「校則」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 校則とは

2020-05-22

増田って中高生時代に買い食い禁止って校則律義に守ってたやつ多そう

2020-05-17

anond:20200517140156

僕「僕の母校(※男子校なのは相手も知っている)は自由学校なので校内恋愛禁止という校則もありません、というジョークがあったよ」

腐女子「実際はどうだったんですか?(目を輝かせて)」

ということならあった

2020-05-02

[]anond:20200502065319

14歳初体験が無色だった話

このコロナ禍でテレビ局は収録を行えず、音楽番組歴代のヒットソングを流し続けている。

私はこの手の音楽番組は嫌いじゃない。小中学生時代うんざりするほど聴いた曲を「懐かしむ」という新鮮な感覚で聴けるようになった今は、テレビの中の歌手と大合唱するのが楽しくて、つい観てしまう。

この日もまた、その手の音楽番組で盛り上がっていた。学生時代、熱心に聴いていた00年代のヒットソングメドレーとなると、私は息つく暇もなく歌声を重ねる。

歌詞を見ずとも完璧に歌えるその数々に酔いしれ、天井を仰ぐご機嫌な私の歌声は、ある曲がかかった途端ピタリと止んだ。

2005年のヒットソングレミオロメンの「粉雪」。この曲は、当時14歳だった私の「初体験」を彩るテーマソングだ。仰いだ天井とそのイントロが、あの日ラブホテル天井だんだんと思い出させる。

中学校生活の終わりをもうすぐ迎える私は焦っていた。その焦りとは、受験や、進学で離れ離れになる友達との別れに対するものではない。「初体験」を済ませていない自分に対する、ハッキリとした焦りだった。

私の周りの女の子たちは皆早くて、それぞれどこかで仕入れた「年上の男」とさっさと初体験を済ませていた。

中には「2回目は公園でヤった」とか、「毎日学校トイレでパコってる」と語る者もいて、私は公園トイレに行く度に「ここでパコパコ…」と感心していた。

一方私は、友達の家でファミチキを食べて帰るだけの中学生。身なりはギャルで、毎日公園トイレでパコっていそうなのに、処女なのだ

私は心底情けなかった。親から毎日公園トイレでパコっていると思われているのか、夕食の時に突然「コンドームは付けなさい」と注意される自分が。「まだパコってねえよ!」とも言い返せず、部屋にこもってeggアニマルトークを読む日々が。

そもそも、中2の時に「塾に行きたい」と親に頼んだのが間違いだった。周りの女の子たちと同じように、夜中にどっかの年上の男にナンパされ、雑木林初体験を済ませることを夢見ていた私は、夜遊びをするために塾に通うことを思いついたのだ。

それで私は、親に「高校に通いたいから塾に通わせてくれ」と懇願した。雑木林でパコりたい私の目論見を知ってか知らずか、親は「そうか、そうか!」と快諾し、私に2人の家庭教師を付けた。

高校に通いたいなんて嘘をつかずに、「雑木林でパコりたいから塾に行くフリをしたいんだ」と正直に言えばよかったバカからと2人も家庭教師を付けられ、週4日、16時から始まる授業に間に合うように、家に帰る生活を送ることになるとは。

からといって、親に反発することはなかった。「お金がない」と言いながら月謝を払う親を裏切ることはできなかったし、口火を切ったからにはやってやるというギャルの意地があったから。

そうして夜遊びと無縁な日々を送った私は、2人の優しい先生のおかげもあって、中3の夏頃に実施された定期テストで89点という高得点数学で叩き出した。

それ以外は50点前後というしょっぱい点数で、この奇跡の89点は功を奏さず、成績の5段階評価オール1からオール2に上がる程度だったが、私の中にはいしか高校に行きたい」という思いが芽生え始めていた。噓から出た実とはまさにこのことである

そうなると志望校を決めなければならない。しかし、私の学力でいける校則のゆるい高校を探すのは困難を極めた。いくらページをめくっても、「ゥチの高校鬼ギャルの格好ができるょ↑↑」とか、「ルーズは120センチまでォッケー⭐︎」と、eggのノリで高校を案内しない『首都圏高校受験案内』に何度失望したことか。

選べる身分ではないことに気付き始めた頃、私はインターネットの力に頼った。すると早速、OB受験生の質問に答えてくれるという優しい掲示板を探し当て、「ゥチの行ってた高校ギャルの格好ができるょ↑↑って人L lますヵゝ??」と書き込んでみた。

しばらく経って、スレッドが埋まりかけた頃、ようやく1件のレスがついた。「教えてあげるから、会わない?」という、見るからに怪しいレスだった。

その怪しさに、私は戸惑うよりも先に沸き立った。「この怪しいレスをつけた人に会えば、初体験を済ませられるかもしれないぞ」と。このバカは、いくら優秀な家庭教師でもなおせなかったのだ。

私はうぶなふりをして、20歳の男のメールアドレスを聞き出し、「静かなところで話したいから、ホテルで会わない?」という誘いに乗った。ああ、お父さんごめんなさいなんて、一瞬も考えなかった。

私にもついにこの時が来たかと思うと、感慨深いばかり。土曜の昼間のラブホテルだなんて、夜中の雑木林より立派じゃないか誕生日を間近に控えた14歳の冬にして、ようやく初体験を済ませることになったのだ。

いつもより濃い化粧と派手な服に身を包んだ私は、待ち合わせ場所の改札前で20歳の男を待っていた。あと10分もすれば、初体験相手が改札の向こうから現れる。

周りの女の子たちには、インターネット出会った男と昼間にパコったなんて恥ずかしくて言えないから、夜中にナンパしてきたギャル男とラブホでパコったと言おう。そういろいろと考えていると、後ろから「あの…」という細い声が聞こえた。

振り向くと、うつむいた男が立っている。私は、その男が何者かということより、「私より髪が長いなあ」というぼんやりとした感想を抱いて、返事もせずにその長髪を眺めていた。

すると男は「…行こうか」と言って歩き出した。私はようやく「この男が私の初体験の男なのだ」ということに気付き、何とも言えぬままなびく髪を追いかけた。

道すがら、男は何かを話しかけてくるのだが、喧騒に遮られて聞こえない。その何かが物騒なことだったらどうしようと、この期に及んで恐怖を感じた。

それでも私は、時々見える男の表情が笑顔であることだけを頼りについて行く。男の声がはっきりと聞こえたのは、ラブホテルロビーに入ってからだった。

男は「どこでも良いよね」と言って光るボードボタンを押すと、小さなから鍵を受け取り、エレベーターボタンを押した。その一連の流れを見て、こう言っちゃなんだが、こんなもさい男でも慣れているんだなと変に安心した。

部屋に入り腰掛けた瞬間、私はどんな顔をしていればいいのかわからなくなって、一気に緊張した。もしかしたら本当に高校について教えてくれるだけかもしれないけれど、黙ってテレビを眺める男の様子からはその気配を感じられない。

男が突然、「俺、宮崎あおいが好きなんだよね」と呟いた。テレビを見ると、宮崎あおいが何かの新商品をとびっきりの笑顔宣伝している。そして、「シャワー浴びてくる」と言って風呂場へ消えていった。

その時、なぜかわからないけど落ち込んだ。この感情は、同級生男の子告白をした時、「今は勉強に集中したいから」と言ってフラれた悲しみに似ている。だけど、それとは全く違う。なぜかわからないけど、泣きそうになった。

タバコ匂いシャンプー香りが入り混じる部屋で、私はシャワーの音が止むのを待った。そして、揺れる長い髪と、かすめるラブホテル天井を、私はぼんやりと見つめていた。

別れ際、男の顔が聖徳太子に似ていることに気付いた。参考書でよく見た顔だからか、それとも肌を重ねた相手からか、この時になってようやく男に親近感が湧く。しかし男は名残惜しむことなく、私の「ありがとうございました」をかき消すように「じゃあ」と言って、改札を抜けていった。

私は、股が痛くて歩きづらいことや血は意外と出ないという、ありきたりな初体験の事後を実感したけれど、この心と体にしっくりくる初体験感想は見つからず、モヤモヤした。

それからしばらくして、いよいよ志望校が決まった頃、私はまだ何かに焦りながら音楽番組をよく観ていた。誰かの曲の歌詞や声、MV演出といった美しいものに、あれからずっと見つからなかった初体験感想を当てはめて、早く落ち着きたかったのかもしれない。

そして私は、「粉雪」を歌うレミオロメンボーカルを見て「聖徳太子に似ているな」という感想を抱いた時、ようやく落ち着いた。求めていた美しいものではない、その味気ない感想が、初体験感想としてしっくりくるものだったのだ。

揺れる長い髪やかすめた天井宮崎あおい最後になぜか聖徳太子に似ていることに気付いて沸いた親近感、「何がありがとうございますだったんだろう」と考えながら歩いた帰り道、全てが無色だったことに気付いたのだ。

聖徳太子に似ているような気がするレミオロメンボーカルが、私の初体験を彩る色はなかったことを知らせるように、心と体の深いところで鳴り響いただけなのだ

天井ぼんやりと見つめている間に、音楽番組10年代のヒットソングメドレーを流していた。初体験を白く染められたなら、この天井よりももっと高いところに返せるのになあ、などと考えている間に。

14歳初体験が無色だった話

このコロナ禍でテレビ局は収録を行えず、音楽番組歴代のヒットソングを流し続けている。

私はこの手の音楽番組は嫌いじゃない。小中学生時代うんざりするほど聴いた曲を「懐かしむ」という新鮮な感覚で聴けるようになった今は、テレビの中の歌手と大合唱するのが楽しくて、つい観てしまう。

この日もまた、その手の音楽番組で盛り上がっていた。学生時代、熱心に聴いていた00年代のヒットソングメドレーとなると、私は息つく暇もなく歌声を重ねる。

歌詞を見ずとも完璧に歌えるその数々に酔いしれ、天井を仰ぐご機嫌な私の歌声は、ある曲がかかった途端ピタリと止んだ。

2005年のヒットソングレミオロメンの「粉雪」。この曲は、当時14歳だった私の「初体験」を彩るテーマソングだ。仰いだ天井とそのイントロが、あの日ラブホテル天井だんだんと思い出させる。

中学校生活の終わりをもうすぐ迎える私は焦っていた。その焦りとは、受験や、進学で離れ離れになる友達との別れに対するものではない。「初体験」を済ませていない自分に対する、ハッキリとした焦りだった。

私の周りの女の子たちは皆早くて、それぞれどこかで仕入れた「年上の男」とさっさと初体験を済ませていた。

中には「2回目は公園でヤった」とか、「毎日学校トイレでパコってる」と語る者もいて、私は公園トイレに行く度に「ここでパコパコ…」と感心していた。

一方私は、友達の家でファミチキを食べて帰るだけの中学生。身なりはギャルで、毎日公園トイレでパコっていそうなのに、処女なのだ

私は心底情けなかった。親から毎日公園トイレでパコっていると思われているのか、夕食の時に突然「コンドームは付けなさい」と注意される自分が。「まだパコってねえよ!」とも言い返せず、部屋にこもってeggアニマルトークを読む日々が。

そもそも、中2の時に「塾に行きたい」と親に頼んだのが間違いだった。周りの女の子たちと同じように、夜中にどっかの年上の男にナンパされ、雑木林初体験を済ませることを夢見ていた私は、夜遊びをするために塾に通うことを思いついたのだ。

それで私は、親に「高校に通いたいから塾に通わせてくれ」と懇願した。雑木林でパコりたい私の目論見を知ってか知らずか、親は「そうか、そうか!」と快諾し、私に2人の家庭教師を付けた。

高校に通いたいなんて嘘をつかずに、「雑木林でパコりたいから塾に行くフリをしたいんだ」と正直に言えばよかったバカからと2人も家庭教師を付けられ、週4日、16時から始まる授業に間に合うように、家に帰る生活を送ることになるとは。

からといって、親に反発することはなかった。「お金がない」と言いながら月謝を払う親を裏切ることはできなかったし、口火を切ったからにはやってやるというギャルの意地があったから。

そうして夜遊びと無縁な日々を送った私は、2人の優しい先生のおかげもあって、中3の夏頃に実施された定期テストで89点という高得点数学で叩き出した。

それ以外は50点前後というしょっぱい点数で、この奇跡の89点は功を奏さず、成績の5段階評価オール1からオール2に上がる程度だったが、私の中にはいしか高校に行きたい」という思いが芽生え始めていた。噓から出た実とはまさにこのことである

そうなると志望校を決めなければならない。しかし、私の学力でいける校則のゆるい高校を探すのは困難を極めた。いくらページをめくっても、「ゥチの高校鬼ギャルの格好ができるょ↑↑」とか、「ルーズは120センチまでォッケー⭐︎」と、eggのノリで高校を案内しない『首都圏高校受験案内』に何度失望したことか。

選べる身分ではないことに気付き始めた頃、私はインターネットの力に頼った。すると早速、OB受験生の質問に答えてくれるという優しい掲示板を探し当て、「ゥチの行ってた高校ギャルの格好ができるょ↑↑って人L lますヵゝ??」と書き込んでみた。

しばらく経って、スレッドが埋まりかけた頃、ようやく1件のレスがついた。「教えてあげるから、会わない?」という、見るからに怪しいレスだった。

その怪しさに、私は戸惑うよりも先に沸き立った。「この怪しいレスをつけた人に会えば、初体験を済ませられるかもしれないぞ」と。このバカは、いくら優秀な家庭教師でもなおせなかったのだ。

私はうぶなふりをして、20歳の男のメールアドレスを聞き出し、「静かなところで話したいから、ホテルで会わない?」という誘いに乗った。ああ、お父さんごめんなさいなんて、一瞬も考えなかった。

私にもついにこの時が来たかと思うと、感慨深いばかり。土曜の昼間のラブホテルだなんて、夜中の雑木林より立派じゃないか誕生日を間近に控えた14歳の冬にして、ようやく初体験を済ませることになったのだ。

いつもより濃い化粧と派手な服に身を包んだ私は、待ち合わせ場所の改札前で20歳の男を待っていた。あと10分もすれば、初体験相手が改札の向こうから現れる。

周りの女の子たちには、インターネット出会った男と昼間にパコったなんて恥ずかしくて言えないから、夜中にナンパしてきたギャル男とラブホでパコったと言おう。そういろいろと考えていると、後ろから「あの…」という細い声が聞こえた。

振り向くと、うつむいた男が立っている。私は、その男が何者かということより、「私より髪が長いなあ」というぼんやりとした感想を抱いて、返事もせずにその長髪を眺めていた。

すると男は「…行こうか」と言って歩き出した。私はようやく「この男が私の初体験の男なのだ」ということに気付き、何とも言えぬままなびく髪を追いかけた。

道すがら、男は何かを話しかけてくるのだが、喧騒に遮られて聞こえない。その何かが物騒なことだったらどうしようと、この期に及んで恐怖を感じた。

それでも私は、時々見える男の表情が笑顔であることだけを頼りについて行く。男の声がはっきりと聞こえたのは、ラブホテルロビーに入ってからだった。

男は「どこでも良いよね」と言って光るボードボタンを押すと、小さなから鍵を受け取り、エレベーターボタンを押した。その一連の流れを見て、こう言っちゃなんだが、こんなもさい男でも慣れているんだなと変に安心した。

部屋に入り腰掛けた瞬間、私はどんな顔をしていればいいのかわからなくなって、一気に緊張した。もしかしたら本当に高校について教えてくれるだけかもしれないけれど、黙ってテレビを眺める男の様子からはその気配を感じられない。

男が突然、「俺、宮崎あおいが好きなんだよね」と呟いた。テレビを見ると、宮崎あおいが何かの新商品をとびっきりの笑顔宣伝している。そして、「シャワー浴びてくる」と言って風呂場へ消えていった。

その時、なぜかわからないけど落ち込んだ。この感情は、同級生男の子告白をした時、「今は勉強に集中したいから」と言ってフラれた悲しみに似ている。だけど、それとは全く違う。なぜかわからないけど、泣きそうになった。

タバコ匂いシャンプー香りが入り混じる部屋で、私はシャワーの音が止むのを待った。そして、揺れる長い髪と、かすめるラブホテル天井を、私はぼんやりと見つめていた。

別れ際、男の顔が聖徳太子に似ていることに気付いた。参考書でよく見た顔だからか、それとも肌を重ねた相手からか、この時になってようやく男に親近感が湧く。しかし男は名残惜しむことなく、私の「ありがとうございました」をかき消すように「じゃあ」と言って、改札を抜けていった。

私は、股が痛くて歩きづらいことや血は意外と出ないという、ありきたりな初体験の事後を実感したけれど、この心と体にしっくりくる初体験感想は見つからず、モヤモヤした。

それからしばらくして、いよいよ志望校が決まった頃、私はまだ何かに焦りながら音楽番組をよく観ていた。誰かの曲の歌詞や声、MV演出といった美しいものに、あれからずっと見つからなかった初体験感想を当てはめて、早く落ち着きたかったのかもしれない。

そして私は、「粉雪」を歌うレミオロメンボーカルを見て「聖徳太子に似ているな」という感想を抱いた時、ようやく落ち着いた。求めていた美しいものではない、その味気ない感想が、初体験感想としてしっくりくるものだったのだ。

揺れる長い髪やかすめた天井宮崎あおい最後になぜか聖徳太子に似ていることに気付いて沸いた親近感、「何がありがとうございますだったんだろう」と考えながら歩いた帰り道、全てが無色だったことに気付いたのだ。

聖徳太子に似ているような気がするレミオロメンボーカルが、私の初体験を彩る色はなかったことを知らせるように、心と体の深いところで鳴り響いただけなのだ

天井ぼんやりと見つめている間に、音楽番組10年代のヒットソングメドレーを流していた。初体験を白く染められたなら、この天井よりももっと高いところに返せるのになあ、などと考えている間に。

2020-04-25

ヒーローとは法律規則を破るものである

悪人暴力で退治する時点で法律無視からね。

学園のヒーローはくだらない校則を破るものだし。

それゆえヒーローになりたいものは、まず法律無視するところから始める。

政治家であっても。

2020-04-10

通勤してても、この春は確かに幸せ

二番煎じです。

「在宅勤務が始まり、いまが人生で1番幸せな春」

https://anond.hatelabo.jp/20200404142511

この話を読んで、筆を取りたくなりました。

とはいえ、私は前述の増田とは大違い。

共に過ごす家族などいないし、なにより職場への通勤は逃れられなかった人間

3月から時短営業はしているけれども、緊急事態宣言前後特に何かが変わることはなかった、そんな都内職場で働くテレオペです。

対面での接客の機会が失われた今、私たち仕事は大忙し。

ネットカフェのような仕切りだけがソーシャルディスタンスな、そんなオフィスに何十人も詰められて今日電話に出ています私たちクラスターとなる日は遠くない。たぶんきっと。

感染対策はしているものの、業務遂行されます自分社会歯車しかないのだと、改めて気付かされる日々。

お金を稼ぐため、生きるために、命を危険晒すという矛盾の中を泳ぐ春。

けれど、歯車にも心はあったのだと気付かされたのも事実

時短営業なので、早番だと夕方の日のあるうちには帰れます

7時に家を出て、15時には仕事が終わる、このサイクルに何か見覚えがあるなと思ったら、ああ、これ、10年前に体験した高校生時代と同じサイクルなんですね。

健やかに眠りにつき、体を養うことのできる日々。

日の出る前に家を出て、ビルの中で日が傾くのを見つめつつ、日が沈む頃に帰路に着く今までの生活が嘘のよう。

時短営業とは言いつつ、人が本来、1日に活動をする量というのは、この程度が適切なんじゃないかと思ってしまう。

忙しさに擦り切れていた去年までの春と違って、今年の春は、皮肉にも心に余裕があります。まだ日のある仕事からの帰り道に、ふと見上げると、いろんなことに気づくのです。

桜の花びらのその薄さ。

アブラナの花が放つ甘い香りの重み。

肌を撫でる風の暖かさ。

そして、柔らかく包み込むような春の夕方日差し


何年もオフィスの中から小さく見つめるだけだった春の風景たち。

その春の風景の中に、今年は私も紛れている。

ただそれだけで、どうしようもなく嬉しくて悲しくなるのです。

もう何年も忘れていたような感覚を、この時短生活の中で取り戻しています

学生時代最後に、私が失っていた、春を愛でる感受性

こういう感覚を、また取り戻せる日が来るとは思わなくて。

まだ私にも人の心が残っていたことを知って、なんだか訳もわからず涙が出てきてしまう。

校則を破ってブレザーの下にパーカーを着込んだかつての春の日を、ここ数日ずっと思い出しています




大きな危機がやってきているのだとはわかっているのだけれども、眼前に広がる春の日は嘘偽りなく麗らかで、こんな日がいつまでも続けばいいのにと思ってしまう。

この世界恐慌は早く鎮まってほしい。死者も苦しむ人もこれ以上は増えずにいてほしい。そんな気持ちはもちろん私の中にある。

けれども私個人というミクロ視点で今の生活を見つめると、人生で一番穏やかな日々を送れているのは今なのではないかと思う。



春の夕方日差しの中で、ふと、思ってしまったんです。

「ああ、ここで終わってしまってもいいな」と。

死が明確に、近くまで迫っているこのご時世に、そんなことを言うのは本当に不謹慎なのだけれども。

ただ、こんなに心穏やかな春を、もう人生では得ることができないのだ、という事実が頭をよぎるたび、どうしようもなく、本当にどうしようもなく、悲しくてたまらない。

こんなに春の日は美しくて、幸せに満ち溢れたような姿をしているのに。



毎日、混雑する東京電車に乗り込んでいます。もうもはや、生きるために乗るのか死ぬために乗るのかわからない。

明日私も感染者となるかもしれない。

しかすると、5月を迎えられずに亡くなる可能だってある、危うい日々が続きます

けれど私も、はっきりと思うんです。

この春がきっと、人生で一番幸せな春です。

2020-04-07

結婚前にどこまで相手秘密を打ち明けるべきなのか

とても長くなります

誰にも相談できないことなのでこちらで吐き出させていただきます

今度、婚約します。

私と彼は同い年(23)で付き合って2年記念日11月入籍を予定していて、多分2ヶ月後の誕生日プロポーズされるかな、

なんの問題もなく結婚の話が進んではいたが、本格的な実感が湧くにつれて彼には話していない私の家庭の問題を伝えるべきか悩んでいる。

まず私は幼少期から地方母子家庭で育ち一つ年上の姉がいる。その姉こそが彼に秘密にしている大問題

姉は子供の頃から勉強がとても苦手ではあったがコミュニケーション能力運動能力が抜群で自慢の姉だった。高校生になると非行校則違反で悪目立ちするようになり次第に苦手意識が強まった。母が忙しく私が寂しがっているときには、色々な場所に連れて行ってくれたりずっと遊んでくれて大好きな姉だった。

沸点が異常に低く怒ると手をつけられなくなるところ以外大好きだった。

姉は高校卒業と同時に寮付きの職を見つけ都内上京した。だがそこで同僚とトラブルを起こし3年で退社。頻繁に連絡をしていたため次の仕事が見つかるまで水商売でやりくりしていくと連絡を受ける。その後そこまでの心配はしておらずしばらく放置していたらホストに入れ込んで貯金全部なくなった。キャバクラ本業にする、ってことで私も母も大反対したものの言うこと聞かず…

またしばらくすると「絶対返すからお金を貸してほしい」とのこと。話を聞くとホストに入れ込み期限以内に入金しないとヤバいことになると言われ私も母も焦ってお金を貸してしまう。

(私30.母50)

そのようなことが頻繁に続きいよいよ姉がマズいと思い、私も仕事を辞め上京し姉と暮らし生活を正していこうとした。

実際姉と暮らし始めて楽しい事も多かった女友達みたいに夜通し恋話したり飲んだり遊んだり、けど知らないうちに姉の借金が増えてて生活正すどころか私まで水商売に入れられ、昼の仕事と掛け持ちしながら姉の借金返していった。

姉は気性が荒くて、謎ポイントでブチ切れて包丁持ち出したり暴力振るってくるからビクビクしながら生活してた。生活費催促すると暴力振るうから何も言えなくなった。姉は私に甘えすぎたせいで借金増えていつのまにか風俗嬢になった。

このままじゃ共倒れすると思ったし、私がいる事で負の方向に向かっているのがわかったから、姉が仕事行ってる間に荷物引き払って引っ越した。




話が無駄に長くなって申し訳ないがここから本題です。

・姉が風俗嬢でありホストに入れ込んでいる事

・私が姉のせいで水商売をしていた事

・姉の気性が荒くて暴力を受けていたこ

・姉にお金を貸したせいで十分な貯金がないこと


他にも到底人には言えないような姉の問題が多くあります。これらのことを婚約者に伝えた方が良いのではないかと思い始めてきました。

結婚式は挙げる予定だが姉は呼びたくない。

顔合わせや親戚付き合いにも参加させたくは無い。(驚くほど沸点が低いのでどこでブチ切れ出すかわからない)

やはり結婚をするとなると家族同士の付き合いとなり、お相手からすると姉を呼ばない不信感や疑惑を持たれてしまうと思います。そしていつかはバレてしまうのかと思います

全てを曝け出さないとは言えボカした伝えたりするべきなのでは無いかと、彼と一緒にいて心苦しくなります

幸せいっぱいな家庭で育った彼には衝撃を与えてしまい最悪、破談も仕方がないと受け入れる覚悟はしています

やろうと思えば姉のことを伝えず結婚することができると思いますが、誠実に向き合いお伝えしなければいけないのではないかと思い始めました。

また母も「申し訳ない、今回万が一破談になるようなことがあれば姉とは縁を切る」と言ってくれています

彼も素敵な人なので受け入れてくれるかとは思いますが、もしそうでなくても責めたりは決してできません。

私が逆の立場なら時間を貰って考えてしまうと思いますいくらでもクリーンで穏やかな家庭に越したことはないですからね。

姉は今この時もホストに貢いで借金は増え続けている事でしょう。その債務家族に来ることは無いと思いますがやはり心配です。

これ以上なにも手助けはしてやれませんが…

そして恐らく姉は精神障害学習障害があります。本人は開き直ってはいますが決して病院はいきません。(お願いすると殴られます

また本当に障害があったとしてそれにあぐらをかいしまうことが分かっています

私も母も諦めています

大きなトラブルを起こしたり、これ以上借金が増える前に死んでくれたら…とも思ってしまます

話しが二転三転してしま申し訳ありません。姉についてのことをプロポーズされる前に彼に伝えるにはどこまで言えば良いでしょうか。

もう自分で考えることに疲れてしまいました。

結婚前にどこまで相手秘密を打ち明けるべきなのか

とても長くなります

誰にも相談できないことなのでこちらで吐き出させていただきます

今度、婚約します。

私と彼は同い年(23)で付き合って2年記念日11月入籍を予定していて、多分2ヶ月後の誕生日プロポーズされるかな、

なんの問題もなく結婚の話が進んではいたが、本格的な実感が湧くにつれて彼には話していない私の家庭の問題を伝えるべきか悩んでいる。

まず私は幼少期から地方母子家庭で育ち一つ年上の姉がいる。その姉こそが彼に秘密にしている大問題

姉は子供の頃から勉強がとても苦手ではあったがコミュニケーション能力運動能力が抜群で自慢の姉だった。高校生になると非行校則違反で悪目立ちするようになり次第に苦手意識が強まった。母が忙しく私が寂しがっているときには、色々な場所に連れて行ってくれたりずっと遊んでくれて大好きな姉だった。

沸点が異常に低く怒ると手をつけられなくなるところ以外大好きだった。

姉は高校卒業と同時に寮付きの職を見つけ都内上京した。だがそこで同僚とトラブルを起こし3年で退社。頻繁に連絡をしていたため次の仕事が見つかるまで水商売でやりくりしていくと連絡を受ける。その後そこまでの心配はしておらずしばらく放置していたらホストに入れ込んで貯金全部なくなった。キャバクラ本業にする、ってことで私も母も大反対したものの言うこと聞かず…

またしばらくすると「絶対返すからお金を貸してほしい」とのこと。話を聞くとホストに入れ込み期限以内に入金しないとヤバいことになると言われ私も母も焦ってお金を貸してしまう。

(私30.母50)

そのようなことが頻繁に続きいよいよ姉がマズいと思い、私も仕事を辞め上京し姉と暮らし生活を正していこうとした。

実際姉と暮らし始めて楽しい事も多かった女友達みたいに夜通し恋話したり飲んだり遊んだり、けど知らないうちに姉の借金が増えてて生活正すどころか私まで水商売に入れられ、昼の仕事と掛け持ちしながら姉の借金返していった。

姉は気性が荒くて、謎ポイントでブチ切れて包丁持ち出したり暴力振るってくるからビクビクしながら生活してた。生活費催促すると暴力振るうから何も言えなくなった。姉は私に甘えすぎたせいで借金増えていつのまにか風俗嬢になった。

このままじゃ共倒れすると思ったし、私がいる事で負の方向に向かっているのがわかったから、姉が仕事行ってる間に荷物引き払って引っ越した。




話が無駄に長くなって申し訳ないがここから本題です。

・姉が風俗嬢でありホストに入れ込んでいる事

・私が姉のせいで水商売をしていた事

・姉の気性が荒くて暴力を受けていたこ

・姉にお金を貸したせいで十分な貯金がないこと


他にも到底人には言えないような姉の問題が多くあります。これらのことを婚約者に伝えた方が良いのではないかと思い始めてきました。

結婚式は挙げる予定だが姉は呼びたくない。

顔合わせや親戚付き合いにも参加させたくは無い。(驚くほど沸点が低いのでどこでブチ切れ出すかわからない)

やはり結婚をするとなると家族同士の付き合いとなり、お相手からすると姉を呼ばない不信感や疑惑を持たれてしまうと思います。そしていつかはバレてしまうのかと思います

全てを曝け出さないとは言えボカした伝えたりするべきなのでは無いかと、彼と一緒にいて心苦しくなります

幸せいっぱいな家庭で育った彼には衝撃を与えてしまい最悪、破談も仕方がないと受け入れる覚悟はしています

やろうと思えば姉のことを伝えず結婚することができると思いますが、誠実に向き合いお伝えしなければいけないのではないかと思い始めました。

また母も「申し訳ない、今回万が一破談になるようなことがあれば姉とは縁を切る」と言ってくれています

彼も素敵な人なので受け入れてくれるかとは思いますが、もしそうでなくても責めたりは決してできません。

私が逆の立場なら時間を貰って考えてしまうと思いますいくらでもクリーンで穏やかな家庭に越したことはないですからね。

姉は今この時もホストに貢いで借金は増え続けている事でしょう。その債務家族に来ることは無いと思いますがやはり心配です。

これ以上なにも手助けはしてやれませんが…

そして恐らく姉は精神障害学習障害があります。本人は開き直ってはいますが決して病院はいきません。(お願いすると殴られます

また本当に障害があったとしてそれにあぐらをかいしまうことが分かっています

私も母も諦めています

大きなトラブルを起こしたり、これ以上借金が増える前に死んでくれたら…とも思ってしまます

話しが二転三転してしま申し訳ありません。姉についてのことをプロポーズされる前に彼に伝えるにはどこまで言えば良いでしょうか。

もう自分で考えることに疲れてしまいました。

2020-03-25

黒いマスク嫌い

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200325-00010000-doshin-hok

今は着用はしょうがないと思うし、

これから校則とかで制限する必要もないとは思うし、

何つけようが個人自由ってのは前提として、

個人的に黒いマスク嫌いだし印象が悪い。

なんで黒いマスクつける人増えたんだろう?

ファッションなのかな?

ダサくて印象悪いのダブル受賞なんだけど。

2020-02-23

anond:20200222231430

学校内または校務活動において急の事情により人体の一部が欠損してしまった場合は、速やかに保健室に持ち込むよう校則対処できないものか。

ヤンキーの生徒同士の決闘で指が飛ぶことだってあるだろうし。

保健教諭でなくてもいいけど、的確な判断のもと氷水で冷やして速やかに病院に持っていきたい。

2020-02-22

anond:20200222011536

その専門家意見を輸入するほどならぜひ

https://twitter.com/sara_sheena/status/656096129285664768 このツイッターにある尻にスカート挟む校則のある学校についてもきいてきてくれよ

2020-02-20

anond:20200220080447

その出来ない理由技術的に不可能とかじゃなくて指揮系統だの現場の和だの言ってるからアホかって言われてるんだろう

学校のすぐ外に自販機があるのに「校則で買い食いは禁止から水を買って飲めないんです」って言ってるようなもん

2020-02-18

TPOTPO!ってスローガン風に叫ばれがちだけれども。

ジェンダー用語でもなく、都市公共に関するデザイン用語でもなく、ましてやコンプライアンス用語でもなく、

原義は単なるファッション用語だよね?(違ってたらごめんなさい)

まぁさ、言葉意味が移ろいやすいことを加味しても、へへぇ!ありがたき金科玉条!ってものではないでしょ、TPOって。

ブラック校則とか#KuTooも従来のそういう「かくあるべき」って慣例に異議を唱える流れで話題になったものでしょう?

から既存のものに異議をとなえるのは自由だし、私個人が納得いかない論理であっても「コレコレこういう理由で相応しくない」って発言する人たちを私は尊重する。

けれど「TPOをわきまえろって言われてるのも分からないの?」といった風のコメントを残すだけの風紀委員キドリには、

人を人とも思わないニュアンスを感じるからまり使いたくないけれど、それこそ「思考停止」でしょって言っておく。

まずはあなた脳内TPO論理開陳してください。

2020-02-17

今度はスカートの短さを問題視してるみたいだが

スカートの短さを云々するのって一昔前の生活指導みたいだな

世代が移り変わった事で短いスカートが「既存価値観への反発、抵抗」の象徴から、「既存価値観押し付け」の象徴として捉えられる様に変化したって面があるのかな

いや校則スカートの長さを決める(膝下○cmとか)のは今でも批判されそうだから、そういう訳でもないんだろうか

という事は女性自己決定権とかそういう方面の話として展開していくのかなぁ

2020-01-18

anond:20200118173313

いやみんな私の周囲はみんなドのつく真面目っこばっかりだったので

あ、でもいちばん仲良かった子は校則破ってパーマしてたなー。

私は校則違反したことないですね。リップキャンパスリップの無色だったし。

要領よくて綺麗にしてる子って進学や就職してもあんまり変わらないんですよね、印象が。

いかいかかなぁって。

私たちは、今の子たち羨ましいぶぶん大いにあるけど、過去よりいま、どうしたいかでやってくしかない。

今は今の子達のルールがあるし、そのなかで彼らが判断する事なんでしょう。

anond:20200118173313

ただ校則をすり抜ける程度の薄化粧じゃただ校則違反したブスになるだけでむしろ事態悪化しているのではなかろうか。素材の味を殺しながらすっぴんメイクなんてオラできねぇだよ…

anond:20200118172107

地域差でしょうか… 確かに偏差値の高い高校の方が校則が緩い傾向はありましたがよくて通学カバン自由程度でしたね…。

少なくともクラス(他のクラス隔離されていた)では可愛い子もすっぴんだったので多分放課後に塗ったか化粧が多数派校則が気にならなかったのか…

うまくやることができなかった自業自得な面があるとはいえそもそも校則がなければ無問題だったのに… かなしみ。

(校則違反してもブス。ってなんか似たような俳句あったようななかったようなってふと思った)

anond:20200118171133

地方ですよ💦

地元でも進学で有名な、某高校制服はあるけど、強制じゃなかった筈です。

当時、公立高校で1番2番のところは、式典だけは着なきゃだけど、普段フリー

もちろん、厳しくてもゆるくても、校則はありますし、化粧やら

髪を染めたりパーマもだめなのではないかなぁと思うけれど、

かなり年上の方が学生時代からアイプチしてたって仰ってたんで、おしゃれな人は

うまいことこっそりしてると思います

最近制服のままフードコートとかでメイクバッチリの子とか(美人)数人みかけたので

そう書いたけど、放課後メイクしているのかもしれません。校則違反かも。

サークルコンタクト学校にしていってもばれないなんてレビューみかけますね。

anond:20200118165950

都会の方ですかね?少なくとも私の地域ではごく一部の(主に半通信制)高校以外で私服可は聞いたことがないです…。(逆に小学校制服はある)

メイクも(今思えば校則違反すればできたような気もしますが)大学決まってからの楽しみという先入観というか固定観念を植え付けられてしまっていましたね… 残念すぎる。昔の私にせめてメイクだけでも教えてあげたい(切実)

2020-01-15

anond:20200115085127

お前が理念法って言ってるだけ。

法的根拠がなくても校則で生徒を拘束するのが学校なんだから法律なんかあったら大喜びだ。

2020-01-13

quick_pastさん「サヨが何でも規制したがるなんて妄言!あ、酒は別な」

条例素案にゲーム利用時間制限NHK 香川県ニュース

quick_past ブラック校則ブラック社会が育む ほらな。簡単にあれこれ規制したがるのはいつも保守のほう。https://is.gd/HCmvmM 「サヨがなんでも規制したがる」なんて妄言もいいところ

からアルコール禁止にすればいいこと尽くしだろ

quick_past とりあえずこれに反発する人たち、なんでそんなにランチキになりたいのか、一度自省したほうが良いと思う。なんで仮初のきもちよさに浸りたいの?なぜ必要なの?それは誰がそうさせてるの?


https://fut573.com/compare/?url1=https%3A%2F%2Fwww3.nhk.or.jp%2Flnews%2Ftakamatsu%2F20200109%2F8030005560.html&url2=https%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F20200112223618

あのさあ・・・

2020-01-12

国は子供思考停止させたいのか思考させたいのか、どっちなんだよ

センター試験である共通テストでは柔軟な思考力が問われるようだが、一方で意味のない校則放置して強制してるし、空気を読まない生徒は死ぬシステムママだし、一体どうしたいんだろう。

2020-01-07

anond:20200107124932

あなたがどう考えるかの問題であって実際の校則とは関係ない

あなた女性のみに化粧が強要される現状は気にくわないくせに女性染髪自由を認めるが男性染髪不適切と考えているという考え方が気にくわない

女性自由意志に基づく服飾を与えられるべきだと考えるなら男性にも等しく与えられるべきじゃないの?

「髪を染める自由も化粧をする自由も男にも女にも自由に等しく自分意思選択することができる」というのが正しい自由社会じゃないの?

2020-01-04

ブラック校則VS弁護士1990年前後の戦い

1.まえがき

ここ数年、ブラック校則話題になっているが毎日新聞の記事に『中学校でどのような校則があったか』の年代グラフがある。

こちらのグラフでは特に帰宅途中の買い食い』『スカートの長さ』などの校則について、今(正確には2018年)の20台~30台で一度は緩和されたことが見て取れる。

まり毎日新聞記事にあるような『昔より今が厳しく』という一直線の構図ではなく、昭和から平成へと移った1990年頃に“管理教育”への批判とそれに後押しされた校則を巡る人権救済案件裁判があり、

その影響で1990年代後半~2010年頃には校則の緩和が行われていて、その揺り戻しが最近になって再び出てきているというのが正しい実態なのではないか

そして、ちょうどその頃の『1990年ブラック校則』をめぐる案件に関わった話をたまたま本で読んだので書いてみよう。

ちなみにその本とは、伊藤芳朗(弁護士)著・『ボクが弁護士になった理由』という本だ。

2.S女子高校管理教育事件

著者は「この事件前後して綾瀬女子高生コンクリート詰め殺害事件があった」と書いているから時期はだいたい想像できる。内容については少し長くなるが以下に引用する。

この事件は、当時問題になっていた管理教育の最たるものでした。まず、登下校時には、100メートル置きに教師が立って服装髪型、歩き方などをチェックする。もちろん決められたルート以外の道を通るのは許されない。

山手線の駅に近いため、駅には教師変装してスパイ活動をしている。髪型は三種類に決められており、おかっぱ頭可、中くらいか、長いかだけ。中くらいの時は黒のゴムで2つに縛らなければならず、長い髪は三つ編みにしなければならない。

もちろんワンレンとかポニーテールは不可。パーマや毛染め、脱色はもってのほか(即退学)。しかも、三種類の髪型を変える時は教師許可必要

また、下着の色が決められていて、肌色か白でないとダメピンクは不可。そのため、全校一斉の抜き打ち検査が度々あり、全校生徒が体育館に集められ、男性教師が並ぶなか、一人ひとり服をめくられてチェックされる。

もし決まった色の下着を着ていなかったり、夏の暑い時にスリップを着用していなかったりすると、壇上に上げられて教師たちから「この子たちは娼婦です」と罵倒され、笑いものにされる。(中略)

体罰は横行し、女生徒も平気で教師から下腹を膝蹴りされる。顔を殴るのは当たり前。言葉による暴力も凄まじい。(上掲書。p.224-226)

平成の初めの時期ですらこのような管理教育があったという。このケースでは、中退した元生徒を申立人として弁護士会に人権救済を申し立て、最終的には校則制服の全面改訂で妥結したそうである

3.S高校パーマ自主退学強要事件バイク退学処分事件

前者のパーマ事件があり、報道されたことを受けて別の生徒が『自分もこのような理不尽な退学処分を受けた』と訴えてきたのが後者であり、著者が主に関わったのは後者であったらしい。

男子生徒はS高校在学中にバイクに興味を持ち、免許を取得してときどきバイクに乗っていました。その後、先輩が事故したこときっかけに男子生徒はバイクに乗るのを止め、自主的にバイク免許証を担任に預けていたのですが、元来メカいじりが好きな男子生徒は他人バイクの修理などを自宅で行っていました。そのような経緯から男子生徒は今でもバイクに乗っているのではないかという疑惑が持たれ、免許証を預けていたなどの態度も一切考慮されず、弁解をする機会も与えられないまま退学願いを出すよう強要され、これを断ると退学処分を行ってきたというものです。(上掲書。p.241-242)

最近は見直されつつあるというバイク関係、いわゆる「3ない運動」を厳しく実施することに関する事件だったのだろう。そして

最初学校側と復学交渉しましたが、あまり学校側の弁護士(元検察官)の態度が悪いので(元生徒)本人が怒りだし、ボクたちも頭に来たので、たぶん全国でも初めてだったと思いますが、裁判所に申し立てて、学校に残っていた職員会議録や元生徒の生徒指導要録を証拠保全裁判が始まる前に相手方が持っている重要証拠を押さえてしまうこと。医療過誤訴訟カルテの書き換えを防止するため行うことが多い)したのです。(中略)これも全国初だと思いますが、校則を正面から争った裁判で、生徒側が勝訴したのです。

という結果となった。

4.ボンタン事件

ボンタンというのは幅広ズボンのことだが、制服を改造したりするのが流行っていた時期だったのかその辺の影響はわからない。

とにもかくにも、男子生徒が校則違反ボンタンを履いて登校したところ学校からブロックアウトされ授業を受けられないという事例が埼玉県千葉県で同時期にあったという。

学校側の理屈は、「授業を受けさせないと言った覚えはない。校門のところで『履き替えてきなさい』と指導したら家に帰ってしまっただけだ」というもので、まったくお話になりませんでした。

しかも、論争していると、驚いたことに両校とも言うことは全く同じで、「それじゃあ弁護士さんたちは女生徒トップレスで登校してもよいと仰るんですか?」もうこれには言葉もありませんでした。ホントはこいつら女生徒トップレスが見たいんじゃないか、と思わせるほど同じ言い方だったのには呆れるばかりでした。(上掲書。p.244-246)



5.ところで

増田がこんなことを書いた理由は2つある。

1つは、『ブラック校則場合によっては弁護士会の介入や裁判を招く』ことを多くの人に伝えたいと考えたから。

もう1つは、これらの事件に関して同書に興味深い記述があるから。その興味深い記述とは以下のようなものだ。

(2の事件学校で)

ある体罰教師は言いました。「ボクも、本当にこんなに暴力を振るっててよいのかと自問したことは何度もあります。でも、周囲が同じようにやっていて、自分も今まで体罰を繰り返していたのに、急に体罰をやめると、自分としてもやるべきことをサボっているという錯覚に陥り、やめることができなかったのです」(中略)

さらに、校長先生お話もっとも印象的でした。「私は、実は何度も管理教育を見直そうと悩んだんです。でも、もしウチが突然管理教育を止めたら、生徒は一時的にも荒れるでしょう。そうすると必ず親の方から、『なぜもっと厳しく躾けてくれない』とか、『学校が甘いからウチの子がだらしなくなった』とか、必ず学校が責められるんです。でも、今回は弁護士会という外圧がかかった。だから、親からクレームがついても、『弁護士から圧力がかかったから、仕方がないか校則を緩めたんです。文句があるなら弁護士会に言ってくれ』って言えるでしょう。助かりました」

結局、管理教育をやる側の教師たちも、何も悩んでいない訳ではないのです。むしろ、内実を知らず、やみくもに厳しくすることだけを望む親との間で苦しんでいる姿がそこにはあるのです。

(4の事件学校で)

埼玉の方の学校は、帰りがけに教頭先生がポツリと、「実は私つい最近までアメリカ研究留学していましてね、本当はこんな服装のチェックばかりやらされて『アホらしい』と思っているんですよ」と仰るのです。

結局のところ、『無意味から止めろ』というのは簡単だ。だが、実際には『管理を強化』が必ずしも安全の向上には繋がっていないとしても、『安全のため』を錦の御旗にされるとなかなか反対できない。

あるいは本当に止めようとなると始めた人の責任問題になったり、互いの空気の読み合いになったりする。だからなかなか止められない。学校に限らず、企業役所非営利団体でもありがちな話だ。

そのような構造を見ると増田は別のことも思うのだ。

管理の強化は、結婚のようなものである。始めるのは簡単だが、終わらせようとすると苦労する』

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん