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2018-02-20

数年ぶりに同人世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた話

私は二十数年ほど前に腐の道に足を踏み入れたオタクである

書店あくま一般的大手書店)で好きな漫画の絵が表紙に描かれている「公式アンソロジー」とやらを見かけ

わず手に取り、同人誌というもの存在を知らされてしまった世代といえば、心当たりのある方もいるかもしれない。


当初は晴海に足を運び、会場が変わってからビッグサイトに足を運び、ナントカ会館等で開催される小規模なオンリー

コピー本を携えてサークル参加デビューを果たし、当時は割と楽しく活動していたと記憶している。


その後、活動していたジャンルの衰退、進路云々という人生選択等も重なり、自身創作してイベントに参加することが

自然となくなった。友人スペースの手伝い程度。それも楽しかった。


当時はTwitterpixivもなかった。



ここまでお読み頂いて「もしやこれは中年の懐古を元にした愚痴なのではないか」と思われた方。

恐らくそうなので、何か違うと思ったら閉じて頂いて構いません。




とあるジャンル同人世界に戻ってきたら面倒なことになっていた


2010年代に入り、個人的には転職をして少々生活が落ち着いた頃、とあるジャンル創作活動をしてみたくなった。

そこで遭遇したのが下記の面倒事だった。


慣れ合い、擦り寄り慣習


情報発信手段としてTwitterが主流になりつつあったので自分登録して同ジャンルの人々をフォローしたのだが、

あちこちでムダな慣れ合いや擦り寄りが日常的に発生していた。


創作者同士による「え〜〜◯◯さんの方が上手ですよぉ〜〜」的社交辞令

 こういうことを言い合う人たちはだいたい心の中では自分の方が上だと思っている

・壁や誕席に配置される創作者(一部商業作家を含む)へのあからさまな擦り寄り

 その時のジャンルには商業BLへの進出を狙う野心家も多かったため、奴らは必死だった

・良配置を得た創作者の「はわわわ〜〜私なんかがこんな配置を〜〜!!何かの間違いです〜〜!!!

 当日は私は無視してください〜〜〜!!!」という心にもないムダ謙遜

 本当に無視したら今度はすねて「どうせ私なんか…やっぱり実力もないのに…」って構ってネガするくせに

・付き合い上、特に欲しくない本を買わなければいけない雰囲気

 正直な話、あなたツイート面白くてフォローしているけれどあなた創作物が欲しいわけではない、という相手もいる


こういうことを書くとだいたい「じゃあ付き合いをやめればいい」という意見が出るのだが、一度繋がってしまったもの

それこそジャンルごと変えるでもしない限り安易に切りにくい、という事情もある。もちろん私自身の性格起因もある。

そこはどうしても平行線議論になるので、いろいろな意見もあるよね、に留めておきたい。

どちらかが正しいということではないと思うので。


ありがたいことに何年か活動を続けているうちに、個人的な繋がりのないところから私の創作物を気に入ってくれる人が出てきたり

BLであったにも関わらず男性の読者さんがついてくれたりして、それなりのやりがいも感じられていたのだが

あるイベントの終了後、急激に「なんか疲れたな…」という気分に襲われ、フェードアウトする形でそのジャンルでの活動をやめた。



どうでもいい話だが、そのジャンルには大学在学中にデキ婚出産した当時20代前半の専業主婦創作者がおり、

かにつけて「大学では◯◯を専攻していて〜就活も本当は△△(大手)を目指してて〜〜」などの「私はバカじゃない」主張や

そうかと思えば「あたしおかあさんだから」的ツイートで既婚子持ちマウントを取ろうとしてくるので、非常にうざかった。

彼女には嫌いな創作者がいて、何かにつけてはその相手ディスり「だから◯ちゃんで叩かれるんだよ…」などとツイートしていたが

彼女自身もまた◯ちゃんで叩かれていた。二人とも今頃どうしているだろうか。もう30代のはず。正直どうでもいい。



■別のジャンルで数年ぶりに同人世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた


さて、それから数年、本当に何の創作にも関わらずにただの漫画アニメオタクをしていた私に、また新たに興味を持てるジャンルが現れた。


久しぶりに「沼に落ちた」という表現が出来るほどのジャンル出会った私はそのジャンル専用のTwitterアカウントを作り、

同じジャンル好きな人達と繋がり、たまに自分で描いた絵をツイートに貼り付けては一般人にふさわしい数のRTいいねを頂いて

楽しくやっていたのだが、ここでもまた面倒なものが目に入るようになってきてしまった。


慣れ合い、擦り寄り慣習

以前いたジャンルよりもさらにひどい(※個人の感想ですものだった。


私がそのジャンルに落ちた時、既にそのジャンルが盛り上がり始めてから一年以上が経過していた。

その間に何が起きていたかを察するに、


1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮

2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気

3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気


下記に簡単解説するとこうなる。


1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮


私もジャンルに足を踏み入れた者としてはド新参なのだが、創作者を中心にあちこち古参に「私など新参ですから」と

謙遜して回らなければいけない雰囲気蔓延していて、辟易するのに時間はかからなかった。

全体的なジャンル雰囲気としては「ご新規様歓迎!あなたもこの作品を見てください!」という呼び込みも多いのだが、

創作者に目を向けるととにかく新参が頭を垂れている様を目撃する。

そのジャンルには商業作家はあまりいないのだが、「偉い」人は「先生」などと呼ばれて崇め奉られているのだ。


気味が悪い。


2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気


ジャンル内で「偉い」とされている創作者の中でも、一番の人気CP活動している一番「偉い」とされる創作者が存在していた。

一番の人気CPなので、後からハマって創作を始める人の中にもそのCP活動したい人が多い。

彼女らが何をしているかというと、


・その「偉い」人をまずフォローし、

・「以前から拝見していました!ファンです!!」という挨拶で忠誠を示し、

・「偉い」人が何かツイートする度にRTして空リプで崇め奉る


という、もはや偉い人の宣伝媒体となることによってそのCPでの活動領域を得るということだった。


気味が悪い。


3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気


1および2から、「偉い」彼女創作物は「読みたいから読むもの」というよりも「礼儀として購入し、読んだら褒めちぎるもの」という

何だかよく分からないものと化していた。


気味が悪い。


私自身、ハマったCPは前述の一番人気CPだった。

だが、「偉い」人の創作物は正直あまり好きではない。もっと言うと、その「偉い」人自身が好きではない。

知り合いなの?と聞かれれば、いいえ違いますということになる。

知り合いでもないのに嫌いなの?と聞かれれば、「あなたにもいませんか?知り合いでもないけど好きではないなと思うタレントとか」と

いうことになるが、とにかくその「偉い」人の発言の端々に自分とは合わないものを感じてしまい、受け付けないのだ。


ただ、推しCP推しCPである以上、どうしてもTLにRTいいねさらには空リプまで含めて彼女を崇め奉る空気蔓延する。

そこで私は彼女アカウントIDペンネーム、「先生」という単語まで含めて、彼女の影がTLに現れないように徹底的にミュートした。

それでもイベントが近づけば彼女新刊に関連すると思しき新たな単語がTLに発現するので、それをミュートする…ということを

繰り返している。もちろんはじめからフォローもしていない。信者からすれば、私は不心得者だろう。



これもどうでもいい話だが、ここまで崇め奉られる◯◯先生とやらはどんな人なんだと思ってググってみたところ、

見事に◯ちゃんで叩かれていた。なんだ、皆が皆崇めているわけではないのだなと思うと同時に、表向きは信者に見えるあの人やあの人も

心の底ではどう思っているかからないのかもしれないな、と思い、そっとブラウザを閉じた。



そんなこともあり、私は現在身をおいているジャンルではある意味中途半端創作を続けている。

たまに描いた絵をツイートに貼り付けてみたり、ある程度まとまったらpixivに載せてみたり、それで満足だ。

心優しい人からイベントに出てほしい、本を読みたいと声をかけて頂けることもあるが、上記の気味の悪い風習がなくなるか、

偉い先生とやらが去るまでは御免被りたい。

先生とやらは自己顕示欲自己評価承認欲求の塊のようなお方とお見受けするので、ジャンルが盛り上がっていて

適当キャラクターセックスさせて崇め奉ってもらえるうちは去ることはないだろう。


昨今、同人誌価格設定創作活動における人間関係に疲れる等の記事拡散されているのをよく目にする。

私はそうした疲れを感じたくはないので、今のままでいようと思っている。

来年高校生になる中三なんだけどさ

不登校なんだよ、中一の夏から学校行ってないの。一回も。

行く予定の高校通信制高校だし、全日制の高校に通うことから逃げちゃったんだよね。新しい環境普通学生としてやり直すのが怖くて、また逃げた。これじゃ二年前と一緒じゃん。何一つ成長してない。

あと、まだ幼稚園児の弟がいるんだけど、こいつが全然好きになれない。ていうか家族が嫌い。同じ空間にいるだけで息が詰まって逃げ出したくなる。

母は私に手当たり次第に愚痴ストレスをぶつけてくるし、父はパチンコ大好きのクズ野郎の癖にすごい上から目線。こんな親どうやって尊敬すればいいの?ってくらい嫌いだし気に食わない。しかデキ婚から愛情なんて一度も注いでくれなかったし、褒められた記憶ほとんど無い。こんな親だったら生まれない方が良かった。心の底からそう思う。

弟は家中走り回って騒ぐし、一日に数えられないくらい泣き喚く。子供から仕方ないとか言われても私が気に食わないんだから邪魔もの邪魔なんだよ。この間は「バカ」とか「死ね」とか言われたし。発達障害の気もあるし、生まれない方が幸せだったんじゃない?可哀想に。

親がこれだからもちろんその子供もまるで駄目で、私自身今まで努力とかそういう物をほとんどしてこなかった。自分好きな物を追いかけるだけでやらなきゃいけない事から目をそらし続けて、結局不登校だよ。本当情けないな……

何かやらなきゃいけない事でも、なぜか足がすくんでしまって出来ないし、努力とか忍耐とかそういう物もまるで出来ない。ただのクズじゃん。中三でこれとか、死んだ方がマシじゃない?

この文章も眠れなくてぐだぐだ書いてるだけだし、自分を見つめ直して何かが変わる訳じゃない。増田を見ている時間無駄時間だって分かってる。でもやめられない。どれだけ苦しくても逃げる事がやめられなくて、また自己嫌悪に陥る。

本当、なんで生まれてきたんだろう私。出来ることなら、だれにも迷惑をかけずに消えて無くなりたい。

2018-02-19

50代間近、毎月60時間残業しても手取り35万ちょっと。なんか生きるのに

こういうところで、自分の中にある、苦しみや悩みを吐き出す日が

来るとは思っていなかった。

中年を過ぎたオヤジの読みづらい戯れ言だと思われても仕方ない。

からスルーしてくれても問題ない。

仕事IT系システムエンジニアであり、プログラマーでもある。

経験した言語C/C++SQLPL/SQLPHPJS。あとCOBOLは少しはできる。

PHPJSフレームワークはよく知らない。仕事で使う機会が皆無だったからだ。

もちろんシステム設計問題ない。

最近本業タスクが無くなってしまうと、PL/SQL言語類似する

DELPHIを独学している。そのためにスターター版をインストールした。

もちろん、発注元には承認を得た上で残業させてもらっており、その点は感謝している。

ここからが本題。

発注元とは派遣契約。単金がいくらかも知っているから、どのくらいの

金額となるかもわかっている。問題なのは、その間にある会社

その会社で4割以上、ぼったくられている。。

社員扱いにしていると言うが、実際はアルバイトと同じで

有給休暇なんて存在しない。休めば単純に差し引かれるだけ。

から健保負担人間ドックや定期健康診断なんか行けない。

住民税はぼったくられた中には含まれておらず自腹だ。

両親は介護老人ホーム借家暮らしているが、

両親自身年金だけでは暮らせるわけも、毎月15万の仕送りをしている。

私自身はその会社一方的に決めた法人契約アパート暮らしている。

法人契約とは名ばかりで住宅補助は一切無く全額ぼったくられ、

水道光熱費も全額負担

生計が苦しいから、もう少し給与を上げて欲しいと2度、3度と

お願いしたが、40時間残業すれば手取り40万を超えるから大丈夫だと

すべて笑って誤魔化され一蹴された。

年齢からし転職できないと思われている。実際に、自分でも

この年齢で転職は無理だろうと感じている。

できるだけ支出を減らすために、1日1.5食まで減らして暖房も使わず

可能な限り無駄を減らしているが、それでも生保定期積金も難しくなっている。

預金は減る一方で増える見込みはない。そろそろ底が見え始めてきた

これを書いていて思ったのが、ひとつ救いだと思えたのは独身で良かったと。

もし結婚していたらカミさん申し訳ない。

カミさんが協力的な人だったとしても心苦しいし、顔を合わせづらい。

そんな状態が続いたから、なんか生きるのに疲れてきた。

さら支出を減らす努力生保定期積金の解約が必要になっている。

こんな生き方しかできないなら、生きるって何だろうと考える日々を過ごしている。

童貞と付き合ってみたい

残念ながら私自身は経験済みの中古品なんだが

一度は童貞と付き合ってみたい

月並みなことを言うようだが私色に染めたい

しかアラサーでは周りにはなかなかいないんだよなあ

どこで出会えばいいのか、、

最近台頭してる界隈の文字打ちやら何やらが苦手すぎる

オタクが嫌になって現場行かなくなるって、オタクなりたての頃はそんなくだらない理由!?と思ってたけど、案外そんなことないんだな

なんかオタクときではあるけど、こんなにオタクへの不満多いと私自身がオタク向いてないんだなって落ち込む

2018-02-18

こじらせていない男を見抜く難易度が高すぎる件

よく「そんなクズ男を選んで付き合った(結婚した)お前が悪い」的な批判をされるを見るけど、実際こじらせた男を見抜くのって難しいと思う。

私自身も知らないで親切にした男から突然豹変されたことが何度かあるし、そうした愚痴をこぼすと「自己責任」と批判する人が一定数いる。

個人的経験として今思い出せるものだけを挙げるとこんな感じ。

尊敬できると思ってた大学の先輩

同じサークルにいたちょいイケメンな線の細い感じの先輩。

猫好きで一人暮らしアパートでメス猫を飼っていた。宅飲みで何度か他の人と一緒に行ったときニコニコと猫を抱いていた姿が印象的だった。

卒業後数年した時に同じサークルにいた女の子結婚報告をして、妊娠たか会社最近休職したと報告をしたら豹変

「暇で暇で仕方ないでしょ」

「いいよね。女はそうして仕事から逃げられて」

その他色々と専業主婦下げ発言を連発して汚い酒の飲み方をしていた。その場に参加した女の同窓生はもうその先輩とは会ってない。

地元合コンで紹介されたヘラヘラ

地元帰省した時に親から数合わせで来てほしいと言われた合コン婚活?)イベントで隣になった男。

初対面からヘラヘラした笑顔が変化しないのが特徴的だった。

最初は「何の仕事してんの?」「そのアクセサリーって(某ブランド名)のだよね」などとこっちに興味があるかのように話しかけてきた。

素直に答えていたら突然豹変して「どうせ男に買ってもらったやつでしょ」「大学出てそんな仕事ってみじめだね」「男に貢がせるためにここに来たんでしょ」とか一方的に言い出した。

すぐに席を変わってもらったけど、あとからその人を知ってる地元の友人に「あの人いつもそんな感じだよ」と言われた。先に言ってほしい。てか、女下げたいのになんで合コンイベントに来るのかわからない。

自称独身貴族謳歌していた40代

職場の先輩で、40代だったが若い見た目をしていてそこそこ女にもてる(自己申告)の人。

仕事は真面目だし教え方もうまかったので職場では尊敬をしていた。

会社飲み会のあとの二次会で、自分転職を考えているということを相談したとき豹変

「女はすぐに仕事が見つかっていいな」「面接担当の人(男)に胸とか見せればすぐに採用されるんじゃない?」「女はそうして気軽に職を変えられていいよな」というようなことを言い出した。

そういうことを言う人と思っていなかったので何を言っているのか最初理解できないほどだった。

バイト先の非モテ正社員

学生時代にお店でバイトしてたとき新卒で配属された正社員の男。

仕事では正社員2人が交代で、バイトは全員で10人くらいが4~5人ずつシフトに入る感じ。

年齢が近いこともあって最初バイト同士の話によくそ正社員も加わってはいたけど、なんか陰気で話してて少し浮くなって感じがしてた。

でも基本人畜無害だったので特に女の子バイト露骨に避けてたわけじゃない。

バイトの中で可愛い目の女の子が別の男性バイトと付き合い始めたらしいことが噂になり始めたとき豹変

あいつらできてんだぜ」「これから彼氏んちでやりまくるんだろうな」「バイトに男作りに来てるとか、下品だな」とか、汚い言い方で女の子を下げまくってた。

特に「突っ込まれてる」とか「くわえたのかな」とかシモ系の言葉遣いがすごく汚かった。

からの友人と婚約してた年上

幼馴染の女の子結婚意識している彼がいるというので一度会わせてもらった。

三人で一緒に食事をしてそれなり楽しく会話をしていたんだけど、友人が席を外したら突然豹変した。

「女同士で紹介とか意味がわからない」「今日しかたなく来た」「こうやって値踏みされるのは正直不愉快」「さっさと帰りたい」とかうわ、裏表あるわこの人と思うような発言をする。

その後私と幼馴染が会う約束をしていたりすると突然ドタキャンされることが続いて、あとから理由を聞いたら「彼がどうしても行くなって言うから」というようなことを言われた。

事情は深く聞かなかったが、その後その人と幼馴染は結婚しなかった。

理解ありそうでなかった親類のオッサン

子供の時から親類のイベントで顔を会わせててそれなりかわいがってもらっていたオッサン

中学生くらいになったときから大人になったね。もうすぐ嫁入りか?」とかやたら結婚結婚みたいなこと言われてたけど、特にその時は気にしてなかった。

それが20歳を過ぎたあたりから「早く嫁に行かないと嫁き遅れるぞ」「若いうちに男を捕まえておかないと後悔するぞ」という言動が増えていく。

最近では「仕事が可愛くないから男が捕まらない」「男に愛されてないと女は干からびる」「男のいない人生は寂しい」とか言われるので極力顔をあわせないようにしている。

実は痴漢擁護派だった自分父親

一番ショックだったのがこれ。

高校生くらいの時に初めて痴漢にあって、パニックになって泣いていた時にはそれなりに怒ってくれていると思っていた。

しか社会人になって痴漢にあって、その時には気も強くなっていたので痴漢は最低だというようなことを実家に帰った時にこぼしていたらいきなり「お前にも責任がある」と言われた。

男はそういう生き物だから仕方ない、お前が注意すれば防げる、高校生の時は世の中を知らないので仕方ないがお前はもう社会人なんだから自衛できないのはおかしいという話しだった。

それと「いい年して痴漢にあったとか言うと周りがおかしな目で見るから黙ってろ」とまで言われた。もうね。

かにもあった気がするけど強烈なのはこんな感じ。

一見人当たりがよくて親切そうな男が突然豹変することがよくあるので、正直女を心の底では憎みきっている底意地の悪い男を見抜くのはかなり厳しい気がしている。

女性専用車を巡る議論感想

インターネット学級会、この話題好きすぎません???

何度目だよ?????

私自身の意見は、女性専用車容認区別であっても差別ではない、なのだが、

既に言い尽くされた議論を蒸し返すだけなので省略)

公式地雷になった話

毒抜きの為だけに書いている文章なので、支離滅裂なのは許してください。

私はつい先日まで、とある作品に嵌っていた。紙媒体原作があり、そこからアニメゲームなどの派生作品複数ある作品だ。

その作品に嵌るより前からアニメ漫画は好きだったけれど、この作品は生まれて初めて作者さんに手紙を出してしまうぐらい好きになってしまった作品だった。

しかし、これだけ好きだった作品の事を私は今とても嫌っている。憎いと言ってもいい。

理由は単純で、「公式地雷」の一言に尽きる。

公式地雷」だなんてふざけた事をぬかすな!と思った方、その気持ちは私もわかる。とても分かる。

私自身、今回の件があるまで公式地雷なんて気狂いの発想だろ的な事を思っていた。でも今ははっきりと言える。公式地雷という現象はあり得る事だと。

まず違和感を覚えたのは原作アニメ化され、それが放送された時。

原作で好きだったシーンがカットされた。これはいい映像と紙媒体表現方法が違うのは当然だ。

キャラクターの掛け合いを増やす。これもいい。可愛いキャラクター達の可愛い掛け合いだ。全くもって構わない。

キャラクターの掛け合いを増やした結果本筋を疎かにする。

これはだめだろ!?!?!!!!?

案の定原作未読者からクソアニメ認定されたぞ!?!?!?

脚本家は筆を折った方が良いのでは!?

次に違和感を覚えたのは、原作者完全監修ストーリーがウリのアニメ基準としたスマホゲームの、とあるイベントシナリオが公開された時。

原作では思慮深い描写されていたキャラクターがいきなりポンコツ

何を言ってるか分からないと思うけど私も何も言っているのか分からない。何があったんだよこのキャラクターに。

いや、何が起こったのかは分かる。ここでこのキャラクターポンコツになれば、このシナリオオチ面白くなる。だからポンコツになったんだ。

ごめんやっぱり意味が分からない。

次に違和感を覚えたのも、やはりこのゲームシナリオ

作品の中で一番推してるキャラクターマイナーキャラなので原作にも殆ど出番が無い)が珍しく通常シナリオに出てきた。

キャラage要員として。

しかもその推しキャラsageられる。

わっけわかんねーよ!!!

キャラを立てる為に推しが利用されるのは構わない、でも推しストーリー中で貶す必要ありました!!!??

脚本家は筆を折った方が良いのでは!?(2回目)

次に違和感を覚えたのも、このゲームシナリオ

原作アニメ化した物を更にもう一度紙芝居化したシナリオゲームに収録された。ありがたい事にアニメではカットされた場面も収録されていた。

登場キャラクターを大幅に変えて。

キャラクターAが出てくる場面にキャラクターBを出張らせ、挙句Aの存在は初めから無かった事にされた。

意味が分からない。

脚本家は筆を折った方が良いのでは?

決定的だったのは、原作付属していたドラマcd

推し性格崩壊していた。

ドラマcdだもん、キャラ崩壊ぐらいあるよね、ってレベル崩壊じゃなく、別人レベル崩壊していた。

お前は誰だ推しはどこだ。

思慮深くそ頭脳は誰からも頼りにされている筈の推しが、一切の思考能力も持ち合わせていない馬鹿に成り下がっていた。ドラマcdのおふざけシナリオだという理由だけで。

馬鹿に成り下がる事自体が嫌だった訳じゃない。馬鹿に成り下がった理由シナリオの為だった事が嫌だった。

キャラを目立たせる為だけに推し馬鹿になったのだ。

このドラマcdを聴いて以降、私はアニメはおろか原作すら目に入れていない。表紙が視界に入るのも辛い。

アニメが合わなかっただけ。原作面白い」と思おうとしたけれど、ダメだった。上で違和感を覚えたと書いたシナリオは全て原作者監修のシナリオだった。

このご時世、本当に監修しているのか素直に信じられるものでは無いけれど、原作者名前で発表されている以上、どうしても分けて考える事が出来なかった。

結果、公式地雷になった。

作品を好きだった時間無駄とは思わないし、費やした金銭無駄だったとも全く思わない。本当に楽しかった。

でも今後この作品を見る事はないとも思う。再熱しようにも、また公式の展開が嫌なものになるのではないかと怯えながら読み進める事になってしまう。こんな胃に優しくないのは嫌だ。

オタクを辞めるつもりはないし、これからも色々な作品に触れていきたいと思う。ただ、あまりのめり込み過ぎるのも良くないなぁと考えさせられた一件だった。

メランコリックな夜

羽生くんが金メダルを取った。

感動と興奮とが一気に押し寄せ、それと同時に無事滑り終えた安堵感が綯い交ぜになり、私は感極まってしまった。

彼のファンなら皆、彼の演技を祈るような気持ちで見ていただろう。

私もその一人だ。

ファンではあるけれども、フィギュアに詳しくない私はアクセルフリップの違いもよくわからない。

そんな中途半端な私にも見終えた瞬間に「素晴らしかった」と思える演技だった。

表彰台笑顔で上る彼を見ていて湧き上がるのは感動、興奮、安堵の感情

そして、私はその裏にある自分のもう一つの感情に気づいてしまう。

憂鬱である

彼はソチから4年間、絶対王者としての意地、国を背負うという重圧、様々な葛藤の中で選手としても、一人の人間としても大きく成長し、今日私たちを大きな感動に包んでくれた。

彼の4年間は間違いなく波乱に満ち、また誰よりも努力した濃厚な時間だったことは容易に想像できる。

私の4年間は。

私の4年間、あのソチからの4年間。

あの頃大学生だった私は、今、「自分の夢を追う」という名目フリーターという心細い身分を自ら選択し、人生迷路に絶賛迷い中である

人に誇れるものでもなく、かと言って破滅的というほどでもなく、惰性的に夢を追う若者ありがちな堕落した時間を送ってしまっている。

羽生くんの演技による興奮なのか、自分の不甲斐なさに対する憂鬱からなのか、私は真っ暗な布団の中で時計が深夜3:00を過ぎても眠ることが出来ずにいた。

眠れないまま布団の中にいると、脳内走馬灯のように私の4年間のなかの少し印象的だった出来事や思い出なんかが駆け巡る。

そして、私は一つの出来事を思い出す。

大学進学とともに東京に出てきた私が、少し東京という街に慣れ始めた頃。

私は友達とともに有名大学の文化祭に足を運んだ。

自分大学とは違う、歴史的な校舎の作り等に感心しながらなんとなくお祭り気分を堪能していると、ふと見知った人の顔が目に入った。

Aくんだ。

高校一年生の春から夏へと季節が移り変わる頃、「ねえ、Aくん、増田のこと好きなんだってよ」と人づてにAくんの名前を初めて聞いたのを覚えている。

私はその時、Aくんの名前と顔も一致せず、「誰か知らないし、話したこともないし、なんかの間違いなんじゃない?」みたいな返事をしたのを微かに覚えている。

自分で「間違いなんじゃない?」なんて友達に言っておきながら、私はそのAくんの苗字を忘れられず(Aくんはちょっと珍しい苗字だった)、頭の片隅になんとなくそ苗字が引っかかっている状態が続いた。

次にAくんの名前を聞いたのは、同じ高校に進学した幼なじみからだった。

一緒に文化祭自由時間のんびり過ごしていると「Aくんって知ってる?」と突然聞かれた。

名前だけしか知らないので、「知らない」と答えると、「ジャニーズの〇〇くんにちょっと似てるんだよ。あっ、ほら、あの人」と控えめに指さす。

指の先には確かにちょっとジャニーズの○○くんに似てると言えなくもない男の子が歩いている。

私自身、あまり惚れやす性格でもないため「あの人かー」という感想以外特になかったのだが、それでもやっぱり高校生なのでちょっとキドキしたりして、勘違いかもしれないのに馬鹿だなとか思ったりして――。

でも、なんとなくAくんも私を意識してるような気もして――。

なんだかんだ廊下ですれ違ったりするとき意識してしまったり、今考えても自分の単純さに呆れる。

国語テストの成績上位者の紙で名前前後に載ったり、何度か運命的な(?)出来事もあったりしたものから余計彼を意識するようになってしまったのかもしれない。

ここまで読んでくれた人はこの後、高校時代、私とAくんが付き合う展開が待ってると思うかもしれないが、私とAくんはなんとその後、卒業まで一言言葉を交わさなかった。

現実少女漫画のようにいかないらしい。

そんなAくんがたまたま行った大学文化祭ギターを持って少し目の前を歩いている。

見間違いかと思ったが、向こうも私に気づいたようで、こちらを注視しており、私は謎の気まずさと恥ずかしさとで完全に見ない振り。

私とAくんが通っていた高校東京とは縁もゆかりも無い田舎だった。

そんな田舎高校しかたことがなかったAくんが目の前に、東京に、たまたま来た文化祭にいる。

私も相当に驚いたが、Aくんも相当驚いたのだろう。

しばらく物陰からAくんの視線を感じた。

それでも気付かないふり――。

だって、話したことないもん。

深夜3:00、羽生くんによって開かれた記憶の扉によって、私は一つの衝動に駆られる。

「Aくんが今どうしてるか知りたい!!」

喋ったこともない相手の近況を知りたいなんて、私とストーカーの違いって果たしてなんだろうと一瞬踏みとどまるもやはり衝動はおさまらない。

真っ暗な部屋で布団の中からスマホに手を伸ばす。

Google検索欄に入力しようとして、我に帰る。

「Aくんの下の名前ってなんだっけ?」

国語テストの成績表で私の名前の上にフルネームで載っていたのに……。

なんだっけ……。

正攻法じゃわからないと考えた私は次に検索欄に Aくんの苗字+自分の母校+彼を見かけた大学名 を入力

すると簡単にヒットした。

彼のフルネームがわかったところで、またGoogle検索

すると彼がバンドマンなこと。

ライブをちょこちょこやっていること。

音楽に詳しくない私でも知っている大きなフェスの小さなステージに出たこと。

そんな情報ポロポロと出てきて、「頑張ってるんだな」と笑みを漏らすとともに、湧き上がる一つの感情に気付く。

そう、憂鬱である

Aくんもまた、夢に向かって4年間駆け抜けてきたのだろう。

それに比べて私は――。

言ってしまうと、私も全く頑張っていなかったわけじゃない。

私の夢を叶えるべく、その道のプロとなんとかコネも作ったし、その人たちに評価されようといくつか作品も作った。

でも、プロにかけられた言葉非難の嵐で、私はプロ評価される度に夢に対する熱意、情熱を失い、失速していった。

夢にほんの少し近づいて持った感情希望なんかじゃなく、絶望だと気付いた時、私は精神バランスを崩しやすくなり、自分の弱さにまた失望した。

ここ半年作品を作ることもできず、ただただ漠然とした不安単純作業非正規労働で埋める毎日

そんな自分が情けなかった。

そんな私には最近、昔好きだった、自分が憧れていた作品をもう一度見返す機会があった。

久々に心を揺さぶられた。

もう一度、いや、何度でも自分の夢に再挑戦したい。

そういう気持ちがふつふつと湧いてきたのだ。

僅かな希望を胸に抱いたところで、私の人生のちっぽけさは変わらない。

メダリストとは月とスッポンの差だし、駆け出しのバンドマンの足下にも及ばない。

皆それぞれ、人生をがむしゃらに走っている中で私が歩みを止めてしまった4年間。

その4年間を悔やむとともに、彼らの4年間を讃えたいと思うこの感情を色で表すと、きっと夜明け前のような仄暗く、それでいて深い青と紺を混ぜたような色なんじゃないかと思う。

それぞれの4年間に想いを馳せる夜。

そんなメランコリックな夜が今、明けようとしている。

2018-02-17

兄が怖い

家は兄兄妹(私)の三兄妹だ。

次男とはテレビを見ながら一言二言会話ができる程度には良好な関係だ(私自身あまり口数が多い方ではない)

母親を交えればより和やかに会話が弾む。

私が苦手意識を持っているのは長男の方だ。

長男は、兄妹の中で唯一わかりやす典型的思春期反抗期経験している。

彼が中高生の時には母親毎日のように口喧嘩をしていた。(父親単身赴任のためほぼ不在)

直接母親に手を上げることは無かったが、彼の部屋の壁や本棚の側面には未だにいくつかの穴が空いているし、母親が泣きながら家を出て行くところも何度も見た。

両親が家にいない時、兄はよく私に命令をした。

覚えてるのは「カップラーメン作れ」とかそんな程度のものだったが、私はそれが凄く嫌だった。

反抗すると「殴るぞ」と脅され、「やってみれば」と挑発すると本当に腕を振り上げるのだ。

当然私はびびって構えるのだが実際に彼が私を殴ることは無かった。

けれど私にとっては腕を振り上げられた時点でもうそのショックは殴られた事と同じだった。

違いは肉体的な痛みの有無だけだった。

当時小学生だった私には当然成す術など無く彼の命令を聞いた。

そんな事が何度もあり、兄と二人で家にいるのが怖くて家を出てマンション階段にずっと座り込んでいたこともある。

高校生になると長男は家に帰って来ることが少なくなった。

そして大学生になると同時に家を出ていった。

時々帰省して来ると顔を合わせることになるのだが、流石に成人して数年が経つ彼が私に何かを命令して来る事は当然無い。

そもそもここ数年私と彼の間には会話らしい会話というものが無い。

私は彼の事が苦手だし興味も無いので話しかけることは無いし、彼も私に話しかけてくることは無い。

私の事をどう思っているのかなど会話が無いのだから分かるはずもない。

それだけなら文句はないのだが、私は彼の吸うタバコ匂いや自室で流している大音量音楽にとても迷惑している。

母親にどうにかして欲しいと話すと何度かは注意してくれるのだが数回目からは「自分で言いなさい」と言われる。

その通りなのだが、何故か私にはそれが出来ない。

何故なんだろうと考えて、気がついた。

私は彼の事が怖いのだ。

私の中の長男記憶は彼の反抗期真っ盛りの頃が最も多くを占めている。

きっと今の彼はもう私にムカついたとしても殴ろうとすることは無いだろう。

母親からも「実際に殴られた事はないんでしょ?向こうも別に嫌ってる訳じゃ無いんだから大丈夫でしょ」と言われる。

そんなことは分かっている。

けれどどうしてもあの時の恐怖がチラついて直接彼に立ち向かう事ができないのだ。

女性専用車両問題政治解決するしかない

憲法改正して一方の性別強制的排除することを認めるか、男性差別禁止する刑法を新たに制定するしか二つに一つである

なぜなら、この女性専用車両問題は「男性差別問題」というイデオロギーレベル問題になってきているからだ。

私自身も含めて男性差別問題を重大視している人間からすれば、女性専用車両廃止するという選択肢しかありえない。

これにマナーだのモラルだの反論されても、男性差別反対派からすれば猛反発するしかなくなる。

女性専用車両という名前一般旅客車両に任意周知乗車する男性は「男性差別に反対する」ために乗車しているのだ。

彼らの考えを変えさせることは不可能であるキリスト教徒イスラム教徒改宗するように説得するようなものだ。

女性専用車両反対派の一人として言わせてもらうが、反対派は男性差別問題を取り上げることはライフワークになっているので、説得して女性専用車両に乗車する男性を止めさせるという行為は愚かそのものであると言っておこう。

anond:20180217095205

そこでチヤホヤされるのは金の価値であって、私自身の価値ではない。

それとチヤホヤされたいわけではなく、きちんと認められたい、認めさせたい、自分価値と魅力と能力を磨き駆使することによって。

anond:20180217024148

お返事ども。私自身は電車についてのったら周囲を見てるし、冤罪になりそうな要素からは極力避けてるので、痴漢男性のスケープゴートになりそうになったことは15年以上通電車乗ってるけど、なりそうになった事もないな。。。そんなケースがあるんですね。まぁ痴漢しないひとりの男性意見なんで一般化はできませんけどね。

まぁ、女性の皆様におかれましては、せっかくあるのですから極力、女性専用車両に乗って頂けないかと御奏上、申し上げたい。

2018-02-16

anond:20180216221510

既存のもの材料にして他のものを作る行為は彼だけでなく創作仕事に携わる人間なら皆やっている。そのような方法しか新しいものは作れないからだ。

彼がデザインしたものは、あまりにも既存のものと似ていたからでしょ。

デザイン類似度を指数化できたとしたら、彼のデザイン類似度が70%を超えていた。一般に許容されるのは65%まで。

…みたいな閾値があったんだと思う。

http://netgeek.biz/archives/45562

パクリ例をみてると、

私自身の感覚では許容されるものとそうでないものがあるので、その閾値は人によって異なるのかもしれない。

私も作る側の人間なので、けっこう甘いのかも^^;;

モンペ母の末路

小学校子供入学して間もなく、ふた組のモンスター母娘が暴れだした。

潔癖すぎるのか、脱幼児したばかりの子供達のトラブルをいちいち槍玉に上げて学校とその保護者に凸しまくっていた。凸られている方に非はあっても、学校解決できる内容がほとんどといった印象。うちも大人しい子供だったので元気な子にやられる方だったけど放って置いて欲しかったし学校に任せて子供経験にしたかったのに邪魔をされたように感じた。トラブルを掘り下げて徹底的に自分の子供まで使って糾弾するやり口のようだった。やり玉に挙げられた子供客観的に見てどんどん萎縮し荒れているように見えたので、子供クラスのためになっている様には素人目にも思えなかった。そして不気味なほど静かなクラスが出来上がりモンペ母達の目には理想的なあるべき姿に映った様で更に増長している様子だった。

特段問題を起こさな子供保護者にはそのモンペ母2人への賛同者がいたのか、気がついたらそれなりのママ友集団となっていて、学校行事ともなれば問題児童や先生監視すべく各クラスを見て回り意見するネタを探すなど、蚊帳の外人間としては凄い親達がいると気味が悪くなった。参観日以外にも学校へ口出しに行っているらしいなどと聞こえてきた時には唖然とした。

中にはモンペ母娘に執拗に責められ不登校になった子供が出たと伝え聞き、子供保護者達の信頼が厚いと聞いて期待していた担任先生毎日訪問要望による心労か激やせしてしまい学年途中でリタイアするなど、私自身初めての小学校で起こる様々な出来事に戸惑い極力関わりたくないと静かにかに過ごしてやり過ごした。そしてクラスを引っ掻き回しているのはその母娘たちだと思い始め年度の後半にはかなり腹立たしく感じ悔しい気持ちのままクラス替えとなった。

相変わらず学校行事ではつるんでいる様子を目にし、我が物顔で歩く姿に苛立ちを感じながらも私は直接関わることなく疎遠なまま数年が経ち久し振りに彼女らの近況を耳にして驚いた。今は学校に関わることすらできない状況に陥ってしまったらしく、実際見かけて驚いたのはモンぺ母の娘が頭髪の事情なのかウィッグを付けていた。そしてモンぺ母がなぜか二人それぞれ難病発症していたとの事で、私が見かけたうちの一人は激やせしていた。

元々子供や本人達に余裕が無くて学校へ当り散らしていたのか、そんな性格から心身に異常を来したのか、はたまたなんの因果関係もないのかそれは解らないけれど実際各方面から恨みを買っていたのでは無いかとは思う。そんな事からついオカルトな考えが過ぎってしまう。

かつての賛同者も最近は一緒にいない様子で、モンペ母二人については今現在仲良くしているのかまで聞かなかったので不明のまま。

かつて彼女らにクラスを引っ掻き回され、初めての小学校1年目のクラスに良い思い出が作れなかった自分の子供のことを思うとざまあみろと言いたくなる一方で、難病の様子を見聞きすると因果応報なのだろうかと気の毒にも思えてしまう。

なんとも考えさせる出来事だった。

2018-02-15

性について思う事 03

こんばんは。

前回01と02に関してコメントブックマークを入れて頂いた模様。有難う御座います

私信になりますが。

SHUFFLEって2004年だそうで、14年前って何してたでしょうか。

山本直樹。懐かしい名前を聞きました。上げて頂いた作品、読ませて頂きます

デッキが無いといいますか、撮影編集側にもビデオデッキ再生する為の機材、今となっては化石の様な機器使用して編集する必要がありそうですね。

親しい、大事女性が堕ちていく様と云うのは私事ですが、まったく興奮しません。その時点で他人汚物になります。なりました。

さて、この速筆習練は寝る30分前より行っている。寝る前に日記を書く。と云った体なのだが、書くのに時間が掛かった場合、その分寝るのが遅くなる。

01と02は結局40分前後時間が掛かってしまった。もっと早く文章化出来る様になりたいし、ならなくてはならない。この意味不明な決意も、如何せんまったくの思い付きスタートであり、いつ私の事情で取りやめになるかも分からないのだが、まあそれは之を読んでくれている方には関係の無い話ではある。

今日も取り留めなく性について思った事を記載していくとする。

それはそうと、誤解が無い様に記載するがニッチ性的嗜好否定する気はまったく無い。私自身もニッチな性嗜好だからと云うのもあるが、01に記載した通り様々な性的嗜好があるのだ。何かを攻撃したい訳では全く無い。

私自身がああ、こういう性的嗜好があるのだなぁ。とラベリングしたいだけなのだと云う事を改めて記載しておく。

4.愛される事について

昨今、創作物の影響かそれとも時代の流れなのか”愛される事”に飢えている諸兄を見かける気がする。

性的嗜好と云うか人間、否さ動物としても勿論愛される事とは重要ではあるのだが、それでも此処まで愛される事に貪欲であっただろうか?

愛される事。と記載したが、それは愛では無い。愛とは得るものが無くとも与える物だ。と云うのが年寄り臭くも私の考えなのだ、確固たる信念でそう言い切る。

愛とは利益を受ける事と関係無く、注ぐ物だ。

愛が足りないぜと歌っているのは、自分自身愛情が足りないぜといっているのだ。

だが、この愛される事。と云うのはそもそも様相が異なる。愛する事でなく、自分自身がどうであっても愛を注いて欲しがる。

自分自身は何も変わらない、変化もしない。だが、自分を愛してくれる存在はそんな自分自身がどの様な存在であっても愛を注いでくれる。そんな存在を欲している様に感じた。これは私自身も全力を持って賛意を表明したいのだが、そもそもそんな愛情を注いでくれるのはヤンデレか、父なる神のみである、仏にはお門違いの願いだ。

かに愛してほしいという感情自体は、決して疎まれものでも拒絶される物でもない。なのだが、この無償の愛のみを求めるのはいささか勝手が過ぎるのでは無いだろうか。

この考えに至ったのはとある成人向けゲーム所謂エロゲ―をやってみた事で益々強い考えになった。

実のところ、友人に勧められたのだ。強力に。アガペーを求める私向きだと言う、求めた事は無いのだが。

甲斐も無く、ワクワクしながらゲームプレイしてみた。こういうジャンルがあるのかどうかは分からないが”甘やかし”とでもラベリングしようか。

で、やってみた感想としては”違うよクソ!”である。私は赤ん坊に成りたいのでは無い。こんな愛の押し付けは私が望んだものでは無いのだ。

まあ、この作品所謂ヌキゲーらしいので、プレイ内容を煽情的に見せるのが目的であって、こういうシナリオなのだろうと無理やり納得した。

しかし、冷静に考えるとこれがフルプライス販売される世の中なのだから、こういう愛を望む者も多くいるのだろうか。だがこの歪んだ愛され方と云うのは少し気になる流れだった。

このゲーム固執する訳では無いのだが、愛情表現が男女がする物では無く、大人子供に向ける、云わば庇護欲、母性愛を性欲と一緒くたにして求めると云うのはまるで性的嗜好が歪に歪んでいる様に感じたのだ。可愛くてヒロインから愛されて当然だからこっちは勝手にやる。俺の性欲もママが処理してね、と。

昨今、創作物の中でも愛や恋は不変の人気ジャンルとして成り立っている、男性向けでも女性向けでもだ。

しかし、こういった作品の中でも所謂ハーレム物と謳われる作品がある、こういった作品流行るのは時代でも何でも無い、誰でも愛されたいのは当然だ。

中々捻った作品もあるし、面白い作品もある。だが愛され具合はちょっとした宗教を感じる作品も見受けられる。名付けて主人公教だ。

他の作品の中には納得出来たり、いたたまれない理由主人公と共にいるパートナー達も居るが、そういった作品では主人公がどういう立場なのか表明されている場合も多い。つまり失恋前提の物もある。それが分かっていてもヒロイン主人公に惹かれるのだ。

だが、私はハーレム物で主人公が愛されて当然と、主神の様に崇め奉られている事に恐怖と違和感を感じる。その愛に応えない、愛する事もしない、優柔不断神様気取りの主人公の何処が良いのだと。

ハーレムヒロイン同士で約束協定など結び出した日には目も当てられない。結局一人しか選ばれないのに、その気持ち悪い約束事は何だ。

世界観一夫多妻制?サブヒロインハーレムに入った瞬間出番が無くなったりしていないだろうか?それは主人公教のハーレムに入る事が目的になってしまって、ハーレムの中でどう生きるかが適当しか描写されていないのでは無いだろうか。

作者は、そして物語の中で主人公サブヒロインヒロインと同じだけ愛せて無いのではないかサブヒロインハーレムに入れた事で彼女人生への責任は誰が取るのだろう。

こういった作品ではこの責任という事を極力嫌がるか、表現しない作品が多い。人間人生無責任では負えないだろうに。

その主人公よりこっちのサブキャラクタの方が良い男だよ?と言いたいヒロインも居れば、キャラクタの愛を強調する為に登場した元初恋の人(どっちの思慕だったにせよ結局フラれる)等、不憫でならない。そのキマってギリギリヒロインよりイイ女いっぱい居るから大丈夫と、酒でも奢りたい気分にさせる。

これが酷い物になると、異性に限らず、別世代、同性、動物、神、敵、など皆主人公を愛して止まない世界になる。主人公がやる事なす事、諸手を上げて肯定する。分かり合えない敵も居るには居るが、そういうのは主人公が来るまで、トラブルが起きなかったのが不思議レベル気持ち悪い犯罪者になって断罪されるか、主人公の実力を認めながら消えていくか、味方になって主人公教に入信する、全肯定なのだ。正に狂気世界である

こんな主人公のみに優しい世界は気味が悪いとは感じないだろうか。私が主人公なら日記狂気を記録しながら外なる神とコンタクトを取って、死体も残さず消えるだろう。

主人公タイプ創作物が好きな方は勿論沢山いらっしゃるだろう。そういったファン作品を支えて市場を作っている。つまり売れ筋なのだ

だが、私は主人公教の信徒にはなれない。

大いなる力には大いなる責任がある。とある作品では主人公の行動をそう制した。主人公にも人としての責任があるのだと私は思う。

愛は注がれ続ければやがて溢れるか尽きる。どれだけ貴方自分が愛されたい性的嗜好でも、相手はそうとは限らないのだ。

之にて今日ペンを置こうと思う。キーボードだが。

anond:20180211014029

うん、それ嫌がらせだろう、と誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。

私自身、嫌がらせだろうかという気持ちがずっと晴れなくてこういう陰湿な文を書いた。今自分元増田読んだらだいぶ引いたわ。

anond:20180211005342

そうだね、だいぶ自分感情と息子の感情をごっちゃにしていた。

整理してくれてありがとう

私自身は例の親子に対して「なぜ毎年食べられないものを持たせてくるんだろう?過去のことと関わりがあるのかな?なるべく関わりたくないのに」と言った気持ち

次男はそこまでいろいろ深く考えるタイプでなく、その子についても「別にきじゃないけどハッキリ嫌悪してるわけでもないので、バレンタインをくれるならせめて食べられるものならいいのに」。

という感じかな。

向こうが我が家場所を知っているものから、これからも続くとしたら嫌だな、という不安で書いた。

普段の声が異常に大きい人はどう対応するのがベストなの?

取引先に、声の多い大きい人が居る。

比喩表現ではなく、本当に大きい。普段の声が大きいのだから仕方ないのかなとは思う。

トイレの個室で話していたら、トイレの外まで余裕で話し声が聞こえるレベル

声で風船を割ったという逸話があったりする。すごい。

私自身、声が普通と同じ、または小さめのボリューム

大きな声を出そうものなら、自分の耳に声が響いてうるさくて頭抱える感じだ。

から、大きな声の人は普通に尊敬する。

でも、自分の耳がめちゃくちゃ痛くなるので本の少しボリューム落として欲しいと思うことがある。

この場合、「ちょ、少しボリューム落としてもらって良いですか?」って言うのはありなのだろうか?

相手場合はひそひそ声にしても普通に近くに居る人に聞こえると思うんだ。

早めに仕事リタイアしたいんだけど…

貯金はどのぐらい必要かな?現状では月々の手取り27万円ぐらいで、結構次の給料日時点で10万円ぐらい余っててそのまま貯蓄用の口座に移すことが多い。たまに出費の多い月もあるので毎月確実に10万というわけにはいかないけど、この他に銀行で積み立て定期をやっていて、年間50万円ずつは確実に貯まるようにしてある。この他にボーナス時にあまりお金を使わなければ夏・冬それぞれ30万円ぐらい貯められる。家の管理費修繕積立金光熱費を含めた月々の生活費が、約17万ぐらいというところか。

40代後半…というかアラフィフで50代に入ってから退職すると退職金を割り増しにしてくれるので、その恩恵にあずかりたい。が、退職して自由になると旅行に行ったりいろいろ使いたいところがあるので、今貯蓄しているより早いペースで取り崩すことになってしまいそうだ。退職金は分割払いもしてくれるらしいけど、あんまり50代のうちに使い過ぎると良いことがないような気がする。

たまに4,000万円とか5,000万円貯めていて「仕事辞めたい」とか言う人がいるけど、あれは全然遊ばずにひたすら仕事一筋に生きて貯めたんだろうか。貯蓄額としてはご立派だけど、特に遊びに行くこともなく、家と職場を往復しているうちに貯まってしまったのだとすればちょっと寂しい気がする。そしてそれだけ貯金があっても、年金を受け取れるようになるまでそれを取り崩して食いつなぐという生き方人ごとながら不安を感じる。

決して自分収入は低くないと思っているし、自宅マンションのローンを完済しているので、当面住むところの心配はしなくていい。ただ、私自身が老いていくとともに家も老朽化して売り物にならなくなるので、自分自力生活できない身体になって施設などに入るときまで持ってくれないと困る。そしてこのご時世なので退職金年金がどのくらい出るかも心配だ。現状では自分の安定志向自由になりたい願望の間でうろちょろしている感じ。どの程度貯金してから辞めれば悠々自適人生が送れるのか知りたい。

正直あんまり長生きは望んでいない。50代はじめに退職したら10から15年ぐらい自由満喫して、後はあまりしまずにあの世に行ける方法があればそうしたい。が、うちの家系女性陣は長生きで、父方の祖母100歳、母方の祖母が90歳だ。すでに二人とも足腰を悪くして特養とか老人施設に入っている。そういうところは色々面倒を見てくれる代わりに月々の支払いもそれなりなので、介護必要身体になって生き延びてしまうと大変だなぁと思う。

あ~結局どうしたらいいんだ。ずるずる仕事を続けることになりそうな予感もあるけど、ただそれだけで60歳までを生きるのは悲しすぎると思う。なるべく体力のあるうちに仕事から解放されて自由になりたいのだ。面識のない親戚で似たような形で仕事を辞め、海外に飛んでしばらく向こうで働いていたけど、日本に戻ってからはろくな収入もなく実家暮らしをしていると聞くと、「やっぱり辞めない方が良いのかなぁ…」と悩む。この堂々巡り、どうにかならないだろうか。

2018-02-14

あなた日本人選手応援する理由

中1の息子とテレビオリンピック中継を見ているときに、「我々が日本人応援する理由は何か?」ということが話題になった。

日本人選手メダルを獲得したらそれを中継しているアナウンサーものすごく喜んでいる。(あるいはそのように見える)

また、まだ行われていない競技であっても、他国選手より日本人選手の方が有利でメダルを狙える理由などを報じている。

息子と中継を見て「日本人選手メダルを獲得したそうだよ。すごいね、よかったね」と言いながら、ふと「我々日本人日本人選手応援する理由とはなんだろう」思い、そのことを思い息子に聞いてみた。

すると息子は「それは俺も思ってた。なんでだろう?他の国の選手であっても良い記録を出したり良い演技をしたらそれは誰であっても喜べるものではないのかな。とはいえ深い理由もなく日本人選手が結果を出したら嬉しく思う自分がいる」という旨のことを言っていた。

「同じ日本人から」というだけでなく、もう少し深く、同じ日本人応援するみなさんの理由を聞きたい。

私自身も日本人選手が結果を出せば嬉しく思うけど、なぜそれを嬉しく思うかの答えを見つけられていない。

普段個人的な繋がりがまったくない人やチームを応援する理由とはなんなんだろう。

応援対象の人やチームが勝つことによってあなたに何がもたらされるのだろう。

応援ってなんなんだろう。

anond:20180213235016

作法を知らないのはダメ ←わからなくもない

涙を流さないのはダメ ←なんで?

作法を知らないのは今の若い子だと高齢化に伴い「就職してしばらくは祖父母が全員生きている」のパターンも割と多いんだよ。

あと親も積極的子供に親戚づきあいをさせない傾向がある(これは時代の流れ)ので、祖父母の葬式くらい血が濃くないと出席させないケースもある。

昔は「親戚だけど顔も名前も覚えてない人」の葬式に出るケースもあったけど、今はそういうのは減ってきている。

そうなると、儀礼的な部分を知る機会すらないんだよ。

そして泣く泣かないなんてどうにもならなくないか

思い入れのない人の葬式に出て泣くって、なかなか難易度が高いと思う。

泣いていい雰囲気づくりしたら謝礼金が出る、とかなら泣く努力はするけどそんな涙のほうが問題だ。

私自身、祖父母の葬式トータル六回(義理祖父母含む)出たが涙を流したことは一度もない。

葬式自体は七回あったのだが、うち一回は海外旅行に出ている間にすべて終わっていた。(親から旅行先だと知っていたので来れないだろうという配慮もあり連絡はなかった)

このご時世葬式はこんなもんなんじゃないかな。人によっては。

2018-02-13

勉強なんか出来なければよかった

義務教育ときの話だ。

小学生時代、私のクラスメイト個性的な子ばかりだった。

やたら計算が早くて算数が得意な奴、誰よりも漢字を知っている奴、国と首都を全部言える奴、作文を書くのがとてつもなく上手い奴、喋るのが得意で説得力が物凄い奴、とにかくいろんな子がいた。勉学において突出した何かを持っている子が、私の友達には多くいた。

かく言う私もどちらかといえばそちら側で、特別な何かがあったわけではないが勉強だけはできた。一応。この広いネットの海からすれば井の中の蛙しかないけれども。

結論から言うと、彼らは後にグレた。ほぼ全員がだ。

グレたといっても夜露死苦とか書いた短ランを着るようなアレではなくて、教師に反抗したり徹夜ゲームしたり、その程度。

その結果(一概に100%そのせいと言い切るのも危険だけれど)、学年でもトップクラス学力能力を誇った彼らは、高校受験の際にいわゆる地区トップ校には行けなかった。では誰がトップ校に行ったのか。

答えは「優等生」だ。

優等生トップ校に行くこと自体は何も不自然なことではない。問題なのは、幼少期から突出した能力を持っていた子達(変人とも言う)が軒並み途中でドロップアウトしていったことだ。

実はこれ、学年が上がるごとに変人の成績が下がって優等生の成績が上がっているのだ。少なくとも私の観測範囲では。

これは私の体験談だが、「終わった人から帰っていいよ」タイプ課題が出た際にとにかく早く帰りたくて全力でそれを終わらせて一番に提出した。すると教師は、早すぎる、本当にちゃんとやったのか、と怒った。ちょっと理不尽すぎて書いてて腹が立ってきた。

他にも、演習問題が終わったからと宿題範囲をやっていたら宿題は家でやるものだと怒られたりもした。一理あるが、ならば演習が終わったらただ黒板を見つめていろとでも言うのだろうか。

……私が怒られすぎなだけな気もしてきたがまあいい、続ける。

こんな感じで、特に小学生時代は「周りと足並みを揃えること」を強要された訳だ。

の子と違うことをしてはいけない。他の子と同じことをしなければならない。他の子より早く終わってはいけない。他の子より上手く出来てはいけない。最早これは呪詛だ。今でも私から離れない強迫観念

特に私が小学生の時はまだゆとり教育時代だったから、競うことは良しとされていなかった。みんな同じが平和だとされていた。みんな同じでなければ平和でない、と言い換えてもいい。

そういった価値観だったから、出る杭は打たれた。突出した能力がある子達は皆そうだった。彼らは頭がよく切れたが、それも教師の癇に障ったのかもしれない。出る杭たちは打たれて打たれて、その多くは折られてしまった。周りに好かれることが得意な優等生たちは折られずに済んだ。その結果が前述した「変人ドロップアウト優等生トップ校に行った」ということだ。

私自身も当時は出る杭だった。例に漏れドロップアウトした。教師同級生から同調圧力に耐えられなかった。今でも出る杭になるのが怖くて何も出来ずにいる。

あのまま伸びていたらとんでもなく凄い奴になっていただろうなという子もいた。本当に勿体無い。

どうして出る杭がここまで執拗に打たれなければいけないのか。生徒の能力を平らにならそうとして、折角の能力を削ぎ落としてしまってはいいか。心を折ってしまってはいいか先生に好かれ、周りの生徒に好かれることがいい生徒の唯一絶対の条件になってはいいか。多少模範から外れていても、秀でた能力をせめて認めてあげることはできないのか。

折れた心は元には戻らない。騙し騙しやってはきたが、義務教育を終えた頃から小学校後遺症が目立つようになった。何がやばいかって受験がとてつもなく苦しい。出る杭は打たれる、終いには折られると刷り込まれた頭でどうやって受験しろと?

勉強なんか出来なければよかった。

できなかったら、きっともっと生きやすかった。

カッとなって勢いで書いた。支離滅裂申し訳ない。

2018-02-12

今度同じくらい嫌なことあったら私自殺でもするのかな(笑)

2018-02-11

彼女とのおはなし

彼女が男と飲みにいっているらしいことに気づいた、というか知った。

たぶん月1くらいだろうか。

付き合って2年、今年で25になる彼女。どうやら結婚したいらしい。

おそらく、誰かと結婚したいらしい。それが私に対してのみの願望ではなかったらしい。

結婚したがっていることは薄々知っていたけれど、私はまだ早いと思っていた。というか責任を負えないから逃げていた。

彼女はいわゆる、出会い系というかまぁPairsとか健全出会い系で男と知り合っていた。

気づけなかった自分自分だし、今後のことをしっかり彼女に伝えられない、決めきれないことが原因であることは分かっている。

けれど、大事にしてきた自負もある。今後この人と一緒になるために貯金もして、私自身の悪い性格も直そうとして、けれど隠すこともせず、上手く過ごせるように頑張っていた。つもりだった。

知らない男とホテルには行ってないようだけれど、捨てられるのだろう自分は。

去年からずっと、いやその前からか知らないけれど、他の男を探すような、そんな気にさせて申し訳ないという思いもあれば

それなら話してくれれば、私の思いを直接聞いてくれれば、と思う気持ち半分。

これからどうしよう。知らないフリして飲み会お疲れ様とか言えるだろうか。

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