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はてなキーワード: 確信とは

2018-01-17

グランクレスト戦記って封神演義なのか?

原作を知らないか確信が持てないんだけど展開が早すぎるせいで全体に安っぽく見える

anond:20180117185332

「僕の長所は勇敢なところです。これをご覧下さい」と言ってタグのついた(タグなんかついてないのか?)女性用下着を鞄から取り出す。

面接担当のおばさん社員は一瞬怪訝な顔をしたが、他の男性社員2人は笑って頷いてくれたし、なにより他の就活生の「やられた」っていう顔が効いたと思う。

それ以降もいくつかやりとりがあったが、扱いが変わったのがはっきり分かったので、部屋を出る頃にはもう僕は内定確信していた。

anond:20180116130219

中島らもサラリーマン時代コピーライター養成学校に行って

いくつも賞を取り、

いつでもこの職業になれるわって確信を得て卒業したエピソード面白かったな

教官の人となりを見て、

リリカル作風好きな人にはそういった作品

ブラックジョーク好きな人にはそういった作品を出していったそうな

要するにクライアントを見る職業なんだな、と

一部の高名なライター以外はエンドユーザーではなくクライアントを向いてやる職業なのかなって

まぁ、氏はその後、かまぼこの老舗、かねてつの広告サブカル誌に掲載

広告と称して自分ネタエッセイ勝手にかねてつのイメージキャラのお父さんを作って

アナーキー漫画掲載して遊び場にしていたよ

https://anond.hatelabo.jp/20180117100626

子どもいるけど、無償の愛とかないことは確信してる。

客観的に見て無償の愛っぽい構図が成り立つ瞬間はあるけども。

突き詰めれば何をやるにしても原動力は誰かへの愛ではなく自分欲求にすぎないよ。

増田が言うようなシチュエーションで黙って家事をやる人はいるけど、それは無償の愛ではなく

相手に「やってくれ」って頼むより自分がやるほうが楽だから、とか

「黙って家事をやる私スゲー」って自己承認のほうが気持ちいから、とか

そういう理由でやってるだけ。

それなら愛って何かってことになるけど、自分相手コントロールしたいという欲を相手のために手放す時に適用される感情だと思っている。

2018-01-16

anond:20180116001031

まあでもさ、世の中の毒じゃない親(どのくらいいるのか知らないが)が、みんな結婚する前にそこまでの確信を得てたかっていうと、たぶん違うだろうなーと思うよね。

調べようもないことだが、むしろそんなこと考えないタイプの方がいい親になる確率が高いまであるんじゃないかとすら思う。

自分の親に対しては、適当なノリで結婚出産しやがってクソが!と思うんだけどね。

2018-01-15

ももクロファンモノノフ)を辞めようと思う。

夏菜推しだと自分でも誤解していたが、

5人の関係性が好きだったんだと今日確信した。

今までありがとうございました。

4人になった4人を同様の熱量応援できる気がしません。

見るたびに、欠けている幻影を見て寂しい気分を惹起することになるくらいなら、

すっぱりと忘れることにします。

普通生活に憧れる気持ちも痛いくら理解できます

隣の芝生は青いんです。

しかし、死ぬほど手に入れたかった平凡な暮らしを手に入れた後には、

全てを投げ打ってまで手に入れるものではなかったという気付きが訪れるでしょう、きっと。

そして、気付いた頃にはもう遅いのです。

手遅れになってからし人間理解できないのです。悲しいことですが。

Blu-rayCDも全部捨てます

明日からは、ばってん少女隊応援することにします。

anond:20180115211018

キモくて金のないおっさんですが駅のホーム貧血意識を失って倒れたときには3時間放っておかれましたね

やはりキモくて金のないおっさんに対する差別問題存在するのだと改めて確信しました

anond:20180114183033

ブコメリクエスト(?)があったので書いてみた。

http://h.hatena.ne.jp/touch/ueno_neco/227133763971759741

「チャロノーブル、事件だにゃ!」

そう言って黒猫のミミさんがぼくの背中に飛び乗ってきました。いつものことなので、驚きはしません。

「また事件ですか?この牧場事件ばかりよく起きますね」

「悠長におしゃべりしている暇はないんだにゃ!ご主人様のお家に泥棒が入ったにゃ!急ぐんにゃ!」

泥棒ですって!?それは一大事!全速力で飛ばしますよ!」

ぼくは走ります!全力で走ります!ぼくは全力で走ってもそんなにスピードが出ないことを知っています

スピードの出ない馬はいらないという理由で前の牧場を追い出され、拾ってくれたのが今のご主人様です。

そのご主人様がピンチなのです。なにがなんでも恩返しをしなければ!

ご主人様のことを思うと、不思議といつもより力が湧いてきました。

「チャロノーブル!こんなに速く走れたんだにゃ!?しっかりつかまっていないと振り落とされてしまいそうだにゃ!」

大丈夫ですか?ミミさん、少しスピードを落としましょうか?」

「いいや、大丈夫だにゃ。そのまま全速力で急ぐんにゃ!」

ご主人様の家にはあっという間につきました。ぼくは乱れた息を整えます

「チャロノーブル、よくやったにゃ。ここからはあたしに任せて、お前は一時待機にゃ」

そう言うとミミさんは、なーなーと鳴きながら家の戸を引っかき始めました。

すぐに家の戸が開きます。出てきたのは、ご主人様と見知らぬおじさんでした。

この人が泥棒なのでしょうか?やけにご主人様と親しそうに話しているけれど……。

「たしかに見事な走りでした。この馬ならば競走馬としても立派にやっていけるでしょう」

「ええ、手放すのは惜しいですが、この馬は走るために生まれてきたような馬です。心がやさしすぎて競い合うことには向いていないかもと思っていましたが、今日の走りを見て確信しました。この子競走馬として十分にやっていけると。そして、あなたになら安心して任せられます

ご主人様と見知らぬおじさんが話をしています。ぼくは何が何だかからないけれど、ふたりともが嬉しそうな表情をしているので安心しました。

「ごめんにゃ、チャロノーブル。お前のためとはいえ、あたしは嘘をついてしまったにゃ」

「どういうことですか、ミミさん?」

「あの人は泥棒じゃなくて競走馬馬主さんで、優秀な競走馬を探していたんにゃ。あたしはその話を聞いてピンときたんにゃ。チャロノーブル、お前は走ることが大好きだってことを、あたしは誰よりも知っている。お前の才能をこの牧場で埋もれさせておくのは、もったいないにゃ。あの人のもとで思う存分、走っておいで……にゃ」

そう言うミミさんの綺麗な両目は、涙でいっぱいでした。ぼくもそれを見て切ない気持ちになります

ありがとうございます、ミミさん。ぼくは、競走馬になんてならなくてもいいって思っていました。いいえ、それは正確ではないかもしれません。本当は、競走馬になんてなれるはずがないって思っていました。あきらめていたんです。でも、今日全力で、本当の全力で走ってみて思ったんです。ぼくは、もっと走りたい!競走馬として走ってみたい!って……。ミミさんが、気づかせてくれました。ミミさんのおかげです。ぼくは決めました。あのおじさんのところに行きます!」

ぼくが話すのを聞いていたミミさんは寂しそうな表情だけど、うんうんと頷いてくれました。

「でも、ぼくの競走馬としての役目が終わったら、またこ牧場に帰ってきてもいいですか?ぼくにはこの牧場でやりたいことがたくさんあるんです。ミミさんと水飲み場でおしゃべりしたり、芝生でゴロゴロしたり、ちょうちょを追いかけたり……そうそう、ミミさんの持ってくる事件解決しなくちゃいけませんね。ミミさんと一緒にやりたいことがたくさんあるんです。だからお願いです。ぼくが戻ってくるまで、ミミさんもどうかお元気で……」

一頭と一匹がくっついているのを見て、ご主人様と馬主さんは和やかな気持ちになりました。

「本当に仲がいいんですね」

「ええ、本当に仲良しなんです。それに、やさしいんですよ。このふたりは」

2018-01-14

私は介護現場の末端で、30歳を超えて性交経験中年男性に大きな問題が潜んでいることを確信した

「ウザがらせる自由」に対して:『あなたは、豚として生まれたの?』

(追記)ウザがらされない→ウザがらせられない ですね。日本語不自由になってました。恥ずかしい。

後、importuner と Un porc, tu nais がどちらもアンポルチュネで発音同じことに言われて気づきました。これも恥ずかしい。

そして、さらに恥ずかしいことに、最後段落抜けてました。大急ぎで追加しました。

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ちょっとフランス語翻訳してみたくなったので、最近増田の流れで、一つ記事を訳してみました。

Leïla Slimani (レイラスリマニ)というモロッコ出身フランス人女性作家の Liberation のサイトに昨日掲載された«Un porc, tu nais ?» (「あなたは、豚として生まれたの?」)という記事です。

なんで、これを訳したかというと、先の「ウザがらせる自由」が、何やらフランス代表するもの英米からmetooブームに対する、大陸から批判みたいな取られ方をしている向きがあったからです。全然そんなことありません。twitter を見る限り、あの記事叩かれまくっています

現在も、テレビ討論番組で、Brigitte Lahaie という元ポルノ女優(あの記事署名者の一人です)が「レイプ最中だって、楽しめるわ」と発言した件で、絶賛大炎上中です。(この発言が、あの記事の後半部につながっているのは明らかでしょう)。

フランスでは #metoo に加えて #balancetonporc というタグ使用されていて、意味は「あなた豚野郎を叩き出せ!」です。ものすごく攻撃的ですね。Le Monde 誌の記事はそんな流れの中でのカウンターとして出されたもので、まぁ、要するに両者ヒートアップしてるってことです。

あなたは、豚として生まれたの?」は明確に「ウザがらせる自由」に対する反論として書かれています。いくつかの言い回しが、あの記事から来ているので、増田での訳語にその辺はあわせました。この記事文脈では「ウザがらせる」は生ぬるい気もしますが。

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(追記)ブコメで指摘がありましたが、あちらの翻訳は「ウザがられる自由」でしたね。完全に見間違いをしていました。

でも、これはしょうがないところがあって、原語 importuner は他動詞能動形以外のなにものでもないので、まさか受動形で訳しているなんて思わなかったのです。

「ウザがらせる」が正しいです。

不器用勘違いから来る過失のニュアンス」は日本語訳からまれものであって、原文にはそうした解釈余地はありません。

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小説家による平明に書かれた文章なので、致命的な誤訳はないと思いますが、気づいた点があれば、じゃんじゃん指摘しちゃって下さい。

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あなたは、豚として生まれたの?』

通りを歩く。夕方地下鉄に乗る。ミニスカート、胸の広く開いたシャツハイヒールをはく。ステージの真ん中で一人で踊る。派手めの化粧をする。ほろ酔いタクシーに乗る。半裸で草むらで伸びをする。ヒッチハイクする。深夜バスに乗る。一人旅をする。テラスで一人グラスを飲む。ひと気のない道を走る。ベンチで待つ。男を誘い、意見を交わし、歩き続ける。イル=ド=フランスの人込みに紛れる。夜勤する。公共の場子どもに乳をあげる。賃上げ要求する。

こうした、日常的で平凡な生活において、私はウザがらせられない権利を、そんなことにかかずらわされない権利要求します。 私は、私の態度、私の服装、私の歩き方、私のお尻の形、私の胸の大きさについて、とやかく言われない自由要求します。私は、私の平穏孤独権利を、恐れることなく前に進んでいく権利要求します。私はただ、内的な自由だけを求めているのではありません。私は、外での、広々とした場所での、私もまたその片隅を占めている世界においての自由を求めているのです。

私はちっぽけな壊れやすい品物ではありません。私は守られることを求めているのではなくて、安全尊重についての私の権利を認めるよう求めているのです。そして男性たちは、皆が皆、豚であるわけではありません。そんなことは全くありません。この数週間、どれほどの男性たちが、彼らの能力でもって、今起こっていることを理解し、私を魅了し、驚かせ、大喜びさせたことでしょう。どれほどの男性たちが、もう加担することをやめ、世界を変え、これらの行為から、彼ら自身をもまた解放しようとする意志を示してくれることで、私を驚嘆させたことでしょう。

というのも、例のいわゆるウザがらせる自由は、その奥底に、男性性についての極めて決定論的な見方を隠しているからです。すなわち、「あなたは豚として生まれたのだ」と。

私の周りの男性たちは、私を侮辱するものたちに対して、怒り、抗議してくれます。朝8時に、私のコート射精した誰かに。私の出世に何が必要理解させようとした上司に。研修の対価にフェラチオを求めた教師に。「キスしないか?」と尋ね、「淫売」扱いして去った通行人に。

私の知っている男性たちは、この男らしさについての反動的見方に、うんざりしています。私の息子は、そう私は希望するのですが、きっと一人の自由な男になるでしょう。その自由とは、ウザがらせる自由ではありません。制御できない衝動にとりつかれた捕食者としてではなく自分定義する自由です。私たちを魅了した男たちが持っているようなたくさんの素晴らしい仕方で、魅了することのできる一人の男に、息子はなるでしょう。

私は一人の犠牲者ではありません。しかし何百万もの女性たちはそうです。これは事実なのであって、道徳的判断やそうした女性たちを(犠牲者として)本質化するものではありません。

そして、世界中の何千もの街の通りを、うつむいて歩いている全ての被害者たち、付け回され、ストーカーされ、レイプされ、侮辱され、公共の場場違いものとして扱われている彼女たち、その恐怖が、私の中で瞬きますうずくまり、恥じている彼女たちの、辱められたという理由で通りに投げ出され除け者になった彼女たち、彼女たちの体がウザがらせる行為を招くからという理由で、黒く長いベールに隠させられている女性たちの叫びが、私の中で響いています

カイロニューデリーリマ、モースル、キンシャサカサブランカの通りで、歩いている女性たちは、失踪誘拐そして(下心ありの)慇懃さを心配しているのではないでしょうか?彼女たちに、誘惑し、選び、ウザがらせる権利などあるでしょうか。

私は、いつか、娘が夜中に通りを、ミニスカートと胸の開いたシャツを着て歩き、一人で世界旅行をし、真夜中に何も恐れることなく、そんなことを考えることもなく、地下鉄に乗れることを望みます。その時、彼女が生きるその世界は、清教徒世界ではないでしょう。私は確信しています、それはより正しい世界、そこでは愛と歓びに満ち、魅了し合う場だけが、より美しくより豊かである世界になるだろうと。それはまだ想像すらできないものだけれど。

http://www.liberation.fr/france/2018/01/12/un-porc-tu-nais_1621913

2018-01-13

anond:20180113220415

その話をしたがるのは確率的に言って女が多い、

程度のボンヤリした推論で確信じゃないし興味もあんまない

不倫して幸せになるなんて普通有り得ないでしょ?

 私には高校の頃からの知人がいる。

 彼女は厳しい親の教育の影響か、普段大人しい癖に、親しい間柄になるとかなり自由奔放でわがまま性格を惜しげも無く晒してくれた。周囲は幾度となく彼女に振り回されていたが、彼女言動はややエキセントリックでまあ見ている分には結構面白かった。ので、ツッコミ役というか諌める役というか、そういう手綱を握る役割を買って出て自分に火の粉のかからない位置から存分に観察していた。

 知人やその女ではいまいち分かり辛くなりそうだったので、とりあえずここではエーコする。

 そのエーコから不倫をしていると告白されたのが、丁度社会人になって一年が過ぎようかという頃。

 相手職場上司で、小学校四年の息子と三年の娘がいる四十代後半だという。話を聞いた時にはまだそういう関係になって一ヶ月も経っていないと話していた記憶がある。

 こいつ馬鹿か。それが告白を聞いて一番最初に感じた事だった。今まで色んなエーコ馬鹿を見てきたが、まさか人の道を踏み外す程とは思いもよらなかった。

増田にだけしか言えないんだけどさあ……」

 なんて、何百回と聞かされてきた告解の歌い出しから思いもよらぬ爆弾宣言をかまされて、正直私の頭の中は焼け野原だった。意味が分からない。訳が分からない。なぜ不倫をする? 今まで腐る程お前の馬鹿に付き合ったがいくら何でも今回のに関しては酷すぎる。

 この数秒で吐き気のする様な嫌悪感エーコに感じた。普通人間ならごく当たり前であろう感想を抱き、まずはそれなりの付き合いもある身としてごく当然の忠告をした。

 そんな関係はとっととやめろ。お前がやっていることは犯罪だ。その行為はお前と相手だけの問題ではなく、お前や相手に連なる全ての人を不幸にする、と。

「そんな事分かってるよ」

 と、不倫している世の中の人間が確実に口にする言い訳TOP10に入りそうな子供じみた言葉。いや分かってねえだろ。分かってねえから不倫してんだろお前は。ことの重大さも理解せずに、拗ねたような態度をとるエーコ。おそらく彼女は私がいつものように「はいはいエーコは全く仕方ないね」なんて諦め気味に話に付き合ってくれると、今の瞬間まで信じていたのだろう。生憎と、こちとらお前と違って普通感性を持った人間なのだ。そんな話を聞いて仕方ないとか言うわけないだろ。本当に救いようの無い馬鹿だ。

 だがエーコの方はといえば、そんな私の事など眼中に無い様子で聞いてもいない上司との不倫エピソード披露し始めた。

 毎日メールをして互いに体を気遣いあっているだの、週に一度は会って彼をマッサージしてあげるのが楽しみだの、たまに良い雰囲気になってそのまま情を交わしたりする事もあるだの。まるでこの話を聞けば私も二人の関係応援してくれるはずだと言わんばかりに。

 そんな話、恋人がいる身としてはとてもじゃないが正気を保って聞いていられるわけが無い。私の場合結婚している訳では無いので不倫ではなく浮気なのだろうが、どちらにしても自分が知らない所で恋人が別の女とそんな事をしているなんて、考えただけで全身に悪寒が走る。

 とにかく私は嫌悪感を堪えながら、少しでもエーコが目を覚ます助けになればと不倫が如何に周囲を巻き込み苦しめるのかを辛抱強く話して聞かせた。

 しかし話せば話す程、エーコは頑なになっているのがわかる。話の通じないイライラ気持ち悪さとで、私は遂にエーコとの絶縁を宣告した。目の前で連絡先を削除した。金輪際お前とは赤の他人だ、二度と関わらないで欲しいと言い捨てると、エーコは顔を真っ赤にして声もあげずに涙をボロボロこぼしながら怒りとも恨みともつかない表情でその場から立ち去った。

 そんな顔をしたいのは罪もないのに裏切られている相手方家族の方だろう。しかし、エーコ言動うんざりさせられる事も多かった私は、勢いとはい彼女と縁を切れた事にホッとしていた。

 それから半年程して、風の噂でエーコ上司不倫がバレたと聞いた。

 エーコ慰謝料請求され、更には二度と接触出来ないよう県外へと追い出された、と。

 ほれみたことか。因果応報だ。

 私はエーコの事を心底軽蔑した。

 その頃には私もプロポーズを受け、そしてその一年後には夫になる男性と共に充実した日々を送っていたので、それ以上胸糞悪い話題にわざわざ自分から飛び込んでいくこともあるまいと、それ以降エーコ話題を避けるようになった。

 彼女普通に生きていれば、今頃真っ当な関係で付き合える恋人もいただろうに、などと哀れむ気持ちさえ、その時はあった。

 しかそれから十五年ほど経った時、私は夫の不倫を原因に離婚した。一人息子はまだ中学に上がったばかりで途方に暮れた。主婦として夫の苗字に入ってからというものパート以外に職を持たなかった私は両親の元に子供と一緒に身を寄せ、細々と生活するしか無かった。

 そんなある日、息子が私宛に手紙が届いていると言って粗末な茶封筒を持ってきた。送り主を見て私は固まった。

 エーコだった。

 苗字は違うが間違いない。エーコだ。この妙に丸っこい癖のある文字は、彼女が懸命に字を綺麗に書こうとする時に出てくるものだと、すぐに分かってしまった。

 途端にあの日感じた嫌悪感と夫の不倫とがダブって感じられる。

 私はかなり長い期間、その手紙を開封するのをためらった。この手紙を読めば、絶対に私は後悔すると確信があった。何度もゴミ箱へ捨てたが、その度に何故か拾ってしまった。

 数ヶ月経って、漸く覚悟を決めて手紙を開封して呼んだ私を待っていたのは、「手紙を読んでくれてありがとう」という一文だった。それから一行あけて、手紙言葉を選ぶように慎重に進んだ。

 エーコ手紙の中で、十五年前の不倫相手と籍を入れたという報告と、事の顛末が記されていた。

 当時不倫相手だった上司の奥様から慰謝料請求され、恐怖と後悔を感じた事。しか慰謝料のほぼ全額を上司が肩代わりし、その代わりエーコ上司と離れる為に県外へと出なければならなくなった事。私の言う通りに関係をやめておけばと幾度となく考えた事。しか上司のことを忘れることが出来ず、密かに文通をした事。上司はバレた後少し経ってから家族とは別居を始めたという事。上司マッサージを喜んでくれたのが嬉しかった思い出を頼りにその勉強をして資格を取り、数年前に自分の小さなマッサージの店をもてた事。そしてこの手紙を書く一年ほど前、正式上司と奥様の離婚が成立し、最近籍を入れた事。上司は小さい工場に何とか雇ってもらい、二人で協力して慰謝料支払いと奥様への仕送りをしている事。上司の子供は奥様との間の子達だけだからエーコ上司との間に子供を作らないと決めた事。

 そして手紙最後には、「本気で叱ってくれた増田にはどうしても伝えたかった。増田にとっては不快かもしれないが、私は今、増田にとても感謝している。そしてこれからは、私が裏切り傷付けた全ての人達に償う為、誠意を持って生きていく」と添えられていた。

 それらの信じ難い文字列便箋の上を走るのを、私は呆然と眺めるしかなかった。

 ただただ、嫌悪感があった。

 普通に生きてきた私が何故夫から裏切られ、不倫などと人の道から外れた行いをしたエーコ好きな人と結ばれたのか。

 悔しい。苦しい。

 めちゃくちゃになれ。

 不倫から始まった夫婦などいずれ崩壊するに決まっているのだ。

 手紙は燃やして捨てた。

 今も思い出す度に怒りと悲しさとで震えが止まらない。

 夫もエーコ上司も、皆不幸になってありったけ苦しんでしんでしまえばいいのに。どうして私だけがこんなに苦しい思いをしなければいけないのか。

 不倫をして幸せになるなんて普通有り得ないでしょ?

2018-01-11

佐川国税庁長官に抗議して良心納税拒否を敢行する

主業は源泉徴収だが、ネット副収入確定申告を今年はやらないつもり。

微々たる金額だけどね。一件一件を取り立てようとするとコストに見合わない案件を積み重ねた方が効果があるかも。

市民不服従の条件としてWikipediaに書いてある「違法故意正当性確信良心)、公然非暴力」を満たすからオッケーだよね。

2018-01-10

指定校推薦て何のためにあるんだ本気で

私にポエムを書かせてください

受験生携帯弄ってる場合じゃないかもしれないけど、打ったら気がすむと思うから投稿させてください。)

センター試験は3日後。

私は私立文系三科目型ということもあり、国立志望の子理系の子と比べたらまだ私は辛くない方かも?と毎日塾の帰り道で自分に言い聞かせてはなんとか合格を勝ち取るために努力してるつもり。ではある。

でも、毎日頑張ってるのに、勉強が直接的な原因じゃないことで、メンタルがやられてる。ここ3、4ヶ月の話。誰にも助けを求められずにいることがある。

指定校推薦

9月に学年全体に指定校推薦の案内があった。偏差値は50〜5の学校なので、有名大学への進学率の上昇に奮闘中。

私の学校制度は、頭のいい子から順に早慶に推薦出すのではないくて、一定の成績+役職部長だとか)+自己推薦文なので、先生達は推薦に関して

「成績だけじゃ駄目だ。リーダーシップのある子をしっかり選ぶ。だから勉強だけ真面目にやってる君達はそのまま真っ直ぐ努力してくれ。」

みたいなことを何度か言った。私はそれを信じた。

習熟度別のクラスは1番上。部活部長委員会委員長行事クラス単位での重役を何個かやった。自分から進んで何かとやるタイプだ。自他共にそう認めてる。と思う。

でも

私は推薦に落ちた。

受かった子は学年で1番頭のいい子だった。

それまではまだよかった。

そこまでは。

今でも思い出すのは9/11のことだ。自己推薦文を書いた紙は職員室へ決められた時間帯に提出だったから、ライバルとすれ違う可能性が高くて、案の定私の場合はそうだった。目を合わせないように下を向いて私は歩いた。

運が悪いことに、受かった子と落ちた子(私)は普段HRの席が隣同士。よく話す。(今となっては全く口聞かない)翌日の12日周りの友達にはお互いバレないようには接したし、私も普通にしかけたりしていたが、休み時間に言われたことが、あの日からずっと心に深くて、痛い、引っかき傷をつけたままだ。

「私、昨日徹夜したんだよね。だから今日眠い。」と。

この後に続く言葉は「(私は昨日ずっと準備してきた自己推薦文練りに練って徹夜してまで懸命にやりました負けるつもりはありません)」だ。多分。

顔つきからしても完全に威嚇行為だった。

傷ついた。当たり障りのないそんな言葉で。私以外の誰も聞いてないその状況で。何ならもっとストレートに、意地悪に、その優等生という仮面を引き剥がして、言って欲しかった。

結局あなたは受かったじゃない、きっと3月になったら慶◯受かったよとか私に言うのかな、私はあなたとのプレゼンの準備の時だって原稿を家で書いたり資料集めたり率先してやって、あなたはそれを有難うと言うだけだったのに、私と違って部長でも委員長でもないのに、通ったじゃない推薦に。

でも、あなたは1番頭が良かったから仕方がない、ではもう妥協できないよ。

今のはおまけだけど(先生達が本当の基準を初めから言ってくれたならよかった)こうやって今までずっとじわじわ嫌いが増し続けていた。担任に何かの紙を単独で貰ってるのを目撃するたびに確信も増してくし。下手くそか。徹底的に隠すんじゃなかったのかよ。もう忘れるにも忘れられないし全部知ってんだよばーか

でも席隣だし、でも毎日顔合わせるし、でも担任に「私、隣の席の子が私が落ちた◯應の指定校推薦受かったの知ってるんで、毎日心臓えぐりとれそうなくらい苦しいので、席替えしてください」は言えないじゃんやっぱり、言う勇気ないじゃん、もう18だし。

推薦に受かってからあなたは良いよね、元がポーカーフェイスから私をひどく傷つけただけで、誰も推薦だと疑わない。今までもこれからも。

この1年間ずっと席が隣だった(何度も言う)。世界史を教えてもらった時は助かったけど、2学期は憎くて仕方なかった。推薦通ったことじゃなくて、私のことを故意に傷つけたあの一言が全ての原因だ。頭が良いだけで考えが稚拙人間なお前が半年先に合格決めたことが許せない。指定校推薦て何のためにあるんだ本気で。

マーチ指定校推薦とった奴も、私のこと2年間くらい集団いじめしてたグループ主犯格だし。クソが。

もう〜〜〜〜今年おみくじ引いてないから知らんけど、神様、こんなに私は別の意味で重苦しかったんだからセンター利用マーチは頂戴よね〜〜〜〜

2018-01-09

変質者に遭ってから、男勝りな私が吃音になった

人生の転換点だった日がある。

私は女子校に通う学生だった。その頃の私は少し男勝りな所があり、男っぽい喋り方をしていて、周りからサバサバ系だとか男らしいとか言われた。

その点に異論反論はなくて、自分でもサバサバしていると思ったし、そんな自分が嫌いじゃなかった。

女子校からなのか、痴漢に遭った話をするクラスメイトはよくいた。

そんな話を聞くと私は「私が変態に遭ったら股間を蹴飛ばしてやるのに」言い、「あんたを襲った痴漢は不幸だね」と友達は笑った。

そういう友達の反応を聞くと少し嬉しい気分になったのを覚えている。男っぽい雰囲気自分が好きだったんだろう。

私は痴漢に遭ったことなどなかったのだが、妙な自信が胸の中にあったと思う。

ある日の夕方学校から一人で帰る事になった。夕方だったんだけど、まだ夏だったし、暑さも残り、まだ日が高かった。

バス停に向かう途中、人気のない通りを歩いた。

すると、角からニット帽を着たおじさんがふっと現れた。「郵便局知らない?」と聞かれた。なんとなく不信感を持ちながらも、道のりを説明したのだけど

おじさんはその説明をあまり聞いてないように見えた。私の体をジロジロと見ているのだ。気味が悪いと思いつつも説明をしているとおじさんは「胸大きいね

とねっとりした声で言った。心臓バクんとなったが、聞こえなかったふりをして説明を再開するとまた「胸大きいねエロい体してるね」と言ってきた。

変質者だと確信した。声をあげようと思ったけど、声がなぜかでなかったし、その場を立ち去ろうにも体が硬く動かない。そして、ふと下を見ると、股間から

アレを出していた。うわって思って目を反らしたらおじさんは「見ろよ」とドスの効いた声で脅してきた。今まで男の人のそんな怖い声が聞いた事がなかった自分の頭は真っ白

になって、何もできない。おじさんはさらに「おい、見ろって言っているだろ」と怖い声を出した。それで私は仕方なく視線を下に移した。

それからの生生しいことはあまり書きたくないので割愛する。

おじさんから解放された私は頭が真っ白になりながらもバス停に向かって、家に帰った。

お母さんの顔を見たときに泣きそうになったけど、我慢した。泣いた姿なんて何年も見せていないし、そういう女々しい所を見せないのが私のいい所なんだって

思ってた。

部屋に戻ってから自分を責め続けた。

股間を蹴り上げてやるっていつも言ってたのになんで何もできなかったんだろう。

男らしいはずだった私がなんで体を動かせなかったんだろう。

「見ろよ」って言われてなんで素直に見てしまったんだろう。

私はなんて弱いんだろう。

男勝りな普段自分発言が凄い恥ずかしくなった。

お母さんに変質者にあったことを言おうかと思ったけど、なぜか恥ずかしくて何も言えなかった。

男勝りキャラで通しているので友達にも言えるはずがない。

そのまま頭がぐらぐらしながらその日を終えた。

そして、次の日から私は吃音になった。言葉を出そうと思っても、どんな喋り方をすればいいのかわからなくて吃ってしまうのだ。

性犯罪に直面したショックもあると思うし、自分キャラクターがわからなくなったのも原因だと思う。

友達吃音になった私を弄った。そして、弄られれば弄られるほど吃音はひどくなった。

今もそれは治らない。あの日に戻ってあいつの股間を蹴り上げてやりたいと思うことはあるが、また体が硬くなっていいなりになってしまったら

と思うと怖い。私は次のその瞬間が来たときに、足を振り上げられるだろうか。

吾輩は無職である

仕事を辞めた決定的な理由には自分でも見当がつかぬ。

長らく客先の喫煙所避雷針を見つめていたことだけは記憶している。吾輩はここで始めて煙草を吸った。


無職になったその日からモラトリアム背中をつつきはじめ、それはそれは非社会的で終わりのない倦怠におぼれた生活をするのだろうと考えていた。しか退職から1ヶ月が経過した今でも、朝7時に起床しモーニングCROSSを見ながらコーヒーを飲み、今日カーテンでも洗濯しようかしらと考えながら村上龍を読んでいる。なんでもない連休中の1日を過ごしているような気分だ。


金銭面は考慮しないとして、この生活半年、1年、それ以上と続いた場合、非社会的で倦怠におぼれた無職生活が待っているのだろうか。確信はないが無職期間がどれだけ長引いても今とそう変わらない暮らしを続けている予感がする。思うにこれは、自分無職でも一般的社会人と変わらぬ生活を送っているとポーズが取りたいだけなのではないだろうか。誰に対してのポーズか、社会に対してだ。理由単純明快で、我輩は概ね順調だった人生に傷がつくことが、最早盲信に近い「真っ当な人間」という生き物に戻れなくなることを何よりも恐れているのだった。


吾輩は自分が根っからの小心者だということを漸くこの頃知った。知りたくなかった。

2018-01-08

最近の子供向けアニメって大人向けになりすぎじゃね?

最近始まったシンカリオンマニアっぷりを見てそんな疑問が出てきた。

その後でアイカツ正月回を見て確信に変わった。

こんなの見て喜ぶのは子供よりもオッサンだ。

パロディネタドリフの大集合を使われて子供はどう反応しろと言うんだろうか。

それより何より、JC2年生がJS2年生を演じるという劇中劇だ。

あれのマニアっぷりと来たら……。

流石にあれは子供でも「ああこれはロリコンおっさんを喜ばすための場面だぞ」と気づくだろう。

全く……こういうのは気づかれない範囲でやるのが暗黙のルールだろう。

JC演じるJSなんてものだけで既にギリギリなのに、委員長ダウナー系、ボーイッシュエロ女医とオッサンがヨダレを垂らしそうなフェチズムばかり並べおって。

映画ストーリーを求めるやつは小説を読め

映画レビューで「映像は素晴らしかったがストーリーが」とか「最高の感動ストーリー」とか「人生の学びが」とかを見るとコイツら頭おかしいだなと確信する。

映画に求められるのはいだって映像凄さだよ。

火薬を沢山使っていることやCGバリバリであることだ。

アバターに対して要約したら「最新技術を使っていることは凄いがそのためだけに雑な舞台設定をしていて映画界の未来絶望すらした」となるようなレビューをしてる奴が10人に1人ぐらいいたけど、ああい人種は何しに映画館に来てるんだろうか。

映画なんてのは最新映像技術博覧会で何の問題もないんだよ。

あれか?アイドル声優の良し悪しは演技力じゃなくてルックスで決まると熱弁して年何十回もサイリウム振り回してるような人種同類か?自分じゃ全く正反対だと思っているんだろうが、俺から見りゃ全く一緒だね。ペッ

2018-01-05

知り合ったときは単なる自分好みの顔した同僚だったのに、それから毎日昼一緒に食べて雑談してたらある日休職

休職してから時々思い出したときLINE生存確認の連絡したり元気そうなときちょっと一緒に出かけたり飲み行ったり。

どうしてそんなに気になるのか考えて、薄々恋愛感情だろうと気付いてる状態でもう一回出かけて確信ふわふわした雰囲気になってすごく精神的に満たされた。

その翌日からLINEに対する認識が変わった。LINEは便利でも結局連絡ツールしかなくて味気ないと思ったし、LINE10通送るなら5分でも会いたいと思うようになってしまった。

一気に贅沢になっちゃったなぁと思ったし、以前根負けして付き合っていた相手がやけに会いたがるのは何故だろうと思ってたんだけど、今ならその気持ちがよくわかる。私はLINE雑談に応じてるからいいじゃないかと思ってたんだけど、顔合わせて話した方が雰囲気伝わるし気分良くなる。

早くよくなるといいなぁ。

「発動(ヴンダー)……『架空俗説《インビジブル・エア》』……」

【 架空俗説《インビジブル・エア》 属性:風 レベル:☆☆☆ 】

 どこにも存在しない世論発言を作り出し、それが確実に存在するかの如き確信を持って語ることにより、人類の共有している無意識認識世界《オブザベーション》を書き換える術式。古の時代から多くの黒魔術師が得意とした闇の風魔術。基本的な術式であるためただ発動するだけなら初歩を身に着けただけの闇魔術師なら誰もが可能ながらも、完全に発動させるにはかなりの緻密さと集中力、なにより熟練を要するためレベルは準高度魔術クラスの☆☆☆とされいている。この魔術は古来より藁人形触媒として発動されることが多く、そこから発達したのが闇墨濡羽の得意技でもある『道々目繰《ウロボロスワインダー》』である

anond:20180105110713

少なくとも俺はゴマ減らさないでほしいと思ってるよ

ほんのちょっとしかゴマ乗ってないよりたくさん乗ってた方が香ばしくて旨いに決まってるじゃん

ゴマの数に価値を感じない人なら最初からゴマ乗ってないバーガー頼めばいいんだろうし

ゴマ乗ってるから美味いと思って商品にしたのを後から減らすと味変わるじゃん

最初確信をもって作った商品価値がその後自分で下げてどうするのよ

2018-01-04

うつ病とうまくやっていく、たったひとつの冴えたやり方。

ハサミの使い方を忘れました。

■ちゃんとハサミを使えたボクの話。

それまでのボクは、ケータイサイトを作るベンチャー会社でちゃんと働いていました。

その会社社長とボクとボクの友達で作った小さな会社

2000年誕生し、2007年には株式上場最初は4人だった社員も今では150人強に。そんな中でちゃんとした給料をもらい、取締役という役職ももらい、ちゃんと仕事をしていました。

かに、朝9時30分に出勤し家に帰るのは午前1時とか2時とかだったり、土日も出勤してたりもしましたが、「ベンチャー企業なんてそんなもんだよね。」と人からも言われ自分にもそう言い聞かせて働いてました。普通に

逆にそんな風に頑張っている自分が誇りだったし、「最近寝る暇も無い位忙しい」ってことが自分にとっては「美談」でした。

気づいていただけましたか??すべて過去形です。

そうボクがちゃんと普通に「ハサミ」を使えてた頃の話。

ここで一度考えてみてください。

あなたの「ちゃんと」って、本当にちゃんとしてますか?

あなたの「普通」って、本当に普通ですか?

■ハサミの使い方を忘れました。

意外と自分自身の事って自分ではわかりません。

「ボクってカッコいいのかなぁ?」とか「ワタシってかわいいのかなぁ?」ってのは、「誰か」と自分を見比べて、鏡の前で悩めばわかるかもしれません。

自分って健康なのかな?」ってのは、健康診断を受ければ解決します。

ただ、「もしかして、ボクって精神的におかしくなってきたのかも?」っていうのは案外自分では気づかないものかもしれません。

幸いにも(?)ボクには兆候がありました。

ある日突然「ハサミの使い方」を忘れたんです。

ハサミを見て「あ、これはハサミだ。」ってことはわかるんです。でも「何に使うものなのか?」ってことが分からないんです・・・

「何かの道具」だって事は覚えてるんです・・・

でも、「何のための道具なのか?」って事が思い出せないんです。

他にも「会社資料を作っているときに誤字脱字が増えてきた」「会社会議などスケジュールを覚えていなかった」「机の上に置いてあるお茶が、いつ注いだものかわからなかった」など、いろんな兆候がありました。

でも、なにより会社に行きたくなかった。社長に会いたくもなかった。

部下にも会いたくなかった。

この時期、会社でボクの身に何があったのかというと上司取締役が変わったことくらい・・・

その方は他社から転職してきた方で、もともとは凄くボクとも仲良くしてくれていました。

冗談を言いあったり、喫煙室で長い時間話をしたり・・・

ところが、直属の仲間になった途端そんな関係は造り物だったことに気付きます

喫煙室で顔を合わせると、不機嫌な顔をされ一言も口を聞くことはありませんでした。仕事相談すると「今忙しい。それくらい自分で考えろ。」と一蹴され、取引先に向かう電車の中で「あんたってこの会社に8 年間もいて今までどんな実績上げてきたの?何も無いんじゃない?あったら私の耳にも入ってくるけど。本当は社長あなたの事なんて要らないと思ってるんじゃない?」なんて事も言われました。

さすがにきつかったので他部署のAさんBさんに相談しました。

なんとなくですが、「社長が僕自身を鍛え上げるために、この取締役にそう言ってあるのかな?」なんてポジティブに思ってた事もあって。

今までの同僚としての距離感ではなく、取締役としての距離感で接してくれているから、こんな冷たい態度なのかな?って思ったか・・・

その数日後。その人に会議室に呼び出されました。

あなた、AさんとBさんに何か相談したらしいじゃない?」

その一言で目の前が真っ暗になりました。

信じていたAさんBさんもボクの味方では無かったんだ・・・

その真っ暗な目の前を真っ白にしてくれる一言がやってきます

「そんな事くらいで他人相談するし、仕事もできないし、あんたなんて生きてる価値ないんじゃない?」

『ボクはこの会社必要とされてない役立たずなんだ。』

『もうこの会社に居たくない。』

そんな気持ちがボクの心のすべてを満たしていきました。

家族にも相談し、近所の心療内科のドアを叩きました。

でもそれは、自分兆候(症状)を相談解決してもらう為じゃなく、会社に行かなくてよくなるように「診断書」を書いてもらうためでした。

そう。ハサミの使い方を忘れてしまったボクは、もう一度ハサミを使えるなるようになることよりも、いまの現状(会社から逃げ出したかったんです。

もう一度ハサミを使えるようになりたいなんて気持ちはこれっぽっちもありませんでした。

■ハサミの使い方を思い出した今のボク。

最初に今のボクの生活をご報告します。

1年2ヶ月という長い休職期間を経て、この度元の会社復職いたしました。

精神的にも安定しています。まだまだ薬は飲み続けています・・・

でも、逆に薬さえ飲んでいれば普通に生活できるわけで、何てことはありません。

今だから思うこと・・・

うつ病になる前の自分生活には、絶対戻りたくないと思っています

あんなに仕事人間だったボクが、会社と上手く距離をおいて物事を考えています

趣味カメラを持って出歩いたりしています

今でも人混みは苦手です。

でも、そんな所に行かなくても生きていけるので不自由はありません。

そう。

今までのボクは会社100%依存していたんです。

特に趣味もなく、会社評価されること・会社仕事をこなすことだけが、ボクの生きがいであり、ボクの存在必要としてくれる居場所だったんです。

そりゃぁ、その会社からあんたなんて必要ない。」って言われれば、自分の居場所が無くなるんだからうつ病にもなりますよ。

今のボクは、趣味であったり、美味しい食事であったり、大好きな自然だったり、友達だったり、ブログだったり、いろんなところに居場所があります

から会社で辛いことがあろうが平気です。

逆に今の会社で無くてもいいやってくらいに思ってます

不思議と楽なんです。会社以外に帰れる居場所があるから

ライフワークって言葉があります

今までのボクは仕事ライフワークにしていました。

今のボクは仕事会社を「ライスワーク」と考えています

御飯食べるための仕事。要するに飯の種って事です。

それくらいに割り切ったお付き合いを会社人間関係に置いてみると、多少嫌なことも我慢できるのかもしれません。上司にガミガミ言われても、新しいカメラレンズを買うためなら・・・って。

では、ボクがここまで変わることが出来た経緯をご紹介します。

休職できた。

休職」ってボクの中では重病(骨折とか入院とか)の方しかできないと思っていました。

よく勘違いする人が多いのですが「うつ病心の風邪」って言う人がいます

うちの会社の総務の人も「うつ病心の風邪からちょっと休めば治りますよ。」なんて、気休めを言ってくれました。

ボク自身がまずは「うつ病は脳の病気」だと意識を変えました。

しかも外傷も見当たらない「脳の重病」だと。

だって、食欲もない・眠れない・何もする気が起きない・・・これって心(気持ち)でどうにかなるものでしょうか?

「心」なんて自分の体のどの臓器かもわからないのに、「心の病気」とか「心の風邪」って言われることが本当に怖かったんです。

だって自分じゃ治しようも無いわけですから

心療内科先生カウンセリング先生からうつ病は脳の病気です。」って聞いて、本当に安心しました。自分おかしなっちゃったのは「心(気持ち)」がおかしくなったんじゃなくて、脳がちょっと壊れちゃったんだなと。

しかも、ちゃんと薬があるのであれば、怖くもなんともない。何となく「心の病気」って言われると、自分自身おかしくなったように思っちゃって怖かったんです。もう元に戻らないような気がして。

ボクは胸をはって休職することにしました。

当然の権利だと思いました。会社ストレスで脳に病気を持ったわけですから。だから休職することに何の抵抗もありませんし、恥ずかしくもありませんでした。

最初診断書で「3ヶ月の休職期間を必要とする。」と記載してあったので、会社からは3ヶ月の休職期間をいただきました。

3ヶ月で治るんだと思っていましたが、治りませんでした。

そして、会社休職期間の限度である「6ヶ月間」に休職期間を延長してもらいました。

多分、6ヶ月で治りますうつ病になる前の仕事人間自分には。

ちょうど休職期間が終わる6ヶ月後の頃、会社面談を行ないました。

その時の総務の方の対応に疑問を覚えました。

毎回「調子はどうですか?」と聞かれ、ボクは「たまに、メマイとかします。人の多いところとかだと。」と答えます事実、今でもそうですが・・・

それを「明確な復帰の意思、どこに復帰したいか意思表示がありません。」と言うふうに社長や他の取締役に報告していたようなのです。

人混みでメマイやパニック障害を起こしている状況で「はい!もう大丈夫です!元の取締役として働かせてください!」なんて言える人はいないと思います

そして、そもそも根本的な疑問を持ったんです。

「あれ?ボクはなんでうつ病になったんだろう・・・。」って。

この時、自分の持っているすべての感情会社にぶつけました。

だって会社うつ病にさせられた」と思ったから。

もう、休職期間も終り自然退職自己退社)になるんだから、言いたいことは全部言ってやれ!って気持ちでした。

休職期間に入るとき社長から伝言で「休職は認めるけど、戻ってきたら取締役解任ね。」って言葉を頂戴してました。

それ以外他にも例の人から言われたことの全てを総務の人に報告し、「パワハラではないか?」と詰め寄りました。

そもそも、総務の人は現場で何が起こっているのかを知りません。

レベルで「こんな事いわれたらしい。」と言うことは聞いていても、他の取締役本人の口から伝えなきゃわかってくれません。

から言いました。

スッキリしました。

本当に。

今までのストレスを全部吐き出したんです。

今思えば、抗うつ剤副作用だったのかもしれません。

抗うつ剤の服用者が暴れたり言動が荒くなったりってニュースを見たことがありました。

今思えば、この頃のボクはそんな状態だったのかもしれません。

でも、今のボクは当時のボクを責めたりはしません。

自己嫌悪もしていません。

薬の力を借りていたとしても、自分の気持を汚い言葉罵声であれ会社に伝えられた自分を褒めてあげたいと思っています

だって、それだけストレス溜まってたんですもん。たまったストレスを吐き出させてくださいよ・・・

今までいっぱい我慢してきたんだから

今思えば、休職してすぐにストレート会社気持ちをぶつければよかったなぁとも思います。でも、そんな気力も余裕もなかったんですよ。

自分の気持を整理して、相手の言うことを理解し、自分の気持と照らし合わせ、思いを伝える気力と余裕を持つまでに半年掛かったってことです。

その半年間のことは正直よく覚えていません。

ひたすら寝て、きちんと薬を飲み、食べられるものを食べる。

人間として何とか生きている感じ。

でもきっと、気力を貯めこむ期間として必要半年間だったんだと思います

おかげで気持ち会社へ伝わり、会社の規程が「病気場合での休職は1年間とする」と変更されました。

ただこれに素直に感謝できるまであと半年かかりました。当時は当たり前だろって位に思ってました。

今思えば、ここからが本当の「闘病生活」の始まりでした。

■本当に自分と向き合った半年間。

一気にストレスを吐き出したボクは、やっと何かを吸収する余裕ができました。

からアドバイス聞いたり、本を読んでみたり、ちょっと難しいテレビを見てみたり、Twitterを始めてみたり・・・

やっぱり自分気持ち(想い)が自分の中に溜まっていると、人から何を言われても「そうは言うけど、ボクはうつ病だし・・・。」みたいな感じで聞く耳を持てなかったりします。

想いを全て会社に吐き出して、やっと「何か」をしてみようという気持ちになれました。

この想いの吐き出し方や吐き出し先は人それぞれだと思います

ボクの場合は「会社のせいだ」と思ってしまっていたから、会社にぶつけたまでで。

まずは何故自分うつ病になったのかをきちんと主治医カウンセラー相談し、答えを見つけることが必要なのかもしれません。

余裕が出てきたところでやっと気付きます

「うちの会社うつ病でこれだけ長く苦しんでいるのは自分が初めてだ。」と。そして、相手を思う余裕も出てきます

「もしかしたら、会社の総務人事の人達社長は『うつ病』について何も知らないんじゃないだろうか?だから、ああ言う対応しかできなかった。」と。

そこで1つの結論自分の中で出ます

「だとしたら、そりゃぁ、仕方ないよね。」と。

簡単に言っちゃいましたが、「そりゃぁ、仕方ないよね。」って考え方は、ボクの中に初めて生まれた考え方でした。

仕事人間だったボクは「何にでも白黒付ける」事を求められ、必ず答えを出さなければいけなかった。「仕方ないよね。」とか「どうしようもないよね。」で片付けることなんて出来なかった。

全てにおいて私生活でも白黒付けて生きてきました。

「この世にはどうしようもないことがある。」

それに気付き納得できたことは、これからのボクの闘病生活を大きく左右する出来事でした。

会社人達社長は『うつ病』について何も知らないんじゃないだろうか?」から「だとしたら、そりゃぁ、仕方ないよね。」と思ったボクは、「うつ病」について知ってもらおうと思いました。

せっかくなので会社の人だけでなく、全国の人にも。

うつ病を楽しんでみる。

ボクは写真が好きでブログTwitterをやっていました。

まずはブログTwitterで「自分うつ病であること」「うつ病の人ってこんな人」ってことをセキララに語ってしまおうと思いました。

本名会社名を明かした上で。

当然、ブログで「ボクはうつ病です。こんな生活を送ってます。」なんて記事を書こうと思ったら、自分生活で「あれ?」と思ったことを記録しなきゃいけません。

・ あれ?ボクは何でこんな事してるんだろう。

・ あれ?ボクは何でこんな事を考えたんだろう。

・ あれ?ボクは何でこんな事が出来ないんだろう。

・ あれ?ボクは何でこんな事が出来なくなったんだろう。

この4つを思いついたときメモするようになりました。

そうすると何だか自分自分のことが面白くなってきたんです。

例えば、ある日「冷蔵庫サランラップ仕舞っている」事がありました。

朝、冷蔵庫を開けたら冷蔵庫サランラップが入っていたんです。

・・・あれ?ボクはなんで冷蔵庫サランラップ入れたんだろう?って思いました。

それをうつ病のせいにしてブログに書いてみたんです。

サランラップ冷蔵庫に入っていました・・・うつ病って凄い。」って。

そうしたらいろんな人からコメントを貰いました。

「あー!私もよくあるから大丈夫だよ!」

「疲れてるだけだよ!」

「冷たいサランラップって気持よさそう!」

などなど。

あれ?と思いました。

自分の変な行動をみんなが面白がってくれてる。

ちょっとでも人を笑わせる事ができるってことは、凄いことなんじゃないか

急に目の前が明るくなった感じがしました。

それから毎日その繰り返しです。

そこであることに気付きました。

自分の中で「変な行動や変な考えを全てうつ病のせい」にするのって意外と楽だって事に。

だって病気がボクをそうさせてるだけで、ボク自身おかしいわけではないんじゃないか?きちんと病気と向き合って対処すればいいだけじゃないか

これに気づいたときに本当に楽になりました。

今まで無かった「目標」ができたんです。

そして、このメモ主治医カウンセラー相談するときにも役立つんです。

この発見は本当に大きな出来事でした。

それからのボクは、「うつ病を楽しむ」生活に切り替わりました。

うつ病が恥ずかしいなんて気持ちはいっさいありませんでした。

「ありがとう」って言われたくなる。

そんな日々を繰り返していると、Twitterメッセージを貰いました。

ブログを拝見しました。ご想像の通り、ボクも若干うつなのです。薬も服用しています。でも、まだ公表できていません。ブログを読んで気持ちが楽になりました。ありがとうございました。ただ、それがいいたくて。」

別に誰かを幸せにしたいとか何も考えずに書いているブログに、「気持ちが楽になりました」って言ってもらえるなんて思ってもいませんでした。本当に嬉しかった。

ボクにだってかに勇気を与えることができるんだ。

こんなボクに「ありがとう」って言ってくれる人がいるんだ。

本当に嬉しくて、夜中に涙を流しながら母親電話しました。

「生きてて良かった。」って泣きながら母親に話をしたことを今でも覚えています

それから他人から「ありがとう」って言われることをすれば、自分存在理由を見つけることができるのかもしれないと思うようになりました。

同時に、きちんと自分から「ありがとう」と言える人になりたいと思いました。例え、コンビニ店員さんであっても「ありがとう」って言うようになりました。外食したときお金を払って店を出る前に「ごちそうさまでした」って言って帰るようになりました。

しかすると、その事自体別に褒められることではないのかもしれません。

人間として当たり前のこと。

だとすると、なおさら「今までやってこなかった自分」を恥じるようになってきました。

そう「仕事人間で余裕が無く他人に『ありがとう』とも言えなかった自分」が恥ずかしくてしょうがなかったんです。

普段探してみると「ありがとう」って言う機会は思った以上に転がっています

それに気づかなかった過去自分おかしいんじゃないか?って思ったんです。

それが自信から確信に変わったときにハッキリと目が覚めました。

そして「うつ病になる以前の仕事人間自分になんて戻りたくない。」と。

自分に自信が無くなったときは。

はいえ、自分って何故こうなんだろうって、自信を無くす時はあります

そんな時ボクは、あまり褒められる事ではないのですが、見知らぬ誰かと自分を比べるということをしています

例えば、街でタバコポイ捨てしている人を見かけたら、「自分ポイ捨てしないなぁ。」って思えれば、その人よりも自分のほうが生きてる価値があるのかもしれません。

まりいい事ではありませんが、自信を持つことは出来ます

2018-01-03

資本主義を超越したもの

資本主義を超越したものがある。

それは高校生的な恋愛などだろう。

資本から絡まないもので、それはどこまでも容姿が絡んでいる。

昨日は父親テレビを見ていた。

政権与党内閣批判していたら父親が怒り始めた。

お前は財産を受け継いだ時に増やして欲しい。だから、こんなこと言わず利権に食い込め云々と。

要約するとそんな話だった。

そうしないと金はすぐ無くなるからお前の家族も困るとも言った。

面倒だったのでわかったよ としかさなかった。

自分には微塵も響かないし、政権擁護してまでカネを増やしたいとも感じなかった。

恐らくカネや資本主義というもの限界があると確信があるのだろう。

なんだかんだグローバル経済下の独占で、そんなに増やせそうな雰囲気微塵も感じない。

企業が無理くり新製品をだして売ろうとしているのを見ると、近いうちに崩壊する気しかしないのだ。

それよりもなによりも、金で自分の持病や容姿の醜さが解決できていないということだ。

自分自身の顔を見て吐き気を催さなければいけない。

そして、どこまでも愛というのだろうか、某高校生恋愛アニメのようなロマンを得ることができない。

不細工であるから、金があっても何やっても無駄感触しかない。

まぁ、とにかくコンプレックス解決するために形成外科にとりあえず行かないといけないのだろう。

そもそも「笑い」自体が「いじめ」「差別」と同じ構造である

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%91%E3%81%84

対象

笑いが快感にだけ伴って起こるわけではないが、感情体験と深くかかわっていることは明白である人間の心の働きを理性と感情という二分法に従えば、しばしば理性に価値が置かれ、感情は下に見られがちである。理性は人間特有のものであり、感情動物であるとされるためだが、このような考えに立つ人は感情を表出することははしたないと考え、それをできるだけ排除すべきと主張する。笑いがすぐれて人間である理由として、笑いには「笑う者」と「笑われる者」という分離があり、その意味において何かを「対象化」する心の働きが存在する事実があると、河合隼雄は指摘している。

この「対象化」は人間けがなしうることで、自と他を明確に分離し、自が他を「対象」として見る。その際に、自分対象に対し突然の優越を感じる際に笑いが生じると、トマスホッブスマルセル・パニョルなどは主張した。河合優越感と言ってしまうのには限定が強過ぎるが、笑うためには笑う主体がある程度の安定感を持つことが必要であるとし、不安定な時には恐怖や不安が先行するため「笑っている場合じゃない」という状況になると説明し、さら優越とまではいかなくても、対象の中に見出した「ズレ」の感覚を楽しむとでも表現する方が広く笑いを説明しているのではないかとする。

芸人が痛い目に遭っているのが笑えるのは、自分が同じような痛みを受けることがないと確信しているから。痛い目に遭っている芸人に同情したり共感したら笑えなくなる。

この「対象化」を現実生活において特定個人に向け続けたら「いじめ」になるし、特定属性に向け続けたら「差別」になる。

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