「アイデンティティ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: アイデンティティとは

2019-04-20

誰かの真似をして生きてきた

から誰かの真似しかしてこなかった。

誰かの真似をすることで、自分アイデンティティの足しにしようとしていたのだ。

今思えば何もかもが間違っていたと思う。

さいころから物まねが好きで、小学生の頃は芸能人キャラクターの真似をして遊んでいた。

自分面白いと思ったものはすぐに取り入れて、自分面白く見せようとしていた。

そのころに課題で書いた物語作文は、好きだった漫画パクリしか言いようがない。

中学に上がったころ、イラストを描ける人に憧れて絵を描くようになった。

その絵は模写ではないものの、内容としてはまさに「誰かの絵をパクったもの」だった。

好きな作家さんなんてのが見つかれば、ただひたすら画風を真似た。

その人みたいな絵が描きたかった。その人みたいな個性が欲しかった。

個性的な人の真似を沢山すれば、それだけ個性的になれると思っていた。

そうして今現在、絵を描いたり曲を作ったりしている状態だ。

絵や漫画はきっと『誰かの作品』を素材にしたコラージュだし、曲なんて好きなアーティストのを聞きながら作ったこともある。

最低だ。

最低なんて言葉じゃ言い表せないぐらい最低だ。

自分は救いようのない馬鹿だ。

きっともう更生することは不可能だと思う。

自分からパクリを抜いたら何も残らない』ことに絶望した。

自分アイデンティティがない』ことに絶望した。

せめて中高生ときに気がつきたかった。「真似はダサいし最低」と過去自分に教えてやりたい。

明日からどう生きていいかからない。

創作活動なんて始めなければ良かった。


なぁ。パクってシコシコ自己顕示欲を満たして楽しかたか??


どうか、こんな自分の真似をしないでほしい。

きっとこれも、誰かのパクリなのだろうが……

2019-04-19

ヒップホップスピリット

‪ドタマさんの件色々考えたが

まずキャスティングラッパーを起用したのは代理店アイデアだろうか もしそうだとしてそれはかなり失礼ではないだろうか なぜならその思考ラッパー=薬物乱用という前提条件の上に成り立っているからだ

多くのラッパー大麻を愛用するかもしれないがそうでないラッパーもいるのが事実である

次に彼が今回警察という権力のカネによって仕事を得だことに対する私の考えだがこれはヒップホップマナー(もしくはスピリット)に著しく反している ヒップホップ本来被差別者によるレベルミュージックとして隆盛を極めた経緯からも分かる通り「権力」に対してコンプレックスと疑問を持ち続けることこそがアイデンティティなのであってそこに迎合同調しカネを頂くなんていう行為絶対にあってはならないのである

強めにいうとヒップホップへの冒涜である

忌野清志郎警察仕事をするだろうか?そういう話なのだ

2019-04-17

若者応援おじさんの思い出

https://twitter.com/MAEZIMAS/status/1113114798672113665

若者説教する老害は二流。

一流の老害は「君たちこそが真のニュータイプだ」とか言って、若者自分既得権益確保のための鉄砲玉にする。

…いやマジ本当に、若い人気をつけてね。若者説教おじさんは、せいぜいまだ極限の不愉快ですむけど、若者応援おじさんに乗せられると最悪人生詰むので…

というツイート流行っているので、私が遭遇した若者応援おじさんについて書こうと思う。

当時の私は親との折り合いがつかず、学力もそこそこあったし、勉強もしていたのにも関わらず大学に進学せずにフリーターをしていた。実家を出たかったし、大学にも進学したかたから金の工面が当面の目標だった。そんなとき出会ったのが若者応援おじさんのAさんである。Aさんはバブルの頃に就活をしていて、まだインターネットやパーソナル・コンピュータというのが流行る前から電子工作プログラミングをやっていた人だった。実際、経歴を聞いてみると10回以上転職を繰り返しているものの、有名企業(今にして思えば、カビ臭いSIerだが)で部長をしていたことがあって、年収が1700万ぐらい稼いでいたこともある人だった。

最初出会ったとき自分が如何にすごいかということを熱心に語っていた。80年台後半ぐらいのコンピュータ開発の大型プロジェクトに関わっていたとか、セキュリティ専門家とか、今までに触ったことのあるプログラミング言語が300個を超えるとか。でも、当時の技術的なトレンド(MongoDBRuby on Rails、AngularJSとか)についての知識が限りなく少なく、「フレームワークなんてその場で覚えればいい」みたいなタイプだった。中学生の頃にラジオ工作したとか、はんだごてで電子回路設計したとか、そういう話は熱心にするのに、Bram Moolenaarの名前を知らなかったりした。要は、最近プログラマがどういう関心やインセンティブプログラミングやってるかを知らずに、過去の栄光を語ってるようなタイプだったと思う。

まぁ、それでも、その人のコネで中規模程度のSIer入社して、そこそこいい感じの待遇だったように思う。当時の私の技術力は『わかりやすJava入門』『たのしRuby』を一通り終わらせて簡単言語仕様を把握したぐらいでろくにコードも書いたことのないような人間だったから、定時で帰れて手取り二十万もらえるのは甘い汁を吸えたとは思うんだ。

でも入社を決めた一番の理由が、そのAさんが私の関心に理解があると思っていたからだ。というのも、当時の私は「人工知能人工生命に興味があります。三年後に大学入学するまでにプログラミングスキルを磨きつつ生活費学費を稼ぎたい」ということを明言した上で、それを叶えてくれる会社を探していた。技術力はないものの、「自頭がいいか入社してからプログラミングを覚えればすぐに戦力になるよ」と複数人間から言われていて、それぞれ就職先を紹介してもらえるような状況になっていた。今から思えば、そんなコードを書けない人間を自頭なんて胡散臭いもので褒めるような人間は信用してはいけないと思うし、口車に乗せられたと思うのだけど。そこは自分にも甘いところがあったように思う。あ、あと、補足しておくと、当時はDeep Learningなんていうのは全く人口膾炙してなかった時期で、スチュアート・カウフマン金子邦彦に憧れてたような、周回遅れの複雑系に魅せられた若者が私だった。

駄文を書き連ねてしまったが、要は

①親との折り合いが悪く、大学に進学したいが、金が足りない

実家を出るために生活費を稼ぐ必要があったが、飲食バイトとかではスキルが身につかない状態で、価値の高い若い時間無駄にしてしま

③そんなところに現れたのが過去の栄光を話す若者応援おじさんのA

自分殆どコードを書いたことのない業務経験で、21世紀になっても複雑系の話に興味をそそられるような斜に構えたスノッブ

という状況設定理解してくれればいい。

では、入社後の話をしよう。私が配属されたプロジェクトは80万行程度のJavaコードで動いてるBtoB向けの製品保守開発してるプロジェクトだった。やってることはGoogleAmazonMicrosoftみたいな大手ならやってるようなサービスの完全下位互換みたいなソフトウェアを、情弱だけど社員数は多いみたいな企業に売りつけるような仕事だ。国産とか、セキュリティとか、そういうよくわからない言葉を並べ立てて、海外UIも洗練されていて、優秀なエンジニア管理してるものセキュリティ的に怪しいと不安煽り立てて売りつけるようなやつだ。そんなクソみたいな製品でも年間5億円ぐらいの売上になるのだからIT系って糞だなって思う。ネット上では優秀な人間ばかりがアウトプットしてるし、NDAの名の下に詐欺まがいのソフトウェア(今回の例なら無料UIも洗練されていて、使いやすサービス)が明るみにならないのだから、こんな国はさっさとスクラップ・アンド・ビルドすればいいのにって思うよ。IT化されてないのが時代錯誤で〜みたいな記事ネット上でもバズるけど、実際には10年前のスパゲッティコードを惰性と不安につけ込んで売りつけるようなSIerがたくさんある。そんで、そんな意味不明ソフトウェアを導入すれば、どこに何があるのか分からないUI操作に大切な業務時間を奪われて、日本全体の生産性が落ちてしまう。ユーザー時間生産性を奪い、開発者にとっても技術負債しかならないようなソフトウェアを売りつけてる悪性腫瘍みたいなSIerはさっさと滅んでしまえばいいと思うよ。

まぁ、私が配属されたプロジェクトはそんな感じだ。まるで意義を感じないが金にはなってるプロジェクトに配属された。そのプロジェクトの根幹部分は一人のエンジニア設計開発しており、そのエンジニアは既に退職して、どこに何が書いてあるのかわかってない人間が後任として保守を行っている。盲腸みたいに全く有難みのない機能を増やすことでより高く売りつけるようなプロジェクトだった。

そのプロジェクトの中にいる人について話そう。プロジェクトマネージャー仕事漬けで毎月350時間ぐらい働いている60連勤とか当たり前で、常に酔っ払ったような、眠そうな目をしてる人だった。にも関わらず、同じプロジェクト人間仕事がなさすぎて業務時間中に関係ない談笑をしたりしていた。プログラマテスター文書作成をするスタッフが40人ぐらいいるところで、閑散期(機能追加のサーバーリリース前以外)は暇そうにしてる人が多かった。プロジェクトマネージャーを除いて。要は、PM一生懸命働いているが、その一生懸命さは惰性で行われており、無能なのに業務時間が長いPMがいて、その人が全部仕事をやってしまう。他人に頼めない性格らしくて、存在意義が分からない業務他人に頼んでは「なぜこんなこともできないんだ?」って怒鳴るのが生きがいみたいな人だった。頑張ってることがアイデンティティになってて、その頑張りに意味があるのか、必要なのかという吟味ができず、タスク他人に振ることもできず、情報もそのPM一人だけが握っているから、周りの人も「私が仕事を請け負いましょうか」ということもできない。それで新入社員をイビるような存在意義のわからない仕事を振って、できなかったら人格否定をするような感じの。

私が受けた仕事ととしては、週に1回ベンダーのところに会議をしに行くんだけど、そのときの社内の資料を全部紙でプリントアウトして持っていくというのがあった。文書作成スタッフ製品仕様Wordでまとめて、600ページぐらいのpdfにしたものが1500万円ぐらいで売れるらしく、その増えた言語仕様プリントアウトしてベンダーのところまで持っていく。追加された仕様以外にも、今週やったテスト内容をExcelで纏めたものプリントアウトしたりしていた。紙の量で言うと、一回の会議で2500枚ぐらいで、それをキャリーケースに詰めて客先であるベンダーまで持っていくらしい。聞いた話では、その2500枚の会議資料殆どまれずに捨てられるのに、そのPMベンダーにその慣習を廃止しようとは提案しない。ベンダーとの週一の会議の他にも、進捗報告を主とする社内会議があって、PM以外の人はあのプリントアウトする悪習は廃止すべきという話が上がっているのにPMが首を縦に振らないから一向に改善されない。まぁ、そのプリントアウトするのをやるのが私の仕事だったわけですよ。毎週4時間ぐらい掛けてWordExcel文書サイズとか調整してさ。元の文書サイズや余白が狂ってるのに、客先に失礼だと言われて、手直しして、プリントアウされたコロコロコミック何冊分だよ? みたいな紙の束をホチキスで止めていくんだけど、ホチキスの止め方が汚いとやり直し。

じゃあ、なぜPMは頑なに意味のない業務をし続けて、それによって新入社員を使い潰そうとするのかと言えば、弊社の業績が悪くて倒産しそうだったときにそのベンダーが手を貸してくれたからそのときの恩義があるとかなんとか言っていた。だから、靴を舐めるようなことをするし、他人生産性を奪うようなクソ製品を世の中に出して何も感じないらしい。読みもしない産業廃棄物を作り出して、それを無碍にされて喜んでいるような業務が、今の日本の何割を占めているのだろう? そのPMの口癖は「俺はプログラミングは全くわからないが、こんなプリントアウト段取りもできないようなやつはプログラミングなんてできないと思うよ」だった。FizzBuzzどころか変数関数すら知らないような人間にこんなことを言われるのは屈辱だったし、これが高卒経験就職することなのだろうと思った。

他にも、私が受け持った仕事に、製品が動くかどうかを確認するテスターという仕事があった。RSpecSelenium自動化しようと言っても、そんな技術を持ってる人がいなかったから、一々自分でその製品を触って仕様通りになっているか確認しないといけなかった。画面遷移が600ページのpdfになっているから、それを見ながら正しい画面遷移ができているか確認する業務だったが、正直人間のやる仕事ではないと思う。画面遷移だから前のページから次のページに移行したときに前にどのページだったなんてスクショを撮ったぐらいじゃわからないのに、「このテストExcelにした内容じゃ、本当にテストしたのかわからないだろう?」と言われた。言われたとおりにExcelファイルスクショをひたすら貼り付けていたというのに。しかも、その他にも特定ファイルアップロードするときにどの条件だとアップロードができないか判別するテストをどうやって行うのか考えろというのがあった。今までにテスターをやっていた人に聞いても指針なんてないと言われ、「賢い人はそういうのを考えつくものだ。俺はパソコンに詳しくないが」とPMに言われ、嫌気が差した。

まぁ、ここまで書けば、如何にブラックと言うか、理不尽で不合理な職場かというのはわかったと思うけど、いい面もあったんだ。前にも書いたように、未経験高卒手取り20万貰えたのは嬉しかったし、研修のない会社だったから、最初の二ヶ月ぐらいは一人で勝手勉強しててと言われたから、実働換算で時給3000~4000円ぐらい貰える計算だったのかな。一番瞬間時給が高かった日はメールの返答に20分ぐらい使ったときだったから、日給1万、実働換算の時給が30000円ぐらいになった。それぐらい放任されていた。

最初社長が「君にはソースコードUMLを書いてもらおう」とか言って、クラス図を書く練習をしていたんだけど、現場の人は「今更UMLなんて必要ない」「ソースコードを読めばわかる」と言って、全く必要とされていなかった。だから業務とは関係ないTCP/IPRubyGit勉強をしていた。家のことで勉強に対してモチベーションが落ちていた私は、金を貰えるという環境では目の前の勉強に集中できるようになって、元の勉強するための生活リズムっていうのか、そういうのを取り戻せた。それは当時の私にとっては有難かったと思う。

ここまでをまとめると

無料で使えるサービス下位互換といえるような、他人生産性と金無駄にするような製品を開発してるプロジェクトに配属された

PMけが忙しく働いて、周りの人の割り振りができていない。

PM多忙なのはしなくていい仕事を引き受けているだけ。

社会悪のようなソフトウェアを売りつけて金を稼いでいるプロジェクトだった。

仕様書やテスト内容のプリントアウトという必要ない業務をしたり、指示内容と叱責内容が矛盾する理不尽を受けなければならなかった。

しかし、勉強してるだけで月20万貰える環境は有難く、当時の私にとっては願ったり叶ったりだった。

では、次に私がその会社入社から辞めるまでの経緯について書こう。最初のうちは、自分勉強時間を取れていたし、振られる仕事理不尽で意義を感じられないものであるものの、すぐに終わることが多かったか問題ないと感じた。それが徐々に仕事が増えていき、勉強時間が取れなくなっていった。

ここで若者応援おじさんAの登場である。Aさんは私と会ったときは有名企業に勤めていて、そこを辞めて私を紹介してくれた中小企業で働き始め、その数カ月後に私を紹介してくれた。元々、その会社社長とは懇意にしていたから、一緒に働こうという話が何十年も前からあって、今回ちょうどタイミングが合ったから、その友人の会社の重役として就職したらしい。私が就職したのはその数カ月後だった。

Aさんは「何か問題があったら、部下や上司という立場を気にせずに忌憚なく言ってほしい」「俺は人を見る目はある方だ。君は一本芯の通ったところがあるから、周りに流されずに新しいことをできるだろう」「君には将来性がある」「俺は新しい会社でも権力を持ってるからへんなことを言ったり、したりしてる人がいたら遠慮なく言ってほしい」とかそういうのを入社する前に言っていて、まぁ、色々とおかしいところ、FAKE野郎みたいな発言が多かったけど、そこだけは信じてたんだよね。本当に騙すんだったら、そんなすぐに辞められるようなリスクを上げるような発言はしないだろうってさ。ちなみにFAKE野郎って感じたのは、一方的自分の話だけをして、私が質問すると煙に巻いたり、私のことを買ってるという割には私の話をすぐに中断させて自分の話をし続けるとか。その人はFラン出身だったから、ちょっとインテリなことを言うと「君は変わってるね」って言ったり、きょとんとした顔で10秒ぐらい固まった後、すぐに自分の自慢話を再開したりと、決して自分の知らないことや分からないことを認めようとしなかった点だ。他にも、「私と働きたいと言ってくれていた会社はあったけど、そこは技術的に成長できそうだけど給料は月7万程度でバイト身分から、迷ってるんですよね。バイトから自由時間は多く取れるんですけど」みたいな発言をしたら、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、私が感じていた不安を取り合ってはくれなかった。Aさんは「俺は社内で影響力を持っているから、君を正社員にすることもできる」みたいな話を延々としてたのに、いざ蓋を開けてみると、「君の面接での受け答えが駄目だから契約社員として雇用することになった」「あれから上層部に渋られてしまって、請負契約にすることになった」と話が二転三転していった。だったら、他にも選択肢があったのに、他のところに就職したのにと思ったが、自分能力や経歴で負い目を感じていたから強く言うことはできなかった。高卒就活するというのはそういうことだ。他にも選択肢があるのにも関わらず、どうせ労働に関する知識がないと足元を見られて、条件を徐々に下げられ、他に選択肢をなくした後で、悪い条件で働かざるを得ない状況になっていた。結局、勤務時間タイムカード管理されてるのにフリーランスとして請負契約を結ぶという偽装請負契約させられ、もっと技術力を磨ける選択肢は潰されてしまっていた。

私は会社問題点を丁寧に分析してpdfにまとめてAさんに送ったんだ。それが間違いだった。如何に会社がそのベンダーに良くしてもらったか、大変なのをわかった上で俺たちが会社を立て直してきたかということばかりを話していた。百歩譲ってそこはいいとしても、ベンダーとは関係なく職場環境を良くするための話までいい加減に聞かされてうんざりしていた。

「Aという問題があります。その背景にはBがあります。そのためにはCという解決策があります

という話をしたときに、「Bぐらいみんな当たり前にしている。君だけ特別扱いすることはできない」みたいな返し方をされて、問題が発生してる事自体はないものとされていった。結局、職場にはびこる不合理で理不尽業務ルール改善することはなく、私への人格攻撃で終わってしまった。

毎日どうでもいい作業で疲れ切って勉強時間が取れなくなってしまった私は、最初出会った頃のAさんの言葉を信じて、「私が本当にしたいことは、仕様書やテスト時のスクショプリントアウトしたり、よくわからないテスターをやったりすることではない。このままでは、プログラマとしてのキャリアを積むための勉強時間を作ることもできないし、業務内でコードを書くこともないか業務時間を短くしてほしい」と言った。少なくとも、最初Aさんと会ったときは、「君には人工知能このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

SNS相手論破することは不可能

なぜならお互い相手自分より数段バカだと思ってるから

バカ正論吐こうが何しようが所詮バカ意見

バカ論破されて自分意見を変えるなんてもっての外だし

そもそもバカ論破されてしまったらアイデンティティを失ってしま

 

これは宗教の勧誘なんかでも使われる理論

宗教に入れ込むのはやめろと言ってくる人は何もわかってないバカ

と刷り込まれると、相手がどんなに必死に説得しても真実をしらないバカ

自分が上のステージに登ってしまうことに焦って説得してると思ってしま

 

オチは無い

2019-04-15

東大ノブレスブリージュ

東大生は男女共にふさわしいとこにいないとネタにされる

そこで怒らずに照れるか笑い飛ばすか道化になるのもノブレスブリージュ

東大入って心身壊して中小企業で働いているとたまに笑われるけど私もニコニコ対応してる

私が生きてことがアイデンティティ国籍出身校はそのパーツに過ぎないのだ

2019-04-14

日本の伝統で誇りでアイデンティティ外国に見せつけるためにあえてやっている

anond:20190414224934

江戸幕府みたいに俺様ルールが正しいと国民に対しても外国に対しても世界一プライドの高い官僚はふるまいたいのだ

2019-04-13

anond:20190413004658

精神医学占いなどの記述からアイデンティティ構成しようとするのは厨二症状なので、

それが恥ずかしいと思えるような精神年齢まで成長したら自然とそういう思い込みはやってられなくなる

2019-04-12

anond:20190411092257

「でかい」は形容詞だし「ばかでかい」は形容詞である「でかい」を強調している言葉だが。

「ばかでかい」と「ばかたかい」は用法として完全に同一だが。

なんでムキになって否定するの?

「ばか」が方言であることが静岡県民のアイデンティティなの?

2019-04-11

[]キャプテン・マーベル

キャプテン・マーベル』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

ほどよく100点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。ふむふむ満足であるぞ、と思いつつ帰路についた。とは言え、帰路において考察が止まらないとかはなく、色んな部分が程よく狙ったように及第点ではある。

MCU(マーベルヒーロー映画シリーズ程度のことだと思いねえ)ファン的にはくすりとわらえたり、ほろりと出来たりする要素はありつつ、全体としてのアクションCGバトルの派手さも有りつつ、脚本もウザくならないように欠点塞ぎつつ、いい感じというのが個人評価。大傑作じゃないけど程よく佳作。

ゆえに以上で感想終了である

ヒーロー内面資格

というわけで、ここからさきは感想じゃなくて感想風になる。

キャプテン・マーベル』は良かった。しかし、実はその良かった部分が自明じゃない。様々な要素が程よく及第点から全体合計で佳作なんだけど、何か突出した、訴えかけてくる部分が見つけづらい。

でもそれって無いわけじゃない。無かったら上映後もっと気持ちが尻すぼみになったと思う。だから良かった部分をちゃん言語化しておくほうが良いと思ってのメモだ。

いろいろ考えてたのだけど、『キャプテン・マーベル』は空っぽなところが良かった。その内面というか、背景が、他のヒーローに比べてポジティブに空白だ。そこが素晴らしく良かった。

ヒーローというのは超越的な存在で、それは能力的なものもそうなのだけど、内面的にもそうである必要がある。「信じられないほどの苦境や絶望に対して敢然と立ち向かう断固たる決意」みたいな部分だ。しかし一方で、ただ超越的であるだけではなく視聴者である凡人の僕らと地続きである必要もある。そうじゃないと視聴者ヒーロー感情移入することが出来なくて、彼らの苦悩や活躍他人事の白けた話だとしか思えなくなってしまうからだ。

アイアンマンキャプテン・アメリカというスーパーヒーローであっても、彼らの抱えた周囲から無理解へのいらだちや、内面孤独や、大切な人を失ってしま絶望という様々な苦難は、もちろん具体的な状況は違うのだけど、僕ら一般人生活を営む上で出会うそれらと変わりがない。ヒーローヒーローでありつつ僕らと同レベル人間存在であって、その同類が困難に向かって立ち上がるから胸が熱くなる。

マーベルというアメコミ企業は、扱ってる商品性質上、ヒーロー専門家であって、ヒーローについて多分毎日毎日めちゃくちゃ真剣に考えているから、そういうドラマの基本を十分に研究していてヒーローを生み出している。

その結果、例えば肉親を悪の襲撃や事故で失ったり、自分の将来の希望を奪われたり、社会からの拒絶で友を失ったり、両親との関係コンプレックスがあって取り戻せなかったり、愛を交わしたパートナーに去られたりする。……よくあるなー。

そういう内面的な危機を乗り越えた「から精神的に強いヒーローなのだー! ばりばりばりー! みたいなシナリオは本当に多い。でも、それってなんかこう……やりすぎて陳腐になったり、これみよがしな悲劇ドラマになったりもする。

言い方は悪いが「こんなにひどい目にあったんだから超絶能力を手に入れてもええやん?」みたいなエクスキューズにも見えてしまうのだ。ドクター・ストレンジお前の映画のことだゾ。

この「1)なんだかんだで凡人→2)内面的な困難や絶望の超克→3)不思議出来事が起きてヒーローパワー入手!(2と3は順不同)→4)乗り越えた主人公の爽快なアクション!→5)解決!」というドラマ構造はすごく強力なテンプレなのであらゆるメディアで見ることが出来る。

この構造において、ヒーロー内面的な資格は「不幸とその超克」だ。

でもたぶん、『キャプテン・マーベル』はそこに対して距離を取った。

ドラマを支えるために一応取ってつけたようにその構造はあるのだが、その部分には明らかに重心をおいていない。

主人公キャロルダンヴァース(キャプテン・マーベル)は、たしかにクリー人に洗脳されて傭兵扱いされてたわけで、そういう意味で裏切られていた(っていうか洗脳されてたって相当ひどい過去だよな。エリア88風間シンよりやべーだろ)わけだけど、じゃあそれが彼女内面悲劇であり彼女の中心か? というと別にそんなことはない。

リー指導者である超AIにたいしても自分を騙していた直接的な上官にたいしても、別段そこまで復讐意思はなさそうだ。現に上官のヨン・ロッグは叩きのめしたけれど宇宙船にわざわざ乗せてクリー星へ送り返している。

映画を見終わったあとに振り返ってみたけれど、彼女内面的な意味ヒーローになったきっかけというか契機となるイベントは実は本作のメインな時間軸中に存在しない。そのイベントの欠如は、従来の判断によればドラマ設計の失敗を意味するはずだ。でも、設計失敗の割にこの映画破綻してないしちゃんドライブされている。

これってどういうことなのか? 内面葛藤を経ていないキャロルは前述のヒーロー資格においては失格であるはずだ。しかし画面の中の彼女はさっそうとしてて格好いいし、見ていて気持ちいいし、応援も出来るしヒーローに見える。これってどういう設計なのだろう?

結論から言うと、その資格論にたいする本作の返答は「主人公キャロルダンヴァースは最初からヒーローだった」だったいうものだ。

この「最初から」というのは、文字通り子供の頃からという意味で。

作中でインサートされるように、キャロルは、子供時代記憶としてカートレース事故にあう。子供野球三振する。軍の教練において体力勝負で負けて周囲から笑われる。つまり、僕ら凡人がするような挫折を一通り普通にやっている。

そして彼女はなんだかんだ人生につきもの紆余曲折を経て、当時まだまだ女性に対しては門戸を閉ざしていた空軍パイロットエリート象徴でもある!)に実験部隊ということで潜り込んでテストパイロットになる。

その実験部隊トラブルが起きて、キャロルは恩師ウェンディローソン博士を助けるために飛行任務立候補し、その騒動の中であわや命を失うというところまで行くのだが、それはさておき。

その実験部隊で同僚でもありキャロル親友黒人女性パイロットマリアランボーセリフに「その時(恩師を助けるためにパイロット立候補したときの)のあんたはまさにヒーロー登場! って感じだったよ」というものがある。過去を回想する形で親友主人公を思い返した言葉だ。

この立候補ときキャロルスーパーヒーロー能力を持たない普通地球人だったわけだけど、にもかかわらず、「まさにヒーロー」だったわけである

能力のみならず、内面危機においても主人公キャロルはこの時点で、ヒーローにつきもの特別悲劇経験していない。恋人を謎の組織に殺されたりしてないし、四肢を切断されて生きる力を失ったりしてないし、故郷帝国に焼き尽くされたりしていない。

この作品は「それでもいいんだ」と言っている。そこが良かった。

まりカートレース事故から負けん気で立ち上がったとき子供野球三振したけど凹まずに再挑戦したとき、軍の訓練の綱登りで落下してもへこたれなかったとき、そのときキャロルダンヴァースはすでにしてヒーローであった。あらゆる困難に「なにくそ!」と立ち向かったとき、「すでにしてヒーロー資格を得ていた」わけだ。もちろんアクションバトル映画であるので、主人公キャロルヒーロー能力を得たあとにも虐げられたスクラル人を助けようとして銀河規模の争いに身を投じる訳だが、それはなにも特別なことではなくて、「眼の前の困難に対して意地や義侠心で立ち上がる」ことそのもの子供時代と変わらない。

あらゆる人のあらゆる人生につきものの、しかし本人にとっては重要な、日常の無数の挫折や失意から立ち上がること、諦めずにチャレンジするその姿勢、それこそがヒーローであると『キャプテン・マーベル』という作品は主張している。

それはつまり主人公キャロルだけではなく、広く開かれた一般凡人である視聴者への無言のメッセージでもあるのだ。「ヒーローになるにあたって特別巨大な悲劇喪失必要ない」。「この映画を見ている圧倒的多数普通の人々も十分ヒーロー足りうるよ!」と言っている。

これは脚本家が、従来のヒーロードラマに対してまだまだ満足せずに、ドラマ構造として一歩先に進もうとした野心の結実のように思える。

そのチャレンジがとても良かった。

ハリウッドアメリカロールモデル

アメリカ映画において、とくにハリウッド映画において、さら子供ターゲットに含めたヒーロー映画において、ロールモデルっていうのはすごく重要ポイントだ。ロールモデルっていうのはざっくり「目指すべき人物像」とでも言えると思う。「こういうのが良い人間です」という制作側の提案、という側面がハリウッド映画には確かにある。

日本ではちょっと馴染みのない考え方かもしれないけれど、要するに子供の頃に課題図書で読む偉人伝と同じような役割文化装置だ。二宮欣二とか野口英世とか夏目漱石とか聖徳太子とか。あのような人々の物語と同じようなジャンルとしてキャプテン・アメリカアイアンマンがいる。

人々は彼らに憧れるとともに、彼らを通して、正義や公や仁愛や克己を学ぶ。どういうモデルが「目指すべき人物像」になるかっていうのは、当然制作側/脚本側の提案によるんだけれど、その背景には当然制作当時の(主にアメリカの)世相が反映されている。

近場で言えば『アクアマン』では主人公アーサー・カリー が抱えた苦悩は、まさに「移民二世が抱えるアイデンティティ問題」「おれはどっちの子供なのよ?」であって、すごく現代的だった。

アントマン』においては「娘に愛されたい父親としての俺と、金を稼ぐ社会の中での俺のどっちを選べばいいの?」というこれまた現代的でヴェットな問題が提起されている。『インクレディブル・ファミリー』においては「あっれー。なんか嫁さんのほうが稼ぎ多くて俺ってばヒモみたいな生活になりつつあって、家庭内での俺の地位とか、俺のオトコとしてのプライドとか、どうすればええん?」という現代的な――なんか世知辛くてしょっぱい話になってきたなあ。

MCUにおける二大ヒーローキャプテン・アメリカアイアンマンは「能力を持つもの社会貢献」をめぐる物語対立する。世界を救う能力を持つヒーローは、なんで救う義務があるの? というわりと古典的で、でも正義をめぐる物語としては避けて通れぬ踏み絵のようなテーマだ。

その問答に『キャプテン・マーベル』は踏み込まない。主人公キャロルは行動するが、行動に前だつ問答はない。それこそが彼女提示したヒーロー像で「アメリカ人の目指すべきロールモデル」だ。

困難を前にしてくじけない。不撓不屈。弱者に対して自然に寄り添う慈愛と、押さえつけてくる不当な力に対する反発。しかしそれらは、そういう問題がなにか特別大きな悲劇から、滅すべき悪だから立ち上がるというわけではなく、ごく自然に「それが私だから」というスタンスで、重く扱われない。そこで重要なのがくだらないユーモアと友人と日常であって、災厄を目の前にしてもひょうひょうと立ち向かう。ただ、絶対にくじけない。破れても失敗しても「もう一度」チャレンジする。

主人公キャロルはその戦闘能力においてMCUのなかでもかなり最高峰位置すると思うのだけど、政府超人兵士計画で生まれキャプテン・アメリカよりも、悲劇を背負った社長発明家大富豪ちょいワルモテ親父のトニー・スタークよりも、その内面姿勢において一般的な視聴者に近い。「顔を上げて誇り高く自分らしく生きる」だけでヒーローとして立っている。

その軽さ、明るさ、が心地よい映画であったと思う。

研究者志望者が自らの命を絶つニュースを聞くたび思う

偏った見方だとわかってる。こんな思考バカだとわかってる。

それでも、研究の果てに純粋人生を終えられたことを少しだけ羨ましく思うんだ。

僕は「食えそうだから」と工学部無難学科に入って、「いまは働きたくないから」という理由修士に進んだ。

それから、「いつか美しいものを求めたい」、「金のためにスーツを着ておべっか使うクソリーマンになりたくない」という理由でそのまま博士になった。

入ったからには学位が欲しくて(取ってみたら、そんなもの何の役にも立たないのにね)必死論文を書いた。

自分研究したいと思うことはいつも理想論で散発的だった。それで、論文としてふさわしいかを考えるようになっていた。

論文というのはなにか自分「ときめき」から離れたところにあって、自分を縛っている気がする。

大学院に入るときには「いい人」に見えていた教授が「人の気持ち理解できない守銭奴」に思えてきた。

学位を取ったら、教授から逃げ出したくて高専へ抜け出してみた。ここではないどこかへ行きたくて、高専教員に「でも」なるかと思った。そして、業績は少なくて高専教員に「しか」なれなかった。

高専に行ったら、外から研究者扱いされて、中では高校教師みたいな仕事をさせられた。アイデンティティクライシスがあった。とにかく研究費が欲しくて応募しまくった。科研費も当たってほら吹きがうまくなった。だんだんと、高校教師に甘んじていることに耐えられなくなった。だから研究がしたいんだと自分をだまして研究に打ち込んだ。勢いだけで大学公募に応募して運よく受かった。

気が付けば大学教員になっていた。アホみたいな事務が投げてくるクソ事務仕事とか、会議は踊るされど進まず委員会とか、論文にもならない卒研指導とか、目の前に差し迫るタスクを薙ぎ払うだけで精一杯だと感じる。

気が付けば、一応飯が食えるようになっていた。だけれども、じぶんが何をしたいのかわからなくなっていた。研究論文のため? 論文は生き残るため? じゃあ、なんで研究やってんだ。あれ、何を明らかにたかった。どこかにあるはずの「ときめき」を求めてあらゆる妥協と工夫を重ねてきたのに、たどり着いた先には何もなかった。

自分は穢れてしまった。それゆえに純粋さを渇望し、嫉妬さえしている。

2019-04-09

チョコレートパフェバナナを入れるのをやめろ

こっちはチョコレートパフェが食べたいんだ。

バナナじゃない。

アイス(チョコバニラ)とクリームと、シリアルチョコレート、あとなんか焼菓子フレークとナッツの取り合わせを食べたいんだ。

バナナじゃない。

 

バナナ食いたいときは別途で頼むからオプションしろ

パフェ食いたくてメニュー見たらチョコレート系がチョコバナナパフェしかないとか、心底ガッカリだ。

チョコレートパフェと称していてもよく見ると潜り込んでいるだろ、バナナが。

別途オプションしろ

 

酢豚パイナップルデフォルトで入れないでくれ。

あれも別途オプションしろ

ドライカレーレーズンも乗せるな。

あれも別途オプションしろ

 

ハワイアンピザパインはあれがハワイアンピザアイデンティティからしょうがない。

自分は食わないがな。

 

ポテトサラダスライスしたリンゴを入れるのもやめろ。

これに出くわすのは別途オプションとか言える環境じゃないから困るんだ。

 

きゅうりわかめ酢の物缶詰みかんを入れるのもやめろ!

この前出くわして固まったじゃないか

給食悪夢が蘇るだろうが。絶対にやめろ。

それが好きだと言うやつは取り分けた後に自分で好きなだけ混ぜろ。

 

好きな人は好きなんだろうが、デフォルトで入ってるとこっちはとても困るんだ。

リンゴミカンパインも単体では好きだが、そこにいられると困るんだよ。

 

追記

 

プリンアラモードフルーツプリンアラモードプリンアラモードたらしめていると思う。

ショートケーキいちごショートケーキの大切なアイコンだ。

から嫌なら回避するし、回避もしやすい。

 

いちご大福名前のものいちごが入っているので、いちごを外せと言ったらアイデンティティの真向否定になる。それはしたくない。

ショートケーキ同様に回避も容易い。大福という選択肢がある。

 

チョコバナナパフェについてもそこは考慮する

(だからチョコバナナパフェと称してるならそれ自体否定しない。それ以外のチョコパフェがあればいいなと思うけど)

 

でもチョコレートパフェと称してるならバナナ別に必須じゃない。

バナナチョコレートパフェアイデンティティ構成していない。こっちからすると異物とも言える。

 

同様にパイナップル酢豚アイデンティティ構成しているわけじゃない。

レーズンだってドライカレードライカレーたらしめる要素ではない。

ポテサラリンゴ酢の物ミカンも同様だ。

 

フルーツ区分についてはそんな感じだ。

そんで、必須ではないのに、あいつらは味が強すぎるんだ。

2019-04-08

たつき監督が激務になってる理由

全体的に省エネっぽい作風なのに、何で激務になるか

けもフレ1期の時に、フレンズの会とか結構フォローしてわかったけど

彼は結構「作り直し」をやる

けもフレの時も1話の時点でぶっ壊し・やり直しをしたらしい

ケムリクサはわからないが、あのクオリティの高さはそういうアジャイル型・バージョンアップ型の作り方に支えられている

 

こういうのは一般的な作り方では無理だ、と当の監督も言っていたと思ったが

似たような事をしているところはあると思う、例えば宮崎駿

 

面白いものに対して全力が出せる環境」と「死ぬまで全力を出してしまう人」によってヒット作というのは生まれがちである

それを否定するのはアイデンティティを奪うようなものから個人的にはどうかと思う

 

とは言え、例えばピクサーのようにまともな労働環境クオリティを出している現場もあるので

これはむしろたつき監督だけではなく業界全体の課題ではあると思う

ただ「死ぬまで全力を出してしまう人」にそこら編の改革ができるのかと考えたら疑問だ

できれば周りの人間がそこを頑張るべきなのかもしれない

 

宮崎駿に関しては、そこら編の業務改善最後まで上手くいかなかったように思える

1人の凄腕の親方が居て、それを支持する者が食らいついていく構図

でもそちらの方が多い

クオリティを維持しながら、ワークライフバランスを確保するのは至難の業

肯定はしないが、否定安易にできるものではないだろう

 

___

 

ちなみに、このアジャイル型・バージョンアップ型の流行は、IT業界ゲーム業界にはワークライフバランスの確保をむしろ容易にした

アニメ業界ではこれは逆に激務化する

リリースが1回しかいからだ

難しい話だ

バージョンアップするアニメがあってもいいと思うんだけどね、その流れはまだ出ないね

2019-04-06

アイデンティティポリティクス派はリベラルを名乗るな

個人」という概念の無い前近代的田舎人間関係から大学への進学によってやっと抜け出してきたのに、こちらでもアイデンティティポリティクス派に自分では変えることのできない属性に基づく連帯責任をしつこく求められてとても違和感がある。

自分では変えられない属性に基づいてねちねち連帯責任を問うてくるのって前近代的な(あるいは田舎体育会系的な)メンタリティーの人間のやることだよね?

連帯責任」みたいな概念がだいっきらいだから、私はリベラリズム的な政治活動コミットしているわけであって。

アイデンティティポリティクスの意義はそれとして認めます特にマイノリティ権利保護大事だよ。

でも「リベラル」の看板を掲げてそれをするのはやめてくれ!!(ちゃんと「アイデンティティポリティクス」の看板を掲げてやってくれ)

2019-04-05

anond:20190405144815

セックスという形でしかセクシャリティ表現できない人もいる。社会にとって必要じゃなくても、私にとっては必要不可欠なんだ。有益でも無益でも有害でも無害でも関係ない。これはアイデンティティ問題なんだ」と言われたら、配慮する必要はあると思うけどね。

生殖優位の特権に胡座をかいて「セックス人類にとって必要!」と主張し、言外にオナニー同性愛やその他あらゆる「生殖から切り離された性のあり方」を侮辱する連中の声に耳を傾ける余裕はない。申し訳ないが。

2019-04-04

その一体感を求めるならアイデンティティを寄せる母国で生きればいいのに。

わが朝鮮民族、わが韓国民、て出来るよ。

日本よりよっぽど民族主義の強い所だし。

2019-04-03

いい加減、「オタク性」を否定する時代が来てると思う

けもフレ騒動やらスターウォーズ騒動やらさ、

たかが娯楽」で関係者脅迫差別、虐めが横行する時代ってどう考えても異常だろ

 

昔はオタク趣味に熱を上げてても、現実世界では

あくまで「娯楽」以上の存在にはならなかったはずだ

たかアニメ発狂してれば、そんな奴は白い目で見られたはずだ

スターウォーズでさえ、日陰者のオタクの見るモノだという時代があった

 

だが現代では

オタク趣味宗教民族意識の代わりに

個人の心のすき間を埋めるアイデンティティと化してる

 

すこしでも創作物ケチが付くと

さも自分自身否定されたように戦犯断罪し、

他のアイデンティティを滅多打ちにして勝ち誇る

馬鹿げてる

  

 

 

ハッキリ言う、今のオタクは異常だよ

いい加減、アニメ映画ゲーム以外の趣味も持て

他人操作不能だということを知れ

少しくらい、創作物以外のモノに触れて自尊心を身に着けてこい

「令和」が気に入らないなら使わなきゃいいだけなのに文句言ってる奴らはどんだけ主体性ないんだ。

それとも元号がそんなにアイデンティティだったのか。おめでてーな。

元号違和感あるだけで機嫌悪くなるってどんだけメンタル不調なんだよ。寝ろよ。

2019-03-31

都会と田舎話題になっているので最近私も思うことを書きたい。

私は幼少期を一次産業公務員スーパー店員くらいしか職業のない北海道のいわゆる田舎で過ごし、成人して初めて東京に行って膝から崩れ落ちるような気持ちを味わった。

何もかも違う。もう何もかもが本当に違う。

映像アニメで見た景色がそのままある。本当にある。実在したんだ…という感想ひとつ

外のエスカレーター、むき出しの入り口、開きっぱなしのドアから商品みえる雪のない冬の店舗。雪が積もるとか寒いとかそういう感覚として染み付いた常識に反する見た目の街並みで知らない世界に入り込んだ気分だった。

国道以外畑と防風林しかない場所が60km以上直線で続く。そういう場所が本当の田舎だと思っていた。東京は違った。東京で言う田舎東京から60kmも離れればもう田舎だった。田舎は、歴史があり、人がいた。

東京から見た北海道ブランドコンテンツとして楽しまれている。それはもはや個性ではなく完全な区別に感じる。おもしろ観光用の土地

北海道命名150年。明治維新くらい。明治維新なんて教科書最後のほう。冬は雪が積もる。歩道は人がすれ違えない幅になる。除雪しなきゃ歩けない。根室から札幌まではだいたい450kmくらい。根室花咲ガニを札幌で食べるって、京都八つ橋東京で食べるようなものだよ。ついでに札幌に海はない。

田舎田舎バカにするのと、もはや同じ国として扱われているのかもわからないのと、どちらがより「受け入れられている」のか。これはあらゆることに言えるけれど、褒めているか差別じゃないという言い分は通らない。でも受け入れられたからといって私が日本人というアイデンティティを強く持てるということではない。日本という国に属した場所に生まれながら日本(人)のステレオタイプ自分のものと思えない気持ち死ぬまで持って生きるしかないのか。日本的とされる歴史を持っていて、「日本の〇〇」を理解して共感できる。そんな地域に生まれ人間と私は同じ日本人なのか。

日本人として育ってきたけど、日本語を使っていて日本国籍があるから日本人なのか、歴史文化気候方言も違う新しい土地に住む人間書類日本人なら日本人なのか、私は誰なのか、よくわからなくなってきた。

2019-03-29

anond:20190321101902

カラーグループ四季に分類する方法は、1970年代アメリカイメージコンサルタント キャロルジャクソンが始めた手法が元になってる。

(ちなみに「イメージコンサルタント」という職業が生まれたのは、1960年ケネディ大統領選挙での成功きっかけと言われている)

1980年にその手法をまとめた書籍Color me beautiful」が出版されて、世界ベストセラーになった。今も普通にAmazon原著売られてる。で、その書籍日本語訳をした人が、日本にも協会を作って日本人向けに理論カスタマイズして普及させ、今に至ってる。

広めた人の商売もうまかったんだとおもうけど、明快で学習やすいよくできてるメソッドから、それだけ広がる強度があったともおもう。

体型によって似合う服が違うのと同じく、顔型によって似合う髪型が違うのと同じく、色によって顔色が良く見えたり悪く見えたりするというのはあるし、単純に思い込み迷信と言い切れるもんでもない。

色にも形にも錯視効果はあるのはみんな知ってるよね。プラスに働く錯視を取り入れて、マイナスに働く錯視を踏まないようにする、それだけの話。

カラー分類は、科学でも占いでもなんでもない。顔型における丸顔、ベース型、面長、みたいな分類と同じく、単にわかやすくするための目安でしかない。

でも、分類するとそこに謎のアイデンティティを持つ人が出てきて妙な迷信みたいになり、そっちのほうがキャッチーなので流行ったりするというきらいはあるけど。

anond:20190329120915

いやいや、これは違わない?

宇都宮の正嗣

http://www.ucatv.ne.jp/ishop/masashi/

とか、地元の名店があるし。関係無い訳じゃないよ。

ただ、餡や皮に「宇都宮餃子とは…」っていう明確な差異が無いので、スーパーで売っている「宇都宮餃子」を名乗る餃子は、「他の餃子と何が違うの?」って事にはなりがちだと思うが。宇都宮で作ってるから…くらいしかアイデンティティが無い。

anond:20190329110800

でもはてなーは都会人であることや田舎から抜け出したことアイデンティティにしてるよな

_人人人人人人_

> はてな村 <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄

2019-03-27

自己紹介が「普通の日本人」な人がかわいそうだし怖い理由

かわいそうな理由:

おそらく、日本人の99%は日本国籍自動的に取得している。

まり日本国籍は人から与えられたものに過ぎない。

自己紹介は自らのアイデンティティを表明する場だと思ってるんだけど、

アイデンティティとして自分で選んだものではなく人から与えられたものを述べるというのがかわいそう。

これまでの人生において自分で掴み取った何かをアイデンティティにできなかったのだろうか?

怖い理由:

自己客観視できていない感じが怖い。

日本語自己紹介している時点で、その人はほぼ確実に日本人といえる。

それなのに改めて「普通の日本人」と自己紹介しても、

受け取る側としては情報が増えないかメリットがない。

それに「普通の日本人」は1億人くらいいるから、自己紹介として情報曖昧すぎる。

自己客観視できていればこのような独りよがり自己紹介にはならないはず。

それなのに「普通の日本人」と書いちゃうあたり、頭が悪いのかな?と感じてしまう。

頭が悪い人に近づくとなにかの被害に遭うかもしれない。だから怖い。

じゃあどうするのか:

たとえば「3代前から葛飾に住む日本人」とすることで、東京下町歴史を知る人物だと自己紹介できる。

もしくは「貿易業務に携わる日本人」だと、国際比較をして日本人を語れる人だと印象づけることができる。

とにかく「普通の日本人」はメリットがない自己紹介なのでおすすめしない。

2019-03-26

与えられた物を自分アイデンティティにしてはいけない

与えられた物は受け取りつつ、自分自分でいなければならなかった

それが一番難しい。

2019-03-25

anond:20190325132127

イジメ被害者立場を取っていようが、自分がされてきたイジメを別の人に行っても罪になる。

それどころか被害者経験が活かされておらず加害に利用するのは故意性がより高く、よりたちが悪い状態に陥っている。

いじめを別の人に行って」ない。

女性から加害され落ち延びた先にすら魔手を伸ばす女に反撃してるだけ。

自分オタク趣味はあるがそのような犯罪者は許さない、と切り離しをもっと積極的に行った方が良いように思う。

実在しない犯罪者を許すも許さないもない。

また、犯罪者を許さないのは社会に生きるほぼすべての者(フェミ以外)の共通認識であり、言うまでもない。

言わなきゃわからない、言っても聞かないふりするのはフェミだけ。

コミュニティ内の「よくないもの」と、堂々とかつきちんと線を引けているか

オタクであることが自分にとって唯一のアイデンティティになってしまうと切り離しが上手くいきにくい。

ネットを観察していると、オタクはその辺が上手じゃない人間が多いように思う。

増田もそうだ。増田のことが責められたわけではないのに義憤に駆られている。

増田が罪を犯してないなら義憤に駆られる必要もないはずなのに。

犯してもない罪で属性ごとぶん殴られて怒るなってか?黙って殴られてろってか?

犯罪者個人を叩け。属性でたたいた時点で無関係の奴も対象に入り、殴り返されるのは当然

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん