後ろ盾が得られない場合で、その場合日本は困ったことになる。

いすれにせよ、安倍内閣関係ないな。

2016-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20161125004610

いやいやいや、それはさすがに難癖だぞw

  

日本戦争をやっても勝てない」っていう認識は、当時の価値観に照らし合わせても、あからさまに不自然とまでは言えない。その認識を持っていた人はたくさんいた。

特に堀越二郎インテリなんだし、外国科学技術のすごさを知っているし、日米開戦から日本が負けることを見通していたとしてもおかしくはない。

  

正確なセリフは忘れたけど、本庄日本が戦おうとしている相手として、アメリカイギリスオランダなどなど、列強国の名前をつぎつぎと述べた。

それを聞いた堀越二郎は、戦争をやったら日本破滅だと答えている。

これは「主人公属性しか見通せない未来」なんかじゃなく、当時のインテリにはかなり予測可能未来だったであろう。

2016-08-08

http://anond.hatelabo.jp/20160808233959

明治維新を迎えてアジア国家西洋列強植民地になる中

独立国家であるために日本という国のアイデンティティ必要だったのと同時に

その前に倒幕のために担ぎ出された神輿だったか

2016-03-20

L究極曲芸、F覚醒パンドラ、S覚醒パンドラ×4

この組み合わせ、かなり強いんだけど、あんまりネットで聞かないのは何故だ(観測範囲のもんだ())。

フレンドを覚醒パンドラにすることによってHPが上がり耐久しやすくなる上、パンドラ5人になることで絶えずスキルループが出来るので回復にも困らないし、曲芸の条件も楽に満たせる。

しか曲芸士の弱点だった火力が高すぎる点も、パンドラのおかげで調整しやすいため根性持ちともやり合える。

4個消し約17倍、6個消しで約26倍、8個消して最大火力出せば約35倍出せるので列強込みでエンハ無しで十分いける。

パンドラバイン回復を持っているのも心強い。

スキル封印もあるし、スキル遅延はスキル継承のお陰であまり脅威ではなくなったし、殆ど隙が無いパーティといえる。

というか増田パズドラやってる人いるのか。

2016-03-09

班目春樹のページ

http://ponpo.jp/madarame/を見てあまりに腹立たしかったので増田に書かせてもらう。

どうやら彼がこのページで言いたいことは次の点に集約されると思われる。

これが大学教授などを歴任して退官した人間のいうことだと思うとめまいがする。

自分役割が何かを理解せずに火事場に飛び込んではいけませんね!反省しています

だそうだ。あまり当事者意識のなさである

そもそも原子力工学というのは、明らかに国策のための学問であるサイエンスとしては原子核物理という分野が存在していることからも明らかであろう。

(たとえば新元素発見記憶に新しい。あのように加速した原子核ビームをぶつけて反応を見ることは核力を探る上で重要であるそうだ。また原発関連のtwitterで有名になった早野氏も本業CERNエキゾチック原子核を作っている。これも核力を見る上で重要らしい。いずれにせよ、両者とも原子力工学とはほとんど関係ない)

したがって、

昭和50年4月 東京大学講師工学部原子力工学科)に採用

の時点で、彼はその役割を十分理解しなくてはならなかった。もちろんこれはこのような人間採用してしまった東京大学工学研究科責任であるとも言えるし、あるいはまともな人材がいないことの証左なのかもしれない。

そして、一度国策学問に携わる身になり禄を食む以上、常にあらゆる可能性を考慮し、当事者としての責任の重さを理解しなくてはならない。実際科研費サイト(https://kaken.nii.ac.jp/d/r/80092336.ja.html)を見れば

原子力利用ガバナンス確立に向けた社会技術に関する研究

班目 春樹木村 浩KIMURA, Hiroshi

研究期間 : 2009年度~2011年

研究分野:原子力学 研究種目:基盤研究(B) 研究機関東京大学

なのだそうだ。この題目で09年から科研費を通しておきながらバカの一つ覚えのように「菅が悪い」とは呆れて物が言えない。

その場でなぜリーダーシップが取れなかったのか。なんのための研究をしていたのか。反省すべきはその点に尽きる。

ブコメを見ると、「大学先生ってそんなもんじゃないの」という意見散見された。いやいやいや、待ってくれよという話である。仮にも天下の東大である

「そんなもの」で済まされるような人材をとってしまうこと自体許されない。もし彼があくまでもこの他人事のような姿勢を貫き通すのであれば東京大学原子力国際専攻は直ちに解散すべきである

そもそも東京大学、旧東京帝国大学は国のリーダーを輩出するためにできた大学である明治維新から十年も経つ前、西洋列強に比べ悲しいほどの国力しかなかった時代に、それでも高等教育機関必要だと既存機関をまとめて作られた。

このような責任感のかけらもない人間がいたという惨状を知ったら、明治の元勲も草葉の陰で泣いているだろう。右巻きの人ほど斑目糾弾すべきではないか。古き好き日本の伝統はどうしたんだ。

当時、(原子力は専門ではなくとも)原発由来の放射線の影響などを見積もり、それをわかりやす世間に伝えようとした大学教員が多かったことを思い出すと、ますます斑目氏の無能さが浮き上がる。

積極的発言していた人としては東大早野氏、押川氏や学習院の田崎氏など、物理畑の人が多かったように記憶している。彼らは(特に早野氏以外など)原子力はおろか放射能測定すら学生実験以来の経験であったことは想像に難くない。

それでもなお、彼らが普段から国民血税を使って研究活動を行っているのだからという理由で、自分たち研究時間を削って文献を読み、なるべく正しい情報を伝えることで社会に貢献しようとしたわけである

もちろん「メルトダウンは起きない」だとか、一部失言があったことは確かであるが、それでも何もしなかった当事者斑目氏とは雲泥の差である今日斑目氏のウェブページを見るにいたり彼らが如何に良心的であったか、を理解した。

もちろん例えば物理畑の人は普段何の役にも立たないことをやっているのだから非常時は何かをしなくてはいけないと思っただとか、少なくとも斑目氏たちの原子力工学よりは彼らのほうが基礎学力が高いだとかの副次的な要因はあるだろうけれども、エリートたるもの、かくあるべきではないのか。

斑目氏は、今現在はさぞや気分よく毎日を過ごされていることだろう。

とりあえず菅が悪いと言っておけば、みなから同情を買うことができる。時の政権も、民主党批判できればそれ以上のことはしたがらない。

だがそれでよいのか。彼にもし一欠片でも良心が残っているならば、現状の原子力行政をまともなものにする努力を行うべきであるメディアに出たりマンガを書いたりして菅が悪いと言っている場合ではない。

2016-03-06

歴史勉強をちゃんとした方がいい。教養がなさすぎる…。

イチイチ書くのは面倒だけど、開国は、そもそも坂本龍馬の案ではない。開国を唱えていた、…誰だったか?ある人がいて、その人から世界を見よ、小さい日本国内だけで譲位だなんだの言ってる場合ではない」と説得されたんだよ。

時代は、大航海時代を経て、世界列強植民地開拓を行っていた。イースター島が滅びたのもこのあたりか?

2016-02-03

先の大戦技術万歳だったこの国?

笑わせんな。太平洋戦争当時の日本なんざ列強デッドコピー限界

何一つまともな技術は持ってなかったわ

ギジュツとか言い始めたのは戦争に負けて、それでもプライドを維持したかった卑小なジャップ

「ギジュツハカッテカシゲンガナカッタ」って言い訳始めただけだ

2015-12-23

http://anond.hatelabo.jp/20151222003540

キュウベエは詐欺師だが、19世紀列強強盗だろう。

相手も別に騙されたわけじゃなくて、単に力でいう事聞かされてただけだし。

まあ、列強以外の国家強盗じゃなかったかというと疑問も残るけどさ。

だって明ぶっ潰してできた国家なんだし。

他の国を侵略するのが悪になったのは一体いつからなんだろ。

2015-12-22

19世紀キュウべぇ

まどマギQB地球人に対する態度について考えてたんだけど、これって構図がまんま19世紀ヨーロッパ列強帝国主義なんだよね。

・相手の価値観常識自分達と異なること、その違いが相手にとって重要であることを知っている、相手が知ったら怒ることまで把握している

・にも関わらずそれを伝えずに「契約」して目的の物をまんまと手に入れる、騙された気になってるのは聞かなかった相手が悪い

搾取しに来たのにやたらと言い方が恩着せがましい、君達が今まで発展してきたのは我々のおかげ

・その割に破滅的な状況を引き起こしても責任は取らない

虚淵さんが意識的にそう書いたのか、結果的にこうなったのかは知らん。ただ、それに近い意図は何かしらあったんじゃないかという気もする。

現実帝国主義は~だったかQBも~に違いない」とは絶対に言わない。当て嵌めたリアルから逆算して、個別の要素を無理やり抽出するのほど愚かな主張はないんで。

でも、相手の価値観尊重する気がないのがまどかさやかではなくQBであることだけは確かだよね。さらに言えば騙された地球人側には進んで歩み寄る義理なんてないよね。

まどマギ放送当時、「異なる価値観尊重」を根拠無理筋QB擁護してるオタクをそこそこ見た記憶があるんだけど、なんつーか、そんな「価値観」観で大丈夫

(ブコメ見て追記)

19世紀なんで、列強がやったことについては奴隷制ではなく土地収奪などを念頭に置いてます侵略それ自体よりもその方法過程、後始末の話。

感情を無条件に合理性の下に置くのってそれこそ全く合理的ではないよね。感情の源泉は合理性だし合理性の源泉は感情でしょうよ。

QB征服者めいてるのを認めつつそれでもパターナリズム的に正当化するのに関しては無理筋とも言い切れないけど、あの開き直り方はやっぱり悪質なタイプパターナリズムじゃないかなぁ。

人智を超えた神秘存在倫理で突っ込むのは野暮って分からんでもないけど、アレの場合正義ヅラしてる上に積極肯定してる視聴者さえいるんだからマジレスしないわけにもいかんだろうよ。

2015-12-13

http://anond.hatelabo.jp/20151213113528

植民地戦争世界ダメにした

列強植民地戦争をやりすぎた。

植民地戦争自体は悪くないが、植民地戦争自体はなんの生産性もない。それに没頭してはいけない。

その国家自国の為に生産的な時間投資をしていたらどれだけ有意義だっただろうか。

世界ダメにしたけりゃ、みんなもっと植民地戦争すればいい。植民地戦争だけを発生させればいい。

こういうと植民地戦争に救われた人もいるんですよとかクソみたいな意見でるが、

植民地戦争ダメにされた国もあるんだよと申し上げたい。

植民地戦争ダメなのではない。植民地戦争しかやらないのがダメ

2015-11-15

後味の悪いフレンチ

パリにおけるテロの一報を聞いた時、シリアイラクの『まっすぐな国境線』を私は思った。

『ISを空爆しているかテロに遭った』という単純な話ではないのだ。

少なくとも、禍根は360年以上前まで遡る。

現在、我々が『国』と呼んでいるのは『国民国家』のことだ。

その『国民国家』が軍事力相互牽制し合う秩序、『ウェストファリア体制』ができたのは1648年。西欧という、極小の地域で生まれた。

18世紀以降、西欧諸国はこの『国』という真新しい概念世界中押し付けていく。

日本例外ではなく、武力による恫喝ウェストファリア体制に組み込まれた。

明治維新と言えば聞こえは良いが、列強外交圧力に屈服したにほかならない。

ウェストファリア体制押し付けで、最も割を食ったのは中近東アフリカだろう。

かの地域に『国』などなく、あるのは氏族社会日本では部族(tribe)社会と呼ばれるが、国際的には氏族(clan)を用いる)だけであったし、今もそうだ。

氏族社会にとって『国』は不要どころか、不自然国境線独立民族戦争を生んだ悪魔と言って良い。

9.11を含むテロには、300年来の恨みがあるのだ。

うまく想像できない人は『明治維新に失敗した日本』を想像すれば良い。

成り上がりの強国に植民地支配され、解放後もモノカルチャー経済貧困に喘ぎ、近代化できずにいる日本想像すれば良い。

恨みを持たない方が不思議だろう。

宗教関係ない。これは政治問題なのだ

英仏露が中近東を引っ掻き回した、100年前の一次大戦も『国』の押し売りであった。

これら地域の『後始末』を押し付けられたのは米国だ。

同情しなくもないが、被害諸国から見れば悪の統領である9.11必然だった。

時に米国と対立するフランスだが、両国同盟関係は100年以上も続いている。

サルコジ以降はNATOにも復帰したから、軍事同盟国でもある。

パリにおけるテロは、9.11スケールダウンさせただけで、構造は同じだ。起こるべくして起きた。

日本は?

考えるだに恐ろしい。

フランスと同じではないか。違うのは『ISを空爆していないこと』だけだ。

日露戦争の時は『列強に一矢報いた第三世界の星』だったかもしれない。

しかし、その栄誉はすっかり摩滅し、今は跡形も無い。

イラク戦争を支持・派兵し、米国同盟国で、米軍海外基地(規模では世界第二位)を有している。

湾岸戦争の時のように、大金をバラ撒くのか? 口だけの『平和外交』を続けるのか?

馬鹿にされるだけだろう。

そう遠くない将来、日本は『ツケ』の支払いをさせられる。債務免除はない。

2015-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20150909223315

サンクチュアリ記事読みたい、どれ?

クレイジー渡海が好きだった。

まあ、搾取され続けた人生か。

もし、難民社会に浸透すると緩やかに最下層に組み込まれるのかと思うけど、搾取したらいいじゃない。

かつて、大航海時代列強諸国がやったような徹底的な収奪、やってみれば人生変わるかもよ。

奴隷労働でも、プランテーション産業でも先人がやったような悪逆無道なやつ。

人道的に受け入れるべき、とは言っていない。

紛争を逃れた難民地獄に逃げ込む事はあり得る。

もはや、難民救済を謳った奴隷収集的な社会政策も有りだと思うよ。

その結果が、鬱屈とした社会を滅ぼすなり、それも楽しいでしょ。

2015-05-30

出生率が「5」で、初産年齢20歳なナイジェリアは、2100年に9億人になる

★この前読んだ日経によれば、2100年の世界国人口、ナイジェリアが9億人に達する予想らしい。

 そのほか、西アフリカのサウスサハラブラックアフリカな国々が、軒並み人口数億人になってる。

 一方のアジア諸国は、中国人口をどんどん減らし、東南アジアは「タイ出生率1.4、ベトナム1.8」なので、これまた減少する。

 インドがどうなるかはわからないが、2100年には、世界人口の重心はアジアからアフリカシフトすることが確実。

★これが1900年頃の世界人口分布マップだと、いわゆる「帝国主義列強」の母国人口シェアが、相当高いんだよね。

 アフリカとかの植民地より人口は多かった。

 この100年で、列強側の人口ほとんど増えなかったが、アフリカ側は数倍になった。

 あと100年で、さらに加速する。

★だから、1800~1900年代に、列強が軒並みアフリカとかを「植民地」に出来てしまったのは、勿論軍事力の差が一番の理由ですが、

 「列強側が、人口が多かった」の要因もあったと思う。今だと信じられませんが

★ちなみに、「満州日本事実上植民地になった時点で、人口わずか数百万しかなかった」と聞いてビックリした記憶がある。

 だから戦前の人は「満蒙開拓団」で満州農業開拓に行ってたんだな。

 ※今、満州エリア人口1億人

ナイジェリアとか、出生率が「5」だもんな。

 単に出生率が高いだけじゃない。

 日本人が30歳でようやっと次世代出産するのに対し、ナイジェリア20歳次世代出産。増殖スピードが1.5倍

 日本だと、60歳で「おばあちゃん」になり、子供2人孫4人なのに対し、

 ナイジェリアだと、60歳で「ひいおばあちゃん」になり、子供5人孫25人ひ孫125人

 ひ孫125人だと、いちいちひ孫の誕生祝いなんかしている余裕はないし、そもそも「ひ孫の顔名前を、覚えきれてるか、疑問」

 「人口の過半数が子供」という社会は、こういう社会なんだろうなあ

 日本から見たら、「なぜナイジェリアは、ひ孫が125人もいるの?」だし、

 ナイジェリアから見たら、「なぜ日本は、孫が4人しかいなくて、60歳なのにひ孫もいないの?」だろうな

★今のナイジェリアは、100年前の日本

 明治維新の3000万人が、100年で12000万人になったというのは、そういうこと。

 この人口爆発が、世界大都市トーキョーを生んだ。

 逆に言えば、2100年、ナイジェリアラゴス世界大都市になってるだろうな。人口1億人都市とか。

明治維新時の全人口が、今の日本では1都3県に集約されてるのか。

 よく考えてたらすごいな。

 因みに縄文時代日本の全人口は、横浜日産スタジアム収容人員程度しかなかった(8万人)

★未來の人口大国ナイジェリアに、日本ほとんど関心示さないが、ちゃんと中国は接近している。

 中国ナイジェリアに接近するのは、単に資源目当てじゃなく、豊富労働力を見据えてる。

 中国は2100を睨んで外交してる

2015-05-20

日本人の食い物や生活物資部品ほとんどは外国から輸入しているからな。もしくは

製品のものほとんど中国製中国人は数が多く頭のキレる奴が多いからな。モンゴル

だって中世には世界を支配したことがあるし,ロシアが凄いのは言うまでもない。

今はアメリカ至上主義だけど明治国家などはドイツフランスも利用した。

そういう列強以外はクソで検討価値が無いのは言うまでもない。

アンティグアバーブーダやトリニダードトバコなんて原始的だし,イギリスとかの属国

になっているし,アフガニスタンイスラム諸国家,東欧などは罪人の巣窟

とうに否定されている。

2015-03-05

かつての欧州列強諸国植民地政策

あれって、「搾取」じゃなくて「前借り」だったんだな

そして「返済期限」がそろそろやってくるんだな

2015-01-13

エクスキュースとしてのリベラル

http://anond.hatelabo.jp/20150111070135

少し話が違うけれど、年末ネタのような話題があって

を書いたものです。

その記事はてなブックマークに、

mahomi4 全く的はずれすぎ。

というコメントがありまして、この人の見る当を得た見解ってのはどういうものなんだろうとブックマークをたどったところ、

http://blog.goo.ne.jp/iida-miki/e/0d68f604177d2bdeb387e20a5dc9afb0

フランス新聞社 シャルリー・エブド襲撃事件について

という記事にたどり着きました。扱っている事実が同じなのに見解正反対というのもなかなか面白いのですが、少々以上に気持ち悪いと感じたのも事実です。

その気持ち悪さを説明するのも手間がかかるのですが、やってみますと、

さて、そのアンテグラシオンやら政教分離があるので、

親がどの国出身でどんな宗教を持っていようがフランス国民として

平等に生きていけることになっている。とはいえ本当に違いがないか、

住む場所や肌の色、名前判断されていないかといえば

実際には「平等」なんて言えないだろう。アンテグラシオン

うまくいけば(理念上は)素晴らしいけど、そんなに簡単に

適応できないこともある。フランスは今でも階級社会の名残が

あり、地区ごとに生活環境もかなり違うので、移民の子として生まれ

様々な葛藤感情を抱いて育つ人がいるのは想像できる。

(今朝のLe Mondeにはシャルリーの絵に対して今でも怒っている

イスラム教徒中学生の話が載っていた。)

アンテグラシオンやライシテの実態について、その限界認識しながらもルソーまでひもといて、全体的にはフランス万歳!とまとめている点です。ベルばらオスカルでしょうか。

私がすごく気持ち悪いと言うのは、こういうことをフランス人が言うならまだわかるのです。マジョリティの側にはどうしても見えてこないものというものがあります。それは善悪問題ではなくて立場問題です。

有働出人みたいな人がそうでしょう。まあ、あの人の活動はそれなりに有意義な部分がありますが、あの人に代表されるような白人マイノリティは、有色人種の国、それも支配階級にはならない日本韓国に来て、初めてマイノリティ性というものを味わうことになります。そうすると見るものさわるものすべてが刺々しく感じられる。

アメリカにいる時は警察官黒人を狙い撃ちにしてもあまり気にもしていなかったような人が、職務質問日本警察官にされると激怒する。年間何十人と言うレベルで何とかバッシングで死者が出ているオーストラリアから来た人が、じろじろ見られるくらいで韓国レイシストと騒ぎ立てる。

こういうことは日本では私たちマジョリティから言われて初めて気づくという面もあります。言われてもただ反発するだけということもあります。自らがマイノリティとなった時に、マジョリティである時の視線・態度をかえりみるにまでなれればいいのですが、残念ながら、女性暴力を振るう黒人男性同性愛者を差別する女性は珍しくありません。

そしてそれを更にマジョリティの側が、見ろ見ろ、連中はこんなに野蛮だぞとはやしたてる。

あるドイツ人と話していた時、我が国民主的リベラルで、世界に冠たる我がドイツ、みたいな話になって笑ってしまったのですが、まあそれはその人個人の話なので、ドイツ人って全然変わっていないよねとは言わないでおきましょう。ただその人には人種差別はどこにでもあるけれど、東洋人がしつこくチンチョンチャンとまとわりつかれる国はドイツ以外ではそんなにはない、年間百人以上ヘイトクライムで殺されている国はそんなにはないということは「見えていない」のですね。

リベラルであると言うことが、他者を見下すこと、見ろ見ろ連中はこんなに野蛮だぞってなることが、リベラルがそのためのエクスキュースになることがあるのです。

リンク先の記事の何が気持ち悪いかと言えば、日本人で、パリに住んでいて、未だにシャルリー・エブドに怒っている中学生新聞記事しか見たことがなくて、見えないゲットーに守られていてマジョリティのような顔をしている、それがすごく気持ち悪いのです。

国民戦線ルペンだって、アンテグラシオン同化政策と言う意味で、ライシテはイスラム強制的に同化せしめると言う意味で大賛成なのですからね。

歴史をひも解いて言うならば、フランス革命以後、フランスは確かにリベラル原則を打ち立て、それを徹底してきた歴史があります。公平を期して言うならば、第一次世界大戦後、日本列強要求した人種平等原則英国アメリカは反対しましたがフランスは賛成したと言うことも付け加えておきましょう。

しかし同時に、そのリベラルでライシテな共和国下においても、フランスもまた数々の非道をなしてきたことは忘れてはなりません。

フランスでは支配層の横の流動性が高く、文化人メディア関係者政界に横滑りすることも珍しくはありません。新聞人であったクレマンソーが第一次大戦期のフランス首相であったように、エリート層は全体として支配階級形成していますポールデュシャン二十世紀半ばのジャーナリストで、第四共和政期にアルジェリア行政官に就任して、監獄を視察しています。その時、アルジェ独立派囚人たちの身体に、拷問の後があるのを見て首都に報告しています。その拷問の傷跡は、デュシャン自身の身体にもありました。ナチスに捕らわれていた時に拷問された跡です。

パリ解放の日の記録をサルトルが書き残していますルクレール将軍に率いられた自由フランス軍の入城をもってしてナチスパリ占領は終わりを告げて、自由だ!自由だ!というはじけるような喜びを書いています。そうして成立した自由フランス、ライシテなフランスの下でアルジェリアでは拷問が行われていたのです。

インドシナでのフランスの動きも決してほめられるようなものではありませんでした。フランス当局もいちまいかんで行われた人身売買ナチスから解放された人たちの手によってなされたものですし、フランスインドシナ独立を抑えるため、アメリカに対して原爆の使用を執拗に求めています。これも、自由なるフランス言論の自由フランス体制下でなされたことです。

はいちいちフランス過去の悪行をあげつらって、批判したいのではありません。フランスリベラル諸制度国家制度の補完部分であるにすぎず、国家制度のものを、相対化して批判するようにはなっていないということを言っているのです。フランスの内部にいるシャルリー・エブドは水の中にいるため水の重さを知りません。自分がネジであるに過ぎないことを理解できていないのです。それは結局、彼の中にマイノリティ性がないからであってマジョリティ側の暴力について無自覚であったからです。能力問題ではありません。性格問題です。

批判と言うもの嘲笑侮辱にならぬよう、あるいはそうなっても構わないのは権力の側に対してのみ、その注意深さが必要です。風刺画というメディアは明らかに全方位になす批判方法にはむいていません。

2014-08-12

戦争悲惨から止めようとすると、戦争になる。

お盆の時期は、思い出したように原爆の話題や戦争の話題が増える。

でも、戦争悲惨さ、被害の甚大さを訴える話題は「だから鬼畜アメリカ製品を棄てよ」とはならない。

「こんな悲惨な状況を生む戦争を、二度と起こしてはならない」と締める。

逆なんだといつも思う。

広島平和記念資料館にあるような、熱線で焼けただれ血みどろになって廃墟の中を逃げ回るような悲惨な状況になったとしても、

絶対に戦争をしない、拳を振り上げないという覚悟必要なんだと思う。

同じじゃないんだ。

悲惨から戦争をしない、じゃない。

悲惨なことになったとしても、戦争をしない。

アメリカ宣戦布告をしてきて、再度広島長崎原爆を落とすと通告してきても、国権の発動たる戦争は起こさない。武力は行使しない。

国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」というのは、相手が殴りかかってきても対話でこれを解決するという宣言なわけだ。

また広島原爆が落とされ、この世に地獄が現れても、戦争はしない。

また長崎原爆が落とされても、紛争解決の手段として武力は用いない。

悲惨から戦争を止めようというのは、「悲惨な状況が起こるのが目に見えているなら、止めるべきだ」と表裏一体だ。

そして、悲惨な状況が目に見えるから、それを守る、それを起こさないとなる。

感情論経済論と結びつき、容易に「正義」に形を変える。

日本人を守れ、同盟国を守れ、そして「日清戦争が始まり日本は勝った」。

国家主権プライドも、損得勘定も、感情論も、等しく全て「戦争」に結びつく危険がある。

どんなに恥辱に塗れようとも、果てしない損失と機会喪失があっても、凄まじく悲惨な被害があっても、全て無視して一切の武力を行使しない。

これは「悲惨なことになるから、武力を行使するな」とは、真逆意志だ。

「武力を行使しない結果、悲惨なことになっても、受け入れろ」という強い意志だ。

グローバルスタンダードに乗ろうとした、明治維新日本近代国家化。

経済的政治的に、西洋列強からの干渉を防ぎ自国を守ろうとした外交政策

外交から同盟国の「悲惨な状況を防ぐために」日清戦争が起こり、日本は守りきった。

三国干渉を受けながらも空前の好景気を迎え、世の中は良くなった。

そして、「またも悲惨な状況を防ぐために」日露戦争が起こり、同じく日本は守りきった。

そのたびに景気は良くなり、西洋化は進み、戦争をせずに外交努力経済的な進出によって日本は発展、

人種的差別撤廃提案」という正義の法案を廃案にし「移民全面禁止」に踏み切るような狭量な国家は、

暗黒の木曜日」を引き起こし世界恐慌の引き金を引いたにも関わらず、自分たちだけを守ろうとブロック経済を敷く。

その後、日本周辺諸国安全平和の為に絶対に必要石油の全面禁輸に踏み切ったその国は、「米国」と言う。

悲惨な状況を起こさないように対話努力は続ける必要がある。

だが、いついかなるときも、守ろうとする理屈感情正義経済もクソくらえだ。

あなたはこの、『焼き場に立つ少年』の写真を見てもまだ、戦争しょうがないと思いますか?

http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/c45f9793732aa7e8116d123f503b3dd9

「焼き場に立つ少年」が発生しそうになっても、決然と無視する。

「焼き場に立つ少年」がまた発生しても、しょうがないと諦める。

どんなに「焼き場に立つ少年」が繰り返し発生しても、絶対に武力は行使しない。

例え世界中から無責任だと非難されたとしても、武力は行使しない。

侵略戦争放棄した国は100を越えるが、まだ国連平和維持活動を行っている。

全ての国家戦争放棄するまで意志を貫くことが、先の大戦で得た教訓となって欲しいと思う。

2014-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20140510003704

ブクマで書き切れないのでちょろっと書く。眠くなったら途中ででも問答無用で寝る予定。

>険悪な関係を広げる中国ではあるけれど、かつては「中華」にふさわしく、東アジアのみならず、東南アジア西アジア方面制度文化を発信していた。

これは文化に優劣があるという誤解。実際には文化的に優れていたから広まったのではなく、単に国力で卓越していたから、その文化にも「力」があったように見えた、ということ。

その上で冊封体制に参加すれば強烈なボーナス付きの貿易で莫大な経済的メリットまで約束されていた、という時期があった。

もちろん、中華帝国側にしたら、遙か彼方の蛮人たちまで皇帝威徳を慕ってやってくるんだ、とドヤ顔で言うために出費を負担していた、ということでもある。

実際には日本の諸制度聖徳太子ぐらいのタイミングで既に何か中国とは違う物になっているし、さくっと遣唐使を廃止してしまえたことから分かるように、中国からの影響は小さい。

遠すぎて経済的メリットが薄かったのと、なんだかんだで日本が案外豊かだった、というのが大きい。

伝統の「漢の文化」は、いかなる異民族に侵入されようとも、異民族文化を「漢化」した。

これも誤解。実際には三皇五帝伝説の中身からして、すでに異民族文化が混ざってきている。以後の中国史を見てても、外国から持ち込まれた要素と引き継がれている要素が常に混合し続け、常時アップデートされ続けている。

どっかで

中華文明が連綿と続いているというのも、異民族文化の影響を受けすぎて原型など残っていないと言っても、どちらも正解でしょう」

と書いた通り。

ただ、現代中国人孔子とかの時代漢文を読めない(補助記号足したら日本高校生でも何とか読めるようになるものが読めないってどういうことだってばよって感じだが)。その意味では一貫した中華文化が続いているというのは嘘ではある。

外来王朝漢化したように見える現象は、単に中国大陸主要部を支配するためのツールとして漢字儒教科挙制度が便利だったというのが大きい。文化的な魅力が大きいからそれによって「改宗」していたと思うと足元を掬われる。

まり

>優れた制度を持ち、華やかな文化を持ち、数千年に渡り威光を放っていた大陸国家は確かに存在していた。

というのは実は誤解に基づく幻想。問題はその幻想を大変多くの人たちが信じていた/いること。


共産主義の下、さまざまな伝統破壊され、今では巨大なマーケットか、トラブルメーカーとしてしか認識されていない。

文化大革命の時期とかは何かを破壊するのが流行ったことはあったけど、現在共産党政権(と先代の国民党政権)が歴代王朝と何が違うかと言われると回答に窮する。

あえて言えば科挙がないことと、皇帝位の継承血統でなく有徳者の禅譲によっていることぐらい。

共産主義に何か意味があるように誤解しているが、実際には何の意味もない。あえて言えば五斗米道とか白蓮教のような、たまに中国史に影響を与える宗教の一種、程度に過ぎない。

律令制度や、孫子兵法近代まで日本制度を構築し、

日本版律令制自体最初から中国のとは結構違うし、律令国家は早めに見れば平安時代、どう遅く見ても武家政権によって無効化されている。

孫子読んだら分かるけど、軍制の本じゃないので、影響がどの程度あったと言われると「あんまりない」としか言えない。

要するに中国文化が優れていた、制度が優れていた、周辺の大きな影響を与えていた、というのは誤解の要素が大きい。

地続きでもっとも影響を受けていたはずの朝鮮半島ですら15世紀にはハングル作ってるわけで、推して知るべしである

>昔は輸送手段が乏しく、中国のあるところにいた人を実際に見る事ができなかったからこそ、書物で伝えられる聖人君主が素晴らしく彩られていたのかもしれない。

がすべて、ということ。

この後の清の歴史解釈もいろいろ難がある。

日本が清にトドメ差したわけでもない。日本の行動はそれこそ劉邦を包囲して屈辱的な和平条約を強いた匈奴と大差なく、何かが変わるという類の物でもない。

列強による清の分割は既定路線で、日清戦争が与えた影響は、単にプレイヤーの一人として日本が名乗りを上げたという程度。

その後の義和団の乱によって、列強中国大陸を直接支配するのは効率が悪いと悟り利権だけを確保しつつ清は存続させる、という方針に切り替えている。

ロシアだけはやや違うことを考えていたが、日露戦争の結果としてそれもなくなった。

それ以後の中国史の不味い部分は、大体は中国側特に蒋介石無能日本外交下手によって引き起こされている。

>この国がやるべき事は、張り子の虎の様な振る舞いではなく、栄光ある後継国として腰を据えて国家を「再興」させていくことではないのだろうか。

これが一番大きな誤解。

歴代王朝普通は常時勢力の拡大を指向していた。つまり今の動きの方が普通。「対等な外交関係」の存在理解できないという致命的な欠陥を歴代王朝は持っていたが、それと同程度の話。

官の腐敗を止められないのも、村落共同体が武装していて警察力がその中に及ばないのも、私的所有権政府によってたびたび脅かされるのも、すべて歴代王朝にも見られる特徴で、何一つ変わってない。

あえて言えば鄧小平が生きている時代泰山に登って封禅ぐらいはやっとくべきだったかもしれない。

まり中国政府が今本当にやるべきこととは(過去の栄光などまったく関係なく)、歴史上一度も成功したことのない難事に挑むということである

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