はてなキーワード: わずとは
テレビや新聞は当てにならなかったから、去年の2月からこれはと思う医療関係者のTwitterを何人か追って情報を得るようにしているけど、忙しすぎてツイートが減った関係者とは別に、ツイートは続いているけど、ここ数日で内容が過激になる人が増えてきた。観察した「過激になる理由」を自分なりにまとめる。
一番有名なのは「なんでもPCR」を主張していた医者。これが叩かれて引っ込むかと思いきや、PCR検査の限界(検査キットの精度、検査担当者の技術、偽陽性偽陰性、検査の瞬間に陰性でも次の瞬間に感染する可能性)を無視した主張は内容の正確さを問わなければわかりやすく、マスコミが継続的に取りあげて今でも根強い一派になった。
結果、安価なPCR検査が広まったけど、これら安価なPCR検査は陽性になった後の一番面倒を部分を見ないで正式な医療機関に押しつける形になる。場合によっては押しつけることすらせずに患者を放置する。この手の行為が真剣な医療関係者には無責任に思えて腹が立ち、非難するリツイートが増える。
この腹立ちが長期間続くことで、非難の言葉がだんだん荒んでくる。
いくつかあるけど「手洗いうがいばっかり言って科学的な対策が出てこない」「会食がダメなら宅飲みパーティー」「新型コロナはただの風邪」あたり。
手洗いうがいは、そもそも「手洗いが大事」なことを医者が最初に見つけたのが1847年でまだ新しく、しかも当時の同業者に否定されて見つけた医者は失意のうちに亡くなったという逸話になってしまうほど科学的なこと。だけど現代の日本人には手洗いうがいは一般的過ぎて科学的に思えない人が多くて、こういう非難になる。そこは医療関係者は粘り強く対応していると思う。
https://www.bdj.co.jp/safety/articles/ignazzo/1f3pro00000sihs4.html
会食は、本当は飛沫感染を防ぎたいから場面を問わず「声を出すならマスクしろ、マスクを外したら声を出すな」が正しい指示なのだけど、その中の一場面である会食だけがクローズアップされて、正しい内容が伝わらない。何なら無視して店で飲んで大声で話し続ける。しかも店を応援しているつもりでいる。感染が広まったら店を閉める対策を取らざるを得ないので、ひいきの引き倒しなんだけど、そこがわかっていない。こういう人たちほど積極的にGoToキャンペーンを活用して、結果、感染を広めている。医療関係者は失望していて、本人が失望するのもつらいけど、家族から旅行に行かないことを責められたとかツイートしているのを読むとこちらもつらい。
新型コロナはただの風邪、だけはちょっと注意が必要。「若者は無症状だから平気」という誤解には無症状でも感染したら家族や友人に再感染すると言えるし、「インフルのほうが狂暴」という人には今の対策で今年のインフルエンザ率が例年に比べてほぼゼロなのにコロナは広がっていると言える。ただ一部の人たちはいろいろ調べて「手洗いうがいしてマスク着用と換気を徹底すれば問題ないのに医療関係者が不安を広めている」と考えている。これは対策はその通りだけど、書いた通り、手洗いうがいマスク着用は、一定数の人間には理解されないか、無視されて、徹底は無理。なまじ対策については正しいだけに、その手の人たちが医療関係者を責めて、それに同調する人たちが出てきて、医療関係者は消耗する。
医療関係者はワクチンについては話題が出るたびにチェックしていて、もちろん海外の英語の一次情報まで調べている。有効なワクチンができて接種が行きわたるのがゴール、それまでいかに被害を最小に抑えるかだと考えている。医療関係者は海外で出回り始めたワクチンの有効性は認めている。だけど日本のマスコミが、数少ない副作用をことさらに騒ぎたててワクチン接種に否定的な人たちが増えている。コロナで重症になったり亡くなったりするのと比べたらはるかに少ない割合で、ワクチン接種が広まらなかったらどうにもならないのに、と。
医療崩壊は、もともと医療関係者の間ではコロナの前から日本は医療崩壊しているとネタになるほど人員が足りていない。ECMOみたいな専門的な機械を使いこなすのには訓練が必要だし、感染症対策でガウンやマスクの着用着脱すら手順が決まっている。コロナの患者には一般の患者のざっと10倍の人手が必要になる。専門的な人員はそんなに簡単に増やせるものではない。だけどマスコミはベッドの数があれば入院できるといい、そういう主張を積極的に取りあげる。
この2つに限らず、コロナが騒ぎになってから、追っかけている医療関係者がマスコミ、特にテレビと新聞を、ほめたのを見たことがない。ほめるのは一部の専門家が出演した時だけで、その専門家個人を支持している場合に限られる。そのマスコミ憎さがとげのあるツイートになる。
とどめを刺したのがこれ。医療費抑制のため、ここ10年くらいか、病院の経営が厳しくなる方向に医療政策を振っていたので、病院や医者の数が減っていた。潰れないまでも、利益が減って、そのしわ寄せが医療関係者の給料減や勤務時間増に来ていた。さっき書いた「コロナの前から日本は医療崩壊している」のネタはこれが理由で、もともと政治や行政に対する不信不満は医療関係者にはあった。
コロナで不信が上積みされるのは去年から始まっていて「第一波を抑えたのに次に備えた環境整備やルール作りを放置」「拙速なGoToキャンペーンで感染拡大(個人的にはこれに限っては観光飲食業のためにはある程度はやむを得なかったと思う)」「経済優先で専門家の意見を無視するのに尾身先生を表に出して盾にする」「年末年始の人員往来増加の無視」「会食禁止を国民に訴えながら自分たちは会食を継続」「国会議員まで亡くなったのに責任回避と手柄争いを優先」「緊急事態宣言を出した後から場当たり的に対策を追加する戦力の逐次投入」「医療関係者が足りていない事実を無視した罰則ベースの対応強制」など。目の前の患者がどんどん増えて、減りそうな要素がひとつもない中でこういう対応を目にして、特に緊急事態宣言以降から非難に混じって捨て鉢なツイートも散見するようになった。
今この瞬間もコロナ対応の診断に、治療に、搬送に、受入に、集計に、運営に、対策に、事務に、研究に、駆け回っている医療関係者のみなさまへ。
忙しさと、世間からの非難と、感染への恐れとで、仕事への疑問と不安を抱えながらも医療を続けている医療関係者のみなさまへ。
コロナに感染したにもかかわらず、復帰して医療に携わり続けている医療関係者のみなさまへ。
みなさまのおかげで私たちはコロナに向き合う手段を維持できています。
みなさまの努力がどうか一人でも多くの患者を救うことにつながりますように。
一個人として対策できることは少ないですが、不要不急の外出を控えます。
手洗いうがいを忘れず、換気に気を付け、他人と接する機会には必ずマスクを着けます。
小さな声はマスクでさらに小さくなって、日本の隅のそのまた隅から届けることは難しいですが、それでも医療関係者のみなさまへ感謝をつぶやきます。
つまりもともと檀家ってのは仏教教団にとってのパトロン世帯、悪く言えば金づるでしかない。
本来仏教の出家は原則的に生産活動に従事してはならんことになっているので、生きるには在家信者の布施に頼るしかない。
なので仏教では布施、喜捨は釈迦の時代から徳の高い行いとして称揚されているわけだ。
つらい思いしてる人には悪いけど潔癖陰キャコミュ障の俺にとってはコロナ福だよホント
人との接触を最低限にする、という普段なら社会不適合者の行動が全世界的に推奨されている
そこらじゅうに消毒用アルコールが設置されている
そして飲み会行かなくてもいい
サイコーーーーー!
家にいる時間と幸福度が正比例するタイプの人間だから外出自粛は頼まれなくてもしたいくらいなのに、国から十万円のお小遣いまで貰えた
悪いけど俺は「職場の飲み会行かなくてもいいが、世界中に感染したら1〜2%の確率で死ぬウイルスが蔓延するボタン」があったら迷わず押す人間だ
(しかも実際には30代で基礎疾患がない俺が重症化したり死んだりする可能性はコンマ数%以下だ)
医療崩壊?構わんよ?
仮に俺が瀕死の重症を負って、コロナのせいで病院に受け入れてもらえず死ぬリスクが上がる代わりに飲み会サボれるならそのほうがありがたいし
(ちなみに職場の飲み会が嫌いなだけで酒は嫌いじゃない。むしろかなり好きな方。飲み会サボって家で飲む酒は宇宙一美味い)
なので、コロナのリスクを把握したうえで、それ以上に恩恵がデカいと思ってるわけ
ワクチンの普及し始めは
「いやー、副作用が怖くて」
とか言ってればいいけれど、コロナがインフルエンザ並みの扱いになったらどうしよう
自分に置き換えて、これがもし男女の合法的な混浴だったら誰彼構わず堂々と視姦だ!!グヘヘ!て思ってるわけだろ?
でも実際は別に堂々と覗きだ!!なんてことを思ってないんだよゲイは。だって風呂入るの普通だから。それを自分に置き換えて、手当たり次第に視姦しないわけがない!視姦するのが当然だ!ていう加害性を前提にしてるから怖くて不快なんだと思う。
まじでそんなことあるのかって思ったので書く。
結婚がなんとなくしたくてマッチングアプリやらお見合いサービスなど使って婚活しているんだけど、
アメリカに住んでた時代の親友から急に「俺、日本人と結婚することになったわ」と連絡が来た。
話を聞いてみると、出会いはオンラインサイトで一度も直接会ったことはないと言う。
コロナの最中、なかなか食事にも行けずに苦戦している身としては、寝耳に水だった。
いや、怖くね? 一度もあったことないんだよね。もし、直接会ったときにイメージと違かったらどうすんの?
いくらビデオチャットしてるからって、やっぱ直接会わないとわからないことあるよね。
ってか、子持ちかよ。しかも3人。
なんでも、初めて会うのが市役所に婚姻届を出しに行く日だそうだ。
コロナ過なので、日本に入国出来ない状況の中、何か方法はないかと聞かれ、色々と手伝ってたんだけど、本人の意思は硬かった。
結局、先に婚姻を済ませないと日本に入国することは出来ないことが判明したので、婚姻届も市役所と交渉して、先に出してもらった。
嘘だろ。まじかよ。こんなことあるのか。自由恋愛だろ。今でも信じられないわ。
本当に恋愛の奥深さを知った。この人と生きていければそれで良いとか、ドラマとかアニメとか小説とかでよく聞くけどさ、リアルであるんだよな。
まあ、今の自分には打算的にしか恋愛は出来ないと思う。だけど、そんなことぶっ飛ばす人はいるのかもね。
当の本人はすごく幸せそうだ。子供も持ったことないのに急に出来た息子ともうまくやっているみたい。
インスタで投稿しまくっている画像や動画にも幸せが溢れている。
本当に人生には色々な形があるんだなと感じたわ。
いやー、まじでか。とにかくおめでとう。
ここにいる人たちって世間に比べてすべきことしている人たちだと思ってる。
本当に必要なこと以外で外出てないと思うし、そもそも外出なくても比較的平気だろうし人と会わなくても平気だろうし、仕事とかで外出なきゃいけなくても夜はもちろんお昼も一人で食べてるだろうし、日々最新の東京都や政府の情報を取得してるだろうし、海外の状況も見ているだろうし、自分や若者は感染しても大したことないと知っていてもすべきことをしているだろうし、それが当然だと思ってるよね。
出来るだけバイアスに囚われず、客観的科学的俯瞰的に物事を捉えようとするよね。
もちろん自分もそのようにしてるんだけど、情報を得れば得るほどそうでない人たちの存在に気づけなかったり知らない、どんどん理解できない存在になっていくことに恐怖というかどうしようもなさを感じる。
例えば、一昨年菅田将暉の3年A組でも表現されたし去年は本当酷かったけど、明確に、大人でも他人からのネガティブな言葉で自殺する人がいるとわかった。
今でも過労死レベルで働いている保健所の方や医療従事者の存在を考えると、自分さえ良ければなんてとても思えないと思っていたけど、自分は関係ない、そんなこと知らなかった、感染予防対策そろそろ面倒くさいと思っている人が意外と自分の身の回りにもいることをふとしたことで知ってかなり衝撃を受けたりする。
コロナなんてただの風邪だとか科学的に大したことないっていうのが仮に正しかったとしても、今日々の忙しさや心労に困窮している方がその瞬間から楽になるわけではないし、苦しんで亡くなる方は確実にいる。
津波で家と家族を失った人に向かってあの地震は人工地震だ、そんなところに住んでいたから悪いんだ、なんて言えない。言ったところで悲しみはどうにもならないから、そんなことより寄り添って助け合っていくしかない。
特に自分は弱っている人、辛い人に強く共感とか感情を揺さぶられるHSP傾向なので、そういう人を想像してしまったり、去年の夏から秋にかけてのタレントの訃報の報道とかこの前の医療現場の増田は本当に辛かった。一歩手前だった。
そういう情報を目にしてもなんとも思わない人がいるのは知っている、でも全く理解も共感もできない。
自分は一歩も外出なくても、知り合いに半年以上会わなくてもなんとも思わないけど、人に会わないと逆に不安定になる人がいるのも知っている。
職場の人にお昼みんなで行くのをやめていただけたらありがたいです、と言ったらちょっと不機嫌というか反論みたいのされて少し話したら上記全般のような認識で、どっと疲れたりする。
彼らは彼らですべきことをしていると思ってる可能性もあるんだけど、食事はマスク外さないと食べられないよね、と2Fさんのようなことを返されて。
もう多様性の時代なんだから攻撃し合わずに互いに優しさを持って生きていけたらなぁと、自戒も含めて思う。
直接相手に言わなくて表現しただけで誰かにとっては攻撃になってしまいかねないから出来るだけ気をつけて書いたけど、どうだったろうか。
学歴、プログラミング、英語は、「将来のために大事」と言われる三種の神器ではなかろうか。
それらを反映し乱立する、学習塾、プログラミングスクール、英会話教室。
これらの広告を見ない日は無いといっても過言ではないだろう。
そして比例し増え続ける、カルトじみた集団や過度な誇大広告――そしてあふれ返る失敗談。
――曰く、プログラミングスクールに莫大なお金を投資するも、就職先は薄給
――曰く、英会話教室に通い続けるも、生かせる機会は皆無
東大を出れば、プログラミングができれば、英語ができれば年収1000万円とは何だったのだろうか?
あまりに暗い話が多く目につくので、事実に基づく私の成功体験を記したい。
しかし、やりたいと感じたことに対し、しっかりと投資をしてきた。
まずは学歴。
高校時代、正直言って成績も授業態度もあまり良いほうではなかった。
大学受験の勉強を本格的に始めたのも、高校三年生の春過ぎであり、比較的遅いと言えよう。
受験勉強を始めたきっかけは、何のことはない、友人たちの熱に当てられたのだ。
高校三年生ともなると、受験戦争が完全に本格化し、話題の中心は自然と大学受験となる。
そして、はたと気づく。これは、ヤバいと――。
気づいてからの行動は早かった。
流石に東大や京大は無理であったが、スタートの遅さを考えると十分な成果だろう。
当初は妄言としか思えなかったであろう子供の言葉を信じて、お金を出してくれた両親には感謝しかない。
大学生活はあっという間に過ぎ去り、就職活動の時期がやってきた。
そしてプログラミング。
コンピューターが好きという安易な理由で、大学ではコンピューターサイエンスを専攻した。
だからこそ大手IT企業を選んだ。大手ではプログラミングをしないと聞いていたのだ。
新入社員は現場を知るためにまずはプログラミングをやらされる。
これが無性に楽しい。語彙力のなさに呆れかえるが、そう、とにかく楽しいのだ。
プログラミングの勉強を始めることにした。とりあえず本をたくさん買った。
プログラミングをするならMacと言われたのでMacBookを買ってみた。少ないボーナスが消えた。
そして気づく――プログラミングをしないキャリアパスに乗っていることに。
当然だ。プログラミングをしないで済むが、専門を生かせるという理由で大手IT企業を選んだのだから。
最初に述べたように、私は大きな情熱を注ぎ続けるタイプではない。
何かを作るには大きな情熱が必要だ。私にそのようなものはなかった。
ただ、プログラミングや技術そのものを楽しく感じてただけだったのだから。
転職した。
でもどうしても、プログラミングスキルを伸ばすために、作るべきもの、作るべき機会が欲しかった。
情熱のない自分には、それらを得るには仕事にするしかなかった。
プログラミングに投資し始めた結果、大企業を捨てることになった。
なんとも面白い展開だ。勢いだけで生きているのがありありと伝わってくる。
転職先では晴れてプログラミングの日々が待っていた。まさに望んだ日々だ。
来る日も来る日もわからない用語が飛び交い、心が折れそうになる。
だが、新しいことを学んでいくのは楽しかった。それも自分が好きになったプログラミングに関することならなおのことだ。
ある日、尊敬する先輩プログラマーたちは、英語が堪能であることに気づいた。
もしかすると、自分の英語力が壊滅していることに気づいただけかもしれない。
これも当然だ。大学受験で効率を優先し、英語の勉強をしなかったのだから。
プログラミング言語のベースは英語だ。そしてITの中心はアメリカだ。英語の国だ。
優秀なプログラマーはプログラミング言語だけじゃなく英語も華麗に操るのだ。簡単な話だ。
英語の参考書を大量に買った。自分に合わず捨てた本もたくさんある。
英会話も始めた。TOEICも受け始めた。最初は400点台だった。酷すぎる。
もちろん、無成長を突き付けられて心が折れそうにもなるときもある。
転換点が訪れた――TOEICで900点を取った。
でも、とてもうれしかった。伸び悩みを超えてからの900点だ。
結果、燃え尽きた。
正確には、道しるべを失った。先が見えなくなった。
900点という転換点が訪れたことで、TOEICを受ける気力が失われてしまった。
一つ確かなことは、自分の英語力がTOEICの点数ほど優れてないという実感だけ――。
転職した。
プログラミングの時と同じだ。仕事で本格的に使うようにしてしまえば良い。
プログラミングスキルとTOEIC900点引っ提げて外資系に転職した。
なんてことはない、単にそれはプログラミングと英語で悪戦苦闘する日々だ。
投資を続けていたプログラミングスキルは既にある程度、花開いていた。
英語はつたなくとも、仕事は、そう、プログラミングはできる――そうして数年が経過した。
30歳になった。
年収は1000万円になっていた。
さほどきつい仕事もやっておらず、R&Dがメインなので技術調査してレポート書いて、社内で発生した技術的問題にたまに口を挟んでご飯食べてます。
正直、めちゃくちゃ良い仕事です。良い仕事なんですけど、仕事が楽とかそんなの関係なしに「帰りたい日」ってあるじゃないですか。
前職でも今でも、仕事の多少は関係なしに「うっわ、帰りてぇ」みたいなのがやっぱりあるんですよ。
この前まさにそんな日があって、思わず「帰りてぇ」とつぶやいたところで、在宅勤務なのを思い出したんですよ。
「いや、家じゃん」と。俺はどこに帰りたいんだろうか。
自分も一緒で仕方ないから職場のトイレで抜くこともあるんだけど
抜いて戻ってきたとき上司(30代女性独身)に「増田君なんかすっきりしたみたいね 昼寝でもしてきたの?」って声かけられて思わず固まってしまったことがあるわ
義両親は空気を読むのがうまく、子どものプレゼントにお金をくれる。モノを送ってこない気遣い、ほんと助かる
一方、私の実母がときどき子どもの服を送ってくるのを勘弁してほしい。そんなことするくらいなら、お金を送ってほしい
子どもの服は私のこだわりが強くて、母親である私の好きな服しか買ってない。一歳の子どもだから自分から服を買ってほしいとか言ってこないので、私の趣味が100%反映される。
なのに、私の実母は私に子どものサイズを確認することもなく、急に服を送ると言い出した。
ありがとう。今後はもう子どもの服を送ってくるのをやめてほしい。とやんわり伝えた。
実母は毒親で娘である私とコミュニケーションがまともにとれなくて、お互いに日本語で話しているはずなのに認知が歪んでて、私の言うことをすぐに忘れるからまた送ってくるかもしれない。
「もう二度と送ってくんな!!迷惑!!」と伝えたいところだが、毒親とはいえ、好意で子供に服を送ってくると言っている人間を怒鳴れるほどの強い気持ちをこちらは持っておらず……
去年の夏も実母は勝手に子どもの服を送ってきて、トップスをワンピースと勘違いしたのか「送った服を早く着せろ」と催促してきて、「いや、あんたの送ってきた服ぜーんぶトップスだし、しかも、一部サイズあってないし、ボトムス買わないとあんたが送ってきた服を着せられないし…そして、子どもが着る服は全部わたしのほうで決めたいのに…」という言葉を飲み込んで、「わかったわかった」と言って、ボトムスを買ってきて服を着た子どもの画像を実母に送った
実母は自分が選んだ服を孫に着せて楽しみたいのかな??
コロナ禍で、自宅と距離がある私の実家に帰れないのである意味嬉しい
小さい子どもに服を送るのはあるあるなのはわかるけど、「親の趣味やこだわりがあるから服を送るのはためらう」ということを世の中の定番にしてくれないか!?
子どもが産まれた直後も服を友達からもらったけど、正直服はやめてほしかったわ。よだれ掛けくらいならまぁいいかと思えるんだけど服は困るんだよな。まぁ、世の中の親は私みたいにこだわりが強い親ばかりじゃないから、服をプレゼントされてありがとう!って感謝する素直な親はたくさんいるけどね。
補足やコメントを見ていて、本質からずれているような気がしたので書いてみます。
元増田は問題解決を得意とされる論理的思考回路の男性なのかな、と文章から感じました。
自分と似てるので親近感。問題解決に躍起になって奥さんとのコミュニケーションに失敗している様子に自分と思わず重ねてしまいました、、、
合理的な問題解決に捉われて、お互いの気持ちについての視点が抜けているのがコミュニケーションの失敗の決定的な原因ではないですか?
【抜けてそうな視点】
・増田は家事の分担の不公平さについてどういう気持ちですか?イライラしている?悲しい?
・奥さんは家事の分担の不公平さについてどういう気持ちですか?頑張ってるつもりだけどできなくいから辛い?それとも気にしてない?
・奥さんは増田の反応についてどういう気持ち?仕事関係みたいに提案されて悲しい?ムッとしてる?
、、、みたいなことをお互いが話し合って理解し合うのがコミュニケーションだと思います。問題解決よりも夫婦関係の根幹になる要素じゃないですか?
妾って書くといかにも金持ちの一握り世界の話だが、もっと露骨に「本妻ではない女」はいっぱいいる。そもそも人間以外は本妻なんて立場はないようなものだしな。本命じゃないなんて可哀想!それなら独り身の方がいいじゃない!という誇り高い意見はともかく、彼女らは少なくとも『自分の子(しかもおおむね好きな相手の子)』というかけがえのないものは手に入れてるわけだ。育児という行為を負担とみなすか宝物とみなすかの価値観はそれぞれだが、人間も動物であるので我が子を得たいという人は割と多数派である。人間以外なら生きるすべてといっても過言ではない。そういう意味ではガチの「ゼロ」にはならない。勿論種だけつけて逃げた男よりは損しているといえるが、子孫を残せない男に比べれば選択肢があるだけいい。短期的に見ても、なりふり構わずいけば一晩の遊び相手位は好きな相手と寝れる女と、近づくだけで嫌がられる男じゃ差がありすぎる。弱い男はマジモンのゼロを味わう。一方で弱い女は上述の通りゼロということはないのだが、強い女はいくらちやほやされても子供ほしけりゃ出産の負担からは逃れられないから強い男と比べたら完全に得とはいえない。男のみがゼロサムゲームで生きており、女は完全な得もない代わり完全な損もない。
妾って書くといかにも金持ちの一握り世界の話だが、もっと露骨に「本妻ではない女」はいっぱいいる。そもそも人間以外は本妻なんて立場はないようなものだしな。本命じゃないなんて可哀想!それなら独り身の方がいいじゃない!という誇り高い意見はともかく、彼女らは少なくとも『自分の子(しかもおおむね好きな相手の子)』というかけがえのないものは手に入れてるわけだ。育児という行為を負担とみなすか宝物とみなすかの価値観はそれぞれだが、人間も動物であるので我が子を得たいという人は割と多数派である。人間以外なら生きるすべてといっても過言ではない。そういう意味ではガチの「ゼロ」にはならない。勿論種だけつけて逃げた男よりは損しているといえるが、子孫を残せない男に比べれば選択肢があるだけいい。短期的に見ても、なりふり構わずいけば一晩の遊び相手位は好きな相手と寝れる女と、近づくだけで嫌がられる男じゃ差がありすぎる。弱い男はマジモンのゼロを味わう。一方で弱い女は上述の通りゼロということはないのだが、強い女はいくらちやほやされても子供ほしけりゃ出産の負担からは逃れられないから強い男と比べたら完全に得とはいえない。男のみがゼロサムゲームで生きており、女は完全な得もない代わり完全な損もない。
妾って書くといかにも金持ちの一握り世界の話だが、もっと露骨に「本妻ではない女」はいっぱいいる。そもそも人間以外は本妻なんて立場はないようなものだしな。本命じゃないなんて可哀想!それなら独り身の方がいいじゃない!という誇り高い意見はともかく、彼女らは少なくとも『自分の子(しかもおおむね好きな相手の子)』というかけがえのないものは手に入れてるわけだ。育児という行為を負担とみなすか宝物とみなすかの価値観はそれぞれだが、人間も動物であるので我が子を得たいという人は割と多数派である。人間以外なら生きるすべてといっても過言ではない。そういう意味ではガチの「ゼロ」にはならない。勿論種だけつけて逃げた男よりは損しているといえるが、子孫を残せない男に比べれば選択肢があるだけいい。短期的に見ても、なりふり構わずいけば一晩の遊び相手位は好きな相手と寝れる女と、近づくだけで嫌がられる男じゃ差がありすぎる。弱い男はマジモンのゼロを味わう。一方で弱い女は上述の通りゼロということはないのだが、強い女はいくらちやほやされても子供ほしけりゃ出産の負担からは逃れられないから強い男と比べたら完全に得とはいえない。男のみがゼロサムゲームで生きており、女は完全な得もない代わり完全な損もない。
増田とはリスクの考え方が違うから、利益の考え方も違うんだな。自分にとっての利益は増田にとっては利益じゃない、それだけだ。
前提として、交通事故が怖いから車に乗らないとは自分も思わない。だが、交通事故に例えるなら、生きて生活することはすでに車に乗っている状態だと思う。交通事故のリスクを下げるために安全運転するのが、コロナのリスクを下げるために自粛するのに相当する。
まず、
若い人はかかりにくく症状が出にくいと言うが、何%かはかかるし何%かは症状が出たり、重症化したり後遺症が残る。自分が当たらない保障なんかない。かかった若い人だって「まさか自分が」と思っただろう。宝くじで5万円当たった事があるので、コロナだって当たるかもしれない。0.02%のガチャが出るまで引き続けて当てた事もある。感染者が増えればガチャ試行回数が増えるのと同じで、コロナに当たる事もあるかもしれない。
また、
自分が自粛することで、感染拡大がわずかに抑制され、自分が感染するリスクもわずかに下がるはずだ。
第1波と第2波が収まったのは、非常事態宣言での行動制限と、お盆休みで会社は休みだが帰省した人は少なかったからだと思っている。増田は違う意見かもしれないが。
大勢が同じ行動をすると大きな効果が出る。今のところ、それなりに大勢が自粛すると、それなりに効果が出ているのだと思う(それでも酷い状況だが)。大勢の人と書いたが、個々人がやっているのは1人が自粛する事だけだ。
だが上記2点はただ、「自分はそう感じる」というだけだ。増田はただ、「そう感じない」というだけなんだろう。
自分が上記のように感じるのは、自粛が苦ではないせいもあるだろうと思う。自粛にデメリットがなくメリットがある。苦だったらまた別の感性で別の理屈をひねり出していたかもしれない。
増田を「自粛してる人にフリーライド」と批判する人もいるかもしれないが、自粛しない人(自粛のメリットよりデメリットが大きい人)はある程度必ず社会に含まれる「織り込み済み」の要素なので、気にしなくていいと思う。
ただ、自粛する側としては、
「フリーライダー含めた社会全体の、感染拡大阻止してんだぜ!老人や病人や、自粛できないエッセンシャルワーカーも、自粛しない選択した人もみんなまとめて俺が守ってるんだ!俺SUGEEEE!」
とドヤ顔を心の中でするくらいはいいんじゃないの、と思っている。
(トラバはしない)
会社の同期の、コロナ軽視発言を毎日聞かされている。あまりに多くてしんどい。
コロナ陽性者最多数更新のニュースのたび、「ただ検査数が増えてるだけ」「一日に1000人がかかったとして全都民がかかるのは何年後なんだよ笑」と言った、全く理解してないとしか思えない発言が出てくる。
病院に対する敵視もひどく、「普段税金から補助もらってるのに国民に対して文句ばっかり言ってる」「ネットで色々調べてみたら、この医療の団体は実はこんなんで…(細かくは覚えてない)、医療崩壊を訴えるのはおかしい」とか、酷い発言が多い。
会社の忘年会がなくなったから、同期での忘年会を開催してた(俺は行かなかった)。
一時期はマスクさえしていなかった。さすがに最近はつけているが。
菅総理に変わった時、この総理は信頼できると嬉しそうに言っていた。
死ぬのはじいさんばあさんだけで、ほぼ寿命みたいなものだから仕方ないという最悪発言も飛び出した。
知り合いにコロナになった人がいるらしいけど、ほぼ無症状で終わったらしく、それも彼のコロナ軽視につながっているのだろう。
こんな調子の発言を、仕事中休憩中構わず話しかけてくる。ほんとやめてほしい。
こっちも言い争いたいわけじゃないから、穏便に相槌打ったり、そういう面もあるかもねとかごまかしてるけど、そろそろ限界。
国公立大卒の賢い人間なんだけど、どうしてこうなっちゃうのか。ネットで真実を見つけたと思い込んでしまってるパターンなんだろうけど、どうして認知はこうも歪むのだろう。
医療関係の皆様、コロナと戦っている皆様、広めないために自粛している皆様には申し訳ないけど、こんな人間が世の中には存在していて、私は彼を変えることはできない。
・議員数が多い
○国民、社民の広義の吸収により非自民および非共産票の獲得率が上がり議会での影響力の増加が望める
☓政権交代後の人員交代及び引退と所属数の増加により党内調整役が不足、組織内の情報伝達が滞り失言等の早期対応が困難
○憲法堅持、再生可能エネルギーの推進、ジェンダー平等、原発ゼロを掲げ、旧来の支持層であるリベラル層だけでなく新自由主義層にも標的を合わせ、非自民票の徹底的な奪取を目指す
☓綱領の改定により電力総連を代表格とする工業系産別など大規模支持母体の離反、また新左翼系団体の流入によりそれを嫌う共産党との協力関係に翳りが
○議員数による国会での徹底的政権批判による印象力の強さ、多大なメディア露出により国民へ存在感をアピール
☓一部議員へのメディア露出の偏向から党員内でのメディア露出格差、これに伴い泡沫議員による存在感アピールの為の過激な言動→自浄が間に合わず炎上→他議員も便乗の負の連鎖に、また共産党と比較して市民団体へのパイプの少なさから国会外での露出が乏しい
☓海外でのシンクタンク相当である日本の省庁との反目により政策の提言及び実行力の欠如、また協力を得ることが困難に
○元政権運営団体としての箔付けにより国外との渉外及び国内での資金収集が他野党と比較して有利に
☓現在の先進的科学分野及び土木建築分野におけるリソース不足の直接的原因となったためその業界における他党への支持の流出、また協力を得ることが困難に
民主党政権以降、国政に意欲的または専門性のある知識を持つ中堅から若手議員が自公に流出、また議員間の勉強会といった情報及び知識の共有の機会が乏しいため多分野におけるリソースが欠如している
・得票しか褒めてなくない?
それしか褒めどころがない
・かなりヤバくない?
だいぶ詰んでる。主要な支持団体の労連がより強い貧民救済と格差是正を求めて共産党に鞍替えするか、現実的な妥協点を求めて国民民主党に鞍替えされたら民進党の二の舞になる
少なくとも日本語では「ガラスの〇〇」と脆い何かを比喩的に表現するのは一般的だし、上限のことを「天井」と比喩的に表現するのも一般的であり、まともな日本語話者があの文脈で
「ガラスの天井」の意味を誤解することは99.9999%あり得ないし、フェミニズム文脈を知らなければごくごく普通に理解したはず
一方でフェミニズム文脈で占有できるほど創造的な表現ではない(ごくごく一般的な比喩表現の組み合わせで、偶発的な発生を否定できない)ので、
もちろんこの組み合わせがフェミニズム文脈で特定の意味を持つことを政治家が知らないのは教養がなさすぎるという批判はあっても構わないけど、
言葉の簒奪とか言っている連中はいったい何の権限があって「ガラス」「の」「天井」というわずか3語の組み合わせを独占しているんだ?
ぶら下がってるレス長くて読んでないけどうちはお互いフルタイムで自分の方が労働時間が長め、収入は1.5~1.8倍くらい。
でも家事育児の割合で言うとたぶん半々か、こっちの方が少し多いくらいな気がする。
ごみ捨て(まとめたり袋かえるのも)も自分、水周りとかの掃除も自分、
向こうがやっているのは掃除(週2回くらい)と洗濯、子供の服とか保育園の準備。
一時期絶対に自分の方が負担が大きい、と訴えていくぶん改善したけど
結局「分担すべき」という前提に立つと貸し借りみたいな概念になるから
もうそういうことに気を遣ったり「やってほしい」「やってくれる」みたいな考えは持たなくなった。
その上であれやって、これしてほしいということは都度言うようにしている。