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はてなキーワード: タイトルとは

2018-10-24

○○すぎるって表現嫌悪を覚えるようになってきた

流行りだしたのは「美人すぎる尼さん」あたりだったと思うけど、その頃はどうでもいいって感じでそこまで気にしたことがなかった。

最近嫌いなのは動画タイトルとかネット記事見出しに使われるやつよ。

「○○が怖すぎる」とか「凄すぎる○○」とか。

普通に言えよって。な。みんなそう思ってるよな?

どうせ中身はクソ広告かクソペラペラに薄いから見ないけどさ。

書きながらラノベタイトルもそうかと思ったけど、ラノベは読まないのでどうでもいい枠だわ。

美人すぎる○○」もどうでもよく感じてたのは、そこまで邪魔じゃないからだな。

テレビで騒いでも一瞬だし、不快なら避ければ自衛できるし。

それに比べて最近の「○○すぎる」はネット徘徊してたらいつでもどこでも出てきやがって…邪魔すぎるんだよね。









あっ!!!

エロゲーにおける誤字脱字は誰が悪いのか

久々にエロゲーを買った。

去年発売のタイトルで、結構人気があったやつ。

で、内容云々はともかく、誤字脱字がちょっと多い。

ライターが悪いのか、デバッグができてないのか…。


もしくは…PCエロゲ文化の衰退と違法ダウンロード蔓延により制作費はギリギリ

サービス残業により疲弊したライターの書いたテキストは誤字脱字まみれ。

マスターアップ(納期)直前にスタッフ総出でデバッグするも、

徹夜3日目の真っ赤な目ではテキスト完璧なチェックなどできるはずもない。

ええいままよ!修正パッチ配布で許せ!

…って感じなのかな。

anond:20181023203337

面白いレビューだけど、一般人タイトルの時点で一歩引いちゃうからまり議論にはならないんじゃないかなと。放送されたらオタクかつ母親というニッチな層に感想を聞いてみたい。

その主張はお気持ちだと指摘すると攻撃されたと勘違いする人がいる

タイトルの通りで世の中にはその主張はお気持ちであると指摘すると攻撃されたと勘違いする人がいることが分かった

フェミニストの件もそうだし、最近清潔感の話もそうだけど、

「ここの事実関係が間違ってますよね」「これはあなた感想ですよね」という指摘は

本当に事実関係が間違っていることを指摘したいだけだし、論理ではなくあなたの思った気持ちなのかどうかを素直に確認したいだけだ

清潔感は清潔かどうかは関係ないよね

なんでそう思うかというと、3日風呂入っていないイケメン毎日風呂に入っているキモオタ

どちらにより清潔感を感じるかというとイケメンだよね」

という主張をすると、

「いや、オタク風呂にも入らないやつがいから臭いんだよ」

とか頓珍漢なことを言って怒ってくる

こちらが主張したいことは清潔感お気持ちワードか否かだけで

キモオタが清潔な暮らしをしているかとか社会人としてのマナーとかの話をしているわけではないのだ

素直に

清潔感お気持ちワードだよ

から身だしなみを整えようね」

と主張してくれさえすれば納得できる話がどうしてできないのか

もっと言うとお気持ちワードにそれっぽい理屈を後付けしてもっともらしい主張をしてくる輩には

心底うんざりしている話もあるが面倒くさいのでこれ以上はしない

この記事麻生叩きをしてる人は気を付けた方がいい

麻生財務相、不摂生患者への支出疑問視

麻生太郎財務相23日の閣議後の記者会見で、不摂生の結果、病気になった人への医療費支出疑問視する見方を示した。

https://this.kiji.is/427313438190290017

はてぶでホットエントリ入りしていたこ記事、上の引用記事タイトルと全文。短すぎる上に情報ほとんどない。

具体的にどんな発言をしたのか、どんな文脈で言ったのか全く分からない。

例えばの話、

A「不摂生病気になった奴の医療費など無駄。そんな奴は○してしまえばいい」も

B「不摂生病気になったとみられる人の医療費は全体の○%になるという推計がある。これで国民理解が得られるのか、疑問だ」も

「不摂生の結果、病気になった人への医療費支出疑問視する見方である

AとBとでは天と地ほどの差があるのに、はてぶコメントはまるでAの発言をしたかのように叩き一色。

叩いてる人はもうちょっと落ち着け

過去問題発言をしたからこう言ったに違いない、と決めつけて叩いてはスマイリーキクチ事件の二の舞になる。

2018-10-23

作品タイトルを間違ってる時点で読む気失せるんだよね

「半分青い総評」 → https://kozaab.hatenablog.com/entry/2018/10/21/222724

これとかさあ、タイトルを見た時点でウンザリよ。

いや分かるよ。『半分、青い。』の事だって

分かるけどさ、これから偉そうにあーだこーだ語ろうとしてる奴がその作品名ミスっちゃあかんでしょ。「あ、コイツちゃん作品見てないんだな」って思われるよ?

ママ小学4年生

女将小学生ってタイトルを聞いて、これを思い出した氷河期世代は俺だけ?

2018-10-22

キズナアイ問題に対する不満

1.

炎上していないのに「炎上」として取り上げられたこと。

2.

仮に「炎上」しているのが本当だとしても、千田氏が引用したケースでは「炎上」の理由が「性的に強調された描写女性の体をアイキャッチに使うこと」であり、

千田氏が(最初記事で)苦言を呈する内容と一致するものではないので、「炎上しているから(炎上していることから分かるように)適役でない」というようにとれるタイトル不適切では? ということ。

さらに言えば、わざわざこの「炎上」を取り上げなくても書ける内容なのでは? ということ。

3.

なぜもっと「公の場」である地上波TV番組の同様のケースではなく、キズナアイの件が選ばれたのか? ということ。

あるいはもしキズナアイではなくリアル人間女性特設サイトに相槌役で起用されたとしてもこの問題を取り上げたのか? ということ。

(キズナアイ問題以前から千田氏の言動に対する不信によるもので、ぶっちゃけ難癖)

4.

ジェンダロールの再生産の問題というなら、どうすればよいのかもっとはっきり書くべきでは? ということ。

千田氏はただ相槌を打つだけの女性ではなく「せめて白衣の女性が立ち、きちんと受け答えをしてくれていたら」と書いているが、

このようなケースでジェンダロールの再生産をすべきでないというのであれば

・「先生と生徒」スタイルでも、生徒役に「相槌役」はさせず、ある程度の知識を持った者を配置すべきである

・「先生と生徒」スタイルで、生徒役が相槌を打つことがメインであれば、先生役が女性もしくは男女両方(生徒役は男女どちらでも可)か、生徒役が男性もしくは男女両方(先生役は男女どちらでも可)に限定すべきである

そもそも先生と生徒」スタイルを行わないべきである

のいずれかということになるのでは?(今自分が思いつく限りでは)

であれば、はっきりそう書くべきでは?

そしてそうなると、キズナアイが生徒役(相槌役)しかできないような分野のこういったコンテンツには、

先生役も女性でない限りキズナアイは同じ役割男性を伴わなければ参加するべきではない(企画側が呼ぶべきではない)ということになってしまわないか

それはキズナアイ(のような女性)の活動の場を制限してしまっていないか? ということ(個人的には企画側あるいは演者側がこういった構造自発的に避ける事自体は「よく考えられた配慮」と思うし、本当に「女性は相槌役」だから「相槌ができる」「相槌しかできない」女性を出そうというコンセプトが明らかであればそういったケースには反対したいが、一方で必ずしもそのような理由でなくても何らかの理由で選んだ「人」が「たまたま(知識不足の)女性であることはありうる(例えば「自局のとあるドラマ番組アピールしたいからそのドラマの主役を採用」とか、「今年の流行語大賞獲得間違い無しの話題No.1人物採用」など)と思うし、そのような場合であってもその女性知識不足であるために採用すべきでないとするのであれば行き過ぎと感じる)。

仮にそうだとしても、それでもジェンダロールの再生産はすべきでないのか? それほどジェンダーロールの再生産の悪影響は強いのか?

そうであれば、千田氏なりの配慮なのかもしれないが「若い女性が励まされるだろうか?」「配慮をお願いしたい」という程度に留めず、はっきりそう書いてほしいということ。

5.

4.と多少重複するが、そもそもNHKキズナアイが「(見た目が)女性から」「生徒役に」選んだのか? 他の可能性はないのか? ということ。

キズナアイについている客層目当ての人選ではないのか? あるいは意外性のある起用によって耳目を集めるためでは? ということ。

仮にそうだとしてもジェンダーロールの再生産に変わりないのだろうが、そういったことも考慮に入れた上で、それでもの話ということであれば、

あるいは女性から選んだのだと思える理由があるのならそれを書けば説得力が増した。

6.

ジェンダーロールの再生産の問題というなら、この場合どちらかといえば問題は配役、つまり企画側のNHKにあると思うのだが、キズナアイが強調され過ぎではないか? ということ。

本文中「NHK」は4回、「キズナアイ」は9回出てくる。

NHKはこうした、こうすべきという言い方よりも、キズナアイはこうであるという書き方が多い。

「「キズナアイ」に割り振られた役割」ではなく「NHKが「キズナアイ」に割り振った役割」では?

人工知能という設定を生かして、もう少し専門的な解説をする役割を、振ることはできなかったのか」ではなく、

NHKは、人工知能という設定を生かして、もう少し専門的な解説をする役割を、振ることはできなかったのか」では?

「このキズナアイの代わりに、せめて白衣の女性が立ち」ではなく、

NHKは、このキズナアイの代わりに、せめて白衣の女性を立たせ」では?

これでは「NHKジェンダーロールを押し込めた役割を振った、もしくはジェンダーロールを体現するような者を起用した」ということより、

キズナアイジェンダーロールを体現している、振られた役割にとどまっている」ということが強調されていて、

言い換えとして成り立つ範囲を超えて、「NHKジェンダーロールを再生産しないような配役を考えるべき」というよりも

「(この場では)ジェンダーロールの再生産となるようなキズナアイ不適切だ」というニュアンスが強まってしまっていると感じる。

我が魂は汝と共になショートショート教えて

ギョウシェュクされた炎熱皇帝ファイヴァ=エンターテイメント提供してくれるショートショートが…酒と女が何よりも好きだ。

揺籃期頃から注意が散漫で、一冊のグリモア詠唱(よ)むことに苦労した翻弄されし旧き自我が、初めて触れた文学的人生を彩る不純物がショートショートであった。

大人になり、双つの針が示す有限の因果がなかなか奪えない――しか連続ミッション生活を送る核(なか)でも、そのアニマ同調率を痛感している。

我が覇道星新一には未だ戦いを知らぬ頃から親しんできたが、その他の作家によるショートショートにはナンバリングタイトルがありはしない。

ぜひエトロの民の永遠の心炎《アモレ》なショートショート冥土土産に教えて…この憎しみと虚無と哀しみを埋めるものが欲しい。

ちなみに、以下のウラルの術式から過去5回の星新一入賞“力”の結晶無料詠唱することが成し遂げるので、ぜひ。

https://anond.hatelabo.jp/20181022064149

2018-10-21

タイトルに「明日から」が入ってる作品は全部名作説

なくなくなくなくない?

[]玉木ヴァネッサ千尋「隣の悪女

横浜線ドッペルゲンガーというクソマンガの作者だと知りながら手にとってしまった

結果、やっぱりこれもクソ漫画だった

相変わらず絵が下手だしマンガの書き方も下手

視線誘導ヘッタクソだしコマ割りもセンスがないから読みづらいことこの上ない

設定や展開もありきたりでタイトルから想像できる内容そのまんま

おまけに悪女チートすぎて勝てる気がしないし

やたら編集部とかから推されてるのがまったくもって意味不明

キズナアイ問題についてフェミニズムの人が一番最初認識しないといけないこと

単純な話、記事タイトルに「キズナアイ」を強調するタイトルを付けてる人は、全員これをやらないといけないのに、いまのところこれができている人が一人もいない。

sumomo-kun 役割分担の非対称性問題を主眼として、その一例としてキズナアイを挙げるならわかる。キズナアイを主眼とするなら、あの番組スペシフィックな問題を挙げない限り、理解されるわけがない。

まさか乳袋とかの描写を見て「○○を強調している」的な主張を繰り返していた人たちが、記事タイトルは強調してないとかダブスタなことは言わんよね。


故にフェミニズムゴミ

反論したい人は、この問題クリアした記事を紹介するか、自分で書くかどちらかをしない限り、負け犬の遠吠え

2018-10-20

はてブベジタリアンビーガンに対する偏見が低レベル過ぎてヤバい

肉屋を襲う過激派ニュースのせいで勘違いしてる奴がいると思うんだが、ビーガンそもそも過激派でなんでもないからな。

ビーガンは頭おかしい滅ぼせって言ってる奴らは、イスラム教徒は全員テロリストだ滅ぼせって言ってるのと変わらないからな。

欧州じゃ人口的にも数%はいて、お前らがやってるのは、「ユダヤ教教義ヤバイ、全員改宗殲滅しなきゃ」ってのと同等。こっち来てビーガン滅ぼせ表明したら逆にナチスレベル過激派扱いされても不思議じゃない。

ヨーロッパ大学学食じゃ必ずビーガン向けメニュー提供されてるし、若い人にはかなり浸透してきている思想だ。(ビーガンと書かれた食べ物は必ずしもビーガンけが食べるわけではなくて、欧州では肉を食べる量を減らそうと考える人は多い)

典型的批判動物を食べるなら植物を食べるのもおかしいってのがあるんだが、そういうのはあくまで線引きの問題で、「自分と近い命をどこまで尊重するか」という話に帰結される。歴史をたどればほんの少し前まで白人有色人種の間に線を引く人間もいたし、戦争状態ともなれば自国民とそれ以外の間に線ができかける。

それにしてもビーガンは極端に思えるだろうが、伝統的にも欧州で言えば修道士日本で言えば厳格な僧侶実践すべきと教えられてきたことだ(実際はよく破ってたんだが、それは現代ビーガンにもいえるかもしれない)。歴史的にも何一つおかしい話じゃない。(ビーガン滅ぼせって言ってる奴らはもう一度比叡山でも焼くんだろうか?)


肉食わないと生きてけないみたいに言う人間もいるがビーガンよりマイルドベジタリアンは卵とか乳製品食えるから栄養的には問題ないし、ビーガン大豆由来のタンパク質なら食い放題、タンパク質の加工技術が上がってビーガン向けの肉料理もどき加工食品ラインナップが充実したことで、栄養学的にも健康実践できるようになった生き方なんだよ。(多少平均寿命が縮むかもしれんが、こっちは肉の食い過ぎで太り過ぎてる人も多いのでなんともいえない。)植物由来でタンパク質をとれることを知らないレベル議論してる人間ビーガン栄養認識馬鹿にするとかどんな地獄なんだか。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/newsphere.jp/national/20181019-2/

このブクマ偏見に満ちてるが、犬だって肉食性ではなく人間と同じ雑食性だと記事説明されてるし(実際日本では犬に肉由来のペットフード食わせるようになったのは最近の話。)、動物愛護の観点っていうのは「現状ビーガンドッグフード栄養が足りていないor高価であり保護されるような貧しい犬に行き渡らないという」極めて論理的でまっとうな指摘であって、お前らが表明してるような「犬が肉食えないのかわいそう」みたいなそれこそ人間視点見方じゃないわけ。


あと肉の生産に関する議論を補足すると、肉の生産には飼料コストがかなりかかっていて、地域によっては食料よりも飼料生産が優先されるせいでそこの貧困層人間が飢えているって指摘があるわけ(実際肉の生産止めたところでそいつらに食料がまわるかは知らんけど)。実際ペットフード生産地で餓死者が出てるんだとしたら、動物殺すのも植物殺すのも変わらんお前ら風に言うと、お前らの犬は途上国貧困層人間食い殺してるのも変わらんってことになるな。


ちなみに自分ビーガンじゃないし、欧州じゃ価格が安いのをいいことに毎日肉食ってるけど、自分ユダヤ人でも黒人でも朝鮮人でもないか差別してる奴らを無視するっていうのは違うと思うから怒りの増田を書かせてもらった。




追記誤読している人がいるようだが、普通ビーガン肉屋を襲わない。お前らの見てた海外ニュースには肉屋を襲う過激派ビーガンと呼ぶって書いてあった?度々引き合いに出してイスラム教徒にはすまないが、それは9.11の直後に「テロリストイスラム原理主義者」って誤解を広めたメディアがいたのと似たような問題最近だと一部メディアの「インセル」の使い方もそうか。それにしてもいつもはマスコミ不信決めこんでるのに、何かを悪く言うレッテルときだけは簡単に信じて扇動される層よくない。

もっといえば普通ビーガンは鬱陶しい街頭活動もしない。まあそれは言論の自由だけど。肉食について過剰に批判する層は表現規制フェミと一緒で一部の過激派という認識でよろしい。


ブコメに少し返信

ketudan

統計は知らんが欧州では明らかに多い。出羽守という指摘は正しい。

我が国事情も知らない物知らずが説教するな」っていうのは、ミャンマーサウジアラビア中国弾圧する側は同じようなこと思ってるだろうね。実際のところほとんどの人はそのあたりの国の歴史的背景について詳しくないでしょ?

mori99

ビタミン剤健康によくないという考えは、味の素健康によくないというデマに近接するところにあるんだが、逆にそう思ってるエセ科学層とビーガンが被るところもあってそのタイプ人間無知なまま子供育てると虐待まがいの結果を招くということはあるので難しい問題だとは思う。

verda

一応主語はてブではなくて偏見のはずなんだが。はてブ場所ととるか人の集合ととるか。人の集合にしても思想統一されてないのが当たり前だしなあ。タイトルで煽らないと人が釣れないと思ってたところは残念ながらある。

maguro1111

犬の幸せ特別視する思想いいと思う。やっぱり恣意的な線引きの問題ではある。犬は歴史的にも人にとって特別といえると思う。対立はいいと思う。非難されるべき偏見無理解。あと自由主義を前提とすれば他人自由を奪う押し付けもよくないとはいえる。そういう意味で嫌われるビーガンがたくさんいるのは知ってるが、おかしいのは押し付けあるいは個人自由を軽んじる姿勢であって肉を食べない思想じゃない。犬が肉を食べる自由は、その犬の飼い主の自由なのか犬自身権利なのかという議論はあるだろう。

情報番組映画ランキングむかつく

まら映画の紹介ばかりで初登場一位の宇宙の法をタイトルだけでスルーとか

ちゃん幸福の科学プロパガンダ映画だって紹介しろ

アホな芸能人したり顔政治語るより、こっちのがよっぽど重要やろ

anond:20181020111709

スペース増田は多分増田しか活動してないかidとか分からん

読点使わず分かち書きをする増田のこと

トラバ専、タイトルを入れる、すぐ消す、などの特徴がある

何の収益にも繋がらないのに個人サーバを有料で借りる意味

例えばにゃんぱすーボタンとか。個人制作のやつ。最近増田でも見かけた気がする。

いや、知らないだけで収益あるのかもしれないけど、ああいうのって多分有料サーバだよね?

なんで金払ってんの? こっちはただで楽しめるけどさ。

グーグルプレイとかも多分登録有料だよね? 何で広告貼らないの?

名前とかツイッター名書けば売名になるから? 書いてない人もいるけど。

クリエイター個人サイトならまだ分かるんだが…いや分からいかも。


技術と金が有り余ってんの?

自分の考えが貧乏性なだけ?

人を楽しませたい聖人なの?

承認欲求満たすため?


ただ、もしも無料サイトで作れないのならば、この日記は8割解決する。無理なのか分からない。


極論言うけど下らないサイト作るならアマプラ課金してたほうが有益なのでは?

煽りじゃないマジでからないのでタイトル心理を教えて。


追記

文句があったので一部修正しました。

anond:20181019200452

受け入れがたいとか抵抗があるとかではなく、問題レイヤーが違うと思う。

そもそも人間感情がある生き物で、感情論を法に持ち込むなという話ならわかる。

しかしか論法共感万能薬じゃないってなに?

タイトルマイルドにしてあるけど、中身みれば序盤の論調権威と紐付けたあと畳み掛けるように共感や同情=悪という印象を植え付けてきてるように見える。

人々がそれぞれお気持ちを待つ=だれかが権利享受できない

という図式は成り立たないというのに、まるで二律背反関係であるかのように煽ってる。

この世から憎悪を取りのぞくために誰もに権利を=共感危険です。はぁ?

そもそも大前提不完全な人間を不完全な人間が裁くために生まれたのが法なわけで、その2つは対立関係であるけがない。

あれは問題提起ですらない。意味不明なさい疑心で満ちてる。

しか司法レベルの話になると民意世論被害者感情バイアスがかかったり情状酌量なんて言葉があったりするくらいだから未熟さは感じるけど…だからこそブラッシュアップは必要。それは何においてもそうで、権利に関することばかりではない普遍的課題しかない

繰り返しになるが、法において同情や共感感情論は不要という話ならわかるよ。

でもこの世においてまるで共感や同情は悪であると言わんばかりの思想には寒気がするよ。

邪推であることを祈る。

はてなポジティブ意見が多いのは、共感能力に乏しい人間がここには多いから、ああい記事から許されている感覚癒しを得て喜んでるだけでしょ。

とにかく、

世に渦巻く憎悪を解消するために

人々がもつ権利平等行使することを推奨していくにあたって

人々の共感という心の働きについて警鐘を鳴らす

がどう繋がるのかわからないし、共感を警戒することによってこの問題がどのように提起されるのかわけわかめ

2018-10-19

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

同人誌の部数絞って頒布する事のなにが悪いのか

タイトル通りでございます

「ごめんさい、午前中に完売しちゃったはわわー」

←なぜダメ?なぜ謝る?誰に対しての謝罪

同人って趣味ですよね?(同人生業にしている方もいらっしゃるかもしれませんが)

己の欲求を満たすための趣味ですよね?

個人趣味ならば、午前中に頒布物が無くなる程度に刷ろうが、在庫死ぬほど余るほど刷ろうが、個人自由だと思っているのですが、午前中に完売は悪な風潮に疑問を持っています

なぜなのでしょうか。

娘が日曜朝にプリキュアを観に起きてくるんだけどテレビのある所が俺が寝てる部屋なので、俺は別の部屋にいって二度寝するか、そのままプリキュア流れる横で寝続けることになる。

先週のプリキュアは既に起きて他のことしてたのでそのままプリキュアが流れてるのを横目に見てたんだが、歴代プリキュア共闘するオールスター回だった。

ほとんどタイトルだけ知ってるか数話観たことある程度で、中にはタイトルすら知らない(フレッシュとかGOGOとか真ん中のあの辺)のもあったんだけど、それでもオールスター回って燃える

なんなんだろうね、なんで新旧主人公の共演ってあんなに燃えるんだろう。

今週は後編で初代もでてくるらしいから楽しみだ。

ただ50人くらいプリキュアいるらしいけど敵が一人だとさすがに数の暴力感がでてくる。

オールスター回は敵もオールスターにしたほうがいいんじゃないかな。

ぜったい炎上したくない

話題になってる問題について増田を書いた

タイトル Aについて

「今、Aという主張が問題になっている

 Aと主張する人には○○という事情があるのだろうが、

 Aには問題があり、Bとするべきだと思う」

トラバつく

「出たよA信者

「Bに決まってんだろばかじゃねーの」

ブコメつく

「Aと主張する人の一意見。いつまでこの不毛な争いは続くのか」

「○○を譲れないというから問題になるってどうしてわからないんだろ」

追記書く

文章力がなくてすみません

 私がAと主張してると受け取られているようですが

 私はBと主張したいんです」

このへんでホッテントリはい

ブコメつく

「○○を譲らないって言ってるならやはりAではないか

「○○なんてどうでもいいって言ってる私の意見スルーですか?」

追記書く

「○○を譲れないとは書いてません」

なおこのへんでトラバは知らん増田同士が言い争いをしてるので追うのを止める

ブコメつく

「これだからA信者は!」

「○○を後生大事にかかえていたらいい。こっちに近づかないでくれ」

「Aの支持者はこういう感情的なやつらばかりだな」

翌日辺りに何人か

「本文読んでないブコメばかりだな」

増田はBって言ってるのにA呼ばわりしてる人なんなの?」

ブコメをつけてくれる人がいるが、そこからは全く延びない

一度炎上すると、批判する声をおうむ返しにするだけで

もととなる増田そもそも読んでないやつが大量に発生するんだなということがわかった

増田から別に炎上したって大したダメージないけど

あれが顕名だったらと思うとぞっとする

ぜったい炎上したくない

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