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はてなキーワード: 本来とは

2017-12-14

ちんことる前にセックスしたい

性別移行中のMtFで多分バイセクシャル

多分なのは見て興奮するのは女性の裸だけど抱かれたいのは男性から。この辺の中途半端さが性的役割に囚われてるっぽくて嫌だったりする。

性別移行中でまだちんこ付いてるうちにセックスしておきたい。

手術しても先っぽは残るし、穴っていう別の部分も追加されるから性的感覚は得られるらしいんだけど、元からある神経を繋ぎ直す事になる訳で、本当に今と変わらないくらいになるのか心配だし、そんな事より本来用途として1回くらい使ってみたいっていう好奇心的な物が割りとある

自分の男の部分が嫌で手術まで考えてるのに本物の女性に見られて身体比較して自分が保てるかっていう心配もあるし、性病もらって手術出来なくなっても困るから風俗っていうのもあんまり選びにくい訳だけど、だからって頼める知り合いなんていないし。

どうしたらこの感じは解決出来るの?

2017-12-13

不人気校の外国人留学生は半分は労働目的学校も黙認

かつて留学生がたくさんきている学校で働いていたことがある。

この記事話題になる前、2000年ちょうどくらいから、わたしの勤めていた学校ではおもに中国から留学生を受け入れていた。今の中国ではない、貧困時代中国だ。

https://anond.hatelabo.jp/20171213170723

中国がここまで経済力をつける前からはじめていたので、本当に、いくらとっても受け入れられないくらい来た。

もちろん、政府アルバイトは週xx時間以内と決めているが、その指導学校まかせだ。学校だって学生プライベートに常に張り付いていけるわけはない。誰しも何かが起きない楽観で行動していた。

学校にとっては少子化で少しでも在籍数が増えれば誰でも良かった。「在籍数が減ると補助金に響く」からだ。

当時から文科省無責任なことをするなあと思っていた。そんな状況でもまだまだ新しい学部や新校の認可を出していたからだ。

さて、話を戻すと、留学生はもともと就労目的から授業には来ない。来ても、出席最低日数だけである。授業中も寝ている。

10人いたら本当に真面目な学生は1人か2人といったところ。

中には、留学ビザを偽造してくるものもいた。学校は偽造ビザを見抜けないとダメ時代になったと思った。2000年前半。

そのうち、学校も味をしめてきて寮まで作る始末。名目学生指導なのだが、おそらくはそもそも住む場所さえ無い学生も受け入れてたからだ。

実際、夜逃げをして本来目的を果たす留学生もいた。

だんだんと素行の悪さが目立ち始めた頃合いから、他の学校も旨味に気づきはじめ競争が始まる。

ガイアの夜明けは提灯企画もあるが、たまにこういう硬派な内容をぶっこんで来るので油断できず毎回見てしてまっている。

かつても、留学生と絡んではいないが、中国農村部バブルみたいな内容を扱っていた。うちに来た学生も、かなり仕送りをして豪邸を立てたという話もきいていただけに、そりゃみんな噂聞きつけて日本に来るわなと思った。

http://www.tv-tokyo.co.jp/program/detail/201205/17105_201205292200.html

もちろん、日本語学校にいって一定日本語を話せることが条件とはいいつつも片言の学生最初の頃はいた。

しかし、留学生の奪い合いになる前に参入していたこともあって、優秀な中国人留学生争奪戦になる前に、上海富裕層へのパイプを見つけ、今でも学校は続いているようなので、ちゃんとした留学生の確保は今でもうまく行っているのだと思う。

2010年以降になると、さすがに中国でも物価の上昇や日本に来るうまみも減ったのだか、今回の件のようにアジア貧困層とのパイプが注目されたのだと思う。私がいたころはアジア学生はまずいなかったし、居ても1人くらいで、ただ本当に真面目で優秀だった。

少子化募集が難しくなっている学校が受け皿になっている

学生貧困から抜け出したい

ブローカーは、学校からリターンをもらえる(よほど学生募集雑誌に出稿するより安いだろう)

人材不足都心部バイト企業は助かる

こうした受け入れ環境が整っている(!)からこそ、おそらく今後もメスが入ることはないだろう。この企業糾弾されても、温床はそう簡単になくならないため、第二の事例がでても不思議ではない。

大学専門学校が乱立しているなか、廃校にならないのはそういう理由があるからだ。統合すればいいだろう!という声もあるが、学校卒業生卒業証明書を取りにくるとき、じゃあどっちにいくの?など、じつは企業のようにそう簡単統合はできない。また先生という気質は、そうそう柔軟に合併!とはいかないのも関係はしていると思う。

そして、消費者も安いものを求め、需要ニーズがあるからこそ、この温床は続くし、政府もおそらく人材附則の受け皿として、見てみぬふりをしていると思う。

ただ、留学ビザが切れた学生はちゃんと国に帰るのだろうか。

偽造の留学ビザで、来るだけ来て、失踪してしま学生はどうなるのだろうか。

それらは本当の意味では貧困支援にはならない。

かの企業行為炎上してしかるべきだとは思うが、かりにまっとうな時給になったとしても、じつは根深問題である、ということは皆さんにも知っておいてほしいと思う。

入校するとき気をつければいいじゃん、と思う人はそういうニーズがあるということ、それと、いち学生募集担当おっさんが決められるか、偽造ビザを見抜けるか、ということを考えて欲しい。

留学生という名の現代奴隷制度は今後も続く。

編み物

ここのところずーっとかぎ針で編み物してる。

楽しい

棒針は全然できなくはないけど、

残念クオリティでなかなか上達しない。

から本来は棒針を練習すべきな気はする。

ちなみに編むのが楽しいけど、

完成品にはあんまり興味ない。

から作るだけであんまり使わない。

あと、他人にあれこれ作って欲しいと言われても困る。

テンションあがらん。

anond:20171213191202

知人も目の前のお金稼ぎに集中しすぎて

本来目的だった大学行きを逃した、それでずっと後悔してるって言ってた

 

なんとか奨学金の類に切り替えることはできないもの

anond:20171213111929

でもその増田シッター雇うと自分給料吹っ飛ぶんだってよ。

まりシッター給料よりその増田給料の方が安いという事だろうにね。

それはつまりシッター仕事の方がその増田仕事より価値が認められている」って事なわけだが、

この手のは「シッターなんて本来もっと安い給料が相応しい誰でも出来るくだらない仕事なのに

日本社会シッターを認めないから働く母への嫌がらせの為に高額で据え置いてるんだー!」とか言う陰謀論言い出すからなあ。

いや需要供給で決まってるだけだよ、としか

2017-12-12

IQ≒「論理的であろうとする傾向」

ぐらいに考えておけばいい。IQテストなんて基本的にくだらないお遊びだ。そんな物でいい点取ったからって考え方が固くなることはないぞ。むしろ、考え方が固くなりやす人間であることを自覚して頭を柔らかくすることを意識して生きろ。←ここ大事な。ある意味今回のまとめだ。時間がないならこのまま一番下のまとめまで飛んでくれ。

IQテストなんてな、遊びとして見ても極めて単純な作りで演出もなく出来も悪い。

純粋に知能パズルとしてみるのならば数独詰将棋のような美しさを持たない出来損ないの寄せ集めだ。

大部分の問題はどこかで見たような構図の組み合わせ(たとえばねずみ算であったり)でしかなく、時折現れる物珍しさを感じるような問題は解いて見ればただの悪問だったのではないかという疑問しかまれず、他で見かける高難易度パズル共通する思わず出題者を褒めたくなるようなギミックなどはない。

普通人間ならばこんなゲーム馬鹿馬鹿しくて途中で飽きてしまうだろう。それが意識的無意識的かは別にして。

そんなクソテストに躍起になってIQ130とかを出してしまう俺やお前のような人種能力が優れているのではない。どんなに馬鹿馬鹿しい行為であってもその作業内容が明確になっていて、論理的に答えが導けると信じられるならその作業に没頭できてしまうというだけなのだ

一見すればそれは、問題解決能力の高さを意味しているようだが実際は違う。

単に、理屈がはっきりと通りそうな物が好きだというだけだ。

しろ理屈が通りさえすればそれが無意味でもよくて、意味があっても理屈が通りそうに無ければ嫌うという性格上の癖の強さを意味している。

世の中にある解決すべき問題や、行うべき業務の多くは、明確な作業の形を取ってはいない。まず作業内容を明確にしなければいけないのだ。そしてその作業内容は多岐にわたる。一つ一つの問題が順番に出題されて順番に解いていけばいいなんて形を取ってはいない。

そして、それらの作業効率よく進めるには物事優先順位を付け、何がくだらなくて何が重要化を切り分けなければいけない。

この時に俺やお前のようなIQテストの点数だけはい人種は大きな間違いを犯す。

明確な作業内容イメージ出来るものを、まずは優先的に片付けるのだ。そのやり方が常に間違っているわけではない。まずは出来る所からやるのは重要だ。

だが、このやり方だと、そこに拘っていてもしょうがない部分に拘って全体のひとまずの完成を遅らせる事が多々ある。部屋の掃除をしているとき本棚の一区画の本の並びを美しい(と自分が感じるような)状態にするために時間を使いすぎて、気づけばそこ以外はホコリを被ったままで夜になっていた。そういう経験はないだろうか?そういうところだぞ。

重要度を判断できない奴が、一つ一つの作業完璧にこなしたがり、完璧にこなしたがるが故に完璧にこなしやすそうな作業ばかりをやってしまう。そして本来最も重要であるが明確な答えを絞り難い問題はいつまでも挑まない。だが、大抵の場合求められる問題解決業務本質は、そういう答えを簡単に1つに絞れないなりに自分なりの答えを用意する部分にこそ宿っていたりする。IQテストだけは良い点数を取れるという奴はそこを苦手とするんだ。明確な答えが出せない問題が苦手なんだ。

IQテストってのは一見何がしたいのか全くわからない問題であってもいくつかパターンを試せば、そこに何の意味があるのかは分からないが明確にこうだと言えるパターンが見いだせる。そういうただの無意味論理パズルを解ける人間は、「無意味であっても論理的に筋が通ること」を好みすぎるんだ。

価値がある事」よりも「論理的である」という事を好む、と表現したほうがいいだろうか。確かに筋が通っているというのはとても良い事だ。それ自体にも意味があるし価値がある。だけど、時には論理的であろうとしすぎてハッキリと明確な答えを出そうとしてばかりいるよりも、多少の決め打ちや曖昧さを残してでも答えを出したと言い張ってしまった方が物事価値のある方向に進むことも多いんだ。そこの見極めが苦手すぎると人生はうまくいかない。

たとえば、会話をすること自体大事なのに、相手の返答に完璧な答えを返そうとしてやたらと悩んでしまって会話の空気を硬直させてしまう、とかな。そういうところだぞ。

自覚して直していけ。

まとめ:

IQテストは高いがなんか人生がうまくいかないって奴は論理的であることに拘りすぎてるんだ。

論理的であること」は良いことではあるが、世の中には他にも「良いと評価できるような要素」は沢山有る。理屈が通ってることをまず第一に考えるのは別にいいが、「論理的でないことはその時点で駄目だ」なんて考えると選択肢が狭まって、結果として辛いカードを選ぶしか無い状況を増やすぞ。理屈が多少捻れてようが、物の見方曖昧すぎるように感じようが、ある種の不条理を覚えようが、それらを許せるようになると選べるカードがぐっと増えて、人生がかなりやりやすくなる。俺が言えるのはそれだけ。


お前のおかげで俺も久しぶりにこういう事を考えることが出来た。俺自身の頭がお前のおかげで整理されたってことだ。感謝

anond:20171212220107

インフラストラクチャー英語: infrastructure)とは「下支えするもの」「下部構造」を指す観念的な用語であり、以下の意味がある。国民福祉の向上と国民経済の発展に必要公共施設企業などの主幹となる設備日本ではしばしばインフラ (infra) と略称されるが、インフラストラクチャー (infrastructure) が「下の (infra) 構造 (structure)」を指す通り、本来インフラ (infra) は「下」「未満」を意味する接頭辞で、「下にある」「低い」を意味するラテン語 inferus に由来し、スーパー (super) の対義語である

エンジニア技術者全体だと思ってる。

了見が狭かったのか、そりゃどうも

男の不細工揶揄することがタブーになる時代

女のブスは存在のもの社会の最底辺タブー存在していてはいけないモノなので、女のブスを笑い話のネタにすることはシャレにならない。しかし、男の不細工に関してはそうはなっていない。男は女と比べて社会的強者であり、男の不細工は女のブスよりも何倍も恵まれ存在であることから、男の不細工ネタになりやすかった。しかし、今後女性社会進出が更に進むと、男の不細工も笑えない時代になるのではないか

テレビに出ているお笑い芸人なども、女性視聴者たちの心の中では「いなくなってほしい」と思っているのかもしれない。冷静になって考えてみると、男の不細工存在が許されて、女のブスは一切排除するというのは平等ではない。どちらも出すか、どちらも排除するというのが本来のあり方ではないか

2017-12-11

酒とセックス

まさに欲だ。

人の欲の象徴と言っても良い。

酒池肉林。(本来肉林は女性のことではないという見解が強いが)

しか現代日本でこの欲を満たそうとすると社会からバッシングを受ける。清く正しく美しい日本こそが大正義なため、酒池肉林を満たすことはできない。

 

親父から聞いた話だ。

親父が14歳の頃、第二日本地上「パライソ」が出来上がったらしい。

現代首相が掲げた「清く出しく美しく」は日本を激変させた。それの一歩が第二日本地上「パライソ」だ。

男性は地上で過ごす事になり、女性希望すれば「パライソ」に住むことができる。一部の俳優男性金持ち男性以外は一切入ることの出来ないまさに「天国」だ。

親父は当時、恋仲だった女性がいた。しかし、彼女母親と二人暮らし。当時言われていた「シングルマザー」ってやつだ。

その彼女の母はパライソへの移住を決めた。当たり前だ、男にひどい目に合わされた人間特に優先されてパライソに移住できる権利を持つ。

彼女とは涙を飲んで別れ、「いつか、必ず会おう。俺がパライソにいけるぐらい金持ちになるから。」と別れたらしい。

パライソが出来て2年ぐらいまでは何も問題はなかった。3年目にさし当たった頃大事件が起きた。それが皆さんご存知の「第一地上連続無差別婦女暴行事件」だ。年々女性が減り、風俗嬢もパライソへ移住し、まさに第一地上で性を発散させるのは地上に残った数限りある夫婦となり移住できない既婚女性と、その家庭の間の娘だけである

そのことに気がついた一部のパライソへ行けなかった人間デモを行い、結果、起きた事件だ。

その後は、夫婦もパライソへ移住ができるように認められた。

結果的に、日本格差が広がり、父親必死勉強し、お金を稼ぎ、イケメンになるための努力はたくさんしたが、当時の基準ものすごく高く、年収2000万以上でないとパライソに行けなかったようだ。

親父は25歳になったが、年収2000万なんて手がとどかないような社会情勢だった。

その当時爆発的に流行った飲料がある。

それがストロングゼロだ。

性を完全に封じ込められ、高級な嗜好品は全てパライソに上げられる状況で、ストロングゼロだけはコンビニに行けば300円程で買える。

親父は毎日のようにストロングゼロを浴びるように飲み、バイオエロ本を食べ、寂しい酒池肉林を楽しんでいたのだ。

 

親父は懐かしむようにこういう。

「あの時期はな、生きる気力なんてなかったよ。パライソに行けば救われると皆信じて勉強をしてな。でも突きつけられたのは土台無理なハードル。その高さにみなが絶望した。それを救ってくれたのがストロングゼロバイオエロ本だけだったんだよ。間もなくしてパライソは人口密度が高くなりすぎて崩壊してな。それでお前の母親と再開して本当の生きる気力を得たんだ。」

そう言いながら、バイオエロ本を食べてストロングゼロを飲んでいたのが子供の頃の記憶で蘇る。

 

しかしパライソが残した爪痕は大きかった。

エロ本表現規制のために食べることで性的欲求を解消しようとしたバイオエロ本と、ストロングゼロは今も規制されることなく生き残っており、このために日本少子高齢化さらに進んでいる。

今回の選挙では、この「酒とセックス」をどのようにするか、各政党も慎重にすすめているのがわかる。

パライソ党はどうやら少なくなった日本人を全てパライソに導きバイオエロ本ストロングゼロ日本人から遠ざけるようにするようだ。

似非科学に関して青春時代の思い出を交えた個人的考察

 似非科学というのはいつの時代もなくならないものだ。パッと思いつく例だけでも、血液型性格診断ゲーム脳環境ホルモン水素水マイナスイオン、等々、枚挙に暇がない。多くはマスコミによって支持され、テレビ番組特集が組まれ、その科学的根拠あいまいにも拘らず世間に流布されて浸透する。テレビ番組などはあたかもその説を「検証」しているかのような映像を作り、怪しい肩書専門家コメントを添える。視聴者の多くはなんとなく「科学的に証明されている説なんだ」と信じ込み、疑問を持つことなく受け入れてしまう。一億総白痴化社会の完成である最近ネット上で多くの意見を比べて読むことができるので、情報収集能力の高い人たちはそこまで騙されやすくないとは思うが、未だテレビ新聞が主な情報源である人たちにとっては、上述の似非科学が今でも信じていることが多い。特に血液型性格診断などは、宗教のように信じ込んでしまっている人も相当数いるだろう。

 私も子供の頃はこれらの似非化学に騙されやす人間だった。最近ほとんど見ないが、昔はテレビが娯楽の中心だったこともあり、夕食時などはよく見ていたものである特に捏造問題で打ち切られた「発掘あるある大事典」などは、親が好きだったこともあって毎週見ていた。その中で血液型性格診断特集を何度か行っていたことは、今でも何となく覚えている。番組の中で「数名の幼稚園児を血液型別に分類してその行動を観察する」という検証が行われており、ものの見事にその血液型の特徴が行動として現れていた。見ていた私は「やっぱり血液型性格には関係があるんだなー」とぼんやりと納得していたが、今になって思い返してみれば数名の幼稚園児の行動で結論を出すのは早急すぎるし、番組が「○型かつ××な性格」の幼稚園児を数名集めることな造作もないことだし、そもそも集められた幼稚園児の血液型が本当に表示通りだと証明する根拠は何も無い。極めつけはあの「あるある」である。そういえば「あるある」マイナスイオン特集も何度かやっていた記憶がある。まあ、放送内容の真偽を検証するのは今となっては不可能に近いことだからやめておくにしても、心理学会において血液型性格判断の真偽は何度も検証されており、いずれも関連性を肯定するものがないことから、かの理論が出鱈目であることは疑いようがないだろう。

 しかし、科学価値は小指の爪の垢ほどもない血液型性格診断であるが、この似非化学が私に教えてくれたことが二つある。それは「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」ということと「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」ということだ。付け足すなら、当時私はまだ純粋ティーンエイジャーだったので、「大人は平気でうそをつく」ということも学んだと言えよう。

 私が初めて血液型性格診断反証する意見に触れたのは、中学二年生のことだったと記憶している。当時別段読書が好きでもない(むしろ嫌い)だった私が、たまたま休み時間図書館に立ち寄り、ふと目に留まった一冊の本を手に取ったのがきっかけだった。それは村上宣寛という方の著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』(2005、日経ビジネス)という本である。新作であったこの本は本棚の上に表紙が見えるように立てられており、そのセンセーショナルタイトルに興味を惹かれたのを覚えている。

 10年以上前に読んだものであるためにうろ覚えな部分もあるが、本の内容は大きく2つに分かれていた。前半が血液型性格診断への反論、後半はまた別の心理テストへの反論が主であった(後半の内容は忘れた)。本文の中で、今日血液型性格診断の源流である能見正比古氏の著書をけちょんけちょんに貶し、また血液型性格診断のような「占い」を人に信じ込ませるための心理テクニックであるバーナム効果」についても詳しく説明があったと記憶している。

 当然、本の内容は著者の考えであり、本の内容が絶対的事実であるとは(今となっては)思わない。しかしこの本の内容は、血液型性格診断科学的根拠のある学説だと何となく思い込んでいた私にとっては、とても衝撃的な物であった。血液型性格診断のものというより、これまで固定観念的に信じ込んでいた常識が、脆くも崩れ去った瞬間で、まさしく目から鱗であった。活字嫌いな私が、数日図書館に通って本を読んだのは、(マンガ喫茶を除けば)後にも先にもこの時だけであろう。「借りて読めよ」と言われるかもしれないが、当時の学校図書館ルールで、新作は借りれなかったのである

 新しい知識を得たら人に言いふらしたくなるのが能のないアホウドリの常である。当時は全盛期こそ過ぎたものの、血液型性格診断世間一般根付いており、それを否定する論調は(少なくとも大手メディアでは)ほとんど存在していなかった。要するに「他の誰も知らないことを自分けが知っている」ような状況だったのだ。腕のケガだと偽って毎日手に包帯を巻いて通学していたリアル中二病の私にとって、これほどドヤれる材料は無い。とは言え、何の脈絡もなく血液型性格診断の話をするのも変である。友人との会話の中で血液型の話が出てくるのを待ち、出てきた瞬間にこれでもかと否定する。それによって「頭が良い奴」と思われて皆からちやほやされる。正に完璧計画だった。

 ところが、実際に反論してみたところ、いずれもあまり芳しくない結果に終わってしまった。どや顔血液型性格診断否定しても、「でも何となく合ってる気がするし…」と、決まって歯切れの悪い反応しか返って来ないのである挙句教師からも「屁理屈ばっかりこねるな」と言われる始末。今となってはどちらが屁理屈なんだと思わざるを得ないが、確かに思い返してみれば、血液型の話でわいわい盛り上がっている時に、キモいデブどや顔否定して来たら、場が白けてしまうのは明白だろう。要するに私の敗因は、イケメンではなかったこである

 冗談はさておくにしても、それ以降、私は血液型性格診断の話が出てきた時、余程仲の良い間柄でなければ、ニコニコして受け流すようにした。まさに2017年現在でも血液型性格診断肯定論者の方が言うところの、「否定する奴はモテない」という説を支持する対応であった。情けないとは思うが、当時ただでさえ友達が少なく、これ以上周りから孤立するようなことは避けたかった私を責めることなど出来るだろうか。ちなみに今は目上の人でなければそれとなく否定している。相変わらずチキンであった。まあ、事実事実として、TPOに合った会話合わせというのは必要だと思っている。

 そこで私が学んだことが、先の「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」の二つだ。血液型性格診断を信じている人に、上述の心理学会の話や、バーナム効果の話をしても、決まって返ってくる言葉は「でも何となく当たってる気がする」「私の周りでは当たっている」と言ったものだ。査読のある学術誌に投稿された数千人規模の調査結果よりも、自分の身の周りの数名の事例を優先するのである。当然その事例には得てして強い確証バイアスが掛かっているのだが、本人はそれに気付くことができない。「客観的事実よりも自分が信じたいことを信じる」典型である

 これは、似非化学に限らず社会の中のあらゆる現象に対して言えることである。例えば昨今、「若者の○○離れ」という言葉をよく耳にする。○○の中には、テレビ新聞、車、バイク、酒、読書など、ありとあらゆるものが入り得る。そして、その原因は大抵若者帰着させることが多い。「最近の若者は人との関係希薄から酒を飲みながらのコミュニケーションをしないのだ」とか、「世間政治に対して無関心だからテレビ新聞を見ないのだ」とか、とりあえず若者悪者にするような結論が多いが、決して「社会の変化によってニーズも変容し、製品価値相対的に下がった、すなわち製品自体時代の変化に追いつけなくなったのだ」といったような、自らに責任帰着させることは決して言わない。やはり自分が信じたいことしか信じていないのである

 また、血液型性格診断を信じている人の共通点として、否定しようとすればするほど攻撃的になって反論するというものがある。先の中学生の時の教師がその典型例だろう。理論的な反論が出来なくなると「屁理屈をこねるな」と論点をずらして逃げるのである。「否定する奴はモテない」というのも同様で、血液型性格診断の真偽について反論しているのに、「モテるモテない」の話にすり替えさら相手を「お前は場の空気の読めないモテない人間だ」と罵倒しているのである。そうなってしまうと、もはや冷静な会話は成り立たない。こちらがいくら事実を述べても、返って来るのは罵倒だけであり、最終的に相手が逃げてしまうのである。そこに残るのは無駄時間の浪費と徒労感だけで、何ら生産性のない労力を費やされることになる。

 こちらもやはり社会全般で言えることだ。例えば「若者犯罪ゲームアニメによる影響だ」などの持論を展開する人に、「若年層の犯罪率は年々下がり続けており、反対にゲームアニメ市場は伸び続けている。」と反論しても、恐らくその後は謂れなき若者批判罵倒くらいしか返って来ないだろう。論理的反論を受け入れられない人間にとっては、実は事実などどうでも良く、会話を勝ち負けを決める手段としてしか考えていない。そして自分が負けるのが嫌だから最後子供のような罵倒に終始し、逃げてしまうのである。こういった手合いは、「自分の非を素直に認められない」ことも共通点と言えるだろう。人間であれば誰しも少なから負けず嫌いな側面は持っているが、この手の人間特にその傾向が強い(と何の統計的データもなく私の主観でそう思っている)。

 似非科学のような嘘を信じ込んでいる人は、宗教信者に近い。もちろん宗教否定している訳ではない。宗教というものは、「事実か否かを証明する術がない」にもかかわらず、「否定は許されない」というのが特徴である。これ自体別に悪いことではなく、「鰯の頭も信心から」と言うように、それを信じることによって本人の精神的支えとなるのであれば、それで良いと個人的には思っている。客観的証明できなかったとしても、個人の中で信じていれば問題はないのである。ただし行き過ぎると他者に対する不寛容に繋がり、戦争弾圧に容易に発展してしまうため、注意は必要である仏陀キリストと「顔を描いてはいけないあの人」の誰が一番偉いかというような論争は、決して行ってはならないのである(仏陀キリストが同じアパートの一室で生活しているマンガはあるが)。

 「宗教」と「似非科学」の明確な違いは、前者は「事実かどうかわからない(事実であることに重きを置いていない)」のに対し、後者はそれが「明確な嘘」だということである。明確な嘘を流布すれば、社会に対して損害が生まれる。血液型性格診断であれば、近年問題になっている「ブラハラ」なる差別を生じる。ゲーム脳であれば、本来何も悪くないゲーム会社風評被害を受ける。水素水であれば、医学的根拠のないただの水を健康に良いと信じ込んで高額な値段で買わされる消費者が現れる。そして、損をする人の裏側では、他者を騙して得をする悪人存在しているのである。大抵は嘘っぱちの本を書いた奴とその取り巻きだ。

 だからこそ似非化学は撲滅しなければならないし、似非化学の考案者やそれを流布するメディア批判されなければならない。日本表現の自由保障されているから何を言おうと自由であるが、それはあくま公序良俗に反しないことが前提であり、嘘によって不正利益を得るのは詐欺である表現に対して批判を行う自由もあるのだから客観的に見て明らかに事実と異なる論説に対しては、毅然とした態度で批判すべきである

 そして、一般消費者である我々は、常にその情報事実であるか否かを見極める努力が求められる。媒体を問わずメディアは平気で嘘をつく。他人に言われたままのことを信じる人間は、その情報が誤りであった場合他人責任を求めがちである。何が正しいか自分判断し、自分責任において選択する力こそが、情報化社会を生き抜くために必要スキルと言えるのではないだろうか。

 似非科学流行は、社会におけるメディアリテラシー成熟度合いの指標と言えるかもしれない。

2017-12-10

最近絵師モラル低下がちょっと懸念した方がいいレベルになってる

entyやfantiaといったクリエイターパトロン募集するサイトの利用が増えていってる。

月額〇〇円払ってくれたらここだけのコンテンツをお見せしますよ、という仕組みだ。

それ自体は(法律的なことはともかく)問題ではないのだが、

最近そういったサービスを利用する絵師誘導の仕方でモラルを欠いているケースが少なくない。

よくあるのが、『高解像度版はこちら』などといってentyやfantiaにリンクを貼り、

しかし実際にはパトロンにならなければ見ることはできないようになっている。

まりリンク先で提供すると謳っているコンテンツは有料である、という事実を伏せている。

これは本来なら「極めて悪質な行為」と捉えるべきではないか

クリエイター個人がやっているか悪質性が低く感じられるだけで、

業者がやっていたら当然に炎上するような手法のはずだ。

パトロンサービスのものが必ずしも健全とは言い難い感がある中で、

最低限のモラルは守るべきではなかろうか。

PEZYに関する個人的なまとめ

専門家どころか業界関係者でもない奴らが適当言ってる記事が多すぎて見てられないから、とりあえず業界関係者の端くれとしての私見をまとめておく。

断っておくと、業界関係者ではあるので素人よりは知っているつもりだけど、PEZYを直接触ったとかい立場ではない。

から中の人やPEZYに直接携わっている関連組織の人ほどではないけど、古い考えに振り回されていたり、

全く見当違いなことを偉そうにほざいてる某とか某よりは全然詳しいはず。

論理的反論質問なら歓迎、政治的なことはわからんからそれはよそでやってくれ。

中の人関係者Twitter監視しているつもりなので、反応次第では色々追記するかも。

Q1.

結局何が逮捕理由だったの?

A1.

簡単に言えば、「NEDOメモリプロジェクトで取ってきたお金を別のことに使った」ということ。

プロで取ってきたお金は、本来はそのプロジェクト範囲内でしか使ってはいけないのに、

それ以外のことに当ててしまった、いわゆる目的使用というのが逮捕理由

Q2.

特捜が出るような事件なの?

A2.

過去にはもっと少ない額における研究目的使用での特捜案件もある、とは断言しておく。

https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG25045_V20C13A7CC1000/

これで終わりなのか、余罪があるのか、もっと大きな事件を追っているのかは分からないけど

一応特捜が動くには十分な理由ではあるはず。

Q3.

どうしてNEDO側は気付かなかったの?何をやってるの?

A3.

1つ言えることは、NEDOは過剰なくらいに監査が厳しいことで有名。

資産人件費はもちろん、消耗品で購入したものも1つ1つチェックしていて、

NEDOは(二度と)取らない」と言ってる研究者企業は少なくない。

今回の事件社長経営する別企業への外注するという手段を使っていたようだけど、

発注先は適切であるか、納品物はちゃんと存在するのかをNEDOがチェックしないわけがない。

よほどやり方が巧妙だったのか、NEDOとしては問題ないという判断があったのか、

そこは裁判にならないと分からなさそう。

Q4.

スパコン利権を守りたい大企業陰謀じゃないの?

A4.

現在国内メーカースパコンをやっているのは富士通NECだけど、

富士通はPEZYグループのExaScalerと取引出資実績があるし、

最近NECは別路線に進んでいる。彼らがPEZYを潰しにかかる理由はない。

http://journal.jp.fujitsu.com/2016/08/15/01/

Q5.

量子コンピュータを広めたい国の暴走じゃないの?

A5.

それはない。量子コンピュータでできることと、PEZYができることは全く違う。

古典的(?)なスパコンが得意で、量子コンピュータには苦手なものというのはいくつもある。

そんな中で古典的スパコンを全力で排除しにいくほど役人馬鹿じゃない。

Q6.

Green 500で世界の頂点を行ったのは嘘なの?

A6.

真に中立立場でいえば「わからない」が正解。

Green 500はかなり信用ベース運用されていて、厳密な審査が行われているわけではないから、

ぶっちゃけ嘘をつこうと思えばいくらでもできる。

ただ、計測やそのためのプログラムを書いた技術者の中には、

非常に高い技術力を持っていることで入社から有名な人が何人もいるという事実があり、

私は彼らが嘘をついているとは思えない。

Q7.

結局PEZYのプロセッサって使えるの?Green 500/TOP 500専用プロセッサじゃないの?

A7.

PEZYには得意な処理、不得意な処理の差がはっきりとあって「汎用性が低い」というのは間違いではないけど、

「全く使い物にならない」は言い過ぎ。

実際にPEZYを使った脳のシミュレーションや、宇宙物理関係シミュレーションが行われていて、

これらはPEZYの特徴に馴染んでいるからうまくいく。

Graph 500でやられているようなビックデータ解析みたいなPEZYが苦手とする分野もあるというのは事実で、

彼らもそのことを重々理解しているはず。

これはPEZYに積まれているメモリの性能があまりよくないからなんだけど、それを解決するというのが

今回問題になってるメモリプロジェクト

加えて言うなら、プロセッサ計算性能と比べた時のメモリ性能が悪い、というのはPEZYだけじゃなくて最近プロセッサ業界が直面している問題

この問題はPEZY誕生以前から言われてて、中国スパコンなんかはその問題を潔く諦めて他の手段をとることで、

メモリ性能が悪くてもGraph 500上位に食い込むことに成功している。

からPEZYのプロセッサ技術方向性は全くおかしな方向に向いているとは言えない。

はいえ、個人的にはPEZYはマーケット開拓できるのかが疑問なんだけど、まあそれは技術と分けて議論されるべきなので割愛

anond:20171210131951

本来はカネ余りのバブル自体を引き起こすのではなく、工業化社会から脱工業化社会への移行を見越した構造改革をするべきだった。石油ショック後の1970年代後半の段階で、新卒主義改革男女雇用機会均等法の制定、小選挙区制への移行といった政治改革橋本行政改革小泉構造改革を終わらせて、1990年代を迎えるべきだったのだ。

2017-12-09

10万個の子宮」を読んで思ったこ

30半ばにして処女である干物女の私はその中には絶対に入らないだろうなあ…と。

去年、不正出血貧血が同時に出たとき婦人科の問診票に正直に「性交経験:なし」にマルを付けたのに、信じてもらえなかったのか経肛門エコー子宮体がん検査だけでなく、本来必要なはずの子宮頸がん検査までされたことを思い出した。

見た目はいまどきっぽくてオシャレさんなどと言われるがガチ処女なんですよ、そういう人間もこの世には存在するんですわ、すみませんね。

anond:20171209143501

日本リベラル勢力と呼ばれている人達所詮リベラル風」でしか無くて、リベラルとして主義を一貫させる気概がない。

これと同様で、日本保守勢力所詮保守風」でしか無くて、だからTPPとか普通に推せちゃう

日本の政治勢力については主義主張よりも支持基盤意向が最優先で、その支持基盤意向本来勢力主義主張矛盾していても平気で進めちゃうから、結局意味がわからなくなっちゃうんだろうね。

イノベーション利権」の勃興

今にして思えばSTAP細胞事件典型的だったと思う。妄想(ゆめ)を語る研究者に対する人々の期待がバブルのように膨らみ、マスコミ業界紙はそれをさらに煽るべくショーアップする。結果として、彼らの下には多額のカネが集まってくる。

結局、そのバブルは弾けて水泡に帰した。しかし、本来科学研究などというのは失敗してナンのものであり、提案された成果の追試が成功せずに認められないことは珍しくない。STAP細胞も、そのような失敗した研究の一つとして粛々と科学史の闇の中へと消えていく程度の話であったはずだ。

しかし、現実には有名研究者であった副センター長の自殺という衝撃的な結末を迎えた。何が、彼をそこまで追い込んだのか?

翻って今回の場合齊藤氏とその技術者チームが開発したスパコンはGreen500で四位という立派な成果を出したのであり、その技術力は虚像ではない。だが、その発言が非常に危ういものであったことはすでに指摘されている。

齊藤委員

(中略)

次世代スーパーコンピュータ必要性は、もう釈迦に説法であるかもしれないが、さまざまな手法による省エネルギー、そして新エネルギーであり、最終的にはエネルギーフリーに持っていく。小型熱核融合といったところには核変換の機能付与されるため、資源問題が大きく改善解決されていく可能性がある。

食糧問題というものも、植物工場のあり方次第で大きく変わってくるということや、衣食住がその次のフリーになるというようなところも議論としてあり、続いては安全保障軍事議論もここに含まれてくる。やがて保有するスーパーコンピュータ能力が国力という時代が非常に近づいてきているのではないかと思う。

http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/2030tf/summary_281003.pdf

夢を語るのは良い。だが現実には何が起きたか。おそらくは、彼の描く楽観的なビジョンに対して次々と舞い込んだ多額の助成金が、後ろ暗い勢力を引き寄せる結果となり、最後は食い物にされた。それが、今回の件の実態なのではないか

(追記:四億円だけの話をしているわけではないよ。)

同じく委員会に参加していた「東ロボくん」などのプロジェクトで知られる新井紀子氏は、今回の件についてこうコメントしている。

マクロパラメータが痛んでるときに、最後ブラックボックスであるイノベーションにかけて一発大逆転を狙うと必ず無理がたたってインパール作戦になるので、現実直視し、エビデンスに基づいてコツコツ修正するように、と言ったのに…。 経産省にも責任があると私は思う。

https://twitter.com/noricoco/status/937902064104980480

この指摘は非常に正鵠を射ていると思う。今や、この国のあらゆる人々が一発逆転を期してユメを語る人間にカネを託すようになった。言い換えれば、経済が停滞を続ける状況下において、ブラックボックスは最もカネになる存在となったのだ。

このことは、昨今の政治スキャンダル様相が変わったことと大きく関係していると思う。前世紀と比べて、我が国ではハコモノ利権は相当に厳しくなった。これは、有権者の目が嚴しくなったこともあるが、マクロ経済環境が停滞した結果、そもそもバラ撒くためのカネがないということもあるだろう。

一方で、昨今に取り沙汰されている政治スキャンダルを振り返ってみると、全て「教育」構造改革」「イノベーション」に関するものだ。繰り返そう、ブラックボックスはカネになる。子供の中にも先端技術の中にも無限可能性があり、そこに対する投資は無条件に正当化される。

既存利権の伸びしろが無くなった今、ブラックボックスに対する期待をカネに変えて配る、すなわち「イノベーション利権」の構造こそが、この国の政治最先端の姿なのではないか

君の名は。』で新海誠は死んだ

俺は『秒速5センチメートル』を新海誠最高傑作だと信じて疑わずにいる人間だということを、予め言っておく。

君の名は。』、去年の夏に公開されるまで、久々の新海誠の新作映画ということで心底楽しみにしていた。

公開前に発売した『小説版 君の名は。』は発売日に買ってその日のうちに読んでいたし、神木隆之介も好きだったから、これはもう間違いない、

秒速5センチメートル』以来の大物が来る、と期待を胸に公開を待っていた。

でも、その時から、心の片隅で、ほんの少しだけど嫌な予感はしていて、それは公開後に的中した。

俺は新海誠の、あの陰鬱で薄暗くて救いようのない世界観が好きなんだ。

ドロっとした恋愛観で語られる男主人公背中が好きで、やっぱり俺は『秒速5センチメートル』が大好きなんだと思う。

遠野貴樹に自分を照らし合わせて、たまらなくなる。

そうして、公開直後に胸をときめかせて見に行った『君の名は。』にはかなりのショックを受けた。

これまでのような人を選ぶ作風ではなく、エンタメに富んだ、大衆的で王道の展開に、ベタベタラブコメディをぶち込んできた。

開始30分ぐらいでそれがはっきりとわかると、目を背けたくて、我慢できなくて外に出たくてどうしようもなかった。

でも、これはしっかりと目に焼き付けて、この事実自分に刻み込まなければならないと、拷問に近いような感覚最後まで見届けたのを覚えてる。

これまでと一貫しているのは、背景美術の美しさだけであった。

背景美術は確かに、素晴らしかった。前作の『言の葉の庭』以上だったと思うし、とどまることを知らないようだった。

この酷い映画を見終わった、劇場からの帰り道、俺は少しずつ「新海誠は死んだ」ということを理解し始めた。

過去作を全否定した『君の名は。』、しかし俺とは反対に世間評価は大絶賛だった。

世間はこの酷い映画を"新海誠代表作"と称し、過去作には目もくれずにエンタメ監督としてもてはやした。

違う、そうじゃないだろ。

君の名は。』を見て、それを新海誠だと思っている彼らのほとんどは、馬鹿である阿呆である

君の名は。』を気に入ったミーハーな彼らは、同監督の『秒速5センチメートル』を見て、失望するのである

鬱だ、暗い、つまらないと吐き捨てる。全くもって、ありえない。

ほしのこえ』『雲のむこう、約束の場所』を経て、『秒速5センチメートル』は完成した。

本来はこの過程こそが新海誠なんだ。

どうしてこんなにも変わってしまったのか、困惑するばかりである

2017-12-08

根拠もなく俺はいつか覚醒してラノベ作家になると信じていた

だけど実際はどうだ?

何か一作でも書き上げたことすらない。星新一サイズの掌編どころか、2chの1レス分に入るような小話やショートショートすらないんだ。もしもこんな俺がラノベ作家になったとしても幸福にはなれないだろう。なった所で締め切りに追われてつまらない毎日を過ごすだけだ。


といった感じのオタクが俺は好きなんだよ。

結果を出してるオタク薄い本を書き上げることが出来てしまったオタクブログ大人気のオタク。いつの間にかウェブライターになったオタクツイッターで皆のアイドルしてるオタクですら気に食わない。ツイッターで言えばフォロワーは3桁以内じゃないと駄目だな。4桁まで行ってるオタクは何かが違う。たとえそれがフォロー人数を4000とかまで増やしてフォロワーが1000になったという形であっても、俺のイメージするオタクとは違う。俺の好きなオタクプライドが高くて完璧主義からフォロー人数は400ぐらいで頭打ちになるんだ。全部読もうとしたり、こだわりに合致しない奴を次々リムーブしたり、理由はともかくフォロー人数を4桁まで増やしたりはしない。万一超えても1500がリミットかな。

自分に自信がある理由説明出来るオタクは駄目だ。他人説明して恥ずかしくならないような経歴があるようでは駄目だ。せいぜいが小学校の頃学級員長だったり、高校入試で難関に受かったぐらいの所が限度だ。そっから先で東大に受かってたり、会社表彰されたりしたら駄目だ。年収も年齢*15を下回るぐらいじゃないと。年収があるってのは社会的地位があるってことだ。それじゃ駄目だ。オタクとして駄目だ。オタク負け組じゃなければ。燃えるようなルサンチマンの塊でなければ駄目だ。

今のオタクは豊かなオタクが多すぎる。まず友達がいる。オタク友達がいていいのは大学までだ。大学を出て3年したら友達の数が0になっていなければ駄目だ。そして金があったり能力が合ったり結果を出していたりする。駄目だ。駄目だ。オタクってのは消費する側で無ければ。消費しか出来ないのがオタクだ。何かを生み出しては駄目だ。ものすごーくたまにゲーム攻略WIKI更新するも、内容が使えなすぎるから一週間後にはまるまる書き換えられているぐらいを関の山とすべきだ。

黒歴史ノートを書いたことはあっても、それを人に見せるのは不可能じゃなきゃ駄目だ。オタクプライドが高くなければ。無駄プライドが高くそれゆえに失敗を恐れるし人とも関われずそれゆえに無能でなければ。そうでなければオタクではない。

そもそもオタクとは生まれ持ってして社会不適合でありいわば定型発達に失敗している※アスペ(※この言葉を使ってしまったのは屈辱だがこの言葉はこの場で私が表現したいものにかなり近いものがあり他の表現を使うよりも正確に意味を伝えてくれる。)でなければならない。そういった漫画ゲームが無ければ生きる希望の無さに耐えられず死んでいたはずの人間でなければいけない。本来世の中で生きる希望など一切なく中学高校まではまだしも三十頃になればいよいよ生きる事といつか人生好転する事を期待する事に疲れ果ててそうして苦しむことのマゾヒスティックな刺激にも飽きてしまって死を選ぶ以外の道を失うような所をオタク的な嗜好品によって何とか救われた生き物でなければならぬ。

オタク創作物によってかろうじて生かされていなければいけない。それは自分が生み出す物ではなく人が生み出すものでなければいけない。作る側に回った時オタクとそうでない消費するだけのオタクは別の生き物だ。同じ名前で呼ばれている別の生き物だ。オタクとは生まれたてチワワと鍛えたドーベルマンを丸ごと犬と呼ぶような大雑把な枠組みなのだ。そしてオタクの本質が宿るのは消費することしか出来ないくせに口だけは大きい極めて無能であり守る価値もないクズの方なのだ。そこから脱皮して進化したオタクそもそも別の所からやってきた外来種たる新型オタクオタクと呼ぶのが憚られるような代物なのだ

偽物のオタクばかりがオタクと呼ばれる時代にいい加減嫌気が指してきた。消費しか出来ない生まれついてのアスペに対する新しい呼び名必要ではないだろうか。

anond:20171208174825

小麦があるせいでインターネットが出来たと言ってもいいぞ。

小麦がなければ戦争なんて起こらなかったのでインターネットが発達することもなかった。小麦人間の脳に作用してインターネットが出来たと言ってもいい。

諸悪の根源なんだよ小麦は。

インターネットは生まれしまっただけ。本来軍事目的だけど便利なものなんだよ。

あとクレーマーパンを食べてる奴が多いらしい。ほんと小麦原罪料だよ。

anond:20171208061804

あれは何か貰えるからじゃなくて

寂しすぎて罵倒でも良いか相手にされたくて荒らしクレームしてたり、

自分価値がないと思いたくないからって

クレーム付ける→マウンティング成功→俺は店員より上の存在

という自身価値確立をしてるだけ

 

でも世間さまの誰かがマジに受け取って対応ちゃうのよ

 

愚痴本来ならお金使って飲み屋ママバーテン愚痴るとか

家族に聞いてもらうなど、何か聞いてもらえる権利必要なので

増田達が聞く必要は無い

 

でも愚痴を聞いてもらうレベルを通り越して

相手にされれば罵倒でも良いや、と思っちゃうところまで行った連中は

お金もないしリスクもないからここや掲示板に書き込んじゃうので

普通増田たちは通報してBAN待つか、それかスルーするしか無いのよ

anond:20171208162006

本来的(心理学的?)な「サディスト」とか「マゾヒスト」はもちろん違うことはわかってるけどさ。

数年前にクソみたいに乱発されたドSシリーズものって、基本的自称ドS男にいたぶられる女目線のものほとんど全部だったでしょ。

シチュエーションとしての「ドS」に対して嬉しいとか感じる反応ができるかどうかってことが言いたかったんだけど。

ソシャゲーとスマホゲー(スマホアプリ)は違う!!!とか言う前に、課金本来意味言及してくれよ

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