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はてなキーワード: 本来とは

2018-10-19

的を得るが誤用指摘されることが見直されたなら役不足も見直すべき。

役不足ってのは戦前にはすでに誤用の使われ方が確認されてるし、もう本来意味で「こんなしょぼい仕事役不足だ」「ジュリーコンサートは、観客が集まらなかったので役不足として中止になった」みたいな文脈で使うことはほとんどないはず。本来意味で使うとちょっと傲慢に感じてしまうから意識的に使うのを避けるようになったと思うんだよね。結果としてお前じゃ役に負けてるという意味で使いたい、というように意識が変わってしまたことを認めるべき。

役不足警察は大して文章も読まないようなやつばかりなのは明らかで、明らかに役不足。ちなみにすべからくは使わないで表現した。

三省堂現代新国語辞典第6版の話

高校生向け『三省堂現代新国語辞典』第6版がヤバいから高校生じゃなくても買え

http://fngsw.hatenablog.com/entry/2018/10/18/174528

についたブコメを読んでて考えたこと。

 

ギガが減るはもう馬鹿にできなくなった”

“沼も草もいいけど、ギガは受け入れられない”

私も「ギガ」を「データ通信量」の口語表現として使うのは、せいぜい保って10年かなという気はする。ギガの前に類似意味で使われていた「パケット」「パケ」が今どうなっているかを考えれば自明である。ただ、「データ通信量」が日常会話でどう言われていたか、というのは、このご時世だと量的にあなどれないので、改訂間隔が4年弱というハイペースな辞書としては、記述的内容として載せておこうという立場理解できる。

辞書改訂間隔というのは、よほどメジャー辞書じゃない限りあまりおおっぴらには言われないので意識しづらいところなんだけど、辞書の素性を把握するにあたって重要な要素の一つである。大まかにいって、

 

10年〜:「広辞苑」「大辞林」「大辞泉」などの中型辞典

6-8年:「新明国」「三国」「岩国」などの全年齢向け小型辞典

3-5年:「三現新」「学現新」「例解」などの学校教育向け辞典

 

という3タイプがある。さらに年刊の新語解説辞典でもある「現代用語の基礎知識」がいるわけだけど、そこで必要とされているのは国語辞典的な分析と整理を経た解説文ではないので、新語国語辞典へのエントリーの場として、継続的ハイペースな改訂を続けられる可能性の高い「三現新」を使うのは、一つの方法と思う。

当然、「初学者向けの辞典なのに規範性より記述性を優先するようなことをしていいのか」という反論が予想されるんだけど、辞書編纂という事業本質理解することの取っ掛かりになる、という学習効果も含めると、こういう辞書が一つあるのは、総合的には大きなプラスなんじゃないかと思う。そもそも、この辞書規範としての性能が損なわれるほど、記述的内容の占める割合が高いかというと疑問である

 

 

辞書って買った人限定でいいか差分を出してほしいなあ”

Diffをだな…”

かに欲しい。しかし最新版改訂箇所を簡単に一覧できたら、全体を見ずに目についたところを叩くしか能のないゼロトレランスクソ野郎の餌食になるだけだから、なかなか難しかろう。

新版のことはともかく、戦後すぐの「明国改訂版」から三国7版」までの8冊を見比べる「改訂箇所辞典」みたいなのがあったら、かなり面白い戦後史の切り口になるんじゃないか……と想像した。が、「三国」は時代によって対象読者が徐々に変わってる(初版中学生向けだったけど、今はプロ向けっぽさが強い)ので、語義の変遷と取るか編集方針の変化と取るか判断に困る場合がありそうである。するとやっぱり「新明国」のほうが、通時的比較をして面白いのかもしれない。4版まで徐々にはっちゃけて、そのあと大人しくなる様子が観察されるだけかもしれないけど……。「三現新」は「新」のない旧版初版1988年)も含めると、8冊でほぼちょうど平成時代カバーすることになるので、こちらの比較にも興味が湧く。

 

 

“草とか沼って 辞書に載ってないからこそ面白いしわざわざ使いたくなるのであって、権威側にいっちゃうと急速にダサくなるんじゃないかな”

まさにそのとおりで、 スラング/若者言葉 というのは 部外者/大人 に通じないことを目的として変化していくものなので、 部外者/大人 が使い始めたら廃れる。まして辞書に載るなんてとんでもない破壊的なことであって、この「辞書における観測効果」をどの程度容認するかは大いに議論余地があるところである……

……とまでは思ってないわ。気づく限り同時代的に記述を試みるべきだし、種々の条件(編集方針や紙幅)から許容できる限り載せていくべきだと思う。言葉は何をしたってどんどん変わってくんだし。「ボツ語彙」になったとしても、後の時代からは汲めないニュアンスを反映させた語釈が残ることには、大きな資料価値がある。

 

 

“そんなの、辞書を引かなくても、ググれば出てきそうだが”

ググって出てくる情報辞書に載る情報質的差がわからないのヤバい

 

 

マウンティング総合格闘技マウントからではなくて、類人猿が順序確認行為として行なうマウンティングからでしょう。大丈夫かこの辞書?”

マウンティングについては、確かに猿に擬することでマウントを取ろうとする人を貶める冷笑的な悪口という含意もあって、猿説を取る人が多いと思うんだけど、三省堂ぐらいになると格闘技説の根拠となる最古の用例を確認してる恐れがあるので静観。

 

 

“巷での用例から採録するならば本来意味確認するために辞書を参照できなくなるよね”

この「本来意味」という考え方は、よく吟味して用いないと危険である

言葉本来意味、というのを厳密に考えていくと、一語一語が使われる現場しか存在しないもの、と定義せざるを得なくなる。どんな言葉も、その置かれた文脈によってわずかに意味が変わるわけで、その意味はその文脈しか生じない。辞書編集者は、文脈依存した意味を削って平均化した意味語釈として書くことになる。以上のようなわけで、言葉の「本来意味」が辞書に載ることは原理的に不可能である人間辞書を読んで言葉を使い始めたわけではない。「言葉が先か辞書が先か」は問題になりえないのだ。

この発言主は「本来意味」というのを、「語源から説明できる意味」かつ「最も一般通用してる意味」くらいの含意で使っている(と斟酌する)んだけど、「語源から類推しうる意味の幅」というのは実はかなり広くて、同じ言葉時代によって逆の意味で使われているけど、語源からはどっちの意味説明可能、ということはままある(「ヤバい」なんかその典型だろう)。したがって、巷から用例を集めて意味限定・整理しなければ、広く通用可能語釈は書けない。

問題は、その「巷」の幅をどうとるかで、より保守的通時的な巷を選ぶ辞書(「岩国」とか)と、共時的新語・新用法に寛容な巷を選ぶ辞書とが共存している現在の状況は、まずは理想的、と言えるのではないかと思う。言葉遣いでの誤解を避ける、という辞書ミッションに、異なる二つのアプローチから奉仕しているわけで、その方向性自体に優劣はない。どんな立派な辞書を引いても、誤読による意思伝達の失敗は起こりうるわけだし……。

 

 

2017年に出た第七版新明解国語辞典

2017年は特装青版の出た年であって、7版自体2011年のものだけど、それはともかく、このブコメで挙げられたような記述は、現在社会状況から言ってかなりデリケートな取扱いのもとで改訂が求められるのは避けられない。「新明国」はもともと、そのユニーク語釈の一部に、やや家父長権的な雰囲気のあるものが含まれる(減ってきてるけど)、という指摘がされてきた辞書だったので、その点をどうクリアして時代適応していくのか気になるところである刊行間隔から言うと、8版は今年出てもおかしくなかったんだけど、もう1-2年待つことになるのかも。

 

 

“沼って知障→池沼→沼の差別用語の方が載ってるのかと思って焦った”

“例えば「沼」のもう一つの若者用法については書かれていないようだし”

大抵の辞書はあまり悪辣差別用の隠語は載せないし、この意味の「沼」が「レンズ沼」より普及してるとか一般に広がる可能性があるとは全く思えないわけだけど、それを中途半端と評する自由はある。

anond:20181019112335

本来の峰打ちは「峰で打つこと」ではなく、「普通に切りかかって相手の体に届く寸前で刃を返すこと」であり、斬撃や打撃の威力ではなく「斬られた」と思い込ませることで意識を断つものであると記している。

出典

峰打ち - Wikipedia

牧秀彦著書『剣豪 その流派と名刀』より

アイドル労働契約ではないのだから契約解除する際にレッスン料の返還を求めるのはおかし

って昨日ラジオで言ってたけど、その線で行くとアイドルに対して行う個人レッスンは

本来有料でアイドルのものから徴収すべきものである」「レッスンを受けるかどうかはアイドル任意」になるからよりアイドル業の入り口に立てる人間が少ななってまう気がすんねんが。

anond:20181019102340

予算が潤沢にある学校とそうでない学校があるんだろ。

どうしてそうなるのかは分からんが…(学校予算編成って誰がやってるんだ?)

予算が潤沢にある学校では本来ベルマークを集めなくては良いはずだが、なんか予算飢饉みたいな年があって休耕作物的な立ち位置にあったヒガンバナを頑張って食べた結果、来年ヒガンバナ食べれば通常予算を浮かせるじゃん! みたいな謎の慣習が出来上がり、それが予算を浮かす→ボランティア資金にする という変遷を辿って今に至ってるんじゃなかろか。

ボランティア資金にする、ってのが一番凶悪で、こっちは無限に足りないものからな。

から止めるモチベーションには行きようがない。だからこそ何らかの形で止めるべきなんだが…

インターネット上の議論って

本来であればどちらの論にも一定の筋や問題点があるわけであって(単純な炎上行為とかは別だが)、だからこそどちらも譲らない部分があるんだろうけど、結局はたから見る側には"ネット民ウケるかウケないか"って見方がある故に最終的にアンチコメの多さで勝ち・負けっていう空気ができてしまうのが怖いよねってなんとなく思いました

プログラマ「君が一番だよ」ネタ

本来書こうとした表現

夫は0ベースで動き、妻は1ベースで動く。妻の0には「私を愛して」という大前提が詰まっているのだろう。

性差を極力排除したつまらない表現

人は0-basedで動き、またある人は1-basedで動く。そのとき、1-basedで動いている人が0の領域に何を隠し持っているのかを見極めるのは0-basedで動いている側の仕事なのだろう。

あ、やっぱ文才ない俺。

女は好きで女性性をアピールしてるわけだしさ

俺たち男も男性性をアピールするために

徴兵制海外派兵復活させようやん

ゴリゴリマッチョになって名誉の死か戦争英雄になろうやん

 

戦争するのが本来の男の役割でしょ

2018-10-18

パワハラパワハラかどうかなんて就職した会社次第で基準は変わる

中途採用で少人数の企業に勤め始めて1か月半が経過した。

お酒が飲める人間が好きだと聞き、平日もたまに飲みに行っていると言った。

お酒自体は弱く、正直に言うと好きではないので慣れるためにもまとまった時間があるときは家で一人で酒を飲んだりもした。

経験がない為、家では平日1,2時間学習、土日は午前中と夜勉強していた。

社長から何度か飲み会のお誘いを頂いたが、当日に急遽誘われ、それもたまたま用事があるときに声をかけられてしまい断ってしまっていた。

週末にある友人の結婚式で余興をすることになり、一度会社の飲み会で日をずらしたのが昨日になったのだ。

ちなみにその飲み会社長の都合で無くなった。

今日社長に呼び出され、叱られた。

飲み会に参加しないから、評価がガタ落ちした」

上司の誘いを断るなんて普通はありえない」

「平日に酒を飲みに行っているのに勉強なんてできるわけがない」

「今は研修間中だけど、もう採用するつもりはない」

「平日は社会人なら用事を入れるべきじゃない」

睡眠時間を削って勉強しろ

「土日は休んでもいいが、こういってるのもただの建前で、本来ならば遊ぶべきじゃない」

「友人と縁を切れ」

断りを入れた自分が悪い、社会人としての付き合いができていない自分が悪いのを重々理解している。

自分認識としては、会社飲み会絶対参加したほうがいいという考えではあるし、前もって言ってくれさえすれば予定が埋まっていても空けるという心構えではある。

その認識が甘かったのだ。

持っていた仕事も外されてしまった。

今後挽回できるかどうかも不安ではあるし、すでに求人を出せ!との声が聞こえてきて胃が痛い

虐めに関する意見ダウンタウン松っちゃんが叩かれてるようだけど

内容云々よりか、叩く人間情報番組というものを、そもそもまったく理解していないよね。

叩く人々はニュース番組などにおける、コメンテーターが何の為に居るのか知っているのだろうか。

あの人たちの役目は単に、ニュースの詳細を解説することじゃない。

解説をするなら専門家を呼べばいいだけの話だから

ではどうして、コメンテーターなるもの存在するのか?

それは、一面的見方排除するために居るのであって、ニュースを見る人々へ多面的にも物事を考えることを促し、熟考してもらうために存在している。

故に本来コメンテーターとは一種天邪鬼役割必然的に背負う必要があって、朝のニュースや昼のワイドショーにおいて、世間一般の声と同様のことを意見しそれで満足しているコメンテーターなどこそ、本来役割果たしていないのであり、存在価値は皆無。己の保身に走って、叩かれ炎上することを恐れて月並みのことを言い、市民感情を我が物顔で代弁する。そんな奴は糞だ。

思考における余裕とゆとりを持たないことは洗脳されていることに変わりなく、自分と違う考えや世間意見との相違には「はいあなたは異常です」なんていう社会ディストピアといって齟齬はない。

例の自殺に関しての、被害者を攻め立てるようも聞こえる松っちゃんの論説は、なるほどなかなか刺激的ではある。

しかしそこには確かに真理性が感じられるし、寧ろ頭の回転がよい彼ならば、このようなことを言って「批判され、炎上するだろうな」ということがわからないはずもなく、当然それがわかった上での発言であるように感じる。

すると炎上も恐れず忌憚なき意見を発したその姿勢こそ、咎めるべきではなく褒めるべきでは?

情報はすぐさま拡散し広まること火の如し。そんな世においては、公の場での発言こそより慎重に成らざるを得ない。

かといって保守的なことばかりを言っては意味がない。

その微妙な按配をつく、実に的確な発言だったように思えるのだけどなあ。

anond:20181018111901

こんにちは日本語警察です。

うまい」(旨し(古語))は、「甘い」を語源とする一般的食べ物の「良い味」を意味する言葉で、「うまい」というのは特に下品言葉でもなければ失礼でもありません。本来現代でも普通に使われて良い言葉です。

対して、古語「美し(よし)」を語源とする女房言葉だった(「よし」→「いし」に、美化語である「お」が付いた)「おいしい」は、その発生から女性使用して上品に感じさせる言葉」としての歴史をもっています。年配の方の一部では、女性語と受け取る人もいます

まり女性による「うまい」の使用がやや乱暴に感じられるのは、一般的に用いられる女性語としての「おいしい」をあえて選ばなかった、という言外の意味が生じるように受け止められるからでしょう。一方で、「おいしい」を女性語と感じない(単なる「ちょっと丁寧な言葉」と思う)人が増えた結果、「どうして女性が使うと下品に聞こえるのか」が分からなくなった、というのが今回の文脈ではないでしょうか。

なお、明治文豪等は、そもそも食べ物の味について云々すること自体をケシカランことと思っていた節もあるようですが、それを表現する際には、地の文男性語としてはおおむね「うまい」が選ばれていたようです。その後の用例をみると、明治末ごろから大正にかけて、女性作家児童文学作家などの文章普通に「おいしい」が用いられるようになっており、その辺り(時代場所から男女問わず用いられる今日の「おいしい」の用法が広まったのではないかと推測されます昭和に入ると、特にカジュアル口語表現において、男性場合も「おいしい」を使う例が増えているようですね。そこでは「うまい」はやや古風な表現という受け取られ方をしているようで面白いです。

anond:20181017231014

それはあるよねー。

障害って、本来あるべき機能制限されている状態なんだから基本的には辛くて大変で可哀想なことだよね。

そんな状況の中で、障害があってもできることを伸ばしていったり、障害があることで心の豊かさを得たり、それはとても素晴らしいことだと思うけど、

基本的には障害可哀想なことですね。

岡口裁判官擁護する人へ

普通の人が「法律」に対して抱くイメージは矛(ほこ)ではなく盾(たて)だろう。

法律とは悪者から自分を守ってくれるための盾であると。

岡口裁判官もそう思っているのだろうか。

岡口裁判官擁護する気になれない人は、法律を盾として信頼している人なのだと思う。

岡口裁判官ツイートによって傷ついた人を岡口裁判官から守ってほしいというのが、岡口批判派の願いである。

一方で岡口裁判官擁護する人々は、法律を矛として使っているのではなかろうか。

本来人権平等は〈悪〉から人を守るための盾であって、矛としてむやみやたらに流用されるべきではない。

岡口裁判官擁護できない人は、彼らにとっての「自由」が、その盾としての機能を逸脱していると感じているのではなかろうか。

「これって変じゃない?」にツッコミを!“女らしさ・男らしさ”の呪縛から子ども解放するために親ができること

https://woman-type.jp/wt/feature/13170

以前、息子が見つけてきて「これ、変だよね」と言った消防少年団ポスターには、男の子ホースを持って前面に立ち、女の子が後ろで救急箱を持って控えていました。男性はメインの業務や力仕事を担い、女性は補助的な仕事ケアワークを担うという思い込みは、いまだに根強く残っています

ものには適材適所っつーものがある。

消防という人の命がかかった場面で「単に外形的な数的平等のために」大きな水圧で暴れる重いホース女性にも持たせてさしあげる配慮をすべきかというと、私には疑問に思える。そういうときってホースは男が持ったほうがいいんじゃあるまいか体重や筋力が平均的に男女同等ならいくらでもホースを持ってもらえばよいが、そうではないだろう。

というか、消火作業ホース)も被災者の救護(救急箱)も、業務重要度はイーブンだろうと思う。ホースがメインで救急箱がサブというのは序列恣意的で、息子さんをよく調教されているようだけれど、男女平等にこだわりすぎて職業平等を教えることをどこかに置き忘れてしまっているのではないか

大学学園祭を訪れたとき男子学生がおそろいのピンクTシャツを着ている様子を見て、しみじみと時代は変わっているなと感じました。娘が一時期、ピンクなどのパステルカラーばかりを欲しがるので、親として複雑な気持ちになったものですが、今の大学生は「ピンク女の子の色」という意識さえ持っていない。偏見固定観念に縛られることなく、男性ピンクを着ることが当たり前と感じる世代が生まれているのです。

とにかくピンク女性の結びつきを断ち切りたくてしょうがないようす。

男子学生が揃いのピンクTシャツを着ていたからといって「男性ピンクを着ることが当たり前と感じる世代が生まれている」と判断するのはそそっかしすぎるだろう。学祭ということはサークルユニフォームだろうから、その色を個人個人が好きで着ているとは限らず、女子もいるサークル女子が決めたものをいやいや着させられているかもしれないのでは。

娘さんがパステルカラーを着たがることに「複雑な気持ちにな」るのは本当に親としてどうかと思う。娘さんが自由意志パステルカラーを好んでいるのかもしれないのに、それを「社会蔓延するステレオタイプに毒された結果」としか見られないのは、ひどい視野狭窄に思える。

子供選択の自由を奪い、感性自分の都合のいいように方向づけしようとしているという意味では「女の子からピンクを着なさい」と押し付ける親も「パステルカラーなんか好んじゃいけません」と教える親も大差ないだろう。

例えばドラマを観ていると、なぜか悪役は男性さらわれたり、狙われたりするのは女性ばかりです。我が家では、そんなステレオタイプドラマを見ると、息子が「また女の人が逃げてる!」と突っ込みます

現実犯罪者数は男性女性10であるのだから、人をさらったり狙ったりする役は男性のほうが自然だし、粗暴犯が力の弱い女性を狙うのも自然選択だし、そして、ここだいじだと思うんですけど、強者弱者を狙うからこそ「卑劣卑怯な手口」というプロットが成立するのであって、女が力づくで男をさらドラマなんかがあったらそれこそ「何かおかしい」どころではなく、噴飯ものでしょう!

そしてですね、いわゆる2時間ドラマでは犯人が女であることもとても多くて(断崖で泣きながら犯行動機を語る中山忍が好きだ)、現実との比較としてはむしろこっちほうこそ不自然で不平等に思えるのだけれど、それはOKということなのかしら。

例えばアメリカドラマでは、大統領CIAエージェントのような仕事女性が就いていることもめずらしくありません。最近ハリウッド映画では、コンピュータが得意な女の子が大活躍したり、男性の後ろに隠れずに、真っ向から敵と戦う女性ヒロインが登場したりしています

もー、そもそもドラマの配役をもってジェンダーステレオタイプうんぬんを語ることじたいがスカタンしか言いようがない。

エンタメに登場する女性は、その役柄がどれだけ威勢のいいものであろうと「画面の彩りやバランス」のために配置されていて、フェミニストであるならば本来そこにこそ疑問を感じるべきだと思うんだがそこは無視っていうね。フェミニスト旗手のように崇められているエマ・ワトソンにしたって、今の地位を築いたのはハーマイオニーグレンジャーという「冷静な優等生というジェンダーステレオタイプな役」がウケたからなのですよ。

男性の後ろに隠れずに、真っ向から敵と戦う女性ヒロインが登場したりしてい」ることをまるで近年のフェミニズムの手柄のように語っているけれど、ワンダーウーマンの例を引くまでもなく戦う女性を描いたエンタメはむかぁぁぁぁぁぁぁしからあるし、それは必ずしも実社会での女性地位の向上や男女平等意識の浸透を意味しているわけではない。女性でも「暴力」で敵と戦うのはスカッとするよねというだけの話で、現実ワンダーウーマンプリキュアのような立場を担わされたら大半の女性は「迷惑」と感じるのではあるまいか

これ以上くどくど書いてもしょうがいからまとめるけど、この治部れんげとかいう浅い浅いフェミニストは、言ってることのすべてが「表面的な数合わせだけの悪平等」の域を一歩も出ておらず、耳を傾けるに足る主張はない。それだけならまだいいのだけれど、この人、明らかに浅薄でズレた平等意識のもとでお子様の洗脳をなさっておいでで、まあこの人の子供がどんな人間に育とうと知ったこっちゃないのですが、ちょっと気の毒に思いましたまる

2018-10-17

anond:20181017211252

生物ってのは本来、めちゃくちゃ強い生存本能が備わってるだろ。

> そんな本能までブッ壊れるぐらいに追い詰められて追い詰められた挙句に、

> 自ら命を絶つ。

それは誤り。

生物に備わってるのは生存本能ではなく、種を保存する本能

自分が生きてることが種にとって(人間なら人類にとって)害悪となるならば、

個体としての生物は死を選ぶ場合もある。

死んだら負けだろ

生物ってのは本来、めちゃくちゃ強い生存本能が備わってるだろ。

そんな本能までブッ壊れるぐらいに追い詰められて追い詰められた挙句に、自ら命を絶つ。

理不尽に晒され続けて、好きなものとかこれから出会人生の色々なんかもどうでもよくなるくらいに苦しんで、孤独死ぬ

追い詰めた張本人達は、のうのうと生きてる。

たとえそいつらが反省したところで、死んだ本人は二度と帰ってこない。

一人負けだ。

やってられるか。

これが負けじゃなかったらなんなんだ。

anond:20181017152555

経済活動である以上、顧客への配慮や媚びというのは当然あるものだし、事実ポリコレ論者もずっと「ポリコレ配慮しなければ売れないぞ」と言ってきたわけだけど

それを言ったらチャイナマネーの魅力も年々増してきているわけで、あちらの規制ポリコレという本来無関係ものをいつまで両立していられるかというと正直疑問なんだよね

なので自分は「あなたらが大好きなマイノリティ中国共産党をいつか天秤にかけなければならない時代が来るぞ」と言っている

性別の要素がないのにある性別をさす言葉

美人とか佳人は通常女性を指すよね。

少年は法文などの「少年法」とかでもないとほぼ男性しかさないけど、中年老年は男女両方指すよね。青年だとちょっと男性よりかな?

あと童貞本来は男女の分けなく使えるはずだけど、元代ではほぼ男性のみだよね。たぶん女性処女が強すぎて童貞駆逐したのかな?

イケメンは、語源を調べると面ではなく、menだと言うのもあるし、二枚目三枚目歌舞伎用語だとすると、まあこれは性別の要素ありになるかな

よく女のジェンダーロールが家とか出産って言うけど

男のジェンダーロールって仕事戦争だよな

 

 

仕事は言うまでもないけど、

戦争中東とか除けば、先進国の男からかなり免除されてるし

そろそろ徴兵制とか、自衛隊中東派遣とか許して

男にも本来役割を担わせるべきなんじゃないか

で、女は銃後の本国企業要職に就いたりして、少しでも国力の増強に励むべき

 

先進国中間層男が萌え絵とか見てシコってるのは

どう考えても生物としてあり得ない状態だよね?

昔のギリシャ都市国家なら、責任を持つ自由市民戦争に駆り出されて当然だし

戦争という男の義務免除されてるのはダメでしょ

2018-10-16

anond:20181016205553

まぁ逆にご都合主義っぽさを感じなくはないよね。

まりに作者の考えた物語の筋どおりにキャラが動きすぎと言うか。


本来的には人間はその場その場で適当に考えて動いてることも多いはずでそういう人間心理イレギュラーが全く発生しない感じ。

anond:20181016192417

他人拒絶オーラの発し方の善し悪しはあると思う

悪い発し方だと失礼になるだけでなく、最悪本来避けたかったはずのもめ事にある日突然襲われた上で会社社会から放逐される

anond:20181016182652

本来収入が少ない方が結婚メリット(二人で共同生活の方が生活費安くつく)デカい(ただし子なしに限る)んだけど、お互い仕事押し付けられる不信感があるから結婚しないというパターンだよなぁ

もしくは実家住まいから結婚して別居になるからデメリットがでかいのかもしれないが

とりあえず

今日本来日直だったはずの奴が遅刻してきた。そして名前順が次の私に回ってきた。遅刻してきた奴は一時間目の途中にのうのうと着た。

私は日直が大嫌いなうえに体調がすこぶる悪い、しか寝不足が重なって眠い。なんで、今日に限って遅刻した?

別に遅刻してきた奴の代わりをするなんて普段ならまあ仕方ないとやってやる。遅刻してきた奴は普段の態度が悪い上にいちいち上から目線不快。真面目な子の代わりだったらいくらでも日直くらいやってやるが、なんで寝過ごして遅刻した奴の仕事を肩代わりしなくちゃいけないんだ?

とりあえず、仕事はやった。理解不能なのは担任だ。なんでちょっと日誌机にたたきつけただけで呼び出され怒られなくちゃいけないんだ?

どう考えても、遅刻してきた奴が悪いのに、ちょっとイラついて日誌を音出して提出しただけだぞ?なんで結局遅刻してきた奴は悪くない、お前の論点おかしいってなるんだよ。お前慢性的寝不足から思考ショートしてんだよまがいのことも言われた。結論、は?知るか。

寝不足体調不良でもやってやったんだから礼くらい言えよ。そもそも、「遅刻したやつ」君、遅刻から代わりやれ。って言い方が理解できない。せめて頼めないのか?

自分のほうが立場が上だからって驕っているようにしか感じないし、困ってるなら相談しろって、学校内でしか動けない人に相談して何になるの?驕ってんなよ、たか教師のくせに。私の体調不良解決たかったら学校休んでも単位くれよ。

タイトル過激だったので直しました。反省してます

ミリオンライブかい声優ゴリ押しコンテンツと化したアイマス

ミリオンライブかい声優ゴリ押しコンテンツと化したアイマスお荷物

とりあえずこういうタイトルにしとけばアイマス信者は釣られてくれるよね(笑)

 アイドルマスターミリオンライブ誕生して5年、後継アプリである音ゲーもどきことミリシタが実装されて早一年アイマスP(笑)の皆さま如何お過ごしでしょうか。

ミリth、詩花イベ、シアターブースト(笑)など、相変わらずやらかしを重ねてまともなファンは離れ、残るはアイマス信者とクソ害悪声豚ばかりとなり、同じアイマス系譜であるデレやMのファンから名指しで批判されるまでになり、アニメ化なんて夢のまた夢、アイマスにおける不良債権としてかつてない盛り上がり(n回目)(笑)を見せるミリオンライブ。私もついこの間まで「田中琴葉担当です(キリッ」などと薄ら寒いセリフを吐き、スマホクラッシュすればあっという間に吹き飛ぶ画像データに何十万と金をつぎ込んで「爆死芸」だの「これが担当の意地」だのというパチンカスもびっくりなクソ浪費を繰り返してきましたが、タイトルにもあるとおり私が5年もの歳月年収数年分の金額をつぎ込んで愛してきた「田中琴葉」というキャラクターに対する運営や声豚どもの扱いを見て現実に引き戻され、すべてのアプリを消去、グッズの類も処分しました。ぺーらしい言葉を使えば「引退」ってやつです。

 そして相変わらずやらかし事案を繰り返し、開き直りを続ける運営を前にようやく目が覚めたのか昨日まで「アイマス最高!ミリオンライブはこれから!」などとほざいてた友人たちも引退し、周年イベを過ぎてミリシタに飽きた声豚たちが次の餌場を求めて移動している今、ふと思ったわけです。

ミリシタから入ったぺーはミリオンライブアイドルプロデュースするゲームと本気で勘違いしている人が大半なのではないか。」

ミリオンライブのいいところしか見えてないのではないか

それは可哀そうだ、何も知らないでこんなところにいたらあれよあれよという間に時間金も吸い取られてしまう。

早くミリオンライブ真実を教えて上げてもっとまともなコンテンツに逃げたほうがいいと警鐘を鳴らさなければいけない。

 というわけで今回はミリオンライブが如何に(色々な意味で)ひどいものであるかをミリシタから入った人間にもわかりやすい「田中琴葉の件」を通して伝えていきたいと思う。

 まず、田中琴葉の件の概要説明する前に声を大にして伝えておきたい。

ミリオンライブ声優ゴリ押しコンテンツである。」

 ミリオンライブはとにもかくにも声優が命であり、声優の追っかけをしている声豚から金を搾り取るためにあると言っても過言ではない。

39プロジェクトだかなんだか知らんが、ミリオンライブに登場するアイドルAS以外は全て声優を担ぐための神輿、いや、踏み台レベルかも知れない。

とにかく声優の都合で性格がブレブレ、キャラ崩壊など日常茶飯事、声優のためならなんとでもなる、最悪いなくてもいい存在としてしか見ていない。

劇場版アイドルマスターのそれが良い例であろう。

からさまな声優事務所の力関係が反映されたキャラクター選抜、出番、セリフ役回りAS中心の物語を作るためのほぼ別人レベルキャラ崩壊(可奈と志保特に酷かった)

765の後輩という設定が完全に裏目に出ている。

そうでなくてもキャラクターの出番の格差や、キャラの作り込みの甘さ、ゲーム自体のつまらなさは同期のシンデレラガールズと比べても酷い物であり、声優ありきで作っているとしか思えない場面が多々あった。

ライブに足を運べば害悪、厄介、キチガイの声豚ばかり。誰もキャラクターに興味などなく、ペー独自文化としてキャラグッズを身につけているが口を開けば出てくるのは声優の話ばかり。

ライブでもキャラ名ではなく声優名を呼んでクソコールオタ芸で悦に浸る者がほとんどだ。

 (アイマスPはどこにでも湧いてくる上に自分たちに都合の悪いことは隠蔽したり声高に叩く傾向にあるが「アイマス ライブ 厄介」で検索してみてほしい。某スクールアイドルファンの方がよっぽどまともに見える行為がぼろぼろ出てくる)

 

 

 そんな奴らが「田中琴葉」に何をしたか、これから話していこう。

きっかけは2016年9月1日担当声優である種田梨沙が謎の病気により、活動休止を発表したことに始まる。

種田梨沙が参加していた他のコンテンツが次々に同氏の降板、代役の起用を発表する中、アイドルマスターは「種田梨沙の復帰を待つ。」という決断を下した。

当時私は愚かに英断だと感じてしまった。琴葉の声を演じられるのは種田さんしかいない、いつかまた声が聞けることを信じてその日を静かに待とう、そう考えていた。

しかし、異変はすぐに訪れた。

 The@ter Activities投票で決まっていた「普通の子」役を降板して可奈に譲ったことを皮切りに、運営は極力琴葉の話題を避けるようになった。

ラジオや各種広告ではもちろん、本家ゲームイベントでも琴葉に対する言及が減ったどころか、カードにも登場する機会が減り始めた。

はいささか疑問だった。声優さんの事情と琴葉は全く関係ないのに、声優さんがいなかろうが、声が変わろうがミリオンライブ世界観に全く関係ない。なぜそんな雰囲気になるのか。

漠然と疑問を持っていたが、それを口にすることはできなかった。

 そして迎えた4thライブミリオンスターズにおいて最大の目標であり、ひとつの終着点、武道館でのライブ、その3日目。

私は現地で参戦した。人生においてトップ3に入るレベルの胸糞悪い一日だった。

現地における名刺交換、私が名刺差し出して「琴葉担当です」と名乗ると相手は必ず「あっ.....」と言って伏し目がちになった。

そして口々にこう言った。

「残念でしたね。」

「きっと琴葉も見てくれてますよ。」

「琴葉はいないけどその分頑張って応援しましょう」

「49人での武道館ですけど、楽しみましょう」

 腸が煮えくり返るとはこのことを言うのだろう。危うく怒りで前が見えなくなりそうだった。殴り倒してやりたかった。

ふざけるな、いないのは種田梨沙であって琴葉ではない。なぜ事情も知らない、知る気もない奴にそのようなことを言われなければいけない?

せめて同じ琴葉担当であれば気持ちはわかると思いたかった。

だが、私が名刺交換をした琴葉担当集団はお通夜だった。

比喩ではない、文字通りお通夜のような雰囲気の中上記セリフをうわごとのようにつぶやくのみだ

担当名乗っている人間が「琴葉だってここに来てます。」「俺が連れてきてるから」「奇跡はあります」その一言すら言えないのか。

お前たちが見ているのは結局種田梨沙であって琴葉ではないじゃないか

もう最早ライブどころではなかったが、チケットの金は払ってしまった。時間になれば武道館に入場し、会場を迎えていた。

案の定、まともに楽しむことができなかった。応援なんてとてもじゃないができない。

それでも、それでも最後希望だけは捨てていなかった。

きっと何か、琴葉もここにいるという意思表示パフォーマンスで示してくれるはずだ。そう信じていた。

だが、その期待は最悪の形で裏切られることになった。

ライブ後半、最後の曲

初日乙女ストーム、2日目はクレッシェンドブルーのFLOODING、圧倒的エモさを爆発させていた枠だった。

流れたのは「ジレハートに火をつけて」琴葉がセンターを務める、灼熱少女の曲だった。

琴葉以外のメンバー4人が迫真の表情で歌う中、琴葉がいるはずのセンターポッカリと空いていて、スポットライトけが煌々と照らされていた。

ふざけるな、ふざけるな。

運営お前もか。お前まで琴葉の存在否定しにかかるのか。

ジレハじゃなくたって他にもシメを飾る曲はいくらでもあるじゃないか。他に演出の仕方はいくらでもあるじゃないか

なぜ敢えてそれを選んだ!?なぜそれを選んだ?

なぜ敢えて琴葉の不在を強調させるような曲、演出を選んだのか。

鎮魂歌のつもりか?公開処刑も甚だしい。

ここで私は悟った、気づいてしまった。

運営種田梨沙の復活を待つつもりはない、田中琴葉というアイドルミリオンライブから消し去るつもりだったのだ。

今だからこそ言えるが、もうすでにこの時点でグリマスの終了、ミリシタへの移行は確定していたと見られる。

から運営ミリオンライブの展開についていけなくなった種田梨沙グリマスの終了に伴って琴葉ごと切り捨てようとしていたのだ。

 悪夢はなおも続いた。最後挨拶総合プロデューサーは「ミリオンライブは一歩一歩着実に前に進んでいきます。」という旨の発言をした。

しかしその直後、シアターデイズの発表である

手のひら返しというか、ダブルスタンダードというか。もう呆れて言葉も出なかった。

 一歩一歩着実に前に進んでいくなら種田さんが復帰するのを待って100%状態リリースするのが筋ではないのか?

それとも歩みについていけない者は遠慮なく切り捨てるからついていくも降りるもお前次第だとでも言いたいのだろうか。

私はサイリウムを投げ捨て、最後Thank youを聞くことなく会場を後にした。

やってられないなんてものではない。あそこで最後Thank youのあの演出を見たところで冷める一方だったと思う。

とりあえずキャラ出しとけばお茶を濁せるとでも思ったのだろうか。

後述するが運営対応は全てのメッセージが後手でちぐはぐ、声優種田梨沙自分達に火の粉がかからないためのものであり、要するに自己保身だ。

田中琴葉というキャラクターや、琴葉本人を好きで追いかけてきたPやファン気持ちをことごとく踏みにじるものだった。

 いつだったか引退したとあるPがちょうどこのブログだったかアイマス宗教である。」と言っていた。

まったくもってその通りである。下手すりゃ宗教よりタチが悪い。

あんなに堂々とアイドル存在否定しておいて、最後にちょろっとお涙ちょうだい演出をすれば大の大人が泣き喚きながら「ありがとう」アイマス最高」と狂ったように連呼するのである

気持ち悪い、宗教と言わずしてなんだというのだろう。

あの演出を持って「琴葉はいた。」「4th最高だった。」と言っているペーは田中琴葉担当ではなく種田梨沙信仰する信者であり、所詮種田梨沙しか見ていないにわか声豚である

少し話がそれてしまった。

あのライブの後、私はあらゆる窓口でバンナムグリークレームを入れた。

あれを肯定されては琴葉があまりにも浮かばれない。可哀想なんて言葉では表しきれない程に不憫だった。

だがいずれも返答が返ってきた事はなかった。

その後も琴葉の存在無視され続けた。

ミリシタに琴葉の存在確認できない、グリマス終了時も琴葉のボイスだけ追加予定はなしとされた。

田中琴葉は合流が遅れています。」などという取ってつけたような白々しい文章が踊っていた。

なぜ?琴葉自身に何かあったか?ないよな?

グリマスの方はともかく、4thの時点で3Dモデルを用意できたのならミリシタに実装するくらいわけもないはずだ。

種田梨沙はいなくても田中琴葉はここにいる。」と主張するのなら、たとえ無言でもミリシタに琴葉のモデルだけでも実装し、メイン画面で歩き回ったり、劇場メンバーと会話するモーションを用意することができたはずだ。

たとえ声がつかなくてもユニット曲で歌って踊る琴葉を見ていずれ戻ってくる種田梨沙に思いを馳せることができるならまだ前述の言葉にも説得力があった。

しかし、現実劇場で琴葉の存在確認することはできず、琴葉がここに居るという実感は皆無、そのくせTBなど中途半端タイミング中途半端に顔見せするから案の定ミリシタから入ったぺーは「誰?」状態だったわけだし、それどころか「こんな実装されてないキャラに参加権認めるのか」という不要ヘイトを貯めることになったわけだ。

 そして、今年二月、どうも違和感のある中途半端タイミングでようやく琴葉がミリシタに実装された。

完全に引退していたがようやく思いが届いた、これまでのことは水に流して改めてミリオンライブを始めよう。

そう呑気に思っていた私の心はすぐに打ち砕かれることになる。

 ツイッターに溢れかえる「琴葉おかえり」の文字

 どうして声豚はいつもこう私をイラつかせるのだろうか。

あのさあ............

おかえりと言うべき相手は琴葉じゃなくて種田梨沙だろうが!!

琴葉はずっと劇場にいたんだからお帰りもクソもねえよ!!バカか!!

 ただ、本当に怖いのはここからだった。

どういったわけか、琴葉の存在がまるで悲劇のヒロインであるかのように扱われ始めたのだ。

そして運営はここぞとばかりに琴葉のことを猛プッシュし始めた。

まるで今までの遅れを取り戻すように。

 思い出して欲しい、数行前の流れを

田中琴葉存在種田梨沙の不在を理由否定したのはどこのどいつだ?

お前らじゃないか!!

勝手存在を殺しておいていざ復活したら悲劇のヒロインか?

ちゃんちゃらおかしいとはこのことだ。

 何も言われなかったらミリシタに実装する気すらなかったくせに

反論があまりにも大きくて金になると嗅ぎつけたのか、復活した途端にこの扱い

復活したら、あからさまなゴリ押し

 この手のひら返し種田梨沙信者はここぞとばかりに絶賛の嵐

「琴葉おかえり」「ありがとうミリオンライブ

信仰というのはここまでも人間盲目にするのかともう、哀れみともつかぬ感情けが胸を支配していた。

 そして、私は本来であれは5thにも参加することなく、さっさとアイマスから足を洗うつもりだった。

でも、どういったわけか、ミリオンライブを昔布教してしまった後輩の声豚に無理やり連れられ、5th2日目を見させられた。

 正直言って、まあ酷い、白々しい演出だった。

あれはミリオン5thという名の「種田梨沙お帰りライブ」だった。

白々しいセトリ、4thでは見られなかった景色を完全再現、琴葉はここにいるでしょ?完全復活したでしょ?嬉しいでしょ?ほら泣けよ

と言わんばかりのサムイ演出

それ以外は前日に徹夜で組んだのかと思えるレベルのテキトーっぷり

 そんなことをするなら島原エレナにSTANDING ALIVEを歌わせてあげたほうがよっぽどよかった。

 

 そしてそれに泣き崩れ、泣き喚くキモオタの群れを見て吐きそうになった。

 もうやめてあげてくれ 田中琴葉がただただ可愛そうだ。

 何もしていないのに、声を失ったか存在否定され、忘れられ、かと思えば声優の都合で再び表舞台に引きずり出され

別に何もしたわけではないのに悲劇のヒロイン扱いされる。

そして1周年迎えたら未来ちゃを差し置いてミリオンのセンターですか。

なんの努力もしないでセンターに持ち上げられてしまう琴葉の表情はきっと散々なものだろう。

それで持ち上げられたが故に何も知らない別のキモオタに叩かれ、デレと比べられ、見下され.....

こんなボロボロセンターを見てもあなた脳死で「アイマス最高」「ありがとうミリオンライブ」と唱え続けるのだろうか。

 さて、話が長くなってしまったが、ここまで読んでくれたということは私の話に少しでも賛同する意思がある人か、俺を論破したくて仕方ないクソ気持ち悪いマウント取りオタクのどちらかだろう。

もうもはやキモオタにつける薬などない、正直声豚は死んでも治らないからもう何も言うまい

奴らは反省も後悔もしない、さも当たり前のようにコンテンツを食い潰し、飽きたらまた次のコンテンツに移動するだけだ。

まぁシンデレラガールズ然り、SideMしかり、どこに行っても声優の都合でキャラクターの扱いが決まり、荒れていない場所を探す方が難しい現状を見る限り、もはやアイマスというコンテンツのもの声優ゴリ押しコンテンツになってしまった今、大多数のアイマスペー(笑)に何を言っても無駄なのかもしれない。

でも、それでも、俺はやめねえからな。

俺の想いが少しでも多くのオタクに届くまで、ミリオンライブが、ひいてはアイマスが潰れるまで何度でも、形を変えてでも言い続けるからな。この真実を。

ミリオンライブと声豚ども呪い殺すまでやめないからな。この文章投稿し続けることを

琴葉の存在を殺したお前らを、今も真実に見て見ぬ振りしてるお前らを絶対に許さないからな。

この文章半笑いで見てるお前だよ、達観した気になってクソみたいなマウント取ろうとするお前のことだよ。

anond:20181016144728

多分同意定義ゆらぎ

文脈ってのは、俺個人は(そしておそらく本来も)「そこへ至るにたどった経緯や過去事情」みたいなものを中心に捉えてるけれど、なんだか最近は「類例」くらいの(つまり文脈が違う=例えが下手、程度の)意味で使ってる人が多い様な気がしてる。

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