はてなキーワード: 民族とは
https://www.nhk.or.jp/special/plus/articles/20191105/index.html
糖質制限でご飯は食べちゃ駄目なんじゃないかっていう話に対して
「一方、日本人をはじめ、でんぷんを多く食べる民族は全体的に遺伝子の数が多く、平均で7個あることが確かめられた。つまり、アミラーゼ遺伝子を多く持つ日本人は、ご飯を口の中で噛んだ時、いち早くでんぷんが糖へと分解され、甘みを感じやすいのだ。」
ここを見ると日本人にはアミラーゼ遺伝子が多くてご飯を食べてもあまり太らないらしいけど
でも別の所だとアミラーゼ遺伝子って日本人なら誰もが持ってる訳じゃなくて
あんかけを食べてすぐにサラサラにならないと駄目だって言われてたよな……
そんな人ってマツコデラックスくらいしか聞いた事がないんだよな。身内でもあんかけがすぐにサラサラになるなんて聞いた事がない
【速報】銀座・ロシア専門店“看板”損壊 アメリカ人の男逮捕 ウクライナ侵攻直後に発生
https://www.fnn.jp/articles/-/364975
事件時のニュースについたはてブの中で犯人が日本人と断定していたものを羅列
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/victoriashop_ru/status/1498961336662822914
id:sink_kanpf 日本の国技は「イジメ」だからなあ。「コイツはイジメていい」となったら際限が無いのでたちが悪い。それに国と国民の区別がつかない人が多いからね。
id:mats3003 日本人、こういう嫌がらせと異文化排除が大好きな民族だもんね。可哀想にね。
id:Gl17 こういう見境つかない奴が社会の紐帯を無駄に壊して足を引っ張るから、普段から「レイシズムは許容されない悪」という社会合意を築いておかねばならんのよ。近年の本邦はその安全弁を積極的に破壊してきた。
id:koinobori 台湾出身の知人がRTしていて、「日本に住む外国人」は常にこの排撃の対象となることが現実の恐怖なのだなと感じた
id:quick_past 痴漢被害を否定し、冤罪をなんとかしろとわめいては、全く無関係の女性に噛み付いていく。そういう連中が巣くってるんだよ。さらには、それを指摘もせずどっちもどっちで済ませようとする。それが日本だよ。
id:kowyoshi 関東大震災で朝鮮人虐殺をするような人は令和の日本にもたくさんいます
id:hate_flag 仮に営業してるのがロシア人でも破壊はしちゃダメだよな。アメリカの日系人が戦時中にどういう仕打ちを受けたかを思い出さないといかん。
マンガみたいな神様パワーがあったら表面上はひとつの国にできると思うけど
脳みそ弄くり回さない限り、本当にひとつの国になるまでには100年単位の時間掛かると思うで
増田はネタだと思うけど中国やロシアを日本みたいな同一民族で構成されているみたいなイメージで語るアホがマジでいるからな
>プーチンの後継者
そもそもモスクワみたいに整ってるところだけがロシアじゃないからな
190以上の民族が存在する上に宗教もロシア正教・イスラム・スラブの宗教・ロシアの土着スピ宗教ほかカオス
それに加えて常に西側と戦い続けなければならない
最初に言っておくけど俺は音楽的センス0で音楽は完全に「情報を食う派」だからな。
以下目次。順番は思いついた順なので特に意味はない。食える情報の系統が違いすぎて順位はつけられねえや。
・硝子ドール
・アカシア
・Constan Moderato
・群青
・CROSSING
・夏の記憶
・Gの閃光
・硝子ドール
データカードダス・アニメ『アイカツ!』より藤堂ユリカ様(ヴァンパイア設定アイドル)の持ち歌。女児向けでまさかのプログレッシブメタルを!更にはピロピロギターソロを完備。個人的に特筆すべきは「永遠の時を生きる吸血鬼少女」という設定から産まれた『超・少女趣味・耽美的・モラトリアム語り』な歌詞である。「ビロードの重い空」、「鍵が壊れた鳥籠」、「自分だけに見える鎖」などなどの歌詞によって浮かび上がる永遠の暗闇の中に自ら引き籠もりその悲観的な世界に酔いしれる姿。それを「いつまでも少年時代のトラウマに引き込もったまま人間関係を構築しなくて良い趣味やフィクションの世界に籠もり続ける」オタクが勝手に自分に重ねてガン刺さりである。人目を恐れて締め切った暗い部屋の中で人生に絶望しながら聴きたい曲。
・アカシア
ポケモンのMV『GOTCHA!』テーマソング。MVを見ればそこにはポケモンの20年分の歩みが。目を閉じればBUMP OF CHICKENの25年の歩みが。
バンドってのはときに「メンバーAがメンバーBに音楽をやらせ続けるために存在し続けている」なんて表現されることがあるが、BUMPもそういうタイプのバンドだと思ってる。最高の仲間と出会い仲間を輝かせる中で自分も輝く道がある。ウッチャンとナッチャン、ピカチュウとサトシ、オタクとオタク趣味。まあ俺みたいな消費オンリーオタクは一方的に貰うだけでは誰かに何かを与えたことはないが、心の中で出しもしないラブレターはいくらでも綴ってきたから輝きを見出してきた回数じゃ負けてねえぜって気持ちで聞いてるぜ。
歌:fripSide
TVアニメ『とある科学の超電磁砲S』の後期OP。でももっとずっと重要なのはfripSideが小室哲哉の作曲した歌を歌ってるってこと!オタクソングの中には一定割合でコレもろに小室の影響を受けているなって曲が存在する。I'Veが一時期量産したエロゲソングに代表されるように!それが、今、遂に、交差する!伝説との共闘。始祖との共演。夢のクロスオーバー。内容それ自体よりなんかもうそこが凄い!fripsideのクロスオーバーだと『escape -crossroads version-』という白詰草話(大槍葦人のガンスリンガーガールっぽいやつ)のOP(元はresetの曲)をfripsideが歌ったバージョンが個人的には激推しなんだが、だが、eternal realityは……小室とのクロスオーバーは圧倒的すぎる……俺たちがずっと心のなかで思ったことが具現化してんだぞ……。
歌:堀江由衣
アニメ版『シスター・プリンセス』のOP。ある日突然12人の妹ができることで知られるあのシスプリを代表する曲。「lovelovelove」に「アイアイアイ」とルビをふる歌詞は一度見聞きすれば忘れられない。内容自体は「ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」で長年愛される堀江由衣が歌うバリバリの純愛ソング。とにかくシスプリは凄かった。いま流行りのラブライブと設定を考えたのが同じ人(公野櫻子)だと言えば、その凄さの片鱗が少しは想像できるかも?一時期インターネットの個人日記でどこもRO(ラグナロクオンライン)とシスプリの話をしてる時代が確かにあったんだ。KANONかROかシスプリの話を皆してたんだ。最近だとシスプリのキャラが20周年を記念してVtuberをやっていてまたちょっと話題になった。そのVのバーチャルライブの最中でこの曲のイントロが流れた時、どこからか「きょええ~~~~~~」という叫びが聞こえた。その時「わかる。」と思ったもんよ。だって本当に心拍数が凄い上がって、まるで初恋の人に夢で再開したみたいになって、さすがは運命の恋を歌う超名曲だなって。美化された思い出の完成形なんだよ。
歌:KOTOKO
OVA『マリア様がみてる』ED。オタク的にマーティと言えばももクロかコレ!本当にきれいな旋律なんだなコレが。その綺麗さがマリみてのイメージと最高に噛み合って神々しい清涼感がある。聞いている間だけはどんな汚いオタクも静謐な気持ちになってしまうのだ。この曲を聞いてるときに必要な語彙力は「きれい」の3文字だけで十分だ。
oblivious
歌:Kalafina
劇場版『空の境界』第1章OP。あの頃の日本に漂ういよいよ駄目なのではという閉塞感、自分の価値を高めて生き残るしか無いという焦燥感、そうはいっても俺には無理だろという絶望感、そこから逃げるために広がる妄想膨らむ悲観の非現実感。そういったロクでもないものが心のなかで混ざり合ううちに、都会の暗黒へと魂が霧散していくような浮遊感。青く光る闇が広がりがちなビジュアルイメージとの噛み合いが最高だぜ。梶浦由記は名曲まみれな中でコゼットの肖像から始まり.hackやまどマギやら脳内で次々トーナメントで戦わせていった結果最後にはコレが残った。研ぎ澄ましてもしょうがないオタクのペラペラな感受性が尖らされた挙げ句にセンサーが無限の虚無の中に落ちていく感じが好き。
作曲:mozell
フリーゲーム『遺跡島と7つのまほう』等で使われているフリー楽曲。数多くのアレンジが存在し、その中でも『バンバード ~Piano Version~』が特に有名。ノリノリでテンポのいい民族風の音が非常に軽快で楽しい。とにかく「音」が「楽」しい。うわーい「音楽」だ―。鼓膜に気持ちの良い周波数が次々叩き込まれて脳が快感に揺られる気持ちを味わいたい欲求を満たす能力が非常に高い。
Constan Moderato
作曲:ミツキヨ
スマホゲーム『ブルーアーカイブ』タイトルBGM。タイトル画面にふさわしい柔らかさをベースとして軽快にピッコピッコと音を叩いていくエレクトロな曲調に妙な安心感がある。これは……GBCとかGBAのゲームでありがちだったアノ感じや……なんちゅうもんを食わせてくれたんや……。強めの味付けでスパイス聴かせて音を立たせていくレトロさは健在。そこにGB時代と比べ物にならないスマホゲーの豊富な容量が実現する当時にはなかった柔らかさを追加。古臭さは感じさせずに圧倒的に懐かしい全方面にあったっけえ音。これぞまさに実家のような安心感。デジタルの羊水よ。
アーケードゲーム(家庭用もあるけど)『電脳戦機バーチャロン』の主人公ステージBGM。知ってる人なら一発で分るレベルの自己主張抜群のイントロを聞けば魂が当時のゲーセンへと帰っていく。対人ゲーというストレス憎しみ発生装置から産まれたとは思えない爽やかさと前向きさ。それでいてピリピリきてる神経とのくっつきの良さ。いつしか意識は画面の中へとシンクロし機体と痛覚がリンクするのだ「痛っ」「食らったのお前じゃないだろ」
群青
歌:YOASOBI
ブルボン『アルフォート』のCMソングらしいが、オタクからすると漫画『ブルーピリオド』イメージソング。八虎の「好き」が受け入れられた感覚を手拍子やコーラスで表現する発想が天才すぎる。コーラスパートの明るさによって今度は1人で歌っている時の孤独さが加速する。芸術というコミュニケーションを通して不安を抱えながら恐る恐る胸襟を開く怖さ、伝わることの喜び、ブルーピリオドの世界観がよく表現されてるぜ。そんな姿に漫画家と音楽家の間でもグッドコミュニケーション成立してるなと俯瞰視点で古参面だ。ブルーピリオドが本当に面白いって皆が知ってくれて俺も鼻が高いよ。
CROSSING
作曲:Funczion
歌:Marica
18禁ノベルゲーム『CROSS†CHANNEL』ED。「絶望でよかった」から始まる歌詞が自己や社会への失望感を語りながらも、それでも結局は人と関わる道を選ぶことを歌う。聞き手の社会不適合度が高いほどに何度も何度も頷いてしまう。同じように社会への不適合を嘆く歌詞の歌は世の中に数あれど多くはメタルなオッサンがヘドバンしながら聞き手を責めるがこちらはゆったりとその懺悔を復唱するかのように歌ってくれるので非常にメンタルにいい。社会が怖くて仕方ない夜でも何度も聞いているうちになんとか社会に戻ろうと思わせてくれるので助かっている。このゲームにインスパイアされたらしい岸田教団の『84』もオススメ。
夏の記憶
TVアニメ『スケッチブック』の最終話前回の限定OP。どこまでも広がる夏草の真横でママチャリ漕いでるような光景が浮かぶ曲。シットリとしていながらも爽やかな夏限定の青いノスタルジー。まったりしたいときに聞くとちょうどいい。
歌:ハセガワダイスケ
TVアニメ『ガンダム Gのレコンギスタ』ED。散々鬱っぽいことを繰り返してきたガンダムシリーズながらもまさかの超前向きソング。と思わせて2番では「リアルは地獄」と言い出し、3番にいたっては「出来ると思ってない」なんて語ってしまう躁鬱の激しさ。富野監督が今までの人生の中から『やらないと始まらないからやるしかない』という答えを導きそれを若者へと伝えようとするある種の説教ソング。でも富野がそこまでいうならまあ地獄の中であがくしかねえなって気持ちになれる。
歌:SHIHO
18禁ノベルゲーム『未来にキスを-Kiss the Future-』テーマソング。歌詞で叙述トリックかけてくる歌でこれ超えてるの俺はまだ知らない。OPでネタバレしてたアニメやゲームは知ってる。叙述トリック仕込んでる恋愛ソングも知ってる。でも曲単体で叙述トリック成立させつつゲームの設定とも絡めてきててやってることのスケールが作品世界の根底全部ひっくり返してくるようなのは自分が知る限りこれだけ。それ以上にやってることのテーマが好き。気持ちのいいリリックで気の狂ったトリックしかけてくるし作曲は高瀬一矢で全部好き。なにより今の世界だと「まあ人類って結局何度もピンチを乗り越えられてるからそうそう滅びなくね?」が蔓延してるけど、その直前の「本当にピンチになったとき人類は遂に滅びるのでは?」に神経をとがらせることがまだ出来た時代の名残とかデジタル技術の指数関数的進歩への盲信とかが加わってこの曲の展開に対してコレマジであり得るんじゃねみたいなノリがまだ可能でさ……つまりは失われた技術、オーパーツだよ。
日本人の行動原理を暴いてしまったので、ここにメモを遺しておく。
より詳細な理論ができたら改訂する。完成したら出版しようと思う。
ここでは、その最も中心的な部分を、易しい言葉で書いておく。
「赤信号をみんなで渡って」おいて、集団に都合の悪い奴が出てくると、道路交通法違反の罪をそいつになすりつけて排除する。最初から赤信号を渡らない善良な奴も排除する。
こういうことだ。
日本の大衆の行動は、すべてこの原理に基づいて説明できることに気が付いた。
俺はこの学説を、主に欧米諸国、東アジア、東南アジアなどの日本をよく知っているつもりの国々に発信したい。
彼らの中にはいまだに、日本人は勤勉で謙虚であり、日本は住みやすい国などといった幻想を抱いている人が多いかも知れない。
しかし、日本人というのは上に書いたような卑劣な行為が骨の髄まで染み付いた民族である。ヒトの皮を被った悪魔。世界で最も獰悪な人種である。
実際、日本は世界で最悪の差別大国である。人種差別、性差別、出自差別、職業差別、病気や遺伝の差別、いずれも世界で最悪の水準である。この理由も、上の理論から導けるのである。
俺は残りの人生を、日本という人でなしの国が世界から爪弾きにされるようにすることに全力を傾けたいと思う。日本は滅びるべきである。
3月に書いた記事以降も、たくさん新しい単語を覚えてしまったので、前回のものも含めて網羅するつもりで紹介します。
第九条の発案者であり時の総理大臣・幣原喜重郎のことを知らない日本人があまりにも多すぎる
彼がどのような考えで第九条を思いつくに至ったのか、それを議論せずにして憲法の議論なんかできるはずがない
なぜ政治家も、評論家も、社会学者も、そして我々国民も、九条を作った当人の言葉を話題に挙げないのか
彼の考えのどこが悪くて、どこに不満があって、現代社会に通用するのかしないのか、なぜ誰も語らない?
少しでも多くの人に、我々と同じ日本人が考案した第九条を、この埋もれてしまった歴史的憲法の成り立ちについて知ってほしい
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ここまで考えを進めてきた時に、第九条というものが思い浮かんだのである。そうだ。もし誰かが自発的に武器を捨てるとしたら ー
最初それは脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。次の瞬間、直ぐ僕は思い直した。自分は何を考えようとしているのだ。相手はピストルをもっている。その前に裸のからだをさらそうと言う。何と言う馬鹿げたことだ。恐ろしいことだ。自分はどうかしたのではないか。若しこんなことを人前で言ったら、幣原は気が狂ったと言われるだろう。正に狂気の沙汰である。
しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。どう考えてみても、これは誰かがやらなければならないことである。恐らくあのとき僕を決心させたものは僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。何のために戦争に反対し、何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。今だ。今こそ平和だ。今こそ平和のために起つ秋ではないか。そのために生きてきたのではなかったか。そして僕は平和の鍵を握っていたのだ。何か僕は天命をさずかったような気がしていた。
非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。だが今では正気の沙汰とは何かということである。武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰だという結論は、考えに考え抜いた結果もう出ている。
要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。
日本民族は幾世紀もの間戦争に勝ち続け、最も戦斗的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。神の信条は武力である。その神は今や一挙に下界に墜落した訳だが、僕は第九条によって日本民族は依然として神の民族だと思う。何故なら武力は神でなくなったからである。神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。日本人はその悪魔を投げ捨てることに依て再び神の民族になるのだ。すなわち日本はこの神の声を世界に宣言するのだ。それが歴史の大道である。悠々とこの大道を行けばよい。死中に活というのはその意味である。
そういう人間はどこの国でもたいてい
「そんな俺でも××(任意の人種民族を何でも入れてね♪)人よりマシ」
これは精神的な救済のようで現実から目を背けるごまかしでしかない
貴殿はネトウヨにならず自分が無価値かもしれないと自覚できるだけ知性がある
その一点だけで十分えらいと俺が太鼓判を押してやる
(一円の得にもならんが)
本当のクズは自分がクズだと認められなくて他人ばかり叩いてる奴だよ
アイヌ人と琉球人は独自文化や独自言語と「和人に同化させられた」という意識が残っているけど、
その「和人」も大和朝廷に滅ぼされて同化させられた様々な勢力・民族の集合体であって、
例えば出雲大社は京都・奈良の朝廷に滅ぼされた別の王朝・別の信仰の名残とも言われているし、