はてなキーワード: 脱出とは
柳原白蓮(1885年10月15日 - 1967年2月22日)、本名は燁子。
大正天皇の生母である柳原愛子の姪で、大正天皇の従妹にあたる。
1910年11月、上野精養軒で燁子と九州の炭鉱王・伊藤伝右衛門との見合いが行われた。
燁子は当日、それを見合いだとは知らされていなかった。
伝右衛門は50歳、親子ほどの年齢差・身分・教養ともあまりに不釣り合いであり、
地方の一介の炭鉱主が「皇室の藩塀」たる伯爵家から妻を娶るのは前代未聞のことで、「華族の令嬢が売物に出た」と話題になった。
異例の結婚に新聞では、柳原家への多額の結納金や媒介者への謝儀、宮内省への運動資金など莫大な金が動いたことが書き立てられた。
背景には貴族院議員である兄義光の選挙資金目的と、一代で成り上がった伝右衛門が後妻に名門華族の家柄を求めたことがあったと見られている。
翌1911年2月22日、日比谷大神宮で結婚式が行われ、帝国ホテルでは盛大な披露宴が行われた。
『東京日日新聞』では結婚式までの3日間にわたり、2人の細かい経歴などを書いた「燁子と伝ねむ」というタイトルの記事が連載され、“黄金結婚”と大いに祝福された。
燁子は遊廓に入り浸ることの多かった伝右衛門に病気をうつされ大きな屈辱となり、夫婦の間の亀裂は深まった。
そんな歪んだ結婚生活の懊悩・孤独を燁子はひたすら短歌に託し、雅号「白蓮」の名で、竹柏会の機関誌『心の花』に発表し続けた。
1917年暮れ、福岡鉱務署長・野田勇に炭鉱主から贈収賄が行われた疑いで大規模な検察の調査が入った「筑豊疑獄事件」が起こる。
1918年4月初頭、野田夫人の友人である燁子は贈賄側の証人として出廷した。
公の場に現れたことで話題となり、『大阪朝日新聞』は4月11日から「筑紫の女王燁子」というタイトルで10回にわたる連載記事を載せ、大きな反響を呼ぶ。
この連載記事がきっかけで「白蓮」が燁子であること、「筑紫の女王」という呼び方が全国的に知られるようになる。
1919年12月、戯曲『指鬘外道』を雑誌『解放』に発表する。
これが評判となって本にすることになり、打ち合わせのために1920年1月31日、『解放』の主筆で編集を行っていた宮崎龍介が別府の別荘を訪れる。
龍介は7歳年下の27歳、孫文を支援した宮崎滔天の長男で、東京帝国大学法科の3年に在籍しながら新人会を結成して労働運動に打ち込んでいた。
新人会の後ろ楯となったのが吉野作造ら学者による黎明会であり、『解放』はその機関誌であった。
両親共に筋金入りの社会運動家の血を引き、時代の先端を走る社会変革の夢を語る龍介は、燁子がそれまで出会ったことのない新鮮な思想の持ち主であった。
別府に2晩宿泊し、打ち合わせを終えて日豊本線に乗る龍介を、燁子は小倉まで見送った。
その後、事務的な手紙の中に日常の報告と恋文が混じる文通が始まる。
燁子の上京の機会は伝右衛門に同行する春秋2回で、京都などで限られる逢瀬の中、2人は頻繁な手紙のやり取りで仲を深めた。
やがて龍介の周囲で燁子との関係の噂が広まり、華族出身のブルジョワ夫人との恋愛遊戯など思想の敵として、
1921年1月に龍介は『解放』の編集から解任され、4月には新人会を除名された。このことは燁子の心を一層龍介に傾かせた。
燁子は秋の上京の際に家出を決行する準備のために、伝右衛門のお気に入りで博多花柳界で名高い芸妓であった舟子を、
自分の身代わりの人身御供として舟子を伝右衛門の妾にしたのである。
龍介は新人会時代の仲間である朝日新聞記者の早川二郎や赤松克麿らに相談して、燁子出奔の計画を練り、決行した。
1921年10月20日、伊藤伝右衛門は夫婦で滞在していた東京府日本橋の旅館「島屋」から、福岡へ帰るために車で東京駅へ向かい、
妻・燁子は親族を訪問する予定で東京に残り、伝右衛門を見送った。しかし、燁子はそのまま日本橋の旅館に戻らず、行方をくらませた。
22日、大阪朝日新聞朝刊社会面に「『筑紫の女王』伊藤燁子 愛人宮崎法学士と新生活?」と失踪の第一報が伝えられる。大阪朝日の単独スクープであった。
伝右衛門は福岡へ戻る途中で立ち寄った京都の宿「伊里」で、22日朝刊の報道を知って驚愕する。
その頃の燁子は東京府下中野の弁護士・山本安夫の元に、伊藤家から伴った女中と共に匿われていた。
山本は龍介の父・宮崎滔天の友人であり、子供の頃から親しい龍介に相談を受け、燁子の身柄を預かっていた。
22日夜、山本は新聞各社に燁子の居所を連絡し、記者が押し寄せて取材が行われ、23日朝刊には記者に対応する燁子の写真が掲載される。
朝日のスクープは、姦通罪を逃れるため、龍介が新人会の仲間で友人の赤松克麿や朝日新聞記者の早坂・中川らに相談し、
マスコミを利用して世論に訴え、人権問題として出奔を正当化するために仕掛けられたものだった。
女から男に宛てて、新聞という公器を使って縁切りの宣言を行うという前代未聞の出来事に対し社会的反響は大きく、
大阪朝日24日夕刊には、5百余通の投書が殺到した事が書かれ、世間を大いに揺るがす事件として受け止められた。
柳原家や燁子が身を寄せた山本家には多くの賛否の手紙の他、脅迫まがいのものも届いた。
10月24日に福岡に戻った伝右衛門は親族会議を開き、友人の炭鉱主らも同席する。そこで宮崎龍介・赤松克麿らの思想的背景が問題となる。
伝右衛門ら炭鉱主は当時頻発していた米騒動やストライキに神経をとがらせており、彼らによって労働争議の標的にされる恐れがあった。
また姦通罪で訴える事は、今上天皇の従妹である燁子を投獄する事でもあり、宮崎側に関与する事は避け、問題は柳原家と伊藤家の両家の間のみに絞られた。
11月1日夜、東京丸の内の日本工業倶楽部の一室に伊藤・柳原両家関係者が招集される。
この席で燁子を伊藤家から正式に離縁する事が決められ、伊藤家に残した燁子所有の調度品や衣類・宝石類を柳原家に託し、
燁子名義の土地・家屋・株券などは名義を変更して伊藤家に返還する事などが決められた。
11月2日、仲介役の奥平伯爵が築地精養軒で新聞通信社に燁子と伝右衛門の離縁を発表し、3日付の新聞に掲載される。
事件からわずか10日後、伊藤家側は極めて寛大な処置で迅速に身を引いた。
伝右衛門は一族に「末代まで一言の弁明も無用」と言い渡し、「上京して姦夫姦婦を二つに重ねて四つに叩き斬る」と息巻く地元の血気盛んな男達にも「手出しは許さん」と一喝した。
福岡天神町の銅御殿落成の翌日、11月27日に伝右衛門と燁子の離婚が成立する。
駆け落ち騒動の最中に生まれた長男・香織と共に宮崎家の人となった燁子は、それまで経験したことのない経済的困窮に直面する。
弁護士となっていた龍介は結核が再発して病床に伏し、宮崎家には父滔天が残した莫大な借金があった。
裁縫は得意であったが炊事洗濯は出来ない燁子に代わり、姑の槌子が家事と育児を引き受けた。
燁子は小説を執筆し、歌集も出版、色紙や講演の依頼も引き受け、龍介が動けなかった3年間は燁子の筆一本で家計を支えた。
この頃、吉原遊廓から脱出した花魁の森光子が宮崎家に駆け込んで助けを求めている。
その後も娼婦の救済活動は続けられ、1928年にも吉原から子持ちの娼妓が宮崎家に駆け込んでいる。
この活動は暴力団に狙われる危険なものであったが、燁子にはかつて伊藤家で舟子ら同性を
身代わりの人身御供にした罪の意識があり、娼婦の救済はその罪滅ぼしもあったと見られる。
1944年12月1日、早稲田大学政経学部在学中の長男が学徒出陣し、
翌1945年8月11日、所属していた陸軍・鹿児島県串木野市の基地が爆撃を受けて戦死した。
龍介の手厚い介護のもと、娘夫婦に見守られ歌を詠みつつ暮らした穏やかな晩年であった。
1967年2月22日、心臓衰弱のため西池袋の自宅で死去した。81歳没。戒名は妙光院心華白蓮大姉。
遺骨は長男と共に神奈川県相模原市石老山の顕鏡寺に納められた。
作業しなきゃなのに
助けて
増田を 10年 やっとるワシも、幾度となく沼を経験してきた。
その度に増田の存在を憎んだものじゃが、あるとき脱出方法を思いついて以来、悩みから解放されたのじゃ。増田は、人の時間を喰らうバケモノから、やりたいときにやればええ、気楽な娯楽に戻った。
ありったけの技巧を込めて、増田で積んだすべての経験を活かすべく、本気で増田を書く。
まずはテーマの選定に気合を入れる。皆が興味のある話題を選んでいるか。その分野で高い解像度を発揮できるか。
読者に伝えたい内容が目に留まるようバランスに注意を払って、構成を練るのじゃ。
タイトルは頭に入りやすいか、タイトルだけ読む連中も祭りに加われるような軽さがあるか。冒頭に引き込むようなフックはあるか。
説得力を持たせるための権威づけはあるか。自分の強みを明かしているか。逆に無意味なマウンティングはないか。
言わんでええことまで言ってないか、すなわち、ブックマーカーの「まとめ作業」をおのれが代行するような愚を犯してないか。
聞き慣れないフレーズを慣用表現に置き換えて。読み飛ばしてもいいパートはそうだと判りやすくするんじゃ。
同じ単語の繰り返しはないか、指示語は最小限か、「だが」などの否定語は極力削られているか、語尾は多彩になっておるか。文章のリズム感は十分か。
末尾にスルーされないための、何かひとこと言いたくなるような煽りはあるか。
すべてのチェックを終えたら、再び最初に戻って検討し直す。何度も何度も繰り返す。
最高傑作を生み出すべく、情熱を注ぎ込むのじゃ。ひとつの増田を書くのに 12時間 かけてええ。
これが増田を止めるコツじゃよ。
黄金人は過去の歴史において長い事、暴力で支配される存在であった。家畜であり、財産であり、基本的に生涯を檻で過ごしたから身体を鍛えるということがなかったし、交配も黄金人同士で強制的だったから血が濃くなって、とにかく身体が弱い。寿命が短い。
でもあるとき英雄的な黄金人が現れて、奴隷解放戦争を始めるんやね。
その戦争は、そりゃあもう酷いもんだよ。
まずシンパの黄金人は殺されても黄金を出さない。虐待がますますひどくなるし、たくさんの黄金人が死んでいった。
でたまたま生きて奴隷を脱出できた黄金人は、内戦なのに敵国に黄金を積極的に渡していく。なんなら敵軍の兵士を呼び込んだりする。国土を積極的に荒らす。奴隷でなくなるか、国がなくなるかの2択を迫る。
こうなるともう独立志向の黄金人が存在するだけで国が滅びかねないので、もうどんどん差別が進む。
黄金人なんか居ないほうがマシだとかいう思想も流行りだして、ガス室的なあれがすすんで。
だめだ。滅びた。
黄金人の人権を確立する歴史妄想するのめちゃ難しいな。何があったら元増田のいうような状態にできるんだ。
”ゼレンスキー氏、男性の出国求める請願書に「故郷守ろうとしてない」”のブコメ欄
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASQ5R1SQ2Q5RUHBI001.html
zyzy まぁ古来から出産と兵役は対なんでこの性的役割にはなってる。何故かと言うと国土は極論そこに属する母体とそこから発生する子孫を国土に属する男性が保有する権利の為にあったから。女性には国土を守るメリットない
他、「やむを得ない」「仕方ない」「きれいごとは言えない」等、男性の出国(脱出)禁止措置を消極的に肯定するブコメ多数。
戦地ではない安全な場所に避難して安全に生き続けたい、死にたくない、ていう「自己の生命」「自己保存本能」を制約する国家の措置って、これ以上ない究極の人権侵害だと思うのだけど、そう捉えない人もいるんだ。
国家がなくなっても人は生きていけて、個人にとっては「死んでしまえばその後に国家がどれだけ永らえようが栄えようが、死んでしまえばそれで終わり。だから俺にとって国家の価値は俺の命の価値より軽い。とにかく俺は死にたくない」という人がいてもいいし、俺自身がそういう思想なんだけど、それは認められず「国家を永らえるためには国家権力による個人(男性)への死の強要も仕方ない。男は甘んじて受け入れろ。命をかけて国を護れ」て考えの人が、はてブにこれだけ多かったんだ。全体主義そのものじゃないか。
「外部からとやかく言えない」?いや、同じ人間だろ。当事者が「国(戦場)から逃れさせてくれ」と要望してるだろ。
ウクライナ人である前に人間だろ。なんで同じ人間としてでなく「あいつウクライナ人男性、ワタシ日本人、チガウネ。ワタシ何モ言エナイ」と思考放棄してんのよ。人権てそんなものじゃないだろ。
「国家存続の危機の前に国家が取る手段に対して、外国から何も言えない」ならアメリカからいつイラクのように攻撃されるかビクビクしてハリネズミになってる北朝鮮国内の全体主義にも何も言えなくなっちゃうだろ。
ウクライナは良い人権侵害で北朝鮮は悪い人権侵害か?その違いは何なんだよ。
「出産と兵役が対」で、かつ「兵役の強制(徴兵制)も仕方ない」のなら、
ウクライナ政府が「女性は国に残って、国家が指示した強い男性兵士と性行して子を産み次世代の兵士として育てよ」と徴妊制を導入して妊娠出産を罰則つきで強制したとしても、今回と同様に「やむを得ない」「仕方ない」「きれいごとは言えない」て反応になるのかよ。
不妊症で子供産む可能性がない女性だけ徴兵されて戦場に送られて「なぜ私たちだけ!」と嘆いても「兵役の対になる出産ができないから仕方ない」で済ませるのかよ。
そんな反応は想像できないんだけど…絶対にはてブは批判・非難だらけになるよね。
(あと「重度の障碍児や障碍者は、国を護ることができず生産もできず、国家存続の前に負担にしかならない。国がなくなれば終わりだから緊急避難として全員強制収容する。生かすのに人手がかかるから少しでも兵士を確保するため労働力にならない者から処分する。」も「やむを得ない」になっちゃうよね。ナチスのように。)
「徴兵制」と「徴妊制」のどちらも肯定するか、どちらも反対するなら筋が通ってるけど、前者に賛成しつつ後者の導入となると「それは酷い、女性を産む機械扱いか、やめろ」と思っちゃうでしょ。いや、男性だって「戦う機械」じゃないから。死にたくない一人の人間だから。
結局のところ、女性の貞操・性的自由よりも、男性の命のほうが軽いと。
「徴妊制」まで行くと極端な考えだけど、「出産と兵役が対」なのであれば、
「男女ともに徴兵し前線に行かせる。ただし妊娠している女性だけは、子を出産し立派な兵士に育てあげるまでの期間は徴兵を猶予する」て制度くらいは導入しないと「平等でない」と思うけどな。
(さらに言えば、生まれた子を優秀な兵士にするため、ポルポトのように親元から引き離して集団で兵士として育てることだって「国家滅亡の前ではやむを得ない」「仕方ない」「きれいごとは言えない」で肯定できちゃうよね。)
片方の性にだけ命の危険を強制することを是認して、もう片方の性には何も強制しないのを良しとするって、結局は性差別主義者だよね。
国家滅亡の危機だからといって、女性に強制的に妊娠出産させて兵士生産装置にするのは許せない、ひどい人権侵害だ。
戦力や労働力にならない障碍者を絶滅収容所に入れるのも許せない、ひどい人権侵害だ。
優秀な兵士を増やすため子を強制隔離して国家が洗脳教育しポルポト式集団養育するのも許せない、ひどい人権侵害だ。
だけど成人男性が安全地帯へ逃げたいと言っても避難を禁止したり、成人男性だけを本人の意思に反して強制的に軍隊に入れ戦場に送って人を撃ち殺させたり、撃ち殺されたりさせるのは「仕方ない」「やむを得ない」「きれいごとは言えない」だって。
こうやって並べてみると、どれだけ「男性の生命に関わる事だけが"仕方ない"で切り捨てられ、男性の人権が軽視されてるか」がよくわかるね。それをやってるのがはてフェミなのよ。
シーズン2はガッカリだったけどシーズン3はどちゃくそに面白かったよ!
どれも10〜20分くらいのショートアニメだけど、自分は何を見たんだ...?!ていうショッキングなものから、軽く笑えるものまで振れ幅が広くて最高
1. "Jibaro"
この沼の魔女が隊の他の兵士や、守護のために同行していた尼さんたちを殺していくシーンが凄まじい
ロマとかタイ舞踊みたいな魅惑的な身のこなしが圧倒的に美しいんだけどそれと同時に身の毛がよだつほど恐ろしい 絡め取られていく兵士たちがフィギュアスケートを踊るように絡め取られて踊り狂って沼に沈んで死んでいく、馬は沼に沈み、甲冑の重みで溺れ・・・
いろんなアート、コンテンポラリーダンスとかを取り入れてるんだろうけど、見ているともう画面に釘付けで、ああ、やめて・・・もうやめて・・・でも目が離せない!と呆然としてしまう、そこに一人取り残される聾の兵士、
この後の展開も素晴らしく恐ろしいから是非見て欲しい
2. "The Very Pulse of the Machine"
衛星イオの表面で調査をしていた二人の宇宙飛行士が事故に遭い、生き残った一人がもう一人を引き摺りながら脱出を目指すが、そのために使った薬物の過剰摂取で幻覚を見るようになり、死んだパートナーの声が聞こえるようになるがそれはパートナーではなく、、、という話
イオの組成について幻覚が語りかけてきて、それはなに?それはなに?という問いかけから答えを導くシーンがゾクゾクします
3. "Night of the Mini Dead"
ミニチュアのゾンビアポカリプス。最後の puff!!! が最高、文字通り、遠くから見ると喜劇、なのか
ほかに、殺人マシングマと特殊部隊が戦う話とか、オブラディン号の帰還まんまの海の怪物との邂逅の話とか、とにかく全部捨て話なしの良さなのでみんな見て
ブラック部活、ブラック企業、ブラック地域、ブラックな習慣/伝統、ブラック国家
これら全てが間違っていて自分達がどれだけ正しくても、少数派、末端である以上は内部から変えることはほとんど不可能。
まあ古い概念ではあるんだけど基本はそのとおりだ。
ルパンはどんな窮地に陥っても絶対に脱出する万能の能力があるからドラマにならないんだよねえ。
このルパンが万能であるっていう設定はTVシリーズを長く続けた結果としてのあとづけの設定ということになる。
初代ルパンとかだとルパンが捕まるかどうか?ってところできちんとドラマが生まれている。
でも、長くシリーズを続けた結果としてルパンは何でも出来る人になってしまった。
またルパンというアニメ自体のリアリティバランスが荒唐無稽なところがあるのも原因だ。
そういった状態でルパンというアニメにドキドキハラハラ感を演出するためにはどうするか?というのはやっぱり偉い人はきちんと考えているものでルパンに大怪我をさせるんですよね。
カリ城の途中でルパンは怪我をしてちょっとやばい感じになります。
冒頭のカーチェイスとか鉄仮面集団との戦いでも入念にリアリティバランスの調整を施して、なんでも出来るわけではないということを強調してるのですがダメ押しとしてルパンがリタイアしそうになる。
これを入れることでドラマはいっきに佳境へのテンションを上げる準備ができることになるのです。
今日は邦キチを読みながらショーシャンクの空にを見ていた。
刑務所の中で作り出される独特の価値観、その中で「マジメ君」として通っていたお爺ちゃんが遂にその世界に……!
だが、その結末は……。
私はこれにエコーチェンバーの中で「優等生」をやっていた人達がお外に出たあとの姿を重ねてしまいまする。
お前ばはてなにも独特な世界の中でベテランとして君臨してその経験を外で活かすぞと意気込んでいた人達がおりましたね。
ごめんね、ぼく、ドラえもんじゃないんだ。ぼくは、ただのおじさん。
でもね、ポケットはあるんだよ。四次元ポケット?ううん、違うんだ。ただのポケット。
でも色々入ってるよ。ほら、スモールライト。照らしたら小さくなるのかって?
ううん、そうはならないよ。百均で買ったただの小さい懐中電灯だよ。でもLEDだからとても明るいんだ。これ君にあげるよ。
あと、これもあるよ。竹でできた、回るやつ。ううん、タケコプターじゃないよ。それのモデルとなった、竹とんぼだよ。
今の子供は竹とんぼ知らないだろうと思って。ほら、こうやったら空に飛んでいくんだ。百均ってなんでも売ってるんだよ。これも君にあげるよ。
あとはこんにゃく。ううん、ほんやくコンニャクじゃないよ。蒟蒻畑のクラッシュタイプ、ぶどう味だよ。
あとはこれ、電話。もしもボックス?ううん、僕が使わなくなった古いスマホだよ。Wi-Fiにつなげればネットも見れるし、ゲームアプリも入ってるから色々遊べるよ。これも君にあげる。
え、嬉しいの?喜んでくれたらぼくも嬉しいよ。
あとは引き出しの中に入ると未来に行けちゃう机。それはここにはなくて、おじさんの部屋にあるんだ。一緒に来る?うん、そう来なくっちゃ。
着いたよ。ここが僕の部屋。どうぞ。散らかっててごめんね。
これがあの机だよ。のび太の机より大きいんだ。
引き出しを開けてごらん。ううん、そこじゃなくて、右下の大きい引き出し。子供が入れるくらいの。
そう、そこ。何も入ってないって?よくのぞいてごらん。
「ドンッ」
「ガチャッ」
ほら、ちょど君が入っちゃった。
え、出してくれって?いやいや、君はもうタイムマシンに乗ってしまったんだから、引き出しが開くことはないよ。
「バタン」
ドアが閉まる音がした。おじさん、本当に僕を残してどっか行っちゃったのかな。
どうしよう。あのおじさん、本当は悪い人だったんだ。知らない人についていっちゃ駄目だってお母さんにあんなに言われてたのに。
涙が出てきた。ううう・・・うわーん!
・・・あれ、僕、泣きつかれて寝てたみたい。
ああ、やっぱりまだ引き出しの中だ。どうしよう・・・。
それに、なんだかお腹が空いてきちゃった・・・。でもなんにも持ってないよ。
あ!おじさんにもらったこんにゃくゼリーがある!あれを食べよう。うん、美味しい。
でもどうやったら出られるんだろう。あ、そういえばおじさんがくれたスモールライト、いや懐中電灯があったはず。
あ、点いた!引き出しの中が見えてきたぞ。でもどこを見てもでも中が見えてもどうしようもない。
あ、そういえばスマートフォンもおじさんがくれていたっけ。一応見てみよう。
一応バッテリーはあるみたいだ。よし、僕のうちに電話をかけてみるぞ。
あれ・・・電波が届いてなくて電話できないって出る。使えない。
・・・いや、これWi-Fiがつながってるぞ!よし、これで誰かに助けをよぼう。
と言っても、僕、ツイッターとかのアカウント持ってないから無理だ・・・。
よし、それじゃ検索をしてみよう。「引き出し 鍵をなくした 開け方」。ふむふむ、どうやら鍵の上付近に細い穴があって、そこを押せば開くらしい。
でも細い穴に入れる棒なんてないや・・・あ、ある!竹とんぼの軸だ!
よし、懐中電灯で穴を探して、軸を穴に入れてっと・・・開いた!
って・・・!お、おじさんがいる!出ていったんじゃなかったの?
ぼうや、よく出られたね。私は君みたいな子供を探していた。脱出ゲームの才能がある子供をね。
君は私の挑戦を見事解き明かして、外に出ることができた。おめでとう。
あれ、君、手に持ってるのは何?え?キッズ携帯?あ、そんなの持ってたんだ。
初めからそれ使えば良かったのに。え、忘れてたって?なんだそれ。
いや待て、電話掛けちゃだめだ。お母さんとか呼んじゃだめだ。それをおじさんに渡しなさい。
え、もう遅いって?ボタン押したからでお母さんにメッセージが送信されたって?
ああ、そういうことか。だからさっきからパトカーのサイレンがうるさいんだ。
仕方ない。それじゃあ君に見せてあげよう。
そう言っておじさんは部屋の隅にあったいしころみたいな帽子をかぶった。
これをかぶると誰にも気づかれないって。
少し悲しかった。
ニュースではいしころぼうしをかぶったおじさんの映像が報道された。
その半年後のある日。
おじさんがくれたスマートフォンが突然鳴った。
「もしもし、誰ですか?」
「おじさんだよ」
「刑務所は脱出してきた。とおりぬけフープを使ってね。今から君に会いにいくよ」
おじさんはやっぱりドラえもんだった。
今回の争点は「間違って振り込まれたことを知りながら使用した」という点です。
これを回避するにはどうすればよかったのでしょうか?
答えはシンプルです。
つまり、口座に直接お金を投げ込むタイプかつ配当金が凄い高いけどまず当たらないクジを書い続けるのです。
そうすれば突然4600万円が振り込まれたのを「クジに当たったと思って使った。他に心当たりがなかった」と言い切れました。
大音量で音楽を常に聞いていればドア越しに大声で説明をされても回避できます。
また玄関前に知らない人間がいたら出ないようにする理由を作るといいでしょう。
手っ取り早いのは何らかのカルト教団に一瞬だけ所属することです。
そこで住所氏名を伝えてから、怖くなったので抜けますと抜ければ抜けカルトの完成です。
一度カルト教団に入ってしまったので連れ戻されると思ったのでどんな相手が来ても居留守をするようにしたと説明をすれば説明を聞き逃し続けることが可能でしょう。
当初のブコメ欄で「20年は暮らせる」とか「それだけで一生食ってくのは無理だけど、投資すれば収益だけでくらしていける」とか
「それを資金に起業すればいい」とか「物価の安い発展途上国に脱出すれば一生食っていける」とかって
「今後まともに就職できなくなったとしても、4630万円を元手にどうやって今後暮らしていくか」を喧々諤々と語り合ってたけど、
結局は「即ギャンブルにつぎ込んで全部溶かしました」というオチ。
(警察の任意聴取にも応じてるということで、警察も町も履歴は確認してるだろうし、虚偽である可能性は低い)
しかも運営がいくらでも確率設定して吸い上げられる(詐欺し放題な)オンラインカジノという。
悪意もった個人に短期間で操作されないという点で、高レバレッジ利かせたFXや仮想通貨取引にでも突っ込んでたほうが遥かにマシだった。
あまりの愚かさを受け入れがたいのか、「運営と共謀して資金を隠してるだけだ」とか陰謀論がスター集めたりしてたが、
たった数日で、故郷を捨てて田舎に移住してた貧困者が、なんのツテもなくオンライカジノの運営と共謀なんてできると思う?
もし本人がそのつもりだったとしても、後から「そんな約束してない」と運営に裏切られて捨てられて終わりでしょ。
本人は「パチンコは一日につっこめる金額に限りがあって4000万も使えない、競馬はどの馬が勝てるのかよくわからない、本物の違法カジノなんてどこにあるのか知らない、そうだオンラインのカジノならすぐ見つけられるし大金使って当たれば大儲けできるぞ」くらいの考えだったと思うよ。
はてブのユーザーは「自分がネコババしたならどう使うか」で考えてたんだろうけど、
世の中には信じがたいほど場当たりで、先(将来)のことを考えられず、論理的な思考能力の欠如した人が大勢いるのだよ。
世の中みながはてブユーザーなみに猜疑心もった自己中ばかりなら、オンラインセミナーとか新興宗教とか反ワクチン団体にはまる人はおらず、運営はたちゆかないわ。
ああいう下々から資金吸い上げる集団が日本に星の数ほど存在してるのは、それだけそこに金を提供してしまう判断能力と思考能力が欠如した大人が大勢いるからなのだよ。
「世の中バカばっかり」なんだわ。
現実を受け入れろ。
さらにセリフの退屈さを補うためか、妙なカメラアングルを多用するのだけど
より退屈さを際立たせてしまっていると感じた
あれに関しては初期ウルトラシリーズにおいて
変な角度から、物体をなめながら撮るアーティスティックな手法。
ウルトラマン・ウルトラセブンを見た人なら「ああ、これこれ」ってなるやつ。
↓こんなん。
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/n/namerukarada/20211109/20211109223049.jpg
ちなみに俺は増田と同世代かつ特撮オタ(≒ウルトラオタ)だけど、ほぼ同じ感想だったね。あれは俺も諸手を挙げて喜べない。
平成ガメラ(特に1・2)やシン・ゴジラは「現実」部分が堅牢に出来てる分、荒唐無稽さを少しでも中和する為の理由付けとしてやむなく説明が多かった。
でも今回は相変わらず同レベルの説明過多なのに、その説明が無駄骨に終わる程の原理不明かつ荒唐無稽な事象(主に外星人周り)が次々展開される。
しかも登場人物達は感覚が麻痺してるのか、一つ一つの事象にそこまで驚かない。だったらもうその長ったらしい説明全部要らんやんけ・・・ってなったね。
難しい公式書き並べて最終的に「変身直後に殴りつけろ」ってなんやねん。ヤシオリ作戦には確かに存在した「もっともらしい感」は何処へ、って感じ。
登場人物達も狡猾(と言ってもそこまで賢くないような...)な外星人の前に右往左往するだけの、単なる書き割り感が凄かったな。
そもそも田村班長にそこまでリーダーシップを感じなかったし、他のメンツもシン・ゴジラメンバーの薄味版程度の存在感。
シン・ゴジラでは各々が得意なスキルや性格の方向性の差はあれど、一様に置かれた立場で最善を尽くそうと奮闘してた。
スポットが当てられて当時二次創作でも人気だった矢口や赤坂さん、志村に泉、尾頭に安田あたりはもちろんのこと、
大河内総理も里見臨時総理も、花森防衛大臣や想定外大臣、仕事ですからおじさんや片桐はいりおばちゃんに至るまでね。
それぞれ印象深い行動やセリフはせいぜい一つ二つなんだけど、みんな個性的でキャラや方向性の重複もあまり無くて良い塩梅に配置されてた。
そもそもあの人物達のピースが少しでも欠けてたら、ヤシオリ作戦が結実してゴジラ凍結に至らなかった可能性が非常に高いしさ。
でも、今回の劇中の禍特対程度の活躍では、滝くんが言ったように「もうウルトラマンさえ要れば良いんじゃね?」感が最後までどうしても拭えなかった。
手錠や拘束具外して脱出したり、メフィラスの特殊器具を探し当てて奪取や破壊するなんて、天下のウルトラマンに掛かれば朝飯前にも思えるし。
ベータカプセルが無いと全く丸腰の人間になるのは原典準拠なんだけど、他の外星人は人間体でも荒唐無稽な能力を発揮してた分、幾分説得力に欠ける。
ま、禍特対もウルトラマン出現以前には数多の怪獣を倒してるっぽいけど、冒頭に文面と止め絵で一瞬のうちに説明されるだけで実績があまり掴めない。
あと、庵野の原典に対する愛が深い故に様々な原典要素と独自解釈を詰め込みすぎたせいで、未整理でとっ散らかったままに
なってしまってる印象を受けた。ウルトラマンの一話完結の独立した4話分(約30分*4=120分)のエピソードを無理矢理引っ付けただけみたいな脈絡の無い感じがする。
過去作のパッチワークに自家製の癖の強いドレッシングぶっかけて「どうだ!これが俺の創作料理だ!」と言い張ってる感じ。
出来上がるまでの過程は全く異なるんだけど、俺は賛否両論を呼んだ「ゴジラ FINAL WARS」を思い出したね。
「うわ!マトリックス!」「ドン・フライ!」「ヘドラにエビラにX星人!」「こいつ結局ギドラかよ!」「ゴジラがサッカー!昭和かよ!」みたいなね。
要素・独自解釈山盛り、観てる間は確かに退屈せんかったけど、映画としては欠陥だらけで正直なところ佳作と言えるかも相当怪しいラインだと思う。