「年金」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 年金とは

2018-08-16

リストラサレタァ〜〜〜〜〜!!!

先細り専門職なんだけどこの数年でどんどん先細って仕事が無くなってお払い箱になった!!!

独身実家暮らしから明日食うものに困るってことはないけどそれでも凄く凄くショック!!!

この職につくために高い学費を払ってくれた親にも申し訳なくて辛くて視界がグラグラするしふとした時に消えたくなる

職種なら多少転職が楽だろうけどやっぱり事務とか営業みたいな沢山求人のある仕事転職した方がいいかなあ!?

正社員は必ずしも安定ってわけじゃない事を身をもって知ったし、学歴もないし老後年金もらえなさそうだし何をどうするのが正解なのか分からなくて不安不安しかたない

答えの出ないことを悩んでもしかたないってわかってるけどやめられない

ずっと辛い

2018-08-15

仮想通貨で逆転したかったけど負けすぎてもう疲れた

借金200万円(ほぼ奨学金)で滞納中

大学中退派遣社員35歳

月給手取り20万円

実家(家賃5万、ネット電気ガス水道NHK等で2万負担)

国保年金も滞納

今後の人生異世界転生以外の選択肢あるの?

anond:20180815115718

子連れでもない、部活帰りの学生でもない、年金暮らしの老人でもない、

それでもファミレス行くのは何故なの?

ファミレス各社の未来は明るいの?愛されているの?

百点満点の彼女結婚できなかった

10年付き合った彼女結婚できなかった。

2年前から同棲も解消し、別居することにした。



彼女の見た目は可愛かった。絶世の美女とは言わないが、学生時代には外見を活かして人前に立つバイトをしていた。

スタイルは良く、胸のサイズをきちんと測ってもらったらFカップで、サイズ探しに困ると言っていた。

外見は昔からまり変わったように見えなかった。

背筋がピンと伸びた人で、茶道華道を少し嗜んでいたためか、何気ない所作が綺麗だった。

綺麗な黒髪が似合っていて、休日のたびに色んな形に髪を結わえていた。

ころころとよく笑う明るい人で、気分の沈んだ時の僕を励ましてくれた。

彼女料理が好きで、国内外の変わった調味料を買ってきては、美味しい料理を作ってくれた。

時間でも段取り良く、作業を進め、メイン料理に加えて複数小鉢を作ってくれた。

ありあわせの食材でも十分な料理を作れた。美味しいので、毎日食べたいほどだった。

僕の体調に異変があると気遣って、病院検査を勧めたり、改善のための食べ物サプリを買ってきた。

彼女旅行好きな人で、僕の知らない観光地をどこから仕入れてきて、長期休みには連れ回してくれた。

スポーツをするのはあまり得意ではないが、スノボダイビングに付いてきてくれて、一緒に楽しんだ。

子供が好きで、何度も子持ちの友達の家に遊びに行っていた。友達の子には驚くほど早く懐かれていた。

彼女はお硬い会社に勤めていて、安定した職のため夕方6時には帰宅していた。産休・育休もまず取れる職場だった。

僕がもし長期で外国に行くことになっても、その国の職場への配置換え願いを出せるらしかった。

収入額は日本平均よりは多く、十分だった。

金銭感覚は堅実で、外に飲みに行くことはほとんどなく、ブランド物を買い集めることもなかった。しばしば楽天から荷物が届いた。

彼女と日々、話をしていて楽しかった。話題には事欠くことがなく、ポケモンGOから北朝鮮情勢まで、なんでも話せた。

夜にはたまに本を読んでいた。よつばととか、山崎豊子とか。

ロシア文豪長編を読んでいた時、理由を聞くと、作者と誕生日が一緒だから、で面白かった。

ヒステリーは一度もなく、怒ったときは冷静に話し合いができた。

人前では男の僕を立ててくれて、家ではしっかり者だった。

彼女の両親もお硬いところに勤めていたが、既に年金暮らしで、都会の家と田舎田畑付きの家を行き来しながら元気に暮らしていた。

僕の両親から彼女の印象はすこぶる良く、加えて親戚のおばさんからの評判まで良かった。

どちらの家もそこそこ蓄えがあり、継ぐべき家業もなく、兄弟もいるので、介護相続心配はしなくてよかった。




しかし、結婚できなかった。

正確に言うと、僕が結婚決断できなかった。彼女は待ってくれていた。


理由は、僕が彼女セックスしたいと思えなかったからだ。

まるで家族セックスするような気がして、気持ち悪かった。子供を作ることを考えると、なんだかいけないことをする気がした。

もちろん、僕と彼女は血の繋がりなど全くないのだけれど。

彼女の子供を愛せるかと自問すると、僕には自信がなかった。

彼女とはもう丸2年ほど完全レスだった。頻度がぐっと減ったのは4-5年前だったろうか。

彼女はいろいろ工夫してくれた。僕も趣向を変えてみたりした。でも、そもそも勃たなかった。

僕の下半身は、オナニーや、プロのお姉さん相手ならば正常に機能した。彼女にだけ機能しなかった。

医者さんで薬を処方してもらったがそれでも駄目で、友人の医者人工授精相談をしたりした。

セックス自体は好きなのに、セックス無しで残りの一生を過ごす生活破綻する気がした。

思えば、最近キスするのもなんだか嫌だった。




周囲の人に相談すると、10人中9人はその子結婚しておけ、と言った。

残り1人は、結婚は止めとけ、と言った。彼だけが離婚経験者だった。

失礼だとわかっているが、彼女にあえて点数を付けるならば百点満点だった。

僕にはもったいないほどきちんとした人だった。

学生時代の僕の精神不安定ものだったが、彼女が側にいてくれたことで、初めて落ち着いたのだった。

あれから10年が経ち、僕らは30歳を過ぎた。いい加減、決断の時だった。

遅すぎる、腑抜け無責任という批判を受けるのは承知している。

過去何ヶ月も、毎晩吐きそうになりながら悩んだ結果、タイムリミットが訪れた。

今でも仕事が手に付かなくなるほど過去を振り返ってみても、ろくな答えが浮かばない。

一体、どうすれば良かったのだろう?

どこで間違ったのだろう?

2018-08-14

障害年金をもらえる人が羨ましい

こんなこと言ってよくないのにごめん。

障害認定されづらい病を抱えていて、働くしかない状態。でも病のせいでなかなか働けず手取り11万円でなんとか生活してる。年金がもらえたら少しは負担が軽くなるのになと思う。そんな感じで収入がないわけではないので就労可能ということで生保受給は通らなかった。

あと少しでも働けなくなったら生活がままならない。頼る親も親族もいないのでそうなったら死ぬしかない状態精神的にも余裕がない。

障害認定されてる人が羨ましいときがある。その人にはその人なりの苦労があるだろうに、そう考える自分が嫌になる。

anond:20180814111558

「もう年金は無理です」という国のギブアップ宣言だ、

証券会社は捉えてる

根拠のない風説を流布しないでください

https://anond.hatelabo.jp/20180813190848

「日常」では使わないねかに四則演算で事足りる。

ただ高等数学を知ってると、いろんな仕事ができるんだ。

あとこれから必須知識になる投資とか。

いろいろ個人投資に関する税金優遇され始めてるのは、

「もう年金は無理です」という国のギブアップ宣言だ、

証券会社は捉えてる。だから人生100年時代」とか言って

消費者煽ってると思われてるけど、

「本当に大変な時代が来るからみんながんばって」

というエールでもある。数学が老後を左右する時代になるよ。

勉強しといた方がいい。

年金支給年齢が今後何度か引き上げられることを考えると

いま、20代で働き始める人は80歳くらいまでずっと働き続けて、年金を5年くらいもらって死ぬことになるんだな。途中で過労死したり、リストラされない限りは。

2018-08-13

歳とともに集中力モチベーションが下がってきた。

最近頭が悪くなってきた」とか書いてる人がいたけど、私は集中力モチベーションが落ちてきた。元々仕事はあまりきじゃないうえに、2~3年で異動して新しい仕事をする羽目になるので、あとちょっとで50歳という固くなってきた脳みその持ち主には非常に苦痛なのだよ。

ここしばらくは「慣れてる仕事やらせろ!」という要求をしつつ、あまり上司仕事の進捗をつべこべ言われない環境が多かったので、マイペースでやれる代わりに、お尻に火が付いていても誰も気がつかず、催促もしてくれないという状況になっていた。明らかに「このペースでやってたら間に合わない」というのは分かるんだけど、「だから残業して頑張ろう」とか「もっと仕事のペース上げなきゃ」とか思えない。まぁそれでも私の仕事が間に合わなければ迷惑を被る人はいるわけで、ずばっと言ってくれる人なら督促の電話とかしてくれるんだけど、でも頑張れない。

先日親と話していて、「あんたって学生とき勉強してたっけ?」とか言われてしまったけど、少なくとも卒論とき徹夜して何とか仕上げ、提出に行って家に帰ってきたら飼っていた文鳥が死んでいたことを妙によく覚えている。一流と言われるほどの大学ではなかったけど、その中での成績はわりと良かった。その時は年がら年中頑張っていたわけじゃないけど、切羽詰まれば頑張れたのだ。

仕事大事なのはモチベーション進捗管理能力責任感だと思う。同じ事務所で働いている相方さんは、その辺が非常に優れている人で、本人はやや他人学歴とかで判断する傾向があるけど、何だかんだいって「いついつまでにこの仕事をやる」ということをきちんとリストアップしてちゃんと仕上げていくところが偉い。それをやるのが当たり前の人にとっては当たり前なんだけど、私の脳みそはトコロテン式に新しい情報が入ると古い情報が抜けていく。ノートなどに書き留めるようにはしているんだけど、軽く口頭でいわれて、その場では簡単そうに思えたことだとメモりそびれるし、かなり忘れる。

これは記憶力の問題なのか、進捗管理問題なのか、モチベーション問題なのか、どれなんだろう。「頑張ろう」「頼まれたことは抜けがないようにきちんとやろう」という気持ちはどこからまれてくるのかと思う。早く仕事をやめてリタイア生活がしたいけど、これから年金とか退職金とかがあまり当てにならないので怖くて辞められない。しかも「うちの業界出身者は他の業界に行ったら使えない」と評判である。実際は同じ社内の人間でも、特定の分野に精通していたり、ある種の社内事情に通じていれば転職できる人もいるんだけど、自分はその範囲に入らない気がする。自分はあと何年我慢できるのか自分でも分からない。

中国人健康保険使うの歓迎

中国人日本健康保険に加入するために日本会社作ってまで頑張っているらしい。

日本人口が減っているし、子供も減ってるから病人が少なくなり医療法人経営が難しくなってきている。

外国人生活保護と同様なので、どんどんやればいい。患者が増える。この保険金海外流出しない。

国内還流するお金なのだから、何も問題はない。

年金株式市場に流すより、よっぽどマシなのだ

それなのに気に入らない連中がいるらしい。

白人様に金を渡すのは躊躇しないで、中国人医療を施す事に文句を言う。アホか。

高齢化高齢化なんて言ってられるのは今のうちだけ。年寄りもどんどん少なくなってきている。

2018-08-12

anond:20180812223406

きみを含めた大人馬鹿でお手上げだから子供たちにおんぶしようって話??

きみがただ生きのびているだけでも年金集るんだろう?

2018-08-11

急募半引きこもりのアラフォーだが親がそろそろ死ぬっぽい

父親離婚してどっか消えた

母親年金暮らし

先月から何か分からん病気入院

どうやって働かないで生きていけるのか教えてくれ下さい

ちなみに冗談っぽく言ってるけどガチです

しかもかなり頭悪いので簡単方法でお願いしま

2018-08-10

メンタルやられていることも

精神病院に通っていることも

障害者年金をもらっていることも友達に言えてない

隠してるのはけっこうつらい

でもばらすとしていつどんなふうに言い出したらいいかからない

普通におしゃべりしてるのに障害者年金とか嫌われるよね

2018-08-09

anond:20180809192033

年金健康保険はなくなると仮定して、税金どうすんの?

健康保険なくすとさすがに反対多そう。

無職としての学問

 特に文系において、大学研究を取り巻く環境が厳しいので、少し愚痴を書かせていただきたくお邪魔します。

* * *

 研究生活が実生活、ことに家庭生活に対し極度の不安定性を与えることは、今日に始まったことではない。

 例えばかの有名なマックス・ウェーバーによる1919年の講演の中では、「大学に職を奉ずるもの生活はすべて僥倖支配下にある」と語られており、「精神的に打撃を受けることなくこうした境遇に堪ええたためしは極めて少ない」とまで言われている。

 このような状況は、100年の時と洋の東西とを超えた今日日本においても、同様である。むしろ人口減少と学問に対する軽蔑——それはおそらく、ウェーバーが講演の中で強調した、学問がなんの「救い」も「啓示」ももたらさないということを、多くの人々が正しく認識たからに他ならないが——に直面している極東島国の方が、研究生活を取り巻く環境過酷であるといえるだろう。

 博士号を取ったとしても多くの人々には就職先がなく、あっても有期雇用で、しか低賃金であり、長期的な研究生活の途を描くことは全く不可能である

 日本より恵まれ研究環境を有する国、例えば博士課程から給与が出るアメリカや、高等教育がほぼ無償であるフランスの例を持ち出すことは簡単であるしかし、研究生活はその研究者が根ざしている言語文化、あるいは人的ネットワークにある程度は依存せざるをえない。また、他国研究環境は、一部だけを切り出せば外面的には羨望の的になりえるが、実際は、給与と引き換えに研究テーマ選択制限されたり、あるいは無償で得られる研究環境には限りがあったりするのである

 当然のことながら、研究者における研究成果はそれぞれのおかれた研究生活の諸条件に左右されるのであり、それは資本的な制約を大きく受ける理工学系のみならず、人文系についてもそうなのである

 ハンナ・アーレントのように、生地での生活を根こそぎ奪われ、新天地で大きな研究成果を挙げる例もないわけではない。大学官職への道を閉ざされてから活躍したカール・マルクスそもそも学歴のなかったピエールプルードンなども、偉大な思想家としてのちに崇められる存在であるしかしながら、すべての人が偉大な人、指導者のような人、あるいは預言者になることを目指して研究に励んでいるわけではない。実態はむしろ逆であり、陽が当たらない部屋で日がな一日、誰も読まないような古雑誌の1ページをどう解釈するかについて考え、その謎を解けた時に無常の喜びを感じる、そういう人が研究生活に入るのである。そのような、全くつまらないことこそ重要研究成果なのであり、むしろ大きな社会的反響を呼び起こす御宣託が科学的な研究成果とは全く呼べないようなものであることは、ウェーバーの指摘するところであり、歴史が度々証明してくれたところでもある。いずれにせよ、研究生活とは社会的名声や富と全く関係がないどころか、資本主義社会ではしばしばそれらは相反するものとなるのである

 尤も研究者も所詮人間であるからして、研究のものの「客観性」や科学位置付けとは無関係に、それぞれの求める研究生活上のあり方というのは存在する。名声や富を求めて研究に取り組む人もいるのかもしれない。しかしそれは明らかに悪手だ。羽生名人でも挽回できないぐらいの悪手だと思う。

* * *

 さて、反面、家庭生活はまさに「経済」の必要に駆られるところのものであり、十分な収入、定住可能な住居、そして可能な限り多くの家事労働自動化が進んだとはいえなお労働集約的だ)が投入されて、初めて成り立つものである

 収入がないなどもっての外であり、亡命収監失踪放浪なども、家庭生活とは相容れないものである

 歴史を顧みれば、自死発狂、子捨て、虐殺に至るまで研究に身を置いた人々の末路は様々であるが、なんとかしてそのような事態は避けたいと誰しもが願うところであろう。

 できれば平穏無事に、昭和時代理想とされたライフスタイル、すなわち夫婦円満子供と共にマイホームに住み、安定した立場で働き定年後は年金生活という人生を歩みたいところである(これは皮肉である)。

 しか今日の若き研究者は、子供はおろか結婚もままならず、マイホームマイカーも持たず、年金制度破綻を前に怯えながら年老いるのである

 もしあなた結婚したとすれば、それはパートナーの全く寛大な心によるものか、パートナー無知蒙昧で完全に誤った選択をしたかのいずれかであろう。

 さら子供がいるとすれば、当然あなた研究生活放棄するか、あるいはなんらかの安定した不労所得に拠って研究生活と家庭生活の両立を試みねばなるまい。(あるいは、あなたが非常に体制時代に順応的な研究をなしていたとすれば、すでに十分な収入に恵まれいるかもしれない。これこそウェーバーの言った「僥倖である。そういう人には心から祝福を送ろう。願わくば同じような僥倖が数多の迷える研究者たちにあらんことを。)

 多くの研究者たちにとって、結婚出産研究生活首にかけられた縄である

 女性研究者の研究生活性別役割分業的発想や家庭生活に対する支援パートナーから十分に得られないなどの理由によりすぐに縛り首になってしまうが、男性研究者の研究生活も同様に性別役割分業的発想や金銭支援パートナーから十分に得られないことですぐにギロチンにかけられてしまう。

 いずれにしろ他者にとって金にならず有用性のわからない行為としての研究は、家庭生活に直面すると挫折する公算が大きいのである

 だからといって、家庭生活を全く否定してしまうことも困難である穂積陳重来日本の身分法学者は、日本国民の位置付けを次の三つの身分のいずれかあるいは複数に属するもの定義した。すなわち、夫婦、親子、親族である

 しかし、親が死に、結婚もせず、親族との紐帯も弱いとなれば、その人は社会的にも法律的にも、全く孤立した存在となってしまう。

 その人は十分な社会保障の対象にならないことはもちろん、社会生活上の様々な面で制約や不利益を受けることとなる。

 実際上の問題として、社会的要請として家庭生活に入ることを我々は求められており、多くの人はその生活が全く不幸であり耐え難く絶望的なものだと感じていたとしてもなお、家庭生活に甘んじているのである

 当然、研究をしていなければ家庭生活が楽になるとは全く言うことができない。しかし、少なくとも研究生活が家庭生活と激しく対立することであることは自明であることのように思われる。

 あるいは「家庭」という理想像の崩壊高齢者二人世帯や単身世帯シングルマザーの増加、生涯独身者の増加などによって、家庭生活という名付け自体空虚ものになっているという批判があるかもしれない。

 しかし反面で、なお結婚出産経験する人は半数を占めており、「家庭」に代わるほど普遍化された結婚出産を前提とした私的領域生活モデルはいまだに存在しないわけだから、やはり家庭生活という呼称を用い、特に若い研究者たちにとってはそれを重視せざるを得ない現状もあるのだ。

* * *

 収入、定住、家事労働を求める家庭生活は、無収入、度々の転職と転居をもたらし、にもかかわらず時間の余裕を求める研究生活とは、完全かつ深刻に対立する。

 では、この間の解決はどのようにしてもたらされるのか。非研究であるパートナーの忍耐によってであろうか。あるいは研究生活の適度な抑制によってであろうか。

 前者はこれまでの男性研究者がしばしば採用した方法であり、女性人権がない時代であればよかったが、21世紀にもなってこの方法採用しようと思っている人がいるなら、その人は妻を見つけることができないであろう。

 後者方法は、実際には採用し得ないものであり、つまりそれは相撲レスラー炭水化物摂取を控えるとか、プログラマーが1日3時間しかモニターを見ないようにするとかいう話であって、研究生活を「適度に抑制する」などということは単に研究生活否定しかない。

 研究者はその人をして全的に研究に没頭せしめなければ、素晴らしい「霊感」を得られないものである。そうでなければ、特に人文学研究においては、それは単なるジャーナリズムに陥るであろう。

 そして、これもウェーバーと同じく声を大にして言いたいところであるが、そのような素晴らしい「霊感」、今日言葉であれば「イノベーション」などというものは、研究のみならず仕事や様々な形の労働の中でも、それに没頭し専心していなければつかむことの能わざるものであり、行政府が旗をふって労働時間の長短や職業訓練の有無をいくら弁じ扇動しようとも、生まれてこないものなのである

 家事労働ワークライフバランス長時間労働問題は、まさにこの没頭の可能性にあるのであり、特に家事労働時間を細切れにしてしまうために人をして何かに没頭させることを妨げること大であるワークライフバランスも、結局その目的とすることが明らかでないか低賃金かつやることのない中途半端余暇をもたらすだけである長時間労働改善しても、人々が自ら欲するところのものに取り組めるような労働時間の設定でなければ、それが長かろうが短かろうが、人々の不満は変わらない。いくら労働時間が短いとしても過労死は起こりうるし、長く労働していても過労死しない場合があるのは、この理由によるのである

 とにかく、家庭生活の求めるもの根本的に否定しなければ、研究生活は成り立たないのである

* * *

 では、解決方法は何か。家庭生活問題点は、それが夫婦という二者で成立するように想定されていることである。それゆえ、収入と定住を男性が支え、家事労働女性が支えるという構図が出来上がった。

 しかしこの想定は噴飯ものであり、シングルマザーは全て一人でやらざるを得ず、あるいは逆に親族から支援収入不安が軽減されたり、実家を譲り受ければ定住も可能というように、家庭生活の諸条件の実現は夫婦という関係性の外部で決まっていることが多い。

 もし家庭生活に関与してから研究生活継続するためには、家庭生活を成立するためのリソースを外部から調達することが最も望ましい。(逆にいえば、外部からリソース調達できなければ、ついにここで研究生活のお墓を立てるしかない。自分研究というアイデンティティよ、さようなら、と。)

 ただ、ここには二つの問題がある。一つは、リソース調達である大川周明のように徳川家から調達したり、大杉栄のように政治家からぶんどってくることができれば最高だし、あるいは明治時代のように女中を置いたりできれば最高だが、なかなかそういうわけにはいかない。もう一つは、その調達個人能力に帰せられることで、研究能力とは別にそれに取り組む環境規定されてしまうということである

 この二つの問題解決するためには、若い研究者同士で研究生活を支えるための生活ネットワークを構築するしかない。あるところには金がある人もいるだろう、あるところには手が余っている人もいるに違いない。

 どうせ研究生活に勤しんでいる人以外に若い研究者に対して同情を寄せてくれる人はいないのである

 アカデメイアリュケイオンがどうだったかはわからないが、古今東西大学に併設されている寮や大学街(カレッジ)では生活上でも学術上でも研究者のコミュニティ形成されていたはずだ。修道院のようなものである

 いま、若い研究者は官僚主義的な大学制度によって互いに分断され、地方に散住し、有能なもの国外へ出て行ってしまっている。もう最後タイミングである

 いま我々若い研究者が団結して助け合わなければ、この国の研究はすぐになくなる。もし研究のなくなり方が緩やかであれば、日本語で達成された学術的成果を、多少なりとも国際的に、人類のために遺す時間猶予が生まれるかもしれない。あるいは、国外から救いの手が差し伸べられるやもしれぬ。「タコツボ」を脱しなければならない。近くで助け合って生活し、なんなら雑誌なども出して(いまであればブログでいいのかもしれないが)、特に文系では消え掛かっている研究の灯火を、なんとか引き継いでいかねばならぬ。ならぬと思う。

いや、それとももう、研究生活を諦めるべきなのか。

年金食いつぶしてるだけで生産性の無いじじいとばばあを殺すボタン

作れるような有能が死ぬかい


anond:20180809000121

2018-08-08

年金食いつぶしてるだけで生産性の無いじじいとばばあを殺すボタン

ドクター中松あたりが発明してくれないかな。

一応、年金貰ってるけど、なんらかの社会の役に立ってる(年金<役立ち)のじじいとばばあは死なない仕様にしてもらう予定。(孫の面倒よく見てるとか、なんとか流の家元とか)

年金というより貯金とか老後に備えた資産運用とかで暮らしてるじじいとばばあはまた別の装置作る。

人口減少について思うこと

少子高齢化とか出生率の低下だとかニュースで頻繁に見るけどさ

高度成長やらバブルで舞い上がって人口が適正値を超えて増えただけで日本という国の本来キャパティはその程度の人口ってことじゃないの?

そりゃ俺の世代年金の貰えないかもしれないとか聞くとクソッたれだと思うけど、

一時期盛り上がった分のしわ寄せであるべき姿に戻るのに多少の痛みを味わうことになるってだけで。

(得をした連中と痛みを受ける連中が別であるのは気に入らないが仕方がない)

俺は頭が悪いから何が正しいのかわからんけど、単純に考えたら働く世代が減って困るのは一時的ものでその下の世代も当然減ってくるわけだからいつかは釣り合いが取れるようになるんじゃないの?って思っただけだったり。

まあ、正直どんな理由であれ理解はできても納得がいくとは限らないか

年金が貰えないだとか少なくなるとか聞くとクソッたれめと思うし国会議事堂隕石落ちねーかなとか革命でも起きねーかなとか思うんだけどね。

2018-08-07

anond:20180807170035

あれー?じゃあ、年金システム不具合が起きて、振り込まれるべきお金の記録が消えちゃう可能性はあるの?

2018-08-06

どこから金持ちか?

というか、どこから金に余裕ができてくるか

年収が上がっても税金生活レベルが上がるので、全然余裕を感じられない

 

しか物事には上限というものがある

1.保険料の上限

2.年金の上限

3.家賃の上限

4.必要貯金の上限

など

 

例えば家賃には明らかに上限がある

ネジがぶっ飛んだ人ではない限り、これ以上は流石に要らなくね?というラインがあると思う

札幌なら20万円行かないあたりで簡単に上限に達するし

都内だって1人暮らしなら25万円くらいに上限がある

(例えば駅チカ、新しい物件、60平米で探してもそのくらいの値段帯だ)

(もちろん上を見ると数百万まであるが)

 

から、ある一定ライン以上の人は金がダブついてくる

じゃあそこはどこかという話だが

 

第一ライン

地方だと900万円あたりから楽になってくる

都内だとそれが1200万円だ

税や貯金を除いた生活費が30万円を超えてくる

 

第二のライン

地方だと1200万円あたりからかなり余る

都内だと1700万円必要

税や貯金を除いた生活費が50万円に近づく

ここまで来るともう小金持ちと言っていい

 

第三のライン

地方だと1900万円、都内だと2200万円からガラッと変わる

税や貯金を除いた生活費は70万円を超え、そこそこ贅沢をしても大丈夫だと思う

 

結論としては「絶望的だな」という感想

経営者医者弁護士くらいかしかしこれらはどれも多忙なんだよね

あり得るとしたら結婚して共働きくらいか

 

おまけ

表にしてみるとわかるが、450万円〜800万円は意外と大差がない

税金マジックである

ただ400万円以下は明らかにキツイというのもよく分かる

2018-08-05

祖父から聞いた戦時中の話

 ドラマこの世界の片隅に」を見ていて、横柄で大袈裟に騒ぎ立てる憲兵さんが登場したところでふと祖父から聞いた話を思い出した。

 威張りくさって周りから怖がられていた憲兵さんは、終戦と同時に夜逃げ同然に姿を消していた、相当恨まれていたらしい、と。祖父自身特に憲兵さんと関わり合いになることはなかったのでその話はそれでおしまいだが、祖父から聞いた戦時中の話を忘れないように記しておこうと思う。

 あくまで何年も前に祖父から聞いた話なので、一部正確じゃないところもあるけどご了承ください。

軍需工場

 終戦の年から二、三年前、東北地方出身の当時十代の若者だった祖父は、軍需工場で働いていた。工場の持ち主は、今でも名を変えて現存する大企業だった。

 私の父は戦時下の話をあまりいたことがなかったそうだが、祖父は孫達にはよく話して聞かせてくれた。もちろん辛いこともあったろうが、祖父から話を聞くと「結構楽しそうだな?」と子供心に思ったものだ。

 何故なら、ある時祖父パソコンインターネットの使い方を教えていた時、GoogleMapを開き見たいところがないか聞いたら、祖父は「昔働いていた東京を見てみたい」と言ったのだ。

 そこで当時の蒲田区があったところを見せると、祖父は懐かしそうにここに工場があって、ここの川で昼休みに水浴びして、休みの日に遠足でここまで行って…といろいろ説明してくれた。

 聞けば祖父が働いていた工場の寮はとても待遇が良く、特に食事が良かったと。

 祖父はそこで生まれて初めてライスカレーカレーうどんを食べたそうだ。とても美味しかったらしい。今でも祖父の好物はライスカレーだ。

 近くに他の工場もたくさんあったが、そんなに待遇がいいのは珍しかったそうだ。休み時間に別の工場の人と話をすると、そんなにいいものを食べられるなんて、と羨ましがられた。

 そんなに食事がいいのにはもちろん会社側の「健康若者をこの工場から徴兵して貰って、国から褒めて貰おう」的な思惑があったそうだが、祖父徴兵される前に終戦を迎えることになる。

 祖父に話を断片的に聞く限り、戦時中で大変なこともあったろうが、田舎から出て来た若者らしく都会で楽しく過ごしていたようだった。ちなみに東京空襲の時はどうしていたの? と聞いたら、祖父がいた寮から遠くの夜空が明るく光って見えた、とだけ教えてくれた。防空壕に逃げたという話は聞いていない。とにかく直接被害は受けなかったらしい。おかげで私の父も私もここにいる。

(後で調べたら東京空襲蒲田区はあまり被害がなく、その後の別の空襲で爆撃を受けたと知ってぞっとした。よく生きていたな…?)

終戦

 終戦の直前、国の広報日本は勝ってると言い続けていたが、みんな負けていることはわかっていたらしい(それこそ憲兵さんに聞きつけられると面倒なことになるので、誰も口にはしなかった)。米軍が撒いた「日本は負けるよ」と書かれたビラもよく落ちていた。

 案の定昭和二十年八月十五日に日本降伏した。

 それと同時に祖父が働いていた工場は操業を停止した。軍需工場から戦争に負けた今、工場で作るモノなんて無いから。そこで祖父は同じ地方出身の者達と相談して、故郷に帰る電車切符を手に入れるのに奔走した。

 交代で列に並び、四、五日かかってようやく切符を手に入れられた。その時に町を出て、祖父は荒廃した東京風景を見て愕然としたという。今現在、よくテレビで目にする終戦直後の驚くほど何もない東京映像写真のものだった。

 その後祖父は一旦故郷に帰ったが、働く場所を求めて親戚の伝手ですぐに遠く離れた地へ渡り現在に至る。

 祖父現在91歳。もう少しいろいろ話を聞きたいと思っている。私が作ったカレーライスも食べて欲しい。

おまけ

 祖父から聞いた戦争の話はここまでだが、ちょっとしたおまけがある。

 ある時、祖父不思議な顔をして郵便で届いた書類を見せにきた。「これはどういう意味だ?」と。

 それは『ねんきん特別便』だった。よく見てみると、祖父戦時中に軍需工場で働いていた頃に納めていた年金がいわゆる「宙に浮いた年金記録」となっていたことが発覚し、年金受給者の祖父支給されていなかったのだ。祖父自身、その頃に自分年金を納めていたことなど全く知らなかった。

 インターネット検索したら「全国消えた年金相談センター」のウェブサイトによると戦時中宙に浮いた年金記録はたくさんあるらしい。知らなかった。

 とにかく書類に書いてある通り、記入して返送すればお金が貰えるよ、と説明した。書類には覚えてる限りの勤めていた会社名前、住所を書いてくださいとあった。祖父はきちんと記入出来た。きっともう覚えてなくて書けない人もいたんだろうな。

 後日、祖父お金が振り込まれた。祖父曰く「案外少ない」でした。

おわり

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