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はてなキーワード: 幸せとは

2019-05-24

anond:20190524124949

本物のもてなし好きなら結婚式関係なく友達呼んだり呼ばれたりしてるよね。

それ幸せマウントしたいだけちゃうのかと思っちゃうよね。

anond:20190521170419

俺は他人と比べて収入は多い方だし家も裕福だったけど結婚には興味ないな

もちろん式も挙げたくない。だから彼氏気持ちがすごくよくわかる

遠慮して誰も教えてくれないだろうから真実を教えてやると


男は「結婚式」が大嫌いなんだよ


あれの主役は嫁だし男は隣で置物のように座ってるだけ

結婚式の金額問題じゃなく、そこに金をかけるなら家や旅行に使いたいっていう価値観問題

これはほんとの男がそうだと思うし、結婚式を挙げた男の本音


「嫌々だけど仕方ない」だよ


結婚式を挙げたくないと、わざわざ口に出して言うってことは気持ちが固い

まり話し合いで解決する問題じゃないってこと

別れて結婚式を「挙げてもいい男」を見つけたほうが早いし、彼氏結婚式を挙げないでいい女と結婚したほうがいい

この溝は深いけど、結婚のゴールが結婚式だという価値観を持ってるなら別れるのがお互いに幸せ


俺も結婚の機会が何度かあったけど答えが平行線解決せず別れた

そして今の彼女友達が少なく、結婚式に興味を持ってないか彼女誕生日結婚することになった

anond:20190521170419

結婚式相談で破談って珍しくないよ。ウエディングブルーってやつ。私も彼氏さんのように絶対結婚式やりたくないってブルーになった。実家の太さ関係なく将来への不安友達いない、恥をかきたくない心理がそうさせるのよ。

だって考えてみ?彼氏さん鬱から浮上したとはいえ障害になって今割と人生どん底の気分よ?

そんな時に自分人生他人に晴れがましく語れる?お父さんお母さん僕は今どん底の気分ですがありがとうとか言わせる気?

それでも彼氏気持ちプライドなんて関係ねー!私の人生だ!結婚式させろってんなら…まあ書くまでもないよね。

私の夫は、結婚式開きたかったけどそんなに嫌ならいいよと理解してくれたから、今結婚して子供出来て幸せ暮らしてる。

精神安定した今なら結婚式やれる。夫の要請があれば。

彼女の整形を止めたい

彼女が整形をしたいと言い出した。

お金自分調達し、在学最終年である今年中に整形したいと言っている。

整形部分については二重幅を整える、小鼻整形らしい。

彼女の整形動機は、幼少期から容姿からかわれたことによるコンプレックス

20代前半の女のピークをより綺麗な状態で過ごしたいという理由だった。

彼女自身、これは自己満足のための整形であり、モテたいとか誰かのためではないとはっきりとしたスタンスを持っている。

これに対して、私は整形には反対という立場を取っているが、

反対する理由ぼんやりとしてしまっていて彼女をうまく説得できずにいる。

彼女に伝えた反対理由は以下の通り

彼女容姿は平均以上であり十分可愛く、整形する必要性が分からない点

 ※私自身いつも可愛いと褒めている

・万が一、整形沼にハマってしまったら、と考えると結婚に対して躊躇が生まれる点

彼女は整形以外に歯列矯正も予定しており、歯列矯正後の顔と整形後の顔のミスマッチングが怖い点

 ※歯列矯正は反対していない

 ※歯列矯正後の整形の検討も進めたが、2-3年後の整形は意味がないと言われた。

ちなみに私と彼女半年以上同棲していて、結婚も考えているが

お互いの意思子供は作らない将来を望んでいるので、

将来、子供容姿不安という理由はない。

また、私には親に貰った体にメスを入れるのは反対という考えもない。

先日数時間この内容を議論したが、初めて彼女を泣かせてしまってものすごく後悔している。

しかし、それでもなんとなく整形には反対なのだ

プチ整形に近い整形だし、反対するようなことでもないのかもしれない・・・

でもどうしても整形に対して良いイメージを持てない。

私は、今のままの可愛い彼女と一緒に年相応に年を取って幸せ暮らしたいだけなのだけども。

2019-05-23

anond:20190523232955

占いしてる人ってなんで、なんでまず自分のことを占って幸せになってないの?って思っちゃうんですよね

見えるならまず自分からだろと

何かを愛することと『しもべ先生尊い生活 DEATHLESS』

我妻命先生の『しもべ先生尊い生活DEATHLESS』をやっと通販で購入でき、読了。本編同様号泣したのでこの感情激流のままに感想を書き殴ります

元々商業版の『しもべ先生尊い生活』が大好きで大好きで、自分にとってあまり大事作品で、紙の単行本が発売されなかったことは未だに悲しんでいて私が権力か財力か名声を手に入れたら絶対に紙の単行本にするよう出版社圧力をかけるんだと心に決めているし、電子版も分冊じゃなくてまとめて出してよ〜!!と未だに祈ってる。そもそも好きすぎてなるべく早く電子版手に入れたくて、kindle追加が待てずにしもべ先生の為にkinoppyダウンロードしてkinoppyで購入したんだよなという甘酸っぱい思い出。

諸々の思い出はさておいて、『しもべ先生尊い生活』がなぜ私にとってこんな大事作品なのかというと、この作品はあまりにも何かを愛するということを真摯からなように思う。私は所謂厄介解釈厨みたいなタイプ人間で、なにかを好きになると1人でどんどんどんどん解釈純度をあげる方向に向かい、誰に見せる訳でもない感想解釈を何万字も書き殴る、そういうタイプ人間だ。だからこそ迂闊に他のファン意見をみることすらできないし、公式メディアミックスかに結構傷つく事が多くて、1人静かに黙々とオタク活動をするしかない。そもそも好きになる作品は、例えば漫画なら重版からないような漫画ばかり。重版がかかろうがかからまいが私にとってはその漫画世界一売れてて世界一素晴らしい漫画だと思ってるけど。

しもべ先生という作品は、何かを愛するということに対してあまり真摯だ。漫画アニメに限らず、何かを愛する、何かに救われる、何かを崇める、何かを祈る、ということに、あまり真摯なのだ

本編で私が一番好きなのは(いや全話一番好きだけど)第5.5話で、かなりザックリ言うとこれは自分気持ちが恋なのか?と悩むしもべ先生辞書の恋という定義に当たるものの……という話なのだが、これ、何かを愛する人、本当にみんなに読んでほしい。特に女の子が好きな女の子に。上手く言えないけど、あなたの好きは変なんかじゃないんだよということを、好きにまつわる苦悩から逃げないままに、全身で訴えてくれる、それがしもべ先生なのだ

そう、しもべ先生という作品は、力強く好きという言葉肯定する一方で、好きということが引き連れる苦悩から決して目を逸らさない。だからこそ、好きというものに救われながらも苦しむ私達の、私の、救いとなるのだと思う。

本編の話は無限になってしまうので置いておいて、さて、同人誌版『しもべ先生尊い生活 DEATHLESS』について。

この本も相変わらず、何かを愛するということに非常に真摯だった。

「しもべとベアトリクス様」は、人間が何かに救われ生きるということ。ふと、何かに救われる瞬間、救われることで世界がきらめく瞬間、社会という苦悩、こういうものをこんなに上手に表現できるのかと。我妻命先生モノローグが本当に好きなんですが、まさしく我妻命先生の最高モノローグや最高画力、最高画面構成なんかで、この苦しい社会の中で惨めで空っぽ気持ちで生きる人間が、ふと何かに救われる瞬間について丁寧に丁寧に描かれている。苦しい人、悩んでいる人、何かに救われた経験のある人、みんなに読んで欲しい。愛することができるというのは、愛させてくれるというのは、やはり救いで、祈りだ。

そして、「しもべと舞台 その2」。これは本編でも描かれていた舞台化についての話だが、本当に、本当に私が抱えてきた公式メディアミックスやなんかによる傷つき、けれどどうしようもなく愛することはやめられないこと、祈り、それらに対する救いだった。

例えばアニメ化が嬉しいこととは限らない。もちろんそれで売れてくれれば嬉しいし、好きな作品が多くの人の目に留まるのは嬉しい。私は、連載で、続きもあるのに、続きの単行本を出すこともできない作品をたくさんたくさん知っていて、たくさんたくさん好きになった。一冊しか漫画を出してないまま漫画を描かなくなった(描けなくなった)漫画家さんの漫画を、いっぱい好きになった。だからこそやっぱり好きな作品が有名になるのは嬉しい。

けれど、作画だとか、脚本だとか、演出だとか、声だとか、演技だとか、そういう色々な要素に時々どうしてもひっかかってひっかかって飲み込めないやつがいて、アニメ化関連のグッズやなんかを買うし録画もするけれど、結局アニメ本編はみられなかった、ということが往々にしてある。そういう時は、アニメ良かった〜というファンニコニコ眺めて、私はひっかかって飲み込めないやつをどうにか外に出さないように、1人で消化できるように、頑張るしかない。

舞台化もそうだ。いや、舞台化やアニメ化に限らず、どうしてもどうしても大好きな作品でも、メディアミックスかなんかでどうしようもなくひっかかってしまう瞬間というのがある。

けれど、ひっかかってしまう、全ての展開を全肯定してニコニコできるような、謂わば〝模範的〟なオタクではないけれど、けれど私はどうしようもなくそ作品が好きだし、例え私にどこかひっかかるところがあったとしても、やっぱりメディアミックスしかりで作品に関わってくれた全ての人には言葉に尽くしきれない感謝はあるのだ。

好きという感情は、どうしようもなく厄介だ。必ずしも、幸せだけを連れてきてくれるわけではない。好きになればなるほど、モヤモヤも苦しみも一緒に連れてきてしまう。けれど、それでもやっぱり私はその作品を、その何かを愛して良かったと胸を張りたいし、愛していると叫びたい。

しもべ先生は、そういう、好きというもののどうしようもなさも、しっかり向き合ったうえで、けれど好きというものの美しさを語りかける。だからこそ、私にとってこの作品は救いだ。色々苦しい想いをしてきたけれど、けれど私の愛した様々なものを、私は愛して良かったと思わせてくれる。

漠然としていて抽象的な書き殴りの絶叫だが、本当に素晴らしい漫画だった。

我妻命先生、本当にありがとうございます

anond:20190521195743

ぜひ元増田さんにはこの本を読んでみて欲しいと思いました。少しでも救われる心がありますように

消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ

https://www.amazon.co.jp/dp/4480864288/ref=cm_sw_r_cp_awdb_c_UAP5CbGPV2G8S

私も似たような境遇です

私の場合暴力をふるってくるのが実父ではなく養父だった為「本当に愛故の躾なのか?」という所を自分で疑うことが出来たのと、最終的に刃物を向けられるまでになったので躾ではなく虐待だと確信を持てたという経緯でした

暴行の止まらない養父は勿論ですが、養父から一切守ってくれない実母にも全く愛されていなかったのだと今は気付きました

愛されていた、良い思い出は確かにあったと思い込もうとする気持ちはよく分かります、私の養父にも良いところはありました

けれど、思い込みだったんです。あの頃の良い思い出は、全て「養父と実母の機嫌の良い時」だけでした

「父の身勝手や気分で暴力をふるわれることはなかった」とのことですが、正当性があれば我が子の人権無視してもいいだなんてことはないはずです

そんなこと、あっていいはずがないんです

anond:20190523190055

例えば「屠殺場の閉鎖」などという主張はダメだ。今はまだ代用肉の開発までにとどめてくれ。

それはまあ、屠殺場を即刻閉鎖するのは無理だよね。働いてる人もいるし。

しかし将来的に食肉産業は縮小していくべき。

(代用肉が安くなれば自然とそうなるという楽観視がないわけではない)

まず人類健康である

…あと文化である

…そして上記二つによって重要もの毀損される。人類幸福である

それもある程度同意できる。

しかしそれは肉食だけによって担保されるものではないはずだ。

人間は野生から始まって、炭水化物依存した状態など、様々な栄養上の問題を克服してきたし、産業としての食肉文化から脱却することは可能なはずだ。

…殺さないことで明確に新たな苦痛生まれる。

人間家畜化された状況でないと生きていけない生物

…多くの家畜…牛、豚、鶏卵らは、野良に放されればたちまち絶滅する。

これは端的に事実だけど、同時にこれを理由として食肉文化倫理的な利点を見いだすのは、マッチポンプであろうとも思う。

人間家畜化した動物たちに明確な責任がある。彼らを野生状態に返すべきではないだろう。

でも、それは食肉産業を今後も続けていく理由にはならない。

一番の問題は、「食べるために殺す」ことよりも、「殺すために産まれさせる」ことだと俺は思ってる。

あと飼ってる猫とか犬に肉をあげないのはやめたほうがいいと思う。

あと、兎、鹿、猪、熊、象、鯨などの生き物は、むしろヒトが狩らなければ生態系破壊することがよく知られる。

それはそう。ジビエとか狩猟を俺は否定しない。交通事故で死んだシカとか、むしろ食ってやったほうがいいと思う。動物愛護系のヴィーガンには狩猟をやめろっていう人もいるからややこしくなるけど。

あと、野生の大型動物による生態系破壊は、そもそも人間がその土地バランスを崩したために起きてる場合が多いはず。

ヴィーガン人間幸福を減ずることを推進しようとしている。すなわち、人間幸福を軽視している。なぜそうなのか? 貴方がたがありのまま人間を愛せないからだと思う。

人類幸福を減らそうとしてるわけじゃない。

他の種を搾取することによる一時的幸福は正しくないし、必ず代わりが見つかると思ってる。

貴方がたがありのまま人間を愛せないからだと思う。

特に、今回やようなデモで極端な主張に走る人たちはそうであるはずだ。

それはわからないし、ありのまま人間でいたいのもわかるが、そうするには人類進歩しすぎてると思う。

ペット虐待反対運動なら、俺も賛成するよ? フェイクファー推進や象牙禁輸もまあゆるすわ。しか社会的な肉食の禁止とは!自分自分以外の他者人生嫌悪してないとその発想は出ないんじゃないか

その間にあるのって「自分利益があるかどうか」だけじゃない?

他の人のことはわからないけど、俺はハンコ作るために殺されるゾウは減ってほしいし、死ぬために生まれるオスひよこかにも減ってほしいよ。家畜たちにも幸せになってほしいんだよ。

そのためならまあ肉ぐらい我慢して豆腐でも食うかってなるよ。

最近スーパーラテベースが売ってるんだけど

100%エスプレッソっていうやつ。

最初はそれを牛乳豆乳で割って飲んでたんだけど

バニラアイスにかけて自宅でアフォガート作って食べてる。幸せ

最近バニラだけじゃなくてコーヒー味とか抹茶味にもかけて食べてるしヨーグルトにも豆腐にもかけて食べてる。

みんなやってみて

年金の話…どうやって怒ればいいの?

年金制度もう限界

払えないか自分で何とかしてね!

でも徴収はさせてもらう!!!

って言う話を見た。

「「「ふざけんな!!!!」」」

って働き盛りの世代は思ったんじゃない?

私もそう思った。

でもどうやってその気持ちを伝えればいいのか手段を知らない。

SNS拡散されるのを待っても意味はなさそう。

SNSって拡散力は強いけど、

保育園落ちた日本死ね”の時みたいに、一過性話題で終わるよね。

フランスニュースを見て

「こんなに気軽にデモ暴動起こすの怖え」

って思ってたけど、そのおかげで彼らの要求は叶えられたりしてる。

日本人は陰口好きだけど面と向かって言うの苦手だよね?

わかる。私も苦手だ。

でもこの状況、ただ生きているだけなのに生活保障もされないのは許容できるものなのか?

私たちが何をすれば、この国は幸せになれるんだろう。

anond:20190522212951

俺半分ぐらい当てはまってるけど、美人で頭も性格もいい嫁と幸せな家庭を築いている

anond:20190523104709

アニマルライツの考えがどんどん拡大してるのに食肉だけは特別でいられると信じられるのは幸せやなあ

セックス

大好きなあの子にどきどきするけど、ようはセックスなんだよ。

セックスの期待がどきどきになっているだけでさ。

最高にドキドキしながらするセックスなんて、既婚者にはもうできないことだ。

不倫する人にはあるのかもね。

カウパー液をタラタラと垂れ流し、お互い狂ったように唇をむさぼり

地球上で最も幸せな2人である錯覚しながら挿入し、一生愛すると瞬間的に誓うあの行為は、

後先考えない若者時間

フリーダム嫁さん「ブスは浮気されても仕方ない(大意)」について感想

Twitterなんかで虐待経験や怖さについて(旦那さんを通して)話してくれている、フリーダム嫁さんと呼ばれている方が「ブスは浮気されても仕方ない(大意/特に見た目に関して努力しないブスを指している?)」とブログ発言したことで、大きい反響があったようだ。

でも、本人や旦那さんに自覚があるかどうかわからないけど、これも虐待の爪痕の一部なんじゃないか?という感想を持った。

少しでも親の思い通りにならないと虐げられてしまうような状態子どもの頃継続して経験していると、「○○じゃないから愛されないんだ」→「○○じゃないと愛されなくても仕方ない」といった思考回路が身につく。過激虐待ゆえ、あまりにもそれが当たり前すぎて、他人に対してもそういう印象を持つようになったんじゃないかなあ。

実際のところ、少なくとも日本じゃ民法不倫は認められてないんだから、原因はどうあれ不倫はされないのが前提、されたら傷つく、順序がきちんとしていない限り不倫した側に非があるって考え方が一般的に認められてると思う。みんながみんな見た目綺麗なまま/かっこいいままじゃいられないしね。

それを「いや、傷つけられた方がちゃんとしてなければ、ちゃんとしてもらえなくても仕方ない」って、理屈を曲げてまで傷つけられた側の責任を問うようになってしまうことこそ、虐待の爪痕だなあと思った。

フリーダム嫁さんが受けた虐待の酷さとはかけ離れてるとはいえ、何をしてもこれだからお前はだめなんだ(要約)と言われて育った私も比較的近い考えになってしまいがちなのでよくわかる。最近私も結婚して、うっかり腹丸出しで寝ちゃったり、うっかりおならが出ちゃっても好きと言われて初めは「こんなに駄目なのになぜ!?!?」と思っていた。

でもこの頃は自分自身も、配偶者鼻毛が出ていても、とりあえず何でもいいから元気でいてほしいなあと感じるようになり、ありのままでも愛される権利は失われないのかもしれないと思うようになった。

からっぽい目線マウンティング?っぽくなってしまうけど、程度は違うといえ、同じ親から認めてもらえなかった経験を持つ人間として、頑張ってばかりでいなくても、時に可愛く/かっこよくなくても、愛される権利自分にも他人にもあるってフリーダム嫁さんが思えるようになったらいいなと思った。まあ、本人達幸せなら、そんな考え方だってただの押し付けなっちゃうけど。あー、虐待後遺症の一部だと思うから、あまり叩かれないといいなっていう話だったんだけどなんか論点がずれてしまった。

※筆者はアダルトチルドレンや、虐待を受けた経験のある大人心理に関して全く専門的な知識を持っておらず、自分経験のみに照らして書いているため、意識して「感想」「思った」「思う」を連発しています。また、不倫されたら傷つくのが一般的なのではないか、○○なら浮気されても(傷つけられても)仕方ないという思考回路虐待経験によるものかもしれないという考え方について、私の中で男女に差はありません。

ちょうど一年前のこれぐらいの時期にここに日記を書いたと思う。

そしてその時も彼氏の話だったなあなんて思っている。

21日、明けて22日に約二年近く付き合った彼氏と別れた。

理由は正直うすぼんやりとしたものである


昨年ここに新卒就職した遠距離彼氏会社合わなすぎて自殺未遂しててどうしよう!みたいな日記を書いたのだが、

その後彼は何をきっかけにか私がその日記を書いてから2週間後程度に無事退職した。

私はひどく安心したし、再就職活動の開始タイミングまではよく話もしたものである

しかし、再就職活動をがっつり始め、9月頭に再就職を無事果たし、新しい仕事にも慣れたであろう12月

退職してから12月になるまでの間、それまでほぼ日だったLINEは週2、3回となった。(それでも大体おやすみを言うまではやり取りが続くのである。)

仕方がないよな、忙しいだろうし落ち着くまではそっとしておこう、そうして私は12月まで辛抱したのだ。


9月就職して、12月までなら3カ月ある。

多少なり仕事にも慣れて余裕ができただろうか?、半年程声も聞けていないしとそろそろ通話をしたいな、なんて滅多にない我儘を言ってみた。

私は彼氏の声が、声フェチとして大変好きである

しかし見事に私の年に1回あるかないかの我儘は「忙しいから」との理由で断られてしまった。

忙しい。そうか、深夜に共通ネットのフレンドとゲームをしているのが目に見えていたが、忙しかたか

今まで彼氏シフト休日に合わせて、夜勤上がりでも日中話したさに健気に起きていた私の気も知らないでギャンブルに勤しんでいるのも知っていた。

そうか、忙しかたか。遊んでいるように見えたんだけど、忙しかたか

いや、休日に起きているのはあくまで私の「あわよくば声が聞けたらいいな」程度だったのでそこまで不満ではなかったのだ。

しかし、それまで休日日中にあった通話は彼がギャンブルを覚えてからめっきりなくなっていった。

「ああこの人は日中どうせギャンブルに出かけるのだな」と思うと、夜勤上がりの私はそのまま日が落ちるまで寝潰すことを覚えた。

思えば、今まで通話の催促を相手からしてきたことが最初しかなかったように思う。

元々話下手な彼であったのと、LINEだけはべらぼうにしていたので個人差の範囲だろうと解釈していた。

しかし女心とは面倒なものでつい「ああこの人は私の声を聞きたいとか思ってくれないんだな」とか思い始めてしまうのである


年が明ける頃にはどうしたものかと友人やネットのフレンドらにも愚痴まじりで相談することが増えた。

2月の末に彼氏が私の居る東京に会いに来てくれた。

その前に会ったのは昨年の3月なのでほぼ一年越しである

一緒に出掛ける場所の話をしている段階から、そこは無理、駄目、お金が、気持ちが、そういう話ばかりが出てきていて、言い訳がましい人だなと急に思った。

昨年は会う前はもううきうきで、捻くれた性格の私が朝一緒にTVを見るだけで幸せ認識できて、帰り際なんかは駅で1時間泣くぐらい好きな人だったはずなのに、

今年会う時は、会う前から憂鬱で、会ってからも気を使ってばかりで、すけべをしようもんなら催促するまでキスもなく、仕舞いには早く帰りたいな、なんて思う始末であった。

でもやはりまだ好きな人だったのか、すけべの時にキスもしてくれないのね~!なんて冗談めかして言った時に、

ふざけつつ抱きしめられたのは正直今思い出しても、キスもなく事に及ぼうとする無神経さを差し置いても、嬉しく思ってしまうのだ。

帰り際に寄った出店で買った揚げ餅を美味しいねなんて言いながら食べた記憶を思い出して泣いてしまうのだ。

結局会っている最中にそれまで感じていた不安感情晒すことはできなかったが、

彼が帰りの飛行機に乗っている最中LINEのやり取りでひとつぽろりと零したものが溢れて大体そこで伝えた気がする。

仕事を辞めた経緯であったり、声が聞けなくて寂しかたこと、声を聞きたいとか思ってもらえなかったんだなと不安になったこと、

泣くほど心配していたのに状況や近況の報告がなかった時期にどれだけ苦しかたかとか、大体そういう私の気持ちを感じろみたいなクソ内容だった気はする。

概ね彼は自分の非を認め、通話に関してはそれから改善努力をしてくれていたように思う。(結果通話は別れるその日まですることはなかったが。)

しかし、私としてはやはり欲しい時に欲しいと自ら言わなかったのも悪いとはいえ、もう今その段階ではないんだなあとか、

結果的に彼が何をどう思っているのかの意見は聞かせてくれないんだなあとかそういうことを考えていて、ふんわりと別れを意識し始めていた。


彼氏との薄い連絡を続ける日々が続き、次に会ったらどうしようかという話題が出るたびに心に針が刺さった。

そして、彼氏休みと私の休みが会うその日、じゃあ通話しようかという話になった。

私の心は別れようと決めていた。

29日の彼氏誕生日より前には終わらせて気分良く生まれた日を迎えてほしかった。

通話が始まって、手汗をじっとりとかきながら、雑談しつつ一緒に出会ったきっかけのゲームをした。相変わらず好きな声だった。

いつまでも話出せず、「次の一戦が終わったら寝ようかな」というので話があるのだと言ったら「どうしたの?何かあった?」と心配する素ぶりを見せられて心が痛んだ。

喋り始めたら、それまで楽し気にしていた彼は大人しくなり、色々諦めたような、それでいてしっかりとした喋り方になった。

ちょっとだけ告白してもらった時を思い出した。

ざっくりと、憎しみや負の感情は最早ないが、日頃のやり取りを踏まえて、友人としてでも差支えない関係なのではないか、別れたいと思っている。

そういう感じに伝えたら、向こうはいつ言われてもおかしくないなと思っていたし、ショックは受けているけど分かったと答えた。

正直その時の細かいやり取りの最中でさえ「ああこの人は私のために何か大きなアクションを取る気は元よりなかったな」と思って悲しくなった。

別に引き留めてほしかったとかではなく、

たとえば仕事中に今後のことを考えた時に、じゃあ改善するにあたってこうするか!と勢いづいてアクションを起こす気が起きないのだなと思ったのだ。

私は大変に甘え下手な人間なので、この部分に関してはアクションを起こす気にさせる可愛い彼女の振る舞いができない私にもきっと問題があったのだろうとは思っている。

世代の親戚が結婚ラッシュでさ、みたいな話をした際に彼は「現状変わることがないからなあ」と言ったのだ。

やっぱりな、と思ってしまった。悲しかった。

結局私は大事な時に限ってへらついて物が言えないので、言いたいことの3割しか喋っていなかったかもしれない。

しかも、結果としては彼がどう思って何を考えていたのかは分からずじまいに終わってしまった。


多分、別れた今でも、振った側だというのに私は彼をまだ少し好きでいるのだと思う。

仕事終わりの帰り道であったり、この日記を書きながらうざくも泣いてしまうのだ。

相手改善余地もっと与えることもできたはずなのに、クソの掃き溜めのような頭で勝手に悲しんで泣いている。

あれだけ不満を抱えていた彼氏に対して、今になってもっとうまく可愛く立ち回ってやればよかったなと思うのだ。

もっと好きだとか、寂しいとか、構ってほしいとか、いい子ちゃんな振る舞いだけでなくそういう彼女らしいことをしてあげれればよかった。

でも私は私で人に甘えるにあたってこの人なら大丈夫だろうという安心感が無いとそれができない。

精神面が明らかに虚弱な彼に対して過剰に気を使い過ぎた結果の今である

私にも責任がある。喧嘩の一つにも至ったことがないのだ。

お互い特にブロックなどをする気がない、共通の友人が多いなどの理由からSNSはそのままだ。

別れて数時間後のtwitterで、私と会うための旅費を普段使いの口座に移しただとか、つい衝動でそのお金を持ってギャンブルに行っただとかという話を見た。

休みを寝潰すようになった話をしてから、多分彼はギャンブルには行っていなかったように思う。

彼は彼なりに心や行動の隙間に私をきちんと意識してくれていたんだよなと再認識した。

今になって二人で行った場所や楽しかった出来事を思い出して、どこでどうすればより良かったのかなんて考えるのだ。

でもいくら考えても、休日の朝にベッドで適当な朝食を食べながら一緒にTVを見て未来を語った幸せ時間は戻ってこない。


せめてお互いに今後よい時間を過ごせたらと思う。

夢が叶ったのに幸せじゃない

芸能活動をしている、そこそこ人気で、ツイッターフォロワーもそこそこ多くて、何かしら呟けばファンのみんなが反応してくれて、落ち込んだことを書けばみんな励ましてくれて、大丈夫大丈夫応援してるよ、僕たち私たちはみんな君を応援しているよ、大好きだよって

ずっと不幸だ、ずっとずっと寂しい、ずっと満ち足りない

どうして?子供の頃からの夢だったのに、叶ったのに、憧れの人とも仕事ができて、周囲の人にも恵まれて大切な友達もいて、恋人は、誰にも言わなかったけど去年まで居て、別れてしまったけどそんなことどうてもよくて

活動を始めた頃、本当に少ないファンフォロワー数、売れないチケット少ない収入バイトをしなきゃいけないことに焦燥感を感じて、同業の年下の子テレビに映ったり街角で大きい広告になってるのを見て悔しくて、焦燥感ねじ切れそうで

あそこまで辿り着いたらきっと幸せが、こんな風に泣くこともなく、人は何階から落ちたら死ねるのか検索することもなく、暖かい柔らかい布団に包まれて、日々幸せなんだろうなぁと

なのに、どうして?

あんなに欲しかった仕事をもらってもやりたかたことをしても、ずっと寂しい、今はもうこの仕事が本当に夢だったのかすら分からなくなっちゃった

誰にも言えないけど、自分のことが嫌いなんだと思う、容姿も、声も、性格も、みんなが大好きなわたしの全てが嫌いだ。こんなこと言ったらきっと嫌われる、ごめんなさい。

自信がない、とにかく自信がない、自信をつけなきゃいけないんだと思う

でも無理だ、もう、20年くらい生きてまだ身についてないものを、そんな急に身につけられるもんか、でもそうしないとどこまでいっても満ち足りないんだろう、分かってしまった、このままあと何十年も、人から見たら幸せであるはずの人生幸せになれないまま生きなきゃいけないの?怖い

お金があっても容姿に恵まれてても人気者でも、自分自分を嫌いである以上、幸せにはなれないんだ

これが遺書にならないことを祈って、今日も、なんとか生き延びた、早く朝が来ますように

2019-05-22

帰る場所

うさぎドロップ漫画大人買いして読んだんだが、今とてもナーバスになっている。

りんが本当のお母さんに会いにいく前日に「お母さんと会ってもダイキチんちの子でいい?」って言うところとか

ウキ母親再婚に混乱してりんとダイキチの家に逃げてくるところとか

なんだかすごく気持ちが分かった。

私の両親は私が大学生3年生の時に離婚した。母は長年父のせいで苦労していたから、私は離婚は反対しなかった。

離婚して少し経った頃から、母が引っ越しアパート(私は実家としている)には知らない男の人の私物が増えていった。母に「付き合っている人がいる」と打ち明けられてから、その人と初めて会ったのはいつだかの大晦日だった。

その人はとてもいい人だったし、母は病気を持っているので、1人で暮らすよりも誰かがそばに居てくれるというのはとても安心できた。それと何より、その人と一緒にいると母がとても楽しそうだった。

からこの人といつか再婚すると言われても、反対する理由はない。

でも、寂しかった。

私が約20年間暮らした家ではない、新しいアパートで、私からしたら赤の他人である人の物まであって、見たこともない楽しそうな母がいる家は、自分の家じゃないみたいで、心の底から安らげなかった。だから就職してから仕事理由帰省する数が減っていった。

まだ再婚はしていない。多分、弟がまだ大学に行っているから、弟が大学を出て手がかからなくなってから、籍を入れるんだと思う。

母に幸せになって欲しいという想いと、帰る家がなくなっちゃうんじゃないかっていう想いで、時折ナーバスになってしまう。

最近はこんなことなくなってきたと思ったのに、うさぎドロップを読んだらナーバススイッチ入っちゃったよ……

もちろん、母は私のことも弟のことも、今でも1番に考えてくれてる。だから帰る家がなくなっちゃうなんて思ってるなんて知ったら、絶対悲しむだろうからこの気持ちは心にしまっておくしかない。

大人なったと思ってたけど、やっぱりまだ子供だな……まだ母に甘えたいのかもしれない。

いっそのこと、私も早々と結婚しちゃえばいいんだよね。子供も産んで家庭を築けば、そこが私の新しい「家」になるし。

と、なぜか結婚願望が芽生え始めました。

おわり。

増田の皆さんが心穏やかに過ごせますように

いろんなことがあったかもしれないけど、

お布団に入って絵本でも読んでごろごろしてたら

幸せきもちになっていくよ

そうやって、みんな幸せになってゆっくりと寝れますように

目をギュッとつぶって手をしこっとさせながらそう願っているよ

心に残っている童話

心がKKOなので心が洗われる話が知りたい。

増田諸兄の好きな童話を教えてくれ。

増田ワイルド幸せ王子

ワイルド短編は大体好きだ。

この間産んだ子どもが、ついに5か月になった!やったー!

子ども本当にかわいい。思わず増田に書いちゃうくらいかわいい。ほっぺはすべすべもちもちだし(保湿頑張ってる!)、まだ歩いていないから足が偏平足でつるっつる。歩いてない足はこんなにつるつるなんだ!ってくらいつるつる。お母さんのパンプスに負けて靴擦れだらけの足とは雲泥の差。子どもの足を私の頬に持ってってちっちゃい足で蹴ってもらうのが幸せドMじゃないからな!最近寝返りを覚えて、右に行ったり左に行ったりしてるのもかわいい。正直なにしててもかわいい。すごい。子どもすごい。

こんなにかわいいので、本当はもう一人か二人子どもが欲しいんだ。私自身、兄弟が居て楽しかったのもある。わがままを言えば二人欲しいけど、経済的にはあと一人が限界かな、というところだ。お金関係で諦めなくちゃいけない、というのがちょっと悲しい。

今もう仕事には復帰してて、保育園に月8万円くらいかかってる(低月齢過ぎて無認可保育所しか選択肢がなかった)。これが二人になったら、16万円だ。二人目は多少割引があるとしても、まあ14万円くらいなんだと思う。手取り全部吹っ飛ぶとは言わないけど、まあ半分以上は飛ぶよね。

3歳以上の保育料を無料にするって政策が発表されてて、「それより先に保育士待遇改善だ」とか「全入化だ」って話が出てて、本当にその通りだと思うのに、わたし旦那に二人目を作ることを納得させるのにこの政策を使った。罪悪感がすごい。でも、この政策がなければ、旦那は「経済的なことも考えて、一人でいいんじゃない?」と言い続けたと思う。もちろん無認可保育所から、完全に無償化されるわけではないとは思うけど、負担が減るのはシンプルに助かる。お金があるかどうかや、お金のかかり方は、選択肢を増やす

三人子どもが居る人には、「三人目からは色んな補助が手厚くなる傾向にあるし、一番お金からないのは三人産むこと」とか言われたりするけど、難しい話だなあと思うのは、やっぱり居住スペースだ。私たち夫婦都内に勤めていて、そこへのアクセスが譲れない。通勤時間の短さは、子どもと一緒に居られる時間を長くするから。ただお互いの職場へのアクセスを考えると、広い家には絶対に住めない。小さいうちならまだしも、思春期を迎える子ども3人を狭い家に押し込めるのは、勉強する環境にも差し障りそうだし、現実的に難しいなと思ってしまう。

そんなことを考えてるとやっぱり2人くらいしか育てられないんだなあと思う。あーあ、年収あと500万くらい増えないかな。

30歳過ぎても童貞だったら魔法が使える

その魔法は、周囲の人々を幸せにする魔法

自分欲望を捨て、皆に優しさを振りまくことが出来たら、

それってとても素敵なことじゃないかと思うんです

人を憎まず、自分を憎まず、大地を踏みしめて歩く

それが素晴らしい人間というものです

anond:20190521195743

最初投稿勝手に再翻訳してみた

「躾と虐待は違うのに」

児童虐待ニュースが増えている。とても痛ましい事件が多くて聞いただけで心が痛む。だって、誰かに親を批判してほしくて書くけど、私は親にそうされて育ってきたから。

いわゆる躾の一環、というもの

躾を理由にした虐待肯定したくないし、なにが虐待なのかは分かってる、でも私1人ではそれを認められない。

私が幼い頃は父がとても厳しくて、ちょっとわがまま言ったりルールを破ったら拳骨平手打ち足蹴り当たり前。父は言い訳や嘘つき、ごまかしが嫌いだったからそういうのは一切許されなくて(言い分すら聞こうとせずに)へりくつを捏ねるな!ってベランダに出されたり裸足のまま閉め出されるくらい普通だった。

それらは確かに私がいけない事をしてしまったのが原因だし、父の身勝手や気分、その他理不尽理由でそれをされた事は一度たりとも無かったけれど、私は暴力を受け続けて辛かった。

勉強お稽古習い事への怠慢、わがままを言って母を困らせた、失敗を隠そうとして嘘をついた、ごまかしをした、勉強をしないで漫画を読んでいた、好き嫌いをした、母の言い付け約束を破って遊び呆けた、門限を破った、不貞腐れた態度をとってあやまらなかった、無礼言葉遣いをした、作法マナーがなっていなかった、etc

私が悪かったのは理解しているけれど、だからって私はあんなにも殴られたり傷つけられなければならなかったのだろうか。誰か教えて欲しい。

私が父に酷く叱られるとき、全部人としてやってはいけない悪いこと、恥ずかしい事をやらかした時ばかりだったから、私が絶対悪で父は正しいという構図を否定することが出来なかった。

そういうことを、父は絶対に許さなくて、徹底的に指導し、指導という名のもと暴力がくり返された。常識では私が悪だから、やめてと言えなかった。

それが、どうしてだめなのか理屈でわからない年齢だからこそ、4歳〜小学生ぐらいまでのほうが中学以降に比べて圧倒的に手が飛ぶことが多かった。分かるまで言葉をかけて欲しかったのに、獣扱いされ短絡的な暴力を与えられて苦しかった。

「口で言ってわからない年齢なら叩いてでもわからせるべき。そうすると、道理がわからない子供でも次からは繰り返してはいけない、やめよう、と心に強く残る」「あの歳の子供はイヌネコと一緒。理屈をどれだけ丁寧に言ってもむだで、一度痛い目をみせて初めてやっていいこと悪いことを覚える。理解させるよりいかに次同じことをさせないか問題で、叱られた理由なんて理解できる歳になったら後からわかるはず。俺もそうだった」

こういうのが父の持論で、私はその考えの元徹底的に厳しく躾けられた。私が悪いことをして叱られているという前提があるから私は反抗できなかった。苦しい。誰か私の代わりに反論して欲しい。それは違うと言って欲しい。

怒鳴られただけで済めば全然ましなほう、手も足も普通に飛んできたし、反省するまでそうしていろって寒い中裸足で外に立たされたり長時間正座させられたり蔵に閉じ込められたり、あまりにも良くない行動をした時は夕飯を抜かれたり風呂場に連れ込まれて服のまま冷たい水を頭からかけられたり、漫画ゲームも破いたり壊して捨てられたし、外出禁止普通にあったし、痛くてお風呂椅子に座れないぐらいお尻を叩かれたこともあるし、出先で失礼な事をしてしまって「お前みたいな娘はいらん!もう帰ってこなくて良い、どこにでも行ってしまえ!」って置いて帰られて家にも入れてくれなかったこともあったり、私自身ほんとに何回も泣いたし、辛かった。うちの父より怖い親なんてどこ探してもいないだろうって思ったことも何回もあった。異常でしょう?私の父、おかしいですよね?でも私はこれを虐待だと認めるのが怖いから、どうか第三者のみなさんで私の父を叩いてください。

こんなの本当は虐待だって分かっているのに、父のおかげで私は今までの人生で色々な人から褒められてきたのも事実で、親の教育が良かったからだと父の評価も高まっていったから私は父に従うしかなかった。

何度も真面目であることや勤勉であること、振る舞いや教養言葉遣いなどことあるごとに褒めてもらったけれどそれは、マナーや礼節、お稽古教養一般常識、これらを学ぶために私が何年も暴力に耐え、ずっと父に怯えながら申し訳ありませんと言い、殴られないように見捨てられないように必死で足掻いた末身に付けたもの。だからお願い、これ以上私の父の評価を上げないで。父の教育正当化する理由を作らないで。

社会人になった今、こうして色々な場面で評価される度に私は苦しいんだ。

「厳しく叱っても、わかる歳になったら理由自分で気付ける」、本当はそんな事ない、今でも辛い、苦しいのに、逆らうのが怖くて理解したフリをしているだけなんだ。

から私は自分自分の子時代を不幸だったなんて認めるのは怖いから、私の代わりに

父の躾を虐待だと言って怒ってくれる人を求めている。

私の父のやり方を「虐待」だと批判できる方はきっと暴力のない、ごく普通のご家庭で幸せに愛されて育てて貰った方なのかな、と感じる。悲しい。うらやましい。

そんな考えなので、例えば夜ベランダにしめ出されるであるとか、親に手を挙げられる事を躾だと言うのは絶対に違うと思う。思うけど、自分被虐待者だと思いたくない。だってそれを認めたら私の人生はどうなるの?暴力を受けなくても真っ当な大人になれる事は気付いてるんだ、でも心が壊れてしまうから受け入れられないんだ。誰かが突き付けてくれないと認められないんだ。助けて。助けて。

私はきっと子供なんて持たない。虐待連鎖するからどうせ私は父と同じ道を辿る。

最近の風潮では父のような「子供の為と称した」「過剰で短絡的な」躾は虐待犯罪に当たるらしい。うらやましい。

言葉に筋が通っていても暴力に訴えて心身を傷付ける事が目的の躾なんて「虐待」でしかない。何故それがわからないのか?虐待は許してはいけないし、立派な犯罪行為なのに。感情のまま子供を虐げる最低な行為を許さな不特定多数の皆さん、どうか私の狂った父を叩いてください。嘘だけど子供がいるって書きましたよ。健全なご家庭を無礼言葉侮蔑しましたよ。許せないでしょう?見過ごせないでしょう?だから私を見て下さい、そして私と私をとりま境遇を異常だと指摘し、怒り、私に対し施された「躾」「教育」を「暴力」「虐待」だと否定してください。

父の行いを誰かに否定して貰わないと私は自分肯定できないし愛せない。

父とその教育を間違いだよと言われないと私は「つらかった」と声をあげられず壊れてしまう。

誰か助けて。気付いて。私を救ってください。お願いします。

本音はこんな感じなんだろうか…

2件とも読んでからもう一度1件目を読み返したら、そういう風に真逆解釈ができる。SOSサインの裏返し。辛い。

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