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2017-10-18

アニメに対する評価を付ける人の特徴

作品ストーリーを深く理解しようとしないで、流れるように観ていく方が楽しめると思うのに妙に細かく評価を付ける人がいる。

どの作品に関してもいえますが、余計な事は考えない方が良い。悪い部分を見つける前に良い部分を探した方が良いと思います

そういうと良い部分は無い!なんて言う人も居ますが、余計な感情が纏わりついて気付いてないだけじゃないかなと思うんですね。

純粋に楽しむという前に理屈という要らないものが引っ付いてしまって、どんなものを見ても理屈から口に出してしまう。

もったいない限りです。

こういうと意固地になる人が多いと思いますが、その意固地の状態理屈っぽい考えしかできていないという証明に見えます

もう少し柔軟な頭を持って作品の粗探しではなく、普通に視聴し楽しむというスタイルを持ってみてはどうかなと思います

昨今では、こういった創作物から政治に至るまで何でもかんでも悪い所を探しては徹底的に痛めつけようとする人が多いかなと。

政治については、みっともない同レベル政治家達がお互いを醜い誹謗中傷をしあっているだけですが)

創作物の良し悪しを最初からしから探すような人というのは、純粋作品を楽しもうとしていない人かなと感じます

いちゃもんを付けたい為に粗探ししているだけのクレーマーと同じです。

難しいことを考えないで、ただ「視聴するだけ」でいいのに出来ない人があちらこちらに。

そういった人が万人に受ける作品を作れるのか…といえば、そうでもありません。

自分の都合のいい設定くらいは作れるかもしれませんが、それ以下になることはあってもそれ以上になる作品は作れないでしょう。

他人面白いと言う作品こき下ろすように重箱の隅をつつくだけなんですから

もっと何も考えずに楽しみましょうよ。

2017-10-17

ちょっとした勘違いから憂鬱になった

初めての投稿

ついさっき1週間くらい??かけて50話のアニメを見終わった。今日徹夜してこの時間まで見てしまった。このまま寝ればまた夕方に起きてしまうと思うと、また1日を無駄にしたような気持ちになりとても辛い。最近4本くらい見てたので、計200話×25分くらい見たことになる。

もともと、意志が強い方ではない。ゲームにハマれば徹夜で朝までやってしまうし、友人たちと酒を飲んで話していると、いつまでもその空間にいたいと朝まで残ってしまう。今日アニメだって、次の話が気になって月曜の夜から徹夜で全話見切ってしまった。毎日オナニーも朝晩3回はする。やめようと思っても自然とそうなってしまう。

最近、何をするにしても生産性のないことに時間を使うとその後とても大きな虚無感に襲われる。

生産性のないこと、というのは語弊があるかもしれない。友人と遊んだり、飲み会をしたり、そのまま朝まで過ごしたり。休日昼過ぎまで寝てたり。こんな後はいつも憂鬱気持ちになる。

なんでこんな無駄時間を過ごしてしまったんだ、と思う。どれだけその一瞬一瞬は楽しくても。

なぜこんなにも憂鬱気持ちになるのか。

やるべき課題があるからだろうか。やりたいと思うことがあるからだろうか。やりたいと宣言してしまたからだろうか。

つの間にか自分が楽しめていた時間が全て無駄に感じるようになってしまった。

何か新しいことを学ばないといけない、何か問題を解かねばいけない、何か創作物を作らねばいけない。そんな「やらなくてはいけない」という気持ち支配されて、それ以外のことを心から楽しめない。

少し休んだ方がいいのかもしれない、休みたい、と思うこともあるが、ではアニメを見たりゲームをしたり、友人と会って話したりすることは休むことではないのだろうか???

何もせず、ゆっくりと過ごせばいい。十分な睡眠をとり、一人で落ち着いた時間を過ごすべきだ、というかもしれない。十分すぎる睡眠をとればその分、起きてからとても憂鬱気持ちになる。起きてから当然オナニーもするからその後また憂鬱気持ちになる。

また他の人間に遅れをとった、もしきちんと活動していれば為せたことを何一つ為せなかった。そう思うと無為に過ごした自分が許せなくなる。

今日も一日が始まる。今日は朝から憂鬱だ。

ちょっとだけ嬉しかたことがある。アニメを見終わった直後、時間と分を間違えて5000時間時間無駄にしてしまったと考えていたが、5000分=83時間ほどだった。あまり気にする必要もない時間に思えたので、その分他の時間を使って進捗を出せばいい。

2017-10-15

FGOパールヴァティー話題

なんか妙に燃えている

主にベースとなったキャラの扱いとヒンズー教への配慮不足が燃焼材らしい

どちらも分からないではないのだが、この両者を混ぜて論じる人がちらほら居るのが気になる

特にキャラの扱いが気に食わない人が自分の主張の補強材料として宗教的配慮問題を利用してる様に見える

キャラの扱い云々は言ってしまえば「俺が気に入らない、俺に合わせろ」なのでそれだけでは正当性が弱いと感じているからなのかもしれない

だがキャラの扱い、つまり創作の在り方の問題宗教的配慮問題は分けて考えるべきで、混ぜて論じるものではないと思う

別に「俺が気に入らない、俺に合わせろ」でも良いんだ

創作物を見たり読んだりした時に感じるものは人それぞれで、どうしても受け入れられないという反応が出てこない方がむしろ自然

ただその感情言葉にする際に他人言葉を借りて補強するのはやめた方が良い

自分感情言葉にするのなら拙くても自分言葉で行わなければ伝わるものも伝わらない

他人言葉を借りても他人の色が混ざるだけで良いことは何もない

2017-10-13

anond:20171013141323

胸糞悪い創作物上の警察ほとんど役に立たないか事件に加担するクズしか出てきません

2017-10-11

anond:20171011194840

大人になったら商業性のない創作物に反応してくれる人って自分創作してる人しかいないよ。そこにクオリティや仲のよさは関係ない。

世の中の人は絵とか文章かに想像以上に興味ない。遊びだと思ってる。とにかく、理解が及ばないんだよ。ましてやフィードバックするなんてめちゃくちゃにハードル高いよ、人をほめたりけなしたりするのってただでさえ難しい。

クオリティや仲のよさは本当に関係ない!気にしないで!創作関係の知り合いをつくろう。

2017-10-09

面食い

他人には言えないが、かなりの面食いだ。

小説裏表紙に載っている作家肖像画が小汚くてブサイクな人だった為に読後感が台無しになってから、載っているものに関しては必ずチェックして許容範囲かどうか確かめている。

バンドマンが見るに堪えない感じの人だとライブは行かないし、カラオケで本人映像を外す。声が好きなだけに非常に残念。

声優を調べる際は画像を取得しない設定にしてからググるようにしている。

創作物がナルシズム満載で気持ち悪くなるのは全然構わないし、むしろ好きなほうなんだけど、その時顔面がチラついて(でもあの顔で…)となるのが嫌。

2017-10-05

anond:20171005122054

文学」というのは小説・詩・随筆戯曲などの「文章による創作物」の総称しかないのでラノベ文学だよ。

(こう言うと「ラノベとき芸術扱いされたがってる!」とかキレる奴がいるのであんまり言いたくないけどね)

2017-10-04

anond:20171004185107

オタクに限らず、女は現実架空区別をつける人が多いのでは

https://anond.hatelabo.jp/20171003005911

以前↑を書いた増田だけど、

更に「創作物で好きなキャラクタータイプ」と「自分が実際に付き合いたいと思う現実人間タイプ」が全く違う、ってのも

女性ならごく普通の事だと思う

上のエントリの例の延長だけど

星野源という俳優自分恋愛したいかどうかと、彼が逃げ恥で演じた平匡さんというキャラクター自分恋愛したいかどうか、

更にそれと逃げ恥というドラマ漫画)が好きかどうか

以外に、「「平匡さん」は好きな女性が、実際にそういうタイプ現実男性と付き合いたい結婚したいと考えるかどうか」ってのも全く別の話では?

しろ男性にここの区別がつかない人が多いのが分からない

2017-09-30

anond:20170930143810

たつき勝手12.1話のような創作物をアップすることで、

内容修正しなくちゃいけなくなった出版物なりが発生したり、

12.1話話題で持ち切りになっちゃったせいで、露出する予定だった情報の解禁日をずらしたりとか、

そういう調整が必要になる可能性は高いんだけど。それを「りすく」って言うんだよw

かどかわこそがりすくってどういう意味?w

ファンが楽しめさえすればそれでいいって?

あのさ、商業アニメ同人活動じゃないんだよ。

ファンが喜んでくれるコンテンツを育てるのが第一だし、そう思ってないエンタメ企業なんてないよ。

けど、お金にならなかったら企業として存続できないし、新しいコンテンツもつくれなくなる、

一方でコンテンツは盛り上げたい…、

から最低限の線引きとして「情報発信内容の事前確認要求」には正当性がある、という話なんだけど、

君には難しいかもしれないね

2017-09-24

世界スマホの11話が計算づくだとしたら?

高速道路ノンストップですっ飛ばして急にブレーキを踏むことで後部座席から視聴者をふっとばすのが目的だとしたら?

恐ろしいアニメだ。

俺達は全員異世界スマホという作品の手の平の上で踊っていたんだ。

なろう作品バカにしようと異世界スマホを見続けていくうちに我々はファンタジー小説の持つ数々の馬鹿馬鹿しさを目の当たりにすることになる。

主人公に都合よく配置されたクエスト特別能力勝手に惚れてくるヒロイン

それらのくだらなさを最もくだらないと思うテンポで投げつけられるうちにいつの間にかそれを快感とすら感じるようになった。

そうして11話を迎えた。

そこで我々が見たのは、くだらない物はやはりくだらなくてどうしようもないというむき出しの事実だ。

それと同時にフラッシュバックするのは、今まで見てきたハーレム物の物語構造が抱える主人公視聴者にとっての都合の良さ、つまりはくだらなさだったのだ。

自分が今まで楽しんできたものはどこまでもくだらなくてどうしようもない娯楽だったのか?

では我々がくだらないと感じるか面白いと感じるかの違いは単なる先入観しか無かったのではないか

コーラと思ってコーヒーを飲めば人間の舌はそれを腐ったコーラだと感じてしまう。

果物の香料をかぎながら砂糖水を飲めばそれをフルーツジュースだと人は感じ取る。

それと同じだったのではないか、我々が今まで数々のファンタジー物に上げていた熱は全く持って中身のない先入観とその場の雰囲気だけだったのではないか

そういう疑問が湧いてくる。

世界スマホが暴いたのは我々が創作物に望むものの程度の低さだった。

一見程度の高いものを求めている用に見えて、実際は鼻の下を伸ばしてくだらないハーレムを望んでいる。

だがそれをそのまま出されてもプライド邪魔をして受け付けないので、さも中身のある物語であるかのようにラッピングして欲しい。

そんなどこまでも浅ましい欲望が白日のもとに晒されてしまった。

なんということだ。

完全な詰みだ。

世界スマホファンタジー小説、いや、全ての娯楽作品の持つ生来馬鹿馬鹿しさを、その馬鹿馬鹿しさを目一杯使い切って我々に叩きつけてきたのだ。

これはまるでThe video game with no nameの진실게임(チンシルケイム)のようではないか

主人公が悪い奴を倒して欲しい。

だが、その倒し方はただの主人公補正であって欲しくはない。

主人公インチキのようにモテて欲しい。

だが、そこにはちゃんと理由があって欲しい。

可愛い女の子ムフフなシーンに突入して欲しい。

だが、そこまでの過程はしっかりと納得できるように踏んで欲しい。

ああなんと浅ましい。

ポルノに対して倫理観を求める風俗説教親父が我々の心の中に住み着いている事を、もはやどう言い訳しても隠しきれないじゃないか

なんて事をしてくれたんだ。

ああ畜生、完全な詰みだ。

1話の段階でかけられた王手をなんとか誤魔化し誤魔化して我々は11話まで引き伸ばしたがいよいよもってチェックメイトだ。

まるで将棋だな。

2017-09-19

二次創作は公開手段によっては悪であるダイジェスト版)

この記事は以前投稿したものから3000文字ほど取り除いたものなので、読みやすくはなったがやや偏った内容になっている。主張自体は同じなのでもし納得いかない部分があったらこちらで補完しているかもしれないので参照してほしい。

https://anond.hatelabo.jp/20170918045955

この記事では主に「ダウンロード販売専売(CG集など)」「月額制限定公開(entyやfantia、patreonなど)」この2つに触れている。

なお最初に断っておくが、私は二次創作文化投げ銭文化否定するわけではない。両方とも更に発展してほしいと思っている。ただそれと月額制で限定公開すること、ダウンロード販売だけで売ることには大きな差があると思っている。

なぜ二次創作が許されてきたか

創作物の対価をもらうことの何が悪いのか?データなんだから全て無料公開しろかいバカか?近頃よく見る気がする論調だ。

それが一次創作ならば、私も賛成である

まず私の考えとして二次創作ファン活動以上でも以下でもないというものがある。そしてそのファン活動によってコンテンツは盛り上がり更に発展する。権利者側にも利益があったからこそ二次創作は見逃してもらえてきた。

だがダウンロード販売専売、EntyやFantiaに代表される月額制限定公開、これらは権利者にとってどのような存在だろうか?

閉じたコミュニティをもたらす存在

二次創作とはファン活動だ。必ずしもコンテンツ利益をもたらす存在である必要はない。「コンテンツ利益をもたらさな二次創作不要論」なんてものが出てきたら真っ先に弱い者いじめが起こるのは目に見えている。だが、少なくとも「コンテンツにもたらすもの利益よりも損害のほうが大きい存在」であってはならないだろう。ここで「この作品の内容はクソなのでコンテンツに与える損害が大きい!」などと言う奴は知らない。内容の是非の話はここではしていない。

ダウンロード販売や月額制限定公開、これらがコンテンツに損害をもたらす存在と言われてもピンと来ない人もいるはずだ。なのであまり使いたくない手だが極論で説明する。

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ある1人がAというコンテンツでEnty限定で絵の公開を始めた。その人は月額500円のサービス100人程度に買ってもらい、月に5万円の小遣いを稼ぐようになった。小遣い稼ぎを羨ましく思った人たちが我も我もとEnty限定公開を始めた。やがてAコンテンツにはEnty限定公開をする人しかいなくなった。

そこに別のコンテンツからフラッとやってきた人がいた。その人はあるキャラを好きになり、二次創作絵を探すためpixivを訪れた。すると検索した先にあったのはEnty限定公開の絵を宣伝するために絵の一部を抜き出したものばかりだった。その人はAコンテンツに対して他のコンテンツよりも高い壁を感じた。そうしている内にその人はBコンテンツで好きなキャラを見つけ、pixivでそのキャラの絵を見つけておおいに満足した。その人はまた別のコンテンツ移住したが、少なくともAコンテンツよりも壁の低かったBコンテンツに長く滞在していた。

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別の例もある。

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別のコンテンツからフラッとやってきた人がいた。Enty限定公開作品から一部分だけを抜き取った宣伝絵を見てとても全体を見たいと思った。しかし500円かあ、と彼は何の気なしに呟いた。すると突然やってきた人に「500円も払えないの?(笑)見たいなら払えばいいだけ!」と言われた。排他的雰囲気を感じた彼はそのコンテンツに大した思い入れもないのでさっさと出ていってしまった。

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以上閉じたコミュニティになる極論だった。実際にはこのような現象はあまり起こらないだろう。依然として良識ある二次創作者のほうが圧倒的に多いからだ。つまりその全員から良識が消え去りうるならば、すなわちこの悲劇も起こりうるということである。ちなみにEnty限定公開をダウンロード販売に置き換えても通じるはずだ。ただこれを紙の同人誌に置き換えても通じてしまうが、同人誌頒布否定していない。

じゃあ他のコンテンツ二次創作者も全員一気にEnty限定公開に移っちゃえば問題解決じゃん!壁の高さは同じになるんだから!という意見があるかもしれない。

正直それは興味がある。全ての二次創作者の心から元のコンテンツへの愛が薄れ、いか他人よりも儲けるかを重視するようになった世界というのはそれはそれで魅力的だ。なってほしいとは思わないが。

よく見る言い分

「これ作る時間があればいくら稼げると思ってる」

まずファン活動に「この時間があればいくら稼げた」という概念を持ち出すな。絵を書くのもライブサイリウム振るのも同じファン活動だ。この記事で一番の綺麗事を言うならば、ファン活動は同じファンからの見返りを求めてやるものではない。コンテンツに関するもの応援して盛り上げ、コンテンツ関係者のやる気がブーストされた結果ますます発展していくという遠回しな見返りを求めてすることだ。

それでも何かわかりやすい見返りがなければ二次創作活動できないという人は(そういう人がほとんどだと思うが)せめて義務押し付けるな。権利を与えるだけにしろ。「感想を送ると約束しなければ見せない」なんて知らない人に言われたら何だこいつと思うだろう。

モチベを上げるためにお金支援してもらって何が悪いの?」

それ自体は悪くはない。だがその支援を「義務」にするな。あくまでそれは「権利であるべきだ。ダウンロード販売専売のものを見るためには、お金を払わなければならないという義務が発生する。義務という存在は壁になり新規を遠ざけ、コミュニティを閉じる原因となるのでやめろ。

印刷費が欲しいor生活がかかってるんだ!」

アホか。

投げ銭文化には発展してほしい

ここまでの主張と矛盾するようだが恐らくしていないはずだ。ここでの投げ銭というのは、作品ではなく作者にお金を投げる行為のことだ。これに関しては大賛成だ。

何が違うのかだが、まず「作品オープン場所に公開されているため、新規の人も作品自由に見ることができる」という点だ。知らん相手に金を払うという壁を超えなくても見られるので新規の人にも優しい。更に「どうしてもあの人を支援したい!」という人がいた場合、その望みも投げ銭という形で叶う。二次創作者はわざわざお金を払ってでも支援したいと思ってくれている人の存在に喜ぶ。そして公式新規の人が増えたことに喜ぶ。全員が喜ぶWIN-WIN-WIN-WIN関係だ。

ではEnty限定公開はどうなのかと言うと、コミュニティの全員がそればかりするようになったと仮定して話すが「作品を見るのに壁があるため、まだそこまで興味のない新規の人は敬遠して去っていく」、投げ銭したい人は変化なし、二次創作者も変化なし、公式新規の人が増えなくて落ち込む。LOSE-WIN-WIN-LOSE関係だ。閉じたコミュニティ内で喜んでいるだけだし、コンテンツに対しても損害を与えている。

私は二次創作者を支援したいという人を批判するつもりはない。コンテンツ迷惑かけるわけでもないので自由意志尊重する。ただ、コンテンツ迷惑をかけることだけはやめろ。

最後

まとめると「もし営利目的二次創作をするなら、せめてコンテンツに対して迷惑をかけるようなことはするな。ダウンロード販売専売やEnty限定公開には反対」ということだ。自分一人なら大丈夫、じゃない。

二次創作者が元のコンテンツのことをもっと大切に想ってくれることを願っている。

余談

ミリオンライブでEnty限定公開して閉じたコミュニティ作ってる奴らはダッフィー企画批判する前に自分を見つめ直せ。

コンテンツ創作物自体を好きなんじゃなく、受け手の想いを感じるのが好き

Aというコンテンツが好きなんじゃなくて、

Aのファンたちが、Aのどこが面白いのかを熱く語っているのを眺めるのが好き。

感じる人の想いは、プラス感情だけじゃなく、ヘイトや私欲でも別にいい。

それら全てが一連のムーブメントなんだから

公式よりも二次創作のほうがよく見る。ファン情熱、はたまた一貫した損得勘定垣間見ることができるから

界隈の中で起こる揉め事を眺めるのも好きだ。

まぁ、ミーハーと一蹴されるんだろうな。

2017-09-18

二次創作は公開手段によっては悪である(完全版)

※この記事は6000文字ほどあるので長いと思った方は3000文字ほど削ったこちらを参照してください。

https://anond.hatelabo.jp/20170919070400

この記事では主に「ダウンロード販売専売(CG集など)」、「月額制限定公開(entyやfantia、patreonなど)」、この2つに触れています

なお最初に断っておきますが、私は二次創作文化投げ銭文化否定するわけではありません。両方とも更に発展してほしいと思っています。ただそれと月額制で限定公開すること、ダウンロード販売だけで売ることには大きな差があると思っています

なぜ二次創作が許されてきたか

創作物の対価をもらうことの何が悪いのか?データなんだから全て無料公開しろかいバカか?近頃よく見る気がする論調です。

はい。私も賛成です。

それが一次創作ならば。

まず私の考えとして二次創作ファン活動以上でも以下でもなく、「許可されていて非営利目的であれば白(グレー?)」「許可されておらず非営利目的であればグレー(見逃されているだけの黒?)」「許可されていようがいまいが営利目的であれば(※方法によっては)黒」というものがあります

では何故許可されていなくても非営利目的ならグレーと思うのかと言うと、私が考えるところでは「コンテンツを発展させるものから」、「ファン活動から」、この2点があると思います。恐らくもっとあると思います

この2点があったからこそ、これまで権利者と二次創作者は仲良くしてこれたのだと思っています。ですがダウンロード販売、EntyやFantiaに代表される月額制限定公開、これらは権利者との仲を良くするものでしょうか?

閉じたコミュニティをもたらす存在

二次創作とはファン活動です。必ずしもコンテンツ利益をもたらす存在である必要はないと思っています。「コンテンツ利益をもたらさな二次創作不要論」なんてものが出てきたら真っ先に弱い者いじめが起こるのは目に見えていますから。ですが、少なくとも「コンテンツにもたらすもの利益よりも損害のほうが大きい存在」であってはならないと思います

ダウンロード販売や月額制限定公開、これらがコンテンツに損害をもたらす存在と言われてもピンと来ない人もいると思います。なのであまり使いたくないのですが、極論で説明します。

ある1人がAというコンテンツでEnty限定で絵の公開を始めました。その人は月額500円のサービス100人程度に買ってもらい、月に5万円のお小遣いを稼ぐようになりました。お小遣い稼ぎを羨ましく思った人たちが我も我もとEnty限定公開を始めました。やがてAコンテンツにはEnty限定公開をする人しかいなくなりました。

そこに別のコンテンツからフラッとやってきた人がいました。その人はあるキャラを好きになり、二次創作絵を探すためpixivを訪れました。すると検索した先にあったのはEnty限定公開の絵を宣伝するために絵の一部を抜き出したものばかりでした。その人はAコンテンツに対して他のコンテンツよりも高い壁を感じました。そうしている内にその人はBコンテンツで好きなキャラを見つけ、pixivでそのキャラの絵を見つけておおいに満足しました。その人はまた別のコンテンツ移住しましたが、少なくともAコンテンツよりも壁の低かったBコンテンツに長く滞在していました。

別の例もあります

別のコンテンツからフラッとやってきた人がいました。Enty限定公開作品から一部分だけを抜き取った宣伝絵を見てとても全体を見たいと思いました。しかし500円かあ、と彼は何の気なしに呟きました。すると突然やってきた人に「500円も払えないの?(笑)見たいなら払えばいいだけ!」と言われました。排他的雰囲気を感じた彼はそのコンテンツに大した思い入れもないのでさっさと出ていってしまいました。

以上閉じたコミュニティになる極論でした。実際にはこのような現象はあまり起こらないとは思っています。依然として良識ある二次創作者のほうが圧倒的に多いからです。つまりその全員から良識が消え去りうるならば、すなわちこの悲劇も起こりうるということです。ちなみにEnty限定公開をダウンロード販売に置き換えても通じると思います。ただこれを紙の同人誌に置き換えても通じてしまうのですが、その件については後述しています

じゃあ他のコンテンツ二次創作者も全員一気にEnty限定公開に移っちゃえば問題解決じゃん!壁の高さは同じになるんだから!という意見があるかもしれません。正直それは興味があります。全ての二次創作者の心から元のコンテンツへの愛が薄れ、いか他人よりも儲けるかを重視するようになった世界というのはそれはそれで魅力的です。なってほしいとは思いませんが。

「ある程度」の営利目的なら許されるべき?

あるコンテンツ二次創作ガイドラインを見たところ「過度な営利目的としたものでなければいい」といったことが書いてありました。これを決めた方は性善説を信じている素晴らしい方なのだと思います。では私はどうなのかと言いますと、性善説は信じられないので「過度な」という曖昧基準に反対の立場を取ります

過度な、というだけではどのような方法を用いても良いという風に取れます。たとえばダウンロード販売で月に100万稼いだとしても本人が「これが過度だったなんて知りませんでした」などと言えば一度は逃れることができます抜け道というのは存在すれば必ず使う人間が現れると思っています。なので、私としては値段ではなく「ダウンロード販売は禁ずる」などやり方で基準を作るほうが良いと思いました。

番外:ゲーム実況広告収入を得るのは?

正直他人コンテンツお小遣いを稼いでいるというところは被っているので微妙気持ちになりますが、動画自体無料公開されているので誰でも自由に見ることができますし、何よりゲーム実況者全員が広告収入を得始めてもコンテンツに対する損害はあまりなく利益が上回るため、まあいいのではないかという立場を取っています

よく見る言い分

「これ作る時間があればいくら稼げると思ってる」

まずファン活動に「この時間があればいくら稼げた」という概念を持ち出すのをやめてください。絵を書くのもライブサイリウム振るのも同じファン活動です。この記事で一番の綺麗事を言うならば、ファン活動は同じファンからの見返りを求めてやるものではありません。コンテンツに関するもの応援して盛り上げ、コンテンツ関係者のやる気がブーストされた結果ますます発展していくという遠回しな見返りを求めてすることです。

それでも何かわかりやすい見返りがなければ二次創作活動できないという人は、せめてお小遣いという見返りを求めるのをやめてください。評判、名声で満足してください。そしてそれをおおっぴらに言わないでください。正直「同人誌感想欲しい」アピールファン活動という点においてはあまり良くない気がしています(これはオフレコですが私もとても欲しいです)、「サイリウムこんなに振ったからみんな感想ちょうだい」と言っている人がいたらなんだお前となるでしょう。

たださすがにこれは綺麗事すぎると私自身思っていますし、感想欲しいアピールはたとえ全員がし始めてもコンテンツ迷惑はかからないので、まあいいのかなと思っています。これが「感想を送ると確約しないと作品を見せない」とかになるとまた別問題ですが。権利義務かの違いですかね。

モチベを上げるためにお金支援してもらって何が悪いの?」

それ自体は悪くはないと思っています。ですが、その支援を「義務」にしないでください。あくまでそれは「権利であるべきです。ダウンロード販売専売のものを見るためには、お金を払わなければならないという義務が発生します。義務という存在は壁になり、コミュニティを閉じる原因となるのでやめてください。

印刷費が欲しい」

わざわざ不特定多数から集めなくても知人にお金貸してもらってはいかがですか?というかそれクラウドファンディングと同じですよね。二次創作クラウドファンディングとか響きだけで危ない臭いがプンプンしますね。

生活がかかってるんだ!」

アホか。

紙の同人誌に消えてほしいわけではない

ここまで主張してきましたが、だからといって紙の同人誌文化も消えろ全て無料で見られるようになれ、と言いたいわけではありません。電子書籍の流れで見られるように「紙に印刷したものが見たい」という欲求が多くの人の中にあると思いますし、何よりお祭りです。しかしいざ二次創作者が印刷したものを出そうとすると、スペース代、印刷費、家と会場の距離が遠ければ遠征費、etc……非常にお金がかかります。更に別のサークルが出している本も欲しいとなれば大変です。

そこで物々交換です。自分同人誌を渡す代わりに相手同人誌を貰う、まさにWIN-WINです(相手こちらの同人誌に興味がない可能性については考えないものします)。ですが中には「自分同人誌じゃ明らかに釣り合わないし」といった方や「二次創作したことないんですけど」といった方もいると思います。そういった方に残された選択肢が「お金を払う」です。

「私は同人誌が作れないので、代わりにお金を払うのでその同人誌をください」

優しい世界ですね。買う側は同人誌が作れなくても誰かの同人誌を読める、頒布する側は1冊分の価値を手に入れられる。値段が頒布する側の良心に委ねられるという点が懸念事項ですが、私には何も解決策が浮かびません。

このように「物々交換の代わり」という建前があり、頒布する側にも赤字リスクがあるので、紙の同人文化別にいかなと思っているわけです。まだ人気がなくて赤字確定だけど作品出すサークルなんてどう考えても非営利目的ですしね。同人ゴロとかはまた別問題ですが、その辺りの説明は多分もう誰かがしてるでしょう。

そこで悪い人はダウンロード販売も本当は物々交換のつもりなどと悪知恵を働かせるかもしれません。本当にそんなこと言う奴がいたら鼻っ柱叩き折ってやりたいんですが、一応反論するならば「あまりにも営利目的色が濃すぎる」という点に尽きます

投げ銭文化には発展してほしい

言ってること違くない?って感じですね。ここでの投げ銭というのは、作品ではなく作者にお金を投げる行為のことです。これに関しては大賛成という立場を取っています

何が違うのかですが、まず「作品オープン場所に公開されているため、新規の人も作品自由に見ることができる」という点です。お金を払うという壁を超えなくても見られるので新規の人にも優しいですね。更に「どうしてもあの人を支援したい!」という人がいた場合、その望みも投げ銭という形で叶います二次創作者はわざわざお金を払ってでも支援したいと思ってくれている人の存在に喜びます。そして公式新規の人が増えたことに喜びます。全員が喜ぶWIN-WIN-WIN-WIN関係ですね。

ではEnty限定公開はどうなのかと言いますと、コミュニティの全員がそればかりするようになったと仮定して話しますが「作品を見るのに壁があるため、まだそこまで興味のない新規の人は敬遠して去っていく」、投げ銭したい人は変化なし、二次創作者も変化なし、公式新規の人が増えなくて落ち込む。LOSE-WIN-WIN-LOSE関係ですね。閉じたコミュニティ内で喜んでいるだけです。

私は二次創作者を支援したいという人を批判するつもりはありません。その分の金を公式に回せと発狂するつもりもないです。コンテンツ迷惑かけるわけでもないので自由意志尊重します。ただ、コンテンツ迷惑をかけることだけはやめてください。

pixivには投げ銭システムを導入してほしいです)

広告収入型の二次創作

私は意外とこれはありなのではないかと思っています広告収入と聞くとどうしても悪しきアフィブログ(俺的ゲーム速報とかはちまとか)などが浮かんでしまって嫌な感じがしますが、要はゲーム実況と同じですね。

先ほどの「直接的な見返りを求めるな」と矛盾しますが、あれは一片の曇りもない綺麗事として言いました。綺麗事過ぎて実行できる人はかなり少ないでしょう。なので感想欲しいアピールは良いと言いました。そこから更に一歩進んだものがこの提案です。

見るために壁を超えなければいけないわけではなく新規も増やせるので公式に損害を与えるわけでもない、全員がやり始めてもコミュニティが閉じるわけでもない、なのでまあ良いのではないかなと思っています。新しい形の二次創作としてどうですか、どなたかやってみませんか。責任は取れませんが。

最後

まとめると「もし営利目的二次創作をするなら、せめてコンテンツに対して迷惑をかけるようなことはするな。ダウンロード販売専売やEnty限定公開には反対」ということです。自分一人なら大丈夫、じゃないんです。

これはついでですが、権利者側ももっと強い態度を取ってほしいです。自分たちコミュニティに影響を与えることを危惧して日和見を決め込んでいるのかもしれませんが(面倒くさいだけかもしれませんが)、その結果コミュニティが閉じてコンテンツが衰退したんじゃ何の意味もありません。

二次創作者がコンテンツのことをもっと大切に想ってくれることを願っています

余談

この記事二次創作界隈全体に向けて書いたものではありますが、その中でも特にアイドルマスターミリオンライブというただでさえ閉じ傾向のあるコンテンツ最近はシアターデイズの登場でその傾向も薄まった気がしますが)で閉じたコミュニティを作ってる人たちに対して書きました。

ミリオンライブというコンテンツ自体は好きですが、閉じたコミュニティを作っている人たちとその取り巻きからは「自分たちさえ良ければコンテンツはどうでもよし」という思考が透けて見えるので嫌いです。その人たちへの怒りがこれを書くに至った原動力です。

ダッフィー企画(わからない人は検索してください)リンチしてストレス発散する前に自分自身を見つめ直してください。

2017-09-16

[]9月15日

○朝食:なし

○昼食:助六寿司

○夕食:しゃぶしゃぶ(牛やぞ、豚やないぞ、牛やぞ)

○間食:栗きんとん

調子

はややー。

仕事ちょっと色々あったものの、結果としてはそつなくこなせた。

来週からちょっと新しいことが始まるので、気合い入れてがんばるぞいや!

iPhone

○トガビトノセンリツ

デスゲームものノベルゲーム

一周目をクリア

神ゲーだった。

このゲーム日記を書き出して、割と結構時間が経ってるけど、

今までプレイしてきたゲームの中で、一番面白かった。

ちょっとでもネタを割りたくないので、あまり詳細は書かないし、

なんなら、後半にこういう感じの展開が待っていることすら、なるべくなら知って欲しくないから、

興味ある人は公式サイト情報を軽く見るだけで、すぐ買って欲しい。

とは言え、さすがにこれだけじゃ感想にならないので、最後まで読んでの僕の感情(悲しいのか怒るのかか、とかそういうレベルね)について書きます

次の行からそのぐらいのネタバレあります







とにかくもうあのラスト数分の盛り上がりは、自分が今まで触れてきた創作物の中で感じたことがない強度の

「滾り!」を感じさせられた。

お話の筋を書いてしまうと、多分「別に普通のよくある燃え展開じゃない?」って思われそうだし、

自分もこの展開のネタバレを聞いてたら「ふーん、あるある」と聞き流してたと思うけど、

プレイした体感としては、もうとにかく滾った。

スマホを持つ手が汗だくになるほど、一気に体が熱を持って

「うおおおおおおお!!!!!!!!! 滾る! 滾る! 滾る! たぎるううううううう!!!!!」って感じ。


じゃあこれなんでここまで滾ったかって、多分すごく感情移入させられて、そこから一気に! という話だったからだと思う。

極端な話、燃え絶対値としてみれば、多分よくある数値なんだろうけど、

その前の悲しさに感情移入させられてて、そこから一気に。

うそう、一気なんだよね。

水を火で沸かすとかそんなレベルじゃなくて、

例えるなら

あい饅頭を超ウルトラ業務電子レンジにより5秒で熱々のお汁粉調理した」

みたいな?

自分で言って、かなりこのたとえ気に入ったけども、

あい饅頭としての温度の低さとか、おしることしのて温度の熱さは、優れた作品の中では普通レベルかもしれないけど、

この一気に瞬間的に熱々にする、この仕組みこそが、とにかく素晴らしかったです。

まだこの後、二周目とおまけシナリオがあるので、一気に楽しもうと思います

いやもう、すごい、とにかく素晴らしかった。

2017-09-12

つの間にかネトウヨレイシストになっていた。

単純に、創作物規制したり過度の自粛を求めすぎたりすると何も言えない世界が出来上がるであろうから自分は反表現規制派であれと思ってたけど、

最近は反表現規制派=差別表現大好きなネトウヨレイシストということになっているらしいとしいたけブログエントリブコメを読んで理解した。

そうか自由表現とはすなわち差別表現で俺はネトウヨレイシストだったのか……。知らなかった。反省するしかない。

これからは全ての表現が許されるかどうか、ブクマカ諸氏のような良識的な方々に事前に審査いただける機関を設置するのが、コストは高いですが一番良い方法だと思います

出版映像ネット方面へ働きかけていきましょう!

2017-09-10

昨今のコスプレ文化に苦言

ハロウィンイベント等、コスプレ文化一般層に親しまれつつある一方で、自分のような意見を持つオタク又は一般人が居るということを今回は伝えたい。また、意見拡散をお願いしたいと思う。ツイート一言添えるのでも充分。当記事に誤字脱字等あるかもしれません、ご了承下さい。

自分は昨今のコスプレ文化にある程度の嫌悪感を抱いている人間だ。TwitterのTLを眺めていると時折イベントシーズンに合わせてRTされてくるコスプレ写真(ここで語られるコスプレ写真とは、よくアフィサイト等にまとめられるようなモデルアイドルの卵、またはネタ方面でのコスプレは除外する。あくまイベントにありふれているごくごく並のクオリティコスプレ写真のことだ)。あの写真に写るコスプレイヤー達を見る度になかなかの確率の高さで不快な気分になってしまう。

はて、この不快感は一体なんなのだろう、どういうものに例えられるだろう、と考えた。

結論というか、現時点ではこうかな、というものとして「原作に対するエロ二次創作物」と同等なのではないかと思った。卑猥な内容であるかどうかではなく、あくま位置づけとしてだ。ここを勘違いせずに読み進めてもらいたい。

原作が好きないちファンとしてやはりその作品コスプレに対して不快に感じる部分というものは大きい。逆に原作を知らなければどうということもない(但し滑稽さで括ればある程度の限度がある。それもまたエロ二次創作クオリティに対して原作を知らずとも限度があるのと同じだと例えられる)。だからこそ、コスプレイヤー側はそういう立ち位置なのだ認識するべきで、コスプレを求めていない人間というものエロ系を求めていないファンと同様にどこにでも必ず居るということを知っておくべきだ。

好きな作品同人誌即売会イベント一般参加した場合、その作品エロ同人誌必要ないというスタンスであれば、そういったエリアには足を運ばないし、ある程度視線を向けないようにする。作品への健全愛着のみで会場に足を運ぶパターンだ。

コスプレもそれと同等で、2次元である原作に追いつくはずのないモデリング一般人が、求めてもいないクオリティでの「現実化」を施している姿のまま会場をうろついている(これは小〜中規模のジャンル作品オンリー同人誌即売会に多い)。それはまるで求めてもいないエロ同人誌エリア強制的立ち読みさせられている気分だ。そういった行為は立派な迷惑行為と感じる人間も居るのだということをコスプレイヤーは知るべきだ。

難しい要望では決してないと思うが、コスプレエロエリアと同様にある程度わきまえるべきものだと思う。見たい人だけが見ればいいし、見たくない人には見えるべきではない。

イベントの会場外で遠慮もなくコスプレをしている場面も散見される。イベント会場付近から一般人が少ないから等々といった理由はあるのかもしれないが、結局コスプレ姿を求めてもいない歩行者に対して晒していることには変わりない。一般人ゼロではない限り、そこは公衆面前なのだ嫌悪感を抱く人は必ず居る。それを理解していないコスプレイヤーが近頃特に多いような気がする。

やはりコスプレというものは決められた、制限された空間のみで楽しむべきだ。

SNS上でもコスプレは「エロ二次創作」と同等という認識であるべきだ。見たくなければ見なければいい、といった意見もあるが、SNS上での画像投下にはその対策限界がある。Twitterにも特定単語に対するミュートが実装されているが、それは画像写真の内容にまでふるいをかけられるものではない。だからこそ投下する側には最低限の配慮があるべきだと言いたい。

このエロ二次創作をTLに流して問題ないのか、といった意識(が、エロ絵を投下するイラストレーターにあるかどうかはまた別の話だが)を持ちつつ、アカウントアイコンからまりプロフィール、投下した写真コスプレ関連のツイートには責任を持つべきだ。

エロ系にはアカウント凍結という対策がなされるが、コスプレ写真に対してはそういった対策がなされないことは当然なので、あとは投下する側がこういった意識を持って振る舞うしかないし、そうあるべきだと思う。

エロ二次創作物に例えた話に戻るが「作品を知らないのにコスプレするなんて信じられない、愛を感じられない」といった意見をたまに見かける。それも側から見れば「原作知らないのにエロ二次創作を描くとか信じられない、愛を感じられない」という話と同じくらい滑稽な意見だ。

衣装クオリティエロ絵のクオリティ

写真クオリティコマクオリティ

写真レイアウトクオリティはページやコマレイアウトクオリティ

そのクオリティがどうであれ結局キャラクターが性行為しているのと側から見た感覚としては同等なのだコスプレというものはそういった位置づけなのだコスプレイヤー認識すべきだ。

こういったように、あらゆるコスプレの場面は二エロ系次創作物に例えられる。もし「凄いクオリティの高いコスプレ写真だな」と感心に思うことがあれば、それもまた「凄いクオリティの高い二次創作エロだな」と同等だと言える。

なので今後もコスプレ文化はそういう位置づけであるべきだと思うし、コスプレを楽しんでいる人たちはそういった配慮というものオフラインオンライン共々常に持ちつつ活動するべきだと伝えたい。

もしこの例えが破綻する場面があるなら教えてほしいし、こういった場面もそれに当てはまるよね、という意見も歓迎だ。

どこまでもオープンな状況が許されていると勘違いしてしまったコスプレイヤーの耳にこの話が届くよう、どうか読んだ人たちは少しでもこのことを考えてみたり、この記事自体さりげなく拡散したり、それとなく意見を述べたりしてほしいと思う。

また、こういったコスプレ文化の状況下で、今回のような意見コスプレ立ち位置)は当然だとしてコスプレ活動を続けている人の意見愚痴も聞いてみたいところです。

長文を読んでいただきありがとうございました。

2017-09-09

https://anond.hatelabo.jp/20170908230300

近親相姦法規制の是非について、いろいろ議論拡散しててモヤモヤするので自分なりにまとめてみたい。

<2017/9/10 12:21 ブクマ数187users 追記した。イヤマウンターへの回答になるか分からないけど…あと微細な誤字修正

 2017/9/10 23:01 ブクマ数350users 良い指摘も貰ったので再追記&読み辛い記号は省略して浄書した。>

近親相姦と近親婚の区別

まず、近親間の「性交」と「婚姻」を分けて考える必要がある。

前提の確認として、2017年現在日本には、成人(=18才)した近親間のセックスを取り締まる法律はない。

ただし、13歳未満に対しては例え同意があっても強姦罪強制性交等罪)が構成される。(刑法第177条)

18歳未満であれば、地方自治体が定める青少年保護条例に基づいて規制されうる。(淫行条例

また、3親等以内の近親間は婚姻はできない。(民法第734条)

成人した近親間の合意に基づくセーフセックスなら許容されるか?

たとえ法律的に禁じられていなくとも、現時点では、近親間でセックスすることについて、単純に不快感を感じるから反対するという意見大勢を占めると思われる。

しかし、不快感だけに戻づいて法規制を行うことは、「ゲイ不快から反対する」となんら変わらず、その他の行為にも「利害関係にない他人の心情」という不確かな要件法規制を成しうるため、不快感法律根拠にするのは避けるべきだろう。

規制根拠としては、「年長者が年少者に対して、権力的優位を利用して性交する虐待可能性がある」から禁止という論理展開をとるのが適当だろう。

そして「権力的優位を利用した強制性交」というところまで抽象化すれば、これは何も近親相姦に限らないと気付くはずだ。最近大学教授学生を言いくるめ性的関係を迫る事件が起きた。

慶応大教授女子大生を「洗脳不倫 “先生とだったら世界征服も”週刊新潮 2017年9月14日掲載

https://www.dailyshincho.jp/article/2017/09061659/?all=1

年齢差、年収差、肩書、男女…あらゆる要素で権力勾配は生じうる。相手の弱い立場につけ込み強制的関係を迫るのは近親間に限らない。20歳差以上もある男女や玉の輿と呼ばれる婚姻を訝しむ人は、暗黙的に権力勾配による強制性を疑うのだろう。

かと言って、権力勾配がない平等な男女でなければ性交婚姻できないとするのは現実的ではないように思われる。

生物として長年同棲した人間は互いに性欲を感じない」という意見もある。(ウェスタマーク効果

では、年長・年少の差異(=権力勾配)がない双子が、生まれてすぐ別々に過ごし、互いに成人した後出会ったのちの近親相姦はどうか?

成人した両者が合意の上で、子どもも儲けず血も交わらない安全なセーフセックスをする分には、外部の人間がそれを規制する根拠は乏しいと思われる。

「両性の合意に基づく婚姻」の捉え方

現在日本には同性婚制度が存在しないが、近年の議論として、「同性愛者・両性愛者・性転換者(LGBT)にも同性同士の婚姻を認めるべき」という意見がある。

日本国憲法第24条では、「婚姻は、両性の合意のみ」に基いて成立すると定めている。

ここから(もちろん歴史的な経緯からも)長らく「婚姻とは、男女間の契約であることが含意されている」と認識され、現在同性婚は認められていない。

しかし、この「両性」には男同士・女同士も含まれるとして、LGBTにも婚姻を認めるべきという容認論が出てきた。

アメリカでも同様の議論がなされ、リベラル派は賛成し、宗教保守派は反対している。

保守派は、反対理由として「LGBT間の婚姻が認められるならば、近親婚、複婚(ポリガミー一夫多妻多夫多妻制)、児童性愛ペドフィリア)も認めることになるだろう。」と主張している。

http://www.hrc.org/blog/texas-legislators-argue-same-sex-marriage-leads-to-incest-polygamy-pedophil

まり、「両性」にLGBTが含まれるなら、なぜその「両性」が近親ではダメなのか?なぜ「両性」が2人の関係でなければならないのか?3人でも4人でも彼らが合意すれば外野が口を出す必要はないではないか?相手児童でもいいのではないか?(いやダメである。)という論理だ。

親子ときょうだいの区別

次に、近親の組み合わせが、親子ときょうだいの場合を分ける必要がある。

一般的に、親子ならば、父×娘、母×息子。

きょうだいなら、兄×妹、姉×弟が想定される。

しか最近LGBTを擁護する世論考慮すれば、近親相姦・近親婚においても父×息子、母×娘、兄×弟、姉×妹の組み合わせすら理論上ありえる。

そして、異父母きょうだい×異父母きょうだい、親×連れ子、親×養子、連れ子×連れ子、3親等まで広げれば叔父×姪、叔母×甥、祖父母×……さらにそれらの複婚関係……といった創作の題材になりそうな組み合わせも無限にありえる。

多様性絶対善」なのか?形を変えた優生学批判されないか?

「近親交配しないのは不利な劣性遺伝子顕在させず、生物的な多様性を保持するため」として近親交配に反対する意見がある。

ここで注意したいのは、劣性(潜性)遺伝とは、即、不利な形質を示すわけではない。

もちろんハプスブルク家ロマノフ家の例を出すまでもなく、近親交配によって虚弱体質等の潜性遺伝子顕在することもありえる。

しかし、サラブレッド育成や家畜品種改良に見られるように、近親交配(インブリード)によって、人間が有利と認める形質を顕現させる交配は日常的に行われている。

では、優れた(とされる形質を持つ)人間を顕現させるための手段として近親交配を行うことは許されるのか?

かつて優生学として批判されたのではなかったか

優生学」とは、表層的には「優れた人間人為的に作り出す」を意味するが、もっと抽象化すれば「社会に貢献する人間遺伝子操作で生み出す」ことである。「優れた子を産み、社会へ貢献せよ」という繁殖圧力が埋め込まれている。

同様に、遺伝子多様性を守るべきという立場は、(遺伝多様性を備えた「=優れた」)子どもを儲け、社会に貢献することを暗示的に求めていないか?

「多様な遺伝子(=新たな「優れた人間」の基準)を持つ子を産め」という圧力である

日本の国力を維持するために子どもを2人以上作るべき」という意見は、時代遅れの家父長制として批判されるだろう。

では、この考えを拡張した「人類繁栄遺伝子多様性のために、近親相姦子どもを儲けるべきではない。遺伝子的に遠い組み合わせを選ぶべき」という意見優生学として批判されないのだろうか?

なぜ、見ず知らずの他人社会のために、子ども遺伝子多様性を考え子作りしなければならないのだろう?また、子どもを作らなければならない社会的圧力は、不妊夫婦LGBTカップルにも襲い掛かる。

(※再追記)「遺伝子多様性」についてコメント重要な指摘があった。

要旨としては、「一個体単体での多様性存在しない。遺伝子多様性とは、社会全体で見たときに様々な遺伝子をもった個体がいて、あらゆる環境変化にも社会全体として生き残る可能性のある個体を総体として保持する状態を指す」というものだ。

まさに、そのとおりである

元増田コメント欄 http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20170908230300 で、「近親交配は遺伝子多様性を狭める」「『血が濃い』子どもを産むのは多様性に反する」といった反対論がいくつか見受けられた。

似た遺伝子を持つ近親が交配することで生まれ子どもは、その遺伝子一族が持つ因子以外の多種多様な因子を持たず不都合が生じるといった主張だろう。

これを受けて、一族が持つ因子と異なる個体と交配することを「遺伝多様性」と表現した。

だが、「社会全体の遺伝多様性」と捉えなおしても、やはり結論は変わらないだろう。

社会全体の遺伝子多様性考慮せよ」ということであれば、近親交配で生まれた「血の濃い」子どもだろうが、高齢出産で生まれ障害児やダウン症児だろうが、互いに遠い因子を持つ両親からまれた「(元コメントが支持する)多様性を実現した」子どもだろうが、すべてイコールなのである

どんな組み合わせの子もも、何に役に立つかわからないから全て尊いのだ。

酷い貧血で苦しむ鎌状赤血球を持つ個体は、マラリアに耐性を持つ。

「血が濃い」ことによって何らかの潜性遺伝が顕現し生活不自由を生じるかもしれない。だが、それすらも何らかの環境で役立つかもしれないのだ。


カンブリア大爆発で生まれた珍奇な生物は、ほとんどが「失敗作」だったかもしれない。

生物ミクロにおけるあらゆる試みは、現時点で正しいかどうか判断できない。

しかしたら将来、障害児が持つ因子がを生かしておくことが正解だったと判断される時代が来るかもしれない。

ミクロレベルでは、将来どんな因子を持つのが有利なのか判断できないし、そんなことを判断して子孫を作るわけではない。

(※再追記ここまで)


互いに愛し合う両性は、人類遺伝子多様性を守るために子どもを儲けるのではないはずだ。

多様性を善とするならば、近親交配で生まれ子ども多様性一種として認められないのか?

「生まれ子ども可哀想」という意見もあるだろう。

「やーい、インブリード」「お前の母ちゃんふーたり」「淫乱家族」「本能自然の摂理に反している」「相続税が複雑になる」といった差別罵倒を受けるかもしれない。だが、これはLGBTが受けてきた偏見のものである歴史は繰り返す

富裕層節税に使う」といった意見は単なる税制の失敗であり、状況に合わせた税制改正対応すべきであって、税制設計ミスが人々の自由恋愛を拘束してよい理由にはならないだろう。

意図的遺伝子編集は許されるか?

近年、CRISPR/Cas9の登場で、生物遺伝子を直接改変する「ゲノム編集」が技術的に可能になってきた。

まるでタトゥーを彫るごとく、遺伝子編集し、発現する特質コントロールする時代がいずれ訪れる。

多様性が善」ならば、各人が好き勝手自分遺伝子編集することは許容されるのか?

自分の子希望通りに設計する「デザイナーベビー」もいずれ可能になるだろう。

果たしてデザイナーベビー子どもに対する人権侵害なのか。アメリカ宗教保守派は、受精卵にも人権は生じると主張する。だが、精子卵子状態から設計」し始めたらどうなるのだろう?

予め遺伝子由来の病気が顕現することが分かっていて、予防的にゲノム編集による遺伝子治療を施すこととの線引きはどうするのか?

また、近親交配に反対する理由として挙げられていた、生活上不利な劣性(潜性)遺伝子の発現を抑えることができるのならば、近親交配は許容されるのか?

「近親交配で生まれた『失敗した』子どもは間引かれる」という意見もある。だが、遺伝子治療によって間引く必要がなくなったらどうなるのだろう?

女性を交換財産としていた時代の名残

文化人類学観点から近親婚に反対する意見がある。

「女は、他の家に嫁がせ血族ネットワークを拡大し一族繁栄を図るための道具」という認識から、女は他の一族に対するプレゼントとして考えられていた時代があった。

まり、「身内で女を消費するな。嫁入り前の性交大事な贈答物が『キズモノ』になる」から近親相姦を禁じる論理だ。

これも現在では、前時代的家父長制と批判されないだろうか?

婚前交渉を『キズモノ』となじる貞操観念も、もはや薄れつつある。

そもそも婚姻」の意味が変容しつつある

何のために婚姻をしていたのか?

家督」を守り繋げるため?

子どもを育てるため?

相続上の利益を守るため?

家族になったという感情的な満足を得るため?

婚姻制度形骸化し、婚外子一般化しているフランス北欧では、事実上多夫多妻制度に移りつつある。

皮肉なことに、女性は一度子どもを儲けると長期間にわたって身体不自由が続くため、自由恋愛事実婚社会では一夫多妻に近い形態をとる。(奥さんが子育てをしている間に、男が他の女に会うなんてスキャンダル最近もあったね。)

一人の恋愛強者男性精子バラまき、多くの女性子どもを産ませる。恋愛弱者遺伝子は途絶える。(安心したまえ、恋愛強者の子ども達は社会全体とキミの税金でしっかり育てるから。)

まり一夫多妻制の基では、社会遺伝子プール多様性を減らす方向に働く。

これは、社会遺伝子多様性を守るために規制されるべきだろうか?

自分の頭の整理のために書き散らしたので、結論はない。

※「気持ち悪い」「素直に近親相姦したいだけって言え」⇒つまりフィクションお姉ちゃん最高!飯田ぽち。先生の「姉なるもの」好評連載中!

http://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM09000031010000_68/

相手クトゥルフ神だったらいいよね!自然に反したおかし衝動創作物で紛らわそう!

2017-09-06

BL作品、もしくはショタものエロといったジャンル創作物少年への性虐待について先行研究とかあるん?

よくある白ハゲ漫画

いいねよりRTRTの手間を惜しまないで!とかいう白ハゲ漫画をよく見ますけど、結局伸びる絵は伸びてるし、自分の実力のなさをフォロワーのせいにするんじゃねえよ。

たったそれだけの手間をかける価値がないって思われてるだけでは?ツイッターなんてみんな流し見でしょ。早く自分創作物価値なんてそんなにないし、人は大した感情を抱いてないことを認めたほうが楽なのに。そもそもお前の需要がねえんだよ。

モチベーションを外に求めるのもほどほどにしないと駄目だよな~。楽しいから描く、それでいいのに。

2017-09-05

ポリコレってむしろ表現多様性を促進するんじゃね?

いや、最近思ったんだけどさ

オタクアニメとかあの手のティーン向け創作物って

大概、善悪二元論で、主役は美男美女

萌え萌え女の子に、脇を固める面白ブサイクキャラブサイクですらないかもしれん)

LGBTマイノリティはきっしょい悪役幹部かチョイ役って構成じゃん?

 

ポリコレはこの手のロールモデル女の子女の子らしく、みたいなのね)

を激しく嫌うわけ

しかしたら不細工女の子萌えアニメの主役になるかもしれんし

しかしたらキリト君みたいなテンプレ主人公が悪役に回るかもしれん

 

キャラ属性多様性に富むのなら、当然話の流れも

今までのものと一線を画すだろう

ゲイの主役がアイデンティティに悩んだり

女の警察官が、性差別的な職場でうまく立ち回って最後カタルシス得る、みたいなさ

  

そういう点では、逆説的にポリコレ

現状の固定化した創作物のお決まり人種性別性的嗜好で割り当てられた

ロールモデルを崩すかもしれんのよ

そうなるとオタクの好きな「表現の自由」を達成できるのは

しろこっちの方じゃねえの? って話だわ

2017-09-04

もし真木よう子コミケ出展が続いていたら…

真木よう子の件、もしもあのまま続いていたら、実際のところ準備会はどんな判断を下したのだろうなーってのはちょっと気になる。

(以下は完全に「もしあのまま真木よう子サークル参加できてたら、どうなっただろうなー」という妄想です。実際には起きなかったことです。)

もし仮に準備会が「問題なし」として彼女が参加していたとしたら、1つの前例ができることになるよな。

そしたらそのあとに続くであろう流入を「NO」とは準備会は言えなくなるわけで、

そうなっていたら「有名人が」「CF資金集めて」「プロを雇って作ったハイクオリティ創作物が」「個人サークルスペースで頒布され」「有名人ファン交流する」って事態が広く行われるようになったんだろうなと思う。

ふと思ったけど、それってある意味では出版業界的にも痛手だろうなぁ。

今までだったら出版社に入っていたであろう利益がほかに流れるってことなわけだし。

コミケのありようも変容しただろうな、と思う。

いつまでも変化しないコミュニティというもの存在しないだろうし、変化するなら変化するでまぁそれも1つの形ではあるけど。

準備会が「良し」とするなら参加者側はどうこうできる立場ではないだろうし。

ただ、もしも真木よう子があのまま参加していたとして、それを発端にコミケというものが変化せざるを得なくなったとして、

そうなっていたとしたら、自分コミケには参加しなくなっただろうなと思う。

2017-09-02

自分人生不安すぎて創作物に没頭できない

現実→辛い

空想現実を思い出して辛い

泥酔現実トラウマが引き出されて辛い

逃げる場所すらない

2017-08-31

所感。

話題の「真木よう子コミケ参戦表明→炎上→辞退→クラウドファンディング中止」の一件についてツイッターぼそぼそやっていたところ相互フォロワーから「こんな荒れた話題俺は見たくねーんだようるせえ!」と空リプが来てやりづらかったので此方にまとめる。

別に批判をしたいわけでもなければ攻撃をしたいわけでもなく、ただ自分の中で感じたことを吐き出してまとめたいだけである

◆全体的に

個々の問題自体はそれほど大事ではないが、どれも元々コミケが抱えていた問題であり、それをよく思っていなかった人々からの不満噴出にも繋がったのだと思う。

些細な引っかかりでも、積み上がれば大きな不安となる。

コミケルールについて

コミケと言うのは、よく言われる通り「全員が参加者」という前提のイベントである

販売者顧客という立場ではなく、サークル参加者と一般参加者だ。要はイベントに参加した全員で作り上げるもの、という意識が強い。

そして、この大イベント薄氷を踏むような、あるいは綱渡りをするような危うさでこれまで続いてきた、という認識の人が多い。

一つでも対応を誤れば、二度と開催ができなくなる可能性もある。

忠告するコミケ参加者側に対して「運営でもないくせに」「そんなにえらいのか」という指摘もあったが、だからこその忠告だろう。

写真について

また参加表明の際に出回った画像に、コミケ開催中にビックサイトの内部で撮られた写真があった。

「あれは撮影禁止区域での撮影ではないだろうか?」「周囲に写っている人へ了承は取ったのだろうか?」という疑問が呈されていた。

混雑していない場所だった為恐らく明確な撮影禁止区域ではなかったろうが、そうだとしても周囲へ写っている人への了承は得られていない可能性が高い。

その上クラウドファンディングという大金を集める告知と共に出回ってしまった為、「営利目的での使用」にかかる可能性もある。

それを持ってしてまず、「ルールをよく知らない、影響力の大きな人が来てしまった」と言う認識が広がってしまったのだろう。

クラウドファンディングについて

クラウドファンディング自体は悪いものではなかったと思う。

前例があるのは知らなかったが、それなら尚更問題はなかっただろう。

ただ、800万円と言う目標金額は大多数の参加者には大金大金だ。

それだけ集めるなら会場費も込みにして、別のところで別のイベントを開いた方がお互い幸せなんじゃないか、という疑問も湧くのは仕方のないことに思う。

◆会場について

キャンプファイアにて公開されていたクラウドファンディング募集した金額の使い道には雑誌制作費・支援者へのリターンにかかる費用という文字はあっても、当日会場で係る経費や混雑対策費などの文字はなかった。

コミケ普段来る層と、真木よう子写真集を買いに来るファン層はほぼかぶらないだろう。

となれば単純に真木よう子ファンの分だけ来場者数が増え、その分列を作るスペースが必要になる。

周りには列で正面を潰されるサークルも出てくるだろう。

しか交流をしたいと言うことは、ともすれば本人が手売りをする可能性もあり、手法として嫌われる牛歩にもなりかねない。

列の整理や混雑対策も持ち出しと(一応)考えるならば、尚更コミケでわざわざ狭いスペースを間借りするメリットは、会場の面から見るとない。

写真集について

自分が初めてコミケへ行った時、既にコスプレエリアは大盛況だったが、まだコスROMへの風当たりは強い時期だった。

三次元人間被写体の「写真集」は、コスプレをしていてさえオタクには馴染みの薄いものだったのだろう。

現在、以前よりコスROMへの当たりは柔らいだろうが、そうでない生身の人間の「写真集」となると、抵抗があるのもわからなくはない。

交流目的と言うのもコミケルールに明確に反してはいないだろうが、それでもサークル参加者は自分の作った「創作物」にこそエネルギーを注いでいる人が多数のはずだ。

そんな中写真集は作るがどんな方向性かも決まっていない、と言われてしまっては「そんな、やりたいことをやる場所へ来て、やりたいことがわからなくて進路が決まらない学生みたいなこと言われても……」という話である

ツイッターでのやり取りについて

本人はよくファンともツイッター上で交流していたようであり、もしかすると一番厳しげな意見に返事をすることで、やんわりと忠告してくれていた人々への解答にしようと思ったのかもしれない。

だが結果的には、これまたネット上では嫌われている、同情心を誘い自分は手を汚さず周囲の人々に攻撃させるファンネルと化してしまった。

果たして悪意があったのかなかったのかまでは推し量ることが出来ないが、悪手であったことは確かだ。

ツイッター上で散見された意見について

「いやなら見るな」と言っていた人がいたが、テレビと違い現地に行ってしまえば見る見ないの話ではなく、上記した「会場について」の問題に直面することになる。

真木よう子一人の為に真木よう子ファンが増え、その分会場は狭くなり、移動に支障をきたすかもしれない。

そう考えるととても「いやなら見るな」で片付く問題ではなさそうだ。

◆辞退・中止が発表されて

案の定オタクは心が狭い」だの「そう言ってオタクを貶す人々には来てほしくなかった」だの対立が発生している。

叶姉妹並みの対応をしてほしかった訳ではなく、様々な疑問点を解決すれば、受け入れられた部分もあったとは思う。

大体書きたいことを書いたのですっきりした。

おしまい

目トレ色トレ

パクトレ問題について、いくらなんでもいちゃもんだろうという糾弾が度々生じている。写真を見ながらイラストを描けば「目トレ(目で見てトレース)」。既存画像の色味をスポイトツールで拾いながら絵を描けば「色トレ」。模写や資料写真の参考として推奨すらされているような行為まで、著作権法違反かのようにあげつらわれることすらある。

なぜ、賛否両論パクリの指摘が絶えないのだろうか。「目トレ」や「色トレ」のように、いわゆる「なぞって書き写す」ものでない「トレース」を糾弾している人は、次のように主張しているように見える。「なぞり書きのトレースでないとしても、パクリパクリだ。他人アイディアや、創り出した魅力を剽窃する、非難すべき行為だ」。

トレパクが叩かれる背景としてはこのような、「他人の手柄を横取りする、卑劣行為」への嫌悪感がある、と思う。注意すべきは、これは著作権法において違法とされるものとの乖離が大きいということだ。著作権法は、親告罪であることを除いても、乱暴に言えば「まるっと複製」と言えるものけが違法となり、プラスアルファアレンジがあればそれはただの「新しい創作物」とされる。(企業ロゴなどの商標についてはまた別の話だが、おいておく。)

従って、「パクリだ!」に対して、「著作権法では問題なし」「荒木飛呂彦だってやってるじゃないか」という指摘は鎮火に結びつかず、「合法ならいいのか。荒木飛呂彦だって時代が違ったんだ」などと思われるだけだろう。パクリ(及び広義のトレース)を指摘する人間は、他人アイディアに乗っかって「創作物」を発表する、ずるい所業あいつはずるだと指差しているのだ。

まりにも自明でありながらも広く誤解されている神話として、「無から有が創作されることは皆無である」という真実がある。

美術史を紐解くまでもなく、文化とは古来より相互に「他人創作物を、一部真似してアイディアを貰って、創作する」ことを繰り返し積み重ねて発展をした。流行りの構図があり流行りの色の塗り方がある。流行りのドレスイラストレーションになり流行りのイラスト着物の図案になる。

流行る」とはアイディアパクリあうことであり、「流行りが廃れて新しいものが生まれる」とは、既存アイディアを踏まえた上で敢えてズラすということだ。なるほど、著作権法に触れずともパクリパクリかもしれない。他人アイディアタダ乗りする行為かもしれない。しかし同時に、それは卑劣行為ではなく当然の行為なのだ

では、言いがかりのようなパクリの指摘を減らして行くには、どうすればよいだろうか。自衛策のひとつとして、「影響を公言する」ことが有効だろう。「カラーパレットは○○をベースにいじったものです」「○○で画像検索して見ながら描いた」「この○○の描写写真家の☆☆さんの作品を参考にしています」等と絵に添える。あるいはプロフィール欄に誰を真似して描いているか公言する。重ねて、公開と同時または先行して「元ネタ」の著作者自分作品を紹介すると、潔白である旨のポージングになるだろう。

勿論、効果限定的で、「パクリだ」と指摘されることが無くなるわけでは無いだろう。糾弾者と対話するにあたって、この文章が役に立てば幸いだ。間違えてはならないのは、糾弾者は「お前の行為は法に触れる犯罪だ」と(間違った)主張をしているのではない。「お前は元ネタの魅力に乗っかっているにすぎない。調子にのるな」と言っているのだ。

2017-08-30

真木よう子問題

もう取り下げちゃったからどーでもいいことなのかもしれないが。

CF自体ほとんど誰も批判してないし、おそらく前払いする印刷代を用意する方法として有効利用できそうな気はする。ただし、コミケ1週間前に極道入稿するようなサークルでは無理だろうけど。

問題商業との切り分け・コミケ理念への理解度

商業問題については色々出てきている情報によると、同人誌出版自体CAMPFIREが絡んでいる可能性がかなり高い。

コミケ自体商業ベース漫画大会に対する批判から始まったこともあって、そこで頒布される同人誌アマチュア色の強い創作物だ。二次創作についても商業誌ではないからこそ原著作権者からお目こぼしを受けている部分も多い。過去にはポケモン同人誌事件ときメモビデオ事件しまじろう事件などがあったが、今でも二次創作は危うい立場にある。オリジナルであってもその理念に沿ってサークルスペースで法人発行物の頒布はできない。

一応CAMPFIRE側はコメントを出しているが、目標金額に口を出していないとは言いつつ、出版のものに関わっていないとは言っていない。

そもそも真木氏も同人誌ではなく「雑誌」と書いている。もしかしたら同人誌がどういうもので、一般書籍との違いを分かっていないのかもしれない。同人誌を知らない者がコミケでなにか売ろうとしている、それもオタクカンに障る部分かもしれない。

事務所所属する芸能人写真集を出すとなれば肖像権問題が出てくる。果たして個人による自費出版可能なのだろうか。事務所側の内容チェック(もしくは口出し)や版権使用料の支払いなどがあればアマチュアベース同人誌とは言いづらい。

ちなみにこれまでコミケサークル参加したプロの方々は、肖像権であればコミケ限定特別許諾をとったり、その他の権利侵害しない様配慮しながら本などをつくっている。最近声優さん絵描きさんが所属する会社側で参加ルールを設けていたりして趣味としてサークル参加するハードルが低くなってきたようだ。先日の夏コミでも有名な声優さんが島中サークル普通に売り子していたが、一般参加者も特別扱いせず普通に人が流れていたのが印象深かった。真木氏は権利関係クリアにできているのだろうか。

プロプロルールで作ったものサークルに持ち込む、これもオタクカンに障る部分だ。

コミケサークルスタッフ一般参加者が一緒になって作り上げている表現の自由を最大限尊重する「場」であるしかしその「場」を維持するために「自由」と引き換えに参加者には「義務」(ルールといってもいい)が課されている。これを「ムラ」といって批判する者もいるが、そもそもマーケット」という閉鎖空間なので批判する意味がない。

今後また芸能人サークル参加があるだろうが、「一般で始発乗って3年通ってました」みたいなガチなのを期待する。

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