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2020-06-02

コロナ禍の就活感謝する(21卒)

両親や両親と同じくらいの世代バイト先の人、知り合いに、この時期就活大変じゃない?web面接なんて想像できないと言われた。

しかし、私自web面接は利点が多かったと感じるし、そもそも説明会選考が家で進めることができたので体力面で疲れることがなかったと思う。

この状況で就活経験して、今年の就活生は例年に比べたら絶対楽だった。内定が取れるか取れないかweb面接が得意か得意ではないか個人問題だが、今までは交通費も出ないのに、何回も企業に訪れて内定取るまでに何社か落とされて体力も精神も削られた、ということを想像すると普段通りの対面の面接はしんどかっただろうな、と感じる。

私の志望していた業界では選考が3,4月から開始されるところが多かった。2月から就活を始めたが、説明会ほとんどwebテストweb選考web

説明会は収録済みの動画配信ZOOMなどでの参加。基本的ZOOMでの参加でも、画面収録で録画してしまえばその場で約一時間説明を画面越しに聞く必要もなかったので、エントリーシートを出して、面接に進んだ企業は録画した企業説明会動画を見るし、エントリーシート祈られたら、録画した説明会動画は見ずに消した。

今年はテストセンターも封鎖されてたので、ほとんどの企業webテスト。やはりwebテストは(私がカンニングしたとは言わないが)調べれば答えは簡単に見つかる。

また、OBOG訪問もする気がさらさらなかったが、コロナ禍で就活生がOBOG訪問できない状況で他の就活生と同じ状況で選考参加できたのもよかった。

web面接では画面にポストイット志望動機10年後どうやって働きたいか貼り付けていたので、いちいち企業ごとに志望動機を暗記する必要もなかった。

例年の対面面接だったら、志望動機とどのように働きたいかを覚えて、伝えられるようにする必要があったのかと想像すると骨の折れる作業だと思う。

行く気もないけど保険(滑り止め)のために受けてる企業志望動機を覚えるほど苦痛なことはないと思う。受ける企業を増やすだけのために受けてるのに、もし普段通りの対面面接だったら、私は志望動機を考えて覚えて面接官に伝えなくてはいけない、でも祈られたらその時間努力も水の泡、このしんどい経験をせずに済んだことに感謝している。

また、格好も上半身スーツで下は部屋着だったのでリラックスしながらできたという点で自分の中でベストパフォーマンスができたと思う。

正直に、この就活シーズンというもの存在して、多くの企業が一括採用を行うから通年採用も増えているが)、学生は志望していないところも視野に入れなきゃいけないし、志望度低い人が内定取って、本当に行きたい人が落とされて、この仕組みをなくしてほしい。

また、15社面接が入っていたが、正直対面でやっていたら体力も精神も持たなかった。二月から就活を開始し、現在まで本当に長く感じるが、コロナ禍だけでなく、今後もwebを通しての採用を続けてほしい。最終面接役員社長面接は直接本社で行えばいいと思うし、グループディスカッションもやればいいと思う。でも、1次選考から直接やる必要はないしwebでも一次面接では所詮15分程度で質問されないのに、家から一・二時間かけて企業訪問して面接を行う必要が本当にあるのか、選考が進んで最終前のステップと最終面接だけ直接やればいいのではないだろうか。また、海外のようにインターンシップを通じてその会社の中身や相性を見てから仕事を得られる形に変わってくれれば今後の就活内定をもらえるか不安ストレスを感じることが軽減されてく。

個人的に、就活終わったわーいって感じの人もインスタのフォロワーにいたはずだが、この期間で誰も外で遊ぶストーリーを上げてこなかったこの状況に感謝する。内定もらってない側からみたら、就活終わって外で遊んでるという、うるさい公害しかないストーリーをあげる人がいなかったので、同世代から同調圧力を感じずに済んだ。

2020-05-31

anond:20200530191853

元増田です。

朝起きたらブクマがついていてびっくりしました。

彼はまだ24歳なので、まだ結婚してどうこうという気持ち微塵もなさそうで、それに関しては仕方ないなあとは思っています

社内恋愛なこともあり、容易な気持ち入籍するのは、私自身かなり気が引けますし……。

元々彼は30までは結婚しなくてもいいかな~とか2,3年付き合うような相手が現れたら結婚かな~とか

いつも適当なことを言ってるけど、それもまだ大学卒業して一年ちょっとだしなあ、と割り切っています

そんな彼なこともあり、彼に結婚したい意思なんて伝えられないのが現状ですね。

私も結婚したくて付き合いはじめたわけじゃないですけど、彼となら結婚生活も楽しそうだな~と初めて思えたんです。

から、彼が結婚したいと思える歳になるまで、待ち続けるのもいいかなって思ってはいました。

薄々私が思っていることを感づかれているのか、日々適齢期であることにやけに気を使われていますけど……。

過去付き合った女性の話を聞いているとあまり良い経験ばかりではなさそうな人なので、

慎重になるのもしょうがいかなあ。どちらかというと慎重で心配性な人なので、信用してもらえるように努めています

(「大丈夫!私モテますから!」のくだりは、その前に「あなた適齢期で自分といたら時間無駄ry」と言われていて、

まり私がすがってしまうと、彼が申し訳なさで変な気を使ったり別れを切り出されそうな気がしたので言った言葉ですね…)

卑怯で面倒くさい男なことはよくわかっていますが、そんな相手と付き合っているので仕方ないですね。

彼には思っていることや、ついていきたい!という旨を先ほど話しました。

私が「仕事やめてついていってもいいよ!!こんなことで別れたくない!あなたみたいな気が合う人なかなかいないですもん!!離れたくない!」

と伝えると

「僕もあなたみたいな合う人となかなか出会えないことはわかっているし、今やっと心開けてきた頃で悲しいですけど……。

あなたも僕も貯金がないですし、まだ東京での待遇や社宅住まいになるかどうかもわからない状況ですし。

社宅だとしたら単身用なのであなたと暮らすのは難しいですよ。

今回急だったこともあって、予想外の引っ越し費用もかかりますし、東京での生活費もこっちとは比べものにならないほどかかります

このコロナの状況で転職となると、あなたも難しいでしょ?そうなると、僕が養わなきゃいけなくなるけど……生活破綻しますよ。

何より、ついてきてあなたがやっと仕事に慣れた頃に、また僕は地元に帰ることになるんですよ? そしたらまた職を失うんですよ?

それじゃだめでしょう。第一、最長3年なのであって、1年で帰る可能性もあるんですよ。あなたを振り回したくはないです」

と言った感じで冷静に話をされました。

彼の言い分はもっともで、感情的に言ってしまたことが恥ずかしくなってしまいました。

今回転職したばかりなこともあって、私も貯金がほぼ皆無なんです。そのことがあり、ついて行くことはおそらく難しくて、

行くとしたら彼に頼ることになってしまう。だから、これまで言い出せませんでした。

仕事内容と状況を私も知っているから、彼自身が一番不安憂鬱なことはわかっているので、わがまま言ってしまたことが申し訳ない。

皆さんに言われているように別れたくて言っているのかもしれませんが、

彼のことはすごく好きですし、とりあえず遠距離で付き合ってみようと言ってくれているので、頑張ろうとは思います

新幹線で往復三万なんて割り勘すりゃ、どってことないですよ!!いけるいける!!

友人が飲みに行っててつらい

オンライン飲み会をしたときに、なかなか遊べなくてつらいねーなどと

話していたら「私ふつう友達と飲み行ってるよー」という友人がいた。

知り合いで飲み屋カラオケ付き)をやってる人のtwitterを見たら

満席状態でみんなが歌ってるし、相変わらず外食巡りしてる知り合いもいる。

 

そういうの見聞きした時、情報錯綜する中まだ全容が明らかじゃないのに怖くないのかな?

とか医療リソースが〜とか人にうつ心配が〜とか色々よりもまず「ずるい!いいな!」と思ってしまった。

私自粛してるのに!心の自粛警察拡声器叫びだす!逮捕逮捕!!

 

件の友人は「経済さなきゃ!」と言っていたので「仕事ばっかり通常通りなのに

遊ぶのだけ自粛ってないよね!」と答えてその話題は流れた。正解が分からない。

オンライン飲み会が終わったあと急にシーンとなった部屋でちょっと泣いた。

小児性愛者として意見を述べる

最近小児型ラブドールの是非についてはてぶで話題になっている。はてぶではラブドール愛好者である増田反論と、規制推進派のツイッターとがホッテントリ入りしていた。はてぶ以外で議論がどのように展開されているか確認もしていないので知らないが、そもそも糾弾されている我々小児性愛者のが置き去りにされている気がしたので意見を述べる。

ただし我々小児性愛者と書いたが、私自小児性愛者を自称することには抵抗がある。DSM-5で定義される"The individual has acted out these sexual desires, or is experiencing significant distress or difficulty as a result of these desires."は自分には当てはまらないので。それでも子供に対し性欲を掻き立てられるし、その手のイラストを描いてもいるため他から見たら小児性愛者と断じられても仕方がない。

さて、ラブドールについてだが、以前欲しいと思ったことがあり購入を検討したが結局買わなかったし、買わないで正解だったと思う。高額であることのみならず、部屋の容量や引っ越し可能性も考えたらおいそれとは手が出せなかった。ラブドールのものが極めて上級趣味なので、槍玉にあげられている小児性愛者の一人としても今回の運動には今一つぴんと来ないのである。実際はてぶを見て知っただけで、増田記事を書かなければ恐らく知ることも無かった。change.orgにはたびたび署名しているが、自分のところには周ってこなかったし。それもあって本来ターゲットである小児性愛者ではなく人形愛好家に弾が当たったのではなかろうか。

もちろん将来そこそこの広さのある終の棲家を得られたなら、そしてそのときに小児型ラブドールが今よりも精巧であったなら購入したいとは思っているので、規制には当然反対である。反対するのが至極当然である

一方で規制推進派をただ否定すればいいかというとそうでもなく、規制したがる人たちの危惧も無碍にはできまい。規制に賛成の立場ブクマで星を集めているのは「それをきっかけに欲望が芽生えるか、あるいは加速するのでは」というものだ。ご丁寧に実例を紹介してくれる人もいた。

こうした意見に対して、どう対応すればいいのか正直分からない。とりあえず私自身は自分こそがその反例だと思うので自分について少し述べることとする。

まず私の小児性愛の目覚めは幼児期ナルシシズムと同年代少女へのコンプレックスのためだと思う。小学生ごろまでは綺麗な服を着られる姉がひたすらに羨ましく、その結果として女装癖があった。女の子自分がどんな形ででも注目されたいという欲望があった。その後自分女の子にはなれないと諦めたことで、自分の中で理想形が小学生までの少女に固定されたのだと思う。近年中学時代の友人と再会する機会があったのだが、彼の第一声は「今でもロリコンなん?」であり、つまり私は「生粋ロリコンであると自他ともに認められる(ちなみにロリコンという呼称は大嫌いだ)。

その後長じるに及んでその手のイベントがあったかというとけしてそんなことはなく。単純所持禁止前までにその手の動画を見たこともあるが自分でも、とはならなかったし。姉や親族子供ができて、私がしばしばお世話をしたけれど別段何もしなかったし、そもそも今の仕事子供と関わる仕事だがこれまで悪いことは何もしていない。

しかしこんなこと言ったところで、「情欲をいだいて子供を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである」とまではいかなくとも、意識していなくてもセクシャルなことをしているに違いないとか、自己申告乙とか、今後どうなるか分からないとか、よしんば認めてくれたところで反例1だとか言われるだけでしょう。

ただそれでも私が強く主張したいのは、「欲望」と「実際の行動」の間には深い溝があり、その溝を乗り越えられるのは限られた人間だけだ、ということです。私が初めて彼女セックスすることになったとき勃起できずに気まずい空気が流れた原因は、私自身の性癖もあるが、人間という情報量の多さに気圧されたからだ。子供とこれまで幾度も接してきたが、彼らそれぞれの「個」に圧倒されて、個性剥奪された単なる「性的対象」としてなどけして見ることができなかった。

結局犯罪ができる人間というのはとことん相手を見下せるか相手との共感性が皆無な人間なのだと思う。だからこそラスコーリニコフ殺人超人思想を結びつけたわけで、肯定的表現をするなら「乗り越えられる人間」ということになる。

そして犯罪者が乗り越えてしまっているものは、他にもあるがまさに「社会における自分立ち位置」であろう。家族、親類、職場、友人のことなど考えたらけっして悪いことなどできないはずだ。それでも犯罪ができてしまう人というのは、尊重しうる他者がいない人なのではないだろうか。

最初小児性愛者と断じられても仕方がないと言ったが、やはり私が自分には当てはまらないと述べたところの定義こそ重要だと思う。何人か医者の友人がいるのだが、精神科医の友人(娘がいる)は「イラストを描いて欲求昇華できているのはとてもいいことで、全く問題がない」と言ってくれた。また別の友人は、私のことを彼女に紹介する際「凄いロリコンだ」と言ったら、彼女は「その人を治療できるのはあなただけなのよ」とかなんとか言ってきたので「理性で制御できてる以上単に個人趣味」と諭したという。理解ある友人がいて幸せだし、だからこそ裏切れないとも思う。

小児性愛者に危惧を覚える、その感情理解できるのだが、小児性愛癖を持つものが実際の行動を伴うわけでもないし、罪を犯せる人間というのは特別なのだということは一考してほしい。私としてはラブドール規制なんかよりも、人権教育を通じてお互いを尊重できる社会を気づくことが大切だと思う。

2020-05-29

あるビジネスホテルの話

私は、十年くらい前までとあるビルメンナン会社の清掃部門で働いていて、そのある全国展開するビジネスホテルチェーンがそのビルメンナン会社のある地域運営する3店舗くらいのビジネスホテル業務委託契約元請けを通じて請け負っていて、その担当をしていた。

主に客室清掃と日常清掃、定期清掃の3つになる。

当然のことながら、ホテルの清掃と言えば客室清掃がメインで、請負金額が余りに安すぎて、客室清掃係のハウスキーパーさんには実質的最低賃金を下回る賃金しか払えず、部屋数の歩合制という悪しき偽装請負形式でやらざるを得なかった。

やらざるを得ない、とは、当然会社の都合でしかないわけで、犯罪行為であるが、実際のところ、それでも赤字だった。

赤字にしていても、元請けから他の仕事補填するという考え方で会社の方は請け負っていた。

元請けにしても利益は微々たるもので全く儲かっていない。十店舗くらい請け負ってやっと一人分の給料が出るという程度らしかった。

それくらいそのビジネスホテルオーナー会社はドケチなのである

どうしてそんなドケチ仕事を引き受けるのか? それについては少しカラクリがあるのだが、その話はややこしいのでしない。

から担当者の私は、そんな安い給料で働いてくれるパートパートとは言えないが)を確保するのにめちゃくちゃ大変だった。

そのホテルで働くのが好きな人や、働く仲間が好きな人時間の都合が合う人、そして他でもあまり雇ってくれそうにない人などが中心になる。

当然どの業界でもそうだが、私自身もしょっちゅう人手不足を補わざるを得なくなる。

ただ、そのホテル支配人業務委託契約で雇っていて、その支配人の方がもっと酷くて、住み込みで24時間365日(うるう年なら366日)×数年間、基本的にはほぼホテルにい続けなければならない(完全にい続けなければならないわけではないが実質的にはそうだった)。

数十室から百室を超える場合もあるのだけど、基本、それを夫婦二人で見なければならず、それでは当然賄えないので、自分たち報酬からアルバイト雇用経費を支払わなければならなくなる。

でも、金銭的にはどうしてもそこを抑えないと、自分たちの取り分が余りに雀の涙になってしまうので、支配人が受け持つ仕事はかなり多くなる。

稼働率によるインセンティブがあったかどうかまでは知らない。でもそんなの入れても、吃驚するくらい安いのは確か。賃金計算したら最賃を遥かに下回るだろう。

ここまで話すと、ひえーひでぇブラックだな、と思われるだろうが、しか待遇を除けば、実はそうでもない部分がある。

このホテルチェーン、地域場所にも依るとは思うけど、その支配人ピタッと嵌ると、楽勝らしい。

担当者をやっていた数年間で四人ほどの支配人と会ったが、うち二人はいつも上機嫌で、そのうち一人はほんとに「全然楽勝っす」と言っていた。

要は要領がいいのだろうけど、担当者の私がいつそのホテルに行ってもその支配人、昼間は寝ていたし、起きて出てくる時はステテコ姿が多かった。

 

さてそんなホテルだけど、どこのホテルチェーンかは私は絶対に言わないが、温泉付きになっているところがある。

温泉と言っても、温泉水をどっかから買ってそれを循環させている形式になっている。

この温泉水がやばい

温浴施設で最も恐れらているのはレジオネラ菌である

レジオネラ菌保健所検査で検出されてしまうと業務停止を喰らう。

感染者でも出したら報道されて一大事になる。

からどこの温浴施設でもいろいろな方法で殺菌処理をしている。

で、私が担当したあるホテル温泉、ここでは薬中ポンプと言って、温泉水にここから塩素成分を付加してレジオネラ菌を発生させない仕組みになっていた。

ところが。

私は、当時まだ新人で、そんなのあるなんて全く誰にも教わっていなかった。これ自体が酷いのだけど、ある日、そのホテル支配人から激怒して会社電話が掛かってきた。

保健所レジオネラ菌が検出されたと言われたぞ!どうなってるんだ?」

である

薬中ポンプだけでは防げない場合がある。循環経路の何処かで異常発生しているかも知れないからだ。だから普通一定規模以上の温浴施設では必ず毎週一回は、高濃度次亜塩素酸ナトリウム溶液を投入して、温泉水を循環させ殺菌消毒後、湯抜きをする。

そこはそんな規模ではなかったので、条例適用外だったが、薬中ポンプ必須だった。

この薬中ポンプが数年間に渡り、全く動作していなかったのである。俺はそんなの知らんし。

一体何故そんな事になったのか。

支配人も知らない。

薬中ポンプがあるのを知っていたのは、私の会社のもう一つの別の部門であった設備である。でも、設備には責任はない。定期メンテナンスをしているだけだったから。

で、その私の会社社長、大慌てで次亜塩素酸ナトリウム溶液のポリタンクを担いでそのホテルに馳せ参じ、会社社長の跡取り息子と二人、循環に依る殺菌消毒に取り掛かったのである

理屈は知っていてもやり方なんか知らんド素人社長必要量の何十倍か知らんけど、大量投入したもんだから、お風呂シャボン玉発生機と化した。だってジェットも回してるんだから

「おい!水入れろ!水だ水!泡を消せ!」との社長の怒号が飛ぶ。

息子は大慌てで、ホースを繋いでお風呂に水投入……したらしい。息子から聞いたんだよ、この傑作話

ともかく一旦はそれで落ち着いた。

原因究明すると、過去に誰かが、薬中ポンプ管理が面倒で、お風呂を洗っているアルバイトやらせようとしたら、うまく機器が扱えなかったらしい。

そこで、その薬中ポンプに投入する専用薬剤を、温泉タンクに定期的に一定量投入するという独自方法になっていたのだった。

誰やねん、そんなアホなことしたのは。それは分からずじまい。

ともあれ、これでは循環経路の温泉水に対しては何の役にも立たない。

で、まだ後日談がある。

その会社バカ社長、じゃー取り敢えず、一週間に一回はしなくていいけど、一ヶ月に一回だけ循環消毒しましょかと、激安の仕事にしやがった。確か一回2万円。

それはまだいい。だけど、ド素人ものから、適正な塩素濃度を知らない。

何処で調べたのか知らないが、今度は激薄を指示して私に教えた。おそらく自分がやった泡発生事件が怖かったのだろう。

で、激薄すぎて、その一年後、またレジオネラ菌を出したのである。で、その仕事はなくなった。

言い訳してたなー、そのバカ社長、「レジオネラ菌は外から持ってくる温泉水に入ってるんだよなぁ、防げない時は防げないよなぁ」なんだって

じゃぁ聞くけど、他の温浴施設はどうなってんだ? つーの。

 

で何が言いたいかと言うと、温浴施設では当たり前のレジオネラ菌という重大な問題すらも、支配人が知らないという杜撰なことをやっているというのがそのホテルチェーンの実態だ、ということ。

こっちはその管理責任契約すらないんだよ。上の時もたまたま慌てて対応に乗り出しただけ。

 

あそこは見た目は綺麗かもしれないけど実態はそういうホテルなんだよ。少なくとも私の知っている十年くらい前まではね。何処とは言わんけど。

2020-05-28

釈然としない略され方

私にはいくつか釈然としない略されているものがある。その最たるものが「テニスの王子様」の「テニプリ」だ。

テニスの王子様」の読み方は「てにすのおうじさま」でプリンスの入る余地はない。仮に英語表記を略したのだとしたら「プリテニ」になるはずだろう。しか現実は「テニプリ」だ。こんなものはプリを密輸だ。釈然としない。

私は小学生の頃に「テニスの王子様」を知り、読み、アニメも見て、テニスもはじめた。ツイストサーブ習得した(あれはわりと一般的サーブだ)。ファンではないがそこそこ馴染みがある。だから、正しく略したいと常々思ってきた。

テニスの王子様」を正しく略すならば、「テニお」だろう。作品タイトルに含まれ文字だけを使い、かつ短くて言いやすい。最適じゃないかわたしはずっとそう呼んできたし、これからもそう呼び続けていくし、広くそう呼ばれて欲しいと願っている。どうか「テニお」に清き一声を。

ちなみに、「テニプリ」についで釈然としない思いがある略され方は「どうぶつの森」の「どう森」だ。作品タイトルに含まれ文字だけを使い、かつ短くて言いやすいから、「テニプリ」ほどの反感はない。これは私自身の略し方を私自身が愛着を持っているから、世間の略し方との不一致にモヤモヤとした気持ち一方的に抱いてしまっているだけだ。(ただ「あつ森」は好き)

だが、昨今の「あつまれ どうぶつの森ブームに伴い「あつ森」や「どう森」に加えて私の略し方も採用してもらいたい。今後は「あつまれ どうぶつの森」単体を指す場合はこれまで通り「あつ森」と、広くどうぶつの森一般を指す場合は「どぶ森」と呼ぶのはいかがだろうか?私が小学生から呼び続けている「どぶ森」、ぜひみんなに使ってもらいたい。どうぞ遠慮せず使ってください。

人間の大多数はバカクズ

表立ってこんなことを言うと、私なんかの一個人はその大多数の数と暴力簡単に潰されてしまうので増田で言います

もしかして自分は今、バカの中に居るのでは?」「そんなの嫌だ! どうしたら抜け出せるのか? 何をすればいいのか?」

そういう意識を持てる人はごく少数。

ほとんどは「世の中はほんとにバカクズばっかりでしょうがないな! 自分は違うけど!」で落ち着きます

その方が圧倒的に楽で手っ取り早いからです。

今の時代、少し気を抜いたり怠けたりするといとも簡単バカの方へと堕ちていきます

それを常に意識の中に置いて、的確に恐れ、やるべきことを考えて地道に実行していく。

とても根気と労力が要り、頭も体も使います。常に努力要求される、と言っていいでしょう。

そんな事を苦労して積み重ねるより「私以外みんなバカ!」と脳内に設定してしまって

己の馬鹿さによって自分不利益が起きたら「他人が悪い!社会が悪い!政治が悪い!」としてしまえばこんな楽はコトは無いですよね。

しか日本という国は裕福で幸福な国ですから、それでもだいたい何とかなって天寿を全うできます

他国では、私は不勉強なのでどうなってるか分かりませんが、日本ではこれで十分生き延びられるようです。

世の中にいる人間はたいていバカクズ。(これは日本人に限らずおそらく世界中どこでも同じなんでしょう)

以前からそう思ってはいましたが、今回の新型コロナウイルスで改めて思い知らされました。

過去数十年、どんな病気流行しようと「ふーん、自分には関係ないし?」と聞き流し、

子宮頸がんワクチンに至っては不正確な情報報道に踊らされ、禁止禁止だと大騒ぎし

接種中止になったら市民の声の大勝利!と勝鬨を上げていたような奴等が、

新型コロナウイルス自分の近くに寄ってきた途端、特効薬は無いのか!ワクチンを早く作れ!国は何をやってるんだ!!と連日の罵詈雑言

そしてとにかく何でも自粛しろ自粛だけしてればいいんだ自粛しない奴は非国民だの全方位射撃

そうして最近になったら経済はどうした何で国は何もやらないんだとあくま他責で、原因と責任を設定する先、サンドバッグに適した組織人間を探している。

私自身、今回の数カ月にわたる自粛強要で、色々なものを失いました。

幸い、再起は何とかできそうですが、残ったものの大半は「この社会への恨み」です。

「世の愚民どもから合法的に広く搾取してカネを巻き上げたい」 これが私の今後の人生テーマになります

その方法理論を考えながら、余生を過ごしていきます

これを実現することが、私なりのこの世の中への復讐です。

子供が私の苦手な番組を好むんだけど似たような増田いない?

どうしても生理的に苦手な番組があって、はなかっぱって言うんだけど

それを子供が好んで視聴する

私ははなかっぱの声が聞こえてくると脳から聴神経にかけて虫が湧いてるようなモゾモゾ感がしてどうしてもつらい

私は豆ごはんも大嫌いなんだけどはなかっぱがそれを好んでいることを知って、そういうとこだぞと思った

見るのをやめてほしいんだけど、私がはなかっぱ生理的に無理だからという以外の理由がない

はなかっぱがとんでもないお下品悪党教育よろしくないとかそういう理由であれば説得しやすいのに

でもはなかっぱの音声が耳に入り映像が視界に入るだけでなく、子供はなかっぱを視聴して笑い喜び、その感情を親である私と共有しようとしてくれる、本来ならば喜ばしい善意ですらもう無理なのだ

止められないイライラが募り「やめて!」と叫びそうになる

私自身幼少期親が嫌う番組を好んで視聴していた

私の親は正直に「その番組生理的に嫌いだから」と言って私の視聴を禁止した

それがどうしても悲しかったのだ

から子供に私がはなかっぱを嫌っていることをバラしたくない

でもこのままだと破綻する

テレビがあるのは台所の近くで調理中なので私が移動することはできず、食事中ではないので食事中はテレビを消そうとも言えない

家が狭いので他にテレビを移動できる部屋はない

しろ私はそのあとにやってるクックルンが大好きなので時間を入れ替えてほしい

そしたら少し夕食時間を早めてそれを口実にテレビを消すから

でもまあ仮に食事中だとしても子供が録画機を使いこなしているので録画されてしまうけど……

無難はなかっぱの視聴を禁止する理由ない?

ていうかこれまで数年間色々思案してきての現状だから禁止する理由提案してもらうよりただわかる〜〜もしくはわかんね〜〜と言ってもらいたいだけのうんちだったわ

2020-05-27

岡村発言の件で、ある人が岡村氏のことを「彼」と表現しているのを見て、非常に何とも言えぬ違和感を感じた。

別にこの事を批判とか非難したいのではない。

言葉の使い方というものが、そんな形で私自身に染み付いているのだと自覚しただけである

目上の人には「様」、それ以外の人には「さん」、後輩や部下には「くん」など、呼び方ひとつ身分制度を発生させてしまう。

「お前は」などと呼ばれた日にゃぁ「てめぇは何様だ?」と反発も感じる。

増田」はその点、微塵たりとも身分制度を発生させないのでなかなか気に入ってるが、そんな事はここでしか通用しない話なのでどうでもいい。

でも「彼」という用語に対する違和感って一体何なのだろうと考えて、例えば「私の彼ったらさぁ」という場合に、そこになんとなく「支配」感を感じるのは私だけであろうか。

「俺の彼女はさぁ」とでもなると、「彼」に「女」が加わって差別感はやや増大する。

ともあれ、「彼」という呼び方はそれを使う話者を上の立場にして、呼ばれた方は下の立場になるというのはどうも感覚的に合っている気がする。

例えば自分上司を、同僚との会話で「彼はさぁ、結局馬鹿なんだよね」とでも言おうものなら、最早勝ち誇って天下を取った気分だ。

言葉の使い方一つで見下したり見上げたり、なんで言葉にそんな機能が備わってるんだろうね?

 

え?誰がそんな事を言ったかって? あの石川優実かいうクソフェミ婆だよ。

「彼」って差別語なの?

岡村発言の件で、ある人が岡村氏のことを「彼」と表現しているのを見て、非常に何とも言えぬ違和感を感じた。

別にこの事を批判とか非難したいのではない。

言葉の使い方というものが、そんな形で私自身に染み付いているのだと自覚しただけである

目上の人には「様」、それ以外の人には「さん」、後輩や部下には「くん」など、呼び方ひとつ身分制度を発生させてしまう。

「お前は」などと呼ばれた日にゃぁ「てめぇは何様だ?」と反発も感じる。

増田」はその点、微塵たりとも身分制度を発生させないのでなかなか気に入ってるが、そんな事はここでしか通用しない話なのでどうでもいい。

でも「彼」という用語に対する違和感って一体何なのだろうと考えて、例えば「私の彼ったらさぁ」という場合に、そこになんとなく「支配」感を感じるのは私だけであろうか。

「俺の彼女はさぁ」とでもなると、「彼」に「女」が加わって差別感はやや増大する。

ともあれ、「彼」という呼び方はそれを使う話者を上の立場にして、呼ばれた方は下の立場になるというのはどうも感覚的に合っている気がする。

例えば自分上司を、同僚との会話で「彼はさぁ、結局馬鹿なんだよね」とでも言おうものなら、最早勝ち誇って天下を取った気分だ。

言葉の使い方一つで見下したり見上げたり、なんで言葉にそんな機能が備わってるんだろうね?

 

え?誰がそんな事を言ったかって? あの石川優実かいうクソフェミ婆だよ。

お金持ちはお金持ちになる

数ヶ月前、某銀行から電話があった。

結構金額預金をお持ちなんで」云々。

あ~父親が亡くなって遺産が入ったから、預金が一桁アップした件か。

====

父は確かに優良企業に勤めていたが、それ程財産はない。

何故なら、母がぜ~んぶ使っちゃったから(笑

それでも尚、父に財産と言えるものがあったのは、母が先に亡くなり、母はその母親(私にとっては祖母から遺産を受け継いでいたから。

母方祖母はいっぱい土地を持っていた。

その一部を相続した某親族がすぐに売り払い、そこにマンションが建った、と言えばかなりの広さを想像してもらえるだろう。

夏休みに近所の子が単なる林だと思って迷い込むような土地の一部を、母も相続した。

そしてそれをいつの間にか換金していた。

私は一人っ子なので、母→父の財産は全部受け継ぐ事となった。

その中には未だ換金出来ていないものもある。でも私は呑気なので、まあその内、と思っている。

通帳に数字になって記されていた金額は、正直想像を超えた金額だった。

これが、私の口座の預金額を一桁アップさせた原因だ。

ついこの間、趣味の小銭貯金の壺がいっぱいになったので、預金しにいった。

すると、窓口の女の子が言うのだ。

定期預金にされませんか? 万が一キャッシュカードを紛失して悪用されたら、全部引き出されてしまますよ」

それもそーだ、と承諾したら、別の窓口に案内された。

そこで対応してくれたのは、窓口の女の子ではない全くの別人。我が息子程ではないがそこそこ若いお兄ちゃん

「〇円単位だと利率が上がります。そこの電光掲示板の利率より……交渉10倍になります

はいぃぃぃぃぃ!?

ちなみに普通定期預金だと、その時0.01%だった。普通口座なら0.001と、もう一個0が増える。

当分使う予定もないし、預けておくか。

と言うと、お兄ちゃんは上の方へ電話を掛け、

「0.1%になりました!」

……はいぃぃぃぃぃ?

普通口座の100倍やんかいさ!!!

その時私は思ったんだ。お金持ちはこういう優遇がある所為で、もっとお金持ちになるんだ。

何だか薄ら寒い気持で申込用紙を書いた。

と、こう書くと私自身がめっちゃお金持ちになったように読まれしまうが、本人に自覚はない。

定期預金にしたのは『使わないため・使われないため』でしかない。

そして私自身は、自分で稼いだ血の通ったお金しか使いたくないのだ。

いち工藤忍Pが今回の総選挙感想を述べるだけ

こんにちは

アイドルマスターシンデレラガールズ工藤ちゃんのPを7年ほどしている者です。


第9回総選挙&ボイスアイドルオーディションお疲れ様でした!


加蓮、シンデレラガールおめでとうございますあかりあきら、つかさ、CDデビュー決定おめでとうございます


忍Pと書いてはいますが他にも担当ますし、そもそもアイドルみんな好きなので心からそう思っています。嫌味に聞こえたらごめんなさい。



私にとっての忍ちゃん総選挙


分析でも批判でもなんでもなく、自分自身ポリシー再確認のためにこの感想を書いています。なので、はじめに自分目標や考えを明らかにしておきます


まず、忍ちゃんを好きになったのは、モバマスを始めてほどなく[ハッピーマジシャン]が追加された頃でした。


特訓前の新妻感にノックアウトされ、当時のモバマスでは珍しいタッチ(と自分は思っていた)の特訓後のイラストひとめぼれしました。

あの齢で一人暮らしという決して楽じゃない環境の中でも、アイドルになると目に星を宿すような笑顔をする子なんだ、それだけアイドル真剣なんだ、と。



それから、忍ちゃんSRをお迎えするためにスタドリを貯めたり、フリルスクエアという新しい可能性を知ったり、[私だけのステージ]で号泣したり、他の担当を見にライブに行ったりする中で、「ああ、忍ちゃんもいつかステージで歌ってほしいなぁ」と漠然と思うようになりました。


ちゃんライブに出たらどんな衣装だろうかとか、個人カラーはやっぱり赤だろうか、いや王道ピンクもいいなとか、『私を選んでくれてありがとう』なんて歌われたら自分はどうなっちゃうんだろうか、とか。


(私はライブアイドルが"降りて"きていると思ってる派です)




そういう経緯と思考があるので、「忍ちゃんに声がつき、ステージで歌ってもらうこと」が現時点での私にとっての最大の目標であり、総選挙で1位になることでも、ボイスオーディションで勝つことでもありません。サプボ上等です。



と、いっても何もしないでサプボを貰えるわけではないので、ここでシンデレラガールズ最大の『運営へのアピール場所である総選挙を頑張る必要が出てきます


拡散力も影響力もなく、そこまで課金力もない私なので、イベントで貰える投票券必死に集めたり(今年は全部集められました!)、MVスクショをたまにツイートしたり、知り合いの忍Pと交流するのが私の選挙活動でした。推測ですが、世の中のPってだいたいこんな感じじゃないですかね。ダイマ積極的にされていたPさん達は本当にすごいです。




そして、自分なりにできる投票券集めを年々続け(年々課金額も上がり)、忍ちゃんはTOP50入り、Cu4位と上がっていて、着実に一歩ずつ進んでいる実感が私にはありました。忍ちゃんぽくていいよね。

そして今年、第9回。ボイスの入賞こそ叶いませんでしたが、今回のボイスなしが不利なシステム総選挙で、ボイスなし2位という位置つけました。

発表されたときら悔し涙と嬉し涙で顔がグチャグチャになり、副業先の人にガチ心配されました。



敗因は票交換を怠ったことだ、なんて声も聞きました。しかし先述の通り閉じた環境選挙期間を過ごす私にとって、票交換という行為選択肢はありませんし、むしろしなかったからこそ、この価値ある成績を残せたと思っています価値がある、というのはヴァリサの前回の総選挙成績とサプボの流れを見れば明らかですよね。



なので、これから1年はドキドキしながら忍ちゃんのサプボの実装を待ちつつ、実装されなかったら次の総選挙をまた同じように頑張ろうと思います



これを読んでくださった人で、もし少しでも忍ちゃんの声を聞きたいと思ってくださった人がいれば、サプボがついたら一緒に喜んでくれたら嬉しいです。次回の総選挙で、一票でも入れてくれたらもっと嬉しいです。


ただシンデレラガールにしたくないのかと言われればそういうわけでもないので、これは声が付いたら考えることにします。大きいプロジェクト成功にはマイルストーンをつけろと副業上司から何度も何度も言われているので。サンキュー上司





最後に(謝罪


残念ながら、一部の忍Pの広報活動(とされていること)が、反感を買ってしまったのは事実だと思っています

コナンを絡めた件に関しては、企画を知人から教えてもらった数年前時点ではあくまで"身内ノリ"で、P同士のやる気向上くらいにしか考えておらず、私自身も何回かタグ参加していました。もし目にして不快に感じた方がいたら、それは加担していた一人として、心から謝罪させてください。結果的に忍ちゃんの印象を損ねてしまたことは、本当に他の忍Pさんに申し訳ないです。(他の方の考えやポリシーまではわかりませんが……)


今後も担当に恥じないような活動をしていく所存です。

2020-05-26

誹謗中傷批判は違う!」という人ほど卑怯人物はいない。

こういうこと言う人って、大体

自分の発した言葉が人を傷つけてしまたことを認められない人」

自分の発した言葉で傷つくのがおかしいと思う人」だよねえ。

私自身は別に「人を傷つけること」を全否定するつもりはない。

その人のために、傷つくかもしれないけど言わなければならないことってあると思うから

もし相手に「傷ついた。誹謗中傷だ!」と言われたら、

「これは批判誹謗中傷じゃないから!」という相手が傷ついたことを否定する言葉じゃなくて

「確かにあなたを傷つけたかもしれない。でもこれはあなたにいい方向に変わってほしいか

やむなく言った言葉なんだよ。」っっていう前向きな言葉をかけられる人間が増えるといいね

2020-05-25

不都合があった際に怒りで解決しようとする性格の人に攻撃されやす

怒りがエネルギーになっている人がいることも承知である

逃げずに、思ったことや感じたことを感情そのままにぶつけてきて、解決しようとする方のエネルギーの強さに大分疲弊してしま

私自身の性格が、それを助長させている(もしくは感情をあらわにしやすいために起こる)ことも予想できる。私は滅多に怒ることはないし、相手調子(波長)に合わせ人づき合いをしていることが多い。八方美人ではない。それは相手に嫌われたくないから、というよりは相手の気に乱れが生じた時に私自身へのストレスが半端ではないのでなるべく穏便に付き合いたいと思っているからだ。優しいよね、と言われることも多々あるが、私自身は全然優しくないよ・・と感じている。みんなどう対処してるんだろう。気にするな、なんて言われても、気にしてしまうんだよ。体にできた湿疹、指にできたささくれ、そんなイメージだろうか。

いきなり怒る人とか声張る人、機嫌がコロコロ変わる人、めっちゃ怖い 

ひたすらに愚痴、人の至らない点についての話、ネガティブマウンティング。以前精神的に患ったことがある経験を、堂々と話す。何度も。

同じ場所にいるだけでも大分疲弊してしまう。気が滅入る。胸のあたりがモヤモヤし、疑心的になる。

思いの丈をそのままぶち込まれて、もう疲れて疲れてしょうがない。悲しくて、お前は鈍いからそれぐらい言っても平気だろ、言わないとわかんないだろなんて言われて、反省するべきだなんて、怒ってる原因を考えろよなんて

1年、向き合ってきましたが、もう私は、これから自分のために、自分のことをもっと大事にしていこうと決めた。

そこまでして、自分をズタズタにしてまであなたたちと関係を築きたくありません。

多様な考え方、相手立場を考えた対応、いっぱい考えた、だけどあなたたちはまだ怒る。永遠に怒り続ける。そして、そんな私は敏感で、繊細なの、わかってよね?なんて言う

やめてほしい。何か不都合があっても、自分の中でいろんな方向性から考えて怒りや哀しみの整理をしてほしい。

私、変われないわ、なんて言ってこないでほしい。だから何やねん。

そんな人と、置かれた環境上、今年1年は付き合っていかねばならない。

今はオンライン距離を図れるが、いずれ会うことになるのが怖い。考えただけで手汗が出る、緊張が走る。

うまいこと付き合っていきたい。

Vol.106 政府による布マスク生産調達について、皆様の疑問にお答えします。

医療ガバナンス学会 (2020年5月21日 06:00)

 

経済産業省 政策統括調整官

江崎 禎英

2020年5月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

新型コロナウイルスへの対応のなかで、その危機シンボルのように扱われてきたマスク。ここに来て仮設店舗飲食店などでも50枚入りが一箱2000円前後販売されるようになり、ひと頃のようなマスク不足の状況は改善しつつあります

そうした中で、政府実施している一世帯2枚の布マスクの配布について、これを疑問視する意見が増えています。配布されたマスクに髪の毛や糸くずが入っていたり、カビと思われる変色したマスクがあったとの報道を耳にされた方もいらっしゃるでしょう。問題のあるマスクは速やかに交換する対応を行っているところですが、実際に手にされた方に不安と不信感を与えてしまいましたことは、心からお詫び申し上げたいと思います

 

マスクを巡る一連の対応への批判は、政府としてこれを真摯に受け止めるのは当然です。しかしながら、実際にマスク製造した事業者にも厳しい批判の目が向けられていることは、この作業をお願いした立場にある者として誠に申し訳なく思っております。今後市場に出回るマスク供給量が増え、マスク不足に対する危機感が薄れるにつれて、今般の布マスク生産に携わった事業者に対していっそう厳しい目が向けられる可能性があります緊急時対応平時基準によって評価されることは往々にしてあり得ることですが、懸念すべきは、そうした評価が広がることによって、今後、国の緊急事態に協力しようとする企業が現れなくなってしまうことです。

先日の国会審議の中では、「政府が配る布マスクはその大半が不良品であり全て廃棄すべき」といった趣旨議論が展開されたため、その経緯を理解していただくために、質疑に割り込む形で答弁をさせていただきました。しかし、私の答弁は通告された質問に答えるものではなかったために、怒号と叱責の中で十分にお伝えすることができませんでした。そこでこの場をお借りして、多くの方の疑問にお答えする形で、その背景と経緯について書き記しておきたいと思います

 

<なぜ、布マスクだったのか>

再利用を前提とした長期間使用可能な布製マスクを大量に生産調達することによって需給ギャップを埋め、使い捨てマスク医療関係者等に優先的に回せる環境を整えようとしたのが、布マスクに取り組んだ最大の理由です。

本年1月から、それまで国内供給の8割程度を占めていた中国からマスクの輸入が途絶え、マスクの品薄状態が始まりました。このため2月にはマスクを求めて早朝から店舗の前に行列ができる状況となり、国会等でもマスク供給を増やせとの指摘が相次ぎました。2月下旬には、マスクの買い占め防止のためにネットオークション自粛を求めると共に、国内生産設備の増強を含めた供給量拡大に取り組みました。

しかしながら、当時の国内におけるマスク供給能力は月産4億枚程度であり、その殆どが不織布を用いた使い捨てタイプでした。国内生産力増強のための補助金に応募した企業も全て不織布を用いた使い捨てマスク用の設備投資でした。この頃、感染症専門家などからは、使い捨てマスク再利用を行うべきでない旨の見解が出されており、需給ギャップは拡大の一途を辿るおそれが生じていました。

このため、ハンカチキッチンペーパーによる手作りマスクなど、使い捨てマスク以外の対応を考える中で、政府としてたどり着いた結論が、ガーゼマスクでした。かつて小学校などで給食当番の際に使っていたガーゼマスクは、洗濯して何度も利用されていました。そこで「健常者による飛沫感染に対する予防としては、手すりやドアノブなどに触れた手で自らの鼻や口に触れないことが重要との観点から、布マスクによっても有効対応可能である」と医療関係者確認し、布マスク生産調達プロジェクトスタートしました。

 

<布マスクは何時までにどれくらいの量を調達しようとしたのか>

マスクが手に入らないことに対する国民不安を軽減するためには、繰り返し使用できる布マスクを来月(4月)末までになんとか1億枚規模で調達できないか」というのが当時の認識でした。私自身がこの布マスク生産調達プロジェクトに参画し、事業者との調整に携わったのはまさにこの頃です。

本年3月には、ドラックストアやスーパー店頭からマスクが消え、一日中マスクに関する報道が流れ、国会でもマスク供給不足に対する政府対応非難する質問が続き、マスク供給のためにあらゆる手を尽くせと責め立てられる状況でした。全国民が一斉にマスクを買い求めるというこれまでに経験したことのない爆発的な需要増の一方、中国からの輸入が全く見通せないなかで、1億枚という規模の目標形成されていきました。

 

<なぜ、日本製マスク調達しなかったのか>

そもそもマスク材料となるガーゼ中国しか生産しておらず、ガーゼ国内在庫殆ど存在しない状況でした。

このため、国内供給できる布マスクは、せいぜい1万枚から多くても10万枚のレベルで、およそ1億枚といった規模には届かない状況でした。仮になんとか国内材料となるガーゼを持ち込んでも、布製マスクを縫製する設備ミシン)や人員を揃えることも困難な状況でした。現在でも、「布製マスクを作るなら日本生産すべきだ」との意見も多いのですが、国内生産設備殆どが不織布を用いた使い捨てマスク用の機械装置です。

 

<なぜ、「興和」を始めとする特定企業とだけ契約したのか>

今年3月時点で、海外で1億枚規模のマスクガーゼ調達するネットワークを有し、布製マスク材料調達から裁断、縫製、検品、袋詰めまでを一貫して行える企業は、興和しかありませんでした。

ただ、興和単独では1億枚規模の生産は困難であったため、中国で縫製関係業務経験のあった伊藤忠とマツオカコーポレションの協力を得て生産体制を構築したものです。

当初、これら3社からは、4月末までに1億枚の生産など到底無理だと言われましたが、日本の窮状を救うためにあらゆる手を尽くして目標を達成して欲しいとお願いしました。結果、ベストシナリオで約9千6百万枚まで積み上げ、1億枚規模の目標達成の可能性ありとして、直ちに材料の確保、製造ラインの立ち上げをスタートしていただきました。

 

<実際のマスク生産体制はどうなっているのか>

4月末までに1億枚規模の生産を行うために、興和だけでも中国において約20カ所の縫製工場と約1万人の縫い子と検査要員を確保しています

これには、興和中国に有する様々なネットワークを駆使して、尋常でないスピードでこの体制を整えたと聞いています伊藤忠やマツオカコーポレーション独自ネットワーク東南アジアの国々に縫製工場人員を確保し、生産を行っています

これだけの人員を集めても、縫い子さん1人当たり1万枚ものマスクを縫製する必要があり、24時間体制での生産を行っています。各工場一定量生産が進んだ段階で検品梱包し、直ちに航空機日本に運ぶといったオペレーションになっています

 

<なぜ、不良品が発生したのか>

当初、興和からは「興和名前が出る以上、従来通りの国内検品を行うのでなければこの仕事は引き受けられない」と強く言われました。しかし、興和国内検品は、一旦全てのマスクを一か所の検品施設に集め、1ミリ程度の縫い目や折り目のずれ、布のほつれも不良品として弾いてしまうというレベル対応です。このため従来どおりの国内検品作業を行っていたのでは目標の半分も達成できない可能性があり、緊急避難的な対応として現地検品を基本とするオペレーションに変更してもらいました。

日本に持ち込んだ後は、配布準備段階で最終チェックを行うのですが、ここでのチェックをすり抜けた不良品利用者の手元に届いてしまたことは誠に申し訳なく思っています。また、自治体によっては、こうした作業保健所に依頼したことで、保健所職員作業を増やす結果になったことも反省点として認識しています

ちなみに、特定医療マスクを除き、マスクに対する国際的品質基準存在しません。また、国内におけるマスク業界団体が出している品質基準ホルムアルデヒドの検出基準が示されているだけで、各社毎の自主基準による検品が基本となっています

不良品報道を受けて、現在では事業者においても自主的に国内検品実施していただいているところです。「受注した以上、企業完璧製品を届けるのが当然だ」といった意見もっともですが、それはあくま平時における常識で、緊急事態対応にまでこれを要求することは酷だと思います。それ故に、これを補う形で国が改めて検品を行っているのですが、この費用に国費を充てるのは問題だとの意見が寄せられているのが現在の状況です。

 

<なぜ、配布が遅れているのか>

4月末までに1億枚の布マスク生産して国内に持ち込むというのは、元々極めて厳しい目標でしたが、緊急事態ということで各社全力で取り組んでいただきました。しか現実には、急遽集めた1万人に及ぶ縫子さんの教育からまり中国国内での物流障害企業活動制限)、更には中国政府によるマスクの輸出規制によって通関で止められるなど次々に問題が発生しました。

しか入国制限によって、これらの問題解決するための職員中国派遣することができません。大使館の協力も得ながらなんとか通関を突破しても、日本へ運ぶ航空機の確保ができないといった状況にも見舞われました。生産物流、通関等々、二重三重障害を乗り越えて国内に持ち込む中で、スケジュールが後ろ倒しになる状況が続いてしまいました。

これに加えて、今般の不良品問題の発生によって、メーカーが全量回収の上国内検品を行うとともに、更に万全を期すために国による検品も行っているために、配布スケジュールしわ寄せが生じる結果となっています

 

最後に>

現在も、関係者尋常ならざる努力によって布マスク生産調達が続いています国民マスク不安を解消するための布マスク生産調達でしたが、状況が落ち着くにつれて、「量、スピード品質」全てに完璧が求められるようになりました。まだ全体のオペレーションが終了していませんが、こうした一連の作業の結果、事業者にとっては大きな持ち出しになることを懸念しています興和では今も職員を総動員して布マスク検品作業を行っています

また、現状では不良品や国による検品費用ばかりに議論が集中し、こうした布マスクの取り組み自体が全て失敗であったかのような議論がなされているのは誠に残念なことです。特に日本危機的な状況を救うために協力してくれた事業者が、結果的社会的批難を受けることがあってはならないと感じています。また、日本のために今も昼夜に亘って布マスク製造してくださっている1万人を越える海外の縫子さん達のためにも、是非事実を知っていただきたいと思い、筆を執りました。

もちろん、だからといって不良品が許されるわけではありません。現在検品には万全を期していますが、万が一不良品が届いた際には速やかに交換させていただきますのでご協力をお願いします。その上で、不良品の状況はきちんと確認評価し、今後の反省材料にしてまいります

なお、まだ一部の方々にしか届いていない布マスクですが、実際に手にされた方からは良い評判もいただいております新型コロナウイルスへの対応は長丁場になる可能性が高いと言われています。是非、多くの方々の努力によって届けられる布マスクをご活用いただき、この災禍を乗り越えていただきたいと思いますよろしくお願い致します。(令和2年5月18日

2020-05-24

Vol.106 政府による布マスク生産調達について、皆様の疑問にお答え

医療ガバナンス学会 (2020年5月21日 06:00)

 

経済産業省 政策統括調整官

江崎 禎英

2020年5月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

 

新型コロナウイルスへの対応のなかで、その危機シンボルのように扱われてきたマスク。ここに来て仮設店舗飲食店などでも50枚入りが一箱2000円前後販売されるようになり、ひと頃のようなマスク不足の状況は改善しつつあります

そうした中で、政府実施している一世帯2枚の布マスクの配布について、これを疑問視する意見が増えています。配布されたマスクに髪の毛や糸くずが入っていたり、カビと思われる変色したマスクがあったとの報道を耳にされた方もいらっしゃるでしょう。問題のあるマスクは速やかに交換する対応を行っているところですが、実際に手にされた方に不安と不信感を与えてしまいましたことは、心からお詫び申し上げたいと思います

 

マスクを巡る一連の対応への批判は、政府としてこれを真摯に受け止めるのは当然です。しかしながら、実際にマスク製造した事業者にも厳しい批判の目が向けられていることは、この作業をお願いした立場にある者として誠に申し訳なく思っております。今後市場に出回るマスク供給量が増え、マスク不足に対する危機感が薄れるにつれて、今般の布マスク生産に携わった事業者に対していっそう厳しい目が向けられる可能性があります緊急時対応平時基準によって評価されることは往々にしてあり得ることですが、懸念すべきは、そうした評価が広がることによって、今後、国の緊急事態に協力しようとする企業が現れなくなってしまうことです。

先日の国会審議の中では、「政府が配る布マスクはその大半が不良品であり全て廃棄すべき」といった趣旨議論が展開されたため、その経緯を理解していただくために、質疑に割り込む形で答弁をさせていただきました。しかし、私の答弁は通告された質問に答えるものではなかったために、怒号と叱責の中で十分にお伝えすることができませんでした。そこでこの場をお借りして、多くの方の疑問にお答えする形で、その背景と経緯について書き記しておきたいと思います

 

<なぜ、布マスクだったのか>

再利用を前提とした長期間使用可能な布製マスクを大量に生産調達することによって需給ギャップを埋め、使い捨てマスク医療関係者等に優先的に回せる環境を整えようとしたのが、布マスクに取り組んだ最大の理由です。

本年1月から、それまで国内供給の8割程度を占めていた中国からマスクの輸入が途絶え、マスクの品薄状態が始まりました。このため2月にはマスクを求めて早朝から店舗の前に行列ができる状況となり、国会等でもマスク供給を増やせとの指摘が相次ぎました。2月下旬には、マスクの買い占め防止のためにネットオークション自粛を求めると共に、国内生産設備の増強を含めた供給量拡大に取り組みました。

しかしながら、当時の国内におけるマスク供給能力は月産4億枚程度であり、その殆どが不織布を用いた使い捨てタイプでした。国内生産力増強のための補助金に応募した企業も全て不織布を用いた使い捨てマスク用の設備投資でした。この頃、感染症専門家などからは、使い捨てマスク再利用を行うべきでない旨の見解が出されており、需給ギャップは拡大の一途を辿るおそれが生じていました。

このため、ハンカチキッチンペーパーによる手作りマスクなど、使い捨てマスク以外の対応を考える中で、政府としてたどり着いた結論が、ガーゼマスクでした。かつて小学校などで給食当番の際に使っていたガーゼマスクは、洗濯して何度も利用されていました。そこで「健常者による飛沫感染に対する予防としては、手すりやドアノブなどに触れた手で自らの鼻や口に触れないことが重要との観点から、布マスクによっても有効対応可能である」と医療関係者確認し、布マスク生産調達プロジェクトスタートしました。

 

<布マスクは何時までにどれくらいの量を調達しようとしたのか>

マスクが手に入らないことに対する国民不安を軽減するためには、繰り返し使用できる布マスクを来月(4月)末までになんとか1億枚規模で調達できないか」というのが当時の認識でした。私自身がこの布マスク生産調達プロジェクトに参画し、事業者との調整に携わったのはまさにこの頃です。

本年3月には、ドラックストアやスーパー店頭からマスクが消え、一日中マスクに関する報道が流れ、国会でもマスク供給不足に対する政府対応非難する質問が続き、マスク供給のためにあらゆる手を尽くせと責め立てられる状況でした。全国民が一斉にマスクを買い求めるというこれまでに経験したことのない爆発的な需要増の一方、中国からの輸入が全く見通せないなかで、1億枚という規模の目標形成されていきました。

 

<なぜ、日本製マスク調達しなかったのか>

そもそもマスク材料となるガーゼ中国しか生産しておらず、ガーゼ国内在庫殆ど存在しない状況でした。

このため、国内供給できる布マスクは、せいぜい1万枚から多くても10万枚のレベルで、およそ1億枚といった規模には届かない状況でした。仮になんとか国内材料となるガーゼを持ち込んでも、布製マスクを縫製する設備ミシン)や人員を揃えることも困難な状況でした。現在でも、「布製マスクを作るなら日本生産すべきだ」との意見も多いのですが、国内生産設備殆どが不織布を用いた使い捨てマスク用の機械装置です。

 

<なぜ、「興和」を始めとする特定企業とだけ契約したのか>

今年3月時点で、海外で1億枚規模のマスクガーゼ調達するネットワークを有し、布製マスク材料調達から裁断、縫製、検品、袋詰めまでを一貫して行える企業は、興和しかありませんでした。

ただ、興和単独では1億枚規模の生産は困難であったため、中国で縫製関係業務経験のあった伊藤忠とマツオカコーポレションの協力を得て生産体制を構築したものです。

当初、これら3社からは、4月末までに1億枚の生産など到底無理だと言われましたが、日本の窮状を救うためにあらゆる手を尽くして目標を達成して欲しいとお願いしました。結果、ベストシナリオで約9千6百万枚まで積み上げ、1億枚規模の目標達成の可能性ありとして、直ちに材料の確保、製造ラインの立ち上げをスタートしていただきました。

 

<実際のマスク生産体制はどうなっているのか>

4月末までに1億枚規模の生産を行うために、興和だけでも中国において約20カ所の縫製工場と約1万人の縫い子と検査要員を確保しています

これには、興和中国に有する様々なネットワークを駆使して、尋常でないスピードでこの体制を整えたと聞いています伊藤忠やマツオカコーポレーション独自ネットワーク東南アジアの国々に縫製工場人員を確保し、生産を行っています

これだけの人員を集めても、縫い子さん1人当たり1万枚ものマスクを縫製する必要があり、24時間体制での生産を行っています。各工場一定量生産が進んだ段階で検品梱包し、直ちに航空機日本に運ぶといったオペレーションになっています

 

<なぜ、不良品が発生したのか>

当初、興和からは「興和名前が出る以上、従来通りの国内検品を行うのでなければこの仕事は引き受けられない」と強く言われました。しかし、興和国内検品は、一旦全てのマスクを一か所の検品施設に集め、1ミリ程度の縫い目や折り目のずれ、布のほつれも不良品として弾いてしまうというレベル対応です。このため従来どおりの国内検品作業を行っていたのでは目標の半分も達成できない可能性があり、緊急避難的な対応として現地検品を基本とするオペレーションに変更してもらいました。

日本に持ち込んだ後は、配布準備段階で最終チェックを行うのですが、ここでのチェックをすり抜けた不良品利用者の手元に届いてしまたことは誠に申し訳なく思っています。また、自治体によっては、こうした作業保健所に依頼したことで、保健所職員作業を増やす結果になったことも反省点として認識しています

ちなみに、特定医療マスクを除き、マスクに対する国際的品質基準存在しません。また、国内におけるマスク業界団体が出している品質基準ホルムアルデヒドの検出基準が示されているだけで、各社毎の自主基準による検品が基本となっています

不良品報道を受けて、現在では事業者においても自主的に国内検品実施していただいているところです。「受注した以上、企業完璧製品を届けるのが当然だ」といった意見もっともですが、それはあくま平時における常識で、緊急事態対応にまでこれを要求することは酷だと思います。それ故に、これを補う形で国が改めて検品を行っているのですが、この費用に国費を充てるのは問題だとの意見が寄せられているのが現在の状況です。

 

<なぜ、配布が遅れているのか>

4月末までに1億枚の布マスク生産して国内に持ち込むというのは、元々極めて厳しい目標でしたが、緊急事態ということで各社全力で取り組んでいただきました。しか現実には、急遽集めた1万人に及ぶ縫子さんの教育からまり中国国内での物流障害企業活動制限)、更には中国政府によるマスクの輸出規制によって通関で止められるなど次々に問題が発生しました。

しか入国制限によって、これらの問題解決するための職員中国派遣することができません。大使館の協力も得ながらなんとか通関を突破しても、日本へ運ぶ航空機の確保ができないといった状況にも見舞われました。生産物流、通関等々、二重三重障害を乗り越えて国内に持ち込む中で、スケジュールが後ろ倒しになる状況が続いてしまいました。

これに加えて、今般の不良品問題の発生によって、メーカーが全量回収の上国内検品を行うとともに、更に万全を期すために国による検品も行っているために、配布スケジュールしわ寄せが生じる結果となっています

 

最後に>

現在も、関係者尋常ならざる努力によって布マスク生産調達が続いています国民マスク不安を解消するための布マスク生産調達でしたが、状況が落ち着くにつれて、「量、スピード品質」全てに完璧が求められるようになりました。まだ全体のオペレーションが終了していませんが、こうした一連の作業の結果、事業者にとっては大きな持ち出しになることを懸念しています興和では今も職員を総動員して布マスク検品作業を行っています

また、現状では不良品や国による検品費用ばかりに議論が集中し、こうした布マスクの取り組み自体が全て失敗であったかのような議論がなされているのは誠に残念なことです。特に日本危機的な状況を救うために協力してくれた事業者が、結果的社会的批難を受けることがあってはならないと感じています。また、日本のために今も昼夜に亘って布マスク製造してくださっている1万人を越える海外の縫子さん達のためにも、是非事実を知っていただきたいと思い、筆を執りました。

もちろん、だからといって不良品が許されるわけではありません。現在検品には万全を期していますが、万が一不良品が届いた際には速やかに交換させていただきますのでご協力をお願いします。その上で、不良品の状況はきちんと確認評価し、今後の反省材料にしてまいります

なお、まだ一部の方々にしか届いていない布マスクですが、実際に手にされた方からは良い評判もいただいております新型コロナウイルスへの対応は長丁場になる可能性が高いと言われています。是非、多くの方々の努力によって届けられる布マスクをご活用いただき、この災禍を乗り越えていただきたいと思いますよろしくお願い致します。(令和2年5月18日

差別は悪意とは限らない

私は四国田舎町に住んでいる。

伝え聞く話では昭和初期あたりまでの部落差別は必ずしも偏見によるものというわけではなかったようだ。

その手の情報は正確な記録がなく口頭伝承によるので主観も大いにあるだろうという前提は置いていただきたい。


いわゆる被差別民たちは徒党を組んで暴力行為脅迫などを日常的にやっていたので遠ざける必要があった。

(私自身は被差別民問題行動もそれに対する差別的な扱いも見たことは一度もない。)

からといって被差別民悪者だったとも言えない。

彼らがそういう生き方しか知らない、出来ないところまで追い込まれたのは差別故だからだ。

負のスパイラルというやつだ。


差別していた側も実害に対して対処しただけだ。

ここには間違いなく差別はあったのだが、その行動は同時に当然の防衛でもあった。

当事者の誰も悪くないという状況でも差別存在しうるのである


差別社会構造だ。

誰かの悪意によって起こるとは限らない。

個人良識に訴えてどうにかなるような差別はそれほどないと思う。

社会構造として定着した差別は大きな力が必要で、少しづしか変えられない。

でも、きっと少しづつは良くなるだろうと私は信じてもいる。

answer

あんなことをさせてまで、戻れないことは、想いに応えられなかったことになりますか。

戻らないことは、言葉を、想いを、理解できなかったということになりますか。

あんな昨日ですら、届いた悪意は、こんな風に見えるべきではないとわかっているけど、隠し通すのならば、「あの場所に戻る」という選択肢しかないのであれば、私はもう本当に、そこにはいられない。

必要な時だけ、必要なことだけ、できることがもし万が一あるのなら、その時だけ、その旨だけ、言ってくれれば、なんでもするよ。

あの名前は消えたけど、私自身が、死ぬ訳じゃないから。

伝えるべきではない。

隠しきるしかない。

笑っていればいい。

笑っていなきゃいけない。

幸せだけ見ればいい。

楽しいだけ伝えればいい。

隠し切らなきゃいけない。

痛みなんてない。

無視すればいい。

最初から何もない。ない。

そう言い聞かせて、言い聞かせて、また一睡もできずに、布団から出られずにいる。

涙と鼻水の量で、いいデトックスダイエットにはなったかもな。

今日はとことん、正しくないことを言う。

今日はとことん、期待はずれなことをする。



最近はひとりで手帳文字を書いて書いて、躓いた漢字10回ずつ練習したりして。

一昨日は、「滑稽」っていう漢字スムーズに書けるようになった。

どれだけ文字を書いても、知りたいことは自分の中からは見つけられないし、どれだけ眠れずにひとりで泣いていても、次の日にはまた同じことで涙が出ちゃったりする。

1/100でも言えてたら、スっと消えてたはずのモヤモヤが、ひとりだと、消化したつもりが、何度でも蘇ってくる。

そろそろ限界かなって、なんかこう、わーってしたくなる。わー!!!って。叫びたい。

でも。

そんなふうに、「ひとりじゃ無理」なんて、いつまでも言ってるわけにはいかなくて。

何かがなきゃダメだとか、誰かが居なきゃ無理だとか、そういう、自分以外の何かに貰う幸せは怖い。

自分次第で変えていける以上のことは、もうやらない。



ひとりでいなきゃ。

ひとりでも大丈夫なようにしなきゃ。

だって

だって、私は、ひとりで生きていかなくちゃいけないんだから

早く慣れなくちゃ。

感情を殺さなきゃ。

所詮私はこんなもんだよ。

夢なんて見なくても、生きていかなきゃ。

楽しくなくても、毎日を乗り越えなくちゃ。

そうやって、キラキラしたものから目を逸らして、うつむいて、必死でこうやって、何も見ないように、何も聞かないようにして、見たいものも、聴きたいものシャットアウトした中で、それでようやく、最近ようやく少しずつ、眠れるようになった。

それでもほんの少し聴いただけで、すぐにまた世界キラキラしてしまう。

そんなことを繰り返してきた。





出された結論が、正しいってことは、すごくよく、ちゃんと、わかってる。

私はそれ以上もそれ以下も望んでなんていない。

いつだって変わらない、正しくて、まっすぐな姿勢に、すごく安心している。

そういうところにすごく惹かれたんだと、改めて強く思う。

本当に、そう思う。

でも。



それが本質じゃないって、確信じゃないって、ちゃんとわかってる。

言葉尻を捕えるのはよくない。

伝えたいのは、そういうことじゃない。

わかってる。

ちゃんとわかってる。

けど。

私の耳に重く残ってしまったのは、ふたつの言葉だった。





死んでしまった感情やえぐれてしまった傷は戻ることはないし、悩んで悩んで泣いた日が無かったことにはならない。

そもそも

無かったことにできるくらいなら、最初からそうしてた。

痛みを感じずにいられるくらいなら、そうしてた。既に何度もそうしてきてた。

傷を見せずに笑える程度なら、笑ってきた。

ねぇ。ちゃんといつも、笑ってたでしょう?

許容できない、許せないとか、認められないとか、そういうことではなくて。

別に誰かがどうとかじゃなくて、そんなことはどうでもよくて。

んー、なんて言えばいいかな。

言わなければ、出さなければいいとか言う問題ではなくて、「殺意」や「悪意」がある場所に、私はいられない。

それは、合うとか合わないとか、好きとか嫌いとか、そういう問題じゃない。

だって、合わないからと言って、攻撃や反撃をしたいってなる心理が、私にはわからない。

からそれはつまり、「合わない」以上に、【「私」に「徹底的な落ち度」がある】ということになる。

いくつも直そうとしてきたけど、原因をいくつ潰しても、止むことは無かったし、何をした?何が悪い?ずっと考えて、直そうとしてきたけれど、そのどれもが、攻撃対象としていいという程の落ち度だとは、思えなかった。(もちろん完璧でないしできた人間ではないし、落ち度は沢山あるのは重々承知しているけれど)

これからもそんなことに気を使って、気を配って、神経をすり減らして、自分を殺して、それでも笑っていくことは、もう限界

何がそんなに悪いのか。

何がそんなに不満なのか。

何がそんなに嫌なのか。

何がそんなに迷惑なのか。

いっぱいいっぱい考えた。

直そうとした。

変えてきたこともあった。

でも、解決しなかった。

からいから、対処のしようがない。

いっぱいもがいた。

だけど、これを「努力不足」と言われるのであれば、私に努力はできそうにない。

これからは、自分を変える努力ならば、自分自身か、喜んでくれる人のためにしていきたい。

快感幸福も喜びも幸せも全部ぜんぶ、そんな恐怖も痛みもかき消すほどの威力があったから、ずっとそこにいたけれど、だからといって、恐怖も痛みが、無かったことにはならない。

マイナスなんて、そんなの簡単に超えるくらいに幸せよ。もちろん。そりゃそうよ。そんなの、わざわざ言わなくたってわかってるよね?

私がどんなに救われて、どんなに楽しくて、どんなに幸せだったか

そんなこと、さすがにちゃんと、伝わってるよね?

嬉しいし、幸せだし、本当にどうしようもないくらい、泣けるくらいに最高!って震えるよ。それだけが事実だよ。

それが足りないなんて聞こえたら、それは悲しすぎるから、それだけは本当にやめてよね。

だけどね。

興奮が穏やかな日常に戻ったとき、切り刻まれた傷を、隠しきれる自信がない。

傷ががちょっとあったから気に食わないとか、妥協できないとか許容できないとか、そういうことじゃない。

聞かなければいい、見なければいい、そういうことには、できなかったよ。毎日毎日毎日さ、頑張ってみたんだよ。しようとしたんだよ。

でも、痛かったし、怖かったよ。

流しても流しても、毎日毎日増えて、壊して。

“くだらない、しょーもない”と言われても、私には、もう限界だった。

心の中の細胞が、壊死したみたいになっちゃって、腐って動かなくなっちゃったしこりができた。切り取って、無機質な何かで埋めるしかなくて、ちょうど、私のからだとおんなじみたいに。





「信じて」くれる人も「いない」のに、馬鹿みたいに図々しく、笑ってなんていられないよ。

守るとか、そんな労力、こんな私に使う必要なんてない。

守ってほしいわけじゃない。守らなきゃいられない存在であるのだとしたら、そんな自分が悪いと思う。

そのチカラは、もっと大事な、「信じてて」「感謝してる」「大切な」人たちに、使ったらいいよ。

だって、そんなキレイで、みんなが幸せで、《平等で対等な世界》は、〈私の目の前の現実〉とは、【イコールじゃない。】

私には、歪んで見える。だから、私は、その場所はいない。

これが水平だという説得力は私にはないし、そもそも、そんな歪んだ世界を見せたくないから、説得するつもりもない。

鵜呑みにしていない”と何度も言うなら、だったらもう、そんな事実、全部ウソだと思って、何も無かったことにしてくれていいよ。

全部私の嘘で、被害妄想で、かまってちゃんで、歪めてるのは私で。それでいいよ。私に、信じるだけの、日頃の行いが、価値が、足りなかっただけのこと。

ううん。そうじゃなくても、あの発言も、決断も、鵜呑みにしないことも、全部正しいと思う。そうするしか無いと思う。

から別に責めているわけでも嘆いている訳でもなくて、本当に心から、正しいと思う。

だけど、全部私の嘘で、被害妄想で、かまってちゃんで、歪めてるのは私、ってことにしたとしても、私ひとりが違って見えてしまっている世界には、い続けることはできない。

歪んでいるのが私の方だって、美しい世界を見ようとしても、ハッキリと突きつけられる現実の、矯正の仕方がわからない。私には、私に見えている現実が、言葉が、態度が、つらい。それだけのこと。

これは私の問題で、だから、どうして欲しかったとか、責めているとか、間違っているとかじゃない。正しい。そうでしかない。そうするしかない。ちゃんとわかってる。



信じてほしかったとか、寄り添って欲しかったとか、味方が欲しいとか、そんなワガママを言うつもりも、そもそも、そんな願望も微塵もないけれど、だったらじゃあ何が望みなんだって聞かれたら全然わかんないし。

だったらどうしたらいいんだって言われても、そのままでいてほしい、幸せでいてほしい、笑っていてほしい、以外の望みなんて何も無いよ。今までも、今も、ずっと。

そういうところが好きなのは、本当だし。

すべてを超えるほどの光なのも、宗教かよってくらいに信じてるのも、幸せなのも、本当だし。

からこそ、こんな風にうだうだ辛気臭い顔をしてる自分が許せない。

サイコー!」「楽しい!」「天才!」「かっこいい!」って笑っているだけ、ができないのであれば。こんな顔をしているのであれば。そんな私は、いるべきじゃない。

邪魔」「消えればいい」「死ねばいい」「早く消えろ」「迷惑」「みんなが望んでる」おっしゃる通りです。まったく。そうだよね。その通りです。って感じ。



舵を切る人も、帆をたたむ人も、最初から既に別にいた。

別の、私の役割だと喜んでやってきたことも、既に変わりはちゃんといる。

会社と同じで、私がいなくて回らなくなるような組織なんて、この世にひとつとしてなくて、そうやって世界は回ってる。

噛み合わない錆びた歯車は、とっとと捨てて、交換してしまったらいいよ。

もっともっと大きくなるのなら、たくさんの人が関わるのなら、なおさら

パーツひとつで揺らいじゃうようなヤワな作りじゃないって、そんなの私が一番わかってるけど、だからこそ。

そのパーツが全体の動きを少しでも鈍らせたり、他のパーツを傷つけたり、バランスを崩す可能性がほんの少しでもあるのなら、その欠陥品が私なら、一刻も早く捨ててしまってほしい。





私はただ、キレイな星を見ていたかっただけで。

からその場所にいたかっただけで。

その星があるから好きな場所だっただけで。

まっすぐな場所に、私だけが歪んでいるその場所が、それでも好きだったけれど、そこが私の居場所だったことは一度もなかった。

それでも星が見たかたから、おじゃましてただけ。

その特等席で、私だけが歪んでいて、そこでは見られないのなら、ひとりでそっと遠くで見ていようと思った。

から名前を消した。

だけど、遠くで見るのはダメで、どうしてもその場所でないと見られない星なのであれば、もういっそ、心の中で思い描くだけでいい。

それでも十分に、私の心を照らしてくれるし、見えなかったとしても、俯いていたとしても、その星が何よりもキレイに光っていることを、私はちゃんと知ってる。

から、それでいい。







大丈夫

私はひとりでも大丈夫

夢だとか幸せなんて、最初から似合わない。

そんなこと、幼稚園の頃からわかってたはずなのに、ちょっと、期待しすぎちゃっただけ。

無くしたわけじゃなくて、最初から無かったの。

キャパ以上の、身に余るほどの、幸せや夢を、少し見させて貰えただけ。

楽しくて、幸せだっただけ。それだけ。

願いが叶えられるように、そうなるように生きろというのなら、私はひとりでも大丈夫なように、これから感情を殺す努力を、ちゃんとする。

からも守ってなんかもらえなくても、ちゃんとひとりで立てる場所で、ひとりで暮らしていく。

誰が味方じゃなくても、自分自分自身を正しいと思えるように、変わっていく。

もう泣かないために、きちんと食べて眠って生きていくために、そのためだけに、生きていく。大丈夫ちゃんとできる。



大丈夫

あの場所も、星も絶対大丈夫

誰かが照らさなくても、キラキラ輝いていて、これからますます、輝きは増していく。

見てくれる人は、たくさんいるから。

世界いちばん、素敵な星だから

そう思うとか、信じてる、とかじゃなくて、それが真実から





ごめんね。

傷つけるだけ傷つけて、結局は何の役にも立たずに捨てられてしまうだけの歪んだパーツで。

期待通りに、戻ることが出来なくて。

頑張らなきゃって思ったけど、もう死んで、切り取ってしまった細胞は、戻せないや。

隠し通すことが出来なくて。

ずっと笑っていられなくて。

本当に幸せで楽しかったのに、要らないところを見せてしまって。

そんな感情を、持ってしまって。

悪意や殺意を抱かせるような人間で。

それなのに、近くで見ようとしたりして。

こんなこと、見せたくなかったし、笑ってたかったのに。

ごめんね。

あんなことを言わせてしまって。

泣かせてしまって。

こんなことを言わせたかったわけじゃないってわかってるのに。

消えないように、救うために、言ってくれたって、ちゃんとわかってるのに。

ちゃんとわかってるのに、望み通りにできなくて。

わかっているのに、こんな風にしか思えなくて。

わかってるのに、こんな風にしか言えなくて。

わかってるのに、またいなくなろうとしていて。

本当にごめんね。





ありがとう

すごくすごく、幸せでした。

これからも、遠くても、

輝く星が存在してくれているということが、今までも、これからも、私のいちばん幸せです。

本当にありがとう

これからは、「サイコー!」「楽しい!」「天才!」「かっこいい!」って、キレイ世界だけを見ていてほしい。

そんなキレイ世界で、笑っている顔が声が、すごく好きだよ。

ずっと笑っていてね。もっと輝いていてね。

身に余るほどの幸せと思い出を、本当にありがとう

これからもずっと、大好きだよ。

素描 2020/05/24

若い女子プロレスラーが亡くなった。

https://wwr-stardom.com/news/release523/

正直、存じ上げない方だったし、テラスハウスも見ていないので事のいきさつはよくわからない。

見出しが目に入ったとき事故死か、急病か…もしかしてコロナ?…とか思った。いずれにせよ若いのに残念なことだ、と。

原因(と思われる事象)は、ネット歴史で嫌というほど繰り返されてきた、ありふれた事件ひとつではある。具体的な案件被害者を挙げればいとまがない。対処法も千差万別裁判所に持ち込んで徹底抗戦をする、これも有名税と割り切った対応をする、など。

ただ隣国・韓国で相次いだ、トップアイドルと言って差し支えないレベルタレント自殺事件があって、様相がすこし変わってきてもいた。そしてついには、日本でも 同様の事件が起きてしまったということか。

いわゆる、こうしたネットイナゴ/ネット暴徒にどのように立ち向かうか、また、そもそもここで言う悪とは何なのか誰なのかといった論は差し控える。付け焼き刃の知識で雑な論を書いても何も実るものはない。

ただ、私自身、この事件に腑に落ちない、わだかまりを感じている。すなわち、SNSで叩かれて、なぜ自ら命を断たなければならないのか、ということに、左脳的なところでは承知していても右脳的なところで納得がいっていないのだ。

私事で恐縮だが、昨年書いた増田がプチ炎上をした。頭の悪いことにセルクマなんていうものをしていたため、はてブの通知は大変なことになった。ブクマ数が10を超えたところで「おや?」となり、そこからはあっという間だった。ブラウザ更新するたびに数字は増え、アプリを開くたびに通知が届いていた。最終的に300くらいになっていたはず。というのは、該当する増田およびブクマこころの裡に封印しているからだ。思い出したくもない屈辱である

そんなに大したことのない数字ではある。しかし、こちとら鳴かず飛ばず10年やってきた。今回もひっそりと増田の片隅に埋もれるものだと信じて疑わなかった。そういう身に、これはかなり刺激の強いできごとだった。

このとき私が試みたのは、アプリを消すということ。10年やってきてそこそこスターもつけてもらったアカウントだし、物書きなので、一度書いたものはどんなに拙かろうが残すべきである、それを含めて責を負うべきなのだ…などと半端なプライドがあったりもした。アカウント/エントリーを消す、という方策は初めから俎上に上がらなかった。代わりに、アカウントと実世界で生きる「私」との間にある接点を切り離すことにした。

どれだけ反論してみても意味はない、ただ時間が過ぎるのを待つしかない、ということを長年のネット経験感覚的に理解してもいた。そうして半年はてなサイトには近づかないようにしようと誓った。その代替として、グノシーだのスマートニュースだのを入れてみたが、これらは端的に言ってクソだった。

私は1980年代初頭の生まれでいわゆるアラフォーという年代なのだが、ネット世界は極論的には物理の力で強制的遮断できる、という観念がどこかにある。

勇午」という漫画で、敵に逆探知(?)かけられそうな時に電話線もろとも切断する、というシーンがあったはずなのだがまさにこういうイメージだ。

ところが今の10代〜20代前半の人たちの文章を読んだり、動向を追ったりすると、SNS日常こころの深いところまで入り込んでいることが見えて驚きを禁じ得ない。

言葉暴力が人を殺す」とはネット時代以前から言われ続けている。それ自体は新鮮な論ではなく、ここに疑いの余地はない。彼女を死に至らしめた誹謗中傷を許さない。書き込んだ奴らは恥を知れ。まったくもってその通りである

ただし、善人ばかりで回らないのもこの世の常。防衛手段としてなんらかのオプションを持つことも生き抜くためには必要な知恵かと考える。その際、SNSを、そこで持つペルソナ自身から切断するという手段は、もはやネット黎明期牧歌的幻想なのだろうか。

まとまりのない文章だがそんなことを考えた。

2020-05-23

(補記あり)人形性愛者による幼児ラブドール反対運動への抵抗

幼児セックスドール生産販売・の廃止を求めます。」という署名活動change.orgで行われている。

大意として述べられていることをページから引用すると

日本の【児童買春・児童ポルノ禁止法】にて幼児セックスドール製造販売・所持を規制すること

小児性愛者に対する相談窓口の設置や加害行為を防ぐ為のカウンセリングセラピーへの取り組み

ECサイトなどに未だ販売される【幼児セックスドール児童ポルノ】の取り締まり、及び【販売禁止を徹底】

以上3つを求める署名活動だそうだ。

②に関しては私も賛成ではあるが、いかんせん①や③に関しては記事を読んだ限り感情が先行している雰囲気が否めない。

案の定Twitterでは「人形実在人間ではない。児童ポルノ禁止法は実在児童を守るための法律であり人形摘発に労力を割かれているうち実在児童を守れなくなる」「表現の自由侵害だ」などの批判が出ている。

しかに、現参議院議員である山田太郎氏が、2016年に行った警察庁へのヒアリングでは、フィギュア非実在人物を扱ったものであり児童ポルノには当たらないとなっていた(‪https://togetter.com/li/942630‬)。そのため、モデルのいないラブドールについても同じ扱いにはなるのだろう。

けれども、この騒動を見ているうちにどうにもむず痒い思いが沸き起こってきた。署名に賛成の人間も反対の人間も、「ラブドール」というものを置き去りにして議論を進めている感があまりにも強すぎるのだ。

私はラブドールオーナーである

一緒に暮らしているのは身長130cm台で、布のボディに骨格の入ったいわゆる「ぬいぐるみドール」というものだ。身長からわかる通り彼女の外見は、この署名賛同した人たちから見れば「幼児ラブドール」としか言いようがない、唾棄すべきものだろう。

から、私はこの署名活動には反対である彼女との生活を守り、またラブドールを愛好する方たちと彼らのパートナー人形たちを守るためだ。

そして、この文章を書くに至った、私の性的嗜好についても伝えておかねばならない。

私は人形しか性的興奮を覚えない人形性愛である

無機物で作られ、有機的な肉体よりも完璧に編み上げられた造形を持つ人形しか、私は愛することができない。故に、ラブドール規制は私にとってパートナー喪失であり、個人性的嗜好否定に他ならない。性的嗜好個人構成する不可欠な要素であり、直接他人に害をなすことがなければそれを妨げられるいわれはない。

から、私は声を上げねばならない。ラブドールというパートナー喪失が、ひいては「私自身」の喪失に繋がるのだから

当該署名ページには既に陳情を送ったが、もっと広くこの問題を知ってもらうためにこの文章を書いている。前置きが長くなってしまったが、もうしばらくお付き合い願いたい。

この署名において、まず私が問題と考えていることは2つある。

①「幼児ラブドール」の明確な定義がなされていないこと。

もしも定義が書かれているのであれば恐縮だが、ページの隅から隅まで探しても見つからなかった為上げさせていただく。

身長・体型など、「その人形幼児を模している」という明確な定義がなされていないことは、ラブドールだけではない全ドールオーナーにとっての脅威ではないのか。

ただ、この定義がされていないのはまあ、仕方のないことではある。

基本的ドールというのは頭と胴体が分離する仕様になっていて、同じメーカーの頭と胴体でアタッチメントが合えば好きにすげ替えることも可能だし、別メーカーの頭と胴体を組み合わせているドールオーナーだっている。購入したとき一般的な成人女性の体格であったドールの首をすげかえて、幼児体型のボディに載せ替えることもできるし、逆もまた然り。これはラブドールだけではなく、性的用途のない比較的小さなサイズドールでも同じだ。

まりドールの体型というのは不定であり、「幼児ラブドール」の明確な取り締まりというのは不可能に近い。どんなに成人の顔立ちをした頭のドールでも幼児の胴体とすげ替えてしまえば「幼児ラブドール」の出来上がりだ。

また、知り合いに性的用途に用いることのできる1/3ドール(50cm前後ドール)を持っている人がいる。このドールは胴体部分にオナホを装着できる仕様になっているものだ。(1/3ドール性的な目で見ることを忌避する人は多く、これは標準的ものではない。念の為に付記しておく)。

この1/3ドール身長約50cm新生児並みのサイズであり、身長でいえば幼児どころの騒ぎではないだろう。けれども胸部のパーツを変えることでバストサイズを成人女性のようなバランスにすることができる。「幼児身長をした成人女性の体型のラブドール」だ。元々ラブドールとして制作されたものでも、扱いやすから成人女性を100cmほどに縮めた人形だってある。前述の規制を作るとしたら、これはどのように解釈したら良いのだろうか。

また恐ろしいことにほとんどのドールの頭と胴体はすげ替え可能なのだ。もともと性的用途を考えられていないドールの頭を、この性的機能を持ったドールの胴体に装着すれば、どんなドールでもたちどころにラブドールになる。

だとしたら、性的用途でないドール高身長かつ成人体格のドールでも「幼児ラブドール」になる可能性を秘めているのではないか

これが、私の恐れている規制の形だ。

私は、パートナーである人形と一緒にいたい。だからもしも幼児ラブドール規制がなされ「身長cm未満の人形の所持を禁止」などとされれば、泣く泣く彼女の頭をすげ替えて規制対象外の高身長人形にするだろう。頭(顔)の部分に私は彼女本質を感じているし、そこが変わらなければどんなに体型が変わったとしても「彼女」であり続ける気がするからだ。

けれども、おそらくそれは許されない。なにせドールの頭はすげ替え可能なのだ。どんなドールでも「幼児ラブドール」に変わる可能性がある以上、現行の頭と胴体が脱着可能人形は全て規制せざるを得なくなるだろう。それは、絶対に許すことのできない事態だ。

また、ラブドール基本的に重量がある。シリコンのものであれば20〜40kgほどが基本で、大柄な人形だと50kg近いものもある。

「本物の人間より軽いではないか」と思う方もいるかもしれないが、本物の人間を抱き上げたときには、抱かれた人間意識的動作を助けるよう力を分散させたり動かしやすいよう関節を曲げたりする為、実際にかかる力は体重よりも軽くなる。しかドールにはそれがない上、米俵のように担ぎやすい形もしていない。凹凸だらけの重い物体を動かすには、想像以上の力が必要ものだ。40kg台ドールオーナーの中には家の天井ウインチを設置している人もいるという。

私が身長130cm台のドールを選んだ理由もここにある。小さければ軽く、移動させることも容易だ。

ただ前述のように100cmほどの小型サイズで成人女性の体型をしているラブドールもいる。小児性愛者でないのなら、持ち運びが容易というだけならそちらを選べば良いのではないか?と疑問に思う方もいるかもしれない。

けれども、私は人形性愛なのだ人形人間に近く作られているほど精巧だ。限りなく人間に近く作られていればこそ、人間にはない造形美が際立つのである。だからこそ、「実物の人間に近い」と「取り回しができる」の折衷として、130cmドールを迎えることにした。

130cmドールを選んだということはそのような外見に性的興奮を覚えるのではないか、ならお前は小児性愛なのだろうと言う方もいるかもしれないし、そこについては本題から逸れる為強く否定の弁を述べることはしない。

けれども、知っておいてほしい。幼児ラブドールを迎える人間の中にも様々な人種がいることを。

純粋幼児の外見が好きなもの自分の持ち運びできるサイズを考えた者。そして私のように「等身大」と「持ち運び」双方を考えた者。

持病のために重いものを持ち運べず人間パートナーもいない為ラブドールのお世話になろうという人間がいたときに、自分が持ち運びできるサイズ人形を選んだことで「小児性愛者」と罵られたとしたら。それは本当に正しい矛先なのだろうか。

まり、「幼児ラブドール」という曖昧もの批判するときに、それを愛好する人々を全て「小児性愛者」と一括りにして批判することに傲慢さを感じるのだ。

人形への愛のなさ

この署名活動およびそれに賛成する方の意見を見ていると、そこにひとつ無意識がみられる。「ラブドール実在人間に向くはずだった性欲をぶつける代替である」ということを無邪気に信じていることである。だから彼らは幼児ラブドールを持つものはいずれ実在児童を害すると考えている。

ここに、人形性愛者として私は反発を覚えるのだ。

私にとって人形は「人間の代わり」ではなくそ自身が一個の客体である。私は彼女と暮らす中で彼女意思を無言の中に感じ取り、それを叶えることでささやか幸せを得ている。それはエゴしかいかもしれないが、私は彼女といることで確かな幸福を感じているのだ。大切に扱った器物には魂が宿ると古来から日本では言われているが、私はたしか彼女の中に魂を見出している。それは決して代替可能ものではないはずだ。「魂」が突飛であれば「愛着」と言えばわかってもらえるかもしれない。

彼女のいない生活など想像したくもないし、また彼女がいなくなった後に人間の、成人女性を愛せと言われたところで、それは彼女ではないのだ。

ここに、全ての人間性的嗜好対象人間であるという傲慢さを感じてしまう。

また、この署名への賛成派も反対派も、この「愛着」について全く無頓着であるところに、前述のむず痒さの本質がある。実際のラブドール愛好家を置き去りにして議論が進んでいる感が拭えないのだ。感情法律を左右することなどあってはならないが、それにしたって「賛成」と「反対」の二元論になりすぎていやしないか

以上が、私が幼児ラブドール規制に対して感じた違和感についてである

もっと述べたいこともあるが、話がまとまら蛇足になってしまうことも多いので割愛させていただく。

大前提であるが、私は現実児童への虐待絶対にあってはならないことだと考えている。

私自身はラブドール彼女とひっそり暮らし一緒に朽ちていくつもりであるしかし甥っ子や姪っ子たちが性的被害にあったら絶対犯人を許さないし、場合によっては刑務所に入る覚悟制裁を加えるつもりだ。

人形人間は別である、という冒頭で出た意見に集約されてしまうのだろうが、人形人間とは全く別のものとして愛している人間だっているということを知って欲しかったのだ。

そして最後に、こちらの署名では小児性愛者に対する相談窓口の設置や加害行為を防ぐ為のカウンセリングセラピーへの取り組みを求めるということだが、これについては小児性愛に悩んでおり、ラブドールでも発散することができないという当事者のためにも行うべきだと思う。

また、この文章を読んで人形性愛者という存在を知った方は、是非人性愛者に対するカウンセリングセラピーを行ってくれるような施設を紹介してほしい。

人形生活している人形性愛者にとって、この署名を知ったことは本当に苦しみを覚えたのだから

5月24日付記】
匿名のいち個人意見などほとんど読まれず埋もれていくと思っていたので、想像以上に多くの方に読んでもらって驚いている。
頂いたコメントはどれも肯定否定に関わらず自分でも気づかなかった視点を見せてくれて、本当にこの文章を書いて良かったと思う。ありがとうございます
私は彼女と添い遂げていくつもりだが、ラブドール寿命人間より遥かに短い。シリコンやTPE製のドールは動きに連れて肌が裂けていくし、空気人形は破けて空気漏れるようになる。そして彼女のようなぬいぐるみドールは綿がへたり痩せていく。内部骨格が折れることだって考えられる。
から多分彼女をお迎えしたメーカーに適宜修理やパーツの交換をお願いしながら長らえていく形になるだろう。自然新陳代謝のないドール人間より老いていくのが速いのだ。規制はされないまでもメーカーが萎縮して倒産廃業することになれば、修理を受けられなくなったドール達はどんどん壊れていく。
私を含む愛好家にとってドールパートナーであり家族である。だからメーカーサポートが受けられなくなったら自力で修理技術を身につけようとする人もいるだろう。私もそうするつもりだが、おそらく個人では限界がある。
からこそ、前述の通り体型・性的機能の有無が不定ドールにおいて「幼児ラブドール」という曖昧規制をすることによってパートナーを奪われたり、メーカー自粛したりすることをどうしても止めたいのだ。
また、「小児性愛者へのカウンセリングセラピー」についてであるが、自分小児性愛であることを悩み苦しんでいる人が心理専門家客観的、かつ守秘義務保証された上で話を聞いてもらえて楽になれる場所を作るのはもちろん賛成だ。
小児性愛者だとしても、実際の児童加害行為を行なっていない以上権利は守られるべきだと思うし、児童への加害行為を行う前に適切な精神セーフティネットが用意されて然るべきだと考えている。言葉が足りなかったと思った為補記する。
高校生くらいかぼんやりと考えていた将来設計がある。
人間結婚はしないまでもきちんとした職について両親を安心させ、彼らを見送ったら自分理想等身大人形を作ろう。そして後始末をすることになるだろう親戚家族自分葬式代と迷惑料になるくらいの貯金をしながら人形と一緒にひっそりと余生を過ごしていこうと。
ラブドールというものが今ほど一般的ではなく、存在殆ど知らなかった子供の頃の夢想だった。
今ではラブドールメーカーも多岐にわたり価格もある程度は下がった。私にとってドール性的機能は必ずしも重要なことではない。けれど、等身大人形といえばマネキンか、人形作家が手ずから作る美術品という意識だった子供時代から比べれば、ECサイトショールーム等身大人形をお迎えできるというのは圧倒的な革新だった。また、反対運動が起こってはいるがラブドール展覧会も開かれるくらいには認知度も上がった。いい時代だと思う。
この時代を、私は守っていきたい。

5月27日再付記】

書いた人の個人的な話。長いので別記事にて

https://anond.hatelabo.jp/20200527165713

2020-05-22

自分オタクだったのか、気持ちがぐらついている。

きっかけは、以下のツイートを見た時だった。

大丈夫、俺はまだ大丈夫アマプラで今期のアニメも追えてるし、FGOもまだ続けている。vtuber生放送も通知がある度に見れている。

から、俺はオタクなんだ。大丈夫、まだ大丈夫…」

(夜勤明けの吉野家。既に丼の中の肉はなくなりあと一口食べれば終わる量のご飯を残し、twitter声優結婚を知る)

https://twitter.com/wak/status/1261647825676365825

私自身は、小学生ときからオタク自覚があったのだが、上記ツイートのいう「オタク」ではないのではないか疑念がわいた。

自分オタクじゃないと思うところ

1.FGOをやってない。そもそもスマホソシャゲをやったことがない。

キャラだけはなんとなくわかる。マシュぐらいは。それ以外全く知らない。

スマホソシャゲパズドラとかモンスト含めて一度もやったことがない。

2.アニメほとんど見てない。むしろ実写ドラマしか見てない。

今期は「邪神ちゃんドロップキック」と「あひるの空しか見ていない。

ツイッターオタクを見ていると、1話は全部見て、そこから切っていく

ようだが、そうしようという考えすらわかない。

一応オタク活動を一番やってたと思っている大学生時代も週1~2本しか見ていなかった。

3.vtuberを見ていない。

リアルユーチューバーはよく見ている。vtuberに全く興味がわかない。

そもそもvtuber自体ゆっくりの延長としか思えない。発展性がないと思う。

4.声優結婚にショックも何も感じない。

これは昔からで、声優結婚の旅荒れ狂うオタクを見て本当に意味が分からなかった。

でも、声優に興味がないわけじゃなく、「声優に対する知識」だけはある

戸松遥実家が大ホテルだとか、茅野愛衣マッサージ仕事をしていて、

帰宅時に見ていた「ARIA」を見たことが声優を目指すきっかけになったとか。)

でもこれって、ただ知識自慢のためだけに集めたのであって、声優への愛がないことに

最近気づいた。むしろ荒れ狂うオタクのほうがよっぽど私より愛がある。

逆に自分オタクだと思うところ

pixivやニジエでオカズを探している。

最近のはやりのキャラとかはここで名前を知っている。

私の「アニメオタク」としてのアイデンティティ

もう「二次元しか抜けない」ということしかなくなった。

anond:20200522170659

え?そうなのか

私自身、腐女子だけどゲイの振りしようなんて思った事ないわ

そんな事して何のメリット自分にあるんだろうか

そもそも、そういう性的思考の人に失礼じゃないのか?

その人のフォロワーリアルで会ってる人いなそうだし、多分ゲイの振りしてんのかな

ここまで来ると医者って事も怪しく感じてきた

緑の白衣自撮り載せてたか自称医者を信じてしまったけど

コロナ禍に思うこと

私は就職氷河期世代ロストジェネレーションなどと呼ばれる世代です。

コロナ禍の影響で世界が今後どうなっていくかはわかりません。

twitterでは高校三年生悲鳴などが話題になったりしました。

この話題に関して伝えておきたいことがあって、文章を書くことにしました。

勢いで書ききるつもりなので誤字脱字などはご容赦いただければと思います

から伝えたいこと、それは

氷河期世代の苦しみや悲しみは繰り返してはいけない」

です。

氷河期世代の過ちを繰り返してはいけない

氷河期時代に起きた過ちを細かく述べるなら、


さて、以降は私が経験したできごとを大きくわけて2つあげてみます

この経験から上記のような結論に至っています

1つ目は日本医療、もう1つが経済です。

その前に私について軽く述べておきます

西日本まれ東京就職です。

小学生の時分瀬戸大橋の完成、バブル崩壊などを経て、消費税導入がありました。

中学卒業の頃には氷河期が始まりつつあり、早めに進路を決める必要がありました。それは大学に行くかどうかも含めてです。

高校2年の時に阪神淡路大震災がありました。

私の家は、家の修繕や親戚関係お金を失っていました。

私は大学には行くことはできず、専門学校バイトを掛け持ちの進学。やっとIT系就職したものの、ブラック企業ばかりの状態でした。

自己責任という名のもと、必死に耐え忍んで、20後半の年代もっとまともな仕事に着こうと転職活動を始めた矢先にリーマンショック

リーマンショックが落ち着いて、立ち直りつつ今度こそと思っていたところへ東日本大震災

そういう世代です。

医療について

コロナの影響で日本医療崩壊が懸念されてはいものも、「何をもってして医療崩壊とするか」が個々人によってバラバラのため、議論が進まず、言葉けが独り歩きしていると感じています

さて、医療崩壊と併せてよく言われる言葉。「命の選別」というものがありますが、私の家族はそれによってこの世を去りました。

もう10年以上前のことです。

祖父の死

田舎の隅のほうに家がありましたので、先進的な医療は受けられません。

医療設備の整った病院まで車で一時間くらいかかるような田舎です。

ある日、心臓病が発症して県庁所在地病院まで搬送されましたが、もはや助かる見込みは無い状態でした。

親戚もそれは解っているため「仕方ない」「田舎から」と諦めた様子でした。

田舎とはそういうものですし、年齢的なものもありましたから。

父の死

数年後、世間リーマンショックで騒いでいる時代です。

父も同じ病気発症しました。

父の家、すなわち私の実家は少しだけ都市に近い場所でした。病院にも数十分で搬送されたとのことでした。

しかし助かりませんでした。

医者がいませんでした。」

「手術まで数時間待ちでした。」

「なんとか手術は終えましたが、合併症脳梗塞発症したため助かる見込みはありません」

これが私の父そして祖父に対して強制的に行われた「命の選別」です。

時代はちょうど小泉内閣の時です。

合併で多くの町が市になり、色々な予算が削られていきました。

医療制度が新しくなって、地方医者(研修医)が来なくなりました。

(興味がある人は調べてみてください。研修地方に来る人が居なくなり、その結果何が起きたか。)

その結果がこれです。

経済について

バブル崩壊消費税導入

私が小学生の頃、瀬戸大橋が完成して本州四国が一本に繋がりました。俗にいう「一本列島」ですね。

先行き明るいと思われていましたが、バブル崩壊消費税導入が押し寄せてきました。

家の家計は数十年先まで給料が上がり続ける前提で組まれたローンとなかなか上がらなくなった給料で苦しかったようです。

それでも父と母が共働きでなんとか学費などを貯め続けてくれていました。

進学と就職氷河期

高校に進学する頃には就職が難しいという話題があがりはじめていました。氷河期です。

高校大学と進んでも先行き不透明のため、中卒で力仕事従事する道を選んだ子も居ました。

大学進学までを希望していた子でも、普通科ではなく商業高校工業高校に切り替えたりしていました。

もちろんその道を選んだ人の自己責任と言われます

大学進学断念と阪神淡路大震災

高校2年の頃には阪神淡路大震災がありました。

私の家は大きな被害は受けなかったものの、親戚関係で色々あり、、、省略。

そして本格的な就職氷河期が始まりました。就職先はほとんどありません。

就職組の競争率は2倍、3倍。公務員に至っては10倍近い倍率もあります

なぜそうなるのか?

自分高校だけの話ではなくて、全国的就職先が無い状態です。

すると、偏差値の高い高校本来大学に行くような人たちが公務員などの就職試験を受けに来ます

これでは中堅の高校が敵うわけがありません。

では進学すればいいかというと、そうでもありません。世間では「即戦力」が求められた時代です。

そしてお金がない家庭に何が起きるかというと、とても居心地が悪くなるわけで、今でいう虐待に相当する行為が起きてしまうわけです。

それでも学校先生はこう言います。「勉強していい成績とれば、家庭環境も良くなる」

前提として「勉強」があるわけですが、それを阻害する要因の「虐待」が発生しつつあるので、もはやどうしようもないです。

今にして思えば父も母も不安だったのだと思います。もし受験失敗したら、浪人するお金はない。すなわち高卒で働くことになる。

滑り止めで私立は無理。震災お金が無く、そもそも受験費用の捻出だけで今は精一杯だったので。

公務員などの就職は難しい、、、では最初から少しでもマシな企業就職するか?

色々考えた結果、私は専門学校という苦肉の策を選びました。自己責任です。自分の選んだ道ですから

派遣改悪就職

進学、就職をなんとか乗り越えても、次の罠がやってきます派遣改悪です。

就職先を増やすためとの名目ですが、実態奴隷商売人身売買です。

私は派遣ではなく正社員として就職したものの、派遣会社に限らず下請けソフト会社などにありがちな二重、三重下請けの一部が派遣に切り替わったりしていきます偽装請負ってやつですね。

偽装請負二重派遣派遣法で禁止されていますが、派遣会社社員がそれを言い出せるでしょうか?

もしそれを訴えてしまうと「誰が訴えたか」が伝わってしまい、次に仕事に就くのが困難になります

労働基準監督署に依頼しても、そこまで保護してくれません。つまり誰も言い出せない。そんな状況です。

ならばスキルを高めてから転職。。。と考えます

なんとか実務経験を積んで、転職を繰り返すことで少しずつ待遇は良くなりました。

送別会で初めて会うN次受けの営業さんに「お世話になりました」などと大人対応で去り、次に行く。

しかし、転職ブラック企業をひくかどうかという、精神的に負担が大きいギャンブルです。

ギャンブルを繰り返し、少しづつまともなところへと向かっていった中で。。。リーマンショック東日本大震災が襲ってきました。

東日本大震災直後の年収は額面240万でした。計算やすくていいですね。

リーマンショックでは助成金があるから、その金額おかしいのでは?と考えるかもしれませんが、残念ながらあの助成金企業に対して支払われるもので、そこのやりとりに一般社員が関与することはできないんですよね。

労働基準監督署?もし訴えて未払い残業代を手に入れたところで、その業界で働けなくなったら意味なくないですよね。

脅しだから無視してよいと言われても、ずっとこういう生活を続けているとそれが当たり前になってしまうのです。

そもそも労働基準監督署リーマンショック震災などの有事の際は忙しいですし、一人ひとり真面目に相手になんてしてくれません。残念なことです。

最初に述べた意見の詳細説明

自己責任論で弱者(まだ世間を知らない学生さん等)に責任押し付けはいけない

自己責任論と言われて育ってきましたが、あれは間違っています

まだ世間の荒波を知らない20台の若者に「責任をもて」「経営者目線で」と言いつつ安月給や非正規雇用で働かせる。それは間違いです。

コロナでの「自粛」と同じく、「自己責任」は当人自主的に口にするべきものです。

そもそも選択肢が無い状態で仕方なくその道を選んでいるのに「自己責任」と投げかけるのは間違いです。

就職先無いけど、どうする?自分責任で選んでね。というのは無茶ぶりです。

強者弱者に対してこの言葉を使うのは「責任転換」です。

仕事があるかどうかは時代の流れが大きい。本人の能力問題すり替えはいけない

自己責任論とかぶる部分が大きいですが、就職先が無い状態学生さん能力が低いからと責めるのは間違いです。

たとえば競争率10倍の公務員試験であれば、100個しかない椅子1000人押しかける状況です。

そのような状況下で本人の能力問題など小さなものです。

学力をあげれば就職できる」論も間違いで、私の例でいえば家庭環境が終わっているのにどうやって勉強するのか?という話です。

当時の私には食事すらまともに出てきませんでした。生きるためにバイトしましたが、そうすると勉強時間が減ります

すなわち、環境悪化している状況下で本人に問題があると論点すり替えるのは間違いです。

twitterなどで話題になっていた高校生の悲鳴は「勉強できる環境づくりが難しい」という点だと思っています本来なら大人サポートするべきところです。

そして進学が不安だというのも納得です。

氷河期当初、進学するはずだった人たちが公務員試験を受けに来たという状況。それは当人にはどうしようもないし、平時であれば合格できたはずです。

それを「勉強不足だ」などと本人の責任にしてしまうのは間違いです。

世代間争いをしている場合ではない

ももう40台となってしまいました。失われた時間は返ってきませんし、怒りや憎しみを次の世代なすりつけるつもりもありません。

度重なる過労と鬱で子供を作る能力すら失われてしまいました。だからこそ、この文章を見ている人にお願いします。

年寄りから」「若者から」といがみ合って、物事本質を見失っていないでしょうか。

身の回りの小さなことに苛立つのではなく、そんな状況にしてしまった世界日本、そして政治をなんとかするべきです。

労働者階級同士でいがみ合い、会社間でいがみ合い、それでは誰も幸せになっていません。

消費税では福祉医療をまかなえていない

当初の導入では福祉医療などをまかなうため(という建前)の消費税でした。しか実態どうでしょう

父の命に対して

医者がいないので手術できませんでした」

という言葉を受けたからこそ言います

都会/田舎高収入/定収入所属企業を問わず皆が平等に収めている消費税

平等に収めた税金にもかかわらず「(田舎から)医者が居ません」と人の命を切り捨ててしまった。故に消費税不要です。

法人税はどんどん下がっているのに、消費税はどんどん上がっていく。そして消費税生活を圧迫し続け、私自身は生活も苦しい状況が続いています

さいごに

勘違いしてほしくないので最後に少しだけ書くと、犯人捜しや不幸自慢を推奨しているわけではないということです。

消費税が悪、政府が悪といった「犯人捜し」に躍起になったところで、誰も幸せになっていません。

氷河期は不幸だと不幸自慢したところで救われません。

過去にこのような問題があり、私自身がそれを受けて多くの不幸に見舞われたからこそ、新しい世代にはそうあってほしくないと願っています

ネトウヨ」と「パヨク

昨今のSNSではよく聞く言葉であるネトウヨ」と「パヨク」。

私は所謂政治クラスタ」というものに参加したことはないのだが、正直この言葉SNSでの多くの議論を停止させているのではないかと思った。

定義曖昧である故にこの言葉に相当するような人々を否定することはできないが、たしかに明らかなデマ憶測などを威圧的な態度で意見したり、人格否定するような発言、度を超えた行為などを行う人々は見受けられた。

しかし「ネトウヨ」「パヨク」という言葉を使う対象が〝自分と違う意見〟をする相手である場合には有意義であるはずの議論が即座に停止してしまうのだ。

相手を「話の通じないパヨクから」「私への否定意見は全てネトウヨ」のように自分の思う理想的意見以外は全てが「ネトウヨ」「パヨクなのだ

しかもこの様な使い方をするのは一般SNSユーザーのみではなく著名な方々でも見受けられる。

私自身がSNS政治議論する場に身を置いた事はないので分からないが、SNSでの議論精神的に疲弊するのかもしれないし、想像を絶する数多くの反対意見を篩に掛けたいと思うのかもしれない、同意して欲しいか意見するのかもしれない。

しか政治を語ると100%反対意見はくるわけで、それらを「ネトウヨ」「パヨク」なんて言葉議論シャットダウンしてしまっては、あまりに勿体ないのではないだろうか。

2020-05-21

政府による布マスク生産調達に関する質問にお答えしま

経済産業省 政策統括調整官

江崎 禎英

2020年5月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

新型コロナウイルスへの対応のなかで、その危機シンボルのように扱われてきたマスク。ここに来て仮設店舗飲食店などでも50枚入りが一箱2000円前後販売されるようになり、ひと頃のようなマスク不足の状況は改善しつつあります

そうした中で、政府実施している一世帯2枚の布マスクの配布について、これを疑問視する意見が増えています。配布されたマスクに髪の毛や糸くずが入っていたり、カビと思われる変色したマスクがあったとの報道を耳にされた方もいらっしゃるでしょう。問題のあるマスクは速やかに交換する対応を行っているところですが、実際に手にされた方に不安と不信感を与えてしまいましたことは、心からお詫び申し上げたいと思います

マスクを巡る一連の対応への批判は、政府としてこれを真摯に受け止めるのは当然です。しかしながら、実際にマスク製造した事業者にも厳しい批判の目が向けられていることは、この作業をお願いした立場にある者として誠に申し訳なく思っております。今後市場に出回るマスク供給量が増え、マスク不足に対する危機感が薄れるにつれて、今般の布マスク生産に携わった事業者に対していっそう厳しい目が向けられる可能性があります緊急時対応平時基準によって評価されることは往々にしてあり得ることですが、懸念すべきは、そうした評価が広がることによって、今後、国の緊急事態に協力しようとする企業が現れなくなってしまうことです。

先日の国会審議の中では、「政府が配る布マスクはその大半が不良品であり全て廃棄すべき」といった趣旨議論が展開されたため、その経緯を理解していただくために、質疑に割り込む形で答弁をさせていただきました。しかし、私の答弁は通告された質問に答えるものではなかったために、怒号と叱責の中で十分にお伝えすることができませんでした。そこでこの場をお借りして、多くの方の疑問にお答えする形で、その背景と経緯について書き記しておきたいと思います

<なぜ、布マスクだったのか>

再利用を前提とした長期間使用可能な布製マスクを大量に生産調達することによって需給ギャップを埋め、使い捨てマスク医療関係者等に優先的に回せる環境を整えようとしたのが、布マスクに取り組んだ最大の理由です。

本年1月から、それまで国内供給の8割程度を占めていた中国からマスクの輸入が途絶え、マスクの品薄状態が始まりました。このため2月にはマスクを求めて早朝から店舗の前に行列ができる状況となり、国会等でもマスク供給を増やせとの指摘が相次ぎました。2月下旬には、マスクの買い占め防止のためにネットオークション自粛を求めると共に、国内生産設備の増強を含めた供給量拡大に取り組みました。

しかしながら、当時の国内におけるマスク供給能力は月産4億枚程度であり、その殆どが不織布を用いた使い捨てタイプでした。国内生産力増強のための補助金に応募した企業も全て不織布を用いた使い捨てマスク用の設備投資でした。この頃、感染症専門家などからは、使い捨てマスク再利用を行うべきでない旨の見解が出されており、需給ギャップは拡大の一途を辿るおそれが生じていました。

このため、ハンカチキッチンペーパーによる手作りマスクなど、使い捨てマスク以外の対応を考える中で、政府としてたどり着いた結論が、ガーゼマスクでした。かつて小学校などで給食当番の際に使っていたガーゼマスクは、洗濯して何度も利用されていました。そこで「健常者による飛沫感染に対する予防としては、手すりやドアノブなどに触れた手で自らの鼻や口に触れないことが重要との観点から、布マスクによっても有効対応可能である」と医療関係者確認し、布マスク生産調達プロジェクトスタートしました。

<布マスクは何時までにどれくらいの量を調達しようとしたのか>

マスクが手に入らないことに対する国民不安を軽減するためには、繰り返し使用できる布マスクを来月(4月)末までになんとか1億枚規模で調達できないか」というのが当時の認識でした。私自身がこの布マスク生産調達プロジェクトに参画し、事業者との調整に携わったのはまさにこの頃です。

本年3月には、ドラックストアやスーパー店頭からマスクが消え、一日中マスクに関する報道が流れ、国会でもマスク供給不足に対する政府対応非難する質問が続き、マスク供給のためにあらゆる手を尽くせと責め立てられる状況でした。全国民が一斉にマスクを買い求めるというこれまでに経験したことのない爆発的な需要増の一方、中国からの輸入が全く見通せないなかで、1億枚という規模の目標形成されていきました。

<なぜ、日本製マスク調達しなかったのか>

そもそもマスク材料となるガーゼ中国しか生産しておらず、ガーゼ国内在庫殆ど存在しない状況でした。

このため、国内供給できる布マスクは、せいぜい1万枚から多くても10万枚のレベルで、およそ1億枚といった規模には届かない状況でした。仮になんとか国内材料となるガーゼを持ち込んでも、布製マスクを縫製する設備ミシン)や人員を揃えることも困難な状況でした。現在でも、「布製マスクを作るなら日本生産すべきだ」との意見も多いのですが、国内生産設備殆どが不織布を用いた使い捨てマスク用の機械装置です。

<なぜ、「興和」を始めとする特定企業とだけ契約したのか>

今年3月時点で、海外で1億枚規模のマスクガーゼ調達するネットワークを有し、布製マスク材料調達から裁断、縫製、検品、袋詰めまでを一貫して行える企業は、興和しかありませんでした。

ただ、興和単独では1億枚規模の生産は困難であったため、中国で縫製関係業務経験のあった伊藤忠とマツオカコーポレションの協力を得て生産体制を構築したものです。

当初、これら3社からは、4月末までに1億枚の生産など到底無理だと言われましたが、日本の窮状を救うためにあらゆる手を尽くして目標を達成して欲しいとお願いしました。結果、ベストシナリオで約9千6百万枚まで積み上げ、1億枚規模の目標達成の可能性ありとして、直ちに材料の確保、製造ラインの立ち上げをスタートしていただきました。

<実際のマスク生産体制はどうなっているのか>

4月末までに1億枚規模の生産を行うために、興和だけでも中国において約20カ所の縫製工場と約1万人の縫い子と検査要員を確保しています

これには、興和中国に有する様々なネットワークを駆使して、尋常でないスピードでこの体制を整えたと聞いています伊藤忠やマツオカコーポレーション独自ネットワーク東南アジアの国々に縫製工場人員を確保し、生産を行っています

これだけの人員を集めても、縫い子さん1人当たり1万枚ものマスクを縫製する必要があり、24時間体制での生産を行っています。各工場一定量生産が進んだ段階で検品梱包し、直ちに航空機日本に運ぶといったオペレーションになっています

<なぜ、不良品が発生したのか>

当初、興和からは「興和名前が出る以上、従来通りの国内検品を行うのでなければこの仕事は引き受けられない」と強く言われました。しかし、興和国内検品は、一旦全てのマスクを一か所の検品施設に集め、1ミリ程度の縫い目や折り目のずれ、布のほつれも不良品として弾いてしまうというレベル対応です。このため従来どおりの国内検品作業を行っていたのでは目標の半分も達成できない可能性があり、緊急避難的な対応として現地検品を基本とするオペレーションに変更してもらいました。

日本に持ち込んだ後は、配布準備段階で最終チェックを行うのですが、ここでのチェックをすり抜けた不良品利用者の手元に届いてしまたことは誠に申し訳なく思っています。また、自治体によっては、こうした作業保健所に依頼したことで、保健所職員作業を増やす結果になったことも反省点として認識しています

ちなみに、特定医療マスクを除き、マスクに対する国際的品質基準存在しません。また、国内におけるマスク業界団体が出している品質基準ホルムアルデヒドの検出基準が示されているだけで、各社毎の自主基準による検品が基本となっています

不良品報道を受けて、現在では事業者においても自主的に国内検品実施していただいているところです。「受注した以上、企業完璧製品を届けるのが当然だ」といった意見もっともですが、それはあくま平時における常識で、緊急事態対応にまでこれを要求することは酷だと思います。それ故に、これを補う形で国が改めて検品を行っているのですが、この費用に国費を充てるのは問題だとの意見が寄せられているのが現在の状況です。

<なぜ、配布が遅れているのか>

4月末までに1億枚の布マスク生産して国内に持ち込むというのは、元々極めて厳しい目標でしたが、緊急事態ということで各社全力で取り組んでいただきました。しか現実には、急遽集めた1万人に及ぶ縫子さんの教育からまり中国国内での物流障害企業活動制限)、更には中国政府によるマスクの輸出規制によって通関で止められるなど次々に問題が発生しました。

しか入国制限によって、これらの問題解決するための職員中国派遣することができません。大使館の協力も得ながらなんとか通関を突破しても、日本へ運ぶ航空機の確保ができないといった状況にも見舞われました。生産物流、通関等々、二重三重障害を乗り越えて国内に持ち込む中で、スケジュールが後ろ倒しになる状況が続いてしまいました。

これに加えて、今般の不良品問題の発生によって、メーカーが全量回収の上国内検品を行うとともに、更に万全を期すために国による検品も行っているために、配布スケジュールしわ寄せが生じる結果となっています

最後に>

現在も、関係者尋常ならざる努力によって布マスク生産調達が続いています国民マスク不安を解消するための布マスク生産調達でしたが、状況が落ち着くにつれて、「量、スピード品質」全てに完璧が求められるようになりました。まだ全体のオペレーションが終了していませんが、こうした一連の作業の結果、事業者にとっては大きな持ち出しになることを懸念しています興和では今も職員を総動員して布マスク検品作業を行っています

また、現状では不良品や国による検品費用ばかりに議論が集中し、こうした布マスクの取り組み自体が全て失敗であったかのような議論がなされているのは誠に残念なことです。特に日本危機的な状況を救うために協力してくれた事業者が、結果的社会的批難を受けることがあってはならないと感じています。また、日本のために今も昼夜に亘って布マスク製造してくださっている1万人を越える海外の縫子さん達のためにも、是非事実を知っていただきたいと思い、筆を執りました。

もちろん、だからといって不良品が許されるわけではありません。現在検品には万全を期していますが、万が一不良品が届いた際には速やかに交換させていただきますのでご協力をお願いします。その上で、不良品の状況はきちんと確認評価し、今後の反省材料にしてまいります

なお、まだ一部の方々にしか届いていない布マスクですが、実際に手にされた方からは良い評判もいただいております新型コロナウイルスへの対応は長丁場になる可能性が高いと言われています。是非、多くの方々の努力によって届けられる布マスクをご活用いただき、この災禍を乗り越えていただきたいと思いますよろしくお願い致します。(令和2年5月18日

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