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はてなキーワード: 現実的とは

2018-04-20

FGOを年2~3万程度の微課金で遊んでます

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/gigazine.net/news/20180419-fgo-addicted-players/

ここでFGOが叩かれているし、ガチャは悪い文明だと私も思ってる。

せめて天井つけろよ、とも思う。

だけど、私はFGOキャラクターに魅力を感じているし、ストーリーも好きだし(一部終盤とかCCCとか剣豪とか二部一章とか超好き)、ゲーム性なんやかんや言われているが結構楽しいと感じている。

そして魅力的なストーリーに出てくる魅力的なキャラストーリー最後に言うわけだ。

「縁があったらまた会おう」と。

まりこれはガチャで引いてね、ということだ。

そりゃガチャを回したくなるよね。

ホントうまく作ったよなと。

で、コアなユーザは言うわけですよ。

天井なんかあったら縁で召喚するというゲーム世界観破壊される!」と。

運営も似たようなこと考えてて、だから天井実装されないんだと思ってる。

デレステなんかが天井実装して利益が明らかに落ちたって話も聞かないので、天井つけないのは利益が主目的ではないと思う。

 

ガチャ批判する人はいっぱいいるけど、じゃあどういう課金形態に移行しろって話はほとんど聞かない。

月額課金?それもうMMORPGとかで失敗しまたから。

買い切りDLC商法?それもあなたたち批判してましたよね。

SR 3,000円、SSR 5,000円 みたいに定額で販売ユーザからの猛反発が目に見えるようだ。

ガチャ無料のみにして投げ銭システムの導入?FGOの規模なら成り立つかも?でもなー継続して投げ銭する人ってどれくらいいんのかなー。

月額課金額に上限を設定?5万円くらい?廃課金特定キャラのみ偏愛してる人から反発はありそうだけど一番現実的かな?でも売り上げは落ちそう。

 

ガチャが悪い文明なのはきっとFGOユーザの過半が思ってる。

それでもなくならないのはガチャ世界観と巧妙にリンクしているのと現行のクオリティを維持できる課金方式をだれも考えつかないからじゃないかな。

かの采王・砥尚も仰いました。

「責難は成事にあらず」

批判するのは簡単だし、外で見てるだけの人はコンテンツが潰れても痛くも痒くもないんだろうけど、楽しんでる人からすれば死活問題なわけですよ。

批判している人たちはどうなるのが理想だと思ってるんですか?

ガチャで成り立ってるコンテンツなんて滅びてしまえ?

アユーザからの反発があっても天井実装すべき?

実際どう考えているのか是非教えてください。

 

ちなみに、ユーザから諸手を挙げて歓迎されるのって多分PICKUP率の強化くらいじゃないかな。

今はSSRが5%、うちキャラクター1%、装備が4%だからキャラクター2.5%、装備2.5%くらいになればユーザは大歓声を上げると思う。

青天井SSRキャラクター単独PICKUPで0.7%はさすがに低すぎる。

単独PICKUPで2%、せめて1.5%とかになればいいなぁ。

でも、やっぱ売り上げが落ちるんかなぁ。

 

あと、GOOGLEAPPLE、ついでにANIPLEXあたりの中抜きもなんとかならんかなぁ。

寡占は悪い文明

anond:20180417154847

図々しいなんて思う必要ないと思う。悪いタイミングでハッとさせられちゃったんだなあ。

この出来事を、「要求過剰な母親が、隣に居合わせたかわいそうなOL理不尽に批難してる」話として捉えてる人が多いみたいだけど、全然そんな話じゃなくないか?と個人的には思う。

たとえるなら、連日のブラック労働に心身をボロボロにされてるタイミングで、

ふとトリートメントの広告を見かけて、

ポスターのサラツヤ髪に「自分、髪とか肌とか荒れてんな…」

って気付かされて、その瞬間、抱えてたしんどさがドッと押し寄せてきて、無性に涙が止まらなくなった。

みたいな。そういう次元告白に聞こえたけど。

そりゃ、このたとえ話だって聞きようによっては

モデルさんに対する嫉妬」って話に捉えられるかもだけど、

それは要素のごく一部分であって、そこだけを拾うのが妥当だとは思われない。

隣の乗客ポスターモデルさん)を積極的に批難したいわけじゃなくて、

見たタイミング自分にとって最悪すぎたせいで悲しくなってしまったんだよ。というふうに自分には読めた。

なので、不幸な鉢合わせ事故だね…とは思うけど、あなたが悪いとか図々しいとか思わない。

もちろん隣の女性に愛想がないなんてことも全然思わない。

その女性だってそれぞれの事情があるだろうし。


ここからは完全に私の勝手な推測だから、そういうの嫌だったら読み飛ばして欲しい。

応援してる人間がいるよ、ということだけ伝わればいい。

>無、なんだ……と思って悲しくなったんだと思う。

っていう記述を見て、あなたはこのとき「お前はひとりぼっちだ」と社会に突き付けられたような気分になったんじゃないかな…と感じた。

分かったような口をきくのは申し訳ないんだけど、

「せめて、厚顔無恥で図々しい母親だとは思われたくなかった。我が子を迷惑子どもだと思われるのも嫌だった。

 だから最低でも、謝った、という姿勢を示しておきたかった。

 けれど、それが門前払いされたことで、莫大なモヤモヤや焦りが手元で行き場をなくしてしまった」……のではないのかな、と。

愛想笑いが欲しかったっていうのも、事実でありつつもド真ん中ではないんじゃないかな。

愛想笑いで「子育てが色々大変だってことぐらいは分かってるつもりですよ」というアピールひとつでもあれば、

お姉さんが内心でクッソうるせえなあと思っていようが、多分いたたまれなさに耐えられたんだろうけど、

その道が言い訳余地もなく閉じられてしまったせいで、一応こっちは謝りましたよ、という形を取ることもできない。

言うなれば感情の行き来が閉ざされたことに対する孤立感。

そっちがつらかった、ってことじゃないのかなぁ。

この考え方でいくと、謝る時間さえ取らせてもらえたなら、

そのあと舌打ちをされても(門前払いよりは)耐えられた、ってことになるけど。


「お前はひとりぼっちだ」と社会に突き付けられたような気分になったのでは…、という話に戻る。

これもまた想像なんだけど。

まず、以下のような前提があったとする。

子どもを連れ歩くって、やっぱり色々迷惑かけるよね…とあなたは十分に理解し、戦々恐々としている。

けど、あんまりくそこを意識しすぎてしまったら、マジでから一歩も出られない。

程よく目を背けないと、現実的には暮らしていけなかったりする。

からほとんど自分に対するハッタリだと自覚しつつも、

「いやいや世の中には『別に構いませんよ』って思ってくれる人もいるはずなんだ!」って自分に言い聞かせて外に出た。

(繰り返すけどこの前提は全部想像に過ぎない。)

で、そういう不安強がり葛藤を抱えて、自分鼓舞しながら外に出たタイミングで、

ハイやっぱりそんなの所詮思い込みでした~!って知らされたら、そりゃあ心だって折れると思うんだよ。

子ども迷惑がる人がいるという事実

ハイハイそりゃ知ってましたよ。って感じかもしれないけど、その当然のことにさえ耐えられない瞬間もあると思う。

それから

>無、なんだ……と思って悲しくなったんだと思う。

という部分に関して。

世の中の歌詞物語に「あなたひとりじゃない。きっと分かってくれる人がどこかにいる」みたいなメッセージってあるけど、

あの逆と言ったらいいのかな。

あなたがどれだけ葛藤してようが、申し訳ないと思っていようが、

 他人他人機微になど無関心であるし、あなたの肩身の狭さを了知する義理を持たない。」

という現実を突き付けられた(気分になった)。

それも最悪のタイミングで。

これは、そういう話なのでは…?憶測に次ぐ憶測で恐縮だけれども…。

要は耳栓を、

「本当は申し訳ないと思っている、とか、一言謝りたいだとか、そういうのは全部お前の問題だ。

 お前の困惑葛藤世間は関知しない。お前の懊悩は全てお前の中で飲み下せ」

みたいな、社会からの逆メッセージとして解釈しちゃったんじゃないのかな…。

「当てつけられた!」なんていう具体的な怒り…という部分も、ないことはないかもだけど、

なんだか、怒り未満の無力感、やるせなさで止まっているような印象を、あなた文章からは受けた。

で、これらの勝手な推測が、万が一どこかしら当たってるんだとしたら、

めちゃくちゃお疲れなんだと思う。

ぜひ自分を労ってあげてほしい。

子ども迷惑がる人がいるという事実にしても、

人間他人機微にそれほど関心がないという事実にしても、

元気なときだったら「そりゃそうだよな」ぐらいのテンションで受け止められるかも知れないが、何事にもタイミングというものがある。

20kgの荷物は元気なときなら頑張れば持てるけど、骨折しかかった腕で持っちゃいけない。

なので、色々書かれてるけど、「当然のことに傷ついてしまった自分は弱い人間だ」みたいなふうに思うのだけはやめてほしい。

図々しいなんて思う必要はない。

タイミングが悪かった。それだけのことだと思う。

2018-04-19

ブクマカブコメでスベるのやめてほしい

うまいこと言ってるふうなのに、星ゼロのやつ。

見かけるたびに心が痛くなる。

ただ、必ず面白いブコメを書けというのも難しいと思うので、

ブクマカは一体感をもって、面白げなブコメにはどんなにつまらなくても必ずスターをつけるとか、そういう周りの配慮を前提とした対策を講じるのが現実的かなと。


検討をよろしくお願いします。

米国市民に聞いた銃の購入、所持、保守管理の実際

https://style.nikkei.com/article/DGXZZO50585560U3A110C1000000

「小柄で非力な私には、身を守るために銃が必要」。テキサス州ダラス女性看護師、アシュレイ・ファーランドさん(31)は自衛のために銃を所持している。

ダラス大都市で道が渋滞することが多い。もし何者かが家に侵入してきて、警察電話したとしても、警察官が駆けつけるのに5分以上、もしかすると30分ほどかかってしまうかもしれない。

その間、自分の身を守るには、銃しかない。素手で戦うのは現実的でないし、家にあるフライパン包丁などを使っても、大柄な男をひるませることはできない。

実際に発砲するかしないか別にして、銃を持っていれば、攻撃者を自分に近寄らせず、ひるませることができる」と話す。

anond:20180419102112

「しにくい」ってのと「あるかどうか」は別の話ってことでは

それは兎も角としても、女性記者女性政治家にたいしてしか取材できない、なんてことがあったら、

それが現実的には女性に対する配慮で、当事者としては仕事がしやすくて助かってるとしても

外形的には差別に見えないこともないだろうし。

2018-04-18

努力と才能

「(適切な)努力をすればなんでも可能」論について。

結論)こういう言い方はしない方がいいと思う。

思考実験)適切に努力すれば、誰でも陸上100mで五輪メダルを獲れるのか?

論理的には、間違っている。なぜなら「全人類が適切に努力したとしても、確実にメダルを取れるのは3人だけ」であることは明白だから努力が叶う確率3/70億、それは限りなくゼロに等しい。少なくとも「誰でも」でないことは明白だ。

しかし、現実論として考えれば必ずしもそうではない。全人類競争に参加するわけでもないし、全員に「適切な努力」をさせるためコーチなどのリソース提供する資金はどこにもないから。つまり現実的には、「一部の人間が、おおむね不適切努力をしている」世界存在するだけであるから「適切な努力」の適切さの度合いを厳しくすれば、「適切な努力をすれば誰でも」ということは不可能ではないかもしれない。まあ、極端な場合、それはドーピングなど非合法手段を含む「適切さ」であるかもしれないが(あとで剥奪されても「取った」ことは実現できる…という意味においてだが)。

(本論)

大抵の夢は「五輪メダル」ほどハードルが高くない。たとえば「音楽家になりたい」くらいの夢なら、世界中で毎年数十万人がかなえているくらいのレベルの夢ではないだろうか。そう考えれば、現実論として、「適切な努力をすればなんでも可能」論はそれほど的外れでもないだろうことは認めよう。実際、遺伝子レベルの優劣それ自体が、どれほどその人の人生に決定的な作用をもたらすかというと、そりゃ大したことはないとは言えるだろうね。だが、実際は、生まれ落ちた瞬間から全ての「努力」はスタートしているのであり、ときにその差は「才能」と言うしかないほどに絶対的な差となることもある。

たとえば絵を描くことを例にとれば、日常のもの見方、感じ方、興味の持ち方…など24時間全ての時間が絵を描くためのトレーニングに直結するような(それこそ夢の中も含めて)生活を送ったAくん12歳と、まったくそういう興味をもってものを見たことがないBくん12歳が同時に画塾に入塾したとしたら、いろいろな技術を両者とも初めて身に付けるとしても、描く絵の質は数ヶ月のうちに天と地ほどの差ができるだろうし、そこから得られる賞賛などの成功体験と逆に受ける劣等感…など周囲からフィードバック、それによるモチベーションの差なども含めて考えれば、いくら後者が「後者なりの適切な努力」をしてもその差を埋めるのはまあ不可能だろう。そういう現象が世の中にあふれているのに、Bくんに「才能じゃないよ、後天的努力努力の質の問題だよ」と言っても、納得させるのはなかなか難しいだろう。

Bくんに対してAくんのことをどう説明してあげればよいのだろう? 「Aくんの方が努力してる」と言えばいいのだろうか? 現実には、Aくんは一日2時間しか絵の練習をせず、それ以外は、普通に景色を見たり興味のあるものを読んだりして暮らしているだけで、Bくんはその間一日6時間も絵の練習をしているとしても。それでもAくんの絵の方が圧倒的に「うまい」のだとすれば。その場合、Bくんに「君の努力の仕方は適切ではない」というのは、本当に適切だろうか。Bくんに、生まれからの10数年間を全否定して、もう一度

赤ん坊ものを見るその見方、感じ方から(神経回路の形成自体をやり直させる勢いで)修正して…という教育を施すのが適切な努力というものなのだろうか。赤ん坊が数年で実現することを大人になってから行おうとすると十年以上の時間がかかるかもしれない、しかも、十年以上たってやっと、Aくんの12歳にようやく追いつくだけだというのに? 私なら「Aくんには絵の才能があり、君にはない。人の才能をうらやむのは意味がないからやめなさい。」と言うだろう。

何かをあきらめる言い訳として「才能」という言葉はとても便利だ。人生時間というリソースは、誰にでも平等で有限だ。苦手な分野にそのリソースを投下するより得意な分野に投下する方が、本人も社会も得る利益は大きい。今のままのBくんにも別の「才能」がある可能性を否定するべきではないだろう。「才能」という言葉言い訳にすることを、大人にも子どもももっとカジュアルに許した方がいいと思う。

(参考)

作曲家渡辺崇氏、中学生から助言を求められたので「夢は叶う」という旨を伝えると返ってきた答えが物哀しかった→様々な意見とそんな人々へのエール

https://togetter.com/li/1218942

anond:20180417153748

チクった奴に謝礼金でも出せばいい。

税務署がどんだけ頑張っても全部あぶり出すことなんてできないのだから現実的手段必要だ。

2018-04-16

anond:20180416220646

母のことは好きだよ。毒親だとは思ってない、パートナーがいないから寂しいんだと思う。ただ、明らかな迷惑メールに返信するような人にインターネットを使ってパートナー探しは無理だと思うから、少し現実的になってほしいのよ。すべてを捨ててノルウエーに行くとこだったんだよ

anond:20180416004639

法律くらい守れよというならそれこそLGBTの方々が法改正要求するのも筋が通らなくなっちゃます

ホモ結婚は国として認めてないんだからそれくらい受け入れて従えよで終わっちゃいますしただの暴論だと思います

ロリコン対象無知弱者なのが問題というのは私もその通りだと思います

から合法的交際を認めるような制度を作るのならかなり厳格な審査必要になると思います

現実的にはさすがに5歳とかで交際を認めるみたいのは無理だと思います

ただロリコン人間としての人権を認めないといけないとするならば現状の法律差別的な扱いが容認されている社会の風潮は明らかに行き過ぎているとも思うので

そこのところを探ってみたいと考えて投稿しています

anond:20180415235819

本人の意思確認を行うことやおっしゃる通り実質的人身売買にならないような最低限の仕組みは必要だと思いますけど

奪うとか奪われるみたいな抽象的な話は無意味だと思いますよ。

誰でも思い通りの人生を送れるなんてことを社会制度保障するのは現実的にできないわけで

私が石油王の子供に生まれなかったか石油王の家の跡継ぎとして豪遊する人生を奪われましたとか訴えても誰もそんな話聞かないでしょう

2018-04-15

anond:20180415223423

隣の芝は青く見える。

心を病む原因になるから北欧がどうのとかは考えない方がいいような気がする。

世界中に不幸は蔓延してるからな。

北欧なんて行かなくても周りにもっと楽に暮らしてるやついるんじゃないか

あと、北欧がどうのとか言ってお前どうせ行かないだろ?

そういうありもしない楽園に行きたいとか言ってると本当に困った時どうしようもなくなるぞ。

もっと現実的生存戦略を考えておいた方がいいんじゃないか?

2018-04-14

多くの宇野ゆうかが思い違いをしていること

http://yuhka-uno.hatenablog.com/entry/2018/04/13/202154

差別を取り巻く問題で、多くの人が思い違いをしていることが差別される側に、「差別について抗議する時は、差別する側を追い詰めて刺激しないような、優しい言葉遣いで、わかりやすく話せ」と求めてしまうことだ。「でないと、話を聞いてもらえないよ」などと言って。しかし、被害者本来加害者に怒って当然なのだ。怒って当然なのに、怒ることを抑圧されてきたのが、差別される側である。周囲が被害者の怒りを抑圧するのは、二次加害になる。

思い違いも甚だしい。

誰も差別された人が怒ることについて抑圧はある。

だがその抑圧は特別ものではない。

差別者に対する特別な抑圧があると主張するのならばそれを説明するのは宇野ゆうかの責任だ。


宇野ゆうかが勘違いしていることは三点ある。


ひとつ。そういう態度の人が話を聞いてもらえないのは別に差別関係ないこと。

ひとつ。怒る権利があるのは差別された人だけで宇野ゆうかにはその権利はないということ。

ひとつ。まずいじめてた当事者本人に言えということ。


当たり前。

それがありなら、怒る権利がある人が怒って喚き散らすのはすべて認められなければならない。

まともな社会人ならそんなことは不可能だとわかるはずだ。



他の件はしらないが、この件に関して宇野ゆうかが指弾するような抑圧などどこにもない。

差別されてる人であろうがなかろうが

ただ怒って何言ってんのかわからん状態の人の話は聞かない。話ができる状態になったら聞く。

それとも宇野ゆうかはそういう人の話を日々丁寧に聞いているのだろうか。いないはずだ。


その話者がどういう属性やどういう事情を持っているかは、自分安全が確保されてから考える。

そういう態度の人の話は聞いてもらえないのは別に差別関係ない。

その状態だったら聞かないってのを勝手に抑圧って読み替えてるのは宇野ゆうかの側。


差別されている人たちが、自分たちだけは怒ってる状態でも話を聞いてもらうべきと主張するのでああればなにか理由があるはずだ。

差別されてないから「怒って当然」ではない宇野ゆうかたちは、怒らずに冷静に説明しなさい。

立証責任は主張している宇野ゆうか側にある。 それをさぼってる。



それどころか、現実的には怒ってる人に耳を傾ける人は結構多い。

そのことをこそありがたいと思うべき。

それを当たり前と勘違いし、そうしない人間加害者と呼び、当事者差し置いて暴れまわる。

当事者でも宇野ゆうかのふるまいに迷惑をしている人がいるのではないか




こんな簡単理屈が分からないのは、自分たちは差別された人間の代弁をしてる特権階級だという勘違いがあるからだ。

そんなルールはない。求めることは自由だがいまのところはない。

非実在ルール勝手に主張して、勝手に人を加害者扱いして自分正義面。 

ばかげている。

それを支持するのは、特権階級を気取りたい理屈度外視した人間だけ。


マジョリティは「過激派」に揺さぶりをかけられない限りは「穏健派」の言うことすら聞かない

これも嘘。 嘘じゃないなら過激派定義自分に都合の良い恣意的もの。 

夫婦別姓問題について議論提起しているサイボウズの人を見習え。

もっといえば、過激派がそうやって喚いた結果良くなった事例をあげろ。

そうやって自分のものいいを正当化できないと困るんだな。

自分の思い通りにならないのはどう考えてもお前らが悪いってわめきちらすような状態から卒業しろ

差別被害者特別視しすぎるから、当たり前のことが見えないんだ。


>周りの人もしていたからと、特に考えなくいじめに参加していた子供に対して、頭ごなしに責めずに話を聞いてやり「それはダメなんだよ」と教えてあげるのは、周囲の大人の役目であって、その子いじめられていた子供にそれをやれと言うのは、筋違いなのだ

そりゃそうだ。しかし「頭ごなしに責めずに話を聞いてやり」を実際に要求してるやつをつれてこい。その人が何と言ってるか出してみろ。

まず間違いなく宇野ゆうかがさんざん歪曲してる。

そうじゃないというなら実物を持ってこい。あくしろよ

記事では原田なにがしがそうだと言いたいようだが、後半部分は言いがかりにもほどがある。

一休みたいなとんちやってる暇があったら、実在する目の前の悪と戦ったほうがまだまし

2018-04-13

アイアムヒーローの考察

読み終わったあと、神様がいない世界に、ワイを放り出した。


この世界神様を信じないで生きる方法がないか模索していた。ワイは、不条理を受け入れられるほど、マッチョでもないし、自殺をするほどの勇気もない。いまのところのワイの解決策は、神様を盲信することしかできない。

不条理 - Wikipedia

自殺:まずシンプルな1つの方法として人生を終わらすということ。キルケゴールカミュはこの方法が非現実的であるとして退けている。

盲信不条理を超えた何か、触れられず実験的に存在証明されていないものを信じること。しかしそれをするには理性を失くす必要がある(すなわち盲信)、とキルケゴールは言っている。カミュはこれを哲学的自殺として考えている。

不条理を受け入れる不条理を受け入れて生きる。カミュはこの方法を推奨しているが、キルケゴールはこれを「悪魔に取り付かれた狂気」として、自殺を引き起こす可能性を論じて批判している[1]。


別に神様なんか盲信しなくても、生きていける。それは例えば順調に心理的に成長した場合だ。発達課題を克服し、欲求を順調に満たせた場合には、別に神様なんか必要なくなる。

自己実現理論 - Wikipedia

発達課題 - Wikipedia


しかし、それがどうしてもできないワイのような人間が出てくる。なぜなら、人はどうしても理屈ではわかってはいても、他人のとの比較の中で、自分幸せ定義してしまうから。もちろんこの実験では 2 の世界だと 1 ドル価値が低いから選んだんだろ。というツッコミもありますが..

次のどちらの世界に住みたいかハーバード大学学生職員質問を行いました(Is mor always better? A Suvey on Positional Concerns,Jounal of Economic Behavior and Organization

1. 自分収入が5万ドルで他のすべての人は収入が2万5000ドル世界

2. 自分収入10ドルで他のすべての人は収入20ドル世界

結果は、56%の学生が1を選びました。

高収入でも「他人の幸福は飯がまずい」人は富裕層になれない | プレジデントオンライン


から幸せになる人たちがいる反面、不幸になる人たちがいる。他者よりも優れていたいという、本来生物的な欲求も満たすことは、まずできない。社会的欲求を満たすには、人の役に立ったりするには、必ずしも優れている必要性はない。でも、他者よりも優れていないと、そういった機会は、どうしても少なくなる。

アイアムヒーローの世界には、発達課題を克服することができず、欲求を満たせない人たちに焦点が当たっている。クルスをはじめ、みんななぜこの世に生を受けたのかということ自体に疑問を抱いている人たちだ。彼らは神なった。でも、英雄は神にはならなかった。

終わり方がひどいって書いてあるけど、奇跡を起すこともできたんだと思う。誰かを生き返らせたり、あるいは敵役を殺したりして。でも、奇跡を描かないで、丁寧に現実世界で生きている英雄を写して、徐々にワイら読み手世界と近づけようとしている感じがした。

物語最後局面で誰もいない、比較されることのない世界で一人になった。なんだか急に現実に引き戻されたような気もするし、そうでないような気もする。生きることを選んだという意味において、現実世界でクルスのように生きているワイのような読者にとって、英雄hero なのかもしれない。

でも、決してなけなしで放り出したわけではない。ヒロイン2人から愛されたという記憶はでかいよな... それが読後感を与えている。ヒロインが登場しないでもそういった話は描けるのだろうか.. 難しいだろうなぁ。

ドストエフスキー罪と罰でも、ソーニャがいて、ラスコーリニコフ普通になった。結局は可愛い女の子との記憶がないと楽しくないなんて、なんだか寂しい気もする...。

そういった成功体験物語、あるいは神様と、そしてその成功体験物語神様を確実なものにするために、社会生活からの隔絶されて初めて、英雄は生きているのかもしれない。また、奇跡が起こって元の人のいる社会になったら、そういう辛い世界に戻ってしまう。

結局、我々は物語という神様から逃れられないのではないだろうか。でも、ある意味生物学的に優れている人も、そういう自分は優れているという物語の中に生きているのかもしれない。その物語も、所詮相対的ものしかない。絶対的基準ではない。

神様なんかいないんだ、という姿勢は、結局、俺はすごいんだぞ、という自分物語世界押し付けているだけで、どこか、酷い気もする。

人間は(信じたいと)望むことを信じる。

Homines id quod volunt credunt.

Homines id quod volunt credunt. | 山下太郎のラテン語入門

逃げられないというより、作るしかないのかもしれない。自分が、いま生きている世界を。ある種の不条理社会的不条理は、物語を作ることによって、乗り越えることができるのだろうか。それは自分ができる範囲でということか。

クルスくらい追い詰められた人間にも希望を与えるというのは、正直かなり厳しい気がする。普通人間ならできるだろうか。もう少し文章をまとめたい。

土俵女人禁制を解くには何が必要か?

相撲協会とそれを支持する側の人達に取っては相撲神事であり、それを理由女性土俵への立ち入りを禁じてきた

土俵日本に数多ある女人禁制の神域に準じた扱いが必要、と考えていると解釈していいだろう

土俵女性が立ち入ればその有難味が失われると『信じている』訳だ

これを女性差別であるという批判だけで変えるのは、難しいと思う

なぜかというと、根底にあるもの宗教的価値観から

こういう相手にただ理屈を説いても「理屈じゃないんだ」という返事が返ってくるだけだ

ではどうするか?

俺は宗教的アプローチ必要になるのだと思う

まり土俵女性が立ってもOK、祟ったり、罰を当てたりもしませんよ」という神様の言質を取ったという体裁必要だと思う

相撲土俵がどの神様管轄になるのかは分からないが、一応神事自称する以上はそういう神様がいるのだろう

その神様を祀っている神社にお願いして「土俵女人禁制は解除しておk」という神託を得る儀式を整える

そしてその神託を受ける形で相撲協会土俵女人禁制をやめるという流れだ

御神木を切る際に、なんやかんやと儀式をやるのと似たようなもの

女性土俵に上げても、その有難味は失われないという宗教的権威による裏付けが得られるのであれば、

おそらく相撲協会もその支持層も、少なくとも表立って女人禁制に反対するのは難しくなると思う

かに強硬に反対する人に対する場合は、その人自身よりもその人が反対する理由に対してアプローチすべきだ


土俵女人禁制を無くす事は、その為に支払うコストに見合う行為なのか?

長々と書いてはみたが、個人的には土俵女人禁制を廃する必要がそれほどあるとは思えない

どの様な方法を取るにしても、お金と労力と時間を浪費する事になるだろう

それらは相撲協会組織改革に用いた方が、より効果的だと思う

舞鶴市長が倒れた際の現場関係者対応は確かに酷かった

しかし、ああいったケースへ対応する事に、女人禁制を廃する必要は必ずしも無いと思う

男性医師救命士を協会専属で雇って土俵際に配置し、力士も含めた関係者にも対応訓練を行う事で急病者への対応改善できるはずだ

力士の怪我の頻度も考えれば、大相撲医療体制もっとテコ入れ必要で、それは土俵女人禁制を廃することよりも優先度が高いと思う

表彰の件にしても、表彰する人間男性でも女性でも土俵以外で行う様にすれば良いだけのことではないだろうか

力士相撲を取る事以外の事を、土俵の上でやらない方が土俵宗教的権威はむしろ高まる様な気もする

相撲協会には女人禁制を廃するといった宗教的象徴的な部分よりも、まずは組織改革医療体制といった現実的問題への対処を頑張って欲しいと個人的には思っている

2018-04-12

AC

・周囲が期待しているように振る舞おうとする

・何もしない完璧主義である

尊大で誇大的な考え(や妄想)を抱いている

・「NO」が言えない

・しがみつき愛情混同する

被害妄想におちいりやす

・表情に乏しい

・楽しめない、遊べない

・フリをする

環境の変化を嫌う

他人承認されることを渇望し、さびしがる

自己処罰嗜癖している

抑うつ的で無力感を訴える。その一方で心身症嗜癖行動に走りやす

離人感がともないやす



・周囲が期待してようがしてまいがどうでもいい

自分が好きなことだけやって飽きたらやめる

・冷静で現実的な考えを抱いている

・偉そうな奴に「NO」を言うのが大好き

・愛するものでも容赦なく切り捨てる

他人自分の引き立て役に徹するものと思ってる

・表情豊か

・楽しむ、遊ぶ

環境の変化を好む

他人が何を考えてようが気にしない、孤独が好き

自分が悪いとは考えないし仮にそうなら誰かにせいにする

・躁的で全能感がある、メンタルが異様に強い

まりこうなればいいのでは?

anond:20180411232410

人体が透明に視えるということをSF的に考えると、体表面の光の屈折率を変化させて攻殻機動隊光学迷彩みたいにするのが現実的かな

この理論だと皮膚に覆われた部分はセーフだから腸管内の内容物だけ空中浮遊する問題解決するはず…

2018-04-10

anond:20180410132715

いかなぁ…。

こうなっててほしい、みたいなビジョンとかもない。ただ理想はないけど現実的な予定はあるから、それが失敗したりしないかけがいつも不安

anond:20180410104405

現実的に無理矢理犯されるかどうかはわからないと思います

お前も本当は男とセックスできるんだろという言説はヘテロ男性人権無視したハラスメントだと思います

2018-04-09

anond:20180409153622

厳密な定義なんてないんだからどっちでもいい

いいけど、現実的には理系に分類されることが多いってだけ

ドラクエ11老害巣窟と化していた

PS4でだいぶ後半まで来たけどそろそろ限界かもしれない。

シナリオに対するツッコミポイントが次から次へと湧いてくる。

グラフィックごまかしてるけど、心理描写全然できてないし、リアリティが完全に崩壊している。

たとえば村人を多数犠牲にした事件があって犯人が改心するのだけど、みながそれで許しちゃうとか。

おーい。沢山死んでる!遺族が許すわけないだろ!みたいな感じ。

現実的意味でのリアリティではなくて、空想の中におけるリアリティさえも感じられない。

要するに雑。

しかしたらキャラクターの見た目が妙にリアルからよけいギャップに感じるのかも。

ただ、なんというか旨味ばっかりしかないような、見た目だけのインスタント食品をずーっと食べさせられてる感じ。

胸焼けがひどい。

そこから垣間見えるのは、作ってるときに誰もシナリオに対して口出しできない状況だということ。

ファイナルファンタジーがとっくにたどった崩壊の道を、とうとうドラクエも歩み始めてしまった。

ネタバレになるから具体的に書かないけど、終盤で一番心が折れる事件が起こったからというのもある。

もうやめるわ。エンディングまでたどり着ける気がしない。

kawangoに釣られてみよう

http://kawango.hatenablog.com/entry/2018/04/08/193935

うーむ、あまり理系文系論理的感情的とは異なるような。

これはどちらかというと価値問題だ。最適化問題を解くことが得意な人にとって、

最適化する目的関数定義されれば、あとはその問題を解くだけでOKと考えがちだ。

しかし、現実的には目的関数定義自体がたいへん難しい問題であり、そこは論理的定義できない場合存在する。

例を挙げれば、命の価値だ。保険会社を取り上げるまでもなく、人間一人の命の価値は数量化可能だ。

しかし,その数量化された価値は大多数の人間にとってのある人の価値であり、あなたにとってのある人の価値ではない。

あなたの妻の命の価値保険会社が3億円と算出したとして、そしてそれが論理的エビデンスに完全に裏打ちされたものとしても,

あなたにとってあなたの妻の価値がそれ以上であることはありうるだろう。

不運にも交通事故にあった場合に支払われる価格がその価格であったとして(そしてそれを悲しみながらも論理的に受け入れたとして)、

では大富豪が3億やるから殺させてくれ、と言われた場合あなたがそれを受け入れるかというと、それは異なるだろう。

どちらも妻の死と3億円の交換であったとしても。

そのあたりの心理的な折り合いをつけるプロセスが、社会の中では民事裁判などといった形で存在している。

そこでは、原告被告ともに論理的議論を行う場であるが、「妻の価値はいくらだと考えるべきか」というその依って立つ前提条件が異なる。

まり目的関数定義に関する議論を行なっているのだ。

これは個人価値観に依存するものであり、論理的に答えを導くことはできないのではないか

頭でっかち

> 「企業システムを変えずに」の部分がタイトルでは削ぎ落とされている。

      https://anond.hatelabo.jp/20180408225447

 

元増田の言っていることは、論理的には正しい。たしかに、企業システムを変えれば、生産性が劇的に向上して、うまく行くかもしれない。

だけどね。現実的には、無意味なんだよ。

 

生産性を向上させれば、労働時間が減って GDP が増える。何もかもうまく行く」というのは、多くの経済評論家が言っている。しかし、「生産性を向上させる」ということ自体が、「天から金が降ってくれば」というのと同様に、根本的に不可能ことなんだ。

  ・ 天から金が降ってくる

  ・ 天から素晴らしい技術が降ってくる

  ・ 天からシステム改善方法が降ってくる

こういうのはすべて、現実にはあり得ないことなんだ。実際、過去歴史を見ても、こんなことはいっぺんも起こらなかった。どうしてか? 仮にそれが起こったとしても、同様のことは世界各国で起こるから、1国だけが抜きん出て生産性の向上を果たすことはあり得ないんだ。

 

その例外はある。それは中国だ。中国だけは劇的に生産性が向上していく。しかしそれは、中国生産性絶対レベルがきわめて低いからだ。とうてい先進国の水準ではない。先進国には当てはまらない。

 

まとめて言おう。

システムを変えればうまく行く」という元増田の主張は、論理的には完璧に正しい。

しかし、「システムを変える(ならば) ⇒ うまくゆく」という論理のうち、前件の仮定が成立しないから、論理としては意味をなさない。「 偽 ⇒ 偽 」という命題は、論理的には完璧に真であるが、意味を持たない空理空論であるにすぎない。

論理意味を持つためには、仮定の前件が真である必要がある。元増田の主張は、そこを満たしていないから、ただの空理空論であるにすぎない。論理のお遊びだ。何かを指摘したつもりなのだろうが、実は何の内容も含んでいない空っぽの主張であるにすぎない。(間違いではないが。)

 

 (付記)

 IT速報などが、「企業システムを変えずに」の部分をタイトルでは削ぎ落としているとしても、まったく問題はない。「企業システムを変えれば」ということは、あってもなくても、ほとんど影響しないからだ。「企業システムを変えれば生産性が向上する」というのは、大きな錯覚である。やってもやらなくても、生産性には影響しないのだから、この部分は削除してもまったく差し支えない。

 「企業システムを変えれば生産性が劇的に向上する」というのは、企業経営現場を知らない経済評論家の、夢見る妄想であるにすぎない。

 では、生産性を劇的に向上させる方法はないのか? 実は、ある。それは、経営者そのものを交替させることだ。企業システムではなく、企業トップの首をすげ替えることだ。

 似た例で言えば、日本改善するためには、日本という政府システムを変える必要はまったくないが、首相の首をすげ替えれば、日本(の政治)を劇的に改善させることも可能だろう。文書偽造などの問題も、システムを変えるよりは、首相政党を替える方がはるか効果がある。

 何でもかんでもシステム責任にするのは、経済評論家の悪しき妄想だ。企業経営統治というものは、トップ人格能力に大いに依存しているのである

 

 ────────

 トラバへの回答。

 

> この主張が正しいなら先進国生産性は横並びのはずなのだけど、現実はそうじゃないよね。つまりその主張は間違いあるいは不完全なんだよ。

 

 本項は、1国について、(短期的には)「システム改善生産性の伸びがない」と言っているだけで、異なる国同士の比較はしていない。豊かな地下資源や肥沃な国土がある国は生産性が高いが、その違いを無視して、「先進国はみな同じ」なんていうことがあるはずがない。アメリカのようにシェールガスも肥沃な穀倉地帯もある国と、国土が山ばかりで平地がろくにない日本とを比較して、「同じ生産性になる」なんて思うのは、よほどの現実無視だろう。

 というか、そもそも本文中に「トップしだいで生産性は大きく変わる」と書いてある。トップしだいで企業ごとの差異が多く出るのに、まして、異なる国同士で同じになるはずがない。日本国内だって、優良企業と駄目企業がある。なのに、異なる国同士で同じになるはずがない。

 上のトラバは、本項を根本的に誤読している。

2018-04-08

バーフバリを育てたくない?

https://togetter.com/li/1216273

この記事でさ、古市が変だ変だ言われてるけど

もし自分の子がいてもいなくても、その子他人の男・女の子であっても、伝説の王の子だったら育ててみたくないか

生みの親じゃないけど育ての親だし、上手く育てれば感謝されるし、誇りにも思える

流行りのバーフバリ想像してみたら、自分はよく理解できた

子バーフバリの育ての親の立場だったら、なってみたい

バーフバリは極端な例だけど、王の子 → 優秀な遺伝子を持つ子 と考えれて貰えばいい

現実的に考えると、優秀な遺伝子を持ってるのに出来損ないになりやがって!的な問題も起きるんだろうなとは思うけど、

古市の言うような「色んなパターンの子を育てたい」「優秀な遺伝子を持つ子を育ててみたい」という気持ちは、結構理解できる

2018-04-07

共産党】「非核化平和体制構築を一体的、段階的に」 志位委員長、6カ国に要請

日本共産党志位和夫委員長は6日、国会内で記者会見し、北朝鮮の核・ミサイル問題の今後の解決に向け、「朝鮮半島非核化北東アジア地域平和体制の構築を一体的、段階的に進める」ことをアメリカ韓国中国北朝鮮日本ロシア6カ国協議関係国に求める要請文を発表しました。朝鮮半島非核化をめぐる問題で6カ国の政府に同じ内容の要請を行うのは初めて。要請文は、在日大使館経由で各国に伝達し、北朝鮮政府には米・ニューヨーク国連代表部を通じて届けます日本政府はしかるべき形で伝えます

要請文全文)http://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-07/2018040703_01_1.html

 今回の要請は、4月27日の南北首脳会談、5月末までの米朝首脳会談という新たな動きを受け、「対話による平和解決のチャンスをぜひ実らせてほしい」(志位委員長)との立場からのもので、6カ国に対し、今後、対話交渉を進めるにあたってとくに重視してほしい二つの点を提起しています

 第一は、「朝鮮半島非核化北東アジア地域平和体制の構築を一体的・包括的に進める」ことです。

 志位氏は、「北朝鮮の完全かつ検証可能で不可逆的な核放棄をはじめとする朝鮮半島非核化は、関係国の対話交渉の最大の目標にされるべきです」と述べるとともに、「それと一体に、北東アジア地域平和体制の構築――南北米朝、日朝の緊張緩和・関係改善正常化を進めることが重要です」と強調。「両者は一体的に同時並行で進めてこそ、実らせることができます」と語りました。

 さらに、「非核化を進めるためには、朝鮮戦争終結をはじめ戦争敵対に終止符を打ち、地域平和体制を構築し、北朝鮮を含む関係国の安全保障上の懸念解決することが不可欠になってきます」と指摘。

 そのロードマップ行程表)の基礎として、6カ国協議共同声明(2005年9月19日)をはじめ、交渉の土台とすべき一連の重要な国際合意をあげました。

 第二は、「その実行方法にあたっては、合意できる措置を話し合って、一つずつ段階的に実施して目標に近づいていくことが、現実的方法」だということです。

 志位氏は、非核化平和体制の構築は、目標として合意されても、一足飛びに実現することは困難であり、「段階的措置によって相互不信を解消し、信頼醸成を図りながら前に進むことが現実的だ」と強調。そのことは05年の6カ国協議共同声明で「約束約束、行動対行動の原則」として確認されていること、同声明が困難に直面し実を結んでいない原因は「その具体化の過程でこの原則が守られなかったことにある」と指摘。「関係国が、過去の教訓を踏まえつつ、この原則にそって粘り強く交渉を進め、目標を達成していくことを要請したい」と述べました。

 志位氏は、要請の結びに、戦争絶対回避しなければならないこと、敵対から和解への転換が図られれば世界平和にとって巨大な利益になることを強調し、「すべての関係国が理性と英知を発揮して解決にあたることを重ねて要請します」と訴えました。

2018年4月7日(土)

しんぶん赤旗

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-07/2018040701_01_1.html

anond:20180407155740

かに件のスイーツのような話であれば、男らしくないと思われていても現実的には無視することが可能だと思います

なんらかの立法現実社会でのルールの取り決めが必要事柄において

ある行為社会規範に照らして男らしくないのだから男性が行うことは禁じても問題ないというような判断が行われる可能性は無視できないと思います

内容によっては内心ではバカバカしいと思っていても人権を守るために抗議をする必要があるときもあると思っています

個人的にはスイーツの件については、男性入店禁止の店がある程度なら問題ないと思っていますが、問題だと思う男性が声を上げることも意義のあることだと思います

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