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2018-05-25

anond:20180525100823

まず、そんな屑が本当にいたとしよう。

それって、結構レアケースだよね?

あなた文章からは一人に見えるが、そういう人が周りにたくさんいるように見えたなら、

それはあなたあなたの周囲、上長指導能力不足だよ。


モンスターペアレンツが怒鳴り込んできたこと何回もあるし

これは本人の問題ではない(親の問題)だ。

叱ったことを何度も何度も何度も何度も繰り返すんだよ。

それは「叱って」しかいないからではないか

「何が悪かった」「なぜ悪かった」それを飲み込ませるようなことはした?

メモしろって耳にタコができるくらい言ったし、メモ重要性も伝えた。

マニュアルだって渡しているのに毎回毎回ミスをする。

メモの仕方を知らない奴もいるし、

マニュアルだってそれ自体理解できないような奴もいる。

あなた会社がどの程度のランクなのかはわからないが、

少なくともそいつは「その程度のランク」なんだよ。

「俺は親じゃねーんだよ」と突き放したら、そいつはずっとそのままだよ。

あなたも、「その程度のランク」の奴の成長のさせ方を知らないままだ。


あなた会社の人事が、「その程度のランク」の奴を次々送り込んで来たらどうする?

「付き合ってらんねー」と辞めてしまうか?

それも一つの選択だが、それこそ、あなたのいう「環境のせいにする」ことになってしまうのではないか

2018-05-23

anond:20180523230950

とにかく、お前が馬鹿だということはわかった。

いや、わかってたけどつられてしまった。

だけどやっぱ馬鹿だ。

あとさ、上長判断で例えば現場などで、その場で解散なんてのは今でも普通にありますが?

お前の言うホワイト企業なんて儲かってる企業社長親族以外ありません。ましてや高プロの1000万貰える仕事なんかに絶対ないです。

あ、社長親族なら別に早く終わっても帰れるがね。

俺にはあん勇気出せない、きっと。

日大選手自分が全て悪かったことにされないためだったとしても

顔出しと名前を明らかにして衆人環視の状況で経緯を明らかにするってとても勇気がいることをやってのけたよね。

起訴もされていない事象に対して記者会見を開く勇気果たして自分にはあるかと問われたらとても頷けない。

会見聞いたら監督たちのマインドコントロールがすごいのか体育会系からさらバイアスかかるのか知らないけど

彼が感じたプレッシャーやその仕掛け方にものすごい闇を感じた。

5/3

いきなり練習から外される

(いきなり会社来なくていいよって言われるようなもんだよね、自宅待機?

お前やる気ねーから来るなよとか言われるんでしょ。

いや、そこで有給があるしとかそーゆーもんでもないんだよね。実際。

理由聞きたいし、けど彼は聞けてない。)

5/4には日本代表合宿行くなと言われる。

(来月だし、参加費20万払うし、もう払ってたのかな?飛行機とかとってた?)

練習で下級生のためにタックルを受けるためダミーサンドバックみたいな重い緩衝材)を率先して持ってたら

お前何勝手なことしてるんだと言われてグラウンド10周させられる。

さらに、練習には出さないとコーチから言われる。

出張予定してたらいきなりキャンセルさせられて

仕方ないから社内の作業手伝ってたらいきなり怒られて全然関係ない仕事押し付けられるみたいな。

さらに、今日、お前の仕事ねーから、って言われるようなもん?

5/5

この日も実戦練習は外される。

練習後、井上コーチから

監督に、お前をどうしたら試合に出せるか聞いたら、

相手のQBを1プレー目で潰せば出してやると言われた。」

「『QBを潰しに行くんで僕を使ってください』と監督に言いに行け」

と言われた。

ここ、この日が強烈、あいつが邪魔なんだけどお前が露払いしてくれたら試合に出せるんだけどなぁ・・って。

で、ここで断ったらまた俺の居場所ないのかな?って思っちゃうよね?

しかもまだ働いたことのない二十歳のまだひよっこがよ?

コーチ監督コメントを録音する知恵もない子供が追い詰められて鉄砲玉になっていくさまが悲しい。

5/6 試合当日

試合メンバー表に私の名前はありませんでした。

試合前のポジション練習時に井上コーチ確認したところ、「今行ってこい」と言われた。

私は、監督に対して直接「相手のQBを潰しに行くんで使ってください」と伝えた。

監督からは「やらなきゃ意味ないよ」と言われた。

戻った私は、井上コーチに、監督と話をしたこと監督から「やらなきゃ意味ないよ」と言われたことを伝えた、

さらに、井上コーチに対して「リード(DLの本来のプレーのこと=相手のプレーに反応してボールを追うこと)をしないでQBに突っ込みますよ」と確認した。

井上コーチからは「思い切りいってこい」と言われた。このことは、同じポジション人間は聞いていたと思います

悩んだけど、鉄砲玉にならないとこのあとオレの居場所はないと感じていた。

やはり今日も出勤しろとは言われなかったため上長電話したところ更に上役に繋がれた。

みたいな感じかな。

記者会見の中で徐々にアメフトを好きではなくなっていったというのがとても悲しいコメントだったけど

日本部活ダメ指導陣がこういった可哀想選手被害者を生み出してしまっているとしか考えられない。

教育もっと哲学を入れることで根本的な改善にならないかな。

もう日本未来が明るくないことはわかっているのだけど

道徳をずっとやっていてもこういった問題は起きるのだから

ぜひ小学校から哲学を始めてもらいたいよ。

2018-05-22

初めてメンタルクリニックを予約した

都内メーカーに務める30歳のサラリーマンです。

人生で初めて、メンタルクリニックに行くことを決めました。

なんか最近変だな、と感じる事が多くなったためです。フィジカルな点と精神的な点で思いつく限りあげてみます

フィジカルな影響

・とにかくお腹調子が悪い、緩い方。正常じゃない日の方が多いのがもう1年以上は続いてる。外でかなりヤバくなってトイレに駆け込むこともしばしば。

・朝と夜に耳鳴りがする。ゴーっていう低い風切り音みたいなのが数回

最近仕事で上手く喋れないことが多い。話し相手や内容にもよるけど。喉でつっかえる感じ。もしくは喋れてても意識が遠くなってくるというか、自分第三者視点で見てるようなぼーっとした感覚になる

・たまにまぶたがピクピクする

・呼吸が浅い、深呼吸すると苦しい

・動悸がする(凄く速いわけではないが、鼓動を自分で感じる)、仕事中の多くの時間、また朝目覚めた瞬間も感じる

・寝つきは良いが、朝目覚ましが鳴るよりも大抵早く目覚める。その後の寝つきは問題ない。

気持ちの変化

・とにかく仕事にやる気が出ない、タスクが溜まってく一方で焦りだけつの

トイレや社内のコンビニに行く時間が多い

・ぼーっとすることが多い。資料や本を見てもすっと頭に入ってこない、自分で書いたメモを見返しても訳が分からなかったりする

・土日に家で空いてる時間に、何かをしようという気が起きない。映画見たりゲームしたりは本来好きなんだけど「残ってる仕事があるのに遊ぶのはダメな気がする」という謎の観念邪魔をして、結局寝たりダラダラしたりで何もせず休日が終わる

・だいたい眠い。昼食はあまり多く食べたいと思わなくなった。さっさと済ませて残った昼休み時間は寝ていたい(実際に20分くらい寝てる)

・家で夜遅くお酒を飲みたくなる(タカラ焼酎ハイボールレモンが好き)、また夜食を食べたくなる機会が増えた気がする。

改めて見るといろいろあるなぁ、という感じです(人によっては、そんなもん普通だわ、となるのもあるでしょうか)が、もしわたしがこれを他人の事として聞いたら「お前それ絶対精神やられてるよ」とアドバイスするだろうなぁ、というのがメンタルクリニックに行くことに踏み切った大きな理由です。

あと、これらの事象についてネットで調べると、だいたい「それはストレスが原因かもしれません!」とかい記事がヒットするので、そうなら確かめてやろうやんけ、というのもあります

要因としては、まあ仕事ストレスだと思ってます。何度かやらかしてまして、上長からの信用を無くしてしまったのがひしひしと伝わってきてまして、まあやりづらい。自信も無い。そのくせ何くそと頑張るという気合いも出てこないんで、できないタスクが蓄積していく一方でその事を考えると気が沈む、という悪循環に陥ってる気がします。最近はろくな成功体験ができてないですね。

ほんでネットで探したところ、近所にいくつかメンタルクリニック心療内科がある事が分かったので、なんとなくめぼしいところへ勇気を振り絞って電話してみることに。どきどきしたー(笑)

電話に出てくれたスタッフの方は、たぶん40代かばくらいの女性で、「初診だけど予約したい」と伝えたところ、ゆっくりとした口調でとても丁寧に対応してもらえました。これなら大丈夫そう。

予約を取れる時間を教えて貰い3日後の昼過ぎと決める。症状はどんなかと聞かれたので前述した中からいくつか伝え(ちゃんと話せる自信がなかったので、わざわざ紙にメモしといたのを事前に用意し、それを見ながら伝えた笑)、名前を伝え、あと問診票を事前にホームページからダウンロードして書いといてもらえるとスムーズ、とのこと。しまします。

そんなこんなで無事に予約が取れたので、診察を受けてきます。どうなることやら、どういう判断になるのか、あまり想像ができません。何かしらいい方向に進むといいなぁ。

あ、どうでもいい上にまったく関係ないことなのですが、明日わたし31歳の誕生日です。年々イベントごととしての重要さが自分の中で小さくなっていくなぁ。これが歳を食うということでしょうか。でもお祝いしてもらったり、プレゼント貰ったりはとても嬉しい気持ちになるのは変わりません、感謝感謝

以上です。続きを診察後に書こうと思います

年俸があがった。上長のみならず、周囲からも良い評価を貰えていた。よかった。

いろいろこの一年で苦労したけど、報われた。良い転職になったと思う。

2018-05-14

動いてほしけりゃ指示を出せ

転職先の会社上司が指示を出さない。

『あのバイトは細かい指示がないと動けない』『大人なんだから察してほしい』とかよく愚痴を吐いてるのを目にする。

会社で導入してるチャットツールがあるからクライアント上司が連絡を取り合ってる履歴を追ったら必然的に各々がやることは分かるだろっていうのが多分上司の考え方なんだろうけど。

いや普通に考えて指示出しは必要だろ。隔週で来るバイトとか時短の人とかもいんのに、履歴を追えってのはどうなの。指示出せば5分で終わる話じゃん。

前職の会社でもチャットツールは導入してたけど、バイトさんとか部下にはある程度作業の割り振りをするようにしてた。

チャットだけじゃなくて電話担当クライアントが話してることもある。日々やり取りしてる人にしかからないクライアントから曖昧な指示とかもある。

チャット履歴だけじゃ、どうしても個々の認識にズレが生じて、結局無駄作業が増えてしまうのは当たり前のことだ。

から察して動けなんて言葉は、指示出しする時間を惜しんでる管理職側の怠慢だと思う。

時折勝手に考えて動いてバイトさんとかが間違えて解釈した時も、結局不満そうなんだよ。だったら最初から細かく指示出しすればいい話。それだけの話。

それすらせずに愚痴を吐くって神経がわからん。単に誰かに八つ当たりしたいだけなのかと疑ってしまう。考えすぎかもしれんけど。

女性上長て、なんか難しい。

上司『キミ細かく指示出してて優しいよね』

自分曖昧な指示出しで間違えられた後の軌道修正とかフォローの方が面倒くさいですもん』

上司『人を見くびらないで信用することも大事だよ』

見くびる???

信用はしてる。指示を忠実にこなしてくれることに対して。指示に対しての、作業方法とかはいくらでも提案してくれたって構わないし歓迎する。大抵3回目くらいからは、みんな割と前やった作業に倣って自分で考えてやってくれるし。

指示を出すって、悪いことじゃないと思うけど。難しい。

2018-05-09

人生の答えって何だろうか

これまでの人生苦痛が多く、ほとんど無意味人生だった。

淡々人生を歩んできて、楽しいと思った時期なんてそこまで無かった。

そんな日々も残りあと少しなので、簡単にだけど振り返って吐き出したい。


幼少期は両親の喧嘩が絶えず、割れる瓶と鈍く低い音、そして奇声といつも冷や冷やとしていた記憶しか無い。

もちろんその喧嘩によるとばっちりを受けたこともある。

親の友人からはいつも大人しいと言われていたが、あのような状況が続いてわいわいと騒げるわけがない。

更に親が喧嘩した後、薄かった壁に大きめの穴が空いていたのが恐怖を感じた。

幼いにも関わらず、この時から親を反面教師にして生きていこうと決意していた。

しかし、この頃から人の目を伺うという性格根付いてしまった。

ずっと無気力がちだったのもこのせいなのかもしれない。


その後、小学校入学して新しい環境になるが、学校が唯一の癒やしだった。

勉強ほとんど出来なかったが、家と比べて遥かに休息出来ているという感覚はあった。

友人も何人かでき、よく休憩時間放課後でも楽しい時間を過ごしていた。

とは言え、当時の記憶なんてもうほとんど覚えていないが、暖かく晴れた日の柔らかな風とカーテンの揺らぎが、子供ながらに不思議と癒やしを感じていたのはよく覚えている。

けれど安らかな一時というのは時間が経つのが早い。

学校が終わったら癒やしも何もない家へ帰るのは本当に億劫で、わざと遠回りして家に帰ることはしょっちゅうだった。

ただ、両親が居ない時の家は心を休めることが出来た。


そして中学になってから両親は離婚したが、母親相手に強く依存するタイプだったようで、依存対象が無くなったせいなのか更にメンタルがやられ、この時からロクに家事をやらなくなった。

母親が何もやらないので、仕方なく自炊やらを覚えたのはこの辺りだった。

肝心の学生生活については、育ちの悪い連中に影響された奴が多く、一気に不良となった子が増えたのにうんざりしていた。

小学の時は良い友人だったのに、突然万引きやらタバコをやり始めた人が何人もいた。

ただの格好つけで根は良い奴だと思っていたが、弱い者イジメに加担する輩も結構いて、私は心底呆れていた。

小学の時の癒やしとは程遠かった。


数年経ってそのような生活も終わり、高校へと進学した。

この時、知っていた小中の人達とはほとんど別れて全く別の環境になった。

全く賢い学校ではなく、むしろバカ学校と言える高校だったが、当時の担任面白いお兄さんで、学生のようなノリをしながら生徒と同じような目線勉強を教えようと頑張ってくれた。

担任ギター経験者であり、時々息抜きとしてみんなに弾き語りしてくれた時もあった。

小中とロクに勉強してなかったので日々勉強するのはそこそこ辛かったが、先生一生懸命教えてくれたこともあり、賢いとは言えるレベルで無いにせよ、ある程度の教養は身につけられたと思う。

でも、ある日からその担任は別の高校へと向かうことになった。

その高校はここよりも遥かに賢く、誰が聞いてもとても良い場所だった。バカ学校なんて所にいるより、遥かに待遇も良いだろう。

また、当時担任の奥さんは妊娠していたようで、それを含め生徒らは祝福した。


そしてお世話になった担任は去り、別の教師が新しい担任になった。

しかしこの教師曲者で、突然怒り出したと思ったら平気で授業を放棄するわ、意味分からん自慢話ばかりで授業が進まないわで非常に厄介な人で、ひどく困惑した。

他の教師からも疎まれているようで、教員会議でもワンマンぶりを発揮し、大声で意味分からん持論を発して他の教師を困らせていたようだ。

何故そんな教師がクビにならないのか非常に疑問を感じていた。

担任変更が高校最後の年だったので被害はそこまでだったが、二度と関わりたくない相手だった。

前の担任が別の学校へ行った時、その教師はアイツは逃げたと言っていたが、そりゃこんな所なんて逃げるだろうと誰もが思っていた。

ちなみにこの頃、母親は別の男を見つけ、更に家事放棄するようになっていた。

まあ、この時大体の事は自分で出来るようになったので、大した影響は無かった。


そして時が移り、大学入学を迎えた。

正直なところ、高校入学当初は大学になんて行けると思っておらず、高卒就職だろうなと考えていた。当時の最初担任のおかげだろう。

ただ自分学力では良い大学には行けなかったが、割と綺麗でお洒落大学に入れたので良かったと思っていた。

はいえ、折角大学に入ったのにそこまで勉強をせず、サークルにも入らず、自堕落生活を送っていた。

また、以前から一人で過ごすことも多かったので、積極的に友人を作ろうともしなかった。

居ても一人や二人程度だ。

大学では一応授業はちゃんと出ているつもりだったが、大抵途中で居眠りしていた。落とした単位が少なかったのは幸いだろう。

それよりも静かな図書館でひたすら眠ったり、よく晴れた日に大学のベンチでご飯を食べながら日向ぼっこしていた事が、小学生の時の癒やしを何となく思い出させた。

大学がこれまでの人生で最も安らかだった時期だと思う。


アルバイトを始めたのはこの頃。

高校バイトしている人は多かったが、学校自体禁止していたので積極的に参加は出来なかった。

バイトコンビニで働いていたが、時給の割にやることが多すぎて大変だった。

仕事自体は大変なだけで辞めるほどでは無かったが、その店のオーナーと息子があまりにも横柄で更に仕事をしなかったため、衝突が多くなり、半年もせずに辞めた。

まりイライラする職場だったので、最低限の事だけを行って何の言葉も残さず退職した。

仕事よりも人間関係の離職理由が多いとはよく聞いていたが、なるほどなと理解した。

正直この時点でもうバイトはしたくないと考えていたが、そんなこと言っている場合じゃなかったので、次は家の近くにあった小売の仕事に転換した。

また同じ事になったら嫌だと思ったが、予想とは異なり、その店の従業員はみんな良い人ばかりだった。

以前のとの差に驚き、最初からここで働いていれば良かったなと後悔した。

ここは大学卒業するまでずっと働いていた。

当時の方々には非常にお世話になったと感謝している。


ちなみに女性を初めてまともに好きになったのは大学に入ってからだった。

出会い大学の通学途中、学校へ向かう電車が一緒だった。

当初はお互い気付いていなかったが、ゼミが一緒だったこともあり、行きや帰りの駅で何度か姿を見かける事に気付いた。

の子は小柄で物静かな女性で、物腰や動作がどことなく品がある女性だった。

最初はそこまで何も思わなかったはずなのだが、気付けば気になる存在となっていた。ただ、姿を見かけてもどうすれば良いのか分からず、会話することが出来なかった。

向こうもこちらの存在には気付いていたようで、お互い気にはなっているがその先が踏み込めない状態だった。

大学ではその女性の友人間でこの話が広がり、私がその子の近くにいればその子の友人らはよく騒いでいた。

偶然隣り合うくらいに近くにいた時、彼女の顔が凄く赤くなり、若干挙動が慌てていたのもよく覚えている。

また、大学構内で彼女を近くで見かけた際、こちらに気付いていない彼女は私の事について嬉々としてその子の友人と話していたことがあり、それで私は色々と察した。


本来ならすぐにでも仲良くなるべきだったが、酷い事に年単位で何もすることが出来なかった。腰抜けにも程がある。

流石の自分もこのままでは駄目だと思い、授業中や通学途中にもどうにかするべきだとずっと考えていた。

結局良い方法が思い浮かばず、結局は素直にそのまま接触することにした。

夕方大学の帰りの電車で話しかけた時、彼女はとても驚いていたが、その目はどことなく輝いていた気がする。

ただ、こちらはあまり必死過ぎたせいか、話した内容も聞いた内容も全く覚えていない。


それから問題なく彼女と仲良くなれたと思うだろうが、残念ながらそうはならなかった。

この後に私は友人に呼び出され、何かと思えばその友人は彼女の事が好きなんだという事を話していた。

以前から何となくぼんやりとは察していたが、やはり言われれば印象は大きく変わる。

しか彼女好意を抱いている友人は一人だけではなかった。これには流石に困惑してしまった。

これからどうすれば良いかも分からず、完全に混乱してしまった私は、最終的に彼女無視するという馬鹿げた行動に至る。

これが良い行動でなかったことは言うまでもなく、理由を知らない彼女は私にからかわれたと思ったのか、徐々に避け始めた。間違いなく嫌いになったのだろう。

友人も以前から私と彼女との間を少し察していたため、どんどんとギクシャクした関係になってしまった。

それ以降、この友人とも連絡を取ることは一度も無かった。

これらが影響で大学へ行くのも面倒になってしまい、楽しくもなくなった。

そしてこの件は私を含め誰も得をすることなく、何も解決することもなく、呆気なく大学生活は終わりを迎えた。


これまでの学生生活は長いようにも短いようにも見えたが、その中で何か大きな事を成し遂げることは一切無かった。

10年以上もの時間が与えられたのにも限らず、ただ時間無駄に過ごしただけ。

それを思うだけで自分の中の自信が無くなっていくようだった。

せめて何か形に残るような事をやっておくべきだったな。


大学卒業後、私は在学中ギリギリ内定を貰った職場で働くことになる。

この職場実家と離れるために一人暮らしをしていたが、今まで以上に億劫な日々を過ごし続けていた。

学生時代とは違った、空気の全く異なる職場で何も考えることなく働き続けた。

仕事特にやりがいがあるわけでもなく、また休みの日に何かをすることもなく、ただただ無為時間が過ぎているだけだった。

同僚や上長もそんな私の空気を察したのか、ほとんど関わろうともしなかった。

話しても挨拶のみや一言や二言程度で、会話が広く発展することもない。

このような状態が続いても精神面に良い訳がなく、更に朝昼晩の交代制の仕事だったため、生活リズムも徐々に狂い、心身共に壊れていった。

まりに酷い時は心療内科に通うこともあったが、その医者は話を聞いてくれずただ薬を出すだけだったので、諦めて薬も飲まずに自分で何とかしようと考えた。

そうやって何日も何日も耐えてきたが、ある日の朝、全く起き上がれなくなった。

動こうと考えても身体は言うことを聞かず、天井を見上げていることしか出来なかった。

日経ち、その職場退職した。


辞めたあとは仕事から解放感か、体調は一時的に軽くなった。

しかし、その後もまともな生活を送っていなかったため、暴飲暴食や昼夜逆転生活で体調は日が経つごとに悪化していくだけだった。

部屋はゴミだらけで文字通り足の踏み場もない状態風呂すらロクに入らなかった。

でも途中で生活資金が尽きそうになり、仕方なく正社員での募集を探してみるものの、何度も何度も断られた。

挙句の果てにアルバイトですら断られる時もあった。

そんな生活が何年も続いた。

もう起きることすらしんどくなり、お腹が空いても飯も食べず1日中寝ている日もあった。

もはや生きているとは言えず、死んでないだけの抜け殻状態だった。

時々母親からは安否の連絡が来たが、適当に返して放置していた。


そんな鬱々とした生活のある日、久々に入った短期での仕事中に体調が一気に悪くなって倒れた。

酷い吐き気めまいがあったのを覚えているが、倒れてから記憶はなく、後で知ったのだが救急車で運ばれたらしい。

そんな体験をしたのは生まれて初めてだった。


目覚めた時、妙に病室のベッドが心地良かったのを覚えている。

今までは床で寝ていて掃除もされていない酷い部屋で生活していたからだろうけど。

その日会った看護師によると、私は数日間意識が無かったようで、ずっと眠っていたらしい。

ただあの時のベッドの心地良さが続くならば、ずっと眠っていたい。そう思った。


それからしばらくして、母親が部屋に入ってきた。

泣いていた。

私はそれを見ても全く何も感じる事はなかった。むしろ、早く一人にして欲しいと思うくらいだった。

しかし、すぐに帰らないので仕方なく相手をしていたが、その時はいつもと比べて妙に母親が優しいと思った。

その理由はあとになって分かった。


日経って病院での生活も多少慣れてきた頃、担当医者に呼ばれた。

話によると、私は余命が半年と少しほどしか無いらしい。

肝臓に酷いダメージがあり、もう治療をしようにも手の施しようがないそうだ。

できるだけ安静にしていれば余命は伸びるかもしれないが、それを怠ると今後の苦痛が大きくなるとか。

今までの経緯を話したところ、今回は重度のストレスと暴飲暴食が原因だと先生結論付けた。

から身体は弱い方だったが、それがここになって一気に来たものだと思った。


余命宣告された時にはあまりに突然だったため、一瞬驚いたが、同時に安堵した。

過去自殺を考えたことは何度もあったが、実行に移し切れずその度に憂鬱になっていた。

でも、もう無理に頑張る必要は無いんだなと、張っていた気が抜け、少し救われた気分になった。

はいえ、現在の状況は何もかも全て自分の行いで招いた結果ではあるが。


それからしばらくして一時退院、主に自宅での安静を命じられて実家に戻る事となったが、家に居ても特にしたいと思うことがない。

食事にしても身体を壊してからは何も食べられず、内容も淡白ものばかりになってしまい、当然美味しくもない。

幼い頃は家にいるとテレビゲームをよくしていたが、今となってはやる気力さえ全く起きない。

無理やりやろうとしても10分もせず飽きてしまう。

気分転換にどこか出かけるにしても身体負担が大きいので遠出は出来ず、そもそも金が無いか旅行なんて出来ない。

テレビを見ているかスマホパソコンネットでも見るか、それとも何か食べているか、眠たくもないのにただ寝ているか

結局は入院前の生活とさほど変わりなかった。


残りの人生何をやろう、と思っても前々から考えていなければすぐには思いつかないものだった。

仕方ないので、晴れた日にはとりあえず近所にある大きめの公園へ行き、ベンチに座りながら遠くを眺めていた。

園内では子供達がいつもはしゃいでおり、その姿を見ているだけでも元気が貰えるように思えた。

時には夫婦と幼い子が仲睦まじく歩く姿もあり、それを遠くで羨ましく見ている時もあった。

ネットサーフィンをしている時に時々フェイスブックを見るが、当時の友人や知人は徐々に結婚してきており、既に子供が生まれているのが何人もいる。

そして彼らが時々掲載する写真動画を見ると、微笑ましいと思うと同時に気が落ち込む。

自分も、もう少しまともに生きていればこうなっていたのだろうか。


そこでふと、大学の例の女性を思い出した。今は一体何をしているのだろうかと。

もう卒業してから何年も経っており、当時はよく注目されやすい人だったから、とっくに結婚もしているだろうとは思っていた。

でも最期に少しでも連絡が出来たらと間抜けな期待を抱き、数少ない友人に連絡が出来るかどうかお願いをしてみた。すぐに了承してくれた。

そしてしばらくして、思っていたよりも早く結果が返ってきた。

友人によると彼女はまだ結婚していないらしい。でも向こうは連絡がしたくないそうだ。

それだけ聞けたら十分だと思い、その他のことは何も聞いていない。まあ当然だろう。仲良くもなかった男から突然連絡が来ても迷惑なだけだ。

時間も経ちすぎているし、向こうにしても過去の事であり、もしくはどうでもいい事だと考えているだろう。

当時の事も謝りたいとも思っていたが、思い出したくもない過去を今更掘り返しても意味がないと考えざるを得ない。

もうすぐ終わる身としては開き直るしかなかった。


こうしてまたいつもの日常に戻り、何か特別にやらなければいけない事も無く、残り少ない日々を消耗している。

まだ時間がある人ならば、これから頑張ればいつか良い日がやってくると信じて先へ進めるかもしれない。

私のようにもう時間が無い者ならば、これからどうすればいいのか、未だに分からない。

今の私では新しい思い出を作ることは出来ず、過去を思い返すだけしか残されていない。

病院ではそんな私を哀れんで慰めてくれる人もいるが、私は言葉を表向きは受け入れるが、裏では全く何も思わない捻くれた人間であり、素直に受け取れない自分に嫌気が差す。

こんな状態でまともに気持ちの整理も出来ず、向き合えないまま死んでいくと考えると、どんどん悲しくなってくる。


ちなみにこの余命については親以外誰も知らない

言った所で今後会った時の対応に困るし、友人に話そうと思っても言葉が詰まって何も話せなかった。

顔色が悪いと言われても、ただ愛想笑いしながら、いつものように話すことしか出来なかった。

でも、例え自分が何も言わずにこの世を去ったとしても、数年も経ってしまえば、昔あんな奴いたな程度の存在で徐々に忘れ去られていくのだろう。

他人自分が思っているよりそこまで何も考えていないし、期待しても単なる思い過ごしになる。それは今までの経験上、全て事実だった。

それ以前に難しいことを考えるのはもう疲れた

病気悪化しているのか、体調の波がどんどん激しくなってきているため、こうやっていられるのもあと少しだろう。


今までの人生を軽く書こうと思い、これまでを思い出しながら突貫で文章を綴ってきたが、作成中には当時のそれぞれの場面を思い出し、その度に涙が止まらなくなった。

あの頃に戻れたら、もう少し自分に行動力があれば、または別の場所で生まれていたら、何度も何回も様々な事を考えどそれは無駄な事だと察して嫌になった。

まれ変われるならとも考えた事もあるが、そもそも宗教なんて信じていないのに、そんな事を考えるのはおかしい話ではある。

でも死んだ先に何があるのか、それとも何も無いのか、それは今の私でもとても気になっている。


20年以上生きてきた中、他人にも自分にも今後のためになるような何かを与えたことはなかった。

そして生み出すこともなかった。

ほとんど何もしなかった私のこの人生意味はあったんだろうか。

私には答えが何も浮かばなかった。

人生についての意義を考えるのは人間くらいだと言われるが、少しでも生きていて良かったと、そう思えるような意味のある何かが欲しかった。


こんな駄文をここまで読んでくれて本当にありがとう

2018-05-06

anond:20180506221312

もくもく会!それは知らなんだ

調べた感じ田舎コミュ障にはちょっと辛いけど、前向きに検討してみる、ありがとう

会社には一応「こんなん作ってるんですけど」的な話をしてあるんだけど、まだ上の上まで話が通ってないのと、普段はまったく別の仕事してるのと、人手不足+業績不安定ってのもあってなかなか仕事中に開発させてもらえない

から家に持ち帰ってしこしこやってる

こういう生活経験上長くは持たないから、転職も考えてはい

どうやったら長文書けるの

どれだけ長く書こうと思っても1000文字限界

それ以上長文章を書こうとすると、論理構造を保つのが難しい。

短くても伝えたい内容を伝えることができればそれで良しとした方が良いのだろうか。

2018-04-30

こんな社会人になるはずじゃなかった

学生時代特にこれといった短所長所もなく偏差値50界隈を走ってきたおかけで、周りからはなにも言われなかった。

大学時代に取り組んでいた感性系の研究では、地道に作業をしていたおかけで学会発表するぐらいまでいった。

研究室の教授からは、君なら社会人になっても問題ないでしょみたいなお墨付きをもらっていたので少しはできた学生だったのかもしれない。

その言葉に少し安心をしていた。


大学卒業後、入社したのはIT系。いわゆるSIer入社した。

入社部署配属当初は今まで行ったことのない仕事をすることが楽しかった。

しかし、それは入社してから3年目までだった。


3年目の終わりにプログラミング実装仕事をすることとなったが、実装作業は初めてだった。

IT会社に勤めていてプログラミングを3年間したことないと驚かれるかもしれないがこれがSIerである


プログラミング大学時代趣味で少し書いていたが、実業務でそれが活かせるのかとなったら話は変わる。

今まで毛の生えたようなプログラミングをしていた自分にとって、業務で行うプログラミングはわからないことだらけだった。

からないことだらけだったが、大抵のことはググればわかる。それでもわからないことは上司質問をするのだが、本当に調べたのかと懐疑心いっぱいに聞かれるのでほとほと嫌気がさしていた。


そしてこの実装作業から負の連鎖が始まった。

実装の進め方もよくわからないまま作業をし、気づけは3ヶ月連続残業が80時間という勤怠に。

挙句の果てには初歩的なミスが多くなってしまい、上長に別室に呼び出されよくわからないヒアリングをされた。

なぜミスが多いのか、その対策はどうするのかなど色々聞かれたが頭が真っ白になってしまいその場で解答がすることができなかった。


夜中、家に帰る途中でミスが発生する理由対策を落ち着いて再度考えてみたが結局まとまらず。

もちろん上司相談しても自分で考えろの一点張り

何を目標仕事を進めていけばよいのかさえわからなくなってしまった。


学生時代ITエンジニアというものに憧れを抱いていたのかもしれない。

しか現実毎日怒られ、どうやったら残業が減るのか模索をしている日々。

自分学生時代思い描いていた、定時に帰りアフターファイブ自分趣味に費やす生活とははるかに遠い生活


こんな社会人になるはずじゃなかったのにな。

もう疲れた

2018-04-24

anond:20180424134345

多分想定してるケースは別。パチンカスが不意にまどマギ壁紙をなんの気なしに設定しようとした時のパターン

北斗の拳とか花の慶次別に怒られないと思うんだが、まどマギにしたタイミング上長から「ソレはやめておこうか?」って言われると思うんだよな。

(ボーダーケースだから微妙だけど)

割と一般化してもなお、エロとは繋がらないはずのあの絵柄をNG出されることは多いだろう……と個人的には思っている。

増田諸君ジャッジはどっちだ。

2018-04-19

共働き夫婦父親は誰に愚痴とか弱音とか吐いてるの?

もうすぐ嫁が育休を終えて職場復帰する。復帰後自分原則毎日20帰宅を嫁と約束してて、職場上長及びメンバーにもその旨は伝えている。

が、現実問題今の仕事20帰宅はかなり厳しく、予行演習と銘打った4月以降、毎度早出やら持ち帰りやらで凌いでいる。

で、ここ数日。自分は1週間で2度ほど大きなやらかしをし、突発の深夜残業残業が発生した。結果、全ての家事が嫁に寄り、えらい迷惑をかけた。

帰宅プレッシャーを感じつつの自分ミスでの深夜残業は、精神的にかなり来るものがあるが、負担をかけている嫁には仕事の弱音や愚痴を吐くことなんてできない。かと言って、会社メンバーにも、普段早上がりで仕事巻き取ってもらってたりしてる手前、「嫁に迷惑かけててさ…でも仕事終わらんし」的な愚痴も言い辛い。

共働き父親はみんなどうしてるの?家と仕事の板挟みになった時誰にも相談できなくね?みんな突発残業なんかしないスーパーマンなの?

2018-04-16

ホストわたし

たった今、ホストわたし恋愛(笑)が終了した。なぜ恋愛(笑)なのかというと、わたしはこれを恋愛だと思っていたけど、向こうはきっと、っていうか絶対そう思っていないから。

今年の冬、わたしは友人と2人でホストクラブに出向いた。これが初めてのホストクラブだった。初めてのホストクラブはキラキラしていて、外のごった返した汚い風景の街とは全然違う異世界みたいだったのをよく覚えている。暗いのにギラギラしている店内に、イケメンがたくさんいて、そのイケメンたちが入れ替わり立ち替わり自分の横に来て話をしてくれたり、チヤホヤしてくれる。たったそれだけなのにめちゃくちゃ楽しかった。

わたしはその入れ替わり立ち替わり自分の横にくるホストの中で1人気に入った人がいた。彼は入ったばかりの新人で、他のホスト自分のことを話したり、わたし達の話を聞く中、彼だけはなぜか店の料金システムについて詳しく丁寧に教えてくれたので変に印象に残っていた。

最後、初回のお客さんは店を出るときに見送ってもらうホスト指名できるのだが、わたしは迷わずその変なホストを選んだ。

初回客から見送り指名を貰うのは入店して初めてだと嬉しそうにしてくれた彼の顔を忘れられない。

見送りときLINEを交換したのだが、交換したその日の深夜に電話がかかってきた。明日来れる?という営業電話だった。初回のお客さんは翌日来店すると通常メニューより安く利用できるからとのことだった。安く利用できるなら…と翌日わたしノコノコと2回目の来店を果たしたのであった。

2回目の来店から1ヶ月ほど、わたしと彼はずっとLINEでやりとりを続けていた。ほぼ毎晩通話をしていたし、LINEも途切れたことがなかったくらい。営業をかけられることもなかったし、わたし自身店に出向いてもいなかったので、正直、少しだけ特別扱いを受けてる気がしていた。

連絡を取り続けて1ヶ月、彼と遊ぶ約束をした。営業前に数時間だけ会おうと言われ、店に行くわけでもないならいいかなと思い、わたしはその誘いに乗ったのであった。夕方より少し早い時間に待ち合わせをし、カラオケへ行った。そこでキスをされた。されたというか、した。

そこから少しずつ今までと違うようになってきた。

向こうから好きと言われるようになり、かなり奥まった話しをされるようになった。店の定休日には数時間ほど電話した。地元の話、今までの恋愛について、本名まで彼は教えてくれた。「君にだけ話せることなだけど…」という前置き付きで。

わたしはそういう話を聞いたり、そういう扱いを受けて、「自分はほかのお客さんとは違う」と浮かれてしまったし、勘違いしてしまったのである

ひとつだけ言っておきたいのだが、100パーセント彼を信用しきっていたわけではない。元々過去恋愛から男性に対して不信感を拭い切れない性格だったので、いくらホストに甘い言葉を言われたり、特別扱いを受けていても、心のどこかで「きっとそういう営業なんだろうな」と冷めた見方はあった。

店外で会うこと3回目、彼と一線を越えてしまう。

好きと言われ、優しく抱かれて、どう考えてもあの時間幸せのものだった。

自分を安売りしたくないから、客とは絶対に寝ない」と事前に彼から聞いていた。

から自分は客として見られていない、ちゃんと1人の女の子として見られているのだと思ってしまった。そういう営業なのかも…という疑心感もあったけど、彼の言葉を信用しきってしまいたい気持ちもあった。

やめとけばいいのに、わたしは彼に交際をそれとなく迫ってしまった。

ふわふわとした曖昧関係は甘くて美味しいけど、わたしは彼とちゃんとしたお付き合いをしたかった。一線を越えてしまたからには彼女というポジションがほしくなってしまったのである。重たくてめんどくさい女なので、都合の良い女にだけはなりたくなかった。

彼は真摯な態度でわたしにこう言った。

「付き合う彼女には絶対結婚意識する。自分は2年でホストを辞めるつもりでいるから、それまでは彼女に支えてもらいたい。2年でホストを辞めてその彼女結婚したら、自分が全部面倒を見るから彼女には家庭に入ってもらおうと思ってる。だから2年間彼女にはホストとしての自分も支えてもらう。高いお酒を卸してもらわなくてもいいから、最低でも週3で店に来てもらいたい。」

ここでやっとわたしは、自分も鴨の一匹だったのだと気づいたのである

彼のいうことが都合良すぎて、聞いてる最中馬鹿馬鹿しくなってきた。

わたし普通大学生で、これからもそれを変えるつもりがない。20歳そこらの自分が、2年間、もしかしたらそれ以上長くなるかもしれない期間、彼に貴重な若い時間を都合良く搾取されるのはもったいないし、嫌だと思った。彼がホストを辞めたあと、わたしと本当に結婚してくれる確証なんてどこにもない。なんの保証もないまま自分のこれから人生を投げるには、わたしはまだ若すぎる。

そう考えると、ついさっきまで彼にあった好意が少しずつ冷めていくのを感じた。

ここまでがついさっきあった話。

負け犬の遠吠えみたいなことを言うが、彼のことを信用しきっていなかったおかげで、わたしは彼のことを本気で好きじゃなかった。人生を捧げられるほど好きになれなかった。初めて自分男性に対する不信感に感謝。これがなかったらわたしは彼のことを丸々信用して、鴨として若い時間搾取され消費されていたかもしれないと思うとゾッとする。

でも、本気じゃなかったにしろ、わたしは彼のことが少なくともちょっとは好きだった。好きだったから抱かれたし、勘違いもしたし、浮かれた。

向こうはわたしことなんて好きじゃなかったんだろうけど、少しの間 楽しい時間ありがとうあなたとはもう会うのも、連絡をとるのも、やめます

恋愛(笑)ごっこ、楽しかったです。本当に。

毎日LINEしてくれて、通話もしてくれて、本当にありがとう恋愛から遠ざかってずいぶんご無沙汰だったから、それすらも本当に嬉しかったんです。わたしは。

今までありがとうさようなら

大雪の日からメンヘラが治らない

新卒で入った会社の転勤で東京に来た。

もともと東京で働きたかったわけじゃない、でも若手で期待されているのを知ってたしキャリアアップになると確信して部署異動も含めて辞令を飲んだ、後悔はしてない。

でも転勤して、上司の期待通りのことは何一つ出来なくて、オペレーター仕事しかできず、なんのために転勤したのかダンボールだらけの部屋で毎日涙目で自問自答した。

満員電車と人の多さが怖かった、誰かとご飯を食べることが減り、醤油がしょっぱくて食パンが薄く、空気乾燥していて、物価が高く、なにより東京は寒かった。

大雪の日の夜、しんしんと積もる雪を見て感じたのは薄い恐怖だった。このまま振り続けたら、生き埋めになるのでは。

朝起きて一面真っ白で深く雪に埋もれた景色を見て叫びそうになった、会社を休んだ、布団の中で泣いた、こんな遠くに来るつもりなかったのに。溶けない雪が死ぬほど怖い。

まれ故郷は地面そのものが温かくて雪が降ってもすぐ溶けてしまう、温暖な気候硫黄匂いのする街だった、嫌な思い出もあるけど心底帰りたいと思った。

でも帰ってどうするの、私の席などないのに。どんな顔して帰るの。不様だ。

母の失望した顔が浮かぶ、結局あんたはお父さんと一緒ね、と

ふとした瞬間に生まれ故郷方言がもう出てこない、かろうじて、関西の方?と聞かれる、笑って違いますと答える。

頭に靄がかかってる、朝きちんと来てくれるだけでいいんだ、きちんと来てから先の話をしようと上長は優しく諭す。チームのみんなが心配して代わる代わる声をかけてくれる。分かってます、色々試行錯誤してて、上手くいきそうな途中なんです、新しい枕を伊勢丹で買ったんですよ、そんでアロマデュフューザーで快眠のやつ焚いてるんです、大丈夫です、大丈夫ですよ、頑張ります

産業医は鬱じゃないと言った、そうですちょっと生きづらくてホームシック引きずってるだけです、もともと根暗ロングスリーパーだし、朝は弱くて、生理痛胃痛もあってちょっとタイミングが悪いだけです。7時には目が覚めてるんです、頭に靄がかかってるだけで、上手くスイッチが切れたら始業に間に合います

温泉に入ってとり天が食べたいだけなんです、お願いです見捨てないで頑張ってみせるから失望しないで。

2018-04-15

システム監査技術者2018/4/15メモ

覚えている内にメモ

■午後1

<大問2>

設問1:本番運用サーバに負荷を与え、予定や会議室登録などの従業員の通常業務に影響するリスク

設問2:申請者に、個人情報の利用目的・保管場所削除予定日を確認し、実際に削除されたことも確認すること

設問3:必要以上のサービスレベル提供する体制を用意することにより、コスト配分を最適化できないリスク

設問4:活用検討会の議事録を通期確認し、新規データおよび追加収集したデータの利用状況を確認する

設問5:会議開催実績表を通期確認し、情報共有を目的とする各部門の会議が減少していることを確認する。

<大問3>

設問1:a=新販売システムでの自動チェック

設問2:b=EDI取引契約

    c=受注伝票

設問3:e=1注文が10万円以下となるように分割発注されてしまう、

    f=受注責任者が、承認なしで処理したデータ一覧を日次で確認する

設問4:g=出荷完了リスト出力時に、当日出荷日のデータが出荷入力されていない場合に通知する機能があるか確認する

■午後2

<大問1>

難しそうだが選択者が少なく採点甘めになりそうだったこと、

H25午後1--問1がアジャイルに関するもので、イテレーション毎の反省会

要件スコープの逸脱に注意する点などが述べられていて、覚えていたためにこちらを選択した。

# TAC合格トレーニング本の解説もためになった。選んでよかった。

設問ア:

システム概要を述べる。インターネットシステムのほうがよさそう。

開発会社のPKG部分からの追加開発が多いこと、

要件不明瞭な点が多いこと、社会情勢によって本PJへのコスト配分を検討したいため、

などがアジャイル開発を採用した理由とした。

アジャイルの内容としては、イテレーション4週間で設計・開発・テスト・UATおよび内部分析したこと

開発環境に関しては、自動ビルドデプロイツールを利用したこと記述

設問イ:

2-1 体制スキルに関するリスクコントロール

 ①アジャイル経験者がないために、PJが進められないリスク

 ②アジャイル経験者がないために、Pスコープ外の顧客要件対応してしまリスク

 ③アジャイルにおける開発環境構築の経験者がいないために、テストが遅れ納期間に合わないリスク

これらのリスクに対するコントロールとして、PMPJ立上げ時に各経験者を参画させる必要がある。

また、開発が進んだ時には、1イテレーションの終わりに、当サイクルのプロセス分析し次サイクルに

改善点を生かしていくコントロール必要

2-2 開発環境整備に関するリスクコントロール

上述の③のようにスキルのある人材必要だが、実際の構築にあたり、

実はスキルが無く、進められないあるいは構築した環境品質がひくくなりテスト進捗が遅れるリスク

期待したメンバが、他タスクに埋もれ本来環境構築作業に着手が遅れテスト進捗が遅れるリスク、がある。

このコントロールとして、PMが構築時の進捗および品質を把握し管理する必要がある。

設問ウ:

3-1 体制スキルに対する監査手続

監査証拠  :PJ立上時のPJ計画

監査手続き :体制図の説明を査閲する。

監査ポイントアジャイルアジャイル用の開発環境構築のスキルを有していることをPM確認しているか

       またコレに関する上長承認を得ているか

監査証拠  :イテレーション毎の成果分析会の議事録

監査手続き :査閲する。

監査ポイント:終わったイテレーションプロセス反省・次への改善点に言及されているか

       次サイクルの同議事録で、その改善効果言及できているか

3-2 開発環境整備に対する監査手続

監査証拠  :構築フェーズにおけるPMPJ進捗報告書

監査手続き :査閲する。設計工程や構築工程フェーズアップ資料か。

監査ポイント環境構築の進捗が把握されていること。環境の構築品質について評価していること。

監査証拠  :実際に構築された開発環境

監査手続き :開発メンバあるいはテストメンバにヒアリングする。

監査ポイント:開発したモジュール自動デプロイされ当日あるいは翌日に当該機能テストができる状態か。

以上

2018-04-07

泣きながら仕事してもよい風潮にしてほしい※補足

最近デフォルトで涙がでてくる。

キーボード叩いてると突然ウっとなって涙がじわじわにじんでくる。きっかけはよくわからない。

涙がにじむとトイレにこもってできるだけ涙を排出し、自席に戻る。

涙が出るたび一々トイレに行かなければならないのが面倒くさい。

涙を出しきったつもりで自席に戻ってもしばらくは残尿みたいに止まらないのも面倒くさい。

そういうのが一々面倒くさいからそのまま涙流しながら仕事させてほしい。

世間的には泣く行為は割とハードル高い行為みたいだ。

なので泣きながら仕事してたら変に心配されてしまうと思うが、でももデフォルトで涙がでてくるため

自分としてはなんかあくびとかくしゃみとか居眠りぐらいの位置づけであり、あまり気にしないでほしい。

居眠りしながら仕事してる人間もいてそれが黙認されてるくらいゆるい会社なので

泣くことも許してくれないかなあとおもう。

なお今日も泣いてしまった。

きっかけはエンジニアのおじさんに理系特有早口でしゃべられた上長赤字メールを送りつけられたからだとおもう。違うかもしれない。

そういえば職場で始めて泣いたのはおじさんからバカかいフォントの指摘メール送られてきたときだった。

なんでこんなにおじさんから圧かけられがちかというと、この分野の知識が本当に本当になく不勉強からだ。

弊社はメガバンクSIer会社なのだが、自分最近までwebアプリの開発を担当していた。eclipsejavajQueryUNIXでshellだったのだ。

それが今のチームに異動となり、分野は一変、メインフレームでzOSでcobolファンクションキーになったのだ。

最初はわからないことが多いけど弊社主力の分野なので頑張ろうと思った。社内研修かたっぱしからでてメインフレームで遊ぼうよんで

がんばってついてこうとした、でも座学だけでは知識は身につかなかった。

手を動かしたかったが、Sierとはコードは書かないし資源引き揚げもしないみたいだ。

そういうのは製造委託先のエンジニア達の仕事で、では我々は何をするかというと、エンジニアさんの作った内部設計書、

テストケース成果物一覧、スクリーンショット確認するのである

でもそもそも何が確認観点で何がまちがってて何がどうなってれば正しいのかよくわからないのだ。

自分会社上司先輩に聞きたかったが、ある程度スキルをもった上司先輩は業務忙殺されておりもはやふだんどこにいるかよくわからない。

というのも近年弊社では超大規模プロジェクトが発足しており、

ある程度スキルをもった人間はそちらに根こそぎもってかれてしまっている。

自分はメインは運用保守メンテナンスチームなので、そういう上司先輩とは関わりがない。

たこプロジェクトでごっそり人がもってかれてるためメンテナンスチームの人間が少ない。なのでとにかく一人あたりの作業が膨大なのだ

そして作業内容は前述のとおり。委託先のつくった成果物をチェックし、品質関連の定型的な資料をつくり、承認する。

なにをみたらよいかからない成果物がどんどん送られてきてどんどんチェックしなければいけないのがつらい。

なにをしたらいいかからないことをどんどんしなければならないのがつらい。

そういうタスクがどんどんたまると涙がじわじわでてくる。

どう確認したらよいかからないけど聞く人もいない。

同じメンテナンス担当の先輩にきいてもよくわからないと返答がきたので

今日エンジニアのおじさんに聞いたら

いまさらなにをそんなこと聞くんだみたいな雰囲気をにおわせながら

理系特有早口でいまさらそんなこと確認しても意味ないですっていわれたからもうめんどうくさくなってしまった。

でもかつてはソースかいテストして資源ひきあげする立場だった身をしては、ちゃん確認したい気持ちがある。

でも同時に、とんちんかん質問する担当者に対してエンジニアイラっとする感覚も容易に想像つくので

もうなにもかもめんどうくさい。

明るくない分野の仕事をてさぐりでやらなければなければならないのがめんどうくさい。

何の意味があるかわからない資料を大量につくる仕事がつらい。

チェックシートに日付をひたすら埋める仕事がつらい。※つじつまをあわせるために、全て同じ日付にしてはならない。

ぐちゃぐちゃのエクセルをぐちゃぐちゃにする仕事がつらい。

これらをやらなくてもどうせシステムちゃんうごくのがわかってるから尚つらい。

かつてソースかいテストしてた時代は、ネットにあふれるイシキタカキラキラサイシンギジュツブログ

自分担当しているつまらなくぱっとしない時代遅れのwebアプリに不満を感じていた。

テストといってはひたすらスクリーンショットを延々と印刷する作業にいったいなんの意味があるのだろうと思っていた。

でも今の自分よりはるか意味のある仕事だった。

昨日Qiitaメインフレーム関連の記事をあさっていたところ、zOSではteraTermによりUNIXライクな操作ができることを知った。

また、ftpが使えることも知った。ということはffftpが使えるかもしれない。希望の光に見える。うれしい。すごくうれしい。

USSが使いこなせればもうすこしこメインフレームまわりに馴染みやすくなるかもしれない。

※補足

みずほではないです。とばっちり申し訳なかったので補足です。

報告は信じないことにする

管理職として異動してみたら、チームが空中分解しそうというのはよくある。

異動前は統制が取れた部署だと思っていたが、中に入るとぐちゃぐちゃだった。

ある部下に関して、部長からも芳しくない話を聞いていたので、相当にこじらせたのだと思っていた。

直接の部下ではないので、面談の報告等は、部下の上長から受けていた。

が、彼が報告してきた状況と部下を直接面談した印象が違っていた。

もともとコミュニケーション能力が低い部下なので、辛抱強く話を聞く羽目になったが、上長から報告された内容とはずいぶん違うのだ。

正直、その理由責任を取らない自分勝手な部分がある。だが、その部下の責任に帰すことはできない内容だ。

また、自分が放った一言が、相手にどういう風に受け止められるのかが理解できていなかったらしく、「相手を怒らせるなんて知らなかった。そんなつもりはなかったのに」とつぶやいた。

本当に…どうしてここまで放っておいたんだよ。

5年以上在籍して、この子供っぽさ。

なぜ指導をしなかったのか。その罪はかなり重い。

もちろん、芳しくない話しか出てこない部下である責任から逃れようと言質を取られないように立ち回るズルさもある。

だが、今回は完全に上長ヒアリング不足だ。

この上長と部下の関係性はあまり良くなく、上長の方から相談を受けていた。

部下は精神的に脆く、落ち込み出すとまったく対話ができなくなる(対話をあからさまに拒否する)。かなりやっかいな部下だと知っていたので、指導は大変だろうと思っていたのだ。

だが、お前も大概だ。

嫌いなのはわかっているが、ヒアリングはきちんとしろ

無礼はその場で正せ。

本人になんの指摘もせず、表面上だけの話を私に報告して何が上長なのだ

印象操作も甚だしい。

もちろん、気分屋の部下なので、私に向けた友好的な態度は、明日になれば拒否に転じる可能性が高い。

だが、同僚や先輩社員非礼な態度をとれば、問答無用で呼び出しの上、私自身が指導することに決めた。

今までは上長に任せるようにしていた。

そうしなければ上長メンツが立たないし、上長以上の役職である私が直接指導すれば、部下は完全に逃げ場をなくす。

部長も私も。

この上長は部下の味方だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

部下の本音を聞き出すのも、たしなめるのも上長の役目だが、自分気持ちを優先してフォローができていない。

相手にどう思われようと指導するのが上長の役目なのに、「怖い人間」と周りに思われたくないか指導できないようだった。

本当に表向き人格円満そうな人間ほどタチが悪い。

無駄仕事が一つ増えてしまったではないか

2018-03-30

anond:20180330145714

その場合に、クソマニュアルを作った開発を非難すること自体別におかしくはないが

受け入れ試験を行ったはずの末端のユーザより一歩くらい上の責任者操作方法仕様)を理解しているはずで、その人がマニュアルを書き直す羽目になるが別に業務回らんとかそんなことはないだろ。

受け入れ時にマニュアルチェックして突っ返せないことが判明したらその時点から受け入れ担当者(ないしその上長)がマニュアル書き始めるくらいは当たり前な気がするんだが。

2018-03-16

anond:20180316151354

推測できる材料が少なすぎたりしたらさすがに無理だけど

ネットを利用してる年月がある程度以上長くなると性別くらいは大体わかる

理屈じゃなくてこういうこと言ってる男or女よく見るっていう単純なパターン認識の集積

そこから外れるほど個性的な人って現実にはほとんどいない

2018-03-15

きっと誰も私の業務内容を把握していないし、それを誰も問題に思わないし、なんなら上長とは今期ほぼ会話していないし、「くだらないことで頭を悩ますことはすなわち『くだらないこと』に頭を支配されることであり、それってとてももったいないことだよね」という恩師が言っていたありがたいお言葉すらもどうでもよくなるほど、なんで自分がここにいるのか、ここで何をしているのか、もうなにも分からない。存在意義見出したいっていうか、誰かに必要とされたいと思うことはやはりおこがましいのかな。承認欲求の表れなのかな。かといって自分がなにか誇れるものを持っているかと言われればそうでもないし、どうすればいいんだろう。もう2年くらいずっとこんなかんじ。毎日生きていこうと思えるだけの楽しみもない。楽しいことは楽しいけれども、わざわざこの空虚毎日を過ごしてまで手に入れたいとは思わない。読みかけの本、予約したCDクリアしてないゲーム、無いなら無いでもいいから、とにかくこの生活を終えたい。

2018-03-13

森友問題

財務省文書改ざんした!安倍は辞任しろ

等と左の方の方々が特にぶち上がっている様子であるが、これ、割と危機に思える。

すなわちこれ、官僚を一人人身御供に捧げれば政権を倒すことができる、いわば官僚による現代軍部大臣現役武官制的な前例確立を目指しているということになるのだろうか。

有印公文書の偽造は大変な問題であるから、その上長責任を負い陳謝するのはまず当然である前例として厚労省公文書偽造において当時の大臣謝罪で済ませているので、これを踏襲するのが妥当だろう。もし辞任まで行くと、官僚人身御供大臣を吹っ飛ばせるというなかなかヤバメの前例が生じてしまうように思えるが、しかし何しろ有印公文書偽造となると国家の信用問題でもあるので大臣現在であれば麻生財務大臣の辞任は必要とも思える。むしろ以前の厚労省の件が軽すぎるように思える。

しか総理大臣の辞任となるとこれは大問題だろう。軍部大臣現役武官制と大差ない。官僚1人で日本国行政が極めて激しく揺れるのである。こんな状態を喜ぶのは中国北朝鮮といった日本と一部において利害対立のある国家だけであろう。経済の状況からしても、このような状況での政権交代は市場に動揺を与えることは必定で、折角生じたデフレ脱却の萌芽が枯れてしまう。間違ってもこれで総辞職などをしてはいけないと思う。経済的な悪影響に加え、あの悪しき軍部大臣現役武官制がどう機能たかを考えれば一目瞭然であるように思える。

まず疑惑の中心などとされている安倍総理本人の指示があったのかどうか。それが立証できて初めて内閣総辞職要求をすべきだ。推定無罪原則がこの国の司法制度の根幹なのだから、立証できていない疑惑だけで騒ぎ立てるのは国会運営資金の浪費だ。名前があったから「やっぱり安倍のせいだ!」というのはあまりにも短絡的である。それを言うなら「籠池が全部悪い!」も同時に成立するし、故人含む引退した議員責任のみである可能性も同等に否定できない。疑惑濃厚であれど、全く立証できていない。立証とはそういうことではない。それをよりにもよって立法府無視するというのは、あまりにも愚かしく見える。

次に、二度と公文書改ざんが起きないようにする抜本的対策必要だと思う。というか、これがどう考えても一番だ大事だろう。野党が一番すべきはどう考えてもこの部分を現実的かつ淡々提案議論し、導入させることだと思う。何を置いてもまずはこれ。最大の問題は有印公文書改ざんされたということであり、しかもそれを監査組織まで見逃しているという状況だ。

仮に安倍総理の指示だったと判明し、総辞職したとする。それでは結局時の権力者が変わるだけで改ざん可能性が残されている。それだけは絶対にいけない。誰が権力者であっても絶対改ざんできない仕組みが必要だ。もういっそブロックチェーン公文書管理して電子化改ざん耐性を同時に実現すればいいのにとすら思う。

2018-03-08

森友学園の決裁文書問題をまとめてみた

朝日が報じて、今日になって毎日も別の文書について報道しはじめて、一体何がなんやらわからなくなっているひとも多いと思うので「今問題になっている決裁文書ってそもそもなんなの」という話からまとめてみた。学生だったのは随分昔だし知識うろ覚えな部分も多く、わかりやすくする、自分知識が不足しているなどの理由から説明を簡略化している部分が結構ある。わかりづらい部分、間違っている部分があったら指摘してほしい。

今報じられている「森友学園の決裁文書」ってそもそもなんなの?

森友学園への国有地売買、こんな感じで進めますよ」というのを、財務省近畿財務局担当者上長に報告・承認を得ていた際の記録文書

半分は進捗報告も兼ねてるので決裁文書複数存在する(後述)。

決裁文書の「原本」は普通財務省近畿財務局しか存在しない。何かの必要性があって文書を外部に公開する必要があるときコピーを取ってそれを公開する。それが「写し」。

どんな文書があるの?

現在確認されているのは以下のとおり。

  1. 財務省近畿財務局が、大阪航空局に売却予定価格を通知した際の決裁文書
  2. 森友学園と務省近畿財務局の管財部門作成した、局内の決裁文書。以下の写しが存在している

2018年3月2日朝日新聞が報道したのは2-1。

2018年3月8日毎日新聞が報道したのは1。また、和田政宗議院の指摘する文書は「予定価格の決定の決裁文書」らしいので、1と推定する。

その他、森ゆうこ参議院議員が持っているとされる決裁書のコピーもあるが、どれのことかわからないので2018年3月8日段階では無視してよい。

朝日新聞が報じた問題ってなに?

2-1の中身が2-2と異なるのを根拠とした「公開時に、決裁文書が書き換えられたのでは。表に出ていない本当の決裁文書別に存在するのでは」という問題。2-1と2-2には以下の相違がある。

  • 学園との取引について「特例的な内容となる」「本件の特殊性」と表現した部分が削除
  • 「学園の提案に応じて鑑定評価を行い」「価格提示を行う」という記載が削除
  • その他、「学園とどのようなやり取りをしてきたのかを時系列で書いた部分」「学園の要請にどう対応たか」などの部分が項目ごとなくなったり、一部消えたりしている

2-1と2-2が違うと何が問題なの?

文書主義に明確に反している(文書主義が何なのかはググって)。また、情報公開で公開される情報の信用性を著しく損なう行政の信用性を担保するための情報公開なのに、それが信用できないのがやばいのは想像に難くない。

※正確には「原本が書き換えられた」場合と「原本そのままで原本の写しを書き換えた」場合の二つがあって、どっちなのかでも重要性が異なるんだけど、BLOGOSの記事がよくまとめてるのでそっちを読んでほしい。

なんで安倍政権の進退問題に発展するの?

森友問題性質如何ではなく、「行政文書安倍首相への批判をかわしやすくなる方向性に向けて書き換えられていた」というのがよくない。これは、「安倍首相が森友問題積極的に関与しているのを想像させるから」というものではないことに注意してほしい。

関わっていないのを前提にしたとして、そしてそれが役人忖度によって勝手におこなわれたとして、「誰に命令されなくてもみんなが現政権の有利になるかたちで不正をおこなうなら、現政権を一旦総辞職させた方がいいんじゃないの?」という思考になるのは、まあわかる。

もちろん、それは行政省庁で長年おこなわれてきた問題である可能性を否定できないし、安倍政権を交代させたからといって行政省庁の体質が改善されるかどうかもわからない。

ただ、行政省庁の出してくる文書データおかしいのではという話はこれに端を発したものではない。自衛隊南スーダン派遣における日報問題財務省における公用メール60日廃棄問題厚生労働省裁量労働制データ問題と、省庁をまたいだかたちで再三問題視されてきた。それにも関わらず、自民党政権下で改善されないということから行政省庁のガバナンス行政の長たる内閣がしっかりおこなっていない」という批判が出るのは、まあ的外れとも言いがたいところはあるかと思う。

誰が書き換えたの?

わからん

本当に書き換えられたの? 朝日新聞が嘘ついたんじゃないの?

明確な証拠はないのでわからん。なので、考えうる可能性を列挙してみる。

  1. 行政文書が書き換えられた
  2. 朝日新聞が飛ばし記事を書いた

朝日新聞が飛ばし記事を書いた可能性が否定できないし、飛ばし記事であっても決裁文書が書き換えられた可能性も否定できないのもおもしろい(傍証2はむしろ書き換えの可能性を示唆するものなので)。

仮に飛ばし記事だったとした場合、推測を1面スクープにして行政責任を求めようとする朝日新聞の報道姿勢は責められるべきであろう(この辺報道倫理かに詳しくないのでわからん)。

どうして朝日新聞は入手した2-1を提示しないの?

可能性としてはいくつかある。

  1. 朝日報道が本当であるが、2-1を出すと、それにあわせてまた提出される文書が書き換え・破棄される可能性があるから
  2. 朝日報道ねつ造であり、2-1を持ってないか

後者は言うまでもないとして、前者でも理屈は通る。公文書偽造が焦点である問題なので、資料を出したらそれにあわせた偽造がされるかもしれない。公文書偽造が焦点なので、戦略として出さないのは正しい。

なんでみんな朝日新聞に公開を求めず、安倍政権証明を求めるの?

言い出した方が説明責任を果たすべき、というのは私人間であれば成り立つのだけれど、行政学・政治学視点から言うと、「公権力たる行政国民に対して強い権力を持つため、私人間における均等な説明責任の原則が成り立たない。行政私企業よりも強い説明責任が課される」とは言えそう。

どうして財務省ゼロ回答を繰り返すの? なんで「書き換えはない」と言えないの?

  1. 悪魔の証明から
    • 「あの答弁は嘘だった」ということにならないよう、本当に確実なことしか言えない。むしろ、「ない」と断言しないのは誠実さの表れとも読める。
    • 断言(「私や妻が関係していたということになれば、首相国会議員も辞める」)してしまって大もめになったのが森友問題なので、確実なことしか言えない。
  2. あったのをなんとかごまかそうとしているか
    • 逆にこっちの説は具体的な根拠が「行政は信用できない」ということ以外にないので、一旦無視しておいたほうが誠実ではあると思う。

どうして野党はこの問題国会の審議時間を浪費するの?

政党政治における野党役割与党監視なので、公文書偽造問題における与党ガバナンス不足を追求することは審議時間を削ってでもおこなうべき重要仕事」とは言えると思う。また、実証政治学でもある程度証明されているのだが(ごめんすぐに具体的な事例の論文が出てこない)、国会で審議時間が減ると困るのは与党だけでなく、ただでさえ審議時間が減っている野党も同じ(むしろわずかに与えられたパイを更に削る、リスクのともなう行為であることも留意しておきたい。

結局どっちが正しいの?

知らん。

その他

指摘あったら追加するので各位指摘お願いします。

anond:20180308114122

人と比べると劣る容姿あなたより10年以上長く生きてきた増田だけども、

ある時「美人ではないが魅力的に楽しく生きよう」と思ったな。

自分はブス」と思うより「自分美人ではない」と思うほうがいい。(潜在意識否定形認識できないらしい)

悲壮感を伴う努力は年取ると顔つきに反映されるんで、楽しく気持ちいい範囲でやるのがいいよ。

2018-03-07

鬱病診断された過去あるけど今はフルタイムで働けてる

だりぃな、会社行きたくねぇなって思う日もあるけど、なんとか踏ん張って毎日働いて生きてる。

そもそもうつ病だろうとそうじゃなかろうと、だるくて会社行きたくない日なんてみんなあるよね。

同じとこ勤務して5年はゆうに超えてるからもう大丈夫だと思う。社会復帰上手くいった。

わーいわーいヽ(*・ω・*)ノ

3年くらい外ほぼ出なかった、色白すぎてキモいなお前って言われたこともあるけど、今は腕とか顔とか日焼けして人並みの色に戻った。

なんで外出ようと思ったかというと単純な話、金です。

色々あって引っ込んでからというもの毎日飽きもせず布団の上でもんもんと悩み考え続けて現実なんて見て無かったんだけど、

ある日ふと気分転換に好きな漫画買おうと思って外出てATMで金下ろしたら、あれ、残高減ってくのやべーなって気付いて、

このままいくと好きな漫画の続きが買えなくなるよな…?って危機感覚えて、とりあえずバイトでも何でもいいから働こうって気になった。

メシ食えないとか生活出来ないって考えじゃないところが我ながらどうかしてるぜ。

それで、人に会うってこと自体ぶっちゃけ足すくんだけど頑張ってハロワいって、職業訓練も通えるぞって教えてもらって。

病院行って、正直全然大丈夫じゃないけど大丈夫からって言って、担当から働くのオッケーって診断書ぶん取ってきた。

職業訓練出来ない人もいるっぽいけど詳細は知らない。自分要件満たしてたみたい)(制度知らなかった世間知らず)

いいね職業訓練ものによるかもしれないが、朝早く無いし、昼過ぎには終わる上にお金までいただける。

ぐうたら体を社会人らしい生活に慣らすことが出来たのもありがたかった。その後、縁あって今の会社で働いてる。

社会復帰直後からフルタイムで働けたのも、職業訓練のおかげだ。

  

自分はまだ漫画読む元気が残ってたからなんとか引き返してきたけど、それ以上長引いてたらどうなってたかからない。

あと、好きなものがあるということは救いになるね。んで、世の中やっぱ金だ。

好きなもの手に入れるにも金がいるし、心を豊かにする・楽しむために遊ぶにも金がいる。人をやる気にさせるのは金だね。

みんなが大好きなスマホだって金がなきゃただの薄い板だもの

  

なにはともあれ社会のみんな、ただいま!

2018-03-03

会社についてのメモ

いろいろ働いていて思ったことのメモ

まず職位名だが本国と出先では同じ職位名でも実際の機能結構違う。これは出先機関基本的本国の指示を実行することがまず求められるのと、大抵は営業拠点であるので売上・利益というゴールが最大の関心事になるためと思われる。

Assistant - 契約社員 / Associate - 新入りレベル / Senior - 新入りレベルではない人、または、何年かはいる人 / Lead - 現場リーダー / Manager - とりまとめ担当者、または係長課長 / Director - 課長部長 / Vice President - 部長本部長 / Executive Vice President - 本部長〜執行役員 / Senior Executive Vice President - 取締役(CXO) / President - 社長CEO

Specialist - 担当者専門家という意味特に含まない / Architect - 作業担当者設計という意味特に含まない / Engineer - 作業担当者。開発という意味特に含まない

Sales - 営業段階で動く人 / Services - 利用段階で動く人 / Engineering - 開発段階で動く人

なので、たとえばService Architectは「サービス設計をする人」ではなく「導入支援担当者」で、Engineering Architectは「開発物の設計をするアーキテクト」となる。

面倒なのがManagerで、一般名詞として使うときは「管理者」だが、Product ManagerなどXXX Managerと使うとき管理者ではなく「XXXまわりのとりまとめ担当者」といった意味役職になる。

これらは一例で、会社によってどういう修飾語を付けるかは結構違う。ただ言えるのは、日本会社に比べてインフレした名前をつけるというか、実際の役務以上にカッコイイ響きにしている感がある。「Senior Architect」とか言われたらおおっと思ってしまうが、「新入りではない作業担当者」と読み替えたら普通である

意思決定については、VP-Director-Managerのラインでは、VP意思決定を行い、Director部門間調整を行いながらManagerを支援し、Managerがスタッフ管理をする形になる。日本でも同じではと思うかもしれないが、中央集権度が違う。

Managerが一番現場上層部意思決定板ばさみとなっているのは洋の東西を問わないようで、しか中央集権度が高いため中間では判断できずメール転送リレーになってしまうこともしばしば。実務上の判断よりも、メッセージルーティングが最大の機能になる。これを「オープン組織コミュニケーションスタイル」と呼ぶのか「ヒラメ族による調整」というのかは地域によって違うようだ。

このあたりは本国出先機関かがおそらく影響しており、叩き上げが多かったりコミュニケーション密度が高くなる本国内であればManagerへも権限委譲やすいが、人の出入りが激しい出先機関では難しいと思われる。

また、これは組織構造に加えて組織の大きさが影響していると思われるが、数値での目標管理がしっかりしている。全く異なる地域文化社員管理比較しなくてはならないので、個別状況を勘案することは基本的に無理。したがって数量換算できる指標管理するのが原則となる。これは成果主義ではなく、数値主義と言える。例えばSalesであれば獲得顧客数・売上・利益、Serviceであれば売上稼働時間といった指標になる。

再び本国出先機関の違いに戻ると、出先機関基本的に在籍年数が少ない。いわゆる日本での典型的外資系イメージがこれであろう。これは出先機関はとにかく売上・利益本国にもたらすことが最優先なのが理由と見ている。先の数値管理に加えて現場での自由度の低さもあり、プレッシャーの大きさだけでなくストレスレベルも高い。

そしてそんな短期間で回転してゆく社員個別の非数値的状況を勘案しつつ管理することは難しいので、数値管理ますますなされてゆくという傾向がある。ここはかつて流行った数値的経営管理の影響も大きそうであるKPIをどんどん定義して、その数値によって判断するのが論理的に正しい、という傾向がある。

一応、数値だけではまずいということで、それを補うために数値外の評価制度がある。しかしこれも360評価が主流となり上長が指揮下のスタッフを自らの責任評価するものではなくなっているため、全員がある意味世間による評価」を意識する必要があり、これはこれで大変である日本の「空気」みたいなものだが、結局管理せずに管理したいと処理を分散していくと同じ様なものになるのが面白い

そんな状況のため出先機関では常時人が不足している。しかし育成機能はなく、本国要求は現地状況と関係なくどんどん出てくる。そうなると短期間でやめるにしても給与レベルは高いですよ、という形にして集めざるを得ない。備兵みたいなものであるしかしそうなると会社としても元は取らなくてはいけないので目標管理が更に厳しくなる。

この構造では商売軟調になると、社員ストレスばかり大きくなるので一気に離散する。また、社員としても元々長年居られると思っていないので、軟調以前に他社のでもより強い商材が登場すればそれに乗って転職してしまう。こうして転職が激しい構造が生まれ、維持される。

企業の興亡が激しいのもこういう人的資本の急激な集散が要因になっていると思うが、こういうダイナミックな状況で法人が滅ぶのはいいとしても個人死ぬわけにはいかないので大変である。この構造を「状況に適応し迅速に新しいバランスに至るよい仕組み」とみなすか「過敏に状況を揺らし個人社会不安定化させる仕組み」とみなすか、難しいところだ。「経済効率の追求が世界人類総体ではより豊かにした」vs「経済効率の追求が個人生活破壊した」みたいな話。

何が言いたいわけでもないが、結局どの組織も置かれた状況に適応しているだけで、どちらがいいというものでもない。地の利と時の運に恵まれ業績のいい企業産業地域では余裕があるため、その余裕が反映して「理想的なワークスタイル例」としてもてはやされるが、それが自社・自分に適しているか全然別の話になる。

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