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はてなキーワード: 認識とは

2018-06-22

anond:20180622105548

 制作する朝日放送は「(原作は)実際の事件モデルにしたり、事件からモチーフを得たりしたものではないと認識しております」(広報部)などと答えた。関西地区では予定通り来月から放送するという。

アイドルの顔の見分けつかんw」と馬鹿にしていうが

どーせ、エンジニアの顔の見分けだってつかないから。

似たような顔のやつしかいなくて多様性がないとか言いたいんだろうけど、

単に、お前の認識能力問題から

おっさん喫煙者はそろそろ気がつくべき

この20年ほどの間に男性喫煙率は20%ほど減少していて(1990年に61%だったのが、2015年には37.5%、http://meditechfinder.org/data-visualizations/dv02/graph.html

禁煙した人の中には、相当程度のエクゼクティブがいて、

禁煙成功者からすると、今禁煙していない人は意志の弱い人だ、と言う認識があるということをきちんと認識するべき。

https://www.facebook.com/anamiyoichi/posts/1407750702660516

そういう認識なく、20年前の認識喫煙している人間大人みたいな)でいるから、こういうわけのわからない発言をするんだよ。

政治家って人一倍、時流に敏感じゃなきゃならない職業じゃないの。

喫煙者としてハイパー迷惑もっと地下に潜って密かに吸えよ。

anond:20180622090245

どうでも良いけど、こういう人は何故か「オタク活動ができてる既婚者」を認識できない仕様を持ってるよね

anond:20180622010344

そっち系ラノベを読む層は非オタク系フェミさんの認識としてはもう人間男性ではなくて豚なんではないですかね。しらんけど。もしくはもう成人向けエロ小説範疇としていっしょくたに捉えてるかだな。細分化して成人向けとはジャンルが違う!と思ってるのなんてオタクだけかもしれん。

オタクフェミさんは自分乙女向けとかBL、夢で男を性搾取しまくってるからミイラ取りがミイラになるようなこと中々しなさそう。

日本畜生どもは××に屈しろ!!

 鉄道おじさんこと高山直人です。

 現在我々は混乱下にある、というのが私の基本的認識です。

 これは、何かレトリック言葉のあや)として云うのではありません。

 また、「1995年オウム問題以来の、いわゆる『刹那的社会』に、我々は巻き込まれ事実上参加しているに等しい」などと云っているのでもありません。私の認識は、そんな寝ぼけた老害のようなものとは違います

 いま起きている気味悪い殺伐事件は、本物のテロではないことはもちろん、誰かの仕業でもないのです。

 では、いったい何が起きているのか?

 本当は分断が起きているのです。

 これは、私の独自見解ではなく、欧米の一部の学者たちの見解に私も賛同しているだけですが、彼らの文章は私ですらコムズカシくて一般の人にはとても読めたものではありませんから、私なりにかみくだいて説明すると、現在おこなわれている分断は、かつてのような目に見えるものではなく、社会の内側での左派右派の分断であるということです。

 今日の混乱(分断)は、最初は「社会貧困」を口実として始められますが、その構図は当初の「経済的な貧富」からどんどん拡大し、最終的には社会に属する人間すべてが個人単位にまで分断されます

 これは現在世界のあらゆる国で程度の差はあれ進んでいる傾向で、実はアメリカの「トランプショック」の本質もここにあります(その証拠に、トランプ政権では白人フラストレーションクローズアップされていますが、アメリカは極端な個人主義に分断が進んでいます)。

 我が国突入しているのも、実はこうした分断です。

 我が国の分断では、それは最初1992年貧困階層可視化として始まりましたが、やはりその後、なし崩し的にその対象を拡大し、今や、かつては「弱者」ではあっても「被差別階層」ではなかった行為さえもが分断抗争によって次々と差別されています。偏った娯楽性の高い趣味現在では「オタク」とか「娯楽廃人」とか呼ばれます)や、重労働者に対するレッテルなどはその典型ですし、また、私たち差別階層が作っている社会のひずみが原因であるに決まっている地下社会モンスター化や極端な治安の悪化に対し、その原因を反省改善する努力をまったく放棄して、ただ揉み消しで対応しようという方針もその一環です。

 好景気愛国心をも疑う安倍批判論者ではありませんが、社会のこうした風潮を、「いかがなものか」と憂えているのは私一人ではないはずです。もしかすると、これを読んでいるあなたも同じ気持ちいるかもしれません。しかし、残念ながらあなたは、つまり私たち現在、圧倒的な極左ないし極右でありますしかも、その問題意識をいいかげんなところでアイマイにせず、よーく突き詰めてみればやがて気づくと思いますが、もはやこの社会左派ないし右派にとっては、そんな問題意識を持ってしま私たちのような存在自体が、何やら不気味で恐ろしい「敵」なのです。奴らは、私たちに対して混乱を仕掛けてきているのです。

 我が国における(他の国でも同じですが)国民同士の対立は、すでに戦争内戦)の域にまで達しているのです。

 私は、この期に及んで「反戦」を訴えるような非現実的夢想家ではありません。奴らは、不安が高じてヒステリー状態になっていて、もはや説得に耳を貸さないことが明らかであるからです。この内戦は、私たちが一人残らず消えていなくなる(何か口実をもうけて「アウトロー」とされて社会的に抹殺されるか、それを恐れて完全に沈黙するか)まで終わりません。

 また、私はもともとリベラルであり、景気拡大には反対しない立場です。例えばカジノ欧米型のリベラルビジネスなどとはむしろ推進すべきだと思っています私たちにとって、現在もっとも憂えるべきは左翼の拡大ではなく右翼の拡大です。従来の寝ぼけた老害の「反戦派」は、ここのところがまったく分かっておりません。むしろ寝ぼけた老害階層は、そのお家芸である「単純で分かりやす理屈」を掲げ、右翼力の拡大を率先して推し進めているようなありさまです(秋葉系サブカルオタクのもの抹殺要求する保守階層や、ゲームのものの撲滅を要求する似非リベラルなどがその代表です)。

 私は、現在のさまざまの不気味な犯罪精神貧困者増加の背景には、共同体進歩的社会崩壊があると考えています。「問題解決」のためには、奴らが推進する文化弾圧のような対症療法ではダメで(そのような弾圧化は、ますます人々の心にストレスを生み、結局はさらなる問題悪化を招きます)、共同体進歩的社会を再建する粘り強い努力必要です(「公共交通全否定」「高校生オートバイ推進」「自転車たたき」「IT拒絶」などはこれに反する破壊行為です)。このあたり、私の見解はむしろ保守に近いのですが、残念ながらほとんどの保守は、考えが浅いのか、「問題解決」には弾圧を、というヒステリー同調しています

 私は、奴らから社会の敵」「未来の敵」のように見なされているみなさんに、団結を呼びかけます

 奴らの勢いは、とどまるところを知りません。もはや「話し合い」は不可能です。

 何度も云うように、私は「反戦派」ではありません。私たちに残されたただ一つの選択は、団結して「応戦」することです。

 現段階では、まず団結し、私たちの側の隊列をととのえることです。

 ネットでのゲリラ工作活動は、何よりも私たち共感するみなさんに、このような形で大々的に団結を呼びかけるための手段です。

 私の見解に「なるほどそのとおりかもしれん」と思う方、まずは行動しましょう。ネットでの宣伝やビラ配りやポスティングです。奴らに反撃していくための、行動を始めようではありませんか。もちろん外国人や、未成年者やノンポリも大歓迎です。

 何しろ奴らは圧倒的多数派であり、私たちは圧倒的少数派ですから、今回の行動で、成功する可能性は、完全にゼロであると自信を持っています

 むしろ何かの間違いで成功ちゃう私自身がビビってしまますが、まあそのようなリスク覚悟の上での呼びかけです。

 しかし私に共感するみなさん。

 私に共感される人間が多ければ多いほど、私ですらビビってしまうのですから、奴らはなおのこと恐怖のズンドコに突き落とされるのは間違いありません。あなたが実行して成功するかしないか二の次です。たとえ成功しなくても、一人でも声が多ければ、奴らはそのぶんだけ慌てふためくのです。私たち存在を、目に見える形で奴らの前に突きつけてやることには、これから反撃を開始するにあたって、大きな意味があります

 そもそも奴らのために存在する、私たちにとってはバカバカいかぎりの民主主義という社会デモでも選挙でも勝負にならないほど不利です)において、「一声の重み」など嘘八百もいいとこです。誰がどうしようが、奴らの支配はこれっぽっちも揺るがないからです。しかし、今回の私のような人間の登場となると話は変わってきます成功しようがしまいが、その一票は奴らを心の底から動揺させる「重み」を持ってしまうのです。ざまあみろであります

 どうせ何もしないでは何も変わらないのです。

 民主主義ではとりあえず奴らに一泡ふかせておいて、私たちは、民主主義などというクソみたいなもんの外で団結を開始し、奴らを本格的にギャフンと云わせる、大革命の恐ろしい陰謀を、着々と進めていこうではありませんか。

2018-06-21

anond:20180621105711

これ読んで「道に迷ってる人」を本当に迷惑がってると認識してるブコメヤバない?

どう読んだらそうなるの?脚揚げとりのために馬鹿になる必要はないんだぜ?

anond:20180621013421

異世界転生じゃないファンタジーなんていくらでもあるというのは置いといて、ハーレムばっかってのはもう認識が古い

アニメしか見てないんだろうな

anond:20180621210102

今のはてなでつくコメントは「うどんを美味しいという奴は味覚障害欧米人ウドンなんて食べないしズルズル音もさせない」だと思うがなあ。

お前の認識は古い。

まマシだった頃のはてなイメージを引きずっている

anond:20180621184630

まりにも酷いのにヘラヘラ俺は誰とも比べないぜとか言う奴は、その程度で満足する人なんだと認識する。

幸せなひとだなぁとは思うけど。

anond:20180621182422

でもホモ痴漢は野放しでいいというのがネット民認識みたいだからなあ

人はどうして2つの世界を半々に生きないのか

無言の文化自体は良いと思う。問題は無言の文化のみを過信している存在かなと。

そもそも無言の世界が出来る前は必ず言葉を使ってきた(手紙などは別として)のに今では無言であることに楽を覚えて

言葉で通じ合うことを拒否しているという存在が増えすぎている。

そのくせ、自分のことを分かってくれないとぼやく。分かるわけがないのだ。

無言の世界での感情表現記号文字なのだから「w」で笑いと言われても嘲笑されているのかと思ってしまう人もいる。

そのような世界だけで生きようとして人は精神を病ませる。

大事なのは、無言の世界だけを自身世界とせず、言葉を自ら語る世界をも自身世界とし、

どちらも大事であることを認識することではなかろうか。

私自身、古い人間の1人だがパソコン通信が始まった頃から今後はこれが主流になっていくのだろうなと心踊った。

が、ネットが広まってみるとコミュニケーションを避け、日々他人を徹底的に攻撃する輩だらけになった。

無言の世界弊害だろう。

本来情報世界として、今まで知り得ることが難しかったものを知り得るための大きな辞書のようなものであったのに。

話が飛んでしまったが、人は現実社会と無言の世界を半々程度に生きるようにしたほうが健康的で良い。

どちらも偏ってしまうと生き方が苦しくなる。

anond:20180621141458

ゲンロン8が熱いっ

東浩紀さんが中心となって出した「ゲンロン8」ゲーム特集の内容について、主にゲーム開発者の方々が批判して炎上している件。

ざっと見た限り、電ファミニゲーマー編集長の平信一さんのtwitterFacebook周辺が一番熱いようです(東浩紀さんご本人の他、イシイジロウさん、米光一成さん、大前広樹さん、濱津英二さん、島国大和さん、多根清史さん、清水亮さん、川上量生さん、やまもといちろうさんなどもコメント。平さんご自身は、ものすごく冷静ですが)。

中でも、痛烈に批判しているのが、ゲーム開発者岩崎啓眞さんのようです。

Facebookの公開投稿検索して見てみたのですが、岩崎さんの以下のコメントが箇条書きでまとめられていて、わかりやすい。

https://www.facebook.com/jun.okada.906/posts/2082518138456655

岩崎 啓眞 今回、ゲンロン8を読んだことで本当に思ったこと。

1)ゲーム技術と複雑に絡み合ったプロダクトであり、フルタイム仕事にしている人間とそれ以外でとんでもない差がある。

2)特にスマートフォンになってからは出る数も膨大になり、そもそも調査の段階からフルタイムVSアマチュアでは差が出てしまう。

3)技術を知らず、調査しきれない人間と調べないとリングに上がることもできない世界で生きている人間では「基本のラインが違いすぎる」

4)結論:作り手と同じレベルの話を出来るようになってから来い。

最初は怒ったけど怒る気すらなくなった。

なかなかすごい。

以上を一言で要約すると「素人は口出すな」ですね。

しかしこれはどうなのでしょう?

銀座のいろんな寿司屋にけっこう通ってる客が「サーモンはA店、まぐろはB店が旨い」などと語っていたら、

寿司屋大将が「サーモンは輸入なンだからどこの店だって同じでぃ。素人寿司を語るな」と言っているようなもののような気がします。

サーモンに関しての事実誤認に関してはそうなのでしょうが、だからって寿司を握った人でないと寿司を語ってはいけないというのは言い過ぎではないでしょうか。

岩崎啓眞さんがふだんどのようにゲームを語っておられるのかと思って、ググってみて、最初に「「レベルを上げて物理で殴る」の素晴らしさをゲームデザイナー視点で語ろう。ドラクエで学ぶ「RPGメカニクス」の3大メリットゲームの話を言語化したい:第四回】」という記事を見つけました。

その中に、以下のように書いてあります

http://news.denfaminicogamer.jp/column05/170905b

プレイヤーがバトルに敗北したとき、『ドラクエ』は経験値キャラクターをロストせず、所持金を半分にして、最後に訪れたリスポーンポイントから復活させるシステムなのだ

これはドラクエシリーズ全体ではなく、ドラクエ1の話です。

最後に訪れたリスポーンポイント」と書いていますが、ドラクエ1のリスポーンポイントラダトーム王の1マス下のひとつだけで他にありませんので、「最後に訪れたリスポーンポイント」の部分は正確な表現ではありません。

同じ記事の続きで、ドラクエ2に関して、

http://news.denfaminicogamer.jp/column05/170905b/2

1. プレイヤーはひとりで旅を始める

→これは『ドラクエ』と同じ構造にしてプレイヤーの負荷を下げるため

2. アイテム・装備・魔法の使いかたを覚える

→ここも『ドラクエ』とほぼ同じ構造になっている。なお『ドラクエ』というゲームの偉大さのひとつは、このチュートリアルを30年経ってもやることだ

3. 敵が複数出現し、だんだん戦闘がつらくなってくる

4. ふたりめの王子パーティに加わる

とありますが、ドラクエ2の1人目のプレイヤーキャラローレシアの王子)は魔法(より正確には呪文)は使えませんので、4の「ふたりめの王子引用者注:=サマルトリアの王子)がパーティに加わる」前の話なので、「2. アイテム・装備・魔法の使いかたを覚える」の「魔法」の部分は事実誤認です。

このように、ゲーマーの基礎教養であるドラクエ1・2に関しても事実誤認があります

実はやってないのでしょうか? うろ覚えなのでしょうか?

いえいえ、岩崎氏をdisろうという意図ではありません。

このような事実誤認によって、この記事全部が意味がないものになるかというとそんなことはなく、変わらず大変興味深い指摘だと思います

私が言いたいのは、このように誰でも事実誤認はありますので、

事実誤認を見つけたからこの本・記事意味がない」という姿勢はいかがなものか、ということです。

https://www.facebook.com/TAITAI999/posts/1982545055148919

岩崎 啓眞 僕は今回のことではっきりと思ってますが、雑な語りをされるぐらいなら「ない方がましだ」ですね。

そんなことはないのでは。

事実誤認があれば指摘して、著者も素直に訂正し、それとは別に議論を深め、ゲームに対する言論を高めていく、というのが健全ではないでしょうか。

だってゲームを本気で語ろうなんていう人たちの規模はこんなにちっちゃいんですから

ゲーム開発者が、ゲームの遊び手がゲームを語るのを弾圧するっていうのは本末転倒では。中国政府ですか?

ゲーム開発者の方は映画アニメを語るのが好きな人も多いですが、「映画アニメ)作ってないお前に語る資格はない」って言われたら嫌でしょ?

あとオンラインゲームオープンワールドスマホブラウザゲームなどはメジャーものだけでも全部まともにやるのは、一般社会人にとっては時間的不可能現実もありますので、「このゲームすらやってないのか」的な言いがかりも、いまの時代、やめた方がいいのかなーと。

全部やるのは無理だから、教えあうしかないんじゃないですかね。

電ファミニゲーマー編集長の平信一さんが

https://www.facebook.com/TAITAI999/posts/1977782982291793

じゃあ一方で、ゲーム業界側(ゲームメディア含む)が、その”正しい認識歴史”とやらをきちんとまとめるなり、伝えるなりしてきましたか?というと、少なくとも僕は見たことがないんですよね。(…)

まり、いわゆる“ゲーム業界人”(あるいはコアゲーマー)は、長年の経験を踏まえて正しい文脈を知っているかもしれないけど、それを整理して残す努力はしてないんじゃないかと思うのです。それって、僕からすると「ゲーム業界側の負い目」に思えてしまう(少なくとも、ゲームメディアがやれてこなかった仕事だと思う)。そりゃ、業界の外の人が分からなくて当然だろうと思うのです。

とおっしゃっているので、平さんあたりが音頭を取って「ゲーム業界から見たゲームデザイン史」的なものを作ってくださるのも素晴らしいと思います

今回の議論でもある通り、ゲームには作り手でないとわからない高度な技術的な側面がありますので。

あ、ただ、それを「正史」にする、という発想はまた違う気もしますけども。

映画業界人が作った「映画正史」とか、小説家組合が作った「文学正史」みたいのはあまりいたことないので。作り手が主張する歴史正史だ、っていうのも、なんか中国政府っぽくないですか?

そして最後ゲーマー日新聞J1N1さんのこの部分を引用しておきたいです。

http://arcadia11.hatenablog.com/entry/2018/06/20/%E7%A9%BA%E6%B4%9E%E5%8C%96%E3%81%97%E3%81%9F15%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%89%B9%E8%A9%95%E3%81%A7%E3%80%81%E3%81%84%E3%81%BE%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AB%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%AA

そこで自分が言いたいことは一つだけ。自分たちのゲーム自分たちで語るべきだということだ。

自分たちのゲームを語り、周囲の人や後世の人に伝えるのは、自分たちしかいない。批評家評論家肩書を持った偉い人たちや、経済的課題を常に抱えるメディアに、全て丸投げする程期待してはならない。

今後のゲーム言論の発展を祈って。

anond:20180621122346

黒人主人公」ってだけで「敵は白人」だと思い込んだお前のヘイト認識がクソ

私は某大学院修士1年。

もし、大学院への進学や就職で悩んでいる大学生あるいは大学院生の目にこの文が届くかもしれない。

そのとき少しは参考になればと思っている。

あくまで基礎研究をする学生の偏った主観記載していることには注意されたし。

特に工学研究科には適応できないかもしれないことはあらかじめ言及しておく。

進学を望む大学生モチベーションはどこからくるのだろうか、と私は常々疑問に思う。

自分の中にある知的好奇心学問探究心がおそらく大多数を占めるのだろうと思うが、それに一生ないし大学院生活を賭けることにどうして踏み切れるのか?

かくいう私も大学院生の端くれなのであるが。

大学院研究を始めたときはそれなりにやる気があった。

ライフサイエンス化学中間のような研究室だったこから、この研究が将来誰かの健康を守ることにつながればと考えていた。

しかし、アカデミアの世界にはこのような情熱は不一致であったように思う。

アカデミアは理不尽連続だ。

私は高学歴知的権化として彼らを認識していたが、それはあくま学問という極めて内向的世界においてのみである

彼らは学問を中心に生活し、休みや遊びをごく少量しか要求しない。

仕事(=学問)が生活の8~9割を占めることが普通で、それを学生にも平気で要求する。

学問的な正しさに目が向くばかりであり、研究を活かして企業就職する事への理解は乏しい。

誤解を生みたくないがために、少し補足するがこれは私がさぼりであるからこのように感じているわけではないということだ。

一応大学大学院もそれなりに努力して入るところに入ったつもりだし、この感覚が著しく逸脱しているわけではないと思う。

からこそ、アカデミアにはびこる理不尽とそれを容認する上役に疑問があるのである

話をもどそう。

アカデミアに残り、博士へ進学する人はこの環境下が好きだということでよいのだろうか。

あるいは、このような環境マイナスとしてとらえていても、補ってあまりある何かモチベーションがあるのか。

私にはわかりかねる。

これは私の価値観だが、上記のような点を踏まえて、かつ運が悪ければ重要ポジションにつくことが難しいアカデミアにいるよりも、企業に行って高給取りになった方が良いのではないだろうか。

私と同じくらいの年齢の学生に問いたいのは、本当に進学(あるいは就職)するという選択自分にとってベストなのかを十二分に考えてみたのか、ということである

進学を希望する場合上記のようなアカデミアの性格を十分にとらえた上でのことなのか、よく考慮してみてほしい。

幸いなことに、修士課程は二年と程よく短い。

故に、入ったことを悔いても二年だけ何とかやれば博士と違って就職するのにもなんら特殊な工夫が必要になるわけkではない。

それにつらさ以外の部分で大いに収穫になることも多々あることも事実だ。

現に私はつらいとは思うもののいまのところ何とかやっているし、大学院に来てよかったと思うこともある。

これを読む大学生大学院生に、自身モチベーションとそれを何に向けるか、つまり「将来の夢」について考えてみてほしい。

それが理不尽に苦しむ人を減らしたいと思う私の望みであり、同時に読み手利益になることを信じてやまない。

anond:20180621021314

その凝り固まった主観こそ童貞臭い

の子デートという単語にそこまで重い意味を持ってないんだな、くらい考えられないのか

日常会話で相手勘違いするかどうかなんていちいち気にしてないんだよ

あと、あくま個人認識の違いを男全体がそうであるかのように発言するなよ

Coinhive問題について

JavaScript実行時、「閲覧者の了解をいちいち得る」ページ登場 「Coinhiveより嫌」「悪夢」と話題

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1806/20/news082.html

まず、私は技術のことをある程度理解しているだけで、この界隈とは無縁である

そしてCoinhive(正確にはマイナー(発掘ツール))自体にはヘイトを抱いている。

っざけんなよオラ勝手CPU使ってんじゃねぇよこの(自主規制)野郎がっ!と至極一般人的な感情を持っている。

だが、このCoinhive問題では擁護に回る。何故か?

それは第一に、警察が法に依らず、感覚逮捕たかである

中世ジャップランド」というブコメがついていないのは、単に技術クラスタ政治クラスタと異なるのが唯一の理由ではないだろうか。

上のURL技術的に理解してない愚民嘲笑しているのではなく、法整備の前に曖昧根拠見せしめ逮捕をしてのけた警察の、

その後の言動法律はないが勝手にやるのが悪い、警視庁「各県警に聞け」→県警「答える立場にない」、等)への皮肉であって、

Coinhive自体擁護のためにやっているのではない。と思う。

無知無能警察非合法に第二の岡崎図書館事件でっち上げた、いうのが技術者界隈の認識だと思われる。


第二に、広告動画で「ギガが減る」方が、より所有財産への侵害が大きいと考えるからである

思い出して欲しい、スキップできない30秒の動画を見なければ先に進めない広告を。

タップを狙ったようなクソポップアップを。

Coinhiveへの現感情嫌悪だとすると、広告へは憎悪、或いは、憤怒である

広告を受容する気は一切ないし、Coinhiveについてもお断りなのだが、

この二党しか投票先がないのなら、Coinhiveに一票を入れる。

ただし、あくまでも現時点においては、の話である

CoinhiveがどこもかしこCPU100%ぶん回す設定になれば、あっさり逆転するかもしれない。

またアクティブでないタブでも動作するのなら、複数開きっぱなし運用では広告以上に被害が増す事も十分考えられる。

だが、今はまだ芽の段階なのだ

クソ広告へのヘイトを思い出せば、気づかない程度にCPU使うくらい許容できるのではないか、という試験段階だ。

おそらくアクティブなページでのみ動作、かつ、CPU使用率は低め(20%程度?)に設定する。

これくらいならクソ広告より社会に受け入れられるのではないか

個人的にはどちらもBlockerを入れて芽を摘んでいるが、社会的に判断を下すのは時期尚早だろう。

余談だが、「運営上の「正当な理由」なら合意を得ずともJS実行しても良い」という意見に対して言いたいのは、

金がなくてはサイト運営は続けられないのだからCoinhiveによって収益を得ることは正当な理由になるよ。

からこそ、広告がこの世に存在することを許されているのでしょう?

それに取って代わり、不愉快さを低減させる一種の試みなのですよ。

anond:20180620193354

人は物語感情を動かされる。

(全員かどうかしらんが小説映画とかがビジネスとして成立する以上まぁこれはあるだろ。)

増田の指摘は「物語」の一要素にすぎなくて、外人だろうが難民問題だろうが、感情移入できるストーリーを見せきれば

「かわいそう」って言う人が増える。

実際そういうストーリーで見せる報道はありふれてるし。

日本災害日本から直感的な反応が多いのは、どんな環境でどんな生活してて、どんな家庭でとか、

暗黙のコンテキストが(それが正しいか間違いか関係なく)受け取り側にとって想像やすいから。


ストーリー感情移入度により「かわいそう」って言ってるのに、

「命の重みは一緒。自分は一つの命が失われたことを悲しんでる」なんて

自己認識の人とかも何割かはいそうだから、そういう人に対しては

まぁ増田の指摘は一理あるかもしれんが。

大学教育仕事フィットする職種がすくない

人事担当者採用する学生(新入社員)に求めるのは「人間性」「元気」だしな

技術は入ってから覚えさせる、余計な知識邪魔」とか言ってるし

その認識が続く限り大学モラトリアム期間でしかない

欧米が良いとは言わないけどキャリア教育が早めに始まって

人生ルート選択ができるのはよいことだと思う

日本だと中高生職場体験ぐらいだもんな

たまにいる

法学部の人は全員弁護士になる」

みたいな認識の人って、裁判官検察官はどういう学部の人がなると思ってるんだろうって

ふと疑問に思った

もちろん実際に法曹三者法学部以外は理論的に普通に存在しうるわけだけど

anond:20180621040121

子供誘拐は実は虐待されてた子供を救う母性から来たものでした

と間違った認識が広まりそうな作品公共電波に乗っていたわけだが。

私は健康子宮を取りたい

私は子宮必要ない。

結婚願望も子供が欲しい欲求もなく、今後その予定もない。

認識は恐らく女で合っているけど、性別自体コンプレックスで女としてありたくない。

そう装うのも、そう扱われるのも、不愉快。でも男になりたいわけじゃない。

そんな自分は、一人で働いて一人で生きていき一人で死ぬ

 

自分にとって子宮デメリットしかなく、メリットが一つもない。

30日の内7日も出血し、生理前は数日気分障害がある。

ある日思った。子宮を取りたいと。

しばらく調べて、病気でもない健康子宮を取りたいというのは、問題があるらしい事が分かった。

 

まず日本法律では母体法だか何かで、健康子宮無意味に取れないそうだ。

もし取れたとしても、保険外だからお金が沢山かかるとの事。

 

では子宮移植ドナーになるのはどうだろう?

ドナーになれたらもしかして法的にも金銭面でも大丈夫なのではないか

そう思って調べた。以下のサイトを見つけた。

 

http://www.pt-ut.org/index.html

 

子宮移植研究している機関HPらしい。

 

子宮移植についてのページにて、

 

子宮移植ドナー対象は、生体ドナー死体ドナーに分けられます

>生体ドナー親族及び第三者が、死体ドナー脳死及び心停止患者候補者として考えられています

>言うまでもなく、いずれの候補者においても、臓器提供は、自発的意思決定のもとで行われなければなりません。

  出典:http://www.pt-ut.org/uterus_transplant/index.html#03

 

とあり、もしかしていけるのでは?と思い、先日ドナーとして子宮提供することは出来るかと問い合わせた。

 

すると数日後、返信が来た。

要約すると、現代日本においては生体臓器移植ドナーは受容者の親族であることが原則とされているとのこと。

またプロジェクト自体、受容者や提供者の適格基準議論する段階には至っていないらしい。

 

やっぱりそう簡単はいかないという事ですね。

子宮取りたいな。

anond:20180620030057

元増田です。

10年以上はてブを主情報源としてきつつも、増田に書くのは今回が初だった。これまでブコメなんて毎日腐るほど読んできたけど、それがいざ自分に向けた言葉になるとこんなにも一つ一つ重みを持つのか、というのにまずちょっと驚き。

特に気になったのが、わりと多くコメントをもらったこのあたりの指摘だった。

自分卑下する奴ほどプライド日本海溝より深い典型だな。自己愛強すぎ。』『「醜悪自己陶酔」でしかない。』『他人から評価が怖くて避けて通ってるのでは。』『経験上、重くなるのって嫌われたくないという傲慢さなのかもなと。』『「こんな自分と」は禁句だね』

はじめ、こんなにも自己評価が低いおれに対してなんでプライドが高い・傲慢という指摘がくる理由がどうしても理解できず、そもそも用語定義認識に相違があるのでは、と思ってぐぐってみたらビンゴだった。プライドとか傲慢とか、確かにおれがこれまで思っていたような単純な「おれすげー」的な定義解説してあるページもあるけど、http://majikuzu.doorblog.jp/archives/42820119.htmlやその言及先なんぞを読んだら一気に腑に落ちた。典型典型、まんまおれじゃねーか、これ。あれこれさらっと読んだ段階でおれに当てはまりそう要素を自分なりにまとめると、自己否定言葉だけの謝罪思考停止して改善しようとしない怠け者。そのくせ被害者面で駄々だけこねて、一方的相手に受け入れられたい、自分のことしか考えてない傲慢さ。人に評価否定される前の予防線として、あるいは「そんなことない」と言ってもらって安心を得たいだけの自己卑下。全くその通りで耳に痛い。

『もし同じことをノンケが言ってたらどう思うよ。 』これも全くその通りで、まさに返す言葉がない。こんな単純なことにすら言われないと気づかない自分が恥ずかしい。ちくしょう、後輩に悪いことしてしまった。謝…るんじゃだめなんだよな。自分を改めないと。

そして最も多かったコメント努力してもっといろんな人と接して感情を薄めること。こういうの、人間好きな人間が積極的にやってるくらいの認識だった。そうじゃなくて、俺のように興味が持てない人でも、重くならないよう努力して交友関係つくってる人もいっぱいいるんだな。

これまであんまり心理学的なエリアはかじったことがなかったんだけど、週末あたり、先人の知恵を拝借するためにもこの手の書籍ちょっと漁ってみよう。単に「あ、おれはこんなわかりやすメンヘラキモオヤジなんだ」と再確認して思考停止するためじゃなく、もっとちゃんと人と接する、次のアクションにつなげるための手がかりとして。

コメントくれたみなさん、ありがとうございます。上で引用させてもらったもの以外もぜんぶ、一つ一つ噛み締めてます。またこれだけ多くの人の目に留まってブクマコメントがもらえたのはおそらくid:white_cakeさんの言及のおかげで、それについても特に感謝です。

anond:20180621013421

とりあえず長ったらしい名前にして省略した呼び名にしたら記憶に残るだろうっていうスタイル

そんなものは初耳だ

構成される「属性」の要素があまりに増えたから分類タグ的にタイトルを長くしているだけだという認識なのだ

とりあえず長くすればいいなんて思っているとは

anond:20180621010301

女同士ではデートっていうの普通だな

デートっていうものの男女での認識の違いじゃない?

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