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はてなキーワード: 善悪とは

2018-11-21

知的能力不自由っていうのは善悪以前だなとしみじみ思わせるな

2018-11-18

上司善悪感覚がゆるい

責任者とか管理者とかの話をすると職権濫用の前提で叱られるところから始まるんだけど、普通一般会社員権限の話してる時にルール破る前提で話をしないからね。それ前提で、意識して制限しないといけない新上司価値観おかしくない?

ところでこの間、設定のためだけに一時的にもらってる取引先のパスワードを「あるんだから過去ログから全部出して片っ端から使ってみよう」と言い出したの、本当に法とか善悪感覚とかどうなってるのって思ったよ。

一時的に弊社にパスワード渡した会社の方、早急にパスワード変更をしてください。多分「不明ログインがあります」のメールも届くと思うんだけど、それ思い出したのさっきだからその場で提言できなかった、ごめん。とりあえず自衛してください。

はぁ、役職付きになるべきじゃない人が役職持ってしまったの本当に問題だと思うんだけど、どうしたら新上司クビにしてもらえるんだろう?

2018-11-15

キズナアイはナシ(2018年10月)、原爆Tシャツはアリ(2018年11月)

この両端から少しずつ反対側へと表現を近づけていくと、途中のどこかに善悪の判定が著しく困難な領域が出てくるはずだ

(ナシ)キズナアイ→→→ ? ←←←原爆T(アリ)

予想だが、その中間に入る存在鉄腕アトムだと思う

手塚治虫悪書追放運動の餌食になったのに、なぜか老若男女から漫画神様としても崇められる矛盾した状況とも整合性がある

2018-11-13

anond:20181109185912

ブコメクズまとめ

kusorurosuk 仕事相手から飲みや飯を誘われるのをナンパかいってる人、マジで日本以外で仕事しない方がいいな

 こんなこと言って被害者ぶれるの本当に日本の女だけ

1対1で男女で行ったら「そこからホテル行くのは当たり前だ、レイプされても文句言うな尻軽!」っていうんだろうお前?面白いなぁ。

masudatarou 女なんて体以外に価値ないんだから当たり前

誘われたくらいでグダグダ言うなよ レイプされてから問題しろ

俺は、男のお前に何の価値があるのか言ってみてほしいわ。

nihoncha 気持ち悪がるのは勝手だが、これ自体セクハラでもなんでもない。

どこまで男の草食化を望むのだろう。

こいつは断る面倒くささを知らない。

notepc-5522 言われているうちが花では?

wwwww

flatfive 女が気に入らなきゃセクハラ、気に入れば運命的で素敵な出会い。誘う事自体ではなく下手な誘いがダメ

この手の話は女の気分で個別善悪が決まるので、行為自体善悪は無い。

この行為に悪意はあるだろ。既婚者なのに2人きりで飲みに行こう→ホテル行こう、が俺らの常識なんだろ?

お前はバカか。

一般人

iiiloveuuu07 この手の話って本当に嫌なだけなのに、

「自慢」と言われて攻撃されるのが二重に辛いよね。痴漢とかもそうだけど

もしかしてマウントォ!?」と被害妄想一族暴走する。

sukoyakacha VRで毎回毎回毎回毎回毎回毎回ナンパされる体験すれば

「誘うくらい」なんて言えなくなるかもね。それが気持ちいいって人もいるのか?

好意のない相手から毎回何度も誘われて、適当に断るのも面倒になるくらいのレベルにさせれば良いと思う。

そうしないと相手気持ち分からんだろう。

maruX 案件まとまってない時のナンパって性的接待強要だよね。

自分から強要しといて「枕営業がー!」とか言い出す奴。ほんとクソだと思う。

2018-11-08

anond:20181108195616

大学というのはそういう奴が一定数いる所だよん

不思議中学高校ではお見かけしない

性格や頭の善し悪しでなく、善悪とか価値判断が生まれつき変なのよ

ADHDとかそういうやつやろな

2018-11-07

anond:20181107142339

人間のオスってのは、狩猟仕事=本気の趣味、に没頭したいようにできているんだよね。

喜んで狩猟仕事ばっかしてる奴が生き残るんだから

ホモサピエンスのオスならだれでも、職人気質のガンコ親父みたいな一面を持っている。

.

から仕事邪魔をされるのは凄い嫌なんだよね。

これは、女で言ったら「話をなにも聞いてくれないのがイヤ」に方向性が近いと思う。

.

論理でわかる善悪問題じゃねーってこと。

いやなもんやいやなの。

お気持ち以外のほかの理屈はぜんぶ軟膏で適当にくっつけただけなの。

こっちは家族サービス必要場合我慢しているか、それ自体仕事と考えるか、そういう感じでなんとかするから趣味ぐらい好きにさせてくれんか。

2018-11-06

anond:20181106190318

だが確かに原因はあると思う、だけど原因があってもいじめるのは良くないよね

善悪判断がつかない、或いは良心の力が弱い、或いは悪に対する社会制裁の恐ろしさを知らない子供の常

2018-10-30

anond:20181030113931

それはたぶん、革新勢力がしばしば、グローバリズム社会発展、という経済面からのみ言えば間違っているとしか言いようのない思想推し進めてしまうからなんだろう。で、保守勢力保護主義に基づく経済政策をする。

タチが悪いのは、善悪とか将来の有無じゃなく、直近の経済性だけでそういう結果になるって点だね。

.

結局のところ元増田の求めてる分析も、「民衆貧乏から反動が起きる」を如何に正確に表現するか、ということになっていくんだと思う。

近代以降の政治思想が、自国民にメシを食わすのが政治だ、ということを度外視してきたのがきっと悪いんだろう。

2018-10-28

anond:20181028143231

何も悪くない

ただ魅力に乏しい

人間社会的動物なので、魅力に欠けているということは生活デメリットになる

「なんとなくいやだ」という社会通念は、善悪価値判断と結びついて「悪い」と認識する人も出てくるかもしれない

(その判断論理的とは思わないが)

2018-10-26

自己責任論」って

 シリア武装勢力に3年間も拘束されていたジャーナリスト安田さんが解放されたことが報道された。これは喜ばしいニュースであり、安田さんやご家族の喜びの大きさを察するに難くない。

 しかし一方で安田さんに対しての世間バッシング、いわゆる「自己責任論」を耳にすると、私でも悲しい気持ちになる。ご家族やご本人の悲しみや怒りの大きさは計り知れない。


 この「自己責任論」は生活保護不正受給過労死自殺待機児童問題などさまざまなニュースで顔を出してくる。「社会が悪いのではない、あなた努力が足りないのです。」「避けられるべくある困難を想像できなかったあなたが悪いのです。」そういった論調である

 一方で「自己責任論」自体テーマに取り上げて、余裕のない日本社会非難する論調も盛んである。「なんで他人を思いやれなくなってしまったんだ。」「なんでそんなに余裕がなくなってしまったんだ。」そういった論調である

 前者の「自己責任論」肯定派の議論後者の「自己採点論」否定派の議論、どちらの議論も、2つの前提を有する。「人間幸せになるために生きている」というヒューマニズムと、「国は幸福を最大化し、適切に再配分する義務がある」というナショナリズムであるヒューマニズムに関しては、人間が生まれながらに持つ自然権、もしくは基本的人権その中でも特に幸福追求権と呼ばれる権利を思い浮かべれば当然の論理であるナショナリズムというと、「帝国主義」や「ナチズム」「国家社会主義」といった近代残滓のようなイメージがあるが、ここでは純粋に「国民意識を持った「国民」が、議会官僚機構を通して「国家」を運営し、「国家」を媒介として特定目的を達成しようとする価値観意味する。そして現代人間はその前提を元に、現代社会出来事善悪判断をくだすのである

 以下ではヒューマニズムナショナリズムという前提が自明価値観ではなく歴史的形成されたものであることを主張する。判断根拠となる、前提を見直すことで、性急に善悪判断を求める議論冷水を浴びせてやろうと思う。

 ホモサピエンスが「人間」であり、その「人間」が自由幸福になるべきという価値観は、多目に見積もってもここ200年くらいの話である中世キリスト教徒にとってイスラム教徒は「人間」ではなかった。18世紀末のイギリス人にとってアボリジニは「人間」ではなかった。キリスト教の神は「人間」とその他の生物区別し、「人間」にその管理を、また赦されざる悪に対しては亡ぼすことを命じている。理性による啓蒙を目指す近代に入っても、弱き者である精神障害者を「保護」し、「劣等人種であるユダヤ人を「処分」してきた。現代社会はこのような近代以前の「差別意識」を乗り越え、完全なるヒューマニズムを獲得したため、誰しもが幸せになる「権利」を手にしたとされる。

 現代社会において「自然権」を尊重することは絶対的に遵守されなければいけない協定であることは確かである。ただその論理的な骨子はAならばAであるというトートロジーしか言い表すことができない。あとは事実収集し、実証して正しさを傍証的に示していくほかない。

 さらに加えてこの幸せになる「権利」を人類が追求するために、「国家」という共同体は最大限の努力を図る「義務」があるというのが、現代ナショナリズム価値観である。これは戦後価値観であるしかそもそもナショナリズムとは、領域内住民に「国民」としての意識をもたせた上で統合し、「国家」としての出力を最大化させる試みである第二次世界大戦欧州及び日本総力戦の例や、総力戦体制帰結として国家社会主義を招来した中国の例が有名である。国のために死ぬことさえ厭わない、そんな総力戦体制を維持するには、死後に残された家族が十分に生きていく仕組みが必要である。そのような成り行きで成立したのが福祉国家体制である。国を防衛する戦時体制を維持するために成立した福祉国家体制であるが、現在国民が国に牙を剥かぬように維持されているにすぎない。

 現在では自明とされている二つの価値観所与でなく作られた価値観であることがわかったが、それは今回のメインテーマではない。この前提を確認したうえで、最初議論に立ち返り、安田さんの事件を取り巻く「自己責任論」を検討したい。

 安田さん救済されるべきであり、テロリスト行為は許されざるものである。これは現代社会価値観を大部分を占めるヒューマニズムに則って当然の帰結であると考える。

 論理的には救済されるべきであるが、実際問題として解決するべき行動は如何にするべきであるか。さまざまな方法が考えられるなか、あくま国家主体として、あくま身代金を払って解決することは、義務である或いは最善もしくは最適であるかを判断することは難しい。この判断倫理的ロジック整合性を以て行うには参考にすべき指針が現代社会にはなく、利害関係を以て行うには考慮すべきステークホルダーが多すぎる。

 議論をしていては埒が明かないし、長々と議論をしているうちに殺害が実行されてしまうかもしれない。

 ここは権利義務関係でもなく、利害関係でもなく、善悪問題でもなく、一種の情愛を以てしてとりあえずの解決を図るべきではないか。一人の人間を救いたいという思いか純粋に発せられる行為である

 この行為を原因として、もし万が一テロリストお金が流れ、多くの人が殺される、或いは他の日本人が拘束される状況を想定しよう。これも現在の命と未来の時点のある命を、権利義務関係の天秤、利害関係の天秤、或いは善悪の天秤に掛ける行為である

 またややこしい…これらの議論は結局のところ各々が人を愛し・憎むにあたって、社会権利義務利害関係善悪を持ち出しているのである

 「自己責任論」を肯定する人も否定する人も、全部社会に「責任」を押し付けているのである。「社会は彼を見捨てるべきだ」を「私は彼を見捨てようと思う」と言い換える。或いは「社会は彼を救うべきだ」を「私が彼を救いたいと思う」に言い換える。

そして最後に「そんなこと言ったって、私一人では何もできない。みんなで協力してよ。」という一言添える謙虚さが必要な気がする。

 

anond:20181026112404

物凄い力技で話を逸らしてきたな。

今回の安田さんの問題というテロリスト善悪以前の大前提行方不明だ。

anond:20181026103514

前提だから今回の問題においては特に語りません。当たり前でしょ。

じゃあお前はテロリストの悪さを語るために、それが生まれ歴史的経緯善悪まで全て順々に話すのか?

何時まで遡れば満足なんだ?

  

ああ、もしくはテロリストが悪いとは思わない人なのかな。

それなら前提が崩れるからその前段階から語るべきという主張にも納得するね。

2018-10-25

3話まで見てグリッドマンメモ

舞台

グリッドマン実体化できるという事で、舞台電脳世界とみてよさそうだ。

世界の修復やら改変やら、そういった事からもほぼ間違いない。

人々は自分仮想世界存在である事を知らずに生きている。

彼らは現実世界物理実体を持つ人間なのだろうか?それとも、疑似人格的なプログラムなのだろうか?

仮想世界存在する理由によっては、グリッドマンを取り巻く善悪事情は全く変わってくる。

ところで、3話でグリッドマン敗北後も世界復元している事から復元仮想世界自体機能もしくはアレクシスが行っているのだろうか?

勢力

グリッドマン仮想世界の秩序を守るように戦っている。つまり仮想世界運営寄りの勢力と言えるはず。

一方でアレクシス仮想世界ホストであるかのように来訪者(グリッドマン)を "お客様" と呼んでいる。

しかし、アレクシスアカネ仮想世界ホストであるなら自ら世界破壊する理由がわからない。

行動原理

そもそもアレクシスアカネ仮想世界をどうしたいのだろうか?

単に破壊し、支配したいのだとして、物語開始前(つまりグリッドマン到来以前)なら対抗勢力もなく、怪獣一匹で即時征服完了できそうなものだ。

怪獣を繰り出したのは第一話が最初という事は無いように思われるが、世界は、少なくともアカネ生活圏が支障なく維持される程度の小規模な被害しかこうむっていない。

アカネの "気にくわない" 何人かが消滅する程度。

3話でグリッドマン撃退後のアンチがそれ以上の破壊活動を行わなかった事からアレクシスアカネ放置したところで、案外大した危機は訪れないようにも思える。

グリッドマンのいう "迫っている危機" とは何なのだろう。そしてなぜ、グリッドマンは具体的な説明をしないのだろう。

※元々グリッドマンてそういうキャラから、と言うのは置いておいて

メタ話題

主要キャラクターはトランスフォーマーキャラになぞらえられているという。それも、善悪反転のパラレルワールドを描く「シャッタード・グラス」シリーズキャラ。パッと見の善悪とは逆の真相が隠されている暗喩、と言う説も。

OPの歌詞には「君を退屈から救いに来たんだ」とある。が、その動機アカネアレクシス陣営の方がしっくり来る。

あの日の誓い」「教室で語った」など、一見すると第1話の展開を連想させるがこれはミスリーディングであり、「誓い」も「語った事」もアカネと別の誰か(EDから中学時代の六花、とか)との出来事かも知れない。もしそうなら「僕らの世界」が「侵略」される意味が異なってくる。

EDは歌っているのはアカネという体で、本編とは異なりアカネと六花が仲良く絡んでいる場面が続く。制服も本編と異なり、冬服ないし中学時代の物のようだ。

アカネと六花の2ショットを単なる視聴者サービスではない、何らかの情報開示であるとすれば、アカネの行動原理に関する何らかの秘密が隠されていそうだ。

anond:20181024204339

あなたが嘘と呼ぶものが、通常の人間コミュニケーションすべてにあてはまるものからです。

動機善意であれ悪意であれ、あとからみたら間違っていた。そしてあなたがその間違いにより傷ついた。

そういう言葉を全部嘘とよぶことはできますあなたはそうしたいんでしょ。

 

そうじゃない、二択の場合だけだとおっしゃるんですか?

では、次に述べる二択状況(実際にあるとしたらフィクションだけだとおもいますが)はどうですか。

自分に何かを言わなければならず、その内容として「善意の嘘」か「悪意の真」しか選べない状況の相手がいるとします。

その相手にかならず悪意の真を選択してほしいとしたら、どうするべきでしょう?

 

あなた自身身の回りに対していつも悪意を買う行動をし、

まり意味のないケンカを売って回ることになるわけです。

そういう人をコミュニケーション不全とか、人格障害とか呼びます

それでも身近な人の善意の嘘はまじるでしょう。

やさしくしか生きられない人がいますからね。

 

それを予防するためには「私は善悪ならずとも真をのぞむ」と標榜しておきますか?

その発言責任をうけとめきれる人はいません。

「真偽判定してやるからかかってこい」っていったのとおなじことです。

どんなに辛い真実をいわれてもへこたれないぞと。

 

ネット時代では拡散の結果、炎上するだけです。

相手は1億人にまで増える可能性があり、

しかも数だけ増えても相手知的レベルによって真偽ごたまぜです。

相手にとっては辛い体験からようやく得た真実でも、

あなたからみたら「なんだこのメソメソしたおばさんの愚痴は。つらいつらいって、おまえが弱いだけだろ、しっかりしろ

てなことがいっぱいあつまってきたりするわけ。

 

他にもたとえば、あらゆる病気のあらゆる治療法とか死亡確率とかをあつめても頭がパンクするだけです。

それを有意義ものだけ集めたのがプロ医者です。

あなたはあらゆる病気を知る必要はなく、

自分のかかった病気真実だけを、医者にたずねるだけで十分です。

 

悪意の真は得づらい一方で、コミュニケーション経験をつめば、

身の回り善意の嘘にかくれた善意の真が高確率で掘り出せるようになります

あっ善意の嘘だったんだろうなってわかる場面はたくさんあります

「あまったからどうぞ」ってものをくれるのも善意の嘘。別にあまってないってわかってます

「おちこまないで。大丈夫だよ、きっとなんとかなる」ってはげましてくれるのも善意無責任さ(=嘘)。

それを嘘こみでうけとってちゃんとお返しできるのがコミュニケーション

もちろん、「社交辞令か、本当にあまったのか」をやんわり確かめ手段もあります

善意であれ受け取る余裕がなければ受け取らなくても大丈夫ですし。

おばさんがふつうにやってる会話ってやつです。

2018-10-24

2018年アニメ2話までほぼ全部観たか感想書く その3

2018年秋アニメ2話までほぼ全部観たから感想書く その2 からの続き)

ベルゼブブ嬢のお気に召すまま

 伏魔殿に住む悪魔たちのゆるふわ日常アニメ良い最終回だった。一応縦軸は悪魔お仕事を通じて「善悪の彼岸」を識る物語。知らんけど。

 デフォルメが強めでゆるいキャラデザコミカル演出、淡いパステルカラー等、全体がゆるくてふわふわした雰囲気に包まれている。控えめに言っても体感5分で終わる謎の空間。もはや白昼夢である。ミュリンかわいい

 ベルゼブブ嬢を演じる大西沙織は「才色兼備のキリッとしたお嬢様だけど…」というキャラクターを演じている印象が強いだけに(とじみこ・十条姫和、こみが・色川琉姫、ウマ娘メジロマックイーン等)本作のようなゆるふわ系の演技が非常に新鮮。ただベルゼブブ嬢は伏魔殿首長なので、柔らかい側面と同時に硬い(凛々しい)側面もあり、そういうオーダーによく合致しているキャスティングだと思う。

あかねさす少女

 スマホゲー同時展開のオリジナルアニメラジオでつながるパラレルワールド舞台にしたSF系。

 電波でつながるパラレルワールドといえば「シュタインズ・ゲート」「オカルティック・ナイン」を思い出すけれど、あっちがサスペンスホラーっぽいのに対して、こっちはアクション要素多めといった感じ。あとパラレルワールドというモチーフの違いとして、本作は「別世界自分に会いに行くための舞台装置」という感じがある。本作の特徴としてパラレルワールドの数だけ同じ人物が登場するというギミック採用しているのだけれど、演じ分けがかなり明確。例えばパラレルワールド自分が出てくるアニメガンスリンガーストラトス」では演じ分けはあまりしていない感じのディレクションだったけれど、翻って本作では全くの別人みたいな演じ方になっている。そもそもメイン5人のキャスティングガチなので(黒沢ともよLynn東山奈央小清水亜美井上麻里奈)、「女の子5人のキャッキャウフフテーマにした作品じゃないガチ感」がすごい。1話では黒沢ともよのみだったが、2話以降アクセル全開

 主演の黒沢ともよ曰く「シナリオに大きなギミックを仕込んでいるので楽しみに待っててね」とのこと。シナリオにでっかい伏線を仕込むのは「オカルティック・ナイン」「ISLAND」等ゲーム原作アニメにおける楽しみの一つなので、ゆっくり待つことにしている。

 ダンデライオンアニメーションスタジオによる3DCGがかなりゴリゴリ動いている。本作は概ねバトルモノなので、戦闘シーンにかなり力を入れている模様。

 かなり硬派なシナリオに合わせたキャラクター浅田弘幸によるデザイン。「テガミバチ」は好きな作品なので嬉しい。同氏はかなり情報量の多い絵を描く人という印象だったので、アニメキャラクター結構シンプルデザインという印象を受けた。アクション多めなので動かしやすデザインなのかな。

転生したらスライムだった件

 転生から始まる異世界ファンタジー

 個人的に、異世界に至るまでのプロセスをどう描くかを比べるのが好き。一旦主人公の死を経験したりするので、シリアスよりなのかギャグよりなのか、演出裁量があるシーンだと思ってるのだけれど、本作はそこらへん硬さと柔らかさのバランスが凄く良かった。

 転生したあとも、音楽や展開含めて緩急のある仕上がりになっていてテンポがいいアニメになっている。8ビットサウンド音楽はやっぱりドラゴンクエスト等をリスペクトしているのだろうか。エイトビットだけに?

 物語はだいたい2つのパートに分かれていて、「世界のいざこざパート」はそれこそ主人公の起こした騒動で穏やかではなくなった世界の様子を描いている。ここはオーバーロードっぽさがある。一方主人公冒険パートはオバロと比べ、たった一人で悠々自適なぬるいRPGを楽しんでいるそれ。ヴェルドラのおかげで主人公の満たされ具合が心に優しい。

 作中でも言及されているけど、初期のスライムは何も見えないのでどう絵にするのか気になってたけれど、抽象演出を使ってうまく主観映像化してた(触った感じとか)。またやってくれないかなあ。あとスライムの表情が豊かで、描いてる人は相当楽しいんじゃないだろうか。

 本作のキャラクターデザイン総作監はあの江畑諒真最近だと「プリンセス・プリンシパル」5話でおなじみ。当然各アニメーションにも彼の特徴は反映されていて、例えば冒頭の主人公が歩いている姿のバストアップを見ただけで「江畑だ!」ってなるくらい江畑っぽい。彼が演出を務めるOPは「アブソリュート・デュオ」並に彼らしいアニメーションになっているので、いかに本作が血の気の多いアクションアニメであるかがわかる。主人公あんまり好戦的性格っぽくないのにね。

Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2

 本旨と若干逸れるけど、さっき1期を観終わったので以下1期の感想

 虚淵玄脚本による人形劇元ネタ中国人形劇)。日本台湾共作のアニメシナリオはいわゆる冒険活劇。王道アクションRPGみたいな感じ。絵もアクションが中心。

 シナリオについては、単純な善悪ではない理由で同行する一行という部分が良い。文字通り呉越同舟すぎる。個人的に鳴鳳決殺が一番好き。あと掠風竊塵がド外道だった。後半のシナリオも口八丁手八丁を中心に戦っていくスタイル単純明快冒険アクションとは違った楽しみがある。

 まず動きがおかしい。人形の顔についた水滴の大きさから見てかなり大きな人形を使っているのか、手足がかなり長い。それを非常に器用に動かしている(というか、どうやって動かしているのか分からない)。すこし引きで見ると人間しか見えない。表情も、暗いシーンでは「少し表情の硬い人間」に見える。面白いのは、激しいアクションシーンほど人間のような動きに見えること(マジで人間だったりして)。指の先から足の先まですべて技工を凝らした動きになっている。

 演出も優れている。戦闘シーンは単に人形を動かしているわけでもなく、ファンタジーという表題通りエフェクトモリモリで華やか。実写のメリットである、奥行きのあるアクション演出も多く、奥から手前に向かって光る剣が飛んでいく演出とか好き。特殊効果以外の演出もすごくて、爆発エフェクト(まじでセットを爆破してるっぽい)、雨(まじで雨を降らせている)、爆散するモブマジで四散してるっぽい)、背景セットの作り込み(どんだけ大規模なセットを作ったんだろう)、決めポーズの、カメラの切り替えを多用しためっちゃ手間のかかる演出とか。アニメに出来て人形劇に出来ないことってなんだろう?と考えさせられる。例えば「豊かな表情」というのは作画アニメの大きな長所だけれど、「デジタル人形劇」こと3DCGアニメは「表情が硬い」という評価結構覆しているので、技術革新によって人形劇の印象もどんどん変わっていくのかな。

 2期は1期の続きで、主人公や掠風竊塵がどんな奴か判明したあとの話なので、1期からの視聴を強く推奨。

火ノ丸相撲

 週刊少年ジャンプ連載漫画原作スポ根アニメ。防具を付けない稀有格闘技

 競技としての格闘技を描いた今年のアニメでいえば「メガロボクス」だけれど、本作は高校生相撲を描いているので、あそこまでアウトサイダー&血生臭さは無く、とても青春している。特に1話小関信也を演じる落合福嗣がすごく良かった。

 原作ではそんなに気にならかったけど、主人公がとても小さい。ゆえに土俵の上でのみ体が大きく、強く見える演出が映える。

 制作GONZOあんまりアクションイメージがなかったので、本作のアクションシーンがかなりキマっててびっくり。特に1話演出熱量も含め息が止まるような迫力を感じた。元々相撲という競技が非常に短時間の戦いなので、その凝縮された時間をうまく描いている。2話の「タックルしながらの回り込みを上から抑え込むしぐさ」とかめっちゃすごかった。アツいぜ。

 原作を読んでいる人が全員思うことはやっぱり「あの目尻からみょーんってなるやつ、どうやって描くんだろ」なので、早く見たいな。

ラディア

 角度のθ(ラジアン)は無関係。「Radiant」のほう。フランス漫画原作週刊少年ジャンプ連載の漫画みたいなノリの、古き良き時代を思い出す冒険活劇。ロックマンDASHっぽい。製作NHK

 1話説明的な演出が多いので、話を理解やすい。2話以降もちゃんと「前回のあらすじ」があるので、忙しい人でも前回のあらすじを観ていくだけで最新話に追いつける安心設計

 1話から主人公つえー!」ではない展開っていうのは珍しい印象なので(ワンピースで言えば、ルフィ幼少期のエピソード1話、みたいな)、成長物語か。今後訪れるであろう主人公受難を思うと、シリーズ構成上江洲誠なのはそういう…(ちなみに2話からハードな展開)

 キャラデザは割とシンプルで、全体的にかわいく、少年漫画っぽい。特に敵が可愛い。ゆえにファンタジーな部分とダーティーな部分の橋渡しをするキーになるキャラおっさん)がすげえ良い。

 主人公を演じる花守ゆみり少年声が好き。カワイイ系の印象が強いだけに、わすゆの銀みたいなハツラツとした声(特に叫び声)出せるのはすごい。本作は銀よりも少し大人っぽい調声。

メルクストーリア -無気力少年と瓶の中の少女-

 ハピエレのスマホ向けRPGゲーム原作アニメファンタジー冒険活劇。

 かわいいキャラデザも含め、雰囲気はハピエレのゲーム原作アニメラストピリオド」っぽさがある(内容は決してラスピリのような社会風刺アニメではない)。

 シナリオは概ねモンスターとの平和共存を探る冒険アニメであり「ポケットモンスター」に近い。1話は「メルストにでてくるモンスターってどんなん?」という説明回。説明的な演出ではなく、実際に生きているモンスターの姿を見せることで描く演出好き。「そこら辺で寝そべってる(お互い警戒しない)」「意思疎通の有無(信頼する相手の言うことは聞いてくれる)」「大きさ(子猫サイズからビルのようなサイズまで)」「気性(優しい子から気性の荒い子まで)」「人間に協力的(一緒にサーカス仕事してたり)」「暴れてるとき攻撃性(つよい)」等。戦闘シーンはBGM含め結構アツい。

アニマエール!

 ハナヤマタチアリーディング部の日常アニメ

 ガチチア監修が入っている(監修を務める柳下容子は元NBAチアリーダー。日本チアリーディングチームをプロデュースしてたりするすごい人)。動画工房による、重力を感じるキレッキレのチアリーディングアクション良かった。使用する曲もめっちゃ好き(1話挿入歌作曲浅倉大介)。ただし主人公たちは初心者ゆえ、ガチチアアクションが出る機会は少なめ。

 きららキャラット出身日常アニメなので、きららフォワード出身ハナヤマタと比べエモさよりもゆるさが前面に出ている。かわいい

 尾崎由香けものフレンズサーバル役とか)の底抜けに明るい声が癖になる。ハナヤマタのハナ・N・フォンテーンスタンドCV.田中美海)とか好き。

寄宿学校のジュリエット

AmazonPrimeVideo独占

 脱・悲劇ロミオとジュリエットラブコメ)。週刊少年マガジン連載作品だけに、気軽に見られるラブコメ

 家柄が致命的な壁になってくっつく事が出来ないという既存モチーフに加えて学園内の派閥対立もくっつけて、わちゃわちゃした感じになっている。

 原典と比べてジュリエットちゃんが強い独立心を持っていて、それが物語の動くきっかけになるっていうシナリオがなんか今っぽくて好き。ロミジュリ読みたくなったので、オススメ翻訳があればおしえて下さい。

 わりと喧嘩するシーンの多い作品なのだけれど、1話決闘シーンでやけに剣の音拘っているなぁと思っていたら、音響効果森川永子だった(同氏は京アニ作品音響効果担当してたり、今期だと「SSSS.GRIDMAN」の音響効果担当している人)。流石に毎話あれだけ激しいシーンは無いにしても、楽しみではある。

 ヒロインジュリエット役が茅野愛衣だけど、まさか死なないよね。まさかね。

学園BASARA

 群雄割拠系学園モノ。は~乱世乱世。容はいものBASARA。

 声のテンションや絵のテンション最初からクライマックス。終始テンション極振りの展開で彼らの戦いを描いている。

ユリシーズ ジャンヌ・ダルクと錬金の騎士

 1415年、戦火欧州舞台にした英雄譚。2話から本編に入れるよう、かなり早足だった1話。冒頭20分くらいがプロローグ

 アンゴルモアみたいな時代劇ではなく「戦場のヴァルキュリア」のようなファンタジーモノ(もっとファンタジー要素多め)。人知を超えた力によって戦争を変えていくお話面白いのは、主人公は「無敵の力を直接得た人間」でもなく「悪魔の力を阻止するために立ち上がる勇者」でもなく「戦争を変える力を普通人間に与えた錬金術士」。倫理観による葛藤を一足飛びでバケモノを生み出すあたり、主人公独善的価値観がどう転ぶのかが気になる。当時の倫理観としては「バケモノを見つけたら教会差しさなければいけない」と描かれているので、生存ルートとして文字通り世界を変える壮大な物語なのかな。あと超人化の際やけに説明的なモノローグがあったので、今後も続々量産予定?

人外さんの嫁

 ゆるふわ日常ショートアニメ。なのに小話集。ゆえに1エピソード30秒くらい。人外さんは言葉が通じないので、(猫みたいな)人外さんの気持ちを慮る主人公物語。もし猫と結婚したら、毎日きっとこんな感じなのだろう。

ほら、耳がみえてるよ!

 中国漫画原作ショートアニメ。ざっくりいうとペット擬人化みたいな作品

 全体的に柔らかいタッチアニメになっている。ペットの声が村瀬歩くんだったりしてBL風に仕上がってるのだけれど、ガイコツ店員さんが言っていたように海の向こうでもそういう文化があるのだなぁ、としみじみ。

走り続けてよかったって。

 進研ゼミに付いてくる漫画代アニ版。ショートアニメ。ひょんなことから声優を目指すことになった主人公代アニの授業を受けながら成長していくお話

 ターゲットはおそらく「これから代アニ声優を目指すことになる若者」なので、本筋は青春ドラマ主人公福島潤はさておき、ヒロイン役の野口衣織は現役の代アニ学院生たまたま以前から知っていた方なので、見ているこっちが緊張する。シナリオも彼らの受難が続きそうな感じなので、1話からもう胃が痛い

 彩度が高く柔らかい背景。それほど書込みの量が多い作品ではないけど、基本会話劇だし。

ソラとウミのアイダ

 宇宙x漁業フィッシングではない)がコンセプトのゲームアプリ原作。第二の種子島でおなじみ、広島県尾道舞台アニメ宇宙飛行士と漁師といえば、子供にとって将来なりたい職業1位2位を競うほどの人気職だけれど、かといって本作が子供向けアニメかどうかはよくわからない。ノリがフレームアームズ・ガールっぽい感じがするけどホビーを売ってるわけでもないのね。内容は概ねテンポの良い会話劇。

 主人公の女のたちと対立するのは漁師町の男。子供vs大人というよりも女性vs男性という切り口っぽい。対立構造を作るために「男女雇用機会均等法」まで持ち出してきてる割に社会アニメではない模様。

2018-10-22

anond:20181022001417

政治家というより政策を見たほうが良いと思っている。

どんな政治家でも、自分と全く同じ意見ということはなくて、意見の会う政策指向していることもあれば、そうでもないこともあったりする。

ちなみに、政策っていうやつは、”悪い”ということはあり得ない。

政策化されるからには、何かしらそれによって利益(金銭という意味だけではない)を得る人がいるか政策になる。

から政策には悪いものはないが、優先順位個人的ポリシーによって異なったりする。

良いものだったら全部やればいいじゃないか、なんて言う頭の悪い人はいないと思うが、良い政策を全部できないのは、常に予算が有限だから

限られた予算の中で政策実施すれば、当然その対象にならない人、境界にあって惜しくも外れたりするひともいて、それなりに不満が残ったりするものだ。

思うに、政策善悪とか良いとか悪いとかっていう問題というよりは、優先順位問題なのだ

物事優先順位自分と近そうな人を応援する、それが選挙になる。

主語が大きいと思ったら、文の末尾に、「と思う」とつけて読んでね。

anond:20181022093356

善悪比喩としての光と闇は世界中にあるし、光と闇を白色と黒色で表現するのも珍しくはない。

で、善悪表現の白黒を白人黒人に結び付けるのが安直というか、人種差別のもの安直だけど、

そのカウンター安直になってしまうのは仕方ないにしても、乱暴に感じる。

ハレケガレ文化の「清潔感」論争もそうだけど、臭いものに蓋な感じが窮屈だ。

2018-10-19

anond:20181019182657

マジレスするとだな、

社会問題化、あるいは炎上事案化っていうお墨付きを与えられるような現象が起こらない限りはみんなこんな簡単善悪判断すらできなくて

これは、ネット見てるとそういう人多そうだけど、実際どれくらいいるか微妙

基本、対人判断でいきたい。

 

加害者そっちのけで被害者説教かましたくなるマウントメンタルであり続ける

これは、自分マウントメンタル攻撃された経験がある場合他人に対しても同じことを"つい"やってしまうような感じだ。

ゾンビに噛まれたらゾンビになるのに近い。

anond:20181019180009

社会問題化、あるいは炎上事案化っていうお墨付きを与えられるような現象が起こらない限りはみんなこんな簡単善悪判断すらできなくて、加害者そっちのけで被害者説教かましたくなるマウントメンタルであり続けるって意味だろ。わかるわ。

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

2018-10-17

聚楽第歴史改変

オタク戯言です。

刀剣乱舞イベントおめでとうございますー!楽しみです!

聚楽第なら秀次生存ルートかなと嬉しくて舞い上がっていたらフォロワーさんに破却されていない聚楽第という情報だけで秀次天下と捉えるのが分からないと言われたので、徒然なるままに三分を書かせてもらいました。

分かりやすさは放棄しておりますのでお許しください。また、あくま妄想ですので批判等はお控えください。


1.聚楽第とは

聚楽第とは豊臣秀吉天正15年(1587年)9月京都にて完成させた建物であり、文禄4年(1595年)7月秀吉自らの手で破却させている建物である。その期間四年余。その為、建物自体現在に残ってはいないが、聚楽第図(広島市中央図書館所蔵蔵浅野文庫諸国古城図』)を始めとする絵図や京洛の社寺などには移築したと伝わる建物などが存在する。

元より聚楽第という名は楽しみをあつむるやしきと言う意味であり、宣教師ルイス・フロイス聚楽快楽歓喜の集まり意味すると記している。見た目も絢爛豪華で…と語っており派手好きな家康の片鱗を垣間見ることができるだろう。見目を伺うために伝わっている平面絵図がいくつか存在する。例を下記に連ねる。

浅野文庫

尊経閣文庫

三井文庫

国立国会図書館文庫

桜井成広所蔵本

聚楽教育会所蔵

三井家所蔵「聚楽第図屏風」

堺市博物館所蔵「聚楽行幸図屏風」

三井文庫所蔵「豊公築所聚楽城之図」

①〜⑤は周囲の大名屋敷名称バラツキはあれども構造が似通っているものである。⑥は後世の天保14年になり名倉希言が作成明治17年に書写されたものになる。⑦〜⑧は景観を描いた屏風になる。それぞれの内容や絢爛さなどは自らの目でお確かめください。そんな聚楽第の意義とは一体何だったのだろうか。桜井成広氏の『豊臣秀吉居城』及び中井均氏の『聚楽第』にて述べられている①京都に於ける政庁役割であったと考える。しかし、秀吉政治に関して大阪城聚楽邸を行き来していたことがある。中井均氏はこれを聚楽第公家としての居城であり、大阪城武家としての居城であると書いている。

聚楽第が破却になったのは文禄四年の秀次滅亡後の秀吉による破壊である

秀次の死は切腹であったが、それは秀吉によるものである秀次秀吉に謀反を企てているとあらぬ疑いをかけられ、関白の座を追われて高野山追放高野山人質切腹を迫られたためせざる得なかったのである。これは秀頼誕生後に相続問題から疎遠になり秀吉との仲が冷却されたとともに目立つようになった不謹慎な性行なども関係していると考えられるだろう。更に秀吉親族切腹まで命じており、元より秀頼を溺愛していた秀吉秀次の謀反に対しての怒りを感じる。そして、秀吉は譲った聚楽第を破却。縄張り意識を中心に考えると、歴史から秀次を完全に消し去ろうとしたといえる。

2.天正15年(1587年)9月〜文禄4年(1595年)7月迄に起こった歴史重要

今回のイベント於いて歴史修正されたのは豊臣秀次生存であり、ひいては豊臣政権の存続だと考える。

まずこの4年間に起こった大きな歴史的要項を挙げよう。大きな出来事のみの抜粋は天下が歴史修正に置いて影響すべきところを考えたためである

朝鮮出兵

豊臣秀次切腹事件

それでは順に述べていこう。

朝鮮出兵

朝鮮出兵聚楽第存在時にあった秀吉が行った大きな出来事である大陸領土拡大を目指し、進行したものであるが敢え無く敗北している。歴史改変をする事が出来る場所とも考えられますが、否定として「歴史改変された聚楽第」と本家PVで言われていることをあげる。この“された”と言う言葉には「何かしらの作用や影響を受けているさま(weblio)」であり、この場合、影響をうけているのは聚楽第であり、朝鮮出兵は直接関係がないのでこの案は没になる。

(飛ばしてくれても構いません。閑話休題に余談ですが、憶測に過ぎないものであり、またステ本丸出来事のためあくま私的妄想範囲を出ない考察ですが、舞台刀剣乱舞において歴史修正主義者が関わる場面は必ず天下が関わってる気がします。それは、歴史修正主義者は人の強い思いと呼応して呼ばれている(と個人的に考えている)ので、朝鮮出兵関係ないと思います歴史修正主義者も刀も人の思いに応え現れてくれる。代わりに見る人によって善悪が変わる世界です。聚楽第において正史側の審神者と刀は歴史修正主義者になってしまう…。つらい。話を戻しましょう。)

秀次切腹事件がなかった世界。用に謀反の疑いがかけられなかった世界理由としては前項で述べた聚楽第歴史改変を受けていると言うところが大きい。まず聚楽第存在したのは4年間であり、大きな出来事といえば

1587年 京都聚楽第完成

1592年 秀次聚楽第を与える

1595年 秀次切腹と共に破却

しかない。その為、聚楽第が直接影響を受ける可能性があるのは1595年と考えたい。また、聚楽第が影響の象徴となるならば存在がある事が歴史改変であるとも言える。

この事から聚楽第存在するには秀次生存必要であり、切腹事件が起こらない過去改変が行われていると考えられる。

2018-10-16

anond:20181016023133

男性は「自分の弱さをママに裁かれる」が人生最初にならう生き方で、

人によっては最後までそれをつづける。

叱って欲しい、ほめてほしいみたいなやつ。

半先天性女性依存症とでもいうべき。

依存症病気なんでまわりに害をおよぼしているけれどやめられない。

(害を及ぼさず自己解決できるレベルの人が立派な大人といえる)

家庭でも見下げられ、って「そういうとこやぞ」しか言いようがない。

そうやって状況に流されて生き、

すべての周囲の愛情自分自身の悪性の言い訳につかっておとしめる。

自分のない男、責任というもの理解しない男は女性寄生生物だ。

善悪もわからないんだから人間じゃなくて家畜扱い(社畜)が相応だ。

 

本当に自分の弱点と戦って独り立ちできるのはこういうしっかりした女性だと思う。

美しくなるためではなく強くなるために筋肉つけてください。

美しさなんて健康と自信のあとからついてくるものです。

あなたがどんなにAKBからかけはなれていたとしてもブスではないです。

あと、加害者奥さんと連絡とれそうなら早めにとったほうがいいです。

おそらく奥さんがわはかなりまともな人だから、連絡をとられたら困るから悪くいってるんだとおもいます

戦場を家庭にうつしてもらうことでこちらにストーキング脅迫などする暇がなくなり、

よく考えるだけの時間が稼げます

 

まさか教えてないとおもいますが、住所を知られているなら早めに引っ越し検討を。

 

あとこういう対応知識自分は全部hagexさんのネットにあげた記事からもらったので、

ひまができたらちょっとでもhagexさんを悼んでくれるといいな。

2018-10-13

人材採用AI男女差別AI 説。

https://anond.hatelabo.jp/20181012235158

https://jp.reuters.com/article/amazon-jobs-ai-analysis-idJPKCN1ML0DN

プログラミングAI素人知識なんだけど

増田ブコメの流れに違和感が有るので。

 

 予想イ: Amazon人材採用AIは間違っておらず、男性の方が優秀である

 

良識派】は目を背けるかもしれないが、

善悪別にして、企業としての利益基準にするなら、男性の方が相対的に優秀である

まぁ、有り得そう。男女差別でも何でも無く、単なる事実として男性の方が優秀な可能性。

 

 予想ロ: 元データ偏見差別が含まれる為、Amazon人材採用AIも それに引き摺られるが、それでも人間よりマシ。

 

私はコレを推す。

現時点でのAIは、チェス,将棋,囲碁,画像認識,顔認識 自動運転,等で人間を上回る。

無論。『完璧』には程遠いが。それでも[人間を上回る]事は確実。

 これは、近年の機械学習は設定された分野を【人間の間違い】ごと学習し、

その上で[自力]で修正して人間を上回っているからだ。

まぁ、[自力]という言い方は不適切で、開発者が元データに間違いが含まれてても

それを基準に、より正確に近似できるよう設計されているようなのだが。

開発者でさえ、AI内部で何が起きているか把握できていないみたいなんで、分かりやすく[自力]と書いた。

 

 将棋囲碁の事例から

AIと闘ってみてるけど、やっぱり変だね。弱いね。」

→「「「えっ!!!…」」」

→「……。やっぱりAIの方が強かったよ……。……。」

という経過を辿ってきたので、

 

 元データ偏見差別が含まれるにしても

データって人間判断のものなんで、AI判断にも男女差別,偏見が含まれるにしても

人間判断より男女差別が少ないなら偉大な成果なのではないか?」

また、最近機械学習には自己修正機能があるので、使い続ける事で、

実力を適切に反映した男女平等に近づける可能性は高いとも思う。

 

 予想ハ: AIが間違っている。

 予想ニ: 開発者問題設定が間違っている。

 

NHKなら有り得るが、Amazonの開発力なら多分 これは無い。

 

男女平等ってのは単なる企業利益より上位の価値観なので

現時点でのAIでは適切に取り扱えないってのはあるだろう。

人間でさえ「正解は何なのか?」「何をどう、基準化すれば良いのか?」さえ分からんのだから

2018-10-11

強い批判としての「死ね文化

はてなブックマーク - パワハラセクハラ賃金未払い…、『水戸ご当地アイドル(仮)』うめさん脱退騒動吉田豪ロマン優光らが言及悪夢のような人質商売

http://b.hatena.ne.jp/entry/originalnews.nico/63746

これはたまたま善悪構造否定しがたいから、善側にマウントしている人達側が正義っぽく見えるけど。この批判している人も、気に入らない相手は「死ねよ」と投げかける文化圏の人たちだし、ネットにはそういう文化人達がいっぱいいるから。そりゃ、アイドルだろうと何だろうと、気に入らない相手が許せないと思って「死ね」と呼びかける人はいるんだろうなぁ…と思う。

強い批判としての「死ね」は、どうしても受け入れられないんだよね。

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