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2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216024920

 そして2018年現在百合ジャンルはその定義をやっと安定したものとして確立し、内部で属性の細分化が進行している。「少女小説」にルーツを持つ「正統派百合」や「セーラームーン」にルーツを持つ「戦闘美少女もの、多数のメディアミックス作品からなる「アイドルもの、「アイカツ!」や「プリパラ」の代表的女児向けアニメ本編での百合的な描写など、ひとことに百合といっても多岐にわたる作風や絵柄、対象層の想定の下で日々多くの作品創作されている。この流れを示唆するのが、2017年からみられるようになった細分化された特定百合ジャンル作品掲載したアンソロジーの発刊である。例としては、おねロリ(お姉さん×少女カップリング限定したアンソロジー)、社会人百合(学生設定の多い中、ヒロイン二人の年齢を成人以降に限定したアンソロジー)、夢(一人称視点ストーリーが進行し、主人公としての読者とヒロイン恋愛が描かれるアンソロジー)などがある。また、少年誌で連載されていた百合マンガアニメ化が続々と決定し、各書店百合特設コーナーが作られるなど、確実にやおいBLコンテンツと肩を並べられるまでの規模に成長しつつある。さらに、「ユリイカ」「ダ・ヴィンチ」といったオタク向けでない雑誌においても、「百合」が特集されて取り上げられることもあった。これらによって百合ジャンルは読者層をどんどん広げ、境界線の明確なものではなく、あらゆる作品エッセンスとして取り入れられるように変化してきているといえる。

まり2000年初頭にみられた「百合」論争とファン同士の対立とは逆に、ジャンルの細分化によっていい方向に百合という概念拡散してきているといえよう。女性男性議論を重ねながら平等構成している百合ジャンルは、マンガジャンルの中でも特異な体質のものだ。しかし、やおいBLジャンルに関する研究は数多くみられたが、百合GL ジャンルに関する研究現在ユリイカ掲載されたもののみである。今後、さら百合ジャンルが広まっていくにあたり、読者分析や内容分析によってさらに細かい分析をするに値する分野だと考えられる。特にマンガという表現形態だけに限らず、各時代代表する百合作品時代背景を踏まえ、ジェンダーフェミニズムといった視点からのより詳細な分析必要性を感じた。

<参考文献>

川崎賢子, 2014,「半壊のシンボル――吉屋信子百合欲望共同体」『ユリイカ12月号:42-49

上田麻由子,2014「内なる少女を救い出すこと――『シムーン』の孤独連帯」『ユリイカ12月号:190-198

藤本由香里「『百合』の来し方――『女同士の愛』をマンガはどう描いてきたか?」『ユリイカ12月号:101-109

アライ=ヒロユキ, 2015,「オタ文化からサブカルへ――ナラティヴへ誘うキャラクター繊研新聞社

<本文中で紹介した作品><単行本

吉屋信子, 1925,「花物語洛陽堂 『少女画報』掲載

山岸涼子, 1971,「白い部屋のふたり集英社 『りぼんコミック掲載

池田理代子, 1972-73,「ベルサイユのばら集英社 『週刊マーガレット掲載

池田理代子, 1974,「おにいさまへ…集英社 『週刊マーガレット掲載

武内直子, 1992-97,「美少女戦士セーラームーン講談社 『なかよし掲載

さいとうちほ, 1996-98,「少女革命ウテナ」小学館 『ちゃおフラワーコミックス掲載

介錯, 2004-05,「神無月の巫女角川書店 『月間少年エース掲載

サンライズ佐藤健悦, 2004-05,「舞-HIME-」秋田書店 『週刊少年チャンピオン掲載

なもり, 2008-「ゆるゆり一迅社 『コミック百合姫S』・『コミック百合姫』掲載

えばんふみ, 2010-2011,「ブルーフレンド」集英社 『りぼん掲載

白沢まりも, 2011,「野ばらの森の乙女たち」講談社 『なかよし掲載

アンソロジー

2017,「パルフェ おねロリ百合アンソロジー一迅社

2018,「あの娘と目が合うたび私は 社会人百合アンソロジーKADOKAWA

2018,「百合+カノジョふゅーじょんぷろだくと

雑誌

2003-05,「百合姉妹」ムック

2005-,「コミック百合姫」一迅社

2007-2010,「コミック百合姫S」一迅社

2007-2011,「コミック百合姫Wildrose」一迅社

2007-2014,「コミック百合姫」一迅社

2018,「ダ・ヴィンチ 3月号」KADOKAWA

テレビアニメ

2011,「魔法少女まどか☆マギカ

2012-2016,「アイカツ!サンライズバンダイナムコピクチャーズ

2014-2017,「プリパラタカラトミーアーツシンソフィア

あとがき

 これを書いたときはやが君アニメ化前だったので取り上げなかったな~と思うと感慨深い。あとファン考察が雑で本当に申し訳ございません。いつかしっかりやろうと思います

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

関係性を志向するファンダムのこれから 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216023228

3【オタクによって関係性を消費されるオタク

キャラクタ化するオタク

 本章では、オタク同士の関係性をテーマにした創作作品や、バーチャルYouTuber同士の関係性が消費されることについてより深く考察していく。

1章で述べたバーチャルYouTuber同士の関係性に視点を戻すが、バーチャルYouTuber現在6000人が活動している。その中で人気を得ている配信者こそ、関係性を構築し、バーチャル上での物語消費者提供しており、姿かたちや趣味嗜好こそ多様なものの、ひとくくりにいえば大体の生まれは「オタクである。つまり、「オタク」だからこそ萌えられるキャラクタ関係性をセルフプロデュースし、それをまた「オタク」が消費しているのだ。これがループのように連続することで、時には自らも憧れてバーチャル世界に踏み込んでいくためにバーチャルYouTuberは日々増え続けているのである自分人生趣味嗜好を、キャラクタというフィルターを通すことでシェアし、自らが創作物/キャラクタのものになるということは、自伝エッセイ執筆し、その読者と直接対談するようなことだ。「オタク人生」を物語として消費し、絶え間なく新たな物語関係性が発生していくというコンテンツに、オタク萌えることができる。たとえパーソンが基底現実においてどんな人物であったとしても、「生けるキャラクタ」としてのバーチャルオタクの魅力に、オタクシンパシーと巨大なエモーショナルを感じざるを得ないのだ。自分と近しい存在人生物語として消費することは、永久機関のような底の知れない魅力を持っている。

また、「このマンガがすごい!2019」*4 では、オンナ編第1位に鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(2018)、第8位に町田 粥「マキとマミ」がランクインしており、この作品はどちらも腐女子同士の関係性を主題としたものである。2章で述べた「腐女子特有の親密さは、既に広く認知されており、さら創作物として女性からの支持を強く得ているということである。この背景にも、自らのオタク言動コミュニケーション「あるある」と思いながら読むような自伝エッセイ的な要素ももちろんのことだが、「腐女子特有の親密さへの愛着」や「登場する腐女子同士の関係性のリアリティに即した萌え」が確実に存在していると考えている。

・「関係性」の基底現実での実践

 上記のようにキャラクタ化したオタクや、親密さの自覚を持った腐女子は、基底現実においても関係するようになる。1章で述べた「バーチャルYouTuber同士が三次元で会った時の飲食物画像」や、腐女子特有の「なりきりアカウント文化の「背後交際」などが主な例だ。バーチャルYouTuberコラボ放送をしていた親密なパーソン同士が3次元でも会うようになり交際に至ったという例も、キャラクタとして表沙汰にならずとも存在する。また、腐女子コミュニティにおける「なりきりアカウント」とは、主にTwitterなどで作品キャラクタのロールプレイをし、自分の好きなカップリング相手ネット上で交際したり、同作品キャラクタ日常会話をする文化である。このアカウント運用主を「背後」と呼ぶのだが、彼女たちは基底現実でもオフ会をし、実際にロールプレイ交際していた相手現実でも交際に至ることがあるという。

 つまり関係性消費が加速し、自らもキャラクタ化したオタクは、パーソン同士としての基底現実でも「萌え関係性」を実践しているのである。この状況において、「わたしたち関係性は萌える」という自覚の有無はもはや必要ない。パーソンとキャラクタ境界あいまいになり、オタクは自らを自らで消費することが可能になっていくのだ。

4【関係性消費はどこに行きつくのか】

 本論では、関係性消費が牽引していくというトピックからオタクのものキャラクタ化、そして完全なる相互消費の永久機関にまで言説が行きついてしまった。しかし、現実での関係性消費において立ち上がってくる問題はやはりジェンダールッキズムである。これに対するアンサーは2つある。1つは、すべてのオタク理想バーチャルキャラクタとしての3Dモデルの肉体を手に入れることであるバーチャル空間での関係性の構築はYouTubeだけでなく、「VRchat」という果てしない多様性を持ったもう一つの世界ともいえるVR空間でも今まさに進行中だ。全オタク理想キャラクタとなり、主体的交流してその関係性すべてを消費することができれば、そこにはジェンダー格差ルッキズムによる格差存在しなくなるのではないだろうか。2つ目は、キャラクタ化しない、あるいは関係性に参入せずあくまでも傍観者としての消費・あるいは創作を貫く選択肢を選ぶことである。2章で述べたように、創作物と消費者セクシャリティ/あるいは創作物と作者のセクシャリティなどは分けて考えるべきというスタンスに基づく在り方である

これらの二つの未来像は両極端にも見えるが、しかしこれらが混じりあい議論が巻き起こっているのが現状であるしかし、バーチャル空間上でのルールマナー議論の末に整えば、それぞれが理想関係性を追い求めて基底現実バーチャル世界を横断していくようになるのではないだろうか。創作だけに留まらず、現実世界拡張現実侵食する「関係性消費」は、しか古典時代から物語として脈々と行われてきた文化であるオタク文化、双方がその形を変えて混じりあう瞬間に、今わたしは立ち会っていると思うと感慨深い。

関係性を志向するファンたちのこれからは、今後のオタク市場の動向と、バーチャル技術の発展にかかっていると感じた。これからジェンダーセクシャリティ論とカルチュラルスタディーズ、両方の視点からわたしも一当事者として今後の動向を研究していきたい。

引用文献】

*1 東園子,2015,「宝塚やおい、愛の読み替え 女性ポピュラーカルチャー社会学新曜社

*2 難波優輝,2018,「バーチャルYouTuberの3つの身体 パーソン、ペルソナキャラクタ」『ユリイカ』第50巻:117-125

*3 斎藤環,2009,「関係する女 所有する男」講談社現代新書

*4 このマンガがすごい!編集部,2018,「このマンガがすごい!2019」宝島社

【参考文献】

玉川博章,名藤多香子小林義寛,岡井孝之,東園子,辻泉,2007,「それぞれのファン研究 I am a fan」風塵社

吉澤夏子,2012,「『個人的もの』と想像力勁草書房

山岡重行,2016,「腐女子心理学 彼女たちはなぜBLを好むのか?」福村出版

塚田修一,松田聡平,2017,「アイドル論の教科書青弓社

2014,「ユリイカ 特集百合文化現在」第46巻第15号 青土社

2018,『ユリイカ 特集バーチャルYouTuber』第50巻第9号 青土社

美水かがみ,2004-,「らき☆すたKADOKAWA

なもり,2008-,「ゆるゆり一迅社

あとがき

期限ギリギリで提出したので粗も多いが、これをベースディスカッションできる地盤固めができたので良かったと思っている。オタク人生で遊んでいこうな!

関係性を志向するファンダムのこれから 前

 本稿では、現在の「ファンオタク」が「関係性消費」を志向するようになってきているという事象を踏まえ、その内部の「男オタク」と「女オタク」のジェンダー格差や、関係性消費の今後について多角的視点から分析を試みる。なお、本稿においての「オタク」は、二次元三次元を問わずある作品概念グループなどを愛好すると自認している人々のことを指すポジティブ言葉として用いる。拡散多様化するオタク文化は2次元と3次元の壁を超え、全体像画一的に語るのはほぼ不可能なため、ジャンルジェンダーに関する詳細については各部で詳細を補完したい。

1【現代オタクデータベース消費から脱却する】

日常系が売れるのは「関係性」を読み取れるから

 「日常系」は広大なオタク市場の中でもかなりの割合を占める作品群だ。基本的には複数女性キャラ日常生活描写した4コマ漫画が多く、それを原作としたアニメ2010年代以降各クールに2~3本は放映されている。基本的ドラマティックで壮大な展開や激しい戦闘を行わない、いわば反「セカイ系カルチャーともいえるだろう。源流としては美水かがみらき☆すた」(2004)や、なもりゆるゆり」(2008)などが代表的ものとして挙げられるだろう。00年代初頭から現代まで増加傾向にある「日常系」は、現在も各メディアで売れ続けている。この背景には、やはり弛緩した日常風景の一瞬・ごく短いセリフや1コマのシーンの行間を読む関係性消費への志向への高まりが一因であると思われる。日常系の「物語性のなさ」は、逆に巨大な「行間」を生み出し、そこにオタクが各々関係性や物語想像して消費することができるからなのではないだろうか。

・「行間を読む」相関図消費の“複雑さ”への萌え

 関係性消費について、2,5次元舞台での「リアリティ担保に参加しつつ、舞台裏も消費するファン」や、「タカラジェンヌの四層構造」(東 2015:96-98)*1 で取り上げられた「各レイヤーを横断し、その要素を複雑に融合させながら関係性を消費するファン」は非常に興味深い。これに似た位相にあるコンテンツに、「バーチャルYouTuber」が存在する。「バーチャルYouTuber」とは、2D3D二次元アバター現実の肉体の動きとシンクロトラッキング)させ、そのキャラとしてゲーム実況雑談配信などを行う人々の事を指す。そもそもYouTuber」の動画には前提とされる物語世界観はなく、その動画単体でも楽しめることが前提とされており、多くのバーチャルYouTuberも同じく、上記の「日常系」にも通ずる他愛もない放送を行っている。しかしここにおいて重要なのは、「日常系」を「実在人物が演じる」ことがコンテンツとして確立し、今流行していることである難波優輝は「Vtuberの鑑賞の構成要素は、パーソン、ペルソナキャラクタという三つの身体に分けられる。そして、ペルソナキャラクタ画像がつねに重ね合わせられ、かつ、パーソン/キャラクタとペルソナの層がそのつど関係づけられながら、装われるペルソナが鑑賞者の鑑賞の対象になっている」(難波 18:121)*2 と論じ、これを「Vtuberの三層構造」と名付けている。

そしてバーチャルYouTuberは、電子の肉体によって軽々と他のバーチャルYouTuberとの関係性を構築する。コラボ放送などでみられる仲睦まじい様子を、鑑賞者は「Vtuberの三層構造」を横断し、「彼/彼女らのパーソンのレイヤーでの関係性」が見え隠れする片鱗をSNS動画において意識しながら鑑賞しているのである。また、バーチャルYouTuber側も当然「パーソンを消費される」ことに対する意識を持っているため、現実世界でパーソン同士が実際に会い、その時食べた飲食物画像投稿する、それに対して「パーソン・レイヤーにおいても継続される強い関係性」を読み取れるようになる、といった事象もあった。これはまさにタカラジェンヌの四層構造における「芸名存在」におけるパフォーマンスと相似であり、その表象が3DCGやVR機器の発達によりさらに「オタク」向けに変化(美少女美少年だけに限らず多様化)したものではないだろうか。「日常系」と「関係性消費」の拡張であり、またジェンダー次元の攪乱への大きな手掛かりとなるムーブメントだと考えられる。

まり、「実在人物が裏に存在するという事実に裏打ちされた生々しい日常系関係性」が、液晶内のキャラクタバター動画配信という形態の手軽さにより、オタク関係性消費への志向次元を超えてさらに加速していくと予想できる。

2【やおい文化百合文化から読み解くオタクジェンダー格差

関係性消費における性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)の無意味

 前章で関係性消費への志向さら高まると予想したが、本章ではオタクジェンダー格差について女性向けジャンル男性向けジャンルという分類の持つ意味合いやその内部の消費形態差異があるのだろうか。

もちろんHL(異性愛文化を扱う少女マンガ少年マンガにおいても恋愛友情ライバルなどの相関図は存在するが、メインとなるカップル男女の恋愛関係がメインに据えられることが多い。一方BLGL文化ではそれ以外の登場人物関係性をより深く読み込み二次創作に落とし込む、あるいは理想の相関図を一次創作で描き出す。今後どんどん規模を増していくであろう関係性消費においては、性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)は無意味になっていくのではないだろうか。しかしここではあえて、わざわざラベリングされている「腐女子」と「百合男子」という言葉意味合いについて掘り下げ、BLGL同性愛ファン文化それぞれの特徴から考察してみたい。

・「腐女子特有の親密さ

女性オタク人文学社会学研究に関しては、特に腐女子論」か「ジェンダー論」による先行研究が数多くある。その中でも数多く散見されるのは、「主体的女性性的欲望解放」といった視座からの言説であった。特に腐女子論」と「ジェンダー論」を組み合わせた言説では、「自らの女性身体が侵されない安全領域において、性的表象を消費するためにやおい文化は発達した」といったもの存在する。しかし、現在においてこれらの言説に私は違和感を感じる。勿論そういった側面も確かに存在する(した)と思うが、現在日本混沌としたオタクカルチャーの中で女性オタクの中から腐女子だけを切り取って上記のように論じるのは既にごく限られた一部の事例においてしか適用されない理論であるように思う。

 今あえて「腐女子」を論ずるならば、私は「腐女子同士の関係性」に目を向けたい。腐女子であることによる世間からマイナスイメージ払拭しようとしたり、イベントSNSでの趣味スラングの共有による特殊連帯が、このコミュニティでは無数に形成されている。やおいコミュニティ特殊性について東は、「やおいを好む女性たちは、一様に異性愛から疎外されているわけでも、異性愛を拒絶しているわけでも、異性愛を欲しているわけでもない。彼女たちはただ、異性愛排除したところで成り立つ、女同士のホモソーシャルな絆がもたらす快楽を求めているのである。」(東 2015:236)と述べている。さらに、腐女子は扱う創作物特性セクシャルマイノリティに対する理解が深く、またホモソーシャルな絆から発展し、腐女子同士が交際していることなどもよく小耳に挟む。シスターフッドレズビアン連続体、ホモソーシャル関係性を含んだ腐女子コミュニティは、作品上においても現実世界においても強い「関係性」を追い求めている集団なのではないだろうか。

・「百合男子」はなぜ流行らなかったのか

 では次に、GLを愛好する男性オタクについて考察してみたい。残念ながら、男性オタクの先行研究は数多くとも、その内容は美少女キャラクタへの欲望コミケでのゆるやかなホモソーシャル交流などになり、「百合男子」単体にスポットライトを当てたものは見つけられなかった。なぜなら、GLというコンテンツ受け手ジェンダーによって大きくそ意味合いが変化してしま場合があるからである。そして男性GL愛好者は、「美少女キャラクタへの性的な消費」という使い古された言説の中に含まれ見えなかった存在であり、その消費の仕方は齊藤によって「腐女子との比較でいえば、男性おたくの『萌え』にとっては、関係性のプライオリティはそれほど高くない」(齊藤 2009:154)*3 と評されていたのだ。よって、ネット上でGLを愛好するファンは「百合厨」「百合豚」などと呼称され、その性別限定されていない。これはGLというジャンル男性けが消費することに対することが上記齊藤の言説のような文脈を帯びてしまうことに対する対策と、実際にファンの男女比がほぼ半々であるため、両方の理由によるものと思われる。逆説的に考えれば、「腐女子」という呼称流行ったのはBLというジャンル女性が消費することを蔑視されることに対するアンチテーゼとして、BLファン当事者たちが自らをそう名乗ったことに起原するのではないかとも考えられる。

 また、百合コミュニティにおける異性愛忌避姿勢は、腐女子コミュニティのそれに比べてはるかに厳格なものに感じられる。先に述べた「男性による女性キャラクタの性的消費」とは違うことを宣言するために「百合男子/厨」を名乗った男性オタクたちは、腐女子のようにホモソーシャルな絆を構築することはなく、二次元三次元を問わずして異性愛的な欲望を抑圧されるようになった。この構造腐女子ジェンダー論に見られた主体的な性消費の解放とは真逆の道を辿っており、非常に面白い点だと思っている。

関係性消費によるジェンダー越境可能

 こうして述べてきたように、同性愛コンテンツファン構造は非常に複雑で特殊ルールの基に成立している。しかし、上記性的欲望を抑圧される百合男子に関しては、百合というジャンルの男女比がほぼ同じであることに大きく由来するだろう。つまり、「同性愛コンテンツを扱うにあたり、そのファン異性愛忌避しなければいけない」といった暗黙の了解のようなものオタクの中で存在しているということである。これに関しては、創作物消費者セクシャリティは隔絶して考えるべきであるという立場をとりたい。そして、特殊連帯プラスにもマイナスにもなり得るBLファン界隈と、ジェンダー問題に揺れるGLファン界隈は、第一章で述べたバーチャルYouTuber関係性消費をモデルとして再構築されつつあると考えている。バーチャルYouTuber関係性消費は、非常に複雑なジェンダー攪乱が日常的に行われている。パーソンがシス男性ペルソナシス女性キャラクタがシス女性キャラ同士の「絡み」は、GLともBLともタグ付けをすることが難しい議論になってくる。しかし、その関係性に惹かれるファンキャラクタとパーソンのジェンダーを軽々と越境し、その複雑な「関係性」を消費することができるようになるのである。これに似た現象アニメ漫画においても進んできており、創作物受け手ジェンダー必要以上にファンを語るうえで関係づけられることも少なくなっていくのではないだろうか。

【続きと参考文献リスト

https://anond.hatelabo.jp/20190216024058

2019-02-15

なにが「「無職も長く続けていると飽きる」なんてウソつかないで欲しい」じゃ!!!

飽きるわ!!!私なんかもう7年目やぞ!!!!!!

所詮健康若い無職のくせに!!!

まるで自分たちこそ「無」に愛されてるみたいな言い方すんな!!!

コンテンツと戯れる余裕のある強者無職のくせに無職の全てを知った顔すんじゃねーわ!!!!

アニメゲームで遊ぶ事ができるくせにどこが”””無”””なんじゃ!!!

こちとら病気アニメもろくに見れねーしゲームにも集中できねーよ!!!

本物の無ってのはな!!

アニメゲーム動画漫画も本も何も観る事ができずかと言って眠ることもできずただ一日中椅子に座ってじっとしてる事なんだよ!!!

それぐらいやってそれでも無と無職を愛してから「無に愛されている」って言えよ!!!

ちなみに私は無なんかいっっっっっっっっっっっっさい愛してねーーーーわ!!!!

anond:20190215111204

これが通ったらそのうちまずいことになるって懸念自体は当然のものなんだけど、

今騒いでる大半が、単に法の抜け穴気分で楽しんでる"勝手無償化された本来有償コンテンツ閲覧手段"が違法になったらいやだー

って思いが先にあるけど言うわけに行かないか適当問題点を引っ張り出してギャーギャー言ってるだけだな。

2010年ダウンロード違法化のときも全く同じような調子で騒いでたから分かる。

anond:20190215163909

電車内で延々と眺めてるおじさんとかたまに見るし需要はあるんだろうなあ

彼らは「動画」というコンテンツじゃないと脳に情報が入らないんじゃなかろうか

anond:20190215151311

そもそもあれが刑事罰化された経緯が酷過ぎるから

元々フェアユースの話してたんだぞ

それがなぜか日本レコード協会が発表した違法ダウンロード『等』の数(アンケートの設問は「ネットから音楽動画ダウンロードしたことがありますか」で、公式コンテンツからダウンロードも含まれていた)から算出された無意味被害総額に後押しされて刑事罰化された

刑事罰が無いからといって法案を通してはいけないという典型的な事例だな

刑事罰化された効果は全くなく、無意味失策であったのは明らかなのに、今回の適用範囲拡大は完全に狂っている。

anond:20190215124409

映画館ノーモア映画泥棒やってるけど、あれじゃないの?

違法アップロードされたものと知りながらダウンロードするのは違法です、ってやつ

そのダウンロードスクショも含む、ってことでしょ?

増田のいうように違法かどうか判断できないコンテンツは、違法アップロードされたと知っていないわけだからスクショ犯罪にはならないのでは?

スクショ違法で騒ぐ理由わからんから教えて

違法ものスクショするのはやっぱり違法でしょ?

エスカレータースカートの中盗撮した人が捕まった場面に遭遇したとして、自分がその犯人スマホ盗撮画像をその場で撮影したら、たぶん一緒に警察署連れてかれるでしょ?

追記

犯罪要件は、「違法と知りながら」スクショ含むダウンロードすること

その時スクショするコンテンツ違法ものかわからないなら罪にはならないはずよ

anond:20190215093748

面白い指摘だけど目当ての差だと思うよ

美少女ゲームでは美少女けが目当てで主人公の男はどうでもいいっつうか色が無い方がいいのに対して

乙女ゲームイケメンけが目当てなわけではなく主人公乙女重要

乙女要らなくてイケメンだけ見たいならそういうコンテンツ別にあるのでそうなるのだと思う

絵里Pにならない方がいいたったひとつ理由

これは新しく「デレステ」で緒方智絵里が気になるから絵里Pやろうかなって人に見てもらいたい記事です。モバマスで智絵里Pやりたいって人は是非どうぞ。

デレステで智絵里Pをやるのは全くもってお勧めできない。その理由はたったひとつ温泉ガシャの復刻が絶対に無いからだ。

そんなこと?と思うかもしれない。

でも"そんなこと"に僕はじわじわと追い詰められてしまった。

僕が智絵里Pになったのはアニメ放映からしばらくしてデレステを始めた時のこと。

中1の時にアニマス再放送を観て元々アイマスというコンテンツ好意的に捉えていた僕は当然デレアニも(当時中2)観ていた。

レアニでは卯月ちゃんが好きだったのだが当時中学生の僕はガラケーを使っていたのでデレステモバマスプレー出来ず、程なくしてシンデレラガールズ自体への興味を失った。(まあ今思えば数あるアニメの中のひとつぐらいにしか思っていなかった)

そしてしばらくして高校生になり親からスマートフォンを買ってもらった。

高1の春休みとある日、本当に暇だったので布団に寝転がりながら「そういえばアイマスゲームってあるんだったな」と思いデレステインストールした。

そこで出会ったのが他でもない緒方智絵里だった。ただ、その時は一目惚れという感じではなく、始めた時に持っていたカードの中で自分が一番好きそうな娘だったのでセンターにしていた程度だった。

ところが月日が経ち、緒方智絵里を知れば知るほどめちゃくちゃに好きになっていった。まあ単純に緒方智絵里はただひたすらに可愛い

それに加えて家庭環境の話とかを聞くと保護欲を掻き立てられるというか....

「俺が絶対幸せにする」みたいな感じで気づいた時には緒方智絵里以外のアイドルは見えなくなっていた。(気持ち悪くて申し訳ない)

僕は居ても立っても居られずに初心者向けのスカチケ販売みたいなやつをすぐに購入した。スカウトしたのは当然緒方智絵里。はじめてソシャゲ課金して得た初めてのSSRカード可愛い絵柄に可愛いセリフにひたすら興奮した。

当時から自分はいわゆる"プロデューサー"としては緒方智絵里を見ていなかったと思う。

単純に好きで好きで好きでしょうがなくて深く深く彼女を愛していた。

千年の恋も冷めないといったぐらい緒方智絵里に、デレステに入れ込んだ。

そして程なくしてデレステはやってるのにモバマスはやってないのはおかしくないか?と思いモバマスも始めた。

(今思うとデレステより先にモバマスを始めていたら違った未来があったのかもしれない)

当然モバマスでも緒方智絵里カードを集めようとしたが、緒方智絵里カード初心者自分からすればかなりの高値取引されていた。

なので本当に最低な理由申し訳ないのだが、初心者でも手が届きやすいという事で一旦小日向美穂ちゃんカードスカウトした。

ただ、デレステ音ゲー要素にハマった側面もある自分としてはポチゲーのモバマスはあまり面白いものではなかった。モバマスにはそこまで入れ込むこと無く、当たり前のようにデレステばかりやり「デレステ緒方智絵里」に入れ込んでいった。

そしてデレステで他のアイドルSSR2周目が登場するのを見ていくうちに「智絵里ちゃん限定カードは無いのかな?」なんて思った。

調べたらあった。だいぶ前のカードしかった。

ただ調べていくうちに、そのカード絶対に復刻出来ないという事が分かった。それも運営の凡ミスで。

しかしその事実を知った当時はこれを全くもって深く受け止めなかった。

別に衣装もそこまで好きな感じではなかったし、「ふーんそうなんだ」程度で流して緒方智絵里プロデューサー(笑)に専念した。

限定カードが復刻されない程度の事で僕の緒方智絵里への愛が冷めるなんてことはないし、当時はそんなこと考えもしなかったと思う。(今も緒方智絵里が好きなことには変わりないのでこの言い方はちょっと違うかもしれないが)

1712月メリーメリーホワイトカードが登場した。自分デレステを始めてから初めての緒方智絵里限定登場だ。

ウオオと思ってたくさん課金し石をたくさん用意したがこの時は運良く60連程度で引けた。衣装イラストセリフもめちゃくちゃ可愛くて愛おしくてしょうがなかった。

この頃は純粋に心の底から緒方智絵里が好きだったと思う。本当愛していた。

そしてそれと同じぐらいの頃から(もちろんアイマスの影響で)声優さんにも興味を持つようになった。

当時から僕はゆゆ式の櫟井唯やゆるゆりの船見結衣役をしていた津田美波さんの低め少女という感じの声が好きだった。

そしてそれまでは「あっふ〜んこの人なんだ〜」程度であまり意識していなかった声優さん意識するようになった。

そして自分津田美波さんが好きだなあと思ってすぐに衝撃の事実を知った。

なんと小日向美穂ちゃんの声を演じていたのは津田美波さんだったのだ。

先ほども言ったように低めの声というイメージが強かったのでこれには衝撃を受け声優さんってすげえ!となった。

津田美波さんをいわゆる"推し声優さん"として意識するようになった頃、同時にどこか心の片隅で小日向美穂ちゃん意識するようになった。

デレステカードを得るにはガシャを引く必要があり、そもそも限定登場のカードなどは復刻されるまで待たないといけない。

ところがモバマスにはフリートレード機能がある。ならばモバマス小日向美穂ちゃんカードを集めよう。僕がそう思い行動に移すのに5分もいらなかった。先程申した通り小日向美穂ちゃんは割と低コストで集めることができたので3ヶ月も経たないうちに小日向美穂艦隊が出来上がった。

僕はこれにえも言われぬ快感を感じた。

もちろん、小日向美穂ちゃん内面を知っていくうちに好きなっていたのはある。ただ声優さんきっかけで小日向美穂を気にするようになった僕はどうも胸を張って俺は小日向美穂担当だ!とは言い難い状況だった。

それにデレステでは心から愛した女、緒方智絵里担当なのだ。僕が小日向美穂ちゃん担当を自信を持って名乗るにはモバマスカードを揃えることが急務だった。とにかく集めることに固執していたと思う。

今思えば既にこの頃からカードをほぼ完璧に集めた自分に酔っていたのかもしれない。いやまあ今も自分に酔っているわけではないのだが.....

ある意味で使命感みたいなのに駆られていたのかもしれない。

そしてその、「担当ならカードを集める」という意識は当然デレステにも及んだ。



終わりの始まりだ。





ただデレステ緒方智絵里真剣侍であった僕は緒方智絵里カードSSRも含め全て持っていたつもりだった。

あれ?

温泉絵里は?

今思うとこの頃から意識し出したのだと思う。

しかしこのカード絶対に復刻されないのだ。最初に登場した時に運営が復刻の可能性を示唆しなかった以上、絶対に復刻出来ないのだ。

このカードについては考えてもしょうがないな、とその時は割り切ろうとした。

しかし他のアイドルたちの限定カードが復刻登場しているのを見るたびに頭に温泉絵里がチラついてしまい、悶々とした。

とにかく自分を納得させようとして色々と調べた。温泉ガシャは2回目の限定登場だった。

では1回目の限定登場だったアイドルは復刻されているのか?これがされていなかったら限定の復刻は3回目の登場以降という事になるし、しょうがいかもしれない。そう思いたくて調べた。




普通に復刻されていたのだ。

は?


なんで?


え、は???


先述の通り、本当に運営の凡ミスだったのだ。1回目の登場は復刻の可能性を示唆たから復刻できるのに、2回目は復刻するかもって書かなかったから復刻出来んわwすまんwという感じらしいのだ。

は?


納得いくわけなくね??


は?

いや

は??

??????





しかいくら僕が納得いかいからといって温泉絵里が復刻されないという事実絶対に変わらないのだ。








絶対に手に入れられない」




この事実を突きつけられた事がどれだけ苦しかたか

今まで知っていた緒方智絵里がどこかに行ってしまったような感覚がしてとても怖くて悲しかった。

元々自己矛盾理想自分現実自分乖離に悩む事が多かった自分にとって、ゲームの中さえも「緒方智絵里カードを全て揃えている理想自分」になれないのは苦痛だったという側面もあるだろう。

しかし見て見ぬ振りをした。

この頃はなるべく前向きに前向きにと考えていたと思う。

その頃の自分はもうデレステを楽しんでやれる段階ではなく、ファン数を稼ぐためにやらなくちゃいけないと思いながらやっていた。

デレステ音ゲーからファン数を稼ぐためのゲームに変わった頃からモバマスの方が時間も取られないしカードも揃えられるし楽しいゲームになっていった。

ただデレステが楽しくないからといって辞められるわけでもなく脳死でやりながら緒方智絵里ファン数を稼いだ。

6thライブも現地で全通した。西武ドームは近くなので当然行ったが、わざわざ担当いるか名古屋も行った。あれは本当に楽しかった。

アイマスが好きでよかったと思った。


そして18年12月31日、フェス限に緒方智絵里が登場した。

もう結果から言う、天井した。

もうすでに心の底から純粋緒方智絵里を愛してるからそのカードが欲しいといえる状態ではなかったし無理に天井しにいかなくても良かったかもしれない。

ただ、緒方智絵里担当でただでさえ「温泉絵里」がある以上は天井してでも引けるのはありがたいんだ(*^○^*)と自分を言い聞かせて回し続けた。

普通に考えて9万円は学生の僕にとってまったくもって安い金額ではない。ちょっと冷静になれば他のことに使おうとなれる金額だ。

だが緒方智絵里の前では感覚麻痺していた。脳死していた。



その頃無料10連期間だったこともあり、普段僕よりも全然デレステプレーしていないようなリア友たちが緒方智絵里をいとも容易く引いていったのを目の当たりにした。僕が知る限りでは3人のリア友無料で引いていた。

まあ思ったよね

なんでこんな金かけてる僕のとこに来ないんだ、と。

今思うとバカしかない、確率問題なんだから誰のせいでもないのに。

そしてついに300連を終え天井スカウトしたその夜、何か張り詰めた糸が切れたような感じがした。

自分緒方智絵里の間にとって天井というのは些細な事だと思いたかった。でもこれで少し冷静になった。

それに俺がいくら金をかけてフェス限の緒方智絵里を手に入れたところで、温泉絵里は手に入らないから完全に緒方智絵里カードを揃えられることは無いんだ。

そう思うと自分は何をしてきたのだろうかと思ってとてつもない空虚感に襲われた。

涙が出てきた。

今までずっとどこかズレてきてると分かっていながら無視して無理して緒方智絵里担当をやってきたんだ、と思って泣いた。

本当に愛していたはずだったのに、こんな手に届かないものがあって悲しい思いするぐらいなら緒方智絵里なんか好きにならなければよかったとも思ってしまった。(結局好きだという気持ちは変わってないが)

そして自分がそんな思いをする原因になったデレステ運営が本当に嫌いになった。死んじまえと思った。

そしてそんな、緒方智絵里なんて知らなければよかったと最低な発想をする自分も大嫌いだと完全な自己嫌悪に陥った。

もうめちゃくちゃだった。


疲れた


もう、完全に辞めよう、限界だ。


しかし辞められなかった。

またしばらくしてやるようになっしまった。もう習慣、中毒なのだ

それにここで退いたら今までかけた金と時間はどうなるんだ。

引くに引けない状況だった。

しかフェス緒方智絵里カードは使わないでいた。

見たくなかった。そのカードを見ると余計に温泉絵里が手に入らないという事実を突きつけられている感じがした。

あとこれは個人的感想だが、あのカード衣装温泉絵里に似てないか?色合いとか....

デレステ運営申し訳程度の贖罪のつもりか知らんけど、せっかくの限定登場なんだから温泉絵里に似せるとかで終わらせて欲しくなかった。もっとこだわって欲しかった。(その点メリーメリーホワイトガチ天才だと思っている)

特訓前のカード、泣いてばっかり。

泣き止んで欲しい。





あ、ここまであまり触れてなかったがデレステ小日向美穂ちゃんの恒常SSRは自引きできた。ユースフロマンスも、9月ぐらいにあった限定登場確定のガシャで運良く引けた。


そして脳死しながら続けたデレステで、小日向美穂ちゃんの2週目復刻があった。

運良く20連で引けた。


なんか燃え尽きた。

やる事がなくなったというか

これで綺麗さっぱりデレステは辞められるのかなと思った。

しかし完全に辞めることはできず今では小日向美穂ちゃん担当(少なくともプロフィール称号はそれにしてある)としてずるずるデイリーを消化する程度には続けている。





担当ってなんだろうね。

俺は小日向美穂ちゃん担当って言えるのかな

どうしてこうなってしまったんだろう。

俺はカードを揃えたくてこのゲームをやっていたのだろうか?

緒方智絵里はどうでもよくなってしまったのか?

そんなことはないはずなんだけど


今でも緒方智絵里を見ると可愛いなと思う

ももう、自分が何をやってるのかよくわからない。



まあこんな感じになってしまったやつがいるんです。だからデレステから絵里Pになろうという人はちょっと考え直して欲しい。以上です。

なすために期待してると嘘をつく人

たまにいるよね

anond:20190214110242を読んでること前提で書く。

まずいわゆるフォトリアルさを足したディズニー的なアニメーショントゥーンシェーダーの差で話すのなら

当然だけどもペーパーマン名前が出てこなければいけない。

ペーパーマンディズニー短編アニメーションで、手描きのアニメーション意識して作られている。

一般的セル画調よりも少し柔らかい画づくりではあるが、2Dアニメーション再現としてかなり完成度が高い。

これにはからくりがあって、線についてはアニメーターが実際に描いたものを使っている。

以下のリンクメイキングがある。

https://www.youtube.com/watch?v=TZJLtujW6FY

これによると、頂点の移動情報を利用して、アニメーターの描いた線をほかのフレームに合成していくようだ。

とても面白い技術だと思うのだが、これにいったいどうやって限界を感じるのだろうか。

あるいは、ちょっと広く見てNPR(実写風でないレンダリング方式のこと)でみればギブリーズの水彩コンポジットというのがあって

これ多分10年以上前からあるんじゃないかと思うんだけれど

以下のリンクを見てもらいたい(ちなみにこれは前身サイトから転載された記事

https://aqu.hatenablog.com/entry/20120622/1340324416

とても良い出来だと思う。とりあえず、10年以上前から当然このような考え方があることを知れ。

また、ここ最近プリキュアエンディング、あれの後半はunityを利用したものだと知っているだろうか?

サンジゲン自動机に頼らない道の一つとして、アンリアルエンジン選択したことを知っているだろうか?

その過程PSOFTがアンリアル用にpencil+を開発したことを知っているだろうか

もしくはブコメに書いてあった、嘘パースや、見る角度によってキャラの顔の造詣が変わる、なんてことは当たり前の話で

後者に関しては、MODOなんて糞マイナーソフトにさえスクリプト提供されていることを知っているだろうか?

もし知らないのであれば、口が裂けても"期待していた"なんて言えないはずだ。

だって期待しているのなら、興味があるのなら調べていて当然だもの

正直言って私はNPRで映像を作るならスパイダーマンが限りなく正解に近いと思ってる。

セル画調のシェーディングにはそこまで期待していない。

なぜならセル画調でがっちり詰めようと思うと、けっきょく手で描くのとそこまで変わらない手間がかかってしまうからだ。

なんなら、3D業界のほうが幾分かまともだから、金で言えば高くついてしまう。

からギョーカイ人はまともに手を出さないんじゃないかなと思ってる。

例えばSIROBAKOで3Dの爆発ってだせーよなと例が出てたけれど

あんなもん、素人でも1日でできるレベルパーティクル表現なんだよ。

それをわざわざ例に出すってことは、アニメ関係者の3Dに対するリテラシーが低いってことなんだよ。

からNPRがまるで新しい表現ってのはちょっとむつかしいと思う。

出てくるならオタクコンテンツであっても別のルートから(例えばそれこそVtuberとかね)だと思う。




とはいえ、まるで素晴らしい作画がタダに近い価格で出てくるなんて思い込んでる糞野郎どもには一切響かないだろうな。

なんでディズニークオリティアニメテレビで流せないんだ!ってそりゃディズニークオリティを出せる予算がねえからに決まってんじゃん

で、なんでそんなことになってるかっていえば今まで異常に安い単価でアニメーター作画描かせてたからじゃん。

アニメは安くできるとか思ってるかもしれないけど、無理矢理作ってるだけだからさ。

映像のことになると銀の弾やら、魔法の杖で作ってると勘違いする人がいるけど、そんなわけないからさ。

とはいえ映像の末端(アニメじゃないけど)にかかわってる人間から言わせると、

お前らの言ってること予算範囲でやっておりますけど(笑)って感じでさ、

アニメの造詣の崩れとかもそうだけど、後から2Dぽくするとかさ、法線いじるとか

3Dでやって成立するようなキャラデザ(それこそシドニアとかコザキユースケはそうだよね)を選ぶとかさ

全然やってるわけよ、予算内ならね。

から、本当にトゥーンシェーダーに期待してるんだったらちゃんと調べたり勉強とかしたら?

まあさ、適当ものいってシコシコしようと思ったら叩かれて焦って「期待してる」なんていっただけなんだろうけど。

2019-02-14

他人との関わりを最小限にし、創作をせず、他人と競わず、好きなコンテンツだけを啜って生きるのが最高に楽な生き方だと最近は思う。

これで運動をするようになったら俺は長生きをしてしまうな。

嫌厭されがちな ボカロ 歌い手 の文化って

カバー曲とかが好きだった俺からすると正直さいきょうのコンテンツだった。

スコットマーフィーが一時期日本でフィーチャーされて、乾杯とかさくらパンクアレンジして歌っていて

こんなにかっこいい曲になるのか!と思った。

さらに昔で言えばアニメタルなんかも大好きだった。なのでANTHEM聴くときはえいぞう時代をよく聴いている。

そんなこんなで、同じ曲を長渕が歌うか、スコットマーフィーが歌うかの違いで曲のイメージが一気に変わるとか

水木一郎坂本えいぞうでこんなに違うのかとか、そういうのが好きな性格なんだと思う。

ボカロで今やヒトリエGt.Vowowakaが「裏表ラバーズ」を出したあたりで、

そりゃもう録音環境の整っていない素人カラオケレベル歌ってみたが何個も上がる中で、

腹話が歌った裏表ラバーズは異彩を放っていた。

正直最初ボカロ音声で聞いたときは、無機質に早くてごちゃついた曲、というイメージを持ったが、

歌ってみたを聴いてがらりとイメージが変わった。

それこそ今や米津玄師であるハチマトリョシカやらパンダヒーローなんかも、肉声ってのはここまでパワーがあるんだなと思った。

パンダヒーローイメージをがらっと変えられて参ったのはKOOL歌ってみただった。

KOOLも今やDOPEDOWNのVoだし

からニコニコ動画はなあ・・・っていう人を見ると、ちょっとだけさみしくなる。

終わんないからこのへんでいいや

[]漫画家に大反対され今回規制を進める正当な理由がなくなった

単なる愚痴

著作権侵害スクショもNG 「全面的違法方針決定

https://www.asahi.com/articles/ASM2D6F8NM2DUCVL03V.html

意味のない法改正」「イラスト界が壊滅する」 違法ダウンロード対象拡大で漫画家らが“反対集会” (1/2)

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1902/08/news154.html

静止画ダウンロード違法化案「目的を見失っている」──情報法制研究所懸念改善案提言

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1902/08/news139.html

参考:文化庁は、違法ダウンロード範囲拡大は海賊版対策として有効だと強弁し続けている。

https://p2ptk.org/copyright/1628

目的を見失っている

正にこれ。

俗に言う目的手段の転倒と言う状態

今回に関して言えば、漫画家保護やらなんやらを建前に強硬しようとしていたしな。

以下に結論ありきで文化省を始めとした音楽業界映画業界に今回はこれに加えて出版業界談合している連中が、その後の影響を考えずに強硬に推進しているかと言っているようなものだよ。

去年の4月頃だけどブロッキングだけではなく、こっちの話も出た時にDL規制も碌なものじゃないからこっちも問題視しなきゃダメだよって言ったのも関わらず、

当時はブロッキング問題視する人は多くてもDL規制に関しては逆に専門家ですら賛成していたのも多かったしな。

それに反対意見問題視した意見に対して、ネットでも漫画家の食い扶持を守るためとか、自分達が死ぬとか言って反対意見を潰す連中も多かった。

それとこいつら文化庁音楽業界映画業界と組んでいつも著作権理由ネット潰しする事しか頭にないのだからこうなるのも当たり前だよ。

現に今回もパブコメを読んでみても

インターネットユーザーによる私的ダウンロードであっても,それが権利者に

>与える影響は甚大なものとなるし,侵害コンテンツと知りながら海賊版サイト

>ら海賊版ダウンロードする利用者を,法第30条によって保護するに値しない。

>(一般社団法人日本知的財産協会次世代コンテンツ政策プロジェクト))

参考:http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h30_08/

とか余りにもふざけた事を発言したりしていたしな。

こんなもんなくなった日にはインターネットをまともに利用する事自体不可能になるわ。

今ですら危険性が多々あるのを指摘され続けているのにな。

しかし今回の改悪もし実行されたらこうした引用すら危険行為になるやもしれんね(皮肉

問題点が判ってからいつも土壇場になって手遅れになってから騒ぐ漫画家等の創作物分野のコミュニティー進歩ないなと思うけどさ。

児童ポルノ禁止法の時でも都条例の時でもそうだった。

それとようは今回に関しては漫画家等の創作分野の人間は元々奴らの進めたがっていた規制理由として、単に当て馬にされた格好だよ。

しかし何でも安易規制を進める連中ってのはどんな分野でも人の話を聞かない結論ありきの無能なのが実感させられるな。

これを行った事で後にどのような副作用が起こるか考えないし、指摘された所で聞く耳も持ちやしない。

現に今回は素人に限らず、専門家にも法の形骸化を指摘され始めだしたみたいだしな。

多分この人達ひょっとしたら自身の携わる憲法法律以外には無知なのかも知れない。

それにこんなもん正確に法律適応したら、その辺で逮捕者溢れかえるわ。

からこそ今も警察はこの法律では誰も逮捕していない。

そもそも情報の受信者側を逮捕すると言う発想自体本来おかしい代物なのだけどな。

表現の自由を一番に活用している連中が、一般人知る権利を今回は侵害しているんだから笑えやしない。

現にあのDL規制法を唯一制定した国であるドイツですら、P2Pに限っても刑事訴訟の乱発で裁ききれない状態になって、

2008年になって再度改正したもの情報開示請求と警告状送付が乱発され、ユーザー消費者団体から大反発食らったって状況なのにな。

そしてそのドイツですら単なるDL逮捕された事例なんてないし、世界でも一例もない。

参考:第271回:欧米主要国におけるダウンロード違法化・犯罪化を巡る現状

http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-ca58.html

第255回:ドイツ消費者団体著作権法改正に関するポジションペーパー日独ダウンロード違法化・犯罪問題

http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-39f6.html

冗談抜きで今回のDL規制の拡大化についてはインターネット利用を委縮させるものであり、世界的な失敗事例からも何も学んでいない愚かな例としか言いようはないんだけどな。

韓国アダルトサイトブロッキング化(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190213-00000078-it_nlab-sci)を笑えやしない。

しかしこれをみても音楽業界映画業界出版業界インターネット利用者自身の客を含め、全員犯罪者扱いしているようなものなんだけどね。

大枠にあてはめ誰しも適応できる代物って、客に対してもこういっているのも同等なんだけども。

こんな事しているから客になり得る人達にも切れられ、自身の分野が衰退している一因にもなっているのが判らんのかと。

文化庁の人の話を聞かない連中もそうだけど、今回もこいつら映画音楽出版業界戦犯だよ。

こんどの著作権法的に

違法コンテンツスクショNG

(現在は)書店書籍カメラで撮るのは問題なし

((不法侵入など)別の法律恣意的運用逮捕されうるんだけれど)

...

撮った画像スクショは?

2019-02-13

anond:20190213231359

レベルファイブコンテンツをぽいぽい捨てすぎ

人気が多少落ちるよりそっちのほうが深刻でしょ

twitterでFAKKUのおま国について流れてたので…

FAKKUに限らず日本産の各種エロコンテンツ無修正海外向け販売はいくつかされている

エロゲ、エロソシャゲエロマンガ、エロ同人等がJASTUSA、MangaGamer、nutaku、FAKKU、future-digi、艶書堂、2d-market他のパブリッシャーから海外向けに販売されている

共通するのはいわゆる「おま国(お前の国にはうってやらん)」対応日本産コンテンツにもかかわらず日本国内から購入ができない、ということだ(※1、※2)

これは映画ゲームなどでのおま国リージョンロックの原因である商業的な理由だけではなく日本法律的問題も関わっている

https://ja.wikibooks.org/wiki/%E5%88%91%E6%B3%95%E7%AC%AC175%E6%9D%A1

刑法175条の判例によって海外向け販売については違法行為に当たらない、という判決がある

これを利用して海外会社無修正版を販売させればいいんじゃね?と考えたやつがい

北米版 Trample on "Schatten!!" というタイトル2011年ごろにweb上で無修正日本語版を海外在住の日本話者向けという触れ込みで販売したそうだ

結果は

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/473/083473_hanrei.pdf

このとおり

結論から言うと制作等一部を日本国内で行い日本国内から購入できる状態販売することは刑法1条1項から国内犯として処罰できる(※3)、と判断され御用となった

この判例から日本向けに販売すると作者やメーカーが御用になるという事になってしまった

このために上に上げた各種パブリッシャーおま国対応を取るのである

なおFAKKUに日本からアクセスするとHTTPステータスコード451を返してくる

このステータスコードはUnavailable For Legal Reasons、「法的理由により取得不能」を意味しており日本刑法175条関連の問題暗喩しているのだろう

※1: nutakuに関しては過去にはDMM(今FANZA)にリダイレクトしていたがDMM由来のタイトルが減り海外タイトルが増えた結果、日本由来のタイトルのみ日本からアクセスだと非表示及びアクセス不可にして海外タイトルに関しては通常にアクセスできるようになっている

※2: 2d-marketに関しては初期の頃は国内から普通に購入できていたが現在はできないようになっている

※3: つまり海外在住の人間海外からやる分には全く日本の法的に問題はないので海外同人サークルがpatreongumroad無修正版の同人誌頒布してるのを時々見られる

社内に作った簡単な仕組みをShutDownする

増田存在するエンジニアに見せたら鼻で笑われるようなチープなものだったが、ShutDownすることを決めて色々思うことがあったので増田に書き殴って供養する。

■内容

ベースExcelマクロCRM専門家に見せたら切れられそうなOne to Oneメールを送る仕組み。

作成の背景

7年前。リーマン後に業績が悪化し、顧客との関係性強化する方針が出た。

幸い、案件対応は上手に出来る人が多く顧客の評判は悪くないモノの営業フォロー関係維持が出来ていなかった。

■こだわり

MA?なにそれ?という会社で、新たなシステムを入れるのは時間的にも金銭的にもNG

背景にあるように関係性が良好なので、一括メールを送るような形ではなく各担当個別カスタマイズしたいという要望があった。

なので使い慣れているExcelで表形式メール文章を作って、人によって一言二言追記してメールを出せるようにした。

キレイに言えばCRMの仕組みだが、ただの迷惑メール送信機だったかもしれない。

それでも、個別営業メールや定期的な情報交換メールを出す風土を作りたく、ユーザーが使いやすい・編集やすいを最優先し作った。

■結果

マネジメント層にはうけた。評価もされた。一部のヘビーユーザーも出来た。受注や集客にも繋がった。

一方で当初狙った営業フォローが強く根付くことは無かった。

簡単メールを送れる仕組みがあれば、使ってくれると思ったが甘かった。

メールを送る気恥ずかしさやコンテンツなどの提供、送る必要性などの訴求は甘かったと反省

7年経って、Salesforceを導入してMAなどを徹底的にやるという気風がおき顧客名簿などもExcelアウトプットできなくなってShutDownに至った。

基本は上位互換Salesforceの方が多機能。仕組みとして顧客DBなども内包されるので良い方向に進んでいると思う。

一方で、誰でも簡単Excelメールを送れるというコンセプトは間違っていなかったと思うし、Salesforceですべてが代替出来るとは思っていない。

なので、ShutDownが決まってから寂しく悲しい気分になっている。

許斐先生Twitter始めてから

許斐先生Twitter始めてから盲信して崇めてる人ばっかりになってつまらないよね。

っていう呟きを見てしまってイラときた。

「昔はみんなたしけ(笑)って言ってたのに最近はそういうの言えない。昔のTwitterは楽しかった」

オープンアカでそういうのよく言えるなと。

「たしけ()」呼びとか空耳テニミュとか、楽しみたい人は楽しめば良いよ。

馬鹿にするような呼び方違法アップロードして笑いものにするのは正直不快だったけど、それも先生が拒んでないなら良いよ。

好きにすればいい。

でもその「おふざけ」を私たちにまで強要しないでくれ。私たちにまでたしけ()呼びを強要しないでくれ。

去年のサマバレやディナーや、最近だとカップヌードル関連のこととか、先生言動不審に思うこともあるだろう。

先生ファンである私でも「そこはちょっと別の言い方した方が良かったんじゃないかな」と思うことは時々ある。

でも人間って完璧じゃないでしょ。

私たちは今までテニスの王子様にたくさんのものを貰った。色んなハッピーを貰ってる。

99のハッピーを貰っておいて、1過失があったら「こんなことをするコンテンツは信頼ならない。もう嫌い。でも今まで関わった時間がもったいなくて腹立たしいから黙って離れたりなんかしないで叩いてアンチ活動する」っておかしいよ。

そこは「今までありがとう。ばいばい」か「そこは訂正した方がいいよ!」となって欲しい。

先生批判するなとは言ってない。

たしけ()呼びも空耳も好きにすればいいし、先生批判作品批判も好きにすればいい。

でもずっと黙って我慢してた私たちが「実はたしけ呼びも空耳も嫌いなんだ」って呟くことくらい許して欲しい。

「昔はみんな楽しくたしけ()って呼んでたのに」じゃなくて「ふざけた愛称でもそこに何がしかの愛があるのは分かっていたから黙って我慢していた人が我慢せずに済むようになった」だけなんだよ。あなたの楽しさは誰かの我慢の上に成り立っていたものなんだってことわかって欲しい。

極端な例えになってしまうけど、18歳まで優しく厳しく健康的に育ててくれた親が18歳の誕生日に「選挙権持てたね!じゃあ次の選挙山田さんに投票して!お父さんが世話になってるから!」と言った時に『選挙違反だ。こんな親に育てられて恥ずかしい。こんな親嫌いだ。こんな親とは二度と連絡を取らないし、選管通報してSNS晒して他の知り合いにも教えて社会的バッシングして孤立させよう』って発想にならないと思う。

悪いところは注意しようor考え方が合わないかちょっと距離をおこうorそこは賛同できないけどこれまで受けた恩は返す。というあたりが妥当でしょ。

2~3年の通り過ぎて消えていくコンテンツじゃないんだよ。約20年お世話になり、またこからも続いて欲しいコンテンツの生みの親なんだよ。

貶し愛みたいな愛があるの分かるよ。私はそれをしたいとは思わないけど、そういう身内ノリ的なもの楽しいことは理解出来る。

ただ、貶し愛ストレートファン心理より上だとは思わないで欲しい。もちろんストレートファン心理貶し愛より上ってこともない。ただ愛の表現方法が違うだけだ。

「たしけ()って呼ぶ人がいなくなって窮屈」「駄目なことをしても擁護意見ばっかりで反吐が出る」

そう思うのは自由だけど、どうして呼ばないのか、どうして擁護意見が多いように見えるのか考えて欲しい。

もちろん盲目的に許斐先生を盲信して先生がおっしゃることは100%正しい!とか言う人もいる。そういう人はどうかと私も思ってるよ。

でも、ただ「貶し愛が得意ではない」「悪いことは悪い。毎日美味しいご飯を作ってもらってるのに味噌汁の味が1回濃かったくらいでちゃぶ台ひっくり返すみたいな恩知らずなことをしたくない」という人の方がずっと多いと思う(私の周囲の体感しかないけど)

今日味噌汁は味が濃いね。次から気を付けてね(指摘)とか、お湯少し足していい?(サポート)とか、味噌汁作るの苦手ならインスタントも美味しいよ(作品外のことは編集その他に任せる提案)とか、そういう当たり前の意見が突飛な熱烈信者アンチに押されて見えなくなってしまっている。

例え話が多くなってかえって分かりづらくなってしまたかな。

要は

(1):たしけ()呼びが許されなくなったわけじゃない。我慢していた人たちが嫌だと言える世界になっただけ。呼びたければ呼べばいい。これ以上こちらに我慢を強いないでくれれば良い。

(2):20年も世話になってるコンテンツには多大な恩がある。一緒になって叩かない人を全て一律に『盲信的な擁護』と思わないで欲しい。間違いに対する対処は指摘や叱咤解決提案、今後の動向見守り等が妥当だと考えているだけ。

ということが言いたかった。

商売なんだから完璧を期すのは当たり前」

ミスしたら批判だけでなく叩きも甘んじて受けなければならない」

そういう考え方ももちろんあるだろう。

そうじゃない考え方もあること、知って貰えたらいいな(と思って書いたけどこれをその人たちが見ることはなさそうだなぁ。まあ、テニプリに限らずどのコンテンツでも言えることだと思うので目に止まった誰かの思考材料になれば幸い)

マジで犬好きはどこにいるの

イオンペット店員によると、猫より圧倒的に犬のほうが需要があるそうだ。実際、売り場は犬:猫で8:2〜9:1くらいだそうで。ちなみに俺は生体販売というシステムについて認めていないなのでイオンペット店員に恨みはないがイオンペットはFUCKだ。フードとおもちゃの種類が多いのだけは認めてやる。

まあそれはおいといて、犬と猫でいえば犬を家族にする人が多いというのに、犬好きがマジでネットで見当たらねえ。各種ペットコンテンツも圧倒的に猫が人気だ。ねこあつめ、はあるがいぬあつめ、はない。なんでや。神絵師あるあるに猫を飼っているというのはあるが、犬はない。なんでや。ネコ様とかネコ和解せよみたいなスラングはあるのに、犬はない……なんでやねん。犬好きはネットのどこにいるんや。

2019-02-12

anond:20190212210152

ワイは、インターネット上で何かのコンテンツ信者だといえば「盲目的な信仰心でもって関係ない人達迷惑をかけるような人」っていう侮蔑的ニュアンスを含んだ語句認識してるやで。

anond:20190212162844

自分他人は違う。そう信じきれていないか他人の振る舞いが気になってしまうのでは?

他人に注意力を向ける暇があったらコンテンツに向けてあげるのだ。

それが正しいオタクというもの。もちろん自分が人に迷惑をかけることに鈍感になれという意味ではないぞよ。

作品への向き合い方はさまざまであり、周囲のファン多数派と違うことは何ら気後れする要因にならない。

コンテンツ提供者もきっとどのような楽しみ方をする人にも極力フラットであろうとしているはずだ(迷惑系でない限り)。

であるならば、その枠内にある限りどのようなファンも疎んだり毛嫌いしたりする必要はない。

ただ「そういう人もいるんだな」程度で思考を切り替え、自分自分スタンスで楽しむことに目を向けるべきなのだ

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