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はてなキーワード: 確信とは

2017-08-20

発達障害彼女が許せない

僕は発達障害だ。集中力計画を立てる能力短期記憶物事を手順通りに行うことがかなり苦手だ。

仕事中は全然集中できなかったし、友達と飲みに行くだけの予定だって立てられなかった、バイトだってちゃんと手際よく働くことが出来なかった。

今、僕は25歳。ちゃんと働いているし、周囲から発達障害だなんて思われていない。少なくとも僕はそう思われていないと確信している。

ここに辿り着くまでに様々な努力や工夫があった。

集中力の欠如・何かに取り組めない時は、目を瞑って10秒数える。その10秒間でリラックスすると共に自分爆弾なんだと思い込む。10秒後に爆発する僕は、以上なスピード物事に取り掛かる。

計画が立てられない時は、まず滅茶苦茶な計画を立てる。批判は得意なので、その計画批判改善する。

記憶物事の手順は全てメモオンラインストレージに入れる。しなければいけない行動をする時間タイマーをかける。

そうやってテクノロジー自己暗示のおかげでなんとか社会生活を営めている。

そんな僕は今、21歳の彼女暮らしている。彼女も僕と同じく発達障害者だった、これは偶然だ。

彼女暮らしはいかにも発達障害者のそれで、片付けられない、何かをしようと思っていてもどこから手を付けていいのか分からない、依存症になりやすい、多動性といった感じ。おまけに薬のオーバードーズをやっていて、ここに書けないようななんやらも昔やっていたらしい。

彼女生活は乱れており、公的手続きや支払い等もまともに出来ていない。

発達障害者同士、理解し合えるのではないかと思うかもしれないがそんなことはない。寧ろ、苛立ちが募る。

なぜ、自身の欠陥に気づかないのか、改善しようとしないのか、その為にどんな手段があるのか。

欠陥という表現は良くないのかもしれない。例えば自身失明しているからと言って他者をメクラと呼んでよい訳ではないと思う。

ただ、自身のそういった「特性」が気に入っているのならば良いが、恐らくそうではないだろう。ならば、自身の「改善したい部分」をなぜ改善しないのか。

僕は自身発達障害への対策高校生の頃から自覚的に行ってきた。そして、それはある程度上手くいっているみたいだ。

そして、彼女にも自然とそれを求めてしまう。足がない人を叱ったところで足が生える訳でもないのに、目が見える様になる訳でもないのに。発達障害は目に見えないから叱ってしまう。

もし僕が何かのラッキーでこの発達障害への対策を身につけたんだとしたらここまで怒りは湧かないだろう。彼女はアンラッキーだったんだと思える。

でも僕は自身努力と突き詰めた自己分析によって今の自分を得た。自分の特徴だったら何だって分かるし何ができないのかだって分かっている。完璧に分かっているんじゃないかとさえ思う。

そうした努力彼女はしてこなかった。もちろんそうした努力をしようと思いたったということが、自身特性若いうちに理解出来たということがそもそもラッキーだったのかも知れない。そんなことを考え出すとキリがない。頭の中がぐちゃぐちゃなのでまとまらない。とにかく彼女に腹が立つ。

前職で、確認はしていないが発達障害の特徴が強く出ている先輩がいたが、その人にもやはり怒りを感じた。

社会という大きなコミュニティの中では僕は低層(コミュニケーション能力適応能力において)だが、発達障害者というグループ(グループというよりジャンルか?)においては僕はおそらく上層(社会適応能力・健常者と変わりないと思われる能力)なのではないかと思う。

障害者特に努力してある程度健常者に近づいた障害者こそ、同様の障害を抱えた他者に対して不寛容になるのではないか僕は思う。そして思うのだ、「僕はあいつらとは違いますよ。健常者とほとんど変わりませんよ。なんならそこらへんの人よりもまともですよ。」と。

発達障害彼女が許せない

僕は発達障害だ。集中力計画を立てる能力短期記憶物事を手順通りに行うことがかなり苦手だ。

仕事中は全然集中できなかったし、友達と飲みに行くだけの予定だって立てられなかった、バイトだってちゃんと手際よく働くことが出来なかった。

今、僕は25歳。ちゃんと働いているし、周囲から発達障害だなんて思われていない。少なくとも僕はそう思われていないと確信している。

ここに辿り着くまでに様々な努力や工夫があった。

集中力の欠如・何かに取り組めない時は、目を瞑って10秒数える。その10秒間でリラックスすると共に自分爆弾なんだと思い込む。10秒後に爆発する僕は、以上なスピード物事に取り掛かる。

計画が立てられない時は、まず滅茶苦茶な計画を立てる。批判は得意なので、その計画批判改善する。

記憶物事の手順は全てメモオンラインストレージに入れる。しなければいけない行動をする時間タイマーをかける。

そうやってテクノロジー自己暗示のおかげでなんとか社会生活を営めている。

そんな僕は今、21歳の彼女暮らしている。彼女も僕と同じく発達障害者だった、これは偶然だ。

彼女暮らしはいかにも発達障害者のそれで、片付けられない、何かをしようと思っていてもどこから手を付けていいのか分からない、依存症になりやすい、多動性といった感じ。おまけに薬のオーバードーズをやっていて、ここに書けないようななんやらも昔やっていたらしい。

彼女生活は乱れており、公的手続きや支払い等もまともに出来ていない。

発達障害者同士、理解し合えるのではないかと思うかもしれないがそんなことはない。寧ろ、苛立ちが募る。

なぜ、自身の欠陥に気づかないのか、改善しようとしないのか、その為にどんな手段があるのか。

欠陥という表現は良くないのかもしれない。例えば自身失明しているからと言って他者をメクラと呼んでよい訳ではないと思う。

ただ、自身のそういった「特性」が気に入っているのならば良いが、恐らくそうではないだろう。ならば、自身の「改善したい部分」をなぜ改善しないのか。

僕は自身発達障害への対策高校生の頃から自覚的に行ってきた。そして、それはある程度上手くいっているみたいだ。

そして、彼女にも自然とそれを求めてしまう。足がない人を叱ったところで足が生える訳でもないのに、目が見える様になる訳でもないのに。発達障害は目に見えないから叱ってしまう。

もし僕が何かのラッキーでこの発達障害への対策を身につけたんだとしたらここまで怒りは湧かないだろう。彼女はアンラッキーだったんだと思える。

でも僕は自身努力と突き詰めた自己分析によって今の自分を得た。自分の特徴だったら何だって分かるし何ができないのかだって分かっている。完璧に分かっているんじゃないかとさえ思う。

そうした努力彼女はしてこなかった。もちろんそうした努力をしようと思いたったということが、自身特性若いうちに理解出来たということがそもそもラッキーだったのかも知れない。そんなことを考え出すとキリがない。頭の中がぐちゃぐちゃなのでまとまらない。とにかく彼女に腹が立つ。

前職で、確認はしていないが発達障害の特徴が強く出ている先輩がいたが、その人にもやはり怒りを感じた。

社会という大きなコミュニティの中では僕は低層(コミュニケーション能力適応能力において)だが、発達障害者というグループ(グループというよりジャンルか?)においては僕はおそらく上層(社会適応能力・健常者と変わりないと思われる能力)なのではないかと思う。

障害者特に努力してある程度健常者に近づいた障害者こそ、同様の障害を抱えた他者に対して不寛容になるのではないか僕は思う。そして思うのだ、「僕はあいつらとは違いますよ。健常者とほとんど変わりませんよ。なんならそこらへんの人よりもまともですよ。」と。

何故客室清掃に対する苦情が減らないのか

ホテルマン自身が清掃を「楽で価値のない仕事」とバカにしているからです。

ホテルマンが勤務しているホテル営業宿泊施設の大半が、清掃業務を外部委託しています

募集教育にかかる手間暇削減

◯清掃に係る人件費外注費として処理

グループ子会社利益を再分配、できるからです。

しかし、一番の委託理由は「客室清掃が賃金に見合わない重労働」だからでしょう。

ホテルフロント係が決して流さない多量の汗を、客室の清掃員が毎日引き受けて流しているのです。

一般的ホテルと清掃会社請負契約はどうなっているかというと

契約の要といえる「一室辺りの清掃単価」、ホテルの規模や付随契約によっても上下しますが600円以下が多いと聞きます

清掃会社の間接費を引くと、300円以下になることも珍しくないようです

さて、ここで重要なのが契約書に書かれている委託業務の内容です。書面に載っていなければ強制される法的根拠はありません。契約の文中にない清掃不足は責任を負わない、当たり前ですよね。

まりホテルマン要求する清掃レベルが、契約約束事として肌理細かに書き込まれていない限り、清掃会社請負バイト契約書面以上の作業を、献身的に行う義務は一ミリも無いと言う訳です。

一向に改善されない客室清掃のクオリティに腹を据えかねたホテルサイドの責任者が、直接客室に赴いて徹底指導しても、少なく見積もられた持ち時間を削られて不快な小言に付き合わされる請負バイト感情を害するだけです。

結局その小言が契約書に書かれている範疇かが問題となってくる訳です。

金銭ケチって、請負バイト献身性に委ねていたホテル経営者を叱責すべきでしょう。

清掃クオリティにご不満があるなら自ら体験してみて下さい。ホテルマン自身が同じ時給で、その重労働体験すべきです。最低一か月は継続して下さいね

ルームメイクのキツさを知らないフロントから高飛車に言われたのでは強い反発を覚えるだけです。契約書にない追加的要望を拒む権利請負バイトにはあります

同じ釜の飯を食って、請負バイト愚痴や不満をたっぷりと聞けば、皆さんがどれだけ傲慢な振る舞いをしていたか気付くでしょう。

ホテルマンが客室清掃の体験初日に何室仕上げる事が出来ると思いますか。ホテルマンが常日頃求めている「完璧」を現場実践するのであれば、請負バイトの半分にも満たない室数になるでしょう。一ヶ月経っても請負バイトの平均ノルマ、十室には遠く及ばないでしょう。

嫌と言うほど、ご自身無理難題押し付けていた事を実感できる筈です。ホテルマンには配慮と労いの精神、なにより想像力が足りないのです。

客室清掃を請負バイトが一日に何室仕上げているのか。どんな思いで作業をしているのか。何を面倒に感じてどんなふうに時短しているのか。ホテルマンは肌身で感じ取るべきです。

そして、本当に改善すべきなのは誰なのか。その足りない頭でよく考えてください。ヒントは現場に、山の様に溢れている筈です。

バカホテルマンも流石に気づく筈です。

客室清掃の不備を訴えるお客様の苦情は、委託したホテル自身が作り出していると。外注丸投げという名の怠慢がそうさせているのかも知れないと言う事に。

請負バイトとの関係改善処遇改善こそが、苦情を断ち切るために必要不可欠なのだ確信出来るでしょう。

さあ、今すぐ苦情をホテル経営者に。

本当に改善すべきは「委託契約内容委託費」なのです

2017-08-19

十代後半から二十代半ばにおける感性の変化について

『二十代になると絵が上達することはなくなる、感性が衰えて良い絵が描けなくなる』という

言論ネットサーフィン中に見かけたので、今回はその言論について反論しようと思う。

結論から言うと、『二十代になると絵が上達することはなくなる、感性が衰えて良い絵が描けなくなる』は

である

漫画絵を描こうとペンを握ってから、そろそろ十年が経とうとしている。

当時十台前半だった自分は二十代も半ばに差し掛かり、自分を取り巻く環境が変化していくにつれて、

絵を描くための感性質的な変化がみられたように思う。今回は絵を描くための感性質的な変化について

書き記していきたいと思う。

感性の変化その1:パッション情熱)が低下した

十台の頃と比べて、二十代の自分パッション情熱)があらゆる分野に対して低下したように思う。

それは漫画絵を描くことに対しても例外ではなくて、漫画絵を描くことに対するパッションが十代の頃と

比べて今の自分は遥かに低下したように思う。

良いようにいうと『精神的に落ち着いた』、悪いようにいうと『情熱的ではなくなった』というべきか。

十代の頃の自分は、いつも焦燥感に駆られており、精神的に全くといっていいほど落ち着きがなかった。

その落ち着きの無さは絵にも顕著に表れていて、十代の頃の自分の絵には日常生活で感じた嫌なことや

悲しいこと、そして何より自らの感じていた焦燥感が率直に表現されている。稚拙表現になっている箇所も

まだまだ多いが、見るものに対して何かを訴える力にあふれている絵が多い。

から十代の自分の絵を見ると、未だに当時常日頃から感じていた感情を想起させられてしまうことも多い。

だけれど二十代の自分の絵を見ると、そういう風な負の感情をあまり想起させられることはない。

それは二十代になった自分精神的に徐々に落ち着き始めたせいではないだろうかと思う。

自らの落ち着きが反映された結果、二十代の自分は絵に対して自らの心情ではなく、人や物がもっている「美しさ、きれいさ」を

素直に絵の中で表現するようになっていったように思う。

(十代の頃は、美しさやきれいさを絵の中で表現するだなんて偽善くさくて嫌だ!!と思っていたのはここだけの話である

今の自分はどす黒い感情よりも美しいものに惹かれることが多いのだ)

感性の変化その2:他人自分を比べてもあまり腹が立たないようになった

他人自分を比べた際に生じる嫉妬という感情は、人間が生起する感情の中で最も醜い感情だといわれている。

絵描き嫉妬権化だといわれており、他人自分の絵を比べることで強い嫉妬を抱かなかった経験

持つ絵描き殆どいなかったといわれるほどだ。

まりそれくらいに絵描き嫉妬という感情と隣り合わせになりながらペンを握っているということなのだ。

もちろん自分例外ではなく、自分より上手い絵を見ては嫉妬し、粗を探し、そして反骨精神で上達するというサイクルを

繰り返し続けている。もちろん今も基本的にはそうである

だけど二十代も半ばに差し掛かった今の自分嫉妬の強さと、十代の頃の嫉妬の強さを比べてみると、

やっぱり十打の頃に感じていた嫉妬の方が幾分強いように思う。

十代の頃の方が感情的になることが多かったから、当然といえば当然か。

二十代の今は、他人自分を比べてもさほど強い嫉妬を抱くことはなくなったのだ。

自分自分他人他人他人自分を分けて考えられるようになってきたと思う。

それにすごい絵を描く人を見ても、自分確立してきた絵を見返すことで平静を保つことができるようになってきた。

何より二十代の自分には、勉強して練習すれば、いくらでも自分は上手くなれるんだという確信がある。

からさほど嫉妬することはないのだろうと思う。

自分より上手い絵は、魅力的な絵は、二十代の自分にとってはすっぱい葡萄ではなくなった。

すっぱい葡萄ではなく、到達可能な具体的な目標になったのだ。

感性の変化その3:良いものが見分けられるようになった

目が肥えたとでも言うべきなのだろうか。

二十代の自分は、良いものと悪いものを見分けられるようになった。

自分の心を揺さぶられるようなものしか興味がなかった十代の頃の自分は、物の良し悪しもわから

とにかく目の前にあるものを吸収しようとしたが、今の自分は目の前の物の良い部分だけを吸収しようとしている。

その結果、目が肥えた。

目が肥えたのでよりシンプルで良い絵が描けるようになった。

まとめ:

二十代の自分は、十代の自分と比べると、情熱嫉妬心を無くした。だけど精神的に落ち着いたおかげで

より洗練された良い絵が描けるようになってきた。

結論

『二十代になると絵が上達することはなくなる、感性が衰えて良い絵が描けなくなる』という言論なんて嘘。

もちろん十代のような絵は描けなくなるが、二十代には二十代なりの良い絵を描くことができる。

以上。

https://anond.hatelabo.jp/20170819170622

でも、素直に思ったからというだけで他人批判することって、簡単にできますか?

できるよ。

だってネットだもん。

リアルで顔見知りならいろいろ考えるけどね。

ネットで見かけたニュースコメントするなんて、

テレビワイドショーを見ていたおばちゃんが「あらーこれはひどいわねー」と呟くのと同じだよ。

このおばちゃんに正義確信があると思う?

周りが言っていることだから話題になっていることだからこそ起こるものではないですか?

違うよ。

みんな、いろんなニュースひとこと言ってるよ。

誰も話題にしてなくても、何か言いたくなるようなニュースを目にすればコメントをしているよ。

Yahooのそれほど話題になっていないニュースコメント欄とか、

はてブで10usersくらいしか付いていない記事コメントを見ればいいよ。

ただ、話題性のあるニュースは、それだけ多くの人が目にしているし、それだけ何か言いたくなる内容だってだけだよ。

そして多くの人がコメントしているから、増田の目にもつやすくなっているというバイアスがあるんだよ。

俺が何を言いたいかって、増田は「集団」と「正義」を錯覚しすぎってことだよ。

実際にはそこに集団正義存在しないよ。

https://anond.hatelabo.jp/20170819161654

から憂いているならもっと積極的な行動に走ったりするよ。

ひとこと物申す人たちはまったく深刻に思ってなくて「素直にそう思ったから言ってみただけ」という状態

しろ増田危惧している「正義暴走している」状況とは正反対じゃないの。

物申す人が全く深刻に思っていないのはその通りでしょう。「素直にそう思ったから言ってみただけ」というのもきっと間違ってない。

でも、素直に思ったからというだけで他人批判することって、簡単にできますか?簡単にできるとしたら、自分絶対に正しいという確信のもとでないと出来ないのでは?

そして、その正しいという確信正義感以外にはないと思います

ちなみに、心から憂いている人がするのは極端な行動ではなく、Aに差別された人を思いやることではないかと思います

それに「叩きに参加している」という感覚も間違っていると思う。

彼らには横の繋がりはないし、ムーブメントとして連続しているわけでもない。

「周りが言ってるから俺も言っとこう」なんて流されているわけではないだろう(リアルで一つの部屋にいるわけじゃないんだから)。

彼らを動かしているのは「ひとこと言っておきたい」「自分の考えを表明しておきたい」という「ひと噛み」の欲望でしょ。

彼らは正しく「一人」でしかない、それを「大勢」として見ているのは増田自身だよ。

「ひと噛み」の欲望は、周りが言っていることだから話題になっていることだからこそ起こるものではないですか?誰も話題にしていないことに「ひと噛み」の欲望が起こるとは思いません。だから、彼らを一人だとは思えない。一人一人であるとは思いますが、その一人一人は大勢の中に紛れた一人一人なのだと思います

そして、その欲望しかないことなのに、自分絶対に正しいという顔をして人を叩くのは、正義感の間違った使い方にしか見えません。


しかし仮に彼らが正しく「一人」だったとして、それが一体何になるのか。あなたの言いたいところが正直全くわかりません。

一人だろうと集団だろうと、自分が正しいと思うことを他人にも求める人は息苦しい人だというのが最初から私が訴えるところです。 https://anond.hatelabo.jp/20170818230333 で言うのなら、後段こそが私の主張です。

あなたがAを批判する人々のことをどう思うか尋ねてきたのでお答えはしましたが、それはそもそもの私の主張とは一切関係ありません。

それなのに私が思うAを批判する人々のことだけ話題にされても、何を言われているのか理解しづらいのが正直なところです。

2017-08-18

黄色い大きな会社

子供の頃キャンプへ行く時に必ず通る道があり、その途中に黄色い大きな建物が沢山ある場所があった。

私はそれが凄い怖くて毎回わんわん泣いていた。

高校生になり、その建物産業用の機械を作る会社だと知る。

ほんの少しだけ尖っていたので、「んなだせぇ名前会社で働きたくねーよ」

なんて意味もなく言っていたが、大学生3年の時「ここではいくら逆立ちしてもそこで働けないなと」肌身で感じた。

そして大人になり、久しぶりにキャンプへ行った時その建物を見た。

中途で入社したいと思ったが、条件を見て無理ゲー確信

セックスレス離婚した

数年前、セックスレスが原因で離婚をした。

妻と恋人どうしだった時は週に2〜3回以上するほどのセックス好きだった。

5年付き合って結婚して、すぐに子供が生まれた。

子供は可愛かったが、自分仕事転職とも重なり

1歳までは育児ほとんど手伝えなかった。

気づけば育児ノイローゼに妻はおちいり、そこからセックスは途絶えた。


深く後悔した俺は、子供育児サポートするために仕事を再度転職し、

住んでいた家も妻の実家の近くに引っ越した。

週3日子供を見る日と決めて、その日は丸一日妻に自由時間を取ってもらえるようにした。


3年経つ頃には、普通の会話ができるようになり

5年経つ頃には、仲のよい家族として周りからまれるようになった。

でも、セックスは戻ってこなかった。

毎年、俺の誕生日にお願いして子供をどちらかの預け

夫婦デートをして、セックスを誘った。

でも、妻は「子供を早く迎えに行かなきゃ」とか

生理中」だとか、「やっぱり気分的に無理」とか

いろいろな理由を言って断り続けた。


気づいたら7年が経っていた。

7年目の俺の誕生日の時、俺は離婚届を隠し持っていき、

同じように妻にセックスを求めた。そして断られた。

「もう一生おれとはセックスする気はないか?」と聞くと

彼女は「無理」と言った。

俺は持っていた離婚届彼女に渡して、その場で書いてもらった。

無理と言った彼女を多分、俺は憎んでしまった。

もう一生この人と一秒たりとも一緒にいたくないと確信してしまった。

子供親権養育費、いろいろな問題は全て代理人を通して話をすることにして

私たちは別れた。

子供はとても可愛かったし、家族として続けたかったが、

俺にとってセックス拒否しつづける人間を妻として

一緒に過ごし続けることは不可能だった。

周りの人たちはオシドリ夫婦だと思っていたようで、とても驚いていた。

俺の両親は初孫を不幸にしたという怒りで、

俺と親子の縁を断絶した。もう連絡も取ってない。

しばらくして妻と別れてから新しい恋人ができた。

30代前半の彼女結婚がしたいそうだ。

前妻との離婚自由セックスレスであることを伝えて、

私はそうはならないと言ってはくれる。

でも俺は信じられ無い。セックスレスに陥る恐怖が

彼女との結婚をどうやっても躊躇わさせる。

この話はオチもなにもない。

現在進行形で、セックスレス後遺症に苦しんでいるオッさんがいるだけだ。

ただ、増田にこんなことを書いたのは

妻が夫のセックスを断り続けるということは、

ものすごく深く夫を傷つけ、自信を喪失させ、

トラウマを作る可能性があることを伝えたかった。

もし相手からセックスが多くて困っている妻、夫がいたら

カウンセリングに二人で通って幸せを取り戻してほしい。

俺もこれから通おうと思っている。

2017-08-17

はてブって言ってることが変わるよな

https://anond.hatelabo.jp/20151205003900

俺がこれ書いて全然賛同されなかったけど

コナミを辞めた小島秀夫が語るゲーム未来 | ゲームエンタメ | 東洋経済オンライン | 経済ニュース新基準

http://b.hatena.ne.jp/entry/toyokeizai.net/articles/-/184404

最近なぜかコジマが叩かれ始めてはてなって面白いなって思った

その時その時の空気とかノリできめてるっていうイメージ再確認できた


人格化すんなよ同一人物じゃないかしょうがないだろ?って自分で突っ込んでたけど

最近そうでもないな、はてブって流れが叩きになってると叩くし、擁護になったら擁護するって感じるようになった

それはスターがもらえるからって感じ


青色LED中村修二って人の時も、一週間で叩きに変化することがあったんだよね

はてブのひとに聞きたいんだけど、中村修二さん関連のブクマ論調ノーベル賞受賞時と今とで真逆なんだけどなんで?

https://anond.hatelabo.jp/20141105083441


ちなみに2chもそうなのよ

2chって俺の感覚だとタイトルあおり気味だとスレッドあおり気味になる

とくに2コメ大事

2,3あたりで叩きの流れができると、スレッドは叩きの流れになる

これ2chやってた時に確信してたんだよね

んで、スレッドの勢いがとまったら、じわっと冷静なひとが登場

これ毎回そうだったから自信ある説

[] #33-5「結婚はゴールじゃない!?

答えにたどり着いた俺はその喜びを分かち合おうと、まずは母さんにそれを話した。

「……って、結論になったんだよ」

「相変わらずの知的好奇心

母さんの反応は感心半分、呆れ半分といったところだ。

俺にとってはかなりの大発見なのだが、思いのほか薄い反応に肩透かしを食らった。

「という割に反応薄いね

「いいえ、側面的には意義があることだと思っているけどね」

引っかかる言い方だなあ。

もしかして本当のゴールを知ってるの?」

「知っているというか、そもそもゴールがあるかも疑わしいから」

ドッペルが言っていたことだ。

だが、その結論では俺は満足できない。

「或いは複数あるのかもしれない」

なんじゃそりゃ。

「いわゆる“人それぞれ”って奴よ」

「え~、その結論は嫌いだなあ」

『人それぞれ』ってのは便利な言葉だ。

けど、それは何も考えていないことを宣言するのと紙一重な言葉でもある。

なので俺はその結論簡単に持ち出すことが嫌いなんだ。

「そうは言ってもねえ。人によって違う場所や方向を進んでいるし、その臨み方だって違うんだから、ゴールの設け方だって変わるわよ」

「じゃあ、結婚はゴールって可能性もあるの?」

「まあ……例えば『婚活』という枠組みで考えるなら、結婚をゴール地点に設けることは理屈の上では妥当でしょう」

ちぇ、なんだよ~、最初にそういう言い方してくれれば、こんなに無駄なことしなくて済んだのに~。

「前提そのものあやふやでロクに共有されていないものだし、普遍的な答えは出ないでしょ」

「じゃあ、結婚はゴールだっていうのも間違っていないってこと?」

「正解でもないけど、間違ってもいないかな」

「そういう文言、煙に巻かれているみたいで嫌だなあ」

だって問題本質はそこにはないもの。いずれにしろ他人の設けたゴールを腐したりしないことが大事ってこと」

あ……。

俺は確信してしまう。

あいつ、それっぽいこと並べてただけで、やっぱり大してモノを考えてなかったんだ。

それに乗せられて、必死に探そうとしていた俺も大概なんだけど。

俺はうなだれた。


結局、今回の捜索で何がゴールか、ズバリと言えるものは見つからなかった。

けど、その道筋がどう出来ているかってことは少しだけ分かった。

もしゴールがあっても、そこにたどり着けるかは分からない。

でも、人はそこに向かって進むことで人生謳歌しているんだ。

あの結婚式での新郎新婦だったり、課題の提出期限のために頑張る兄貴だってそうなんだろう。

たぶん、俺にだってある。

それが他の人とは同じなのか、違うものなのかは知らない。

けど自分のゴールが何であれ、走ることを応援したり、ゴールを祝福することはできるんだ。

「それはそれ、これはこれ」ってこと。

あ、このセリフも大概便利だな。

(おわり)

2017-08-16

ひろゆきニコ生と(ガジェット通信雑談配信公式生放送可能

凋落の一途をたどるニコ生ですが

何が悪かったのかひろゆきも先日のガジェット通信で言っていましたが

私もかねがね同意です。

ひろゆきのこの主張は今更後づけて言い出したわけではなく、

ひろゆきはこの主張を以前から主張しておりぶれていません。

そして多くの生主同調していました。

しかニコ生運営は一切聞く耳持たず現在路線をひた走った結果こうなています


全てはカワンゴと夏野の先見性の無さと判断の誤りだったと思います

そして二人はその最重要人物であるひろゆきをうざいとばかりに排除しました。

ジョブズアップルを追われたのと同じように。

故に今の現状になるべくしてなったという他ありません。


本来配信サービスにおいてYouTubeのような巨大モンスターに勝てる見込みはなく

そことの勝負は避けて胡散臭い路線をひた走るべきだったのですが、

カワンゴもそこは当時は分かっているような発言をしていましたが

どこかで勘違いしたのか、

あるいは会社が大きくなっていろんなしがらみや大人の事情から逃れられなくなったのか

多くのサービスが陥る罠にニコ生もまんまと嵌っていきました。

最後のあがきで10月に大幅な機能改善をするようですが数年遅すぎました。

もう何をしても復興は無理でしょう。


そんな状態でもひろゆきはたった一人ニコ生可能性にかけて細々と地道な活動を続けています

全くの無償一見するとただのおふざけですが

おそらく今ニコ生活動の中で1番可能性を秘め面白実験的で

ニコ生でやるならこれしかないというポイントを自ら実践し続けています

まだ誰もその意味に気づけていないと思います

ニコ生が残るとしたらこしかありません。


それがガジェット通信と「雑談配信者」公式生放送です。

ガジェット通信は大概夜中に突発的に始まるのとだらだら時間が長いので

ちゃんと見れている人は少ないと思うのですが、

とんでもない情報の宝庫です。

これを無料で垂れ流しているのですからひろゆきサービス精神も大したものです。


ガジェット通信はそれでも見る人がちゃんと見ればその凄さに気づけると思います

もう一つの雑談配信者」公式生放送意味可能性に気づけている人は

まだほんの一握りなのではないでしょうか?


最初このシリーズが始まった時、

レベルでまともにトークもできない底辺のだめ人間である生主を集めて

ひろゆきだけまともでひろゆき一人で七面六臂の気配りと活躍番組をまとめている様子を見て

ひろゆきが頭にきてバカバカしくなって

番組を放り出すのも時間問題だろうとタカをくくっていました。


しかしそれは私が浅はかでした。

ひろゆきの狙いが当時私も見えていなかったのです。

彼がここでやろうとしているのは一言で言うと人材の発掘です。

山のようなゴミの中からダイヤモンドを探そうとしています

そして普通ならこんなゴミの山にダイヤモンドなどあるわけないと思われる場所

ダイヤモンドは転がっているとひろゆき確信しているんだと思います

なんでみんなただで転がってるダイヤモンドを拾おうとしないの?

ばっかじゃね?くらいに思っているんだと思います


ゴミに見えるのは使い方が悪いだけで

使い方をちゃんとすればダイヤモンドになる素材もあるんですよ

ひろゆき実証している場です。



ひろゆきがなぜここまでニコ生可能性を感じ

無償奉仕しているのかよく分かりませんが

もともと彼は何もない場所に何もない人を集め

予測不可能人間同士の化学反応を見るのが凄く好きな人なので

そういう部分に可能性と興味を持って遊んでいるのかも知れません。

2ちゃんを作ったときのように。

ひろゆき的には同じ延長線上で今興味が有ることをやっているだけなんだと思います


夏野さんはニコ生規律と平安をもたらしました。

しかいかんせんまっとうすぎるのです。

本人は凄く先鋭的なつもりでいますが古いのです。

夏野さんのおかげでニコ生にすっかり尖りがなくなってしまいました。

一言で言うととてもつまらないのです。

ご尽力は確かに評価します。

しかニコ生が生き残るにはそういう正攻法では無理なのです。


ジョブズ追放マイクロソフト駆逐され崩壊寸前まで行ったアップル

再びジョブズを登用し復活したように

ひろゆきを再び登用しニコ生が復活することを願ってやみません。




PS

https://www.youtube.com/watch?v=tlKlMt58mbk&feature=youtu.be&t=1329

8月14日のガジェット通信ニコニコ動画について語るひろゆき

22分くらいか

児童書の好みの挿絵で「見たことない人だけど絶対エロ絵描いてる」と確信して

ググって描いてたとき嬉しい

26歳大卒職歴なし、もう取り返しがつかないと盆休み上海旅行

就活、これは自分には無理なもの、という確信大学3年の12月に抱き、以後なにもせず卒業して4か月ニートやって、観念して非正規雇用工場行って単純作業時給900円、それを丸3年やりました。その間に他の仕事を探したことは一度もありません。

自分からなにかしなければなにも起こらないってのはわかってるけど。

職場で会話をすることはありません。挨拶すらしません。

能力的にはカスみたいな人間だらけだけどその中でも人と話ができないというのはまあ本当に人としてカス以下のガイジ中のガイジなんだなとしみじみ感じております

それはそれとして

牛乳石鹸みたいなイメージ会社がああいうのやるの本当にアレ。そこまでしてアレアピールしなきゃ気が済まないのマジで病気だよ。嫌ならやめろ。

洗っても洗ってもよお、落ちねえ汚れがあるんだよお、落ちねえよお、落ちねえよおつって手が血まみれになってるCMならギャグにもなるが。

中小企業求人出しても人が来ないとかいう話聞くけどそれでも俺が行って採用されるとは微塵も思えないので職探しする気が起きない、

結局営業と、接客だろ、死ぬほど向いてないやつじゃん、他ならむいてるというわけではないが。

人がいない人が来ないとか言いながら俺が応募したらすげー渋い顔して御断りしてくるんだろうなという確信があるので職探しをする気が起きない。

挨拶すらできない、公立小学校中学校クラスに一人はいガイジがまさか自分だとはね。

自分がなにもしなかったせいだとはいえ、なんかそういうのって貧乏くじ引かされたなーみたいな気持ちしかない。

なにもしなければなにもおきない、ここ10年で死ぬほど身に染みて感じてるけどだからといってなにかしようと思うようになるわけでもない、なぜなら今までなにもしたことがないのでなにをどうしたらいいかからないしなにもする気が起きないから。

その点、インターネッツはすげえよな。マウスキーボードクレジットカードパスポートさえあれば一言も発さずとも航空券買えるし。

一言も発さずとも空港行ってパスポートとEチケット印刷したやつ出せば海外行けるし。

まあただの3泊の旅行なんだが。

就職というアレもそういうところ見習ったら?

2017-08-15

[]

高浜やきものの里かわら美術館に行ってきましたわ。

みえるようなみえないような」展が開催中でした。

抽象的な作品見立てを行った作品が集められていますわ。

無題や同じ題の作品連続しているあたりもそれっぽいですわ。

しゃらおにおいですわ。

ポスターにもなっている色鉛筆を束ねて樹脂で固め、

シャンデリアなどの形を削りだした作品が木目の中に多彩な色が現れて

おもしろかったのですの。

三階の名古屋大学レゴ部の作品テプラで書いた作品タイトル

板で隠していて、作品タイトル当てクイズになっていました。

イルカと鮫はありましたけど、鯖はありませんでしたわ!

鯖はありませんでしたわ!

それに悪乗りたかのように廃棄物を使った作品を作っている

佐溝力さんも同じ形式での展示がありましたわ。

いちばん衝撃的だったのはサッポロ一番起きてから寝るまで日中

触っていらっしゃる方の使用済(未開封)サッポロ一番を日付付箋付で

100個ほど並べた作品でしたわ。

作品、なのでしょうか?制作したご本人が作品と思っていれば作品判断やすいのですが、

解説とご本人がサッポロ一番を触っている映像をみる限りでは確信がもてませんでしたわ。

芸術品にみえるようなみえないような展でしたわ。

瓦の方は古代中国饕餮文が入った瓦などが展示されていて、

リアル饕餮と口にしてみたい方にお勧め美術館ですわ。

https://anond.hatelabo.jp/20170815172928

別に事業仕分け関係ない

あんなもんの為に投票した国民にも責任の一旦があるしな

けど、嘘とも取れるなんてもんではなくシンプルに嘘ついてたに決まってんだろ

国籍抜いてると確信してたら、事実無根差別から訴えますで済んでた話

それができないからわけわからん言い逃れをしようとして墓穴ほったんだから

https://anond.hatelabo.jp/20170814075031

絶対的正解が無さそうに見える面白い命題である

からちゃちゃを入れる系

http://b.hatena.ne.jp/entry/343422909/comment/mazmot

id:mazmot オオカミ少年って、狼に育てられた少年のことだよな。

これは論外で、google検索でもイソップ寓話の方が上位に並んでいるし、Wikipediaの狼少年あいまい回避ページにもエイリアスがある。何より「なんと叫べばよかったのか」という問いが続いているのに狼に育てられた少年を挙げてくるのはただのひねくれものである。本人お呼びスターを付けた人のうち、ひねくれものである事に誇りを持っている人は誇り、そうでないひとは恥じるべきだ。

嘘の逆を言う系

http://b.hatena.ne.jp/entry/343422909/comment/inade9

id:inade9 これ大昔にmedtoolz先生が正解を書いていて「オオカミが来ないぞー!」

これも絶対的正解とはとても言えない回答であるそもそも設問があいまいからである。村人は「少年は嘘しかつかない」と確信している前提であれば正解となるが、「少年無駄に村人を無為に動かすことを楽しみとしている」と思っている場合はこの言葉を聴いても出て行かないかである

ここまでかい

続きを書く気がなくなったので投げ出してしまうのである増田バンザイ

2017-08-14

カワイイ研鑽する全ての者のために

最初に言っておくと、当方SideMを中心に活動している男性Pでシンデレラはにわかなので、シンデレラについても「カワイイ」についても的外れなことを言っている可能性があります。ご了承ください。

まぁ驚いた。カワイイである。とんでもなくカワイイ。びっくりするくらいカワイイ。何がってメロウ・イエローの3人と彼女たちの新曲、「Kawaii make MY day!」である。先行披露されたデレステ内のイベントは終了し、既にライブでも披露された今書くのも時期外れな気はするが、自分の中でカワイイの爆撃に散らばった語彙を拾い集めていたらこんな時期になってしまった。

カワイイ』ってなんだ?

それは永遠テーマである一般に『カワイイ』の言葉に付随するのは、幼児性だったり、女性性だったり、要するに自分のような成人男性が一番遠いものである

しかし、だからこそ考えなくてはならない。カワイイものが大好きだからだ。カワイイとは一番遠いから、そしてこの歳になって「カワイイものが好き」と言えるようになるまで遠ざけてしまっていた、諦めてしまっていたものからカワイイに少しでも近付くためにきちんと考えなくてはならないのだ。royal weにするつもりは更々ない。ただ俺の話である

ただ、カワイくなくて良い自由が誰にでもあるなら、カワイくて良い自由も誰にでもあっていいはずだ。

ちょい足しという言葉は深いなと思った。法子ちゃんはすごい。カワイイのに本質を突いてる上カワイイ。最強である。なるほど、カワイイは足し算の美だ。

カワイイ研鑽する全ての者のために」。こう書いたけど、本当は研鑽という言葉は少しずれている。『カワイイ』は足していくもの、『大好き』を積み重ねていくものからだ。

研鑽、研ぎ澄ます、つまり引き算の美は『美しい』の方が相応しい。美しい顔とは崩れたところがなく、余分なものを削ぎ落とした平均の顔である。完全な球形は美しく、また尖ったところがないので丈夫でもある。『美しい』は防御力なのである

対して『カワイイ』は足していくものであるカワイイものカワイイものを足していけば最強にカワイイものが出来上がるのだ。『カワイイ』は魔法で、攻撃力なのである

曲調こそ渋谷系だが、彼女たちが『カワイイ』を探す場所原宿なのも良かった。原宿系というファッションジャンルがあるけれど、まさにその根幹にある理念は『カワイイ』の精神なのだ

原宿系のファッションは、シンデレラガールズでいえば諸星きらりなどが例に挙げられるだろうか。盛り盛りのデコレーション、色味たくさんのパステルカラーフリルリボン彼女身長でも収まりきらないゆめかわいい。そう、原宿系とは『大好き』を一つも否定せず、盛りに盛って積み重ねていくファッションなのだ

原宿系の代表的アーティストきゃりーぱみゅぱみゅの曲『ファッションモンスター』にはこんな歌詞がある。「だれかのルールにしばられたくはないの」「鉄の首飾りをはずしてただ自由にいきたいだけ」

原宿自由の地だ。堅い校則から脱却し、なりたい自分、本当の自分メルヘンチェン……メタモルフォーゼする放課後。好きなものと好きなものを足したら最強。個性って最高!原宿系という文化は受容の文化なのである

しかしここで一つ、問題がある。先程「『美しい』は引き算」「『カワイイ』は足し算」と言った。美しいは平均に近付く美だ。しかカワイイは際限なくどんどん重ねていける。そう、終わりがないのだ。

ある人が「女子力は有る無しではなく高い低いでしか評価されない。天井なき成長を求められる残酷基準だ」と指摘していた。その話の本質ジェンダー論であったので今は置いておくが、カワイイも同様である。果てがなく、これが義務であれば苦しいだけだろう。

義務であれば!

イベントの時からほとんど確信していたが、先日ツアー感想とともにRTで回ってきた二番以降の歌詞を見て、やっぱり心配する必要なんてなかったのだと勝手に胸を撫でおろした。

別にモテたいわけじゃないんです

ただまっすぐ笑ってたいだけなんです

Cメロ歌詞である

誰かのカワイイ否定はしない(そんなことは絶対してはいけない)、しか自分カワイイ自分だけのもの、他の誰かに憧れようと、理想像とぴったり一致するわけではない。あの子みたいになりたい、だけど前髪はぱっつんよりアシメがいいな、ネクタイよりリボンがいいな……これもまたちょい足しである

即ち、なりたい自分になっても、それはそれが誰かから称賛されるものではないかもしれない。個性自由だが、自由責任もまた重い。

だけど、他でもない自分が創り上げた『カワイイ』のはずだ。

異性のためでもない!同性のためでもない!それ以外のためでもない!ただ、自分がなりたい『カワイイ』のために!

何故「最初はあの人に見てほし」いのか。あの人のためにカワイくなったから……ではない。カワイイ自分カワイイから見てほしい、ただそれだけなのだ(思うに「あの人」は彼氏ではない。精々、ちょっと良いなと思っている男の子である)

カワイイの道は果てしない。ゴールしたと思っても、まだまだ可愛くなれそうだと先は続く。見えない終着点を追い続ける旅は険しく苦しいかもしれないけど、その道は『大好き』が敷き詰められた素敵な旅路なのだ。だから彼女たちはガラスの靴で駆けていくだろうし、足を止めない彼女たちの笑顔こそが一番の『カワイイなのだ

結びに。『カワイイ』は誰のためのものだろうか。自分のため、は勿論である。では、『どんな自分』のためだろうか。顔の良い者だろうか。服飾のセンスが良い者だろうか。男だろうか。女だろうか。大人だろうか。子供だろうか。どれも間違いではない。なりたい『カワイイ』になるために歩む者は、みな『カワイイ』に受容されて然るべきだ。

故にこのタイトルは「カワイイ研鑽する全ての者のために」をとった。

要領の得ない話を最後まで読んでくださりありがとうございます。ついでにSideMの新アプリLIVE ON ST@GE!が事前登録数到達できるか難しいところなので、気が向いたらどうか宜しくお願いします。

https://prereg.bn-ent.net/common/serial.php?app=imas_mstage

2017-08-13

天才定義

個人的には、『まだこの世にないけれども素晴らしいもの』の存在確信して、それを見つけ出すことができる人を天才だと思う。

初めてセックスしたとき

人それぞれ、状況も、相手も、何もかも違うだろうから皆の話を聞かせてほしい。

ちなみに僕は19歳の時で、相手は当時付き合っていた彼女だった。

の子は同じサークルの同学年の同学部の子で、4月に知り合い、6月に付き合い、8月に初めてそういうことをした。彼女も初めてだった。

7月夏休みになってから僕たちは少しずつそういうことの階段を登り始めていて、その日は会う前から、もうそういうことをするぞっていう素晴らしい空気があった。

その階段を少しずつ登っている時は、彼女の胸のあのそこはかとない膨らみと、それを触ったとき彼女の唇から出る艶めく吐息が、天国への階段もこれほどまでには心躍らないだろうっていうほどに僕をときめかせていたのだけれど、いざそういうことをするとなると僕は怖気づいていた部分があった。

けれどもうその恐れを超えるほどに我慢限界だった。

彼女の滑らかな肌や蠢く舌は、脳みそがチカチカするほど僕をバカにしてしまっていて、妊娠させてしまうかも知れないといったことや、上手く出来ないかもしれないといったことも全てどうでもよくなっていた。

僕は彼女結婚するに違いないと確信していたし、彼女が初めてキスをした男(付き合う前にキスはしたことがあるという話を聞いていた。)に会ったら、彼がどんなにいいやつでも絶対に叩きのめしてやると決めていた。まあ要するにバカだった。

その日僕は一人暮らしの家で、悪事をはたらくときに襲ってくるあの蠱惑的な恐怖とそわそわ歩き回ることで戦いながら彼女を待っていた。

彼女がやってきたときには僕は既に疲れ果てていたほどに恐怖は強かった。

行為自体はつつがなく終了したものの、三ヶ月後くらいに僕たちは普通に別れたし、普通に連絡も取らなくなったし、たまに校内で見かけてもなんとも思わなくなった。

その行為事態は大した問題じゃなかった。そこに至る過程や結末といったもの物事には重要なんだと知った。

お盆休みですることがなくてエロ漫画を読んでいて思い出したので書いてみたくなったし聞いてみたくなった。

皆はどんな感じだった?

[] #33-1「結婚はゴールじゃない!?

今日、俺たち家族結婚式に出席していた。

新郎新婦は俺の知らない人だったので、兄貴に聞いてみる。

「なあ兄貴、誰が結婚するんだ?」

「いや、俺もよく知らない」

となると、母さんか父さんの知り合いか

「ねえねえ、誰が結婚するの」

ノムさんだと聞いたが、よくは知らないなあ」

「私も知らない」

どういうことだ。

家族誰も知らないってことがあるのか。

「じゃあ、一体どういう経緯で俺たちは招待されたんだ」

「あの子から話がきたの」

母さんの視線を追うと、そこには兄貴がいた。

おかしいな、さっき俺が聞いたときは「知らない」って言っていたのに。

気になって兄貴の方を凝視していると、ふと目が合った。

兄貴はなんだかバツが悪そうで、最初から目があっていなかったかのようにそっぽを向いた。

疑惑確信へと変わり、俺は兄貴のもとへ向かう。


兄貴に改めて問いただすと、観念したのか渋々説明し始めた。

結婚披露宴ってな、すごく金がかかるんだぜ。そんなことしなくても結婚は出来るにも関わらずだ」

「その話が、俺の疑問とどう関係あるの?」

「まあ聞け。で、なんで結婚式なんてするかっていう理由についてだ」

「うーん……『私たち結婚しまーす』っていうのを知り合いの人たちに見てもらうため、とか?」

「まあ一口には言えないが、有り体にいえば見栄を張るためのものってところだろうな。そして見栄を張るのには金がいるってことさ」

そこまでして見栄って張りたいものなのか。

……けど、依然話は見えてこない。

「その見栄のために俺たちまで招待されたってこと?」

「そういうことになるな」

無関係相手にまで見栄を張る必要ってあるの?」

「違う違う。俺たちは、あくま当事者が見栄を張るためのエキ……おっと」

兄貴は突然覆いかぶさるように肩を組んできた。

「弟よ。お前たしか先週、最新ゲーム機を買ってもらったよな」

突拍子もなく、全く関係のないことを囁いてくる。

いつも通りの仏頂面なのに、声だけは不自然に優しいトーンでキモい

「となるとゲームソフト必要だ。やりたいのがたくさんあることだろう。今は多くなくても、これからドンドン増えてくる。時は待ってくれない。お前の小遣いだけで賄うのは大変だ」

兄貴はそう言いながら、おもむろに財布を取り出す。

「ましてや近年は娯楽も多様化している。ゲームだけでは子供の飽くなき欲求は満たされないだろう?」

財布から抜き出した一枚の紙。

俺にとってあまり馴染みのないデザインの紙だ。

そのデザインに俺の目は釘付けだ。

「この世には金で買えない物も勿論ある。だが金で買えるものの方が圧倒的に多いのも事実だ」

兄貴はそう言いながら、その紙を俺の胸ポケットに押しこんだ。

「余剰な金ってのは必要ものじゃないかもしれない。だが便利なものではある。そして便利なもの依存するのは人間本質だ」

まり、これ以上は詮索するなって言いたいようだ。

俺は喜んで騙されることにした。

無言で、小さく頷いて見せる。

釣りはいらない。たまには兄の貫禄を弟に見せつけてやらないとな」

「オッケー! 兄貴は見栄を張ったってことだね。俺はそう解釈することにするよ」

「お前のような賢い弟をもって誇り高い」

兄貴の表情は変わらないが、その声の調子からホッとしているのが分かった。

「それにしても太っ腹だね。兄貴は財布の紐が固い人だと思ってたけど」

「なあに、安いもんだ」

(#33-2へ続く)

2017-08-12

Aセクシャルの人に10年間片思いした話。  

相手迷惑ををかけたくないので身バレ防止にいろいろフェイクは入れるけれど、出来事体験に関してはなるべく正直に気持ちを書こうと思う。


 私はいま25歳だ。地方田舎で育った。相手幼稚園からの幼馴染だった。漫画みたいな幼馴染じゃないけれど、地元友達で、幼稚園小学校中学校と一緒だったし、小学生ときにはよく一緒に公園とかで鬼ごっこかくれんぼをした。中学に入ってからは、もともとお互いに漫画アニメが好きで、本の貸し借りをしてライトノベル時雨沢恵一の「アリソン」とか「涼宮ハルヒ」とか)というものを私が教えてもらったりもして、まだそういうオタ趣味学校でおおっぴらにできない時代だったのもあって、よく話すようになった。それで、なんでか覚えてないけれど、気になりだして、気が付いたら好きになってた。中3の時にはがんばって同じく一緒に好きだったバンプライブに誘って一緒に初ライブに行ったりもした。相手は異性の友達はどちらかといえば苦手そうにしていたけれど、その中でいちばん仲のいい異性になることができた。

 中学卒業したら高校別になることはわかっていたから、とにかく気持ちを伝えたくて彼の受験が終わったタイミング告白した。どうなるかも深く考えないまま、共通友達うまいこと呼び出してもらって、小さいこからよく遊んだ公園気持ちを伝えた。ずいぶん長い沈黙があって、そのあとの断りのセリフは「ごめん、恋とか愛とかがよくわからない。人をうまく信頼できないんだ。増田がきらいとかじゃないんだけれど、そういうことがどうしてもできない」というものだった。彼は少し泣いていた。話そうか迷って、きちんと誠実に断るために探してくれた言葉だと、今ならわかる。その誠実さがすごく尊いもののように見えて、おおげさに言うならすごくきれいに思えて、区切りをつけるとかは吹き飛んで、余計に好きになってしまっていた。そのカミングアウトの内容そのものに惹かれてしまった部分もやはりあったと思う(今考えると業が深い……)。

「でも、そんな風に想ってくれる人がいると思うと、なんだかうれしい」という言葉本心からのものか、それとも彼のやさしさだったのかは、いまだにわからない。

 けれど、当時の私の思考回路はひどく短絡的で、「だったら、彼に信頼してもらえるようになればいいんだ」というものだった。そういうわけで、違う高校に進学したわけだけれど、中学時代グループの集まりを定期的に企画したり、高校部活人間関係の悩みとかの相談積極的に乗ったり、ガラケーメールぽちぽち打ったりした。今考えても涙ぐましいし、ムダに行動力ありすぎた。相手性格を考えるとちょっとやりすぎな面もあったけれど、そんな重いエゴまで含めて本気の恋だった。彼のことを考えない日は嘘偽りなく一日だってなかった。それが空回りしている自覚もあったし、全然そういう目で見てくれている様子がないこともわかっていたけれど、思い続ければいつかは、なんて甘い幻想も同時に持っていた。

 結局、高校3年の終わりに中学時代地元グループ卒業旅行に行って(もちろん企画からすべて私が幹事をした)、そこでまた告白したけれど、まったく同じ断り方をされて撃沈した。今度こそもうダメだなって思って、おしまいハグをしたらちょっとびっくりされたけれど、手を背中に回してポンポン、と叩きながら「ごめんね」と言ってくれた。 今にして思い出すと、これはすごく、彼にとってきつかったかもしれない。

 大学は私が都会の大学に行ったので、地元グループとも帰省したときくらいしか会わなくなった。大学では初めての恋人ができたり、他にも普通大学生らしいことをいろいろ経験したし、様々な恋愛関係する感情を味わった。彼のことはあきらめて気持ち封印してはいたけれど、それでも常にずっと心の中では彼のことをいちばんのところに置いていた。このころになると、ずっと片思いをしているということが完璧に美化されていた。

 そうして、アセクシャルAセクシャル)という言葉を初めて知ったのも大学時代だった。知った時、真っ先に彼のことを思い浮かべた。

 大学卒業して、Uターンで地元に帰ってきた。久しぶりに地元特に仲のいい何人かと再び会うようになった。ある時、彼の親友的な人と話していたら「増田さん、中高のとき彼のこと好きだったでしょ」と真正から指摘されて、封印していた気持ちが解けてしまった。4年間蓋をしていたものが、びっくりするくらいあふれてきた。その親友が「だんだん結婚とかも皆考え始めるような歳になっているのに、そういう話題が彼にあまりにもないか増田さんをあてがってやろうかと思って」と言うのでこれに甘えて利用して、彼と遊んだデートしたりした。お互いにいろいろ話すけれど、でもやっぱりこれまでと同じく恋愛的な意味での全然手ごたえは何もなかった。それと並行して。やはりAセクの件があったので、その親友に彼はAセクなのではないか相談した。親友氏にも思うところはあったようで、何度かそれについて議論もした。

 複数回デートらしきものをして、どちらにせよこの恋はだめだと思い知らされたので、結局過去と同じように自分気持ち区切りをつけるために告白をした。Aセクの件もあったから、一応相手負担にならないようにというつもりで、その当時でできる限りの気遣い自分の率直な気持ちとを文章化して手紙として渡した。後で読んでと言ったのに彼はその場できちんと読んでくれた。そして返事の代わりに、件の親友名前を出して「こないだ、Aセクシャルっていうのを教えてもらって、自分でもいろいろ調べて読んでるうちに、読めば読むほど『そうだ、これだったんだ』とわかって涙が出てきた。他人を愛することができない自分は、どこか明らかにおかしい、欠けた人間だって思っていたから、すごく安心したんだ」と教えてくれた。

私にはそれを受け入れるしかなかったし、何よりも泣きそうな顔だけど解放されたみたいなすっきりした様子の彼を見てうれしかったのも事実だった。

 私と親友氏とで「一応、Aセクであるとすぐに決めつけすぎないほうがいい」と伝えておいたものの、十中八九彼はそうなのだと思うし、少なくとも今現在彼の自覚Aセクということになっている。


 ここからあとは、私一人の話。

 私にとって、彼はまさに青春のものだった。そう思い込んで美化してきたところや、一途な自分片思いに酔っていたところ、そのエゴに時折死ぬほど自己嫌悪したところ、醜いとこや酸っぱいところも、些細なことでめちゃくちゃ幸せな瞬間も、ぜんぶぜんぶひっくるめて、いま大人になった私を作っている大切なものだ。詳しくは書かないけれど、彼を好きにならなければ私の人生はぜんぜんつまらない方に変わっていたはずだと思う。たとえ片思いでも、幸せだったし、幸せをくれたと思う。恋愛ってそういうところがあると、私は思う。

 ただ、そんな恋愛を、彼はしない。そういう感覚を彼はおそらく持たない。今後一切、恋愛から何かを得ることはない。

 このことを、私はどのように整理したらいいのだろうか。

 恋愛はすばらしい。いろんなドラマ物語においても恋愛至上主義圧倒的多数な世の中で、人々はそんなフィクションを見て、やはり恋愛はすばらしいものだと思う。誰しもが人に恋をして人を愛するのだと信じ込む。そう刷り込まれた?私の観念はとても硬い。

 では、他人を愛さない人は、すばらしいものが欠けているのだろうか。人生のなにかしらを失っているのだろうか。彼はおかしいのだろうか。

 断じて違うと、私は確信している。でも、それは私の中の固定観念矛盾している気がする。

 私にとって恋愛のない人生は、ずいぶんパサパサとした無味乾燥もののように思えてしまう。彼がAセクである自覚を得た日以来、失恋による大きな胸の空洞がつらいし、今まできれいに思えたものがきれいに思えなかったりする(感覚がにぶっている感じがする)。彼を好きだったとき世界の見え方はとても色鮮やかだったのに。

 気が付いたら私は25歳で、中学卒業してから10年が経とうとしていて、10年前のあのころキラキラした感覚がいろんな意味で信じられなくなってきている。恋愛しか得られない感覚があると信じているくせに、彼のことがあって今の世の中における恋愛絶対性について疑ってもいる。人間幸せの形ってもっともっと多様だと思いたいのに、自分経験がその価値観に異を唱えてくる。

 こんなことを考えていると、結局彼と私とではとんでもない隔たりがあったのかなとか考えてしまって、今でも少し凹む。



 自分の中でもいまだに結論がでていないせいで最後何を言いたかたかよくわからなくなってしまった。こんな深夜に書きなぐった読みづらい長文を読んでくださって、ありがとうございます。なんでもいいのでみなさんの意見を聞いてみたいです。ちなみに私がちょっとヤバいのは承知です。

リア充になれなかった俺がせめてネト充になろうとして失敗した話

先程はてなIDを取得した足で投稿する。ここについては匿名チラ裏できる場所という程度の認識しかない。

あわよくばニコニコニュースで取り上げられたり、有名な「保育園落ちた日本死ね!!!」みたいな壮大な反応を貰えるかもしれないという希望のみでこれを書く事に決めた。

俺の唯一の情報発信源、Twitterではフォロワー数293。社会問題等に対策を発案したりと、どれだけ社会に一石を投じた気になっても誰もリツイートなんかしちゃくれない。

俺の悩みは実は結構サイレント・マイジョリティではないかと思う。現代若者代弁者のつもりで一筆書かせていただく事にする。

俺は漫画家志望歴13年目を迎える20代中盤の非正規雇用者だ。今の職場ホワイトだが持病のせいで来年も居れる保証は無い。

確かなのはどんな職に就こうがクリエイターへの憧れを捨てきれないだろうな、という確信のみである

だが実の所、そんなに創作活動をしている訳でもない。産みの苦しみというのはイライラするし、むしろ創作は嫌いなのかもしれない。

いつも作品の断片的なもの妄想しては創作した気分に浸って床に就いている毎日だ。最早俺は、老後のように生きる目的を失っている。

大学に入った。漫画に専念するためにあえて地方バカ私大を選んだ。そして漫研の部室に籠りっきりの青春を送った。

当時から薄々感付いてはいたが、それに気付きたくはなかった。数こなせばどうにかなると信じていた。要するに、俺は要領が悪過ぎたんだ。

どんなに描いても上達しない。不器用過ぎて何を描くにも時間がかかり過ぎる。結果、かけた時間の割に何の成果も出なかった。

どれくらい下手かというと、昼間は彼女を小脇に麻雀三昧、夜は彼女とよろしくやってるような半端な志の後輩にも劣る程だった。

何度か持ち込みの経験もさせてもらったが、結局俺は在学中に漫画家デビューする事はできなかった。

1年のフリーター期間を経て、俺は体よく上京するために今の職に就いた。詳細は省くが、サーバー室でPCをカタカタやってる仕事である

これが見事に向いてなかった。業務煩雑だしどれもこれも似通っていて覚えきれない。メモを取る余裕も無い。一度は教えてくれた先輩も今や辟易している。

自律神経をやられて奇行が出始め寮の先輩にもどやされる毎日。慰めてくれる彼女もいない。自分存在価値を疑うようになる。自殺一歩手前の精神状態だった。

そんな折に思い出した。そうだ俺は漫画家を目指していたんだ。漫画家にはなれなかったけど、これまで伊達に頑張って来た訳じゃない。

たとえリアル悲惨でも、ネット上ならばこの力でひと花咲かせられないだろうか。これが俺の唯一の生きる希望になった。

当時から俺の情報発信手段フォロワー250そこそこのTwitterのみである目標としてはこの10倍は欲しい。

最初仕事愚痴ばかりだった。とにかく同情して欲しかった。だけど誰も相手にしてくれなくて腹が立った。その怒りをツイートに込めても一向に反応は来なかった。

一方で職場環境が一変する。勘違い上司による一喝で俺は精神的にノックダウン、しかホワイトな社風に救われ、雑用係的なポジションに転属となった。

考えようによっては余計に存在価値を疑う業務だが、とりあえず創作活動を行うだけの精神的余裕を確保した俺はTwitter作品投稿を始めた。

確認させてほしい。画業10年以上の中の人によるTwitterアカウントであるフォロワー数、ふぁぼ、RT期待値は如何程であろうか。

勿論俺はそれ程の期待をしていたし信じていた。リアル悲惨反動ネット上で大ブレイクを巻き起こす。そんな一発逆転ストーリーを世のダメンズたちに届けたかった。

結果は2である。これは俺が投稿した絵に対するRTやふぁぼの中央値である。もう一度確認させてもらうが、画業10年以上のアカウントである

働かない言い訳クリエイターを目指してるニートアカウントではない。これほどに無情な事があってたまるものであろうか。

俺は偏屈オタクなのでひとつマイナーな界隈に居続けているが、それでも絵師と呼ばれる連中はフォロワー数に関係なく100ふぁぼくらい余裕で集めていた。

まり期待値100ある界隈で、たったの2しか得られないのである。俺の10年間は何だったのか。職場での臥薪嘗胆の日々は何だったのか。

憤慨していると、TLにまるで俺を煽るかのように、神絵師様の作品が3桁の成果を引っ提げてRTされてくる。何様のつもりなんだ。

俺はお前と違って趣味で楽しくお絵かきしてきた訳じゃないんだ。背水の陣を敷いて死ぬ思いで描いて来たんだ。正当な評価を寄越せ!

どいつもこいつも成果成果というがこちとら出せる力の全てを出している。これ以上どうしろと言うのだ。改善点があるならば受け手問題だろう。

青春の全てを捧げて、親に凄まじい出費をさせて生きてきてこの成果である。世の中何のために生きているのかわからない糞野郎がのうのうと暮らす中、

大志を抱いて身も心も削って来た俺にはこの仕打ちなのか。いや、怒りをぶつけるべきはこの十数年間全く成長できない自分なのか。

でも知った事じゃあない。俺はベストを尽くしたんだ。その片鱗を見出せない衆愚を恨むべきか。

もう全部が狂っている。俺は経歴相応の実力を発揮すべきだし、絵師はその席を譲るべきだし、ロム専は作品本質を見抜く目を養うべきだ。

それが社会活躍できない俺みたいなのに対するせめてもの対価だと考える。クリエイター職は一般社会適応できなかった連中の一発逆転の最後の砦であり、

才能溢れる天才技術をひけらかす場であるべきではない。そういう奴はそもそもまれ持っての器量があるんだから絵なんか描いてないでネクタイ絞めてろ。

去年、俺はADHDの診断を受けた。社会人としての才能が無い証明と、芸術家としての可能性を秘めている証明である

こんな人間ワーカホリック用の仕事押し付けたって無駄である。いいから絵の仕事を寄越せ。それが世の中に一番貢献できるんだ。

俺はこれでしか世のために尽くせないんだから絵師は黙って身を引いてビジネスマンとして1千万でも2千万でも稼げばいいさ。

なんて長々とかいたが結論。『いいね寄越せ』それがこのネット社会における第一の願望だ。

ひい爺さんみたいに戦争で死にたくはないし爺や親父のように会社に出て家族を守るだけのアリみたいな一生を送りたくもない。

目立ちてえんだ。あわよくば法外な金が欲しい。だからその訳のわからねえ絵師様にいいねする暇があるくらいなら、俺にも寄越せ。それが全てだ。

※※追記※※

コメントくれた方、ありがとう2chボコボコにされた事とTwitter無視を決め込まれた事しかいから、もっと死ね死ね言われるものだと思っていた。

そうであっても反応を貰えるという事自体が破格の待遇であった中、建設的なアドバイスや率直な感想をいただいけて幸せ者です。

ニュースサイトに紹介される程の記事でもないだろうけど、積りに積もってた鬱憤を吐き出せてこれはこれで満足した。

まあ、今後も似たような投稿をするだろうけど、これはもう十数年間積りに積もった事なのでいただいたアドバイスをすぐにフィードバックさせるのは難しいかもしれない。

こんな奴もいるんだなというファンタジーをみるつもりで見守っていただければ幸いに思う。

2017-08-10

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.匿名なので確信はありませんが、ひょっとして以前と書き手が変わりましたか

いい質問だ。

そうだなあ、YESでもありNOでもあるというべきか。

同じだといわれれば同じではあるが、違うともいえなくはない。

以前の私をスタンダード回答者と定めるなら、今の私は夏バージョン回答者だな。

冬ならクリスマスバージョンで回答する。

時には職業を変えたり、ちょっと若返ったり、アナザーワールドの私が回答することもあるぞ。

特にイベントが絡まないときは通常の状態以外にも……ちょっとワルな回答者になることもあるかな

おっと、そろそろハロウィンの準備を始めないとな。

前回は干し柿虎だったから、今度は牛泥棒コスプレで行こうか。

見た目が差分だが、まあバレないだろう。

Q.回答者はなぜケモノが嫌いなのですか。

聞かないでくれ。

私にも分からないんだから

靴ずれのせいかもしれないし、私の首が回転するせいかもしれない。

だが最も有力な説としては、私の心臓普通の人より一回り小さいせいかもな。

Q.子供キャベツからまれるならば、バイセクシャルは何からまれるのですか。

ああ酷い、最低の質問だ。

キャベツからまれるに決まってるだろ。

確かに私は以前キャベツレタスを間違えた前科がある。

でも、それとこれとは話が別だ。

私の友人いわく「キャベツみたいなレタスは、キャベツとして扱う」らしいが、些か理解に苦しむね。

紫キャベツ

私の管轄外だな。

2017-08-09

[] 「孤独と一枚切手と」

「俺に残されたのはこの一枚の手紙だけだ。しかし、だ。切手はどこだ?

切手がなければ、俺はどこにもこの手紙を出せないじゃないか。おい!切手よ!どこにいる!?

 彼は散らかった机の上をかき回した。しか切手は一枚たりとも出てこない。

彼はその後もなんども机の上も引出しの中も調べたが、そこにも切手は見当たらない。

もはや切手は失ったと思い、しかしそれでも諦めきれず、落ち着かず、

暗い部屋の中をうろうろとただ無意味に歩き回っていると、

どこからか声が聞こえた。

「……ああ、ぼくはここだよ……。遠い遠い国にいるんだ……。」

 切手の声だ。彼は確信した。きっての声を聞いたことはこれが初めてのことだったが、

彼はその声が切手である確信した。しかし部屋のどこを見渡してもやはり切手の姿は見えない。

「遠い国だって!?そりゃいったいどこだ!」

 彼はどこから届いた声かも分からず、部屋中を見回しながら怒鳴った。

すると、今度はどこからかしくしくと泣き声が聞こえてきた。

「そんなに怒んないでくれよ……おいら今すっごく不安なんだ……。

ここは遠い国だし……おまけにおいら一人ぼっちからさ……」

 それだけ言うと、切手はまたしくしくと気弱に泣き出した。

しかし彼はそんな切手の様子など気にすることもなく、また怒鳴って言った。

「おめえが泣こうが知ったこっちゃねえ!おめえが出てこないことには俺だって永遠にここで過ごすかゴミになるしかねえんだ!

切手よ、おめえはどこにいるんだ!遠い国っていったいどこだ!?

 しか切手はもう答えようとしなかった。ただひたすら、しくしくと泣き声がどこかから聞こえてくるだけである

最初は威勢良く怒鳴っていた男も、徐々に静かになり始め、仕舞いに彼も切手と同じようにしくしくと泣き出してしまった。

すると、先ほどまで黙っていた手紙がやっとこさ口を開いて言った。

「なにさ!封筒の奴!ちょっと前まで偉そうにアタシを口説いてたくせに!切手がいないと何も出来やしないじゃないのさ!

さあさあ切手ちゃん、そんなに泣かないで、アンタがどこにいるのかアタシに教えて頂戴ね?」

 しかいくら手紙が優しい声を出そうと、切手はただしくしくと泣くばかりで何も言わない。封筒もしくしくと泣くばかりで何も言わない。

そして手紙もやっぱり、仕舞いにはしくしくと泣きはじめるのだった。

2017-08-07

映画観に行くハードルって結構皆違うのな

普通?の人よりも観に行ってるだろうけど、マニアと名乗る自信はないのだけど

色々人と話すと

大ヒット間違いなしくらいになったら観に行く人

更にそれが空前絶後の超大作レベルだと確信しないと観に行かない人

更に絶対映画館に観に行くものかとこだわりまで感じさせる人と

結構価値観違うのね

 

地雷っぽくてもいいじゃない、面白ければ儲けものだし

評判通りでもネタになるしと気軽に考えてたけど

これやるにも同じ高さくらいの映画ハードルの友人いないとできないのよね

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