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はてなキーワード: 位置とは

2018-08-13

anond:20180813135510

ファミリー」の定義に着目するのであれば、一理ある反論だな。

ファミリー」が決してあらゆる多様な客層を包摂する言葉ではなく、子連れ家族をメインターゲットとするレストランだと位置づければ、

そこから外れてる客はおとなしく自分達がメインになっているお店に行くよう促すのも整合性がとれる。

福祉施設の入所者も、もはや生活実態ファミリーと呼べる状態ではないから、ファミレスのメインターゲットから外れる。

anond:20180813120212

ファミリーレストランって名前の通り、万人に開かれており多様な客が訪れると予想するけど、

不妊治療も上手く行かず子供の声を聴くのも辛い上に高音や金切り声でPTSDに悩まされる中年女性

数少ない楽しみとして、数か月に一回福祉施設から団体食事に来るが、大きな音でパニックを起こしてしまう重度自閉症

やっぱりこの辺りの客層よりも子供の方が弱者性で高い位置(より優先順位が高い)に来るん?

まあ中年女性自分選択で別の店に行けばいいだろって反論は成り立つけど、重度発達障害弱者性バトルで割と子供拮抗すると思うぞ。

心の「感覚

心が、いつもと違う状態になることがある。

それは、突然やってきて、いつの間にか消え去っていく。

唯一分かっていることは、色々な条件が揃った時にだけ起き、それゆえに普段の心の位置とは違う、他の状況では実感できないような心の感覚

楽しいとか嬉しいとか悲しいとか、そんな簡単言葉ではとても言い表せない、特別な心の感覚

小さい頃には、それを体験することが多かった。

例えば、祖父母の家に遊びに行った帰り道、頭を預けた窓から伝わる振動と車の匂い、流れ行く木々景色、夕暮れ前の陰り具合、その日の思い出。

それらが全て一体となって、自分の心をいつもと違う場所に連れて行く。

嬉しいでも楽しいでもないのに、何故かうっとりとその感覚に浸ってしまう。

大人になってからは、そういう気持ちを新たに「発見」することはなくなったけれど、最近になって、ふとした瞬間に、既に味わったことのあるその感覚を思い出すことが増えた。

だがそれは、その感覚を外から見ている感じ。

触れたいのに触れられない、その感覚の「存在」を思い出しただけで、感じているわけではないし、一瞬で消え去ってしまう。

今の自分がそれを感じられないことがとてももどかしく、同時に遠い日に味わったその感覚を懐かしくも思う。

掴みどころのないこの感覚を、どうにかまた感じることはできないだろうか。

大人には感じられないのだろうか?日々の暮らしの中で、大事な何かを失ったような気もするけど、失ったそれが何かも分からない。

そういうものを取り戻せれば、また子供の時のように、感じることができるだろうか。

2018-08-12

自分語り大好き人間による長文自分語り

私は昔からクラスで配られるプロフィール帳を10分もなく完成させたり自己紹介大好きだったり自分のことを誰かに知ってもらうのが大好きで、そう思えばほんと根っから自分語り好きなんだなと思ったんだけど、もうインターネットってそういう場だと思ってるから今更デカい声で自分語りすることに自分でとやかく言ったりしないぞ

隙あらば自分語りとか言われるけど、自分語りを嫌なことだとか恥ずかしいことだと思ってる人が言ってるだけかもしれないし(いや知らんけど)、別に自分語りって他人押し付ける訳でもないんだったら勝手にやってもいいよね!他人ツイートにリプ欄で長文自分語りしてる人見ると「あー…」と思うけどな!

自己紹介大好きなくせに初対面の人も人前もクソクソクソクソクソクソ嫌いな上に内弁慶ネット弁慶から最悪!まんま弱い人間って感じ!

〜以下私が今日買った本の感想やら受け売りやら私ががその本を買うような性格になった原因であろう過去の話など〜

いきなりなんだけど、自分が誰かを誘う時に「でももう予定が入ってたら迷惑に思われるかもしれないし」「私があの人を誘うことで好きなのがバレて嫌がられて距離を置かれちゃうかも」とか要らないことばっかり考えて結局誘えなくなったり、やりたくないこと頼まれても断ったのちに「使えねえ」「感じ悪い」「こいつ嫌だ」と思われるのが嫌で断れないとか、まさに「周りにとって都合のいい人間」な私なんだけど、結局「こう思われるかもしれない」ってのは自分他人フィルター越しに見てるから起こる心境であってそれが事実とは限らないしあてにする必要もそれにとらわれる必要も全くないんだよな

わかってても考えかたを簡単に変えられるわけじゃないからここまで人間関係死ぬほど苦労してきたんだけど、そういう心境って全部今まで自分が関わってきた人とか環境とかで決まってくると思う

私の場合小六の時に仲がいいと思ってた女子グループ所属してる私を除いて5人の女子達(自分もそこに所属しているというか関わってた)が、影ではグループに割って入っていった女子の陰口を授業中メモに書いて2人で回してたとか、本当はAちゃんが悪くてBちゃん被害者なのに、グループ権力者みたいな子にBちゃんが悪いといいうことにされたあげく全く悪くないBちゃん先生グループ内のみんなの前でAちゃんに謝りAちゃんが「いいけどもうしないでね」とBちゃんに言う(私はたまたま関わってただけでその問題とは接点が濃くなかった上にその話を深く知らなかったからというのと、直前に陰口があったことを知ってしまったが故にそこで自分が何かを言って裏で何か言われるのが怖くて何も言えなかった)という地獄のような現場を、たまたま特定の仲がいい友達がいなくていろんなグループフラフラしてた私がちょうどそのグループに関わったが故に一緒に先生に呼び出されて女子達の裏側を見てしまったということなんだけど、まあ余談だけどなんでBちゃんが悪くてAちゃん被害者という流れになってしまったのかというと、グループでの権力者(笑)女子を含め(私もだけど)Bちゃんが嫌いだったからなんだよね 醜いね

でもまあこのグループに全く関係の無いところで私はBちゃんにも散々苦しめられてるしお前にも悪いところはあったぞと今だから思うんだけどね

で、そこで初めて女子の醜いところ等を目のあたりにしてしまった私は「私もこのグループにいきなり入っていった身だしこの子に裏で色々言われてたかも」「実は嫌われてんのかな」と不安になって1番関係ないくせにその場で号泣してしまったんだけど、まあ何が言いたいかって、私が「もし〇〇だったらどうしよう」「誰にも嫌われたくない」「陰口言われたくない」と思うのってこの体験があったからなんじゃないかな〜ということです

私が読んだ本の著者も言ってたけど、そうやって他人感情や周りの空気に敏感になることが必ずしも悪い事だとは思わないし、むしろそういう敏感な感覚必要になってくることも少なくないかもしれないけど、その敏感な感覚自分を下卑したり傷つけたり遠回りさせて疲弊させるために使ってたら楽しいこと何も無いよねってことだよね これ全部自分に言ってます

著者はそういう思考のことを「他人思考」、自分を軸にして物事を考えられる思考(≠自分勝手自分に自信がある)のことを「自分思考」って言ってたんだけど、たしかにそう考えると他人意見とか気にして自分のやりたいことやれずに結局グチグチ言う他人思考タイプの方が、自分がしたいこと、やれることは何かを考えて動いてる自分思考の人に比べて自己中心的だよね 他人意見を気にするのも結局嫌われたり自分社会的に悪い位置になるのが嫌ってことだもんな

ちょっと自分が何を言いたいのかわかんなくなってきたし言いたいこともっとあるんだけど、キリがなさそうだからもうやめとこ

他人思考の人って他人必要以上に期待して裏切られたら勝手不愉快になるらしい(というか私がそれ)なんだけど、この日記も誰かに見てもらえると思って載せても誰にも見てもらえないだろうからまあ過度な期待はしないでおきたいね

でも自分が今まで他人イライラしてきたことを振り返ると、たしか自分の思った通りの返事が来なくて不快になったことは多いなと思った やっぱりいらいらした時ってその原因を深く掘り下げてその後どうするか、失敗をどう活かすかって考えた方が絶対いいね

anond:20180812221840

ありがとうございます

少なくともSIerは暫くのち斜陽業種になり、いま小学生の習うプログラミングは、そろばんに近い位置づけになっている私の予想です。

独裁国家ではなく選挙があって度々政権交代もする社会において、戦略比較的上手くいっている国は、それをどこか司っているのですかね…日本でならば本来なら霞ヶ関万年与党学閥?やはり基礎は国民教養なのですかね?

2018-08-11

anond:20180810212101

極東にある日本より、ほぼ極西に近い位置にあるアメリカの方が発達している。

発展しているだけでは、何が発展しているのかわからない曖昧語句である

まり標準時が遅ければ遅いほど国家は発展するということです。

名目GDPで考えてみると、一位のアメリカと二位の中国の間に四位以下の国が挟まっているので、誤りであるといえる。

はてなの総ユーザー数-反論した人の数/はてなの総ユーザーが僕の意見賛同した人の割合となります

賛成でも反対でもない人が賛成側に含まれている。

完璧サマータイム擁護論です。

標準時が遅ければ遅いほど国家は発展するということ」が「完璧サマータイム擁護」になるのか分からない。

サマータイム時間を早めるため、標準時が遅ければ国家が発展するという理論からすれば逆のふるまいである。

サマータイム導入は原理的に可能である

IT技術者が心配していること

サマータイムは開始時と終了時が大きなトラブルが発生すると考えられています

例え話にします。ある製造業会社がありますオフィスには社員が見える位置に壁掛け時計がついています。この時計は少し特殊で、秒数しか表示されません。具体的に言うと、ロンドン1970年1月1日0:00から経過した秒数です。例えば、日本時間2018年8月11日午前0時は、1533913200となります

けど、これでは不便なのでオフィスには変換器が用意されています。その変換器を通してみれば日本時間の日付と時刻を教えてくれます。ですので、多くの社員はこの変換器を利用しますが、たまに、変換器を使わず仕事をする人や自分で変換器を作る人もいます。また、オフィスの変換器は、サマータイム対応していますサマータイムが始まる際は、XX年6月30日23:59:59の1秒後はXX年7月1日の2:00:00です。また、終わる際は、XX年9月1日2:00:00の1秒後はXX年9月1日の0:00:00です

■ ケース1

毎日0時になったら仕事を始めるAさんがいます。Aさんは、オフィスの他の人が自分の机に持ってきた書類ファイリングして、日付をつけてキャビネットしま仕事をしています。その書類には完成した商品情報が書いてあります。完成した商品情報が書いてある書類キャビネットに入れることで、お客様商品を受け取りに来た時に、受付の社員がどこに取りに行けばいいのか分かるのです。

XX年6月30日。その日の仕事を終えたAさんは、次の0時を待っていますしかし、変換器を通した時間ではXX年7月1日の0時は存在しません。ですので、次に仕事をしたのは7月2日の0時でした。

7月1日の朝になってオフィスお客様が品物を受け取りに来ました。受付のBさんはお客様の依頼を受け、キャビネットを探しに行きますが、書類が無いので、「まだ完成していません」と答えます。本当は商品はできているのに…。

■ ケース2

XX年8月31日0時。Aさんは、普段通り仕事をはじめました。自分の机の上にある書類をまとめて、「XX年8月30日分」と書いてキャビネットしまますしかし、その2時間後、またXX年8月31日0時がまた来ました。あわてて自分の机の上を見ます書類はありません。(工場が動いているのは8時〜20時)書類が無かったので空のファイルに「XX年8月30日分」と日付を書いてキャビネットに向かいますが、すでに同じファイルがあります

キャビネット内に同じ名前ファイル存在していけない決まりなので、そのファイルは捨てて空のファイルキャビネットしまいました。

朝になってオフィスお客様が品物を受け取りに来ました。受付のBさんはお客様の依頼を受け、キャビネットを探しに行きますが、書類が無いので、「まだ完成していません」と答えます。本当は商品はできているのに…。

さて、これを解決するにはどうしたらいいでしょうか。

そうです、Aさんには◯月◯日には、0時はないので2時に仕事して下さい。さらに、□月□日は0時が2回くるので2回目の0時に仕事して下さい。また、受付のBさんには□月□日の1回目の0時には、キャビネットには書類は来ないので、2回目の0時になるまで待って下さい。と教えればすみますサマータイムはこうして対応可能なのです。

心配無用サマータイムは導入可能です!

話を例え話から実際の話にします。

サマータイム考慮していないシステムは無数にあると思われますが、考慮したシステムに改修すれば問題ありません。不具合が発生するケースは、例え話以外にも考えられますし、解決方法は他にもあるでしょう。

自社の全てのシステムをチェックして、上記のようなエラーが起きる可能性はないか精査します。多くのシステム仕様書がなかったりするので、その場合は実際にテストしてみたりしないといけません。さらに、AさんとBさんの連携のように、他のプログラムと連動する場合は、サマータイムの開始・終了の際にどう対応するかを取り決める必要があります。社外のシステム場合もあるので、そうした会社と調整が必要になります

精査、改修、そして実際に問題いかテストするプロセスで、日本全国で対応できるまで、おそらく最低でも数年程度はかかるでしょう。2000年に合併したみずほ銀行システム統合は今年完了するようです。18年経って、完成しないのではと言われていましたが、なんとか完成に漕ぎ着けられそうです。

また、改修には予算がかかります。ぽっとその予算を確保できるでしょうか。大企業なら内部留保等で対応できるかもしれませんが、中小企業だと数年かけて積み立てないといけないかもしれません。

いずれにせよ、5年くらいかければサマータイムを導入することは可能です。それでも一部のシステムは間に合わないかもしれませんが、生活に支障が出るレベルではないでしょう。多くの技術者に「無理だ!」と言われて心配していた、オリンピック委員会のみなさん、安心して下さい。

大丈夫です。最短でも2023年にはサマータイムは導入することができます

蛇足:誰が悪いのか

現在動いているシステムは、すべてサマータイムを見越して作るべきだったかもしれません。それは確かにそのとおりです。その意味では、IT屋にも責任があるのかもしれません。

しかし、サマータイム対応となると考慮した設計をしなくてはならず、費用が余分にかかります。1億のシステム開発で、サマータイム対応することで2000万余計にかかる、ということも充分考えられます元号2000年問題と違って、導入されなければ永遠に使われない機能です。

仮に提案したとして、永遠に使われない可能性のある機能に、発注者側がその金額を払う判断をできたかどうか。。。

実際、我々は「中世」なのではないかと思う。

今が人類史に置いてどういう位置にあるかを図る時に我々が用いる物差しには未来の為に残されたメモリはほんの僅かしかない。

今我々がいる場所は、我々が知る限りにおいて人類史最先端なのは間違いない。

しかし、これから人類が生き続ける歴史の中では決して、近代と言えるような時代ではない可能性は十分にあるはずなのだ

まるで誰もが、もう数十年、数百年ほどで最後戦争が起きて人類が滅亡するかのようなイメージ人類歴史を語りたがる。

果たしてそうなのだろうか。

人類歴史はこれから万年も続き、その中で我々は人類の歴にしおいて中盤程度の位置において文明の基盤を作ろうともがきあがいていた世代として扱われる可能性の方がずっと大きいのではないだろうか。

そう考える時、我々は実際、長い人類歴史で見た時たしかに「中世」として括られるのやも知れない。

今の社会がまだまだ発展途上であることに対して箇条な非難を浴びせかける人達はなぜそんなにも「自分たちの生きている時代が完成形でなければいけない」と思い込んでいるのだろうか。

不思議だ。

これから少しずつ良くなっていけばいいと考えられないのだろうか。

焦りすぎだ。

自分が生きているうちに人類が完成してくれなければ困るとでも思っているなら、それは誇大妄想というものだ。

地方民の遠征愚痴

毎年コミケとかの時期によく見る、地方民の遠征愚痴本当に不快

遠いとか交通費かるとかはまだ良いにしても関東民に殺意が湧くみたいなやつね

不便さとかオタク生活を最大限満喫できないのが嫌で

就職上京した自分からすると田舎に残る選択をした癖に何言ってんの?としか

東京来る努力をしなかったのはお前の甘えだろ

どんなジャンルオタクにしても現状関東一択に決まってるのは明白なのにね

こっちは関東のどの会場も数百円で行けるような位置に住むのに

のほほんと田舎暮らしてるやつの何百倍も働いて努力してるワケ

あと地方遠征もするけど交通費が〜宿泊費が〜なんて愚痴たことないわ

あいうど田舎いつまでもいて都会へ出て行った人を指をくわえて羨んでるだけの奴は本当にムカつく

https://anond.hatelabo.jp/20180810152425

そもそもじゃがいも主食位置付けてる国の方が多い

チャーハンが白米のおかずにならないとか言われてもチャーハンとしては困るだろうが

まりそういうことだ

2018-08-10

サマータイムが間違っているただ一つの根拠

極東にある日本より、ほぼ極西に近い位置にあるアメリカの方が発達している。

まり標準時が遅ければ遅いほど国家は発展するということです。

完璧理論です。

完璧反論ができる人だけ反論してください。

はてなの総ユーザー数-反論した人の数/はてなの総ユーザーが僕の意見賛同した人の割合となります

完璧サマータイム擁護論です。

私の勝ちは確定ですね。

anond:20180810113034

あれって位置を変えられないだけだっけ

寝る位置は動かないと考えればできるんだろうか

anond:20180810082123

きれいな人の場合、「ちょっとしこり位置を調べますねー」って舌で診断することもあるぞ。

2018-08-09

無職としての学問

 特に文系において、大学研究を取り巻く環境が厳しいので、少し愚痴を書かせていただきたくお邪魔します。

* * *

 研究生活が実生活、ことに家庭生活に対し極度の不安定性を与えることは、今日に始まったことではない。

 例えばかの有名なマックス・ウェーバーによる1919年の講演の中では、「大学に職を奉ずるもの生活はすべて僥倖支配下にある」と語られており、「精神的に打撃を受けることなくこうした境遇に堪ええたためしは極めて少ない」とまで言われている。

 このような状況は、100年の時と洋の東西とを超えた今日日本においても、同様である。むしろ人口減少と学問に対する軽蔑——それはおそらく、ウェーバーが講演の中で強調した、学問がなんの「救い」も「啓示」ももたらさないということを、多くの人々が正しく認識たからに他ならないが——に直面している極東島国の方が、研究生活を取り巻く環境過酷であるといえるだろう。

 博士号を取ったとしても多くの人々には就職先がなく、あっても有期雇用で、しか低賃金であり、長期的な研究生活の途を描くことは全く不可能である

 日本より恵まれ研究環境を有する国、例えば博士課程から給与が出るアメリカや、高等教育がほぼ無償であるフランスの例を持ち出すことは簡単であるしかし、研究生活はその研究者が根ざしている言語文化、あるいは人的ネットワークにある程度は依存せざるをえない。また、他国研究環境は、一部だけを切り出せば外面的には羨望の的になりえるが、実際は、給与と引き換えに研究テーマ選択制限されたり、あるいは無償で得られる研究環境には限りがあったりするのである

 当然のことながら、研究者における研究成果はそれぞれのおかれた研究生活の諸条件に左右されるのであり、それは資本的な制約を大きく受ける理工学系のみならず、人文系についてもそうなのである

 ハンナ・アーレントのように、生地での生活を根こそぎ奪われ、新天地で大きな研究成果を挙げる例もないわけではない。大学官職への道を閉ざされてから活躍したカール・マルクスそもそも学歴のなかったピエールプルードンなども、偉大な思想家としてのちに崇められる存在であるしかしながら、すべての人が偉大な人、指導者のような人、あるいは預言者になることを目指して研究に励んでいるわけではない。実態はむしろ逆であり、陽が当たらない部屋で日がな一日、誰も読まないような古雑誌の1ページをどう解釈するかについて考え、その謎を解けた時に無常の喜びを感じる、そういう人が研究生活に入るのである。そのような、全くつまらないことこそ重要研究成果なのであり、むしろ大きな社会的反響を呼び起こす御宣託が科学的な研究成果とは全く呼べないようなものであることは、ウェーバーの指摘するところであり、歴史が度々証明してくれたところでもある。いずれにせよ、研究生活とは社会的名声や富と全く関係がないどころか、資本主義社会ではしばしばそれらは相反するものとなるのである

 尤も研究者も所詮人間であるからして、研究のものの「客観性」や科学位置付けとは無関係に、それぞれの求める研究生活上のあり方というのは存在する。名声や富を求めて研究に取り組む人もいるのかもしれない。しかしそれは明らかに悪手だ。羽生名人でも挽回できないぐらいの悪手だと思う。

* * *

 さて、反面、家庭生活はまさに「経済」の必要に駆られるところのものであり、十分な収入、定住可能な住居、そして可能な限り多くの家事労働自動化が進んだとはいえなお労働集約的だ)が投入されて、初めて成り立つものである

 収入がないなどもっての外であり、亡命収監失踪放浪なども、家庭生活とは相容れないものである

 歴史を顧みれば、自死発狂、子捨て、虐殺に至るまで研究に身を置いた人々の末路は様々であるが、なんとかしてそのような事態は避けたいと誰しもが願うところであろう。

 できれば平穏無事に、昭和時代理想とされたライフスタイル、すなわち夫婦円満子供と共にマイホームに住み、安定した立場で働き定年後は年金生活という人生を歩みたいところである(これは皮肉である)。

 しか今日の若き研究者は、子供はおろか結婚もままならず、マイホームマイカーも持たず、年金制度破綻を前に怯えながら年老いるのである

 もしあなた結婚したとすれば、それはパートナーの全く寛大な心によるものか、パートナー無知蒙昧で完全に誤った選択をしたかのいずれかであろう。

 さら子供がいるとすれば、当然あなた研究生活放棄するか、あるいはなんらかの安定した不労所得に拠って研究生活と家庭生活の両立を試みねばなるまい。(あるいは、あなたが非常に体制時代に順応的な研究をなしていたとすれば、すでに十分な収入に恵まれいるかもしれない。これこそウェーバーの言った「僥倖である。そういう人には心から祝福を送ろう。願わくば同じような僥倖が数多の迷える研究者たちにあらんことを。)

 多くの研究者たちにとって、結婚出産研究生活首にかけられた縄である

 女性研究者の研究生活性別役割分業的発想や家庭生活に対する支援パートナーから十分に得られないなどの理由によりすぐに縛り首になってしまうが、男性研究者の研究生活も同様に性別役割分業的発想や金銭支援パートナーから十分に得られないことですぐにギロチンにかけられてしまう。

 いずれにしろ他者にとって金にならず有用性のわからない行為としての研究は、家庭生活に直面すると挫折する公算が大きいのである

 だからといって、家庭生活を全く否定してしまうことも困難である穂積陳重来日本の身分法学者は、日本国民の位置付けを次の三つの身分のいずれかあるいは複数に属するもの定義した。すなわち、夫婦、親子、親族である

 しかし、親が死に、結婚もせず、親族との紐帯も弱いとなれば、その人は社会的にも法律的にも、全く孤立した存在となってしまう。

 その人は十分な社会保障の対象にならないことはもちろん、社会生活上の様々な面で制約や不利益を受けることとなる。

 実際上の問題として、社会的要請として家庭生活に入ることを我々は求められており、多くの人はその生活が全く不幸であり耐え難く絶望的なものだと感じていたとしてもなお、家庭生活に甘んじているのである

 当然、研究をしていなければ家庭生活が楽になるとは全く言うことができない。しかし、少なくとも研究生活が家庭生活と激しく対立することであることは自明であることのように思われる。

 あるいは「家庭」という理想像の崩壊高齢者二人世帯や単身世帯シングルマザーの増加、生涯独身者の増加などによって、家庭生活という名付け自体空虚ものになっているという批判があるかもしれない。

 しかし反面で、なお結婚出産経験する人は半数を占めており、「家庭」に代わるほど普遍化された結婚出産を前提とした私的領域生活モデルはいまだに存在しないわけだから、やはり家庭生活という呼称を用い、特に若い研究者たちにとってはそれを重視せざるを得ない現状もあるのだ。

* * *

 収入、定住、家事労働を求める家庭生活は、無収入、度々の転職と転居をもたらし、にもかかわらず時間の余裕を求める研究生活とは、完全かつ深刻に対立する。

 では、この間の解決はどのようにしてもたらされるのか。非研究であるパートナーの忍耐によってであろうか。あるいは研究生活の適度な抑制によってであろうか。

 前者はこれまでの男性研究者がしばしば採用した方法であり、女性人権がない時代であればよかったが、21世紀にもなってこの方法採用しようと思っている人がいるなら、その人は妻を見つけることができないであろう。

 後者方法は、実際には採用し得ないものであり、つまりそれは相撲レスラー炭水化物摂取を控えるとか、プログラマーが1日3時間しかモニターを見ないようにするとかいう話であって、研究生活を「適度に抑制する」などということは単に研究生活否定しかない。

 研究者はその人をして全的に研究に没頭せしめなければ、素晴らしい「霊感」を得られないものである。そうでなければ、特に人文学研究においては、それは単なるジャーナリズムに陥るであろう。

 そして、これもウェーバーと同じく声を大にして言いたいところであるが、そのような素晴らしい「霊感」、今日言葉であれば「イノベーション」などというものは、研究のみならず仕事や様々な形の労働の中でも、それに没頭し専心していなければつかむことの能わざるものであり、行政府が旗をふって労働時間の長短や職業訓練の有無をいくら弁じ扇動しようとも、生まれてこないものなのである

 家事労働ワークライフバランス長時間労働問題は、まさにこの没頭の可能性にあるのであり、特に家事労働時間を細切れにしてしまうために人をして何かに没頭させることを妨げること大であるワークライフバランスも、結局その目的とすることが明らかでないか低賃金かつやることのない中途半端余暇をもたらすだけである長時間労働改善しても、人々が自ら欲するところのものに取り組めるような労働時間の設定でなければ、それが長かろうが短かろうが、人々の不満は変わらない。いくら労働時間が短いとしても過労死は起こりうるし、長く労働していても過労死しない場合があるのは、この理由によるのである

 とにかく、家庭生活の求めるもの根本的に否定しなければ、研究生活は成り立たないのである

* * *

 では、解決方法は何か。家庭生活問題点は、それが夫婦という二者で成立するように想定されていることである。それゆえ、収入と定住を男性が支え、家事労働女性が支えるという構図が出来上がった。

 しかしこの想定は噴飯ものであり、シングルマザーは全て一人でやらざるを得ず、あるいは逆に親族から支援収入不安が軽減されたり、実家を譲り受ければ定住も可能というように、家庭生活の諸条件の実現は夫婦という関係性の外部で決まっていることが多い。

 もし家庭生活に関与してから研究生活継続するためには、家庭生活を成立するためのリソースを外部から調達することが最も望ましい。(逆にいえば、外部からリソース調達できなければ、ついにここで研究生活のお墓を立てるしかない。自分研究というアイデンティティよ、さようなら、と。)

 ただ、ここには二つの問題がある。一つは、リソース調達である大川周明のように徳川家から調達したり、大杉栄のように政治家からぶんどってくることができれば最高だし、あるいは明治時代のように女中を置いたりできれば最高だが、なかなかそういうわけにはいかない。もう一つは、その調達個人能力に帰せられることで、研究能力とは別にそれに取り組む環境規定されてしまうということである

 この二つの問題解決するためには、若い研究者同士で研究生活を支えるための生活ネットワークを構築するしかない。あるところには金がある人もいるだろう、あるところには手が余っている人もいるに違いない。

 どうせ研究生活に勤しんでいる人以外に若い研究者に対して同情を寄せてくれる人はいないのである

 アカデメイアリュケイオンがどうだったかはわからないが、古今東西大学に併設されている寮や大学街(カレッジ)では生活上でも学術上でも研究者のコミュニティ形成されていたはずだ。修道院のようなものである

 いま、若い研究者は官僚主義的な大学制度によって互いに分断され、地方に散住し、有能なもの国外へ出て行ってしまっている。もう最後タイミングである

 いま我々若い研究者が団結して助け合わなければ、この国の研究はすぐになくなる。もし研究のなくなり方が緩やかであれば、日本語で達成された学術的成果を、多少なりとも国際的に、人類のために遺す時間猶予が生まれるかもしれない。あるいは、国外から救いの手が差し伸べられるやもしれぬ。「タコツボ」を脱しなければならない。近くで助け合って生活し、なんなら雑誌なども出して(いまであればブログでいいのかもしれないが)、特に文系では消え掛かっている研究の灯火を、なんとか引き継いでいかねばならぬ。ならぬと思う。

いや、それとももう、研究生活を諦めるべきなのか。

好きなものがある奴が羨ましい

俺はあんまり自主的にこれが好きというものがない

他人が何かを「良い」と言っていると

ほーどんなもんかな、と例えば曲なら死ぬほどリピなどしまくって

そいつがその曲のどういうところを評価したのか

世の中ではどういう位置づけで受容されてるのかを徹底分析して

だいたい教えてきたそいつより詳しくなったところで飽きて終了

鑑賞だけでなく創造的な趣味でも

他人が楽しそうに漫画など描いていると漫画の描き方を調べて分析して軽く練習して

つの間にかそいつよりうまくなって飽きる

好きなものがある奴が羨ましい

飽きることなく続けられるものがある奴が羨ましい

俺も老後の趣味になるような末永く続けられる道楽が欲しい

2018-08-08

anond:20180808225343

字義どおりに解釈すると、温泉でいい気分となった客が夕涼みを兼ねて街へ繰り出す

温泉まんじゅうを食べて、お土産屋を冷やかしがてら見て回って…

街のややはずれに位置する秘宝館野郎三人でなだれ込んだ

そこには面白さに自信のあるまんさんがいたのさ

なんでも街で隠居してる落語家崩れのおっさん弟子入り、週三で話芸の修行に通ってるってさ

あたいはこんな田舎で終わるまんじゃないんだ!

いいね東京へ出なよ

だけど男衆の優しさ、そこはあくまで建前で通す

東京にゃあんレベルのまんさん吐いて捨てるほどいるのサ

anond:20180808202104

発展中発展中止とかいう軸はねぇよ

先進国開発途上国発展途上国)、後発開発途上国、レールの上でどの位置いるかってだけ

コテージ間を散歩したらドアの下に新聞紙が挟まっていた事

テレビリモコンが少し古めだった事

特殊な小さい車で移動した事

ロビー位置

アウトレット広場の芝生が気持ちよさそうだった事、スパに行った事

全部覚えてるのに君は忘れてしまったんだねえ

2018-08-07

anond:20180807174221

天皇が運試しって意味不明でしょ

神道じゃ自分が神なのに

あれ?戦後神道でも天皇って神じゃないのか?

どういう位置づけなんでしょ

anond:20180807031952

郵便物受け取りの位置が何処にあるか知らんが、

それなら本当に通報したらいいのでは?

2018-08-06

プルンギルかいた人ありがとう

https://anond.hatelabo.jp/20180727095941

懐かしい。

この漫画めっちゃ好きだったんだよわたし

韓国映画好きな人ならありきたりっていうかもしれないけど

日本マンガはこのジャンルすごい弱くて未だにこの作品は傑作に位置すると思ってる。

みんなも是非読んでくれ

目が覚めるときに逆さに向いてるような感覚になる

目が覚める直前の、まだ目をつぶってるけどそろそろ起きるか〜って状態ときに、なぜかいつもと逆向きに寝ているように感じることがある。左手タンスが来るような向きでいつも寝てるんだけど、目をつぶっていて自分の体の位置確認しようとすると右手タンスがある向きで寝てるみたいな感じ。あ〜これほんとはいもの向きで寝てるんだよなあ、て自分では気づいてるのに感覚は反対向きになってるの。

こういうことってない??

デレミリ対立煽りから、よりもい11話が染みた話

みなさんこんばんわ。みんなだいすき()アイドル増田ーのお時間です。

本日実施されましたTHE IDOLM@STER PRODUCER MEETING 2018 What is TOP!(!は省略)にてアイドルスターミリオンライブシアターデイズ(通称ミリシタ)への楽曲ToP!の追加が告知され、寸暇をおかず実装されました。

この楽曲実装については、振り付け中にハイタッチや手をつなぐといった動作があることからスペックの劣るスマホでの実現は難しいだろうと思われてきました。

しかし、今回その点を完全にクリアしてミリシタへの実装がなされ、多くのPが驚くこととなりました。

と同時に、アイドルスターシンデレラガールズスターライトステージ(通称デレステ)もプレイしているPには嫌な予感が走ります

デレステでは数日前に凸凹スピードスターという新楽曲実装されています楽曲は素晴らしく、MVも実に凝っていて楽しいのですが、振り付け内でアイドルが向かい合って手でハートマークをつくるという箇所においてオリジナル歌唱メンバーでなければ手の位置がずれてしまうという一点においてアンチ対立厨槍玉に挙げられていました。

そんな中、何かと比較されることの多いミリシタにおいてその点をきっちりクリアしてきたものが近いタイミング実装されたわけですから、やはりと言うべきか対立煽りの格好のネタとして使われてしまうこととなりました。

デレステミリシタの両方を真摯に追ってきた人間であれば、ミリシタは様々な3Dモーションを実現するために拡張性の高いシステム構築がなされている一方でデレステは背景やライティングといった映像全体でのクオリティアップへ注力されている、といった戦略の違い得意不得意の差と理解できるでしょう。

そうでなくても、用意には実装できない技術なのだろうと発想できる人間であれば、それを実現できたミリシタ開発スタッフへの称賛こそあれ、それを実装していないデレステ開発スタッフ非難するなど出来ようはずもないと私は思います


さて、ここで話が飛びます

私事ですがつい先日、録画溜めしていたアニメ、『宇宙よりも遠い場所』(通称よりもい)をイッキ見しました。

このアニメは様々な事情を抱えた高校生少女4人が紆余曲折を経て南極へと旅する青春アニメなのですが、その11話でこのような話がありました。

主人公たちが南極に到着し昭和基地観測隊員とともに生活をおくる中、大晦日広報企画として日本とのビデオ中継が実施されることとなり、主人公4人組のひとり三宅日向同級生らが登場します。

この同級生らは日向がかつて通っていた高校陸上部員なのですが、彼女らに裏切られたことに端を発し日向高校を退学するに至っています

そのような事があったにもかかわらず、(その同級生らは謝罪したいとのことではあったが)いけしゃあしゃあと「友達南極へ言ったので自慢したい」と連絡をとってきた彼女らに日向はひどく憤慨します。と同時に彼女らを許せず憤る自分を「小さい人間」と自責します。

そんな日向を見て、中継放送実施の直前スタンバイしている同級生らにむかって小淵沢報瀬、玉木マリはこのように喝破します。

報瀬「はじまる前に一つだけ良いですか。悪いけど、三宅日向にもうかかわらないでくれませんか。あなた達は、日向学校辞めて、辛くて苦しくて、あなた達のこと恨んでると思ってたかもしれない。毎日部活の事思い出して、泣いてると思ってたかもしれない。けど、けど……」

マリ「けど、そんなことないから!日向ちゃんは今、私達と最っ高に楽しくて、超充実した、そこにいたら絶対できないような旅をしてるの!」

報瀬「日向は、もうとっくに前を向いて、もうとっくに歩きだしているから! (以下略)


対立煽りネタにされてるんだろうなあと真っ先に思い、SNSやらまとめサイトやらに案の定ネタにされてるのわざわざ見に行って、勝手イラついてるときにこの話を、このシーンをふと思い出しました。

やっぱり自分は「小さい人間」で、楽しんでる心の何処かで、ネット越しの悪意を無視できず無様にも自滅します。

でも、対立煽りなんぞで満足しているような、アンチ活動で悦に浸ってるような、そんな連中ではたどり着けない面白さへと歩いている、「そこにいたら絶対できないような旅をしてる」んだと。

ちょっとだけ勇気をもらえた気がしました。

よりもい、名作と呼ぶに足る作品でした。ほんとうにありがとう

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