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2018-02-24

業務支援ツールはもう要らない

IT業界の話

 

ちょっと語弊があるか

これ以上増やすなという話

 

優秀な(?)エンジニアが何か自分たちで新しいことをはじめました!

って言って業務支援ツール作り始めるのにもう辟易してる

レッドオーシャンも甚だしい

どこが優秀なんだ?

 

昔のおっさん飲食業開業するくらいにエンジニア支援ツール作ってる

他に作るもの無いのかよ

同人字書き擁護、見れば見る程イラつく

小説最高!

小説だって好きだよ!

だってめっちゃエロいもん!!

エロがなきゃ読まねーのかよwwwww

自分も書く時は、小説なんか読んでくださってんだからエロシーンはたっぷりいれますねって思ってるけどさ。

字書き擁護ツイで傷ついてる。

こんなだから字書きうぜぇって言われるのかな??

だるい小説書いててdisられた事ないのに、よくわかんねー擁護リプの嵐で辟易してる。

そういうのはdisられた本人にリプしてやれよ、空リプとかバズツイリツイはやめろ。黙れ。黙って作品(ここ重要)にファボリツイコメポチしろや。

2018-02-23

会社子供つれてくるのは良いんだが、騒ぐな馬鹿女共が!!!!!(ブコメ返信追記2

かわいいぃい」「うわー」「ぎゃはは」

「もうババだよね…ババだよ~♪」

「うふふふ、あははははは!!」

「心が洗われるようだ」

い・い・か・ら、仕事しろ!!

休憩時間にやるか、他所行けアホ!!!

声がでかすぎるから抑えろよマジで。うるせぇな!!

私の席が会社入ってすぐの所にあるから

そこで騒がれると耳痛いし仕事集中できないんだよ。

どっかいけアホ共!!

ムカついたかトイレ避難したけど、

たぶんお昼までずっと居るぞコイツら。

仕事しろくそ野郎が。

※一応、私は女です


追記。

赤ちゃん連れてきたパートさんは「産休(育休)」で休みなのに会社子供を連れて来た。

会社を休んでいる人が、仕事をしている人の時間を奪い邪魔をしている状態

会っちゃったか愛想笑いして「かわいいですね」って言ったけど、

正直どうでも良いです離してくださいご飯食べに行きたいので。

ブコメへの追記

id:shiromatakumi 顔を出すだけじゃなくて、長居してるから増田はキレてるんだろ。

 その通りでございまする。

 お昼に食べたご飯が悪かったのか、トイレ引きこもり…ということで返信。

 まぁ、長いも嫌だけど、うるさいのも嫌。

id:koenjilala 子供結婚、温かい家庭、クリスマス正月不快になるのは、生育環境トラウマがある人だと思ってる。

あと、現在進行形不倫してる人。単純に職場の人に子供を見せたいだけなら昼休憩に飲食店で合流してた

 言い分に納得いかない。

 人の幸せを見てまるでこちらが僻んでいるような言い方だけれども

 私は仕事中にキャッキャとうるさい彼女たちに腹が立ったんだよね。

 別に来るなとは言わないけど、静かにしてほしいの。

 どっか会議室でも取っておいて欲しいんだよね。そういう意味では他の人が悪いんだろうけど。

 プライベートは順調です。

id:trini 小学生くらいの子どもがそういうふうに会社に来るときがあるけど、

今何が流行ってるの!?って逆にこっちが色々情報収集できる貴重な子どもと話す機会w

ちなみに、泣くことしかできない赤ちゃんです。話せません。

(社内では泣かない良い子だったけどね。周りの大人が騒ぎすぎてウザかった)

id:nekonuma そのパートさんは会社に遊びに行ったわけではなく

復職に向けた面談か何かがあって、顔を出す必要があったんじゃない?

子連れ出社で一番辟易しているのは、増田ではなく子供本人と親。それで馬鹿女扱いとは辛い。

 その可能性はあるな、と思ったか

 育休パートさんの上司と、人事件 経営経理担当にかるーく探りを入れてみた。

 聞いたら「可愛かったね~、急に来てビックリしたよ。会議室あいてないから、慌てた慌てた」と言われた。

 育休パートさん、[[お呼びでない!]]

id:quality1 産休育休中にも職場コミュニケーション取らないと離職率が上がってしまう。

これも人事的な業務の一つなのではないか

私の仲の良いパートさんは育休中に一度も来なかったよ……

一番悪いのは人事。キャーキャー五月蝿く騒いでる周りの馬鹿社員が悪い。

でも、可愛いって言わないといけないような状況にしている育休パートも要因のひとつだよ。

id:astromi 前に似たようなことがあった。子供大好きだし別に増田ほど忌避したりはしないが、

廊下の真ん中ではしゃぐのだけは勘弁してほしい。

道を塞がれると人権を踏みにじられたように感じてしまう。

わかる。邪魔はしないで欲しい。

別に子供嫌いってわけじゃないんよ。ここは職場から。てか仕事に集中したいときだったか

本気で勘弁してほしかった。

id:testa_kitchen 追記の『プライベートは順調です。』

『その可能性はあるな、と思ったから育休パートさんの上司と、人事経営経理担当にかるーく探りを入れてみた。』

←で「あっ…(察し)」と言う気持ちになった

これはどういう意図

お局だろコイツwwwっていう考え?

何を察したのか、この内容に「言及」して教えて欲しい。

私には全然わからんので。

「あっ…(察し)」って言い方が物凄く不愉快馬鹿にしてマウンティングする気満々にしか見えない。

馬鹿女に当てはまる人だったんだろうか?

2018-02-20

anond:20180219232323

バグパイプ奏者排除に潜む日本の病巣

演奏中45分間」も大学構内に立入禁止 北陸先端大が全面禁バグパイプに踏み切った理由

https://www.excite.co.jp/News/smadan/Z1509591737132/

上の記事を読んだ。なんとまあバグパイプ演奏中は呼気から有害音波が検出されるから受動騒音防止のため立入禁止なのだそうだ。

もちろん私は一定の分バグパイプに関しては異議を唱えるつもりはない。ネカフェで喫バグパイプブースに泊まることになった時はあまりの音に辟易した経験もあるし。

しかし、今回のJaist全面禁バグパイプや、居酒屋含む飲食店全面禁バグパイプの流れはあまり常軌を逸していると感じる。

バグパイプの音を聞かないでいられる権利」ばかりを尊重しすぎて、「バグパイプを嗜む権利」を脅かしていないかということだ。

バグパイプの音を聞かないでいられる権利」に正当性をもたせるのは簡単である。「うるさくて嫌だ」と主張すれば済む。さら一般の人が受動騒音として害になるか検証されていない、服についた音の微粒子やら呼気に含まれ有害音波についても、騒音過敏症の人の被害を引き合いに出せば、被害者簡単に創出することが出来る。

しかしながら「バグパイプを嗜む権利」の方は、「バグパイプを奏でたい!」といった子供じみた権利の主張以外に何が出来るというのだろうか。結局非喫バグパイプ者の支持をとにかく得にくい構造になっているのである

こうして「被害を受けない権利」だけが尊重され、「する権利」は衰退していく。

この構造は、現在日本のあらゆる場所で表出していないだろうか?

保育園では子供の金切り声による騒音を避けるため、園児たちは二重サッシで仕切られた室内でこじんまりと遊ばされている。

海岸での花火は近隣住民迷惑になるので禁止

路上駐輪は景観が損なわれるので即撤去

風俗店は即摘発

こういった流れが進行しているのも、活動的主体となりやす子供や若年層が減少し、一方で客体となりやす高齢者が増えたのと無関係ではないだろう。

どんどんと窮屈になる日本他人の多少の迷惑を許容する代わりに、「する自由」に満ちた社会のほうがずっと心地よいと思うのだが。

数年ぶりに同人世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた話

私は二十数年ほど前に腐の道に足を踏み入れたオタクである

書店あくま一般的大手書店)で好きな漫画の絵が表紙に描かれている「公式アンソロジー」とやらを見かけ

わず手に取り、同人誌というもの存在を知らされてしまった世代といえば、心当たりのある方もいるかもしれない。


当初は晴海に足を運び、会場が変わってからビッグサイトに足を運び、ナントカ会館等で開催される小規模なオンリー

コピー本を携えてサークル参加デビューを果たし、当時は割と楽しく活動していたと記憶している。


その後、活動していたジャンルの衰退、進路云々という人生選択等も重なり、自身創作してイベントに参加することが

自然となくなった。友人スペースの手伝い程度。それも楽しかった。


当時はTwitterpixivもなかった。



ここまでお読み頂いて「もしやこれは中年の懐古を元にした愚痴なのではないか」と思われた方。

恐らくそうなので、何か違うと思ったら閉じて頂いて構いません。




とあるジャンル同人世界に戻ってきたら面倒なことになっていた


2010年代に入り、個人的には転職をして少々生活が落ち着いた頃、とあるジャンル創作活動をしてみたくなった。

そこで遭遇したのが下記の面倒事だった。


慣れ合い、擦り寄り慣習


情報発信手段としてTwitterが主流になりつつあったので自分登録して同ジャンルの人々をフォローしたのだが、

あちこちでムダな慣れ合いや擦り寄りが日常的に発生していた。


創作者同士による「え〜〜◯◯さんの方が上手ですよぉ〜〜」的社交辞令

 こういうことを言い合う人たちはだいたい心の中では自分の方が上だと思っている

・壁や誕席に配置される創作者(一部商業作家を含む)へのあからさまな擦り寄り

 その時のジャンルには商業BLへの進出を狙う野心家も多かったため、奴らは必死だった

・良配置を得た創作者の「はわわわ〜〜私なんかがこんな配置を〜〜!!何かの間違いです〜〜!!!

 当日は私は無視してください〜〜〜!!!」という心にもないムダ謙遜

 本当に無視したら今度はすねて「どうせ私なんか…やっぱり実力もないのに…」って構ってネガするくせに

・付き合い上、特に欲しくない本を買わなければいけない雰囲気

 正直な話、あなたツイート面白くてフォローしているけれどあなた創作物が欲しいわけではない、という相手もいる


こういうことを書くとだいたい「じゃあ付き合いをやめればいい」という意見が出るのだが、一度繋がってしまったもの

それこそジャンルごと変えるでもしない限り安易に切りにくい、という事情もある。もちろん私自身の性格起因もある。

そこはどうしても平行線議論になるので、いろいろな意見もあるよね、に留めておきたい。

どちらかが正しいということではないと思うので。


ありがたいことに何年か活動を続けているうちに、個人的な繋がりのないところから私の創作物を気に入ってくれる人が出てきたり

BLであったにも関わらず男性の読者さんがついてくれたりして、それなりのやりがいも感じられていたのだが

あるイベントの終了後、急激に「なんか疲れたな…」という気分に襲われ、フェードアウトする形でそのジャンルでの活動をやめた。



どうでもいい話だが、そのジャンルには大学在学中にデキ婚出産した当時20代前半の専業主婦創作者がおり、

かにつけて「大学では◯◯を専攻していて〜就活も本当は△△(大手)を目指してて〜〜」などの「私はバカじゃない」主張や

そうかと思えば「あたしおかあさんだから」的ツイートで既婚子持ちマウントを取ろうとしてくるので、非常にうざかった。

彼女には嫌いな創作者がいて、何かにつけてはその相手ディスり「だから◯ちゃんで叩かれるんだよ…」などとツイートしていたが

彼女自身もまた◯ちゃんで叩かれていた。二人とも今頃どうしているだろうか。もう30代のはず。正直どうでもいい。



■別のジャンルで数年ぶりに同人世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた


さて、それから数年、本当に何の創作にも関わらずにただの漫画アニメオタクをしていた私に、また新たに興味を持てるジャンルが現れた。


久しぶりに「沼に落ちた」という表現が出来るほどのジャンル出会った私はそのジャンル専用のTwitterアカウントを作り、

同じジャンル好きな人達と繋がり、たまに自分で描いた絵をツイートに貼り付けては一般人にふさわしい数のRTいいねを頂いて

楽しくやっていたのだが、ここでもまた面倒なものが目に入るようになってきてしまった。


慣れ合い、擦り寄り慣習

以前いたジャンルよりもさらにひどい(※個人の感想ですものだった。


私がそのジャンルに落ちた時、既にそのジャンルが盛り上がり始めてから一年以上が経過していた。

その間に何が起きていたかを察するに、


1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮

2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気

3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気


下記に簡単解説するとこうなる。


1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮


私もジャンルに足を踏み入れた者としてはド新参なのだが、創作者を中心にあちこち古参に「私など新参ですから」と

謙遜して回らなければいけない雰囲気蔓延していて、辟易するのに時間はかからなかった。

全体的なジャンル雰囲気としては「ご新規様歓迎!あなたもこの作品を見てください!」という呼び込みも多いのだが、

創作者に目を向けるととにかく新参が頭を垂れている様を目撃する。

そのジャンルには商業作家はあまりいないのだが、「偉い」人は「先生」などと呼ばれて崇め奉られているのだ。


気味が悪い。


2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気


ジャンル内で「偉い」とされている創作者の中でも、一番の人気CP活動している一番「偉い」とされる創作者が存在していた。

一番の人気CPなので、後からハマって創作を始める人の中にもそのCP活動したい人が多い。

彼女らが何をしているかというと、


・その「偉い」人をまずフォローし、

・「以前から拝見していました!ファンです!!」という挨拶で忠誠を示し、

・「偉い」人が何かツイートする度にRTして空リプで崇め奉る


という、もはや偉い人の宣伝媒体となることによってそのCPでの活動領域を得るということだった。


気味が悪い。


3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気


1および2から、「偉い」彼女創作物は「読みたいから読むもの」というよりも「礼儀として購入し、読んだら褒めちぎるもの」という

何だかよく分からないものと化していた。


気味が悪い。


私自身、ハマったCPは前述の一番人気CPだった。

だが、「偉い」人の創作物は正直あまり好きではない。もっと言うと、その「偉い」人自身が好きではない。

知り合いなの?と聞かれれば、いいえ違いますということになる。

知り合いでもないのに嫌いなの?と聞かれれば、「あなたにもいませんか?知り合いでもないけど好きではないなと思うタレントとか」と

いうことになるが、とにかくその「偉い」人の発言の端々に自分とは合わないものを感じてしまい、受け付けないのだ。


ただ、推しCP推しCPである以上、どうしてもTLにRTいいねさらには空リプまで含めて彼女を崇め奉る空気蔓延する。

そこで私は彼女アカウントIDペンネーム、「先生」という単語まで含めて、彼女の影がTLに現れないように徹底的にミュートした。

それでもイベントが近づけば彼女新刊に関連すると思しき新たな単語がTLに発現するので、それをミュートする…ということを

繰り返している。もちろんはじめからフォローもしていない。信者からすれば、私は不心得者だろう。



これもどうでもいい話だが、ここまで崇め奉られる◯◯先生とやらはどんな人なんだと思ってググってみたところ、

見事に◯ちゃんで叩かれていた。なんだ、皆が皆崇めているわけではないのだなと思うと同時に、表向きは信者に見えるあの人やあの人も

心の底ではどう思っているかからないのかもしれないな、と思い、そっとブラウザを閉じた。



そんなこともあり、私は現在身をおいているジャンルではある意味中途半端創作を続けている。

たまに描いた絵をツイートに貼り付けてみたり、ある程度まとまったらpixivに載せてみたり、それで満足だ。

心優しい人からイベントに出てほしい、本を読みたいと声をかけて頂けることもあるが、上記の気味の悪い風習がなくなるか、

偉い先生とやらが去るまでは御免被りたい。

先生とやらは自己顕示欲自己評価承認欲求の塊のようなお方とお見受けするので、ジャンルが盛り上がっていて

適当キャラクターセックスさせて崇め奉ってもらえるうちは去ることはないだろう。


昨今、同人誌価格設定創作活動における人間関係に疲れる等の記事拡散されているのをよく目にする。

私はそうした疲れを感じたくはないので、今のままでいようと思っている。

2018-02-19

喫煙者排除に潜む日本の病巣

喫煙後45分間」も大学構内に立入禁止 北陸先端大が全面禁煙に踏み切った理由
https://www.excite.co.jp/News/smadan/E1509591737132/

上の記事を読んだ。なんとまあ喫煙後45分は呼気から有害物質が検出されるから受動喫煙防止のため立入禁止なのだそうだ。

もちろん私は一定分煙に関しては異議を唱えるつもりはない。ネカフェ喫煙ブースに泊まることになった時はあまり臭い辟易した経験もあるし。
しかし、今回のJaist全面禁煙や、居酒屋含む飲食店全面禁煙の流れはあまり常軌を逸していると感じる。

タバコ臭いを嗅がないでいられる権利」ばかりを尊重しすぎて、「タバコを嗜む権利」を脅かしていないかということだ。

タバコ臭いを嗅がないでいられる権利」に正当性をもたせるのは簡単である。「臭くて嫌だ」と主張すれば済む。さら一般の人が受動喫煙として害になるか検証されていない、服についた煙の微粒子やら呼気に含まれ有害物質についても、化学物質過敏症の人の被害を引き合いに出せば、被害者簡単に創出することが出来る。

しかしながら「タバコを嗜む権利」の方は、「タバコを吸いたい!」といった子供じみた権利の主張以外に何が出来るというのだろうか。結局非喫煙者の支持をとにかく得にくい構造になっているのである

こうして「被害を受けない権利」だけが尊重され、「する権利」は衰退していく。
この構造は、現在日本のあらゆる場所で表出していないだろうか?

保育園では子供の金切り声による騒音を避けるため、園児たちは二重サッシで仕切られた室内でこじんまりと遊ばされている。

海岸での花火は近隣住民迷惑になるので禁止

路上駐輪は景観が損なわれるので即撤去

風俗店は即摘発

こういった流れが進行しているのも、活動的主体となりやす子供や若年層が減少し、一方で客体となりやす高齢者が増えたのと無関係ではないだろう。

どんどんと窮屈になる日本他人の多少の迷惑を許容する代わりに、「する自由」に満ちた社会のほうがずっと心地よいと思うのだが。

森友問題のアホさ加減に辟易とする

個人的にはもう結論が出てるけどそれはどうでもよくて

攻める側の野党の何とも力不足なのが哀しい

今は佐川長官証人喚問だーって騒いでるが、去年までバンバン質疑応答してたじゃん

喚問してこれ以上何を聞くんだ

資料なかったってのが虚偽答弁だって言いたいみたいだけど損なのどうとでも躱せるでしょ

それに昭恵さんと籠池さんの奥さんとのメールのやり取りとか交渉の録音出してるけど

あれもう去年出てた情報じゃん

散々国会でもニュースでも取り上げてたのに今更新情報って…

バシッとした証拠を持ってきて追及しろ

2018-02-17

コトノハ〇× (http://kotonoha.cc/) の「複垢連投オヤジ」のいきさつ

コトノハ〇×とは、数年前までは人気があったSNSサイトである
mixi人生の経験値元ネタとし、トピックに対して〇×で評価するという独自スタイルが特徴である
トピックは「コト」と呼ばれ、ユーザー自身投稿することも可能である

しかしながら、少し前にそれを乱すユーザーが登場した。

1.鉄道ファン批判するユーザーが登場する。

鉄道ファンは俺の敵」、「〇〇(鉄道ファンユーザー)は嘘つき」などと言った鉄道ファンを目の敵にするような投稿が増える。
上記投稿を行うユーザーが、アイコンなどから鉄道ファンだとわかるユーザー投稿コメント欄を荒らすようになる。

 

2.駅名コト(鉄道駅名をタイトルにしたコト)が連投されるようになる。


駅名コトが同一ユーザー、並びにその同一ユーザー副垢と思われるアカウントから大量に投稿されるようになる。
それに対して、「鬱陶しい」などの苦情を言うユーザーが多くなり、駅名コトの連投に辟易してコトノハから去っていくユーザーも増える。

 

3.kotonoha_official、コトノハホールディングスコトノハオールスターズなどの運営を騙ったアカウントが登場する。

上記副垢を大量に作成して連投を行うユーザーが連投に対して反応が悪かったこから運営を騙るようになる。
「俺が運営からみんな従え!」、「コトノハルール改革された!これから連投やエ〇投稿自由だ!」などと言うようになる。
本当の運営であるオオヒダタカシ氏が不在なことを利用し、運営気取りが始まる。
要約すれば、「リアルジャイアン」の登場。

 

4.複垢連投行為同意しないユーザーアイコン落書きしたアカウント作成など、嫌がらせが始まる。

今度は、「俺に同調しない奴はみんな敵!」、「ルール違反者なのだから何やっても良いだろ?」ということで、同調しないユーザー嫌がらせを行うようになる。
特に同調しないユーザーアイコン誹謗中傷落書きを加えたアイコン副垢作成し、連投や暴言などのやりたい放題の行為を行うようになる。

 

5.自己正当化コトのオンパレード投稿されるようになり、ユーザー名を含むコトの投稿数は急増する。

上記ユーザーは、ユーザー誹謗中傷や一部ユーザー投稿晒し自己正当化コトを行うようになる。
自己正当化コトとは、「自分行為は全て正しい!」、「自分嫌がらせするのは好きだけど、人に嫌がらせするのは好きだ!」などの自己中そのものである

 

6.ユーザーアイコン変更、警察弁護士への相談など、本格的な対策が始まる。

ここまでくれば、なりすましなどの嫌がらせが嫌になってアイコンアカウント名を変更するユーザーが登場する。
最初コトノハ連投厨に反抗していても、変化なしでコトノハを辞めていくユーザーも出てくる。
中には、警察弁護士への相談を行うユーザーも登場する。

 

という流れである

2018-02-16

三浦瑠麗をここぞとばかり貶めようとする奴ら

どんな理由であれ、すでに散々叩かれまくってる奴を、過去関係無い経歴まで引っ張り出してここぞとばかりに貶めようとする卑しい奴らはゴミクズ同然。

普段テレビワイドショー不倫報道とか叩いてるクセに、結局やってること同じじゃねーか。

間違った発言をしたやつはどんな叩き方をしてもそれは正義であるという大衆心理のもの

普段いかにも大衆マスコミバカにしてそうな奴らがこぞって三浦瑠麗を叩きまくって嘲笑してる様を見ると心底辟易するわ。

「#魔女集会で会いましょう」とその反応

30代で脚本を書いています。(主に舞台

Twitter創作女子界隈(特に腐)のイナゴっぷりと嗜好(及び思考)の浅さに辟易しているという話。


きっかけは「#魔女集会で会いましょう」のタグ

流行るのはいいとして、目に付いたのは「尊い…」とか「わかりみある」とか

「本にしないんですか!?」とか、まあいもの反応で。

感じたのは「たかが4枚でよくそこまで賛美できるな」という感想です。


かにそれなりにステキでした。でも大体どっかで見たことあるような構図なわけですよ。

「成長して減らず口を叩くナイトとしての男の子

「実は○○でした、というギャグに転換するもの

「おじいちゃんになって一緒に添い遂げるもの

人間だけ死んで『だから人間は嫌いだ』と悲しい思いをする魔女

もう、クソほど消費尽くされてきてる定番じゃないかと。


このモヤモヤはなんだろうなーと思ったら、うたプリとかFree!とかその辺の熱狂に対しての感情と同じ事に気づきました。

なんでオタクの皆さんは毎度毎度提供される新規性の欠片もないキャラクターたちにそこまで熱狂できるんですか?

熱血バカ ・執事メガネ ・無愛想マッチョ ・無邪気毒舌ショタ ・ビッグマウス残念俺様 ・目隠れ根暗ヤンデレ

だいたいこんな感じじゃないですか。もうフォーマットが大体同じ。

打ち込んでる何かがフィギュアだったり水泳だったりアイドルだったりで方向性が違うだけで新規性がなさすぎる。


もちろんこの問題女性だけではなく男性向けコンテンツでもあります

ピンクメインヒロイン ・暴力ツンデレ ・ロリ ・地味メガネ ・熱血お姉さん ・天然巨乳

だいたいこんな感じ。

でも、自分女性に対して特にモヤっとしてるのはその熱狂っぷりが男性よりもはるかに熱しやすく冷めやすい物である事と

そのスピード尋常ではない事です。(すぐに次のコンテンツに行く)

創作女子とか「腐」女子名乗るくらいだったら拘れよ!!!もっと深い設定とバックストーリー込みで愛せよ!!!と思うわけです。


私は、脚本家としていかにその人物フィクション存在しつつ、かつ

リアリティがあるかを生み出す事にめちゃ苦心しています。細かい動作台詞回しや語尾の一つ一つ

そうした書ききれない背景全てを含めキャラクターを愛して欲しいと思い悩んでいます

なのに、そんなポッと出の4枚に書かれたベッタベタて使い古されたキャラクターに「尊い」とか言われたら立つ瀬がないわけですよ。

分かってますよ、それが一つの賛辞を表すネットミームであることくらい。

だけど、できれば少しだけ見る側にもこだわりの目を持って評価して欲しい、という愚痴でありました。

ハンターハンターエロ画像探してもピトーばっかでほんと辟易する

俺はマチとシズクの画像をさがしてんだよ

2018-02-15

腐女子ばっかりfollowしてると

全員自分の事しか考えて無くて辟易する

皆良く耐えられるな

20代後半。一人暮らし地方都市に住んでいる。

今度妹が結婚する。同じ趣味で知り合った男性と、遠恋の末。おめでたいことだと思う。幸せになってほしい。

長子で長女として「結婚しなければならない」「親には孫を、祖父母にはひ孫を見せてあげなければならない」とか、結婚に関しては特に「~だから~しなければ」ということで頭がいっぱいだったみたいで、妹が結婚して、孫も近々生まれることになってほっとしていた。肩の荷が下りた。

そう思った自分にびっくりした。

でも途端、親から「お前にはいい人がいないのか」がはじまった。恐らく、妹に先を越された可哀想な姉と思われているんだと思う。

元々結婚適齢期ということもあって、ふわっとそういうことは言われていたけれど「友達の○○ちゃんに紹介してもらえばいいんじゃないか」だとか、具体的な話に辟易している。

親には何度も結婚願望はないと伝えている。でも父が「強がりで言っているんだ」といって、理解してくれない。

一人でいることが好き。趣味も一人でできることばかり。

子供は好きだけど、自分如きがまっとうな人間に育てられるとも思えないし、子供はほしくない。

結婚には向いていないタイプだと自分でも思う。

結婚イコール女の幸せっていう時代でもないのに、結婚結婚ばっかり言われて疲れてきた。

プレッシャーをかけてくる親を見ると、それで納得してくれるなら結婚願望がなくても結婚相談所かにいってさっさと結婚した方がいいのかな。さっさとできるかは別として。

でもそんなことをしたら相手の方に失礼だと思うし、間をおかず離婚しそうな気もする。

それとも結婚相談所にはこういう考え方の人も多いのかな。

出会ってから結婚までの速さをみると、二の足を踏んでしまう。まだ飛び込む度胸もない。

人と会うのが疲れるから社会人になってから出会いがあるような場所にいってないし、恋愛結婚はもう無理だろう。

容姿はお世辞にもほめられるものじゃないし、婚活市場若さが売りにできるうちに参戦した方がいいっていうのもわかってる。

でもそれでいいのかわからない。

結婚したくない自分結婚するべきと思っている自分でずっと悩んでいて、どうしたいのかどうしたらいいのかもわからなくなってきた。

初恋を引きずる

乱文失礼。

私は小学生の頃の初恋を引きずって高2になってしまい、もう恋愛のやり方がわからなくなって、他人の恋話なんかを聞いているとモヤモヤするようになってきた。

恋愛がしたい訳ではないし恋愛に割く時間もないので別に無くても困らない。

でも、おそらく若いから(格好の言い訳)心が狭いんだろうけど、「恋する自分に恋しちゃってる奴」が鼻につきすぎて爆発しそう。

遠距離なんです!東京名古屋ですよ!」

とか、そんなこと言われてもねえ、と思うし

「もう3週間会ってない」

とか、私は4年会ってない。連絡は年賀状と、年数回の手紙だけ。

なんというか、淡白になりすぎてしまったような気がする。

羨ましいとか、そういう感情を超越してただ漠然と「その話題は触れてはいけない、地雷」のような扱いに自分の中でなっているようで、「恋愛」というもの自分の奥底に閉じ込めすぎて辟易するようになったような気がする。

趣味もなにも、熱しにくく冷めにくい気質で、一度熱くなるとなかなか冷めない。

それと同じく、それも全く冷めぬままここまで来ている。

中学の時に罰ゲーム便箋数枚にわたる恥ずかしすぎるラブレターを送ったのに帰って来た返事は、拒絶も肯定もなく、これから普通によろしく、のような内容であった気がする。

多分相手にも今恋愛必要ないのだろうし、恋人になりたい訳でもない。

でも誰かの恋人になってしまったら寂しいなと思う。

彼は今それなりに優秀な学校に通っていて、一部の界隈では名を馳せる人物になっていて、ああ、手が届かなくなっていくなぁ、と思っている。

整った顔立ちとはお世辞にも言えないけれど、メディアで見かけた彼は出会ったときと変わらない優しさを持ったままで泣きそうになった。

突然に今更呼び出しても迷惑だろうし。

きっと相手はそんなに難しく考えていないだろう。

けれども自分の中の感情の整理がつくのはもう少し先のような気がする。

2018-02-14

メンタルヘルス主体性

 ソースを見失ってしまったのだが、「音楽趣味の人はメンタル不安定な傾向にあり、読書趣味の人は安定している傾向にある」という話をネット上で見かけた(ニュースサイト記事で、それのソースはよくわからない論文だった)。これをしばらく頭の中に転がしていて、思うことがあったので投稿する。

 この前、曲を聞いた。自分はあまり音楽鑑賞の習慣がないから、16小節も似たようなループを聞かされると飽きてしまった。そして、この前、本を読んだ。自分はあまり読書の習慣がないから、見開き二ページも本筋に関係のない話をされただけで辟易してしまった。もちろんどちらも、作った本人が楽しくてしょうがないのだろう。さて、これらの凡作わたしはどう対処できるだろうか。

 音楽は、三島由紀夫が「マゾヒスティック芸術」といったように、ある種身を任せるような楽しみ方を求められる。盛り上がるところと盛り上がらないところは明確に定められていて、一番の聴かせどころには一番高い音が使われていたりする。極論すれば人は明るい歌詞や明るい曲を聞いた時、気分が明るくなったような気にさせらせる。国歌などは歌うことを通じメンタリティ位相規定していると言えよう。いっぽう、昨今の前衛的なライトノベルをのぞけば、活字というのは情報に抑揚がない。人の短期記憶は7つ程度の情報しか保持できないらしい(これは立ち話で聞いた数字であり、まったくの無根拠だ)。実際われわれが長い本を読み進める作業は、作者の伝えたいことを一度読んだという自信のもとに行う情報の選別である。つまり、明るい口調の表現があったとしてもそれは解釈の道具の一つにすぎない。どんな印象を持とうが自由であるし、人と感動の仕方が一致している必要もない。文章に抑揚を作るのはあくまで読者自身なのである

 さきほどの音楽に対してわたしができることはせいぜい再生を止めることなのだが、文章に対してはわたし解釈放棄ができる。文章ななめ読みすることができるが、音楽早送りして楽しむ人はあまり居ないだろう。そしてここの違いが、メンタリティに関わる問題なのだろうと思う。自分感情の安定に一番必要なことは、メンタリティへの主体性を保つことである。これは仮説だが、あらかじめ抑揚や感情がセットになった言葉や、感動の仕方が決められた情報摂取しつづけると、人は簡単に心の操作他人に委ねるようになるのではないか。そうして求められる感動に合わせていくことで心は消耗、麻痺していき、自分栄養を取る力を失っていくのではないか

 感動で商いをするものも多い。楽しいものも多いが、自分健康のためには、それとの付き合いは一定節度を持つべであるハンドルを取られてかんたんにバランスを崩すことがある。そういったことを頭に入れておくと身の回りの娯楽の見え方も少し違ってくるのではないか

anond:20180212220528

元増田は本当にお疲れ様

前に飼っていた猫は乳癌で長く闘病していたのだけど、生まれた時から一緒に育った猫だったので大変辛かった。

その頃のことを思い出したのは、昨日、その後に飼った別の猫が死んだからだ。便乗するのを許して欲しい。誰かにまれたいわけじゃない。吐き出さないとつらい。


今回の猫は心臓悪化から機能が低下して内蔵まわりを水びたしにして呼吸困難で死んだ。

そんな疾患を意識したこともなく、ほんの三日前の午前中まで元気に普段通りに過ごしていたので寝耳に水としか言いようがない。

細かく書こうとしてみたが、すでに出来事の順番が曖昧になっていることに気づいたのでやめた。ともかくジェットコースターだった。レールが出発地点に戻らずちょん切られていて池の中に放り出された感じだけど。

前述の癌の猫について、飼い主の都合で痛みを長引かせてしまったという自覚があることと、呼吸困難の苦しさ(丸二日間ずっと苦しみ続けて睡眠もとれないのを目の当たりにみしている上、完治の見込みは一切無い)を考慮して安楽死を選んだ。

選択自体には後悔は一切していない。猫はもちろん一秒でも長く生きることを選ぶだろう、意識だってまだあるのだ。自分の顔を声を、撫でる手を認識している。酸素室で比較的楽な一瞬、しっかりとこちらを見て立ち上がった時、確かに意識はしっかりしていた。でも、苦しさが限界まできてから眠らせるんじゃ意味がないと思った。少しでも早く楽にさせてあげたいと思った。口から垂れた水滴がうっすらと紅色だったのを見て、呼吸困難の後、血を吐くというのは本当なんだと思ったし、そこまでさせるのは本当に可哀想だと思った。前日の夜、撫でさすりながら「この呼吸困難は落ち着くことはない」と悟った時の悲しさは深くて、その時にもう決断したのだ。落ち着かないんだから、早い方がいい。でもそれは今日その日のことだとはわかっていても、何時何分になるのか、どうやって決めればいいのか。その瞬間までずっと考えていた。今はまだ撫でれば寄り添ってくる。声をかければ反応がある。尻の付け根を撫でればしっぽも跳ねる。でも決めてしまったら最後もう二度と触れあえない。

バックヤードに入って声をかけてから就業時間ギリギリまでそばにいる許可を得て、酸素室のそば椅子に座って猫をずっと眺めていた。猫は午前中は水を飲んだりできるまでに安定していたが、午後から酸素室に入れる前のように口を開いて呼吸する状態に戻っていた。心臓を圧迫するから俯せになるより座る姿勢の方が本来は楽なのだが、疲れているので伏せっていた。どうにもできないのでアクリル板の前で声をかけていた。顔と顔を付き合わせてスリスリするのが好きな猫だったので、なるべく顔を近づけて、たまに話かけるようにしていた。

しばらくして猫が体を起こした。そのまま頭をアクリル板に擦り付けスリスリとした時、私は撫でてやることができなかった。すぐに猫は座りなおし、また伏せてしまった。この仕草が猫から最後要望だったこと、それにその瞬間に応えてやれなかったことだけが、後悔として未だに引っかかっている。最後の瞬間まで何もかもを飼い主が勝手に決めるんだから、その時の「撫でて欲しさ」くらい絶対的に満たされるべきだった。

その後、酸素室を明けてもらってチューブを口元に持って行きつつ撫でたりもしたし、それで尻尾はピンと張ったけど、そんなの飼い主が触りたくて触っただけだし、今こうやって失われた手触りを惜しんでボロッボロに泣いているのも飼い主の勝手なのだ

死も病も生きとし生けるもの代謝を続ける生物すべてに降りかかる災難であって、この出来事もことさら特別運命ではない。だけど、なんでついこの間までピンピンしてたのに撫でて温めても治らないのかわけわかんないし、その直前に何か特別なご褒美がないものか、よくわからんと感じてしまうのだ。ペットとして生きものを振り回している人間の罪悪感から来ているとか、そういうたいそうなもんじゃなく、あの時に応えてあげたかったと、叶わなかっただけに後悔というより残念感がドーッと心を浸したまま浮き上がることはたぶんない。

安楽死想像よりも一瞬の出来事で、ハッキリ言ってまだ生きてる状態なのではと思いつつ死体を抱えて帰宅したが、やはり運動としての反応がない以上、死んだものではあった。体温は一月の寒さ程度では全然去らず、猫を抱えているとき特有の暖かさがあった。その意味ではまだ肉体は生きていた。肉体が生きている、感触は変わらず生前のままなので、猫とはまだ別れていない、「魂はまだ離れていない」という感覚ストン理解できた。通夜をするのだと決めた。

猫を抱いた人は了解されていると思うが、猫を抱くというのは小さいものの魂を抱くということだ。あれの温かさはそういう種類のものだ。スピリチュアリズムとかではなく、あんなに小さくて柔らかくて温かい繊細な感触をするものが、電池もなしに瞬発力を持って動くことに感動する。あの感触を得るために(あと鳴き声や舐める舌を得るために)人間は猫を飼っている。

この撫で心地を一瞬でも多く体験したいと思って、コンパクト姿勢にまとめて、体から熱が去らないようにバスタオルで包みながらずっと撫でていた。

やがて家族が飯の支度が出来たと呼びに来たので、二回目の呼び立てで立ち上がって猫を置いた。いつまでも続けているわけにはいかないのは分かっている。ただ、失われるものを少しでも得たいという、やはり飼い主の勝手欲望であって、そんなものは不純な気もしたが別れの儀式なのだと思えば許されるのではという気もした。

寝る時はベッドのそばのローテーブルに安置した。なかなか寝入れないので無料ガチャを回そうとソシャゲを起動したのだが、そういえば一昨日もこれをプレイしつつ俯せになっていたら猫が胸の下に入り込もうと邪魔をするので追い払っていたなと思い出した、とその時は泣かなかったが今泣いている。そのことは特に後悔はしていない(猫は実際に邪魔な時は邪魔だ)のだが、失われた瞬間の尊さときたら途方もない。猫が生きている時は「寂しい」の気持ちは押し込められていて、ともかく理不尽な病に苦しめられている猫の「運命」が「可哀想」だという気持ちで頭がいっぱいだったのだが、死んでしまうと寂しいに浸ることが許される。寂しいは自分状態への反応なので、順番を間違えてはいけない。

翌朝、猫の体は冷えていたが、水が溜まった下腹部がぶにぶにとしているせいで毛並と相まって生前の手触りを保持していた。腹に顔を埋めると猫本来香りは一切しなかった。発症してから口臭や小便の匂いもせず、口鼻や肛門に詰め込まれている綿と、昨夜寝かせる前に口元を拭った時の消毒剤の匂いがした。

その後、猫を弔ったわけだが長くなりすぎたので割愛する。

私が猫を看取ったのはこれで六匹目になる。回数を重ねるにつれ慣れるものだと感じていたのだが、正確ではなかった。この最後の一匹になる前は多々飼いをしており、一匹が死ぬことで猫の気配がなくなるということはなかったのだ。

最後の一匹になってから四年。この一匹だけは老衰でヨボヨボになりボケてあちこちに放尿するのを世話しながら息を引き取ることになるのかなと、なんとなく考えていた。



ペットロスという単語検索してみたら気が滅入った。

例えばこの文章を書きつつ号泣するというのはよくわかる。自分体験を振り返り、気持ちを盛り上げて文章化するものからだ。

だが、なんの切っ掛けもなく涙がこぼれることがあって、その時の心境は確かに「悲しい」だから心体は一致しているものの、ささいな刺激で表出するので本当に困る。「悲しい」には悲しいし、寂しがっているのだが、そうしたいと思っていないのに気持ちが昂ぶってしまい困る。

その一方でその気持ちから断ち切られたくないと考えている自分もいる。猫の感触仕草を声を忘れたくない。何度も振り返って記憶に焼き付けたいと願っている。その中でその愛している相手がこの世のどこにも存在しないことを感じて自動的に涙が流れる

時間解決することはわかっている。涙がなくても気軽に思い出せる日はたぶん遠くない。でも今はいっぱい悲しい。悲しいので涙が流れるし鼻水は垂れるし、一昨日からずっと目蓋が腫れぼったいしおでこまわりが熱いし、今年はもう必要ないなと思っていた鼻セレブを買った。

猫のことが悲しすぎない心持ちになったら、また新しい猫を引き取ろうと思う。一匹目の生まれた時から一緒にいた猫と死別した後、猫はあの一匹だけだと思っていた自分を変えたのは昨日看取った猫だった。

猫は猫それぞれで全然違い、個性や猫格を持っている。上手く付き合える確証なんてない。でも捨てられたり放棄された猫と暮らすのはどんな相手だろうと悪くないものだし、そのことで幸せになれる猫がいるなら今までの飼い猫たちにも報いることにならないだろうかと、そうも思うのだ。それこそ飼い主の勝手解釈で猫にしてみたらどうでもいいだろうが、一匹でも多く飯で腹いっぱいな猫が増えるなら猫好きとしては嬉しい。




一匹目の猫は乳癌で死んだ。

腹が腐る匂いと一緒に眠っていた。腫瘍の膿を拭って消毒液をかけないといけないのだが、大きく身をよじって嫌がるので雑な対処しかできなかった。爪を切られるのさえ嫌がる猫だった。

最期が近くなるとトイレがうまくできなくなり、尻まわりに糞をつけていたので臭かったが、その頃になると体もうまく動かせなくなっていたので拭き取ること自体は楽だった。しかし、腰が抜けて糞尿の上でのたうつようなことが度々あり辟易した。

最後の日、私が居間インターネットをしている時に「ニャア」といつもの声で呼びかけてきたが、私は怒っていたので相手をしなかった。

学校から帰って死んだ猫を見つけた時、ついに来ものが来たということはわかっていたが、そのことが理解できなかった、というのが当時のノートを読み返してよくわかる。生きていた時なら絶対にしないことを猫にした。首を持って持ち上げた。そのまま持ち続けていたが、反応がなくて、手を離した。床に落ちた。現象として確認した。信じられないものを目の当たりにしたあの時の気持ちを私は今でも忘れていなかった。紙から取り出せる。いつでも。

風呂場に遺体を持ち込んで糞と膿を荒い流している間、全世界への呪詛を吐きながらずっと泣いていたことも覚えている。初めて触れた身近な死だった。なんて残酷なんだろうと思った。

あの頃のように大声を出して泣くことも、荒々しい気持ちになることも、もうないだろう。

供養もなにもかも、飼い主の勝手で、寄り添ってくれたあの瞬間だけが本物だった。

2018-02-13

anond:20180213232925

これが増田。これでこそ増田

最近まらない日記が増えて辟易してたけどこういうの見ると嬉しくなるね。

延々、書類を出さない人々に辟易

町の問題で、市役所にお願いごとを書類にまとめて出そうとしてるんだけど、住人の代表者が、聞いた意見書類にまとめて、修正があったら言ってと全員に回覧して、

もう、提出でしょ?

ってところで、ちょっとだけ修正が入って、代表者が「もう一度会合開いてこれでいいか確認しよっ」て言い始めた…。

一体何ヶ月かかったら書類が出せるの? 回覧終わった時点で、もうよくね?

女ってなんで道歩いてて人を避けないの?

・それなりに広い歩道で、向かいから来る人の波にぶつかってるのに避けようとしない

・何人かで横に並んで歩いて、後ろが詰まってるのに道を開けない

歩道自転車で乗り込んで人や車とぶつかりそうになってるのにハンドルも切らないしブレーキすらかけない

こういう女ばっかりで辟易してるんだけど、女ってどういう神経してるの?

いくつか理由考えてみたんだけど、どれが近いんだろう?

・私が正義、私が偉いのだから周りが避けろ、という傲慢

・何十年も生きてるけど未だに周りの様子を認識して避けたりできない(上述のようなシチュエーションに気付いたら避けなきゃという意識はあるが気付けない)

・上のようなシチュエーションに遭遇しても自分が避けようかという意識そもそもなかった (邪魔になっているかもしれないという発想すらなかった)

・上のようなシチュエーションに遭遇した時、自分たちを押しのけて抜かしたりどかしたりすればいいのに、何で相手に避けさせようとするのか

それとも、どれでもないのかな?

今時道を避けなかったとかい些細な理由で逆上されて刺し殺されたりするのもおかしくない時代なのに、随分呑気に平和ボケして生きてるなーと思う。

女ども何考えて道歩いてるのか教えて?

自分邪魔になってる自覚のなさそうな女どもが何故生きてるのかという疑問なので、「避けない男もいる」とかい意見筋違いです)

2018-02-11

アラフォー女の愚痴  ~趣味友人~

ただのアラフォー女の愚痴です。

この日記についてのアドバイス意見は求めてませんのでご了承ください。

また思ったことを綴るだけなので読み難いと思います。ごめんなさい。

社会人になって自分お金を稼ぎ好きなことに使えるようになってから趣味を通じて知り合った人が何人かいる。

お互いの共通事項は趣味から職種も年齢も様々で、彼女たちの考え方や感じ方は私と違うものがあって勉強にもなった。

私の知らない世界や感じたことのない感覚で話してくれる彼女たちは新鮮で、とても楽しく過ごしていたように思う。

1年前までは。

ことの発端は一人の結婚だったと思う。

彼女(B子)は長く付き合っていた男性とこのたびめでたく結婚が決まったのだ。もちろん私たちにもその報告と結婚式お話がきた。私は嬉しくてすぐに「行く」と答えたし、そこにいたメンバー全員も同じ答えだった。お祝いもした。

長い時間かけて準備されたお式と披露宴は素晴らしいもので、私は彼女学生時代を一つも知らなかったけれど親戚のおばさんかってレベルで涙を流した。とても感動した。

その結婚式から数ヶ月してからだ。いつも仲良くしていたメンバーのうちの1人、A子の話す内容が愚痴が多くなったのは。

愚痴というより妬み僻みが多いのだが、それはお酒を飲みに行った日も、遊びに行った時も続いた。

私は結婚への願望も、誰かと付き合いたいという気持ちも無く(すみません喪女ってやつですね)、安月給でも今の仕事をすることが楽しいと考えている人間のためか、A子は結婚した彼女のことや他の友人の愚痴を言うようになった。

B子専業主婦なのに遊びに行きすぎ。」

「またすぐに職を変えて、バカみたい」

「多趣味なのはいいけど好きなものをすぐに捨ててガキかよ」

言い方はもう少しマイルドだったかもしれないし、辛辣だったかもしれない。

気持ちは分かるよって内容もあればただの妬みのものも多かった。聞いてて「それは違うよ」と思うものはそれとなく指摘しては「そっか…」て自分発言を省みていたところもあった。なによりA子は「自分に余裕がないから焦るし妬んでしまう」と言っていてたか自分発言も悩んでいた(と思いたい)。

なによりA子はそういう悩みを他の結婚した友人には言えず、結婚願望のない私にしかぶつける先がなかったのかもしれないと私自身が自分の考えに酔いしれて「愚痴くらい聞くよ」と言ってはいつも聞いていた。

たぶんA子は他にも話できる人がいただろうけど当時は私が一番会う頻度が高かったので会っては話を聞いてたし、急に呼び出されても仕事終わりに行っては駅のホームで話を聞いたものだ。

けれど去年の春。

A子と一緒に遊んでいた時に、 A子が別の趣味で知り合った友人とたまたま会った。久しぶりに会ったみたいだったので5分くらい話をした。その時その友人の方は私にも気を使ってくれて話を振ってくれたり、私も分かる話は混じり盛り上がった(と思う)。

友人は行くところがあるから、と言ってA子と別れた。とてもきれいで感じの良い人で、私は「素敵な女性だなぁ」という感想を持っていた。

A子と歩いているとA子が「あの人いくつだと思う?37歳なんだよ」と言ってきてビックリした。37歳⁈いってても26、27くらいだと思った!そのくらい年齢を感じさせない身嗜みと雰囲気で素敵な女性だった。だからわず「えっ?!見えないね!」と答えたのだが、A子は

「でしょ?37歳なのに彼氏も作らないでふらふら歩いてさ。恥ずかしいよね。しかもこのあと立ち食い蕎麦食べに行くんだってわたしには絶対無理、恥ずかしいよねえ」

けらけら笑いながら同意を求めてきたのだ。

えっ、どういうこと?突っ込みたいところ多すぎて分からない…。

頭が混乱した私は取り敢えず「私も立ち食いそば好きだよ…」としか言えなかった。

混乱したままランチをしたけれど、その時もA子の愚痴は止まらなかった。いつも通りだな、と聞いていたのだけれど

「(友人が)体調不良会社休んでて理解できない。社会人なら体調管理しろ

「というかただの寝坊してたんじゃないの?社会人なら30分前に職場ついてろよ」

「私はどこに出しても恥ずかしくないお嬢さんなのに、どうして私が結婚できないのか」

正直無理だと思った。

A子は確かに仕事一所懸命にやるし、プライベートもしっかりしている。金銭面はわからないけど自立している。

身嗜みもしっかりしていていつも綺麗だ。なんなら私が少し手を抜いた服装をしたときは嫌そうな顔をしてたくらい服、髪、化粧には気をつけている。

でも、それでも、だ。

3つ目に言われた言葉は我が耳を疑ったし、正直A子の神経を疑った。どこに出しても恥ずかしくない??それは他人が言うことであって自分が言ってはおかしいでしょ。

違和感を覚えていたけど愚痴だし別にいかとこの日も話を聞いて終わったけど、帰ってから驚いた。

蕁麻疹が出たのだ。

それも尋常じゃないほど出て入院した。呼吸困難までいかなかったけど、異常な蕁麻疹状態医者入院してほしいといわれて1泊した。入院バカ高い…。

数日して蕁麻疹は収まった。SNSで暇すぎてつぶやいたけど、心配してくれたのは高校時代からの友人だけだった。趣味友達から一言もなかった。

ここで私はやっと自分の人望の無さに気付いた。遅すぎる話だけどやっと気付けたのだ。良かった。

それからA子と会い愚痴を聞くたびに痒くなる肌と付き合っていたのだけれど、体の不調に目を背けることはできなくて自分の心の余裕が生まれからまた遊ぼうと思いフェドアウトし始めた。

A子はもともと人づきあいが良かったからたくさんの友人がいた。結婚できないことを、仕事でうまくいかないこと以外は楽しそうにすごしていたように見えた。

私は私で友人と遊んだ食事を楽しんでいたし、それをSNSにあげたりもした。

去年の冬。年末のことだった。

私の祖父急逝し週末に通夜葬式をすることになった。

A子を含めた趣味友人と忘年会約束していたのだがいけなくなってしまいそれを連絡した。申し訳ない、私の代金は払うからみんなで楽しんでほしい。

その時はみんな心配してくれたのだが、A子だけは違った。

A子「じゃあ忘年会前のイベントいけないんですね。わかりました。」

イベントというのはA子が好きな漫画イベントで、限定グッズがもらえるとのことだった。

もしA子の好きなキャラクターが当たったらあげると話しをしていたのだけれどいけなくなってしまって申し訳ないと謝った。

限定グッズもそのキャラクターが手元にくる可能性を低くしてしまって申し訳なくて、思わずメルカリを覗いた。ちなみにグッズはなかった。

どうしよう、怒らせてしまった。でも仕方がないことだし、どう言えば分ってもらえるだろうか。

そう何度も考えたけれど、ふと冷静になった。

お悔やみの言葉1つも出てこない相手に、なぜこんなに気を使わなければならないのか。

そう、A子からはお悔やみの言葉は出てこなかったし、なんなら行けないことをキレられたくらいだ。なのにどうしてここまでA子に気を使わなければならないのか。

からないふりをしていたけど私はA子が趣味友人に私の愚痴を漏らされるのが怖かったんだと思う。

だってただ立ち食いそばを食べただけで鼻で笑われるってなぜ???という感じだし、悪いことや不快な思いさせたなら仕方ないけれどここまで気を使って愚痴られるってどういうこと?という感じだった。

実際に趣味友人C子から

「A子はあなたのことを「結婚しない」じゃなくて「できない」のに強がってて醜いって言っていた。でもそばにいるのは年上なのに結婚してない人がいるって安心になるとも言ってた。」

と聞いた(これを本人に言うC子もどうなのか)

やっぱりな、という気持ちが大きく、瞬間どっとした疲れを感じた。

もう無理だ。正直に思った。

偽善者ぶって自分気持ち悪いと思った。アラフォーになって何やってんだと情けなくもなった。

この日私はA子の連絡先を全部消したし趣味友人のライングループからも抜けた。

れいさっぱり、社会人になってからできた友人たちの一部から縁を切ったのだ。

社会人になってからできた友人はかけがえのないものだとわかっていたけれど、自分偽善者ぶりに辟易してしまった。

彼女たちは悪くないけれど、私の都合で勝手に縁を切った。

ごめんなさい、B子C子。

妬み僻み自分を良くしてくれる友人を鼻で笑うA子。

一刻も早くA子が幸せになって心のゆとりのある人に変わりますように。

生きるのがダルい

「AのためにBは生きる」

「〇〇は良いこと」

「良い」という動詞は二項述語であると思う。なんのため?だとか何に?と書くことが可能からだ。

たまにというかよく、なんで生きるんだろなぁと考えてしまう。もし何かを成し遂げるためならその成し遂げたことは何のため?と問いが続いて、この問答は終わった試しはない。私個人でだめなら人一般で試してみても、人が生きる理由を作るためには、生きることを肯定することに必要な「良い」という二項述語のために人より上位の存在必要となってくる。神?存在非存在証明できない。まあ神みたいな端っこに行きついたとしてもそこで止まる理由さえも見つけないといけないんだけど。

それなら生きる理由別にないんじゃないか、となる、けれど死ぬのは怖い。怖いって表現は適切ではない気がするけれど自分ボキャブラリーでは怖い以外の当てはまる言葉を見つけることはできない。

理由はわからない終わりも見えない人生を生きるのがダルい。生きやすくするルール自分なりに見つけようと思ったけれど人一般の生きる理由が見つからない以上個人のものを見つけることもできない。眉間にひたすら水滴を垂らされる刑を受けている気分だ。

そんな刑を受け続けるのはダルい。何もわからず飯食って勉強して働いてウンコしてセックスして生きていくだけ。気分のいい時はいろいろやって気分の悪い時に反省してそれを考えての無限ループ先読みなさすぎは意味のないことなのかな、私は先を読まないとやってられないよ。

結局、何かと物事を"良い"方向に持っていかなければいけない、という考え方に縛られているのかなぁとここまで書いて思った。良くなくてもいいならどうやって生きていけばいいのだろう。とりあえず生きていけばいいのかな。どこまでダメになろうと自分がそれで納得できるのならいいのだろうか。

多分そうなんだろうな。でも自分は納得できないだろうなぁ。10年後にも何もできない自分辟易とするのだろう。

生活はまだできそうにない。

2018-02-10

同僚がかわいすぎてつらい

10も年下の同僚が好みど真ん中でいつもドキドキする。

人当たりの良い子で、すっげーいい笑顔を見せてくれる。

こっちは妻子持ちなんだから、そんな惑わせるなよって思うのに、やっぱりドキドキする。

髪型変えたときに褒めたら、あとから社内チャット個人宛に「増田さんに褒められると嬉しいですね(*´ェ`*)」みたいな好意的な反応するなよー。

彼女のいるチームに対して仕事をお願いすると、俺の時には率先して受けているように見えて勘違いするじゃないか

ただのオタクだし顔だって十人並み、この年まで妻以外の女性からは歯牙にもかけられてないのだから自分特別なわけないって知ってるさ。

なんて自虐してみても、時々距離感近いのヤバいだってば。

業務外で話していたら、「そういうの嫌いじゃないですよ(ニコッ)」とか天使かよ。

もうね、きっと俺が好意を持ってるの気付いてるよ。

その上で、おじさんを楽しませてくれてるんだろうなって、ただの人懐っこい子か小悪魔か。

こんな俺を信じてくれて、ずっと一緒にいてくれる妻に申し訳なくて、そんなかわいい子にドキドキしてしまうことがつらい。

追記

妻との関係は良好ですよ。子供辟易するくらいラブラブしてるし、おばさんになった妻をまだまだ抱きたりない。

2018-02-07

anond:20180207220248

知らない人向けの解説やるとキリがないのと

同じ質問何度もされて走者は多かれ少なかれ辟易してるんだ

あのイベントは人に見せるために解説しっかりやろうとしてるしフレンドリーであるように振る舞ってるだけで

RTA配信本質タイム削ることだからゲームに集中するのはしょうがないんですわ

2018-02-06

anond:20180206180829

かにドイツ学校制度はなぞ。

未だにヒトラーの信じてた……優生学だっけ、を根底で信じてるんだろうなって思う。

Mittelschule出身の人は、人によってはコンプレックス持ってるし、大学では一部の人が偉そうにしてて辟易する場面がある。

普段は優しい院生チューターが、器具点検をしに来た人に対して超高圧的だったりとか)

ただ、私が小学生のころを思い出しても、小学生のころの学力と今現在学力って大きく乖離してる感じはしないし、(時計読めなかった子は大学行ってないし、頭が良いと思われてた子は京大に行ってるし)ドイツ制度効率的ではあるかな?と思う。下らない肩書を気にしなければ、手に職を着けるというのは生きていくうえで良いことだと思うし、一概にドイツ教育制度批判するべきではないと思う。

後、MittelschuleとかRealschule出身でも本人に行く気があれば、大学に行く手段はある。

なぜだか書いてるうちにドイツ寄りみたいになってしまった。

多分最善解がない問題なんだと思う。

そして、日本は優しい国なんだと外から見ていて思う。その優しさが自殺率の高さを招いているのかもしれないけれど。

奨学金の話なのにドイツの素晴らしすぎる奨学金制度BAföGについて触れられてないのはなぜなのか気になる。

外人受給できなくて残念。

まあ大学行ったら得だと分かってるから子供の頃から頑張る(頑張らされる)んだろうな、と思う。

なんかまとまりないな。

そもそもうちの親貧乏だけど奨学金私は借りなくて済んだし、奨学金が本当に必要な層ってどこ?って感じもする

地雷過激派オタクは叫ぶのをやめろ

※この記事地雷過激派ヒステリックオタクが嫌いな雑食オタク上から目線で語る記事です。

嫌な予感がした場合は閲覧をお控えください。




オタクをやっていて二次創作に触れていると、どうしても「地雷」という存在は避けて通れないと思っている。

人間から、一人一人好きなものもあれば受け付けられないものがあることも当然だし、それを否定はしない。

私は一般にいう「地雷がない」オタクである

雑種なお陰で色々なジャンルを楽しめているし、周りも交流しても好みで衝突することは基本的にない。

ただ、例外的に激しく地雷と考えるものが一つだけある。

地雷を声高に叫ぶオタクである

地雷を叫ぶ人からしたら、周りに対して「私はこれが嫌い!だから自衛するけど、周りも配慮してね!」というアピールをするこで、自分の居心地の良い環境を作るためなんだろう。

正直、個人としてはネットの中でくらいならそれくらいのワガママは通っていいと思ってる。

最高に面倒臭いけど。

しかし、最近よく目につくのが「私はこれが地雷ホント死ね!流す奴は悪!」みたいなことを喚く奴。

…それ、ただの嫌いなものへの悪口では?

古いオタクなので老害と思われそうではあるが、昔の同人サイトBBS交流時代はこんなことはなかった。

地雷がある人間は口を閉じて静かに同盟リンクを貼る。

決して相手や周りを攻撃することはなかった。

今はTwitterpixiv等で対人のやりとりが容易になり、また若いユーザー同人ネットマナーを学べる場がない。

そういう面もあるのかなとは感じている。

でも、そういう面を除いても地雷を叫ぶオタクが嫌いだ。

そもそも地雷への配慮を周りに求める」時点で面倒くさい。

いや、お前がミュートするか鍵かけろよ。

何で周りがお前の目を気にして話したい話題を遠慮しなければいけないんだ?

そのくせ、TLで少しでも触れてしまうと不穏な発言をしてくる。

お前の言う自衛って何?

一存で言語統制すんじゃねぇよと思ったりもする。

ブロックはしたらしたで共通フォロワー被害者面をする奴もいる。

偏見かもしれないが、地雷過激派には粘着質で大変短気な方が多いとお見受けする。

そんなに「自分が」嫌な思いをしたことが許せないんだろうか。

妖怪地雷喚きは

「嫌いなものを見せられた!周りが悪い!」

「これが嫌い!何故好きな人がいるのか分からない!」と、基本的に人に原因を求める人間が多い気がする。

いやいや、嫌いなのはお前の好みであって周りが悪いわけじゃないよ。

個人的好き嫌いへの悪口」を「地雷」という免罪符を付けて喚くのをやめろ。

例としてあげるならグループ食事をするときファミレス内で大声で

「アタシピーマンきら~い!!!!食べられな~~~い!!!ピーマン好きなやつ頭おかし~~~~い!!!!」

と叫ぶようなもんだ。

から何だ。ピーマンが嫌いなら静かに避けろ。

ちょっとピーマン入ってる~!!!アタシピーマン嫌いなの知ってるよね~~!?なのに皆が勧めたのが悪い!!!アタシ悪くない!!!!」

ピーマン嫌いなのは人それぞれだからアタシ悪くないよね?だから皆アタシに配慮して~~ピーマン食べるとこ見せないでよオエッ」ってことに近いのかなと。

極論かもしれないけど、私にはこう見える。

最近地雷論争が本当に馬鹿馬鹿しくて、

地雷持ちは短気を我慢して一呼吸置いて自衛しろ。もしくはブロックだ、だが後からぐちぐち言うな」

「雑食持ちは周りに地雷持ちがいたら、やんわり住み分けてあげようね。もしくはブロックだ、だが後からぐちぐち言うな」

で済むと思ってる。

だらだら学級会やるよりお互い自衛すればいい。

ただし、自衛してるのにあっちから難癖つけてくる強襲型地雷クソオタクダメだ。

根回ししてからブロックしろ

きっと雑食だったり、地雷持ちに辟易してる人は、ここまで読んで色々思い出させてしまうかもしれない。

申し訳ない。

地雷持ちで自分思い当たる節があったり罪悪感を感じた人は言動を振り返ってみてほしい。

ちょっと地雷自衛の仕方を変えるだけで、自分にとってもぐっと交流やすくなるかもしれない。

ただ、この記事を読んで偉そうに!とか好きで地雷持ちなわけじゃないのに!と怒りを覚えた人はその憤りを周りにぶつけないようにして下さい。

この記事という「地雷」を周りに叫ぶとはそういうことです。

地雷があることは決して悪いことではない。

その伝え方や地雷武器にしてしまっていることが周りに不快感を与える事例をたくさん見てきた。

時には論争や周りを巻き込んだ喧嘩をしたいが為に地雷を振りかざしている地雷クソオタクだっているみたいだ。

そこまでいくと精神の異常を感じる。

雑食の目から見た地雷持ちの一人演説

正直「生きにくそうだな」と思いながら見ている。

ネットであれだけ地雷地雷言ってたら、現実でもあれがいやこれが嫌い、みたいなことも多そうだ。

心に余裕を持とう。周りの環境をよく保とう。

そうすればちゃんと住み分けできる。

サンとアシタカだって出来ただろ。

相手人間だってことを忘れるな。

私は地雷を喚いて一人で怒って、思春期のガキのように一人で不貞腐れる

自称 地雷過激派

本名 自分の思った通りにならなかったので「私は傷付いた!周りが悪い!」と悪口言う野郎

が大嫌いである。

叫ぶのを止めて、深呼吸して、自分の考えをまとめてからしゃべれ。

単純に「ヒスッてキレる地雷持ち」が「落ち着いて喋る地雷持ち」になるだけだけど、大分有害度下がる。

全てのオタクコミュニティから口の悪い短気な地雷ヒス人間が減りますように。

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