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はてなキーワード: 現実的とは

2019-05-24

anond:20190522224201

動物の苦しみを無くしたいのは分かった。

しかし、肉の安価代用品か、もしくは肉以上の食の娯楽が現れない限り、肉食派の説得は難しいと思う。

リアルファーを使わない運動結構受け入れられていたように感じたのは、上の2点をクリアしていたからだと思っている。

安価で見た目もそこそこ良いフェイクファーがあるから、わざわざ動物を殺してまでリアルファーを使い続けるべきなのか、ファーを使いたい人はフェイクファーを使おう、という主張ができた。

それにファッションはファーを使わなくても魅力的な服はたくさんある。他に魅力的な選択肢があるため、わざわざファーを使う意味は薄い。

さらに、ファーを使わないことによる健康の害はない。気持ちの面とか毛皮など防寒が必要地域はともかく。

肉は動物の苦しみ以上に食べるメリットが大きすぎる。

肉が大好きな人は沢山いるし、まだ代用品も一般的ではない。豆腐では美味しさに勝つのは厳しい。

肉を食べないことによる健康維持の難しさもある。一般人には肉を食べずに健康維持は難しいだろう。

肉を食べる楽しみを手放せる人はそう多くはない。

肉より安価で美味しい代用品ができれば、わざわざ動物を苦しめる必要はあるのか?という議論現実的になると思う。

現状でデモをしたところで理解を得られるのか疑問だ。

anond:20190524093626

あんまり詳しい人っていうわけでもないから、俺の言うことが全部ってわけじゃないけど、一応返すね。

ヴィーガンが食べる野菜は森や山など切り開いた畑で生産されている(住処を追われた動物が沢山いるはず)

・収穫した野菜を近所のスーパーまで輸送するための道路は森や山などを切り開いて作られている(同上)
…

ので、ヴィーガンは「動物苦痛」なしには野菜を食べられない

そうだよ。っていうか、何回も言われてるように、植物だって生きてるし、あらゆる生物のあらゆる苦痛をあまねく回避するっていうのは現実的じゃない。人間だって生きてるだけで結構辛いし。

スゲー何回も言ってるけど、食肉産業農業で支えられてるんだよ。

牛に無理やり子供産ませて育てては殺すっていうことをやめられれば、トータルで苦痛を減らせるだろって話なんだよ。

野菜生産輸送販売などに関わる人の大半はヴィーガンではない(多分、みんな肉を食べている)

これは明らかに関係ないよね。

そのうちヴィーガンになってくれるかもしんないし。

anond:20190524095916

いやその是非なんかここでは論じてないっしょ

例えば自分自身凶悪犯罪に巻き込まれて命を落としたとして、加害者死刑にしたいと思う?

もしくは、自分のために大切な家族にも死刑を望んでほしいと願ってる?

という詰め方は的外れだよ?と言ってる

だって自分家族凶悪犯罪に巻き込まれ確率ってそこそこの規模の宝くじ一等当選並みだぜ?

現実的にありえないケースの話で詰めてくる、という詭弁パターンにもろあてはまってるよ

『鳴鳳荘殺人事件』が許せない話。

やあやあどうもお前らこんばんは。

FGO最近全然やってないけどTLに冬木クリア条件のイベントがあるって流れてきたかシナリオ読んで来てその勢いで書籍版も買ってきたマンだよ。

*この先、FGOイベント及び書籍『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』のネタバレ満載ですご注意ください。



さて。

俺はこの『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』という小説が許せない。

ゲームシナリオの方はどうでもいい……って言ったら失礼か。とにかく。小説独自要素?小説の落とし?が許せん。


この小説は。消費者にとって、そして二次創作者にとっては福音かもしれないけど、一次創作者にとっては、間違いなく、呪いだ。

タチの悪い呪いだ。

物語る者の矜持を打ち砕いて、迷わせてしまうような、そんな呪いが込められている本だ。


どういうことだとお思いの方も多いだろうから説明をする。

この『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』は、「脚本家が倒れたミステリ映画の続きを登場人物達が考える」という、メタミステリものだ。

個人的には『愚者のエンドロール』あたりを連想するところだけど、まあそれは置いといて。

作中では5つの「あり得たかもしれない未来」(ルート)が提示された。

ゲーム版では、プレイヤー達の「投票」によって、一番得票の多かったジャンヌ・ダルクオルタルートエリスルート)が選ばれ、"撮影"されたのだが、小説版では提示された5ルートの全てが一旦は"撮影"されたことになっている。


大まかなストーリー説明はこれくらいにして、俺の気に障った箇所についての説明をしていこう。

『鳴鳳荘』の冒頭には、ラストにも繋がる、とあるシーンがある。

おじさんが幼女大事な本を壊してしまい、図書館司書作中作の「映画」では脚本を務める)に修復を依頼する、そんなシーンだ。

ゲームではこのシーンは「映画」にうまく組み込まれるだけだったが(伏線回収は見事であった)、書籍版では、なんと、このシーンに対応するシーンがエピローグとなっている。

紆余曲折の末、壊してしまった「ペパーミントグリーン色の本」(ゲーム版の方で亡くなってしまったキャラのことを暗示してるらしいですね)を復元したおじさんが、幼女に本を返却する。

速読み始めた幼女は、ややあって、突然本を閉じてしまう。

「これはわたしの読んでいたご本とは違うような気がするわ。出てくる子たちや舞台は同じなのに、なんだか違う話を読んでいるよう……」

そう。

「不幸な事故」によりバラバラに壊れてしまった物語を、おじさんたちがなんとか修復し、意味の通じるようにページを繋ぎ合わせたが、もともとの物語とは全く違うものになってしまったのである

更に幼女は続ける。

「このままページを捲れば、本当の結末とは違うものが待っているんでしょう? それは……とても怖いわ」

これに対して、おじさんはこう答え、

「もし君にとって不本意な結末なら、忘れてしまえばいい。いや……」

「良かったところまで巻き戻して、そこから想像しなおせばいいんだよ」

最後に、こう読者に語りかけて、『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』という「物語」は幕を閉じる。

登場人物感情物語上のマクガフィンを受け)「何より結果をもって、その選択肯定しようなんて……おこがましいとは思わんかね?

ちなみにこのおじさん自身は、世界史実在した人物テーマにすることが多いFateには珍しく、創作バックボーンもつキャラクターである。余談ではあるが。


俺には、おじさんのこの言葉が、呪いしか受け取れなかった。

創作者の、「物語る者」の役目は、責務は、自分の頭の中にぼんやりとある、つかみ所のない"話の種"みたいなものを、しっかり捕まえ、「物語」という形にして消費者に届けることである

もちろん、その過程で、いくつもの"語られなかった"可能性は摘み取られる。

でも、そうして、物語というのは"物語"になるのである


あり得たかもしれない未来ひとつを捨て、もうひとつ未来を掴み取るための主人公決断

見えかけていた可能性のひとつを捨て、別の可能性を選び取るためのヒロイン葛藤


世界にとってか、主人公にとってか、主人公の愛する者にとってか、はたまた悪役にとってか。

誰にとってかは不定しろ、とにかく、より良い「結果」を目指す登場人物たちの苦悩、死闘葛藤、そして決断

それこそが「物語」の本質だろうと、俺は思う。


から――

よりにもよって、そんな一次創作登場人物達に、「良かったところまで巻き戻して、そこから想像しなおせばいい」だなんて言わせるなんて、許せない。


「『本当の結末』なんてない」と主張するのは、「全ての結末は等しく同じ価値がある」のと同じことで。

それは、「本当の結末」のルートに辿り着くために主人公たち登場人物が払った犠牲を、抱えた葛藤を、定めた決断を、無価値である貶めることにはならないだろうか。

物語る者は、物語を創り出すと同時に、物語中の人物の"感情"も創り出す。

全部が嘘でも、主人公が、ヒロインが、登場人物が抱えた"感情"だけは本物で、そんな"感情"に人は共感するから人類有史以来物語を求め続けてきた。

そう、俺は思っている。


この『鳴鳳荘』は、ひょっとすればそんな「登場人物感情」は交換可能であり、等しく価値がある(≒等しく無価値である)。そう主張していることになりはしないだろうか。

だとしたら、俺は、この作品のことを許せない。一生根に持ってやる。



翻って、二次創作をする人たち(同人誌漫画を書いたり、pixiv小説を書いたりする人を想定している)からすれば、この「呪い」は間違いなく「福音」であろう。

というか、彼らが日頃からやっていることだろう。

あり得たかもしれない未来、語られなかった可能性を追い求め、掬い取り、自分の力で結晶にする。

だって二次創作したこともあるからわかる。

「こうだったらいいな」「あれがああだったらどうなってたのかな」

"if"を追い求めるのは、ロマンがあるし、楽しい。それはわかる。


でも、その楽しさは、「原作絶対」という前提あってこそのものではなかったのか。

公式で語られたことは全て「正しい」。その前提の上で、ちょっとだけ世界を歪めてみて、結末がどう変わるのか。

それを楽しむための、ただの思考実験ではなかったのか。

"全ての結末は等しく同じ価値がある"だなんて、俺にはとても思えない。



現実的なことを言えば、Fateがもともとマルチエンディングな"ノベルゲーム"という媒体から派生したものであることと、俺が抱えているもやもやは繋がっているのだろう。

ゲームセーブロードシステムが使えるから何回だってやり直しができるし、消費者プレイヤーはいくつも用意された結末を全て体験することができる。

それは素敵な体験かもしれないが、ある種「逃げ」である、かもしれない。

「選ばなくても結末に辿り着ける」あるいは「複数選択から複数を選べる」ことなんて、人生ではあり得ないのだから

anond:20190523165301

こういうの見たり聞いたりしてると、どうして「女は現実的」とかい妄言が未だに世間蔓延ってるのか、不思議しょうがない。

ただただありえもしない理想を夢見ているだけにしか見えん。

2019-05-23

あるおっさんの性欲

当方38才会社員

東京住まいで既婚、子あり。毎日満員電車通勤している。

若いからモテたことはない。

風俗キャバクラも行ったことはない。

オタクでもない。

若いからオナニーはやめられなかった。モテない男でも性欲はある。でも風俗に行く勇気お金もない。ではどうするか。一人でするのだ。エロ漫画サンプル動画で。若い頃はサンプル動画探しに2時間くらいかたこともあった。毎日しても、毎日したくなる。まじで脳が壊れてるんだと思いながらもどうしようもなかった。むかしタイガーウッズセックス依存症とかニュースでやってたけど、金持ちの悩みなんだと思っていた。そんなことはどうでもよくて、やっぱり毎日したくなってしまう。脳が壊れてるから。では寝る前じゃなく朝だったら、満員電車でも仏のような顔をしていられるのではないか。試してみる。出勤前にオナニー。うーん、満足度が低い。でもしばらくは性欲ないような気もするが会社で眠くなる気もする。これはいかん。帰りに花太郎。やや満足度が高いが、やっぱり女の子を見てしまう。

触りたい、ではない。痴漢しちゃダメってわかってるけど、それ以前に目の前の人にいきなりおっぱい触りたいとは思わない。空想の中では触りたいけど、現実にはしない。そのへんは普通にわかっている。本題はそこではない。花太郎帰りでもおっぱいに目が行ってしまうということだ。キモいなと思う。脳が壊れている上に視線キモい、糞のようなおっさんになってしまったんだな僕はいつの間にか。と思う。むかしゴーストスイーパー美神で横島くんがちちしりふともも、って若いながらに言ってたけどちちとしり視線が行ってしまう。30代後半になってからは、現実的におっぱいを触りたいと思っていないのに視線だけ1秒くらい向いてしまう。若い時は0.1秒くらい見てすぐに自制心を持って視線を外してたような気がする。なんなのか、これは。肉体が衰えて脳が信号を受信するまで1秒かかっているのだろうか。

そんなとき、いつもふとボケたくないなと思う。こんな性欲おじさんがボケたら自制心がなくなっておっぱいを触ってしまうかもしれないし、視線を外せないかもしれない。俺はキモいおっさんの俺を認識しながら生きている。ボケない間は痴漢絶対にしない。したいとも思わない。だけど自制心がなくなったら、ボケたら、犯罪者になってしまうかもしれない。若い頃は性欲は出したら終わりだったけど、おっさんになってからは出しても終わらなくなってきている。ちんちん賢者でも、沼のような視線は変わらないのだ。触りたいわけでも出したいわけでもないが、目が向いてしまう。そんな自分キモいと思っている。ボケても痴漢しないような人間になりたい。

少しお金が溜まったら去勢したいと本気でも思っている。世の中のみんなは道を踏み外さないが、俺だけがこんなにキモい目を持ってしまっている。去勢すれば性欲でもない沼のような視線から解放されるかもしれないし、ボケたとしてもおっぱいは触らないだろう。

本能から女の子を1秒見るくらいいいじゃないか、と優しい人は言ってくれるかもしれない。でも俺が嫌なのです。汚いことはしてないはずの俺が汚いおっさんになってしまっていることが嫌なのです。みんなどうやって折り合いをつけて生きているのか。自分視線コントロールしているのか。

睡眠野菜は足りています

anond:20190523214423

他で書いたんすけど、痴漢では被害者証言を重視するんすな。言葉を変えると痴漢での証拠というのは被害者証言警察の調書ということになるんす。そこで加害者痴漢行為を認めることがほとんどなんで不当に起訴されたということは言えないんすな。じゃあ、冤罪があるとしてどのくらいあるのかということに関しては、やはり司法は皆無と考えてるし、実数の共有も難しいか司法は変わらないんすな。痴漢冤罪ひいては痴漢を減らす為には、電車での男女の接触を減らすしかないんすけど、それも現代社会ではむずかしいんす。司法アプローチよりは、職住近接といった個人的対応現実的なんすな。

2019-05-22

おねショタ願望とその原理

今日ビールを飲みすぎた。だから好きなだけ己の性的な願望を語らせてもらう。

僕にはおねショタ願望がある。

おねショタというのは、比較マニアック性癖だと思うので説明しておくね。

大まかにいうと、男性ショタ(あどけない少年)で女性が年上のお姉さんでエッチなことをしていくのだ。

おねショタ本質はお姉さんの圧倒的包容力にあるお姉さんが主でショタが従なのだ

からおねショタ世界男性は無条件に受け入れられる。お姉さんは、「君はかわいい」と言ってショタ存在を全肯定してくれるのだ。

日々背伸びして大人を演じているから、「ちんちんおっきできて偉いね」「ちゃん射精できてすごい」って認められたいのだ。

これこそが、おねショタ本質であり僕の欲求本質である

しかし、おねショタ現実適応的ではない。言い換えれば非常にわがまま一方的な願望である。それはお姉さんがショタにひたすら奉仕し、受け入れていくという自分勝手な願望なのだ。たとえるならば、SM関係一方的な願望だ。M男は責められることによって自分欲求を満たす。S女に責めることを強いてしまう。

おねショタのような非現実的な願望を抱いてしまうのはなぜか。おそらく、男女の対等な関係というもの体験していないし信じていないからだ。僕は風俗以外での性交体験がない。女性と対等な関係を気づいたこともない。僕の過去を振り返っても女性との親密な関係母親しかない。だから母親のような無条件に面倒を見てくれる関係しか知らない。そういう精神の未熟と、性的成熟が結びついたとき、性欲の充足と母の愛のような無条件の肯定が結びついておねショタになるのだ。

心はショタのまま、おちんちんだけ大人になった。だから、おちんちんを母に求めているのだ。だから、僕のこころは「セックスのできる母」を求めて彷徨い続ける。答えは現実の中にはない。このまま永遠に満たされない願望を抱えながら、現実妥協して生きるしかないのか。

この間産んだ子どもが、ついに5か月になった!やったー!

子ども本当にかわいい。思わず増田に書いちゃうくらいかわいい。ほっぺはすべすべもちもちだし(保湿頑張ってる!)、まだ歩いていないから足が偏平足でつるっつる。歩いてない足はこんなにつるつるなんだ!ってくらいつるつる。お母さんのパンプスに負けて靴擦れだらけの足とは雲泥の差。子どもの足を私の頬に持ってってちっちゃい足で蹴ってもらうのが幸せドMじゃないからな!最近寝返りを覚えて、右に行ったり左に行ったりしてるのもかわいい。正直なにしててもかわいい。すごい。子どもすごい。

こんなにかわいいので、本当はもう一人か二人子どもが欲しいんだ。私自身、兄弟が居て楽しかったのもある。わがままを言えば二人欲しいけど、経済的にはあと一人が限界かな、というところだ。お金関係で諦めなくちゃいけない、というのがちょっと悲しい。

今もう仕事には復帰してて、保育園に月8万円くらいかかってる(低月齢過ぎて無認可保育所しか選択肢がなかった)。これが二人になったら、16万円だ。二人目は多少割引があるとしても、まあ14万円くらいなんだと思う。手取り全部吹っ飛ぶとは言わないけど、まあ半分以上は飛ぶよね。

3歳以上の保育料を無料にするって政策が発表されてて、「それより先に保育士待遇改善だ」とか「全入化だ」って話が出てて、本当にその通りだと思うのに、わたし旦那に二人目を作ることを納得させるのにこの政策を使った。罪悪感がすごい。でも、この政策がなければ、旦那は「経済的なことも考えて、一人でいいんじゃない?」と言い続けたと思う。もちろん無認可保育所から、完全に無償化されるわけではないとは思うけど、負担が減るのはシンプルに助かる。お金があるかどうかや、お金のかかり方は、選択肢を増やす

三人子どもが居る人には、「三人目からは色んな補助が手厚くなる傾向にあるし、一番お金からないのは三人産むこと」とか言われたりするけど、難しい話だなあと思うのは、やっぱり居住スペースだ。私たち夫婦都内に勤めていて、そこへのアクセスが譲れない。通勤時間の短さは、子どもと一緒に居られる時間を長くするから。ただお互いの職場へのアクセスを考えると、広い家には絶対に住めない。小さいうちならまだしも、思春期を迎える子ども3人を狭い家に押し込めるのは、勉強する環境にも差し障りそうだし、現実的に難しいなと思ってしまう。

そんなことを考えてるとやっぱり2人くらいしか育てられないんだなあと思う。あーあ、年収あと500万くらい増えないかな。

当たる確率現実的宝くじ作りたい

宝くじ好きだけど当たる確率現実的じゃないじゃん

一口三万円で一億円が五千分の一で当たるくじ作りたいんだけどどうかね?

みんな買う?

五千分の一なら現実的だろ

anond:20190522160852

わかってないなあ。真面目に、女が仕事をできない世の中を想定してみようよ。

今、高賃金活躍してる女の椅子は空いたあとに、そこに座れるのは、今、彼女らと同じような仕事で働いてるような男たちであり、無能貧困層ではない。女医がいなくなったら男の医者が代わりに仕事をするけど、キモくて金のないおっさん医者になれるわけじゃない。

たぶん、弱者男性職業選択肢って、今でもみんながやりたがらなくて仕方なく女性がやってるような仕事だけになると思うんだ。掃除とかコールセンタークレーム対応とか。看護現場男性だけになったら医者との序列関係はすごいことになるだろうね。男が自分より下だとみなした男性への陰湿さって本当にひどいから。

女のほうだって自分では仕事ができない、結婚しなくては生きていけないとなると、若いころから男への要求水準は現実的になるし、キモくて金のないおっさん結婚するぐらいだったら、金持ちの爺さんの愛人になったほうが良いという傾向は加速する。親だってそっちを勧めるようになる。今の婚活市場愛人市場になるだけじゃない?今よりもっと絶望的に非モテに女はまわってこないよ。

結論からすると、強者男性が総取りするだけで、弱者男性悲惨さは何もかわらない。もしかすると今より悲惨かもね。

anond:20190522141401

ろんぱっぱは手間なんだよ。

そもそも詭弁詭弁認識できるような奴は、論理的瑕疵をそのままにはしてないだろうしな。

結局、詭弁に対してガイドラインを持ち出すことで、どっちもどっち的な相殺現実的な落としどころになるんだわ。

2019-05-21

anond:20190520143930

「やらない」と「できない」は次元が違うものね。これからずっと選択肢が奪われると思うと怖いよね。

他の人も言及してるけど、みんなは社会的身体的な変化に備えて現実的に動いてるんだよね。

こういう呑気な人の為に、お節介な人が社会にいるべきなのかもしれないな。

anond:20190521111500

なるほど、感情感覚を消去した動物を作り出したら肉食ってもいいわけだな。

あるいは「植物にも感情or感覚がある」ということになったらヴィーガンは何を食うんだ?

あと、「原理的には可能でも、現実的には実行不能」って言いだしたらヴィーガン現実的に実行可能なの?

「肉食禁止」って人類ほとんど経験したことのないパラダイムシフトなんだけど。

ヴィーガン食の健康への影響についての長期的エビデンスもなく、またヴィーガン食の生産に関する持続可能性もない。

現実的に実行可能かどうか考える必要があるのはヴィーガンの側じゃないのかな?

肉食を是として繁栄した人類の、肉食を是として育った人々に対して過大な要求をするには、

ヴィーガン側には裏付けが不足しすぎている。

しか動機は安っぽい同情にすぎないじゃないか

その同情に共感できないものから激しい抵抗を受けるのは当然じゃないか

anond:20190520042248

自動車や、それを用いた交通の仕組みって、想像していた以上に性善説というか、

運転する人間良識や適切な注意力にゆだねらているんだと思って正直ゾッとした』

交通ルール事情をいままで知らなかっただけでそもそもこの世の中自体良識と注意力に委ねられているだろう。



『ましてやもらい事故、不意な飛び出しなんかに至っては、どんなに気をつけていても回避不可能運ゲーに近い

それを解決する手段が「かもしれない運転」って、なんというか個人の注意力や能力や時々の運にゆだね過ぎじゃない?みたいな』

・急に強盗に入られるのも一緒。自分に落ち度なくても運が悪いのはそりゃどうしようもない。



地方郊外に住むとなったら、もう「乗らない」っていう選択肢自体存在しない 社会インフラが車前提に整備されてるもんね

おとなもおじいちゃんもおねーさんも、好むと好まざるとにかかわらず運転することを「強いられているんだ」って感じ』

・人は皆生まれてくるところを選ぶことはできないから生きていくところを選べるようになるしかないよ



『そういう「運転しない自由」「自動車社会に参入しない自由」が実質的に与えられてないよね

ましては最近公共交通が衰退して、街の中心部の店が潰れ郊外ショッピングモールに集約、みたいにどんどん流れがそっちに行ってる

高齢運転問題もそうだけど、車前提でインフラ制度設計しておいて

他方で「能力覚悟が足らないやつは運転するな」っていうのは、それはそれで「死ね」って言ってるのに近くない?』

・残念ながら口にしないだけで社会死ねって言ってると考えていいでしょう。でもその現状は資本主義に基づいた合理化効率化の結果なので不満があるなら違う環境うつるか、自分環境を変えられるようになるしかいかと。



『「お前は車の恩恵を受けていないのか?荷物配送バスタクシーも使うなよ」

→それはプロドライバー仕事じゃん。運転技量がある(大型なり二種免許をとっているような)人達が、業として行ってるわけで

例えば飛行機運行プロパイロットだけに許されているように、自動車運転プロのみに許されていれば、

状況はまたちょっと違うことになっていたと思う』

・違う環境になれば違う結果を呼ぶのは当たり前。あともしも運転プロドライバーけがすればいいと考えたなら人類には早すぎるではなくてヘタクソは運転するな、になるわけで。



『もちろん、現状の自動車社会をすぐに転換することは現実的には不可能だと思う

から上記記事などにも指摘されているように、現在技術でできる限りの安全装備やシステムをどんどん義務付けてしまったり、

交通システムも、性善説でなく安全側に倒したもの

(具体的には信号の右直分離・歩車分離の徹底や、エンジン起動時の免許ドライバー状態のチェック、など)に変えて、

可能タイミングがきたら、一気に完全自動運転社会に転換してしまったほうが良い』

・車の安全装備の高水準化、交通整備システムの徹底などに関しては全面的同意関係ないけど完全自動運転って事故が起きたとき誰が悪いのかで揉めそうで実現すんのかなぁと思う。



『そういう極めてスポーティかつハイリスク行為公共インフラとして存置させてくのはどうなのよ

エンタメは、サーキット有料道路の中でやってくれよ、という感じ

免許取り立ての若者から80代の爺さんまで参入する「交通社会」に持ち込むべきものではないよね』

自動運転技術成熟した未来がきたらもしかしたら自分で操縦するという行為安全性の観点から任意趣味しか行えなくなるかもしれないが、当然今の社会にはまだまだ運転技術必要なシーンは多くそして適切に運転している人々からすれば危惧されるのは心外しかないと思う。





とりあえずタイトル違和感があった。

元増田安全安心自動運転要望しているのだろうけど

自動運転故障などの理由事故は完全にはなくならないだろうし

問題視されるべきなのは過失事故を起こす人間の愚かさのはず。

あ、全国の危険道路の整備なんかは早急に行うべきだとは思うよ。

2019-05-20

anond:20190520131105

でも人間には早すぎるといえるのもAIという比較対象ができたからで

それ以前は人間人間たる唯一の証拠である判断能力をもってしか

運転なんて作業はできなかったわけですよね

さらに「経済力がなければ車が買えない」「教育がなければ免許はとれない」とか

「車の運転若いイケメンが本人の魅力アピールのために行う高度技能から

60にもなったジジババになんか運転させる必要がない」というハードルたかだかとそびえてた

 

何重にも存在したハードルが1つ1つ取り除かれた結果が今だろ

現実的にはやっぱ高齢者教習厳格化免許いらない電動三輪車高齢者ネットスーパーあたりで手打ちにしてほしい

anond:20190520113341

(1)「個人主義自体歴史の中では非常に特異な考え

自分共同体ベースにして考えており、「個人自由のために同性婚を許容すべき」派ではない、というのはご理解のとおり。

現代においてなお「個人」なるもの集団から屹立して成立しているようなタフな社会は到来していないと思う。個人主義者、あるいは単純にネオリベ勘違いしているのはそこのところで、彼らの多くは集団から多大な恩恵を受けつつも「個人自由」を過剰に追求する、要するにただのフリーライダーであり、それを「上手いやり方」だと勘違いしている。みんなある程度読み書きができて理屈が通じてそれほど暴力的でなくてルール従順で…という社会が、どれだけの無償努力によって成立しているか考えたこともないお坊ちゃん達だ。そもそも個人主義というのは歴史的に見ても相当特異なものの考え方であり、次の、その次の世紀にまで引き継がれるスタンダード思想になるとはとても思えない。よって、自分そもそもそこに基盤をおいて考えない。

(2)「制度」が社会現実を反映するという発想こそが近代主義

重婚否定は長い歴史のなかで共同体の安定に役立ってきた」

近代以降しかかめられてないと思う。一夫多妻制の歴史の方が長く、汎世界的にわたっていた

少し考えて欲しいのだが、ごくごく一般的庶民が、二人も三人も嫁をもっている前提のストーリーが、古典作品にあるだろうか?

王様貴族商人、といった「社会的に富と権力を抱える支配層」が妾を複数置くという話はいくらでもある。それをもってあなたは「制度としては一夫多妻だった」と言いたいのだろう。しかしそれはむしろ、妻を複数もつ彼らが「慣習的な一般常識を超越しうる存在であった」ことを示しているに過ぎないのではないか。つまり一般庶民、村や町といった所に住む普通の人々にとって、二人、三人と恒常的なパートナーシップを結ぶことは、むしろ現実的であったことを示しているに過ぎないのではないか? 中国古典にも純愛の話(一夫一婦)はたくさんある。日本の昔話でも、じいさんとばあさんがペアで出てくることは多いが、嫁や夫を複数持つという状態が「常識」であったりすることはほぼない。イスラム世界一夫多妻だろうという声もあるだろうが、イスラム戒律が厳しくない外国に行き、経済的ものすごく恵まれ状態でない限り、結構すぐに嫁から不満の声が上がるというよ。一夫多妻(あるいは多夫一妻)を、民衆の多数の同意の下、安定的運営してきた共同体なんて、むしろ現実存在するのかな? 男女の誕生比率世界の何処でも大きく変わらない限り、簡単破綻するのは自明の理屈と思うけど。

近親婚の話は、上の個人主義の話との関連で、特に補足する必要は無いな。

もっとも、増田の言ってることは十分面白い別にから否定したいわけではなくて、こうして意見交換をするのが思考実験としても面白く思っているので、「あえて」反論している所もあるよ。一応。

パンティーの着用は人類には早すぎる

パンティーの着用って難しすぎない? なんで社会で許されてるの? - 背徳

anond:20190512131254

最近必要かられてパンティーを被ったんだけど、まさに同じようなことを感じた

パンティーや、それを用いたプレイの仕組みって、想像していた以上に性善説というか、

パンティー被る人間良識や適切な注意力にゆだねらているんだと思って正直ゾッとした

パンティーをちょっと切れば、紐パンちょっと引っ張ればば、すぐにもろ出し簡単パンティーを殺せる、

そこにシステムとして、フェイルセーフほとんど効いていない感じがある

最近ようやく普及してきた自動ブレーキパンティー逸脱防止システムで、多少フォローが入るようになったけど)

皆が教習所で習うように、常に適切な注意と判断と譲り合いの心を持って運用すればまだしも

現実は「制限枚数+1枚がちょうどいい」だとか、あんまりパンティー法をしっかり守る人ほとんどいないし

いくら安全パンティーの意識があっても、パンティー中ちょっと注意を失えば即大パンティリスク

さらに、ネットに上がるパンレコ映像を見ていても、路上には一定数の割合でヤベー奴がいるし、

ましてやもらいパンティーに至っては、どんなに気をつけていても回避不可能運ゲーに近い

それを解決する手段が「かもしれないパンティー」って、なんというか個人の注意力や能力や時々の運にゆだね過ぎじゃない?みたいな

そんで、こういった怖さ/リスクは都会に住んでいる限りは「被らない」って選択肢を取ることで多少回避できるけど、

地方郊外に住むとなったら、もう「被らない」っていう選択肢自体存在しない 社会インフラパンティー前提に整備されてるもんね

おとなもおじいちゃんもおねーさんも、好むと好まざるとにかかわらずパンティーすることを「強いられているんだ」って感じ

あとこのたぐいの議論で、ブコメなんかで出てくる反論がいくつかあるけど、

なんかどうもピントを外してるなと思う。いくつか例に出すと

①「そういう怖がりな(or パンティ技量がない)奴はパンティーしないでくれ」

→じぶん個人的には極力そうするつもりだけど、上に書いたように日本の大部分の地域では

そういう「パンティーしない自由」「パンティ社会に参入しない自由」が実質的に与えられてないよね

ましては最近公共パンティーが衰退して、街の中心部の店が潰れ郊外ランジェリーショップに集約、みたいにどんどん流れがそっちに行ってる

高齢パンティ問題もそうだけど、パンティー前提でパンチラ設計しておいて

他方で「能力覚悟が足らないやつはパンティー被るな」っていうのは、それはそれで「死ね」って言ってるのに近くない?

②「お前はパンティーの恩恵を受けていないのか?スキャンティーやハイレグローレグも使うなよ」

→それはプロパンティー仕事じゃん。パンティーの技量がある(大型なり二種免許をとっているような)人達が、業として行ってるわけで

例えばブラジャー運行プロパイロットだけに許されているように、パンティーの運転プロのみに許されていれば、

状況はまたちょっと違うことになっていたと思う

もちろん、現状のパンティ社会をすぐに転換することは現実的には不可能だと思う

から上記記事などにも指摘されているように、現在技術でできる限りの安全装備やシステムをどんどん義務付けてしまったり、

パンティシステムも、性善説でなく安全側に倒したもの

(具体的にはパンティーの右直分離・スキャンティー分離の徹底や、パンティー起動時の免許パンティ状態のチェック、など)に変えて、

可能タイミングがきたら、一気に完全自動パンティ社会に転換してしまったほうが良い

でも、おそらくそういうものには一定感情的な反発があるだろうし、そううまく運ばない気もする

結局のところ、「パンティーは、身体拡張し、自由を与えてくれる装置である

みたいな原始的ロマンティシズムを手放せないんだと思う

パンティーを被る楽しさ」「被る歓び」とかそういうやつ

そのロマン自体はわからないでもないけど、

そういう極めてスポーティかつハイリスク行為公共インフラとして存置させてくのはどうなのよ

エンタメは、サーキットや有料ランジェリーショップの中でやってくれよ、という感じ

免許取り立ての若者から80代の爺さんまで参入する「パンティ社会」に持ち込むべきものではないよね

なんかアメリカ人が、あれだけ乱射事件を起こしながら「銃を持つ自由」を手放さない、みたいなとこに近いのかもなあ

一度権利として与えられたものは手放せないというか

もちろんこういう状況は日本だけではないんだろうけど


anond:20190520042248

anond:20190520132827

いわゆるロリ系と呼ばれる女優でも骨格とか発毛とか乳首の感じとかが全然違う

なので現実的にはほぼ不可能なんだけど、完全に見た目が子供なら俺は成人でも問題ない

というかそのほうが良い

anond:20190520134701

体外受精もあるし、人類は既にセックスなんてなくても子供は産めるじゃん。

というのは非現実的かな?

現実的だ。

現実的に見ても「俺が生きてるうちは大丈夫」でしょ。「知らんわ勝手しろ」としか思えない。

自分では絶対責任を取りたがらず、そのくせ誰かを悪者に仕立て上げて責任を取らせたがる連中に付き合ってやるほど優しくはない。

現実的」...これでか....

anond:20190520134005

体外受精もあるし、人類は既にセックスなんてなくても子供は産めるじゃん。

というのは非現実的かな?現実的に見ても「俺が生きてるうちは大丈夫」でしょ。「知らんわ勝手しろ」としか思えない。自分では絶対責任を取りたがらず、そのくせ誰かを悪者に仕立て上げて責任を取らせたがる連中に付き合ってやるほど優しくはない。

anond:20190520132152

性的行為は許されるべきだが、性的接触は許されるべきでない」というのが現実的な落としどころだろう。

現実的な落としどころ、という名の差別ですねわかります


性的少数者である」ということだけを理由として生涯にわたって不利益を負わせ続けるってことに鈍感なのはマジョリティ故か。

anond:20190520131121

横。

大事な指摘やね。

性的関心(そのように"見る"こと)

性的行為(性的接触を真に包含し、自慰なども含む)

性的接触(性行為を真に包含し、オーラセックスも含む)

・性行為(そのもの)

区別して語るべき。「性的行為は許されるべきだが、性的接触は許されるべきでない」というのが現実的な落としどころだろう。

anond:20190519212542

現行法制下の「結婚」というシステムベースにした考えに拘泥して、逆に全体が見えなくなってるのでは?


結婚前近代的制度」云々というが、そもそも前近代近代」の対立よりずっと以前から婚姻というものは汎世界的に存在しているわけで、「共同体によるあるパートナーシップ承認」が共同体の安定維持のための手段として適切であることは歴史的証明されていると言っていい。だから、現行の社会で、あるタイプパートナーシップ社会的に認知されているなら、共同体の安定維持のためそれを共同体として「公認」するのは何ら不自然なことではない。同性婚を「現行の結婚制度に載せること」と「同性によるパートナーシップ婚姻と呼ぶこと」とは別なことと考えてほしい。そして、前者の困難さは後者否定する理由にはならない。ことの本質はそういうことだと思う。


その観点からすれば、そもそも増田の疑問や反論範囲の狭い問題提起であることが分かる。

たとえば「重婚否定」は、別に男女の権力性に基づくものでなく、単に「パートナーシップ制度自体不安定にするから問題であるとか。近親婚の否定は、むしろそれこそ大人子供権力性による制限や、また、家族制度という(もう一段階上の)社会基盤を不安定にするという問題を含んでいるか問題になりうる。そもそも現代においても、私たちの暮らす社会は「完全な個人主義世界」にはほど遠く、たとえば子供の育成一つとっても、家族という基盤無しに行うことは現実的に考えづらい(言い換えれば、それを実施するには大きな負担が各所にかかる)。増田が考えるほど私たちは「近代的」ではない。同性婚というものが過渡的で不完全なシステムしかないことにはもちろん同意するが、だからといって一気にパートナーシップ制度を激しく「近代化」しても、それは私たちの実感とはほど遠いものしかならないだろう。「婚姻」というシステムから一気に人々と解放するというのは残念ながら空理空論レベルの話だと思う。

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