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はてなキーワード: 性別とは

2019-02-18

擬人化するとき性別根拠

船の女体化はわかる。空母とか母艦とか言われてるし。

星を女体化するのもまあわかるかな。母なる地球とか言うし。

剣の男体化は一物を剣に例えることとかあるから納得はいく。

銃の女体化はなんでなのかよくわからん。剣との対比?

普通の人になれなくて自殺未遂した朝


めっっっっっっっっっっちゃ気持ち悪い。

昨日、家にある色んな薬一気飲みしたけど酷い頭痛幻覚嘔吐だけで、はい、生きてます

恐ろしいほどの倦怠感と吐き気を抱えたままきちんと会社に来ています自殺未遂したあとの朝がひっどい二日酔いみたいなんて10年前は知らなかった。

10年前。中学生の頃、一度だけ同性を好きになった。

思えば思春期友情と恋心の錯覚も少しばかりあったと思うのだけど、全く知識の無い自分自分の心と身体性別が違うのではないか、と疑い、学校に行けなくなった。それが全てのきっかけだった。

感覚気持ち悪くて、1年前に最愛の父を病気で亡くしたこともあり、父親の元へ早く行きたくて自殺未遂自傷を何度も繰り返した。毎日人に迷惑をかけ続ける自分がいればいるほど希死念慮は増していくばかりだ。

精神病棟についてきてくれる母の死んだ顔を見つめたり、首を吊ろうとして泣きながら叔母に殴られるたびに「普通の人」になりたかった。

結局地元から逃げ出し、辺鄙田舎町にある高校に進学した。その高校所謂曰く付き”というやつで、社会に馴染めず地元に馴染めずいじめいじめられ死にかけ命からがら逃げてきた16歳にして社会不適合者の奴らの巣窟だった。

そういった不安定クラスメイト達を見て、あの暗黒の中学3年間をなかったことに出来るかもしれない、と思った。

ここは地元じゃない、自分のことは誰も知らない。だから新しい自分を作り上げればいいんだ。

普通じゃない人たちと一緒に生活をすれば(全寮制でした)普通に戻れるかもしれない、と思ったのだ。浅はかな上から目線である

そこから自分はいたって普通で、ちょっと田舎町で暮らしてみたかった皆に平等で弱さにも理解がある、そういうおせっかいで浅くて馬鹿人間を演じた。

朝、最低な気持ちになってすぐ身を投げたくなる気持ちは「朝が弱い」というと「だらしないな」と返ってきた。

無数の手首の傷跡は「猫をたくさん飼ってて」というと同じく猫を飼ってる人間から共感された。案外、どうにでもなった。

そんな人間10年近く演じてきた、その内演じてることを忘れてそれが根本性格だと錯覚してきた。取り繕うだけの10年間だった。きっと絶望的に悲しいことがあったとき自分はまた中学生の時のダメクズで最悪のゴミに戻ってしまう。それは絶対避けたい。だからあらゆる困難から逃げてきた。揉め事になりそうな時は中立立場にいたし、そもそも作ってる人格しか人と接してなかったので自分意見がなかった。八方美人と噂されても、その後に待ち受ける暗闇よりはマシな方に思えた。

ある日、母親の友人が鬱病自殺をした。

葬儀会場で大泣きしている母は「あんたは普通になってよかった」と抱きしめた。ずっと二人で生きてきた、母親が言うのだったら私は普通に戻れたのだろう!母を見事に騙せていた自分は、誇らしかった。

お母さん、だって私、あれから高校の友人の面倒をみて、大学に行って、就職して、友達もたくさんいて、異性の恋人もいる、普通の人だもんね!やったよ~!!!普通の人になれた!!!!!!

はずでしたが、こうやって上手くいってません。なれませんでした。

高校3年生の時、アイドルオタクになったことが 自分精神の均衡を保っていた。その時からアラサー現在までずっと見つめ

ていた俗に言う”推し”を、自分宗教神様の類のように扱っていた。この世のもので唯一本当の自分と対面しているものだった。その推し恋人との写真を撮られたことが、終わりの始まりというやつだった。嫉妬できて癇癪を起したらどれだけ楽だっただろう。そのことより、推しが1年間休むことな批判を浴び続けていたことが、スイッチを押してしまったのだと思う。言い返せば、倍の黒い塊が返ってきた。推し非難言葉を浴びれば浴びるほど、化けの皮はどんどん剥がれ、八方美人は一方にしか向けず、日常生活は送りづらくなってきた。

いくらの子にも本当の自分を見せなければよかった。

数年が経って、メンバー推しファンアンチ全員がそのことを忘れても自分は全く忘れられなかった。例えば誰か芸能人犯罪を犯して捕まって、その批判や援護を遠巻きから見てるだけで発狂しそうだった。こんなアイドル風情のことで勝手精神病んで病院に行くのなんて馬鹿らしくて、そもそも普通じゃないじゃん。となって病院には行かなかった。

それからずっと上手くいってた人間関係もどうやってこなせていたかからなくなり、どうやって電車に乗っていたのかわからなくなり、どうやって生きていたのかもこの歳になってわからなくなって、昨日。

知らぬ間に人のことを迫害していたようで、そんな「知らぬ間に」なんて経験化けの皮を被ってから一度もなくて、自分が黒い塊を送る側になるなんて考えられなくて、どうしよう、人のことを傷つけるなんて、普通じゃない。

ふと前を向くと、推しうちわの前に置いてある薬箱が目に入った。

朝、死ねてなかったことより、やはり私は普通にはなれないことに、どうしよもない絶望を覚えた。

日本酒飲んだ次の日の朝よりキツい。どうやら、親友電話をかけていたようで親友から最後LINEは「でも死ぬのは逃げだよ」だった。

平気に生きたいな~~~~。とりあえず、次の休み病院に行ってみます

普通、じゃなくなりに行きます

女性を「マンさん」と言うネット文化が嫌い。

お前ら男性のこと「チンさん」って言うのかよ。言わねえだろ。

5ちゃんで見る分には、まあそういうところだし嫌なら見るなって言われるだけだろうな、と我慢できるけど。

ツイッターとか、媒体選ばずそういうこと言う人はいる。

そもそも5ちゃんにしたって、男性について批判するようなことを言っても何も言われないのに、女性について言及した途端、発言者性別も分からないのに「女によるマンさん叩き」になる。(ROMってるので自分が書き込んだ訳ではない)

流石に不快。繰り返すようだけど嫌なら見んなって話だから見るのやめたけど。でも、所謂「そういうところ」でない媒体で目にするのはしんどい

2019-02-17

増田文体メモ

●基本



●その他雑感

語尾だけ見ると「言い切るタイプ」「疑問っぽくするタイプ」のどちらかに偏っているやつが多い。

話し言葉といえば、なんか吹き替え映画セリフみたいな文章多くない?

から年齢や性別イメージできるやつもあるね。ようするに匿名になりきれていないってわけだ。

他には字下げするやつとか句読点理系バージョンのやつとかもある。

増田に、限ったことじゃないが、インターネットでは、「、」を、たくさん使うやつが、敵視される。

ネットユーザーは「、」の使い方に、厳しい。

改行のタイミングとかは縦長のモバイル環境で書いているか横長のデスクトップ環境で書いているかでも別れそう。

文字数は大体400~1200文字くらいがベターか?

それ以下だと物足りない感があるし、それ以上になると読むのが苦痛

分離主義が苦手

民族分離主義文化分離主義性別分離主義もどれも苦手、混ざっていきながら新しいものができていくのにそれを分離するのはなっとくいかない。

もちろん我が家は乱雑だ

2019-02-16

anond:20190216203457

自体が嫌い

性別逆にするとどうなるのだろうか

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

関係性を志向するファンダムのこれから 前

 本稿では、現在の「ファンオタク」が「関係性消費」を志向するようになってきているという事象を踏まえ、その内部の「男オタク」と「女オタク」のジェンダー格差や、関係性消費の今後について多角的視点から分析を試みる。なお、本稿においての「オタク」は、二次元三次元を問わずある作品概念グループなどを愛好すると自認している人々のことを指すポジティブ言葉として用いる。拡散多様化するオタク文化は2次元と3次元の壁を超え、全体像画一的に語るのはほぼ不可能なため、ジャンルジェンダーに関する詳細については各部で詳細を補完したい。

1【現代オタクデータベース消費から脱却する】

日常系が売れるのは「関係性」を読み取れるから

 「日常系」は広大なオタク市場の中でもかなりの割合を占める作品群だ。基本的には複数女性キャラ日常生活描写した4コマ漫画が多く、それを原作としたアニメ2010年代以降各クールに2~3本は放映されている。基本的ドラマティックで壮大な展開や激しい戦闘を行わない、いわば反「セカイ系カルチャーともいえるだろう。源流としては美水かがみらき☆すた」(2004)や、なもりゆるゆり」(2008)などが代表的ものとして挙げられるだろう。00年代初頭から現代まで増加傾向にある「日常系」は、現在も各メディアで売れ続けている。この背景には、やはり弛緩した日常風景の一瞬・ごく短いセリフや1コマのシーンの行間を読む関係性消費への志向への高まりが一因であると思われる。日常系の「物語性のなさ」は、逆に巨大な「行間」を生み出し、そこにオタクが各々関係性や物語想像して消費することができるからなのではないだろうか。

・「行間を読む」相関図消費の“複雑さ”への萌え

 関係性消費について、2,5次元舞台での「リアリティ担保に参加しつつ、舞台裏も消費するファン」や、「タカラジェンヌの四層構造」(東 2015:96-98)*1 で取り上げられた「各レイヤーを横断し、その要素を複雑に融合させながら関係性を消費するファン」は非常に興味深い。これに似た位相にあるコンテンツに、「バーチャルYouTuber」が存在する。「バーチャルYouTuber」とは、2D3D二次元アバター現実の肉体の動きとシンクロトラッキング)させ、そのキャラとしてゲーム実況雑談配信などを行う人々の事を指す。そもそもYouTuber」の動画には前提とされる物語世界観はなく、その動画単体でも楽しめることが前提とされており、多くのバーチャルYouTuberも同じく、上記の「日常系」にも通ずる他愛もない放送を行っている。しかしここにおいて重要なのは、「日常系」を「実在人物が演じる」ことがコンテンツとして確立し、今流行していることである難波優輝は「Vtuberの鑑賞の構成要素は、パーソン、ペルソナキャラクタという三つの身体に分けられる。そして、ペルソナキャラクタ画像がつねに重ね合わせられ、かつ、パーソン/キャラクタとペルソナの層がそのつど関係づけられながら、装われるペルソナが鑑賞者の鑑賞の対象になっている」(難波 18:121)*2 と論じ、これを「Vtuberの三層構造」と名付けている。

そしてバーチャルYouTuberは、電子の肉体によって軽々と他のバーチャルYouTuberとの関係性を構築する。コラボ放送などでみられる仲睦まじい様子を、鑑賞者は「Vtuberの三層構造」を横断し、「彼/彼女らのパーソンのレイヤーでの関係性」が見え隠れする片鱗をSNS動画において意識しながら鑑賞しているのである。また、バーチャルYouTuber側も当然「パーソンを消費される」ことに対する意識を持っているため、現実世界でパーソン同士が実際に会い、その時食べた飲食物画像投稿する、それに対して「パーソン・レイヤーにおいても継続される強い関係性」を読み取れるようになる、といった事象もあった。これはまさにタカラジェンヌの四層構造における「芸名存在」におけるパフォーマンスと相似であり、その表象が3DCGやVR機器の発達によりさらに「オタク」向けに変化(美少女美少年だけに限らず多様化)したものではないだろうか。「日常系」と「関係性消費」の拡張であり、またジェンダー次元の攪乱への大きな手掛かりとなるムーブメントだと考えられる。

まり、「実在人物が裏に存在するという事実に裏打ちされた生々しい日常系関係性」が、液晶内のキャラクタバター動画配信という形態の手軽さにより、オタク関係性消費への志向次元を超えてさらに加速していくと予想できる。

2【やおい文化百合文化から読み解くオタクジェンダー格差

関係性消費における性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)の無意味

 前章で関係性消費への志向さら高まると予想したが、本章ではオタクジェンダー格差について女性向けジャンル男性向けジャンルという分類の持つ意味合いやその内部の消費形態差異があるのだろうか。

もちろんHL(異性愛文化を扱う少女マンガ少年マンガにおいても恋愛友情ライバルなどの相関図は存在するが、メインとなるカップル男女の恋愛関係がメインに据えられることが多い。一方BLGL文化ではそれ以外の登場人物関係性をより深く読み込み二次創作に落とし込む、あるいは理想の相関図を一次創作で描き出す。今後どんどん規模を増していくであろう関係性消費においては、性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)は無意味になっていくのではないだろうか。しかしここではあえて、わざわざラベリングされている「腐女子」と「百合男子」という言葉意味合いについて掘り下げ、BLGL同性愛ファン文化それぞれの特徴から考察してみたい。

・「腐女子特有の親密さ

女性オタク人文学社会学研究に関しては、特に腐女子論」か「ジェンダー論」による先行研究が数多くある。その中でも数多く散見されるのは、「主体的女性性的欲望解放」といった視座からの言説であった。特に腐女子論」と「ジェンダー論」を組み合わせた言説では、「自らの女性身体が侵されない安全領域において、性的表象を消費するためにやおい文化は発達した」といったもの存在する。しかし、現在においてこれらの言説に私は違和感を感じる。勿論そういった側面も確かに存在する(した)と思うが、現在日本混沌としたオタクカルチャーの中で女性オタクの中から腐女子だけを切り取って上記のように論じるのは既にごく限られた一部の事例においてしか適用されない理論であるように思う。

 今あえて「腐女子」を論ずるならば、私は「腐女子同士の関係性」に目を向けたい。腐女子であることによる世間からマイナスイメージ払拭しようとしたり、イベントSNSでの趣味スラングの共有による特殊連帯が、このコミュニティでは無数に形成されている。やおいコミュニティ特殊性について東は、「やおいを好む女性たちは、一様に異性愛から疎外されているわけでも、異性愛を拒絶しているわけでも、異性愛を欲しているわけでもない。彼女たちはただ、異性愛排除したところで成り立つ、女同士のホモソーシャルな絆がもたらす快楽を求めているのである。」(東 2015:236)と述べている。さらに、腐女子は扱う創作物特性セクシャルマイノリティに対する理解が深く、またホモソーシャルな絆から発展し、腐女子同士が交際していることなどもよく小耳に挟む。シスターフッドレズビアン連続体、ホモソーシャル関係性を含んだ腐女子コミュニティは、作品上においても現実世界においても強い「関係性」を追い求めている集団なのではないだろうか。

・「百合男子」はなぜ流行らなかったのか

 では次に、GLを愛好する男性オタクについて考察してみたい。残念ながら、男性オタクの先行研究は数多くとも、その内容は美少女キャラクタへの欲望コミケでのゆるやかなホモソーシャル交流などになり、「百合男子」単体にスポットライトを当てたものは見つけられなかった。なぜなら、GLというコンテンツ受け手ジェンダーによって大きくそ意味合いが変化してしま場合があるからである。そして男性GL愛好者は、「美少女キャラクタへの性的な消費」という使い古された言説の中に含まれ見えなかった存在であり、その消費の仕方は齊藤によって「腐女子との比較でいえば、男性おたくの『萌え』にとっては、関係性のプライオリティはそれほど高くない」(齊藤 2009:154)*3 と評されていたのだ。よって、ネット上でGLを愛好するファンは「百合厨」「百合豚」などと呼称され、その性別限定されていない。これはGLというジャンル男性けが消費することに対することが上記齊藤の言説のような文脈を帯びてしまうことに対する対策と、実際にファンの男女比がほぼ半々であるため、両方の理由によるものと思われる。逆説的に考えれば、「腐女子」という呼称流行ったのはBLというジャンル女性が消費することを蔑視されることに対するアンチテーゼとして、BLファン当事者たちが自らをそう名乗ったことに起原するのではないかとも考えられる。

 また、百合コミュニティにおける異性愛忌避姿勢は、腐女子コミュニティのそれに比べてはるかに厳格なものに感じられる。先に述べた「男性による女性キャラクタの性的消費」とは違うことを宣言するために「百合男子/厨」を名乗った男性オタクたちは、腐女子のようにホモソーシャルな絆を構築することはなく、二次元三次元を問わずして異性愛的な欲望を抑圧されるようになった。この構造腐女子ジェンダー論に見られた主体的な性消費の解放とは真逆の道を辿っており、非常に面白い点だと思っている。

関係性消費によるジェンダー越境可能

 こうして述べてきたように、同性愛コンテンツファン構造は非常に複雑で特殊ルールの基に成立している。しかし、上記性的欲望を抑圧される百合男子に関しては、百合というジャンルの男女比がほぼ同じであることに大きく由来するだろう。つまり、「同性愛コンテンツを扱うにあたり、そのファン異性愛忌避しなければいけない」といった暗黙の了解のようなものオタクの中で存在しているということである。これに関しては、創作物消費者セクシャリティは隔絶して考えるべきであるという立場をとりたい。そして、特殊連帯プラスにもマイナスにもなり得るBLファン界隈と、ジェンダー問題に揺れるGLファン界隈は、第一章で述べたバーチャルYouTuber関係性消費をモデルとして再構築されつつあると考えている。バーチャルYouTuber関係性消費は、非常に複雑なジェンダー攪乱が日常的に行われている。パーソンがシス男性ペルソナシス女性キャラクタがシス女性キャラ同士の「絡み」は、GLともBLともタグ付けをすることが難しい議論になってくる。しかし、その関係性に惹かれるファンキャラクタとパーソンのジェンダーを軽々と越境し、その複雑な「関係性」を消費することができるようになるのである。これに似た現象アニメ漫画においても進んできており、創作物受け手ジェンダー必要以上にファンを語るうえで関係づけられることも少なくなっていくのではないだろうか。

【続きと参考文献リスト

https://anond.hatelabo.jp/20190216024058

性別評価が分かれる映画といえば?

評判の良いシザーハンズを観たんだけどこれ好きなのって女性だけでしょ。

2019-02-15

anond:20190215192236

から生存必要な『弱者性』が、その資格を取得できないもの人種被差別部落生物学的な性別身体障害知的障害など)から、誰でも自認でOKもの(LGBTQ、精神障害)に進化したわけだね。

あとはお客様患者様、保護者様の立場を合わせれば最強かな。

神や権力権威を壊してみたって、パワー増強ツールを欲する人間性は無くならない。

なんで差別されてない事例にまで差別されたと主張するのか?

日本アメリカほど騒ぐ必要がない。

それに対してアメリカ関係ない事例にまで、差別差別相手を攻める。

これには実はかなり大きな理由が有る。

社会的人間らしく生きるため、相手差別されたと主張しないと生きていけないのだ。

ちょっとまえに話題になったのは「アメリカ特に理由なく従業員解雇できる」という話。

特に理由なくお前クビね」といえる。

からめっちゃ適当解雇されるし、そのために上司に媚びを売る必要も出てくる。

でも例外が有る。「差別理由による解雇は認められない」

ここで辞めたくない人間はどうするか?

相手差別された、差別心による解雇だと主張する。

それしかない。

黒人なら黒人から差別されたと言うし、HIVポジティブならHIVポジティブから解雇されたという。外国人なら外国人からに違いないと言うし、肝臓病なら、肝臓病を理由首にされたと主張する。

これは「社会において、不利な扱いを受けたと感じるや、差別されたと相手糾弾しない限り、人間的に生きていけない」ということに付随する。

弱者に対する保護は圧倒的に日本よりも少ない。これは事実だ。

そんな社会だが差別にだけは妙に厳しい。

から人種性別性自認外国籍などで差別されたと主張するしかない。

差別は強いカードになってしまってる。不利な扱いを受けた際にはそれを出すしか弱い立場人間はない。

から必要以上にナーヴァスになる。

飲食店黒人が入ろうとしてラストオーダー時間を過ぎて追い出されたら「差別された。アイツラは食ってるじゃないか」と主張してしまうことまで起きる。

そこに差別があったかどうかは問題じゃない。

そう主張することが生きていくために必要なのだ

で、ここで問題が生じる。白人男性ヘテロの、HIVにも感染してない、ただの貧乏人がいたとしたら、その人は一体どうやって自分を守ればいいのか?

子ども(声かけ等)(小金井市貫井北町1丁目)

https://www.gaccom.jp/safety/detail-323263

2月14日(木)、午後2時40分ころ、小金井市貫井北町1丁目6番付近で、男子児童が下校途中、に声をかけられました。

声かけ等の内容

今日バレンタインからアイスクリームあげる

私の体を触って

 

不審者の特徴

性別 女、年齢20歳代後半、身長160センチメートルくらい、体格やせ型、目が一重、髪の毛を一つに束ねている

 

・お子様には、少しでも「こわい」と思ったら、大声で助けを求めたり、防犯ブザーを鳴らすなどして、すぐに逃げるよう指導してください。

 バレンタイン痴女がきたーっ!

anond:20190215092737

性別による区別必要職場から女性男性もどちらも必要

どちらかが上って風潮ではないが、失礼ながら女性の多くは「面倒なことを避けたいときだけセクハラだ何だと騒ぎ、そうでないときはいたっておとなしい」って感じ。

おいしいところだけもっていこうってのはさすがに、ね。

どんな行動がセクハラになるかとかどうとか

セクハラになる行動が"ある"んじゃなく関係性がセクハラに"する"んだと強く言いたい

何がセクハラになるのか外野が行動を定義するのは逆に行動でセクハラの幅を決めてしまいかねない危険な考え方だと思う

一定関係で行われれば何でもない好意的ものでも関係が築かれてないならハラスメントになるなんて性別関係なく分かりきってるのに行動自体に焦点あてるのって意味が分からない

周知するなら関係に対しての常識的距離感のはかり方で女性側でも価値観違うの当然なんだから行動にセクハラ定義を求めたらそりゃアレもソレも何でもセクハラやんけって話になる

行動の例あげる方が簡単で分かりやすいし何も言われてなかった頃より良くはなってるのはそうなんだけど正直そんなのじゃキリないし気をつけなきゃいけない側も本当は不要かもしれないストレスに晒されてるかもしれないんだからいい加減言動自体に罪はないって認識こそ広めるべき

本来何でもない言動がそのせいでセクハラって属性を伴ってるの明らかに悪手

それでハラスメント被害側が定義する(際限が無いという意味ではない)って大前提をガン無視して関係性を理解しない/出来ない外野被害者の代弁面で勝手に行動を理由セクハラって言葉で殴りつける状況も珍しくなくなってて頭おかし

何も知らない知りようの無い人間が本人の気持ち聞く前に私ならこんな事不快からきっとそう思ってるはずだ最低だって想像非難に繋げるその距離感おかしさはむしろ一種ハラスメントになり得るレベル

人生相談助言クソ上司と何も変わらない

助けてあげようと思う気持ち相手を気遣うのがクソなんじゃない

そんな関係じゃないのに土足で踏み込んでくるそのデリカシーの無さがクソなのだ

かに行動で定義する事でそれまで言い出し難いような関係上でも客観的視点非難できる環境を作る/安易ではあるけどそのライン提示して意識を促したって面でそれだけでも素晴らしいのはそう

ももう今はその地点から停滞して混乱を招いてそれだけでやるには無理が出て来てるのは明らかなんだから行動から関係問題認識シフトすべきだと思う

意思疎通ちゃんとやって出来なければ出来ないでその具合にそった常識で考えて行動しろよそこハッキリしないなら勝手に良い方に補正するなよ頭の中だけに留めておけよ関係性で横着しようとするなよその話題セクハラじゃないんだよお前とはその話するような関係なんてないのにどの立場で言ってんだお前は一体何の気でいるんだ何で一方的距離つめて来てんだ何なんだそれはってそういう話

セクシャルっていう名前から男性が例にあがりがちだけどこれは性別関係ない

関係性の線をこえて踏み込んでくるのに女も男もない

女も悪いとかそういう話でもない

単にクソには性別がないという話

クソを性別で許容してはいけない

セクハラの延長線上にいるのは痴漢じゃなくストーカーなんだよ!!!!!!!!

2019-02-14

anond:20190214234844

それをワイに言われても困るんやが?元増田に言ってくり

性適合手術が行われない限り戸籍基本的には変えられないので

戸籍性別に合わせてご利用頂くのも運営側自由やし

戸籍ではなく自称であっても水着を着用や誰でもお風呂を設けて入浴させるのも自由

契約自由の原則やね

つか、こういうクッッソどうでもいい妄想よりも、

オストメイトをご利用の方がプール公衆浴場の利用を断られるということが現実に起きてる

https://www.j-cast.com/2016/04/06263444.html?p=all

こっちのが問題

anond:20190214225721

中卒ですか?ちゃん勉強してくださいね

憲法14条1項 すべて国民は、法の下に平等であって、人種信条性別社会的身分または門地により、政治的経済的または社会的関係において、差別されない。

anond:20190214095058

憲法14条抜粋

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種信条性別社会的身分又は門地により、政治的経済的又は社会的関係において、差別されない。

この条文を「政治的経済的又は社会的関係においての差別以外は人権侵害ではない」と捉えるのってあほしか言いようがない

そもそも論点は「侮辱かどうか」であって「差別かどうか」ではない。

anond:20190214094359

憲法14条抜粋

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種信条性別社会的身分又は門地により、政治的経済的又は社会的関係において、差別されない。

ネトウヨがいつ政治的経済的又は社会的関係において差別されたん?どこに人権侵害要素が?

2019-02-13

別にいくら親しい友人だってあらゆる面で意見趣味が一致しているわけじゃないんだし

片方がセックスを望んだら付き合いでセックスしたっていいし

どうしてもセックスしたくなくて折り合いが付かなくて関係が終わるならそれは仕方ないことでセックスを望んだほうが悪いみたいな話になるのはおかしいだろう

あと別に男が必ずセックスを望む側なんてことはなくて性別が反対でも同じことは起こる

2019-02-12

増田ユーザー層って

ぶっちゃけどうよ?

性別と年齢、学歴書いてけ。

自分は 女 27 地方公立

anond:20190212154237

お互い様」では断じてない。

虐げられてんのは痴漢以外の男女だろうが。

お互い様だぞ。

何で女に不満ぶつけたくなるのか理解できん。問題の原因である痴漢に言えよ。

フェミニスト曰く、女性専用車両は女が勝ち取ったモノらしいぞ?

なんでフェミニスト意見聞いてんの?馬鹿なの?

反対派の都合良い意見だけ取り入れたい坊ちゃん

そして利用者もまた差別に加担し差別によって益を受けてる以上は同罪。

女は痴漢によって差別されている。

男も痴漢によって差別されている。

女は差別され痴漢されたくないか車両に逃げざる終えない。

男は差別され痴漢に間違われたくないから別車両に行くしかない。

そもそも、毎回言われているように男も乗れるだろうが。何を言ってんだ。男女平等だろう。文句痴漢に言え。

ここで被害者である女共に対して「女ガー!」と言ったところで何もねぇよ。いい加減理解しろ


そもそも資格が取れない助産師差別される男性保育士をお忘れ?

現在日本において、性別によって国家資格の取得が制限されることはまれであるが、

日本では現実問題として男性助産師積極的に求める妊産婦がいないため、男性助産師資格を得られないのはやむを得ないとする見方一般的である

要望が無いのに資格とってどうすんの?

あと、保育士男性OKだぞ。

ふー。お前に何を言ってもムダだと分かっているか

俺はこれで降りる。じゃぁな。

一生ひとりで「女がボクを差別する!」って言ってろ。

anond:20190211093950

ゲイ性別に関わりなく人を好きになるのではなく男性性に惹かれてるという自覚があるんだよ。

男性性さえありゃ好きになるってわけじゃもちろんないけどね。

2019-02-11

性別を偽って男子校に通う系の作品

実は全員が男装していて実質女子校舞台百合漫画が読みたい

anond:20190209223617

それはそうなんだけど

肉体の種の保存のために欲求があるのと

種の保存について協力者を選定したいという原理

協力者の欲求恋愛感情区別がつかず結果種の保存に紐づき肉体関係を欲する場合

犯罪問題行為は肉体の部分的に発生しているものではないという観点があれば

種の保存の一端を担う可能性においてパートナーとして認定されるべきかどうかという事について

とすると

犯罪は部位に起因するまたは主な要因であるとするなら犯罪に関与した部位を切断するなどの

処罰方法解決策といえるけど

性転換という形で部位にその種の保存における欲求の肉体と精神の両面を担わせることは

論理破綻しているといえそう

どちらの役割を担うかという事について個人がその特異性を認めてほしい必然性

男性なのに 女性なのに とそれぞれの特徴を放棄した結果その反優位性を担保

見解や事例を示すことができるとは考えられなくもない

そうであった場合 体験者 体現者として生理的不都合精神的な不都合または

好適な事例を共有する第三第四の性別を準備しなくては完全な形の移行後の性との

齟齬にあわなくなる

運動ができない病気の人が人だから男性から女性からとわけられるほかに

分類があるように性別にも段階ごとにわけられるべきになる

まりだだれ性別生物について考えておらず社会的立ち位置による

都合しか思案してないということだろうから最終的に安定する評価基準

「体」 ってことになりそう

それは需要にたいして供給をしたい自分の在り方がその「体」

をどのような形にしたいかという欲求のようにみえ

自分の体を変化させたいと願うほどの欲求性別以外にしても

他人をどうにかしたい」の圧倒的欲求の大きさの現れではないか

いう気もしてくる

anond:20190211093015

話の本質がわかってないみたいだけど、

ゲイの人はこれからも男の人しか好きにならないって確信しているようだったか

なんでそんなことを確信できるのかって話

性別に関わりなく人を好きになるのなら同性愛者とか異性愛者とかってカテゴリ不要なんじゃないのかな

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