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はてなキーワード: アナウンスとは

2019-02-16

anond:20190216104408

右が男子トイレ左が女子トイレ中央が多機能トイレって必ず決まってるんじゃねえの。目が見えない人とかいるし。ユニバーサルデザインみたいなノリで。

それより駅のホーム改修工事中のアナウンスするやつ、なんか適度にノイズ入っててレトロ感あるあのラジオみたいなやつの方が気になる。マジで風情ある。

2019-02-09

チャレンジとは何を意味するのだろうか

国鉄日本の鼓動だ。

延々と続く2本のレールには力強い鼓動がある。このレールは、知らない町と町をしっかり結びつけ、多くの人々を運んでいる。

しかし、その役割は、「人を運ぶ」ことだけではないのだ。単に「国鉄人間荷物を運ぶだけ」なんて考える人には、決して力強い国鉄の鼓動は伝わってこないだろう。

鉄道を愛し、多くの鉄道知識を持っている人でも、本当にこの鼓動をはだで感じたことは少ないはずだ。

かに鉄道知識として知れば知るほど楽しいことが出てくるだろう。

でも、「20,000㎞にチャレンジする」……それは、すばらしさの再発見につながっているのだ。知識から体験へ。今、その鼓動を求めて、未来に続く2本のレールにチャレンジしてみよう。

踏破は青春ドラマ作りだ。

終わることのないロマン、それが列車の旅だ。部屋にじっとこもっていては、自分の心にカビが生えるだけ。部屋の窓から見えるいつもの風景は、ただ立ち止まり、決してなにも話しかけてはこない。とにかく出会いを求めて旅に出る。

ひょっとすると列車座席に隣り合わせたこから何かが生まれるかもしれない。ある日見たり、聞いたりするもののすべてが出会いなのだ

たとえば、車窓にそよぐ風の音、新鮮な潮の香り。これほどすばらしいものはないのではないか

こんな新しい自然出会いが旅と鉄道の心につながっていく。そんな時、心は少しもひからびていず、いつもいきいきしているのだ。

踏破はスポーツ心をかきたてる。

チャレンジとは、自分で考え、自分で動く、自分自身のための行動といえる。この精神こそ、スポーツと呼ぶにふさわしいものだ。

列車の旅には、楽しさとロマンがある。その上踏破をめざすチャレンジャーにはスポーツという楽しさがプラスされるのだ。

時にはマラソンのように、そして100m競争のように踏破の旅はチャレンジの楽しさを教えてくれる。

踏破ルートは3,000m障害10種競技と同様に、バラエティに富んでいる。ルート選択も実行するのもチャレンジャー自身だ。

これこそスポーツと呼ぶにふさわしい記録への挑戦なのだ

チャレンジには責任名誉がある。

チャレンジャーは、それぞれの方法で完全踏破への道を切り開いていくことに心を燃やしているのだ。

そこには、自分自身問題として果たさなければならいことがある。

責任ある行動、多くの義務、これらをすべて実行したチャレンジャーのみが誇り高き名誉を獲得できるのだ。

いわば、人生ドラマがそこにある。よりすばらしいものを手にしたチャレンジャーには限りない自由可能性があたえられているのだ。

どんなタイプチャレンジャーか?

チャレンジしていくと、各自それぞれのスタイルが生まれてくる。

列車待ちのホーム洒落服装に身を包み、小首をかしげ詩集をひろげているちょっと気どった人。

駅弁の食べ方ひとつにも、うんちくをかたむける本格派の人。

おもしろいことを探しに出かける娯楽追求派の人などいろいろだ。

どんなスタイルの人でもチャレンジすることの中に、何かを見出しているのだ。

体験という言葉のまえには、どんな耳学問も色あせてしまうように、チャレンジする中で、自分スタイルを作り出してみよう。

チャレンジとは生きることの証明

から旅の一歩が始まる。

"停車場に、そを聴きに行く"と啄木がうたったように駅にはさまざまの土地から人々が集まり、またさまざまな土地へと旅立っていく。

始発駅…駅員さんに何か尋ねている人がいる。売店お土産を買っている人。家族連れ。新婚さん。そして、カメラ片手に20,000㎞にチャレンジする人。通りがかりの人に頼んで、自分と駅名表示板が一緒に写るようにシャッターを切ってもらう。これで始発駅の証明写真ができたわけだ。

ふと、駅の大きな時計を見あげる。発車案内表示板がカチャリと変って、次の列車案内を示す。やがて、駅のアナウンスが構内に響きわたる。こうしてチャレンジの旅が始まる。

1枚のキップが話しかけてくる。

日本中には、いったい何本の列車が走っているのだろうか。もし、そのすべてに乗ることができたなら、これはすばらしいことだ。時刻表をうめつくす駅名のひとつひとつが語りかけてくるにちがいない。

手に握られた1枚のキップには、いま通りすぎてきた駅の余韻が残っている。改札口でキップにパンチが入れられた時から自分だけの旅の世界が大きく広がっていくのだ。この瞬間の心のときめきこそチャレンジャーに贈られるファンファーレなのだ

どの列車に乗るかは自由だ。

ELDLECDC、そしてSL特急場合もあるし、急行普通列車場合もあるだろう。旅は始まり、心がはずんでいく。流れ変わっていく車窓風景。春なら満開の山桜トンネルをくぐり、夏はふりしきる蝉時雨の中を、秋は祭りのお囃子の響き、冬は凍てつく空気の中をひたすらに列車は走る。車窓に黄昏が迫り、黄昏は夜をひきつれてくる。寝台車からだをやすめて聞くレールの音はなつかしい旅の子守唄だ。

どこへいこうか東西南北楽しい駅名

日本列島を東西に長く走ったり、日本海と太平洋を結んだり、1線区1線区がつながり日本中を網羅していく。

いかにも郷土色(おくにがら)をあらわしていたいう楽しい線区名もあれば、少々読むのに骨が折れる難読名の線区もある。

こういう線区名がどうしてついたのかを考えてみるのも頭の体操になるだろう。走る場所列車の種類で線区ごとの印象も、まったくちがってくる。

それらをひとつひとつ味わいながら踏破するのも楽しみのひとつだ。

終着駅にはムードがある。

駅にはいろいろな趣がある。その中でも、終着駅は、心ときめくムードを持っている。大都会終着駅、ひなびた寒村をひかえた終着駅高原終着駅など、それぞれの良さがある。

しかし、どの終着駅も、どこかしら似た雰囲気をもっている。そこから先は、列車が行かないという、キッパリとしたいさぎよさと寂しさが待っているのだ。終着駅の長いホームを口笛をふきながら大股にしかゆっくりと歩いてみる。改札口で駅名表示板にもたれながら、通りがかった人に写真を撮ってもらい駅を出る。1線区が無事踏破し終ったのだ。

鉛筆で踏破した線区を塗りつぶす。チャレンジャーの心ときめく一瞬なのだ

まずはチャレンジカードを手に入れること。

どの線区でもいいから、始発駅~終着駅まで、列車に乗ろう。けれども、踏破認定を受けるには、乗車(踏破)したという証明必要になる。それが始発駅と終着駅写真だ。写真と会員申込書などを"いい旅チャレンジ20,000㎞。推進協議会"事務局宛に送る。そうすれば、事務局からチャレンジカードが送られてくる。これでチャレンジ

2019-02-05

非公式でやってる某楽曲大賞、主催者さんがタレント名はユニ名付けずフルネーム敬称略でってアナウンスしてくださっているはずなのに頑なに愛称投票する奴は何なんだ。ありえない誤字ぶちかます奴も自分推してるタレント名前くらい変換ミスがないか確認しろ

一昨日、めちゃくちゃに楽しみにしてた舞台公演中止になった。2日経ってもクソエ感情もう止まらないので、支離滅裂くそ長いけどお願いだから吐き出させて欲しい。本当に辛い。

開演の1時間前に、ブログツイッターで主演俳優ドクターストップがかかって予定されてた土曜日日曜日の合わせて3公演の公演中止が発表された。

物販も買って、会場特典も引き換えて、会場の近くで食事をし、じゃあそろそろ劇場に行きますか!というタイミングだった。

土曜日2公演、日曜日1公演あり、私達はそのうち土曜日日曜日の1公演ずつのチケットを持っていた。もってたチケットどちらも公演中止になった。

このために作った時間馬鹿にならない交通費をかけ遠征してきた公演全てが、振替公演もなく、チケット払い戻しで、全て、公演中止

楽しみだね!とワクワクしながら過ごしていた雰囲気が一気にお通夜になった。お昼を食べた会場近くのお店で呆然としながら公演中止の旨を伝えたツイッター文章を読み返して、これは現実か?悪い夢じゃない?とこの状況を受け入れることがそこそこいい大人だけど全然出来なかった。

舞台好きな人はもうわかっていると思うけど、中止になったのアプリゲーム舞台であるあんさんぶるスターズオンステージ!の5作目。

今までの公演は、いくら自分時間と金銭的な余裕があろうがなかろうがチケットがとり辛かった。私の場合はだけど、何とか頑張って(あと運で)それぞれの興行にやっと1公演くらい行くことができるって感じ。

けど、今回の公演は何やかんやあって(これ書きはじめたら同じ量の記事がもう一個できる)チケットが手に入りやすかった。しかも何と、今回とれたチケットが前から10列目以内の通路席。今までのチケット難だった公演からしてみたら、前方通路席なんて夢のまた夢だったから、ゆ、夢って叶うんだね!!!って嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。本当に、とても楽しみにしていたんだよ・・

それが、公演中止ですよ。もう本当にびっくり、びっくりしすぎてあーとかうーとかいう声しかでない。チケットが払い戻しとか遠征費とかもうどうでもよくて、金の問題じゃねぇんだ!!!!っていう気持ちだった。

もうどうしようもなくやるせなくて、とりあえず梅田芸術劇場の前まで行ったんですけど、同じような人達が沢山集まってるんすよね。泣いて顔をおおってる子もいて、お通夜も超えてもうお葬式。黒い服でも着てくれば良かった。

まだ公演中止事実が受け入れられなくて、でも俳優さんや運営を責めたい訳じゃなくて。誰も悪くないけど、楽しみにしていた舞台が観れないということがただただ悲しい。この悲しみ、悔しさをどうしたらいいか分かんねぇ

梅田芸術劇場の前で、スタッフさんが公演中止の旨を伝えていても、それでも受け入れられなくて、会場前から離れることができない子達が沢山いた。私達もその1人だった。公演中止アナウンスしていたスタッフもさぞ心苦しかったと思う。

公演中止アナウンスからしばらくして、キャスト俳優さんたちのツイッターで「まだ帰らないで」「もうちょっと待ってて」的な内容のツイートがされた。会場前はざわつき、そのツイートをみたであろう人達も会場前に集まってきて結構な人数になってきた。しかし、会場前の公演中止アナウンスはやまず、運営ツイッターも音沙汰がない。観ることが出来ないという、やるせなくてどうしようもない悲しさの中で、もうなんでもいいから誰か私を助けてくれという気分

公演中止発表から2時間、公演開始だった予定時間から1時間ほどたったくらいに、急遽だが出演できる俳優トークショーが開催されることが発表された。その旨が会場前に張り出された時、ささやかだが拍手が起こった。公演中止を受け入れられなくて何かに救いを求めていた私は、その事に物凄く救われた。

賛否両論目を通した今でも、チケット払い戻しにも関わらず無料トークショーを開催し、リスク批判もある覚悟で開催してくれた運営と、何とかしたいと声を上げて行動してくれたキャスト感謝です。ありがとう

トークショーは、初めに運営会社のオノです(役職も何も言わなかったのでよく分からんが今回の運営側の責任者的な人か?)という私服のおじさんがでてきて謝罪、今回トークショーキャストから声が上がり急遽決定したので、何かとほころびもあるかもしれないが楽しんで欲しい、 という挨拶があった。トークショーは楽しく、悔しい気持ちもあるだろうにキャスト達も笑顔で、そのキャスト達の元気な笑顔をみることが出来て、うちわペンライトも振れて、底の方にあった心がちょっと浮上して、来てよかったな・・・と思った。

とはいえ、めちゃくちゃに終わった後虚無感がすごかった。今もめちゃくちゃに虚無。キャスト運営も頑張ってくれたし誰も責めたくないしどうしようもないことも本当に分かってるんだけど、観たかったなーという悲しい気持ち自分勝手かもしれないけどどうしても拭いされない。

私は生身の人間が目の前で芝居を演じる舞台が好きで、生であるからこその熱量や毎回の新鮮さが魅力で、舞台という趣味を続けてきた。けど、その大好きな部分はリスクでもあるんだってことをこの事でやっと気づいた。災害病気怪我での公演中止俳優さんの代役、可哀想に、大変だ、と思いつつ今までどこか他人事だった。好きな俳優さんがよく千秋楽カーテンコールで話してる、「誰1人欠けることなく公演をやりきることができた」という言葉の重みを今噛み締めてる。

結構トラウマになったので、これから観劇は余程の時間金銭的な余裕があって、いろんなリスクも加味した上でじゃないと行けないな・・・

あーっ!やっぱりみたかったなー!!

2019-02-01

嘘松判定お願いしま

この間、飛行機に乗っていたら、

スチュワーデスが大声で「どなたか工員の方いますかー!」と叫んでいた。

俺が手を上げると機長室に連れて行かれて取れかかっている部品溶接を頼まれた。

俺は簡単溶接して直した。

自分の席に戻ると俺の活躍飛行機内でアナウンスされて、周りの乗客から拍手が起こった。

俺は工員で良かったと胸が熱くなったよ。

2019-01-31

anond:20190131232553

スタバディズニーって”東京人間が汗水垂らして、作ったシステム”やったんかぁ

知らんかったわぁ

どっちもアメリカのもんかと思てました笑

関西デパートアナウンス標準語であってダサい関東弁ではないのに、何に文句つけてるのか意味不明

関東もんには負けへん」とか言ってる人見たことない。

関東人間が、関西から敵対視されてることにしたがってるだけで、関西人にとっては関西が一番良いところだし、そもそも関西人は関西圏内でマウントに忙しいか関東人に構ってる暇ない

anond:20190126202156

でも、関西女の子ってスタバ好きだし、ディズニーも好きでしょ。

デパートアナウンスも、結局の所、標準語だし。

普段から、「関東もんには負けへん」「阪神が強い」と言っているのに。

天王寺には、109だってある。

東京人間が汗水垂らして、作ったシステムに乗っかろうとする精神が、ショックだった。

anond:20190131110028

車に制限速度設けても基本オーバーで走る田舎みたいなもので、

エスカレーターで走るなって言っても前の人に「早くいけよ!」って騒ぐイライラリーマンは無くならないだろうな。

多分張り紙とかアナウンスでもダメだろうからエスカレーター機能法律で縛るしかないだろう。

2019-01-29

葬式不要

葬式BGMを考える増田を眺めていて、BGM遊びでさえ葬式不要論が出てきて、まぁはてならしいと言えばそれまでだが。

確か数年前、業者に頼まず自分で親を見送った増田レポートがあった記憶があるが、ああいものはあれでいてかなりシステマティックに世の中の仕組みができていて、業者に依頼しない=仕組みに乗らないで遺体を焼くのは割と面倒そうだった記憶がある。

この頃は葬式業者もお手軽パックもあるみたいだが、何だかんだでそれなりにしようとなるとお得感が無くなる、オプションなしだとかなり質が下がるという話もあるし、それほど簡単ではないかもしれない。まぁ彼らも商売から阿漕だなとは思うが仕方ないだろう、商売とは基本的阿漕ものだ。

簡単に死んで簡単野ざらしになれればさっぱりして良いなと思うが、残念ながら妙なところで現代社会には「ある種の厄介さ」があり、それを良いことだとも思ってはいないが、ことに生き死ににかかる諸々は出来上がってるシステムに乗ると割と楽だし人と違うことをすると悪目立ちしやすいという困ったところがあるのだ。

増田は親を二人見送ったが、多少金がかかっても出来上がっているシステムで楽をする方を選んだ。

親のうちひとりは病気で亡くなったのだが、死ぬ前の1か月はだんだん意思が柔らかく緩くなっていき、元気な時は「葬式無用 戒名不要」とか「その辺に灰を撒いてほしい」とか言っていたが、最期の病床では墓のことなどをぽつりぽつりと言いだすようになった。家庭の事情が若干複雑で、ある墓を引き継がざるを得なかったのだがその引継ぎについて口が煩いだけの親戚から了承を取る必要があり、まだ元気なころは墓はつぶす葬式もいらんお前たちも家を継ぐなんて考えなくていい、など言っていたのが、私に煩い親戚からの墓引継ぎの了承を取ってほしいと頼んできて驚いた。元気なころは生まれ世代からしたら相当アナーキーな考え方をしていた人だったので、本当にいいのか、別の方法散骨など)も考えられるがと聞き返したが、それでいいんだ、と言っていた。もう死んでしまったので本意は分からないが恐らく「それで(お前たちが楽な方が)いいんだ」ということだったのだろうと思っている。

もう一人の親は自宅での突然死だったので、もう色々(警察が来たりする)大変で、そのまま業者に頼むほうが気持ちも体も楽だった。というか詳しい人が助けてくれるのが金払ってでも有り難かった。検死も必要だし死亡診断書がないと焼き場の手続きが進まないし焼き場の予約も混雑してたこともあり時間結構かかって、ボディが腐らないかという心配がかなり頭の多くを占めていた記憶がある。先に死んだ親が墓問題を己が死に引き受けたくれたおかげで余計なことを一つ考えずに済んだのがありがたかった。

検死の結果、自然死だったわけだが、病院で死なないというだけでこれだけ手続きが面倒になるのか、そして病院(や誰か看取る人がいる場所)で死なないとこれだけ面倒なのかとかなり身と心を削られた。オフィシャルに死なない(医者などが看取らない)ということは、誰かが疑いの目で見るということだ。警察などからしたら疑うこともなさそうなのが一目瞭然であっても念のため疑わざるを得ないし、遠巻きの第三者はそのような「念のため」をすっ飛ばして、残った我々に色々な憶測を割と無遠慮に投げつけてきたりすることもある。親族などに親の死を連絡をする時はこういうフレーズだと角も立たずこちらも苦しくないです、と教えてくれたのも面白く、ありがたかった。儀礼コミュニティにおける知恵が企業によりマニュアル化されている面白さ。

身内が死んで1か月ぐらいは、なんていうか、生きている側であるこちらも生死の境にいるようなところがある。頭が回らないし究極の非日常でもある。そういう「境目」にいると体の負担も心の負担もかなり大きい。

業者に頼むと大抵のことは業者がやってくれて、ご遺族様なんて様付で呼ばれて下にも置かない扱いを受ける。参列者がまばらになった通夜ぶるまいの席で親族や親の友人知人たちにお礼を言って回っていて、気が付いたらまる2日たいしたものを食べてないな…とごちそうの名残を眺めていたら、業者私たち「ご遺族様」用に別に美味しそうにきちんと整えられた食事を用意してくれていたのがありがたかった。まぁそういう気遣い商売なのだろう。

ふたり葬式にはそれぞれ彼らが生きていた時によく聞いていたCDを自宅から持ってきてBGMにしてもらった。

どちらの葬式業者葬式会場で行ったが、通夜の日から翌日の夕方に骨壺になって帰ってくるまでの1日半程度は葬式会場がベース基地になる。勝手の分からないベース基地で、言葉は悪いが良い感じの時間つぶしが必要だった。スマホはてブなんかは、やはり見る気にはなかなかなれない。SNSも、動画サイトも、自分たち大人はもちろん、子供たちもあまり見たい感じではない様子だった。休んでいる間の仕事のやり取りでメール電話をしても、なんていうかしんどい確認メールを1本入れるにも、気持ちを整えて橋を渡ってまた橋を渡って戻ってくるというような隔絶感があった。

TVも置いてあったがこれもやはり見る気になかなかなれず、そしてクタクタのはずなのだがちっとも眠くならない。通夜番(とはいえ線香も一晩通して火が消えない蚊取り線香のようなぐるぐるした線香があったり(仏式です)と番をするような必要もないのだ)で残ってくれたごく親しい身内親族いたこともあって、ふと思いついて実家に一度戻って、親が好んで聞いていたCDを何枚か持ってきて、会場の音響設備を使わせてもらって聞いてみたら良かったのだ。

親と趣味を共有していたからということもあるが、この曲好きだったねとか、このCD家族ドライブに行くときはいつも持って行ってたよねとか、そういう話ができたのも良かった。そしたら業者がお好きな曲を流せますと言うのでそのまま持ってきたCD葬式にもかけてもらった。見送られる人も、そして何より見送る人も聞きなれた音楽が流れてたのは思いのほか、久しぶりに肺に空気が入ったような悪くない感じだった。

この辺はただの好みの問題だが、業者が用意しているBGMは、ふやぁ~ん系ニューエイジ風の環境音楽みたいなヤツとか耳に残らないようなクラシック室内楽とか当たり障りのないもので、ずーっと聞いてると逆に耳に障った。当たり障りのない音の方が良いという人も居るだろうと思うが。無音はかなりしんどいと思う。周囲が虫の声とカエル合唱みたいなところなら良いのかもしれないが、何らかの街のノイズがいちいち気になった。

これはほとんどの人がそうだろうと思うが、ネットTVラジオ等もほとんどの「日常情報」はしんどくなると思っておいていいと思う。なんていうかすごくしんどかった、「橋の向こうにある日常」が。

あとは業者にもよるだろうが、業者の言うままにすると、妙に感動的な当たり障りのない美辞麗句の式次第アナウンスとともに当たり障りのない感動音楽を流す感じだった。葬式内容の打合せで試しに聞かせてもらったのだが、こんなん葬式コントみたいだと笑っちゃいそうだったので葬式コント化を免れたのは結果的にすごくよかった。この辺は結婚式オールお仕着せでやるとギャーってなるのと同じ感じかもしれない。

2019-01-23

うんこしない時代とかくるのかな

人工肛門とかあるじゃん。あれ用のトイレ見て思ったんだが。

まだまだ俺らって原始的な食い物に頼ってるからブリブリに頼る。でもブリブリしづらい食事や、ブリブリを匂わず散らかさずにまとめる人工肛門とかできたら、ブリブリしないと思うんだな。

そしたらトイレ必要のない文化的オブジェになって、ブリブリシーンを見たり知ったりせんだろう。

石油時代後期、人類は排泄問題解決するべく、人類の到達可能域全てに排泄用遺棄施設建設しました」

って説明とともに、歴代トイレのいい加減なダイジェスト流れるわけよ。

くそみたいな成人用の動画(比喩表現)が重要資料になり、盗撮動画が生の資料として重要意味を持つかもしれない。

ブリブリのための食事をわざわざ用意しなきゃいけなくて、不慣れ故にお漏らしばかりするだろう。文化的金持ちは今の我々の括約筋制御能力に驚嘆するだろう。

今より更に清潔になった都市では動物を見る機会もへる。動物園では「ワンコのウンウンがブリブリまーす」なんてアナウンスされて、カップルはウンウンの括約筋について情熱的に語り、良い日だったと笑い合うのだろうか。

文化的芸術活動として野ブリブリする団体が現れ、その強烈な匂いを以て鼻で感じる芸術を論ずるのだろうか。

「直前に排泄飲料で済ますのはお手軽だが、ブリブリとは排泄のために行うべきであり、このようなブリブリのための食事では芸術に値しない」

家族人類古くの文化を見せるため、歴史博物館体験ブリブリをし、子供友達に自慢気に話すんだ。

「俺先週ブリブリしたんだ」

俺らのひ孫か誰かはとんでもないジェネレーションギャップを味わうことは間違いない。

トイレはどこかのう」

「おじいちゃん、うちにあるわけないじゃない」

糞みたいな現実さらば。

2019-01-20

ぼくがMリーグを観なくなった理由

昨年10月に開幕した日本初のプロ麻雀リーグMリーグ」。

現在は予選も終盤となりより一層盛り上がっていくことであろうこのMリーグですが、僕は開幕時から視聴してパブリックビューイングという実際に試合会場近くまで足を運んで応援するというイベントにも参加してきました。それだけこのMリーグを楽しんでいたし、これからの発展にとても期待しています

しかし、今の僕はほとんどMリーグを観ることが無くなってしまいました。

別に興味が無くなったわけではない。単純に疲れてしまったのだ。今回はこの理由について書かせてもらおうと思います。そしてもし「麻雀は好きだけど分かる」という声があればお聞かせください。

そもそもこんな話をするお前は何者だというところをお話します。僕は別にプロ雀士でもなければアマチュア強豪というわけでもなく、むしろ一般的に見ても雀力が高いとはいえないようなただの麻雀好きな男です。

麻雀を始めたきっかけはゲーセン麻雀格闘倶楽部、麻雀を観るようになったきっかけはAbema TVという、およそ平均的なイマドキの麻雀ファンだと思ってます

そんな僕に衝撃をもたらしたのは、Mリーグ開幕の吉報です。

名前の通りJリーグなどのナショナルリーグ化を目指す試みであり、今までは複数あるプロ団体主催する独自リーグプロリーグとして認識されていた麻雀界に対して、スポンサードによる年俸制という革新をもたらしたのです。(そのため、前述した日本初のプロリーグには語弊がある)これはよりいっそう麻雀を楽しめる!!そう思っていた僕のところに思わぬ訃報が届けられたのはMリーグ開幕後すぐの11月末のことでした。


「RTDリーグの終了」です。




RTDリーグ終了の衝撃とMリーグとの差異

RTDリーグとは先に述べた各プロ団体主催するリーグ戦ではなく、かといって最強位のような超短期戦でもなく、招待選手たちが1年という長期間渡り繰り広げるリーグ戦で、AbemaTV麻雀チャンネルオリジナル企画であり看板番組でした。この番組たまたま視聴したことが、僕が麻雀を観るきっかけとなり、ひいては観る雀が習慣化されるきっかけとなりました。

この番組2016年からまり2018年の3シーズン目は入れ替え基準不明確だったものを降格制度を導入して明確化し、「勝ちたいけど負けるのはもっと嫌だ」という選手たちの葛藤を間近に見ながらよりドラマのある展開となり(個人的には藤田社長の不参戦や、やや冗長にすぎるインタビューなど不満な点もありましたが)、10月に行われた決勝戦の結果小林剛プロの優勝で幕を閉じました。

また来年もこの熱い戦いを観ることができる、そう信じていた視聴者もきっと多かったと思いますしか番組最後に流れたアナウンスは、無情にもRTDリーグ終了のお知らせでした。

そして、その理由Mリーグにありました。

Mリーグ放送母体ほぼほぼRTDリーグと同じで、Mリーグに出場する選手の大半はRTDリーグ選手と被っています。そのため並行して行うことは難しいという判断だと思われます

当初はもちろんこの訃報を悲しく思いましたが、その分Mリーグ応援しようと思いました。しかし、このシコりは次第に大きくなっていきます。RTDリーグMリーグは大きく違っているのです。


観る雀は、疲れる

僕がMリーグを観なくなった1番の理由、それは「週4回という放送スケジュールを追いきれなくなった」に尽きます

Mリーグは月曜、火曜、木曜、金曜の午後7時からそれぞれ半荘2回を行います毎日およそ3時間強で、RTDリーグの単純に2倍の時間です。(RTDリーグは月曜、木曜の午後9時から半荘2回)

そして麻雀真剣に観るのは、とても疲れます

選手思考に思いを馳せながら観るのは観る雀の醍醐味であると僕は考えています。そして視線は常に牌姿にいくため、常に集中する必要があります

もちろん流し見をする人もいるかもしれませんが、麻雀は盛り上がりの場面が明確ではなく、いつその瞬間がきてもおかしくないのです。実況が盛り上がってきてから観ても、それまでの牌の動きや選手思考に追いつかず、「ただ良い手が入っていたから勝った」だけのものになってしまます

そのため僕はRTDリーグを観るときはコンディションを整え眠い時は後からビデオで観るというのが常でした。それでもRTDリーグは週2回、追いつくことは難しいことではありません。

しかMリーグはその倍の週4回。僕は1月20日現在12月上旬試合のところで停まっています

それでも追いつかなくちゃと当初は睡眠時間を削って観たり、食事をとりながなら観るなど、それまでしていなかった「ながら見」をしてでも追いつこうとしました。

そうなると今度は現在ランキング違和感を覚えてくるのです。あれ、Abemasいつのまにこんな下に?とか。それは「ながら見」を行ったが故に、試合の結果が頭に入っていなかったのです。

そして、それは次第に試合内容にまで及び、ビデオ再生して見終わったものが実は既に一回観終わっているものだった、というのもザラにあります。これではとても麻雀を観ている、とはとても思えなくなってしまいました。


Mリーグは、長い

もう一つ決して小さくない理由として、試合以外の要素が多すぎるという点が挙げられます

戦前選手紹介や毎回代わり映えのない対戦前インタビュー(そもそも選手に毎回インタビューの内容を面白く話せという方が無理がある)、そして長すぎるヒーローインタビュー(これについても松本圭世さんはものすごく麻雀勉強してるし自分の色を出しながらインタビューして選手個性を引き出そうと並々ならぬ努力をしていますが)などなど、RTD2018を観ていてやたらとインタビューが増えたことの集大成として実に1回あたり30分近く対局以外の時間があります

もちろん対局だけ映す今までの各プロ団体主催リーグとの差別化を図り、よりドラマティックにエンタメ化をはかる上では必要なのかもしれないが些か長すぎるのではないかと…。


結びに

僕は今も麻雀は大好きですし、先日の麻雀チャンネルの新春特番など面白企画をこれからAbemaTV様には続けてほしいので僕はこれからプレミアム会員でい続けます

しかMリーグに対して真剣に追うことは現在体制下では自分生活リズム範疇での視聴を大きく超えているため、今後もないでしょう。結果だけみてもチームの点数だけなのでイマイチどのプロがどう勝ったなど分かりにくいところはありますが見るくらいはするでしょうがビデオでの後追いを時間ができたときにちまちましていくことと思います。このタイミング記事を書いたのはなんとなくですが、Mリーグの盛り上がりに水を差したいわけではありません。来期以降のスケジュールを考えるうえでこういった意見もあるということを垂れ流したかった、ただそれだけです。

朝見た夢

実家DIY増築したらしい。

1階の増築した部屋に案内される、そこそこ広さのある正方形の形だ。床には芝生調のマットが敷かれている。

入り口以外の三方は、鉄パイプを支柱に真っ白なブルーシートで覆われて壁の役割果たしている。

天井は吹き抜けで高い。今日は風が強いのかバサバサと波打つようにシートが揺れている。

パイプ特にきちんと固定されているわけではなく、風に合わせてグラグラと所在無く揺れてる。

部屋にいる父親と弟に大丈夫なのか、と訊ねると大丈夫と返ってきた。

直後、私の背中側にあった支柱が一本、バランスを崩して私に寄りかかってきた。

重たい、大丈夫じゃないし、潰れてしまいそうに重い。

この部屋の完成度を更にあげて快適なものとするため、百均に行くことになった。

私は部屋に敷く大きなマットと、隙間を埋める油粘土か何か目地剤のようなもの、猫専用出入り口を作るための材料を買うことにした。

この店舗の品揃えはエゲツないほどで、

田舎ドンキホーテニトリ想像してもらうといいのだが、とにかく品数が多く店舗が広い。

目当ての物が見つからないが、そこそこしっかりした作りのカーディガンまで100円なのかと驚いた。大きなカーテンも100円、服の種類も数多いがすべて100円。驚いたのが2液混合タイプの大容量レジン液まで100円なのだ普通に買うと1000円は超える。

きっと安いのには理由がある、裏の商品説明には鉛の容器が必要と書かれていた。はたして家にあっただろうか?

店内放送でそろそろ閉店のお時間です、のアナウンスとともに蛍の光スピーカーから流れてきた。

まだ目当ての物は見つけられてないし、売場の4分の1も見れていない。急いで探さねば。

ない、ない。もっと長くいたいのにもう閉店かあ。もっとペースを決めてさっさとみれば良かった。

から店員さんが歩いてきたので、大きなマットはどこにあるか、と訊いた。

1階にございます。このフロアだけじゃないんだ?!今はどうやら3階にいるらしい。

階段を降りようとしたら2階は既にネットがかけられていた。大人のひざ丈まである観葉植物が並んでる。あれも100円か、あのフロアも見たかったな。

1階に降りた、大きなマットを見つけた!これだ!

ももう閉店だからと売ってくれなかった。

渋々外に出ると、家族がいたのでそのまま車に乗って帰る。

エレベーターから様子のおかし若者が出てきた。危ないのでぶつかって転ばせる。

附近にあった何かを拾って投げる。

そこで若者が四角い包丁を振り回していることに気づいた。どうしよう危ない。

目が覚めた。

2019-01-17

anond:20190117184707

最後の手段としては、超指向性スピーカーしかないだろう。

ただし基本的業務用でホームオーディオ向け製品はほぼ無く、小型サイズでウン万円、大きめだとウン十万円かかる。

技術上低音が非常に弱くアナウンス音声などにしか向かない。安価ものの多くはモノラル音声。

製品としては

2019-01-16

anond:20190116233412

俺が問題にしているのは、その普通だったら「年単位」かかることを、かなりの短期というか、年単位と比べたら一瞬と言ってもいいくらいのペースで実行する奴がいること。

イベント後に1万切った資材を、次のイベまでにカンストとか、改二実装アナウンスされてから、改二改装可能レベルに速攻育てる奴とか。

まあレベル普通海域レベリング(例えば一期のリランカを延々回せば数日で到達したらしいし)や演習MVPで促成は十分可能だけど、資材はかなり怪しい。


大型艦はもう完全に運次第なくせにメチャクチャ資材を要求するので、無課金だったら何年かかってもお目当てを入手できない可能性が普通にあるのが酷すぎ。

イベでドロップすることもあるけど、それだって掘りがほぼ前提なので救済策とは言い難いし。

なので「何が当たるかお楽しみ」ではなく、完全なストレスになっていて、挙げ句課金誘導公然の秘密になっていると。

かくいう俺もビス子とサラは持ってねーし。

やっぱこのゲームダメだわ。

2019-01-08

anond:20190108122618

現実的には自由じゃないだろ。「どうしても持ってきたい人だけ持ってきてください」とアナウンスするくらいでないと空気は打ち破れない。

2019-01-05

品質向上のため通話内容を録音していますというアナウンスも、赤ちゃんが乗っていますというステッカー

なんの為にあるのか最近まで全然からなかった。前者は、まあいくら従業員教育とはいえ無断で録音したら失礼だからかなあとか、後者子供できて嬉しいんだろうな〜くらいに思ってた。

まさかキチガイ避けだったなんて思いもしなかった。前者は頭おかしクレーマー証拠を取るためだし、後者煽り運転しないでってことだよね。世知辛い世の中ですわ

2018-12-31

とある国際便でのアナウンス(嘘)

「この飛行機はただいま 衰退指定国家への玄関口、羽田空港に着陸いたしました♪」

「お忘れ物がないようにご注意ください♪」

「またのご搭乗をお待ちしております♪」

2018-12-26

エスカレータの新マナー

あちらこちらでエスカレータの片側空けをやめようキャンペーンが本格化してきたようですね。

https://mainichi.jp/articles/20181224/k00/00m/040/136000c

先週末、都下の駅直結のモールでもよく目立つ掲示アナウンスがされてました。

そこで誰もいない右レーンに立ってみたら、あとから続々と右側にもお客さんが。

みんな最初の一人になって邪魔だ何だと批判されるのが怖いのでしょうね。

各社は警備員バイトを一人右レーンに立たせてぐるぐる往復させておけばみんな後に続くんじゃないですかね。

ところで、そのエスカレータを降りるとき、同じステップで私の左に立っていた方が前にいた同行者に、「隣に人が立つなんて……」的なことをつぶやいていました。

私はそれを耳にしてびっくりしたのですが、考えてみれば片側空けマナーが定着して20~30年、世間には生まれときからエスカレータの片側は空いていて当たり前、という人も多いのでしょうね。

というわけで、片側空けが規制されたら次に来るマナーズバリ、交互に左右に立つ「ジグザク立ち」ですね。

2018-12-25

エスカレーター片側空けは阪急発祥ってホンマ?

ここ数年、エスカレーターの2列利用が呼びかけられる度に、1967年頃日本で初めて片側を空けるようアナウンスをしたと報じられる阪急梅田駅。でも、そのソースは決まって「エスカレーター歴史に詳しい江戸川大学の斗鬼正一教授によると」か「大阪文化に詳しい相愛大学の前垣和義特任教授によると」のどちらかで、肝心の阪急電鉄は「資料が残っておらず、いつからアナウンスをしたのかはわからない」と答えるのみ。何かひとつくらい時期や左側空けの理由特定できる資料はないものか…

2018-12-23

SECCON国内大会供養

SECCON国内大会お疲れ様でした

以下ツイッターなどから拾った我々の反省点となります

以上、来年もっと頑張ります

2018-12-22

チャットツールコミュ障を加速させるぞ

会社slack導入とかあるけど、チャットツール導入はコミュ障加速にもつながる

ここでいうコミュ障は実際にあって言葉でやりとりするもののことで、ネットコミュ力高いのは別のお話


うちの場合slackが導入されていて、基本全部がslackでやりとりされる

メールなんて社外とのみ

隣りにいる人とのやり取りだってslackのみ

声による会話はまずない

緊急時とかトラブったときくらいだから、会話が聞こえてきたら何かあったのかと思うくらい


一人暮らしコミュ障の人なんて、会社での仕事のやり取りくらいでしか人と話さない人は多いだろう

私もそうで、社外で声を出すなんて、コンビニでエルキチくださいとか支払いはクレカでと言うくらいだ


チャットツールコミュニケーションツールになると、そんな人が会社ですら話さなくなる

一日の喋る内容が、朝来ときおはようございますと帰るときお疲れ様ですの2つだけってことも少なくない

さらに声を聞いて意味理解する何ていうのもコンビニで温めますかって言われるくらいだけど、それもテンプレ的なもので何言ってるか聞いてないとも言える

たたためますか、とか似たような響きの言葉なら違いに気づかず返事しそうなもの


こういう生活が2,3年と続くと喋ろうとしても言葉が出てこない

自分でも驚くくらいにコミュ障ぽく、あ、ああ、えと、その、あー、、みたいなことをいっぱい言ってる

さら相手の話を聞いてても頭に入ってこない

文字書いてくれってすごく思う


しゃべるならともかく聞き取りもここまでなのは驚いた

考えてみたらテレビは見ないし情報元はネットテキスト

マンガは読むけどこれも目で見る情報

ゲームはしても、字幕的なウィンドウセリフが書いてるのが基本だからそっちだけみてフルボイスのセリフはほぼスキップ

聞いても先に文字を見てるから言葉から意味を捉えてない

日常生活言葉から意味判断するようなことがなさすぎる


電車通勤ならホームで流れてるアナウンスとかあるし、アニメ見るなら声を聞いて意味ストーリー理解するが、こういうのに触れる機会も普段ないのが大きいのかもしれない











2018-12-20

混雑する電車ではリュックを前に持てっていうけど

車内アナウンスとかでもいってるよね。でもさ前に持ったからってリュックちぢまないよね?体積かわらないでしょ?意味ある?

一人が寂しいという割に

俺は一人なのです、って自分アナウンスする人少ないよな。

みんな気を遣ってるんだぞ?

邪魔しちゃ悪いな、って。

車両移動の堪え難い誘惑

「一旦ホームに出てから車両の移動はお控えください」というアナウンスをよく聞く。

また、実際、そのように車両の移動をしている人もよく見る。

私は車両移動をしようと思ったことは一度もないが、きっと抗いがたい魅力があるのだろう。

車内アナウンスで注意されるくらいには。

ああ、車両移動の深淵を知りたい。

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