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2017-09-20

迷える理工系学部生よ。転機は今しかないぞ。

就職で悩む理工系学部生よ。人生の転機は今しかないぞ。

悪いことは言わないから、文系就職しなさい。オススメ証券マン

まず最初に言っておくと、この記事はしっかりと自分の専門で食っていく覚悟ができて勉強に励んでいる大学生向けではない。

あくまで、なんとなく就職が良さそうで潰しが効きそうだから理工系に進んだ。もしくは、熱意に燃えて入ったもの違和感を感じている学生向けだ。

そんな学生はまず第一に、院には進むな。

なにやら、理系は院に進んでなんぼでしょwwwみたいな風潮を耳にすることがあるが、院進は今の専門で食っていく前提、または仕事やりがいでしょ()などという幻想にとらわれた結果だ。

なんとなく院は本気でやめておけ。

具体的になにをすればいいかというと、学部卒で証券マンとなり、若いうちからバリバリ働くのだ。そんで、業界内外含めた若い女と遊びながらしっかり貯金しろ

理系で鍛えた数学力が〜やら、論理的思考が〜やら言ってりゃ普通にF欄でも受かるとこには受かる。案ずることはない。

なぜここまでこの職を推すかというと、収入が段違いだからだ。

しっかり働けば、理系院にすすんで、メーカー研究やってる人たちよりも遥かに恵まれ収入になる。まぁ、一部には負けるだろうが、大多数には圧勝できる。

やりがい()かい幻想に囚われて大学に残った無能な人らは、結局、技術営業やら、特に馴染みのないもの設計とかやらされて、低い年収の中働くことになる。

若いうちから国内の都会で働いて貯金しながら女と遊ぶのか、もしくは年増で雇用されてやりがい()をもとめて夜な夜なパソコンと向き合うのか。

どちらがいいかよく考えてみよう。

2017-09-19

イケメンの姉

姉はイケメンだ。かなりぶっとんでるし、ちょっとどうかと思うような行動に走ったりもするけど、総じてイケメン性格姉妹正反対。私は人見知りで、基本的にいつもおどおどしている。今までいろんな局面で何度も姉に助けられてきた。そんな姉への感謝気持ち綴りたい。

まずは小学校入学式のこと。

うちは母が早く亡くなってる。私が5才になる年に喉頭癌でこの世を去った。姉は私より11才上で、私が小学校に入った年にはすでに高校生だった。

そんな姉が、私の入学式に母の代わりとして参加してくれたのだ。その時のスーツ姿がとても素敵だった。人指し指に緑色翡翠指輪をはめていて、それは母の形見だと教えてくれた。入学式の時の写真を見返すと、やはり姉は保護者の中で一人だけ幼げに見える。

姉は高校ではかなり目立っていた。たまに雑誌にも出てた。エルティーンという十代向けのファッション誌で、モデルみたいなことをしてた。私はまだ小学校に入りたてで、そんな姉を芸能人だと思い込んでいた。そのうちテレビにも出るんだと思ってた。その予想はのちに別の形で実現するんだけど、その話はあとに回そう。

姉はふだんはあまりエルティーンを読ませてくれなかった。小学生にはふさわしくないエロい特集が多かったのだ。そんな雑誌にちょくちょく載る姉の姿に、私は幼いながら、妖しい憧れのような感情を抱いていた。

父は土建業を営んでいたが、この頃には経営が苦しくなっていた。それまではずっと絶好調で、姉は何の疑いもなく「うちは金持ちだ」と信じ切っていたらしい。でもそんな幸福時代はあっけなく終り、父は一気に萎れてしまった。母に先立たれて、経営も傾き、悲嘆にくれる日々。父がお酒に溺れ始めたのはこの頃だ。それでも父は姉を私立大学に入れた。娘の教育は疎かにしない、それは母の遺言でもあったそうだ。

二つ目感謝は、このころの話。

当時、私がまだ9才の時。姉が私をあるイベントに連れて行ってくれた。姉の大学友達の中に、ひとりだけ9才の私が混ざるという、かなり無茶な形だった。野外で開催されるテクノパーティ。でもそんな詳細はすべてあとから知ったことで、当時は右も左もわからないまま、姉に連れられて、ただついて行った。そこはまさにカオス空間だった。広大な森林のいたるところで人々が踊り狂っていた。真夜中にトランス状態で踊り狂っている大勢大人たち。あの光景が私の音楽原体験になってしまったのは、なんかちょっとまずい気もしている。

夜、私は姉と並んで芝生に寝転んだ。遠くではドンドンという無機質なテクノビートが鳴っていた。私と姉はふたりで夜空の星を眺めながら話した。その時に姉がとつぜん言ったのだ。

ママはもういないけど、私がお姉ちゃんとお母さんの両方をやるから

後年、姉にこの話をしたら「そんなくさいドラマみたいセリフ言うわけない」と全否定した。でも私は完全に覚えている。ありがとう。あの言葉にどれだけ支えられたかからない。

三つ目は、話自体がかなりぶっとんでる。

私が中2の時、父の会社が潰れた。全てを整理しなければならなくなり、家族は家も失った。私たちアパート引っ越した。父はもはやアル中の一歩手前みたいになっていた。

姉はすでに大学卒業していたが、就職はしていなかった。なんと、カリスマキャバ嬢になっていたのだ。当時の某歓楽街ではかなり有名な存在で、テレビ取材も受けていた(冒頭に書いたテレビ出演の話はこれのことだ。ちなみに姉はこの後にもまた別の形でテレビに出るのだが・・・)。姉は客に媚びないSっぽいキャバ嬢という設定で、何度か深夜番組に出ていた。それはけっこうサマになっていた。

姉は家では父にハッパをかけ、とりあえず一労働者に戻って建築現場で働くことを勧めた。父は最初経営者という立場にこだわり、かたくなに拒んでいたが、やがてしぶしぶ従った。

ここから急展開が訪れた。カリスマキャバ嬢としてのブームが一段落して、父もどうにか社会復帰できたというタイミングで、姉がいきなり海外留学してしまったのだ。なぜこのタイミング?と思ったけど、どうも男絡みのようだった。色恋沙汰なら、もう誰が何を言っても無駄だ。姉の留学先はコスタリカだった。

姉は私に銀行カードを託した。「本当にやばくなったらこお金を使いなさい」と姉は言った。さらにもう一点、「絶対に父には秘密にすること」姉はそれだけ私に言い残して、さっさと異国へ旅立ってしまった。当時、私はまだ中2だった。おいおい、母親の代わりをするって話は?

預金は600万円だった。コンビニATMで残高を見た時、足が震えた。私はこわくなって、すぐにカードを机の引き出しにしまい、鍵をかけた。それは中2の私に背負える額ではなかった。

そのまま中3になり、受験の時期を迎えた。姉がいなくなってからというもの、家の中はめっきり暗くなっていた。父は働いてはいものの、お酒の量がどんどん増えていた。親子の会話もほとんどなくなっていた。学校でも、私の家が落ちぶれたという噂がうっすらと広まっていて、なんとも言えない惨めな気分だった。姉の600万だけが心の支えだった。まだ大丈夫、うちにはこれがある、そう言い聞かせながら日々を送っていた。とかいいながら、カードからお金を引き出す勇気なんてまるでなかった。私は根っからの小心者なのだ大金を前にして、完全に怖気づいていた。どうしても心細くなって、ひとりで布団をかぶって泣く日もあった。勉強にも身が入らず、だんだん授業がちんぷんかんぷんになっていった。高校に受かる気がしなかった。この時期は私の人生いちばんしかった頃かもしれない。

そんなときに、姉が帰ってきた。まるで私の危機を察するみたいに。姉は予告もなく、いきなり家に現れた。あの時、姉を見た瞬間、私の全身にぐわーっと広がった強烈な安堵感が忘れられない。自分いかに姉を頼りにして生きているのか、骨身に染みて分かった。

姉のコスタリカでの日々は、それだけで一冊のルポルタージュが書けるぐらい強烈だった。でも私がここに書くのはちょっと無理だ。筆力が足りなすぎる。姉はコスタリカ日本人恋人暮らしていたのだが、やがてその男と別れて、現地でスペイン人と付き合うことになった。交際から数日後に、ふたりパナマに小旅行に行ったら、国境を渡るバスから彼がいきなり逃亡してしまった。理由はわからない。ともかく姉は一人にされてしまった。それから姉は執拗警察の取り調べを受けたりしつつ、どうにか事なきを得て、家に帰りついた。後日、彼が麻薬組織幹部だということが発覚した。姉はそんなこと何も知らなかった。彼がなぜ逃げたのか、どこに逃げたのか、全てが謎に包まれていた。

そういう話が他にもたくさんあるんだけど、とても書ききれない。とりあえず姉は無事に日本に帰ってきた。そしてコスタリカでのエキサイティングな日々を迫力満点に語ってくれた。私はなんだか自分の悩みがバカらしくなってきた。受験不安だとか、ほんとに小さなことって気がしてきた。姉に相談したら「勉強しろ」と言われた。2秒で話が終わってしまった。銀行カードをいちども使わなかったと言ったら「あんたらしいね」と笑った。姉が相変わらず人差し指翡翠指輪をしていたので、私は「お母さんの指輪だ」と言った。姉はそっけなく「あれウソだよ」と言った。「蛍火の墓を見て、適当でっちあげた」「マジで!?」「うん」私は脱力した。

それから受験勉強に身をいれて、私は無事に第一志望の高校に受かった。姉は父の酒浸り生活も、きびしくたしなめた。父は何だかんだ言いながら、姉には従う。酒の量を控えるようになり、少しずつ生気を取り戻していった。やがて昔の仲間と一緒に、また小さな会社を発足させた。最近土建以外にも手を広げて、高齢鞭打ちながら、建物管理資格勉強なんかをしている。

姉はコスタリカで築いた人脈を駆使して、某国大使館アルバイトをするようになり、そこで能力を見込まれて、正規職員になった。大使館について詳しく知っているわけではないけれど、私は漠然と「超エリート仕事」だと思っていた。姉のイメージとはどうしても結びつかなかった。最初に聞いた時は、女スパイ組織に潜入しているような姿が頭に浮かんでしまった。

姉の最後テレビ出演は、この大使館バラエティ番組取材を受けたときだった。姉は有名な芸人さんにおいしくいじられていた。姉は完全にキャラ変して、シャイで生真面目な妙齢職員を演じていた。「あなた、かなりの箱入り娘でしょ。男性経験も少なそうだな」芸人さんがそんなようなことを言って、姉をからかっていた。姉は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。『かわいぃ~』みたいなテロップが入った。いやいやいや、と私は全力でテレビに向かってつっこんでしまった。

そんな姉も、長く勤めた大使館をやめて、今はスペインバルオーナーマネージャーとしてバリバリ働いている。ほんとはここにお店のサイトリンクを貼って、微力ながら宣伝したいんだけど、それをするには姉の許可を得なくちゃいけない(というか、こんなの宣伝にならないか)。

ちなみに私は普通に高校を出て、短大を出て、今はOLだ。ほんとに波風のない人生。何から何まで姉とは対照的だ。そのうち私にも、めくるめく冒険の日々が訪れるのだろうか。

結局、姉への感謝はたくさんありすぎて、とてもここには書ききれない。何でこんなことを書こうと思ったかというと、このあい何気なく実家で昔のアルバムをめくっていたら、幼い頃の姉の写真を見つけたから。3才ぐらいで、まだ私が生まれる前。姉は母の腕に抱かれていた。泣き出す直前みたいな、絶妙な仏頂面。姉を抱く母の人差し指には、緑色翡翠指輪が光っていた。なんだ、やっぱり形見じゃん。本当だったんだ。きっと照れくさかったんだろう。いかにも姉らしいと思い、うれしくなってしまった。それで姉への気持ちをまとめてみようと思ったんだけど、うまくまとまらなかった。無理もない、姉自身がまとまってないんだから

2017-09-18

anond:20170918104126

職業体験ときだったか

第一希望競争率高いところを書いて、第三希望にあまり選ばれなさそうなところを書いたら

自動的に第三希望のところになったことがあった。

自分第一希望に通ってたら、

他に第三希望のところを誰も選んでいなかったので漏れた人から選び直さないといけなかったので

効率的と言えば効率的だけど、

その前に当然第一希望を選んだ人全員で抽選なりすると思っていたので

この先生はこの程度なんだなと思うようになった。

私は吹奏楽部に入部希望なんて出してなかった

小学四年生の時の話である

必修であるクラブ活動に参加するにあたり、入部希望届を提出するようお達しがあった。

その用紙には、第三希望まで書くための欄が設けられていた。

私の第一希望バスケットボール部。第二、第三希望に何を書いたか覚えてはいないが、吹奏楽部ではなかったことは確かだ。

だが、私の参加する部活吹奏楽部に決まった。

バスケ部は入部希望者が多かったらしいと噂に聞いた。

他の吹奏楽部入部者である友人らに話を聞くと、第一希望バスケ部だったという。

第二、第三希望まで書かせておいて、それすら加味してくれず、興味もくそもない吹奏楽部に入れられたことが納得いかなかった。全くもって面白くなかった。

おかげで私は真面目に練習に取り組まず、譜面通りに演奏することができなかった。顧問特別赤線を入れ、簡易バージョンに直してくれた譜面をひとり、県大会で吹いた。

楽器マイナーだったのも面白くなかったんだよな。トランペット希望出したら、ユーフォニウムになったんだよ。吹奏楽に興味ない小学生ユーフォニウムしらんかったよ。チューバほど目立たず、トロンボーンほど華やかではなく、なんか地味。だから、十数年を経て響け!ユーフォニアムを見たときはすごくうれしくなったのを覚えている。ありがとう京アニ題名のない音楽会五嶋龍が、ユーフォニアムって楽器を今まで知らなかったみたいなことを言ったとき、くっそ!ほらな!って思ったさ。

さぼりはしないけれど練習に打ち込まない私の意識が変わったのは、東北大会に出場したのがきっかけだ。

大会で一番の成績を収め、隣県で行われる東北大会に泊まりがけで参加。

林間学校にも修学旅行に行ったこともない小学四年生には、年上のお兄さんお姉さん、同級生たちとの旅行はとてつもなく楽しかった。

そこからは、結果出してまた泊まりがけで大会に出たい!と練習に打ち込み始めた。譜面から赤線はなくなった。

五年生でも六年生になっても、東北大会に進んだ。

私が小学四年生だった年、新しく赴任してきた先生吹奏楽部顧問就任していた。

前の学校でも吹奏楽部指導していて、次に赴任した小学校でも吹奏楽部指導して、そして今でもどこかの小学校吹奏楽部顧問をしている。その先生が来れば、その学校吹奏楽部は県で一番になれる。当時は知る由もなかったけれど、そういう顧問だったらしい。

から私は、私の友人たちは、入部希望届に吹奏楽部と書いてもいないのに、吹奏楽部に入れられたんだと最近思い立った。

みんなスポーツが得意で、今で言うスクールカーストの上位の方で、タフだった。私以外。私以外に譜面赤線を入れられていた友人はいない。

強い顧問が来るのなら、それに見合った児童必要だったんだろう。希望届が関係なくなるくらいに。

吹奏楽部のことは、最後には好きになれた。中学校で続けはしなかったけれど。

でも未だに、顧みられなかった入部希望届に対し、第一、第二、第三希望真剣に考えた私の思いは返して欲しいと思っている。

https://anond.hatelabo.jp/20170918043001

1. 前提として14条は現実に起きた紛争解決するための法であって、少なくとも第一義的には、国家国民努力目標を定めたものではない。

なので、

国が法律をつくって違法化するべきだ。

ということはなく、14条に違反する行為はそれだけで(法律がなくても)即違憲無効となる。

2. また、

差別されない権利があるとは書かれているが、差別をしたらダメだとは書かれていない。

という読み方は今の最高裁はしていない。「差別をしたらダメ」という意味解釈している。

学説の中には増田のように「これは権利を定めたものだ」と解釈する見解もあるが、結局現実訴訟での判断方法は変わらないので、大して実益のある議論ではない(みんなどっちでもいいと思っている)。

3. 他方、差別の中でも合理的根拠に基づく区別容認する、というのはその通り。

いい例が浮かばないけれど、例えば現在刑法14歳未満の子が起こした犯罪行為犯罪は成立しない。これは14歳未満の子14歳以上の人を区別した取り扱いだが、これは子供の更生の可能性は高いし、更生のチャンスを与えるべき必要も高いという「合理的根拠」があるのでOKとされている。

4. 最後

この中で「社会的関係」というのが難しい。

というのは増田を見ててはっとさせられたところで、普通訴訟においては「政治的経済的又は社会的関係において」という文言はあまり注目されない。

というか10年以上法にかかわってきて、こんな文言があるのに今気づいたレベル

おそらく「社会的関係」という文言意味をひじょーに広く捉える(何でもかんでも社会的関係にしちゃう)ので、あまり問題にならないのだろう。

例えば、「今回の差別政治的でもないし経済的でもないし社会的関係におけるものでもないので14条違反ではない」みたいな主張はまずされないし、最高裁も取り上げないだろう。

anond:20170918012450

なるほど。確かにその通りだと思います

自分も、急に人々がまるっと美しくなるとは思ってません。変化への苦情はどこでもある事なので、それも込み込みで全体が少しずつ向上するのならば良いのではと思います。誰一人文句ひとつないのはかえって狂ってますし。揉めつつ泥臭く調整していく作業を繰り返すしかないでしょう。でもその作業が無いよりマシです。

「好きなのを正当化してるだけなんじゃね?」が、「ポリコレ作品が好きな自分が好き」を指すのか「黒人LGBTものや、女性ヒーローものが好き」を指すのかわかりませんが、逆に言えば「好きであることを正当化できる」段階までは来たわけで、次は「正当化しなくてもただ好きという理由だけで好きと言える」になると良いと考えます。好きを「正当化」しなきゃいけない事自体、奇妙な状況だと思います

それに、ステレオタイプが「男」と「女」しかないよりは、別のステレオタイプが生まれてくるほうが多少はマシ、別のイデオロギーであっても思想的が画一的であるよりはマシ、だと思います多様性理由にというか、これこそ多様性第一歩ではないのでしょうか。選択肢自体が少ない事や、状況に疑問を抱くという発想すら沸かない状況よりは、考え方がたくさんあって、なおかつそれが許される状況であった方がマシだと思います。例えそれがぐっちゃぐちゃのカオスへの第一歩だとしてもです。

ぶっちゃけ、「ポリコレ的に正しい」という作風自体、今の流行しかいからこそ、同じ様なものばかりだと思う人がいると思うので、そのうち普通に揺り戻しがくるんじゃないでしょうかね。逆張り逆張りみたいな?既に「男が/女が自ら男/女らしくありたいと求める」事を否定する風になってるのはおかしい、と言う人も時々見かけますし。例えば逃げ恥流行ったのも、晩婚化や独身者が増え一般化していく中で、「いや逆に結婚も良くない?」という揺り戻し的逆張りだったと自分は思っています

「おてんば」や「じゃじゃ馬」だって、華々しく消えていったのではなく、ただただダサく古臭い死語になって消えた様に、揺り戻しと逆張りを繰り返していくうちに、色々な考え方が静かに定着してマシになっていくのではないかという希望なので、世の中そう上手くはいかないとは確かに思います

2017-09-17

電話第一声が聞き取れないって、ない?

突然喋りだされた一行目って、なんか聞き取れないよな。

数行分の分量を喋って聞くと、それ以後は慣れて聞けるようになる。

そういうの、ない?

文化剥奪文化の盗用についてのメモ

ブログに書こうと思ったんだけど、どうもよく理解できないので、メモのままここに残しておく。将来利用するかどうかはわからない。


文化」とは、社会に共有された生活様式。この場合社会とは、コミュニティであったり地域であったり、場合によっては国家支配する領域であったりする。生活様式には、言語伝承なども含まれる。

文化的同一性」とは、その社会の成員がその社会に属しているものとして自覚できる文化社会に共有されたものであると同時にその個人のものでもあるため、所有意識が生まれる。

「所有」とは、他者排除して占有する権利のこと。権利であるがゆえに社会的に定まるものであり、社会的に定まるがゆえに社会によってその範囲は異なる。また、抽象的な存在に対する占有可能にするためには、何らかの概念が共有されている必要がある。例えば著作物に対する所有は、複製や営利に関する一定概念が共有されなければ無意味になる。

剥奪」とは、社会的強者社会的弱者権利を奪うこと。奪われる権利が物品財貨の所有権である場合搾取となる。

文化剥奪」とは、ある社会集団所属するひとの文化的同一性を保持する権利を奪うことである。例えば狩猟社会において狩猟禁止することや伝統的に行われてきた祭祀禁止することなど、旧来の生活様式禁止することは文化剥奪にあたる。創氏改名文化剥奪典型である

文化の盗用」(cultural appropriation)とは、社会的強者社会的弱者文化をあたか自分のものであるかのように占有する現象


文化の盗用が問題になるのは、盗用によって本来のその文化の保持者の文化的同一性が脅かされるからである。すなわち、自分自身所属する社会集団文化が他の社会集団のものとされることにより、自分自身同一性を脅かされる。すなわち、文化の盗用問題は、文化剥奪問題一種であるということができる。

文化の盗用問題に対する抗議が文化的標識(例えば特定民話伝承)の使用権問題として表面化するのは、弱者強者に対抗する論拠がそこに求めやすいからでしかない。実際の問題は、使用権にではなく、社会的支配・被支配関係にある。


文化剥奪問題は、弱者側の自主的同化を伴うため、外見上、単なる時代変化と線を引きにくいものになる。たとえば明治日本欧化政策は、軍事的経済的政治的に圧倒的強者であった西欧世界による日本文化剥奪であったが、それが日本社会の側から強者に対する弱者の対抗策として実施された主体的ものであったことも事実である。その際に、「和魂洋才」といった文化的同一性保持のための辻褄合わせが提唱されたことなど、分析すべき点は多い。

朝鮮人に対する創氏改名は強権的な文化剥奪であり、戦後在日朝鮮人韓国人通称使用第一の原因であるが、在日側の日本国内在住のための利便性からの選好という側面があったことも否定はできない。そのような姿勢経済的社会的権力関係が強い影響を与えたことも事実である。このあたりは非常に重層的で、軽々しく断じることができない。


いずれにせよ、文化剥奪強者弱者に対して行うものであり、このような議論が昨今日本人から発せられているという点は、社会集団の力関係の変化を考察する上で興味深い出発点になるかもしれない。

第一からずっと気にしてたけど改めて出てきたプレイの様子見てスーパーマリオオデッセイは購入を見送ることにした。

見たところそれなりに高度なプレイ技術必要とされるようだし、ゼルダの伝説で数ヶ月かけても最初高台から出ることかなわず、数分おきに死ぬことだけを繰り返してあれだけ評価が高い作品なのに何の面白さも見出せなかった自分には荷が勝ちすぎていると判断せざるを得ない。

差別する自由」の有無は定義問題しかない

「〇〇はある(ない)」という話をするときに、〇〇の内容が曖昧なら論じようがないと思うんだけど、そういうところが気にならない人もいるらしい。

差別する自由はあるか。

差別」を「不合理な区別であり、かつ、許されない(自由が認められない)行為」と定義するならば、「差別する自由」は、差別定義からして、ないことになる。

他方で、「差別」を「不合理な区別」と定義するならば(厳密に言えば、不合理、区別定義する必要がある)、「差別する自由」の有無は、「不合理な区別自由」に依存する。

(ここでいう「不合理」に「許されない」という意味が含まれるなら一つ目の差別定義と同じ帰結にたるが、普通はそのような意味までは含まれない。)

第一定義をとると、ほとんどトートロジーになるので、第二の定義をとるとしよう。

特定行為を示して、「この行為は許されるべき(この行為をなす自由はあるべき)だから差別する自由はある(べき)」というのも、当然には成り立たない。

まずは、当該行為が、「不合理な区別」にあたるか考える必要がある。

モスクの持ち物制限服装制限の例で言えば、一般的理解では、これは不合理な区別ではない。

モスクは所有者・管理者には、財産権の一環として、誰を立ち入らせるかを決める権利がある。

特定の持ち物や服装をしている人は、立ち入らせない」ということも、この権利に含まれるのである

そういう意味で、モスクの持ち物制限服装制限は、不合理な区別ではない。

(不合理な区別だとしても上記の権利が優先される、という言い方をしても良い。)

からモスクの例を出して「差別する自由」はあるといっても成り立たないのである

これが、モスクではなく、国が所有する施設であったら少し話は違ってくるだろう。

もっとも、その場合であっても、宗教的施設教義による裏付けなどがあれば、合理的区別といえることになる。


https://anond.hatelabo.jp/20170916180720

2017-09-15

アンチは嫌う者に似る

デジモンアドベンチャー第一章再開のイメージビジュアルで男二人が同じ右方向を見つめているかホモだ腐に媚びてる

とか言う腐アンチを昔見かけた

嫌う者の事を考えすぎてしまったが為に、知らず知らず腐に染まり飲み込まれしまったんやな

腐女子以上に腐目線が研ぎ澄まされたアンチを見て、何とも言えない気分になったのを思い出したのでメモ

2017-09-14

anond:20170913205016

自転車屋は真面目にやればやるほどバカを見る仕事から

そもそも孫にアルベルトを買うじいちゃんだって孫にずっと自転車愛用して欲しいわけじゃない

自転車本体人件費も安いか価値がある安さだけが売りのカテゴリ

電動アシスト自転車にしたところで今以上に価格が上がればだったらいいですと原付軽自動車に客が戻っていくだけ

こういう値段第一商品通信販売ととても相性がいい

2017-09-13

anond:20170910181855

私も子供達が産まれたばかりの頃は、まとまった睡眠時間が一時間半を超えない日々が続いてふらふらだったなぁ。でもそれなりに辛かったけど、夫を怨むような事にはならなかった。

というのも、細切れ短睡眠しか出来なかったものの、定刻に起床してこなさなければならない用事基本的に無い、というもしかすると特殊な家庭環境だったからなんだと思う。

何でそういう家庭環境なのかは説明すると長くなりそうなので適当に流すけど、要は夫の仕事関係自分無職であったこと、そして就園就学した子供はいなかった事によってそういう環境となっていた。

前夜どんなに眠れなくても、絶対に何時までに起きてしなければならない事があるのでなければ、そんなにイライラはしないのだ。眠いのは眠いけど。滅茶苦茶眠かったけど。

日中母子だけで過ごしていたが、同居人が誰もいないって、家事を手伝ってもらえないのは痛いけれど、一日中パジャマで赤子と一緒にゴロゴロして、僅か数分でも自分タイミングうたた寝が出来、思い出した頃にカロリーメイトとか酷いと食パンだけみたいないい加減な食事をモゴモゴ頬張りながら、おっぱいさらけ出し赤子に授乳したり、うんちのオムツ替えたり、などという事をしていても、誰も何も言わないし見ていないというのはとても気楽だった。

勿論誰も何も言わないのをいいことに掃除や溜まった洗い物の片付けは完全に放棄していた。

どう見ても、人として最低限の健康文化的生活レベルを大幅に下回る動物に近い生活だった。

夫は元々すぼらであまり色々な事を気にしない人なので、帰宅したら電気も点いていないくっそ汚い部屋の敷きっぱなしの布団に妻子が転がって爆睡していても平気だったし、休日は私と子供と一緒になってごろごろぐうたらしまくっていた。

人間並みの生活ではなかったけれども、あの頃は私達家族にとっては幸せな時期だったと思う。

今では上の子幼稚園児で、下の子は3歳で遊び盛り。子供達は徐々に手がかからなくなっていっているけれども、上の子入園以来、しんどさは増す一方だ。

まず第一に、夜中に下の子が何度目を覚まして愚図っても、朝は6時には起きて家事を始めないといけないし、どんなに子供達が駄々をこねても予定通りに送迎や色々な用事をこなさないといけない。

外に出て人に会わなければならない事も多いから、忙しくても自分の身繕いもしなければならない。抜かれば、心配という体でダメ出しや嘲りを他人から受ける。こっちの事情など一切汲まないクソバイスのシャワーを浴びせられるのも日常だ。

自分自身意識も、産後朦朧がすっかり消え去ってクリアなぶん、細かい事が一々気になる様になった。自分の中の要求水準が上がっている。何が何でも人並みの暮らしがしたい、いやするべきだ、と思ってしまう。

つくづく、人間の子育てが辛いのは人間らしく生きたいという欲があるせいであり、動物並のクオリティまで落とせればそこまで苦しいものではないんだなと思う。

子供のうんちも寝ゲロも舐めて処理するだけでおKなら洗濯物も出ないし楽チンだ。そんなこと出来っこないけれど。

しかし、夫を含め誰かに色々な事をして貰うこともいいけど、逆にすることを減らす、可能な限り人間らしさを捨てていって、最低すれすれの状態家族適当に過ごしてみるというのも一つの手だと私は思うのだ。

anond:20170913193329

毎回思うけど「ママがほしいんだな!」とかキチガイでしょ

最初に言い出したやつ頭悪すぎじゃね

まず第一母親がそんな都合よく動く存在だったんだとしたら共依存アスペクズ女の可能性が高いので遺伝を恐れるべきで精神科にかかった方がいい

第二に幼い頃の母親のことを指してるなら普通その頃の記憶なんてほとんどないわけだから例えとして共感を得られるようなものではないのは明らか

それっぽいパワーワードや例え話を生み出してドヤ顔してる的外れ勘違いバカって生きてる価値あるの?

田舎から届いた愛が重い

もう米の収穫も終わっただろうし、金に困ってる訳じゃないけど電話口で新米送ってくれと母へ伝えた。

翌々日、父から米と野菜、母から果物野菜がそれぞれ別便で送られてきた。

……三十路越えのおっさんだし、自炊しないとあれほど言ったのに段ボール山盛りの根菜が入ってた。

人にあげるっていっても今の現場は客先だし、第一個人商店道の駅ですら出せない様な見た目(日に当たり過ぎて真っ白になったキャベツや、腐った所を切り落としただろう半分にされた色褪せかぼちゃ等)だからお裾分けすら出来ない。

冷蔵庫にも全部入りきれないから捨てるしかないなけど……。

実家を出た弟達が一切連絡しない理由はまさにコレだよ。つーか態々別に送るな。

キャベツマヨネーズつまみながらゴミの日確認する。

2017-09-12

夢日記

第一

明大前ラーメンを食い、高台銭湯で湯を浴びる。

帰路、下着を履き忘れたのに気付き、ものすごく高いビルの影で着替えようとするも断念。

祖母宅に寄る。祖母デカきつねうどんを運んできて、「今日は帰りな」と促される。

第二部

映画パプリカ」の世界。敦子と粉川が炎天下の町を行ったり来たりしている。

いきなり「君の名は。」の舞台に。「月曜にコンビニで会わなきゃね」と、別離を思わせるセリフ

瀧も三葉も泣いていて、ラストテトラポッドの上で空を見上げる。

いずれも第三者視点

自殺予防週間で考えること

9月10日~9月16日まで自殺予防週間だそう。

産経ニュース記事

http://www.sankei.com/column/news/170910/clm1709100002-n1.html

最近病院で受けた印象。

患者が多く、傾聴にかける時間がない

治療(薬を服用)した方が効果が早い

個人意見はある程度無視され、医者意見の方が正しいということを押し付けてくる

医者の言うことを聞かないと、何もできないと投げやりにする

自分で治してくださいと嫌味のように言われる

一人にさく時間がないのが現状だと思う。

薬の服用をせずに、考え方をどのように持っていけばよいかアドバイスを受けたいと言っていたにもかかわらず、そのアドバイスが具体的ではない。

相手の状況をいち早く察知する能力がなければ、患者がきちんと助けを求めなければ動かない。

薬を出すのが当たり前になっていると傾聴の力が養われない。そして、医者の口からはっきりとここは話をしに来る場所ではありませんとはっきりと伝えられた。

落ち込んだりします。(気持ちをあげる薬を処方しましょう)

トラウマで苦しみます。(何も感じないような薬を処方しましょう)

根本的な、問題解決にはなっていないのが今の医療現場現実だと思う。

自殺は「孤立の病」だとされているようだけど、薬を服用しないと治療はできません、入院はできませんと言われると、孤立を選ぶことになる。

今は孤立しているように感じる。

誰もかもが責任をとりたくないように、医療行為ではないことはできないという。

ただ話を聞いてくれるだけでも、気持ちが楽になることもある。

また励みになったりもする。

個人に合わせて、本当にできないのだろうか?

人の命がそれで左右されるかもしれないのに、投げやりにして孤立させることはどうなのだろうか?

訪問看護も、医者訪問看護同士で決められ、あらかじめ患者には連絡はなかった。

こちから、連絡してやっとで返事が来ないことを知らされる。

対人恐怖があると言っていたにもかかわらず、話し相手になる「友達を作ってください」と言われたのは驚く。

医者の投げやり発言で、道路に飛び込もうとふらふらとトボトボと歩いていた。

メートル前でふと空を見上げると、光が出てきた。

驚きのあまり道路に飛び出ることをできなくなってしまった。

そして、この日記を書いている途中に家族が亡くなった知らせを聞くこととなる。

後追い自殺が頭をよぎる。

なぜか、この世に取り残された感がとても強い。

自殺社会問題だ、一人を見守る人がどれだけいるかで、その人が助かることもあると思う。

医者けが治すだけではないのに、そうではない人が話を聞いたりアドバイスをしたりすることは医療行為ではないということで、

何か起きたときに、責任問題が生じる可能性があるので安易にそれができない現状があるということだろう。

そうであっても、その人を孤立させないことが第一に考えるべきだ。

自殺孤立の病といっているにもかかわらず、助けを求められないくらい本人が落ち込んでいるときは寄り添う人がいるだけでも、助かる命はあると思う。

医者は、医者以前に人間になるべきだと思う。

助けたつもりでいるのではないか治療しているつもりでいるのではないか

患者気持ちに寄り添えない余裕がない人が医療現場に多すぎるように感じるのは、私だけ?

患者の数が多すぎる、そして医者が少なすぎる現状が、そうさせているのかな。

一人のバックアップは、たくさんあった方がいい。

そういう社会にしていく必要があると思う。

助けを、求めよう

声を、あげよう

聞いてもらえなくても、声をあげよう

助けてもらえなくても、助けを求めよう

助けを求めることを、恥ずかしいことだと思わないで

病気であっても、なんでもなくても

みんな同じ人間なんだ

助けてという勇気必要

嫌だと逃げるという勇気必要

助けを求めること、逃げることは、情けないことではない

命を守るためだ

なんてことないという日が必ず来る

悪い時はずっと続かない

人生には波がある

波がない人生はない

それを忘れないで

妊娠出産きっかけに雇止めされそう

来年3月までは雇うけど、4月からは辞めてもらうことになると思うよ!

 出産後どうなるかわかんないかしょうがないよね?

 お腹赤ちゃん第一だもんね?旦那さんともよく相談しといてね☆」

だって

ふざけんなクソ!!!!!!!!

産後収入の道が断たれるのに安心して産めるかボケ!!!!!

弊社に漂う男尊女卑的な雰囲気からそんな感じはしてたけど、実際言われるとすごくムカつく

出るとこ出てやりたいけど、そんなクソみたいな弊社訴えるために労力払うのも馬鹿馬鹿しいし、

素直に応じてさっさと次の職見つける方が、茨の道でもより建設的な気もしてきた

先人のお母さんたちはこんな屈辱を受けてきたというのか

ムカつく

本当にムカつく

こんな会社に入らなきゃよかったのか

子供つくらなきゃよかったのか

独立もできない、しがない会社員の私が悪いのか

とりあえずどこに相談にいけばいいんだ

これからどうすればいいかからない

今29歳。会社を3ケ月前に辞めた。

さいこから先生や周りの大人に抜群にウケが良かった。

小中は地方公立に通った。自分からは言い出さなかったけど、周りが勝手学級委員とか何かの代表に推薦してきたり、いわゆるヤンキーとも普通に友達だった。

クラスに馴染めない子がいたらそれとなく声をかけたりもしてた。

成績もまあまあ良かったから、推薦で私立高校特待生で入って大学に行った。

大学入学直前うちにお金がないことがわかって新聞奨学生として学費生活費を稼ぎながら通った。

大して勉強したいこともなかったが、周りがみんな大学行ってたから専門や就職は考えなかった。

学費の元をとろうと思って就活も頑張ったら第一志望の企業に行けた。

入社最初カスタマーセンターに配属された。電話死ぬほど苦手だったので社会人生活終わったと思ったが、すごく頑張ったら3ケ月後にナンバーワンになってた。

それから色々経験して、5年目くらいにはやりたい仕事もポツポツできるようになった。

社会人7年目に入ったころ、上司からあなた管理職にしたい」的なことを言われた。

一瞬で頭にたくさんのことが浮かんだ。残業満員電車責任会社への帰属意識。どれも人生で楽しくない要素ばっかりで、急になんでここにいるのかわからなくなった。

ちょっと考えて、その場で「辞めます」と言った。

ここで初めて、レールから外れた。

今までずっと、誰かが示してくれたレールの上を落ちないように走ってきた。

自分で考えるよりも先に、誰かが課題を与えてくれたから、それをがむしゃらにやってればよかった。

29年間、自分で考えることをサボってきた。

この3か月間、色々な本を読んだり、自己分析したり、勉強したりしてるけど、自分がこれから何をやりたいのか、どうやって生きていきたいのかよくわからない。

ネットにはよく「好きなことを極めろ」とか書いてあるけど、好きなことが見つからない。

受動的に過ごしてきたツケだと思ってる。

会社を辞めたことは後悔してない。自分が初めて与えられた環境にノーを言えたからだ。

初めて自分の声を受け入れて、とても気持ちいいと思った。

ただ、今とても苦しい。

自分の進む方向を自分で考えて決断することが初めてだからだと思う。

また会社員として働くこともできるし、東京を離れることだってできるし、地元に帰ったり、地方移住したり、外国に行くことだってできる。

レールの外歴3ケ月の自分には選択肢が多すぎて頭がパンクしそうである

【追記】

みんな想像以上に温かい言葉をくれて、泣ける。本当にありがとう

1人でぐるぐる考えるタイプからコメントを見ていて自分自身も気づかなかった部分や選択肢が見えてきた。

電池切れとか確かにそうだったかもと思った。

自分の考えをネット上で書くことにものすごい抵抗があったけど、書いてよかった。ありがとう

2017-09-11

https://anond.hatelabo.jp/20170911141626

まず第一に、嘘やハッタリが横行する人間社会利益を上げる必要があるので、

プログラム書いて利益にならない社会ならプログラマーになる意味がない。

幽白』対六遊怪T戦至高説

直前まで戸愚呂20%に頑張って剣さしたりとか船の上とかでよくわからない変な形の有象無象妖怪と戦ってたとは思えない洗練ぶり

各メインキャラスタイルがここで確立し、

幽遊白書』は六遊怪T戦で化けたと断言できる

  

桑原vs.鈴駒 妖怪鈴駒がほぼ人間に近い形態感性と判明し、漫画としてそれまでの残虐妖怪vs主人公Tの構図が崩れ善悪でなく対等の戦いに。そして戦力として不安視された桑原が対妖戦においても第一級の耐久&根性を持っていることを証明

飛影vs.是流 それまで強さをさんざんアピールしてきた最強敵が二番手に出て来る意外性、さらに味方がそれを上回る技で瞬殺。バトル漫画王道を粉砕するカタルシス

蔵馬vs.呂屠 母親人質に取った呂屠に対し蔵馬「今まで呆れ返るほど言い続けたセリフを言い直そう。最も危険な賭けなんだよ、お前が一番手っ取り早いと思っている手段は」頭脳戦のカタルシス

浦飯vs.酎  お互いに技を明かし、全力の力比べを心から楽しむバトルジャンキー気持ちの良い死闘

覆面     かわいいと後で判明

暗黒武術会編良い。

 

追記

calca 呂屠が次鋒で是流は中堅じゃなかったっけ?

すみません そのとおりでした

中堅是流が蒸発してビビって逃げ出した雑魚の首をはねて酎が登場という流れ

2017-09-10

anond:20170910024740

とりあえずすべての政策を考えるのは無理だからいくつかテーマ決めて消去方をとってるんだけど自分にとって一番大事なのは医療介護政策

それは自分発達障害家族にもうつ病を長く患っていて最終的には精神障害者手帳とるんじゃないかって言う話しになってる、それに可能な限り回避すると言われているが妻の側の親の面倒を見る可能性がある、っていう話が第一にあって、第二に家族には医療従事者が多いか医療市場開放代替療法に近すぎる人は消去ってのがあって。

参院選マニフェスト比較2016(障害者分野)

http://d.hatena.ne.jp/lessor/20160627/1467042320

これを見て家族とおおさか維新だけは絶対に無理だわみたいな話にはなっている(まあ一応幸福も)

なので今の民進右旋回して都民ファースト-おおさか維新-民進ってライン組んだらその辺の事がグダグダになるんじゃないかなあ嫌だなあとは思ってる。

となるとまあ国会でのキャスティングボードは取れんけどとりあえず左派に入れとくかみたいな感じになり残り3党を見た時に

自由党

山本太郎×ひとびとの経済政策研究会presents 「全てのひとびとのための経済学講座」第3回

https://economicpolicy.jp/2017/08/19/932/

この辺見ると山本太郎って案外まともなのかなと一瞬思うけど、彼が支援してた三宅洋平

https://twitter.com/MIYAKE_YOHEI/status/695437681409392641

って感じで平然と代替療法を支持してるから第二ルールに従って絶対無理ということになって。

あとは社民共産なんだけどどうなのかなぁ一応共産の方がその辺はキチっとしてんのかなとは思うんだけど

豊洲の時の騒ぎ方を見ると化学的でなくても火をつけれればどうでもいいみたいな空気を感じたし

とりあえず反医療に首をつっこまない限りは共産に入れとくけど正直いつまでもつかなとも思ってる。

医療という面を見たときから新自由主義による小さな政府論に基づく削減の圧力が来てて、左から反原発だとか自然保護とかにのめりこみ過ぎて代替医療が来てて、どっちにしても行く先は厳しいよなぁという感がある。

復興は悪い事なのか

NHKニュース編集が気に入らない。東北震災で「復興が進むとともに震災が風化」とか「震災体験云々に訪れる人が減っている」とか言っている。

復興している事をまず喜べよ。震災なんて無くせないんだから、教訓にする以外は無いと思うんだよね。

大体そんなにずっと引きずらなきゃならないの?第一当時に物心ついていた連中は忘れたくても忘れられないんだよ。

教訓は別として覚えている事がそんなに正しい事で、忘れる事は悪なのか

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