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2017-09-22

俺は吉野家感謝している

俺は吉野家の牛丼が大好きだ。熱々の味噌汁も好きだし紅生姜も大好き。あの値段で腹一杯満足にさせてくれる吉野家には本当に感謝している。もう何十年も吉野家に通っている。人生で何十年も続けて通うところなんてそうそうない。これは凄いことだよ。これから吉野家に通うだろう。食は俺にとって一番身近で楽しみなこと。最期まで吉野家で美味しい牛丼を食べたいものだ。

2017-09-20

anond:20170920010439

身だしなみを整えることを含めて街コンに行くまでの勇気があるなら、立派だと思います街コンもっと楽しむといいです。色んな楽しみ方きっとある

私は文化系公募マニアになろうとして真面目に作品つくって真面目に応募しています。我が子のように送り出したものがその最期の姿を見ることもできずゴミ屑になってしまうのは辛いものですが、でも他の方たちも懸命に作ったものを送り出したに違いないです。だから、それはまるでお祭りのようだと思いました。それぞれが努力して作ったものを見せあうお祭りだと思いました。そんな楽しみ方もあります街コンであれ面接であれ、他にもきっとあるでしょうからもっと楽しむとよいです!

2017-09-19

母の最期

モルヒネを投与して二日ぐらい経った。

文字で会話もできたし意識はまだしっかりしてるが苦しそう。

最期まで看取りたい気持ちもあるが仕事子供のために帰ることにした。

落ち着かない。

2017-09-14

独り身のキモくて金のないおっさんがボロアパートの一室で溶解する最期を迎えるのは公正であるということですか?

2017-09-12

anond:20170912171340

いっそ全て諦められたら社会どん底でも幸せになれるのかな?

誰の役にも立たなかった人生を見つめ、ただただ死を待つだけの日々

でもそういう最期もあるんだ!

2017-09-05

所詮大乗仏教であるまどマギ』でマミさん自力救済ルートはない

あの宇宙魔法少女は、

阿弥陀如来となったまどかの本願である

「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。すべての宇宙過去未来の全ての魔女を、この手で」

希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最期まで笑顔でいて欲しい。それを邪魔するルールなんて、壊して見せる。変えて見せる」

によって救われることが約束されているので、

その阿弥陀様が現れるまでの次元時間においては、魔法少女絶望して発狂し続けるのです。

これが他力本願です。


せいぜい宇宙の仕組みを知るほむら

「南無真努迦仏」という名号魔法少女たちに知らせ、

「これさえ唱えれば極楽往生約束されるから大丈夫

と説得することで現世での救い(気休め)が得られます



ところで本来仏教はこういうものではありません。

初期仏教であればマミさん自力救済可能です。

今日初期仏教のご紹介のためにこちらにあがらせていただきました。

マミさんへのご提案と言う形で

初期仏教効能と素晴らしさをみなさんに知っていただきたいと思います


戒を守ってください。

・殺生しない

・盗まない

・妄りなセックスをしない

・嘘つかない

飲酒しない


マミさんが守るべきはこのたった5つです。

これによってどのような効果があるかというと、心の不安定さを減らすことが出来ます

さやか杏子殺人や嘘がトリガーとなって身を滅ぼしているように

この五戒現代にも何の古臭さもなく通用する「人類の主要な自滅ファクター」を潰すためのリストです。

心の汚れはソウルジェムの汚れ、厳しく戒を守ることは人間にとっても魔法少女にとっても最優先タスクなのです。

たとえばマミさん現在こそ後輩女子との姉妹愛を求める中学生ですが

更に孤独感を深めると飲酒や妄りなセックスを覚えて依存していきがちなタイプに見えます。注意が必要です。


慈悲を念じて下さい。

私は幸せでありますように。

私の悩み苦しみが消え去りますように。

私の願い事が叶えられますように。

私に悟りの光が現れますように。

私は幸せでありますように。

私は幸せでありますように。

私は幸せでありますように。


生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるものの悩み苦しみが消え去りますように。

生きとし生けるものの願い事が叶えられますように。

生きとし生けるもの悟りの光が現れますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

生きとし生けるもの幸せでありますように。

教室で暇そうにしているとき、部屋に帰って1人なとき、空き時間ごとに真剣に常に念じます

まず自分幸せになりたい気持ちを認めて、心から自分幸せを念じます。(さやかはその気持ちに嘘をつきました)

次に自分と全く同じに、すべてのいのち幸せ差別せず念じます。(さやかは恭介や仁美の幸せを喜べませんでした)

これは心の筋力トレーニングであり、毎日やれば着実にそのような心になってきます

するとソウルジェムの汚れが止まり回復し、しかも以後は汚れにくくなっていきます


なお「生きとし生けるもの」をありありと広いスケールイメージ出来るほど効果があがります

あらゆる人間、あらゆる動物魔法少女魔女インキュベーター、真努迦仏のような高次元の神々、

どこまでも広げていくことが可能です。

慈悲だけが無量の心なのです。


ただし、慈悲を念ずることは強烈な効果はありますあくま一時的です。

これによって魔女にならないように時間を稼ぎ、次にご紹介する瞑想をすることこそが狙いとなります


瞑想して下さい。

日に2時間

長期休暇は朝から晩まで起きてる間中瞑想をして下さい。

肉体が既に空しいものとなっている魔法少女瞑想が進みやすいでしょう。


これにより預流果の段階まで瞑想が進めば

無常

無我

発見することが出来ます


魔法少女もまた宇宙の全てのものと同じく、縁起により生じて滅していく因果の流れであること。

(執着できるようなもの人間だったときから一度も手にしたことなどないこと。)

魔法少女に限らず一切の生きとし生けるものにとって、生きることは本質的に苦であること。

(「苦」は悲観主義ニヒリズムとは全く違う言葉なので、ここでは理解したつもりにならないでください。)

今や頼りなくソウルジェムに宿るという「我」はそもそも錯覚であり存在しないということ。

(きゅうべえにぶっこ抜かれ毀損されたものなど元からなにもない)


この3つの真理ばかりは言葉で納得してもダメで、

瞑想によって体験するしかないものです。

どれか1つを1度体験すれば全ての仕事は終了します。


阿羅漢マミさんの完成

以上を実行しおえると阿羅漢たるマミさんが現れます

初期仏教メソッドにより完成した阿羅漢マミさんはなにものにも執着しません。

期待も怒りもありません。

かわりに智慧があります

心を汚すことがありません。

完全なる捨(ウペッカー)の安らぎがあります


願いもなく。絶望もなく。

もはや魔法少女でも魔女でもありません。

輪廻脱出した勝者です。


https://anond.hatelabo.jp/20170905094738

2017-09-01

https://anond.hatelabo.jp/20170831203334

逃げて逃げて逃げ延びた結果、いつのまにか43歳になった男だが人生空っぽすぎて辛い。

小学生のころに自殺寸前のところで踏みとどまって、逃げる道を選んだが、

果たしてそれは正解だったのか、今にして疑問に思う。

一度、逃げを覚えてしまうと、何度でも逃げてしまう。

逃げ癖がついてしまうのだ。

とりあえず、今は逃げておく。

その時点での最善の選択の繰り返しが、今振り返ってみると、最悪の選択肢だったことに気づく。

そのうち人生絶望して自殺するか、最期まで逃げ続けて何もない人生を終えるかのどちらかしか思い浮かばない。

2017-08-29

増田童貞叩きしながらミサイルで吹き飛ぶ最期を迎えるようなやつがいると思うと笑える

2017-08-21

この歳になってまた風俗で働くのかぁ。

関西の方にはばばぁでもまだ働けそうな所あるらしいんだよね。

債権者に行けと言われた。

最初に働いたのは音大卒業して間もない時。

私の親はいわゆる「毒親」、特に母親

女の子が欲しくて私が産まれたので幸い一人っ子だけどね。

着せ替え人形が欲しかったとはっきり言われた。

母親に対して何も言えず、自分で考える事をせず言いなりだった。

さすがに高校生の頃、父親に何かおかしいよと訴えてみたものの何とかうまくやってくれよと言われたよ。

考えたらお互いがいいか夫婦なんだよね。

学生の時つき合ってた人の会社がトラブってしばらく連絡取れなかった時、言い寄ってきた同年代の男がいて、親に言ったらそっちの方がいいんじゃないと言われたかその男とつき合い始めた。

同じ学生だったけど、しばらくしたら大学辞めてプーになるわ、さいたま出て同棲したらいっぱい借金してるわで、何とかしなきゃと風俗で働き始めたんだ。

でも段々首が回らなくなって、仕方なく親に打ち明けたらスルーだよ。

どうにもならなくなってちょっと病み出した頃、学生時代元カレに寄り戻してって頼んだけど断られた。

その頃には前から借金もどんどん膨らんでたし、もうプーとは別れてたけど、昔の同級生何人かに元カレを助ける為だと嘘ついて借金して回った。

しばらくして友人の一人が疑問に思って、そんな事実あるのかと元カレ電話してきたらしい。

それで全く知らないし、言い寄ってきた男とくっついたよって話しになって嘘がバレて怒られた。

そんな時、カレがケガした子猫を拾ったの。

私も動物好きだし、元カレとの繋がり断ちたくないのもあってその猫飼うって言ったんだ。

でも何年経っても同級生への借金返せないし余計苦しくなってきて、もう生きていてもしょうがないと思い始めて猫を安楽死させてくれる病院探したの。

何軒回ってもそんな病院なかった。

行き詰まって何年も連絡ひとつ取ってなかった元カレに、猫を殺して自分死ぬと泣きついた。

そしたらお前なんかどうでもいいけど、自分で飼うって言ったんだから最期まで責任持って面倒見ろってとんでもなく怒られたよ。

家賃も払えなくなってたから、元カレ会社で使ってた部屋に住まわせてくれた。

元カレには引っ越した事くらい親にも言っとけと言われたけど、なかなか言えずに3年くらい経っちゃって、こっちの立場も考えろって事でようやく親に話した。

元カレが親と話したら、過去は問わないし見捨てないって言ってるし、それなりに親も心配してるから俺も親身に事情聞くからって事になった。

借金の事は元カレには話してなかったけど、私の様子が変だったみたい。

それで同級生に嘘ついて借りたお金の返済迫られてて、親にももう頼れなくて困ってる事を打ち明けたんだ。

で、元カレが色々人に聞いてくれて親とも相談して妥協案を探してくれたの。

しかった。

本当に何年ぶりかで希望が持てた。

でもしばらくしたら突然急にやっぱりできないと話しひっくり返されたんだよね。

そこで関西風俗に行く事になると思うって話したけど、やればいいと言われたしむしろ推奨された。

それで債権者同級生たちが、何でひっくり返してんだ?しか風俗の事もスルーってアタマおかしいじゃん!と親に対してとんでもなく怒り心頭なっちゃってるんだ。

しか母親は、借りたお金返してないこちらの方が悪いのに債権者の事を罵倒する始末。

今まで迷惑もかけたけど、今回風俗行くって言っても止めてもくれないし、見捨てられたと実感。

寂しい。

まだ話してないけど、親切にしてくれた元カレにも関西に行く事ちゃんと言わなきゃ。

2017-08-20

https://anond.hatelabo.jp/20170820131907

印刷業界のこととか全然わかんないけど、卑近な例だとうちは読み捨てるようなビジネス書とか流行技術技術書残酷描写とかがあって子供に見せたくないものなんかは電子書籍で買って、それに対して、そのうち子供達が家の本棚から見つけて引っ張り出して読んでくれるといいなって思うような文芸書や図鑑みたいなものは紙で買ってるからアカウントが異なる者同士の貸し借りとか、同じアカウントの中でも書籍ごとにパスワードかけてアクセスできないシステムとか、大判デバイス簡単に閲覧できるとか(図鑑は小さい画面では厳しいから)、そういうのができたら紙は買わなくなるかもしれない。

もう歳がいった私なんかだと、電子書籍ライブラリをザーッとみて興味ありそうな本を見つけるっていうのと、本棚を眺めて見つけるっていうのは別物なんだが、デジタルネイティブにはそれなりの発見方法みたいなものがあるかもしれないしな。

そういうシステムができるのがいつになるのかはわからないし、そうはならないのかもしれない。(利益問題とかで)

もしならないとしたら、私はもうしばらく紙の本を買い続けるんだろう。

そういう私みたいな需要が今どれだけあるのかはわからないけど。

ももしかしたら、デジタルネイティブの子供達は、どんだけ私が溜め込んでも本棚の本なんか見向きもしなくなるんだろうか。

だとしたら、そこが私にとっては紙の最期になる気がする。つまり、私が子供達が読まないなって思って、紙の本を買うのをやめる時。

あと図書館はどうなるんだろうとか。

図書館場合図書館しか閲覧できないアカウントログインしたデバイスがずらっと並んでるだけみたいになるのかな。

図書館で借りるとかはできなくなるね。

それとも期日がくるとアクセスできなくなるデータとかをもらえるのかな。

あと他に紙の需要で外せないものってあるかな

でも全然最初質問の答えになってないな?

2017-08-16

https://anond.hatelabo.jp/20170816161321

滅びるなんて映画的な美しい最期は近い未来になくて

これから長い長い冬の時代が始まるだけ

間違った選択をしなければずっと裕福な国でいられるってのが幻想だわ

2017-08-14

創作を辞めようと思う

結論最初から出ている。辞めようと思う。

これはただ、この哀しみを、この虚しさを、どうにも消化できないから吐き出すだけだ。完全にチラシの裏だし、なんの建設性もない。

勝手に辞めればいいと自分でも思うし、なにより、そんな断筆宣言なぞ古今東西あらゆる作家がやっては反故にしてきたものだ。なんの意味もないと言われればその通りで、反論余地もない。

だが、それでも、もう疲れてしまったのだ。

辞めようと思った理由は、すこぶるありがちで申し訳ないのだが、サークルメンバーとのモチベーションの差だ。

これを説明するためには、少々自分語りをしなければならない。突然の自分語り! なんともかまってちゃん香りがしてくる展開である。まぁ概ね犯人の自供シーンと大差ないので、ぜひ船越英一郎氏の気持ちになって聞いていただきたい。

私はもともと、一次創作小説をやっていた。書き始めてから、かれこれ十五年は経っていると思う。コミケ創作島に出すようになったのは、十年ほど前だろうか。

ここで初めて手に取ってもらって、対価と引き換えに本を渡した時の感動が、などと書けたら美しいことこの上ないのだが、残念なことに、私は自分の本が人の手に渡る瞬間を見たことは数えるほどしかない。なぜなら、どういうわけか知らないが、私がいるとみんな手に取ってくれないのだ。いないときに限って出るし、いないときに限って売り子に「〇〇さんですか?」などと声をかける。みんな、もっと本人がいるときに話しかけてくれていいのよ?

そんなこんなでのらりくらりと本を出し続けること約十年。ひょんな事から商業で本を出してみたり、ずっと書いていた物語が一区切りしたりで、コミケから足が遠のいていた私だったが、仲間内数名の酒の席で、とある二次創作で大盛り上がりをした。コミケで本を出そうという話になった。

ディレクションが一人、ライターが私含めて三人というメンバーだったが、私を除く二人は早々に脱落した。まぁそれは別に構わない。色々な理由があって書けないと判断するのは、それはそれで正しいことだ。

仕方ないねと思いながら書き上げてみれば、ディレクションしていた人物は、特に上がってきた話に対してのコメントはなかった。さらにいうのなら、その人物は何一つ、そう何ひとつサークルに益をもたらすような行動をしなかった。

今思えばディレクションとはなんだったのだろうか。商業で物作りをしているとかの人物は言っていたが、妄想のタネを配り歩くことを物作りであるというのかもしれない。それならそれで私の考えるものとは全く違う。

話を戻そう。その人物は、本のレイアウトまではかろうじてやっていた。だが、告知のための行動であるとかは一切せず、表紙に絵をつけようという話さえ黙殺し、空の写真を貼ってキレーとか言っていた。その空の写真と作中の物語には何か関係があるのだろうか。未だにわからない。

なんでそんなに消極的な行動しかしないのか、ちゃんと物を出す気はないのか、と問うたところ、かの人物は、趣味からそこまでやる気はない、と宣った。

曰く。自分は物作りを仕事にしており、趣味である以上、仕事ほどの労力をかけたくはなく、趣味範疇物事を行いたい、だという。

まぁそれは否定はしない。各々のスタンスは違うだろう。ただそれでも、あの日酔っ払いながら語った物語は、間違いなく面白かった。それを、必ず劣化するとはいえ、この世に存在するものとして送り出すことに、なぜ少しの手間さえ惜しむのか。だいたい、忙しいと言っているがドラクエXIやってんじゃねーかというツッコミは心の中でだけした。

そして迎えたコミケの日。私の前には、私が書いた物語があった。だがそれは、中身はともかくとして、外身はどう見ても他のものに負けている。もちろんそれが、物語を色褪せさせるものでないことは理解している。だが、そういうパッケージとは、タイトルフォントひとつ、本文のインデントの1mmにまで拘ったパッケージとは、物語として完結してしまったモノに、我々が贈ることのできる最期の手向けなのだ

会場には様々な本があり、彩りは様々だ。そのいずれもが、様々な制約の中、描き手が精一杯作り上げたものだろう。

翻って、自分の本はどうだろう。本文には妥協はない。少なくとも、自分面白いと思うものを詰め込んだ。だが、例えるならばその本が纏うドレスは、妥協妥協を重ねた、見すぼらしい、安っぽい既製品のようだった。

近くに、同じような内容の本があった。まぁネタ被りなどよくあることだ。内容は知らないが、そのパッケージは、とても良くできていた。これが愛だろうか、と思ってしまった。

そちらのサークルは、軽く数百部。翻って我々は三部。ディレクターは、あっちは印刷に百万ぐらい使ってるんだから仕方ないみたいなことを言っていたが、それがどうしたというのだろうか。

その差を目の当たりにしたとき、私の心は折れてしまった。

ああ、もういいかな、と。

そのあとは、逃げるように家に帰った。まさか自分の行動を逃げるように、だなんて表現する日が来るとは思いもよらなかったが、事実小説より奇なりだ。

一眠りすればこの空虚気持ち回復するかと思ったが、どうにも戻らないところを見ると、本当に私は心の底から創作にまつわる全てに失望しているらしい。

もっとも、自分が書かなくとも世の中にはごまんと物語が溢れているし、たかだか商業で本を何冊か書いたぐらいの弱小ライターだ。一人消えたところでなんの影響もない。というより、99%の人間は大なり小なりこういうエピソードで心折られて筆も折るのだろう。

別に彼らと自分が違っている、だなんて思ったことはない。だが、こういう風に筆を折るなんて、少しばかり、いや、だいぶ哀しい。

もう、私は彼らと創作の話をすることはないだろう。スタンスの違い、などでは許容できないほどに、私の物語蔑ろにされた。それを笑って見過ごせるほど、私は大人ではない。

吐き出してみればすっきりするかと思ったが、存外そうでもないものだ。それどころか、自分の未練を知覚するまである

だが、今はとにかく、創作というもの喪失感しか覚えていない。だから辞めようと思う。

今までありがとう

ここまで長い(原稿用紙6枚もあるらしい) チラ裏を、全て読んでくれていたとしたら、ただただ感謝する。

あと、コミケ出展するたびにブースに足を運んでくれた人。本屋で私の小説を買ってくれた人。今まで本当にありがとうございました

2017-08-12

多分、今月で会社をクビになる

もちろん明確な首切りはされないけど、いづらいか自主退職という形になると思う。営業なのに数字を上げられてないからね。もう歳も歳だし次のアテなんてない。やりたいこともない。やろうという気概もない。ほんと死にたいと思ってる。ところで死ぬ前の最後の晩餐に豪華なものを食べるとかよくあるけどさ、なんかもう発想がしょぼいな。俺は絶対そんなしょぼい最期は迎えたくないと思った。生き様もしょぼけりゃ死に方もしょぼいなんて絶対に嫌だ。何から何までしょぼい人生なんてまっぴらごめんだ。どうせ死ぬなら最期ぐらいドカンと行きたいだろ。最期ぐらいユーチューブに顔出しで盛大に騒いで楽しく終わろうかな。人生最期職業ユーチューバー自殺を中継なんてそんな陰気なことはしない。パーッとみんなが楽しめる動画を作るかな!なんか楽しくなってきたわ!死なない!

2017-08-07

場所

いわゆる記念日反応ってやつがしんどくて書いてます支離滅裂失礼します。

でも、明日になったら消すかな。どうかな。

十代のころから二十年以上、ほぼ毎週通ってたならいごとの先生が亡くなって1か月過ぎました。

傘寿近いけど、家族もいなくて、親戚は遠方だから毎日お見舞いに来るような人もいない。

勝手個人的感情だけど、そんな病院生活をさせるのがいやで、用事が無ければ亡くなるまでの数週間ほぼ毎日見舞いに通ってた。

別に何の世話もせずに仕事愚痴とかしゃべりまくってただけだし、本人がどう思ってたかは分からない。

もっと他に顔を見たかった親戚とか他の弟子かいたんじゃないかなとも思う。

その日、病院にいったら自宅に帰ったと聞かされて、あわてて親戚のひとに連絡をとったら、翌日やっとつながって、亡くなったことを知らされた。

あちらの意向で身内だけで済ますといわれて、通夜葬式も行けなかった。

しょうがないよね、私はただの弟子で、親戚のひととの面識はほとんどないし、相手にとってみれば面倒いがいのなにものでもないんだもの

それでも、通夜葬式ぐらいは出たかった。

最期の様子ぐらいもっとちゃんと聞きたかったよ。

だめだなー。つらいなー。

お腹はちゃんとすくし、ごはんだって美味しいし、楽しんだり、笑ったりすることもできるけど、ふとした瞬間にスイッチはいって、べそべそと泣いている。いい年したオバサンなのにね。

家族とか友人とか、一応何人かにできごと自体は話しているんだけど、家族はこの手の泣き言をそのまま受け止めてくれるタイプじゃないし(「いつまで辛気くさいことを言ってるんだ」とか「そんなこと言っても今更無駄だろう」とか言わずにはおれないタイプ)、話してて泣かずにいられる自信が無いので友人に相談して聞いてもらうこともできない。

Twitterblogで延々と語るのも、やっぱりネット上の友人知己に迷惑な気がして、こらえきれずにぽろぽろつぶやいたほかは避けている。

でもなー。やっぱりしんどいし悲しいしさびしいんだ。

こういった別れに後悔が残らないようにはできないって頭では分かっているんだけど、あれとかこれとかやっておけば良かったとか、不肖の弟子でごめんなさいとか思っちゃうわけで。

カウンセリングとか受けるのが一番なのかなと思うけど、行ったことないし、ハードルが高くてグリーフケアの本とか読んでいるだけ。

私にとって大事な居場所ひとつだったんだなと、今更、本当に今更思ってはひとりで泣いてる。

2017-08-04

変性性脊髄症(DM)になったコーギーと私の備忘録

うちの犬の様子がおかしくなったのは、3年前の秋、私が高校1年生のときだった。

後ろ脚だけがもつれる。ふらつく。地面に脚を擦って歩く。何か、様子がおかしい。その時点でそれなりに年を取っていたこと(当時12歳)、以前子宮系の病気になって九死に一生を得たこともあって病院先生にもよくそ存在を知られていたこともあり、すぐに動物病院へ連れて行った。

というのも我が家には昔、その子と一緒に飼っていて、小学生の頃に白血病で死んでしまったもう一匹のコーギーがいたのだが、異変に気付いていたのに大丈夫だと高をくくってしまったが為に病院へ行くのが遅れてしまったという過去があったからだった。

最初獣医さんが言ったのは、ヘルニアかもしれない、とのこと。コーギーのような胴長短足犬がヘルニアになりやすいのはよく知られた事実である。実際に、昔読んだ様々なコーギー飼育本のどれもが、ヘルニアという病気について取り上げていた。発症を防ぐために階段上り下りはさせない、だとか、そんなようなことが書かれていたことを覚えている。実際に、レントゲン写真を見せつつ説明もしてくれた。

ただ、それと同時にちらっと言われた、別の病気可能性。現段階では確定できないけれども、もうひとつ「これかもしれない」という病気がある、と、何気なく言われた。後ろ足からどんどん動かなくなっていく病気ヘルニアと違って痛みはないけれども、だからこそ犬自身は気づかず普段通り歩こうとする。今考えると、あれは変性性脊髄症(DM)のことを言っていたのだろう。

とりあえず当面はヘルニアの疑いとして治療を行っていきましょう、という方針になったが、その後の病気の進行は今考えるとまさしくDMのものであった。

まず、自力での散歩ができなくなった。後ろ脚が本格的に動かなくなってきても、犬はそれに気づいていない。だから、後ろ脚を引きずって前脚だけで歩こうとする。ちょうど、お座りの姿勢で移動しているような格好になる。そうなると、お腹のあたりが傷ついてしまうため、介助ベルトを使って後ろ脚を持ち上げて歩かせる必要がある。だけどそれはかなり負担で、かつうちの犬はあまりそのベルトで釣り上げられつつ散歩するのを好んでいなかった。もともと散歩が大好きで走り回るのも大好きな子だったから、なおさらだと思う。

またこのころ、排便がうまくできなくなってきた。後ろ脚でふんばることができないからとのことだった。獣医さん曰く、自力で出せないが為に腸の中に便がたまっており、新しい便に押されるようにして出てくるしかないため、コントロールができなくなっていたらしい。

もともと排泄はすべて散歩ときに済ませトイレシートなどは使わないのが常だったので、仕方がなくおむつを履かせることになった。ここでうっかりしていたのが、犬用おむつコーギー例外的だが、ほとんどの犬にはしっぽがついている。そのためおむつにもしっぽを出す穴が付いているのだが、コーギー場合はそれが仇となった。しっぽがないために、排泄物がその穴から出てきてしまうのだ。結局、赤ちゃん用のおむつの中でもとりわけ大きいサイズのものを着用させる方向に落ち着いた。

また、病気になる前からも誰かが家にいるとき基本的ケージから出してリビングの中を自由に動き回らせていたのだが、病気になり外へ散歩に行けなくなってからほとんどケージを使わなくなっていった。以前のように階段を昇って行ってしま心配もなかったし、そこまで部屋の中を動き回らないだろうと思ってのことだった。だが、そのすぐ後に問題に直面することとなった。

脚を擦って歩くと、おむつが脱げてしまう。これではどんなに今のおむつに優秀なポリマーが入っていても意味がない。そう考えた私たちは、仕方なく犬に服を着せてその服とおむつとをガムテープで結ぶことにした。見栄えも何もないが、仕方がない。

本当はうちの犬は服を着るのが嫌いで、幼いころに着せた時には気づいたら自力で脱いでしまっていたのだが、この時ばかりは何の不満げな様子も見せずにいてくれた。その後タンクトップスタイルの服から介護用の多機能ベストのような服を着せるようになっていったのだが、その時も何もなく受け入れてくれた。人間と同じで、犬も年を取ると丸くなるのかな、なんて考えたりもした。

ともあれ、私たち家族も犬自身も、病気うまいこと付き合いながら、いつも通りの生活を続けていっていた。

そして2年前の初夏、ちょうど私が定期考査を終える頃に、犬が体調を崩して入院した。それと同時に、獣医さんからDMのことを聞かされた。そして、DMにかかっている犬の献体を受け付けている大学がある、ということも聞かされた。現段階ではヘルニアではなくDM可能性が非常に互いが、この病気脊髄病気から生きている間にその検査を行うことはできないため、除外診断的にしかからないこと、また今はまだ治療法どころか詳しいメカニズムさえも明らかにされておらず、病気の進行を見守るしかないということ。だからこそ、もしも亡くなったときには献体に協力してあげてほしい。そう、言われた。

私はその時点から亡骸を献体として提供することをある程度は覚悟していたが、家族の思いはもっと複雑だったらしい。今年の春先にようやく意見が固まったぐらいだったのだ。かくいう私も、それが本当に犬にとっても良いことなのか、最初は迷った。もちろん遠い目で見れば、病気が解明されて多くのDM犬が助けられるようになったほうがいいだろう。

だけど、そんなそろばん勘定ではものごとは片付かない。臓器移植云々で色々な意見が出ているのと同じだ。当人意思を省いた周りの勝手エゴで、犬に嫌な思いをさせてしまわないか? 何度そう考えたか、分からない。

それと同時に、家の中では車いすの話が持ち上がった。自宅から少し離れたところに、犬用の車いすを取り扱っているところがあるらしい。それを聞きつけてほんの少し後の2年前の7月初旬、本当に車いすを作ってもらうことになった。まだ前脚がまったく動かなくなったわけでもないし、車いすを使えば昔のように走り回ることができて犬も喜ぶだろう、という考えだったそうだ。

車いすを使い始めてすぐは慣れておらずたびたび角にぶつけたり私や家族の足を車輪で轢いて行ったりしたこともあったが(笑)、犬は車いすを気に入ってくれたようだった。昔のように散歩ができることを、何よりもうれしそうにしていた。体力が落ち、徐々に前脚にも力が入らなくなってくるまでずっと、その車いすと共に外を歩き回ったことをよく覚えている。

車いすに乗らなくなって少ししてから、悪い癖がついた。目に留まったものを噛んでボロボロにしてしまう癖だった。それまではほとんどそんなことをする子ではなかったが、動けないことへのストレスがたまっていたのだと思う。新聞に始まりプラスチック製のかご、障子、畳まで噛むようになった。少し目を離したすきにやられてしまうのでどうしようもなかった。帰ってきたら新聞バラバラになって床に散乱している、なんてのはしょっちゅうだった。

同じころに、褥瘡が見られるようになった。いわゆる床ずれだ。お腹のあたりを中心に、毛がなくなり、代わりにかさぶたのようなものができていった。とても痛々しく、見ていてもかわいそうだった。せめて早く治るようにと、患部を清潔に保つことを心掛けるしかなかった。

受験勉強で私しか家にいないときは同じ部屋に犬を連れてきて、冷房の効いた部屋にいさせて熱中症を防ぐと共に様子を気にかけつつ勉強する、なんてこともあった。基本的に昼間はずっと寝ているので、そのいびきに少し腹が立ったこともあったが、それもいい思い出だ。

私が高校卒業実家を出たころから、呼吸がおかしくなっていった。この頃には胸ではなくお腹で呼吸をするようになっていて、呼吸自体も荒くなったりすることもよくあった。また、それより前ではあるものの、鳴き声も以前のように太いものではなくて、かすれたような声で鳴くようになっていた。

息を引き取る二日前、お水もご飯も摂らなくなった。大好きなおやつミルクにも興味を示さなくなり、いよいよか、と覚悟した。DM基本的には食欲の低下は見られない。ただし、終末期を除いて。病院で点滴を打ってもらってから少し食べ物を食べたりもしたそうだが、嫌な予感は当たっていた。次の日の昼、呼吸がおかしくなり、そのまま息を引き取った。

学校からそのまま急いで実家へ帰り、亡骸とようやく対面した。寝ているときの様子とまったく変わらない、いつも通りの表情をしていた。そのとき、以前獣医さんが言っていたことを思い出した。DMは、たとえ進行していても犬自身は痛みを感じない。白血病で亡くなってしまったもう一匹のコーギー最期のその瞬間以外はずっと苦しそうだったけれど、この子は苦しまずに逝けた。それだけでもずっと幸せだったのかもしれない、と思った。

翌日の朝にDMコーギー献体を受け入れている大学へと訪れ、病気の経過を伝えるとともに献体として提供した。褥瘡の少ないからだを見た大学動物病院獣医さんに、よく介護されていたんですね、と言われ、自分たちのやってきたことは間違っていなかったんだとようやく一安心した。

そして、ご協力ありがとうございます、と何度も感謝された。大学のほうにはかかりつけの獣医さんに連絡してもらっていたそうなのだが、そのどちらからもすごく感謝されたことをよく覚えている。DMコーギー大学付属動物病院でも何匹か診ているそうなのだが、あまり献体提供することに協力的な飼い主さんはいないらしい。最後最後に、苦しい思いをさせるかもしれない。そんな気持ちは、誰だってあるだろう。

献体提供後、検査をした後にはペット葬儀社で個別火葬してもらい、お骨はこちらに戻ってくるとのことだった。私が実家を出る日の朝、ちょうどお骨が家に届いた。大学を訪れて3日後だったと記憶している。人間葬儀の時のようにしっかりとした骨壺と骨袋に入れられて帰ってきたそれは、他のペットたちの写真と一緒に今も実家に大切に保管されている。

https://anond.hatelabo.jp/20170803234117

レス元の増田だよ。

別段おかしくはないと思うよ。

まず第一に、「完全に実現出来ないと無価値である」というそちらの主張は、そもそもその時点そちらがおかしいと思うよ。100点の理想を掲げて2点しか取れない。別にそれでもいいじゃない。人類歴史なんてそういう小さな進歩の繰り返しだよ? 今ある社会は100年前のそれに比べて弱者配慮されていると思うけれど、それは先人たちがそういった小さな歩みをしてきたからだよ。もし先人たちが「人類は小さな一歩しか踏み出せない存在なのだから、遠い理想を語ってはいけない」って、そういうふうに自縄自縛をしていたら、今の社会はもともっと差別にあふれていたはずだよ。この主張のおかしさはわかるでしょう? 実現が少しづつでも理想は語って良いんだよ。

第二に「共闘」っていっても様々な段階やグラデーションがありうるんだよ。別段すべてを救った最期しか女性は救われるべきではない、なんて元記事にも書いてないでしょう? もっともっとはるか手前の話だよ。共闘以前に「弱者男性フェミニズムの扱う問題ではないし私たちは関わるつもりがない」なんて言っちゃえば、共闘どころか、相手から手も差し出されてないうちから絶縁状を勝手に送ってるような話だよ(この話題リーそもそも最初はそういう話だよね?)。

増田自分が指摘したのは「フェミニズム問題とは、弱者差別という大きな問題の一部であって、他の弱者差別問題とは無関係はいられないし、その関係フェミニズムの側から切断してしまったら、フェミニズム倫理的正当性は確保できなくなる」という素朴な指摘だよ。そしてそういった自己認識を持つことや、他の問題自分から拒絶しないことが、そんなに高いハードだと自分には思えないよ。

第三に、自分は「高いハードル要求」したことなんてないよ。「フェミニズム自身倫理的正当性を確保しようと望むのならば他の弱者差別問題接続していく他無い」というのを理路として解説しただけであって、もしそれを要求する人がいるのだとすれば、フェミニストたちが自分自身に対して要求するべきものだよ。そちらが言うように、内部からこそ出てくるべき自制だよね。そしてまっとうなフェミニストの人は、もうそんなことは百も承知だしそういう自制もたくさんしてきてるわけ。

そもそもフェミニズムを利用して自分利益拡大を企図する人」はフェミニストでもなんでもないでしょ? ただたんに道端に落ちてた武器自分の都合で振り回してるだけの人でしかない。生活者の行動としてはそれでいいかもしれないけれど、それは思想ではないという当たり前のことを言ってるだけだよ。

自分はコアなフェミニストとは言い切れないけれど、穏当な範囲リベラリストではあるので、弱者差別は少ないほうがいいと思ってるしすべての弱者差別問題に前記のようなスタンスで臨んでいるよ。別段難しくもないし、おかしくもない。実現が遠いと言うだけで、自己矛盾を抱え込んでテロに走るよりよほど楽だよ。

2017-07-31

人生最期の時を想像すると何も行動できなくなる

自分性格上、ないものねだりをする傾向にある。

毎日を全力で過ごせば、「もっとゆっくりした人生を歩みたかった」と後悔しそう。

ぎゃくにゆっくり過ごせば、「もっと毎日必死に生きるべきだった」と後悔しそう。

後悔しない人生を送りたいが、性格上どうしても後悔してしまう。

どうしたものか。

2017-07-29

https://anond.hatelabo.jp/20170729214938

仕方ないのなら仕方ないでいいと私も思います

それでも路上やボロアパートの一室で死んで溶けるのは近代国家国民最期としてはおかしいので

仕方ないのならせめて安楽死くらいはさせていただけないかというのが私の希望ですね

2017-07-16

手だけでも持って帰りたい

23:11心肺停止確認

波乱万丈を地で行く人生だった、戦火の渦に巻き込まれながら山梨疎開女学校に通い大学勉強しに行き、女学校先生プロポーズされ、お見合いの話は妹に譲り、就職した会社で熱心な宗教信者に見初められ、逃げるために慌てて結婚した男は姑が鬼よりも鬼のよう。「お前の腹を借りて私が産んだんだ」と言いながら包丁を持って追いかけられて鬼姑から裸足で逃げた夜もあった。夫は何も言わなかった。

それでも人には恵まれたと言っていた、女学校から友達と80を過ぎた今も連絡を取り合い携帯メールをし、親戚との付き合いも多く、忙しい娘に代わって孫の面倒を見た。

こんな孫でごめんね、腕だけでも持って帰らせてほしい、娘も息子もだかせてもらえず仕事をしながら家事をやり姑を看取り孫を育て孫の家の家事をして夫の介護をして、人の何倍も働きながら人の心配ばかりして、最期まで自分病院電話をかけた。

腕だけでも持って帰りたい。ひんやりしていた、人の何倍も働いた、よく撫でてくれた腕だった。

眠ってるみたいだ。

信じられない。

我はプロメスティン 人間に火を与えし者……

はてな匿名ダイアリーを開始して最初記事がこれというのはどうなんだろうと思うが多分匿名ダイアリーは無数に記事があって無限に流れ去っていくのだろうからどうでもいいだろう

もんむすのわかめの話なんだけど

よく考えると若めは勝利世界から来てるわけでぱら世界わかめとか黒アリは未だ行方不明だなという話が結構ある(特に黒アリの方を俺は心配しているんだけど)

で誰がどこから来てるのかいろんな並行世界の同一人物を並べて行って思ったんだけどそういえばわかめって消滅世界にもいて、死んだかアポ化した結果あの場にはもういなかったんですよね

それで思ったんだけど管理者の塔世界プロメスティン、彼女

今思うとくえメスティンの求めていた理想の世界死ねた、全わかめ中最も幸福わかめなんじゃないだろうか

僅かな時間はいえ多分彼女人間と共にカオス化に抗うことができた。

くえで彼女人間に火を与えて進化を促し、死に際しては人間たちが己の後継者となることを望んだ…というか同志とか求めてたり若干コミュ障拗らせてたのを考えるに「連鎖の中に入る」ことを望んでいたっぽいわけだけど

あの世界では(多分レベルでは圧倒的に彼女に劣るとはいえ)人間たちは共に戦う同志だったわけで、

それはつまりかつてわかめが火という種を与えた人間が、その種族最期にわかめの前で与えたものの成果を見せてくれたという事に他ならないのではないか

暗殺仮面クロムを見て私にはもったいない花道だなみたいなことを言ってたけど

わかめも多分似たようなことを考えたんじゃないかな。

まあ彼女は死んだし、彼女の愛した人間も全部死んだんだけど

その成果は暗殺仮面を通じてルカさんから別の暗殺仮面に伝わって途切れなかったわけで

くえわかめの願いをすべてかなえたわかめなんじゃないかなって

わかめが同志となってくれた人間とどんな会話をしていたのか超気になるからサブイベ追加してくださいお願いしま

天使様という呼び方はよせとかめっちゃ言ってそうだし人間たちの集めた拙いデータを受け取りながらご苦労だったとか言ってそうだしそういうの見てみたいです

或いはぱらわかめノートを見て静かに涙を流すとかだけでもいいんです

 

そういえば死んだ最後天使ってわかめなのかな

ディオと若めの会話から算出できそうなもんだけどどうなんだろう

2017-07-13

https://anond.hatelabo.jp/20170712095559

老害ライダーヲタ昭和ライダーしか認めない、または電王以降認めないなど細かい

「一号〜555まで崇拝、カブトまで許容範囲、それ以降論外」派な老害だけど、

もう新作ファンへの殴り込みはやめた。楽しんでる奴らの横で、

「は?こんなんで満足してんの?俺たちの頃はな・・・」なんてまさに老害典型、こんな無粋なことはないしな。

新作ファンでも本当に好きな奴は大概遡って過去作見てくれるし。今はストリーミングあるから余計に。

そんときになってようやく「ああ、あれは放送当時はね・・・」とか言って口を挟むようにしてる。

アマゾンズ1stは一応最後まで見たけど、デザインガジェットと終盤・最期で周りの奴ほどハマれなかったな。

あの設定ならもう少し理にかなったデザインガジェットにすべきだと思った。

なぜ肉体的に変異してる設定なのにツルツルテカテカのヘルメットコスチューム電子音が鳴るおもちゃベルトなのよ。って。

今では手放しで礼讃されてるクウガも同じ疑問点があるけどね。TVだったクウガと違って好きな大人しか見ないんだし、シン系統で良いのにと思った。

あと終盤の展開。悪とどう折り合いをつけるか、が仮面ライダー命題なのにそれをぶん投げてしまったのがね。

あとアマゾンリスペクトってのも感じないな。名前デザインだけ借りた別物だよ。

2ndは見る気が起きずに見てないしこれからも見ない、こんなだから老害と言われるのだろうけど。

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