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はてなキーワード: アイデンティティとは

2017-09-24

こんなアイドルプロデュースゲームは嫌だ

(本文中に登場するゲーム架空アーケードゲームアイドルマスターシンデレラガールズ」であり、実在するソーシャルゲーム並びにスマートフォンアプリとは関係ありませんので、ここが間違っているという指摘には応じられません)

今私はあるゲームセンターにいる。久しぶりにこんなところに来たもので、見覚えのある筐体もあるが、多くは初めて見るものだ。

その内の一つである、「アイドルマスターシンデレラガールズ」というゲームに目が止まる。どうやらこのゲーム、私も知っている「アイドルマスター」の後継というかスピンオフというか、まあそのようなゲームで、システムはだいぶ変わっているようだが、とにかくアイドルプロデュースするゲームらしい。

周りの説明を読む限り、本家作品との違い、この「シンデレラガールズ」というゲームの売りは、とにかく沢山のアイドルがいることらしい。なんとだいたい180人くらいいるとか。この数により、どんな人がプレイしても自分好みのアイドル出会えるという訳だ。

なるほどそれはいい。私も、友人に本家が好きな者がいて少しやってみたのだが、好きなキャラクター、というのはいてもどうも「プロデュースする」という気持ちにはなれずあまりハマる事が出来なかったのだ。これならきっとそういう娘に出会うことが出来るだろう。

そう思った私は、早速プレイすることにした。友人からアイドルマスター」は非常に金のかかるゲームだと聞いていたが、私にはこれといって趣味もない。酒は好きだが飲み会は嫌いであまり金は使わないし、たまには娯楽に思う存分金を使ってみるのも良いだろう。

ゲームプレイし始めると、少々目に悪い黄緑色の服を着た女性が話し掛けてきた。どうやら彼女が私のアシスタントをしてくれるということらしい。それにしてもこの声、聞いたことがあると思ったらどうやら有名なあの声優が演じているようだ。アシスタントからしてこれほどの声優が演じているのだから、きっとアイドル声優もそうそうたる人物が演じているのだろう。

少しばかりの説明を受けた後、三人の娘が登場した。とりあえずこの中から一人選んで欲しいとのこと。180人では無いのか...?と思いつつ話を聞いていると、どうやらチュートリアルの延長のようなものらしい。どうせなら最初から全員から選ばせてくれればよいものを、と思うが、まあそれは仕方がない。何かシステム的な障害があるのだろう。とりあえずは笑顔の眩しいピンク色の衣装を着た娘を選んでみる。

それから暫くばかりその娘と共に仕事をこなしたり、Liveバトルという対戦イベントをこなしたりなど、基本の操作をいくつか行った。その過程で何人かのアイドルプロデュース可能になったが、彼女達は自分が選んだわけではない。勿論このようかゲームキャラクターである以上みな可愛いのだが、やはりどうもピンと来ない。ゲーム上では、どうやらチュートリアルが終わったらしい。だが、肝心のプロデュース対象アイドル選択することについては、結局最後まで触れられなかった。

その後少し色々と弄ったり、ネット情報収集したりしたところ、どうやらこのゲームゲーム中には自分アイドルを選ぶという操作は無いようだ。自分の好みのアイドルプロデュース可能にするには基本的にはガチャと呼ばれるランダム要素に頼るしかないらしい。それも、性能の高い状態プロデュースするには特別ガチャを利用しなければならないのだが、そもそもその対象となっているアイドルとなっていないアイドルがいるとか。

色々調べるうちに、私は一人のアイドルに強い興味を持った。彼女は18歳。身体付きは非常にセクシーだが性格はまだ幼く、アイドルを目指したのも母親の影響。アイデンティティの多くを母親依存しているため自分に自信が無いが、ふんわりとした性格ゆえにそれを表に出すことはあまり無い。そんな娘だった。

正直、実際に居たら苦手なタイプだろうと思う。話し方もきつい。だが私は彼女の危うさに非常に魅力を感じたし、自分が支えてあげたいという思いに駆られた。

このゲームの遊び方として、好きなキャラクターだけ選び、ゲーム外で色々と妄想したり、創作したりして楽しむといったことも主流らしい。だが私はせっかくだから、このゲームを楽しみたかった。そこでまずは、先程のガチャを利用してみることにする。

残念ながら彼女現在特別ガチャのほうでは登場していないらしい。そこでまず一般的ガチャを利用することにした。幸いこちらはゲームクレジットを利用するタイプであり、最初の娘と稼いだクレジットで何度も回すことが出来た。かなりの試行回数の後、私のプロデュース担当となる彼女は現れた。

だが、私の前に現れた彼女は喋ってくれなかった。台詞はある。画面上に表示されている。だが、声は流れない。はじめ、私はゲームバグか何かかと思った。だが、アシスタントの声、始めに選んだ娘の声、途中で加入した娘の声は正常に流れている。どうやらバグでは無いようだ。

調べたところ、どうやらこのゲームには、cv実装されている娘とされていない娘がいるらしい。私が今まで出会って来た娘たちはみな、たまたま実装されている娘たちばかりであったために気付かなかったのうだ。

アシスタントcv実装し、肝心のアイドル実装しない。なぜそのようなことになっているのか私には分からなかった。しかし一つ確かなこととして、例えcv実装されていなくとも、選んだ彼女の魅力は薄れていない。実世界では経験した事が無いが、これが一目惚れという奴なのかもしない。

声が無いのは仕方ない。それなら、より彼女の事を知る為に台詞をより聞く、いや見るしか無いだろう。そう思い、私は彼女台詞を集めることにした。これがなかなか大変であり、私がプレイする以前に期間限定で発せられていた台詞を手に入れるにはこのゲームプレイしている他者と交換しなくてはならない。交換と言っても、ゲーム通貨として流通しているアイテムにはお金がかかる。ここに来て友人の言葉を思い出したが、すっかり彼女に惚れ込んでしまった私にとっては最早そんなことはどうでもよかった。

それなりにお金を使い、なんとか彼女の全台詞を集めることに成功した。彼女言動は一々私の心を震わせ、より一層彼女が愛しくなった。

だが台詞を一度全て集めてしまうと、その後は辛い時間だった。台詞ゲーム中で期間限定で開催される「イベント」またはガチャに登場することによって追加されるのだが、それに私の担当が登場するのは非常に長い間隔を必要とした。

更にイベントの中には、「アイドルプロデュース」という、まさにこのゲーム本体とも言えるものがあったのだが、私の担当は一向にそれに登場しない。それどころか、登場することを期待さえ出来ないような状況であった。

では、このゲームのもう一つの遊び方として紹介されていたゲーム活動はどうかといえば、それも辛いものだった。

絵が沢山描かれたり、漫画に登場したり、小説が書かれたりするのはいずれも、cv実装されているアイドルや、そうでなくとも特別な人気があり、登場頻度の高いアイドルばかり。私の担当と来たら、自分以外で彼女担当としている者を見つけるのにも苦労する始末だ。


ゲームプレイし続けているとある日、大きな機能追加があった。アイドル達が画面中で踊るようになるというのだ。友人の言うには、本家の魅力の一つは3Dで踊るアイドル達であったらしい。

これまで一度も、実際の画面上で動くことの無かった私の担当アイドルが、ついに踊る。言葉に出来ない嬉しさが身体を駆け抜けた。3Dモデル実装順次行われるということで、その順番は案の定といったものだったが、それすらも気にならなかった。

だが、すぐにその喜びは失われた。

確かに実装された3Dモデルは素晴らしく、私は画面上で踊る彼女に涙した。だが、アイドル生命線の一つである衣装。それが私を苛んだ。一部のアイドルには次々と衣装実装されていくなか、私の担当アイドルには一向に追加される気配が無い。また、この大型機能追加以降急激に増えたプレイヤーの多くはそんな多くの衣装を持つアイドル達を気にいることが多く、ゲーム外での扱いの格差もどんどん広がっていった。

また、そもそもcv問題もより大きくなった。私の担当アイドルがどんな曲を踊ろうとも、その曲を彼女が歌うことはなく、聴こえてくるのは他人歌声だ。そのうち、私は彼女に踊らせることすら苦痛になっていた。

機能追加以降のプレイヤー人口の増加でかなり儲ける事が出来たのか、ゲームはどんどん発展していった。有名なタレントを用いたCMを見かけるようにもなった。アイドル達による新たなCDシリーズも発表された。だが、どんなに儲かっても私の担当しているアイドルに声が付くことは無かった。

それでも、私にはこのゲームを止めることは出来ない。完全に彼女に惚れ込んでしまった私には。

ゲームセンターに行き、彼女の登場しないイベントの予告を確認し、彼女の登場しないガチャ更新確認し、彼女の登場しないCD試聴ページが出来た事を知る。自衛のため、CD試聴は聞かない。そしてゲームを終了させる。

筐体の周辺には、このゲーム制作会社広告が並んでいる。

どうやら今度、新たな「アイドルマスター」が制作されるらしい。そこに登場するアイドルには、cv実装されているそうだ。

こんなゲーム出会わなければよかった。

そう思いながら、私は静かにゲームセンターを後にした。

2017-09-21

自称オタク被害者意識が一番キモイ

オタク婚活サービス話題で「オタクいか嫌悪されてるかわかる」などとほざいてるバカにあきれてものも言えない

オタク趣味なんかよりオタクアイデンティティとする謎のプライドコンプレックスこそが嫌悪されてんだよ。

アニメ見まくってようがフィギュア集めてようが生活に支障が出てるレベルでもなければどうでもいいわ

「俺はオタクからメソメソメソメソ偏見がグチグチグチ、リア充エライのかグチグチグチ」とか言ってる卑屈なカスから

「うわっきもっ二度と関わりたくねえ」と思われるんだぞ

蔑視された過去がウンヌンだかなんだか知らないけど目の前の人間にいちいち被害妄想抱いてお前の過去押し付けるな。ニュートラルに会話しろボケ

そうだ忘れてた

もし科学が進み切って生命・魂を人為的操作できるようになったら

どこでアイデンティティを保持するのか考えてなかったな

2017-09-20

anond:20170920000038

要するにこれなんだよなー。

ポリコレ的に正しいかどうかはともかく、こういう苛立ちを覚える人たちを納得させられる言葉なんてない。

だって全ての人は好きでその国籍に生まれたわけじゃないからね。

自身国籍アイデンティティが「不安定じゃない」というのは良い見方であって、

本人の意思に反して「固定されている」とも言える。

そういう普通の人たちが自身国籍曖昧であることを都合よく利用して弱者として振る舞うことに苛立つことを、

それはレイシズムだとか何だとか言って「正しい」価値観押し付けことなんてできない。

できると思ってる方がむしろやべーやつ。

からこれはどうしようもない。国家という枠組みがある限り解決などしない。

2017-09-18

anond:20170918112019

せやせや

水原希子が保身のために「私は日本人じゃない」つってお前は日本人アイデンティティを持っていないのかと反感を抱いた人がいるっていうだけの話なのに、頭のおかしい奴らが話をややこしくしてメチャメチャになる

2017-09-17

俺はここ数年絵を描いている。

運動神経も悪く学業も平凡、せめて一つ位は誇れる何かが欲しいと、そう思って何かアイデンティティを獲得しうるモノをと考えて、結果始めたのが絵を描く事だった。別に絵の才能がある訳ではない。むしろ下手。中学時代美術の成績は2、よくて3だった。ただ、漫画アニメの絵が好きだった事や、初期投資に掛かる費用がほぼ0円だったこと、そう言った点が絵を描くという事を選択するにあたっての大義名分と上手く合致した。

から入るタイプなので、鉛筆シャーペンスケッチブックと、一通り揃えた。

ネットで色々と情報を集め、模写をし、デッサンをし、色々な絵を描いた。

長く上達せずに苦しんでいると、ある日ふとしたキッカケで解決し、また絵が上手くなる。ゲームレベル上げに近く、それよりもさら生産的で、努力がそのまま成果として現れるため、俺はずっと絵を描き続けてきた。

絵を描いている内に、何故昔の絵が下手なのか、理由が分かるようになって、下手な人を見ると、何処のせいで下手に見えるのかも分かるようになって、昔とは比べるまでも無い自分になっていた。このままもっと上手くなれる気もする。

ただ、自分よりさらに上の人が世界に沢山いるのを見ると、自分のいる場所があまりにも低い場所だと思えて、特技だと言えるほどには自信を持てない。

絵を描いて数年経った今、俺は未だに人に誇れるものが無い。

このまま絵を描き続ければ、きっと今よりも上手くなる。自身を持てるかも知れない。だが、得られた実力を誇ったその瞬間、俺から俺を支えていたもの霧散してしまう様な気がしてならない。

anond:20170917170101

日本人としてのアイデンティティを持ってて両親のルーツ尊重したい本名なんちゃら希子さんなら

それで勝負して初めてありなままなんじゃないの

しかもこの人なんか別の問題の時に自分日本人じゃありませんって言ってた人だと思うけど

anond:20170917164942

思わん。

1歳の頃から日本に住んでいてアイデンティティとしては日本人だが、両親のルーツ尊重したいし、ましてや人種国籍理由に「仕事をするな」などと言われたくはない。

ごく普通の考えだわな。

おまえみたいな単純馬鹿なら極端な方向に突っ走るのかもしれんが、普通人間は誰しもグレーゾーンの中を生きているんだよ。

anond:20170917102859

けど住んでるのはずっと日本なんだよねこの人

ハーフさらにどちらの親とも関係ない国に長く住むとか

アイデンティティどうなるんだろうな

2017-09-15

はてな村卒業しようとする人間に石を投げる嫌なところ

https://anond.hatelabo.jp/20170902142944

しろくま先生ブックマーク青二才のことを久しぶりに思い出したわ。

そういえばそんなのもいたね、相変わらずなのかよと見に行ったら思ってたのとぜんぜん違うじゃん。 最近記事見たらお友達もできて楽しそうにしてるじゃん。今更QMAにハマってQMAの紹介とかやってんじゃーん。

ようは、今まではてなでしょぼい注目を集めることくらいしかアイデンティティを見いだせなかった人がブログきっかけにして、はてな以外に自分が生きる場所見出したってことでむしろ祝福すべき話だろこれ。

しかブログ記事超つまらなくなってるけど、ブログがつまらないってことはリアルが充実してきたってことで本当にいい話って考えるでしょ。

青二才はようやくはてな卒業できそうだね、良かったね、あとは独自ドメイン取ってWPにでもひっこせば完璧だね、二度とこんな地獄には戻ってくるなよ、って言えばいいのにメルマガだのVALUだのどうでもいいところでチマチマ悪口を言う事しか出来ないのって恥ずかしくないの?

はてな村卒業して真人間になろうとしている人間を追いかけて石を投げるのはマナー違反だろ。 他の人間見つけてそっちにいけよ。まだ青二才で消耗してるの?


それはそうとして青二才文章方ははあんまり変わっておらんな。一番新しい記事読んだけど

デブから就職ができない」と思うならそれは違う。

就活で戦うのが不利だからリクナビマイナビに頼った就活を辞めた方がいいだけ。

自分仕事を興してもいいし、バイトから入って信頼関係築いてもいいし、やりたい仕事の知り合いを作って、仲間に入れてもらうのもいい!

デブ理由に減点しちゃう世界以外から入っていけばいいだけ。

あのさぁ……こういうことは就職してから言えよ。 説得力なさすぎだろ。

青二才もしかして就職したのか?と思ってブログ検索したしたけどそれらしき記述なかったぞ。 どういうことだよ。

2017-09-13

頭の腐った親

1〜2歳ぐらいの子連れの夫婦を見かけときの話。

夫婦は並んで歩き母親ベビーカーを押していた。

それだけのことならば、子供かわいいね~ぐらいで、他に気に留めるようなこともなかっただろう。

しかしながら、この夫婦に対する嫌悪軽蔑を抱くには十分だった。

自分の小さな子供が至近距離にいるにも関わらず、夫婦揃っての歩きタバコだ。

やっぱりいつの時代でもこういうのはいるんだな。

もう、うわーってなった。まるでマナーの悪さをアイデンティティみたいにしているオーラを放っていて、何より子供が哀れだし、見ているこっちが恥をかいたような気分になった。

2017-09-12

5分で読めないカタルーニャ情勢の補足

5分でわかるカタルーニャ問題増田です。すごい伸びててビックリしました。増田ブクマ四桁行ったのなんて初めてです。みんなカタルーニャに興味あるんやな……!

https://anond.hatelabo.jp/20170910082231

ということで、補足説明の補足に来ました。

sgo2 東京税金地方にばら撒かれるのはうんざりから独立する!と言ったら他県民がどう思うか考えれば、スペイン中央政府辛辣なのも多少は理解できるかと。(その辺差し引いても愚行とは思うが)

その喩えでいうなら、東京はたくさん税金を払っているのになかなか高速道路は作られないし老朽化した鉄道しか走っていない、しかもどちらも他の地方では整備されているのに、という状況なんですよね(近郊電車整備計画実施率はマドリードがほぼ100%バルセロナでは10%以下)。

さらに、法律では介護費用中央政府自治州が均等に負担することになっているのですが、2014年度のカタルーニャ自治州拠出額は9億ユーロを超えるのに対して中央政府は2億ユーロ弱。2015年度のカタルーニャへの文化予算は凍結されたのですがプラド美術館への予算は増額。最も視聴率の高いカタルーニャ語TV放送局廃止対象として名前が挙がっています(この辺、詳しくは参考文献にある奥野良知「カタルーニャでなぜ独立主義が高まっているのか?」38~40ページを参照してください)。

仮に日本でこんなことされたら都民が怒っても許されるのではないかと。

mahal しか徴税権の上前問題ぶっちゃけバレンシアラマンチャアンダルシア辺りから見ても「ヤツら俺らより金持ってるやんけ」みたいな感情とかはありそうなのが、また難しそうな。

実は2006年カタルーニャ自治州自治憲章は、中央政府だけではなく、ムルシアラ・リオハアラゴンバレンシアバレアレス諸島の5自治州から違憲だとして提訴されていますムルシア自治州ラ・リオハ自治州はご承知の通り1県だけで1自治州構成しているところで、何やら思うところがあったのかもしれません。バレンシア自治州バレアレス諸島自治州というカタルーニャ語圏に属する自治州から提訴されてるのは、カタルーニャ自治州独立運動が単純に言語だけに根ざしたものではないことの証明といえそうです。アラゴン自治州は州内にアラゴン語という少数言語を抱えていますが非常に規模が小さく、むしろカタルーニャとの州境沿いに広がるカタルーニャ語勢力の方が強い州ですね(州としての多数派言語スペイン語)。要するにカタルーニャ隣接する全ての自治州から違憲だと訴えられてることになるわけで、ご指摘のような要素は間違いなくあるだろうなと。

shoot_c_na こういうアプローチだとカタルーニャ可哀想だろうが、視点変えたら「貧乏人の面倒をもう押し付けられたくない。中央が取り立てるから習い事が続けられない」にもなるので、憤る前に深呼吸した方がいい

スペイン語という習い事カタルーニャ人押し付けているのはスペイン政府の側なのですがそれは。

スペイン語を「学ぶのが当然」、カタルーニャ語を「地方しか通じない特殊言語で学ぶ必要特にない」扱いする態度こそがカタルーニャ人の怒りを買ってきたわけで。

IkaMaru そこまで経済力のある地方を懐柔するのでなく抑圧して怒りを買うって、善悪別にしても政治のものがヘタクソすぎないか

これはもう統治技法問題じゃなくて、国民党(や市民党からしてみたら国家のあり方の根幹に関わる問題なので、妥協できないんだろうなーと思います。彼らからすれば憲法無視国家統一破壊する暴挙を阻止しようと懸命なのでしょう。

hahiho これ中央政府側もカタルーニャに甘い顔した奴は失脚一直線みたいな空気感すごそう

ていうか、スペイン中央ではけっこう反カタルーニャ雰囲気が強いんですね。彼らにはカタルーニャ要求が反スペイン的なものに見えていて、カタルーニャへの反感が政治家だけでなく市民レベルでも見られるっぽいんです。正直それがどの程度「ふつう市民」の感覚を反映しているかは疑問ではありますが、与党国民党の台頭にあわせてそういう風潮も増大したとか。

もちろんカタルーニャ側もけっこう強引なことをやってたりするんですが、それでもカタルーニャ民意をそれなりに反映しているわけです。独立派独立するかどうかは別にして住民の声を聞くべきだよね派で議会のかなりの数を占めていますし。ところがマドリードの側は「一部の煽動政治家によって国家分裂が試みられている」という認識なんですね。これは話通じませんわ。

あと、分離独立ということで、カタルーニャ独立運動フランス国民戦線みたいな国粋主義的・排外主義運動だと誤解する人も結構ます。実際には既に指摘したように移民出自独立に賛成している人も大勢ますし、普段スペイン語生活してる人の中にも独立派がいますし、そもそもカタルーニャ独自ネーションと認めないのってスペイン国主義以外の何物でもないと思うんですが。カタルーニャ移住した子どもが無理やりカタルーニャ語を学ばされている! と憤るスペイン人も多いようです。自分たちカタルーニャの子どもにスペイン語を学ばせていることは気にならないみたいですね。

以下のような体験をした人もいて、割とナチュラルカタルーニャ人のことを下に見てるカスティーリャ人って多いんだろうなぁと。

これに関して、「みんながカタルーニャのこと悪く言うけど、実際に住んでみたら全然違うじゃん!」という内容の動画ようつべで人気になってたみたいです(上で挙げた論文の注9で紹介されています)。

https://www.youtube.com/watch?v=M14ebPJ-AtM

こちらの論文も参考になります

  • Kathryn Crameri, “Anti-Catalanism, Moral Panics and the Catalan Language: The Case of Ciudadanos de segunda,” Journal of Iberian and Latin American Research, vol.21, no.2 (2015)

atahara なぜそんなにカタルーニャには、民族的アイデンティティがあるのか?という辺りに興味がある。例えばフランスも強力に言語統一して、国を維持してるよね。イギリススペインよりうまくいってないし。

いや、フランスバッチリ少数言語アイデンティティは残ってますよ。公用語としての地位こそないですが、オクシタンでは地名の二言語表記なんかもされるようになってますし、フランス領バスクではバスク語が話されていますし、ブルターニュではブレイス語を公用語にしようという主張が昔からあります。そしてコルシカ島では第2次世界大戦後に分離独立主義者テロが絶えなかった時期がありました。かつて少数言語絶対認めないマンとして有名だったフランスですら、最近地域語の存在を徐々に認めるようになってきてます(まあ、それでも地域公用語にすら指定してなかったりするので、かつての面影は健在というか)。

ちなみに欧州の少数言語Wikipedia作りが盛んで、バスク語オック語などの有名どころだけじゃなく、コルシカ語版(https://co.wikipedia.org/wiki/Pagina_maestra)やピカルディ語版(https://pcd.wikipedia.org/wiki/Accueul)のWikipediaも作られてますね。

参考文献はこちらです。

stet "逆に言えば、それ以外の言語を使う「義務」を州が課すことは違憲"ここの論理おかしいと思った。後段を見ても「それ以外の言語のみを「義務」とする」のが違憲ということでは。

私もこの辺の法律論争は詳しくないので、具体的にどういう理屈違憲とされたのかは参考文献で挙げた『現代スペインの諸相』を見てほしいのですが、たぶんこれは「知る義務」との兼ね合いじゃなくて「使う権利」の方に引っかかってるんだと思います。「カタルーニャ語を使う義務」があったとしたら、それは「スペイン語を使う権利が侵されている」ということになりますよね。

anus3710223 仮に独立した際、ビルバオ処置は如何に/いいまとめ。元々カタルーニャには興味あったので、参考文献読んでみたい。

mrescape 独立したらリーガバルセロナとかビルバオも脱退なのか?それだけはやめてほしい。アメリカMLSにもカナダのチームあるよね?そんなイメージ

ビルバオバスク自治州のチームなので、今回の住民投票カタルーニャ独立宣言しても問題なくリーガ・エスパニョーラには残れますね……。バルサに関しては、スペイン側が「リーガには参加できない」と言明してたような。カタルーニャ共和国リーグを作るか、あるいはリーグ・アンに参加するか、になるんじゃないかと思いますhttps://www.soccer-king.jp/news/world/esp/20151028/364245.html)。まあ、もしリーガ側が計算高ければ、独立が確定して覆せなくなった段階で残留してもいいとか言い出す可能性もありますけど。

gomaaji バスクはかなりの自治権を認められて停戦したのかなとぼんやり思ってたが、これを読むとバスク自治権なさそうで、あちらの解説もお願いしたい。

whirl 5分でわかるバスク地方もお願いしま

バスク自治州ナバラ自治州自治制度に関しては

が詳しく説明してくれているので、ぜひ読みましょう。かなりオススメです。

yogasa 権限委譲をしてしまっているのと教育なのかな。それと比べると本邦はおおよそ全ての国民47都道府県単一民族と思ってるだろうし統治成功しているんだなあ

いやだなあ、日本にもあるじゃないですか。選挙で示された県民民意中央政府にガン無視され続け、県民の怒りを逆撫でするような政策発言ばっかりされている、独自文化歴史を持つ県が。

最後

「5分じゃ読めない」って反応だらけだったの何なの!? ちゃんと5分でわかるまとめパートと補足説明パートは分けてたでしょ!? はてな民、読解力だけは信じてたのにがっかりだよ!1!!!

2017-09-07

【アイ増田五十嵐響子政治的に正しくない

五十嵐響子料理が得意で、「お嫁さんにしたい」アイドルという肩書きを持つ。ポリティカルインコレクトの化け物だ。彼女には、消えてもらった方が都合がよさそうだ。

でも、五十嵐響子を消すことは最適解ではない。本当に政治的に正しい決断は、五十嵐響子他者欲望を前提とした料理から解放することだ。

しかに誰かを思って料理を作ることは大事だけれども、誰かを思うことが料理に先立つと、意味合いが変わってくる。この人は料理がしたいのではなく、作らされている。そう思えてしまう。

「私は料理が好きだから作る。相手がそれをどう思おうと関係ない。」

そういう気持ち料理に向き合えば、ポリコレ棒で叩かれることはなくなる。

あと、料理が得意なことと結婚することに関連性はない。スキルだけで結婚が決まってたら、今頃、全国の料理が得意な引きこもり結婚してる。

もし五十嵐響子料理狂人であれば、ワンチャンあるかもしれないが、料理だけでアイデンティティを構築できるほどキャラが濃いわけではない。

五十嵐響子は、そんなにハンバーグが好きなら、餃子声優ならぬハンバーグアイドルにでもなればいいんじゃないかな? お嫁さんになる必要はない。

2017-09-05

ポリコレってむしろ表現多様性を促進するんじゃね?

いや、最近思ったんだけどさ

オタクアニメとかあの手のティーン向け創作物って

大概、善悪二元論で、主役は美男美女

萌え萌え女の子に、脇を固める面白ブサイクキャラブサイクですらないかもしれん)

LGBTマイノリティはきっしょい悪役幹部かチョイ役って構成じゃん?

 

ポリコレはこの手のロールモデル女の子女の子らしく、みたいなのね)

を激しく嫌うわけ

しかしたら不細工女の子萌えアニメの主役になるかもしれんし

しかしたらキリト君みたいなテンプレ主人公が悪役に回るかもしれん

 

キャラ属性多様性に富むのなら、当然話の流れも

今までのものと一線を画すだろう

ゲイの主役がアイデンティティに悩んだり

女の警察官が、性差別的な職場でうまく立ち回って最後カタルシス得る、みたいなさ

  

そういう点では、逆説的にポリコレ

現状の固定化した創作物のお決まり人種性別性的嗜好で割り当てられた

ロールモデルを崩すかもしれんのよ

そうなるとオタクの好きな「表現の自由」を達成できるのは

しろこっちの方じゃねえの? って話だわ

2017-09-04

いじめられていた時私はどうすべきだったのか、未だにわからない



中学生の頃、教師も、友達も、家庭も、周りが敵だらけだった時期があった。

というか、3年間ずっとそうだった。

それは自分がなんらかの行動を起こさなかったからそうなった部分もあるのだが、

今になっても、自分があの時どうすべきだったのかわからない。

私は小さい頃から内気で大人しいタイプだった(今はそんなことはない)。

近くに声の大きい、いわゆるスクールカースト上位の人がいると、怖くて萎縮してしまう感じの子だった。

親が厳しく、親の言うことは絶対な家庭で育ったこともあってか、自分意見意思を持つことはほぼなく、流されやすい子でもあった。

でも何人かいつも一緒に過ごす友達がいた。中学生に上がる時に、その子に誘われて吹奏楽部に入った。

本当に誘われて入っただけだから何も知らなくて、最初水槽で何か育てるのかと思ってた。

まらなそうだなーと思いながら、流されて入部した。

パートトランペットになった。内気な私らしくない、目立ってかっこいい楽器だった。

本当はドラムをやりたかたか打楽器希望したのだけど、希望なんて一切考慮されていなかったし、毎年希望なんて通ってないよと先輩に言われていたので覚悟はしていた。それでもがっかりした。

トランペットパートの新入生はもう一人いた。Aちゃんという、気が強くて背の高い女の子だった。小学校の頃から苦手だと思っていた子だった。小学生の頃、面識もないのに私のことを「影が薄い子だ」とか言っていたのを知っていたからだ。

しかしろくに話したこともないのに避けるのは良くないし、部活をやめることも怖かったのでとりあえず頑張って続けることにした。

最初はビクビクしていたが、Aちゃんとはそれなりに仲良くできていたと思う(少なくとも、険悪な感じではなかった)。一緒にプリクラも撮りにいったし、お互いを名前呼び捨てにして、部活時間はずっと一緒に行動していた。

でも、入部して3ヶ月も経たない頃から、よくAが「気に入らない」という理由から無視してきたり、周りの部員に私の悪口を言うようになった。「気に入らない」というのははっきり言われたわけではないが、「○○なのがムカついた」とか言ってたので要するにそういうことなんだろう。

ある日突然急に話しかけても無視される。何か悪いことをした覚えはないのでAに「ねえ怒ってる?私、何かした?」と聞いて事情を聞いた。そしてAが私に対しての不満を言い、私が「ごめんね、私が悪かった。これから気をつけるね」と言う。これが2ヶ月に1回くらいのペースで繰り返される。

しかけることがとても怖かった私は、ある時はメールで怒っているAに話を聞いたこともあった。21時以降のメール禁止されていたので、「もう寝なきゃいけないから、また明日話そう」と送ると、Aは「なんで話の途中なのに寝るの?私と仲直りしたくないの?」とか送ってきて半泣きになったのをよく覚えている。

もちろん私は小心者なので、相手を怒らせるようなことは何もしていない自信がある。というのも、当時何をされたか記憶がほぼなくなっていて、何がきっかけでAの機嫌を損ねていたのかを覚えていないので、実際は私が本当に失礼なことをしてしまったのかもしれない。でも少なくともA以外の周りから性格言動に関して指摘を受けたことはなかったし、過保護で厳しい親から他人を傷つけることをするような教育は受けていない。

そんな心臓に悪いことが何度も続き、次第に私もストレスが溜まっていった。ストレスと言うとイライラするイメージだが、実際には怖くていつも泣いていた。最初部活には行き、隠れてこっそり泣くだけだったが、次第に部活時間に逃げるようになった。友達美術部にいたので、美術部に逃げたりしていた。しかしAと他の仲がいいいじめっ子女子を連れて私を探しに校内を歩き回っていた。美術室で物陰に隠れて、友達も「ここにはいないよ」とかばってくれていたのに、探されて見つかって連れ戻され尋問された時の恐怖はずっと忘れられない。怖すぎて何を言われたのかは覚えていないが。

他にも、悪口や仲間はずれは常のこと、「お前だけうまくなるから練習するな」というようなことを言われたり、時には「話し合い」という名のもと、教室の隅にAと他3人くらいの女子に呼び出されて、私に対する不満やら悪口やらを聞かされた。旅行に行ってお土産を買ってきたので渡したら、「そんなものいらない」と言われた。

他にもいろいろ言われたしされたけど今は思い出せない。ふとした時にフラッシュバックするんだけど。

言い返すことはできなかった。何されるかわからなくて怖くてできなかったし、一度退部も考えたけど退部後にずっと私の悪口を言いふらされるかもと思うと退部しても状況がよくなると思えなかった。されるがままになっていた。私が一度でもAに声をあげて言い返していれば、何かが変わっただろうか。

2年生になる頃には、毎日部活の帰りは泣きながら帰っていた。朝練時間部活後に人通りのない階段に座って静かに泣くのが日課だった。うずくまって泣いている時はたまたまある男性教員に見つかり、虫みたいだと笑われた。でもいつも一緒に登下校していた親友のBは、そんな私を見捨てることなく慰めてくれた(彼女も同じ吹奏楽部だった)。

勉強はきちんとしたかったので小学校の頃から塾に通っていたが、勉強が手につかなくなってきた。授業中に突然意識が飛ぶように眠ってしまうことが増えた。常に泣き疲れてたため自室で宿題をやりながら寝てしまうことも多々あり、そこを母親に見つかり怒鳴られ、平手で頬をぶたれ、あるいは蹴られていた。一人の時間が怖くなっていった。

どんなにつらくても、必ず学校には行っていた。というか、母親が怖くて行かざるを得なかった。母親は「つらくても一度行かなくなるとずっと行けなくなる」という意見の人だったので、休んだりすることは許されなかった。これが正しいのかどうかはわからないが、私には合っていなかったと思う。私には、とにかく一度休んで冷静になり、自分の置かれた状況やどうすべきかを考える必要があった。

とうとう部活顧問相談した。当時30代前半の、猫なで声を出す音楽教師顧問が親身になって話を聞いてくれた。といっても、そうなんだ、と相槌を打つだけだったし、「Aにも話しておくね」と言ったきり何もしなかったが。むしろ自分がAに嫌われて反抗されると厄介だったのか、Aに気に入られるようなことばかりしていた。

同じく30代前半くらいの女性の副顧問にも相談した。副顧問は優しかったが、彼女には私を救うような行動を起こせる権力?がなかったようで、でも顧問よりは私を心配してくれていた。副顧問自身もどうやら先輩教員からパワハラに悩まされていたようで、どちらかというとこっちが心配だった。

他のパートの同期にも相談した。その頃にはAの暴れっぷりは部活内だけでなく学年中に知れ渡っており、彼女たちは首をつっこむと自分が面倒を被ることがわかっていたので、「あーそうなんだ」と言うだけで終わってしまった(し、3年生になって役職に就くと、部活に来たがらない私に朝練にちゃんと来いとか言っていた)。

精神的にもきつくなってきた2年生のある日、また「話し合い」に召集され、塾の時間ギリギリまで帰してもらえないことがあった。急いで帰ると、母親にきつく怒鳴られたし、もちろん顔を平手打ちされた。そこでとうとう耐えきれず、母親の前で号泣してしまった。泣きながら、ことの顛末を話し、私だってこんなのもういやだ!と叫んだ記憶がある。それでも時間は守れ!と怒られ、塾に連れて行かれたが、塾でも泣いていたので、かなり人目を引いただろう。

帰ってくると、母親に、何か悩みでもあるのか、みたいなことを聞かれた。母親は本を読んでいたか携帯をいじっていて、真面目に聞いてきてはいなかったが、ようやく楽になれるかもしれないと期待した。

Aにされたことを(一部だが)話すと、じゃあ関わらなければいいと言われた。パートは一緒に活動するのでそうもいかない、という話をすると、じゃああんたが悪いんでしょ(何か悪いことをしてるんでしょ)、と言われてしまった。一瞬頭が真っ白になった。立っているのもつらくなり、自室のベッドに倒れこんだ。どんな状況でも、親は子供の味方になってくれるものだと思っていた、私が甘かったのかもしれない。

もう頼れる人は誰もいない、私はこのままずっと一人で戦わなければいけないんだ、と絶望したし、自分を追い詰めすぎて軽くパニックになっていた。その時、初めて部屋にあったはさみを手首に当てて傷つけた。痛みで冷静になれている自分がいた。(これは結局高校2年生のころまで続いた。)

(ここまで書いていると、なんだか本当は自分が悪かったのではないかという気がして来た・・・

その日から、私はこの状況から脱却することを諦めた。諦めようと決めて諦めたわけではなく、Aやその周り、顧問(、あと母親)の機嫌をとる方が簡単で、自分精神的に苦しむことが少ないと思ったからだ。

それからは笑っていられる日が増えた。部活楽しいとすら思った。でも夜に布団に入ると、考えることをやめて毎日惰性で学校に通い、イエスマンになってAのいいなりになっている自分がいることに気がつき、結局毎晩泣いていた。泣いてカッターで手首切って疲れて寝るのがルーティンだった。

3年生になり、パートリーダー顧問が決めた。顧問がAをパートリーダー指名してくれたおかげで、Aの権力正式に認められてしまうかたちになり、何をするにもAの許可必要になった。

その頃にはAの機嫌を損ねるのも3ヶ月に1回あるかないかになっていたし、もはや「Aのいいなりになるいじめられっ子であること」がアイデンティティになっていた。それがなくなると、私は本当に空っぽ人間だった。

局部活はそのまま3年間続けて、卒業することとなった。思春期大事な時期がこんなだったので、高校生になってから大変だったのだけど、それは今回とは関係がないので割愛します。

さて、私はこの3年間で、心を守るために自分を殺して逃げる以外に、どうすべきだったのでしょうか。

今のようにインターネット自由に使えない、電話もできないのでなんとかホットラインにも相談できない、家庭では悪者勉強をしない不真面目な娘扱い…

私が声を上げることができなかったので、3年間、ずっと苦しむことになったのだろう。それは原因の一部ではあるはず。

この出来事客観的に見れるようになった今でも、10年前の私はどうすべきだったのか、未だにわからないのです。


※補足ですが、私が3年間つらくてもなんとかやってこれた背景には、親友のBと、Bのお母さんの存在があります

Bのお母さんは、たまに会う程度でしたが私とAの事情を知っていて、会う度に私の心配をしてくれましたし、私は悪くない、Aが悪いと言って励ましてくれました。私にとって、一番信頼できる大人だったと思います。この方のおかげで、本当は自分は悪いことはしていないんだと、心を強く持っていられました。

また、Bも常に私の味方でいてくれました。毎日泣いていても付き添っていてくれたり、愚痴を聞いてくれたりもしました。彼女とは今でも深い交友がありますし、これから人生でBが大変な時は必ず力になりたいと思っています

BとBのお母さんには感謝してもしきれません。これを書いて改めてそう思いました。

以上、自己満足自分語り駄文でした。最後までお読みいただきありがとうございました。

2017-08-31

https://anond.hatelabo.jp/20170831194434

弱っていくっていうか、まあおしゃれがアイデンティティな人は普通につらいんじゃね?

2017-08-30

https://anond.hatelabo.jp/20170830081612

気持ちを整理したくて放流した怪文書なのに丁寧に読んでくださってありがとうございます…。

性自認の件の出典は2016年4月号のアニメージュのひびき様にインタビューみたいな記事ですね。依田プロデューサーが回答している形態ですので公式設定扱いでいいかと思います。詳細には、ひびき様のアイデンティティは男女どっち?といった質問にどちらでもない、周りが勝手に男だと思っているならそのままでいいと思っているって感じの書き方をされていますね。

レオナに関しては本編で結構意味深な絡みをしているので(ペルサイユの騎士回での「ありのままです!」は復讐のために男装するひびき様とそうではないレオナの対比を見せたかったと思われますし)何かしらの設定はされていると思いますレオナちゃんももしかしたらメージュの記事で何か言及あったのかもしれませんがそこまでは把握してないです申し訳ない。

筐体は本当にドレシとひびき様が実装されるまでは耐えるしかありませんね…ペアライブはコーデ変わってからトリコロールメンバー同士で交代しながら回収しました あれはい文明です…

プリパズのイベントシナリオでのひびき様の扱いに言及するともう疲れてきたんですが半信半疑くらいの気持ちです。プリパズサーガトリコロールが大好きですね。金になるの分かってて出してくるのはまあ嬉しいのでいいんですが他のイベスト適当セリフで2回くらい地雷まれてるので信じきれないです

現イベのひびき様とふわふぁるもやたらユーザー側に語りかけてきてくれて本当に良かったんですがストーリーオチが雑でしんどかったです。最後まで華麗なトリコロール見せて欲しかったっすね…最近のとりあえず語尾聞かせとけ風潮本当に勘弁して欲しいです。昨日の本編もアレでしたしね…

ベガチャは結構課金をしてしまったんですがまあかすりもせず、これで何回筐体できるんだと我に返ってやめちゃいました。過去のPPRは死にものぐるいで引いてたんですが。やっぱりグッズが一番穏やかな気持ちで貢げていいですね…

長文乱文失礼しました。

2017-08-28

悲報ネット民養子への真実告知についての何の知識もなく偉そうなことを言ってしま


早期の真実告知が健全な成長、大人になった時のアイデンティティ養親との良好な関係確立重要だと

研究などでわかってきて、養子家庭を支援する団体においても真実告知の推奨や啓蒙が行われてるのに

養子であることを小さい子供に伝えるなんてかわいそう!とんでもない!」なんていうレベルのやつが一杯いる事実

2017-08-26

年収100万円「52歳ゲイ男性」の深すぎる苦悩

年収100万円「52歳ゲイ男性」の深すぎる苦悩(http://toyokeizai.net/articles/-/185474)のコメント欄

貧困で苦しむのにゲイとか関係ないって言ってる人多いけどさ

被差別者であるゲイ貧困から尚更苦しいんだよ

差別される事のないストレート貧困とは訳が違う

ゲイ社会的弱者は生きていく上でストレートよりも何重もの苦しみを味わってるんだよ

ストレートからゲイってだけで気持ち悪がられて差別されるだけでなく、同じゲイから存在否定される

LGBT運動をしてるゲイリブ達はヒエラルキー上位に君臨するエリート層だから

要するにこの記事で言う勝ち組ってこと

ゲイとして生まれたのにアイデンティティ確立出来ないって相当苦しいと思う

私も似たような境遇からよく分かる

自己嫌悪自己否定毎日

奴等は多様性ってよく言うけどその多様性の中ににゲイ社会的弱者は入っていない

存在否定されている訳だから

結局奴等の言う多様性なんてものは単なる欺瞞にすぎない

こういう勝ち組共が差別ガーって叫んで弱者を騙って権利を貪るとか本当に反吐が出る

本当の、本物の弱者は完全に置いてきぼり。奴等の利権の為に存在を利用されただけ

結局、奴等のLGBT啓蒙活動によって本当のゲイ社会的弱者絶対に救済なんてされないんだよ

2017-08-25

最終学歴で何を買うのか

高校三年生の甥っ子が「進路めんどい」とうだうだしていた。「大学受験はかったるい」「専門学校でいっか」「とにかくどこでもいいから行け行け担任も親もうるさくて」。

なんでも聞いてくれるというお墨付きをいただいた私は傾聴に努めるけれど、心はふんわりと自分の中へと潜り込む。

自分高校時代を思い返してみると確かに、あの頃は何をしたいかなんてさっぱりわからなかった。

姉(甥っ子の母)が優秀だったので何一つ問題なく高学歴ルートに入るのをなんとなく劣等感にまみれた目で見ていた。

周囲の目を気にしながらも、あの時なりにつくった理由(将来の夢?)を足かせに大学受験をしたことを覚えている。

妹は私よりずいぶんとハッキリとした夢を描いて一年専門学校へ進学した。

弟は目的がなかったことと経済的余裕がないことを理由高校卒業後働いた。

から大学専門学校という最終学歴を持つこと、そして最終学歴高校とすることのそれぞれの結果を家族内で見たことになる。

単にあるひとつのケースとして、だけれど。

大学公立だったため学費私立比較すればかからなかったほうで、留年もせず卒業した私はその後一般企業に勤め、あまりブラックさにうつ病発症して退職現在専業主婦。病も軽度の時に救われたため、現在幸せと言える。

妹は専門学校進学のために奨学金を借り、卒業狭き門だった夢はそうそうに諦めてフリーターを続けるも奨学金返済が間に合わず実家に戻り、現在実家自営業を手伝う。彼女彼女なりの幸せ模索しているみたい。

弟は飲食業バイトを続けたのちに同社の社員に昇格、その後独立して自分の店を建てるもうまくいかずに店を閉め、その後はその経験ブログ執筆にあてて副業で稼ぎながら農家で修業中。彼も幸せ

大学時代に学んだ授業は、驚くほど覚えていない。ただ、時間も惜しま研究したこと、そこで出会った刺激的な仲間については今も良い糧となっている。全く別の業種についたが、あそこで出来上がったアイデンティティは大きい。

妹は専門学校時代を忌み嫌っている。理由は授業が入学前に説明されたものと違ったということと、専門学校自体宣伝自分の夢を搾取されたと感じたからだという。夢を叶えられなかったのは自分の才能がないからだ、と理解している。

弟はそんな私たちを横目で見て、一度お酒を飲み交わした際に「学費を払って何を学んでいるの?俺はお金稼ぎながらあほのように人生経験してるよ」と言ったことがあった。あの言葉は、忘れられない。

払った学費はなんだかんだで妹が一番大きいだろうか。

私は大学のものに払ったお金よりもその他の交友関係に使った費用が大きかった。

弟は独立して店に失敗したことで私たち以上の損害を抱えた。

夏休みの終わり、たくさんの高校三年生が、あるいはもっと若い学生たちが、進路に悩んでいるのだろう。

どの学校?偏差値は?親が言うからしょうがない、勉強めんどうくさい、これやりたい、あれやりたい。

ついこの前VALUの騒ぎを見て、あと今更ながら逃げ恥を見ていてぽつんと思ったことだが、やっぱりなんでも見返りがほしい。

なんでもだ。

から、きっと最終学歴にも私たちは見返りを求める。

というか、見返りを求めないで誰かの言いなりになって決めると不幸しか訪れない。

大学に入ったら安定した人生だろうか。

専門学校に入ったらスキルを活かした夢の実現だろうか。

進学を選ばなければ自由時間労働から得る充実感、そして対価だろうか。

なんだか言葉で書けば書くほど薄っぺらくて、そんなもののために(というかそんなふわっとしたもののために)進路なんて決まるか、と思えてくる。

から、進路に悩んでいる状態は間違っていない、と思う。

早く決めろ、どこでもいいから行け、という大人意見は、まあ正しい部分もあるにはあるけれど鵜呑みにする必要はないと思う。

からやってほしいことがある。ここから高校三年生の甥っ子にも話したことだけれど。

まず、進学するなら学費を見てほしい。大学でも専門学校でも。それから、在学する年数も。

その上で、その学費時間投資して「何を買いたいのか」をハッキリ答えられるか確認してほしい。

その形は「夢(状態)」でもいいし、「将来の収入(物)」でもいいし、なんなら「たった一人の親友」とかでもいい。

つり合いのとれる見返りを自分で描いてほしい。

それがどうしてもできないんだったら、ちょっと高値張って無駄な買い物をすることになると思う。

それは、あとでわめいても、誰にも文句を言えないお買い物。

ちなみに財布が親だろうが、奨学金だろうが、自分ではない場合も確かめてほしい。

出所自分じゃなかったら全部借金から

ということをつらつらと話した。

甥っ子は途中からうつむいて、「めんどーだよもー、ゆーちゅーばーになるー」と大声ではやしたてて言っている顔の表情は隠して見せなかった。

2017-08-20

https://anond.hatelabo.jp/20170820001105

ポリコレに準じることで安心して、それに沿わない人が間違い!って言ってすぐ叩く人がいるけど、自分ポリコレを正しいと思うのはいいけど、もしかしたら他にも正しいことはあるかもしれないなっていう謙虚な態度でいた方が、より相互理解に近いしいいんじゃない?ってこと?ポリコレの見た目だけを宗教みたいに盲信しないでちゃんと自分の頭で考えて理解しなよっていう。

申し訳ないながら違います

まず前提条件として、ポリコレに準じることで安心して、それに沿わない人が間違い!って言ってすぐ叩く人は、実は自分に自信がないためにそのような言動に走るのだ、と私は考えています

自分に自信がない人は自分価値観を持っていない。だから絶対に正しく見える他人価値観に沿って生きることで自己肯定をする。他人価値観を正しいと思っているから、それ以外の人の価値観を認めることができなくなり、他の人にも自分が正しいと思っている価値観を信じるよう求め始めてしまうのです。自信がない人が絶対に正しく見える他人価値観として採用する価値観は様々ありますが、その中の一つがポリコレです。

ポリコレに準じることで安心して、と表現されていますが、なぜポリコレに準じると安心できてしまうのか?そこがポイントです。ポリコレ絶対に正しいことだから、それに準じた自分もまた正しい。そう思えるから安心してしまうのです。

そして自己肯定のためにポリコレに準じるようにした人たちにとって大切なのは、人を尊重することではありません。正しいことです。つまり自分の考えとしてポリコレに準じているのではなく、正しく見える他人の考えに乗っかっているだけです。そういう他人の考えを心に据えてしまった人は、それ以外の人の価値観を認められない構造に陥ります。だから自己肯定のためにポリコレに準じる人たちはポリコレを認めない他人攻撃し始めてしまうのだと思います

そしてそういう人に、正しさで自己肯定をすることを止めようと言いたい。ポリコレを信じなくなってもいいから、正しくても間違っていてもそのままの自分を認められるようになれたらいい。それができるようになったら、その時初めて他の人を受け入れることができるようになるのだと思うのです。

正しさで自己肯定をしていると、自分が間違えた時に辛いです他人の間違いを認めることもできず、それも辛いです。それに、ものごとに接して現れる自分気持ちが「正しくない」気持ちだった時に、自己肯定ができないジレンマに陥る。その上、自分の正しさを守るために「正しくない」人を正さなければならなくなってしまます。これらは本当に辛い。

でも、正しさで自己肯定をするのはそれらの辛さを背負うためではありません。本当は自分アイデンティティを守るために正しさの盾を求めたはずなのです。

だとすればどうしたらいいのか?

それは、自分を認められるようになることです。正しさで自分を守るのではなく、自分自身で守るのです。正しくても間違っていても、自分評価しないことが自分を認めることにつながります

そもそもなぜ自信がなかったのか?これを考えると自分評価しないことの大切さがわかります。自信がない理由は、自己否定をしてしまうからです。自己否定をしてしま理由はたくさんあります。両親に肯定感を育ててもらえなかったパターンや、いじめパワハラにあって尊厳を奪われてしまった場合、日々の中で少しづつ自信を失ってしまうこともある。しかしいずれにせよ、自己否定をしてしまう時は必ず自分自分を悪い方向に評価しているのです。

一方で、自己肯定自分自分を良い方に評価することです。健全に使うこともできますが、これも極端に走ると困ったことになります。常に良い自分、正しい自分でいないと自己肯定できなくなる場合です。正しさで自己肯定をする人々は、常に極端に走った状態にあります。この状態では、間違えた時などに辛いのは前述の通りです。

から、この問題根本的に解決するために必要なのは自分を良いとも悪いとも評価しないことです。それがありのまま自分を受け入れるという意味であり、自分を認めるということなのだと思います

そしてそれができた時に初めて他人も受け入れることができるようになるのでしょう。

2017-08-19

https://anond.hatelabo.jp/20170819214553

ポリコレが正しくないと言うつもりはありません。むしろ正しいと思います

からこそ、ポリコレの正しさを利用して自己アイデンティティを支える人がいると思うのです。そして正しさにアイデンティティを求めてしまった人は、正しくないことを許容できなくなってしまう。他人にも自分が信じる正しさを求め始めてしまう。それは息苦しい、という話です。

ポリコレ自体批判したいのではなく、ポリコレ絶対に正しいと信じることでポリコレに沿った生き方をしている自分もまた絶対に正しいのだというゆがんだ自己肯定感を持ち、他人もまたポリコレ絶対に正しいと思うべきである押し付けてくる人を批判したいのです。

2017-08-18

ポリコレとは現代聖典である

ポリコレ界隈とか見ていると、正直息苦しいなと思います

まず、正しいことは絶対だと思っていることに息苦しさを感じます。それは、人は間違えることもある、という基本則を認めない息苦しさであるだけではなく、正しくある自分絶対であると思っていそうな傲慢さにも息苦しさを感じるのです。

なぜそんなに傲慢になるのか、私なりに分かるところもあります。私もかつてその類の傲慢さを持った人間であったからです。

前提条件として、自己肯定ができない人がこの傲慢の罠にはまります。なぜなら、自己肯定ができないということは自分の中に評価軸というものがなく、何が良いものか悪いものかを計るとき他人物差しを借りてこなければなりません。で、借りてくる他人物差しに正しさを求めます。その正しさが絶対的ものであれば、自己肯定ができない不安定自分が確固たるものになるからです。

絶対に正しい評価軸に沿って生きていれば、何か自分を揺るがす出来事などに遭遇しても「自分絶対に正しい基準に従っているのだから間違っているのはあいつらだ」と思うのが非常に楽になります。それは不安定からは程遠いものであり、生きるのには楽な姿勢ですが、でもやっぱり傲慢しかありません。

そしてこの傲慢人間は、他人価値観基本的に認めることができません。この傲慢を支える絶対的物差しそもそも他人からの借り物でしかいからです。加えてその物差し絶対だと思っているから、さらに他の人の価値観を認めることは構造的にできないのです。

次に、自分が正しいと思っていることを他人にも求めていることに息苦しさを感じます。先ほど述べた傲慢さは、「自分は正しくなくてはならない」という生き方であり、この時点でも自分が間違ったときにそれを肯定できなくなるため生きづらいです。

けれども加えて、「なぜおまえは正しくないんだ」ということを他人に問う生き方をする人もいます。これはハッキリと生きづらいです。なぜなら、自分が信じている価値観に沿った生き方他人にも求めているからです。それは、他人他人価値観があるということを認められないから起こる態度です。

ここで、自分が信じている価値観が無条件の自己肯定感から出てくる自分なりの考えであるのならば、他人価値観を認められなくなるところまで行くことはめったにありません。自分肯定している自己と同じだけのもの他人にもあると思えるからです。無条件に自分肯定できているからこそ、他人価値観を認めても自分が揺らぐことはありません。

けれども、自己価値観を持てず絶対的に見える他人の正しさを借りてきただけの人だったら、その正しさを絶対的だと思えば思うほど、他人もその正しさを身に着けるべきだという視野狭窄に陥っていきます。ここでもまた、他人価値観を信じてしまっているからそれ以外の他人価値観を認めることができないという構造的な問題があります

さて、ここまでで述べてきた、絶対的に正しい他人価値観とは何でしょう?かつてはそれが宗教でした。自己アイデンティティがなくそ確立宗教に求めてしまたからこそ、自己を守るために自分が信じる宗教以外の宗教が認められないという構造がありました。

けれども、今は宗教がそんなに絶対的ものではないということが明らかになってきました。絶対的でない神には意味がないので、そういう意味現代は神が死んだ時代です。

しかし、全ての人が無条件に自己アイデンティティを持てている時代になったのかというと、それもまた否であります

私にはポリコレというものは、かつての宗教にとって代わる現代聖典のように見えます

からこそ、あの界隈の人々は正しくあることに妄信であるし、他人にも正しくあることを求めます。それが自己アイデンティティを支える術だからです。

でも、正しくなくてもいいじゃないですか。自分だって他人だって間違えることはある。それを認めることができる強さを持ちたいと思います

それに、絶対に正しい他人価値観に沿った生き方はやっぱり息苦しいのだろうと思います。その他人価値観に沿わない自分を認められなくなるからです。自分を正しさで守るために他人価値観にすがったのに、その価値観に沿わない自分が現れたら苦しいなんて言うのは本末転倒しかなりません。

そうじゃなく、自分自分評価するのをやめて、自分が感じることをそのまま認められるようになるのが、自分を守り、他人を認める一番の近道だと思うのです。

https://anond.hatelabo.jp/20170817200113

元増田ではないが、追記がわかりにくく、実際に理解できてる人が少ないと思ったので自分なりに解説する。

まず、「差別」と「区別」は同じものだと考える。

次に、「アイデンティティ」とは、「自分を他社とは違うものである認識する」ことだから、「区別」であり、従って「差別である

敷衍して、自分自身のみならず、世の中のあらゆる「存在」は、何らかの「区別」を与えられることによって認識されるものから、「差別」をしなければ自分自身他人認識できず、「発狂」するしかない。

差別」と「区別」を区別できればこの問題は生じないかもしれないが、「差別被害者」がいる限りあらゆる「区別」は「差別」と呼ばれうる。そして、人には認知限界があるから、ある「区別」による「差別被害者」が存在しないことはどうしても担保できない。従って、「差別」をせずかつ「発狂」しない方法は、認知できない「差別被害者」は無視、すなわち容認することしかない。

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