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はてなキーワード: アイデンティティとは

2017-11-16

その「くさまんアイデンティティ」を持ち続ける限りは

くさまんさんは絶対幸せになれないってことに気付ければいいね

くさまんさんが大嫌いなキモイおっさんと同じようにくさまんさんが変るのは死んでも無理だろうけどね

2017-11-14

姉が人の親になって、40になっても何かあるとヒス起こして私かわいそう私がんばってるのにと泣き喚くしかできないのは、中途半端かぶれたフェミニズムのせいかな。

いつでも悲劇シンデレラ気取りで同情を強請ってくる。

子供の前でもお構いなし。

地べたに座り込んで泣き喚く。

俺も虐げられた弱者であることが一種アイデンティティであった時代もあったが、それをやると惨めになるだけだし、なんら問題解決にならないとわかったのでやめた。

子なし半人前論者なので、人の親というだけで一目おいていたが、人間性というのは伴わないものだ。

2017-11-09

ブレードランナー2049

過去作に思い入れは無いが、すごく面白かった。

ドゥニの画作りは最高。

ブレードランナー初期も、ストーリーよりも画作りが素晴らしい映画だと思うんで、今回のアプローチは続編として正解。

ストーリーも、人間としてのアイデンティティ模索という、普遍的に響くテーマ

孤独哀愁漂う主人公も、愛の通じない彼女もいい。音もいい。

ラスト駆け足になった印象だけど、まああれもいい。

文句なしの今年ベストワン。これぞ、素晴らしい映画体験

2017-11-05

アイデンティティの一部を捨てたい

まり細かく書きたくないので歯に衣着せたような文になってしまって申し訳ないが

性別とまではいかないまでも結構大きなアイデンティティとなっている自分属性があって、でもそれが実に嫌いなので捨ててしまいたい

現実には、完全に捨てるのはやや難しいが、日常生活においてそのことに触れない程度になることは、一応理論可能

しかしそのためには仕事をやめて知人との連絡も全て絶った上で、何より自分自身がその属性について忘れなければいけない

他が実現できても最後のが実現できないと、ネットニュースでその属性に関わる話題を見るたびに自分と紐づけて嫌な気持ちになり、意味がない

逆にそれができるようになったら、他の部分ではこの属性を捨てなくても、そんなに嫌ではなくなるのかもしれない…

執着を捨てろということか

悟りを開くのと同じくらい難しいことなのか

2017-11-01

小児性愛LGBTと同じなのか

性的指向性的嗜好はまったく違うものだと理解している。

自分は胸の大きな女性ハードなぶるのを想像するのが好きで、タイプの人とすれ違えばその人で妄想することもある。

だが胸の小さいMではない妻がいて、その妻とのイチャラブセックスでも十分満足できるし、

その手のAVは見ても現実の女でやらなくても困らない。

友人のロリコンマニアも、中学時代からの悪友で違法なのかギリギリグレーなのかよくわからないもの

学校に持ち込んで自慢していたやつなんだが、コイツ結婚したのはキツめの年上女だった。

性的嗜好とはあくまで好きなタイプや好きなセックスの仕方であって、それしか愛せないというものではないだろう。

それに想像の中では何をしても構わないし、大抵の人は人に言えないような妄想をしているだろ。

から小児性愛記事につけられた上位ブコメに少し驚いた。

LGBTと違いペドフィリアの人の自由は今の社会から受け入れられる余地がない

LGBTと実質同じでしょ

同姓愛が認められつつある現代ですら

自分性的嗜好指向を行動に移すことが不可避的に他者危害となって

……

あのさ、性的少数者とこの手の嗜好を同列に語る必要がある?

俺の女を獣姦させたり虫責めゲロめしたい嗜好が、実際にしなければ犯罪ではないのと同様に

(相手同意があれば犯罪ではないと言われそうだが、俺は無理矢理犯したいんだ)

小児性愛それ自体はなんの犯罪性もない。自由に思っていればいいじゃないか

小児性愛自分おかしいんじゃないかとか、周りの人に言えない苦悩みたいなのはわかるよ。

でも性的嗜好ってそういうものなんじゃないの?オープンに言える人の方が少なくないか

それが現実社会にまで影響を及ぼすようならもちろん治療必要で、それも何も小児性愛に限った話ではない。

俺がすれ違った女に自分衝動を抑えられなくなりそうなら、そりゃ治療必要だろう。

一方で性的指向はそういうのじゃないだろ。もっと根本的な「自分とは何か」というものに直結していること。

性的嗜好は数あるアイデンティティ構成要素の一つにはなっても、アイデンティティのものではない。

未だにLGBT性的嗜好だと思っている人が多い中で、必要人権を守る法整備をすすめるためにも

小児性愛LGBTを同列に語るのはもういい加減にやめた方がいいと思うんだが。

(性的嗜好で悩む人の治療必要ないとは言っていないからな。必要措置が違うという話だからな)

2017-10-24

サマーウォーズは「マイルドヤンキー」を先取りしていた。

庵野監督の言う「物語中にライバル作戦邪魔したり、頭の悪い奴が足を引っ張る展開がストレスで苦手」という声に共感異論ステロタイプの「うっかり」が嫌なのではという声も

https://togetter.com/li/1163850

これでサマーウォーズスパコン冷却用の氷持ってかれるところに軽く触れられてたんだけど、

あの警官の彼は「田舎若者」をシンボル化した存在なのね。

既に若者の車離れが叫ばれていた00年代後半にRX-7を重用し、

現実よりも増してIT依存したあの世界にあって魅力的な仮想現実システムOZに全く興味を示さない。

(余談だがRX-72002年販売を終了しており、翔太は中古で手に入れたものと思われる。翔太の微妙な古めかしさと懐事情垣間見れる。)

何よりあの郷里家族を重んじる性格

(スパコンの氷を持ち出したのも仏壇の供え物にするためだった。)

のちに「マイルドヤンキー」などという言葉電通マンレッテルを貼られてしまう「田舎若者」を

ある種忠実になぞっているのがあのキャラ「翔太」じゃないかな。

そしてそれは地方都市に住み、

家族との繋がり方がドライかつイレギュラーで、

集団行動が苦手(であるため農耕社会に由来する田舎特有全体主義には馴染めないだろう)な

カズマと対になる存在だと思う。

極め付けとしてカズマOZ内のコミュニティで半ば伝説として降臨しており、

彼のアイデンティティ仮想現実内にあることは明白。

暴走するAIを退治することに躍起な男どもと、それを尻目に淡々催事の準備を遂行する女性陣の対比で成り立つ「サマーウォーズ」において

OZという作品設定そのものを軽視し関わろうとしない翔太は特異な人物の一人。

翔太が氷を持ち出したことでスパコン熱暴走を起こしため事態は急転直下で窮地に陥り、

皆に責められた彼が頓珍漢な弁明を始め挙句カズマの在り方を否定しまいキレたカズマに殴られる。

この一連の流れは現代的な感覚に則った都市型生活20世紀から続く田舎ライフスタイルのかち合いであり、

作中では話についていけない若者だと置いていかれている翔太が、健二やカズマに冷や水をぶっかけて反撃してくるシーンじゃないだろうか。

登場人物の不協和という域を超えて、

細田守都市人として持つ自負と「田舎」というものの捉え方が色濃く表れたシーンであり、

サマーウォーズ」の世界観を探る上で見過ごせない部分だと思う。

もう一つの翔太のハイライトである健二逮捕のシーンも

現実ではありえないあの暴挙からかなり気になる描写と感じるけどその話は割愛する。

自分貧困になる可能性がある」と言っているのはバカ

自分貧困になる可能性がある」とか言って、福祉政策必要性を主張している人がいるけど、バカじゃないの?

ネトウヨだって労働問題福祉政策については弱者目線の人が多いっつーの。

  

人が失職して生活に困ったり、病気障害を負うことはあっても、性別は変わったりしないし、LGBTになってしま可能性は無い。

出自民族なども変更できない。

そのため、「もし経済弱者になったら」という仮定有効だが、「もしマイノリティになったら」という仮定無意味なのだ

  

一方、現代左翼リベラル?)は、経済的弱者だけではなく、マイノリティ支援しようという動きを取っている。

まり女性少数民族LGBT差別されない社会を作ろうというのである

このようなアイデンティティ・ポリティックスは、明らかに左翼の力を分散させる結果になっているし、個別に見ればマイノリティ経済的強者というケースもあるからねじれを生んでいる。左翼ネオリベ走狗になっているという、まるでディストピアのような政治状況だ。

それに、マイノリティの間でも利害の衝突はあるわけで、女性LGBT権利イスラム教徒権利は衝突するのではないか? 本邦においては、hatenaTwitter界隈で、フェミニストオタクが演じている激闘がそれである

  

https://anond.hatelabo.jp/20171023212011

  

  

  

追記

ネトウヨだって労働問題福祉政策については弱者目線の人が多い」という部分に反発があるようだが、在特会レイシストが「普通の日本人」と自認していることを考えてみればいい。

彼らの脳内では、自分たち権力を持たない一市民である。そして実際、その多くは富裕層ではなく、一介の庶民なのだ

  

差別排外主義歴史修正主義の主張を行っている者たちが、労働者である自分たち賃金を上げてほしい、ブラック企業は撲滅してほしいと述べることは、ことさら矛盾していない。自己利益を最大化しようと活動するならば、自分とは直接関係のない者に対して冷淡にふるまうことは合理的だとさえ言える。

失業貧困については、将来的に起こりうる不安から我が事として考えられるけれども、差別問題をそのように理解するのは難しい。こうなると元増田の人が言っているように、リベラルは「弱者を救えば最終的には貴方も救われる」というやり方で連帯を訴えるか、「弱者に尽くす事は損得勘定以上の意味合いがあるのだ」という宗教じみた倫理観に訴えるしかなくなるだろう。

  

私は別エントリで、サヨクのことをカルト宗教と呼んだが(https://anond.hatelabo.jp/20171024075235)、後者の態度がまさしくそである。それは信者損得勘定を忘れさせ、人権ポリコレにひたすら尽くす苦行・喜捨やらせて、仲間内でたがいにその涙ぐましい努力の成果を自慢しあっているようなものだ。

勿論、そのようなカルト的な熱狂で動いているサヨクがいたからこそ、さまざまな人権問題改善してきたのだとは言えるし、むしろ有益な部分は多い。

2017-10-23

anond:20171023215538

増田にも時々自称高校生いるけどね

大学生はごく普通にいるし

でもこんな所見ている若者は「他人とは違う自分」というアイデンティティの持ち主が多そう

放置ブラック研究室に配属を希望される方々への助言

なぜか古いエントリが流れてきた.

放置系ブラック研究室で楽しく生きるにあたって - 糞ネット弁慶

内容を読んでみると自分が置かれた境遇に似ている.

私はこともあろうか博士課程まで進学してしまった.

今までこの研究室では,これが研究だという指針があったものの,いか井の中の蛙だったことを思い知った.

どれだけ頑張っても指導できる先生がいないので,論文を書いてもリジェクトされるのである

まりにも不運な大学院生を減らしたいので筆を取りたい.

放置ブラック研究室とは

先のエントリでも説明されているが補足もしたい.

放置ブラック研究室の特徴は,先生が口先だけで何もやらないのである

酷いところでは,院生学生自身の学務に関する仕事を代わりにやらせるケースもある.

先生が何ら自発的アクションを起こさないため,院生必死アクションを起こさないと卒業できない.

配属されるとどんな事態になるかは以下のとおりである

卒研生の状況


だいたい察しが付くと思うが,卒研生の面倒は院生が見ている.

院生が面倒を見ないと,卒業研究限界までやらない.

これには院生にも原因があり,卒研生は誰ひとりとして院生研究を把握していない.

院生研究の仕方がわからないので,卒研生にプレッシャーをかけることができないのである

院生の状況

挙げるだけできりがなく,私が受けたハラスメントになってしまうので一旦止める.

共通している特徴がいくらかあるだろう.

要するに,口先だけで何もやらないタイプ先生危険だ.

甘い蜜で誘い出すが如く,

言っている先生はかなり怪しい.

水素水には2倍の水素が含まれているのと同じで,言い方は間違っていないが真実ではない.

これの何が問題なのか?

まず院生が育たない.

学部生の延長線上で教育を受けた院生が,果たして院生になれるのだろうか?

学部生に対する世間の期待はそこまで高くないが,院生はそうも行かない.

ましてや,先生が先頭立って「これが研究である」と言ったら悲劇である

学生簡単に騙されてしまうので,先生が言ったことは掛け値なしに信じてしまう.

先生は「院生になると学部よりも成長する」とか言って院進を誘い,その結果がこれである

騙された私が悪いと言えばそれまでで,正直なところ生活が苦しくてもJAISTNAISTに行きたかった.

なまじ成績が優秀だったので慢心したか,同じ研究室に院進してしまった.

間違いに気がついたのは副査の先生修論を見せてからだった.

先輩よりも良い研究にしたい気持ち研究したが,副査の先生に壮大にディスられた.

既に博士課程進学は決まっている時期で,研究室の間違いに気がついても遅かった.

結果的に私は博士課程に卒業し,とあるツテで某大学助教になれた.

しかし,卒業には6年かかったし,助教が決まったのは4年の時で学費を払いながら仕事をした.

外部の先生論文添削指導をお願いして,共同研究という体で何人か先生名前論文に載っている.

一応,指導教員から名前を載せているが,何もやっていない.

卒業申請書類自分で探して自分で書いた.

どれほどのデメリットが生じるのか?

他の一般的レベル院生コンテクストを持ち合わせないので,だいたい話が通じない.

学会発表つれーとか,実験が忙しくてやべーとか,言われてもわからない.

年に1回温泉入るだけの学会は楽ちんで楽しいし,アンケート取るだけの実験は忙しいとも思えない.

そのギャップ不安がる気持ち放置ブラックあるあるの話だ.

もちろん,修士研究のお作法もわからないので,修論発表会でボコボコにされる.

意味不明な発表で凄く高度に見せかけるテクニックを使った院生は無事卒業できた.

卒研の内容をそのまま修論で出した院生もいたが,受け答えが物凄くしっかりしていて卒業できた.

果たして,このような研究をやって社会に放り出されるのは良いのだろうか?

学生にとっても良くないし,大学にとっても良くないし,社会にとっても良くない.

修士ヤバイなら博士ヤバイ

先生指導できないので,論文誌に通るような作法を知らない.

もちろん,研究もわかってないので,ハチャメチャな論文を書かざるを得ない.

博論審査必要論文数を達成できなくなるので,自動的卒業が決まらないのである

私は学会発表で知り合った外部の先生に頼ったが,そうしないと論文を書くための初歩的なテクすら身につかない.

対策はあるのか?

同じ研究室所属している限り対策は極めて難しい.

Google検索は最良の教師にはならず,論文を書くためのノウハウは誰も公開していない.

よそに移るのが望ましいが,転学は学会発表をたくさんやって先生と知り合いになるしかない.



冒頭で提示したエントリは,そもそも放置されてるので自由にやることを提案している.

優秀な学生自由やらせるほど技術的なスキルの向上は見られるが,研究者として致命的である

研究者になりたいなら大学先生に教えを請うべき(おや?).

私も修論自由にやったが,副査の先生ボコボコにされるまで何が悪いのか気づかなかった.

技術必要な分野であれば,修論なんて提出するだけなので就職にはほぼ影響ない.

自由にやってメキメキスキルを伸ばした人もいる.

博士進学を考慮しているならば,自由にやることはおすすめできない.

すぐにでも他の先生に教えを請わなければ学費無駄になる.

結論

よく2ちゃんねる寿司屋蛇口が手を洗う場所と言って憚らない人がいる.

指導教員が昔からそこで手を洗う人で,学生にもそこで手を洗うと教える.

みんなで寿司屋へ行くと「熱い! 熱い!」とか言いながら大真面目に手を洗っているのである

不幸なことにその寿司屋は個室だから誰も注意してくれない.

大学研究室寿司屋蛇口で手を洗う事態になりやすいところで,よその様子を見るまで気が付かないのである

冒頭のエントリでは,何を目的として何をするか,自分恥知らずだったことを気付いた学生視点で展開している.

しかし,自分でやるということは,1年間で論文20本読んだ偉い! という気持ちになりやすく,「論文は週5本読むのが普通」とか言われてしまうとアイデンティティが非常に揺らぐ.

経験者として言えるのは,寿司屋蛇口で手を洗ってないか,それとなく確認すること.

正しい寿司屋でのメシの食い方を他の先生から習うこと.

自分は優秀だからって一人で研究ごっこやってたらうつ病になる.

人間って面白くて,週に1回しか人間と面会しない状態が続くとうつ病になるらしい)

(お前が悪いと非難されたこともあるが,大学に週1しか来なくて年収1500万超えてて毎日遊んだ報告をFBに上げるお前には言われたくない)

大学もこんなお荷物教員を多数抱えてクビにできないもんだからランクを下げる)

中学から友達フレネミーだった話

 「フレネミー」という言葉をご存知だろうか。

アメリカ大人TVシリーズセックスアンドザティ」などにも登場し、「フレンド(友達)」と「エネミー(敵)」から作られた造語で、いわば友達の顔をしながらも実は敵である人を指す言葉だ。

かげながら悪口を言ったり、マウンティングしてくる人などを思い浮かべる人もいるだろうが、フレネミーのなかでも厄介なのが「居場所をとる」「対象と成り代わる」人たちだ。

 私は最近中学時代からの友人Aをこれを理由音信不通にした。

Aと友達であった時は、得体の知れないモヤモヤを感じながらも「私の心が狭いのかも」とあまり考えないようにしていた。

ある日「フレネミー」とい言葉を知りぐぐると、ネットにかかれた説明はまさにAそのものだった。

そして多くの人、とくに女性で悩んでいる人が多いこともビックリした。

私のように長年「なにかおかしい、でもなにがおかしいんだろう?」とモヤモヤストレスをためながら、でもどうしていいかからない人たちの少しでも助けになればと思って書こうと思う。

 初めに結論を述べるとフレネミーへの対処法は「距離をとる」というのが一番効果的だ。

穏便に済ませたい人には申し訳ないが、フレネミー普通関係を築くのはほぼ無理だと思ったほうが良い。

 Aとの付き合いは長い。中学高校と一緒で、よく遊んでいたし連絡も取り合っていた。

大学は私は東京、Aは地元大学へいき少し間疎遠になった。

ある日、中学同窓会があった。そこでAと2年ぶりに再会しまた連絡を取り合うようになった。

専攻が近いためレポート前などはお互いスカイプしながら徹夜したり、彼女東京へ遊びに来ることもあった。この頃のAは私にとって何でも話せる気の合う友人だった。

 大学卒業後、Aは地元社会人になり、私は地元にはもどらず東京フリーターをしながら資格勉強をしていた。

Aは志望していた業界が人気だからと諦め、近いけど違う業界就職した。お互い新生活に追われながらも時々連絡をとりあっていた。

私が資格をとってやっと社会人になれたのがそれから3年後の春、ある日Aから東京で改めて学生をすることにした、初上京から色々よろしくー!不安がいっぱいだー!」とラインがきた。

私は嬉しかった。中学からの友人が近くに住むぞ!と意気揚々東京で仲良くなった友人達にAを紹介しようと飲み会などをセッティングした。

 夏にAが上京しまカフェで会うことにした。

私の電車人身事故で遅延し走ってカフェへいくとAが店前で待っていた。そのとき「あれ?」と思った。

彼女が着ているスカートが私がお気に入りのものだとSNSに何回かあげているものと全く一緒だった。

でもブランド品だしかぶることだってあるかな、とその時は何も言わずそのスカートについても触れなかった。

 諦めた業界へ30歳までにもう一度挑戦したい、と専門学校へ入りなおすことを決めたA。

夢を語る彼女の姿に私も嬉しくなったが、Aがふとカフェ内のすみの方で手を握り合っているカップルに対して「あんな顔でよく人前でいちゃつけるよねー気持ち悪くない?年齢考えてって感じ!」と周りに聞こえる声で言った。

私は突然のことにビックリしたし隣の席にいたおじさんたちは怪訝な顔をしていた。

 この頃はAのこういう行動に対して「東京生活ストレスが溜まっているのかも」「環境がかわって神経がたっているのかな」と思っていた。

これは私に非があるが、あまり深く考えないようにしていた。同級生の悪い方向への変化を認められるほど私自大人になっていなかった。正直このとき違和感を信じていれば、と今でも思う。

 私はAをよく遊ぶグループ趣味グループ習い事や同僚など様々な自分が属するコミュニティの人たちに紹介した。

Aは少しシャイだが、私の長くからの友人ということもあり私をネタにしつつ徐々に皆と仲良くなった。

18歳で上京したとき友達ができるか、親元を離れて生活できるか不安だった自分を思い出し、なるべく彼女孤独を感じないよう色々なイベントにも呼んだ。

春はお花見、夏はバーベキュー、秋はおうちパーティー、冬はスキークリスマスパーティー忘年会などなど、私が今まで毎年していたことにAが加わった。

 冬のある日、お台場イベント大人数で遊びにいくことになった。

駅で合流し、Aもそこにいた。私と全く同じコートを着て、同じカバンをもってそこにいた。

周りは「おおおーさすが中学からの仲だね!」「おそろい可愛い!」と盛り上がり、Aは「私このブランド大好きだからなあ~」と何食わぬ顔で話している。

このときもしかして真似されてる?」と、前のスカートの件とあわせて疑うようになった。

その日はあまりAと話さないようにした、なんだか話す内容から次なにか真似されたら嫌だな、となんとなく思った。

 そのあとも真似は続いた。一度違う友達に「真似されるのってちょっと辛い」と漏らしたときに「あなたのことは大好きなのよ」「そんな真似とかなんとか中学生みたいな悩みもつなんて」と笑われた。

なんだか自分の心が狭く子供っぽいことで愚痴ってるように感じてその後、このことは誰にも言わないようにした。

新しい服やアクセサリーをつけて次にあったら彼女が同じものを持っている、それについて特に触れるわけでもなく、周りも「おそろいだ~」と笑うのみ。そのたびにちょっともやっとしてる自分人間として未熟なんだと落ち込んだ。

 その後、Aの真似はファッションだけでなく趣味や考え・意見にも及んだ。

私が軽い気持ちで参加したボランティアで関わったスウェーデン伝統工芸に惚れ込み、実際にスウェーデンへいったり友人にも「本当に好きなんだね、いつかスウェーデン人結婚したりして」と笑われるレベルにその話をしていた。

Aは最初興味がなさそうにしていたが、「最近スウェーデンに興味がある」に始まりあたか自分はずっと前からスウェーデンが好きというような態度をとるようになった。

私が参加しているボランティアにも来て「私の友人なんです~」と色々な人たちと仲良くなっていった。

この頃になるとAの髪型服装は後ろからみれば私と区別つかないレベルに一緒になっていた。

 私はこの頃には彼女のまるで私の居場所というかコミュニティ内のポジションに居座るかのような、私の成り代わりになるかのような態度にかなりイライラしていた。

しかし、最初に色々な自分コミュニティにAを紹介したこからどのコミュニティで遊んでも彼女がいる状態になっていた。

どのコミュニティでも私が誰かと話していたらAが寄ってきて、いつのまにか私が話していた人とAが話し、私が傍観者のような立ち位置になることが繰り返された。

 Aの他者に対する暴言ますますひどくなり道端で「あんデブでよくあんな服着れるね」「ババアのくせにあの髪型痛い!」と言ったりしていた。

私はそういう言葉をきくたびに疲れるようになっていった。

 この頃一度ネットで「友達に居場所を奪われる」「友達コミュニティを乗っ取られる」と検索たことがあった。

ヒットしたのはほぼほぼ中高生の悩みで、それに対して「人をとるとかとらないとかものじゃないんだから」「まねしたっていうけど自意識過剰では?」という意見を読み、自分モヤモヤしていること自体が間違っているように感じた。自分性格が悪い心の狭い人間だといわれてるような気持ちだった。

 段々私はAに限らず友人たちと会うのが億劫になっていった。

何か買ってもそれを着たり使ったりするのが怖くなり、何か新しいことに興味がわいてもそれを人に話すのが嫌いなった。集めたスウェーデン工芸品も全部売り払った。

不思議なことに私が中々イベントなどに顔をださなくあると毎日あったAからラインはパッタリと途切れた。

 Aに真似されるというのが、大げさだが自分アイデンティティをどんどん奪われていくような感覚だった。

同じ趣味教室に通う同僚が心配して声をかけてくれた時、いっそぶちまけてラクになろうと思ったときに「Aも心配してたよー!」と言われ何ともいえない脱力感に襲われた。

 Aはその後も私の友人達遊んだ様子などをSNSにアップしていた。

最初は同郷の長い付き合いの友人が自分の友人達と仲良くなっていくのが楽しかったし嬉しかった。

なのに私はなぜか友人達と会いにくくなり、孤独を感じるようになっていた。

28歳にして人間関係を丸ごとAにもっていかれたような感覚だった。

 春先に会社帰りにバーへ立ち寄った。

久々にお酒が飲みたくなったけど誰かを誘うのも面倒だし、誘って「Aも呼ぼう」ってなるのが怖かったので一人だった。

しばらくぼんやり飲んでると隣に40代くらいの女性が座った。とても身なりが綺麗な人、仮にBとする。

マスターを介してBさんが話しかけてきた、彼女大手アパレル企画をしている人でいわゆるキャリウーマンだ。

しばらく他愛もない話をしてたが、私はふとAのこと、今の自分の現状を話したくなった。

バーで会った私のことを今日知った人、私の属しているコミュニティのどこにも属していない「他人」だから話せると思った。

 ポツポツと話し出しBさんは真剣な顔で聞いていた。

私は「子供ぽいんですが」「本当こんな悩み馬鹿馬鹿しいんですけど」「自分の心が狭いのはわかっているんですが」「女子中学生みたいですよね、ほんとしょうもないんですが」とそういう前置きを何度も使った。

話している最中に、自分が寂しいと思っていることをやっと受け入れられるような不思議感覚だった。

 18歳で初めてきた東京最初友達も知り合いもいなかった。

大学でできた友達大学の外でできた友達フリーター時代にであった人たち、就職してから一緒に働いている同僚、ボランティアで一緒に一生懸命になった仲間…それまで考えたこともなかったけど、人間関係というのは自分が築き上げてきた財産だ。

それが、その財産が急に人の手に渡ってしまったような感覚、Aに対する不信感とそれを誰にも相談できない孤独さ、私がいた場所に私と同じ服やアクセサリーカバンをもっているAがいる違和感

 話しながら涙と鼻水がでていた。Bさんがティッシュをくれたけどたりなくてマスターが箱ティッシュをくれた。

Aとの楽しかった思い出がいっぱい頭をかけめぐった。でもAが東京にきてからは辛い思い出の方が多くなった。

Bさんは「それってフレネミーってやつよ、辛かったね」といってお酒を一杯奢ってくれた。

 「年齢の話はしたくないんだけど」と前置きしてBさんが話してくれた。

人間は年齢と共に人格が少しずつ変わること、それがいい方向に変わる人もいれば悪い方向に変わる人もいる。私はながいAとの付き合いのなかで無意識にAの味方をして自分直感違和感を信じずそれでストレスが溜まっていること。

子供っぽいというが誰だって自分が見つけたものや持っているものを真似されたら気分が悪いこと。自分テリトリー必要以上に入ってくる人間には注意しなきゃいけないこと。

そして、Aは私がいたポジションにおさまることで優越感や承認欲求を満たしているのだから、それはもう友人とはいえない、と。人との関係には寿命があるということ。

 決定的だったのは「あなたはAさんを色んなコミュニティに紹介したけど、Aさんはあなを彼女コミュニティに紹介はしてくれた?」という質問だった。

私はハッとした。Aは学校での友人の話やイベントの話をしてくれるが私をその人たちにあわせたり、イベントに呼んでくれたことは一度としてなかった。

 Aは他の友人たちに悪口を吹き込んだりはしてない(と思う)が、なんというか私と他の友人達遮断する影のようだった。

私の前にAがいて私は彼女の影のなかにいるような、段々彼女が私のオリジナルで、私がコピーのような感覚というか、成り代わられるというのは自分を消されるような恐怖感があった。

今でも何でAがそういうことをしだしたのかはわからない。私は真似されるような魅力のある人間ではない、もしかしたらAはAで寂しくて必死だったのかもしれない。

決定的なことをしたわけじゃないが徐々に食い込んでくるあの不気味さから、私はもうAに会うのはやめようと決意した。

 Bさんは別れ際少しこわばった顔で「彼氏旦那ができたときに、彼女に紹介しちゃダメよ」と言った。

私は帰って「フレネミー」で検索をかけた。冒頭にのべた通り、多くの人々がこの厄介な存在に悩んでいることを知って、不謹慎ながら少しホッとしてしまった。

 Aとの関係は綺麗には切れない。

自分所属しているコミュニティ彼女もまたしっかり根を下ろしているか共通の友人が多い。

でも、Aとは今では全く会っていない。何度か会う機会はあったが私がそういう場には絶対に行かないようにしている。

友達結婚式などどうしても会わざるえない事で今後会う可能性はあるが…。

そういう制限のなかでなかなか会えない人もできてしまったが、前より心が平穏だ。

周りは不思議がっている人もいるし、友人伝手にAの話も聞くことがあるが、それはもうあまり気にしないようにしている。

 夏になって私は新しい趣味に手を出しそのつながりで新しい友人ができた。

前に比べ人に警戒心を抱くようになったけど、やはり人との繋がりから得るものは大きい。

自分が着たい服、身につけたいもので遊びに行き、好きな話をしても真似される心配がないのが嬉しい。

ずっと付きまとっていた違和感がなくなって、孤独感が消えた。

 「フレネミー」は十人十色、Aのように真似をしてポジションをとろうとする人や、マウンティングしてくる人、心配するふりして不安を煽ってくる人…色々いるみたいだ。

今もし、友達のことでしんどい思いをしている人がいたら、一旦冷静になって考えて欲しい。その人は本当に友達なのかどうかを。

「そんなことぐらいで」と他人が言う事でも自分しんどいのなら、それは「そんなことぐらい」じゃないのだ。

 時々Aと過ごす時間が多かった十代を思い出し少し悲しくなったりもする。

しかしたらずっと先の将来でまた友達になっているかもしれないし、もうこのまま会わずに終わるかもしれない。

 長文&駄文失礼しました。

2017-10-22

現在批判者たち

一般的な人たちは哲学的批判に対して防ぐ術を持っていない。

労働階級必要なのは批判力ではない、他者批判することは、また内なる他者批判することである

自身アイデンティティ批判もつ分解力によって倒壊しかけているとき私たちは外の真の他者に対して批判力を失ってしまう。

まり哲学的な問いが支配層にとって脅威であるなら、労働階級にとっても脅威なのである

人は発した言葉一貫性から逃れることはできず、支配層への批判言葉は、そのまま労働層への批判言葉へ容易に転化する。

そして批判に対して脆弱なのは知恵の無い労働である

これでは相手批判しているのにかかわらず、味方のほうがダメージが大きいという勝負にならない戦いを強いられている。

その結果として、私たち批判力を持つことをやめた。

支配層は社会を守るために批判をやめ、労働層は仲間を守るために批判をやめたのである

現在批判者たちには、三つに分けられる。

一つ目は、どこの層にも属していない孤独の者たち。

二つ目は、マスコミなどの批判者たち

メディアなどの自分たち批判であることが社会から要請である

自己催眠状態にあるものたち。

この批判者たちは、批判することが自分アイデンティティとなるため、この批判力が内部に行くことは無い。

三つ目は、他者から求められた批判者たち

労働層が批判言葉を上げることもあるが、これは2つ目のマスコミによる批判要請である

政治家本来社会を守るために批判を捨てたはずの者たちであるが、

国民の声などといって批判を行う。

これら三つのすべてに問題点が内在する。

それは批判者たちがどれも自分階層を守るために批判をしているわけではないということである

一つ目は自分の層は何にも属していないため、批判に本気になることは無い。

変えることで自分利益、損になる場合や、人間本来的な所持を奪い取ろうとする者たちに対して批判を強めるだろう。

二つ目は、自己催眠によって批判することが可能になった者たちであるが、

まさにそのために、何のために批判をするのかという目的をあまりもてないでいる。

社会要請などという全体としての理念を語ることはできるが、一つ一つの問題に対して

なぜ批判をするのかということが答えられない。

批判することが自身証明であり、自己保全であるためであると言えるわけでもない。

何かしたの転化を経て答えが出る。しかしその答えは、転化をによる代償として矛盾はらまざる終えない。

二つ目批判者にとって幸いなことは、私たちは、ジレンマ自己保全のための矛盾に対しては寛容なことである

三つ目は、自己催眠状態の者から要請によって得た批判力であったが

往々にして責任(一つ目ほどではない)を持つことが難しい、彼らは依頼があってそれをしているわけであり、

依頼が無ければ批判しないという、不安定すぎる地盤で戦わなければならない。

一つ目は、まだ人間という最後ラインがあり、人間という最後の層を守るために

批判を団結させることができる。

しかし、二つ目の者たちによって分団されているため、それもできない。

ほとんどこの批判者たちは力を持つことは無い。

私が言いたいことは、すべての人が哲学的批判力を持つということがこれらの問題を発生させているということなである

私たちはある程度の批判に対しての線引きを欲しているのであり無自覚批判だけをたたえることや、批判することが無条件に正しいことということは今や好ましくないのである

2017-10-17

アディダス炎上

体毛だってアイデンティティ。だが受け入れられず炎上してしまったアディダスキャンペーン広告

http://karapaia.com/archives/52247441.html

 スウェーデン出身のアルヴィダさんはモデル写真家アーティストとして活躍する一方、「ノーシェイブ運動」の活動家としても知られている人物

 ステレオタイプに反対し、男性ムダ毛を処理するのも、女性ムダ毛を処理しないのも自由いいんじゃないの?と主張しているのだ。

ってことで見てみたら、脇毛ボーボーで脛毛ボーボー(女性にしては)だった。

凄い圧倒的違和感嫌悪感(この女性女性思想に対してじゃないよ)があるなー!笑

無い方が絶対にいいなー!

なんでこんな違和感を感じるのだろうか。アンバランスというかミスマッチというか……!!

にしても、

批判コメント殺到して恐ろしい脅迫文も届く

 これに対して、「女の子じゃなくて猿だな・・・」や「火をつけて燃やせ!」、「恥知らず!」など批判コメント殺到

 さらにはSNSDM経由で、肉体的に暴行してやるからな!みたいな感じの脅迫文まで送りつけられてくる始末。

だそうで……これはひどいね。

2017-10-13

アトラクション感覚で利用するのはやめて下さい

「女である自分」というアイデンティティを守るためか

単に「女である自分」を楽しむためか知りませんが

僕をいいように利用するのはやめて下さい

2017-10-10

ケータイの機種がアイデンティティのやつらって何なの?

スマホ壊れて機種変してきた。家電量販店で。

6年前のiPhoneだったから、男性店員さんにめっちゃから

「いやー、こういう古いケータイ持ってるのかっこいいですよ〜〜」と謎の褒め言葉を頂戴したが、遠回しにダサ珍しいと言われていると理解した。

ケータイの機種に詳しくて、彼らの中でカッコいいケータイとカッコ悪いケータイがあるのだろう。

彼らの美意識から遠く離れた私の端末。

髪型だったり爪の手入れだったり靴の減り具合とか、いろんな美意識価値観があるなかで、彼らはケータイ端末に最先端の美意識見出している。

ま、いいんだけどさ。数年に一度機種変するたびにそういう店員相手をしなきゃならないのが面倒っす。

anond:20171010000626

子供がいるということでしか自分アイデンティティ保てない人多いからね

私は勝ち組少子化に貢献してる!という承認欲求をこじらせてるんだろう

他に何も誇れる物がないんじゃないの

2017-10-03

anond:20171003091220

この人はこの人でアイデンティティクライシス起こしてるんだろうとは同情するわ。

2017-10-01

LGBTアイデンティティにして商売してる人ってだいたいつまらない。

anond:20170930124405

元増田が書いてるじゃん。

オタク趣味なんて後天的選択可能なのでアイデンティティに直結しない程度のものだし、

容姿キモいのは相手もどこかしら変なところがあるから言い返せばいいので1-1でフェアだし、

自殺率が高いというデータも出してないし、まったく特別擁護する必要がない。

2017-09-30

ゲイが口うるさく抗議するわけ

「なんでゲイだけ目くじら立てて抗議するのか」って意見散見されるので書く。今回の抗議って自分たちのためという以上に、今同性愛で悩んでいる子供達のためって側面が大きいということを知ってほしい。

自分40代ゲイで、正直この歳になったら保毛男に直接傷つくということはない。でも、自分子供の頃はメディアゲイが「ホモ」として堂々とバカにされていて、それですごく悩んだんだよね。自分は異常なんだ。この先この世の中で生きていけるのだろうかって。実際、同性愛者の思春期自殺企図率はヘテロの子供の2倍程あるという調査結果も出ているし(http://www.nhk.or.jp/heart-net/mukiau/shirou4.html)、周りにも子供の頃同性愛で悩んで死ぬことを考えたってゲイもすごく多い。誰かが書いていたけれど、セクシャリティって自分アイデンティティと直結しているので、社会からそれを否定されるのって、特に思春期の子供にとってはかなり辛い。

例えば容姿いじりって、いじっている方も芸能人ばりの容姿なわけではなく、どこかに容姿欠点があったりするわけじゃない。言ってもお前も鼻の形変じゃん、みたいな。でもヘテロ同性愛って1-0で、ヘテロの人は揺るぎない絶対正義立ち位置から批判できるから強いし、批判される側は反論のしようがないんだよね。同性愛かどうかは目に見えないから、同士がどれだけいるのかがわからないってのも辛い。(あ、別に同性愛けが特別辛いんだって言いたい訳じゃないですよ。マイノリティマウンティングしても誰も幸せになれないでしょ。)

特に子供の頃は接する社会が狭いから一人で悩みがちになるので、周りはみんなヘテロなのに自分けが異常なんだと思って自殺を考える子も多いんだと思う。そんな中で同性愛者を「ホモ」とバカにするキャラクターテレビで堂々と流れてたらそれは怖いよ。明日学校で「保毛尾田保毛男」て言われたらどうしようって思うよ。この先ずっと社会からバカにされるんじゃないかって思うよ。だからゲイである僕達は口うるさく抗議の声をあげる。これはおかしことなんだよって。おかしいのは向こうなんだから君が思い悩む必要はないんだよって。死ぬ必要はないんだよって。

口うるさく思われようが、今後もこういうことが起こったら抗議するよ。自分が今の日本で、堂々と、まではいかないにしろ迫害を受けることなゲイとして暮らせるのは、先輩達がしつこく抗議してきてくれたからだと思っているから。そして、同性愛者の思春期自殺企図率が高いってことはもっと世の中の人に知ってもらいたいなと思う。

2017-09-29

マジメ系クズフリーランス思考

・日々に追われて大きな決定を後回しにする(決定する勇気がないだけ)

・本当は就職したいが、給料が下がるのはイヤ(一般的サラリーマンより高収入なのが唯一のアイデンティティだったりする)

組織をつくるしか道がないと思いながらもその力がない(「ひとりのほうが気楽でいい」などと言い訳をする)

一方、やりたいことをやっている系フリーランスはこのようにはまったく考えない。

同じフリーランスでも、そのモチベーションはまったく異なる。

マジメ系クズフリーランスは、ある日、やりたいことをやっている系のそれとのあいだにある圧倒的な差に気がつく。

しかし、「収入はさほど変わらんだろう」と自分言い訳をする。

そういうマジメ系クズフリーランスにこれだけは言いたい。

会社所属しなくても生きていける」と、「やりたいことを収入にしている」とは、似て非なるものなのだ

2017-09-27

希望の党リセット発言

はてなお得意の上から目線批判

リセットしてどうするのかはまだ何も言ってないが

自民ができなくて足踏みしてることを進める政策を打ち出すのは間違いないだろう

そしてこの党もまた小池個人の豪腕である程度の票を集めることになる

そうなるのは当然なんだよ

別に自民を支持してる奴らだって別に積極的自民がいい

自民じゃなきゃ嫌なんて支持者いないんだから

これは結局のところはてさに責任がある

はてさはとにかく与党批判してれば支持するとかい意味不明な層だから

こういう日本にしようってのが一切ない

とにかく自民を悪に落とし込めれば後はなんでもいいなんて連中は結局小池個人の力にも及ばない

当たり前だ何も具体的な提案政策がないんだから

小池新党展望がない?アホか

お前ら今まで何十年も展望ないじゃん

自民アンチアイデンティティ感じてるだけの奴に共感するやつなんて性根がひん曲がったやつしかいないに決まってる

大人しくはてな村で延々と文句垂れてな

お前らはテレビの前でプロ野球選手に下手くそ文句垂れてる酔っぱらい親父と一緒なんだよ

2017-09-26

誰にも負けない物がやっぱ欲しいよね

いや、むりやろ。

インターネット世界中が繋がっちゃった今で誰にも負けない宣言したらいきなり70億全部ライバルやん。

つーわけで誰にも負けないは無理。

横綱とか竜王とかヘビー級チャンプになってようやく宣言できるレベル

むりむり一般人にはかたつむり

かみまみた

かみまみてませんでした。


はいえ『ランダム100人集めて上位5人にはほぼほぼ確実に入れる程度のもの』は欲しいですよね。

プラス方面アイデンティティなしで生きてくのは実際精神的にキツい。

自分の得意方面で明らかに勝ってる人以外に対して「でもこの分野では絶対俺が勝ってる」と思えるかそうじゃないかって全然違いますもんね。

逆に自分の得意方面自分より明らかに上の人に対しては、服従ポーズ取ることになっても諦めがつくというか喜んで股開きますよって思えますもの

なんか無いですかねえ。

ちょっとした事なら以外と皆出来てますからねえ。

以外な人が絵が上手かったり昔プログラム齧ってて今もある程度打てちゃうとか普通に起きますからね。

ランダム100人に2人プロが混じるとして残り3枠を争う相手の中に経験者が実は10人ぐらいいましたとか普通にありえますよね。

そうなると上の下ぐらいは行ってないと「とりあえず下位95人に対しては俺が確実に勝ってる」なんて言えないじゃないですか

厳しい。

かといってあまりニッチ方面に生き過ぎると「でもこの分野なら100人集めて上位2人には確実に入れるぐらいじゃないと自信には繋がらないな」ってなりますからね。

キツイわ。


自分の中に確固たる自信を持てる物持つのがこんなに難しいとは。

『夢中になれる物がいつかキミをすげえやつにするんだ』とか歌いつつオッパイオッパイ言ってる名曲がありましたけど、実際そのとおりですよ。

何か一つ子供の頃から夢中になり続けてた物があればそれが確固たる自信になる。

確固たる自信を持ってる人間は、攻めに回らないと行けない状況でちゃんと攻めていくことが出来る。

それが出来ない人間自分というアイデンティティに自信を与えてくれる物がない人間はそれが必要な状況でも物怖じしてしまうんですよ。

自分がこの世界存在してる意義があるって確証を持ててないから。

そういうのがいちばん大事なのかもなあと思いながらも、この年までやってきた事がチンタラしたペースでゲームやってネット見てきただけなんですから自分はもうどうしようもないですね。

から頑張るとしても何を頑張らいいのかっていう。

だって頑張り続けられるほど興味持てるものないですし、頑張らずに興味持てるものゲームネットぐらいですもの

そのゲームネットで上位5人に入ってる可能性はほぼ0%ですしね。

メジャー趣味レッドオーシャンすぎてガチガチガチじゃないと上の下にはなれないのが辛い所。

2017-09-24

こんなアイドルプロデュースゲームは嫌だ

(本文中に登場するゲーム架空アーケードゲームアイドルマスターシンデレラガールズ」であり、実在するソーシャルゲーム並びにスマートフォンアプリとは関係ありませんので、ここが間違っているという指摘には応じられません)

今私はあるゲームセンターにいる。久しぶりにこんなところに来たもので、見覚えのある筐体もあるが、多くは初めて見るものだ。

その内の一つである、「アイドルマスターシンデレラガールズ」というゲームに目が止まる。どうやらこのゲーム、私も知っている「アイドルマスター」の後継というかスピンオフというか、まあそのようなゲームで、システムはだいぶ変わっているようだが、とにかくアイドルプロデュースするゲームらしい。

周りの説明を読む限り、本家作品との違い、この「シンデレラガールズ」というゲームの売りは、とにかく沢山のアイドルがいることらしい。なんとだいたい180人くらいいるとか。この数により、どんな人がプレイしても自分好みのアイドル出会えるという訳だ。

なるほどそれはいい。私も、友人に本家が好きな者がいて少しやってみたのだが、好きなキャラクター、というのはいてもどうも「プロデュースする」という気持ちにはなれずあまりハマる事が出来なかったのだ。これならきっとそういう娘に出会うことが出来るだろう。

そう思った私は、早速プレイすることにした。友人からアイドルマスター」は非常に金のかかるゲームだと聞いていたが、私にはこれといって趣味もない。酒は好きだが飲み会は嫌いであまり金は使わないし、たまには娯楽に思う存分金を使ってみるのも良いだろう。

ゲームプレイし始めると、少々目に悪い黄緑色の服を着た女性が話し掛けてきた。どうやら彼女が私のアシスタントをしてくれるということらしい。それにしてもこの声、聞いたことがあると思ったらどうやら有名なあの声優が演じているようだ。アシスタントからしてこれほどの声優が演じているのだから、きっとアイドル声優もそうそうたる人物が演じているのだろう。

少しばかりの説明を受けた後、三人の娘が登場した。とりあえずこの中から一人選んで欲しいとのこと。180人では無いのか...?と思いつつ話を聞いていると、どうやらチュートリアルの延長のようなものらしい。どうせなら最初から全員から選ばせてくれればよいものを、と思うが、まあそれは仕方がない。何かシステム的な障害があるのだろう。とりあえずは笑顔の眩しいピンク色の衣装を着た娘を選んでみる。

それから暫くばかりその娘と共に仕事をこなしたり、Liveバトルという対戦イベントをこなしたりなど、基本の操作をいくつか行った。その過程で何人かのアイドルプロデュース可能になったが、彼女達は自分が選んだわけではない。勿論このようかゲームキャラクターである以上みな可愛いのだが、やはりどうもピンと来ない。ゲーム上では、どうやらチュートリアルが終わったらしい。だが、肝心のプロデュース対象アイドル選択することについては、結局最後まで触れられなかった。

その後少し色々と弄ったり、ネット情報収集したりしたところ、どうやらこのゲームゲーム中には自分アイドルを選ぶという操作は無いようだ。自分の好みのアイドルプロデュース可能にするには基本的にはガチャと呼ばれるランダム要素に頼るしかないらしい。それも、性能の高い状態プロデュースするには特別ガチャを利用しなければならないのだが、そもそもその対象となっているアイドルとなっていないアイドルがいるとか。

色々調べるうちに、私は一人のアイドルに強い興味を持った。彼女は18歳。身体付きは非常にセクシーだが性格はまだ幼く、アイドルを目指したのも母親の影響。アイデンティティの多くを母親依存しているため自分に自信が無いが、ふんわりとした性格ゆえにそれを表に出すことはあまり無い。そんな娘だった。

正直、実際に居たら苦手なタイプだろうと思う。話し方もきつい。だが私は彼女の危うさに非常に魅力を感じたし、自分が支えてあげたいという思いに駆られた。

このゲームの遊び方として、好きなキャラクターだけ選び、ゲーム外で色々と妄想したり、創作したりして楽しむといったことも主流らしい。だが私はせっかくだから、このゲームを楽しみたかった。そこでまずは、先程のガチャを利用してみることにする。

残念ながら彼女現在特別ガチャのほうでは登場していないらしい。そこでまず一般的ガチャを利用することにした。幸いこちらはゲームクレジットを利用するタイプであり、最初の娘と稼いだクレジットで何度も回すことが出来た。かなりの試行回数の後、私のプロデュース担当となる彼女は現れた。

だが、私の前に現れた彼女は喋ってくれなかった。台詞はある。画面上に表示されている。だが、声は流れない。はじめ、私はゲームバグか何かかと思った。だが、アシスタントの声、始めに選んだ娘の声、途中で加入した娘の声は正常に流れている。どうやらバグでは無いようだ。

調べたところ、どうやらこのゲームには、cv実装されている娘とされていない娘がいるらしい。私が今まで出会って来た娘たちはみな、たまたま実装されている娘たちばかりであったために気付かなかったのうだ。

アシスタントcv実装し、肝心のアイドル実装しない。なぜそのようなことになっているのか私には分からなかった。しかし一つ確かなこととして、例えcv実装されていなくとも、選んだ彼女の魅力は薄れていない。実世界では経験した事が無いが、これが一目惚れという奴なのかもしない。

声が無いのは仕方ない。それなら、より彼女の事を知る為に台詞をより聞く、いや見るしか無いだろう。そう思い、私は彼女台詞を集めることにした。これがなかなか大変であり、私がプレイする以前に期間限定で発せられていた台詞を手に入れるにはこのゲームプレイしている他者と交換しなくてはならない。交換と言っても、ゲーム通貨として流通しているアイテムにはお金がかかる。ここに来て友人の言葉を思い出したが、すっかり彼女に惚れ込んでしまった私にとっては最早そんなことはどうでもよかった。

それなりにお金を使い、なんとか彼女の全台詞を集めることに成功した。彼女言動は一々私の心を震わせ、より一層彼女が愛しくなった。

だが台詞を一度全て集めてしまうと、その後は辛い時間だった。台詞ゲーム中で期間限定で開催される「イベント」またはガチャに登場することによって追加されるのだが、それに私の担当が登場するのは非常に長い間隔を必要とした。

更にイベントの中には、「アイドルプロデュース」という、まさにこのゲーム本体とも言えるものがあったのだが、私の担当は一向にそれに登場しない。それどころか、登場することを期待さえ出来ないような状況であった。

では、このゲームのもう一つの遊び方として紹介されていたゲーム活動はどうかといえば、それも辛いものだった。

絵が沢山描かれたり、漫画に登場したり、小説が書かれたりするのはいずれも、cv実装されているアイドルや、そうでなくとも特別な人気があり、登場頻度の高いアイドルばかり。私の担当と来たら、自分以外で彼女担当としている者を見つけるのにも苦労する始末だ。


ゲームプレイし続けているとある日、大きな機能追加があった。アイドル達が画面中で踊るようになるというのだ。友人の言うには、本家の魅力の一つは3Dで踊るアイドル達であったらしい。

これまで一度も、実際の画面上で動くことの無かった私の担当アイドルが、ついに踊る。言葉に出来ない嬉しさが身体を駆け抜けた。3Dモデル実装順次行われるということで、その順番は案の定といったものだったが、それすらも気にならなかった。

だが、すぐにその喜びは失われた。

確かに実装された3Dモデルは素晴らしく、私は画面上で踊る彼女に涙した。だが、アイドル生命線の一つである衣装。それが私を苛んだ。一部のアイドルには次々と衣装実装されていくなか、私の担当アイドルには一向に追加される気配が無い。また、この大型機能追加以降急激に増えたプレイヤーの多くはそんな多くの衣装を持つアイドル達を気にいることが多く、ゲーム外での扱いの格差もどんどん広がっていった。

また、そもそもcv問題もより大きくなった。私の担当アイドルがどんな曲を踊ろうとも、その曲を彼女が歌うことはなく、聴こえてくるのは他人歌声だ。そのうち、私は彼女に踊らせることすら苦痛になっていた。

機能追加以降のプレイヤー人口の増加でかなり儲ける事が出来たのか、ゲームはどんどん発展していった。有名なタレントを用いたCMを見かけるようにもなった。アイドル達による新たなCDシリーズも発表された。だが、どんなに儲かっても私の担当しているアイドルに声が付くことは無かった。

それでも、私にはこのゲームを止めることは出来ない。完全に彼女に惚れ込んでしまった私には。

ゲームセンターに行き、彼女の登場しないイベントの予告を確認し、彼女の登場しないガチャ更新確認し、彼女の登場しないCD試聴ページが出来た事を知る。自衛のため、CD試聴は聞かない。そしてゲームを終了させる。

筐体の周辺には、このゲーム制作会社広告が並んでいる。

どうやら今度、新たな「アイドルマスター」が制作されるらしい。そこに登場するアイドルには、cv実装されているそうだ。

こんなゲーム出会わなければよかった。

そう思いながら、私は静かにゲームセンターを後にした。

2017-09-21

自称オタク被害者意識が一番キモイ

オタク婚活サービス話題で「オタクいか嫌悪されてるかわかる」などとほざいてるバカにあきれてものも言えない

オタク趣味なんかよりオタクアイデンティティとする謎のプライドコンプレックスこそが嫌悪されてんだよ。

アニメ見まくってようがフィギュア集めてようが生活に支障が出てるレベルでもなければどうでもいいわ

「俺はオタクからメソメソメソメソ偏見がグチグチグチ、リア充エライのかグチグチグチ」とか言ってる卑屈なカスから

「うわっきもっ二度と関わりたくねえ」と思われるんだぞ

蔑視された過去がウンヌンだかなんだか知らないけど目の前の人間にいちいち被害妄想抱いてお前の過去押し付けるな。ニュートラルに会話しろボケ

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