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2017-06-23

生きる目的意味について。

生きている意味目的がわからない、とかないといった告白的な投稿増田などでよく見かけられるように思う。

それについて、子孫や遺伝子を残すためであるとか、社会を良くするであるとか、そうした回答めいたものを脳裏に想定して、例えば前者であれば自分結婚できそうにないから、後者であれば無能であるからとなどといって、自身にはそうした意味目的を見出すことが出来ないと言うような自己否定的な結論に持っていくと言うのが多くの投稿共通する一つのパターンであろう。

なるほど、生きている意味目的をそのように持って生きている人もいるだろうが、おそらくそう言う明確な考えを持って生きている人は少ないように思われる。

から考えてしまうから悩むだけであって、考えなければそうしたいわば「自分探し」にわざわざ失敗することもないとも言えるのであるが、そうした悩みに一旦とらわれると考えないと言う悩み解消法は困難であろう。

私自身そうであった。

目的がわからないとどう生きていいのかもわからない、みたいな感覚思春期から今に至るまでずっと続いている。

たとえ暗闇であっても、どうにかして目的意味を探し出せるのであれば、闇雲にでもとにかく探すことがまずは必要となることははっきりしているからだ。

だが、それがあるのかもどうかもわからない、徳川埋蔵金のようなものであれば、探すことそれ自体自己目的化してしまい、探すだけに生きがいを持って生きることになってしまい、それではまるでドン・キホーテだ。

でも、最近になって強く思うようになったのは、多分私は、探そうと探すまいと意味目的を全く知らないのに、哲学用語でいうならばカント哲学言う所のアプリオリ意味目的を目指してすでに生きているのではないか、と。

まるで運命論者のようであるが、そうでもない。何故ならば、そのことに自覚的でなければ、私は自分探し迷宮に陥るだけだからである。それが運命だというのであれば別だが。

では「そのことに自覚的である」とどういうことなのだろうか。一言で言えば「生きがいを感じる」ということになると思う。

私には確かに人生に何度か、嬉しかろうと楽しかろうと悲しかろうと辛かろうと生きた実感を持った瞬間は確かにあった。

それが他人からどんなにつまらなく見えようとも些細に見えようとも、あるいはひどい場合には悪事であったとしても。

具体的な例を、非常につまらないと思える例であげると、一生懸命働いて帰宅し、ぐいっと飲み干したビールが喩えようのない程美味かった、というような時に「嗚呼、俺はこのために生きてきたんだ」と思えるならば、それで良いのではないかと。

無論、「自分探し迷宮」に落ちている多くの人に納得できる話ではないだろうが、ほんの僅かでも「生きてて良かった」と思えたらなら、それこそが目的意味をしっかり目指して生きてきたことの証左ではないか、と思った。

人生、残りの期間であと何回生きがいを感じることができるかはわからないが、そのためにならこのまま生き続けるのも悪くはないと思う。

2017-06-22

精神健康的な大人でないと、子育てつらい

私は精神年齢が低い。

(ちょいメンヘラ自己肯定感が低い、人と比べる、嫉妬する、自分感情コントロールできない、健康的な生活をおくれない等)

ただ、子供を持ってないときは「健康的な生活をおくれて」なくても、「精神年齢が低く」ても、

周りも完璧な人はそういないように思えたし、多かれ少なかれみんなそういう部分を持ちながら

生活しているように見えていたので自分のそういった部分をそこまで気にしてなかった。

でも、子供産んだらこういう点は乗り越えていないと厳しいなと思った。

精神年齢大人になれていない人にとっての子育ては「産むが易し」ではなかった。

やっぱりか、という感じでなかなかつらい。

健康的な精神で、健康的に子供を育てる」ってなんて難しいんだろう。

自分一人の時でも「健康的な精神健康的に生活をおくる」ということは難しかったのに、こどもができたらそれがますます難しい。

こどもがいる分しないといけないことは一気に増えるのに。

前以上に人と比べてしまうし、気にしてしまう部分も出てきたし、

現実をそのまま受け入れられていない自分に気づいた。

未来心配しすぎて今目の前のことに手を動かせないことも多い。

だれも幸せにならないってわかっていても、

自分感情や行動をコントロールできていない。

ネグレクトはしないけど、してしまった人の気持ちがわかるような気がしてる。

自分やこどもを人と比べたり、自分以上に手がかかる幼い子供を「見たくない」となってしまったとかあるんじゃないだろうか。

この気持ちをこじらせていくと「毒親」になっていくのかなとも思う。

それは自然な流れに思えた。


そんな私が願うことは、保育園に全員が入れるようになってほしいということです。

専業主婦がいける人はそれをえらんだらいい。

無理な人は(私が思うにそういう人のほうが多いと思う)、すぐに保育園にいれて、

日中子供保育士プロ)と楽しく過ごし、親は家事なり仕事なり、自分生活をしたらいい。

こういう大人になれてない親と子供を二人っきりにさせないほうがいいよ。

仕事していないと保育園には入れない」は厳しい。

幼稚園まで待って、という意見もあるけど、2年でも1年でも、独身の人からしたら大差ないかもしれないけど子育てしてる身からすると遠いよ。

幼稚園いれられる数年までなんか待てない人もいるよ。

本当に、お願いします。



私は『親になる人は、精神年齢が高くないと・人として大人でないと子供を産んではダメ』というのは

厳しすぎだし、そこまで言わなくてもいいかなと思ってる。

私自身、今大変だけど子供を産めてよかったなとも思うし、これから楽しんでいけたらと思っている。

成長せざるを得なくてだろうけど、自分も成長している部分もあると思うしそれは嬉しいことだ。

これからもきっと核家族だけでは子育て大変なのじゃないかなとおもっている。

ねがいします。

こどもを育てるのを、どうか手伝ってほしいです。

(書いて思ったけど、これ「介護」にもいえることなのかなと思えた。)

2017-06-21

好きな音楽歌手を持つことは人として当然?

ある程度人と仲良くなると高確率で聞かれるのが好きな音楽は?歌手アーティスト)は?という質問

私自身この質問には答えが困る。

好きな音楽歌手もいない、ましてや万人受けするような音楽歌手って何?

高校時代も周りはBUMP OF CHICKENだのサカナクションだのSEKAI NO OWARIといったバンド流行ってたが、私はこれが好きだという歌手バンドはなかった。音楽の話になるとついていけなかった。でも無理をしてバンドを好きになるべきなのか?と思ったので結局高校3年間は好きな音楽歌手バンドはできなかった。

結局のところ音楽ってコミュツールとしての役割しか過ぎない。どんなにいい曲でもコミュツールとしてなり得なければ価値はないと思う。

いい曲(流行ってコミュツールとなる曲)か悪い曲(流行らずコミュツールとして成り得ない)かはすべて広告会社が決める、そんな世の中に嫌気が差す。だから音楽は好きにはなれない。

アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について

少し時間が経ってしまったが、アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について持論を書き殴ってみる。

中立立場で書いているつもりだが、中立ゆえに少々過激な内容となってしまっているのでご了承いただきたい。

自己紹介

興味なければ読み飛ばしてください。

私自身はアニソンライブに年15~30回程度参加して10年以上になるアラサー男性である

最近では特定タレントを追いかけるというよりも、作品推しスタンスで参戦する事が多くなっている。

渦中のアニサマについては代々木時代に1回、さいたまスーパーアリーナに箱を移してからはほぼ毎年参加している。

いわゆるオタ芸については遠い昔に嗜んでいたこともあったが、色々あって今では現場で打つことはない。

それゆえに近くでオタ芸を打たれることや過激コールに対しての嫌悪感は他の参加者より小さいほうだと自認している。

この論争における一番の問題点

この件の一番の問題点は、『言葉定義曖昧であること』だと感じている。

人間というのは文章を読んだ際、自分に都合の良いように解釈する動物だと常々思っており、「周囲への迷惑となるコール」だとか「いわゆるオタ芸」なんていう曖昧言葉を使っている限り、全員が納得する形で議論収束することは永遠にありえないと断言できる。

オタ芸」の定義

ネット上でこの件について言及している方の意見に目を通していて気付いた事として、オタ芸に見識のある人の言う「オタ芸」と、オタ芸に疎い人(忌避する人、規制する側の人を含む)の言う「オタ芸」にズレが生じている事が散見される。

(余談だが、「オタ芸」と「ヲタ芸」は異なるものだ!という意見も見かけたが、個人的には表記ブレ範疇かと考える)

例えば、オタ芸の一つに「タイガー」というものがある。(タイガーファイアー…と叫ぶアレとは別物なのであしからず

これは、直立不動で動かずにステージ演者に熱い視線を送る行為のことを指し、虎視眈々と獲物を狙う虎の様相語源としている。

参考⇒https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BF%E8%8A%B8

オタ芸禁止と明示された際に、オタ芸を嗜む人が規制側に対して「タイガー」もしては駄目なのかと質問すると、

「ここで言うオタ芸とはそういう言葉遊びの事ではなく、腕を大きく振りまわす等の迷惑行為の事を指している」という回答が返ってくる可能性が極めて高い。

(誰とは明言しないが、実際にそういう回答をした人を見かけたことがある)

オタ芸忌避する方々もこのような一見不毛と思われる似たようなやり取りを見たことがあるのではないか

ここで私が疑問に思うのは、オタ芸に見識のある人が「タイガーオタ芸」と定義しているのに対して、

オタ芸に疎い側が「タイガーオタ芸ではない」と断定し、あまつさえその認識のまま公のレギュレーションに明言してしまう。

このいい加減さ、傲慢さは何だろうか?

前項にも記したが、人間とは自分に都合の良い解釈をしてしまものである

運営もっとオタ芸勉強しろ!などと言う気は毛頭無いが、せめてこの差を認識し、万人が納得できるような言葉使いを意識して頂きたい。

『周囲への迷惑となるコール』とは何か

自己紹介でも述べたが、私は過激コールに対しての嫌悪感はあまり感じないほうだ。

平たく言ってしまうが、近くでイェッタイガーと叫ばれても全く不快だとは思わない。

(もちろん綺麗にキマっている事が前提だが)

一方で、広く浸透しているが私は不快だと感じるコール存在する。

具体的に一例を上げるのであれば、THE IDOLM@STERAメロの「フワ*4」が有名だろうか。

少なくとも2ndライブぐらいまでは裏打ちで「ッハイ!ッハイ!」だったが、いつの間にか前述の「フワ*4」に変化し、定着していた。

Aメロで「フワ*4」を入れること自体比較的珍しいゆえに型破りの感があり、個人的には当時のコールの方がしっくりきており、現場現在主流のコールを聞くといまだに強烈な違和感に襲われる。

乱暴に言い換えると、私の周囲で「フワ*4」する行為は『周囲への迷惑となるコール』に他ならない。

今回主張したい事とは主旨がズレるため、この曲のコールとしてどちらが正しいか・相応しいかを論ずる気はないが、そういった考えを持つ人がいることを知っておいてほしい。

結論としては、『周囲への迷惑となるコール』という言葉は非常に曖昧で、個々人によって定義がまったく異なるという事である

前項と同じく、万人が納得できるような言葉で記さないことには根本解決には至らないだろう。

ライブイベントにおけるコールに対する持論

最後に、ライブイベントにおけるコールというものに対して、持論を述べさせてもらう。

コールという文化地域風習によって異なる『言語』に特性が似ていると感じている。

遠い異国に行けばまったく異なる言語コミュニケーションを取っていたり(V系ヘドバンあたりが顕著だろうか)、

別の地域や閉じられたコミュニティには『方言』や『スラング』というもの存在する。

若者言葉が時を経て全ての世代に定着するように、コール時代とともに少しずつ変化している。

かつてPPPHアイドルライブから声優ライブに輸入され定着したように、時には外来語が定着することもあるだろう。

よく話題に挙がるイェッタイガーも新語の一つとして認知を広めつつあるが、使い勝手が悪ければ大衆には根付かず廃れる、

あるいは一部の人けが使用するスラングのような立ち位置になるのではないか、などと根拠もない憶測をしている。

自身が新しい言葉を使わないまでも、古きに固執し、新しい文化を受け入れない頑固な人物

いわゆる『老害』そのものではないだろうか。

自分自身が変化を受け入れられていないことを棚に上げつつ理想を言わせてもらえば、文化の違いを認識し、変化を受け入れる柔軟さを持ち合わせた上で、それぞれ自分スタンスで好きなようにライブを楽しめればみんな幸せになれるのになぁ…なんて思っている次第だ。

仕事ミス発達障害のせいにしたくない

当方男性20代

アスペルガー症候群、つまり発達障害(診断済み)だけど手帳は取ってない。

大学卒業後は一般枠で3年ほど働いてとくにトラブルはなく順調だったが、

今年の冬から仕事内容と人間関係が変わってからミスが続発して、だいぶ参っている。

環境が変わる前の上司も後の上司アスペの事に理解が無く、それとなく自分アスペである事を話たのだけど、

「そんなん俺にも当てはまるわ」「君が考えすぎているだけやで」とあしらわれ、流されてしまった。

社員も年齢層高く、発達障害のようなメンタルの事をよく知らない世代が多いのもあると分析している。

環境が変わってから自分なりに努力して改善はしているけどマニュアルの内容がよくわからないことが多く、

そのことを質問しては上司を「そんなこともわからないのか」という態度にさせて申し訳なくなって謝り、

連絡の内容の理解ができなくて何度も確認をすれば怒られて謝り、その過程でもミスをしていて謝り続けて疲れた

規模がそこまで大きい勤め先ではないので、未だに後輩が入ってこないのでいつまでたっても立場は下。

LINE仕事グループに入るようになっては毎日のように

すみません」「申し訳ありません」「申し訳ございません」と書いていて

それに既読の数がどんどん付いていく様子を見るのが実に苦痛

朝起きれば、また今日も謝って既読がつくのかと思うとうんざりする。

でも、ここでミスが多いのはアスペのせい、発達障害のせいだと伝えても無意味どころか、

何の解決にもならない光景が容易に想像できてしまう。

そしてなにより、私自信が自分ミスや失態をアスペ発達障害のせいにする事に

すごく後ろめたさ、卑怯さを感じているのがつらい。

親の教育が厳しく、迷惑をかけてはいけない、当たり前のことができるべきだとよく言われたのに、

迷惑をかけやすく当たり前のことが出来ないアスペだということが判明してから、尚更辛い。

こう書いている間もまたLINEで公開長文説教が来るのを見ていると憂鬱だ。

長文の説教を書かせて上司の貴重な時間を奪っているのがこの私自身というのがとても不甲斐ない。

…乱文すみません

喪女生活

私の生活怠惰である。めちゃくちゃ部屋は散らかってるし、ゴミは置きっ放し、洗濯物はそのまま、瓶缶ペットボトルの処理もちゃんとしてない。こんなんでちゃんとした社会人ができるのであろうか。

実際問題、表向きがきちんとした社会人であればいいわけであるし、そこに特別な浪費を使うことは憚られる。

しかしながら、こんな私でも憧れはある。

劇団男役のようにスマートになりたい。背筋をピンとして、ドアをさっと開けて、颯爽と歩きたい。

容姿娘役さんたちなりたい。ブルックスブラザーズのワンピースを着て優雅ヒールを履き街中を闊歩したい。あとはちゃんと髪をセットして可愛くして出かけたい。髪をセットするのはどうすればいいんだろう。教えておばーちゃん!!コンピューターおばーちゃん!!

兎にも角にも私はきちんとしていない人間である。まあでもそれでもいいと思っている節がある。だって人間エネルギー量はそんなに増加するものでもなし、元から少ない私の活動量を無理して削って生きていこうだなんて甚だ点でおかしいったらない。

きちんとした社会人になろうと思う。しか自然体で。なるべくストレスのかからない方向に社会人として生きるようになりたい。60パーセントの力をつかって生きていって、他のことに体力を費やそうという考えだ。

服装にしたってそうである。私は服に興味はない。でもユニクロで頑張ってオフィスカジュアルをしようと心がけている。まあそれで十分かどうかはわからないのだが。しかしながらそれでも、少しずつでいいから服のグレードアップを図るべき年齢にさしかかってきたのだと私は私自身で悟ってきた。

誰のためでもないというのは嘘である。着飾るためには多少の見栄がいる。しかしそれは自己犠牲のためでなく、自分がある程度ちやほや、またはきちんとした人に見られるための策略なのである

ある程度ダサくて構わない。とりあえず、一般軒並みの服を着ていればいいのだから

私は服装には特段主義主張はない。むしろいうなら、フリフリがきたい。花柄が着たい。ロリータはいうまでもフリフリフレアスカートが着たい。

でもそれは年齢とともにもう似合うものではない。5歳若ければそれは全盛期として着られたのかもしれない。実際着てた。まあ、ある程度実際着ていたのでそこまで悔いはない。

メディアに不信任を出したい

メディアに対する不信任は、どうやったら認証されるのだろうか。

私自身は、新聞はもうどこも取っていないし、テレビニュースパラエティも見てない。

それでも事実思い込み混同したニュースが飛び交っていて、人々の猜疑心をかきたてるばかり。その結果、莫大な金を浪費することになっても,尊い命が犠牲になっても、誰も責任を取らない有様だ。

報道の自由大事だが、報道の横暴や乱用は誰も望んでいない。

この傍若無人権力監視するにはどうしたらいいのだろうか。

2017-06-19

10年前に公園で休んでいたら警察を呼ばれたことは一度あります

最近不思議犯罪者扱いみたいのはないんですよね

ただアンタッチャブルで関わってはいけない存在になったような空気を感じます

ただこれはキモくて金のないおっさんである私自身に変化が生じたからというよりも

違法入国してきた外国人ヤクザなどのわかりやすい脱法的だった存在が衰退してきて

彼らの仲間だと疑われることがなくなったということが大きいのではないかと思っています

AKB結婚騒動をみて山岳ベース事件連想する

AKB48須藤凛々花結婚騒動を見ていて、峯岸みなみ丸坊主騒動ときよりさらに、粛清陰湿かつ悪質になっているのではないかととても怖く感じる。

恋愛禁止」を掲げているのにそれを破ったこと、総選挙というメンバーにとってもファンにとっても大切な場を私的な発表に使っていることなどは、確かに適切な行動ではない。

私自男性アイドルに相当熱を上げていた経験があるので、応援してきたファン気持ちを考えるととてもやりきれない。

しかし、この結婚騒動は、交際をすっぱ抜かれそうになった須藤さんに対する、逃げ場を完全につぶした「総括」なんじゃないのかとも思えるのだ。

「●●に言わされた」とあとから言っても、でもルール違反していたのは事実でしょ?となるし、そもそも言い訳見苦しいという扱いをされかねない。

須藤さん側にはもはや、「ルールを破って総選挙私物化するほど恋に盲目な女」をやるしか、この騒動をやり過ごす道がないように思える。

そして、総選挙というAKBメンバーファンともに無視できない大舞台で広く周知させることで、他メンバーたち(特に上位メンバー)に叩かせることもできる。

今までAKBを盛り立ててきたメンバーにとって、この結婚宣言を手放しで受け入れることは(アイドルである手前)難しいだろうし、一言文句を言ってやりたい気持ちも出てくるだろう。

そしてメンバーたちが批判することで、話題も広がり、他メンバーへの見せしめにもなるだろう。

山本彩さんのように冷静なコメントをするメンバーもいるのだが…)

この騒動がどういった経緯で起こることになったのか全く分からない以上、上記はすべて私の誇大妄想かもしれない。

しかし、誰かがルールを破ったなら、しかるべき責任者のみが適切な処分(除名なり謹慎なり)をすればいいんじゃないのか。

たった一人の人間やり玉にあげ、かつての仲間に叩かせて、こんなの北九州監禁事件や山岳ベースと大差ないんじゃないのか。

そして、こういうやり方が「アリ」だとみんなが思ってしまうようになるのが怖い。

罪を裁くのは一部の責任を負った人間のみじゃ足りないのだろうか…

須藤凜々花の件

「私を応援してくださった皆さん、今回は本当にありがとうございます

 そんな皆さんには本当に申し訳ないのですが、皆さんを悲しませる、失望させてしまニュースが、間もなく出てしまます

 皆さんひとりひとりの投票のおかげで今この場所に立てているのに、本当に申し訳ありません。

 後日必ず、私自身の口から説明させていただきます

みたいなのじゃダメだったの?

もちろんこんなふつうスピーチでは新聞の一面を飾ることはなかっただろうけど、あまりにも、あまりにも不誠実。

私の周囲にもなんで怒ってるのかわからない。と言ってる人多くてびっくりした。

ファンに対して申し訳ないという気持ちが(少なくともあのスピーチからは)微塵も感じ取れなかった。

2017-06-16

精神障害者就労継続必要もの

私は統合失調症を患う精神3級の手帳持ち障害者だ。就労移行支援施設という障害者向けの就職支援してくれるところに2年ほど通って無事就職が決まり、今はなんの因果障害者指導する立場に立っている。

私が障害者就職支援してくれる施設に通って見聞きした話や、障害者指導する立場に立って思ったことを、精神障害者就労継続にピントを合わせて書こうと思う。

2018年には法定雇用率に精神障害者が算定されるようになることもあり、精神障害者就労についての社会の関心は高いと思われる。

実際、精神障害者就職数はここ数年右肩上がりだ。一方で、精神障害者職場定着率は他の障害者よりも低いと言われている。最近の詳しい統計が公開されているのをみたことはないが、2008年度という古いデータだと一年以上の定着率は約40%。6割近くが一年以内に辞めている。 http://www.nivr.jeed.or.jp/download/houkoku/houkoku117_summary.pdf

この精神障害者がなかなか職場に定着できない理由であるが、障害者本人も雇用側も共に精神障害のことをわかっていないのが一番大きな理由だと考えている。そのためにミスマッチが起こりやすいのだ。

企業側としては、障害制御できるものだと考えている。もう少し正直にいうと、制御できない障害人間は雇わない。

身体障害者は彼らの障害物理的なものであるために物理的に制御できる。知的障害者についても、彼らの特性はある程度型にはまっているし、彼らは幼い頃から支援機関につながりその特性が長い目で観察されているので具体的な配慮点が見えやすい。

そしてそれと同じように、精神障害者に対しても「合理的配慮」をするのが企業義務として課せられる法律が決まった。

だが、これは政策の失敗になるだろうと予想している。何故ならば、精神障害はその特性に型がないからだ。同じ病名であってもひとりひとり症状や対処法が違う。

もちろん病名をつけている医者から見れば、型が見えるのだろう。だが、それは大量の精神病患者と向き合う精神科医からこそできることだ。

私や多くの人のように、機会があって巡り合うことになった限られた精神病患者と、社会的個人的に付き合う人間にとっては、彼ら(というか私も含めて)はひとりひとり全く違った病態を持っているように見える。

私自身も統合失調症だと診断されているが、この病気も陽性期と陰性期では全く違った症状を見せる。陽性期だけをとってみても、妄想が出る人、幻聴が出る人、その両方が出る人といったように症状が違う(私は幻聴タイプだ)。

から精神科医以外の素人にとって、精神障害者に対して「この病名はこういう症状だからこう接するべき」みたいなものは見えないのが実情だと思う。患者個人を深く知れば知るほど、彼らが病名の型にはまった存在ではないということが分かってくる。

から企業身体障害者知的障害者と同じように、精神障害者にもこの病名の人はこういう障害からこうした配慮をすればいい、という合理的かも知れないが画一的配慮をしようとしても、失敗すると予想する。

では、どうやれば精神障害者を受け入れられるのか?そのためにはまず、障害者本人と、雇用する側と、そして精神障害者支援者の三者が絶対必要だと考える。

何故支援者必要なのか?それは、精神障害者自己認識についての難しい問題があるからだ。

身体障害者自分特性問題なく理解している。知的障害者には支援者が必ずいて、その人が本人の特性理解している。では、精神障害者は?精神障害者はその障害精神にある以上、自分障害特性客観的判断することが非常に難しい。私もこれができなかった。なので、支援者客観的自分障害特性を把握してもらう必要がある。それが職場へのマッチング就職後の雇用する側の対応策などに非常に効いてくるのだ。

こちらの資料 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/iken_koukankai/dai7/siryou2.pdf の16ページにあるように、支援者がいる場合精神障害者一年定着率は65.1%にまで跳ね上がる。

そしてこの支援者雇用する側には、精神障害者には病名による決まった型はなく、ひとりひとり特性が違い、それぞれに別個の配慮をする必要がある、という認識がなければならない。

自分精神障害を抱えているにもかかわらず、私自身この現実に気がつくまで時間がかかった。

なので、精神障害者雇用をする側には、例えば統合失調症の方を受け入れよう、というような姿勢ではなく、〇〇さんを受け入れよう、という姿勢を取っていただきたい。

それは非常にコストのかかる話だとは思う。けれども、精神障害者に働いてもらうつもりで雇用するのなら、そちらの方が長い目で見ると良いだろうとかなり確信を持って言える。

次に精神障害を持っている本人やその家族には、客観的障害特性を把握してくれる第三者支援者を持って欲しい。

プロ支援者は本人が気づかない障害特性にも気づいてくれる。そうした第三者いるかどうかで、雇う側も本人への対応のしやすさが非常に大きく変わる。雇う側も第三者相談することができるからだ。精神障害者本人と雇用側だけの二者しかいない関係はいろいろミスマッチが起こりやすい。本当に。

そして行政の方にも、精神障害者への配慮画一的にする方向の動きではなく、ひとりひとりに焦点を当てた雇用ができるようにする仕組みを作ってもらいたい。

精神障害者長期間就労継続やす社会を作るためにはこれらの動きが絶対必要だと思う。

社内の誰にも言えないキモい

人事やってるリーマンなんだが、今年から採用の一次面接社長の息子(取締役独身アラフォー、以下ジュニア)が同席することになった。人事とは全く異なる部署にいるのに。

 

一次面接取締役が参加するなんてまず聞かないんで、それとなく社長理由聞いてみたら、息子の嫁を探すとのたまいくださった。しか冗談や隠す気ではなく堂々と。

 

ジュニア面接参加率にバラツキがあるとか、趣味など個人的質問ばかりしてるとか、ジュニア面接する学生の通過率は高いとか、感じてた違和感が全部繋がった。履歴書写真を見て面接出るかどうか決めていたんだと気づいた瞬間、「キモい」という感情が全身を走った。社長の前で口に出さなかったのは本当に幸いだった。

 

これが零細企業ならともかく、全国に拠点がある社員数ン百名、売上ン十億の中堅企業創業者である現社長に惹かれて転職したけど、起業家経営者としての尊敬できるかと、人として尊敬できるかは別もんだなぁ、と実感した。まぁ、オーナー企業なんで私物化しても構わないって意見もあるかもしれないが。

 

近々ジュニアは次期社長になるんだけど、たぶん今回の一件で、ジュニアに対してキモいという感情を感じたことや、公私混同するんだろうなぁという想像が働くことで、純粋命令を聞けなくなると思う。ジュニアいかに優れた経営者であっても。

 

転職先を探し始めるか悩む今日この頃

 

 

■2017-06-16 16:30ごろ更新

気が付いたら300近いブクマがついてて驚いた。具体的要素は少ないので特定できないと思うが、会社にバレないように祈りたい。

 

ブコメ等を見ると比較的どの会社でも見られることのようなので、私自身が純粋すぎたのかもしれない。確かに客観性のある犯罪ではなく、「キモい」という私の個人的価値観に基づく感情以外は問題が無いわけだし。あと「社長には『キモい』と感じないのか」という質問があったが、今思い出すと社長にも感じていたと思う。厳密には、「ジュニア」>「言い出す社長、受け入れるジュニア関係」>「社長」の順でキモいと思った。

 

追記だけど、一番残念な気持ちになってモチベーションが下がったのは、優秀な人材採用するために全国の大学回って、説明会で声枯らして説明していた自分仕事が、ジュニアの嫁探しの一環だったんだ、と知らされたこと。仕事に対するプライドも持てなくなりそうだし、「ン百万円の費用をかけて、ン十人採用しましょう」という予算の中に、「ジュニアの嫁」という隠れた要素があることを知ったことも大きい。この要素が無ければ、もっといい人材採用できるかもしれないのに。堂々と「ジュニアが〇を付けた学生を3名採用すること」とかにしてくれ方が、まだやる気が出るかもしれない(冗談だが)。

 

今回の件を知って学生大学担当者の顔をまともに見ることができなくなるのも辛い。この上で「女子大を中心に回れ」とか指示されたら、罪悪感でその日のうちに転職エージェントに連絡を取るかもしれん。

 

脈絡ないけど吐き出せてスッキリした。増田のみんな、ありがとう

同人活動責任

オタクではないが、同人活動をしている。

マイノリティ中のマイノリティ性的嗜好を持っている私は、現実では決して成就することのできない(成就すれば私は牢屋はいることになる)その欲望を、同人誌の中で表現して昇華している。

現実では決して解消できない切ない性欲をもつ、異榻同夢を見る文字どおりの「同人」に向けて表現を届けているわけだ。

戦前から少年愛者や嗜虐・被虐嗜好者、窃視症、露出症など、メジャーマイノリティ(?)の嗜好者たちは、同じく同人活動で薄暗いマグマのような欲望を地下で共有し、慰みにしていた。

インターネットでは、10万人にひとりだけにしか胎生しないようなストレンジ欲望でも、同好者を見つけることかできる。

作品感想をもらえれば無上に嬉しいし、フィクションの中でしか味わえない心臓が溶けるような興奮を同人たちと共有する喜びは、ほかに代え難いものだ。

例の同人作家警察が「申し入れ」た件には、率直に危機感を覚えたし、苛立ちもしたのだが、考えを巡らせているうちに、私自身の同人活動についても深く省みることになった。

私にとっての現時点での考えを書こうと思う。

さて、私はツイッターを使っているが、私のタイムラインでは、「現実虚構区別がついていない人間」をよく見かけるし、これは犯罪だろうと思えるようなツイートも、見かける。それもかなりの頻度で。

おそらく、ロリコンインナーサークルでは、児童ポルノ想像以上にカジュアル流通しているだろうし、露出症者たちの間では「いい季節になってきたか全裸散歩してきた!」みたいな投稿日常的にされているだろう。窃視症者たちのタイムラインには盗撮動画がひっきりなしに流れているだろう。

私は、簡単犯罪の壁を越えてしま人間がたくさんいることを知っている。知っているが見て見ぬふりをしていた。

幸い、「増田さんの同人誌で頭真っ白になるくらい興奮して、ちょっと〇〇してきちゃいました」なんて馬鹿はいままで一人もいなかったが、完全に読者を信頼できるかと言われると、それは難しい。

模倣犯を生んだとしてもその表現をするのかと問われても、そこまでの覚悟や信念が自分にあるのか、悩んだ。

悩んだ結果、注意書きを厳しく書くというのは、作者が誠実にとりうる責任ひとつではないかと、私は結論した。

「〇〇を現実で行うことは犯罪である

と、これからははっきりと書こうと。

飲酒運転が描かれる作品の巻末に、薬物が描かれる作品の巻末に、一言注意書きを添えるのは、ただ単に作者を免責するだけでなく、小さくても啓発的な効果を持ちうるのではないか

合理的範囲で作者は社会責任を果たさなければならないと思った。

乱交を描くときには、性感染症知識を、痴漢を描くときには、性犯罪がどれほど被害者尊厳を傷つけるかを、書くべきだろうと、私は思った。

から、私は次からそうする。

創作表現が与える影響の責を法的には作者が免れることはもちろん大原則ではあるが、

そのことに胡座をかいしまうのも、あまり無責任だと私は考えた。

トラックバックへ。私の嗜好は加虐的なものではない。むしろ分類するとすれば被虐的な嗜好だ。私の読者が事件を起こすとすれば、比較的には軽い性犯罪ということになると思うが、それでも、だからこそ、事件を起こす危険性はあると考えている)

2017-06-15

インターネットの巨大な副作用

言霊」という言葉があるように、汚い言葉かい暴言普段から接していると、いつの間にか影響されて自分の心もすさんでくる傾向がある。

私自身の経験で言うと、日常的にネット上で様々な暴言を見かけるようになって以来、生活してて接する様々な人や出来事に心の中で暴言を発するクセがついてしまった(実際にはほぼ言わないけど)。

ネットは好きだけど、触れ続けるうちに少しずつ確実に自分の心はすさんでいったと思う。

世界中が物騒な流れになってるのは、実はネットの普及でそういう言葉蔓延してる影響も少しあるかも、と思っている。

ネットの巨大な副作用世界を少しずつ狂わせ始めているのかもしれない。

生きている理由がない、だが、死ぬ勇気もない

たぶん、ここ数十年で幾度となく繰り返されてきたであろう話題。そして、これからも何度となく同じ話をして行くであろう話題。だけど、この先に幾星霜の年月を重ねようとも、決して人類が回答を得ることはかなわないであろう話題

「このような増田を書く際には適度な自分語り必要である」との先人の教えに倣い、私も自身人生を少し顧みる。

とは言え、特にこれといって語れるような、起承転結栄枯盛衰の激しいエピソードはない。期待に沿えず申し訳ない。

私は、凡庸な働き者である両親の下に産まれ大学まですべて可もなく不可もなしと言ったレベルの国公立で通し、東証一部ではないが倒産寸前でもないと言ったどこにでもある企業就職し、今に至る。要は平和謳歌していたわけで、「幸せかどうか」という尺度で測れば、私は十二分に幸せなのだろうと思う。


先日、同級生の友人らと一席設ける機会があった。私の交友範囲は、狭いようでいて結構広い、まあ所謂普通」の範囲内だ。私ほどの年齢になると、このような場でだいたい出てくる話題と言えば、増田諸氏にもお馴染みの「子供の話」である

子供習い事は何がいいか、今どきは中学受験をさせるべきか、保育園になかなか受からない、・・・語らいの場を彩るには事欠かない。

私自身は独り身だが、そう言う話題は端的に言えば好きである同級生の、愚痴のような自慢のような我が子の話を聞くのも好きだし、独りやもめが一丁前に進言することも吝かではない。

だが、そう言う話題をしていると避けて通れないのが「増田結婚しないの?」「増田の子供、見てみたいよ」等の友人の無邪気な言動である

もう何度となく聞かれたので回答が半ばトークスクリプト化しているが、私自身は結婚する気が全くない。子供を作る気もない。

友人らの結婚式に持参した祝儀袋は50枚ではきかないし、友人らの華燭の典の末席に私の椅子を加えてもらえるのは悪くない。幸せのおすそ分けがあった数年後に、友人らの間に生まれた新しい命に触れる栄誉に浴した機会も両手両足では足りないだろう。

そんな友人達の子供の相手をするのも、また楽しい。先日も友人宅で友人の子供たちとゲームで盛り上がった。そういった私の姿を見てきている友人達はいつも怪訝そうな顔をして、お決まり言葉を投げかけてくる。

曰く、「増田絶対にいいお父さんになれるよ。」と。

しかし、残念ながらそんな姿を友人たちに見せる機会は、永遠に実現する事はないだろう。なんだかこちらが申し訳なくなってくるが、こればかりはどうしようもない。

結婚出産をしない事の仔細については伏せさせていただくが、私自身はLGBTという訳でもないし、病気等によって子供が作れない身体という訳でもない。過去交際した異性がいない訳でもないが、結婚するというビジョンは当初から皆無だった。




・・・さて、長々と私の宴席話を綴ってしまったが、ここまでが枕詞である。以下より表題の件となる。

最近発生したとある些事によって、私は自身の今後の人生を考える機会を得た。それは老後の事であったり、貯蓄の事であったり、人間関係の事であったりする。

不思議不安はない。「少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。」と言ったのは太宰だったか芥川だったか。或いは川端だったかも知れない。

老後を一人で支えていく貯蓄は作れる。今現在のところは十分な資産が無い為「ある」とは胸を張って言えないが、仮に70歳定年制度が導入されようとも、食べていけるだけの資産形成するだけの資力はあるものと自負している。

加齢による孤独との付き合いも、それなりにこなしていくつもりだ。とは言え、老境に達した事もない若輩が悟ったような事を口にするのも軽々しい。鋭意努めるといった表現に留めておこう。

そのような事を独りごちること数日、ようやっと私は「自身に生きている理由がない」と言う平々凡々な結論に至った。

却説そうなると困ってしまう。理由もないのに生きていくには、あと数十年という年月は些か長すぎる。排泄物生産する装置として延々と過ごしていくには動機けが心許ない。

人生に対しての意味を考えるのは、数多く存在する宗教という団体が約二千年ほど前から継続して取り組んでいるようだ。詳しくは知らない。

彼の団体が世に出している成果物を拝見したこともあるが、私には意味を見出すだけのものはなかった。

理由も無い、意味もない。そうなると次の段階として「可及的速やかに、かつ周囲の迷惑を最小限にとどめる形で自殺する方法考察する」ということになるが、私にはそれを実行するだけの胆力が備わっていなかったようである。自ら命を絶つという行動を想像するとき自身の玉袋が萎びていく感覚が如実にそれを証明している。

安田講堂演説をぶった後に割腹して果てたのは誰だったか筋骨隆々とした当時の写真を見るに、グラビアモデルか何を生業としていた人だと推察しているが、どうだろうか。職業はともかく、その胆の据わりようはまさに驚嘆に値するが、私には到底真似のできない所業である

理由も無く、勇気も無い。理想も無かった。願望もこれといって無かった。意味のある無しは私自身が決定するものではない。後世の人間理由付けしたもの意味だ。

かと言って「無い」状態を維持していくのも据わりが悪い。回答でも解答でも一向に構わないのであるが、「ある」状態にしたい。ふとそう思い至って有休申請をしたのが昨日の午後、目の前のキーボードを叩いては嘆息する作業に飽きてきたのがつい先ほどの話だ。

先人の知恵を生かす事こそが人類であり、その事を辞書で引くと即ち「英知」である。ならば私も人類の英知の恩恵に与ろうと「はてな匿名ダイアリー」なるサイトの中に設置されている検索窓で「人生 理由」と入力してENTERキーを叩いたところ、検索結果は0件だった。平日の昼間から人生 理由」や「人生 意味」といったワード検索をかけている中年男性という絵面も大変に珍妙ではあるのだが、ここで膝を折るわけにもいかない。

Google検索で「人生、宇宙、すべての答え」で検索すると「42」という解が得られるというのは割合に有名な話ではあるが、できれば証明過程のほうも見せていただきたいので、「人生 理由」や「人生 意味」などのワードGoogle検索をかけても、有象無象が多くて選り分けるのに四苦八苦しているうちに時間けが過ぎ去っていく。回顧するに到底建設的な所作とは言えない。

※ちなみに、「人生 理由 anond」等とGoogle検索すると、先人への英知に到達する作業が捗ったという事実も申し添えておく。


・・・結局、特段の進歩もなく、たまっていた有休を消化して終わるだけの一日となりそうだが、髪の毛一本分、まさに寸毫ほどの厚さだけでも遺物があれば、後進増田諸氏の灯台となり得る可能性はあると考えた。

可能性に賭けることは好きではない。そもそも賭け事が嫌いだ。だが、この愚かな人間がしたためた理由意味もない駄文が、誰かにとっての灯火となれば幸甚である

大海原の中のマッチ一本分にも満たない、本当に小さな灯り火であるが。

ここまでお付き合い頂き、かつ増田諸氏の人生の貴重な時間をも少々頂けた事に深謝する。増田諸氏の人生に幸多からん事を祈念して、ここで筆をおく。

https://anond.hatelabo.jp/20170615134110

ロリ漫画はすべて消去し、

私自身の妄想で抜くことにしました

私は被害者実在していないのだから全く問題ないと考えています

しかし、もしこれが新たな被害者を生み出すきっかけになるのだから妄想規制しようという

流れになったら、私は逆らえずああそうか、またしても間違っていたのは自分だったのかと思い、

自分自身を消去するでしょう

2017-06-13

スマホのせいで写真屋さんはもうダメです

祖父経営してる写真屋が来月閉店するらしい

突然こんなこと言ってごめんね

でも本当です

そもそも写真屋さんって、増田を見ている人にはピンとこないと思う。

要するに、写真を紙に印刷するお店のこと。

もっとも、祖父言葉を借りると、写真プリント(現像)というらしく、印刷ではない。

今でこそみんなスマホで撮ってるけど、写真って、昔は技術のいる仕事だったらしい。

昔は、

からフィルムを預かる

それを現像(フィルムに定着させる)、

紙に引き伸ばしてプリントする。

これがひとまとめのセットだった。カメラも今みたいに優秀じゃないから、素人が撮った写真いか現像補正するかが写真屋さんの腕だったらしい。

何よりもめちゃくちゃ儲かったみたい。

写真屋さんはクリーニング屋さんに似てて、お店で現像することもあれば、外部の工場外注することもあった。

でも、どっちの場合にしても利益はめちゃくちゃ貰えたらしい。

原価はほとんどゼロで受付するだけで客単価は1500円くらい(?)。

上に書いたみたいに技術は要るけど、それも工場に出せば関係ない。

現像必要から写真を撮る人は絶対写真屋さんを利用しなきゃいけなかったし、そのぶん数があるから工場も安かったらしい。

おかげさまでうちの祖父も息子二人を大学に行かせられたし、実家も建てられた。お店も借金はない。

祖父の話によれば、大きく変わってきたのはデジタル時代になってから

現像しなくてもモニターで見れるようになって、紙にプリントする人が一気に減った。

それでも残ってた写真屋は学校写真プリント撮影で生き残ろうとしていたみたいだけど、スマホの普及で一気につぶれたみたい。

私自身、祖父写真屋をやってるから知ってるだけで、写真印刷したことなんて数えるほどしかない。

叔父写真学校に行って、写真館を経営して撮影をやってるけど、デジタル写真がメインになってからは、以前ほど撮らなくなったみたい。

私の母は次女だったこともあって、商売を継ぐこともなかった。

でも、もしかしたら、祖父の後を継いで、すでにオワコンになった写真の受付をしていたかもしれない。

私が子供の頃は、街中にたくさん写真屋の看板を見たけど、私の町でもだいぶ減った。

このまま人知れず消えていく業界なんだろうけど、ネットを見てても全然話題になったりしない。

私も写真屋なんて無くても困らないけど、このまま祖父のお店が無くなるのはさびしい気がする。

こんなものなのかな



ブコメ言及があったので追記

撮影数は増えたけど、プリントの枚数が減ってるのが写真屋の悩みみたい

今はスマホでも店頭で受付できるんだけど、若い子は10印刷したらいいくらい。

2〜3枚(100円くらい)すら今は印刷しない。

フィルムを使い切って現像しないと写真の出来がわからなかったから、20枚撮りくらいのフィルムをみんなが使い切ってたし、絶対写真屋に持ってきてた。

写真館は成人式写真撮影みたいな需要があるからまだやっていけるらしいけど、フィルム現像頼みだった祖父のような店は成り立たなくなっていく

追記

思ったよりたくさん見ていただいててびっくりしました。

ありがとうございます

確かに、スマホというよりデジカメの普及によるのかも

祖父のような古いタイプの人がデジタル対応できなくて、プリント離れに歯止めが効かなくなったんだと思う

ちなみに学校写真はまだ儲かる、とも言われてるけど、最近はそうでもないみたい。年を取ると、撮りにいけないしね

2017-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20170611063612

私は20代女性だが、あなたの書かれていることにはとても共感できる。ただ私が1つ言わせていただきたいことは、原因は童貞でも30代でも男性でもない、ということであるあなた自分肩書き言い訳にしているのに過ぎない。ぜひそれをやめていただきたい。あなた童貞であり男性であり30代であり、無職である前に、一人のあなたという人間であるということを理解していただきたい。その上で、あなたあなた自身に優しくし、あなた自身を大切にしてあげて、愛してあげることが大切だと思う。気持ち悪いへんな宗教ババァの言いそうなことだと思って聞き流してくださって構わない。しかし、私自身、自分を一人の人間として生きていることを肯定し、自分自身を愛するようになって救われた人間なので、あなたにもそうなってほしいと思う。社会において自分の居場所がない、役割がない、自分は不必要だ、と感じると死にたくなるのは当然であるし、そういう風に感じる可能性はどんな人間にもあるのではないかと思う。でも、そうなった時に自分いかに愛し、自分存在いか肯定できるかが生きる上で大切なことなのだと思う。あなたが今生きていることに心から感謝をして、これからも精一杯生きていこうと考えられることをお祈りいたしております。長文失礼しました。

2017-06-11

過度な期待はここにもか

日本の「お客様は神様です」という風潮と、「誰かが何とかしてくれる」という風潮が嫌い。

ニーズに応えたくても、こちらはそのような能力知識もありません、と言いたい例が多すぎる。例えば、特別支援学級に行かせたくないか家庭教師特別支援学級に行っていても勉強に遅れを取らせたくないと言っているおうちがあったりするんだけど、こっちは生徒の特質完璧に見抜けるわけでもなく、詳しく訊くことも出来ない。

そもそも説明に行っている人間が、学習障害知識もない、と言うレベル私自身も最近勉強するようになったくらいだ。

これから夏休みきっかけに、家庭教師を頼む人は増えると思うけど、良い会社、良い家庭教師ばかりじゃないから気をつけてください、と言うしかない。また、子供勉強嫌いや、興味のなさは、親が思っているより遥かに深刻で、どうにもならないことだと思ったほうがいい。努力ダサい、めんどくさい、ラクしたい、もっと楽しいことがある、子供はそう言うから。それに、高校行って、偏差値が高い大学に行けば将来安泰、というレールはとっくの昔に崩壊してますしね。

優等生肯定される時代は、もう終わったのかもしれない。SNSに加工した写真を載せれば、簡単いいねがもらえるのだからリアルでコツコツ勉強するより、ネットに逃げて、賞賛されるほうが楽しいと思うんですよ。

ネットに逃げないコツは、ちゃんと子供と向き合うこと、子供のいる環境理解すること、そこまですれば、彼らに必要勉強方法もなんとなくわかる気がするのですが、気のせいでしょうか。

ちなみにスマホ1台あれば、YouTube勉強を教える動画も見られますし、色んな学習アプリが使えます。それもわかっていてほしいですね。

2017-06-08

『面喰い』という病

・『愛情=カネ』という女性が予想を遙かに超え世間にたくさんいて辛い

http://anond.hatelabo.jp/20170605190352

・奢りに関する私の「常識」が間違っていたんかなぁ

http://anond.hatelabo.jp/20170608120939

↑の元増田。続いて↓について。

http://b.hatena.ne.jp/entry/339608366/comment/koenjilala

id:koenjilala 若くて容姿端麗な女性を選んでいるからでは?若くて容姿端麗な女性モテるので、

相手いか自分価値を高く見積もるかの価格競争を気にする/若くもなく美人でもないない女性と付き合えば割り勘率は増えると思う



これは本当にその通りなんだけど、私はひどい面喰いなので、難しい。

年齢にはこだわらないんだけど、外見で惹かれる相手を選ぶと、結果的に大抵は若い女性ということになってしまう。

ご指摘のとおり、彼女等は男から奢られ慣れているので、「男は奢って当たり前」的な価値観を持ってしまっている可能性が高い。

自分でも、これは私のひどい欠点だと自覚している。

矯正しようと無理をして、可愛いと思えない女性と付き合ってみたこともあったけれど、

どうしても好きだ・会いたいという気持ちが湧かなくて大切にできず、お互い不幸な別れを経験する結果となったこともある。

もはや病気です。


こんな私だから、「奢ってくれない男なんて、男として見れない!」という女性の主張は、実はこの点では理解できる。

自分でも醜い欲望だと思うけど、生理的に無理なんでしょ?

からこの点は、お互い様なんだと思う。私はカオを、彼女たちはカネを、お互い異性に求めている。


ただ私は面喰いなので、自分でも身綺麗にして、外見は整えるよう努力している。

相手に外見を求めるなら、自分もそれなりにしていないと、相手に失礼だからだ。

初対面の相手に、40代と思われたことは人生で1度もない。必ず、5~10歳年下だと思われる。

「なぜ増田は、10歳以上年下の女性と付き合えるのか?」というコメントがあったけれど、

再びフルボッコにされることを覚悟の上で言えば、見てくれがそれなりにいいからです。

私自身も若いうちは、外見だけで女性との等価交換が成り立っていたんだけど、

私が歳を取ったぶん外見の魅力が衰え、↓で指摘されているようなマイナス要因も発生し、

他の魅力も求められるようになってきた、ということなのだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170606141013

増田彼女彼女の同年代男性より10年以上、働ける期間が短い

増田彼女彼女の同年代男性より10年以上、健康でいられる期間が短い

増田彼女彼女の同年代男性より10年以上、愛する人と作れる思い出が短い

その「他の魅力」としてカネを求める女性がこんなにも多いとは、私は想像もしていなかったのだけれど。


あと付け加えるなら、ファッションに気を遣っているせいでカネ持ってそうに見え、カネ目当ての女性が寄ってきやすい、ということもあると思う。

30代前半の外見と、40代経済力を併せ持つ私は、カネ目当ての女性たちにとって、非常に「都合がいいおっさん」として映るのだろう。

いくらカネ目当てとはいえ、外見がキモすぎるおっさんは、彼女たちもご遠慮願いたいだろうから

逆に、奢られ慣れていないウブな女性は、私の外見を見て自分では釣り合わないと引いてしまっているのかも知れない(自分で言うのもおこがましい話だが)。

ちなみに、恋人父親代わりを強く求める女性…いわゆるファザコン女性にも、私は非常に好かれやすい。

メンヘラホイホイならぬ、ファザコンホイホイである

これまで言い寄られた女性の中には母子家庭育ちで、そのため父性に飢えている女性結構確率で混ざっていた。

「外見がそれなりに若く見えるおっさんである私は、彼女たちにとってもまた、都合がいい存在なのだろう。

もっとも、彼女たちが求める「父性」には、養ってくれる甲斐性や包容力が多分に含まれているので、

割り勘派の私は速攻で振られてしまうのであるが。


まぁ、この点については全面的に私が悪い。自業自得

面喰いという病、本当に困り果てているので、早くなんとかしたいです。


(つづく)

90年代って、カネの価値が軽視されすぎていたよな

http://anond.hatelabo.jp/20170608161456

2017-06-06

ヤクルトファン3年目が赤傘とかのことをぐだぐだ話す

今年でヤクルト応援し始めて3年目になる。


きっかけは、ヤクルトファンの父が取引から東京ドーム巨人ヤクルト戦のチケットをもらってきたことだった。

2015年4月出来事である

実はその前に1度、東京ドーム野球を見に行ったことがあった。

その時も父がチケットをどこかからもらってきてなんとなく着いて行ったんだったと思う。

カード巨人オリックス

結論から言うと、その時はめっちゃまらなかった。

運動音痴スポーツ全般に興味が持てなかった私は野球ルールも碌に知らない。

またその日は割と単調な試合展開で余計に素人には面白さがわかりにくかった。

しかサッカーなんかと違って、一打席事にプレーが止まるから長ったらしくて仕方ない。

その日の記憶は、残念ながら

・つまらない

ドームの形をしたモナアイスは歯が折れそうなくらい硬い

オリックスの誰かが負傷して担架で運ばれていった

まとめるとこの3つだけになる。

という訳で、2回目のその日も全く期待せずに、父の財布で飲むビールだけを楽しみに私は東京ドームに向かった。

到着して席につくと、グラウンドに何か黒いのがいる。

父に「あれはなんだ」と尋ねると、父は「ヤクルトマスコットつば九郎だ」と言う。

たまたまつば九郎ビジターだけど来ていたらしい。

元々、鳥やカッパなどのクチバシのついたキャラクターが大好きな私は、つば九郎一目惚れした。

しかも、あんなにかわいいのに中身は畜生だと言うではないか

なにそれめっちゃいい。

という訳で、前回のマイナスイメージつば九郎によってプラマイゼロの所まで持ってこられた。

試合が始まると、前回とは違いヒットが沢山。

正直ヒットもファールもフライもよく分からなかったが、バットボールを打つ小気味よい音と、それに一喜一憂するスタンドを見ていると、なんだかワクワクさせられる。

もしかして、これは楽しいかもしれない。

そう思い始めた私の目に、ある選手の走塁が映る。

なんか知らんがめっちゃ速い。

あれは誰だ、とまた父に尋ねると父は名前を教えてくれた。

難しい名前ではなかったのですぐに覚えることができた。

足が速い=かっこいい

我ながら小学生並みの単純な脳みそだと思う。

私はその試合、初めて名前を覚えた野球選手を注目してみることにした。

その足の速い選手は、チャンスでヒットを何度も打った。

それを見ているうちに、私はどんどん試合に引き込まれていく。

誰だ野球はつまらないなんて言ったのは。

なんかめっちゃ面白いじゃないか

もう、初めて野球を見た時の自分は完全に他人になっていた。

試合結果は、よく覚えていないけど確かヤクルトが負けたような気がする。

(東京ドームと相性がよくないヤクルトのことだから、多分この記憶は合っているはず)

けれど、私はこの日とても野球を楽しんだ。

そして、父の「次は神宮に行こう」という言葉に大きく縦に首を振ったのだった。

これが、私とヤクルトスワローズつば九郎

そして、足の速い「山田哲人」という選手との出会いである


前置きが長くなったのでこの後のことはちょっと駆け足で説明する。

初めて神宮に行ったら、古いけど味のある球場と広い空に感動し、

生ビール(750円)だけでなく瓶ビール(450円)があることに感動し、

青空の下で野球を観ながら飲むビールの美味しさに感動した。

一打席ごと一イニングごとに止まるプレーもビールを飲むには都合がいい。

それに、2015年ヤクルトはとにかくよく打った。

よく打たれたけど、それ以上に打ちまくって勝利を重ねていった。

2番川端

3番山田

4番畠山

その年の打者タイトルを攫っていく3人が並んだ打線はとにかく見ていて楽しかった。

野球に詳しくない人間には、投手戦より乱打戦の方がわかりやすくて面白いと思うのだけれど、

野球素人の私がヤクルトファンになったのはその辺も大きい気がする。

まあ、そんなこんなでヤクルトファンになった訳です。

今は大体、月に1~2回くらいのペースで神宮に行き、たまーにビジターも行き、

それ以外の日は月曜以外毎日テレビヤクルト戦を見ながら夕食を取る。

まあ、これくらいの感じでゆるーくヤクルトファンをやっています

今年の目標戸田デビューですかね。試合結果は追ってるんですけどまだ2軍戦は見に行ったことがなくて。

私はミーハーの気があるので、優勝したから好きになったのかもしれないしそれは否定しないけど、

でも、5位に終わった2016年も変わらず大好きだったし、

というか、野球スワローズに詳しくなった分、好きの度合いは増したような気がする。

多分、これからもずっと変わらず好きでいつづけると思う。


うーん、あんまり駆け足にならなかった。

運動音痴から駆け足が遅いんだな……




ちょっとずつ、本題に入っていこうと思う。

球団マスコットトリプルスリーと瓶ビール450円ヤクルトファンになった主な理由の私なので、割とこう、ふわっとしている。

ざっくり言うと対他球団穏健派、というような感じだろうか。

球団ファン友達もそこそこいるし、特別アンチ球団もないし、むしろ球団にも好きな選手が大体1人か2人はいて密かに応援している。

巨人だったら坂本阿部菅野が好きですね。横浜は今永君が気になってます

ヤクルトが取り逃した高山君も本当にいいですよねー。対阪神戦で、打たれたくない場面で高山君にヒット打たれると

くそwwwやりやがるwwwwww

と、なんかちょっと、悔しいとハイテンションが混ざったような変な感じになります

パ・リーグあんまり詳しくないんであれなんですけど、今年の春季キャンプで見た杉谷はすごく惹かれたなあ。(斎藤佑樹が投げた日ハム楽天戦を見に行った)

リアル野球盤のイメージしかなかったけど普通にすげええってなった。

球団応援も好きなの沢山あるんですよ。

今は交流戦から普段見れないパの応援が新鮮で。

西武の横に走るやつとか楽しそうですよね。あとはチャンテ2?でしたっけ?男女パート分かれてるやつかっこいい。

オリックスタオルで踊るやつも反対のスタンドから見ててとても華やかで素敵!

(それを見れるのはこちらがピンチの時なのでアレなんですけど……)

セだと、ヤスキジャンプやってみたい。あと中日サウスポーかっこいい!

カープだとハイパーユニオンかなあ。最初ハイパーユニオンを聞いたのは明治応援でなんですけど、あのパリうぇうぇいみたいなテンションめっちゃ楽しいですね。

阪神のチャンテだと「チャンスだふり抜けかっとばせー」のが好き。

あと阪神は、神宮ヤクルト戦だろうとどこだろうと「くたばれ読売そーれいけいけ」言ってるのが、割と嫌いじゃなかったりします。

阪神巨人どっちが好きかとかそういうんじゃなくて(どっちも同じくらいだし)、なんかこう、スポーツチームらしさ?

上手く言えないんですけど、去年村上春樹先生ヤクルトファンクラブ寄稿して下さったアレに近い感じの感覚というか。

(気になった方は読んできてください。ボストン下りのとこです。)

巨人阪神関係は、第三者目線から見てるととても楽しいのでこれからスタンスを崩さずやって欲しい。

巨人阪神ってファン雰囲気とか応援の仕方とか比べても割と対照的じゃありません?

例えば、阪神ファンってメガホンも口径の大きい大きな音が鳴るやつ使ってる人割といるけど、対して巨人メガホン自体使ってる人少なくて手拍子だったりとか。

どこの応援個性があって楽しくて、機会があったら私もやってみたい。

今年は行けたらオールスターに行こうと思ってるのでセの応援は他球団のもできるかもでワクワクしてます



ようやく本題。

そんな私なので、カープの赤傘も「楽しそうだからやってみたい」の範囲なんじゃないかなーって思ってる。

私がヤスキジャンプやってみたいのと同じように、傘開いて東京音頭やってみたい他球団ファンがいてもおかしくないと思う。

阪神ファンの一部の方だけど、神宮黄色い傘持ってラッキーセブンでくたばれ読売してらっしゃるし。

だけどなんでだろうね、阪神ファンのそれはそんなに問題にならないのに赤傘がこんなに荒れるのは。


正直、私も赤いシリーズ初年度は「そんなに目くじら立てること?」って思ってたんです。

だけど最近はどうもモヤモヤする。

最初は平気だったのに、このモヤモヤはどこから来たのだろう。

ひとつは、まあ各所で色んな方が仰っているけど「1年目にヤクルトファンから批判的な声がある程度以上あがっていたのに何故何度もやるのか」って事なんだろう。

いくらふわふわした私でも、私自身はどうでもよくても、仲間のヤクルトファンが嫌がってることを何度もする人はあまり好きになれないよ。

これに関しては、許可を出したらしいヤクルト球団側にも文句を言いたい。

自分らのファン意見もうちょい重視してほしいかな……

でも、「ネット議論が白熱」ってだけだと、具体的にどの程度の割合ヤクルトファン批判的な意見なのかわからないですよね。

初期の私みたいに「別にいいんじゃね?(°σ¨_°)」みたいな人の方が実は多いって可能性もあるから署名でもしてみないとなんとも。

(球団側に苦情を直接言った人もいるかもしれないけど、それも「一部の過激な人の意見」って捉えられる可能性も否定出来ないし)

ふたつ目は、私自身の経験

2016年神宮ヤクルト広島戦での事なんですけどね。

その日現地に行ってた私は、9回裏もさっくりあっさり凡退して負けたヤクルトを見て落ち込んでおりました。

でも最後まで応援できたし、切り替えてまた明日応援しよう、と思ってふと顔を上げたら、

三塁側に赤い傘が2つ並んで見えた。

見間違いかと思ったけど、バックネット裏にいた私とその席とはあんまり離れてない。

もう一度よく見たけどやっぱり赤い傘が開いてた。

ちょっと流石にアレはない。笑

怒るの疲れるから滅多にキレることないけど、あの時は流石に口から「ふざけんな」って出たわ。笑

広島ヤクルト戦で

広島が勝った時に

・赤傘を広げて喜ぶ

この使い方ってカープさん的に正しいんですかね。

その時の怒りは一晩寝たらさめたけど、私のモヤモヤが広がる原因には間違いなくなりました。

あれは一部の人だってわかってるし、広島ファンに仲いい友達もいるし、その出来事だけでどうこうっていうのはないんですけど、

でも、その時の気持ちだけは察してもらえないかな……と思う訳です。

赤傘配布の時の試合でも、カープ勝利時にハイパーユニオンに合わせて傘振ってる人いたよね……

逆に、ヤクルト広島に勝った試合でこっちがハイパーユニオンやったらどう思うんだろう。


度々例えに出してしまって申し訳ないのだけれど、

巨人阪神だと、ファン同士の仲が悪いのは周知の事実で、その対立はある種のエンターテインメントとしてもう成り立っているのでは、と個人的に思っている。

以前、巨人ファンの友人に

ジャビット君のぬいぐるみを紐でくくって引きずってる阪神ファンとか見るけど、正直どう思ってる?」

と聞いたことがある。

その時の彼女の答えは

「むかつくし絶対さない。」

個人の感想です

それに続けて彼女はこうも言っていた

「私は、巨人ファンになった幼稚園の時から阪神は嫌いだったし、阪神ファンも私を嫌いだと思う。けど、それはもうそういうものだと決まっているから、お互い安心して憎みあっているんじゃないだろうか。」

個人の感想です

ちょっと納得した。


そんな、対立歴史がある巨人阪神とは違って、ヤクルト広島関係性はそんなにぎすぎすしたものではなかったのではなかろうか。

私の知ってるヤクルトファン比較的おっとりしていて、特定球団アンチは少ない印象なんだけれど、

でも、赤傘騒動広島アンチがなんだか増えたようにも感じる。

別にヤクルトカープがこれから戦争を始めるつもりならそれはそれで構わないし、そうなったら私も心からカープを罵れるんだけれど、

恐らくそれを望んでる人はヤクルト側にもカープ側にもいない。

だってこれまでそんなんじゃないし、今更対立を激化させる理由もない。

だけど、

「嫌だからやめてよ」

別にいいじゃん楽しいんだから

の流れは毎年起きていて、これじゃあ喧嘩になって当然だと思う。

さっきも言ったけど、例え私は赤傘なんかどうでもいいとしても仲間の嫌がってることをする人は好きになれない。

から、「赤傘否定ヤクルトファン」が例え少数派だったとしても、赤傘を使い続けることでやがて少数派が多数派にまわることもある。

ヤクルトファン喧嘩してまで赤傘にこだわる理由が何かあるならその方針を貫いてくれて構いません。

でも、こんなくだらないことで喧嘩しても、巨人阪神とか、ヤンキースレッドソックスとか、浦和大宮とかみたいな完成された対立関係になれるとは思えない。

カープという球団と赤傘否定ヤクルトファンに突っかかるカープファンが何を目指してるのかしらんけど、とりあえずよくわかんない喧嘩を吹っかけるのはやめた方が良くないですかね…?

ってのが言いたかったがためにぐだぐだ書いてしまった。

眠い

五時になる。

寝る。

母がしんどいみたいな話

毒親ディスるバズると聞いたので、くだらない承認欲求のために親を売ります

私は大学四年生

一般的にはやや高学歴大学に通っています

就活は進捗ダメです

母は専業主婦

田舎の裕福な家で箱入り娘として育てられ、短大卒業後、親のコネ就職

3年くらいで父親社内結婚寿退社

すぐに妊娠出産

という、日本女性ロールモデル典型のような人生を送っています

母は過保護干渉なきらいはあるものの、ここまで私を精一杯育ててくれたと思っています

ただ、どうにかしてほしいのは、宗教に入れ込んでいる点です

一応カルトとかではなくお金を騙し取られたりとかはありませんが、時間精神支配されているように見えます

母は、毎日座談会やら講演会やらの勧誘のためにお宅訪問したり電話したりと大忙しです

そしてもちろんですが、家族の私にも勧誘の手は迫ります

家でテレビを見ているとき、ご飯を食べているとき勉強しているとき。母は隙を伺って座談会やら講演会やらを勧誘しま

ねえねえ、座談会があるんだけど…

増田にもタメになると思うから

お母さんも若いとき助けてもらったのよ

洋服でも買ってあげるから

親孝行だと思って、ね?

何よその態度、可愛くないわね!

そんなんだと社会人としてやっていけないわよ!

増田、何でお母さんの言うこと聞いてくれないの?

お母さんのこと、嫌い?

母は、あの手この手を使って勧誘してきます

時には、私の人格否定のようになることも少なくありません

私自身も、どうしてそこまで母の勧誘に応じたくないのか今一つはっきりしないのですが、娘の私を必死勧誘する母親嫌悪感があります

父も、母の宗教否定的ではあるものの、自分を巻き込まない範囲では許しています

私も、同じスタンスでいたいのですが、母は母という立場行使して、私を支配しようとしま

また、私も、娘である以上、母を傷つけたくない、母に嫌われたくないという思いもあり、強く否定もできません

おそらく私の自立のためには、一度母にマジギレでもして、強制的に親離れ子離れするのが良いんだと思いますが、私が母を拒否たらこの人どうなっちゃうんだろう…なんて思ってしまます

まあたぶん別に思ってるほどダメージないだろうけど

ブチギレるのは良心が痛むので、就職を気に家を出て母と物理的に距離を置こうと画策しています

書きながら心を整理してて思いましたが、宗教ってのはきっかけに過ぎなくて、問題は親からの自立ですね

遅れてきた反抗期かな

さっさと母親との共依存状態から抜け出して大人になろう

2017-06-05

私の人生勝手に決めるな

所用があって、数年来会っていなかった友人数名と再会してきた。

全員既婚子持ち。

しかも、ちゃんと2人とか3人とか産んでる。

独身は私だけ。

私自身、ここ数年色恋沙汰からはすっかり遠ざかっていて

上記の既婚らに会うと「最近恋愛の方は)どう?」としか聞かれないので

そっと距離をおいてきた。

しかし、今回はナミナミならぬ事情のため集合せざるを得なく、

既婚らの例の質問をかわすために、何度もシュミレーションをしてきた。

当日、開口一番「仕事の話は色々あるが、恋愛の話は皆無なので何も聞かないでほしい」という

趣意の言葉大人オブラートにつつんで伝えた。

最初は皆、それじゃ仕事の話聞かせて〜という感じだったが、

そのうちやはりガマンできない既婚らが尋ねてきだ。

「本当に本当に何もないの?」

(何もないっていってんじゃん、ばーかばーか

昔の男といまだにつながってるとかないの」

(何年前のどの男の話してんだよ、イミフ

「(独身なら)もっと遊んで欲しいな(不倫含む)」

(私の人生を何だと思ってるんだ)

既婚らは恋愛話に飢えているらしい。

自分らの飢えを満たすために、友人の独身不倫を勧めるのはいかがなものか。

私の人生はお前らのエンターテイメントじゃねー、ばーかばーか

2017-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20170604012351

ごめんなさい、このサイトを使うのが初めてなのもあって先程間違えて書きかけのままトラックバックしてしまったのですが、もう一度頭から投稿させて下さい。

エントリを読んで、自分とすごく似た大学生活だと感じました。私も、1年間の休学を挟んで4月から3回目の1年生をしています

双極性障害(躁うつ病)も精神科の診断でついたものひとつで、連絡を放棄して家にこもりひたすら寝ていたこと、死ぬことばかり考えてしまったこと、その中で夕焼けがとてもとても綺麗だと強く感じたこと、新学期に教務で挫けてしまったこと、家にいて怠惰暮らしをしているのに、出席できているときよりずっと苦しいこと、その他もまさに自分体験して来た気持ちが書かれてあり驚いています

まず、4月の出席率が9割を越したということ、本当におめでとうございます

今まで一番にしなければならないと分かっていても、どうしてもできなかったことを踏ん張ってひと月目を終えられたのはとても凄い。あなたの中でも、そのことに関して自分自分を認めてられているようでそれが何だか嬉しいです。

似た状況が沢山ありながらも、あなたは私よりずっとずっと頑張り屋で前に進もうとする意志を感じます

合わない医師にかかり通院をやめた経験は私にもありますが、その後あなたのように自力で細かな自己分析はできませんでした。そのあと大学の心療サポート機関自力で頼ることも。

あなたがとても眩しく映るし尊敬します。エントリにどうしてもコメントめいたものを残したかったのは、私自身が今まで、大学生活や病状に限らず似た状況や感情を持つ人の存在に励まされてきたからです。

そして、このエントリでまた明日から学校へ行くための後押しが増えました。あなたいるから私ももう少し頑張れそうです。

何だか気持ちいかな…

読んでくれた人がいるなら嬉しいと言っていたあなたは、もしかしたらその文章で救われた人がいることも喜んでくれるんじゃないかと思ったのです。

この記事が届かないなら、それはそれでいいかなとも思っていますが。

私はあなたが生きていてくれて、エントリを書いてくれてとても嬉しい。ありがとうございます

勝ち。

私も4月から挫けそうになるとそう思うようにしていました。家事もお化粧も、他の何一つ出来なくっても、今日授業に出さえ出来れば私の勝ち。

今週もお互い勝ちましょう。きっと大丈夫です。

去年著しく心身の健康を損ない、寝ると泣く以外には何も出来ない日々を過ごしたあと、以前よりもっと出来ることが減っている自分に気付きました。精神はある程度回復しているのに、必要最低限以上外に出たり、人と関わる体力がないし、こう工夫したらもっと生きやすくなるとか、前進するためになにをすればいいかが分かっていたとしてもそれを始めたり成し遂げるイメージが持てない。

やりたい事をシンプルにできるようになりたいものです。

勇気をもらう

強く懸命なあなたに助けがありますよう

絵の無断転載ってな

されるとめっちゃ萎えるんよ

私も前は無断転載報告とか聞いて「やめてくれってちゃんと言えばいいのでは?」とか思ってたけど

もうね

違うんだよ

まず「やめてください」って言うと「なんでですか?」ときたもんだ

思考停止するよもう

「なんでもクソも無いんだよとっととやめろ」と言いたいところをグッとこらえて説明することになる

転載にもいろいろあって、「私が描きました」とかウソ言っちゃう悪意あるタイプのやつと、「見て見て〜この人がこんな絵描いてるよ〜」っていうタイプ(記名はする)と、「拾い画です」(記名しない)みたいなタイプのやつとかがいる。拾い画て。

この拾い画タイプはとにかくタチが悪くて、まず画像が誰かのものであるという意識が極端に薄い。カメラロールに入れたら自分のものスクショしたら自分のものなっちゃう。

「やめてね」って言った時に「なんで?」してくる確率がメチャメチャ高いのもこの人たちなのだ

その場ではとにかくアカンのよ〜と言い聞かせて画像を下げてもらっても、ふと見ると自分以外の人の絵を転載してたりして、「この人は怒るからやめとこ」って思われただけか〜〜いって脱力するハメになることもある。

あと二次創作場合公式画像ファンフィクションの違いの意識ハチャメチャに薄い。

私は公式画像の利用もあんま良くないと思うけどまあそれは置くとして、公式画像アイコンにするノリで二次創作絵を許可なくアイコン・トプ画・ヘッダー諸々にしてしまう。

そこまでしておいて、「別にこれくらいいいじゃん」とか言ってのける人々なのである

私自身ギリ脱ゆとり世代みたいなところあるから物心ついたときからインターネットは当たり前にあったし、どうやって自分が「ネットリテラシー」とやらを学んだのかあんまり定かじゃないけど、もはや学校でもうちょっとガッツリ教えれば!?

ネットの画面越しと言えど向こう側にいるのは人なのだから情報の授業でも道徳の授業でもなんでも教えてあげてくれ

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